澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその2

私は、2012年東京都知事選における宇都宮健児候補陣営の選対本部委員になりました。自分なりに当選のための努力は尽くしたつもりでしたが、大差で惨敗したことの衝撃は大きく、シビアな総括が必要だと考えました。下記の文が、昨年末ちょうど1年前(12月22日)時点で作成した私の「私的総括」です。

私と宇都宮選対の「対立」は、私がこの「私的総括」を1月5日付ブログで公表したことに端を発します。この公表が怪しからんというのです。その意味では、この「総括」は、「歴史的文書」であるかも知れません。事情あって、その直後にブログからの掲載を下ろして今日に至ったものです。改めて当時のまま再掲載いたします。

宇都宮選対メンバーの大勢的な見解は、「1月6日に予定されていた総括会議の前の私的総括の公表は選対内部の信頼関係を損なう」というものでした。しかし、私は、市民選挙に参加した者がそれぞれの立ち場で総括をすることは歓迎すべきことであり、ある程度中心にいた者にとっては責務ですらあると考えています。当然のことながら総括は公表しなければ意味がありません。どんな時点でもかまわない、それぞれが「私的総括」を発表し合うことには、積極的な意味があるはずです。多数の人がお互いに情報を交換することによって、事実認識は多面的に豊富になり間違いがあれば訂正されます。意見の交換を通して、それぞれの意見を深めることが期待されます。

また、市民運動の原則からいえば、討論の過程が広く公開され、透明性が徹底されることこそが原則だと思います。、宇都宮選対メンバー(念のため、全ての人ではないことを申し添えます)の言い分は、愚かなものとしか考えられません。

やや長文ですが、以下の「歴史的文書」を、私が「宇都宮君、立候補はおやめなさい」というに至った「対立」の発端として、お読みください。今読み返して、なんと腰の引けた、奥歯にものが挟まったような、具体性を欠いた物言いだろうと思わずにはおられません。今書けばもっと歯切れ良く明確な、別のものになったとは思います。しかしそれでも、私が、「革新の統一」と「革新勢力の伸長」を真摯に願う立ち場から発言をしていることについては、十分にお分かりいただけるものと思います。

わたしが、「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」という現在の立ち場も、その点では一貫していることをご理解いただきたいと思います。まさしく、「革新の統一」と「革新勢力の伸長」のために、宇都宮君は再度の立候補はすべきではないのです。
(2013年12月22日)

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      2012年東京都知事選・私的総括  2012/12/22
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※はじめに-「革新統一」を目指す立場から
*2012年12月16日東京都知事選と総選挙とのダブル選挙の投開票は、両選挙とも最悪の「惨憺たる大敗」の結果となった。悪夢が現実となった思いを禁じ得ない。
苦い敗北の味を噛みしめて、「この事態を打開するための覚悟が必要だ」と自分に言い聞かせている。

* たまたま、私は候補者の友人であることから、都知事選選対メンバーの一員となった。都知事選の「敗北」には、少なからぬ責任を負うべき立場にある。外部の人よりは事情を知る者として、自分なりの「敗北の総括」をすることが責務だと考えた。「この事態を打開するための覚悟」にもとづいてこの私的総括を綴っている。

* 美濃部都政を支えた「革新統一」や「革新共闘」が解体して久しく、時代の移り変わりのなかで、かつての「統一」の枠組みが成立しえなくなった。しかし、石原都政のあまりの酷さを耐えがたいとする「反石原」統一候補を擁立すべきとする気運は高まってきた。
そのような雰囲気の中で、前々回(2007年)都知事選における「革新」統一候補擁立が不成功に終わったことの無念の印象が深く、統一への期待と相乗効果への期待は大きかった。
同選挙において「革新」勢力が推した候補の獲得票数は以下のとおりである。
    浅野史郎   1,693,323
    吉田万三     629,549
    合計      2,322,872(得票率41.7%)
周知のとおり、浅野史郎の選挙運動は無党派市民の「勝手連選挙」として注目され、独自候補を出さない民主党・社民党の支援、生活者ネットワーク・新社会党などの支持を受けた。吉田万三は「革新都政をつくる会」を確認団体とし日本共産党から推薦を受けた。敗れたとはいえ両候補の合計得票率は40%を超えた。統一した候補者擁立に成功すれば、その相乗効果によって過半数獲得も不可能ではない。「美濃部革新都政の再樹立」もけっして夢ではないと考えられた。個人的には、浅野・吉田の両陣営とも「日の丸・君が代」強制に反対の立場を明確にしたことに注目して、候補が統一されればとの思いは強かった。

* 2007年都知事選の選挙結果に、統一の相乗効果が加われば‥。この期待が今回選挙の、統一候補擁立の実現の原動力であり、選挙運動参加者のエネルギーの源泉であったと思う。
その統一の願いが今回知事選で実現した。反貧困の運動の旗手である宇都宮弁護士が市民の要求に応じて立候補を決意した。そして、市民運動が擁立した候補者を、複数政党が後景で支持するという統一の枠組みができあがった。候補者の選任や政策の策定、運動の進め方について、公式に各政党に意見を聞く機会は設けられず、候補者と各政党との政策協議も協定もなかった。すべては、阿吽の呼吸のもとにことが運んだ。また、政党以外の市民運動体として、各地域・各界に「勝手連」が形成された。その余に、労働組合や市民団体の支援の活動もあった。
この形での共闘の成立は、まさしく2007年に壊れた夢の実現であった。しかし、この期待は実らなかった。「なぜ‥?」と問わねばならない。

* 私は、革新の統一を心から願う立場にある。「統一」にまで至らずとも、革新の「連携」も「連帯」も、「共同行動」も歓迎する。この立場は、今回の都知事選に関わる以前も現在もまったく変わるところはない。しかし、選挙が終わった今、革新の統一とは極めて困難な事業であって、周到な準備が必要であり、智恵と工夫とたいへんな労力と能力とを要するものであることを実感している。
今回の都知事選は、革新の政策をたて、革新統一候補を擁立して、革新都政の樹立を目指した貴重な試みであった。にもかかわらず「惨憺たる敗北」に終わったのは、なぜなのか。私なりに、革新統一の成功を願う立場から、この貴重な試みを通じての見聞と教訓とを記しておきたい。
(なお、ここでの「革新」の定義は厳格である必要はない。今回の場合、改憲阻止・脱原発・反貧困・反石原がメルクマールであったろう)。

※総括の姿勢-運動の教訓を引き出すために
* 敗北の総括が傷の舐め合いであってはならない。次の展望を切りひらく手がかりをつかむためには、厳しい敗因の掘り下げが要求される。相互批判が不可避であり、自分自身を批判の対象外とすることも許されない。責任の一端を担う立場となった私も、自らの不明と無能を告白しなければならない。
また、運動の総括は評論ではない。実践的な教訓を引き出すものでなくては意味が無く、そのための視座・視点が必要である。獲得目標が何であったかを明確にして、目標達成に至らなかった原因を見極めなければならない。
なお、闘い終わっての将が兵の強弱や巧拙を語ることはない。むろん、支持政党が社交辞令以上の本音を語ることもあり得ない。この選挙に関わった者のすべてが、それぞれの立場と体験に基づいて、教訓を探る姿勢での忌憚のないそれぞれの総括をなすべきである。選対内部に身を置いた者にとっては最小限の責務であろう。私もその一端を果たさなくてはならない。

* 私的な総括においては、バランスに考慮して客観的な情勢や条件、主体的な運動のあり方の長所・欠点を羅列することはしない。安易に「不利な情勢と条件」を強調して、これを「敗北」の主要な原因とすることは意識的に避けたい。「厳しい情勢に悪条件が重なった中での選挙だった。だから、よく闘いはしたがこの結果はやむを得ない」「厳しい情勢を考慮すれば、むしろ、評価すべき票を得た」式の、外向け公式見解的総括では何の実践的教訓も引き出すことはできないと考えるからである。
 
※総括の視点-獲得目標は何であったか
* 今回の選挙戦の第一義的獲得目標は選挙に勝つこと、宇都宮候補補の当選を実現して、革新都政を再樹立することであった。これが、最大限獲得目標である。
また、当選には至らずとも、「革新諸勢力の統一した選挙運動の有効性を確認し、しかるべき時期における革新都政実現の第一歩とすること」が現実的な最小限獲得目標であった。
* 獲得目標は二方向にあった。一つは選挙民に働きかけて票を獲得することである。獲得票数ないし得票率が追求の対象となる。もう一つは、革新の共同に向けての運動の前進である。前進とは、選挙戦を通じての革新諸勢力の連帯・連携・共同の基盤を作り固めることである。その両者は相関しているが別のものであり、各獲得目標の達成如何は、前者は目に見える形で結果が現れるが、後者については検証が容易ではない。検証困難ではあっても、選挙戦を通じて革新諸勢力間の信頼感や連帯感を醸成し、今後の諸課題の行動における連携への第一歩を築けたかが問われなければならない。
私的総括においては、このことを中心としたい。このことは、「革新」諸勢力の統一した選挙運動の枠組みの有効性の確認でもあり、有効性を確保する条件の検証でもある。

* 今回の都知事選は極めて貴重な革新統一の試みであった。その試みが結果として「敗北」に終わったその原因が、今回の統一の枠組み自体にあったのか、今回の統一の枠組みの有効性を生かしきることのできない運動のあり方にあったのか、が問われなければならない。二項対立図式の設定が過度に問題を単純化する危険は承知の上で、「正しい枠組みを生かし切れなかった」のか、「十分な運動をしたのにこの枠組みの有効性の限界が露呈したのか」である。
換言すれば、選挙には敗北したが、革新諸勢力が連携して運動する土台を築き得たか、また今後どのようにすれば、その土台の上に共同の館を築くことができるか、という視点からの総括である。

※期待された相乗効果はなかった
* まず、選挙結果においては「大敗」を認めざるを得ない。第一義的な獲得目標達成にはほど遠い票数であるというだけでなく、「候補者統一による相乗効果」が見えていないことが重要である。
* 選挙得票数は、猪瀬4,338,9360、宇都宮968,960であった。選挙当日の有権者総数は10,619,652人、有効投票者数は6,647,744人。有効投票者数に対する得票率は、猪瀬65.3%、宇都宮14.6%である。当選に届かなかったというだけではない。ダブルスコア、トリプルスコアの域を超えて、得票比は4.48倍となった。「惨憺たる大敗」というほかはない。マスコミの一部に「不戦勝」の語が見える。まともな取り組みにすらなっていなかったという厳しい評価である。

マスコミの予測報道は一貫して「猪瀬リード」というものであり、選対の電話掛けでも「A票は10%前後」との報告は得ていた。しかし、「猪瀬リード」がこれほどの大差とは思わなかったし、A票の割合がそのまま得票率(対有権者比)になるとも考えなかった。開票結果の大差は予想を遙かに超えるものであった。

* 現実的な獲得目標に照らして、主要な問題は、得票の絶対数よりは、統一による相乗効果の有無にある。
相乗効果とは統一候補を擁立したことによる革新票全体の底上げの効果である。統一選挙の効果として、各勢力がそれぞれ独自に立候補して獲得するであろう各予想得票の総数を上回る統一候補の得票増をいう。それが、統一選挙戦の成功不成功のメルクマールとなる。選挙戦前はそう考えていた。

今回思いがけなくも総選挙とのダブル投票となって、もう一つの「相乗効果」が浮かびあがった。都知事選候補者についての得票増効果ではなく、革新諸政党の側にとっての得票増効果の有無である。都知事選への革新統一候補擁立によって革新票が底上げされ、革新政党の側に総選挙での得票増の効果が生じたか否か。

*都知事選と同時におこなわれた総選挙比例代表東京区の確定投票数は以下のとおり。
    共産   484,365  7.4%(前回2009年総選挙時9.6%)
    未来   448,689  6.8%
    社民   136,899  2.0%(前回2009年総選挙時4.3%)
    3党合計 1,069,953
宇都宮票968,960は、その合計に及ばない。
しかも、いくつかの出口調査によれば、宇都宮候補への投票者は、共産・社民支持層の3分の2、未来支持層の半分、無党派層の4分の1であったという。各陣営が統一したことによる宇都宮票増の相乗効果は、極めて乏しかったというほかはない。
毎日新聞出口調査が「宇都宮健児氏に投票したのは、‥無党派層の26%にとどまり、広がりを欠いた」と指摘していることの意味は重い。

* 前回(2011年)都知事選における「革新」候補は共産推薦の小池晃一人であり、その得票数は623,913票(10.35%)であった。前回の共産単独の小池得票率10.35%に対して、「未来・社民・緑の党・勝手連」を支持母体に加えた今回の宇都宮得票率14.6%は、4%ほどの上積みでしかない。正確な検証は困難であるが今回知事選の構図からは、小池が今回単独推薦で立候補していた場合、前回得票率を大きく下回ることは考えにくい。
結局は、各党分立した場合の単純合計の票すら確保できなかったのではないか。少なくとも、相乗効果が見えないという意味において「敗北」というほかはない。

*また、共産・社民とも前回(2009年)総選挙票を減らしている。未来の退潮は、東京都内の選挙こおいても顕著であった。定量的な検証は難しいが、政党の側にも都知事選統一候補擁立の相乗効果はなかったといってよい。

※「敗北」の原因・政党の側について
* 今回選挙の枠組みが有効に機能したかについては、枠組みの骨格を形づくる選挙対策活動を担った「市民運動」の側(以下「市民選対」、私もその一員である)と、候補者を支持した「政党」の側のそれぞれの事情を見なければならない。
各政党にとって今回知事選はいかなるものであったか。政党の側は各党とも、統一の原則を堅持する立場で極めて自制的に行動した。そのことは高く評価できるとしても、各党とも「自分の選挙」として積極的に取り組む姿勢には欠けたと言わざるを得ない。
所詮は各党にとって、都知事選は「我が党の選挙」ではなかった。ダブル選挙となって、そのことは際立った。各党に都知事選を「我が党の選挙として闘う」モチベーションを持てなかったその責任は、主として市民選対の側にある。市民選対は、各政党に「我が党の選挙」として取り組んでもらうべく熱意を示すことはなく、そのような戦略ももたなかった。働きかけが弱かったというよりはむしろ、「口は出すな」、「自党の候補者であるという顔をしてもらっては困る」「しかし、労働力と票だけは出していただきたい」という、虫のよい要求を言い続け、結局は政党の持つ力量を生かすことに失敗した。共闘の難しさが露呈した点である。

* 各政党の側に立てば、(市民選対の側にそれなりの配慮はあったものの)、基本的には、押し付けられた候補、押し付けられた政策、割り当てられた実務の分担による選挙において、「口は出すな」、「自党の候補者であるという顔をしてもらっては困る」と言われつつ、「労働力と票だけは出す」ことを要求されていたのである。これで、「我が党の選挙」となるはずはない。

* 各政党は、市民選対に無理な要求をすることなく、統一を擁護するために必要な信義を守る努力を惜しまなかったが、市民選対の側のこれに接する態度において、十分な配慮があったとは言いがたい。各政党や政党支持を表明している諸団体の提言や要望に謙虚に耳を傾けようとする姿勢に乏しく、共闘を構成する各政党、各団体の対等平等性が確保されていることへの信頼確保の努力も見えなかった。
市民選対は、漫然と政党の支持を期待するだけでは足りないことを自覚すべきである。各政党に対して、統一の大義だけを語るのではなく、統一による具体的なメリットをつくりだし具体的なメリットの大きさを示して説得し、各政党が積極的に統一選挙に参加することについての戦略をもたなければならない。
また、共同する仲間としての連帯をつくり出すための連絡や協議を徹底し、情報を共通にして運動の透明性を確保しなければならない。

※「敗北」の原因・勝手連について
* 各地区・各界の勝手連については未だにその実態も活動内容もよく分からない。無数の自主的な勝手連の活動があって到底把握しきれない、からではない。要するに把握する努力がないからである。少なくとも報告はない。選対が、その自発性を尊重しつつも勝手連の諸活動を把握し、自覚的に経験を交流して相互の刺激の上に活動を盛り上げようという戦略も戦術もなかった結果である。

* 目に見える限りでの勝手連の実体は、各地区の無所属議員グループである。都政要求についての市民運動体ではなく、各議員個人の実績作りが第一義となった活動とならざるを得ない。この人たちが街宣カーのウグイス嬢となった地元で、自分の名前を売り込んでいたとの苦情も耳にはいっている。選対は、勝手連を称する無所属議員には街宣車に乗せる機会を与えて、政党の議員にはそのような機会を与えていない。私には、選挙が終わってようやく見えてきた問題点であるが、各地区の政党支持者には当時から意識されていたことであろう。

* 告示直後のポスター貼りは、各地の勝手連が引き受けたと報告されていたが、結局は勝手連を称する無所属議員が、第一次の中継地点となったにすぎない。街宣なども、このような無所属議員を軸として予定が組まれた。中には、地元での各勢力の連携が上手にとれて街宣成功という報告も受けたが、特定の地元議員を中心にしたことによる不満も聞かれた。

* 勝手連は当初爆発的に広がるかと思われた。しかし、告示後のひろがりは見えなかった。
東大にも、早稲田にも、明治にも、学生勝手連は立ち上がらなかった(東大職組の勝手連はあった。早稲田卒の弁護士が数回早稲田でビラ撒きをして、学生の受け取りはよかったという報告はあった)。愛媛大からの学生一人の支援が話題となるほどに、学生の支援運動は乏しかった。労働組合の機関決定を乗り越えた勝手連の活動もなかった。作家や劇団や音楽家やスポ-ツ関係者の勝手連もなかった。アニメ問題の関係者の運動参加はあったはずだが、ひろがりについての報告はなかった。
脱原発運動グループと、日の丸・君が代強制反対の教育関係者の動きが目立ったが、反貧困・反格差の運動体も、クレ・サラ問題の運動体も、消費者団体も、中小業者も、オリンピック反対運動も、築地移転反対運動も、いずれも選対への結集はなかった。
市民運動がつくる選対の最大メリットであるはずの、市民運動諸組織の都政革新に向けた糾合という図式を描くことはできなかった。

※「敗北」の原因・労働組合等について
* 労働組合は、組織性をもって活動するグループとして、その行動力と集票力には大きな期待がかけられる。本来であれば、労働組合の勢力地図を分析して、オルグ活動を担当する部門が必要であった。
偶然の所産で寄り集まった選対メンバーにそのような能力はない。事情に通じた活動家から情報と意見を聞かなければならなかったが、選対にそのような発想はなかった。

* それでも、全労連・東京地評の系列労働組合には、支援決議をしていただいた。教育関係の労働組合諸組織についても支援決議がなされた。しかし、これは、自覚的な組合が自発的にしたもので、選対の働きかけによるものではなかった。

* 明るい革新都政をつくる会など選挙運動に経験をもつ運動体や、吉田万三氏などとの連携の必要性については、何度か意見が出された。その経験や情報、あるいはノウハウを受継することの重要性は自明だったが、生かされるに至っていない。
 
※「敗北」の原因・市民選対の能力の不足について
* 1000万有権者を相手に都政の革新を目指す選挙を担う組織として、選対の能力不足は自明であった。準備期間も不足し、担当者の経験も不足している以上は、まずはこれまでに蓄積された経験と智恵とを陣営のものとする努力が必要であった。
しかし、そのような努力はおよそなされなかった。たまたま候補者を中心として集合した集団の能力の限度で「可能なことをやればよい」というのが選対の一貫した姿勢で、「当選のためには何をなすべきか」という追求はなされなかった。
まさしく、今にしての後智恵からの後悔であり、私自身の不明・無能の責任も大きい。

* 選挙運動に参加する者のアマチュアリズムは最大限尊重されなくてはならないが、選挙戦を組織する者にはプロフェッショナルな構想力と手腕が要求される。都民の要求を把握し、その要求を政策化し、政策を争点化して、票を掘り起こすこと、また、選挙民の感性に訴える候補者イメージをつくりあげることは、豊富な経験に基づくプロの仕事というべきであろう。また、ガラス細工のような寄り合い所帯の良好な関係を保って、各陣営の運動の熱意を昂揚することも困難な業である。
このような難事をおこなうには、我が選対はあまりに非力であったと言わざるを得ない。その非力は当初は明らかでなく、次第に明確になっていくが、「今さらどうにもならない」という空気の中、最後まで外部からの助力を得る方向で改善されることはなかった。

* 小さなエピソードがある。開票直後の選対事務所での記者会見の席で、たまたま隣り合わせた選対本部長から「東京都の有権者数って、何人でしたっけ?」と聞かれた。
これには驚いた。選対本部長たる者が、得票の獲得目標や具体的な目標到達度の基礎となる数字を頭に叩き込んではいないのだ。そのような選対であった。

※「敗北」の原因・市民選対の体質について
* 選対が選挙運動のボランティア参加者に期待したものは、選対の指示を忠実に実行する労働力の限りであったように印象をうけている。
当然のことながら、選対の方針に従う者との間には軋轢は生じない。しかし、自主的な意見をもつ者や、選対の方針や事務能力に批判的な者は疎まれた。自発性や献身性に優れた者が排除の対象となった具体的な実例を挙げることが可能である。しかも、排除は極めて権力的に行われた。まったく「人へのやさしさ」を欠いた選対であったというほかはない。

* ボランティアで候補者の随行員をしていたT(女性)とS(男性)とは、選挙最終盤において問答無用で随行の任務からはずされた。何の理由も示されることもなく、何の説得もなかった。納得を得る試みはなく、弁明の機会すら与えられなかった。傲慢な石原流そのままの強権発動である。突然の要員交代に候補者も驚いたことであろう。その後のTとSからの「命令撤回と謝罪を求める」要求に、選対本部が応答することはなかった。
事後の事務局長メールでは、「選対の同意を得ずに、街宣現場が恣にTの随行員人事を決めた」「その中心にSがいた」ことが問題とされているごとくである。しかし、実際には現場の人手不足に選対本部が応えることがなかったことから、車長、副車長、随行員、古参ボランティアなどが協議して、現場の必要から随行員を補充したものである。

* もちろん、無償のボランティアの任務の取り上げであって、解雇や配転などの経済的な不利益が伴うものではない。しかし、献身的にボランティア参加した本人にとっては屈辱的な仕打ちであることに変わりはない。
選対本部長は小さな権力を振りかざして運動参加者に「命令」し、「市民運動参加者に対する命令の権限はあり得ない」とする者を、実力で排除したのである。市民運動の原則上見過ごしがたい。
このような選対の体質が運動参加者の意欲を殺いだことを否めない。

* 革新統一の要の地位にある市民選対には高い道義的な正当性が求められる。その要請に照らして、この件は今回の市民選対の権力的体質を露わにした象徴的事件であり汚点である。このような「事件」は表に現れにくく、表に現れても事実の確認が困難である。たまたま、私の身近に起こった事件として明らかにしておきたい。外にも多くの「小事件」があったことを仄聞する。
このような体質の選対に、革新統一の要をなす資格があろうとは思えない。今からでも遅くないから、選対本部長と加担者は、非を認めて誠実に関係者に謝罪すべきである。それ以外に、道義的な権威を回復する術はないと思われる。

※「敗北」の原因・選対事務局の情報開示の不透明について
* 私が選対メンバーに名を連ねることとなったとき、市民運動型選挙であれば当然のこととしてすべての情報の透明性が徹底されるのだろうと考えた。
たとえば、どのような団体や集会に候補者の参加が要請されており、あるいはいつのどこの街宣活動が誰によってどのように計画され、選対は各要請にどのように応答したのかが誰にも明瞭になるのだろうと考えていた。
しかし、現実には情報は事務局長に集中し、そこから選択された小出しの情報しか降りてこなかった。

* 街宣行動についての私の事前のイメージは、各地での小集会の連続ととらえていた。各地の選挙運動参加者が、市民運動も政党も無所属議員も勝手連も共同してどのような街宣行動にするか企画を練り上げ実行する。その企画の立案実行を通じて革新の共闘が進むことになる、漠然とではあるがそう考えていた。
しかし、街宣のスケジュールは(終盤には若干の改善をみたが)、前日にならなければ分からなかった。また、選対メンバーも候補者自身も、街宣計画の立案には参加していない。各地の誰からどのようなリクエストがあるかについては事前に明確にされることはなく、誰がマイクを握るか、誰が何をしゃべるか、そのことがどう決まるかは不明確なままであった。

* 以上の情報の不透明は、選挙参加者の参加意欲を殺ぐものであった。

※選挙政策の優位性について
* わが陣営の選挙政策は優れたものだった。単なる要求の羅列ではなく、体系として整合性のとれたものとなっている。今後の運動に有効に使えるものとして有用であり、「4本の柱」は都政における革新統一の旗印となるものと考えられる。

* 問題は、この政策を争点化して、各有権者の関心に応じて、具体的に論争的に宣伝しなければならない局面での弱点の露呈である。このことは、永遠の課題であるのかも知れないが、せっかくの優れた政策を生かし切れなかった点のもどかしさが残る。

※ 弁護士グループに関して
* 弁護士グループの活動は、各界勝手連活動の一種ではあるが、候補者が弁護士であることからの特別の期待もあり、法律家として公選法をクリアーする運動を先進的に示すことへの要請という特殊性もあった。
選挙活動に参集した弁護士は「会」を作って定期的に会合をもち、集会・賛同アピール・法定ビラ配布・電話掛け・カンパ要請活動をおこない、銀座ウォークなどのイベントを企画した。各行動への参加者はたいへん熱心だったが、ひろがりに欠けたことは否めない。

* 運動のひろがりを欠いた最大の原因は日弁連会長選挙の後遺症であった。しかし、それだけではなく、選挙政策を弁護士集団に訴える工夫と努力が足りなかったことを、私自身の問題として反省しなければならない。
脱原発も、反格差貧困も、日の丸君が代強制反対も、憲法改悪反対も、過半の弁護士に支持を得られるはずの政策である。しかし、消費者問題や格差貧困問題に取り組む弁護士を取り込むような動きにはならなかった。働きかけが一通りのもので終わった憾みが残る。

* 弁護士グループの役割として特筆すべきは法対の活躍である。
告示以前の公選法学習会とレジメの作成、告示後の電話相談張り付きの態勢作りと、事態への迅速な対応には瞠目すべきものがあった。
法対は問題が発生した後の事後処理担当であるよりは、運動員が自信をもって活動を行えるような環境をつくるという積極的な役割がある。そのことを意識させた、法対の活躍であった。

* 法対の活躍は、公選法による不当な運動規制や住居侵入罪を適用しての弾圧の存在を前提とするものである。優れた法対参加の弁護士たちに、継続して、公選法改正や住侵適用の不当を世論化する運動の先頭に立ってもらいたいと希望している。

※今後に生かすべき教訓
* 革新統一の方向の正しさに私自身は疑義がない。今回は、十分な成果をあげることができなかったとはいえ、革新諸勢力の共同行動が現実に可能であることが確認された意味は大きい。
前記の問題提起に答えれば、「十分な運動をしたのに革新統一の枠組みの有効性の限界が露呈した」とは到底言えない。「これしかない革新統一の枠組みを運動は十分に生かし切れなかった」と言わざるを得ない。
今回選挙の革新統一の枠組みは、「まず市民運動が先行し、その運動を各政党が横並びで支援するという形」での試みとして実践され、その現実性も実証された。しばらくの間、地方自治レベルでの共闘は、この枠組み以外での現実性はなさそうである。

* この枠組みの有効性を十分に引き出せるか否かは、革新諸勢力の姿勢如何にあるが、とりわけ要の地位に立つ市民運動の力量と資質が死活的に重要となる。
市民選対を受け持つグループはその力量と真摯性と献身性において十分な信頼を勝ちうるものでなくてはならない。
最低限、選挙運動に参加する各団体・政党に十分な情報を提供し十分な意思疎通によって、信頼関係を保持する能力と努力とが求められる。

※「会」を残すことには賛成する。
その基本的な役割は、今回選挙の貴重な経験を正確に次に伝えること、都政監視活動を継続して、市民運動と革新諸政党との貴重な連携の場を保存し、次の都知事選の準備に遅れかないように備えることである。
そのほかには、今回選挙を通じて露わとなった選挙運動妨害法制の改善運度などに取り組むことも考えられるが、会や会のメンバーが各級の選挙に関わるようなことがあってはならない。選対の中心メンバーであった者は、会が存続する間は各級選挙に出馬しないという申し合わせをすべきではないか。今回の会の運動が、特定のグループや特定の人物の選挙運動のステップとしてなされたと誤解を受けるようなことがあっては、せっかくの「革新統一」の貴重な試みに傷がつくことになることを恐れる。

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