澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

むき出しとなった権力の正体

1933年2月20日、天皇制警察は小林多喜二を虐殺した。文字通りの残虐ななぶり殺しだった。

陰惨極まりない拷問死の死体の解剖はどの病院からも拒否され、遺族に返された遺体を医師・安田徳太郎が検死している。権力批判のペンを握っていた多喜二の右人差し指は、手の甲の方向にへし折られていた。明らかにこの虐殺は、天皇制国家による作家多喜二の言論活動に対する報復であり、見せしめであった。

母親(セキ)は多喜二の身体に抱きすがった。「ああ、痛ましい…よくも人の大事な息子を、こんなになぶり殺しにできたもんだ」。そして傷痕を撫でさすりながら「どこがせつなかった?どこがせつなかった?」と泣いた。やがて涙は慟哭となった。「それ、もう一度立たねか、みんなのためもう一度立たねか!」。

この母の慟哭を忘れてはならない。これが権力の本性だ。遠いどこかの世界のできごとではない。わが国に現実に起きた無数の類似の事件を象徴する最も知られた権力の犯罪。

ジャマル・アフマド・カショギは、メディアで「反体制派のサウジ人著名ジャーナリスト」と紹介される人。本年(2018年)10月2日、イスタンブールにあるサウジアラビア領事館の総領事室で殺害された模様である。これも、多喜二同様の陰惨な虐殺であったことが、次第に明らかになりつつある。

忘れてはならない。これが権力の本性だ。昔話ではない。まさしくたった今、現実に起きた、権力批判の言論活動への報復としての国家犯罪。

「有効な国民の制御がないところでは、権力は暴走する」というのは不正確な言い回しではないか。「権力は暴走する」のではない。「権力は本性をむき出しにする」のだ。多喜二もカショギも、その権力批判の言論活動のゆえに、権力の憎悪の対象となり虐殺された。

忘れてはならない。権力の正体の恐ろしさを。常に権力を監視し批判し続ける必要性を。そして、多喜二やカショギを虐殺した権力を支持する勢力は、今なお、わが国にも厳然として存在し続けていることも。
(2018年10月18日)

DHCテレビ番組のYouTube配信一部停止 ― 「差別的動画」通報運動の盛り上がり

インターネット動画配信事業者である「DHCテレビ」、フルネームは「株式会社DHCテレビジョン」。あの吉田嘉明が代表取締役会長の任にあり、株主は株式会社ディーエイチシーだけという一人会社。この業者が配信する番組「ニュース女子」が、デマとヘイトの放送で一躍悪名を馳せたのはご存じのとおり。しかも、BPOに批判されてなお、まったく反省する姿勢を見せないことでDHCテレビの悪名は不動のものとなった。

「ニュース女子」だけではない。やはりDHCテレビが配信する「真相深入り!虎ノ門ニュース」も同様の問題を抱えている。こちらは、この番組にお似合いのアベ晋三が出演(9月6日)し、「密かに見ている。非常に濃い」などとおべんちゃらを述べたことで一躍有名になった。アベとは何者かを、如実に示したのだ。

その「虎ノ門ニュース」について、配信媒体であるYouTubeが自社のポリシーに反するものとして、番組ライブ配信の一部停止に踏み切った。

9月19日、DHCテレビのホームページは、「YouTubeチャンネルについてのお知らせ」を掲載した。その全文を引用する。

平素よりDHCテレビジョンをご覧いただき、誠にありがとうございます。
2018年9月19日、YouTubeはDHCテレビが10月5日に放送を予定していた「真相深入り! 虎ノ門ニュース」金曜日について、「ガイドラインに違反している」として、ライブ配信予定のページ削除を行いました。
これに伴い、YouTubeから科せられたペナルティとして、9月19日配信分の当社番組「DHCキレイを磨く! エクストリームビューティ」のライブ配信が停止されました。
また10月5日を除く、虎ノ門ニュース及び当社制作番組のライブ配信については、問題なく配信できるかどうかは今のところ不明です。
なお、まだ配信されていない番組を削除した経緯や理由について、YouTubeは「スパムと欺瞞的行為に関するポリシーに違反したため」と通告するのみで、具体的な内容についての言及はありません。
 現在、当社ではYouTubeに対して異議申し立てを行っており、従来どおり番組をライブ配信できるよう鋭意努力しておりますが、YouTubeにてDHCテレビをチャンネル登録して御覧頂いている皆様には、最新番組が表示されない可能性があります。
その場合はDHCテレビの公式ホームページにアクセスすると、最新番組をご覧頂きやすくなりますので、是非DHCテレビ公式ホームページをご活用いただきたく存じます。
2018年9月19日 DHCテレビジョン

YouTubeは、「ライブ配信予定のページ(10月5日放送予定の「虎ノ門ニュース」)削除を行いました。」「YouTubeから科せられたペナルティとして、9月19日配信分の当社番組「DHCキレイを磨く! エクストリームビューティ」のライブ配信が停止されました。」というのだ。DHCテレビは、YouTubeからの通告をそのまま転載していない。だから、「ライブ配信予定のページ削除」の意味が必ずしも明確ではなく、隔靴掻痒の感を否めない。それでも、DHCテレビが慌てふためいている様はよく分かる。

いったい何が起こっているのだろうか。
産経新聞(8月6日)が、「ユーチューブの保守系チャンネルが相次ぎ閉鎖 『削除の基準、不透明』と批判」という記事を掲載している。産経だから、「保守系チャンネル」の側に立っての記事なのだが、およそ問題のあらましが推測できる。

差別発言の撲滅か、言論の自由の侵害か-。動画配信サイト「ユーチューブ」で5月以降、中国や韓国に批判的な保守系動画投稿者の利用停止が相次いでいる。背景には「差別的な動画」への通報運動の盛り上がりがあるが、一方で投稿者らは「差別的発言ではない」「削除基準が不透明」として反発を強めている。
「私は中国や韓国の政府や民族に対して政治的な批判をすることはあるが、出身民族の差別は絶対にしていない。これは言論テロ」。登録者数約15万5千人を数えた動画配信「竹田恒泰(つねやす)チャンネル」を5月に停止された、明治天皇の玄孫で作家の竹田恒泰氏は、そう憤る。
ユーチューブは投稿ルールで、人種や民族的出自に基づく暴力や差別の扇動を禁じている。運営側がルール違反と判断した場合、投稿者に警告が届き、3カ月以内に3回続くとアカウント(開設権)が停止される。竹田氏は5月23日夜に最初の警告を受け、24日早朝までに2回目と3回目が続き停止となった。現在は予備アカウントで配信を再開している。
 竹田氏によると、ユーチューブでの通報運動は匿名掲示板「5ちゃんねる」で5月半ばに始まり、対象リストや通報の方法などが拡散。7月上旬までに200以上の保守系チャンネルが停止され、22万本以上の動画が削除されたという。

なるほど、「保守派の差別的な動画」が、ユーチューブの「投稿ルール」に抵触したことで、警告が発せられ、配信停止になったのだ。産経の表現では、「中国や韓国に批判的な保守系動画」が、ユーチューブ側から見たら看過できない「デマとヘイト」。表現の自由を看板にするYouTubeも、さすがにこの事態を放置できなくなったということなのだ。

YouTube 社のホームページに次のコメントがある。
ライブで配信するすべてのコンテンツは、YouTube のコミュニティ ガイドラインと利用規約に準拠している必要があります。コミュニティ ガイドラインに違反するコンテンツをライブ配信していると思われる場合、YouTubeはそのライブ配信に年齢制限を設けたり、削除したりする場合があります。また、YouTubeは独自の裁量により、クリエイターのライブ配信機能を制限する権利を有します。

ライブ配信が制限されると、アカウントに対しても違反警告を受けることがあります。その場合、3か月間はライブ配信ができなくなります。アカウントのライブ配信を制限されている方が、別のチャンネルを使用してYouTubeでライブ配信を行う行為は禁止されています。これは、アカウントへの制限が有効である限り適用されます。この制限に対する違反は利用規約の迂回とみなされ、アカウントが停止される場合があります。

悪意のある表現に関するポリシー
YouTube では表現の自由を支持し、あまり一般的でない意見でも自由に表現できるように努めていますが、悪意のある表現は許可されません。
悪意のある表現とは、次のような特性に基づいて個人や集団に対する暴力を助長したり差別を扇動したりするようなコンテンツを指します。
人種または民族的出自
宗教
身体障がい
性別
年齢
従軍経験
性的指向性 / 性同一性

悪意のある表現と見なされるかどうかは紙一重で決まります。たとえば、一般的に民族国家を批判することは許容されますが、出身民族だけの理由で差別を扇動することが主な目的のコンテンツは YouTube のポリシーに違反すると見なされます。また、宗教など上記のような特性に基づいて暴力を助長するコンテンツも同様です。

悪意のあるコンテンツを報告する

コンテンツがYouTubeの悪意のある表現に関するポリシーを遵守していないと思われる場合は、YouTubeに報告して確認を求めることができます:

不適切なコンテンツの報告
YouTube では、不適切と思われるコンテンツを YouTube コミュニティのメンバーに報告していただいています。コンテンツの報告は匿名で行われるため、誰が動画を報告したかは他のユーザーに開示されません。

問題を報告しても、自動的にコンテンツが削除されるわけではありません。報告されたコンテンツは、次のガイドラインに沿って審査されます。
コミュニティ ガイドラインに違反しているコンテンツは YouTube から削除されます。

デマとヘイトの報告は下記のURLから。
https://support.google.com/youtube/answer/2801939?hl=ja

DHCテレビ番組のデマとヘイトについて、大いに報告を実行しよう。DHCの吉田嘉明とは、民族差別を公言して恥じない人物なのだから。自浄能力はない。外部からの強制による矯正が必要なのだ。既に実践している人たちの地道な努力で、成果は上がっている。これに続く努力を積み重ねよう。

そして、もう一言。産経が、「差別発言の撲滅か、言論の自由の侵害か-」と問題設定をしているのは、笑止千万というべきである。そもそも言論の自由とは、「デマやヘイトの自由」を意味しない。しかも、「表現の自由」とは、権力や強者を批判する自由にこそ真骨頂がある。アベ一強がヨイショの翼賛番組に、言論の自由を語る資格はない。
(2018年9月24日・連続更新2003日)

岡口基一判事に対する懲戒申立はスラップだ。

岡口基一判事に対する「分限裁判」の行方に目が離せない。9月11日、最高裁で開かれた審問のあとの記者会見で、同判事は、「適正手続きが踏まれておらず、ありえないことが起きている」「今回の表現ごときで処分されたら、他の表現もできなくなる」「私からしたら防御しようがない漠然とした申立書と薄弱な証拠で戒告されるようなことがあれば、法治国家と言えない」などと述べたと報じられている。まことにもっともなこと。岡口基一判事を支持する立場を表明しておきたい。

問題とされたのがツイッターの投稿内容なのだから、当然に憲法上の表現の自由制約の可否に関わる重大問題である。さらに、裁判官に対する懲戒処分を行おうというのだから、厳格な手続上の正当性が問題とならざるを得ない。その2点を争点として、懲戒の可否が争われることになるだろう。

岡口は、ツイッターで裁判批判をし、勝訴した女性原告の心情を傷つけたとして、懲戒を申立てられた。懲戒申立書によると、問題とされたツイッターの内容は、下記のごとくである。

公園に放置されていた犬を保護し育てていたら、3か月くらい経って、もとの飼い主が名乗り出てきて「返してください」
え?あなた?この犬を捨てたんでしょ? 3か月も放置しておきながら・・・
裁判の結果は・・・・

裁判は元の飼い主である原告から、裁判提起当時の飼い主である被告に対する、犬の引渡請求訴訟とのこと。争点は、原告の元飼い主が、「犬を捨ててその所有権を放棄した」と言えるかどうか、だったようだ。判決は、「原告はいったんはこの犬飼えないとして、公園に置き去りにし、被告が保護したときは雨中泥まみれで口輪をされていた状態」と認定はしたが、所有権放棄までは認めず、被告に対して元の飼い主への引渡を命じた。これを、岡口は「え?あなた?この犬を捨てたんでしょ? 3か月も放置しておきながら・・・」と表現した。

犬を飼った経験のある者なら、いったんは犬を捨てた原告の態度を「生命に対する冒涜」と非難するのは当然のこと。車の置き去りの所有権放棄問題と同一視してはならないと思うはず。岡口のこんな表現が懲戒事由になろうはずはない。法律論としても、口輪とリードを付けたまま雨中に放置された犬について死亡の予見可能性あれば所有権放棄の意思と効果を認定してよいと思われる。

しかし、大方の法律家は、もう少し別の視点からこの問題を見ている。法的な論争よりは、司法行政における裁判官統制の是非に関心がある。これは、司法行政による裁判官統制なのだ。その統制の成否こそがこの件の真の問題点である。

私はこの件を、東京高裁長官による岡口基一裁判官に対するスラップだとみる。あながち、的はずれではなかろう。

司法当局は、おとなしい、大勢順応型裁判官がお好みなのだ。出世のために上だけを見ている裁判官を「ヒラメ裁判官」という。司法当局は長年月をかけて「ヒラメ」の養殖に腐心しそれなりの成果を上げてきた。その裁判官統制の成果は、最高裁の思惑の枠をはずれる裁判が極端に少なくなっていることに表れている。裁判官が、自発的に人事権を握る司法当局の意向を忖度した判決を書いてくれるなら、四海波穏やかにすべては丸くおさまり、司法と行政や政権与党との軋轢もなくなろうというもの。

ところが、どこの世界にもやっかいな異端児が現れる。出世に関心なく、まったく上を見ようとしない、忖度とは無縁の裁判官。見方次第で、偏屈でもあり硬骨漢でもある。こういう輩の存在は、司法当局の裁判官統制が有効に機能していないことの証左に映る。当局にとっては、裁判官集団の神聖な秩序を破壊する不届き者であり、これにはお灸を据えなければならない。当該裁判官にたいするお灸は、その余の裁判官にも予防的によく効くのだ。これを「見せしめ効果」という。

ちょうどDHC・吉田嘉明が、自分を批判した発言者に直接の警告を与えようとしただけでなく、社会の他の者へも予防的に間接的な警告を発する思惑を持っていたごとくに、である。DHC・吉田嘉明が私を含む10人にスラップをかけたのは、社会に対する「見せしめ」としての効果を意図してのこと。これと酷似している。あるいは、行政や大企業が、経産省テント前ひろばや祝島の活動家を狙い撃ちで提訴した件と、基本構造が同じである。

DHC・吉田嘉明は、10件の提訴で、「自分を批判すると、このとおり高額損害賠償請求訴訟の被告にされて面倒なことになるぞ。提訴されたくなければ、余計な発言は避けておとなしくしておけ」と恫喝したのだ。この効果のねらいがスラップの本質。

民事訴訟の提訴ではないが、東京高裁長官は、岡口基一を最高裁に懲戒申立をすることで、全裁判官に「当局のおぼえに反すると、このとおり懲戒申立をされて面倒なことになるぞ。その事態を避けたければ、余計な発言は控えておとなしくしておけ」と恫喝したのだ。この見せしめ効果のねらいこそがスラップの本質なのだ。

私は、裁判官が萎縮せずに、市民的自由を行使することの重要性を強調したい。裁判官は、市民としての生活の中で市民感覚を涵養することになる。法廷と官舎を往復するだけで、市民生活から超越した生活では自らの市民感覚は育たず、市民の感覚も感性も感情も理解できなくなる。PTAも、市民運動も、NGOやNPOの活動も、ボランティア活動も、できることなら労働組合活動にだって参加するなどの社会経験が必要なのだ。デモや集会に参加するのもよかろう。それらとまったく無縁なひからびた生活は、市民感覚のない裁判官を作る。その裁判は、ひからびた公用文書の一片に過ぎないといわざるを得ない。

かつて、寺西和史裁判官に対する分限裁判が大きな問題となった。岡口事件とはひと味違う、社会性ある発言が問題とされた。裁判官を政治的に統制する意図が明確な事件だった。

判事補であった寺西は、1997年「信頼できない盗聴令状審査」と題する批判を朝日新聞の読者欄に投稿した。裁判所の令状審査が杜撰である実態を報告するとともに、裁判官の令状審査の適正を前提とした盗聴法(組織犯罪対策法)案に疑問を呈する内容。彼は、この投書で所属地裁所長から厳重注意処分(懲戒処分ではない軽微なもの)を受けている。一方、この時、田尾健二郎判事(法案の作成に関与していた)が寺西に反論し批判する投書をしているが、こちらは何ら注意も受けていない。裁判官の発言が問題なのではなく、発言の内容が当局の意に沿うものか否かだけが問題なのだ。

そして翌98年、寺西は盗聴法反対派主催の集会にパネリストとして出席を依頼されいったんは承諾する。ところが、これを知った当時の勤務先である仙台地裁所長から、裁判官に禁じられた「積極的に政治運動をすること」に該当するとして出席辞退を要請される。そこで寺西は、パネリストとしてではなく一般参加者として出席して、「集会でパネリストとして話すつもりだったが、所長に『処分する』と言われた。法案に反対することは禁止されていないと思う」と発言するに留まった。
 この、当該集会への出席によって、寺西は地裁所長から懲戒を申し立てられ、仙台高等裁判所の分限裁判で戒告処分を受ける。寺西は即時抗告し最高裁判所の判断を仰ぐが、最高裁でも戒告処分が妥当と判断された。

ただし、賛成10と反対5の票差。それぞれに渾身の反対意見を書いたのは、園部逸夫、尾崎行信、河合伸一、遠藤光男、元原利文の5最高裁裁判官。園部は裁判官出身で、その余の4名は弁護士出身である。岡口分限裁判の評決だけでなく、その票差も見守りたい。

寺西にしても岡口にしても、最高裁当局には、うるさくて目障りな裁判官なのだ。しかし、裁判官の独立とは、うるさくて目障りな裁判官だからといって排除してはならないということである。当局の統制に服さない裁判官こそ、実は裁判官の独立を体現した貴重な存在というべきなのだ。岡口基一判事が、その職にあり続けることを期待する。

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いまこそウソとごまかしの「安倍政治」に終止符を! 賛同署名のお願い。
http://article9.jp/wordpress/?p=11058

安倍政治に即刻の終止符を求める人々の熱い言葉の数々。
http://article9.jp/wordpress/?p=11073

ネット署名にご協力を。そして、是非とも拡散をお願いします。
9月10日に開始して、賛同者は本日(15日)6500筆に近づいています。

署名は、下記URLからお願いいたします。
https://bit.ly/2MpH0qW

(2018年9月15日・連続更新1994日)

社会的弱者を差別し侮蔑する言論の自由はない

いま話題の政治家といえば、杉田水脈。つい先日まで、表舞台では殆ど無名だったこの人の名が、今や各紙に大きく躍っている。まさしく、注目度ナンバーワンの話題の保守政治家。いや、極右の政治家。

なんと、本日(7月27日)の赤旗一面のトップ記事に登場している。杉田水脈、大したものではないか。
「LGBT『生産性ない』の杉田暴言」「かばう自民に抗議殺到」「人生観の問題ではない」という大きな見出し。

リードだけをご紹介すれば、「自民党の杉田水脈(みお)衆院議員が月刊誌にLGBT(性的少数者)のカップルは『子どもを作らない、つまり生産性がない』と攻撃し、行政支援への否定的見解を示す論考を寄稿した問題で、LGBTや支援者の団体から厳しい抗議の声が上がっています。批判は杉田氏を擁護する安倍政権や自民党にも向けられ、杉田氏の議員辞職を求める抗議行動が各地で予定されるなど、抗議は全国に広がっています。」というもの。

その杉田の言動に対するメディアの批判の典型が、一昨日(7月25日)の毎日社説だろう。「杉田水脈議員の差別思考 国民の代表とは呼べない」という標題。筆鋒峻厳である。その一部を引用する。

「特定の少数者や弱者の人権を侵害するヘイトスピーチの類いであり、ナチスの優生思想にもつながりかねない。明らかに公序良俗に反する。
 国民の代表として立法権を行使し、税金の使い道を決める国会議員には不適格だと言わざるを得ない。
 杉田氏はこれまでも、保育所増設や夫婦別姓、LGBT支援などを求める動きに対し『日本の家族を崩壊させようとコミンテルン(共産主義政党の国際組織)が仕掛けた』などと荒唐無稽(むけい)の批判をしてきた。
 『安倍1強』の長期政権下、社会で通用しない発言が自民党議員の中から後を絶たない。「育児はママがいいに決まっている」「がん患者は働かなくていい」など、その無軌道ぶりは共通している。
 杉田氏は2012年衆院選に日本維新の会から出馬して初当選し、14年は落選したが、昨年、自民党が比例中国ブロックで擁立した。安倍晋三首相の出身派閥である細田派に所属している。杉田氏の言動を放置してきた自民党の責任は重い。」

いちいちごもっとも、と言うほかはない。

政党の批判としては、昨日(7月26日)付けの立憲民主党の抗議文が鋭い。同党の公式サイトに掲載されたもので、「立憲民主党 SOGI(性的指向、性自認)に関するPT」座長・西村智奈美衆議院議員名のものである。

 子どもを産むか否かで差別することは、憲法が尊重する基本的人権、自己決定権を否定する思想であり看過できない。差別を禁じた憲法を遵守すべき国会議員が、自ら差別との自覚をもてないまま発言したことに驚きを禁じ得ない。直ちに発言の撤回と謝罪を求める。
 あわせて、自民党の二階幹事長は、今月24日の記者会見において、「人それぞれ政治的立場、いろんな人生観、考えがある」と述べた。政党として、さまざまな考え方を容認することは当然のことながら、幹事長という立場にありながら、差別への無理解、無自覚を露わにした所属国会議員を問題なしとする言動は、差別そのものを公党の幹事長が容認したととれ、社会的影響も鑑み、許されるものではない。あわせて、撤回と謝罪を求める。

この件については、公明党の山口那津男代表までが、昨日(26日)の記者会見で、「子供を産む、産まないことを非難がましくいう言動はいかがなものか」と、やんわりながらも批判した。衆目の一致するところ、自民党政治家による歴史修正主義や排外主義、民族差別、性差別、人権軽視等々の右翼的発言の背後には、安倍執行部の存在があるのだから、山口の杉田に対する「やんわり批判」は、安倍に対する批判でもある。

同じ記者会見で、山口は「多様な生き方を認める寛容な社会を作っていくことが我々の方針だ」と強調したという。

杉田の差別発言を擁護したのが、二階俊博自民党幹事長。24日の記者会見の発言を、朝日はこう報道している。
「自民党の杉田水脈(みお)衆院議員が寄稿で同性カップルを念頭に「子供を作らない、つまり『生産性』がない」と記述した問題で、二階俊博幹事長は24日の記者会見で「人それぞれ政治的立場、いろんな人生観、考えがある」と述べ、問題視しない考えを示した。
 二階氏は「右から左まで各方面の人が集まって自民党は成り立っている。(政治的立場での)そういう発言だと理解したい」とした。一方で、「当事者が社会、職場、学校の場でつらい思いや不利益を被ることがないよう、多様性を受け入れていく社会の実現を図ることが大事だ。今後も努力していきたい」とも述べた。」

えっ? 「右から左まで各方面の人が集まって自民党は成り立っている」んですって? それは知らなかった。私は、「極右から穏健右派までが集まって自民党は成り立っている」と思っていましたが…。どこかに、左の隠し球でもあるんですかね。

舌足らずの二階発言だが、少し言葉を補えば、こんなことだろう。
「人それぞれの政治的立場や人生観、考え方があって当然。自民党は、右から左まで幅広い多様な立場から成り、杉田発言もそのような多様性の中の一つで、特に問題はない。」

もう少し分かり易く言えば、「思想も表現も自由だ。思想や表現の多様性こそが重んじられるべきで、杉田の差別発言も多様性の内のものだ。批判されるものには寛容が求められる」となろう。

これは、おかしい。杉田の差別発言は多様性を否定する内容。多様性を否定する発言が、多様性尊重のゆえをもって擁護されるのは、論理矛盾ではないか。キミの多様性は認めない。ボクの多様性だけは無限に認められるべきだ。これは、ボクには都合がよい理屈。

表現の自由は、この社会における最重要な価値の一つだが、万能でも無制限でもない。他の諸価値と衝突するときには、自ずから調整され制約を受けざるを得ない。権力を持つ者に対する批判の政治的言論は最大限の尊重を要するが、他の個人の尊厳を傷つける差別言論が許容されてよいはずはない。

LGBTという社会の少数派であり、それゆえに弱い立場にある者を傷つける差別言論が許容される余地はない。杉田議員と二階幹事長には、次の言葉をお贈りしておこう。肝に銘じておかれたい。
「世の中には、言ってよいことと悪いことがある。」「権力や多数派に対する批判の言論は大いに行ってよい。しかし、社会的弱者を差別し侮蔑する言論の自由はない。」
(2018年7月27日)

絵本『花ばぁば』が語る「戦争のおぞましさ」と「出版の不自由」

私の手許に、「花ばぁば」という絵本がある。やさしい筆使いのやわらかい絵。たくさんの花が描かれている。子どもたちに読んでもらおうという、紛れもない上質の絵本。しかし、内容はこの上なく重い。日本軍慰安婦だった一人の女性の人生を描いた作品。

絵と文は、クォン・ユンドク。1960年生まれで大家という年齢ではないが、「韓国絵本界の先駆者」と紹介される人。翻訳は桑畑優香。早稲田を出たあと、延世大学、ソウル大学で学んだ人だという。絵本にふさわしい、優しさあふれる文章になっている。

『花ばぁば』とは、元日本軍「慰安婦」だったシム・ダリヨンさんのこと。その辛い体験の証言をもとにストーリーが組み立てられている。晩年の彼女は、園芸セラピーを受け、押し花の作品作りを楽しみに過ごしていたという。

通常の絵本にはない、前書きとしての「著者からの言葉」がある。その冒頭の一文が、「戦争で被害を受け苦しんでいる、すべての女性たちにこの本を捧げます」というもの。重ねて後書きとして、Q&A形式の「読者のみなさんへ」がある。いずれもやや長い。著者のこの本の出版へのこだわりや思いの深さが痛いほど伝わってくる。

その中の一節にこうある。
「この本では、黄土色と『空っぽの服』を象徴として、私たちが『慰安婦問題』を見つめるときに注目すべきことに対する考え方を表現しています。旧日本軍の服の色である黄土色は帝国主義を、『空っぽの服』は人間の考え方と行動を規定し支配する制度や習慣、国家体制などをそれぞれ象徴しています」
「誰もがそのような服を着れば、自分でも気付かない行動をとる可能性があります。つまり、『私たちは、慰安婦問題の責任を一人ひとりの具体的な個人ではなく、彼らを指揮し煽動した国家と支配勢力に問うべきだ』という意味を込めているのです」

大いに異論があってしかるべき論争点だろうが、これがこの作品の中心テーマで、作家の視点には揺るぎがない。大日本帝国の責任、旧日本軍の責任、どの部隊の誰の責任と決めつけ特定してしまうと普遍性が薄れる。戦争一般に性暴力の原因があり、弱者に深刻な被害を強いるものという基本認識から、戦争そのものをなくそうという平和志向の思想。だから、最後は、こう締めくくられている。

「今も地球上のあちこちで絶えず戦争が起きています。花ばぁばが経験した痛みは、ベトナムでもボスニアでも繰り返されました。そして今、コンゴやイラクでも続いているのです。」

この本の刊行は、今年の4月29日の日付。「ころから」という小さな出版社から、「202名の(クラウドファンディングでの)支援で刊行されました」と記されている。が、この本が実は8年も前に日韓同時に出版されるはずだったことを知らなかった。このことは、日本社会の表現の自由の現状を雄弁に物語っているのだ。

以下は、東京新聞2018年6月20日の「『花ばぁば』が伝える戦争」というコラム。この間の事情を手際よくまとめている。

「東京・赤羽の小さな出版社「ころから」から出された絵本『花ばぁば』は、旧日本軍の慰安婦とされた韓国人のシム・ダリョンさんの証言に基づき、韓国の作家クォン・ユンドクさんが描いた物語だ。

日本が朝鮮半島を植民地としていたころのこと。突然連れ去られた少女は軍の施設に閉じ込められ、その部屋の前には兵隊たちが毎日列を作った…。水彩の絵の美しさが、軍隊の暴力性をより鮮烈に伝えるようだ。

2010年に韓国でオリジナル版が出版された後、日本での出版は、シムさんの証言が慰安所設置に関する公文書記録と一致しないという理由で見送られた。一度お蔵入りしたこの作品を日本で出そうと奔走したのは、絵本作家の田島征三さんら日本の有志だった。

実は私(記者)も05年、大邱(テグ)市にあったシムさんの自宅を訪ね、被害の体験を聞いたことがある。けれども連行された時期や場所など分からない点が多く、証言を記事にできなかった。彼女は『私は頭がおかしくなった。覚えていないんだ』と涙ぐみながら、日本からきた記者の私に語ろうとしたのに。あの日、私がするべきだったのは、『埋められない記憶』を問うことではなく、彼女が経験した痛みの重さにもっと心を寄せることだった。

シムさんは日本版の出版を待たず10年に83歳で他界したが、彼女が残した絵本は戦争の真実を静かに語り続ける。(佐藤直子)」

「マガジン9:http://maga9.jp/」には、「この人に聞きたい」シリーズで、クォン・ユンドクのインタビュー記事が掲載されている。今年の5月30日にアップされたもの。これは、衝撃的な内容。

クォン・ユンドクさんに聞いた:日本軍「慰安婦」にされた女性の物語 『花ばぁば』で伝えたかったこと

クォン 日本での版元からは最初、日本で出版するためにはここを変えてほしい、といって何度も修正依頼が来ました。受け入れられる点については修正しましたが、とても受け入れられない点もあって、それについては「できません」とお答えしたのです。

──たとえば、どんな点でしょうか。

クォン 『花ばぁば』では、慰安所の見取り図のような場面や、慰安所がつくられていた地域分布を示す場面なども出てくるのですが、こうした資料的な絵を入れず、もっと「一人の女性の人生」という観点からストーリーをつくれないか、と言われました。でも、私は単なるハルモニの個人史ではなく、その背景にある社会的な要素もあわせて描きたかった。そこは変えたくありませんでした。
また、もっとも受け入れがたかったのは、モデルを別のハルモニに変えてほしいと言われたことです。シム・ダリョンさんは慰安婦として連れて行かれた後、戦後にかけて記憶を失っている時期があるので、証言の確実性がないのではないか、というのです。シム・ダリョンさんのように無理矢理トラックに乗せられたケースではなく、「お金を稼げるよ」と騙されて連れて行かれたハルモニの証言をもとにしたほうが、普遍的な物語になるのではないかとも言われました。

でも、シム・ダリョンさんが記憶喪失になってしまったのは、慰安婦にされて性暴力を受けたことや、戦後に韓国で差別を受けたことの結果であって、そのこと自体が重要な「記憶」です。それを証言として信用できないということには、まったく納得が行きませんでした。私はシム・ダリョンさんだから描きたいと思ったのだし、出版社が「こういうおばあさんの話を描いてほしい」というのなら、それを描いてくれる作家を別に探せばいいじゃないか、という話ですよね。
最終的には、「他のハルモニの話に変えないのならうちの出版社からは出せません」という返事でした。

──それが本当の理由というよりは、慰安婦問題というセンシティブな問題を扱った絵本を出したくなかったのかもしれないという気がします。特に、ここ数年の日本では、「慰安婦」という言葉を出すだけで一部の層からひどいバッシングを受けるという傾向がありますし、「シム・ダリョンさんの証言に問題があるから出さない」ではなく、「日本社会に問題があるから出せない」だったのではないでしょうか。

クォン 本当にそうです。その「日本社会の問題」を、「ハルモニの問題」にすり替えて断りの理由にされたことが本当に悲しくて。そのときにはもう亡くなられていたシム・ダリョンさんに対しても、申し訳ない思いでいっぱいでした。被害者が自分の受けた被害の話をするというのは、本当に苦しくてつらいことなのに、それを否定されたわけですから……。私だけでなく、「平和絵本」シリーズにかかわっていた作家たちはみんな、大きなショックを受けていました。

──しかし、田島征三さん、浜田桂子さんら日本の絵本作家の奔走もあって、2018年に別の出版社からの刊行が決まります。資金集めのためのクラウドファンディングでは、当初の目標額だった95万円がわずか4日間で集まったそうですね。

クォン 2000年の女性戦犯法廷の話などを聞いて、日本には慰安婦の存在を否定したい勢力もいるけれど、それをきちんと検証して知らせようとしている人たちも大勢いるんだということを知りました。日本での出版前から、韓国語版を自分たちで翻訳して読書会を開いてくれているグループもありましたし、そうした人たちが支援してくれたのではないかと思っています。

さらに本日(6月24日)、友人の勧めで詳細に事情を語るドキュメントDVD「わたしの描きたいこと」を観た。日本語版は、本年5月25日発売。93分が短かった。

惹句では、「絵本『花ばぁば』(クォン・ユンドク絵/文)が出来上がるまでを描くドキュメンタリー映画。韓国を代表する絵本作家クォン・ユンドク(権倫徳)が、日本軍「慰安婦」の証言をテーマに絵本創作に取りかかる2007年から、予定されていた日本語版刊行が無期限延期となる2012年までを描く。クォン・ヒョ監督は、作家性と出版の軋轢を、ノーナレ(ナレーションなし)で見事に描きだす。」という。なるほど、まったくそのとおりだ。

日本で出版を予定し、最終的に断念したのは「童心社」である。松谷みよ子と関係の深かった児童書の大手。良心的な出版社である。その童心社が恐れたのは、日本社会のありかたを象徴する「右翼」の攻撃。できるものなら出版したいが、「今の情勢では、このままでの出版はできない」という。

幾つかの点での妥協を覚悟して修正作業に取りかかった作家に、日本から「今、日本社会の事態はより悪くなっている。修正しても出版は難しい」との最終の連絡がはいる。本来日韓同時出版の予定だった「花ばぁば」は、韓国ではシム・ダリョン生前に出版して好評を博したが、日本での出版はできないという結論でこのドキュメントは終わる。

なるほど、日本社会とはこんなものなのだ。日本とは、右翼の跳梁する恐るべき国、民主主義や人権の後進国と見られてやむを得ないのだ。世界の報道の自由度ランキングでは、16年72位、17年72位と続いて、今年(2018年)は68位だが、本当だろうか。アベ政権のもと、右翼の跳梁やヘイトスピーチが、おさまる気配は見えない。

「花ばぁば」は、その内容において戦争のおぞましさを語っているが、はからずもその出版を通じて日本の出版の自由の制約や右翼の跳梁の実態、民主主義や人権のありかたについても語るものとなった。
(2018年6月24日)

「保守速報」サイトからすべてのバナー広告が消えた。 ― これが企業の合理的判断なのだ。

私には、ネット世界の見通しが利かない。どちらを見回しても、あふれかえるデマとヘイトに辟易せざるを得ない。ネトウヨ諸君は、権力者や富のあるものにはへつらって、弱い立場にあるものへの誹謗中傷に余念がない。実は、ヘイトのサイトに読者がつけば、広告料収入がはいる仕組みだという。

そのようなネトウヨ・サイトの典型に、「保守速報」なるものがある。とある名誉毀損裁判の被告になり、「他人の記事を転載しただけだからウチに責任はない」と争って敗訴したことで有名になった。その後、こともあろうに私の顔写真を掲載して「DHCの吉田嘉明会長」とキャプションを付けた。私にとってはこの上ない侮辱であり不名誉な仕打ち。このことについて「保守速報」は謝罪記事を書いたが、私に謝罪したのか吉田嘉明に謝罪したのか、わけの分からないものだった。その程度のいい加減なサイトなのだ。

記事はいい加減ではあっても、まとめサイトとして、他人が書いた記事を繋げて読者を得、広告を満載して相当の収入を得ていたようだった。ビジネスモデルとしては成功していたわけだ。

ところが、驚くべきことが起こった。下記のURLを覗いていただきたい。不愉快な記事を読む必要はない。記事ではなく広告欄にだけ注目していただきたい。すべての広告が消えて、空白になっているではないか。
http://hosyusokuhou.jp/

これは、すごいことだ。「まとめサイト『保守速報』から広告バナーが完全消滅」「まとめサイト『保守速報』に掲載されていた広告が、6月13日までに全て撤去されていたことが分かりました」という記事をネットのあちこちで見ることができる。

どうやら、ネットの景色が変わりつつあるのだ。多くの人の知恵と惜しみない労力とが、バナー広告のスポンサーを動かしているのだ。こんなデマとヘイトのサイトへの広告は、企業イメージを損なうものではないか、という指摘が功を奏しているのだ。

保守速報の広告撤去に至ったきっかけを作ったのは、エプソン販売だった。
ユーザーからの問い合わせを受けて、同社は6月5日に保守速報への広告出稿を停止したという。これが引き金となって、多くのネットユーザーによる広告主への通報が加速して他の企業にも広告引き上げの動きが波及したもののようだ。

BuzzFeed Newsが報じている。
「保守速報への広告掲載をやめたエプソン 『嫌韓、嫌中の温床』との通報がきっかけに」というタイトル。記事の関心は、「広告売り上げなど資金の流入を断つことで、ネットに溢れるヘイトやフェイクをも断つことはできるのか。」という視点。

同記事によると、「(エプソンに)メールで通報をしたのは6月1日金曜日の夜。Youtube上にあるヘイト動画がユーザーの通報を受け相次いで削除されたのを見て、ヘイト記事が載るサイトの広告主に通報しようと思ったという。メールでは、『保守速報』が『ヘイトスピーチ、いわゆる嫌韓、嫌中の温床となっている』『ヘイト記事で告訴を受けて裁判中』だと伝え、『広告が収入源になっている』と指摘。」こうも書き添えたという。

「ヘイトスピーチを許さない社会的責任と御社の製品のブランドイメージを守るためにも、ご検討なにとぞ、よろしくお願い致します」

同社から出稿を取りやめると返答があったのは、6月5日火曜日の昼のこと。「ご不快な思いをさせ」たことを謝罪するとして、「今後は、出稿先を注意して選定してまいります」と記されていたという。

エプソンは、代理店を通じて広告を出稿していたが配信先までの把握はなく、通報があるまで保守速報への掲載を認識していなかった、という。

エプソンは、「エプソングループコミュニケーション規程」に基づき、すべてのステークホルダーの皆様に対して、正確な情報を偏りなく提供しています。公序良俗の遵守や中立性の維持はもとより、性別、年齢、国籍、民族、人種、宗教、社会的立場などによる差別的な言動や表現を排除し、常に個人を尊重するとともに、文化の多様性を尊重して、世界の人々から信頼されるコミュニケーション活動を行っています。

と言っている。この規程の遵守必ずしも十分ではなかったわけだが、指摘を受けて直ちに差別に毅然とした反応したことは立派なものだ。エプソンのブランドイメージは大いに上がったというべきだろう。私も、今度はエプソンの製品を買おう。

まだ、企業の主流は健全だ。一通のメールがエプソンを動かしたのだ。そして、多くの人のメールが続き、いまネットに溢れるヘイトやフェイクをも断つ動きが加速している。「保守速報」への広告引き上げは、他のヘイトサイトに飛び火して、ネットの世界を一新するきっかけとなるかも知れない。

実は、この動きには前史がある。YouTubeでも同様の動きがあるのだという差別表現を含む動画に自社の広告が表示されることを嫌った大手企業の広告出稿取り下げ騒動が発生したことを受け、YouTubeでは昨年(2017年)から差別表現に対して厳しい姿勢で臨むよう方針が大きく転換し、10万本を超す投稿動画か削除され、またYouTubeチャンネルが相次いで閉鎖されているという。

ひときわ注目されたのは、「皇族の血統」をウリにして稼いでいたタレント竹田恒泰。差別的言動で、YouTubeの規約によるチャンネル閉鎖に追い込まれた。ネットでは「YouTubeから生前退位」「ヘイトエンペラー」などと揶揄する声があるという。

保守速報は、「嫌韓」「反中」で知られていた。こんなサイトに広告を出していたとなれば、韓国や中国でのビジネスに差し支えが生じる。それを避けるのが、企業活動の合理的判断というべきだろう。ユーチューブにしても、まともな企業からの広告料を得ようと思えば、ヘイト動画を削除せざるを得ないのだ。ネットの世界の浄化の動きは、きっと実を結ぶことになるだろう。

ところで、この件に関して個人的に見過ごせない一点が残っている。「保守速報」サイト左上に残っている「NO!残紙キャンペーン」のバナーだ。これは広告ではなく、収入には結びつかない。「キャンペーンに賛同したサイトであれば自由に貼れるもの」なのだという。だから、保守速報側が勝手に貼ったもので、キャンペーンの主催者側としては保守速報への掲載について関知していない、との経過のようである。

とはいうものの、保守速報のサイトにたった1件残ったバナーである。そのキャンペーンには右から左まで、まことに幅の広い32人の賛同人の名が連ねられており、その1人として私の名前もある。私は、確かに「NO!残紙キャンペーン」の賛同者にはなったが、保守速報にこんな形で名前が出るような不名誉は望むものではない。さりとて、自由や民主主義のためには、右派とも連携すべきでもあろう。複雑な思い、というしかない。
(2018年6月15日)

緊急のご賛同お願い ― 「NHK大阪記者の不当異動人事中止を求める要望」

加計問題が愛媛県文書(「いいね文書」)の開示で新たな展開を見せている。森友問題についても、明日(5月23日)国有地値下げ交渉に関わる大量の新文書が提示される。アベ内閣は、既に詰んでいるはずなのだが、潔く投了という気配はない。頑強に記録の事実を否定し続けて国民のアキラメを待つ作戦。

そんなアベ政権の指示なのか、NHK上層部の忖度なのか。NHKの不当人事に衝撃が走っている。

第一報は日刊ゲンダイの5月17日記事。次のリードだ。

「皆様のNHK」どころか、これでは“安倍様のNHK”だ。森友学園問題に関するスクープを連発していたNHK大阪放送局の記者が突如“左遷”されるというのだ。安倍政権の急所である森友問題を報道させないための“忖度人事”ではと、NHK内部に衝撃が走っている。

 「森友問題スクープ記者を“左遷” NHK『官邸忖度人事』の衝撃」
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/229227

その後、この 『NHK官邸忖度人事』記事の信憑性が確認された。このままでは、5月25日付の異動が実行となる模様。

そこで、この異動を止めるために、「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」が下記の緊急の要望書提出に賛同者を募っている。

 2018年5月24日

NHK会長 上田良一様
NHK放送総局長 木田幸紀

 NHK大阪放送局の記者の不当な異動人事の中止を求める要望書

NHK視聴者有志(賛同者名簿は別紙)

 皆様にはNHKの健全な経営と充実した放送のためにお忙しい毎日をお過ごしのことと存じます。
  この間私たちは、森友学園問題に関して、貴局が多くのスクープを行い、森友問題の真相解明に大きな役割を果たしてきたと評価しています。
 ところが、先日、私たちは、森友学園問題の真相に迫る取材に精力的に取り組んできた大阪放送局の記者を記者職から外す人事異動が検討されているとの報道に接しました。
 私たちが関与しない貴局内の人事ですが、異動人事が伝えられる記者は、政権寄りと批判が向けられてきたNHKの政治報道において、時の首相夫妻が疑惑の中心人物となっている森友問題の真相に迫る貴重な取材を続けてきた記者といわれています。このような記者は私たち市民の知る権利に応える誠実で頼もしい人材であり、NHKに対する視聴者の信頼の揺らぎを食い止めるために貢献をしてきた人材でもあると思います。
 そのような記者が森友問題の真相解明の重要な局面で取材現場から外されるとすれば大変不可解なことであり、視聴者は強い疑惑を向けざるを得ません。

 皆様におかれましてはNHKに対する視聴者の信頼を失墜させるような異動人事を中止する措置を直ちに講じられるよう強く要望します。
 仮にも、伝えられたような異動人事が強行されるなら、私たちのみならず、多くの視聴者はそれを左遷人事とみなし、今後のNHKの政治報道に強い不信を抱くことになるのは必至です。

 受信契約の締結義務を是認した先の最高裁判決を引くまでもなく、受信契約も受信規約で定められた受信料の支払い義務も、NHKが放送法第4条他を遵守し、自主自律の放送を貫いて、国民の知る権利に応える放送を続けているという視聴者の信頼を得ていることが大前提です。NHKがそうした前提を自ら壊すような人事を強行するなら、今、受信料の支払いを続けている視聴者の間でも、支払い意欲を減退させる人々が増えるのは必至です。
 NHKの人事担当部署がそのような愚行を犯さないよう、皆様の賢明なご判断と早急な措置を強く要請します。
  以上

賛同の締め切りは5月23日(水)24時である。
下記アドレスにメールでの賛同通知をお願いいたします。     mekiki2018@yahoo.co.jp
ファクスなら、043-461-7004

呼びかけの中心を担っている醍醐聰さんからは次のような連絡をいただいた。

NHK大阪放送局の記者の左遷と受け取れる異動人事の動きは、NHK内で市民の知る権利に応えるため、森友問題の真相に迫る取材をしてきた記者の良識を踏みにじるものであり、NHKの報道現場にも計り知れない萎縮を生む恐れが大きいと考えられます。
そこで、私たち「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は全国のNHK視聴者団体、個人や森友問題で一緒に行動した方々に、賛同の呼びかけをして、不当な異動人事の中止を求める添付のような要望書を24日午前中にNHK上田会長ほかに提出することにしました(25日に異動人事の内示が予定されているため)。

急な呼びかけですが、皆様にご賛同の呼びかけをさせていただきます。
大変短い期間ですが、皆さまの団体、お知り合いの方々にも至急、呼びかけを広めていただけると幸いです。

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大阪の阪口徳雄君は、5月20日に下記のブログを発表している。
http://blog.livedoor.jp/abc5def6/

      NHK記者の「不当配転」が真実なら受信料拒否宣言をしようと思う

日刊ゲンダイが森友問題を精力的に取材しスクープを発していた辣腕記者を森友問題の取材から外し内勤に変えるとの報道があった。
真相は不明である。
しかし、NHKのトップが「ニュースのトップに森友、加計問題を扱うな」という指示の「内部告発」があったということが国会で議論になっていた。その後の報道を見ていると森友、加計問題はニュースのトップではなく「途中」になってきた印象を持つ。

日刊ゲンダイの報道を信じたくないがNHKのトップは安倍総理のくだらない発言を大げさに、さも重要なことのように誇張して報道するニュースの様子とかを見るにつけ官邸に忖度した報道が多すぎる。

森友問題を一番詳しく取材した記者は本来はNHKの誇りである。このような記者を優遇することはあっても、不当配転をすれば、これは他の諸問題でも官邸が困る報道を取材してきた記者をNHKは同様に不利益取り扱いをすることを意味する。いわば見せしめ人事となろう。これは当該記者のみならず、他の記者への萎縮効果も甚大となろう。

もし日刊ゲンダイの記事の通りであるなら私個人はNHKに受信料の支払いを「拒否」しようと思う。NHKに内容証明郵便で拒否理由を明白にして通知して拒否しようと思う。いつまで続けるかは未だ不明である。

私は以前、籾井会長がNHKの会長に任命されていた間の3年のうち籾井が辞めるまでの約2年半あまり受信料の支払いを拒否した。この時はNHKに内容証明郵便で通知した。何回か督促があったが、断り続け、籾井が辞めたので再開した。

今回の処置は籾井の個人的資質とは異なり、NHKの持つ本質的、構造的な権力忖度人事であり、これでは放送法4条の趣旨をNHKが安倍政権の前で自ら放棄するに等しい。

受信料拒否する者にNHKが裁判するなら私自らは受けて立つし,他の者に裁判でもあれば法的な支援は惜しまない気持ちである。

日刊ゲンダイの記事が間違いであると信じたい。

(2018年5月22日)

黙ってはならない ― 天皇制批判にもセクハラにも

4月29日。かつての天皇誕生日で、その前は天長節だった。戦争責任を免れた昭和天皇裕仁が誕生したこの日を選んで、「春の叙勲」受賞者が発表されている。その数4151人。かたじけなく、うやうやしく、天皇から格付けられたクンショウをもらってありがたがっているのだ。

この4151人に、芥川龍之介の言葉を贈ろう。

「軍人の誇りとするものは必ず小児の玩具に似ている。緋縅の鎧や鍬形の兜は成人の趣味にかなったものではない。勲章も―わたしには実際不思議である。なぜ軍人は酒にも酔わずに、勲章を下げて歩かれるのであろう?」

勲章をもらうのは軍人だけでない。なぜ良い齢をした大人が酒にも酔わずに、勲章をもらったことを人に知られて、それでも恥ずかしげなく往来を歩けるのであろうか。

たまたま、本日の東京新聞9面「読書」に、「沖縄 憲法なき戦後」(古関彰一・豊下楢彦共著)の書評が出ている。表題が、「米軍にささげた『捨て石』」というもの。沖縄を「捨て石」として米軍に捧げた人物、それがほかならぬ天皇裕仁である。

この書評が指摘するとおり、「沖縄に基地が集中したのは地政学上の理由ではなく、そこが『無憲法状態』にあったからだ」「沖縄の運命を決める政策決定の〈現場〉に、当の沖縄は不在だった。」「アメリカにフリーハンドを与えることを提案した昭和天皇の『沖縄メッセージ』の役割は大きい」(評者・田仲康博)。まことにそのとおりだ。今日は、この指摘を噛みしめるべき日だろう。

昭和天皇(裕仁)は、自由なき国家の主権者の地位にあったことだけで、責任を問われねばならない立場にある。のみならず、国の内外にこの上ない戦争の惨禍をもたらしたことについての最大の責任者でもある。さらに、敗戦後には何の権限もないはずの身で、沖縄を米国にささげたのだ。なんのために…。保身以外には考えられない。

そんな人物ゆかりの日に、クンショウもらってニコニコなどしておられまいに。

いま、天皇や天皇制を批判する言論に萎縮の空気を感じざるを得ない。アベやその取り巻きにおもねる言論が大手を振って、権力や権威の批判が十分であろうか。「国境なき記者団」が今月25日に発表した「報道の自由度ランキング・18年度版」では日本は67位とされている。昨年の72位よりも5ランク上げた理由は理解し難いが、43位の韓国や45位の米国の後塵を拝しているのは納得せざるを得ない。

言うべきことは言わねばならない。空気を読んで口を閉ざせば、空気はいっそう重くなるばかり。萎縮せず、遠慮せず、躊躇せず、黙らないことが大切だ。「私は黙らない」と宣言し続けねばならない。

昨日の新宿「アルタ」前での若者たちの『私は黙らない』行動。セクハラ批判に声を上げた彼らの行動を頼もしいと思う。持ち寄られたカラフルなプラカードには、「With You」「どんな仕事でもセクハラは加害」「私は黙らない」などの文字。

ここでも「勇気を出して声をあげる」ことが大切なのだ。一人の声が、他の人の声を呼ぶ。多くの人が声を合わせれば、社会の不合理を変える。「萎縮して黙る」ことは、事態をより悪くすることにしかならない。

集会は「いつか生まれる私たちの娘や息子たちが生きる社会のため、ここから絶対に変えていきましょう」との言葉で締めくくられたそうだ。

安倍や麻生が権力を握るこの時代。ときに絶望を感じざるを得ないが、社会の不当に黙ることなく声を上げる人々がいる限り確かな希望は消えない。天皇や天皇制や叙勲についての不合理の指摘や批判の言論についても、黙してはならない。
(2018年4月29日)

「落とし前をつけます」と宣告して始められた、議員に対するスラップ訴訟

遅ればせながら、「高須クリニック」(高須克弥院長)の大西健介衆院議員に対する名誉毀損訴訟の提訴について取り上げたい。昨日(4月23日)原告高須側に敗訴の判決言い渡しがあったとの報道だが、この判決の内容は、あまりに当然の「陳腐」なものとして論評に値しない。注目しなければならないのは「判決」ではなく、もっぱら「提訴」の事実である。もちろん、訴権濫用の提訴という観点からの注目である。なぜ、こんな事案で提訴までなされたのか。

信頼できるメディアが以下のとおり報道している。
「美容外科『高須クリニック』を運営する愛知県西尾市の医療法人が、大西健介衆院議員(希望)の発言が名誉を毀損したとして、大西氏と当時所属していた民進党などに計1千万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は23日、請求を棄却した。
 判決によると、大西氏は昨年5月17日の衆院厚生労働委員会で、美容外科の広告規制問題に触れ「『イエスまるまる』と連呼するだけのCMなど非常に陳腐なものが多い」と発言した。
 河合芳光裁判長は、発言は高須クリニックを指していると指摘したが「直接評価を加えたものではなく、社会的評価を低下させるものではない」と判断した。(毎日新聞)

議員の院内での発言をとらえての提訴も乱暴極まるが、所属政党を被告にしたことはさらなる驚愕というほかない。議員の発言に対する請求の根拠は不法行為(民法709条)であろうが、所属政党に対してはどのような構成をしたのだろうか。使用者責任(715条)なのか、それとも共同不法行為(719条)か。いずれにしても、およそ原告側に勝訴の見込みがない。のみならず、良識ある社会人においてこのような訴訟は提起すべきではないのだ。議員や政党が、厳重に抗議をしないのが不思議である。

何よりも、名誉毀損とされた大西議員の発言は、議院(衆院厚生労働委員会)での演説または討論に当たる。仮に、その発言内容に、刑事・民事の違法があったとしても、責任を問われることはない。憲法51条は、「両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。」と規定するからである。

国会議員が、議院において自由に発言を行うことの保障がなければ、その職責を全うすることができない。院内における言論の自由を手厚く保障することによって、議員の自由な活動を促進し議会制度の適正を確保しようとする制度の趣旨である。

もちろん、不適切な議員の発言があれば、言論による反論は保障されている。議員のレイシズムにもとづく発言や、セクシャルハラスメントによる人権侵害には、断固言論で反論すればよい。高須クリニックは十分に言論による反論の力量を持っているではないか。

少し長くなるが、大西議員の当該の発言は後掲のとおりである。極めて真っ当であり、真摯な姿勢でもある。一見して、特定の医療機関や医師を攻撃の対象としたものではないことが明白である。美容整形外科診療という、消費者問題でもあり医療問題でもある特殊な分野において、現実に増大している患者・消費者の被害を、どう防止するかという観点からの法改正について有益な議論を展開している。むしろ、立派な質疑をしていると称賛してもよい。

大西議員の発言に、高須クリニックの名前は出てこない。問題の個所は、前後を端折ると分からなくなるので、まとまった文章として引用する。

  一方で、医療分野においては、先ほど言ったように、原則広告が禁止になっていて、非常に限定的な事項しか広告することが認められていない、医療機関名であったり、連絡先であったりということでありますので。だから、非常にCMも陳腐なものが多いんですね。
  皆さんよく御存じのように、例えば、イエス○○とクリニック名を連呼するだけのCMとか、若い女性が、〇一二〇で始まる電話番号とクリニックの名前を言いながらごろごろごろごろ転がっているCMというのを皆さん見たことがあるというふうに思います。あるいは、テレビでおなじみのニューハーフタレントが音楽に合わせて踊りながら○○美容外科というのをずっと言い続ける、こういうCMがよく見られるんですね。
  選挙でも、我々、名前の連呼というのをやります、名前の連呼というのを。確かに、知らない人の名前は書けませんから名前連呼するわけですけれども、ただ、名前連呼だけだったら、その候補者が何を考えているのかもわからない、誰に投票していいのかわからないということがあります。
  そういう意味では、こうしたクリニックの名前とか電話番号だけを連呼するこういう広告というのは、患者が医療機関や治療方法を選択する上では私は有用なものではないというふうに思うんですけれども、こういう広告というのは非常に陳腐だと思いますけれども、大臣はどのように思われますでしょうか。

 「たとえば、イエス○○」との言及は、消費者にとって適正な選択をするのに有益な宣伝広告はいかにあるべきかという議論のためで、これが名誉毀損となるとは、言いがかりも甚だしい。

ところで、社会には、特定の職業人に対する特定のイメージがある。政治家・官僚・教師・宗教者・文筆家・スポーツマン、それぞれである。弁護士のイメージはあまり良くはなかろうとの自覚はある。医師の職業人としてのイメージは、ヒポクラテスの誓詞を胸に収めている人ではないだろうか。教養人で軽挙妄動せず、患者第一と考えている人というのが、少なくとも私のイメージ。そのような多くの医師を見てきてもいる。

しかし、高須克弥という人物は、そのような医師のイメージからはほど遠い。ネットを検索すると、彼の提訴当時の発言が残されている。

 明日、顧問弁護士に連絡しておとしまえをつけます。ただでは済まさせません」

「今、顧問弁護士に民進党中西健介(ママ)議員に対して提訴するよう指示したぜ。」

 「売られたら買います。僕はアホで馬鹿です。喧嘩強いです」

 「ホテルニューオータニに顧問弁護士の伊藤先生に来てもらって作戦会議終了。 明日の朝、民進党大西健介議員と連坊(ママ)代表を提訴するぞなう」

  いったいこれが、人の命と健康を預かる医師の発言だろうか。本当に、いついかなるときでも冷静であることを要求される医療従事者の言なのだろうか。信じがたい思いである。おそらく、彼は、当日の厚生労働委員会の議事録に目を通していない。

「顧問弁護士の伊藤先生」なる人物がこの事件を受任したようだ。医師もいろいろあるように、弁護士もいろいろである。
先年、私がDHC・吉田嘉明から、スラップを仕掛けられたとき、たまたま逢った同期の弁護士に顛末を説明した。二弁の会長経験者である彼がこう言ったのが印象的だった。

「澤藤君。その手の訴訟は、僕なんかには何件も依頼がある。『悔しいから、慰謝料を請求したい。負けてもいいから引き受けてくれ』というんだな。もちろん一応は話しを聞いて、辞めた方がよいと説得する。もっと不愉快な思いをすることになりかねないとね。でも、どうしても聞き入れてもらえないときは、『僕はそういう弁護士ではない』と言って断るんだ」

高須クリニックの提訴に勝ち目はない。にもかかわらずの提訴には別の目的があったとしか考えられない。

 「弁護士に連絡しておとしまえをつけます。ただでは済まさせません」「売られたら買います。喧嘩強いです」という発言は、自らに対する批判を許さないという発信である。これが、批判の言論の萎縮を狙ったスラップである。「自分を批判すると面倒なことになるぞ」と恫喝する者に対する批判の言論に萎縮があってはならない。
(2018年4月24日)
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大西議員の発言は、2017年の第193回通常国会に提出された「医療法等の一部を改正する法律案(内閣提出第57号)」審議をめぐる厚生労働委員会でのもの。

問題とされた発言は5月17日のものだが、19日の議事録で、消費者委員会事務局長黒木理恵の答弁が、美容医療サービスの問題実態を簡明によく説明しているので、まずこれを抜粋する。

医療法等の一部を改正する法律案(内閣提出第五七号)
http://www.shugiin.go.jp/Internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku%20/009719320170519021.htm

消費者委員会事務局長黒木理恵君
○黒木政府参考人 お答え申し上げます。
消費者委員会では、委員御指摘のとおり、平成二十三年の十二月二十一日に、エステ・美容医療サービスに関する消費者問題についての建議を発出しております。その中で、美容医療サービスに関しましては、不適切なインターネット上の表示の取り締まりの徹底及び美容医療サービスを利用する消費者への説明責任の徹底等を求めたところでございます。
これを受けまして、厚生労働省では、ガイドラインを策定される等、一定の対策を講じられたものの、全国の消費生活センターに寄せられました美容医療サービスに関する相談件数は、平成二十三年度の約千六百件から平成二十六年度には約二千六百件に増加をいたしまして、対策の効果は十分とは言いがたい状況にございました。
このような状況を踏まえまして、消費者委員会において美容医療サービスに関する問題を再度調査審議いたしましたところ、消費生活センターに寄せられた美容医療サービスに関する相談事例において、そのきっかけとなった広告媒体がインターネット上のホームページなどの電子媒体が最も多く、その割合も平成二十三年度に比べ高まっていることや、美容医療のホームページにおいてガイドラインが遵守されていない事例が見受けられること、また、美容医療の事前説明同意に際して、あたかもリスクが少ない施術と勘違いさせるような説明等が見受けられることがわかりました。
そこで、これを踏まえまして、二十七年七月七日に、医療機関のホームページを医療法上の広告に含めて規制の対象とすること、少なくとも、医療法等で禁止されている、内容が虚偽にわたるものあるいは誇大なもの等についてはホームページについても禁止すること、また、消費者がリスクなどを正しく理解した上で施術を受けるかどうか判断できるよう、患者の理解と同意を得た上で施術を行うこと、説明を適切に行うこと等について建議を行ったところでございます。

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名誉毀損とされた大西議員の5月17日発言は、多岐にわたっているが、当該部分の前後だけを抜粋して紹介する。これだけでも、美容医療業界の問題点がよく出ている。全文は、下記URLをご覧いただきたい。

http://www.shugiin.go.jp/Internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku%20/009719320170517020.htm

○大西(健)委員 民進党の大西健介でございます。
テレビで盛んにCMをしている超有名な美容クリニックの医師のブログの中に次のような記述がありました。
最近は、美容クラークと呼ばれる専門のカウンセラーを雇っているクリニックも多く、美容クラークは個室で患者様と二人きりになって時間をかけて話し、括弧、これを専門用語でクロージングといいます、料金や効果の高い治療を受けるように説得し、場合によっては医療ローンを組ませるように促します。美容クラークさんは、生命保険の勧誘、セールスレディー出身の人が多く、人心掌握術にたけ、言葉巧みに勧めてきます。生命保険の勧誘と同じで、成約させた治療代金の何%かがインセンティブとして歩合給になるので、患者様の幸せよりも自分の利益を優先し、必死に勧めてきます。
これは実際にブログに書いてあるんです。有名な、テレビにも出ている美容クリニックの医師の先生が書いているブログです。その人は、うちはそういうことはやっていませんよということを書いているんですけれども。
消費者被害のパターンを実際に見ましても、無料カウンセリングを受けたらいろいろと強引に説得されて契約するまで長時間拘束されたり、廉価の、安い手術を受けるつもりだったのが、あなたの場合はこのコースでは効果が出ませんよと言われて、説得を受けて、オプションを追加するなど高額な契約に誘導されるというケースが多く見られるということであります。
私は、この後議論する広告のあり方もさることながら、こういう勧誘のあり方に問題があるのではないかというふうに思っていますが、こうした不当な勧誘行為に何らかの規制を行うことはできないんでしょうか。

○神田政府参考人 お答えいたします。
インフォームド・コンセントにつきましては、先ほど申し上げましたように、医療法に基づきまして、医師、看護師等の医療の担い手が医療提供するに当たっては、適切な説明を行って、医療を受ける者の理解を得るように努める旨、規定をしているところでございます。
厚生労働省では、美容医療サービス等の自由診療におけるインフォームド・コンセントの取り扱い等について通知等を発出いたしまして、医療を受ける者の適切な選択を阻害することがないよう、実施しようとする施術の有効性、安全性、費用等について説明しなければならないというふうにするとともに、虚偽、誇大な情報を用いて説明してはならないというふうにいたしております。
それから、その中では、美容医療というのは即日施術をしなければならないというものではございませんので、即日施術を強要する等の行為は厳に慎むべきであるということもお示しして、指導をしているところでございます。
厚生労働省としては、個々の事例について問題があれば、地方公共団体と連携をして、行政指導等の適切な対応を行っていきたいというふうに考えております。

○大西(健)委員 ちょっと何か答弁が私はずれているような気がしますけれども。
言っているのは、まさに部屋に閉じ込めてなかなか出してくれない、契約をするまで、あるいは、初めは安いものを受けるつもりで、あるいは無料カウンセリングを受けるつもりで行ったのが、どんどんオプションを追加したらどうですかと説得される、こういうやり方がおかしいんじゃないかということなんです。
これは、先ほどの特商法の改正が今検討されているということでありますけれども、そうなれば、クーリングオフや中途解約と同時に、こういう不当な勧誘行為も私は特商法の方で問題になるんじゃないかというふうにも思いますので、そこは消費者庁と連携をしてしっかりやっていただきたいというふうに思います。

さて、広告の話にちょっと入っていきたいと思うんです。
今回の医療法では、医療に関する広告規制の見直しが含まれているわけですが、そもそも医療分野は人の生命身体にかかわるものであり、また専門性が高いということで、広告が原則禁止のような非常に強い規制がかかっているということであります。
ただし、美容医療というのは、今、医政局長の答弁の中にも少しありましたけれども、普通の医療とはちょっと違う。つまり、何かすぐ治さないといけない病気があるわけじゃなくて、客観的な医療の必要性ではなくて、患者の主観的な意向に沿って施術が行われる、また、結果についても、きれいになったかどうかは患者の主観で決まる、また、美容医療を受けたことがある人は普通は他人には余り自分から言いませんから、私、美容医療を受けたのよというのは、ですから、口コミというのが余り機能しない、それから自由診療であるので非常に金額が高くなる、こういういろいろな特徴が医療の中でも少し違うんだろうなと。だから、派手な広告であったり、強引な勧誘による集客行為が行われやすい傾向があるのではないかというふうに思います。

一方で、医療分野においては、先ほど言ったように、原則広告が禁止になっていて、非常に限定的な事項しか広告することが認められていない、医療機関名であったり、連絡先であったりということでありますので。だから、非常にCMも陳腐なものが多いんですね。

皆さんよく御存じのように、例えば、イエス○○とクリニック名を連呼するだけのCMとか、若い女性が、〇一二〇で始まる電話番号とクリニックの名前を言いながらごろごろごろごろ転がっているCMというのを皆さん見たことがあるというふうに思います。あるいは、テレビでおなじみのニューハーフタレントが音楽に合わせて踊りながら○○美容外科というのをずっと言い続ける、こういうCMがよく見られるんですね。

選挙でも、我々、名前の連呼というのをやります、名前の連呼というのを。確かに、知らない人の名前は書けませんから名前連呼するわけですけれども、ただ、名前連呼だけだったら、その候補者が何を考えているのかもわからない、誰に投票していいのかわからないということがあります。

そういう意味では、こうしたクリニックの名前とか電話番号だけを連呼するこういう広告というのは、患者が医療機関や治療方法を選択する上では私は有用なものではないというふうに思うんですけれども、こういう広告というのは非常に陳腐だと思いますけれども、大臣はどのように思われますでしょうか。

○塩崎国務大臣 テレビコマーシャルで、今お取り上げをいただいたようなのを私も見たことがございますけれども、医療法の広告規制の対象にテレビコマーシャルについてもなっているわけで、医療機関の名称については現行の広告規制において広告可能な事項ということに一応なっています。

現行の広告規制の範囲内でいかなる広告を行うかというのは個別の医療機関の判断でありますけれども、そこはどういう、何というか矜持を持ってやっているのかということがそこに出るものでありますので、法律に触れていない限りはやってはいけないということにはならないんだろうなと思いますけれども、それと少し違う価値観はあり得るというふうに私も思っております。

○大西(健)委員 私はバランスが悪いと思うんですよね。

だから、一方では電話番号と名前しか連呼しない。でも、これで今回法改正が入るわけですけれども、ホームページに行けば今はホームページはもう全くフリーになっている。あるいは、後で言いますけれども、では、チラシとか、雑誌に掲載されている広告とか、フリーペーパーに出ている広告というのはどうなのかというと、これはもうまたひどいものなんですよ、後でこれは指摘しますけれども。

ですから、これは何か、ある部分で非常に厳しくしているんだけれども、その分何か別のところで非常にゆがみが生じてしまっている。

ですから、さっき言ったように、本来は、患者さんが治療方法とかクリニックを選択する上で有用な情報であれば私は別にテレビCMでも流してもいい。ただ、先ほど来言っているような、間違った誘引をするようなとか虚偽のとか、そういう内容についてはしっかりチェックをかけていかなきゃいけないけれども、今言ったように、ある部分ではすごく厳しくしているからクリニック名だけ言っているんですけれども、ある部分ではめちゃくちゃやっているわけですよ。このアンバランスというのを、大臣、どのように思われますか。

○塩崎国務大臣 なかなか難しい問題だと思いますが、やはり誇大広告とか明示的にやってはいけないことをやっていない範囲内でいろいろなことを考えておやりになっている方がおられるんだろうというふうに思いますが、そこのところをどう規制するかというと、やはりなかなかそう、違法なことをやっていない限りは規制がしづらいというのが実態で、それを見てどう思うかということは、いろいろあろうかというふうに思いますので。

実態として、人を間違った方向に引っ張っていくようなことがあればそれは当然規制をしなきゃいけないことになろうかと思いますが、そうではない範囲内であれば、なかなか直接的な規制を加えるというのは難しいのかなというふうに思っているところでございます。

○大西(健)委員 私はやはり個人的にちょっと規制の仕方を見直した方がいいんじゃないかなと思っているんですね。

というのは、派手なテレビCMを流すことで名前を刷り込みして、テレビCMでもやっているあの大手だから大丈夫というように信じ込ませるという、これはブランド戦略だと思うんですけれども、それは、できるところはばんばん金かけてやるわけですよ。ですから、これがちょっとゆがんでいると思うんですね。

この派手な宣伝広告には当然多額の費用がかかります。

例えば、これもちょっとあれですけれども、あるものに書いてあったんですけれども、スーツ姿の医師たちが、好きな言葉は向上心です、好きな言葉は感謝です、私たちは○○美容外科のクリニックのドクターです、こういうことを言っている、またこれは意味不明のCMなんですけれども、ここは、月、放映料に四千万かけている。これだけの金がかけられているわけです。それで自由診療ですよ。

ですから、美容クリニックでは売上高に対する宣伝広告費が三〇%から多いところでは五〇%に達する、こういうふうな指摘があります。こうした多額の費用をかけてこれを回収しようとするから、無理な勧誘だとかさまざまなトラブルが生じるその要因になっているんじゃないかというふうに私は思います。

この点、売上高に占める宣伝広告費の割合について、美容クリニックのまず実態調査、今私が指摘したみたいに、いろいろなものを調べると、売上高の三〇%から五〇%、それぐらいの割合を広告費にかけているという話がありますけれども、本当にそうなのか。まず、これは実態調査していただきたい。その結果、もしそういうことがあるんだったら、私が言ったように、それだけ宣伝広告費をかけたらそれを回収しようとするわけですから。ですから、必要があれば広告費の総量規制とか、そういうやり方もあるんじゃないかというふうに思いますが、いかがでしょうか。

○神田政府参考人 広告宣伝費について実態調査をしてはどうかということでございますけれども、使途を規制するということについてはなかなか難しいのではないかと思いますけれども、美容関係の団体の連絡会をつくりまして、私ども、規制の周知ですとか、そういう取り組みを進めていきたいというふうに考えておりますので、そういった関係団体を通じて、どれぐらい広告宣伝費をかけているのかということについては調査をすることは可能かと思いますので、そういったルートを通じて把握について検討したいと思います。

○大西(健)委員 よく病院の経営実態調査とかをやられるわけじゃないですか。ですから、私は、ぜひ、美容医院がどれだけ広告宣伝費を使っているのか、これを一回調べてみたらいいと思いますよ。ぜひやっていただきたいというふうに思います。

テレビCM以外でも、折り込みやポスティングのチラシ、週刊誌やフリーペーパーなどに掲載された広告なども、当然のことですけれども、医療広告の規制の対象になっています。でも、さっき言ったように、テレビのCMは名前と電話番号しか言わないけれども、この今からお話しする週刊誌とかフリーペーパーに載っている広告というのは、これはもう大変野放しの状態だと私は言っていいと思います。

きょう、私、ここに女性週刊誌、それからうちの地元で普通の店に置いてあるフリーペーパーを持ってきましたけれども、この中を見ると、さまざまな美容医療の広告が打たれているんですけれども、そのうち幾つかを皆さんのお手元に資料としてお配りしました。

まず、資料のちょうど一枚目の裏ですけれども、これは週刊女性に掲載されていた広告ですけれども、ここに書いてあるこの「アクアミド注射」というのは、そもそも法律の承認を得た治療法ではないので書けないんです。「九九%の人が非常に満足」、こういう客観的な根拠に欠ける記述もできないはずであります。あるいは、「糸リフト」「片側一本で二歳ぐらい」「片側三~四本入れれば六~八歳」「片側五本入れれば十歳ぐらい若く見えるようになる」、これも主観的な話なので書けないんです。

それから、次のページ、次の広告、これは私の地元のグルメ情報とかが書いてある普通のフリーペーパーです。これに入っていた広告ですけれども、これは先ほどの、女性がぐるぐる床を転がる派手なCMをしている、全国に二十七院を展開している大手の美容医院の広告ですけれども、これは、違反表示のオンパレードですよ。丸をつけたところを見てください。

まず、一番上に豊胸手術、「豊胸術」のやつが載っていますけれども、それ以外にも全部ビフォー・アフターの写真が載せてあるんです。これはやっちゃいけないことになっているんです。しかも、これは、きのうちょっと聞いてみたら、この胸のところがきらきらっとしているんですけれども、こういうのもだめだそうです。こういうのもだめだそうです。

また、あちこちに「口コミサイト」「愛知県」「第一位」という優良性を示す記述があります。これもだめです。それから、「ヒアルロン酸注入法」「バストアップ」とか「サーマクールCPT」、これも承認を得ていない治療法で書けないはずであります。あるいは、「初回特別限定価格」という、実際、標準的な価格が幾らなのかよくわからない、何かいかにも安くてお得なように誘引するような言葉が並んでいる。

これは、本当に、最大手でテレビでばんばんCMを打っているところですよ。だから、さっきも言ったように、テレビCMは名前と電話番号しか言わないけれども、このフリーペーパーに載っている広告は違反表示のオンパレードなんですよ。ですから、これが私はおかしいんじゃないかと。

次のページも、これはフリーペーパーに載っていたものですけれども、「初回トライアル半額」「リピート率No.1」「切らずに十才若返り」「人気No.1」、それから「特別技術指導医」という、この特別医というんですかね、こういうのも書けない記述になっています。また、「今まで何をしても効果のなかった目の下の小じわが気にならなくなりました(四十代女性)」、こういう意図的な体験談まで載せてある。

厚労省にはこの広告を事前に渡して、目を通してもらっているはずですけれども、今私が指摘したような記述は全て違反表示ということでいいか。また、一つの広告についてもこれだけ多くの違反表示がある。また、こうした広告は、私がきょう持ってきているこういう週刊誌とかあるいはフリーペーパーにもうあふれているんですよ。こういう現実を今厚労省はどのように受けとめているか、医政局長から御答弁いただきたいと思います。

○神田政府参考人 先ほど先生から御指摘ございましたように、ここに掲載されているものは、多くは自由診療ということでございますので、まさに広告が制限されている事項でございます。

それから、リピート率ナンバーワンですとか、そういった比較広告も禁止されているものでありますし、十歳若返るとか、そういったことも誇大な広告に当たるのではないかというふうに考えております。

それから、特別技術指導医というものも、医師の専門性に関する事項については一定のものしか広告ができないということですので、実体のないような資格については広告できないということでございますので、いずれも先生御指摘のとおりかというふうに思っております。

それから、価格が今行うと安いというような費用を強調した広告につきましては、ガイドラインの中で、適切な選択を阻害するおそれがあるということで、医療に関する広告として適切ではないとして厳に慎むべきものとしているところでございまして、今後、こうしたものについてさらに指導の徹底を図っていく必要があるというふうに考えております。

○大西(健)委員 大臣も今、これはちょっとちっちゃいですけれども、見ていただいたと思うんですけれども、御感想があればいただきたいと思います。

○塩崎国務大臣 今局長から答弁したように、違反のオンパレードになっているわけでありますので、そういうところはやはり是正をしていかなきゃいけないというふうに思います。

○大西(健)委員 先ほどの繰り返しになりますけれども、お金をかけてテレビCMを打てるところは、ばんばんお金をかけてテレビCMを流して、そして名前を刷り込む。そうやってテレビでCMを打っている大手だから大丈夫だろうと思ったら、その大手が、今私が示したこの事例の二ページ目のこの表のやつ、その最大手ですよ、左の上に「TVCM好評放映中!!」と書いてあるじゃないですか。ここが、この違反のオンパレードの広告を平気でフリーペーパーに載せているんですよ。
資料の最後に東京都が行った調査というのをつけていますけれども、平成二十七年に、東京都がチラシ等における美容医療の広告調査の結果というのを発表しています。ここに「調査の目的」云々と書いてありますけれども、「調査対象」、新聞の折り込みチラシ、ポスティングチラシ、町中のカフェ、駅頭のスタンド、地下通路、郊外ではスーパーマーケットの店舗内で配布されているクーポン雑誌等のフリーペーパー、一般雑誌、今の週刊女性のような週刊誌ですね、これを調査対象としたと。
これは、右を見てください。百四十件の調査員の判断、不当と思われる表示百三十四件、不当と思われる表示なし六件ですよ。まともなやつは六件しかないんですよ、百四十件のうち。百三十四件、ほとんどが違反。これが野放しにされているんですよ。これが私は最大の問題だと思いますよ。
これを野放しにしておいて、今回、ホームページを今度規制の対象にします、そして、ウエブの監視体制を強化すると。これは、外部の業者に委託してウエブを監視してもらうと言っていますけれども、さっきから私が言っているように、私の地元で普通にどこにでも置いてあるフリーペーパーとか、みんなが、美容院に行ったら奥様方が読む女性週刊誌とかにこれだけ違反の広告が堂々と載っていて野放しになっている状況でそんなことを言っても、私は全く信憑性はないと思いますよ。信頼性がないと思いますよ。

ですから、これは都道府県がやるということですけれども、大臣、ちょっとこの個別のケースを、私が言ったやつを都道府県に伝えておきますときのう厚労省が言っていたけれども、そういう問題じゃないんです。さっきの東京都のやつに、百四十件調査して百三十四件は違反表示なんです。まともな表示の方が少ない。これをちゃんとやらないで新たにホームページを規制対象にしますと言っても、ちゃんちゃらおかしいと私は思いますけれども、大臣、いかが思われますか。(以下略)

「安倍は歴代の首相でもっとも愚か。論理的能力に欠ける。バカほど恐ろしいものはない」という言論に違法はない。

昨日(4月14日)の国会前大集会。本日の赤旗によると、主催者発表の参加者数は5万人だったという。一面の写真がすごい。国民の怒りのマグマを実感せざるを得ない。これで、安倍政権がもつはずがなかろうと思うのは甘いのだろうか。
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik18/2018-04-15/2018041501_01_1.html

ところで、その集会で某有名教授が熱弁を振るって、聴衆を大いに沸かせた。そのなかに、次の一節があった。
「安倍は歴代の首相でもっとも愚か。論理的に考える能力が著しく欠ける。しかし、バカほど恐ろしいものはない。自らが愚かな者は批判者を強権で弾圧するしかないからだ」

このスピーチへの盛大な共感の拍手と喝采にまじって、「あそこまで言って、大丈夫かしら」という、小声のつぶやきが聞こえた。拍手した人の中にも、刑事弾圧や民事の損害賠償提訴を心配の気持があったかも知れない。

そこで書き留めておきたい。心配することはない。この程度のことは言ってよいのだ。この程度のことを言えない社会にしてはならない。端的に言えば、「隣のおじさんはバカだ」と言ってはいけない。しかし、しかるべき場で「首相はバカだ」と言ってもよいのだ。

同じ行為に対して、刑事罰の発動と民事判決による制裁とでは要件の厳格さが異なる。ある行為を対象として、これを起訴して有罪判決を得るための刑事罰のハードルは、民事賠償や謝罪広告を命じる判決よりも、はるかに高い。そこで、「安倍は愚か。バカほど恐ろしいものはない」が、民事的な制裁の対象となり得るかを検討してみたい。

問題の大枠は、「表現の自由という憲法的価値」と、「個人(安倍晋三)の人格権の尊重という憲法的価値」の衝突を、どう調整するかという課題である。

この点についての最高裁判例の立場は、必ずしも「先進国水準」に達しているとは言えないが、こんな基本構造となっている。

ある批判の言論が、「公然たる事実の摘示によって、原告(被批判者)の社会的評価を低下させた」と認められれば、名誉毀損行為として原則違法である。

ある言論が、人(原告)の社会的評価を低下させた場合でも、次の3要件を被告(批判者)の側で立証できれば、違法性が阻却されて請求棄却の原告敗訴判決となる。

違法性棄却の3要件とは、
(1)表現の内容が公共の利害に関するものであること(公共性)、
(2)表現の目的がもっぱら公益を図るものであったこと(公益性)、
(3)表現内容の重要部分あるいは論評の根拠が真実であること(または、真実と信ずるにつき相当の理由があること)(真実性・相当性)。

「安倍は愚か。バカほど恐ろしいものはない」の言論が、公共性・公益性を具備していることに、疑問の余地はない。そして、「安倍は愚か。バカほど恐ろしいものはない」という論評ないし意見の根拠に真実性・相当性があることも明確なのだ。

但し、表現内容が不必要な人身攻撃におよぶなど、意見・論評として許容される域を逸脱したものとされた場合には、名誉毀損にはならなくても侮辱として違法にはなり得る。なお、仮に侮辱になったとしても、慰謝料額は名誉毀損に比較してはるかに低額である。

類似した参考判例として適切なものが、「弁護士バカ」事件として、知られているもの。正確には、「世間を知らない弁護士バカ」という表現が名誉毀損ないしは侮辱に当たるのかが争われた事例。

原告は弁護士の稲田龍示(稲田朋美の夫)、被告は新潮社。週刊新潮の記事をめぐる名誉毀損訴訟である。

この件については、当ブログで何度か言及している。以下の2ブログをご参照願いたい。自分で読み返して、力がはいっていると思う。

「『弁護士バカ』事件で勇名を馳せたイナダ防衛大臣の夫は防衛産業株を保有」
http://article9.jp/wordpress/?p=7458  (2016年9月18日)

「イナダ敗訴確定の名誉毀損訴訟は、DHCスラップ訴訟と同じ構造」ー 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第103弾
http://article9.jp/wordpress/?p=8637   (2017年6月2日)

「弁護士バカ」事件の顛末は、報道を総合すれば次のとおりである。
「自民党の稲田朋美政調会長への取材対応をめぐり、週刊新潮に『弁護士バカ』などと書かれて名誉を傷つけられたとして、稲田氏の夫の龍示氏が発行元の新潮社と同誌編集・発行人に慰謝料500万円の支払いと同誌への確定判決の掲載を求め、大阪地裁に提訴した。提訴は2015年5月29日付。」

「同誌は15年4月9日号に「『選挙民に日本酒贈呈』をない事にした『稲田朋美』政調会長」との見出しの記事を掲載。その中で龍示氏が同誌の取材に対し、『記事を掲載すれば法的な対抗手段をとる』と文書で通告してきたことを暴露した。そのうえで、『記事も見ないで“裁判!裁判!”の弁護士バカ』『恫喝だと気づかないのなら、世間を知らない弁護士バカ以外の何ものでもない』と書いた。龍示氏は『掲載を強行しようとする場合に、訴訟などの手段を予告して事態の重大性を認識してもらおうと試みるのは正当な弁護活動』と主張。週刊新潮編集部は『論評には相応の理由と根拠がある』と反論している。」

「2016年4月19日に判決言い渡しがあり、大阪地裁は『論評の域を出ない』として請求を棄却した。増森珠美裁判長は判決理由で、『記事は社会的評価を低下させるが、稲田政調会長の公選法違反疑惑を報じた内容で公益目的があった』と認定。『「弁護士バカ」との表現も論評の域を逸脱しない』とした。」

敗訴の原告は、懲りずに大阪高裁に控訴して控訴棄却となり、さらに上告・上告受理申立をしたが、すべて斥けられて、2017年7月10日に確定している。

この事件。メディアでは次のように紹介されている。
「問題になったのは、同誌(週刊新潮)15年4月9日号の記事。当時自民党の政調会長だった稲田(朋美)氏への取材で、代理人として対応した龍示氏(稲田朋美の夫)について、『世間を知らない弁護士バカ』と書いた。一、二審判決はともに『表現は穏当さを欠くが、論評の域を出ない』として龍示氏の請求を棄却していた。」(朝日

言論の自由は、権力批判のためにこそある。「自民党政調会長の夫」に、「世間を知らない弁護士バカ」と言っても損害賠償の対象とされることはない。いわんや、内閣総理大臣批判の言論においてをや。「安倍は愚か。バカほど恐ろしいものはない」という貴重な最高権力者批判の言論に対する攻撃を許してはならない。
(2018年4月15日)

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