澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「共謀罪」は、なんとしても廃案に。

本日(4月6日)、共謀罪法案の審議入り。衆院本会議に上程されて、法案審議が始まった。もっとも、「共謀罪法」という法律があるわけではない。組織的犯罪処罰法という既にある法律の改正という形で、包括的に犯罪実行行為の着手がなくとも、共謀段階で処罰出来るようにしようというもの。

犯罪実行行為は、それぞれが犯罪としての固有の定型性を持っている。誰が見ても、「悪い」「危険な」行為。「人を殺す」「人の身体を傷害する」「他人の財物を窃取する」という実行行為に着手の有無は、それぞれ比較的明瞭だ。だから、捜査権の発動というかたちでの権力の発動は、恣意的には出来ない。ところが、「そんな悠長なことを言っていては社会の安全は保てない」「もっと早い段階で犯罪を未然に防がなくては安心できないだろう」と、犯罪の実行着手以前の「共謀」段階で処罰しようとするのが「共謀罪」。これが、権力にとっては、批判勢力を取り締まるのに便利この上ない。

しかし、権力にとっての利便は、国民にとっての危険となる。何しろ、犯罪の実行行為はまだ行われていない段階での取り締まり、それも一網打尽なのだから、国民にとってはいつなんどきなにを理由に逮捕されるか分からない。とりわけ、立憲主義も、民主主義も、人権思想も理解してないアベ政権。こんな危険なものを作らせてはならない。今国会最大の対決法案、廃案にする以外にない。

その組織的犯罪処罰法の改正案(正確な名称は「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案」)のキモは、同法に新たに「6条の2」を新設しようということ。これが「共謀罪」創設の根幹部分。民主主義にとっての天敵となりかねない条文。まずは、その「問題の6条の2」の条文そのものをじっくりとお読みいただきたい。但し、読みにくい。10分以上の読解努力は精神衛生上有害と思われる。なお、本当にこんな悪文が法案になっているのだろうかとお疑いの方は、原文を法務省ホームページにアクセスしてご確認いただきたい。
http://www.moj.go.jp/keiji1/keiji12_00142.html

第六条の二(新設)
「次の各号に掲げる罪に当たる行為で、テロリズム集団その他の組織的犯罪集団(団体のうち、その結合関係の基礎としての共同の目的が別表第三に掲げる罪を実行することにあるものをいう。次項において同じ。)の団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を二人以上で計画した者は、その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
 一 別表第四に掲げる罪のうち、死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められているもの 五年以下の懲役又は禁錮
 二 別表第四に掲げる罪のうち、長期四年以上十年以下の懲役又は禁錮の刑が定められているもの 二年以下の懲役又は禁錮

2 前項各号に掲げる罪に当たる行為で、テロリズム集団その他の組織的犯罪集団に不正権益を得させ、又はテロリズム集団その他の組織的犯罪集団の不正権益を維持し、若しくは拡大する目的で行われるものの遂行を二人以上で計画した者も、その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは、同項と同様とする。」

当ブログでは、以前にも「『共謀罪』とは、曖昧模糊な条文をもってなんでも処罰可能とすることを本質とする。」(2017年2月28日)と書いた。こんな条文を読んで、「よく分かった」という人の頭脳の構造はおかしい。読んで分からないように、書いているのだから。
http://article9.jp/wordpress/?s=%E6%82%AA%E6%96%87

ところで、刑法の条文は一般的に分かり易い。普通に読んで分からなければならないのだ。典型例は次のようなもの。
「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する」(刑法199条)

これが条文の基本形。これならだれにでも分かる。主語(主題語)と述語が明瞭で文意明解である。何をしてはいけないかがはっきり分かることが大事で、そのことは刑罰権の発動というかたちでの権力行使の限界が明瞭ということでもある。これと比較して、「6条の2」の読みにくさ、わかりにくさが理解いただけよう。そのことは、とりもなおさず、刑罰権の発動というかたちでの権力行使の限界が不明瞭極まりないということでもある。権力にとって、使い勝手がよいということなのだ。

その分かりにくい条文を、できるだけ意味が通じるように、日本語としての文章を整えてみたい。主語と述語という、おなじみの文の構造に当て嵌めて条文を見直すと、

6条の2・第1号関係の条文の主語は、
「別表第四に掲げる罪のうち、死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役・禁錮の刑が定められているものについて、組織的犯罪集団の団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を二人以上で計画した者(は)」
である。

述語は、
「その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは、五年以下の懲役又は禁錮に処する。」

文の構造がおぼろげながら分かっても、条文を理解したことにはならない。国民には、何が禁止されているのか、国家権力が介入できるか否か、自分に逮捕の恐れがあるのか否かが分からなければならないのだ。

具体例を挙げてみよう。刑法204条は、傷害罪を次のとおり定める。
「人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」
傷害罪は、組織的犯罪処罰法改正案の別表四に掲げられている277の罪名の一つ。したがって、今は「人の身体を傷害する」行為に着手ない限り、つまりは刃物を振り回すとか、人に殴りかかるとかする実行行為に着手のない限り、処罰対象とはならない。ところが、この法案が成立すると、傷害の実行行為なくても、一定の場合には「傷害の共謀あったとして」逮捕され、起訴され有罪になって「五年以下の懲役又は禁錮」に処せられることになる。

その要件とは、まずは、主語中の「組織的犯罪集団の団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を二人以上で計画」することである。共謀を「二人以上で計画」と言っている。何を計画すると処罰対象となるか。「組織的犯罪集団の団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を」という。これは、分かりにくい。分かりにくいだけでなく、厳格な歯止めとはならない。

さらに、述語のなかにも要件が定められているとされる。さすがに、「共謀」や「計画」だけでの処罰規定には世論の反発が強かろうとの忖度がつくり出した要件である。
「その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは」というのだ。

つまり、共謀や計画だけでは、処罰できない。共謀や計画をした犯罪を実行するための「準備行為」のあることが必要だというのだ。その準備行為とは何か。「その計画に基づく『資金又は物品の手配』、『関係場所の下見』『その他』」と例示されている。これは、日常にありふれた普通の生活上の行為が刑罰権行使の対象となることを意味する。

「別表第四に掲げる罪」は、数えるのもたいへんだが91法律の277罪だという。従来案では676に上ったが、今回法案ではここまで絞ったと手柄顔をする向きもあるが、これを現代版「五十歩百歩」という。刑法の人権保障機能を崩していることが、大問題なのだ。

今国会に延長はない。6月18日の会期末まで。2か月半の反対運動の盛り上がりでこの法案を廃案に追い込みたい。幸い、4野党の足並みは、よく揃っている。勝機は十分にあるように思う。
(2017年4月6日)

『共謀罪法案』社説ー朝日・毎日・東京は「反対」、日経は「慎重」、読売は「賛成」、産経は掲載なし

昨日(3月21日)政府は「共謀罪法案」を閣議決定し、国会に上程した。政府と自公両党は、4月中に法案の審議に入り、通常国会の会期末(6月18日)までに成立を目指す、としている。そんなことをさせてはならない。

「共謀罪」という罪名の犯罪を新たに作ろうというのではない。既にある277罪について、実行行為に着手する以前の「共謀」の段階で処罰を可能としようというのだ。政府の説明では、「共謀」だけでなく、実行に向けた「準備行為」への着手が必要とされているのだから、「何が犯罪となるか不明確ではない」というが、なんの説得力もない。実行行為への着手の有無が処罰の可否の分水嶺であり、刑事処罰と強制捜査のための権力発動の分水嶺である。『共謀罪』の創設は、その分水嶺のはるか手前の段階で、普通は犯罪とは言えない行為を処罰対象とするもの。まさしく、現行刑法の基本原則を根こそぎ覆す暴挙と評する以外にない。

日本国憲法下、日本の国民は自由主義を信奉してきた。自由をかけがえのない価値とする社会を作ろうとしてきた。戦後の国政をになった保守政権も、政党名に自由を冠し、自由をスローガンとして、反対政党の政策を「自由の寡少」と攻撃してきたではないか。自由とは国家権力から守られるべきもの。自由主義とは、国家権力の発動による個人の行動への制約を極小化すべきとする原則である。アベ内閣は、本気でこれに挑戦しようというのだ。

国家権力が犯罪を処罰し、そのことを通じて社会の秩序の維持を図る役割を果たすべきは当然である。しかし、その必要を超えて、権力の恣意による国民の自由の制約があってはならない。国民の行為への処罰範囲の拡大は、厳密な立法事実を踏まえてのものでなくてはならない。

当初は676罪とした共謀処罰対象を277罪に絞ったという手柄顔の説明は、それこそ立法段階における政府の恣意性を自白するに等しい。277罪の共謀処罰についての必然性はなく、国民は、犯罪実行行為とは無縁の、無定型な日常行為を監視され、強制捜査され、処罰される不安の中で生活を余儀なくされる。これは、自由主義国家のありかたではない。

一方に、「政府を信頼せよ」「警察も検察も裁判所も、けっして法の濫用を許さないだろう」という論調がある。しかし、戦争法反対のデモに対する政府・与党の対応を見よ。沖縄での平和運動への弾圧を見よ。堀越事件・世田谷事件などで表面化した常軌を逸した尾行張り込みの監視の実態を見よ。数々の違法捜査に目をつぶってはならない。「政府も捜査機関も信頼してはならない」それが、健全な自由主義国家の国民の態度でなくてはならない。

のみならず、我々は戦前の治安維持法の猛威を、苦い教訓として知っている。構成要件曖昧な治安法規は、権力に好都合で、国民の人権には甚だしい害悪を及ぼすのだ。「天子様に弓引く非国民の極悪人の結社を処罰するだけ」だったはずの治安維持法が、処罰対象を拡散して、政府に不都合なあらゆる思想や行動を制圧したことを想起しなければならない。

本日の各紙社説(6全国紙)に目を通した。朝日・毎日・東京が批判の立場を鮮明にしている。日経も慎重な審議を求めており、読売だけが政権に提灯をもつ論説となっている。批判と提灯の数は3対1。東京が熱のある社説になっているし、朝日・毎日の論調にも説得力がある。それに比較して、読売の論説はおざなりで説得力に乏しい。せっかくの政権への提灯社説だが、大した明るさの提灯とはなっていない。産経は社説を掲載していないが、産経といえば読売と兄たり難く弟たり難い間柄。推して知るべしであろう。

地方紙は、軒並み原則的な社説を書いているようだ。論戦のスタート時の状況としては、悪くないのではないか。以下、全国紙5社説の概要を紹介する。

☆朝日社説のタイトルは、「『共謀罪』法案 疑問尽きない化粧直し」。

「化粧直しのポイントは、(1)取り締まる団体を「組織的犯罪集団」に限定する、(2)処罰できるのは重大犯罪を実行するための「準備行為」があった場合に限る、(3)対象犯罪を組織的犯罪集団のかかわりが想定される277に絞る―の三つだ。だが、いずれにもごまかしや疑問がある。」

「旧来の共謀罪についても、政府は『組織的な犯罪集団に限って成立する』と言ってきた。だとすれば(1)は新たな縛りといえない。安倍首相の「今度は限定している。共謀罪との大きな違いだ」との国会答弁は、国民を誤導するものに他ならない。(2)の「準備行為」も何をさすのか、はっきりしていない。共謀罪は組織犯罪防止の国際条約に加わるために必要とされた。そして条約の解釈上、重い刑が科せられる600超の犯罪に一律に導入しないと条件を満たせないというのが、政府の十数年来の主張だった。(3)はこれを一転、半減させるというものだ。融通無碍、ご都合主義とはこのことだ。」

「犯罪が実行されて初めて処罰するという、刑法の原則をゆるがす法案である。テロ対策の名の下、強引に審議を進めるようなことは許されない。」

朝日社説の『共謀罪』法案批判のキーワードは、「化粧直し」「融通無碍」「ご都合主義」である。これからも、このキーワードが多用されそうだ。

☆毎日社説の表題は、「『共謀罪』法案 説明の矛盾が多過ぎる」と厳しいもの。

「政府はかつて『共謀罪』新設の関連法案を3度提出したが、廃案になった。名称を変えた今回の法案も、組織犯罪が計画段階で幅広く処罰可能となる本質は変わらない。」
「こうした処罰の規定は人の内心に踏み込む。捜査側の対応次第で国民生活も脅かされる。」「日本の刑法は、犯罪行為に着手した時点で処罰の対象とするのが原則だ。…今回の法案は従来の原則からかけ離れている。」

「それにしても、これまでの政府の説明には矛盾が目立つ。最大のほころびは対象犯罪数だ。条約が法整備を求める4年以上の懲役・禁錮の刑を定める犯罪数は676あり、選別はできないと政府は説明してきた。だが、公明党の意見をいれ、今回の法案では対象犯罪を277に絞り込んだ。これでは過去の説明と整合しない。」

「法案の再提出に当たり、唐突にテロ対策の看板を掲げたことも理解できない。条約はマフィアによる犯罪収益の洗浄などへの処罰を目的としたものだ。」「安倍晋三首相が、東京五輪・パラリンピックのテロ対策を理由に『法整備ができなければ開催できないと言っても過言ではない』などと発言するに至っては、まさに首相が批判する印象操作ではないか。」

毎日社説のキモは、「『共謀罪』提案はテロ対策」というアベの説明を、「まさに首相が批判する印象操作ではないか。」と言い放っているところ。

☆東京社説は長い。タイトルは「『共謀罪』閣議決定 刑法の原則が覆る怖さ」と本質を衝くものとなっている。

「政府が閣議決定した組織犯罪処罰法改正案の本質は『共謀罪』だ。277もの罪を準備段階で処罰できる。刑事法の原則を覆す法案には反対する。」

「共謀罪の考え方は、日本の刑事法の体系と全く相いれない。日本では既遂を処罰する、これが原則である。心の中で考えただけではむろん犯罪たり得ない。犯罪を実行して初めて処罰される。未遂や予備、陰謀などで処罰するのは、重大事件の例外としてである。
だから、この法案は刑事法の原則を根本からゆがめる。しかも、277もの罪に共謀罪をかぶせるというのは、対象犯罪を丸暗記していない限り、何が罰せられ、何が罰せられないか、国民には理解不能になるだろう。」

「安倍晋三首相は国会答弁で『東京五輪のために必要な法案だ』という趣旨の発言をした。これは明らかな詭弁というべきである。そもそも日本はテロに対して無防備ではない。テロ防止に関する13もの国際条約を日本は締結している。ハイジャック防止条約、人質行為防止条約、爆弾テロ防止条約、テロ資金供与防止条約、核テロリズム防止条約…。同時に国内法も整備している。例えば爆発物に関しては脅迫、教唆、扇動、共謀の段階で既に処罰できる。サリンなど化学物質などでも同じである。
むしろ、政府は当初、『テロ等準備罪』の看板を掲げながら、条文の中にテロの定義も文字もなかった。批判を受けて、あわてて法案の中に『テロリズム集団』という文字を入れ込んだ。本質がテロ対策でない証左といえよう。『五輪が開けない』とは国民に対する明白な誤導である。本質は共謀罪の創設なのだ。」

「危惧するのは、この法案の行く末である。政府は普通の市民団体でも性質を変えた場合には適用するとしている。米軍基地建設の反対運動、反原発運動、政府批判のデモなどが摘発対象にならないか懸念する。」

「英米法系の国ではかつて、共謀罪が労働組合や市民運動の弾圧に使われたという。市民団体の何かの計画が共謀罪に問われたら…。全員のスマートフォンやパソコンが押収され一網打尽となってしまう。もはや悪夢というべきである。実は捜査当局が犯行前の共謀や準備行為を摘発するには国民を監視するしかない。通信傍受や密告が横行しよう。行き着く先は自由が奪われた『監視社会』なのではなかろうか。」

東京社説のキーワードは、「監視社会化」である。

☆日経社説は、「十分な審議が必要な『共謀罪』」というもの。
「この法案の必要性や意義について、そもそも国民の間に理解が深まっているとは言いがたい。国会審議の場では成立を急ぐことなく、十分な時間をかけて議論を尽くす必要がある。」

「今回政府は国民が理解しやすいテロを前面に出して必要性を訴えてきた。」「当初の法案の中に「テロ」の文言がなく、与野党から指摘を受け慌てて盛り込むことになった。」

「テロも組織犯罪の一形態とは言えるが、国会審議ではまず、資金洗浄や人身売買、薬物取引など条約がうたう「本来」の組織犯罪対策のあり方などについて十分に議論すべきではないか。現に日本は暴力団犯罪など組織犯罪の脅威にさらされている。」

ともかく、日経も法案に賛成はしていない。慎重審議も、今は政権のやり方批判となり得ている。

☆そして読売社説である。「テロ準備罪法案 政府は堂々と意義を主張せよ」という、自民党広報紙並みのタイトル。興味深いのは、政権の肩をもちながらも、法案の問題点や弱点を問わず語りに告白していること。そして、このあたりが世論説得のポイントと教えてくれているところである。その意味では、貴重な資料というべきだろう。敢えて、全文を転載しておきたい。

「テロ対策の要諦は、事前に犯行の芽を摘むことである。政府は、法案の早期成立に万全を期さねばならない。
テロ等準備罪の創設を柱とする組織犯罪処罰法改正案が国会に提出された。2020年東京五輪を控え、テロ対策は喫緊の課題だ。改正案が成立すれば、国際組織犯罪防止条約への加入が具体化する。締約国間で捜査共助や犯罪人の引き渡しが円滑にできるようになるなど、メリットは計り知れない。
法案化の過程で、対象となる「組織的犯罪集団」が「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」に修正された。テロの文言がなく、与党の批判を招いたためだ。
組織的犯罪集団は「共同の目的が一定の犯罪を実行することにあるもの」と定義される。修正により、テロ対策という立法の趣旨は、より明確になったと言える。
「その他」に想定されるのは、暴力団や振り込め詐欺集団だ。犯罪の抑止効果が期待できよう。テロ等準備罪の成立には、犯行計画に加え、資金調達などの準備行為の存在が不可欠だ。要件を満たさない限り、裁判所は捜索や逮捕に必要な令状を発付しない。適用範囲が恣意的に拡大される、といった民進党などの批判は当たるまい。「一般市民も対象になりかねない」という指摘も殊更、不安を煽るものだ。

対象犯罪について、政府は当初の676から、組織的犯罪集団の関与が現実的に想定される277に絞り込んだ。「対象の団体を限定した結果、犯罪の絞り込みも可能になった」との見解を示す。公明党が「対象犯罪が多すぎる」と主張したことにも配慮した。理解を広げるために、一定の絞り込みは、やむを得ない面もある。政府は過去に「条約上、対象犯罪を限定することは難しい」と説明している。これとの整合性をどう取るかが課題だ。

今国会の審議では、共謀罪法案との違いを際立たせようと腐心する政府の姿勢が目立つ。共謀罪法案を3度も提出したのは、必要性が高かったからだろう。差異を付けることを優先するあまり、今回の改正案が捜査現場にとって使い勝手の悪いものになっては、本末転倒である。国民の安全確保に資する法案であると、堂々と主張すべきだ。

金田法相の答弁は不安材料だ。要領を得ない受け答えが多く、「成案を得てから説明する」と繰り返してきた。緊張感を持って、審議に臨んでもらいたい。」

読売社説を対象にしてこそ、説得力のある反論を組み立てられる。そのような目で、これを読み込みたい。
(2017年3月22日)

アベの「論理」ー「東京は世界有数の安全都市“だ・か・ら”、オリンピックは『共謀罪』がなければ開催できない」

「二度あることは三度ある」というが、さすがに「四度目もある」とは言わない。「仏の顔も三度まで」であって、通常四度目はない。

アベは、籠池を指して「非常にしつこい」と評し、「簡単に引き下がらない」「教育者としていかがなものか」という。が、アベのしつこさは、これに輪をかけてのもの。

政府は、「『共謀罪』こと組織犯罪処罰法改正案」を明日(3月21日)に閣議決定する方針だという。これは過去3度の廃案法案の蒸し返し。「なんとしつこい」「政治家としていかがなものか」と言わざるを得ない。

4度目の特徴は、テロ対策を金看板に押し出し、東京五輪成功のためと銘打っていることである。これで、世論を誘導しようとの思惑なのだ。昨日(3月19日)の東京新聞が、この点について真っ向からの批判記事を掲載している。その姿勢が小気味よい。

まずは一面のトップ記事。大きな見出しが、「政府の『治安対策戦略』」「テロ対策計画『共謀罪』触れず」「組織犯罪の章で言及」というもの。

これだけではやや分かりにくいが、この見出しに言葉を補えば、「政府の『治安対策戦略』を調べて見ると、《テロ対策計画》の章では『共謀罪』はまったく触れられていない。『共謀罪』に言及しているのは《組織犯罪》の章だけ」というもの。記者の言わんとするところは、「だから、政府自身の考え方が、共謀罪は《組織犯罪》とだけ関連するもので、《テロ対策》とは無関係としているのだ」「ということは、共謀罪法案提出を《テロ対策》として動機づけている政府の説明は、真っ赤な嘘ではないか」「あるいは、甚だしいご都合主義」ということになる。

リードは以下のとおり。「国連では、《国際組織犯罪》と《テロ》とは理論上区別されている」ことを意識して読むと分かり易い。

「政府はテロ対策として『共謀罪』法案が不可欠とするが、これまで策定してきた治安対策に関する行動計画では、テロ対策として『共謀罪』創設が必要との記述がないことが分かった。『共謀罪』はテロ対策とは別の組織犯罪対策でしか触れられていない。政府の行動計画を詳細にチェックすると、『共謀罪』法案がテロ対策とする政府の説明は根拠が弱いことが分かる。」

本文中に以下の指摘がある。
「政府は『共謀罪』について国際組織犯罪を取り締まるために必要と指摘してきたが、2020年東京五輪・パラリンピックの招致が決まったあとは、テロ対策に必要と指摘。『共謀罪』の呼称を「テロ等準備罪」に変更した。
だが、五輪開催決定を受けて13年12月に閣議決定した政府の治安対策に関する行動計画「『世界一安全な日本』創造戦略」では、東京五輪を見据えたテロ対策を取り上げた章に『共謀罪』創設の必要性を明確に記した文言はない。
この戦略で『共謀罪』は「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約締結のための法整備」として、国際組織犯罪対策を取り上げた別の章に記されている。例えばマネーロンダリング(資金洗浄)は組織犯罪対策とテロ対策の二つの章に記述があるが、『共謀罪』を示す法整備が登場するのは組織犯罪対策の章だけだ。」

誰が見ても、「テロ対策を前面に打ち出したのは今回が初めてで、世論を意識した後付けの目的にすぎない」というべきなのだ。東京新聞は、品がよいからこの程度だが、私に言わせれば、「共謀罪はテロ対策に必要」という政府の説明は真っ赤な嘘と言ってよい。

さらに2面に、追い打ちをかける記事が載っている。いまはやりの「ファクトチェック」という趣向。見出しは、「首相の招致演説『ファクトチェック』」「東京は世界有数の安全都市⇒五輪『共謀罪』ないと開けぬ」

これは上手だ。見出しだけで、我が国の首相が嘘つきであることが、よく分かる。

「安倍晋三首相は世論の理解を得ようとテロの脅威を訴え、2020年東京五輪・パラリンピック開催には、(『共謀罪』の成立が)不可欠と主張しているが、3年半前の五輪招致演説では東京の安全性をアピールしていた。本紙の担当記者があらためて招致演説を「ファクトチェック」したところ、数々の疑問が浮かんだ。」
以上の問題意識から、ごく短い「アベ五輪招致演説」の4個所を、東京新聞の「共謀罪担当」、「原発取材班」、「東京五輪担当」記者がチェックしている。こんな短い文章中の4個所。中身は、ほとんど全部ウソと誇張であるといってよい。次のようにである。

ファクトチェック(1)
「首相は今国会で、『共謀罪』法案について「国内法を整備し、国際組織犯罪防止条約を締結できなければ東京五輪・パラリンピックを開けないと言っても過言ではない」「法的制度の中にテロを防ぎ得ない穴があれば、おもてなしとして不十分だ」と強調している。

ところが、首相は13年9月、ブエノスアイレスでの国際オリンピック委員会(IOC)総会で、東京は「20年を迎えても世界有数の安全な都市」と強調して招致に成功した。同法案が成立しなければ五輪は開けないという今の主張とは大きな差がある。」

ファクトチェック(2)
「首相の五輪招致演説といえば、東京電力福島第一原発事故について「状況は、統御されています」と訴えたことで有名。実際には汚染水の流出が続いていたため「根拠がない発言」と批判された。今でも、汚染水は増え続け、溶け落ちた核燃料の状況もほとんど確認できていない。」

ファクトチェック(3)(4)
「これだけではない。演説で首相は「ほかの、どんな競技場とも似ていない真新しいスタジアム」と「確かな財政措置」が、確実に実行されるとも訴えた。
現実には、演説時に決まっていた女性建築家のデザインは迷走の末、白紙撤回。

大会開催費も、当初を大幅に上回る最大1兆8千億円との試算が出て、分担を巡る話し合いが続いており、財政措置が裏付けられているとは言いがたい。」

なお、同日の東京新聞は、一面に、「辺野古反対派リーダー保釈」というキャプションで、支援者と抱き合って喜ぶ山城博治さんの写真を掲げた。よい写真だ。また、社会面トップで「抗議中に逮捕 山城議長」「拘束5カ月、保釈」「『不当な弾圧だった』」の記事を掲載した。「不当な弾圧だった」という山城さんの記者会見の批判を見出しに使った、その姿勢や大いに良しというべきである。だれがどう見ても、不当に長期の勾留。批判は当然なのだから。山城さんと支援の方々に心からの敬意を表し、声援を送る。
(2017年3月20日)

「3・15」弾圧を繰り返すことのないよう、共謀罪への反対を訴えます。

本郷三丁目交差点をご通行中の皆さま。毎月第2火曜日の昼休みに続けております、「本郷湯島九条の会」からの訴えです。
春に似つかわしくない陰鬱な日に、陰鬱な話題となりますが、皆さま、しばらく耳をお貸しください。

今日は3月14日。明日が、忘れてはならない『3・15事件』の当日となります。小林多喜二が小説「1928年3月15日」で描いたとおりの、野蛮きわまる天皇制政府による思想の大弾圧事件です。

89年前の、3月15日払暁午前5時。全国1道3府(東京・大阪・京都)27県の警察が一斉に日本共産党との関連を疑われる組織や個人宅を襲いました。合法政党だった労農党、全日本無産青年同盟、日本労働組合評議会、日本農民組合などの団体の事務所や個人宅百数十か所。検挙者数は1600名。押収文書1万余点とされています。

3・15事件は、治安維持法の最初の本格的発動の日として記憶されています。治安維持法とはなんだったのでしょうか。いまにつながる問題として、思い返してみなければなりません。参議院のホームページで、「治安維持法犠牲者に対する国家賠償法の制定に関する請願書」を読むことができます。ここに、治安維持法とは何であるかが、簡潔に記されています。その要旨は以下のとおりです。

「戦前、天皇制政治の下で主権在民を主張したため、あるいは平和を望んで侵略戦争に反対したために、多くの国民が治安維持法で弾圧され犠牲を被った。治安維持法が制定された一九二五年から廃止されるまでの二十年間に、逮捕者数十万人、送検された人七万五千六百八十一人(起訴五千百六十二人)、警察署で虐殺された人九十五人、刑務所・拘置所での虐待・暴行・発病などによる死者は四百人余に上っている。
 治安維持法は日本がポツダム宣言を受諾したことにより政治的自由への弾圧と人道に反する悪法として廃止されたが、その犠牲者に対して政府は謝罪も賠償もしていない。世界では、ドイツ、イタリア、アメリカ、カナダ、韓国、スペイン、イギリスなど主要な国々で戦前、戦中の弾圧犠牲者への謝罪と賠償が進んでいる。日本弁護士連合会主催の人権擁護大会(一九九三年)は「治安維持法犠牲者は日本の軍国主義に抵抗し、戦争に反対した者として…その行為は高く評価されなければならない」と指摘し、補償を求めている。再び戦争と暗黒政治を許さないために、国が治安維持法犠牲者の名誉回復を図り、謝罪と賠償をすることを求める。…」

治安維持法は、1925年4月に制定され、1928に大改正、さらに1941年に全面改正されています。言わば、小さく生まれて、大きく育てられたのです。

治安維持法は、もともと「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者」を処罰する法律でした。教育勅語で教えられた國體つまりは天皇制を変革しようとする思想や行動、そして私有財産制度を否定する思想や運動を取り締まるための法律でした。まさしく、時の政権に不都合な思想を取り締まり弾圧する道具としての稀代の悪法でした。

しかも、1928年改正で追加されたのが、「結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為」の禁止規定です。端的にいえば、共産党の目的遂行ノ為にする行為とレッテルを貼ることによって、政権や公安警察にとって不都合なあらゆる行為を弾圧の対象とすることができたのです。

こうして弾圧されたのは、最初は共産党でした。しかし、共産党にとどまることなく、弾圧の対象が拡大していったのは、皆さまご存じのとおりです。労働組合活動、農民運動、生活協同組合活動、ジャーナリスト、宗教者、平和主義者、リベラリスト、学生、教員、軍国主義批判、綴り方運動…。天皇制を賛美することのないあらゆる思想や活動が弾圧の対象となり、批判の言論を失った国家は暴走して破滅に至りました。その轍を再び踏んではなりません。

今、共謀罪が、治安維持法の再来であり復活を目ざすものとして、表舞台への登場をたくらんでいます。権力にとって、自らの政策に反対する人や組織や、その運動を取り締まる便利な道具があれば、何と調法なことでしょう。その道具を振り回さずとも、国民を萎縮させることができれば、こんなに好都合なことはありません。治安維持法はまさしく、そのようなものでした。そして、共謀罪も同様の役割を期待されているのです。

治安維持法が悪法であった理由は、表だって思想の弾圧を掲げた法律であったこと、そして、刑罰を科する対象の行為に限定なく、なんでも弾圧できたことにあります。さすがに、共謀罪が表向き特定思想の弾圧を掲げていることはありません。しかし、刑罰を科する対象の行為に限定なくなんでも弾圧できる危険をもっていることは治安維持法と変わりません。このことを通じて、政権は特定の思想や、特定の政党を狙い撃ちにした弾圧が可能となるのです。

いつものパターンのとおり、自民党が共謀罪の最悪シナリオを発表し、公明との協議で「少しマイルドになりました」という与党案を提出しようとしています。共謀罪ではなく、「テロ等準備罪」だ。「組織的犯罪集団」だけが刑罰の対象だ、と言いますが、実はその危険性に変わりはありません。

これまで3度廃案になった「共謀罪」。4度目に通してはなりません。治安維持法の前史から、誕生の経過、そしてそれがどう改悪を重ねて、どのように猛威を振るったかを、教訓として、「共謀罪」の成立を阻止するよう訴えます。陰鬱な、あの時代を繰り返すことがないように。

(2017年3月14日)

「共謀罪」とは、曖昧模糊な条文をもってなんでも処罰可能とすることを本質とする。

本日(2月28日)、「組織的犯罪処罰法等の一部を改正する法律案」が発表された。いよいよ、政権はこの3月10日に、閣議決定を経て共謀罪の法案提出の意向を固めたのだ。いつものパターンのとおり、強権アベ自民と下駄の雪公明の巧妙タッグによるもの。

発表されたのは、「法律案の概要」と「改正法案条文」、そして「新旧対照条文」である。その「法案の概要」(正確な標題は、「組織的犯罪処罰法等の一部を改正する法律案の概要」)に目を通しておこう。A4の一枚ものだが、ここにも共謀罪の本質的な危険性が表れている。

「概要」には、冒頭に3行のリードが掲記されている。どのような理由があって、どのような法改正を行うかをまとめたものだ。
「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約の締結に伴い、実行準備行為を伴う組織的犯罪集団による重大犯罪遂行の計画等の行為についての処罰規定、犯罪収益規制に関する規定等を整備する。」というもの。分かりにくい文章だが、よく読んでみれば文意を把握できないではない。

文意が把握できれば、真偽の判断も可能だ。「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約の締結に伴い」という立法理由はウソだ。「実行準備行為を伴う」が、これまでの批判をかわそうという魂胆。「重大犯罪遂行の計画」が、これも対象を絞りましたというアピール。「等」が曲者。いずれにしても、「共謀罪」の新設宣言なのだ。

3項目の具体的内容の第1項目が、政権の悲願である「共謀罪の新設」である。しかし、そのような言葉は使われていない。政権は、共謀罪の呼称を「テロ等準備罪」としているが、ここには「テロ」も「テロの回避」も書かれていない。まずは発表のとおりの文章を紹介しよう。

1 実行準備行為を伴う組織的犯罪集団による重大犯罪遂行の計画の罪の新設〔組織的犯罪処罰法〕

別表第四に掲げる罪に当たる行為であって、①組織的犯罪集団(団体のうち,その結合関係の基礎としての共同の目的が別表第三に掲げる罪を実行することにあるもの)の団体の活動として,当該行為を実行するための組織により行われるもの,又は②組織的胞罪集団の不正権益の獲得等の目的で行われるものの遂行を二人以上で計画した者は、計画に基づき犯罪を実行するための準備行為が行われたとき処罰するものとする罰則を新設[計画をした犯罪の法定刑が死刑又は無期・長期10年を超える懲役・禁錮の場合は5年以下の懲役・禁錮、それ以外の場合は2年以下の懲役・禁錮]

この文章を一読して理解できた人は、自分の日本語読解能力の異常性を恐れなければならない。あなたはおかしいのだ。巷の「文章読本」の類は、「美しくも読み易い品格ある文章を志す者は、悪文に近づいてはならない」として、法律(家)の文章を悪文の典型として挙げるのが常である。法律(家)の文章にも、出来不出来のあることは避けられないが、この文章は悪文の最たるものではないか。これを理解できる方が、おかしいのだ。

理解に努力しよう。まずはタイトル。
「実行準備行為を伴う組織的犯罪集団による重大犯罪遂行の計画の罪の新設〔組織的犯罪処罰法〕」とは、現行の〔組織的犯罪処罰法〕を改正して、これまでにない罪を新設する。その罪の名は、「実行準備行為を伴う組織的犯罪集団による重大犯罪遂行の計画の罪」というのだ。

お分かりだろうか、「実行準備行為を伴う組織的犯罪集団による重大犯罪遂行の計画の罪」という表現。

犯罪主体は、「組織的犯罪集団」のようである。
行為は、「重大犯罪遂行の計画」のごとくである。
では、「組織的犯罪集団による重大犯罪遂行の計画の罪」で良さそうなものだが、「実行準備行為を伴う」が目玉なので、これを冒頭にもってきた。

だから、「実行準備行為を伴う」という修飾語句が、「組織的犯罪集団による」を飛び越して、「犯罪遂行の計画」という被修飾語句と離れてしまっているから、文意がとりにくい。

それだけではない。「実行準備行為」とはなにか、「伴う」とは何か、「組織的犯罪集団」とは何か、「重大犯罪」とは何か、「その遂行の計画」とは何か。さっぱり分からないのが、当たり前。このわかりにくさ、曖昧さ。これこそが「共謀罪」の本質であり、その危険性の根拠なのだ。

本文は、さらに分からない。理解のためには、もっと努力が必要だ。改行で文の構造を明確化してみよう。

次の罪(共謀罪)を新設する。
別表第四に掲げる罪に当たる行為であって、
 ①組織的犯罪集団の団体の活動として,当該行為を実行するための組織により行われるもの、または
 ②組織的犯罪集団の不正権益の獲得等の目的で行われるもの
の遂行を二人以上で計画した者は、
 計画に基づき犯罪を実行するための準備行為が行われたとき処罰するものとする罰則を新設

なお、「組織的犯罪集団」とは、(団体のうち,その結合関係の基礎としての共同の目的が別表第三に掲げる罪を実行することにあるもの)のことをいう。

また、罰則は、「計画をした犯罪の法定刑が死刑又は無期・長期10年を超える懲役・禁錮の場合は」5年以下の懲役・禁錮とし、「それ以外の法定刑の犯罪の場合は」2年以下の懲役・禁錮とする。

文の構造は分かったこととして、実は、具体的にいかなる場合のいかなる行為が処罰対象となるかの肝腎なところは曖昧にして模糊のまま。実のところは、曖昧であるから、権力にとって使いやすく、市民にとっては恐るべき凶器なのだ。

刑法学の教科書を開くと、その第1頁の冒頭で、刑法の人権保障機能が語られる。権力の恣意的な刑罰権発動を防止するために、刑法典は厳格な犯罪構成要件を定めめている。もちろん、これに該当しない行為を処罰することを禁じて市民の人権を擁護しているのだ。

だから犯罪構成要件は明確であることが必要である。構成要件としての行為も結果も日常用語でだれにも分かるように書かれていなければならない。構成要件的行為は、「人を殺す」「他人の財物を窃取する」「放火する」などの、日常生活における行為とは区別された定型性を持っている。だから、実行行為の着手があったか否かの判断は明瞭である。実行行為に着手して結果が発生すれば既遂、しなければ未遂。実行の着手の有無が、通常は犯罪となるかどうかの分水嶺である。

ところが、共謀罪は、実行行為着手前の犯罪の計画段階で処罰しようとするもの。実行行為への着手のない段階で、犯罪としての定型性を欠いた日常行為を犯罪の準備行為として処罰対象とする立法なのだ。近代刑法の原則からは、乱暴きわまるものと言わねばならない。何をもって犯罪の実行行為となるか予想が付かないことが、共謀罪の共謀罪たる所以なのだ。だから、何が犯罪になるかを明確に記すことができない。むしろ、曖昧でなんでも処罰可能なところに、その本質があることを見極めなければならない。

なお、新設の罪の数は従来案では676に上ったが、今回法案の別表第四では91法律の277罪まで減らしたとされている。だから、大した弊害はない? とんでもない。刑法の人権保障機能が崩れるのだ。小さく生まれて大きく育った治安維持法の例も学ばなければならない。
(2017年2月28日)

これで共謀罪が成立することになるのかー学習会寸劇

本日は、我が澤藤法律事務所の澤藤大河弁護士が、埼玉県川口市で「共謀罪」学習会の講師を務めた。パワポを駆使した学習会だったようだが、好評だったのは、冒頭披露した寸劇だったとのこと。

主催者側の総選挙埼玉県2区の候補者が法務委員会の質問者役を、大河が法務大臣役を演じて議論が白熱したという。以下に、その台本を掲載しておく。

犯罪が成立するためには、構成要件に該当する実行行為がなければならない。「人を殺す」「火を放つ」「人の身体を傷害する」「他人の財物を窃取する」などが実行行為である。その着手がなければ未遂罪も成立しない。ところが、例外的にもせよ予備や準備や共謀を処罰するとなると、構成要件的行為としての定型性を持たない日常行為が処罰の対象となってしまう。寸劇は、そのあたりの問題点を描いている。  **************************************************************************

ある日の法務委員会審議にて(架空の質疑)

Q 大臣、なぜ,今,共謀罪を新設するのですか。共謀罪は、犯罪の実行行為がなくとも刑罰を科する、極めて広汎な処罰範囲を持つことになります。過去にも多くの懸念があり、国民の強い反対で廃案に持ち込まれてきたではありませんか。
A 今、委員のご質問でございますが、共謀罪ではなく、「テロ等準備罪」でございます。国際組織犯罪防止条約の批准のために必要な法案であると考えております。
国際組織犯罪防止条約、一層効果的に国際的な組織犯罪を防止し,これと戦うための協力を促進することを目的とする国連条約です。
平成15年9月に発効しています。この条約については,同年5月にその締結について国会の承認を得ており,我が国としても,早期に締結することが重要です。
そこで,我が国も,国際社会の一員として,この条約を早期に締結し,国際社会と協力して,一層効果的に国際的な組織犯罪を防止するため,この条約が義務付けるところに従い,「テロ等準備罪」を新設する必要があります。

Q パレルモ条約は、テロ関係ないでしょう。大体何年に締結されたんですか。
A 平成12年です。

Q それじゃ、2000年じゃないですか。2001年の9・11の前じゃないですか。テロが国際的な関心事になる前の条約ですよ。だいたい、パレルモという都市で締結されて、パレルモ条約とも呼ばれるわけですが、パレルモとは、イタリア、シチリア島の都市です。つまり、マフィア、ヤクザ、そういう組織犯罪を対象にした条約じゃないですか。テロを対象にした条約ではなくて、経済的なマネーロンダリングを主たる対象にした条約じゃないですか。
A 委員は、よく勉強なさっているようですが、組織的な犯罪に対する対応は、テロでもテロ以外でも待ったなしなのであります。

Q 新たな刑罰法規を作ろうというのだから、やはり差し迫った必要性がなくてはならないわけです。では、どうして、テロが差し迫っているというのですか。日本がテロの脅威にさらされているという事ですか?
A 世界中で、不安定な地域がたくさんあります。これだけ安全保障体制が揺らいでおるわけでありまして、先進諸国、たとえばアメリカでの9・11事件、イギリス・ロンドンでの連続爆破テロ、フランス・パリでの出版社襲撃事件などが起こっているわけです。
日本だけが、これらの事件に目を背けていていいのでしょうか。自由と民主主義・人権という共通の価値を守るために、憎むべきテロリストとの戦いに、日本だけが安穏としていることはできないのです。

Q 立法事実として、日本でのテロの危険があるかとお聞きしている。
A それはいろいろな評価がありうる。日本人が、イラクやシリアで誘拐され、殺害される事件も起こっている。

Q 日本でのテロが差し迫っている状況にあるのかと聞いている。
A 我々は、テロの脅威から、国民を守るべき責務を負っております。常に備えなければならないのです。オリンピックも迫っております。安全なオリンピックを開催するためにも、どうしてもテロ等準備罪は必要なのです。

Q 具体的に、日本にテロが迫っていると、あなたですら断言できないようでは、どうして、テロ対策が必要なんですか。では、そのような共謀罪、もし成立してしまったら、犯罪を実行することを話し合っただけで処罰されてしまうのではないか。
A そんなことは、絶対にないのであります。準備行為がなければ、処罰されることはありません。
共謀が成立しただけ、つまり計画しただけでは、犯罪が成立しないことは、法文上明らかであります。一般の方が話しているだけで犯罪者になるなど、絶対にあり得ません。

Q 労働組合や、市民団体が犯罪集団に当たることはないのですか。
A 組織的犯罪集団だけしか、対象とならないことは、明文で規定しております。
適法な活動をしている労働組合や、その他の団体は、その目的が犯罪はないのですから、当然対象とはなりません。

Q そんなことを言っているが、では、更にお尋ねします。既に存在する適法な団体の目的が、ある時点から犯罪目的に変化したと認定することはあり得ないのか。
A 一般論としてお答えすると、一般人が対象となることはないのです。組織的犯罪集団だけしか、対象とならないことは、明文で規定しております。
もし、犯罪を企む集団であるのなら、すでにその集団の構成員は一般人ではないのです。

Q 今、大変な答弁が出た。つまり、「この法律が罰するのは、一般国民ではない」という意味は、「この法律が罰するときには、既に一般人ではないからだ」と、こういうことではないか。論理が逆転している。
A 委員の解釈は、あまりに一方的で偏っているのではないでしょうか。重大犯罪を目的とする団体に、それと知って属しているということは、一般国民の目から見て、一般人とは呼べないことは通常の感覚ではないですか。

Q そんなことはない。企業でも、市民団体・労働組合、サークルでも、適法な通常の団体が、ある時点から犯罪目的だと認定されることはありうるのだから、国民誰でも、共謀罪の犯罪者になり得るじゃないですか。
A 重大な犯罪を計画している団体に属して、具体的な重大犯罪を計画していたら、罰せられるべきは当然ではありませんか。

Q ついに、誰もが対象になりうることが分かりました。しかも、犯罪目的があるかどうか、計画があるかどうか、捜査段階では、判断するのは、裁判所ではなく、捜査機関、大体は警察になるわけです。
その結果、警察が、国民生活に監視の目を光らせ、あらゆる団体が犯罪目的をもっていないかを調べる。これは、まさに現在の治安維持法ではないか。
A 全くそうではございません。
治安維持法は、私有財産制を否定し、国体を変革しようとするという、思想そのもの、つまり、犯罪とは切り離して、特定思想を有する団体を結成すること、加入することを処罰する法律でございます。
今回の、テロ等準備罪は、思想のみを処罰するのものではありません。準備行為という行為を要求しています。
また、団体も重大犯罪を目的とするという、犯罪集団に限って対象とするものですから、ご指摘はあたりません。
捜査についても、捜査機関は、刑事訴訟法、その他関連法令を遵守し、裁判所の令状審査を経て、適法な捜査を行うことになりますので、委員のご指摘はあたらないものと思います。

Q 結局は捜査機関が、最初の判断をする。しかも、政府に批判的な活動をしていると、犯罪を行っているとして、捜査の対象とされかねない。しかも、計画と準備で犯罪が成立するのだから、団体監視を常に行うことが主たる捜査方法になることは明白ではないか。団体に対する警察の監視、団体内部でも密告を恐れて活動が萎縮する。これこそ治安維持法そのものではないですか。
A 委員は、少し感情的になっておられる。お答えしたとおり、一般人が処罰されることはないのです。まあ、治安維持法も一般人は処罰されることはなかったわけですが。

Q 処罰範囲が拡大しすぎる危険がある。
以下の具体例でお聞きします。共謀罪は成立するのか。
米軍基地の建設に反対している市民団体。ついに本格的工事着手が3日後に迫ってきた。メンバーのXYは、今度は工事現場のゲートに座り込んででも、美しい自然を守ろうと話し合った。
翌日、Yはゴザを購入した。
2日後、台風のせいで、海が荒れ、とりあえず工事は延期になった。
どうですか。
A 細かい点がわからないため、お答えしかねる。

Q どこがわからないのか。
A 共謀が成立したといえるのか、議論の様子や、ゴザの購入目的なども検討しなくては、犯罪成否は軽々に答えられない。

Q つまり、犯罪が成立しうるから検討が必要だということですか。
A 犯罪が成立するか否かは、常に微妙な事実の問題を含んでいるのであります。
最終的には裁判官が判断するわけでありまして、今、この事例についてどうかということは、大変難しく、私の頭脳ではお答えしかねる。

Q 結局、どちらの事案も共謀罪が成立しうること、少なくとも、絶対に共謀罪が成立しないわけではないという答弁だった。
共謀罪は、国民の自由な団体活動のみならず、表現の大幅な萎縮を生み出し、思想・信条の自由を侵害する、違憲なものであることが明白になりました。絶対に成立させるわけにはいきません。

(2017年2月16日)

共謀罪は、どう名前を変えても権力の凶暴化罪だ

政府は懲りもせずに、1月20日召集の第193通常国会に、4度目の「共謀罪」法案を提出しようとしている。その名称(略称)を「テロ等組織犯罪準備罪」、あるいは、「テロ等準備罪」とするという。

評判の悪い人物は、名前を変えて出てくる。売れない商品は、名前を変えてみる。飽きられた政党は党名を変更しようとする。それと同じ。3度も廃案となった共謀罪を通すために、「テロ等準備罪」と目先を変えてみようというもくろみ。

しかし、名称をどう変えようと、姑息な手直しを施そうと、共謀罪の危険な本質は変えようがない。伝えられる政府の新法案も、構成要件を曖昧にすることで、刑法のもつ人権保障機能を脆弱化することに変わりはない。人権保障機能の脆弱化とは、政権にとっては、抵抗勢力を弾圧するために調法この上ない武器を手にすることになる。共謀罪とは、権力の凶暴性を助長する「凶暴罪」法案なのだ。アベ暴走政権を共謀罪で武装させ、このうえ凶暴政権化させてはならない。改憲阻止闘争や、沖縄の平和運動に弾圧の手段を与えてはならない。

共謀罪は構成要件の曖昧さの危険ゆえに、「現代の治安維持法法」といわれる。いかにも、そっくりなのだ。昨日(1月15日)の赤旗が、「戦前の治安維持法」と「現代の新『共謀罪』」とについて、「説明そっくり」と政府説明の類似を指摘している。これは、背筋が寒くなる。

見出しに出ているのは、
「戦前の治安維持法⇒世間の人が心配するほどのものでない」
「現代の新『共謀罪』⇒一般人が対象になることはあり得ない」
戦前の政府説明は、1925年の警視庁当局のもの。現代の説明は、今年(2017年)1月6日の菅官房長官のもの。

治安維持法も共謀罪も、はたまた国防保安法も特定秘密保護法も、「善良な一般人が対象になることはあり得ないのだから、世間の人が心配するほどのものでない」として、制定されるのだ。

治安維持法は、「國體を変革し、私有財産を否定する」目的の結社と思想をあからさまに犯罪とした。当時、天皇制を否定し共産主義を鼓吹するなどは、皇国の臣民にあるまじき非国民の振る舞いだったのだから、「善良な一般人が対象になることはあり得ず、世間の人が心配するほどのものでない」ことになるだろう。

しかし、治安維持法は共産党だけを対象にせず、猛威を振るった。下記の如く、赤旗が報道するとおりである。

「治安維持法による逮捕者は数十万人を超え(28~45年)、送検された人は7万5000人(同)となっています。同法の弾圧が原因で命を落とした人は、わかっているだけで1682人となっています。

 国民をだまして施行すると、日本共産党や労働運動や農民運動、文化活動や宗教者の集まり、つづり方教育といった教育実践など、国民生活のあらゆる分野に弾圧の手を伸ばしました。」

以上の点は、忘れてはならない苦い記憶として、何度でも思い起こさなければならない。

「菅官房長官は6日の会見で『従前の共謀罪とは別物だ。一般の方々が対象になることはあり得ない』と説明しました。治安維持法が施行されたのは1925年5月。当時の新聞報道でも、政府が国民の不安払拭に力を入れていたことがわかります。」

赤旗は、1925年当時の東京朝日や読売の記事を引用して、当時の政府の説明を伝えている。

「労働者や思想家たちはあまりにこの法案を重大視し悲観的に考えているようであるが(中略)伝家の宝刀であって余り度々抜くつもりでもない」「今の時代精神とかけ離れたような旧式の取り締まりもできませんよ。だから世間の人が心配するほどのものでなく、この法のために今の社会運動が抑圧されるなどということはないだろう」(警視庁当局)

「われわれの方でも運用については非常に注意し純真な労働運動や社会運動を傷つけないように心がけている」(内務省警保局長)

「細心の注意を払い 乱用するな」(小川平吉法相)

その後の治安維持法が改正の都度、凶暴の度を増したこと。そして、その運用が、広範な政治運動・社会運動・文化運動・思想運動・平和運動・宗教者の運動を抑圧したことを忘れてはならない。

「『一般の方々が対象になることはあり得ない』とする菅長官の説明が方便にすぎないことがわかります」と赤旗が言うとおりではないか。

赤旗を除いて、多くのメディアでは、共謀罪の3点が問題で、政府提案の新法がこれをクリアーできるかが焦点という見方が広がっている。

その第1点が、処罰範囲。
産経の報じるところによれば、「今回提出予定の新法案では、処罰範囲は限定されたものとなっている」という。だから、新法を成立させて問題はない、という文脈。むしろ、例によって、政権の言うとおりに、東京五輪にテロなどあってはならないから、早期に共謀罪処罰の新法を制定せよ、という論調。記事は以下のとおりである。

「共謀罪」対象676から50超減 政府原案修正、提出へ
 組織的な重大犯罪の計画段階で処罰対象となる「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案をめぐり、対象犯罪を676とした政府原案を修正し、過失犯や結果的加重犯など50罪以上を除外する方向で検討されていることが14日、関係者への取材で分かった。公明党内から対象犯罪を絞るよう求める声に配慮したもので、事前に犯罪を計画できない業務上過失致死罪など50罪以上を除外する方向で法務省などが調整している。

「共謀罪」対象犯罪は676と予定されている。曖昧模糊たる「犯罪」の数が一挙にこれだけ増えるのだ。ところが、産経によると、「50罪以上もの新設犯罪を除外して、わずか626以下の数に限定する方向で調整が進んでいる」「これは公明党への配慮で、これなら公明党も賛成するだろう」というニュアンス。

しかも、除外する50罪余とは、「過失犯や結果的加重犯など」事前に犯罪を計画できない、従ってよく考えれば共謀罪類型に馴染まないものだという。公明党も軽く見られたものというほかはない。特定秘密保護法でも戦争法でもそうだった。法案提出時に、与党内の摺り合わせで少しすねてみせて、結局は悪法推進勢力に回る下駄の雪政党と、自民党からばかりでなく、産経など右翼からも侮られているのだ。

第2点は、犯罪主体の適用対象。
過去の法案は、適用対象を単に「団体」としていたため、市民団体や労働組合などが捜査の対象になり得るとして、反発を招いた。しかし、今回、政府は適用対象をテロ組織や暴力団などの「組織的犯罪集団」に限定する方針と報じられている。しかし、詳細は未定である。

また、第3点として、「犯罪を行おうとする合意(計画)だけでなく、凶器の購入資金の調達など準備行為が行われることも犯罪成立の要件に加える」ものとされているが、これも要件の詳細な定義は明らかになっていない。

仮にこの3点がクリヤーされたとしても、問題は大きく残るのだ。テロ対策としてでも、刑法の基本体系を崩し、かくも構成要件曖昧な、弾圧法規として使い勝手のよい立法を許してはならないのだ。けっして、「テロ以外の犯罪にも広範に網がかけられている点が最大の論点になる」(毎日社説)というわけではない。先に引用した赤旗の、治安維持法がとめどなく適用範囲を広げて猛威を振るった事実の指摘が重要なのだ。

内田博文(九州大学名誉教授)の東京新聞への寄稿に耳を傾けたい。

 戦争に反対する人たちの取り締まりに利用された治安維持法も、同じ性格の法律だった。帝国議会で法案が審議されたとき「近代刑法の基本原則が認められていない」と批判されたが、法制定後は歯止めが利かなくなった。
 取り締まり対象は「非合法左翼だけ」から「合法左翼」に広がり、最終的に「サークル活動」「勉強会」なども対象になった。当局が法律を拡大解釈し、裁判所が容認した結果、処罰対象が雪だるま式に肥大化していった。
 共謀罪も運用次第では、「みんなで市役所に行って窓口で陳情しよう」という話し合いが、組織的威力業務妨害の共謀罪に問われる可能性もある。
 治安維持法のできた時代、不景気や将来への不安から国民が強い権力を求め、戦争で突破しようとした。遠い昔の話で自分には関係ないと考える人も多いだろう。だが、近年も人間不信や将来に希望が見いだせないことから、強い権力への期待が強まっている。テロ対策の名の下に共謀罪が創設され、取り締まりの矛先が普通の人々に向かった場合、防ぐのは極めて困難だ。
(2017年1月16日)

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     「DHCスラップ」勝利報告集会にご参加を
弁護士 澤藤統一郎
私自身が訴えられ、6000万円を請求された「DHCスラップ訴訟」。
その勝訴確定報告集会のお知らせです。
この問題と勝訴の意義を確認するとともに、攻守ところを変えた反撃訴訟の出発点ともいたします。ぜひ、集会にご参加ください。

日程と場所は以下のとおりです。
 ☆時 2017年1月28日(土)午後(1時30分~4時)
 ☆所 日比谷公園内の「千代田区立日比谷図書文化館」4階
    「スタジオプラス小ホール」
☆進行
弁護団長挨拶
田島泰彦先生記念講演(「言論の自由」の今日的意義)
常任弁護団員からの解説
テーマは、
「名誉毀損訴訟の構造」
「サプリメントの消費者問題」
「反撃訴訟の内容」
☆会場発言(スラップ被害経験者+支援者)
☆澤藤挨拶
・資料集を配布いたします。反撃訴訟の訴状案も用意いたします。
・資料代500円をお願いいたします。
言論の自由の大切さと思われる皆さまに、集会へのご参加と、ご発言をお願いいたします。

     「DHCスラップ訴訟」とは
 私は、ブログ「澤藤統一郎の憲法日記」を毎日連載しています。既に、連続1400日になろうとしています。
そのブログに、DHC・吉田嘉明を批判する記事を3本載せました。「カネで政治を操ろうとした」ことに対する政治的批判の記事です。
 DHC・吉田はこれを「名誉毀損」として、私を被告とする2000万円の損害賠償請求訴訟を提起しました。2014年4月のことです。
私は、この提訴をスラップ訴訟として違法だとブログに掲載しました。「DHCスラップ訴訟を許さない」とするテーマでの掲載は既に、90回を超します。そうしたら、私に対する損害賠償請求額が6000万円に跳ね上がりました。
 この訴訟は、いったい何だったのでしょうか。その提訴と応訴が応訴が持つ意味は、次のように整理できると思います。
1 言論の自由に対する攻撃とその反撃であった。
2 とりわけ政治的言論(攻撃されたものは「政治とカネ」に関わる政治的言論)の自由をめぐる攻防であった。
3 またすぐれて消費者問題であった。(攻撃されたものは「消費者利益を目的とする行政規制」)
4 さらに、民事訴訟の訴権濫用の問題であった。

 私は、言論萎縮を狙ったスラップ訴訟の悪辣さ、その害悪を身をもって体験しました。「これは自分一人の問題ではない」「自分が萎縮すれば、多くの人の言論の自由が損なわれることになる」「不当な攻撃とは闘わなければならない」「闘いを放棄すれば、DHC・吉田の思う壺ではないか」「私は弁護士だ。自分の権利も擁護できないで、依頼者の人権を守ることはできない」。そう思い、自分を励ましながらの応訴でした。
 スラップ常習者と言って差し支えないDHC・吉田には、反撃訴訟が必要だと思います。引き続いてのご支援をお願いいたします。

2017年通常国会の対決テーマは「共謀罪」だ

1月20日に第193通常国会が開会予定である。その最大の対決テーマは、「共謀罪」となる。アベ内閣の反憲法的姿勢は止まるところを知らない。改憲策動や沖縄での平和運動弾圧と連動するかたちで、来たる国会では「共謀罪法案」成立を目指すことになる。「共謀罪国会」では、アベ凶暴政権と民主主義陣営が対決することになる。

本日(1月6日)の東京新聞トップの大見出しが、「『共謀罪』通常国会提出へ」。これに「野党・日弁連は反対」とサブタイトルが付けられている。以下に、記事本文の一部を抜粋する。
「安倍晋三首相は五日、犯罪計画を話し合うだけで処罰対象とする「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案を二十日召集の通常国会に提出する方針を固めた。共謀罪に関しては、国民の思想や内心の自由を侵す恐れがあるとの批判が根強い。捜査機関の職権乱用などによって人権が侵害されるとして、日弁連や共産党は反対している。民進党内でも反対論が強く、提出されれば国会で激しい議論になる。」

そして、社会面に関連記事が掲載されている。「共謀罪法案提出方針に批判」「市民活動萎縮させる」「警察が恣意的運用も」「テロ対策『歯止めが必要』」との見出しで、東京新聞の「共謀罪批判本気度」がよく分かる。

「日刊ゲンダイ」の本気度も相当なもの。多少品位には欠けるが、分かり易い。

見出しが「安倍政権 『共謀罪』大義に東京五輪を“政治利用”の姑息」というもので、記事本文は以下のとおり。

「何でもかんでも『五輪成功のため』は通らない。安倍政権は今月20日召集の通常国会で、「共謀罪」の新設を柱とする組織犯罪処罰法改正案を提出する方針だ。3年後の東京五輪開催に合わせ、『テロ対策』の性格を前面に打ち出そうと必死で、悪名高い名称を『テロ等準備罪』に変えたが、しょせんは姑息な手段だ。悪評ふんぷんの共謀罪の成立にまで、五輪の政治利用は絶対に許されない。」
「共謀罪は、実際に犯罪を犯していなくても相談しただけで罰せられてしまう。極論すれば、サラリーマンが居酒屋談議で『うるさい上司を殺してやろう』と話しただけで、しょっぴかれる可能性がある。権力側が市民の監視や思想の取り締まりに都合よく運用する恐れもあり、03、04、05年に関連法案が国会に提出されたものの、3度とも廃案に追い込まれた。」「五輪の成功を名目に、こんなウルトラ危険な法案を懲りずに通そうというのだから、安倍政権はイカれている。」

そして、ゲンダイの記事は、こう結んでいる。「『五輪成功』にかこつけて、希代の悪法成立を許してしまうのか。メディアの真価が今こそ問われている。」

「メディアの真価」どこ吹く風? の典型が例によって産経である。
「『共謀罪』法案名変更で通常国会提出へ テロ対策を主眼に」という見出しでこう述べている。
「政府は5日、テロ対策として『共謀罪』の構成要件を一部変更する組織犯罪処罰法正案を、20日召集の通常国会に提出する方針を固めた。法案名も2020年東京五輪・パラリンピックを見据え、テロ対策が主眼であることが明白となるよう変更する見通しだ。」
「国連は2000年に『国際組織犯罪防止条約』を採択し、すでに180カ国以上が締結しているが、日本は批准条件となっている共謀罪が存在しないため締結に至っていない。このまま法整備が進まなければ、国際社会から「テロ対策に消極的」との批判を浴びかねない状況だ。」

共謀罪法案は、下記のとおり、3度国会に提出となり、3度とも廃案になった。
2002年 法制審議会で検討
2003年 3月 第156回通常国会に法案提出(廃案)
2004年 2月 第159回通常国会に法案再提出(継続)
2005年 8月 衆議院解散に伴い廃案
2005年10月 第163回特別国会に法案提出(継続)
2009年 7月 衆議院解散により廃案

これまでの刑事法の常識に照らして異常な立法と、野党や世論の反発を招いたからである。「現代の治安維持法」とまで言われて廃案の運命をたどった。政府の説明は、<国際組織犯罪防止条約>批准のために必要というものだが、法案の内容は明らかに過剰に処罰範囲を広げるもので、説明との整合性を欠いている。

今度は論拠にオリンピックが持ち出された。オリンピックも迷惑だろう。本当に、テロの危険が差し迫っている東京五輪なら、やめてしまうに越したことはない。

さて、「共謀罪」とは何か。日弁連のリーフレットの解説が分かり易い。

「『共謀罪』とは、2人以上の者が、犯罪を行うことを話し合って合意することを処罰対象とする犯罪のことです。具体的な『行為』がないのに話し合っただけで処罰するのが共謀罪の特徴です。しかし、単なる『合意』というのは、『心の中で思ったこと』と紙一重の段階です。

近代刑法は、犯罪意思(心の中で思ったこと)だけでは処罰せず、それが具体的な結果・被害として現れて初めて処罰対象になるとしています。『既遂』処罰が原則で、『未遂』処罰は例外、それ以前の『予備』の処罰は極めて例外、しかも、いずれも『行為』があって初めて犯罪が成立するというのが刑法の大原則です。

共謀罪は、この『予備』よりもはるか以前の『合意』だけで、『行為』がなくても処罰するというものです。このように処罰時期を早めることは、犯罪とされる行為(構成要件)の明確性を失わせ、単に疑わしいとか悪い考えを抱いているというだけで人が処罰されるような事態を招きかねません。」

だから、「現代の治安維持法法」と悪評が高いのだ。治安維持法は、「結社の目的遂行の為にする行為」を犯罪とした。「結社の目的」とは、「國體の変革」(天皇制打倒)と、「私有財産制の否定」(社会主義思想の実現)の二つを言うが、「その目的遂行の為にする行為」とは、漠然としてどうにでも解釈できる。だから、共産党員の慰安維持法違反事件を弁護した弁護士の行為も、心の中の意図を忖度して、治安維持法違反として逮捕され、起訴され、有罪となった。「共謀罪法案」成立によって、新たにつくり出される犯罪は600余とされている。恐るべき監視社会が生み出されることになる。

もしやあなたの心の片隅に、こんな考えがありはしないか。
「世の中には善人と悪人の2種類の人がいる。法による処罰を恐れるのは悪人だけで、私は善人のグループにいるのだから、法も処罰も恐れることはない。むしろ処罰の範囲を拡大してくれれば、社会は平穏で住みやすい社会になる」

この考え方は大きく間違っている。この間違いを「なんと愚かな」と見過ごしてはならない。民主主義社会においては、堕落した危険な考え方として徹底して批判されなければならない。このような考え方こそ、権力者を喜ばせ、権力者をより傲慢にさせるものにほかならない。その結果、権力の監視の目が隅々にまで行き届く社会を作り出し、自分を善人と思っている人々をも含めて、「生きにくい窮屈な世の中となった」と慨嘆させることになり、挙げ句の果てには全体主義の完成を招くことになる。
治安維持法のはたした役割を思い、ニーメラーの慨嘆を思い起こそう。

「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
 私は共産主義者ではなかったから

 社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
 私は社会民主主義ではなかったから

 彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
 私は労働組合員ではなかったから

 そして、彼らが私を攻撃したとき
 私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった」

(2017年1月6日)

軍事立法でも、治安立法でもなく、誤判防止の刑事司法を

一昨日(11月19日(土))、日本民主法律家協会の「第47回司法制度研究集会」が開催された。メインタイトルは、「治安国家化・監視社会化を問う 何のための刑訴法・盗聴法「改正」、共謀罪法案か?」というもの。

主催者の案内が、次のようになっている。
「今回の集会では、本年5月24日に成立した「改正」刑訴法・盗聴法の内容の危険性を暴くとともに、法律家団体と市民が協働しながら反対運動を展開してきた成果を共有したいと考えています。
 また、一昨年に施行された特定秘密保護法、「改正」刑訴法・盗聴法、そして、来年通常国会への上程が取り沙汰される共謀罪等が総体としてもたらすであろう監視社会・治安国家への対応には、「改憲」反対のすべての運動の結集が急務であると考えます。
『改憲』に向けた現政権の謀略に対峙していくための法律家運動の課題を模索するとともに、法律家運動の果たすべき役割を改めて確認し、市民とともに、大きな国民的運動を展開する決意を誓い合う司法制度研究集会になるよう、皆さまのご参加をお待ちしています。」

討論の素材となった報告は3件。「刑訴法『改悪』阻止の闘いと今後」小池振一郎、「盗聴法・共謀罪の本質」海渡雄一、そして「秘密保護法,盗聴法・刑訴法,共謀罪と治安国家・監視社会化」白取祐司(神奈川大学法科大学院教授)。前2件は、報告のタイトルで内容が推察できる。しかし、3件目の白鳥報告だけはよく分からない。集会主催者の注文で、メインタイトルに合わせた内容。

この白鳥報告が明晰で面白かった。クローズアップで問題を見極めようとする報告の中で、カメラを引いてロングでものを見ることによって、背景事情やものごとの関連性が見えてくる。そんな印象の報告だった。いずれ「法と民主主義」に掲載されるが、私流に把握した要点をかいつまんでご報告したい。

☆最近の刑事立法を概観すると、特定秘密保護法成立以来、とんでもない悪法の目白押しである。
 ・特定秘密保護法(2014年)
 ・通信傍受法改正法(2016年)
 ・刑事訴訟法改正法(2016年)
 ・共謀罪法案(2017年?)
どうしてこんなことになっているのか。政治状況の変化、端的に言えば安倍政権がもたらしたものだが、それだけではない。これまで悪法の成立に歯止めを掛けてきた勢力の変容があるように思われる。日弁連と研究者集団の変質を指摘せざるを得ない。
増員の影響か、弁護士のノブレスオブリージュの気概が希薄になってきたのではないか。また、かつて刑法改悪阻止運動の先頭に立った平野龍一のごとき存在が消え、政権や法務省にすり寄る研究者が増えている。真剣な検討を要する。

☆21世紀にはいって以来、「最近」以前の主要刑事立法を概観すれば、以下のとおり。
・少年法改正(検察官関与・原則逆送)(2000年)
・裁判長法・刑事訴訟法改正法(2004年)
・刑事収容処遇法(2005年)
・犯罪被害者参加法(2007年)
・公訴時効廃止法(2010年)
これらの刑事諸立法を貫徹する共通の理念を把握したり、傾向を指摘することが難しい。立法の背景が見えにくくなっていると言わざるを得ない。

☆一方、望ましいとして立法課題と意識されてきた下記の法は成立に至っていない。
・死刑廃止法
・再審法改正法
・監視型捜査規制法
・ミランダ法(弁護人立会権確立立法)

☆以上のごとき現在の状況を歴史的視座に置いてみると、以下の治安維持法の時代との類似性が指摘できるのではないか。
・治安維持法(1925年)
・治安維持法改正(1941年)
・軍機保護法(1937年)(1941年全面改正)
・国防保安法(1941年)*1940年大政翼賛会結成
1925年から敗戦までは、刑事法的には「治安維持法の時代」と言ってよい。上記各法は戦時法であり、戦争準備の立法であった。軍機保護法は1889年日清戦争後日露戦争を見据えて制定された。1937年に全面改正され、さらに1941年にも戦争の進展に応じて改正された。

☆特定秘密保護法は軍事立法であり、戦争準備の法と認識しなければならない。そして、「治安維持法の時代」の諸刑事立法が、改正を重ねていることに留意しなければならない。新規の立法はそれなりの抵抗に遭う。政権は妥協した形でマイルドに修正して立法に漕ぎつけ、頃合いをみてハードに法を改正する。新規立法よりは改正の方が世論の関心事とならず、抵抗は小さい。この事情は、戦前も今も同じこと。だから悪法反対運動は、立法成立後も改悪反対運動としての持続が大切なのだ。

☆分析のための視座として、
1 軍事法制下の刑事法
2 治安立法としての刑事法
3 監視社会と刑事立法
という、観点が必要だろう。

☆軍事法としての特定秘密保護法が危険で問題というだけでない。非常事態宣言下のフランスにおける刑事手続のように、テロ対策という名目の非常時立法は、常に軍事法としての危うさを警戒しなればならない。

☆いま、体感治安の悪化が煽られている。刑法犯は減少し、凶悪犯も著しく減っているにかかわらず、意図的に不信不安が醸成された結果である。警察依存型の刑事政策が意図されているからとみるべきだろう。このような策動に、どこかで歯止めが必要だ。

☆むのたけじが、自分の記者時代を振り返って語っている。
「治安維持法も国家総動員法も、法の具体的な適用の有無が問題であるよりは、そのような法律が作られ存在すること自体が大きな問題だった。」
今、そのような時代状況になろうとしているのではないか。必要なのは、軍事立法でも治安立法でもない。積極的に「誤判を防止し誤判被害者を救済する」ための、刑事司法改革こそが必要ではないか。
(2016年11月21日)

中国の人権派弁護士弾圧の報に、治安維持法時代の弁護士受難を思う。

時事や共同の配信記事によると、中国の「人権派弁護士」に対する弾圧がエスカレートして、有罪判決が相次いでいる。かつての天皇制政府による治安維持法による弾圧にも似た理不尽が今も現実に起こっているのだ。隣国の問題として座視するに忍びない。

昨年7月、中国当局は「人権派弁護士」を主とする人権活動家を「拘束・連行」した。その数200人を超す。令状による逮捕ではない「拘束・連行」の法的な根拠はよく分からない。治安維持法の予防拘禁のような制度があるのかも知れない。

いち早く警鐘を鳴らした香港のNPO団体「中国人権弁護士関注組」の当時の発表によれば、2015年7月16日までに拘束・連行された人権派弁護士や活動家は205名。「長期化する当局の摘発に、活動家らからは『弁護士を徹底的に脅して抑え込もうとしている』と懸念の声が上がっている」という。

同団体によると、当局が拘束を継続しているのは「社会秩序を乱す重大犯罪グループ」とみなされた「北京鋒鋭弁護士事務所」の主任弁護士、周世鋒氏や女性弁護士の王宇氏ら11人。一部は自宅に軟禁されている。ほかに15人の行方がつかめていない。179人は「一時拘束」だったようだ。

当局に「拘束」された人権活動家たちへの弁護活動が妨害され、弁護士接見も家族との交流も途絶されたまま、「拘束」が長期化した。治安維持法時代と同様、強要されてやむなく転向した者はその旨を表明して釈放されたが、連行1年を経て、拘束が継続している者23名と報じられている。

本年(2016年)7月9日には、今も拘束中の弁護士の家族ら7人が、即時釈放などを求める共同声明を出した。当局はこれに対して翌8日には、支援者の弁護士1人を新たに拘束することで応じ、「抑圧の手を緩める気配はない」(共同)。

その後、7月15日に、中国天津市人民検察院(地検)第2分院は昨年7月から拘束していた人権派弁護士の周世鋒氏や著名な民主活動家の胡石根氏ら計4人を国家政権転覆罪で起訴すると決めた、と報じられた。

周世鋒氏らの国家政権転覆罪刑事公判の進展に注目していたところ、7月30日には、「中国天津市人民検察院(地検)に「国家政権転覆罪」で起訴された中国の人権派弁護士の周世鋒氏ら4人について、家族や家族が依頼した弁護人を締め出した「秘密裁判」が近く開かれる見通しとなった。同罪で有罪の場合、懲役10年以上となるケースが多い。関係者が30日明らかにした。」(共同)との報道があって、その報道のとおりに公判の内容についてはまったく不明のうちに、相次ぐ有罪判決となっている。

周氏は、「著名な女性弁護士の王宇氏=国家政権転覆容疑で逮捕=らと共に弁護士事務所を設立。有害物質が混入した粉ミルクで多くの乳幼児に健康被害が出た事件の訴訟に関わるなど人権擁護に取り組んできた」と紹介される弁護士。

時事通信の伝えるところでは、昨日(8月4日)「中国の天津市第2中級人民法院(地裁)は、『国家政権転覆罪』で起訴された弁護士の周世鋒氏(51)に懲役7年、公民権剥奪5年の判決を言い渡した。周氏は上訴しないと表明した。国営新華社通信が伝えた。
 周氏は北京鋒鋭弁護士事務所の主任として、多くの人権侵害事件に取り組んできたが、昨年7月に民主活動家ら300人以上に対して行われた一斉連行で拘束された。このうち4人が今年7月、政権転覆罪で起訴され、有罪判決が出たのは周氏が3人目。」

続いて今日(8月5日)「中国『人権派』裁判、4人目にも有罪判決」の報道。
「中国で今週相次いで行われている人権派弁護士や活動家の裁判で、4人目にも有罪判決が下されました。この間、家族や主な支援者は自宅で軟禁状態となり、裁判の傍聴は許されませんでした。5日、初公判が行われたのは、会社経営者で人権活動家の勾洪国氏(54)で、国家政権転覆罪で懲役3年・執行猶予3年の判決が言い渡されました。」(TBS動画ニュース)

傷ましいのは、同氏が次のように言わされていることだ。「私は西洋のいわゆる『民主思想』にだまされていたと分かりました」(人権活動家 勾洪国氏)
報道では、「国営テレビで流された勾洪国氏の法廷での発言は、今週裁判が行われた他の3人と似たような文言で反省と謝罪が繰り返されました。」とされている。

「勾洪国氏の妻・樊麗麗さんら家族や主な支援者は警察に監視され、自宅軟禁状態となっていました。」「去年7月に一斉拘束された人権派弁護士や活動家のうち残る19人は、依然として家族や弁護士の接見が許されず、裁判の日程も明らかになっていません」とも報じられている。

刑事司法の公正こそは、一国の人権保障水準のバロメータだ。民主化度の試金石と言ってもよい。国民の人権は、権力の恣意的発動から厳格に守られなければならない。政権や党の意向次第で、法に基づかない人身の拘束があってはならない。適正な司法手続を経ずに、刑罰が科せられてはならない。

中国のこの刑事司法の原則無視は、まるで野蛮な天皇制下での日本共産党員やその同調者に対する弾圧の再来ではないか。

改正治安維持法に、「結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者ハ二年以上ノ有期ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」という罰条が設けられている。「共産党の目的遂行の為に弁護活動をした」という認定で、弁護士が逮捕され有罪となったのだ。

良心的に果敢に人権のために闘った優れた弁護士の多くが、法廷で権力と切り結んだ弁護活動を理由に起訴され有罪になり、弁護士資格を剥奪された。3・15事件、4・16事件などの弾圧で逮捕された多くの共産党員活動家が治安維持法で起訴され、その弁護を担当した良心的な弁護士が熱意をもって弁護活動を行った。この法廷での弁護活動が治安維持法違反の犯罪とされて起訴されたのだ。悪名高い、「目的遂行罪」である。「外見上は弁護活動に見えるが、実は共産党の『国体を変革し私有財制度を否定する』結社の目的遂行のために法廷闘争を行ったもの」と認定されて有罪となった。有罪となった弁護士は司法省(検事局)から資格を剥奪された。

中国の事態の深刻さを憂うる。そこに、権力の本性を見ざるを得ない。我が国の天皇制政府の蛮行を忘れてはならない。戦前回帰などなきよう、心したい。
(2016年8月5日)

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