澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

連合とはなんだ ー 「労務管理機構」であり、「改憲推進装置」でもある。

(2022年5月4日)
 昨日の有明憲法集会でもらったビラに掲載されていた一句。
   アヒルから、番犬になる大労組 (一志)

 戦後労働運動の興隆期、主流に位置していたのが「産別会議」だった。階級闘争をスローガンに掲げた運動スタイルで占領軍と日本の政権から弾圧を受けると、それに代わる労使協調派が「総評」を結成した。ところが、間もなく「総評」は変身する。労働者の利益実現のために闘う組織となり、日本社会党の護憲路線を支えることにもなる。当時これを、「ニワトリの卵からアヒルが孵った」と話題になった。

 おとなしいニワトリと思って育てた総評が、反米・反権力のうるさいアヒルになったという喩えだが、その総評も今はない。大企業の大労組は連合に組織され、資本と権力の番犬になり下がっているという川柳子の一喝。さて、この番犬、いったい誰に吠えかかり、誰と闘っているのだろうか。

 出版社「ロゴス」が発行している「フラタニティ」という季刊誌がある。最新号(№26、2022年5月号)の特集が「ウクライナ危機が提起するもの」として充実しているが、巻頭に「連合は果たして労働組合なのか? ― 『連合』序論」(掛川徹)という論文が掲載されている。現場からの具体的な情報の発信として、興味深く説得力がある。そのうちの貴重な一節を引用させていただく。

 「筆者が経験した職場では『経営の必須事項だからオマエ労務のことも勉強しとけ』という会社の意向で組合役員に取り立てられるケースがほとんどだった。事前の内示もなく勝手に組合役員に立候補すれば会社から報復人事を含めて凄まじい攻撃を受ける、という生々しい話も直接耳にした。ある会社では給与を年収ベースで100万円切り下げる事態も経験したが、組合役員が何度も行う職場『オルグ』では組合員の疑問に対して組合役員が会社の立場を滔々とまくしたて、うんざりした組合員が『もういいです』と話を切り上げるのが常であった。いざ賃下げとなった暁には「あれだけ何回も意見を聞いたのにあんたはその時黙ってたじゃないか」と言われてしまうので全員が黙々と条件の切り下げを飲み込んでしまう。ある意味で実に民主主義的なやり方で労働条件切り下げを飲ませる手法に筆者も舌を巻いた記憶がある。

 職場集会が終わればロッカールームで「あいつは会社側の人間だ」「どうせうちは御用組合ですから」「俺たちの高い組合費でうまいもんばっかり食いやがって」とボロクソの批評が飛び交うが、表だってこれを口にする人間はいない。

 こうした職場で「労働組合」とは労務課の出先機関にすぎず、組合役員は労務担当係長相当としか思われていない。ユニオンショップの下では組合から除名されれば会社もクビになる。組合に逆らうことは会社の上司に逆らうのと同じことなのである。

 …企業内労働組合は会社が命令できないことを労働者に飲ませる資本の別働隊というのが現場の実感である」

 以上は、「労働組合の体をした労務管理機構」という小見出しの一節。また、「格差拡大に加担する連合」という節もある。そこには、次のような生々しい体験が語られている。

 「以前勤めた会社で予定されていた私の正社員登用がコロナ禍で取り消しとなったため救済措置を求めて職場労働組合に援助をお願いしたことがある。私鉄総連傘下の組合書記長は私の申し出を言下に断った。

書記長「掛川さんはうちの組合員じゃないし、組合費も払っていないので組合としては動けません。個人と会社の雇用関係なので嫌なら辞めればいい」

掛川「動けないというのはどうでしょう。非正規雇用の同僚が切り捨てられるんだから、広い意味で職場環境の問題として組合が動くのは別に構わんじゃないですか」

書記長「職場環境を言うなら組合が要求して頑張ってきたからこんなに職場がきれいになったんです。組合費を払っていない掛川さんは組合の成果にタダ乗りしているんですよ」

掛川「…(絶句)会社も組合も話を聞いてくれないんだったら合同労組に加盟して団体交渉を申し入れるしかないですね」

書記長「それだけは絶対やめてください。うちはユニオンショップだから他の組合に加盟したらクビですよ」

掛川「私は正社員じゃないからそもそもオタクの組合に入っていません。労働者が労働組合に入ることは法律で認められた権利じゃないんですか」

書記長「経営危機を乗り切るため職場一丸で頑張っているときに掛川さんが外部勢力を引き込めばあなたの居場所はこの会社にはありませんからね」

 こういうエピソードを添えられると、連合についての幾つかの常套句が、真実味を帯びてくる。「正社員クラブ」「労働貴族」「裏切り者集団」「経営者予備軍」…。これらの呼称は、いずれも連合が「資本の番犬」であって、「正社員クラブ」の会員権を持たない労働者に吠え、噛みついているという一面を表している。だが、実はそれにとどまらないのだ。

 ところで、連合もメーデーには集会もする、デモもする。もっとも5月1日にではない。かつての天皇誕生日4月29日に、「労働者の祭典」を開催して恥じない。今年の連合メーデーを一瞥すれば、連合のなんたるかは一目瞭然である。何しろ、護憲も改憲阻止も、「9条守れ」も一切出てこない。政府や労働行政や小池百合子を来賓に呼んでの集会。これが労働組合の集会とはとても思えない。

 芳野友子(連合会長)による冒頭の挨拶は、資本や政権への対決姿勢は毛ほどもない。来賓挨拶の内容を連合自身のホームページ記事から引用する。

 政府を代表して松野博一内閣官房長官が「かつて労働政策は経済政策に従属的なものとされていたが、今日、雇用・労働政策は社会・経済政策を牽引するものとなっています。これには連合の活動も大きく貢献しているものと思っています。人への投資を起点とした成長と分配の好循環の実現に向け、これまで以上のご支援・ご協力をお願いします」と述べました。

 次いで、労働行政を代表して後藤茂之厚生労働大臣は「成長と分配の好循環を実現するためには、持続的な賃金の引上げとそれを支える生産性や労働分配率の向上が必要になります。賃上げを可能とする条件を支えられる労働政策を実行していきます」と述べました。

 続いて、メーデー中央大会を後援している東京都から、小池百合子知事が「組合員の皆様には、都民の生活を支える現場で尽力いただいている。私は現場を守る労働者の皆様をしっかりと支え、迅速に政策を実行していきます」と述べました。

 この連合の政府や行政との蜜月ぶりはいったいどうしたことか。本日の「毎日」朝刊トップの大型記事の見出しが「労組分断(その1) 自民、改憲狙い連合接近 4年前、国民民主に布石」となっている。その冒頭の一文が、以下のとおり。

 「政権交代を目指してきたはずの連合がおかしい。夏の参院選が迫る中、立憲民主、国民民主両党への支援に力が入らず、むしろ自民党への接近が目立つ。約700万人を擁する労働組合のナショナルセンターは、どこに向かうのか。」

 毎日が、「連合がおかしい」というのだ。結論から言えば、これまでは資本の犬でしかなかった連合が、今や政権の犬にもなっているということなのだ。ことは、今夏の参院選に影響を与え、さらには「改憲問題」における保守派の手駒になりつつあるということなのだ。

 連合は、野党共闘を積極的に妨害し、改憲阻止派の議席を減らして、憲法改悪に途を開こうとしている。権力の番犬となって、憲法や民主主義に吠えかかっていると言わざるを得ない。

 毎日の記事の一部を紹介する。

 「4月18日には芳野氏が自民党本部で講演。終了後、記者団の取材に応じる芳野氏の背後に、岸田首相のポスターに加え、『憲法改正の主役はあなたです』と記したポスターが張られていたのは偶然ではないだろう。」

 実はこの記事、ネットの有料記事として読める。下記のとおりのネットで全8回の企画だが、現在7回までがアップされている。

第1回 加速する「自民シフト」
第2回 消去法で芳野氏に
第3回 「トヨタショック」直撃
第4回 「組合=野党」もはや過去
第5回 内部分裂の兆し
第6回 参院選 現場は混乱
第7回 声を上げる女性たち
第8回 どうなる連合 専門家に聞く

その第7回の最終行は以下のとおり。大新聞の論調としてはかなりの突っ込み方ではないか。

 「芳野会長が誕生した時に膨らんだ女性たちの期待は急速にしぼんでいる。連合関係者の女性も「芳野さんが何をやりたいのか分からない。働く者と横につながるでもなく、説明もなく一人で進む。とてもじゃないが一緒にやれる人ではない」と困惑する。女性たちが怒りの声を上げ始めた。」

 芳野体制は連合内部でも評判すこぶる悪く長くもちそうにはないようだ。しかし、ここまできた資本や権力に対する姿勢を軌道修正できるのだろうか、そこが問題なのだ。

祝・第93回メーデー。労働運動の発展を祈念する。

(2022年5月1日)
 本日、第93回メーデー。労働者が階級的な団結と連帯を確認し合う日。団結して闘うという働く者の誇りを示すべき日。国内的にも国際的にも、労働者の主要な闘いの課題を語り合い決意を固める日。そして来たるべき働く者が主人公となる未来の社会を語るべき日…。

 ではあるが、メーデーについても理想と現実の落差は覆いがたい。昨日の毎日朝刊の「ふんすい塔」欄に、百言居士氏(長野)の自嘲的な投稿。

 メーデー
   団結ガンバロー
         ――連合
         ――自民

 労働者の団結の以前に、労働者としての自覚と資本からの独立が求められる。が、それが実現していない。政府やら、自民党やら、電力会社と「団結」していることを隠そうともしないのが、連合である。これが、我が国最大のナショナルセンターなのだから、労働運動昏迷の時代を嘆かざるを得ない。

 私が初めてメーデーを体験したのは、1962年5月だった。私は、その年の4月に東京外国語大学に入学したばかり。誘われるままに中央メーデーに参加した。当時18歳だった私は、その大群衆に感動もし興奮も覚えた。

 「労働者階級」なるものが、単なる観念ではなく実体として存在するものなのだと思わされる衝撃だった。ときは、安保闘争の直後、若者はすべからく革新であり反体制であった時代のことである。

 あのときのメーデーで特に記憶に残ることが二つある。デモを待つ間に、間近かに野坂参三の演説を聴いた。とげとげしいアジテーションではなく、とても穏やかな口調だったことが印象に残った。そしてもう一つは、デモ行進のさなかに、ヘルメットと竹竿の部隊から突然に襲われたこと。これには驚いた。

 わたしは、自分の隊列がどのような政治的色分けをされ、どのセクトからなにゆえに襲われたのか、まったく理解できなかった。怪我人が出るような事態にはならなかったが、腹立たしさが残った。このとき以来、暴力的な運動スタイルには拒否の姿勢を貫いてきた。

 あれから60年である。長く、日本の未来は労働運動の発展如何にかかっていると考え続けてきた。必ずしも、社会主義を理想としたわけではないが、もっと公正で、もっと自由にものが言えて、みんなが豊かになって、人権や民主主義や平和が重んじられる、そんな日本の未来である。弁護士として労働事件に関わる中で、悪辣な資本の手先となる御用組合の犯罪性を見せつけられ、幾たびも歯がみをしてきた。今、集団的労働事件が少ない。闘う労働者の姿が見えてこない。

 啄木の苦い思いを噛みしめざるを得ない。
 
  新しき明日の来るを信ずといふ
  自分の言葉に
  嘘はなけれど―

 それでも、メーデーだ。平和で自由な社会を求める労働者の祭典 メーデー万歳。

東電労組とはなんだ? 連合とはなんだ? そして、国民民主党とは?

(2022年4月17日)
 本日の赤旗社会面に、要旨以下の記事が掲載されている。
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik22/2022-04-17/2022041713_01_0.html

《元社員向け広報に「国民」参院候補チラシ同封》
 東電が元社員に定期的に郵送している社内報(『TEPCOmmunity(テプコミュ)』)に、7月の参院選に国民民主党から比例代表で立候補する竹詰ひとし・東京電力労働組合委員長への支援を求めるチラシが同封されていた。

 チラシには、「先輩の皆さまへ」として、「東京電力労働組合は『竹詰ひとし』を電力の代表として国政へ送り出すため、組織の総力を挙げて取り組んでまいります」と書かれている。

 竹詰は自身のツイッターで原発について、「日本もより安全性や信頼性等に優れる革新的な炉へのリプレース・新増設や研究開発等の必要性をエネルギー政策に明確に位置づけるなど、原子力の将来ビジョンを国の意思として打ち出すべき」だと述べ、原発推進を訴えている。国民民主党も原発の早期再稼働を主張。2022年度政府予算に賛成し、事実上の与党となっている。

 赤旗は、「東電は福島第1原発事故後、実質国有化されている。公的性格がきわめて強い企業が、事実上の与党となった政党の候補を支援する」ことへの批判を紹介している。が、それだけが問題なのではない。

 東電労組の「『竹詰ひとし』を電力の代表として国政へ送り出す」という一文が衝撃である。「電力の代表」とは、電力業界の代表の謂いである。労働者・労働組合の代表でも、労働界・労働運動の代表でもなく、電力業界の代表だというのだ。

 労働組合が臆面もなく企業・業界代表の姿勢を公言し、だからこそ企業が選挙に協力する。いや、実のところは、企業の代表者が労組の仮面を被って選挙に出馬しているとみるべきだろう。

 この竹詰という候補者のホームページには、こんな政策の訴えがある。

 ~「環境と経済の両立」に向けた現実的な政策を政治へ
 「S+3E」を基本とした現実的なエネルギー・環境政策の実現
 資源に恵まれない日本の「エネルギー安全保障」を確保するため「S+3E」の考えのもと、再エネや原子力・火力等、既存の人材や技術を最大限活用した現実的なエネルギー・環境政策の実現に取り組みます。

 「S+3E」とは、2021年10月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画での基本コンセプト。安全性(Safety)を前提としつつ、安定供給(Energy Security)を確保し、経済性向上(Economic Efficiency)と、環境への配慮(Environment)を図るとする。要するに、「S+3E」は原発再稼働容認とセットになって使われ、原発推進OKというお札となっている。

 福島第1原発事故の責任者である東電自身が言いにくい原発再稼働推進を、東電労組と、候補者竹詰に言わせている図である。東電は労使協調を旗印とする典型的な御用組合である。だから、東電労組委員長が立候補する選挙は、企業ぐるみ選挙であり、業界ぐるみ選挙であり、労使渾然一体ベッタリ選挙とならざるをえない。

 この予定候補者の最近のツィッターにも、「法令に基づく安全基準を満たした原子力の早期再稼働が必要! (午前8:58·2022年4月15日)」と露骨である。

 ところで、この人の肩書は、「東電労組・中央執行委員長、関東電力総連・会長、全国電力総連・副会長」であるという。言うまでもなく、電力総連は連合の有力単産である。この電力総連の姿勢は、連合の姿勢でもある。

 こうして、企業に支配された労使協調の労働運動は連合に束ねられ、さらに国民民主党をパイプとして保守政権につながり、飲み込まれている。

 資本主義社会においては、使用者と労働者の対峙という基本構造がある。真に労働者の利益を守ろうという労組・労働運動は、使用者から独立していなければならない。これが、労働運動の大前提であり、労働法のキホンのキである。ところが、連合・電力総連の「労働運動」は、資本や使用者と対峙する姿勢をもたなない。むしろ企業や財界の意を忖度して、その代弁者として活動する。

 東電労組委員長で「電力代表」という、国民民主の予定候補者・竹詰よ。君はいったい、誰のために、誰と闘おうというのか。本来は、労働者のために、東電や財界や、財界の意を政策としている政権と闘わねばならない。しかし、現実にはそうなっていない。

 君は、東電と電力業界の利益のために、連合や国民民主の一部隊として闘おうというのだ。君が闘う相手は、立憲民主党であり、日本共産党である。そして、その政党を支えている、資本から独立した自覚的労運動であり、中小零細の未組織労働者であり、厖大な非正規労働者である。君の当選は財界には歓迎されるが、今の世に苦しんでいる弱い立場の人々をさらに不幸にするだけだ。君の落選を願ってやまない。

立憲民主党代表選への連合の影響力に深刻な懸念

(2021年11月21日)
 一昨日、立憲民主党代表選がスタートした。立候補したのは、逢坂誠二、小川淳也、泉健太、西村智奈美の各氏である。

 ネット配信の映像を見ると、さすがに皆さん、なかなかのもの。連合寄りイメージの強い泉さんを別にして好感がもてる。国民からの人気が湧いてきそうな論戦の予感。期待したい。

 国会議員票は割れそうで、勝敗を決するのは地方の議員票や党員票というもっぱらの予想だが、各地の状況はよく分からない。たまたま、青森の知人が、昨日付の地元紙・東奥日報の記事を送ってくれた。『泉氏支持複数・野党共闘巡り温度差』という標題。ウーン、なんだこれは、という以下の青森事情。

 「立憲民主党代表選が告示された19日、県連関係者からは、中道志向などを理由に泉健太政調会長を支持する声が複数聞かれた。争点となる見通しの共産党との野党共闘の是非については温度差が見られた。」というリード。

 何人かの幹部に対する個別の取材記事が掲載されている。たとえば、「共同代表の山内崇氏は、投票先を未定とし『新代表には(前代表の)枝野さんの立憲らしさを相応に残した上で、党のマインド(精神)をさらに強く発信してもらいたい』との考えを表明。野党共闘については『野党が力を合わせることは必要。全国一律ではなく、地域の実情に合わせた共闘が大事だ』とした」。これは常識的なところだろう。

 ところが、中には、こんな意見も紹介されている。「筆頭副代表の田名部定男県議は泉氏支持を表明。政権を全否定するのではなく、合意点も見いだしながら国民の支持を広げる「中道改革路線」が望ましいとの観点で判断したという。個別政策では原子力施設が立地する本県の事情を踏まえ、エネルギー政策が現実的なものとなっているかを重視。野党共闘の是非の議論は「代表が決まってから(でもよい)」とした」という。一瞬、自民党地方組織の意見かと錯覚させられた。《原子力施設が立地する本県の事情を踏まえ》《エネルギー政策が現実的なものとなっているかを重視》とは、要するに電力会社と関連企業の立場だ。そして、その御用組合として徹底している連合の見解。これが、国民民主党ではなく立憲民主党の地方幹部の意見なのだ。

 私が、青森の情勢に関心をもつのは、ここでは参院選での野党共闘の成功体験があるからだ。参院議員現職の田名部匡代は2016年参院選で民進党から立候補した。これを社民党が推薦し、日本共産党、生活の党が支持して、野党統一候補となった。特に、共産党は予定候補者吉俣洋を比例区に回して協力している。自公対野党統一の一騎打ちで、野党統一側が勝利した。このときは、東北6県で野党共闘が成立し、野党側の5勝1敗。その田名部匡代は、今、立憲所属の議員である。

 東奥日報はこんな市議会議員の意見も紹介している。「共同代表を務める田名部匡代参院議員のお膝元・八戸市の寺地則行市議は『保守中道を目指すべきだ。若さや謙虚さに期待したい』として泉氏支持。野党共闘については『「立憲共産党」と言われるようなことは避けるべき。選挙で勝つための野合はいかがなものか』とくぎを刺した」という。これって、連合の意見ではないのか?

 ネットで調べると八戸市議会の議員定数は32。そのうちの8人が、連合推薦議員である。その内訳は、電力労連推薦の無所属議員が1人。その他の7人全員が立憲民主党である。立憲民主党の人事や政策が連合の影響下に決定されることには深刻な危惧をいだかざるを得ない。何しろ、連合とは、大企業や国家・自治体の徹底した御用組合なのだから。

 なお、代表選の4人は、来年の参院選の勝敗を左右する32の「1人区」について、自公候補との1対1対立の構図をつくる必要性で一致したと伝えられている。それは結構なことだが、共闘は共闘相手に対する誠実さ、真摯さがなくては成立し得ない。「票が足りないから積み上げが欲しい」だけでは、短期的な成功さえおぼつかない。

今朝の毎日新聞が報じた、2件の在日差別訴訟。

(2021年11月19日)
 本日の毎日新聞朝刊。社会面トップが、『ヘイト投稿、放置できぬ 川崎の在日コリアン 男性を提訴』という記事。その紙面での扱いの大きさに敬意を表したい。

 続いて、『差別文書、差し止め命令 フジ住宅の賠償増額 大阪高裁』の記事。今のところ、《東のDHC》《西のフジ住宅》の両社が、悪名高い在日差別企業の横綱格。そのフジ住宅に対する厳しい高裁判決。ヘイトの言論はなかなか無くならないものの、ヘイトに対する批判の世論や運動は確実に進展していると心強い。

 まずは、ヘイト投稿への損害賠償請求提訴。提訴は、昨日(11月18日)のこと。提訴先は原告の居住地を管轄する横浜地裁川崎支部である。

 「川崎市の多文化総合教育施設「市ふれあい館」館長で在日コリアン3世の崔(チェ)江以子(カンイヂャ)さん(48)は18日、インターネット上で繰り返し中傷を受けたとして、投稿した関東地方の40代の男性に対し、慰謝料など305万円の損害賠償を求める訴えを横浜地裁川崎支部に起こした。

 訴状などによると、男性は2016年6月、自身のブログで「崔江以子、お前何様のつもりだ‼」とのタイトルで「日本国に仇(あだ)なす敵国人め。さっさと祖国へ帰れ」などと投稿した。崔さんの請求を受けてブログ管理会社が投稿を削除すると、同年10月から約4年にわたり、ブログやツイッターなどで崔さんについて「差別の当たり屋」「被害者ビジネス」などと書き込んだ。

 崔さんは21年3月に発信者情報の開示を請求し、投稿した男性を特定した。男性は崔さんとの手紙のやり取りの中で自身の行為を認めて謝罪をしたものの「仕事がなくてつらかった」などと弁解したため、反省がみられないとして提訴に踏み切った。」

 「川崎市は20年4月、ヘイトスピーチに刑事罰を科す全国初の『市差別のない人権尊重のまちづくり条例』に基づいて有識者で構成する審査会を設置。この審査会がヘイトと認定した計51件のネット上の書き込みを削除するようサイト運営者に要請した。このうち37件が削除されたものの要請に強制力はなく、残る14件にそれ以上の措置をとれないのが実情だ」

 弁護団は「やったことに対して責任を取らせるというのがこの裁判の趣旨。削除要請だけでは問題が解決しないケースで、このまま放置できないと考えた」と話している。

 この被告とされた男性は、「仕事がなくてつらかった」から在日差別の投稿を繰り返していた。イジメの動機として多く語られるところは、惨めで弱い自分を認めたくないとする心理が、自分よりも弱く見える相手を攻撃することによって、自分の弱さを打ち消そうとするものだという。

 問題は、このような攻撃の捌け口として、在日コリアンが標的とされる日本社会の現状にある。リアルな社会では差別を恥としない右翼政治家や評論家、行動右翼の言行が幅を利かせ、差別本が世に満ちている。ネットの世界では匿名の壁に隠れて口汚い差別用語が飛び交っている。この状況が、在日コリアン攻撃に対する倫理的抵抗感を失わしめ、しかも報復のない安全な弱い者イジメと思わせてはいないだろうか。在日コリアンだけでなく、貧困や性差別や心身の障害などでの差別に苦しむ人々についても、イジメの対象としてよいと思わせる風潮があるのではないか。

 いまや、理念や倫理を語るのでは足りない。刑罰や、損害賠償命令という形での民事的な制裁が必要と考えざるを得ない。差別言論は、刑事罰を科せられ、あるいは損害賠償を負うべき違法行為と自覚されなければならない。広範にその自覚を拡げるために毎日新聞記事のスペースの大きさを歓迎したい。

 そして、たまたま同じ日に、「差別文書、差し止め命令 フジ住宅の賠償増額 大阪高裁」の記事である。

 「ヘイトスピーチ(憎悪表現)を含む文書を職場で繰り返し配布され、精神的苦痛を受けたとして、東証1部上場の不動産会社「フジ住宅」(大阪府岸和田市)に勤める在日韓国人の50代女性が同社と男性会長(75)に計3300万円の賠償を求めた訴訟の判決で、大阪高裁(清水響裁判長)は18日、1審・大阪地裁堺支部判決から賠償額を計132万円に増額し、文書配布を改めて違法と判断した。1審判決後も文書が配られ続けたとして、会社側に配布の差し止めも命じた。」

フジ住宅については、当ブログで何度も取りあげてきた。下記を参照いただきたい。

http://article9.jp/wordpress/?s=%E3%83%95%E3%82%B8%E4%BD%8F%E5%AE%85 

 昨日の判決では、「会社側には差別的思想を職場で広げない環境作りに配慮する義務がある」との判断が示されたという。その上で、「差別を助長する可能性がある文書を継続的かつ大量に配布した結果、現実の差別的言動を生じさせかねない温床を職場に作り出した」ことをもって、会社側はその配慮義務に違反し、「女性の人格的利益を侵害した」と結論付けたという。

 これは素晴らしい判決である。これまで、労働契約に付随する義務として、使用者には労働者に対する「安全配慮義務(=安全な労働環境を整えるよう配慮すべき義務)」があるとされてきた。今回の判決はこれを一歩進めて、「使用者には労働者に対して、差別的思想を職場で広げない環境作りに配慮すべき義務を負う」としたのだ。つまりは、労働者を尊厳ある人間として処遇せよという使用者の具体的義務を認めたということである。さらに判決は、ヘイト文書の職場内での配布を差し止め仮処分も認容した。これも素晴らしい成果。

 裁判所は、よくその任務を果たした。が、それも原告の女性社員が臆することなく訴訟に立ち上がったからこその成果である。社内での重圧は察するに余りある。孤立しながらの提訴に敬意を表するとともに、この原告を支えて見事な判決を勝ち取った弁護団にも拍手を送りたい。

 フジ住宅は「差し止めは過度の言論の萎縮を招くもので、判決は到底承服できず、最高裁に上告して改めて主張を行う」とのコメントを発表したという。ぜひ、上告してもらいたい。そして、《弱者を差別し傷付ける言論の自由の限界》についてのきちんとした最高最判例を作っていただきたい。そうすれば、フジ住宅というヘイト企業も社会に貢献したことになる。

「コロナ失業」の被害に、同じ労働者でもこんな「身分差」。

(2020年7月15日)
下記は、昨日(7月14日)の朝日の記事(抜粋)。普段はよく見えない、私たちの社会の差別や不合理の構造が、コロナ禍の中で突きつけられた典型例といえるだろう。朝日も、ときによい記事を書く。

それにしても、「コロナ失業」と呼ばれる現実があるのだ。その失業に直面して、「正規」と「非正規」の差別、女性労働者の地位の不安定は、かくも厳しい。「同じ人間とも思えない」とまで叫ばせるこの社会の罪は重い。それでも、負けずに立ち上がる人々に、心からの声援を送りたい。

コロナ失業する非正規の女性「同じ人間とも思われない」

9日、雨が続く夜の銀座で傘を差し、その女性(40代)は拡声機のマイクを握って声を上げた。「雇用調整助成金を活用して派遣社員の雇用を守ってください」「雇い止めを撤回してください」

1人から加盟できる労働組合「総合サポートユニオン」の仲間たち十数人も一緒だ。
目の前のオフィスビルには、女性が登録していた派遣会社が入っている。この日初めてあった同社との団体交渉で、会社側が「ゼロ回答」だったとして抗議に来ていた。

新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化した3月下旬。派遣先は、社員を在宅勤務に一斉に切り替えた。一方、派遣社員には「出社がいやなら有給休暇を」と告げた。感染は怖かったが、仕方なく出社を続けた。

感染リスクを減らそうと、4月下旬に有休を3日間とった。その直後、派遣先から労働者派遣契約を中途解除され、派遣会社から6月末での雇い止めを告げられた。理由を聞くと、派遣先のコロナによる売り上げ減少と、「在宅勤務を希望したから」。コロナでわかったことがある、と女性は言う。「派遣社員は、社員と同じ人間だと思われてもない」

「ある日突然、コマのように放置」

千葉県内のシングルマザーの女性(40代)は、葬儀場などで食事を提供する仕出し会社で14年間働いてきた。従業員約60人のうち50人超がパートの女性で、盛りつけや配送、配膳、接客までこなしていた。

コロナで会社は4月末から休業。経営が厳しくなり、「事業継続は厳しいかもしれない」と説明した。正社員の男性数人は、グループ内のほかの会社で仕事を続ける選択肢を示された。だがパートの女性たちは休業手当の支給もなく有休を取るしかなかった。

「なのはなユニオン」に相談し、25人で労組を立ち上げた。女性は取材に対して、「この職場で10年以上働くパートの女性が多く、私たちが切り盛りしてきた。それなのにある日突然、コマのように放置されたり、切られたりする。情けないし、悔しい」と憤った。

新型コロナは、サービス業を中心に非正規の女性たちが多く支える産業を直撃した

5月の労働力調査では、正社員は前年同月に比べて1万人減だったのに対し、非正規労働者は約61万人減。このうち8割近い約47万人が女性だ。「宿泊業・飲食サービス業」、「生活関連サービス業・娯楽業」は特に大きく就業者が減ったが、減った人のそれぞれ7割や8割が女性だった。

「声を上げれば会社は好き放題できない」
仕出し会社で働いていた女性に今月上旬、電話で近況を聞いた。会社は7月末で閉鎖すると伝えてきたという。組合側はそれまでの間、5月分まで遡及(そきゅう)して平均賃金の10割にあたる休業手当の支給を求め、会社も応じた。有休は労働者側が買い取る形となった。「会社側からここまで引き出せたのは労組を結成したから。みんなで声を上げれば会社は好き放題できないとわかった。今後の仕事にも生かせる経験です」

冒頭の派遣社員の女性は、「私の意見なんて、だれも聞いてくれると思っていなかった」。銀座でシュプレヒコールをあげた夜、「堂々としていて、立派だったよ」と仲間に言われ、はにかんだ。もう黙らない。女性はそう決めている。

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労組・労基署・ハローワーク、最悪の場合が生活保護。これが「コロナ失業」直面の場合の相談先。いざというときの駆け込み避難先の一覧表でもあればよいのだが。

第90回メーデーの日に新天皇即位。私は祝わない ― 祝意の押しつけはごめんだ。

5月1日。労働者の祭典メーデーである。
代々木公園・中央メーデー会場の足場はぬかるんでいたが、空は明るく晴れわたって初夏の陽射しがまぶしかった。風のさわやかな気持ちのよいメーデー日和。その後、天候は崩れて夕刻には雨となったが、天は労働者に味方したかのよう。

会場入り口で手渡された、ミニポスターには、
「8時間働いて暮らせる賃金・労働条件を」を、という切実なもの。これが、一番の要求なのだろう。均等待遇要求」という手作りのプラカードを持った人とすれ違う。今の、労働環境をよく物語っている。

メインスローガンは、以下のとおりだ。

安倍9条改憲反対 戦争法廃止!
市民と野党の共闘で安倍政権退陣を

許すな!裁量労働制の拡大、高度プロフェッショナル制度。
8時間働いて普通に暮らせる賃金・働くルールの確立。
なくせ貧困と格差。大幅賃上げ・底上げで景気回復、地域活性化
めざせ最賃1500円、全国一律最賃制の実現。

消費税10%増税の中止。年金・医療・介護など社会保障制度の拡充。
安倍「教育再生」反対
被災者の生活と生業を支える復興。
原発ゼロ・再生可能エネルギーへの転換

軍事費削って、くらしと福祉・教育・防災にまわせ。
STOP!戦争する国づくり。辺野古の新基地建設反対 
オスプレイの全国配備撤回。核兵器禁止条約の批准を

まずは、「安倍9条改憲反対」。そのための、「市民と野党の共闘で安倍政権退陣を」が、トップのスローガン。最初の挨拶が、市民連合を代表する広渡清吾さん。野党共闘の成否を握る要石の立場にある。

私が、はじめてメーデーに参加したのは、1962年大学生になりたてのころ。級友に誘われてのことだった。なるほど、「労働者階級」というものは、単なる観念ではなく、実在するのだ。と、強烈な印象を受けた。このとき、宣伝カーの上からの、野坂参三の演説を聴いた。闘士然としたタイプではなく、諄々と理を説く穏やかな好感の持てる人だった。参院選間近だったはずだが、私には選挙権はなかった。

最近メーデーにはご無沙汰だったが、今年は、久しぶりに参加しようと決めていた。政権が5月1日に、新天皇の即位の日をぶつけてきたからだ。

5月1日には、「赤旗」がふさわしい。しかし、政府はこの日に、「日の丸」を掲揚して、祝意を表明せよという。何しろ、「赤旗」を振るような国民は、統治の対象として面倒この上ない輩。これに反して、「日の丸」を掲揚して天皇の権威を受容する国民とは、この上なく統治しやすい権威に弱い国民なのだから。先月(4月)2日に、こんな閣議決定をして、全府省に通達した。

 平成31年4月2日閣議決定

御即位当日における祝意奉表について

御即位当日(5月1日)、祝意を表するため、各府省においては、下記の措置をとるものとする。

1 国旗を掲揚すること。
2 地方公共団体に対しても、国旗を掲揚するよう協力方を要望すること。
3 地方公共団体以外の公署、学校、会社、その他一般においても、国旗を掲揚するよう協力方を要望すること。

以上の第1項が、内閣からその直接の管轄下にある各国家機関への指示であり、第2項が直接には命令権がない地方公共団体に対しての「要望」であり、第3項が「国家機関・地方公共団体以外のその他一般」に要望せよという指示である。

これを受けて、文科省は4月2日、藤原誠事務次官名で、全国の教育委員会はじめ所管の教育機関に「日の丸」掲揚を求める通知を出した。が、それにとどまらない。

文科省は、さらに4月22日、永山賀久初等中等教育局長名で、全国の教育委員会に、天皇退位と皇太子即位に際しての「学校における児童生徒への指導について」とする通知を発出した。「天皇代替わり“祝意の意義理解させよ”」というのだ。閣議決定における指示は、「国旗掲揚して祝意を表明せよ」にとどまるが、文科省通知は、国民こぞって祝意を表する意義について、児童生徒に理解させるようにすることが適当と思われますので、あわせてよろしく御配慮願います」としている。

「天皇退位と皇太子の即位について、何ゆえに祝意を表明すべきことであるのか、児童・生徒にその意義を理解させよ」というのである。これは、至難の技といわねばならない。何がめでたいのか、実は誰にも分かってはいないのだから。

人と人との関係において、けっして強制になじまないもの、強制してはならないものがいくつもある。まず、愛情を強制することはできない。「私を愛せ」という強制があり得ないことは分りやすい。「私を尊敬せよ」「私に敬意を表せよ」も噴飯物だ。愛も尊敬も、自ずから湧いてくる全人格的評価であって、強制にはなじまないのだ。まったく同じく、「国を愛せ」も、「民族を愛せ」も、そして、「天皇を愛せ」も噴飯物なのだ。愛国心の強制は、面従させることはできても、それは飽くまで腹背を伴ってのものでしかない。

祝意も弔意も、個人の自然な感情の表出である。これも強制になじまないし、また強制してはならない。クリスマスは、キリスト教徒にとっては聖なる祝日であろうが、他宗の徒には他の364日と変わらない。ユダヤ教の過ぎ越しの祭も、日蓮宗のお会式も、縁なき衆生にとっては目出度くもなんともない。

多様な日本人や国民を一括りにして祝意の強制など、あってはならない。ましてや、公権力が主体となって、天皇代替わりの祝意の要請など、とんでもない。国民の中には、その信仰や歴史観において、天皇を受け入れがたいとする心情をもつ人が少なからず存在する。これを無視して、新天皇即位の祝意を強制することは、日本国憲法の根幹の原理を侵害することとしてけっして許されることではない。

本日、外出して目についた限りだが、「日の丸」を掲揚しているのは、警察署と交番だけ。メディアが演出している、祝賀の雰囲気は、庶民の生活とは無関係のようだ。

目についた違和感は、本日(5月1日)の「赤旗」。一面の題字の横に、本日の西暦表記とならべて、新元号を()の中に表記している。元号の変わり目が、元号表記をやめるチャンスだったろうに、残念。

そして、小さな次の短い記事がある。
「日本共産党の志位和夫委員長は、次の談話を発表しました。
 ◇
 新天皇の即位に祝意を表します。
 象徴天皇として、新天皇が日本国憲法の精神を尊重し擁護することを期待します。」

えっ? 共産党も新天皇即位に「祝意」? やれやれ。

(2019年5月1日)

「I MARYMOND YOU」 「DO YOU MARYMOND ME?」

マリーモンド(MARYMOND)をご存知ですか?

ええ、実は最近知りました。これまでは、そんな言葉もそんなブランドがあることもまったく知りませんでした。でも、急に有名になりましたね。

私も詳しくは知らなかったのです。あらためてネットで検索してみたら、ステキなサイトが開けました。
https://www.marymond.jp/

なかに、こんなページがあります。

Donation
社会貢献するソーシャルビジネス

マリーモンドは韓国の若者たちが立ち上げた
ライフスタイルブランドです。
社会貢献するソーシャルビジネスとして
今、世界中の若者たちに愛されています。
売り上げの一部は、「慰安婦」被害者女性たちや
虐待被害児童への支援に寄付されています。
マリーモンドジャパンでご購入されると
売り上げは経費をのぞく全てが
性暴力問題解決のためのプロジェクトに使用されます。

そんな素敵なベンチャーなら、応援したくもなりますね。
私も、こんな言葉を見つけました。

負けずに堂々と 宋神道さん
花ハルモニ
「花ハルモニ」は、日本軍「慰安婦」被害者であるハルモニたちに、一人一人の特徴に合った花をマッチングさせることで、ハルモニの尊さを浮かび上がらせる、
マリーモンドのヒューマン・ブランディング・プロジェクトです。

昔の絵の中にしばしば登場し、長い間、私たちの
近くにいたセキチクは、1年中負けずに花を咲かせます。
固いものを柔らかくしてしまうセキチクの種と、
岩にも花を咲かせる姿は、負けない強い気持ちを持ち続けた
宋神道さんを思い出させま

ハルモニは韓国語で親しみを込めた「おばあさん」の意味ですね。日本軍「慰安婦」被害者だった在日の宋神道(ソン・シンド)さんのことをセキチクにたとえて、「花おばあさん」と言っているのですね。

このブランドの商品は、携帯電話のケースや布製のバッグ、それに文房具や小物類。何かを買って応援したい気持になりますよね。

このブランド、これまでも、話題にはなっていたようです。でも、突然有名になったのは、「チェジュ航空の日本協力企業が韓国人職員に対し、勤務地では日本軍慰安婦被害者を後援するブランド『マリモンド(MARYMOND)』のカバンを持たないよう指示していたことが分かった。」というニュースがあって以来のこと。

少し調べてみたのですが、このニュースは、1月28日にソウル新聞が初めて掲載し、この記事をもとに29日の韓国有力紙・中央日報が大きな記事にし、それを30日に共同通信が日本の各メディアに配信したという経緯のようですね。

31日の夕方に、「韓国人空港スタッフへの『慰安婦支援ブランド禁止』令。企業はどこまで縛れるのか」という、Business Insider Japanの行き届いたネット記事が掲載されています。これで、問題点が過不足なく理解できます。
https://www.businessinsider.jp/post-184309

中央日報の見出しが、「チェジュ航空の日本協力企業 『慰安婦後援ブランドのカバン持つな』」というものでした。共同通信記事の見出しは、「成田の航空業務企業 勤務中の慰安婦支援製品所持禁止」。穏やかではありませんね。

この日本協力企業というのは、成田空港でチェジュ航空のアウトソーシングを請け負っているFMGという会社。そして、「マリーモンドブランドのカバンを持つな」と言われたのが、この会社で働く韓国人の地上職スタッフの女性。日本企業と韓国人労働者が慰安婦問題をめぐって対立、という構図となったわけです。日韓関係の微妙な時期に、もう一つの火種となったのが残念です。

中央日報記事のリードの日本語訳が、(FMGは)「日本の空港に勤務するチェジュ航空担当のグランドスタッフ(地上職)に『マリモンドのカバンを持つな』と禁止令を下した。」という、ややトゲトゲしい表現ですね。さらに、「『会社は政治的・宗教的意味を込めた物を許可していない』と公示した。」というのですから、韓国の人々の、日本の企業はそこまでやるのか、という気分が伝わってきますね。

日本側の反応ですが、共同通信がこの件を報じるとTwitter上には「思想警察、一歩手前」「『トラブルを避けたい』だけの過剰反応」などFMGの判断を疑問視する投稿が多く見られたということです。中には「ディオール製品を見かけたら『フェミニズム支援のブランドではないか』と苦情を入れるのか。苦情が入ったらディオールの所持を禁止するのか」などの意見もあったとか。会社が、慰安婦問題だから、神経を尖らしたと受けとめられています。

ニュースで指摘されているとおり、そのカバンには政治的なスローガンや元慰安婦の女性たちを支援していると分かるような具体的なメッセージが記されていたわけではありません。それでも会社が禁止したのはどうしてなんでしょうかね。

問題の発端は、「スタッフがマリーモンドのバッグを持っているのを見た社外の人物から『慰安婦支援のブランドではないか』などの指摘があった」ことだそうです。「社外の人物」が何者かは明らかにされていません。会社の過剰反応だった印象ですね。「社外の人物」からの指摘を恐れる雰囲気が問題ですね。何の対応もしないことで、大きな非難を受けることになると考えたのでしょう。

問題は、それだけでなく、スタッフの労働環境にもあったようですよ。ソウル新聞とのインタビューで、この労働者は「慰安婦おばあさんを後援する会社のカバンだから持つなというのは不合理ではないかと思った。だが、入社1年内に退社するとひと月分の月給より多い違約金を支払うことになっている雇用契約のため、異議を提起できなかった」「日本人上司が持続的に『まだカバンを変えていないのか』と指摘し、結局カバンをショッピングバッグに入れて持ち歩いた」とのことです。

これはひどい話。「入社1年内に退社するとひと月分の月給より多い違約金」というのは、労働基準法第16条「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」に違反します。もちろん、民事的には無効ですし、罰則もあります。労基法第119条で、「6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金」に処せられます。成田の中にある労働組合と連絡をとって、労基法違反を確認のうえ、労働基準監督署に申告すべきでしょうね。

FMG問題はそのくらいにして、マリーモンドのことを。「I MARYMOND YOU」という言葉をつくっているそうです。「あなたは今日も尊く美しい」という意味として。

慰安婦問題を支援するにふさわしい、品格と美しさを感じます。

Business Insider Japanの記事の最後が、「今の私たちは隣人にとって尊敬される存在だろうか。」という問いかけで締めくくられています。記者は、マリーモンドの品格に較べて日本社会の対応の品格のなさを嘆いています。

「隣人にとって尊敬される存在」になることは難しいでしょうね。尊敬されずとも、対等に仲良くしたいものです。せめて、粗暴だと恐れられたり、非情で冷酷などと思われぬようでありたいと思いますよ。

それにしても、FMGへの通報者と、FMGの頑なな対応のおかげで、私もマリーモンドの存在を知りましたし、マリーモンド応援の気持になりました。きっと多くの人が、マリーモンドファンになってくれると思います。
(2019年2月4日)

労働契約の「偽装請負化」に厳正な対応を

昨夕(1月20日16:59配信)の朝日新聞デジタルの記事。ヤマハ英語教室の女性講師が労組結成 待遇改善求める」というタイトル。リードは次のとおりだ。

 楽器販売「ヤマハミュージックジャパン」(東京都)が運営する英語教室で働く講師の女性14人が労働組合をつくった。女性たちは契約上は個人事業者とされて社会保険などが適用されないが、「実態はヤマハ側の指示で働く労働者だ」として、直接雇用や社会保険の適用などの待遇改善を求める団体交渉を同社側に申し入れているという。

組合の名称は「ヤマハ英語講師ユニオン」。昨年12月6日に結成した。組合によると、講師は同社と1年更新の委任契約を結び、講師はレッスンを任される形式で働いている。契約上は個人事業者となるため、ヤマハが雇用した社員とは異なり社会保険が適用されず、残業手当や有給休暇などもないという。

女性たちは昨年8月、会社側に直接雇用などを求める要望書を提出。同社から明確な回答がないことから組合結成を決めた。全国約1500カ所の教室で約1400人いるとされる講師たちに加入を呼びかけ、ヤマハ側に待遇改善を求めていくという。

労働組合の結成は社会の進歩だ。立ち上がった講師たちの毅然とした姿勢に敬意を込めつつ祝意を表したい。

実態は従属性ある労働契約でありながら、形式上請負として、労働者に対する保護を僣脱しようという、きたないやり口は、いま流行りだ。社会全体としての労働運動にかつての勢いがないいま、労働者が侮られているのだ。安倍政権下、労働基準行政も厳格さを失っている。

私の法律事務所でも、同様の事件を受任している。下記のブログをご覧いただきたい。

今日は良い日だ。労働仮処分に勝利の決定。
(2017年5月8日・連続第1499回)
http://article9.jp/wordpress/?p=8528

 ……いま私の手許に、2通の労働仮処分の決定書がある。同じ使用者を「債務者」(仮処分事件では相手方をこう呼ぶ。本訴になれば被告にあたる呼称)とするもので、事実上の解雇を争い、同年2月以後の賃金の仮払いを求める内容。1件は、「毎月21万2000円を仮に支払え」という申立の全額が認められた。もう1件は、「毎月12万円を仮に支払え」という決定主文。この人は、別の収入があるのだから、仮払い金額としてはこれでよいだろうというもの。あとは本訴で勝ち取ればよいのだ。なによりも、決定の理由が素晴らしい。

この事件は、澤藤大河が弁護士として依頼を受け、方針を定め、申立書を作成し、疎明資料を集め、審尋を担当してきた。今年の正月明けの1月4日に、東京地裁労働部に賃金仮払いの仮処分を申し立て、事件番号が労働仮処分事件として今年の01番と02番の事件番号が付いた。その後、審尋期日に疎明を尽くし、裁判所は債権者(労働者)側の勝利を前提とした和解を提案したが、債務者の受け入れるところとならず、4月12日審尋を終えて、今日まで決定の通知を待っていたもの。

2人の労働者はアメリカ人でいずれもリベラルな知性派だが、日本語が堪能とは言えない。私もリベラルな知性派だが、英語が堪能とは言えない。会話はほとんどできない。依頼者とのコミュニケーションはもっぱら英語によらざるを得ないのだから、この事件は大河にまかせるしかない。私の出る幕はない。

2人の勤務先は都内に12のブランチをもつかなり大きな語学学校で、この2人は英語講師としてかなり長く働いてきた。その間、労働者であることに疑問の余地はないと考えてきた。使用者は、広告によって受講者を募集し、授業時間のコマ割りをきめ、定められた受講料のうちから、定められた講師の賃金を支払う。労働時間、就労場所、賃金額が定められている。これまでは、疑いもなく、労働契約関係との前提で、有給休暇の取得もあった。

ところが、経営主体となっている株式会社の経営者が交替すると、各講師との契約関係を、「労働契約」ではなく「業務委託契約」であると主張し始めた。そして、全講師に対して、新たな「業務委託契約書」に署名をするよう強要を始めた。この新契約書では有給休暇がなくなる。一年ごとの契約更新に際して、問答無用で解雇される恐れもある。

経営側が、「労働契約上の労働者」に対する要保護性を嫌い、保護に伴う負担を嫌って、業務請負を偽装する手法は今どきの流行りである。政権や財界は、労働形態の多様性という呪文で、正規労働者を減らし続けてきた。これも、その手法の主要な一端である。

法とは弱い立場の者を守るためにある。経済的な弱者を守るべきが社会法であり、その典型としての労働者保護法制である。本件のような、「請負偽装」を認めてしまっては労働者の権利の保護は画餅に帰すことになる。

本件の場合、講師の立場は極めて弱い。仕事の割り当ては経営者が作成する各コマのリストにしたがって行われる。受講者の指名にしたがったとするリストの作成権限は経営者の手に握られている。このリストに講師の名を登載してもらえなければ、授業の受持はなく、就労の機会を奪われて賃金の受給はできない。これは、解雇予告手当もないままの事実上の解雇である。やむなく、多くの講師が不本意な契約文書に署名を余儀なくされている。

しかも、外国籍の労働者には、就労先を確保することがビザ更新の条件として必要という特殊な事情もある。つまり、労働ビザでの滞在外国人労働者にとっては、解雇は滞在資格をも失いかねないことにもなるのだ。その学校での100人を超す外国人講師のほとんどが、契約の切り替えに憤ったが、多くは不本意なからもしたがわざるを得ない、となった。

それでも、中には経営者のやり口に憤り、「断乎署名を拒否する」という者が2人いた。「不当なことに屈してはならない」という気概に加えて、この2人は永住ビザをもつ立場だった。

この五分の魂をもった2人は大河の友人でもあった。大河は、友人の役に立てただけでなく、弁護士として労働者全体の利益のために貢献したことになる。この事件の争点は、2人の労働者性認定の可否だった。債権者側が提示したメルクマールをほぼ全て認めて、完膚なき勝利の決定となった。

明日には、債務者から任意に支払いを受けるか、あるいは強制執行をすることになるかが明確になる。本案訴訟の判決確定までフルコースの解雇訴訟となるも良し、早期解決も良しである。今日は実に良い日だ。
 (2017年5月8日・連続第1499回)

この事件、実はいまだに係争中である。この賃金仮払い仮処分決定の後、まずは強制執行せざるを得なかった。一度執行したあとは任意の支払いが続いている。また、賃金仮払い仮処分が命じられる期間は、現在の実務では1年の期間を限度とする。結局2度目の賃金仮払い仮処分決定を得て、現在は毎月2人分で合計40万円の支払いが継続している。

そして、本案訴訟が粛々と進行している。被告側が慌てて本訴での和解を申し入れるか、あるいは訴訟進行の促進をはかるかと思いきや、どちらでもなかった。次回1月31日、東京地裁民事14部での原告両名と被告代表者本人尋問で事実上の結審となる。本案訴訟の判決確定までフルコースの解雇訴訟となる確率が高い。本案判決が思わぬ結果となるはずはない。

2人の英語学校教師労働者(米国人)の、それぞれ2件の賃金仮払い仮処分決定。参考になろうかと思う。「ヤマハ英語講師ユニオン」からのご連絡があれば、郵送させていただく。
(2019年1月21日)

労働運動よ、興れ、輝け、もっともっと強くなれ。

未来を口にすることなく過去をのみ語るのは、まぎれもなく老いの徴候である。しかし、何かしら昔の記憶を書き残しておくことも、無駄ではなかろうと思う。正月くらい、昔話もゆるされよう。

もう死語になったのかも知れないが、「労働弁護士」という言葉があった。略して「労弁」である。私が弁護士を志した学生のころ、伝え聞く「労弁」は神聖な存在だった。「労弁」(労働弁護士)とは、「労働者側で労働訴訟に携わる弁護士」という平板な理解を超えて、「労働者階級の解放闘争に寄り添い、階級闘争に献身的に寄与する専門家集団」という響きを持っていた。

労働弁護士ともなれば、富貴栄達とは縁が無く、求道者のごとくひたすら身を捨てて、労働者階級のために尽くさなければならない。まことしやかに、そんなふうにささやかれていた。
私は、現実の労働弁護士と邂逅する機会をもたぬまま修習を終え、東京南部(蒲田)で労働弁護士となった。さすがに、自分の立場を神秘めいたものとは毛頭考えなかったが、理念型としての労働弁護士像は捨てきれず胸に秘めていたように思う。

その労働弁護士としての仕事は、実に多彩で楽しかった。これは自分の天職だと思った。ときは70年代の初め。安保闘争や学園闘争の余韻さめやらぬころ。総評を支持基盤とする日本社会党が、常に自民党の半数の議席を獲得して、議会内に「改憲を許さぬ3分の1の壁」をつくっていた。72年の総選挙では日本共産党が38名の当選者を出している。東京・京都・大阪・愛知に革新知事が生まれてもいた。国労や日教組を先頭とする、官公労が労働運動をリードし、民間の労組もこれに続いていた。春闘華やかなりし往時である。

今にして思うのだ。労働弁護士の神聖性のイメージは、労働運動に対する敬意に伴うものであったのだ。労働運動の未来は明るかった。その運動の発展は、議会も法も変えて、明るい未来をつくるに違いない。労働弁護士は、その偉大な事業の遂行に奉仕するものとしての反射的な敬意を獲得していたのではなかったか。

そんな時世の1971年春闘から労使対決の現場に投げ込まれた。ストの現場にも、ロックアウトの現場にも出かけた。どこに行っても黙って見ているわけにはいかない。どこの現場でも、まずは企業側に向かってなにがしかのことをしゃべらなければならない。「我々は、憲法と労組法に定められた争議権を行使している。これに介入することは、不当労働行為として許されない」「ピケは許された争議行為だ。争議に伴う防衛的な実力行使は当然に合法である。些細な行為を違法とする会社側こそ違法なのだ」「先制的ロックアウトは違法である。すみやかに、解除しなければ全額の賃金を請求することになる。」…。

そして、現場の労働者に向かって、連帯と励ましの挨拶をする。私の記憶では、先輩弁護士の後にくっついて、その背後でしゃべったことはない。それこそ、即戦力としていきなり現場に投入されたのだ。

修習の時代には、労働弁護士の働く場は、裁判所と労働委員会だろうと思っていたが、実際には大まちがいだった。労組結成のための学習会の講師活動をいくつも経験した。組合活動家が用意した舞台に乗っての講義だが、身の引き締まる思いだった。組合結成となれば、会社側の労務担当から、どんなイヤガラセがあるかも知れない。そのとき、どうすべきか。法はどこまで守ってくれるのか。その知識があれば、自信をもって組合を結成し、役員を引き受けることかできる。学者は、もっと素晴らしい講義ができるだろう。しかし、いざというときに法的援助をしてくれる弁護士の実践的な話しは、大きな励ましとなるのだ。

問題によっては、団体交渉にも出席した。鮮明な記憶があるのは、BA(英国航空)がまだBOACと称していた時代。法的に面倒な問題があって、団体交渉出席を依頼された。これは面白い。支社がはいっている日比谷のビルの一室での団体交渉に出席した。
怪訝そうな顔をしている支社長に、最初は準備していた英語で何とか自己紹介をしてみた。「私は、組合から依頼を受けた自由法曹団に所属する弁護士である。」「自由法曹団とは資本の横暴に苦しむ労働者や、異民族の不当な支配に憤る国民の利益を擁護するための法律家団体である」と言った。そしたら、正面の支店長が「I agree with you.」(「あなたの言うとおり」)と言われて驚いた。実は驚くことはなく、「ああそうかい」くらいのニュアンスだったのかも知れない。

通訳入りの団体交渉で、「労組法6条は、『労働組合の委任を受けた者は、交渉する権限を有する。』と定めています。私は、組合から正式に委任を受けた者ですから、弁護士との団体交渉は認めないと言えば、団交拒否の不当労働行為になります」とも言ったが、会社側の姿勢は極めて紳士的なものだった。

春闘のたびに、国労からの要請で、ストの拠点に泊まり込んだ。これも得がたい経験だった。蒲田駅は、国鉄(京浜東北)と私鉄(東急電鉄)の結節点。もちろん、私鉄労働者には争議権があるが、国鉄労働者にはないこととされている。そして毎年の春闘では、争議権のある東急(私鉄労連)ではストはなく、争議権を認められない国鉄労組がストを打つ。私たちは、国鉄労働者の心意気に感動し、毎年支援に出かけた。職場集会には参加したが、混乱に巻き込まれた記憶はない。

太田は町工場の街であり、多くの町工場に全金(全国金属労働組合)の分会ができていた。糀谷・下丸子・羽田などに、地域支部があって春闘の折には、労組の赤旗が林立した。ときに、組合の幹部と激励にまわった。分会の集会で、オルグが演説でこう言う。「今やベア(基本給のベースアップ)1万円は最低の要求だ。1万円のベアもできない会社には、労働者を傭う資格はない。そんな会社はつぶれてしまえ」。これに現場が拍手する。そういう雰囲気だった。

いくつもの組合の、いくつもの解雇事件や、不当労働行為事件、組合間差別事件を担当した。付き合いのあった組合はすべて民間労働者のもので、国労からの要請でスト支援に行くことを除けば、官公労との関係はなかった。

最も付き合いの深かった単産と言えば、民航労連(民間航空労働組合連合)である。私はひそかに、「一つの単産と一つの法律事務所がかくも緊密に連携している例は他にないのではないか」と思っていた。当時私は相当量の酒を嗜んだ。組合の役員とはよく飲んで、「労働運動は酒場から」の格言を実行していた。

その頃、労働組合こそが社会進歩の正規部隊で、労働運動の昂揚こそが社会進歩の原動力だと信じて疑わなかった。平和も民主主義も人権も、これを快く思わぬ支配勢力の横暴と闘ってこそ勝ち取られる。その闘いの中心勢力こそが労働組合である。労働者は団結し連帯して闘うことによって、自らを解放して平和も民主主義も人権も勝ち取ることになる。労働弁護士は労働者の組織と運動の側にいて、その大きな事業の手伝いをするのだ。

それが今、労組組合の組織率が低迷し、労働運動がかつての権威を有していないことがさびしくてならない。改憲阻止も、平和運動も、脱原発も、政教分離も、格差と貧困の解消も、そして野党共闘や、歴史修正主義批判も、天皇制の跳梁阻止も、正規部隊たる労働運動が中心となって推し進めるべきではないのか。

資本主義ある限り、労働組合・労働運動の存在は必然である。労働運動が活性化し輝いてこそ、明日が開ける。その日の近からんことを祈る思いである。

以上が、元労働弁護士の正月の繰り言である。
(2019年1月2日)

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