澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「ヒポクラテスの誓い」と、「養生訓」と。

日課となった早朝の散歩では、東大の医学図書館の前をほぼ毎日通る。ここに、「ヒポクラテスの木」と呼ばれるスズカケの木(プラタナス)がある。今、小さなスズが成りはじめたところ。

むかし、ギリシャのコス島に西洋医学の祖と言われるヒポクラテスがいた。彼は、スズカケノキ(プラタナス)の老大木の木陰で弟子達に医学を教えたという。のどかな時代のことだ。ヒポクラテスは、紀元前460頃~377頃の人とされる。

東大にある「ヒポクラテスの木」は、ギリシャから寄贈されたかの老大木の種子から発芽したという由緒正しい若木を育てたものだとか。万世一系の「ヒポクラテスの木」ということらしい。

ヒポクラテスの医学や医学思想は、医学史の専門家以外には興味を惹くものではなさそうだ。彼が有名なのは、医師の倫理としての「ヒポクラテスの誓い」による。

下記は、日本医師会のホームページからの「ヒポクラテスの誓い(訳:小川鼎三)」である。

医神アポロン、アスクレピオス、ヒギエイア、パナケイアおよびすべての男神と女神に誓う。私の能力と判断にしたがってこの誓いと約束を守ることを。
1. この術を私に教えた人をわが親のごとく敬い、わが財を分かって、その必要あるとき助ける。
2. その子孫を私自身の兄弟のごとくみて、彼らが学ぶことを欲すれば報酬なしにこの術を教える。そして書きものや講義その他あらゆる方法で私の持つ医術の知識をわが息子、わが師の息子、また医の規則にもとずき約束と誓いで結ばれている弟子どもに分かち与え、それ以外の誰にも与えない。
3. 私は能力と判断の限り患者に利益すると思う養生法をとり、悪くて有害と知る方法を決してとらない。
4. 頼まれても死に導くような薬を与えない。それを覚らせることもしない。同様に婦人を流産に導く道具を与えない
5. 純粋と神聖をもってわが生涯を貫き、わが術を行う。
6. 結石を切りだすことは神かけてしない。それを業とするものに委せる。
7. いかなる患家を訪れる時もそれはただ病者を益するためであり、あらゆる勝手な戯れや堕落の行いを避ける。女と男、自由人と奴隷の違いを考慮しない。
8. 医に関すると否とにかかわらず他人の生活について秘密を守る。
9. この誓いを守りつづける限り、私は、いつも医術の実施を楽しみつつ生きてすべての人から尊敬されるであろう。もしこの誓いを破るならばその反対の運命をたまわりたい。

一見して、大いに体系性に欠ける9項目羅列の誓いである。この人の思考能力は、医師として大丈夫だったろうか。

第7項の、すべての患者を平等視する思想は素晴らしいものだ。例示として、「女と男、自由人と奴隷の違いなく」が挙げられている。王侯貴族であろうとも庶民であろうとも、貧富の差、人種や民族、宗教の別なく、患者には平等に接するべしとする教えであり誓約。

「ヒポクラテスの誓い」は、この第7項の1項目だけでよかったのに、と思う。あるいは、第3項・4項・8項あたりの、医師としての患者に対する責務についての誓約だけであれば、彼は後世もっと尊敬されたであろうに。

1項と2項は、ギルドの掟。これが先頭にあるから、印象が悪くなる。日本国憲法が第1章を「天皇」としている如くに、である。

「ヒポクラテスの誓い」ほど有名ではないが、我が国の医師の倫理を記したものには、貝原益軒の養生訓がある。次の一節を引用しておきたい。

(冒頭の「醫」は、医師のこと。益軒は、医師を「君子醫」と、「小人醫」とに分類して、医師となるからには「君子醫」たれとする。そして、「醫は仁術なり」と、儒教的立場から医の倫理を説く。)

醫とならば、君子醫となるべし。小人醫となるべからず。
君子醫は人の為にす。人を救ふに志専一なるなり。小人醫はわが為にす。我身の利養のみ志し、人を救ふに、志専ならず。
醫は仁術なり。人を救ふを以て志とすべし。是、人の為にする君子醫なり。人を救ふに志しなくして、只、身の利養を以て志とするは、是、わが為にする小人醫なり。

醫は病者を救はんための術なれば、病家の貴賎貧富の隔てなく、心を盡して病をなおすべし。病家より招きあらば、貴賎をわかたず、はやく行くべし。遅々すべからず。人の命は至っておもし。病人をおろそかにすべからず。是、醫となれる職分をつとむるなり。小人醫は醫術流行すれば、我身にほこりたかぶりて、貧賎なる病家をあなどる。是、醫の本意を失へり。

その一部を分かり易く現代語訳してみよう。

医業とは、患者を救うための職責なのだから、患者を貴賎貧富で区別することなく、心を盡して診療に努力しなさい。患者の要請があれば、患者の身分に関わりなく、速やかに治療に着手しなければなりません。ぐずぐずしてはいけません。人の命は、とても重く貴重なものなのですから、けっして患者をおろそかにせぬように。

ここには、近代的な人権思想が読み取れる。患者の権利の思想、医師の応召義務にも言及されている。貝原益軒、大したものではないか。

世を見わたせば、確かに「君子醫」がおり、「小人醫」がある。翻って、弁護士にも、「君子たる弁護士」と「小人たる弁護士」があろうか。鈴掛の木を見て思う。「君子たる弁護士」になるのは難しくとも、けっして「小人たる弁護士」にはなるまい。願わくは真っ当な弁護士であり続けたい。
(2019年8月27日)

先天性心疾患(総肺静脈還流異常症)で亡くなったSちゃんの願い

今、取り組んでいる医療過誤訴訟を紹介したい。

Sちゃんは、生後46日で短い命を落した。そのことに、どうしても納得できないお父さんとお母さんが原告となって、診療を担当した病院に対して、損害賠償請求の訴訟を提起した。提訴の動機は、同じ病の子を救いたい、自分たちのような悲劇を繰り返させたくない、という思いからだ。

Sちゃんの死亡原因は、先天性の心疾患で「総肺静脈還流異常症」という。心臓と連結する血管の正常な構造においては、左右の各肺から各2本計4本の肺静脈が左房に接続しているところ、総肺静脈還流異常症においては先天的にその接続が欠けている。

本来、体内の血液循環過程において肺胞でガス交換を終えて十分な酸素の供給を得た高酸素飽和濃度血は、肺静脈を経て左房に流入し、左房から左室を経て拍動しつつ大動脈に流出して全身の細胞に酸素を供給することになる。つまり、肺静脈は高酸素飽和濃度血(体循環における動脈血)の心臓への流入口である。ところが、総肺静脈還流異常症においては、肺静脈を経ての左房への酸素血の流入がないため、胎児期はともかく、出生後の生存は極めて困難となる重篤な心疾患なのだ。

この先天性心疾患は、Sちゃんの出生当時、その機序も診断方法も臨床に知られており、胎児期にも、出生直後にも、退院時にも、そして1か月健診時にも、その特異的、非特異的な症状が児に表れ、その児に表れた症状を的確に把握することによる診断が可能だった。さらに、同疾患の心臓外科手術による治療方法は確立していて、胎児期、あるいは出生直後に診断さえできれば救命可能であったことは当事者間に争いはない。

その診断ができずに看過されれば、総肺静脈還流異常症患児は、出生後ほぼ確実に死に至る。ちょうど、Sちゃんのように。

その疾病の機序と生命に関わる重篤性とがよく知られ、かつその疾病の診断が可能である以上は、人の生命と健康に携わる医師・医療機関には、患者との診療契約において負担する「最善の注意義務」の具体的内容として、これを診察し診断する義務があった。それが、最高裁判例の立場だ。そう、原告側は主張している。

Sちゃんは、胎児期に胎児エコー専門医の胎児心エコー検査を受けている。そのとき、カラードプラに切り替えて心臓を見てもらえば、おそらくは肺静脈が左房に接続していないことが確認できたはずなのだ。ところが、専門医は、モノクロモードだけで心臓を診て、心臓が終わってからカラードプラに切り替えている。お父さんとお母さんにしてみれば残念でならない。

被告側の主張は、「医師の診断マニュアルでは、肺静脈の接続まで確認せよとされていない。だから診断しなかったのはミスとは言えない」という。

総肺静脈還流異常症は、患者の数が少ないから、手間暇かけて診てはおられない、そこまで診断する義務はない、というのが医療現場のホンネのところ。しかし、その手間は、妊娠期間中1回か2回ルーチンの胎児心エコー検査の際に、数十秒ないし2分の検査で済むのだ。もちろん、全例診断を尽くしている病院や医師もある。アメリカのマニュアルでは診断せよとなっている。中国の大病院も悉皆検査をしていると報告している。本件の担当医も、「本件事故以後は全例肺静脈の正常な接続を確認することとしている」と法廷で証言している。

医療過誤訴訟では、医師が依拠すべき医療水準が常に問題となる。判例は、この医療水準を客観的に定まる規範としての規準であると言い、現実の医療慣行を規準としてはならないという。患者の人権を重視し、医療の改善につながる医療水準論でなくてはならないと思う。

先天性心疾患は、新生児100人に約1人の割合で認められるという。そして、総肺静脈還流異常症は、先天性心疾患児100人に約1~2人の確率で発生するとされる。つまり、1万人の新生児出生に対して、約1~2人の割合で総肺静脈還流異常症が発症していることになる。
毎年日本では約100万人の新生児が誕生しているのであるから、毎年約100人~200人の総肺静脈還流異常症罹患の新生児が誕生している。総肺静脈還流異常症は、診断さえできれば、外科手術によってほぼ確実に救命できる。しかし、診断できなければ、死亡に至る可能性が極めて高い。現実に、総肺静脈還流異常症と診断されて、専門病院に搬送されて救命されるのは好運な事例で、多くは診断されることなく死亡に至っている。

産科・新生児科の医師に総肺静脈還流異常症の診断の義務がないとすれば、今後も毎年100人~200人の新生児の疾患が見逃され、せっかく得た尊い生命が失われる悲劇の現状が続くことになる。判決が、総肺静脈還流異常症の診断義務を認めるとすれば、今後、毎年100~200名の新生児の命が救われ、同数の悲劇が歓喜に変わることになる。
確実に一定の割合で生じる将来の患児の生命が、救われるか見捨てられるか。Sちゃんも見守っている。

(2018年12月12日)

医師・医療者の皆様へ ー 患者側弁護士の立場での訴え

私も、依頼を受けて講演をする。月に1度、ときに2度というペース。テーマは、ほとんどが憲法・改憲・平和・靖国・政教分離・「日の丸・君が代」・司法制度・天皇制…、そしてDHCスラップ訴訟。どんな講演のときにも、アベ改憲阻止の運動への参加を呼びかける。そして、忘れずに「DHCの製品を購入しない」よう実践をお願いする。それが、民主主義を守ることになるからだ。

一昔以前には、消費者問題での講演依頼が多かった。弁護士として具体的に携わる消費者問題を通して見えてくるこの経済社会の具体的な矛盾。それをを語って、賢い消費者の選択と行動が、より暮らしやすい世の中を作ることになると訴えるもの。それなりに有益なものだったと思う。いま、「賢い消費者として、DHC製品の購入はやめましょう」と呼びかける素地は、40年来の弁護士活動で培われたものなのだ。

もう一つ。10年前に肺がんの手術で体力を消耗する以前は、医療問題についての講演依頼も少なくなかった。患者側専門で医療訴訟に携わる弁護士として見えてくるものをお話しすることは、自分なりに有意義なものとの自負があった。

書類を整理していたら、たまたま、医療者に向けての講演のレジメが出てきた。10年前の2008年3月10日という日付。私は、その2週間後の24日に国立がんセンター東病院に入院して、26日に右肺上葉切除の手術を受けている。この講演は、手術直前のことだった。

このときの肺がんが私の人生最大の罹病。診察・診断・インフォームドコンセント、そして入院・手術。自らが患者の立場で医師・医療従事者と接する体験をした。その時期ならではの、切実に親切でよい医師・医療機関を望む気持での講演だったと思う。
そのレジメを、以下に全文掲載する。
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2008年3月10日

医師・医療従事者の皆様へ

 医療者が患者・家族とのより良い関係を築くには
   ー患者・家族は医療に何を望むか、
    患者の権利、医療の法律論についてなどを含めて

誰もが患者になります。
あなたも私も‥。
医師も看護師も‥。
患者・家族は、医療従事者に命を預けます。この上なく重く大きな責任と期待を背負う任務にふさわしく、医療従事者は感謝と敬意の対象となり、生き甲斐も生じます。すべては、患者の願いに応えるゆえに‥。
より良い医療は、すべての患者と家族の願い。
私が望むより良い医療とは、患者の人格が尊厳あるものとして遇されるというものです。
もっぱら患者の立場で法廷に立つ実務法律家として、「患者の人格を尊重された医療」についてお話しをさせていただきます。

1 法というものの基本的な考え方
法は弱者のためにある ー  法の存在意義
強者は法の規制を嫌い、弱者は法による保護を必要とする。
法は、個人の生命と健康を至高の価値と考える ー 人権という法思想
法は良識を反映するー法解釈の基本  良識(≠常識)=社会通念+理念
2 消費者問題の一分野としての医療
人の暮らしは消費生活として営まれ、すべての人が消費者となる。
消費者は生活の安全と快適を事業者の提供する商品と役務に依存する。
消費者に対する事業者の責任の根拠
力量の格差・非対等性(巨大企業対一個人)
形式的平等→実質的平等の原則
専門性 商品役務の高度化   買い手注意→売り手注意
危険性 薬品・食品・製品  無過失責任を基本とする製造物責任法
報償責任   利益あるところ責任もある。
医療においても、医療機関(事業者)と患者(消費者)とは非対等。
専門性と危険性は際だっている。
3 医療を規律する法の2系統
公法ー行政取締の法 厚労省・保健所
医師法・歯科医師法・保健師助産師看護師法・医療法
・薬事法・薬剤師法‥‥ 刑法・特別刑法
私法ー医療機関と患者との関係を契約として把握する。
どんな内容の契約で、どのような債権債務を発生するか。
*医療機関の権利(患者の義務)
報酬請求権・診療への協力を求める権利
*患者の権利(医療機関の義務)
法律で細かく決められているわけではない。
大まかな法原則と社会の良識に基づいて、判例として形成される。
説明を求める権利・情報の開示を求める権利
臨床医学の水準に基づく安全のための最善注意義務・万全注意義務
4 医療機関(医師)の診療における義務の特殊性
結果債務(与える債務)ではなく、手段債務(なす債務)である。
診療経過における医師としての注意義務違反→過失
過失とは臨床のセオリーとして、
してはならないことをしてしまった(作為態様の過失)
しなければならないことを怠った(不作為態様の過失)
5 法は判決で実現される
患者の権利が侵害されて損害が生じたときに、損害賠償請求訴訟となる。
患者が提訴によって求めるもの
事実の解明
謝罪
生活保障
義憤・公憤
患者の死を意義あらしめること
6 何よりも大切なものは医療者と患者の信頼関係の形成
そのためには、医師・医療従事者としての技量への信頼
情報の開示・十分な説明による信頼
不信の要素としての3つの壁 専門性の壁
密室性の壁
「組織の論理」の壁
患者の求める医療水準と、医療機関の意識とのギャップ
患者と共同する医療
インフォームドコンセント(患者の自己決定権を十全ならしめる基礎)
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レジメだけでは、言わんとするところが必ずしもよくは分からない。しかし、雰囲気程度は伝わるものと思う。最後の「患者の求める医療水準と、医療機関の意識とのギャップ」について、詳しくお話しした記憶がある。「医療者と患者が共同する医療」、具体的には「インフォームドコンセントのあり方」が最重要問題となる、ということだったはず。

過不足なく、十分なお話しができただろうか。医療者の皆さんに、患者の気持ちが届けられただろうか。講演のたびに悔いは残る。
(2018年4月25日)

医療問題弁護団40周年記念シンポジウム「医療現場に残された現代的課題」

本日(10月28日)は、医療問題弁護団(略称「医弁」)設立40周年記念シンポジウム。イイノホール4階ルームAでの4時間余の集会。270名の参加で盛会だった。

医療問題弁護団とは、「患者側」を標榜する在京の医療事件専門弁護士集団。現在、250人の会員を擁している。設立の目的を「医療事故被害者の救済及び医療事故の再発防止のための諸活動を行い、これらの活動を通して医療における患者の権利を確立し、安全で良質な医療を実現することを目的とします。」と謳っている。

弁護士集団なのだから、「医療事故被害者の救済」すなわち医療過誤訴訟受任のシステムを整え、医療事件専門弁護士としてのスキルを磨き、後輩を育てることを任務にするのは当然。しかし、それだけにしないところが真骨頂。「安全で良質な医療を実現すること」を究極の目標と位置づけているところに、人権派弁護士集団としての道義的な矜持が表れている。

看板だけでなく、実際に患者側弁護士の立場から「安全で良質な医療を実現する」活動に携わっているところがたいしたもの。個別事件の受任を超えた、医療に関する政策提言活動が太い柱として定着している。

本日のシンポジウムテーマも、「この40年に医弁会員が獲得した医療過誤事件判例紹介」「40年で医療過誤判例はどこまで進歩したか」「判例をリードし続けた医弁の活動」「今、医療訴訟の焦点はどこにあるか」「医弁の窓口を叩いた医療過誤被害者の顧客満足度」…などでも良さそうなものだが、そうはなっていない。「医療問題弁護団40周年記念シンポジウム『医療現場に残された現代的課題』ー40年前の『医療に巣くう病根』と比較してー」というものなのだ。

シンポジウムの趣旨はこう語られている。
「私たち医療問題弁護団は、医療被害の救済・医療事故再発防止・患者の権利確立を目的として1977年に結成して以来、40周年を迎えました。40年前、私たちは『医療に巣くう病根』を4つの視点から分析しました。40年後の現在、私たちが取り組んできた医療被害救済に関する事件活動もふまえ、医療現場に残された現代的課題について、団員の報告やパネルディスカッションを通じて探っていきたいと思います。」

医弁に集う患者側弁護士の関心は、医療過誤訴訟それ自体よりは、医療事故を生み出す医療現場の状態にある。患者の人権という観点から、医療現場にはいったいどこにどんな問題があるのだろうか。40年前に見つめ考えたことが、今どうなっているのかを検証してみよう。そして今、医療現場に残された現代的課題について、報告し意見交換をしよう。それが今日のシンポジウムなのだ。この趣旨は、本日の配布資料(A4・220頁)の冒頭に、医弁代表の安原幸彦さんが、「巻頭言」としてよく書き込んでいる。その全文を末尾に添付しておく。

さて、40年前に、患者側医療弁護士を志した若い弁護士たちが、医療事故を起こす原因と意識した「医療に巣くう病根」とは次の4点であった。
①医師、医療従事者と患者の関係が対等平等ではないこと
②保険診療の制約が医療安全を阻害していること
③医師の養成・再教育が不十分であること
④医師、医療従事者の長時間・過密労働
いずれも思い至ることではないか。

40年後の現在、この『医療に巣くう4病根』は、次のように敷折したテーマとなっているというのが本日の報告である。

(1) 医師と患者との希薄な信頼関係ー「医師・患者関係」
(2) 患者安全を実現できない保険診療と「営利」追求型医療の横行
(3) 体系的・継続的な教育制度の未整備ー「教育」
(4) 医療現場での人員不足・劣悪な労働環境ー「労働」

そして、新たに検討が必要なテーマとして、
(5) 医療従事者間の不十分な「連携」
(6) 適正な医療が行われていることを「チェック」するシステムの不存在、不十分

さらに、以上の各テーマに通底するキーワードとして、医師の「プロフェッション論」が取り上げられた。

以上の、「医師・患者関係」「営利」「教育」「労働」「連携」「チェック」、そして「プロフェッション論」が、医療現場の現代的課題としてシンポジウムのテーマとされた。

私も、医弁の古参会員の一人である。おそらくは、最古参となっている。いつの間にか世代は着実に交代しているのだ。

とはいえ、私はいまだに現役の患者側医療弁護士である。かつてのように、同時に十指におよぶほどの医療事件の受任はできないが、事件受任が途切れることはない。事件を通じて、医療を考え続けてきた。幾つかの感想を述べておきたい。

言うまでもないことだが患者にとって医師は敵ではない。医療訴訟において対峙することはあっても、医師は患者にとって不可欠な専門技術提供者である。医師との信頼関係なくして、真っ当な医療はなく、医師の自覚と献身的な寄与なくして患者の人権は守られない。

これまで事件を通じて、多くの医師を見てきた。医師のあり方を論じるときには、弁護士としての自分のあり方を顧みなければならないことになる。依頼者への接し方、事態の現状や採るべき対応の方法についての説明の仕方、そして事態が思わしく進行しなかったときの対処の仕方。セカンドオピニオンを求められたときの対応…。私は、これまで何人もの立派な医師の対応を見てきた。これを学びたいと思っている。そしてまた、立派とは言いがたい医師も見てきた。これも、反面教師としたい。

「医師・患者関係」で論じられたのは、インフォームドコンセントのあり方についてである。インフォームドコンセントの理念は単なる説明ではない。「医師と患者の医療情報の共有」でも、「十分な医師の説明と、その説明を理解した上での患者の同意」と言っても、不十分だ。「医師と患者の共同意思決定へのプロセス」としてとらえるべきだと理解した。

本日の報告で、アメリカにおけるインフォームドコンセント概念として、「大統領委員会報告書(1983年)」の「相互の尊重と参加による意思決定を行う過程」という定義が紹介された。なるほど、そのようなものだろう。これを訴訟に活かすことができれば、医療の現場も変わってくるに違いない。

医療における「営利」は、永遠の課題である。医師不足も医師の過密労働も、その改善は営利との関連を抜きには考え難い。医療の安全は直接には営利を生まないが、いったん事故を起こしたときの経営への打撃を考えれば、資金の投入が必要なのだ。また、医療機関にとって、患者の安全に配慮しているとの評判は、営利に結びつくものとなるだろう。

パネラーの一人が、「テール・リスク」という概念について語った。「確率分布の裾野にあり、発生の確率は極めて小さいが、一旦起こるとおおきな損失になる潜在リスク」ということ。問題はその事故の補償ができるか、ということになる。予見可能である限りは、補償の財源を確保しておかねばならない。その財源は、価格設定に折り込まなければならない。価格の設定の仕方を間違える(ミスプライス)と補償ができなくなる。どの範囲の保障や賠償のコストを想定して価格対応するかが政策的な課題となっている、という。

法的観点からの指摘でなく、マネージメント論としての解説だったが、「原発事故から手術の合併症まで」とパワポに書き込まれていた。これは訴訟実務の重要論点ではないか。説明義務の対象の範囲の問題としても、予見可能性や結果回避可能性の存否にしても、どこまでの低確率の事故なら免責されるのか、実は一義的な解答はない。あらためて考え込まされた。
(2017年10月28日)
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巻頭言~医原問題弁護団 代表 安原幸彦
本日は、医療問題弁護団創立40周年記念企画にご参加いただきありがとうございました。
医療問題弁護団は、1977(昭和52)年9月3目、医療事故の被害救済と再発防止を目的として結成されました。その歩みは、報告概要編・イントロダクションでご紹介しています。
結成後間もなく、私たちは、医療事故が起こる原因として、①医師、医療従事者と患者の関係が対等平等ではないこと、②保険診療の制約が医療安全を阻害していること、③医師の養成・再教育が不十分であること、④医師、医療従事者の長時間・過密労働の4点を挙げ、これを「医療に巣くう病根」と呼びました。
この指摘は、医療事故被害と向き合った自分たちの実践から導いたものではありましたが、いかんせん、結成から間もない時期に取りまとめたものでもあり、その後の実践を通した検証が必要でした。また、医療を取りまく環境や医療政策の変化、それに伴う患者や社会の意識変化などにも対応する必要がありました。現在弁護団員も250名に達しています。その団員が40年にわたって様々な活動を積み重ねる中で、医療事故の原因と防止策について、考え、学ぶところが多くありました。
そこで、私たちは結成40周年を迎えるにあたり、「医療に巣くう病根」として取りまとめた分析を出発点としつつ、それを現代的課題として整理する試みを行いました。その成果を取りまとめたのが報告書編の各論稿です。医療問題弁護団は団員を4つの班に分けていますが、各班にテーマを割り振り、約1年間、調査・研究してきた内容がそこに書かれています。
そして、今回、各テーマを統括して、医療現場に残る現代的課題を医療におけるプロフェッション性の阻害とその回復と集約しました。詳しくは報告書編・プロフェッション論をご覧ください。
本報告書は、医療事故を通して、主として患者の視点から、より安全で、より良い医療の実現を目指して分析したものです。各界の皆様から、忌憚のないご意見をいただき、今後の私たちの活動の指針とエネルギーにしていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
2017(平成29)年10月

襟を正すよう岩手県に求める

冬晴れの空に映える冠雪の岩手山。今日一日は、美しき山のある幸せの地に。

新幹線の車窓から岩手山を望むと、いつも啄木の歌を思い出す。
  汽車の窓はるかに北にふるさとの山見え来れば襟を正すも

タクシーの運転手さんが、誇らしげに言う。
「私らいつも見ていますが、見飽きるということがありません」「特にこの開運橋からの岩手山がみごとでしょう」「この橋で岩手山を見ると運が開けるって、受験生がやって来るんですよ」

本日は「浜の一揆」事件の対岩手県(水産振興課)交渉。その日程に合わせて、吉田さんから岩手県(県立中央病院)に対する医療過誤訴訟の提訴日とした。

盛岡地裁正門の前に地元テレビのカメラがならんだ。分かり易い事案の内容について幹事社を通じての事前のブリーフィングの効果もあったろうが、何よりも原告吉田さんが、自分の名前も顔も出して取材に応じるという勇気が大きな反響を呼んだのだと思う。

この吉田さんの事件はOさんの紹介。Oさんも、県立病院で奥さんを医療過誤事件で亡くされた方。羊水塞栓症での死亡とされ、県は発症の予測も結果回避も不可能として争った。一審盛岡地裁は羊水塞栓症の罹患を否定しての認容判決だったが、控訴審の仙台高裁判決は羊水塞栓症の罹患を肯定しながら医師の発症責任を認めた。羊水塞栓症の発症責任を認めた認容判例は空前である。もしかすると絶後かも知れない。

その困難な訴訟の最中に、Oさんが述懐したことがある。「私は、この裁判に負けたら地元に住み続けることはできません」というのである。県を相手に訴訟を起こすとは、そのくらいたいへんなことなのだ。よほど思いつめ、よほどの覚悟での提訴だということが痛いほどよくわかった。幸いに、一審、二審とも勝訴判決を得て、Oさんは昔のまま地元での暮らしを続けている。

ことほどさように、県を相手に裁判を起こすなどとは勇気のいること。吉田さんは本件事故当時20歳。その吉田さんが、胸を張って、名前を出して、カメラの前で県立中央病院の医原性医療事故の不当と、医療事故に関しての病院の対応の酷さを訴えた。

私が配布したレジメの概要は以下のとおりである。
※本日、盛岡市在住の吉田さんから県立中央病院の医療過誤にもとづく損害賠償請求訴訟を盛岡地裁に提訴した。請求金額は270万円だが、後遺障害未定のため、症状固定後に請求拡張の予定。

※本件は医療過誤事件としては小さな事件である。しかし、誰にでも起こりうる医療事故であり、医療機関側の対応の不誠実さは、患者の権利の問題として到底看過しえない。
☆「過失1」 典型的な医原性医療過誤。医療による過失傷害事件である。
研修医2名が大腿動脈穿刺による採血に失敗。採血は4回試行されていずれも失敗。患者の懇請で看護師に交替して5回目にようやく成功。患者は未熟な研修医の実験台にされた。その直後から下肢の痛み、しびれ、麻痺が生じて緊急入院。大腿神経の損傷があったものと推察される。2か月後に寛解し退院して現在リハビリ継続中。退院5か月後の現在なお松葉杖歩行。
☆「過失2」病院は自ら起こした事故に謝罪せず、不誠実極まる対応。
被告病院副院長は原告に対して、「研修医の彼らは何も悪くありません、普通の青年です」「吉田さんの体に問題があって、このようなことになりました」「吉田さんの態度に問題があったからこうなったんじゃない? 自業自得だよね」と言っている。
この不誠実対応自体が、損害賠償の根拠になる。

※原告は、本件医療事故によって、店員としての職を失い現在無職無収入。
被告病院は、暫定的な収入仮払い要求を拒絶。提訴やむなきに至った。

記者会見は1時間余に及んだ。記者から、吉田さんに、「名前も、顔も隠さずに、訴えたいというお気持ちになられたという動機を」との質問が何度か繰り返される。それに対する吉田さんの答えをまとめると以下のとおり。

「私には陰に隠れなければならない恥ずかしいことは何ひとつありません」「中央病院の名を挙げて自分の憤りを発言するのですから、自分の方も隠れず名前を出した方がよいと思いました」「私が勇気を出して名前を出して訴えることで、多くの人を元気づけ、医療事故で泣き寝入りをすることがなくなるよう願っています」

匿名の発言は無責任で卑劣、心ある人の耳に届くはずもない。吉田さんの姿勢はその対極。メディアに名前を出し、カメラに向かっての堂々の発言であってこその迫力である。吉田さんを映すテレビの幹事社名が「めんこいテレビ」。人を軽んじプライドを傷つける理不尽に対して、素直な怒りの発露を支えることが私の努めだ。

午後は浜の一揆の幹部の面々と一緒に、岩手県(漁業調整課長)との交渉。零細漁民からの「サケ漁の許可」を求める申請書類の補正をめぐって、形式的な打ち合わせがメインのアポではあったが、当然それだけでは終わらない。「なぜ、県は三陸の漁民に三陸のサケを獲らせないんだ」というテーマをめぐっての発言になる。漁民の声は切実でもあり、厳しくもある。

「今のままでは後継者が育たない。岩手の漁業は衰退の一途だ」「漁民の声に耳を傾けないで岩手の漁業を衰退させているのは行政じゃないか」「こんな苦しいときだから、復興のためにサケを獲ることを認めてもらわねばならない」「どうして、サケ漁を浜のボスの巨大な定置網だけ許可して、俺たち漁民には禁止するんだ」「県が漁業界の意見を聞いて判断するというのは納得できない」「県政がボス支配に追随しているというだけではないか」「漁民にサケを獲らせない理由として、浜のボスたちの利益を守ること以外にどんな理屈が立つのか」「どうして、漁民のための県政にならないで、ボスのための県政になってしまっているんだ」「私たちだって、岩手の漁業界の中にいる。どうして県は漁連の幹部の言うことだけを聞いて漁民の声を聞かないのか」「歴代の水産行政の幹部が漁連に天下りしているではないか。あなた方はどうなんだ」「海区調整委員会が県政のチェックにならないことは、メンバーを見れば明らかでないか」…。

漁民の生活を軽んじ、浜のボスと一体となった県行政の理不尽に対して、怒りの発露を法的な手段として支えることが私の努めだ。

岩手県立病院にも、岩手県の水産行政にも、岩手山を見て襟を正していただきたいと思う。夕暮れの岩手山も見応え十分だった。
(2015年1月21日)

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