澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

安倍晋三は、自らのフェイク投稿を削除せよ。

(2020年11月28日)
安倍晋三の「桜疑惑」再燃は、11月23日読売朝刊のスクープ以来のこと。それまで、9月に体調不良で退任したはずの安倍晋三が、あちこちではしゃいだ不快発言を繰り返していた。その一つが、慰安婦問題判決にコメントした11月20日フェイスブック投稿。安倍晋三のなんたるかをよく物語っている。

本日(11月28日)10時0分配信の共同通信配信記事のリードを引用する。標題は、「安倍前首相がSNS投稿で”事実誤認” 慰安婦報道の最高裁判決で削除要求」というもの。”事実誤認”と、ダブルクォーテーションが付けられている。

 「従軍慰安婦報道に関する名誉毀損訴訟を巡り、安倍晋三前首相が会員制交流サイト(SNS)に事実と異なる投稿をしたとして、削除要求の内容証明を送りつけられる騒動が起きている。訴訟は、従軍慰安婦に関する記事を「捏造(ねつぞう)」と決めつけられたとして、朝日新聞元記者の植村隆氏(62)がジャーナリストの桜井よしこ氏(75)らに損害賠償を求め、札幌地裁に2015年に提訴。一、二審は請求を棄却し、最高裁が今月18日に上告を退けて原告敗訴が確定した。」

安倍晋三は、自身のフェイスブックに、植村隆対櫻井よしこ訴訟の最高裁判決を報じた産経新聞の記事を添えて、「植村記者と朝日新聞の捏造が事実として確定したという事ですね」と投稿したのだ。「セカンドレイプ」という言葉を思い出させる。植村隆と朝日に対する櫻井よしこの悪罵を繰り返して、再び「捏造」と言ってのけたのだ。問題は小さくない。

真正の歴史修正主義者たる安倍晋三という人物、従軍慰安婦に関する記事は「捏造」であると言いたくて仕方がないのだ。こういう発言をすることで、自分の政治的支持者が喜び、自分の政治基盤が固まると計算もしているのだろう。

しかし、「最高裁判決によって、植村記者と朝日新聞の捏造が事実として確定した」という安倍晋三の投稿は、明らかなフェイクである。「ウソとごまかし」をもっぱらとしてきた彼らしい一文。ファクトチェックで正されなければならない。

民事訴訟の構造から言えば、「植村に対して、『捏造』という悪罵を投げつけた櫻井よしこの名誉毀損論稿」が、法的に損害賠償請求を根拠付けるには至らなかったという判決が確定したというにとどまり、裁判所が「1991年に植村が書いた記事が、『捏造』に当たる」と認定したものではない。

この点を共同配信記事は、「確定判決は植村氏に対する名誉毀損を認めた上で『植村氏が事実と異なる記事を執筆したと(桜井氏が)信じたのには相当な理由がある』とした内容。植村氏も『法廷では桜井氏自身が事実誤認を認め、捏造でなかったことも裁判で明らかになった』と話している。」としている。

櫻井よしこの論稿を不法行為として損害賠償を認定するためには、
(1) 当該論稿が植村の名誉を毀損し、
(2) しかも、当該論稿の摘示事実が真実性を欠く、だけでは足りない。

(3) 櫻井よしこが、自分の間違った事実摘示を真実と信じるについて相当な理由があった場合は不法行為の成立要件である違法性が阻却される。

この裁判では、(1)と(2)は明確に認められ、(3)の論点で争われた。結果的に、植村敗訴となったことは残念だが、ジャーナリスト櫻井よしこにとっては、真実性のレベルでは勝てなかったのだから、薄氷を踏む厳しい判決内容でもあった。11月26日付植村弁護団の声明をよくお読みいただきたい。

2014年に週刊文春が火付け役になった植村・朝日バッシングが、私には衝撃の体験だった。とりわけ、文春や、産経や、西岡力や、櫻井よしこらの煽動に踊らされた、いわゆるネトウヨ族の跳梁には、背筋に寒いものを感じざるを得なかった。時代はここまで退行しているのか、日本の社会はここまで劣化しているのか、という絶望にも似た恐怖感である。

とりわけ、「植村氏の娘の実名や高校名、顔写真などがネット上にさらされ「(娘を)必ず殺す」と書かれた脅迫状が届き、警察が身辺警護に動いた時期もあった。植村氏は、家族や勤務先の大学を巻き込んだバッシングを止めるため、桜井氏らを札幌地裁に、同様の主張をしていた西岡力・東京基督教大教授(当時)と文芸春秋を東京地裁に、それぞれ提訴した。」のは緊急避難的意味合いが強かった。「植村氏が非常勤講師を務める札幌の大学には、爆破予告などの脅迫状が相次いで届いた」という事情もあった。

当時から、このような時代の空気を作った張本人として、安倍晋三の名が上がっていた。しかし、さすがに首相が個別事件に口を出すことはなかった。今、首相の座を離れた安倍晋三が、自ら当時の推測を証明しているのだ。

その安倍晋三フェイスブックのフェイク投稿、削除要求の期限は、12月3日となろう。注目したい。

なお、判決内容の評価については、リテラ「捏造したのは櫻井よしこのほうなのに…『慰安婦報道を捏造』と攻撃された元朝日記者・植村隆の名誉毀損裁判で不当判決」との表題で詳しく報じている。
https://lite-ra.com/2018/11/post-4354_4.html

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最高裁判決を踏まえての植村訴訟札幌弁護団声明

 植村隆氏が櫻井よし子氏らを相手取った名誉毀損訴訟で、最高裁判所第2小法廷は去る11月18日付で上告棄却・上告不受理決定を出しました。
これによって、櫻井氏が植村氏の記事を「捏造」と書いたことが名誉棄損に当たることを認めつつも、「捏造」記事と信じたことに相当の理由があるとして櫻井氏を免責した札幌地裁判決(2018年11月9日付)が確定しました。
この札幌地裁判決は、「従軍慰安婦とは、太平洋戦争終結前の公娼制度の下で戦地において売春に従事していた女性などの呼称のひとつ」などと、河野談話をはじめとする政府見解にも反する特異な歴史観をあからさまに示した上で、櫻井氏による名誉毀損行為を安易に免責した不当判決にほかなりません。札幌高裁判決もこれを追認しました。
最高裁がこれまで幾多の判断で営々と積み上げてきた名誉毀損の免責法理を正当に適用せずに、植村氏への直接取材もしないなど確実な資料・根拠もなく「捏造」と決めつけた櫻井氏を免責する不当判決を追認してしまったことに、強い憤りを覚えるものです。
とはいえ、札幌訴訟の一連の司法判断は、「捏造」と決めつけた櫻井氏の表現行為に真実性を認めたものではなく、むしろ、札幌地裁判決でも「継父によって人身売買され慰安婦にさせられた」という櫻井氏の表現が真実であると認めることは困難である旨を認定しています。
また、櫻井氏自身も、元慰安婦の1人が日本政府を相手取った訴状には「14歳の時、継父によって40円で売られたと書かれている」と真実に反することを述べていたことを被告本人尋問で認め、産経新聞とWillに訂正記事を出さざるを得なくなりました。
何よりも、植村氏が敢然と訴訟に立ち上がったことによって、櫻井氏による一連の「捏造」表現を契機とした植村氏への激しいバッシング、同氏やその家族あるいは勤務先だった北星学園大学に対する脅迫行為を止めることができました。
私たちは、こうした成果を確信するとともに、植村氏の訴訟をこれまで支援してくださった皆さまに対し、心からの感謝を申し上げます。
そして、植村氏の東京訴訟の勝利のために引き続き連帯を強めることを決意するとともに、二度とこのような人権侵害が繰り返されることのないよう、取り組みを続けていく所存です。

   2020年11月26日
植村訴訟札幌弁護団

リコール署名の偽造・水増しは、犯罪である。その隠蔽は許されない。

(2020年11月23日)
「あいちトリエンナーレ展」の「表現の不自由展・その後」の顛末は、日本の今を象徴する大事件だった。その大事件からスピンオフした小事件が、河村たかしと高須克弥が中心となった、お馴染み右翼言論人総がかりの「大村愛知県知事リコール」運動である。

河村・高須らの主張は、こういう一面的で単純なもの。
(1) 天皇(裕仁)の写真を燃やす展示は、日本人として許せない。
(2) そんな展示に公金を支出した大村知事は怪しからん。辞めさせよう。

ご真影をありがたがった戦前さながらの精神構造によるリコール運動である。この社会の国民主権意識も人権の理念も、いったいどこまで退歩したのかを見せつけようという策動にほかならない。

戦前と言えども決して、天皇制官僚や、軍人や、財閥や右翼政治家右翼メディアが、民衆を煽動して偏狭なナショナリズムや軍国主義に染め上げたというばかりではない。民衆は、必ずしも不本意ながらも天皇礼賛や八紘一宇を受け入れたという受け身の存在だったわけではなく、積極的に不敬言動や非国民を摘発もし、非難もしたたのだ。民衆自身の責任も自覚されなければならない。

「万世一系」や「八紘一宇」や「非国民」の思想と心情は、いま「反日」に収斂されている。右翼政治家と、右翼メディアと、右翼タレントが、ネットの世界にうごめき繁殖して、ときにリコール運動などの形で、リアルな政治世界に顔を覗かせる。そのような視点から、このリコール策動の成り行きを看過してはおれない。

幸い、リコール運動は低調と聞いていたが、11月4日の期限に提出された署名数は、高須らの発表で、計43万5231人分だったという。発表された数は必要な有効署名数の半分にとどまり、リコール失敗は明らかとなって、同月7日高須は運動の撤退を宣言した。だが、問題は終了していない。

津田大助が素早く反応した。

「(リコール署名運動)中止はいいんですが集めた43万5000人の署名、複数の選管から「同じ筆跡の署名が大量にある」という報告があったり「署名してないのに自分の名前入ってた」という報告も聞こえてきて事実なら健全な民主主義を阻害する大問題なのでメディアはぜひこの件の追加取材お願いします。」

 これに対する高須の対応ツイートが、余裕のない狼狽ぶりだけでなく、その品性や人間性をも表しているように見える。

「津田くんには僕が不正投票するような人間に見えるか。僕は断じて不正はしない」「津田くんは選挙管理委員会の誰もが知らないはずの情報を知ってるんだ」「謝罪を求める」「デマ流して妨害しただけでなく、再挑戦の妨害を始めた津田くんとその一味。早く謝罪したまえ」「遅れたら次は法廷だ。癌で僕が弱っていると思ってなめるな」

ここまでの事情は、(2020年11月8日)付当ブログの下記記事を参照していただきたい。
高須克弥さん、みっともない「スラップ訴訟」はお止しなさい。
http://article9.jp/wordpress/?p=15906

あれから2週間余。高須の対津田提訴の動きはもう立ち消えたようだ。高須と言えば、かつて大西健介(当時民進党)の国会内発言に関して、まったく勝ち味のないこと明らかなスラップ訴訟を提起したことで知られる。大西だけでなく、民進党と、党首の蓮舫、そして国までを被告とした濫訴ぶり。もちろん、簡単に敗訴で決着がついたが、スラップを提起された側の応訴の煩わしさはたいへんなもの。威嚇の効果は十分なのだ。

もっとも、高須が代表者となったリコール運動は、今内部分裂で津田提訴どころではなさそうなのだ。詳細な経過は紹介するに値するものでもないが、「高須の支持を受け容れる付和雷同派」と、「高須の指示などには従わない、潔癖な右翼」との対立のように見受けられる。

「潔癖な右翼」の側から見れば、高須とこれを支えた運動体の、いいかげんさ、汚さに我慢ならない。そんな運動に加担させられていたことの怒りが、内部告発となり、造反になっている。

まとめると、下記のとおりだという。
・同じ筆跡で、大量の署名がなされている
・同じ拇印が押されている
・同じ名前の人が大量に署名している(1人で100筆を数える事例もあったという)
・何かの名簿を書き写したのか、生年月日が未記載の署名が大量にある
・全く違う地区の署名が紛れ込んでいる
・存在しないような住所、氏名が書かれている

こういう「ウソとごまかし」の水増し分も数えての43万5231筆なのだ。「有効な署名数を正確に数えろ」という要求は、リコール批判派からだけではなく、かつての仲間からも出ているのだ。

津田が「同じ筆跡の署名が大量にある」「署名してないのに自分の名前入ってた」と指摘し、これに高須がうろたえて「津田くんには僕が不正投票するような人間に見えるか。僕は断じて不正はしない」と言っているのには訳がある。津田の指摘が明確になったら、これは犯罪なのだ。

ことは、いやしくも県知事に対するリコール運動である。いいかげんなやりかたは許されない。署名の偽造は地方自治法が定める犯罪になるのだ。

地方自治法第74条の4第2項は、【違法署名運動の罰則】を次のように、定めている。

「条例の制定若しくは改廃の請求者の署名を偽造し若しくはその数を増減した者又は署名簿その他の条例の制定若しくは改廃の請求に必要な関係書類を抑留、毀壊若しくは奪取した者は、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。」

地方自治法上の主要な直接請求制度には、「条例の制定若しくは改廃」を求めるものと「自治体首長らの解職請求」(リコール)とがある。

上記の第74条の4第2項は、【「条例の制定又は改廃の請求」に関する違法署名運動の罰則】であるが、これは下記のとおり、81条によって「知事のリコール署名」に準用されている。

第81条 第1項「選挙権を有する者は、政令の定めるところにより、(所要の数)以上の者の連署をもつて、当該普通地方公共団体の長の解職の請求をすることができる。
第2項 …第74条の2から第74条の4までの規定は前項の規定による請求者の署名について、第76条第2項及び第3項の規定は前項の請求について準用する。

この度の大村知事リコール運動には、高須が責任を自任している。そして、全てを公開すると広言している。犯罪の指摘を受けたことに関しては、高須自身の名誉にかけて隠蔽してはならない。姑息に、「署名者のプライバシーを守る」などを口実に、署名簿を廃棄してはならない。疑惑の指摘に、誠実な対応をしなければならない。それが、潔癖な右翼諸君の要望でもあるのだから。

関弁連から、アパホテル問題についての「公開質問状に対する回答」

(2020年8月30日)

関東弁護士会連合会が発行する、「関弁連だより」に掲載されたアパホテル専務インタビュー記事。何の問題意識もなく、あたかもアパホテルグループを普通の企業のように扱うその編集者の感覚に驚愕せざるを得ない。

南京大虐殺はなかったという歴史修正主義、そして改憲論、また非核三原則の否定や核武装推進論の姿勢においても、アパホテルグループは余りにも突出した存在である。とうてい、弁護士会がまともに相手にできる代物ではない。弁護士会が、こんな企業を他と同様に扱ってはならない。それこそ、弁護士の社会的信用に傷が付くことになる。

この問題について、関弁連管内弁護士の有志65名が連名で、関弁連宛に公開質問状を出した。8月17日のことである。弁護士会は、日本国憲法を擁護し憲法理念を大切にしようとする姿勢のはず。アパホテルのような反憲法的信条を露わにしている企業を無批判に取りあげることは、弁連の姿勢に悖るものではないか。弁護士会の使命から問題ではないか、弁護士会の信用を傷つけるものではないか、という問いかけ。

公開質問状の内容は、下記のURLを参照されたい。

アパホテル記事について、関弁連に対する公開質問状。
http://article9.jp/wordpress/?p=15444

不見識きわまれり、弁護士会広報紙にアパホテルの提灯記事。
http://article9.jp/wordpress/?p=15193

関弁連から、これに対する8月28日付回答を昨日(8月29日)受領した。下記のとおり、「2020年8月17日付け公開質問状に対する回答」と表題されたもので、個別の質問事項への回答はないが、「当該記事の掲載を継続することは適切ではない」との判断は示されている。これから、この回答の評価を検討することになる。

なお、弁護士会の在り方は、決して私事ではない。弁護士会の中での出来事や意見交換の在り方は、できるだけ広く市民に知ってもらうことが望ましいと思う。常に市民からの批判の目のあることが、弁護士会にあるべき姿勢を堅持させることになる。そのことは、弁護士自治の保障にも重要な役割を果たすことになるだろう。

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2020年8月17日付け公開質問状に対する回答

2020年8月28日

質問者65名代表者
弁護士 澤 藤 統一郎 様

関東弁護士会連合会
理事長 伊 藤 茂 昭

 日頃より,関東弁護士会連合会の活動にご助力・ご理解を賜りありがとうございます。貴職らよりいただきました2020年8月17日付け公開質問状に対して,以下のとおり回答いたします。

当連合会は,「2020年度関弁連の重点課題と施策」において,「立憲主義の尊重と行政権に対するその遵守の要請」「司法の独立の堅持」を掲げ,憲法問題に関しては「立憲主義を堅持し,恒久平和主義を擁護する立場」を鮮明にしています。このような当連合会の重点施策に基づく理事長声明などの活動について,貴職らからいただいた力強いご支持について,こころより御礼申し上げるとともに,今後も一層のご支援をお願いする次第です。

一方,当連合会の本年6月30日付け「関弁連だより」における冒頭記事 「関弁連がゆく」に取り上げたアパホテル株式会社代表取締役専務に対するインタビュー記事については,責職らの本公開質問状以外にも,この掲載自体を問題視する意見が寄せられ,執行部としては,弁護士法に基づく公的法人である構成弁護士会の連合会として,この記事の掲載を継続することは適切ではないと判断し,7月10日をもって当連合会ホームページから当該記事を削除いたしました。

そして,そのホームページからの削除については,理事長名において,アパホテル株式会社に対しても文書にて責任ある説明を行い,常務理事会にもその旨報告してご了承を得たところです。

また,当連合会内において,会報広報委員会及び常務理事会においても,本件の経営者一族の思想信条は関弁連の基本方針ととは異なるものの,何らその点には触れておらず,記事そのものについては問題ない以上,掲載を続けるべきであるとの意見もございました。そのような経緯ですが,本件については,執行部の判断で上記措置を執ることについての了解を得た次第です。

なお,今回の件を受けて,インタビュー記事において私企業の経営者を取り上げることについて,執行部と会報広報委員会の協議の上,編集方針を一部変更いたしました。インタビュー記事については,「関弁連がゆく」とのタイトルと併せて,その記事の内容を超えて,その私企業の経営者の思想信条を支持するかのような誤解を与える可能性があり,さらに,当該私企業が,公的団体のインタビュー記事があるという事実を広告宣伝に過度に利用する危険性も存することから,私企業の経営者のインタビュー記事は,当連合会の記事としては適切でない場合もありうるということで,8月12日には,ひとまず,過去の掲載記事の内,14の記事について当連合会ホームページから削除いたしました。

以上が,本件について当連合会執行部が執った結論であります。
当連合会執行部としては,今後は,会員の皆様からインタビュー記事について,疑義が述べられるような事態が発生しないよう,人選,記事内容について,慎重に取り組む方向で,執行部と会報広報委員会で引き続き協議を尽くす所存です。

以上の措置の御報告により,質問の各項目に対する回答に替えさせていただき,個別の各項目についての回答は,省略させていただきます。

併せて今回は,質問者の先生方をはじめ,多くの会員の方々に多大なご心配をおかけいたしました。こころよりお詫び申し上げるとともに,今後もよりよい「関弁連だより」の作成に努力する所存です。

当連合会が永続的かつ安定的に発展できるために,今後も力をお貸しいただきたいということをお願いし結びといたします。

靖国神社とはなんであるか。今、靖国とどのように向き合うべきか。

(2020年8月18日)
例年8月15日は、人々がそれぞれに過去の戦争と向き合う日である。戦争の悲惨さや愚劣さを思い起こし、語り継ぎ、語り合うべき日。そして、再びの戦争を繰り返してはならないとの真摯な誓いを新たにすべき日。が、なかにはまったく別の思惑をあからさまにする人々もいる。

今年の8月15日、靖国神社境内で恒例の「戦没者追悼中央国民集会」が開催された。「英霊にこたえる会」「日本会議」との共催である。産経の伝えるところでは、この集会において「天皇の靖国参拝実現に向け、首相や閣僚の参拝の定着を求めたい」「ところが、安倍首相は2013年以来今日まで参拝をしていない」「首相はすみやかに靖国を参拝して天皇親拝への道を開くべきである」と声が上がったという。

そのアベ晋三、内心は靖国に参拝したいのだ。なぜ? もちろん、票になるとの思惑からである。今日の自分の地位を築いてくれた右翼勢力の願望だからでもある。右翼への義理を欠いては、明日の自分はないとの思いが強い。

しかし、右翼のいうことばかりに耳を貸していたのでは、真っ当な世論に叩かれる。国際世論も国内世論も靖国にはアレルギーが強いのだ。なぜ? 靖国こそは軍国神社であり戦争神社だからである。平和を希求する場としてふさわしい場ではない。いうまでもなく、アベの本性は親靖国にある。しかし、それでは日本国憲法下の首相は務まらない。両者にゴマを摺る手管が必要となる。

そこでアベは、またまた近年定着している姑息な手を使った。自分では参拝しないのだ。内外の世論には「参拝見送り」と妥協した姿勢をアピールする。一方、代理人に参拝させて玉串料を奉納し、右翼勢力には「現状これで精一杯」とアピールする。その姑息なやり方が、今両者からの不満を呼んでいる。

内閣総理大臣の「代理参拝・玉串料奉納」が、政教分離原則(憲法20条1項後段、同条3項)違反である疑いは限りなく濃厚である。しかし、これを法廷で裁く有効な手続き法上の手段に欠けるのだ。ことは、政治的に解決を求められている。

既述のとおり、右翼勢力の願望は「首相や閣僚の参拝定着を露払いとして、天皇の靖国親拝を実現に道を開く」ことにある。ところが、首相の参拝もままならないのが現状。そこに、閣僚の中から4人が、「8・15靖国参拝」を買って出た。高市早苗(総務相)、萩生田光一(文科相)、衛藤晟一(沖縄北方担当相)、小泉進次郎(環境相)である。これこそ、右派の鑑、右翼の希望である。名うての右派と並んだ小泉進次郎が話題となり、またまた、真っ当な世論からは叩かれてブランドイメージを失墜することとなっている。

そこで考えたい。靖国とは、いったいなんなのだ。
靖国とは、まずは何よりも「天皇の神社」である。近代天皇制を創出した明治政府が、天皇制の付属物として発明した新興の宗教施設なのだ。幕末の騒乱や戊辰戦役で戦死した官軍側将兵の「魂」を祭神とする急拵えの「創建神社」として出発し、やがて対外戦争で天皇のために戦死した皇軍将兵に対する特別の慰霊の場となった。戦死者を生み出した戦役の都度、新祭神の合祀のための臨時大祭が行われ、勅使ではなく天皇自身の親拝が例とされた。九段の母たちは、亡くなった我が子に拝礼する天皇の姿に感涙したのだ。

そして、靖国とは「軍国神社」である。軍国とは、戦争の完遂を最重要の目的とする国家のことだから、軍国神社は「戦争神社」でもある。軍国神社としての靖国は、宗教的軍事施設でもあり、軍事的な宗教施設でもあった。靖国の宮司は陸海軍大将が務め、その境内の警備は警察ではなく憲兵が行った。皇軍の将兵ばかりでなく、学生も生徒も靖国参拝を強いられた。無名の国民も、軍人となり戦死することで神にもなれるのだ。こうして靖国は、国民を軍国主義の昂揚に駆りたてる精神的支柱となった。

さらに靖国は侵略神社でもあった。大日本帝国は、武力をもって、台湾・朝鮮・満州と侵略を進め、やがて中国本土をも戦場にする。その戦争拡大にいささかなりとも疑義を呈することは、「護国の英霊」を侮辱するものとして許されなかった。侵略戦争を正当化しこれに反対する者を黙らせる装置として作動した。戦後の今もなお、靖国のその姿勢に変化はない。

また、戦前の靖国は、国民に対する戦意高揚の道具でもあった。修身(小4)では、「靖国神社には、君のため国のためにつくしてなくなった、たくさんの忠義な人びとが、おまつりしてあります」「私たちは、天皇陛下の御恵みのほどをありがたく思うふともに、ここにまつられてゐる人々の忠義にならって君のため国のためにつくさなければなりません」と教えられた。戦後、宗教法人となった靖国神社は、「信仰における教義」としてこの考え方を維持している。天皇が命じた戦争は聖戦であり、聖戦に殉じることは国民の最高道徳である。これが、今にしてなお払拭できていない「靖国の思想」の根幹である。

最も厄介なことは、靖国神社は一定の民衆の支持を得ているという点にあり、その民衆の支持のあり方が不正常なのだ。本来、戦没者は国家の誤った政策の犠牲者である。天皇の戦争に駆りだされ、天皇の命令で死地に赴いた戦没者は、天皇を怨んで当然である。ところがそうなつていない。

遺族にとっては、どのような形でも戦死者を忘れられた存在にしたくない。無意味な戦争での犬死であったとされることはなおさらに辛い。靖国が、戦死を「聖戦の犠牲」「祖国の大義に殉じた名誉の戦死」と意味づけ、死者を賞讃して厚く祀ってくれることは、この上なく有難いことなのだ。靖国は「英霊」を尊崇する場である。皇軍の将兵の死にだけ奉られた「英霊」という美称が心地よい。そのような遺族の耳には、侵略戦争論、天皇の戦争責任、皇軍の加害責任、日本の不正義の論調は入りにくい。しかも、靖国に祀られることと、軍人恩給を受給することとは重なるように制度の運用がなされてもいる。靖国こそは、最強のマインドコントロール装置というべきである。

戦没者遺族の心情に配慮して靖国批判は慎むべきだという意見がある。しかし、批判を慎んでいるだけでは、靖国に取り込まれた遺族の意識の変化を期待することはできない。マインドコントロール解除の努力を積み上げていくしかない。とりわけ、首相や閣僚の靖国参拝には批判が必要である。

政教分離の眼目のひとつは天皇を神とする儀式の禁止にあるが、もう一つが、政府と靖国との接近・癒着の禁止にある。首相や閣僚の靖国参拝や玉串料奉納は、中国や韓国との外交上の配慮から政策的に禁止されているというものではない。わが国民が過ぐる大戦の惨禍を繰り返すまいとして確定した日本国憲法が命じているところなのだ。

韓国外務省報道官は、4閣僚の靖国参拝に対し「深い失望と憂慮を表明する」「日本の責任ある指導者らが歴史に対する心からの反省を行動で示してこそ、未来志向的な韓日関係を構築し周辺国や国際社会の信頼を得られる」との声明を発表した。

このコメントでは、「歴史に対する心からの反省を示す行動」の真逆の行動として閣僚の靖国参拝が語られている。被侵略国からの指摘として、重く受けとめなければならない。

不見識きわまれり、弁護士会広報紙にアパホテルの提灯記事。

(2020年7月5日)
昨日(7月4日)のこと、東京弁護士会から会報「リブラ」が届いた。それに、6ページの「関弁連だより」が同封されている。これを見て驚いた。巻頭を飾っている記事が、どうみても「アパホテルの宣伝」なのだ。百歩譲っても「アパホテル提灯インタビュー」だ。右翼・改憲派として名高い、あのアパホテルである。南京虐殺はなかったと言って憚らない歴史修正主義のあのアパホテル。人権擁護を使命とする弁護士会が取りあげる代物ではない。

関弁連ホームページに、「従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが,このたび司法の枠にとらわれず,様々な分野で活躍される方の人となり,お考え等を伺うために,会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。」とある。その第1回の企画が、よりにもよって、アパホテルなのだ。不見識にもほどがある。

怒り心頭だが、関弁連とは何か。アパホテルとは何か。そして、何故アパホテルの提灯記事が、「関弁連だより」にふさわしくないのか、順を追って語らねばならない。

弁護士会は弁護士法にもとづく公法人であり、全弁護士が会員となる強制加入団体である。どの国家機関からも統制を受けることのない自治組織であることを特徴とし、個別の弁護士は、その業務の遂行に関しては弁護士会からのみ指導監督を受け、最高裁からも官邸からも法務省からも容喙されることはない。全国に、52の単位弁護士会があり、これを統括する日本弁護士連合会(日弁連)がある。

弁護士法にもとづく単位会と日弁連との間に、公法人ではない「中2階」の組織がある。通例「弁連」というようだが、全国8高裁の管轄内単位弁護士会の連合体である。

その8弁連のうち最大の規模をもつのが、「関東弁護士会連合会、略称「関弁連」である。東京高等裁判所管内13弁護士会によって構成されている。分かりにくいが、東京の三弁護士会(東京・第一東京・第二東京)と、神奈川県・埼玉・千葉県・茨城県・栃木県・群馬・山梨県・長野県・新潟県・静岡県の各弁護士会の連合組織。「関弁連に所属する弁護士の数は約2万人で,日本の弁護士の約60%が関弁連に属しています」という。

その歴とした弁護士団体広報紙のトップ記事、しかも新企画「関弁連がゆく」の第1回がアパホテルなのだ。いったい「関弁連はどこへ」ゆこうというのだ。

「たより」のトップに大きな顔写真、アパホテル創業者夫婦の次男で専務だという人物。冒頭に、「アパホテルと言えば,アパ社長こと元谷芙美子社長の笑顔のポスターで皆様にもお馴染みのことと思いますが,今回は,元谷芙美子社長のご子息であり,アパホテルで専務を務めていらっしゃる元谷拓さんに,アパホテルの色々をうかがってまいりました。」という、歯の浮くようなおべんちゃら。

2ページにわたるこのインタビュー記事には、人権も平等も、排外主義も歴史修正主義も、そして右翼政治家支持問題も改憲も、まったく出て来ない。要するに、アパホテルが問題企業とされてきた論点を全て素通りして、気恥ずかしいヨイショの質問に終始しているのだ。これは、弁護士会の品位に関わる。弁護士会の恥といっても過言ではない。この「たより」は、弁護士会の広報紙ではないか。アパホテルや右翼の宣伝チラシではない。

社会がアパホテルの存在を知ったのは、田母神俊雄の名と同時であったと言ってよい。2008年アパホテルは第1回「真の近現代史観」懸賞論文を募集、その大賞を獲得したのが当時現役の航空幕僚長・田母神であった。この件で田母神俊雄は更迭されてその地位を失うことになる。なお、この大賞は、「最優秀藤誠志賞」と名付けられていた。藤誠志とは、アパホテルの創業者元谷外志雄のペンネームである。

「真の近現代史観」というのが元谷外志雄の持論なのだ。通説の歴史は全て嘘だ。あれは、自虐史観でありGHQ史観だ。「日本は西洋列強が侵略して植民地化していたアジアの植民地軍と戦い、宗主国を追い払った植民地解放の戦いを行った。にもかかわらず、東京裁判において、日本が侵略国家であり、中国国民党政府軍が謀略戦としてつくった捏造の歴史によって南京大虐殺を引き起こした悪い国だと決めつけられた」という類の、典型的な歴史修正主義。

2017年1月、アパグループは客室に置いた歴史修正主義書籍『本当の日本の歴史 理論近現代史』で名を上げる。元谷外志雄が書いた、旧日本軍の南京事件を否定する内容。「いわゆる南京虐殺事件がでっち上げであり、存在しなかったことは明らか」というもの。この英語版を読んだ海外客の発信が大きな反響を呼び、国内外からの批判が殺到して、国際問題にまで発展したことが話題となった。

それだけではなく、元谷は「我が国が自虐史観から脱却し、誇れる国『日本』を再興するため…」として、「勝兵塾」を開設し、右翼人脈の改憲派政治家を支援している。稲田朋美やや下村博文など、安倍人脈の政治家が多く挙げられている。

もちろん、人の思想・信条は自由である。陰謀論も歴史学の定説批判も、他人に押し付けない限りは自由である。しかし、人権擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士会がその提灯を持ってはならない。日本国憲法とその理念の擁護から大きくはずれた企業を推薦し支援するような行為があってはならない。アパホテルのような問題企業の宣伝を買って出るような不見識があってはならない。

コロナ禍の時節、格差社会の底辺の人に手を差し伸べている献身的な活動を行っている優れた人々がいるではないか。強者による人権侵害に臍を噛んでいる人々が数多くいるではないか。不当な差別に悔しい思いをしている人も、あちこちにいる。弁護士会が寄り添うべきは、まずそのような人々であろう。断じて、アパホテルではないのだ。

弁護士も、弁護士会も、その社会的使命を忘れてはならない。

「伊藤詩織・#MeToo訴訟」の反訴はスラップだ

伊藤詩織さんの山口敬之に対する損害賠償請求訴訟。昨日(12月18日)、よい判決となった。公にしにくい性被害の不当を訴えて声を上げた、伊藤さんの勇気と正義感に敬意を表したい。
被害者は私憤で立ち上がるが、行動を持続するには,私憤を公憤に昇華させなければならない。でなければ社会の支持を得られないからだ。はらずも、伊藤さんの行動はそのお手本になった。
被害者伊藤さんの支援の人びとのピュアな雰囲気と、加害者側の応援団の臭気芬々との対比が一興である。この醜悪な山口応援団の面々を見れば、その背後に安倍晋三ありきという指摘にも頷かざるを得ない。応援団に誰が加わっているのか、その面子というものは、ものを言わずともそれ自体で多くを語るものなのだ。

私は、判決全文を読んでいない。裁判所が作成した「要旨」を読む限りだが、客観状況に照らして、被告山口のレイプは明白で、十分に刑事事件としての起訴と公判維持に耐え得る案件だと思われる。何ゆえ山口が不起訴になったのか、その背後に官邸の指示や要請はなかったのか。あらためて、本格ジャーナリズムの切り込みを期待したい。

ところで、私の格別の関心は、この事件の「反訴」にある。
伊藤さんが、慰謝料など1100万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴したのが、2017年9月。被告山口は、今年(2019年)2月に反訴を提起した。
この反訴は、「(伊藤が)山口の行為をレイプと社会に公表することで、(山口の)名誉が毀損された」とする損害賠償請求訴訟。その慰謝料請求額が1億3000万円という高額で話題となった。

これは、スラップの一種である。訴訟という舞台での高額損害賠償請求をもって、原告を恫喝しているのだ。伊藤さんと同じ立場で訴訟を企図する性被害者たちの提訴萎縮効果をも招くものとなっている。

こういう非常識な反訴提起という訴訟戦術には、代理人弁護士の個性が大きく関与している。この弁護士は、愛知県弁護士会に所属する北口雅章弁護士。実はこの人、自身のブログに、伊藤さんの訴えについて「裁判に提出されている証拠に照らせば、全くの虚偽・虚構・妄想」と記載。被害の様子をつづった伊藤さんの手記の出版は「(山口の)名誉・社会的信用を著しく毀損する犯罪的行為」と書き込んでアップした。このブログは今は消去されて読めないが、弁護士としての品位を欠くものとして、懲戒手続が進行している。

懲戒請求は、まず綱紀委員会で審査される。ここで、懲戒審査相当の議決あって始めて懲戒委員会が審査を開始する。

愛知県弁護士会の綱紀委員会は、本年(2019年)9月12日、当該ブログの内容は、伊藤さんの名誉感情を害し、人格権を侵害するものと認定し、「過度に侮蔑的侮辱的な表現を頻繁に交えながら具体的詳細に述べ、一般に公表する行為は、弁護士としての品位を失うべき非行に該当すると判断した」と報じられている。

被懲戒者側は、「虚偽の事実の宣伝広告によって山口の名誉が毀損されていることに対する正当防衛」と主張したが、綱紀委員会は一蹴している。北口は、この議決を受けてブログ記事を削除している。もちろん、それでも懲戒委員会の審査が進行中である。

私は愛知県弁護士会が同弁護士に対して厳しい懲戒処分をするよう期待する。スラップ訴訟提起の不当・違法は明らかで、これを主導する弁護士には、制裁あってしかるべきなのだ。私は、「スラップやった弁護士は懲戒」の定着を望ましいと思っている。厳密には、本件は「代理人となってスラップを主導したから懲戒」という事案ではない。「スラップの主張を、ブログでも品位を欠く態様で公表したから懲戒」なのだ。しかし、本件は望ましい懲戒への、栄光ある第1歩の案件となるやも知れない。

さて、当然のことながら、山口からのこの反訴請求は全部棄却された。「判決要旨」は、まことに素っ気なく、次のようにまとめている。

【(原告伊藤の)被告(山口)に対する不法行為の構成】
 原告(伊藤)は自らの体験・経緯を明らかにし、広く社会で議論することが、性犯罪の被害者を取り巻く法的・社会的状況の改善につながるとして公表に及んだ。
 公共の利害にかかわる事実につき、専ら公益を図る目的で表現されたものと認めるのが相当であること、その摘示する事実は真実であると認められることからすると、公表は名誉毀損による不法行為を構成しない。プライバシー侵害による不法行為も構成しない。

 なお、1億3000万円の反訴提起に必要な印紙額は41万円。山口が本件判決を不服として控訴するとなれば、訴額は本訴反訴合計で1億3330万円。必要な印紙額は63万3000円となる。もちろん、弁護士費用は別途必要となる。庶民には大金だが、稼いでいる記者には大したものではないのかも知れない。
(2019年12月19日)

日の当たる場所で、ネトウヨ策動を許してはならない。

どんな内容のニュースなのか、急には呑みこめなかった。「『朝鮮通信使は凶悪犯罪者集団』杉並区議、本会議で発言」という見出しの朝日新聞記事のこと。

「東京都杉並区の佐々木千夏区議(46)が、区議会本会議で『朝鮮通信使』について、『女性に対する暴行、殺人、強盗を繰り返す凶悪犯罪者集団』などと発言した。」というのだ。

あまりに非常識なことを堂々と言われると面食らって、何を言っているのか理解に苦しむ。真意を推し量りかねる。聞いている方が恥ずかしさを覚える。しばらくして、ようやく無知と狂信のなせる発言だと気付くのだが、こういう輩への対応は楽ではない。

ホロコーストはなかった。南京大虐殺はでっち上げだ。日本軍「慰安婦」なんていなかった。韓国併合は韓国側からの要望だ。創氏改名の強制なんてウソ。関東大震災後の朝鮮人虐殺もデマ。徴用工は厚遇を受けていた…。歴史の歪曲には事欠かない。なにしろ、歴史修正主義派の本家本元が総理大臣を務めているこの国のことなのだから。

それにしても、朝鮮通信使を「暴行、殺人、強盗を繰り返す凶悪犯罪者集団」とは、ムチャクチャも度を越している。釜山の朝鮮通信使歴史館には2度行った。木浦に係留されている通信使船の復元船も見学した。この船は、今年(2019年)夏に、対馬から瀬戸内海を通って大阪港までの親善航海の予定だったが、日韓情勢の悪化の中で断念を余儀なくされている。残念なことだが、それに追い打ちをかけるような、ネトウヨ区議の誹謗発言。この愚かな議員は、今韓国を攻撃する発言は何でもありで許されると思い込んでいるごとくである。

荒唐無稽な非常識発言はネットの世界には氾濫している。匿名に隠れた「ネトウヨ」と名付けられた無責任な放言。佐々木千夏という人は、こともあろうに、ネトウヨの本性を持ったままの発言を、区議会の議場で行ったのだ。闇の世界にうごめいていたネトウヨの一部が、光の世界に越境を試みたというべきだろう。

この発言は、9月12日の杉並区議会本会議一般質問でのこと。朝日は、「佐々木区議は、同区で使われている社会科教科書の記載について、『朝鮮通信使が歓迎を受けたというのは、全くのうそ。女性に対する暴行や殺人を起こしている』『創氏改名も全くのうそ』などとして、副読本を配ったり、教員への勉強会を開いたりするよう求めた。区教育委員会は『文部科学省の教科書検定に合格したもの。補足説明する必要はない』と答弁した。」と報じている。

私は我慢して、同区議の一般質問の動画を閲覧した。狂信的にまくし立てる人物なのだろうとの思い込みは外れて、自信なげに,おどおどとした態度に終始していた。それでも、用意した原稿で、トンデモ狂信発言を繰り返した。

動画のマイクは議場からの発言を拾ってないが、何度も「根拠を示せ」と野次が飛んだ様子である。この狂信者はこれに対して「事実なんですから」と何度も繰り返し、「事実の根拠を示せ」という野次に、「識者がそう書いている」と言った。識者として名があがったのが、竹田恒泰・青山繁晴・百田尚樹の3人。この3人、自分たちの発言の影響力に満足しているだろうか。それとも不名誉なことと思っているだろうか。

同区議は、この発言直後の朝日新聞の取材に、「歴史的事実なので、発言を取り消すことは考えていない」と答えている。が、同じ朝日記者の続報では、9月20日に、議会事務局に対して、差別的な発言にあたると指摘された3カ所を削除する申し出をした。ただ、朝鮮通信使など歴史認識の部分については削除を申し出ていない。

同区議の削除の申し出は、次の文言を含む3カ所だという。
(1)「帰化人とか朝鮮人が中にいるから、こうした教科書がまかり通っているんです」
(2)「どうして歌舞伎町の一等地が朝鮮人のものなのでしょうか」
(3)「殴られたりいじめを受けたり、そうした相談が来ています」

いずれも、検証可能な命題。到底、検証に堪えないと考えたのだろう。朝鮮通信使など歴史認識の部分については、通説とは異なった独自の説を堂々と言ってのけたのだ。当然、自らが立証の責任を負うことを自覚せねばならない。

なお、佐々木区議は4月の区議選で、「NHKから国民を守る党」から立候補し初当選。その後、N国から除名された人物。現在は、「正理の会」に所属しているという。正理の会とは宗教団体とのこと。杉並区民のうちの2720人よ。このような狂信的人物と知って、投票したのか。

この「佐々木千夏現象」をどうみるべきか。「たまたまマグレ当選した区会議員の無知と狂信によるたわ言」と軽視してはならない。こんなトンデモ発言も、大きな声で繰りかえされれば、歴史の評価の相対化に使われる。

先月(2019年8月)、「日本兵が撮った日中戦争」写真展の企画に多少のお手伝いをした。文京区教育委員会に、その写真展の後援を申請したところ、不承認とされた。いまだに、正式には理由は明らかにされていない。が、非公式には「政治的にいろんな立場があるから」と聞かされてはいる。なぜ、「いろんな立場があるから」写真展の後援申請を不承認とするのか、そこまでの説明はないが、「いろんな政治的立場」への配慮が必要だと行政は言いたいのだ。佐々木区議流のトンデモ発言も、行政からは「政治的ないろんな立場」の一つにカウントされることになる。意見の分布は、とんでもなく右にずれることになるではないか。

徹底して、同区議の責任を追及したいものと思う。
(2019年9月22日)

一日も早い、「表現の不自由展」再開の仮処分命令を

どうして、もっと大きなニュースにならないのだろうか。昨日(9月13日)、中止になっていた「表現の不自由展・その後」の展示再開を求める仮処分命令が名古屋地裁に申立てられた。中止になったのは、愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の一部門としての企画展であり、過去に公的な施設から、表現の機会を奪われた16点の作品群の展示であるという。その再開を求める仮処分命令申立。表現の自由に関わる大事件に、ようやく司法が関わることになったのだ。申し立てた側は、記者会見で展示中止を「民主主義の決定的な危機」と訴えたという。もっと、メディアの関心が高くて然るべきであろう。

まだ、詳細な報告に接していないが、概要は次のごとくである。

 債権者(仮処分の申立人をこういう。ヘンな業界用語)は、この企画展の「実行委員会」と報道されているが、実行委員会を構成している5名の個人が共同して債権者になっているものと思われる。
 債務者(仮処分申立の相手方のこと)は、展覧会を主催する国際芸術祭実行委員会。
 申立の趣旨(求める仮処分命令の内容)は、「中止となっている企画展の各作品の展示を再開せよ」というものなのだろう。もちろん、もう少し、展示再開のための実効的で具体的な作為命令を求めているものと思われる。たとえば、展示再開にともなって当然に予想される右翼勢力からの妨害行為への対応策として必要な具体的施策なども内容とされているだろうが、詳細は把握していない。

一般に仮処分命令認容の可否に関しての最大の問題点は、被保全権利(債権者が債務者に対して有する請求権)の構成であるが、本件においてはさしたる困難はなかろう。本件の債権者は債務者に対して、作品展示に関する契約上の債権として、所定の期間中作品を安全に観客に展覧せしむる請求権を有していると考えられるからである。報道では、申立書は文化芸術基本法などに基づいた構成になっているというが、裁判所はそんな難しいことには踏み入らず、手堅く骨組みだけでの認定をするだろう。

債務者の側は、心ない右翼勢力の妨害から展示作品を守り、一般の鑑賞者に安全に鑑賞してもらうよう万全を尽くす義務を負っている。これは自明なことなのだ。

この債権者の主張に対して、債務者の側から一応はこの被保全債務の存在を否定する主張がなされることになるだろう。契約締結時とは事情が変って当該義務の履行が不可能な事態となっている、具体的には安全に展示を行う環境が喪失されている、という主張である。しかし、裁判所がこんな主張を認めるとは到底考えられない。

万が一にも、こんな債務者の主張を裁判所が認めるとすれば、表現の自由は死滅する。展覧会に対する脅迫で表現の自由を屈服させてはならない。それこそ、文明国にあるまじき、恥ずべき野蛮国家(≒ヘイト蔓延国家)への堕落である。当然のこととして、予想される混乱に対しては、展覧会主催者は、なし得る最大限の防衛策を講じなければならない。

この局面での法的問題はけっして複雑なものではない。民意がこのような展示に賛成しているか否か。あるいはその賛否それぞれ合理性があるかは、いま問題にはならない。この件の法的争点は、愛知県が最大限の防衛策を講じてもなお、展示会続行が不可能と言えるか否かという,この一点に絞られる。

いうまでもなく、「威力を用いて人の業務を妨害すること」は威力業務妨害罪を構成する犯罪である。直接の有形力を行使して展示を妨害することはもとより、電話・メール・ファクスでの害悪の告知の一切が犯罪である。会場で大声を発することさえも、犯罪たりうる。

犯罪から、市民社会の平穏を守るのが、警察の役割である。愛知県警は、表現の自由擁護のために、誠実に盡力しなければならない。

意見は多様であってよい。嫌韓の立場から、国粋の立場から、このような展示には反対という不寛容な意見もあるだろう。そのような意見の表明にも自由は保障されている。しかし、意見の表明の域を超えて、有形力を行使し、あるいは脅迫的な言辞で展示を妨害しようとすることは、犯罪として許されることではない。ことここに至っては、警察も徹底した検挙に乗り出すに違いない。右翼諸君は、このことを肝に銘じるべきである。

なお、この国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の会期は10月14日までである。企画展再開の機会はそれまでである。再開のために万全の準備も必要であろう。ぜひ、再開実現に間に合うよう、素早い仮処分命令が発せられるよう期待したい。平穏に行われていた展示が、明らかな犯罪行為と権力の圧力で中止に追い込まれたのだ。再開なくしては民主的社会の秩序が成り立ち得ない。

なお、やや気になる報道がある。申し立て後に記者会見した不自由展の実行委のメンバーらは「芸術祭実行委が対話に応じないので申し立てた。司法の力で展示期限内に再開したい」「芸術祭の実行委は話し合いに応じると言いながら、実際の協議は何も進んでいない。表現の自由を回復させるために裁判所に申し立てることを決めた」と述べたという。

展示再開の仮処分命令が発せられた後に、企画展の実施を担当するのは、県の職員ということになる。妨害からの防衛策に万全を期すべきは当然としても、それぞれの担当職員に,使命感や士気が望まれる。芸術祭実行委員会会長を務める大村秀章・愛知県知事のリーダーシップに期待したい。
(2019年9月14日)

「表現の不自由展・その後」の再開を ― 緊急ネット署名のお願い

再々度のお願いです。

署名簿は、ネット署名に添えられたメッセージ集を添えて、8月15日(木)午後に愛知県知事に持参提出いたします。その際に、記者会見も予定しています。

署名の趣旨は、下記の2点です。
1.主犯者というべき河村名古屋市長に謝罪を求める。
2.企画展の即時再開を求める。

時期が切迫していますので、できるだけネット署名でお願いします。
8月14日、24時まで受け付けます
*ネット署名(入力フォーマット)→ http://bit.ly/2YGYeu9
ぜひ、メッセージもお寄せください。
メッセージ一覧のURL    → http://bit.ly/2LZz0RR

*用紙署名(署名用紙のダウンロード)  → http://bit.ly/2Ynhc9H
・用紙署名の場合は、記入済用紙のスキャンをメール添付で
<mailto:morikakesimin@yahoo.co.jp> 宛てにお送りください。
*ご自分の署名を済まされた方も、呼びかけの拡散をお願いします。

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国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展『表現の不自由展・その後』の中止は、「表現の自由」や民主主義の時代状況を反映する象徴的事件となった。この企画展は、8月1日から10月14日までの予定で、名古屋市内の愛知県立美術館でスタートしたが、右翼の妨害で8月3日をもって中止とされた。今、再開のメドは立っていない。

この企画展の実行委員が掲げている公式コンセプトは以下のとおりである。
 「表現の不自由展」は、日本における「言論と表現の自由」が脅かされているのではないかという強い危機意識から、組織的検閲や忖度によって表現の機会を奪われてしまった作品を集め、2015年に開催された展覧会。「慰安婦」問題、天皇と戦争、植民地支配、憲法9条、政権批判など、近年公共の文化施設で「タブー」とされがちなテーマの作品が、当時いかにして「排除」されたのか、実際に展示不許可になった理由とともに展示した。今回は、「表現の不自由展」で扱った作品の「その後」に加え、2015年以降、新たに公立美術館などで展示不許可になった作品を、同様に不許可になった理由とともに展示する。

また、津田大介芸術監督のコメントはこう言っている。
「表現の不自由展・その後」という企画は、日本の公立美術館で、一度は展示されたもののその後撤去された、あるいは展示を拒否された作品の現物を展示し、現物だけではなく、撤去あるいは拒否された経緯とともに展示を行うという趣旨のものです。撤去された実物とともにその経緯を来場者が鑑賞することで、非常に議論が分かれる「表現の自由」という現代的な問題に対して、その状況に思いを馳せ、どこまでが許される表現なのか、そのことを議論するきっかけにしたい、その問題提起を行いたいということがこの展覧会の趣旨です。
 あいちトリエンナーレ実行委員会、そして「表現の不自由展」の実行委員会、そして芸術監督である僕、津田大介が企画内で展示されている個々の作品に対して、何らかの賛否を述べるものではありません。

以上の企画のコンセプトは銘記されなければならない。
この社会には、多様な意見がある。そして、民主主義社会には多様な意見が共存していることが、大切なのだ。特定の意見の表明を妨害してはならない。

多様な意見について、それぞれ表現の自由が基本的人権として保障されなければならない。それだけでなく、多様な言論が「言論の自由市場に」共存していることが、民主主義を支えるものとして、尊重されなければならない。多様な意見の内、時の政権や時の多数派に親和的な意見が、表現を妨害されることはない。しかし、時の政権を厳しく批判し、時の多数派の耳に心地よくない意見は、往々にして表現の妨害に遭う。しかし、それでは社会が貴重な意見に接するチャンスを失うことになる。民主主義における「少数意見の尊重」とは、そのことを指している。

現に、我が国においては、「慰安婦」・天皇と戦争・植民地支配・憲法9条・政権批判などのテーマにおける表現が妨害され侵害されている。その「表現の不自由」の実態を可視化して、ことのもつ意味を問題提起しようというのが、この企画展の趣旨だった。

ところが、「ガソリン携行缶を持って行く」などとテロ行為をほのめかす脅迫や嫌がらせ電話、それらの行為を煽るに等しい政権の要人や自治体の首長の発言が、はからずも「表現の不自由」の実態を再確認する事態となってしまった。そのことは、この社会の民主主義の未成熟を物語るものでもある。

もちろん、このような企画に対する批判の言論の自由は保障されている。しかし、脅迫や暴行をほのめかし、威力を持って企画を妨害することは犯罪行為として許されない。

いま、その許されざる妨害行為によって、民主主義の基礎が揺らぐ事態となっている。妨害者たちは、気に入らない表現に対して、匿名の電話やファクス、メールを集中することでつぶすことができるという、成功体験に昂揚している。政権も、右派メディアも、電波メディアも、基本的に自分たちの味方であると確認してもいる。

今必要なのは、この企画妨害者たちの成功体験を打ち砕くこと。そのための企画再開をさせることだ。まずは、表現の自由や民主主義の価値を大切に思う、多くの人の声を集約しなければならない。
その手段としてのネット署名に、ぜひともご協力をお願いします。

もちろん、実効性があるのは法的手続である。ニコン写真展と同様の、「展示再開を命じる民事上の仮処分」も、行政訴訟としての「展示中止処分」の取消訴訟の提起と、これにともなう執行停止もあり得よう。あるいは、愛知県民からの住民訴訟の活用も考えられる。事後的には、電話・ファクス・メール等で明らかに違法な妨害行為をした個人を特定して、損害賠償請求も提起しなければならない。違法を放置してはならない。

今は、理性にもとづく世論を喚起することで、再開を求めたい。ぜひとも、ネット署名にご協力を。

(2019年8月12日)

不思議でわけの分からぬアベ政権の継続

この世は不思議に満ちている。わけの分からぬことだらけだが、その筆頭がアベ政権の長期存続だろう。

こんなにもウソとごまかしにまみれ、こんなにも憲法をないがしろにした国政私物化内閣が、どうしてかくも長期にわたって政権を維持し続けておられるのだろうか。こんなにも身内の利益をはかり、こんなにも露骨に大企業に手厚く、こんなにも国民生活をないがしろにして、こんなにも多くの国民からうとんじられ、近隣諸国の民衆への排外意識を露わにして差別を恥じず、歴史を真っ当に見ようとしないこんな人物が、どうして行政のトップにおさまっておられるのだろうか。私には、まったくわけが分からない。現代日本の謎としか言いようがない。

萬有の眞相は唯だ一言にして悉す、曰く、「不可解」。「不可解」は人生のみならず、アベ政権もかくなり。

今日も今日とて、外国人低賃金労働者の大量受け入れを意図した出入国管理法改正案を、衆院法務委員会が採決強行した。自民・公明の連立与党に、維新という補完ゴマすり勢力が加わっての数の暴力の行使である。

審議経過に注目していた誰の目にも、議論の不足は明々白々である。およそ議論らしい議論がなされていないだけでなく、議論の前提となっているはずの、失踪技能実習生に対する事情聴取個票の「ウソとごまかし」も明らかにされている。議論の前提さえ調っていないのだ。それにもかかわらずの、「問答無用」採決である。

憲法前文を確認しよう。
「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理…」
アベ政権とその追従者たちは、国民からの信託の厳粛さを忘れている。あるいは初めからそんなことを考えたこともないのだ。議会制民主主義は形骸化させられたという段階ではない。死に瀕していると言わねばならない。政権は、どこ吹く風で主権者国民を舐めきっているだけでなく、民主主義そのものを舐めきっているのだ。

ところで、その「主権者国民」の実態である。アベ政権にかくも舐められて、怒りはあるのか。アベ政治を許さないという気概があるのか。

本日(11月27日)毎日夕刊の「特集ワイド」の記事は衝撃的だ。
「NHK連ドラ『まんぷく』暴行シーンは史実か」「過酷だった憲兵の弾圧」というタイトル。そのリードが以下のとおり。

先日、NHKの連続ドラマ「まんぷく」を巡り、ネット上でちょっとした騒動があった。旧日本軍の憲兵がヒロインの夫になる男性に暴行する場面で「優しい日本兵が出てこない。日本人をおとしめるのか」といった批判があがり、論争になったのだ。

不都合な歴史的事実を見ようとしない、無知にして驕慢な日本人の層ができつつあるのだ。櫻井よしこや百田尚樹らが、これを束ねてアベ政治の支持に繋げている。

歴史修正主義ないしは排外主義の日本人集団がアベ政権を支え、その支えに安住した政権が排外主義的な法案を強行している。不思議なことに、このような右翼保守層が、アベ政権の財界へのサービスである新自由主義的規制緩和政策にも賛成していることだ。

だから、アベ政権は「知性をもった一般国民にはこんなにも評判の悪い政権」ではあるが、実は「差別と歴史の修正をこととする右翼勢力からは、こんなにも評判の良い政権」なのだ。それだけに危険極まりない政権と言わざるを得ない。それにしても、「優しい憲兵が出てこない。日本人をおとしめるのか」という無知蒙昧にして恥知らずの輩が国民の多数派であるはずはない。やはりアベ政権の長期持続は「謎」であり「不可解」なのだ。

本日の採決強行の経過を良く見つめて記憶しよう。そして、ことあるごとに遠慮なくアベ政権とその下駄の雪の連中の議会制民主主義破壊の動きを批判しよう。それを積み上げて、次の選挙での政権交代のチャンスに繋げよう。
(2018年11月27日)

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ウソとごまかしの『安倍政治』総検証!

12月3日(月)18時~20時(開場17時30分)

衆議院第1議員会館 地下1階「大会議室」

最寄り駅は、丸ノ内線・「国会議事堂前」、または有楽町線・「永田町駅」です。
(集会にはどなたでもご参加いただけます。議員会館ロビーで、担当の者が入館証を配布していますので、お受け取りのうえ入館下さい。)

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