澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

労働運動よ、興れ、輝け、もっともっと強くなれ。

未来を口にすることなく過去をのみ語るのは、まぎれもなく老いの徴候である。しかし、何かしら昔の記憶を書き残しておくことも、無駄ではなかろうと思う。正月くらい、昔話もゆるされよう。

もう死語になったのかも知れないが、「労働弁護士」という言葉があった。略して「労弁」である。私が弁護士を志した学生のころ、伝え聞く「労弁」は神聖な存在だった。「労弁」(労働弁護士)とは、「労働者側で労働訴訟に携わる弁護士」という平板な理解を超えて、「労働者階級の解放闘争に寄り添い、階級闘争に献身的に寄与する専門家集団」という響きを持っていた。

労働弁護士ともなれば、富貴栄達とは縁が無く、求道者のごとくひたすら身を捨てて、労働者階級のために尽くさなければならない。まことしやかに、そんなふうにささやかれていた。
私は、現実の労働弁護士と邂逅する機会をもたぬまま修習を終え、東京南部(蒲田)で労働弁護士となった。さすがに、自分の立場を神秘めいたものとは毛頭考えなかったが、理念型としての労働弁護士像は捨てきれず胸に秘めていたように思う。

その労働弁護士としての仕事は、実に多彩で楽しかった。これは自分の天職だと思った。ときは70年代の初め。安保闘争や学園闘争の余韻さめやらぬころ。総評を支持基盤とする日本社会党が、常に自民党の半数の議席を獲得して、議会内に「改憲を許さぬ3分の1の壁」をつくっていた。72年の総選挙では日本共産党が38名の当選者を出している。東京・京都・大阪・愛知に革新知事が生まれてもいた。国労や日教組を先頭とする、官公労が労働運動をリードし、民間の労組もこれに続いていた。春闘華やかなりし往時である。

今にして思うのだ。労働弁護士の神聖性のイメージは、労働運動に対する敬意に伴うものであったのだ。労働運動の未来は明るかった。その運動の発展は、議会も法も変えて、明るい未来をつくるに違いない。労働弁護士は、その偉大な事業の遂行に奉仕するものとしての反射的な敬意を獲得していたのではなかったか。

そんな時世の1971年春闘から労使対決の現場に投げ込まれた。ストの現場にも、ロックアウトの現場にも出かけた。どこに行っても黙って見ているわけにはいかない。どこの現場でも、まずは企業側に向かってなにがしかのことをしゃべらなければならない。「我々は、憲法と労組法に定められた争議権を行使している。これに介入することは、不当労働行為として許されない」「ピケは許された争議行為だ。争議に伴う防衛的な実力行使は当然に合法である。些細な行為を違法とする会社側こそ違法なのだ」「先制的ロックアウトは違法である。すみやかに、解除しなければ全額の賃金を請求することになる。」…。

そして、現場の労働者に向かって、連帯と励ましの挨拶をする。私の記憶では、先輩弁護士の後にくっついて、その背後でしゃべったことはない。それこそ、即戦力としていきなり現場に投入されたのだ。

修習の時代には、労働弁護士の働く場は、裁判所と労働委員会だろうと思っていたが、実際には大まちがいだった。労組結成のための学習会の講師活動をいくつも経験した。組合活動家が用意した舞台に乗っての講義だが、身の引き締まる思いだった。組合結成となれば、会社側の労務担当から、どんなイヤガラセがあるかも知れない。そのとき、どうすべきか。法はどこまで守ってくれるのか。その知識があれば、自信をもって組合を結成し、役員を引き受けることかできる。学者は、もっと素晴らしい講義ができるだろう。しかし、いざというときに法的援助をしてくれる弁護士の実践的な話しは、大きな励ましとなるのだ。

問題によっては、団体交渉にも出席した。鮮明な記憶があるのは、BA(英国航空)がまだBOACと称していた時代。法的に面倒な問題があって、団体交渉出席を依頼された。これは面白い。支社がはいっている日比谷のビルの一室での団体交渉に出席した。
怪訝そうな顔をしている支社長に、最初は準備していた英語で何とか自己紹介をしてみた。「私は、組合から依頼を受けた自由法曹団に所属する弁護士である。」「自由法曹団とは資本の横暴に苦しむ労働者や、異民族の不当な支配に憤る国民の利益を擁護するための法律家団体である」と言った。そしたら、正面の支店長が「I agree with you.」(「あなたの言うとおり」)と言われて驚いた。実は驚くことはなく、「ああそうかい」くらいのニュアンスだったのかも知れない。

通訳入りの団体交渉で、「労組法6条は、『労働組合の委任を受けた者は、交渉する権限を有する。』と定めています。私は、組合から正式に委任を受けた者ですから、弁護士との団体交渉は認めないと言えば、団交拒否の不当労働行為になります」とも言ったが、会社側の姿勢は極めて紳士的なものだった。

春闘のたびに、国労からの要請で、ストの拠点に泊まり込んだ。これも得がたい経験だった。蒲田駅は、国鉄(京浜東北)と私鉄(東急電鉄)の結節点。もちろん、私鉄労働者には争議権があるが、国鉄労働者にはないこととされている。そして毎年の春闘では、争議権のある東急(私鉄労連)ではストはなく、争議権を認められない国鉄労組がストを打つ。私たちは、国鉄労働者の心意気に感動し、毎年支援に出かけた。職場集会には参加したが、混乱に巻き込まれた記憶はない。

太田は町工場の街であり、多くの町工場に全金(全国金属労働組合)の分会ができていた。糀谷・下丸子・羽田などに、地域支部があって春闘の折には、労組の赤旗が林立した。ときに、組合の幹部と激励にまわった。分会の集会で、オルグが演説でこう言う。「今やベア(基本給のベースアップ)1万円は最低の要求だ。1万円のベアもできない会社には、労働者を傭う資格はない。そんな会社はつぶれてしまえ」。これに現場が拍手する。そういう雰囲気だった。

いくつもの組合の、いくつもの解雇事件や、不当労働行為事件、組合間差別事件を担当した。付き合いのあった組合はすべて民間労働者のもので、国労からの要請でスト支援に行くことを除けば、官公労との関係はなかった。

最も付き合いの深かった単産と言えば、民航労連(民間航空労働組合連合)である。私はひそかに、「一つの単産と一つの法律事務所がかくも緊密に連携している例は他にないのではないか」と思っていた。当時私は相当量の酒を嗜んだ。組合の役員とはよく飲んで、「労働運動は酒場から」の格言を実行していた。

その頃、労働組合こそが社会進歩の正規部隊で、労働運動の昂揚こそが社会進歩の原動力だと信じて疑わなかった。平和も民主主義も人権も、これを快く思わぬ支配勢力の横暴と闘ってこそ勝ち取られる。その闘いの中心勢力こそが労働組合である。労働者は団結し連帯して闘うことによって、自らを解放して平和も民主主義も人権も勝ち取ることになる。労働弁護士は労働者の組織と運動の側にいて、その大きな事業の手伝いをするのだ。

それが今、労組組合の組織率が低迷し、労働運動がかつての権威を有していないことがさびしくてならない。改憲阻止も、平和運動も、脱原発も、政教分離も、格差と貧困の解消も、そして野党共闘や、歴史修正主義批判も、天皇制の跳梁阻止も、正規部隊たる労働運動が中心となって推し進めるべきではないのか。

資本主義ある限り、労働組合・労働運動の存在は必然である。労働運動が活性化し輝いてこそ、明日が開ける。その日の近いからんことを祈る思いである。

以上が、元労働弁護士の正月の繰り言である。
(2019年1月2日)

偉大なるかな「写経共闘」の成果

どこにも言語感覚豊かな人がいる。野党の議員から、「写経共闘」という言葉を聞かされた。社共共闘ではなく、「写経」の共闘。これが含蓄深い。

写経といえば、静謐な環境の中で、ひたすら経文を書き写す。それが精神修行でもあり、功徳でもあるという。その「写経」をともにしたのが、野党の議員諸君。

入管法改正問題で重要な基礎資料となっているのが、失踪外国人技能実習生への聴取票。正確には「実習実施者から失踪した技能実習生にかかる聴取票」。2892枚に及ぶその手書きでの書き写しを「写経」と名付けたのだ。これを立憲民主党、国民民主党、日本共産党、無所属の会、自由党、社民党、参院会派「沖縄の風」の7野党(含む会派)の各議員が分担し、休日返上でやり遂げた。

野党議員の神妙な「写経」ぶりは、下記のURLがよく映している。
https://tr.twipple.jp/p/bb/5860d1.html

スキャンを掛けて統計処理をすれば、あっという間に終わる作業。それをさせたくないというのが、政権側による明らかないやがらせ。衆院法務委員会と参院予算・法務委員会の委員に限定して閲覧を許可したが、コピーもダメ、写メも許可しないと言う。これで、野党議員のやる気を封じようという作戦。

ところが、この姑息な政権の思惑が完全に裏目に出た。野党各党の議員は写経を共にするうちに、安倍政権に対する闘志を共有して、大いに連帯感を醸成したという。のみならず、その集計結果が「なるほど、これでは見せたくなかったわけだ」と肯かせる代物。安倍政権の「ウソとごまかし」体質を裏書きする重要な1事例として加えられることになった。「写経共闘」の偉大なる成果にほかならない。

昨日(12月3日)、写経に携わった7野党(含会派)の議員団が国会内で記者会見し、写経・集計の結果を発表した。
その結果、2892人(重複22人分含む)の対象者(聴取票では「容疑者」)のうち、67%の1939人が最低賃金を下回っていたという。

野党議員団は、月額給与と労働時間から時給を算出し、全国で最も低い宮崎・沖縄両県の最賃時給714円(16年)と比較した。その結果、時給714円に満たない者が、3分の2なのだ。

これまでの政府発表では、「最低賃金以下」を「失踪の理由」として上げた者は22人、0・8%とされてきた。67%と0・8%。こういう比較を「月とスッポン」という。あるいは、「ムチャクチャなウソとごまかし」とも。貴重な教訓を噛みしめなければならない。「安倍政権の言い分も、統計資料も、まずは眉に唾を付けてから聴き、目を通すべし」。うっかり鵜呑みにするとたいへんな目に遭う。

また集計の結果、過労死ライン(月80時間)を超える残業をしていた人が1割に上ることも判明した。これも、写経共闘の貴重な成果。

野党議員団は口を揃えて、「外国人労働者受け入れ拡大の出入国管理法改定案審議の土台は崩れた」と指摘した。誰が見てもそのとおりだろう。これまで法務省が言っていた、「より高い賃金を求めて失踪する者が3分の2」との見解は虚偽だった。「そのウソがばれないよう野党に手書きさせ、その間に法案を衆院で通過させた」のだから悪質極まる。まことに、「嘘つきは安倍の始まり」であり、「ごまかしは法務省の始まり」ではないか。

これだけ追い詰めてなお、法案成立が強行されるとなれば、国民は政権からよほどなめられている。「国民が主権者だって言うのは、投票日一日だけのこと」「どうせ次の選挙までに、みんな忘れてくれる」「だから、何をやってもへっちゃらさ」

これが、今の政権と国民の関係。民主主義の実態なのだ。
(2018年12月4日)

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憲法審査会強行開催糾弾! 自民改憲案「提出」許すな! 12・6早朝緊急抗議行動

【拡散希望】
 『憲法審査会強行開催糾弾! 自民改憲案「提出」許すな! 12・6早朝緊急抗議行動』
12/6(木)AM9:00~ 衆議院第2議員会館前
 主催:戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会

 http://sogakari.com/?p=3911

昔「首斬り浅右衛門」、今「首斬りゴーン」

江戸時代に、代々山田浅右衛門を名乗った首切り役人の家系があった。ご存知、時代劇の(アンチ)ヒーロー「首斬り浅右衛門」である。歴代のうち一人だけが山田朝右衛門を名乗っているが、その本職は斬首の執行ではなく、試し切りだったという。代々のいずれも、試し切りの達人だった。

その考証に関心はないが、家格は一万石相当とされ、実入りは莫大だったという。死体の臓器から家伝のクスリを製造して販売もしていたと伝えられている。

しかし、実入りは良くとも、旗本としての取り立ての機会はなく、明治期にはいるまで士分であっても浪人の身分とされた。「首斬り」は高い技術を要求される職分ではあったが、卑しい職として蔑まれたからであろう。

さて、現代の首斬りヒジネスマン、カルロス・ゴーンのことである。これまでも、毀誉褒貶激しかった人。「稀代のコストカッター」とは、冷酷な首切りをやったということにほかならない。その数、2万人に及ぶという。これを経営手腕として褒めそやすのは、恐るべき頽廃である。真にやむを得ないリストラであったにせよ、卑しい行為として蔑まれなければならない。

これまでゴーンは、労働者の首斬りを敢行した対価として、年間10億円の報酬を得ていたとされていた。この高額報酬を唾棄すべきものと反感をもつべきが正常な感覚である。「人の不幸で肥え太る」ことは、古今を通じて卑しむべきことなのだから。

今、明らかになりつつあるのは、彼の首斬り報酬は実は年間20億円だったという。さらに、会社のカネでの贅沢三昧をほしいままにしていたのだ。いったい、幾らの浪費になるのだろうか。「コストとは、オレのことかとゴーン言い」なのだ。これまで、ゴーンを礼賛していた人々は大いに恥じるがよい。ゴーンの礼賛までには至らずとも、「日産を立て直したのだから、それなりの額の報酬があってしかるべき」などと思い込んでいた人々も。

ゴーンの報酬を最小限とし、冗費を削っていれば、多くの労働者の首を切らずに済んだはずではないか。それをこそ経営手腕という。資本の冷酷な論理を前提にものを見るか。それとも、働く人々の立場からものを見るか。評価は天と地ほどに分かれる。

ちなみに、浅右衛門の斬首の手間賃は、刀砥ぎ代として金2分であったという。
(2018年11月22日)

徴用工も技能実習生も、人権保障を欠いた国外労働力の導入である。

今大きな話題となっている二つの問題。入管法改正の前提にある技能実習生制度と、韓国徴用工判決。両事案の本質が酷似していることに驚かざるをえない。両者とも、企業が要求する劣悪な条件での「外国人」労働者雇用の問題。資本の利潤追求の衝動が、民族差別と結びつくとこうなるという実例。70年余の以前も現在も、すこしも変わらない。

安価な外国人労働力を大量に確保したいという企業の欲求が法案になった入管法「改正」案。日本人労働者の扱いにはさすがに法の規制を守らざるをえないが、外国人労働者なら搾取も収奪もほしいままという企業の認識があり、そのような現実がある。これが、外国人技能実習生であり留学生の実態である。財界や政権のいうがままでは外国人労働者の労働条件は奴隷労働に等しい。その労働力の流入は、国家的規模の奴隷売買と指弾されかねない。

企業は安価な外国人労働力を要求するが、安価な外国人労働力の導入は明らかに日本の労働市場における賃金水準の低下をもたらす。日本の労働者・労働組合にとっては、基本的に賛成しかねる政策。外国人労働者の日本の労働市場への参入については、労働者の権利を侵害することないよう、慎重な配慮が要請される。

戦時中、企業は大いに儲けた。需要は膨れあがり好景気に沸いた。一方、賃金は下げることができたし、労働強化は思いのままだった。しかし、強壮な労働力は徴兵され、慢性的に労働力が不足した。国家総動員法に基づく徴用はこれを補うものだった。当時は外国ではなかった朝鮮各地からの徴用工は、各企業で苛酷な労働を強いられた。当時頻発した徴用工の職場からの逃亡は、現在の技能実習生の失踪と変わるところはない。

資本は、酷薄である。企業間競争に勝たねばならず、利潤を生み続けなければならない以上、厳格に法による規制がなければ、労働条件の改善は期待しがたい。利潤追求の手段として外国人差別や民族的差別意識が利用できるのなら、その利用に躊躇する理由はない。

国外の労働力流入は、国内の労働者にとって歓迎すべきことではない。このことについて、思い出すことがある。今はなき、「赤い尾翼のノースウェスト航空」の運行を止めたストライキと、その国際スト破り阻止問題である。国外からの労働力流入は、スト破りにも使われる。以前にも触れたことがあるが以下に再掲しておきたい。

成田開港以前の1974年秋のこと、当時羽田にあったノースウェスト航空日本支社労働組合(当時500人規模)が45日間の全面ストライキを打ち抜いた。この間、組合は航空機運航のための諸機材を全面的に押さえてピケを張り、会社の使用を阻止した。そのことによって現実に相当便数の運航が止まった。

会社は対抗策として、スト破りを考えた。まずは羽田空港内の国内他社の従業員と機材を使おうとした。これに対しては、ノースウェスト航空労働組合か加盟する産別組織・民間航空労働組合連合(民航労連)が大きな力を発揮した。各社の現業部門の労働組合が、スト破り参加を拒否したのだ。そこで、会社が企てたのが、国際的スト破りだった。

ノースウェスト航空は、自社の労働者を集団で羽田に送りこんでスト破りの業務に使おうとした。現に、ハワイにまでは作業者を結集させて訓練を行うとともに、日本への入国手続に着手した。

私が所属していた東京南部法律事務所が、民航労連の顧問事務所だった。ノースウェスト航空は、私が主担当者だった。ストに伴う多くの法的問題があったが、国際スト破りの入国阻止がメインテーマとなった。

出入国管理法と職業安定法と労組法とを根拠に、意見書を何度も書き換えて「スト破り集団の入国ビザを出すな」「目的を詐って入国した労働者がスト破り作業に従事したら直ちに刑事告発をする」。そのように関係各所を言ってまわった。

外国からの労働力の流入を日本の労働市場の撹乱要因として、国内労働者の雇用の安定のために単純労働者の入国は制限するという出入国管理法と職業安定法の目的規定の最大限利用。スト破りは不当労働行為であって、その労働者の供給は職安法20条に違反するという主張。結果として、国際スト破り集団の入国はなかった。

安易な外国人労働者の国内流入は、労働市場を撹乱して労働者の就労条件を切り下げ、あるいはスト破りまで導入することを可能にする。ことは慎重を要する。そして、受け容れる以上は、人権保障を徹底しなけばならない。

徴用工も技能実習生も、人権保障を大きく欠いた環境での国外労働力の受け入れだった。同じ過ちを繰り返してはならない。
(2018年11月19日)

スト破りとは非難さるべき汚い行為だ。行政も社会もスト破りに協力してはならない。

本日(8月18日)の東京新聞朝刊社会面に、「自販機大手求人、紹介中止を」「都内職安に都労委が通報」の見出し。これだけでは直ちに事情が呑みこめないが、「スト実施 新規雇用防ぐ」の中見出しが目に飛び込んでくる。ああ、そういうことか。

これは素敵なニュースだ。今どき、ストライキを打ってがんばる立派な組合運動がある。これに敵対してハローワークを通じてスト破りを雇おうという、悪代官さながらのブラック企業がある。その古典的な労使の対峙の場で、労働者保護法制と労働委員会制度が法の理念のとおりに正常に機能しているのだ。

労働条件は、労働者と企業との交渉によって決まる。企業の本質が利潤追求にある以上、豊かな生活を求める労働者の要求と対立せざるを得ない。そのシビアな交渉における実質的な交渉力の対等性を確保するために、弱い立場にある労働者には、団結権・団交権・争議権が保障されている。憲法が労働権(27条)・団結権(28条)を保障して、この理念を各労働法制が具体化している。

労働者に保障された労働三権を十全に駆使することで高い労働条件の獲得が期待されるところだが、労働組合の組織率が低迷している昨今、ストライキ実行の話題は極めて乏しい。ところが、この東京新聞の記事によれば、悪代官にムシロ旗を立てて迫る一揆さながらの果敢なストが実行されている。多くの労働者を励ますものと拍手を送らざるを得ない。

悪代官役の企業はサントリー・グループの大手自動販売機事業社だという。「ジャパンビバレッジ東京」という会社名には似た商号があって紛らわしい。「サントリーの自動販売機事業部門」と記憶することで十分だ。今後、自販機でサントリーブランドの商品を見たら、「これが不当労働行為企業」「これが悪代官」と連想しなければならない。できることなら、他社の製品を購入すべきだ。それが、労働者階級の連帯というものだ。

ストを決行している組合は、「総合サポートユニオン」。この労働組合のホームページにアクセスしてみるとよい。なかなかに、活動し実績も上げているようではないか。
http://sougou-u.jp/

同労働組合の加入金が1000円。組合費は月額1000円(学生300円)だという。これなら、だれでも気軽に相談もでき、加入もできるだろう。

東京新聞の記事は以下のとおり。
 東京都労働委員会が都内の複数のハローワーク(公共職業安定所)に対し、飲料の自動販売機事業大手でサントリーのグループ会社「ジャパンビバレッジ東京」(東京)に求職者を紹介しないよう通報したことが17日、労働組合への取材で分かった。労組は未払い残業代などを求めてストライキを実施しており、都労委の通報は、新規雇用によるストの無効化を防ぐ狙いとみられる。

 社員の一部が加入する労組「総合サポートユニオン」によると、8月はじめまでに、職業安定所の中立性を定めた職業安定法により、組合員らが働く都内の3支店を所管するハローワークに通報された。この種の通報は珍しく、同労組によると、都労委は「10年以上ぶり」と説明したという。

 同法20条は「求職者を無制限に紹介することで、争議の解決が妨げられる場合は紹介してはならない」としている。会社が新たに社員を雇い、スト実施職場に充てることで、組合員が不利益を受けるのを避ける規定だ。

 争議は昨年9月、ジャパンビバレッジ東京の自動販売機の飲料補充や保守を担当する従業員が、残業代の支払いや休憩時間の確保などを要求した。昨年12月には、自販機の保守担当社員らに適用されていた「事業場外みなし労働時間制」について、労働基準監督署が「無効」と判断。

 労組と会社側は団交を重ねたが、会社側は「未払い残業代はない」と応じず、労組が4月以降、残業拒否や一部職場でのストライキを実施した。

 ジャパンビバレッジ東京の親会社「ジャパンビバレッジホールディングス」は取材に事実関係をおおむね認め「国の中立性を保つ措置で、違法行為によって制裁的に停止されたものではない」とコメントした。同ユニオンは、今後は民間の求人紹介サイトでの募集停止も求めていくという。

<労働問題に詳しい佐々木亮弁護士の話>として、コメントが付されている。
今回の措置は非常に珍しく、労働者の権利を守るためにとても意義があると言える。今後の労働力不足が懸念される中、従業員を確保することは企業にとって最重要課題だ。一部ハローワークの求人だけであっても、それを断たれるダメージは企業にとって大きい。企業のイメージが悪化する可能性もある。

念のために、職業安定法20条(労働争議に対する不介入)の規定を引用しておこう。

1項 公共職業安定所は、労働争議に対する中立の立場を維持するため、同盟罷業(ストライキ)又は作業所閉鎖(ロックアウト)の行われている事業所に、求職者を紹介してはならない。

2項 前項に規定する場合の外、労働委員会が公共職業安定所に対し、事業所において、同盟罷業(ストライキ)又は作業所閉鎖(ロックアウト)に至る虞の多い争議が発生していること及び求職者を無制限に紹介することによつて、当該争議の解決が妨げられることを通報した場合においては、公共職業安定所は当該事業所に対し、求職者を紹介してはならない。但し、当該争議の発生前、通常使用されていた労働者の員数を維持するため必要な限度まで労働者を紹介する場合は、この限りでない。

この記事を目にして思い出すことがある。今はなき、「赤い尾翼のノースウェスト航空」の運行を止めたストライキと、そのスト破り阻止問題である。

成田開港以前の1974年秋のこと、当時羽田にあったノースウェスト航空日本支社労働組合(当時500人規模)が45日間の全面ストライキを打ち抜いた。この間、組合は航空機運航のための諸機材を全面的に押さえてピケを張り、会社の使用を阻止した。そのことによって現実に相当便数の運航が止まった。

会社は対抗策として、スト破りを考えた。まずは羽田空港内の国内他社の従業員と機材を使おうとした。これに対しては、ノースウェスト航空労働組合か加盟する産別組織・民間航空労働組合連合(民航労連)が大きな力を発揮した。各社の現業部門の労働組合が、スト破り参加を拒否したのだ。そこで、会社が企てたのが、国際的スト破りだった。

ノースウェスト航空は、自社の労働者を集団で羽田に送りこんでスト破りの業務に使おうとした。現に、ハワイにまでは作業者を結集させて訓練を行うとともに、日本への入国手続に着手した。

私が所属していた東京南部法律事務所が、民航労連の顧問事務所だった。ノースウェスト航空は、私が主担当者だった。ストに伴う多くの法的問題があったが、国際スト破りの入国阻止がメインテーマとなった。

出入国管理法と職業安定法と労組法とを根拠に、意見書を何度も書き換えて「スト破り集団の入国ビザを出すな」「目的を詐って入国した労働者がスト破り作業に従事したら直ちに刑事告発をする」。そのように関係各所を言ってまわった。

外国からの労働力の流入を日本の労働市場の撹乱要因として、国内労働者の雇用の安定のために単純労働者の入国は制限するという出入国管理法と職業安定法の目的と、スト破りは不当労働行為だという主張。結果として、国際スト破り集団の入国はなかった。

私が弁護士登録をしたのが71年4月、事件は私が弁護士経験3年半ほどで、起きたことになる。若き日の忘れがたい思い出である。
(2018年8月18日)

正規労働者と非正規労働者、労働条件格差は許容しがたい。

正規労働者と非正規労働者との労働条件格差は大きい。この格差の是正は、ますます大きな今日的課題ととなっており、それゆえに労働法実務の問題ともなっている。昨日(6月1日)、この問題に初めての最高裁判断が示されて話題を呼んでいる。

当然のことながら、あらゆる労働条件をめぐって、労使が鋭く対立している。非正規格差に関しては、労働者側のスローガンは「同一労働同一賃金」だ。しかし、使用者者側は非正規を安価で解雇容易な労働力として使いたい。あるいは使い捨てたい。格差大歓迎なのだ。

たとえば、パートで働く労働者には期末手当が出ない。同じ職場で同じように働いても、正規労働者には30万のボーナスが出て、パートにはゼロ。ありふれた光景だ。社長が、パートに1万円だけを支給したとして、これを「社長のありがたい思し召し」と受けとるべきか、「29万円の不当な格差」と考えるべきか。使用者側の頭になっていると、契約にない1万円が好意で支払われたことになり、「同一労働同一賃金」の原則からは「わずか1万円、バカにするな」ということなる。

労働条件は、労使の交渉で決まるのが本筋。労働者は労働組合を結成して団体交渉で高い労働条件を勝ち取るのが、法が想定するあるべき姿。とはいえ、現状、そのような想定が普遍性を持っていない。そこで、法が労働条件の最低限度を決める形で規制することになる。正規と非正規の格差についての規制はどうなっているか。これが、最近話題の労働契約法20条である。

労働契約法20条は読みにくい。毎日新聞が上手にリライトしているから、それをご覧いただきたい。

 2013年に施行。正社員のような無期雇用労働者と、非正規の嘱託社員や契約社員のような有期雇用労働者の労働条件の差について
 (1)職務の内容
 (2)異動や配置変更の範囲
 (3)その他の事情--
を考慮して「不合理と認められるものであってはならない」と規定する。現在、国会で審議されている働き方改革関連法案では労契法から削除され、パートタイム労働法に盛り込まれる方向で条文の表現も変更される。

お分かりのとおり、正規と非正規に「労働条件における格差があってはならない」とはしていない。「不合理な格差があってはならない」というのだ。では何が不合理か。「労働者の業務の内容」「責任の程度」「配置の変更の範囲」「その他の事情」を考慮して判断する、という。要するに、個別事例ごとに裁判で決着を着けるしかないことになる。

ということは、格差は不当だから納得できないとする非正規の労働者が、裁判を起こすしかないのだが、これは大仕事だ。これまで、幾つかの大仕事が労契法20条の要件を少しずつ具体化する成果を上げてきた。

通勤手当・家族手当・精勤手当・物価手当・住居手当・扶養手当・早出残業手当、夏季・冬季・病気休暇などでの差別は不合理とされてきた。

そして、昨日の「ハマキョウレックス契約社員訴訟」と、「長沢運輸定年後再雇用訴訟」の各最高裁(第2小法廷)判決である。労働者側の反応は対照的だった。「格差からの解放へ」とハタを出した前者と、無念の記者会見の後者と。

本日(6月2日)の毎日社説が要領よくまとめている。以下は、これをベースにした判決内容の紹介。

正社員と非正規社員が同じ仕事をした場合、待遇に差があるのは、労働契約法が禁じる「不合理な格差」に当たるのか。最高裁は、通勤手当などを非正規社員に支給しないのはその目的に照らし、不合理だと初めて認定した。
判決があったのは、物流会社(ハマキョウレックス)の契約社員として働くトラック運転手が提訴した裁判だ。
 1審では通勤手当、2審ではそれに加え無事故・作業・給食の3手当について「支払われないのは不合理だ」と認定されていた。
 最高裁は、四つの手当に加え、皆勤手当についても、乗務員を確保する必要性から支払われるのだから格差は不合理だと判断した。
 しかし、住宅手当については、正社員と契約社員の間に転勤の有無などの差があり、契約社員に支払わないのは「不合理ではない」とした。

 一方で、定年後に再雇用された嘱託社員のトラック運転手3人が原告の裁判(長沢運輸定年後再雇用訴訟)では、基本給や大半の手当について、格差は「不合理ではない」とした。退職金が支給され、近く年金が支給される事情も踏まえた。

 ただし、全営業日に出勤した正社員に支払われる精勤手当や、超勤手当については、やはり個別に考慮して格差は不合理だと結論づけた。

 この裁判で原告らは、同じ仕事なのに年収が2~3割減ったと訴えていた。企業側は「再雇用の賃下げは社会的に容認される」と主張し、2審はそれを認めていた。最高裁は一定の格差を認めつつも、そうした考え方にくぎを刺したと言える。

 長沢運輸訴訟は、1審は労働者側の全面勝訴だったが、控訴審で逆転敗訴となっていたもの。労働者の側からは到底納得しがたい。

この点、本日の東京新聞社説は、こう述べている。

 最高裁の考え方は明確である。同じ仕事をしていて、同じ目的を達成するための手当ならば、正社員、非正規社員を問わず、会社は支払わねばならない-という当たり前の結論である。

 問題は定年後の再雇用者の給料だ。一審判決は「職務が同じなのに賃金格差があるのは不合理」とし原告勝訴だった。だが、最高裁は「定年制は労働者の長期雇用や年功的処遇を前提としながら、賃金コストを一定限度に抑制するための制度」だから、定年を境に賃金体系が変わるとし、原告の言い分を退けた。

 ただ判決には疑問も覚える。運転手がハンドルを握る時間が同じなら、やはり「同一労働同一賃金」という物差しを当てるべきではないのか。

▽長沢運輸の定年後再雇用訴訟判決の要旨はこう述べている。

   再雇用された嘱託乗務員と正社員は、職務内容と配置の変更の範囲が同じだが、賃金に関する労働条件はこれだけでは定まらない。経営判断の観点からさまざまな事情を考慮でき、労使自治に委ねられる部分も大きい。
   定年制は賃金コストを一定限度に抑制する制度。正社員は定年までの長期雇用が前提だ。再雇用者は定年まで正社員の賃金を支給され、老齢厚生年金も予定されている。こうしたことは、不合理かの判断の際に考慮する点として20条が挙げる「その他の事情」となる。

 世の使用者はこの最高裁の判断を納得するだろう。非正規労働者は納得できるはずがない。問題は、正規労働者諸君だ。格差の上位の立場にある者として納得してはならない。労働者の団結こそが労働者の利益で、分断こそが使用者の利益なのだから。

なお、最高裁は賞与の格差についても言及している。定年前、正規社員と当時は5か月分出ていた賞与は、定年後の再雇用で非正規となったとたんに、ゼロとなった。この点について、最高裁は、こう言っている。

    賞与は多様な趣旨を含み得る。嘱託乗務員は老齢厚生年金や調整金が予定され、年収も定年前の79%程度と想定。不合理ではない。

 賞与なくても、定年前後で年収2割減程度なら不合理な格差とはならないというのだ。やむを得ないとして納得すれば、これが世の常識として定着することになる。批判を続けなければ事態は変わらない。労契法20条は、「明らかな合理性に裏付けられていると認められる場合を除いて格差は許されない」と読むべきであろう。

最終的には不本意で無念な判決ではあったにせよ、裁判を起こして原告となった長沢運輸の定年後再雇用労働者の皆さんに心からの敬意を表したい。
(2018年6月2日)

14%アップの韓国最低賃金ー「トリクルダウンを待つ」のではなく、「まずはボトムアップ」の発想

「ひろばユニオン」(発行・労働者学習センター)という労働運動誌がある。その2017年4月号から18年4月号まで、「施行70年 暮らしと憲法」を連載する機会を得た。原則4頁、ときに5頁の紙幅。時々の憲法に関わる話題を語って、1年で憲法の全体像をつかもうという企画。読者と編集者の期待に応えられたかはともかく、締め切りに追われながらも13回滞りなく楽しく執筆できた。

望外なことに、さらに1年連載継続をとの依頼を受けた。今度は、「憲法改正の危うさ」「憲法を破壊する『安倍改憲案』」の表題で、改憲問題の進展にしぼった新シリーズ。こんな執筆の機会をいただけるのはありがたい。

その第1回分掲載の5月号が本日届けられた。4頁分の字数指定だったが、おさまらず5頁となってしまった。その最後が「毎月この改憲問題レポートをお届けし、来年の5月号あたりで、改憲阻止の勝利宣言をもって連載を終了したいものと願っています。」となっている。是非とも、こうありたいもの。

原稿掲載誌として贈られた5月号。特集は、「2018年春闘の成果と課題」。俄然著名になった上西允子さん(法政大学教授)が、「『働き方改革』とどう向き合うか」という連載を担当している。他にも、沖縄問題、ベルギー便り、メーデー事情など充実しているが、最も興味深く読んだのは「韓国最賃事情と労組の活動(上)」という記事。金美珍という人の執筆。

リードが韓国の最低賃金が大幅にアップした。日本と同様に非正規雇用の増大が社会問題となる韓国で、何が起きているのか。そして韓国労組の取り組みは。2回の連載でお伝えする。」というもの。

「社会が注目最低賃金」という小見出しで、こう書かれている。

 韓国ではいま最低賃金をめぐる社会的な関心が高い。過去最大の引き上げ幅(1060ウォン=約100円)を記録した18年度の最賃(時給7530ウォン=約740円)が年明けから適用されたからだ。今回の引き上げによって全賃金労働者の18%、約277万人が直接影響を受けると推定される。主に若年層、60歳以上の高齢層、女性、非正規労働者がこれに含まれる。

えっ? ホント? それはすごい。18年度の最賃(時給7530ウォン)は、17年度の最賃6470ウォンから14%のアップとなる。統計を見ると、2013年以後の日韓両国の消費者物価の変動率は、韓国が若干上回る程度でほぼ変わらない。それで、最賃14%のアップは驚愕すべき数値だ。

東京都の現在の最低賃金は、時給958円。17年10月1日に引き上げられているが、その額26円。率にして2.79%である。韓国の最賃引き上げ率は、東京の5倍となるわけだ。かなり無理な引き上げではないか、との思いが先に来る。社会に歪みをもたらしている面も多々あるのでは。もちろん、雇用の機会を狭めているとの批判も免れないだろう。それにしても、底辺の労働者にはこの上ない朗報。

記事は解説する。
  18年の最賃額はなぜ大幅に引き上げられたのか?
  その背景としてまず、17年に誕生した文在寅(ムン・ジエイン)政権による新たな経済政策パラダイムヘの転換があげられる。当選直後から、文政権は経済不平等の克服を重要な政策課題と提示し、「人が中心となる国民成長の時代を開く」ため「所得主導の成長」を主要経済政策の方向として打ち出した。
  「所得主導の成長」とは、質の良い仕事を提供することで家計の所得と消費を増やし、これが企業の生産と投資の増大、ひいては国家経済の健全な成長につながるという好循環経済のビジョンである。

文大統領は、選挙期から「2020年最低賃金1万ウォン(約1千円)」を公約として掲げ、政権交代後にも「所得主導の成長」の核心政策として最賃引き上げを強調し、家計所得の増大を試みている。

なるほど、アベノミクスとは正反対の発想。大企業と富者が儲かるように経済をまわせば、いずれは底辺の労働者にも、おこぼれがまわってくるというトリクルダウン論はとらない。真っ先に、最底辺の労働者の賃金を押し上げることで経済全体の活性化をはかろうというのだ。日韓、まったく逆の実験が進行していることになる。こんなことは初めて知った。これなら、韓国の民衆は、自分たちの政府、自分たちの政権と考えることができるだろう。日本の大企業が、安倍政権を、自分たちの政府、自分たちの政権と考えている如くに。

  実際、2020年までに「最低賃金1万ウォン」を達成するためには、年平均15.7%ずつ引き上げなければいけない。今回の引き上げは大統領選挙の公約を守るだけでなく、「所得主導の成長」を本格的に展開するために踏み出した第一歩として意味づけることができる。

続く記事によると、実のところこの政策はけっして政権の独走ではない。「最低賃金1万ウォン」の要求は、韓国で高い支持を得て、労働運動の主要テーマとなっているのだという。17年6月には、「最低賃金1万ウォン」を求めるストライキに多くの参加があったともいう。

この記事は、文政権の政策よりは、韓国の労働運動が、なぜ、どのように、「最低賃金1万ウォン」を目指しているかを描いている。

それにしても、われわれは(私は、というべきか)韓国のことを知らな過ぎる。これほどに学ぶべきことが多いにもかかわらず、である。
(2018年4月28日)

中学生・高校生に「働くルール」の授業を

本日(2月27日)の赤旗11面に掲載されたあるコラム。筆者は、大阪の元教員。「中学生が学ぶ働くルール」連載第4回の最終回。拡散のつもりで、全文をご紹介したい。

「最終回は、解雇と退職勧奨の違い、整理解雇の4要件がテーマです。
歯科衛生士の私の妻は勤務先の病院が歯科を閉鎖するとき、解雇されそうになりました。退職手続きにやってきた事務長に、妻は「これは解雇か退職勧奨か」と問い詰めます。のらりくらりと逃げる事務長に、「解雇するなら撤底的にたたかう。大阪労連(授業ではO労連)にも支援を要請する」と通告しました。
 事務長の質問「大阪労連って何?」は想定内でした。「大阪労連はK病院(同じ業種)やMゴルフ場(病院の裏山)の解雇を撤回させた組織です」と言ったとたんに事務長は部屋を飛び出しました。夕方には会長がやって来て、希望者全員が他の部署で継続雇用となりました。

授業では事務長とのやりとりをリアルに再現しました。1人の抗議で解雇を撤回させることができた背景には地域の二つの労働争議があったこと、そして1人の抗議が同僚の職も守ることができたことを伝えました。生徒の感想は…。
『声をあげることは少し怖いですが、それをすることで自分の一生も、もしかしたら他の人の人生も変わるかもしれないなと思った』
 『不当な扱いに声をあげることは、自分のためだけではなく周りの人のためにもなるということがよくわかった』
 『僕は、1人が世の中の常識を知っていたら多くの人が救われると思う。いけないことがあるならば、はっきり言うことが大事だなと思った。働くルールを理解し、まちがいをしないようにしたいと思った』

連載を終えるにあたってひと言。労働組合や民主団体は、常に世代継承の課題と向き合っています。一方で若者はアルバイトや奨学金の返済に追われ、社会の仕組みを学ぶ機会が奪われているのが現状です。彼らの生活や感性に寄り添った学びの場を提供すれば、大きく成長する可能性も秘めており、ここに希望があるのではないでしょうか。」

なんと真っ当な中学生の反応だろう。確かに、「ここに希望がある」。中学生や高校生に、「働くルール」を教えることは大切だ。昔私が若手弁護士として労働事件にのめり込んでいたころ、私教連からの要請を受けて、就職間近の高校3年生に、労働基準法と労働組合法の講義をしたことがある。明日からの実人生に関わる問題として、みんなが真剣に聞いてくれたことを思い出す。何年かにわたって、延べ10回ほどもしたのではなかったか。道徳教育の時間など、全部を「働くルール」に充ててもよいのではないか。

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同じ日に、毎日新聞に対照的な記事がある。京セラを創業した稲盛和夫の半生記「思い邪(よこしま)なし」。ロングインタビューをした作家の執筆という。

本日の小見出しは、「若手社員の反乱」

設立2年目の昭和35年(1960年)、高卒の新人社員を20名迎え入れた。元気があって優秀そうな少年たちが入ってきてくれた。

ところが彼らは入社直後から不満をこぼし始める。
理由はあった。採用の際、宮木電機の立派な事務所を借りて面接をしたのだ。当然彼らは試験会場を本社だと思い込んでいる。ところが入社すると、宮木電機の古ぼけた木造の倉庫のような建物が自分たちの会社の本当の姿だったのだ。一階の焼成炉の出す熱が二階にまともに上がってくる。夏は猛烈な暑さの中、下着姿で汗だくになって働かされた。
(詐欺に漕ったも同然だ!)と不満をこぼし始める。

1年でそれは爆発する。
昭和36年(1961年)4月29日のこと、前の年に入った高卒社員のうちの11人が突然、稲盛のところにきて「要求書」を突き出した。
採用時に一年経てば月給制にすると約束していたことの速やかな履行(それまでは日給制で、遅刻・早退・欠勤があるとその時間分を基本給から差し引かれていた)。そして毎年の昇給とボーナスの支払いなど将来の保証を求めてきたのである。
「これを了承していただけなければ全員辞めます!」
青天の霹靂とはこのことだ。

〈採用試験のときから、「何ができるか分からないが、一生懸命頑張って立派な企業にしたいと思っている。そういう企業で働いてみる気はないか」と彼らに話をしてきた。それを承知のうえで採用され入社したはずなのに、一年早々で会社に要求を突きつけ、「保証をしてもらわなければ、我々は会社を辞めたい」と言ってきた〉(『ガキの自叙伝』)

おまけに採用時に知らなかた事実が判明する。高卒の新入社員には京都西陣の職工の子弟が多かったのだが、中でもリーダー格の青年の父親は西陣の共産党のオルグの中核をしており、彼は家で夜な夜な父親たちが労働争議の相談をしているのを聞きながら育ったというような家庭環境だったのだ。
「だから会社にも赤旗新聞を持ってきて、廊下に落ちておったりするのはざらだったんですね。非常に危険だなというふうに、当時思っておりました。その連中に一生懸命、人間とはというようなものを説いてですね。みんなをこちらのほうに向けさせていくというのを頑張ったんですけれども…」

当時を思い出して筆者に語る稲盛の顔に、悔しそうな表情が浮かんだ。
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私は、1962年に高校を卒業しているから、稲盛に「要求書」を突きつけた若者たちと同世代、親近感を覚える。団結しての、断固たるスジの通った要求。立派なものだ。

これに対して、約束を守らずして、「その連中に一生懸命、『人間とは』というようなものを説いてですね」とごまかそうという稲盛はみっともない。アベ並みの「思いっきり邪(よこしま)」ではないか。資本主義社会とは合理的なものだ。《契約は遵守されなければならない。とりわけ、企業が労働者にした約束においては》。こんな当たり前のことが分かっていないのだ。

しかも、「リーダー格の青年の父親は共産党のオルグの中核をしており、彼は家で夜な夜な父親たちが労働争議の相談をしているのを聞きながら育ったというような家庭環境」「非常に危険だな」が、たいへんに興味深い。

天皇制下での治安維持法は、国体の安寧と併せて、露骨にも資本主義経済体制の擁護を目的に明記した。恐らくは、戦前の企業人にとっては、天皇制の擁護と共産党の排除とは表裏一体のもので、天皇制政府が企業の守護者であると実感していたに違いない。60年当時の稲森の頭も、反共主義の点では戦前の経営者と同様の感覚だったことをよく示している。恐らくは今なお同じに違いないし、多くの経営者が同じ頭になっているのだろう。

つくづく思う。中学生にも高校生にも、働くルール学ぶことは重要だ。稲森とて、純粋な中学生時代があったろう。その頃に、「働くルール」をきちんと学ばせておくべきだった。そうすれば、起業してから、労使双方にとってもっとよい労働環境を作ることができただろう。無用な紛争を避けることは、労使双方にメリットがあることではないか。

今、アベ政権が「働き方改革(働かせ改悪)」一括法案を国会に提出予定であり、裁量労働制の対象業種拡大が大きな話題となっている。アベのやることだ、企業の利益のためのものであって労働者の不利益に決まっている、と考えるべきがまず真っ当な感覚。そして、労働時間に関する仕組みの基本は、中学生や高校生のうちにきちんと学んでおくべきなのだ。稲盛だけではなく、「思い邪(よこしま)」な経営者が跋扈しているのだから。
(2018年2月27日)

憲法運動に労働組合の積極参加をー96歳吉田博徳さんの問題提起

吉田博徳さんは、どんな会議でも大集会でも、背筋を伸ばしてはっきりと発言される。声量豊かで滑舌にくぐもりがないというだけではなく、論旨が明快なので聞き取りやすい。だから、吉田さんが話を始めれば、自ずと聞く姿勢になる。私も、襟をただして聞く。

吉田さんは、1921年6月23日のお生まれだという。沖縄戦終結の日が24歳の誕生日だったことになる。60年安保のころが39歳だ。今年の誕生日で96歳。まったくお齢を感じさせない矍鑠ぶりには脱帽するしかない。もと、全司法労働組合の委員長、そして昨年まで日朝協会都連会長。いつも、新しい話題を提供される。

先週土曜日の午後。日民協の総会で、吉田さんのとなりに席を占めた。
「今年は、ロシア革命100周年ですからね、11月にペテルスブルクへのツアーを企画しているんですよ。レーニンの活躍の跡を訪ねる旅です。澤藤さん、ご一緒しませんか。10泊の日程で少し長いから現役の弁護士さんにはちょっと無理かな」「寒さは、そりゃ寒いですよ。でも、きちんと着るものを着ていけば大丈夫。心配するほどではありません」
11月のロシアの寒さに怖じ気づいて、結局事前の学習会だけには参加することを約束した。

その吉田さんが、総会ではマイクを持って発言された。大要次のとおり(と理解した)。
今、安倍内閣による憲法改正の策動が本格化していますが、これを阻止する運動の中心に、本来は組織労働者が存在感を示していなければなりません。市民が立ち上がっているのはけっこうなことだけれど、労働組合が憲法運動にしっかりと取り組めていないことを真剣に考えなければなりません。

昨年の統計で、労働者の組織率は17.3%、1970年代の初めころが35%の水準でしたから、ジリジリ下がり続けて半減したことになります。しかも、低い組織率の労働組合が、憲法問題や平和運動に取り組めていないという現実があります。

かつて労働組合は、組合員のよりよい生活を求めて人権課題にも、平和問題にも、基地闘争にもそして憲法擁護運動にも取り組みました。いま、そのような組合はまことに少ない。安倍改憲に反対運動が必要なこの時期に、残念でなりません。

もう一つ、安倍政権の支持率を年齢別に調べると若い層ほど支持率が高いということで、これも大きな問題ではないでしょうか。本来、雇傭も労働条件も、労働組合運動が勝ち取るべきものであるはずなのに、若者たちにその視点がない。多少求人倍率が上がると、「内閣のおかげ」だと思い込んでしまうのが若者たちの現実ではありませんか。

いったい、どうして今日、労働組合の組織率が低下の一途をたどっているのか。どうして労働組合が憲法運動や平和問題に取り組めていないのか。どうすれば労働組合の加入率を高めることができるのか。どうすれば、労働組合が憲法運動や平和問題に取り組むように変えていけるのか。そして、若者の労働組合加入率を高め、若い組合員に憲法問題に関心をもってもらうためにはどうすればよいのか。是非お考えいただきたい。知恵を絞り、できることからやっていただきたい。」

なるほど、そのとおりだ。改憲阻止運動をはじめとする諸運動の最前線に労働組合の存在感が希薄である。そして、各大学の学生自治会の姿が見えない。学生がクラスやサークルで議論し意見を集約して集団で参加するというかたちも見えない。言わば組織性に支えられた正規軍の姿がなく、パルチザンだけで闘っているのが運動の現状ではないか。

労働者とは、生活をする市民の職場での姿。労働者は、職場を出れば消費者であり、政治的には有権者であり、地域住民でもある。場合によっては、株主でもあり、協同組合員でもあり、NPO活動家でもある。

ということは、必然的に労働者の要求が単に労働条件の維持改善だけではないことを意味する。平和も人権も民主主義も、そして日本国憲法堅持も労働者の要求である。とりわけ、労働基本権を明記する憲法擁護は切実な労働者の要求である。さらに、税金を下げろ、教育や社会福祉を充実せよ、医療を改善せよ、格差をなくせ、安心して暮らせる社会を作れ、公害も消費者被害もない生活を保障せよ…。労働者の利益のための政策を実現せよ。これらのすべてが労働者の要求なのだ。

労働組合の基本的任務が使用者に対する関係での労働条件の改善であることは当然としても、労働組合の課題はそれにとどまらない。市民としての労働者の諸要求は、政治や政策と密接に結びつかざるを得ない。労働者の地位の向上のためには、個別の企業や資本への直接の要求とは無関係の政治的な課題に取り組むことは必然となってくる。これを政治主義とレッテルを貼って排除するのは、イデオロギー闘争における敗北にほかならない。

昨日(7月14日)の「法と民主主義」編集会議に、吉田さんが「憲法と日本の労働組合運動」と表題する特集案を提出していた。
幾つかの論点の中に、「労働組合組織率の現状をどう見るか。―日本の支配層の労働組合政策。特に安保闘争以後の対策」という項目がみえる。

今秋、しかるべき専門家の執筆を得て、以上の問題意識をもっての「法と民主主義」の特集が組まれることになるだろう。もしかしたら吉田さんは、その特集号をペテルスブルクの旅先で読むことになるかも知れない。
(2017年7月15日)

今日は良い日だ。労働仮処分に勝利の決定。

判決は必ず公開の法廷で、予め告知された日時に言い渡される。民事訴訟の場合、各当事者に出席の義務はなく主文だけしか朗読されないが、ともかく公開性は確保され、言い渡しの日時は必ず事前に通知されている。突然の判決言い渡しはあり得ない。

ところが、判決ではなく決定となるとそうではない。言い渡しという観念がない。公開性もなく決定の日の事前通知もない。労働仮処分についても、ある日予告なく決定が出ることになる。決定が出たという通知を受けて、裁判所に決定書を取りに行くか、郵便による特別送達を待たねばならない。

連休明けの本日(5月8日・月曜日)午前11時頃に、「東京地裁民事19部です」という書記官からの電話を受けた。「平成29年(ヨ)第21001号と2号事件の決定が出ました」という。愛想よく、「お待ちかねの認容の決定が出ましたよ」などとはけっして言わない。

「今日中に決定書を受領に伺いますが、まさか申し立て却下の決定ではないですよね」と水を向けるが、なんとも返事は素気ない。「決定書の送達が告知ですので、決定書の受領をお願いします」というのみ。

いま私の手許に、その2通の労働仮処分の決定書がある。同じ使用者を「債務者」(仮処分事件では相手方をこう呼ぶ。本訴になれば被告にあたる呼称)とするもので、事実上の解雇を争い、賃金の仮払いを求める内容。1件は、「毎月21万2000円を仮に支払え」という申立の全額が認められた。もう1件は、「毎月12万円を仮に支払え」という決定主文。この人は、別の収入があるのだから、仮払い金額としてはこれでよいだろうというもの。あとは本訴で勝ち取ればよいのだ。なによりも、決定の理由が素晴らしい。

この事件は、澤藤大河が弁護士として依頼を受け、方針を定め、申立書を作成し、疎明資料を集め、審尋を担当してきた。今年の正月明けの1月4日に、東京地裁労働部に仮払い仮処分を申し立て、事件番号が労働仮処分事件として今年の01番と02番の事件番号が付いた。その後、審尋期日に疎明を尽くし、裁判所は債権者(労働者)側の勝利を前提とした和解を提案したが、債務者の受け入れるところとならず、4月12日審尋を終えて、今日まで決定の通知を待っていたもの。

2人の労働者はアメリカ人でいずれもリベラルな知性派だが、日本語が堪能とは言えない。私もリベラルな知性派だが、英語が堪能とは言えない。コミュニケーションはもっぱら英語で、この事件は大河にまかせるしかない。私の出る幕はない。

2人の勤務先は都内に12のブランチをもつ語学学校で、この2人は英語講師としてかなり長く働いてきて、労働者であることに疑問の余地はないとと考えてきた。使用者は、宣伝広告によって受講者を募集し、授業時間のコマ割りをきめ、定められた受講料のうちから、定められた講師の賃金を支払う。労働時間、就労場所、賃金額が定められている。これまでは、疑いもなく、労働契約関係との前提で、有給休暇の取得もあった。

ところが、経営主体となっている株式会社の経営者が交替すると、各講師との契約関係を、「労働契約」ではなく「業務委託契約」であると主張し始めた。そして、全講師に対して、新たな「業務委託契約書」に署名をするよう強要を始めた。この新契約書では有給休暇がなくなる。一年ごとの契約更新に際して、問答無用で解雇される恐れもある。

経営側が、「労働契約上の労働者」に対する要保護性を嫌い、保護に伴う負担を嫌って、業務請負を偽装する手法は今どきの流行りである。政権や財界は、労働形態の多様性という呪文で、正規労働者を減らし続けてきた。これも、その手法の主要な一端である。

法とは弱い立場の者を守るためにある。経済的な弱者を守るべきが社会法であり、その典型としての労働者保護法制である。本件のような、「請負偽装」を認めてしまっては労働者の権利の保護は画餅に帰すことになる。

本件の場合、講師の立場は極めて弱い。仕事の割り当ては経営者が作成する各コマのリストにしたがって行われる。受講者の指名にしたがったとするリストの作成権限は経営者の手に握られている。このリストに講師の名を登載してもらえなければ、授業の受持はなく、就労の機会を奪われて賃金の受給はできない。これは、解雇予告手当もないままの事実上の解雇である。やむなく、多くの講師が不本意な契約文書に署名を余儀なくされている。

しかも、外国籍の労働者には、就労先を確保することがビザ更新の条件として必要という特殊な事情もある。つまり、労働ビザでの滞在外国人労働者にとっては、解雇は滞在資格をも失いかねないことにもなるのだ。その学校での100人を超す外国人講師のほとんどが、契約の切り替えに憤ったが、多くは不本意なからもしたがわざるを得ない、となった。

それでも、中には経営者のやり口に憤り、「断乎署名を拒否する」という者が2人いた。「不当なことに屈してはならない」という気概に加えて、この2人は永住ビザをもつ立場だった。

この五分の魂をもった2人は大河の友人でもあった。大河は、友人の役に立てただけでなく、弁護士として労働者全体の利益のために貢献したことになる。この事件の争点は、2人の労働者性認定の可否だった。債権者側が提示したメルクマールをほぼ全て認めて、完膚なき勝利の決定となった。

明日には、債務者から任意に支払いを受けるか、あるいは強制執行をすることになるかが明確になる。本案訴訟の判決確定までフルコースの解雇訴訟経験も良し、早期解決も良しである。今日は実に良い日だ。
(2017年5月8日・連続第1499回)

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