澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

今国会を締めくくる言葉 ― 「憲政史上最悪の国会」「国民を愚弄するにも程がある」

第196通常国会が、昨日(7月20日(金))事実上閉会した。思い起こせば、アベ政治の醜態極まれりという、「憲政史上最悪の国会」。これでいよいよアベ政権も終わりかと思わせる事態は何度もあった。が、膿にまみれ満身創痍となりながらも、アベ政権は持ちこたえた。内閣支持率は下げ止まり、やや上昇の傾向さえ見せている。アベ政治を許し、アベを政権の座にから追い落とせない、これが日本の民主主義の水準なのだ。

本日の朝日は、「通常国会、事実上閉会」「森友・加計など疑惑解明置き去り」「政権の強引さ、際だった」「野党『憲政史上、最悪の国会』」の見出しで、こう報じている。

 公文書が改ざん、廃棄され、「ない」とされた文書が見つかる。答弁のうそが明らかになる。国会審議の前提は根底から覆された。過労死を招きかねないと指摘された制度やギャンブル依存症が増えかねないカジノ新設を認める法律も野党の反対を押し切って成立。安倍政権の国会軽視が際立つ通常国会だった。

 巨大与党に少数野党。野党が提出した内閣不信任決議案が否決されるのは目に見えている。それでも憲法に基づいた手続きであることには変わりない。
 立憲民主党の枝野幸男代表が不信任案の趣旨説明をしている最中、安倍晋三首相は隣の閣僚と談笑した。「何笑ってんだよ」。野党席からヤジが飛んだ。「憲政史上、最悪の国会になってしまった」。枝野氏は2時間43分にわたった趣旨説明をこう締めくくった。

毎日新聞は、「政府強引、国会に禍根」「森友・加計、疑惑解明至らず」「働き方・参院6増・カジノ… 重要法熟議なく」とよく似た見出しで、今国会をこう総括している。

 通常国会は20日に事実上閉会した。学校法人「森友学園」「加計学園」を巡る問題で、政府・与党は疑惑解明に後ろ向きな姿勢を取り続け、真相究明には至らなかった。約半年にわたった国会論議が深まることはなく、与党は働き方改革関連法や参院定数を「6増」する改正公職選挙法など、問題を数多く抱える法を熟議なく強引に成立させた。政府が提出する法案や行政機関に対する立法府としてのチェック機能に課題を残した。

 立憲民主党の枝野幸男代表は20日の衆院本会議で、安倍内閣不信任決議案の趣旨説明を2時間43分にわたって行った。枝野氏は、不信任の理由は「数え切れないほどある」としたうえで、森友・加計学園問題など7点を挙げて「この国会は民主主義と立憲主義の見地から憲政史上最悪の国会になってしまった」と批判した。

そして、東京新聞。本日(7月21日)の社説が、厳しく力のはいったものとなっている。

国会あす閉会 政権の横暴が極まった

通常国会があす閉会する。与党は延長会期中、国民への影響が懸念される「悪法」の成立を強行する一方、森友、加計問題の解明にはふたをしてしまった。安倍政権の横暴が極まったのではないか。

 あす会期末を迎える通常国会はきのう事実上閉会した。実質的な最終日、与党が成立を図ったのがカジノを中核とする統合型リゾート施設(IR)整備法案だった。
 そもそも刑法が禁じる賭博を一部合法化する危険性や、ギャンブル依存症患者を増やす恐れがある法案だ。地域振興や外国人の集客に本当に役立つのか、審議を通じても疑問は解消されない。法案成立後に政令などで決める事項が約三百三十項目にも上る。そんな法案を成立させていいのか。
 延長国会の期間中、西日本を豪雨が襲い、二百人以上が亡くなった。猛暑の中、多くの被災者が生活再建を急ぐ。避難生活を余儀なくされている方は依然多い。
 生活再建や復旧、復興に向けた策を練り、法の不備を補い、予算を確保することこそが、国会が優先すべき課題ではなかったか。
 しかし、会期末の限られた時間は安倍政権が優先した「カジノ法案」の審議に費やされ、寸断された道路や鉄道、堤防が決壊した河川を所管する石井啓一国土交通相が答弁に追われた。災害対策より賭博か、との批判が出て当然だ。
 西日本豪雨では、気象庁が厳重警戒を呼び掛けた五日夜、自民党議員が「赤坂自民亭」と題する宴会を開き、安倍晋三首相や小野寺五典防衛相らが参加していた。
 豪雨発生時から緊張感を持って災害対応に当たっていたのか、疑問を抱かせる振る舞いだ。
 与党は延長国会で参院議員定数を六増やし、比例代表の一部に優先的に当選できる「特定枠」を導入する改正公職選挙法も成立させた。法律が求める抜本改革に程遠く、「合区」対象選挙区で公認漏れした自民党現職議員の救済策にほかならない。こんな制度をつくり、恥じることはないのか。
 森友学園をめぐる問題では財務省の公文書改ざんが明らかになり、佐川宣寿前国税庁長官による国会での偽証も指摘されている。加計学園は愛媛県に嘘(うそ)をついたと主張する。国民の多くが疑念を抱くのに、与党はなぜ事実を解明しないのか。政治権力を集める首相や官邸への配慮なのか。
 国会で多数を占めれば、何をやっても許される。政権がそんな考えで国会を運営したとしたら、国民を愚弄するにも程がある。

確かに、数を恃んだアベの横暴の国会。しかし、当初はこの国会に「憲法改正原案の発議」がなされる恐れが報じられていたのだ。1か月余の会期を延長してなお、今国会に憲法改正原案の発議はできなかった。衆参両院の憲法審査会も実質審議の場となっていない。そもそも、自民党案さえ確定に至っていない。

 昨夕、安倍晋三は、通常国会の実質閉会を受けて、官邸で記者会見し、改憲について「九月の自民党総裁選で大きな争点になる」と強調した。自民党がまとめた自衛隊明記など改憲四項目の条文案に関しては「(各党間で)取りまとめを加速すべきだ」と述べ、与野党に発議に向けた議論を呼び掛けた。と報道されている。

何度でも繰り返したい。改憲派にとっては、「アベが総理総裁でいるうち、改憲派の議席が両院ともに3分の2を超えているうち」が千載一遇のチャンスなのだ。
「アベが失脚する」か、「改憲派の議席が衆参のどちらかで3分の2を割る」ことになれば、改憲の危機は遠のくことになる。

アベ政権は、今国会で悪法成立の強行と引き換えに、「憲政史上最悪の国会」「国民を愚弄するにも程がある」との酷評にも晒されているのだ。アベ改憲の阻止は、十分に可能と考えられる。
(2018年7月21日)

最高裁は、憲法を正しく理解していない。

昨日(7月19日)、「日の丸・君が代強制」問題での新たな最高裁判決があった。後世に、最高裁の汚点として記憶されるべき判決。

運動体が「再雇用拒否撤回第二次訴訟」と名付けている元都立校教員(当初原告数24人)が、都教委を被告として、定年後の再雇用拒否の撤回を求めた訴訟。1・2審判決は、いずれも再雇用拒否を違法として、都教委に総額5370万円余の損害賠償の支払いを命じていた。最高裁はこれを逆転して、原判決を取消し教員の請求を棄却した。5370万円余の損害賠償認容を、ゼロにしたのだ。

1審東京地裁の担当裁判官が3名、2審東京高裁の裁判官が3名、合計6名関与の結論を最高裁第1小法廷5人の裁判官が覆した。少数意見なく、補足意見すらないことが不気味と言わざるを得ない。

虚心に1・2審の判決を読んでいただけば、誰にでも納得しうる無理のない論理。なにしろ、日の丸・君が代関連以外は、どんな懲戒処分を受けた教員も殆どすべてが再雇用合格となっていたのだ。日の丸・君が代に関連して処分歴のある教員だけが、明らかに狙い撃ちにされて不合格となった。いくらなんでも、これは露骨でひどすぎる。「再雇用の要件として多種多様の勤務態様の要素をまったく考慮せず、日の丸・君が代処分歴だけで全員不合格としているのは、再雇用制度の趣旨にも反し、客観的合理性と社会的相当性を欠くもので裁量権の逸脱・濫用に当たる」というのが結論。

最高裁がこれを覆した「論理」は薄弱というほかない。再雇用の採否も、再雇用合格に必要な勤務成績評価の仕方も、行政裁量の範囲にあるというだけで、1・2審の判決理由と具体的に切り結ぶところはない。

最高裁判決の不気味は、人権や教育の本質から説き起こす姿勢が皆無なところにある。人権や自由、教育者の思想・信条・良心・信仰、あるいは教育行政の教育への不当な支配禁止等の原則は語られず、これに代わって語られているのは、「学校の儀式的行事としての式典の秩序や雰囲気」への過剰な尊重である。

人権より公序、自由よりも秩序、個人よりも国家、個よりも全体を優先する姿勢が露骨である。多様な価値観の共存を認めようとしない最高裁の憲法判断は明らかに偏っている。最高裁は憲法を正しく理解していないというほかはない。

この5人の最高裁裁判官の中に2人の「弁護士出身裁判官」がいる。裁判長を務めた山口篤と木澤克之。山口は「弁護士枠」での採用でありながら日弁連推薦を受けた者ではない。また、木澤は周知のとおり加計孝太郎の立教時代の同級生で加計学園の元監事。その経歴を隠していた人物。最高裁裁判官の人選から納得がいかない。

救いは、朝日が本日(7月20日)付で気合いの入った立派な社説を書いてくれたこと。その社説と、昨日付の「原告団・弁護団声明」を引用しておきたい。

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君が代判決 強制の追認でいいのか

 憲法が定める思想・良心の自由の重みをわきまえぬ、不当な判決と言わざるを得ない。
 入学式や卒業式で君が代が流れる際、起立せずに戒告などの処分を受けた都立高校の元教職員22人が、それを理由に定年後の再雇用を拒まれたのは違法だと訴えた裁判で、最高裁はきのう原告側の敗訴を言い渡した。

 理由はこうだ。
 再雇用はいったん退職した人を改めて採用するもので、その決定にあたって何を重視するかは、雇う側の裁量に任される。原告らが不合格となった06~08年度当時は、希望者を全員再雇用する運用もなかった――。

 物事の本質に踏みこまない、しゃくし定規な判断に驚く。
 戦前の軍国主義と密接な関係がある日の丸・君が代にどう向きあうかは、個人の歴史観や世界観と結びつく微妙な問題だ。
 二審の東京高裁はその点を踏まえ、「起立斉唱しなかっただけで、不合格とするような重大な非違行為にあたると評価することはできない」と述べ、都教委側に損害賠償を命じていた。この方が憲法の理念に忠実で、かつ常識にもかなう。

 原告たちが長年働いてきた教育現場から追われたのと同じ時期に、都教委は、別の理由で減給や停職などの重い処分を受けた教職員を再雇用した。さらに年金制度の変更に伴い、希望者を原則として受け入れるようになった13年度からは、君が代のときに起立斉唱せず処分された人も採用している。
 都教委が一時期、教職員を服従させる手段として、再雇用制度を使っていたことを示す話ではないか。そんな都教委のやり方を、きのうの判決は結果として追認したことになる。
 最高裁は11年から12年にかけて、日の丸・君が代訴訟で相次いで判決を言い渡している。起立斉唱の職務命令自体は憲法に反しないとしつつ、「思想・良心の自由の間接的な制約となる面がある」と述べ、戒告を超えて減給や停職などの処分を科すことには慎重な姿勢を示した。再雇用をめぐる訴訟でも、教委側の行きすぎをチェックする立場を貫いて欲しかった。

 個人の尊厳を重んじ、多様な価値観を持つことを認めあう。そういう人間を育て、民主的な社会を築くのが教育の使命だ。そして、行政や立法にそれを脅かす動きがあれば、権限を発動してストップをかけることが、司法には期待されている。

 その両者が役割を果たさなければ、社会から自由や多様性は失われる。この判決を受け入れることができない理由である。

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声 明

1 本日、最高裁第一小法廷(山口厚裁判長)は、都立高校の教職員ら24名が、卒業式等において「日の丸」に向かって起立して「君が代」を斉唱しなかつたことのみを理由に、東京都により定年退職後の再雇用職員ないし非常勤教員としての採用を拒否された事件(平成28年(受)第563号損害賠償請求事件)について、教職員らの請求を一部認容した控訴審東京高裁判決(2015年12月10日)を破棄して、教職員らの請求を全面的に退ける不当判決を言い渡した。
2 本件は、東京都教育委員会(都教委)が2003年10月23日付けで全都立学校の校長らに通達を発し(10.23通達)、卒業式等において国歌斉唱時に教職員らが国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することを徹底するよう命じ、これに従わないものを処分するとして、「日の丸・君が代」の強制を進める中で起きた事件である。
 本件の教職員らは、それぞれが個人としての歴史観・人生観や、長年の教師としての教育観に基づいて、過去に軍国主義思想の精神的支柱として用いられてきた歴史を背負う「日の丸・君が代」自体が受け入れがたいという思い、あるいは、学校行事における「日の丸・君が代」の強制は許されないという思いを強く持っており、そうした自らの思想・良心から、校長の職務命令には従うことができなかった。
 ところが、都教委は、定年等退職後に再雇用職員あるいは非常勤教員として引き続き教壇に立つことを希望した教職員らに対し、卒業式等で校長の職務命令に従わず、国歌斉唱時に起立しなかったことのみを理由に、「勤務成績不良」であるとして、再雇用を拒否したのである。
3 本件において、2015年5月25日の東京地裁判決は、本件再雇用拒否が、国歌斉唱時に起立斉唱しないという行為を極端に過大視しており、都教委の裁量権を逸脱・濫用した違法なものであるとして、東京都に対し、採用された場合の1年間の賃金に相当する金額、合計で約5370万円の損害賠償を命じ、さらに、同年12月10日の東京高裁判決においても、その内容は全面的に維持された。
4 ところが、今回の最高裁判決は、その控訴審判決を破棄し、教職員らの請求を全面的に棄却したものである。
今回の最高裁判決は、東京都の再雇用・再任用手続きにおける裁量につき、あくまで「新たに採用するものであって」などと言いなして極めて広範な裁量を認め、不起立があれば「他の個別事情のいかんにかかわらず」不合格の判断をすることも許されるとした。
最高裁判決は、事件当時において9割を超える高い率で再雇用・再任用がなされていたこと、雇用と年金の連携の観点から原則として採用すべきとされていたことなど、本件における具体的な事実関係を踏まえて検討することをせず、一般的・抽象的な行政の裁量権を是認して第1審及び控訴審における教職員勝訴の判断を覆した。行政の主張に無批判に追随する判決内容であり、司法権の使命を放棄した判決と言わざるを得ない。
5 わたしたちは、このような最高裁の不当な判決に対し、失望と憤りを禁じ得ない。
 教師が教育行政からの命令で強制的に国旗に向かって立たされ、国歌を歌わされ、自らの思想良心も守れないとき、生徒たちにも国旗や国歌が強制される危険がある。
 都立学校の教育現場で続いている異常事態に、皆様の関心を引き続きお寄せいただき、教育に自由の風を取り戻すための努力に、皆様のご支援をぜひともいただきたい。
 
2018年7月19日

「日の丸・君が代」強制反対再雇用拒否撤回を求める第二次原告団・弁護団

(2018年7月20日)

《健全なカジノ事業》とはいったい何のことだ?

自民党としてお願いしたい。名は体を表すと思われているではないか。「カジノ実施法案」とか「カジノ推進法案」では人聞きが悪い。聞こえのよいように「IR法案」と言ってもらいたい。あるいは「統合型リゾート整備法案」とね。

えっ? IRでは何のことだか分からない? 正確な法案名は、「特定複合観光施設区域整備法案」さ。もっと正確に言えば、既に成立した「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律」にもとづいて、これを実施するための具体化法案。余計に分からなくなった? そこが付け目なんだが、分かり易く本質を衝いたネーミングだと、「民間賭博経営解禁法案」というべきなんだろうな。あるいは、「ギャンブル依存症蔓延法案」かな。本当のことを言っちゃあ、身も蓋もないけどね。

今日(7月19日)参院の内閣委員会を強行突破したから、この悪評さくさくの法案も何とか成立に持ち込めそうだ。

反対派の皆さん、この法案に目を通したことがおありかな。第1条に立派な目的が書いてある。立派すぎて少し恥ずかしいが、よく読んでいただきたい。だが、いかにも長い。読んでるうちに分からなくなる。実はそれが狙いなのだが、少しでも読み易いように、体裁を整えて改行してみよう。

第1条(目的)
この法律は、
 我が国における人口の減少、国際的な交流の増大その他の我が国を取り巻く経済社会情勢の変化に対応して我が国の経済社会の活力の向上及び持続的発展を図るためには、国内外からの観光旅客の来訪及び滞在を促進することが一層重要となっていることに鑑み、
 特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律(平成二十八年法律第百十五号。以下「推進法」という。)第五条の規定に基づく法制上の措置として、
 適切な国の監視及び管理の下で運営される《健全なカジノ事業》の収益を活用して、《地域の創意工夫》及び《民間の活力》を生かした特定複合観光施設区域の整備を推進することにより、
 我が国において国際競争力の高い魅力ある滞在型観光を実現するため、
 特定複合観光施設区域に関し、国土交通大臣による基本方針の作成、都道府県等による区域整備計画の作成、国土交通大臣による当該区域整備計画の認定等の制度を定めるほか、カジノ事業の免許その他のカジノ事業者の業務に関する規制措置、カジノ施設への入場等の制限及び入場料等に関する事項、カジノ事業者が納付すべき国庫納付金等に関する事項、カジノ事業等を監督するカジノ管理委員会の設置、その任務及び所掌事務等に関する事項その他必要な事項を定め、
 もって『観光及び地域経済の振興に寄与』するとともに、『財政の改善に資する』ことを目的とする。

 お分かりかな。キーワードはいくつもあるが、メインとなるのは《健全なカジノ事業》だ。《倫理観にあふれた自民党議員》とか、《忖度しない官僚》と同様の、矛盾・撞着ゆえにあり得ない概念。カジノとは、賭博のことだ。〈健全な賭博〉とは、そりゃいったい何だ、という疑問はもっともだ。

しかし、この法案の目的にあるとおり、「我が国を取り巻く経済社会情勢の変化」は待ったなしなのだ。これまでの常識では生き抜いていけない。賭博が不健全だという常識の間違いに気付かなければならない。《倫理観にあふれた自民党議員》がいるはずもないという常識も疑っていただきたい。

資本主義の今の時代、自分のカネをどう使おうと自由ではないか。何を買おうと、どこに投資をしようと、誰に寄付をしようと、ドブに捨てようと、文句を言われる筋合いはない。ならば、賭博に金を投じるのも非難されることではないだろう。そりゃ、自己責任の世界のこと。

賭博が何も生み出さないのは明らかだ。全財産を失う奴も出てくるだろう。借金漬けの問題もある。暴力団の資金源にもなり得るし、社会の風俗は乱れ、勤労意欲は確実に低下する。もしかしたら、一日パソコンに張り付いているデイトレーダーとカジノに入り浸りで一攫千金を夢みる若者が社会にあふれるかも知れない。でも、それでどうだというんだ。資本主義的自由とはそんなものだろう。個人も社会も、堕落する自由がある。自由民主党の「自由」とは、搾取の自由だけではなく、堕落の自由も意味しているのさ。

強調したいのは、この評判の悪い「民間賭博経営解禁法案」を推進しているのは、自民党だけではないこと。まずは仲間の公明党だ。「平和の党・福祉の党」と言っていたこともあったようだが、今は昔の看板だけ。公明党の国交大臣が先頭に立ってやっていることは、戦争のための辺野古新基地の建設と、このギャンブル依存症製造の賭博解禁法案の推進だ。どちらもまことに公明党に担ってもらうのにお似合いの任務ではないか。そして大阪に賭博場誘致を目論む維新も強固な推進派だ。

もっとも、こんなに評判の悪い法案にアベ自民党がどうしてこだわっているのか。いくつも理由はあるのだが、アメリカからの指示が大きい。もともとアメリカは、自民党筋のご主人様だし、日本外交の失敗から、アベ総理はトランプに大きな借りを作ってしまっている。そのトランプのスポンサーがアメリカのカジノ業界。そのご意向には逆らえない。だから、「今回のカジノ実施法案によって、歴史上初めて民営賭博を合法化しようとしている」のだ。売国奴と言われたり、民意に耳を傾けないとさんざんだが、またまた、「丁寧にご説明申しあげる」と言うあの手で、きっと切り抜けられるさ。なにしろ、有権者の怒りは持続しないんだものね。

(2018年7月19日)

いかなる団体も、そのメンバーの思想・信条・良心を蹂躙することは許されない。

本日(7月18日)の毎日新聞夕刊社会面に、「『政治連盟自動加入は違憲』栃木の税理士会員 宇都宮地裁」の記事。

「税理士会に入っているだけで政治団体「栃木県税理士政治連盟(栃税政)」に加入させられ、憲法で保障された思想・信条の自由を侵害されたとして、宇都宮市の税理士が栃税政を相手取り、会員でないことの確認などを求める訴訟を宇都宮地裁に起こした。」「(7月)18日に第1回口頭弁論が開かれた。」

がリードに当たる。かなり長文で、しっかりした内容の記事。さすが毎日、記者のレベルは立派なもの。

末尾に「政治資金に詳しい税理士の浦野広明・立正大客員教授の話」が掲載されている。

「納税者の権利擁護は、税理士本来の努めなのだから、税制改革についてはそもそも税理士会として主張すべきだし、それ以外の政治活動は任意だと明確に区別すべきだ」というコメントは、まさに正論。

問題はこんなところだ。私は弁護士。弁護士として業務を行うには自治組織である弁護士会に所属してその指導監督に服さなければならない。この点、医師会とは大きくちがって、全員加盟制なのだから、弁護士会の方針が気に入らないからと言って、事実上脱退の自由はない。その弁護士会が、弁護士の地位や福利を増進するための立法運動が必要だとして、あるいは弁護士会の会務をスムースに進行させるためには、普段から政治家たちとの付き合いが必要だとして、政治献金をするための特別会費を徴収する決議を上げたとする。なんと言っても、力のあるのは与党だ。私の大嫌いな安倍晋三の自民党には応分の献金が必要になるだろう。

すると、私の懐から強制的に徴収された私のカネが、弁護士会の会計を経由して、私の大嫌いな自民党の財布にまでもっていかれることになる。とんでもないことだと腹を立てても、弁護士会をやめるわけにはいかない。

さてこの政治献金のための特別会費は、支払いを拒否できるのだろうか。それとも、多数決の決定には従わざるを得ないのだろうか。

税理士会の政治献金問題については、南九州税理士会事件(牛島税理士事件とも)最高裁判決がある。至極真っ当なものだ。

南九州税理士会政治献金事件・第3小法廷判決(1996年3月19日)

南九州税理士会に所属していた牛島税理士が、政治献金に充てられる「特別会費」を納入しなかったことを理由として、会員としての権利を停止された。これを不服として、会の処置を違法と提訴した事件で、最高裁判所は、税理士会が参加を強制される組織であることを重視し、税理士会による政治献金を会の目的の範囲外と認定した。つまり、政治献金の強制徴収はできないのだ。

以下の理由の説示が注目される。

「特に、政党など(政治資金)規正法上の政治団体に対して金員の寄付をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏を成すものとして、会員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断等に基づいて自主的に決定すべき事柄であるというべきである。なぜなら、政党など規正法上の政治団体は、政治上の主義若しくは施策の推進、特定の公職の候補者の推薦等のため、金員の寄付を含む広範囲な政治活動をすることが当然に予定された政治団体であり、これらの団体に寄付することは、選挙においてどの政党又はどの候補者を支持するかに密接につながる問題だからである」

この点、立派な判決と言ってよい。

私の問題整理の視点は、「団体の意思形成が可能か」「形成された団体意思が構成員を拘束できるか」と意識的に局面を2層に分けて考える。前者が団体意思形成における手続上の「民主主義」の問題で、後者が不可侵の「人権」の問題。「民主的な手続を経た決議だから全構成員を拘束する」とは必ずしも言えないのだ。いかに民主的に決議が行われたとしても、そのような団体意思が構成員個人の思想・信条・良心・信仰などを制約することは許されない。そういうことなのだ。

最高裁は、結論としてこう述べている。

「前記のような公的な性格を有する税理士会が、このような事柄(政治団体に対して金員の寄付をするかどうか)を多数決原理によって団体の意思として決定し、構成員にその協力を義務付けることはできないというべきであり、税理士会がそのような活動をすることは、法の全く予定していないところである。税理士会が政党など規正法上の政治団体に対して金員の寄付をすることは、たとい税理士に係る法令の制定改廃に関する要求を実現するためであっても、税理士会の目的の範囲外の行為といわざるを得ない。」

どんな団体も、その団体が結成された目的(厳密に定款や規約に書いてあることに限られない)の範囲では広く決議や行為をなしうる。が、構成員の思想・信条・良心・信仰を制約することはできない。最高裁は、「政党など規正法上の政治団体に対して金員の寄付をすること」は、構成員の思想・信条を制約することから、税理士会の目的の範囲外の行為といわざるを得ない。」と判断したのだ。

既にこういう判決があるのだから税理士会は、「政党支部や政治家の選挙事務所に寄付」をするための原資を税理士会で徴収することはできないと悟り、別組織として政治団体「栃木県税理士政治連盟(栃税政)」を作ってこれに肩代わりさせたのだ。その肩代わり組織が、実は全税理士に対する強制加入だったとすれば、形だけの繕いで脱法を試みたというに過ぎない。

栃税政の年会費は1万円。その支払い義務をめぐる攻防とだけ見れば、手間暇と費用を投じて訴訟を提起することは到底採算のとれることではない。

思想・信条・良心の問題としてとらえ、社会的同調圧力の跋扈を嫌い、政治的風土をつくり変えていこうという志あれはこその提訴である。原告と、受任弁護士に拍手を送りたい。
(2018年7月18日)

野村修也懲戒。橋下徹の責任をこそ思い起こそう

野村修也という弁護士がいる。もともと商法の研究者で中央大学法科大学院教授とのこと。特例弁護士(「司法試験に合格し司法修習を終えた者」以外の弁護士)として、2004年に第二東京弁護士会に登録されている。その野村弁護士が、本日(7月17日)二弁から懲戒処分を受けた。業務停止1か月である。

私は、この人と面識はなく、恩も怨みもない。だから、個人的な感情を交えずに、感想を率直に述べることができる立場にある。そのような立場の一弁護士としてこの懲戒処分に一言申し述べておきたい。

この懲戒請求事案が、「懲戒」の結論となったことをまずは喜びたい。これが、「懲戒しない」の結論となっていたら、弁護士会の明らかな失態であったろう。弁護士に対する世人の信頼は大きく揺らぎ、弁護士とは所詮その程度のものかと見られることになったに違いない。
もっとも、処分の量定は軽きに失した感がある。また、懲戒請求から処分まで約6年を要したことは、いかにも遅いとの印象。もっと迅速に懲戒すべきであったろう。

経過の概要の理解のために、簡にして要を得た日経記事を引用する。

「大阪市が職員に回答を義務付けた組合活動に関する記名式のアンケート調査を巡り、第二東京弁護士会は17日、市特別顧問として調査を担当した野村修也弁護士を業務停止1カ月の懲戒処分にしたと発表した。
 同会によると、野村弁護士は2012年1月に市特別顧問に任命され、市職員の違法行為を調べる第三者調査チームの責任者としてアンケートを実施。組合活動の有無や政治家の応援への参加歴などを尋ねたことが、団結権やプライバシー権、政治活動の自由などの基本的人権を侵害していると認定し、弁護士の「品位を失うべき非行」に該当すると判断した。野村弁護士は同会に対し、「当時は必要かつ有益な調査だった」と弁明したという。
 調査は当時の橋下徹市長が職務命令で回答を義務付け、正確に答えない場合は処分対象になりうるとした。大阪府労働委員会が「(組合活動への)支配介入に該当する恐れがある」と調査の一時停止を勧告し、市も調査を凍結。アンケートは未開封のまま廃棄された。
 調査を巡っては、市職員や労働組合が提訴し、プライバシー権や団結権の侵害を認めて市に賠償を命じる判決が確定している。」

「市職員や労働組合が提訴し」た大阪市に対する国家賠償請求事件は大阪高裁判決で確定している。その判決を報じる毎日新聞の記事を引用しておく。野村は、1審では、責任を認められていたが、控訴審では責任を免れたのだ。

毎日新聞(2015年12月17日)

「職員アンケート5問違法、大阪市に2審も賠償命令

 橋下徹・大阪市長の指示で市が職員約3万人を対象に実施した、労働組合や政治活動への関与など22問に記入するよう義務付けたアンケートをめぐる訴訟の控訴審判決が16日、大阪高裁であった。中村哲裁判長は1審・大阪地裁に続き、設問のうち5問を違法と判断。国家賠償法に基づき、市に対し、原告の職員29人と5労組に1審のほぼ倍額の約80万円を支払うよう命じた。
 判決によると、1審と同様、22問のうち5問について、憲法が保障する団結権やプライバシー権を侵害したと認定。プライバシー権侵害を認定されていた「特定の政治家を応援する活動に参加したか」「特定の選挙候補者の陣営に知人を紹介するカードを配られたか」の2問については新たに「橋下市長が労組の政治的関与を非難する発言を繰り返す中、地方公務員法に抵触しない範囲でできる政治的行為を萎縮させる」と判断。「政治活動の自由と団結権も侵害した」と認定した。
 一方、橋下市長から依頼されて設問を作成した市特別顧問(当時)の野村修也弁護士については、「アンケートの作成と実施に関与した『公務員』というべきだ」と指摘。「個人として民事上の賠償責任は負わない」とし、賠償責任を認めた1審判決を覆した。

弁護士は、人権擁護を職責とする。クライアントの依頼内容が人権侵害を伴うときには、依頼者を説得し指導しなければならない。人権感覚を欠いた大阪市長からの依頼を受ける以上は、市長を説得し指導する覚悟がなければならない。野村に、十分なその覚悟があったか。

そして、改めて橋下徹の責任を思い起こさざるをえない。当然、維新は同罪である。野村よりは、橋下の責任が大きい。野村の不運は、何の覚悟もないままに、橋下徹というクライアントに迎合したことにある。アンケートという名の思想調査は3万人の職員に強制されていた。その強制は橋下徹によって行われたのだ。

野村弁護士懲戒に際して、あらためて橋下徹が6年前に何をしたのかを思い起こしたい。下記が、橋下が市長として市職員3万人にアンケート調査に応ずべきことを指示した通知である。

2012年2月9日

職員各位

アンケート調査について

 市の職員による違法ないし不適切と思われる政治活動、組合活動などについて、次々に問題が露呈しています。
 この際、野村修也特別顧問のもとで、徹底した調査・実態解明を行っていただき、膿を出し切りたいと考えています。
 その一環で、野村特別顧問のもとで、添付のアンケート調査を実施いただきます。
 以下を確認の上、対応よろしくお願いします。
1)このアンケート調査は、任意の調査ではありません。市長の業務命令として、全職員に、真実を正確に回答していただくことを求めます。
 正確な回答がなされない場合には処分の対象となりえます。
2)皆さんが記載した内容は、野村特別顧問が個別に指名した特別チーム(市役所外から起用したメンバーのみ)だけが見ます。
 上司、人事当局その他の市役所職員の目触れることは決してありません。
 調査票の回収は、庁内ポータルまたは所属部員を通じて行いますが、その過程でも決して情報漏えい起きないよう、万全を期してあります。
 したがって、真実を記載することで、職場内でトラブルが生じたり。人事上の不利益を受けたりすることはありませんので、この点は安心してください。
 また、仮に、このアンケートへの回答で、自らの違法行為について、真実を報告した場合、懲戒処分の標準的な量定を軽減し、特に悪質な事案を除いて免職とすることはありません。
 以上を踏まえ、真実を正確に回答してください。
以上

    大阪市長 橋下徹

このアンケート調査強行のあと、2012年中に4回にわたり計656人から、野村弁護士に対する懲戒請求があったという。二弁は、回答を強制されたアンケート調査が、職員の団結権、プライバシー権、政治活動の自由の侵害等、憲法や労働組合法に違反する内容が含まれていたと認定し、野村について「弁護士の品位を失うべき非行」に当たると判断したが、これは橋下徹の責任をも認めたに等しい。

公権力を用いて職員の思想調査を強制する人物が、大阪府知事にもなり、この事件後も大阪市長として再選され、いまだに社会的発言を続けている。本来は、大阪市民、大阪府民が橋下や維新を選挙で裁くべきだったのだ。それができないままの民主主義の現状を嘆かざるを得ない。
(2018年7月17日)

最低賃金のアップは、韓国社会を揺るがす大事件なのだ

昨日(7月15日)から今日の各紙が、韓国の最低賃金アップを報道している。来年(2019年)度の最低賃金額が、時給8350ウオン(約835円)になる模様とのこと。19年1月から全国一律に施行される。その引き上げ率は10.9%。今年に続く二桁台となったことに瞠目せざるを得ない。同国の全国民こぞって歓迎であるはずはないが、なるほど政権が代わるということはこういうことなのだ。

この最賃引き上げは、文在寅の大統領選出馬に当たっての主要公約の一つだった。2020年には、最低賃金を時給10000ウオンにするというのだ。当時(17年)の最賃が6470ウォン。これを3年で55%引き上げるという公約。

その後の推移は以下のとおり。
  2017年 6470ウォン
  2018年 7530ウォン(16.4%増)
  2019年 8350ウォン(10.9%増) 予定
  2020年 未定

もちろん、賃金は労使の交渉で決まるのが本筋である。しかし、労使の交渉に任せておくだけでは、交渉力極めて脆弱な最底辺労働者の困窮が避けがたい。そこに労働条件の最低規準を保障する社会政策的な保護の施策が必要となる。それが、労働基準法であり、最低賃金制度である。労働条件の最低規準をどう定めるか。それは、その社会における労働者階層の政治意識の成熟度と政治的力量如何による。

「ひろばユニオン」(18年5月号)「韓国最賃事情と労組の活動(上)」(金美珍)によると、最賃のアップは、韓国労組全体の取り組みとなっているとのことで、けっして文政権が独走しているのではないという。「18年1月からの最賃(時給7530ウォン)引き上げによって全賃金労働者の18%、約277万人が直接影響を受けると推定される。主に若年層、60歳以上の高齢層、女性、非正規労働者がこれに含まれる。」という。大統領の支持が揺るがないはずだ。

東京都の現在の最低賃金は、時給958円。17年10月1日に引き上げられているが、引き上げ幅は26円。率にして2.79%である。韓国の最賃引き上げ率は、東京の5倍となるわけだ。かなり無理な引き上げではないか、との思いが先に来る。社会に歪みをもたらしている面も多々あるのでは。もちろん、雇用の機会を狭めているとの批判も免れないだろう。それにしても、底辺の労働者にはこの上ない朗報。

金美珍記事はこう解説している。

  18年の最賃額はなぜ大幅に引き上げられたのか?
  その背景としてまず、17年に誕生した文在寅(ムン・ジエイン)政権による新たな経済政策パラダイムヘの転換があげられる。当選直後から、文政権は経済不平等の克服を重要な政策課題と提示し、「人が中心となる国民成長の時代を開く」ため「所得主導の成長」を主要経済政策の方向として打ち出した。
  「所得主導の成長」とは、質の良い仕事を提供することで家計の所得と消費を増やし、これが企業の生産と投資の増大、ひいては国家経済の健全な成長につながるという好循環経済のビジョンである。

文大統領は、選挙期から「2020年最低賃金1万ウォン(約1千円)」を公約として掲げ、政権交代後にも「所得主導の成長」の核心政策として最賃引き上げを強調し、家計所得の増大を試みている

なるほど、アベノミクスとは正反対の発想。大企業と富者が儲かるように経済をまわせば、いずれは底辺の労働者にも、おこぼれがまわってくるというトリクルダウン論はとらない。真っ先に、最底辺の労働者の賃金を押し上げることで経済全体の活性化をはかろうというのだ。日韓、まったく逆の実験が進行していることになる。これなら、韓国の民衆は、自分たちの政府、自分たちの政権と考えることができるだろう。日本の大企業が、安倍政権を、自分たちの政府、自分たちの政権と考えている如くに。

韓国の最大紙「朝鮮日報」日本語版(7月15日23時11分)を引用しておこう。

「韓国の最低賃金10.9%引き上げへ、事実上1000円超」

2019年度の韓国の最低賃金が今年より10.9%(820ウォン)高い時給8350ウォン(約829円)に決定された。大多数の勤労者に支給が義務付けられている週休手当も含めると、最低賃金は1万30ウォンとなり、1万ウォンの大台を超える。

 最低賃金委員会は14日未明、雇用者側の委員9人全員が欠席したまま、世宗市で第15回会合を開いた。月給換算では174万5150ウォン(月174時間労働、週休手当含む)で、現在よりも17万1380ウォン上昇する。

 会合には公益委員9人、韓国労働組合総連盟(韓国労総)所属の労働者側委員5人の計14人のみが出席し、公益委員が示した案(8530ウォン)と労働者側が示した案(8680ウォン、15.2%引き上げ)をそれぞれ採決した結果、公益委員案を採択した。公益委員案は8票、勤労者委員案は6票を獲得した。最低賃金委で雇用者側の委員全員が欠席したまま、最低賃金が決定されたのは1991年以来27年ぶりだ。

 最低賃金委によると、今回の引き上げで、来年には韓国の勤労者の4人に1人(25%)に相当する500万5000人の賃金が上昇する。

 文在寅(ムン・ジェイン)政権が発足した昨年時点で6470ウォンだった最低賃金は2年間で29.1%上昇する計算になる。最低賃金委の統計を見ると、最低賃金が6470ウォンだった昨年にも勤労者全体の13.3%は法定最低賃金を受け取れていない。こうした中、最低賃金が2年で29.1%も引き上げられたことで、最低賃金を支払えない企業、結果的に違法状態に追い込まれる事業者が続出しかねないとの指摘もある。

この最低賃金増額が、韓国の経済社会を揺るがす大問題であることがよく分かる。経済が、政治的強制だけでまわるものではなかろうが、トリクルダウンではなく、ボトムアップをスターターとする実験。この成り行きを見守り、そして学びたいものと思う。
(2018年7月16日)

沖縄に突きつけられている理不尽と「オール沖縄」

沖縄県が防衛局申請のサンゴ移植を許可したことが、私の参加する複数のメーリングリストに紹介され、賛否の意見が飛び交っている。

昨日(7月14日)の琉球新報記事は以下のとおり。
「県、サンゴ採捕許可 防衛局申請 食害対策条件付き 反対市民が5時間抗議」
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-761509.html

「米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の新基地建設で、県水産課は13日、埋め立て予定海域にある絶滅危惧種のオキナワハマサンゴ9群体を別の場所に移植するため沖縄防衛局が申請していた特別採捕を許可した。防衛局は食害対策のかごを設置してから14日以内にサンゴを移植することになる。ただ、かごの設置には、さらに県の同意が必要としている。移植されれば工事が進み、知事の承認撤回の方針に「逆行する」との批判の声も上がっている。
 今回許可した希少サンゴは2月に特別採捕が許可された後、食害の跡が見つかって不許可になり、防衛局は3月20日と4月5日に再申請した。県が許可の判断を防衛局に伝えた13日、工事に反対する市民が県庁を訪れ、約5時間にわたって県水産課に抗議した。
 県は防衛局の食害対策を妥当と判断した。県水産課の粟屋龍一郎副参事は「ずっと審査して説明要求もした。内容を精査した結果、許可に至った」と述べた。
 防衛局は辺野古海域で約7万4千群体のサンゴを移植対象とし、準絶滅危惧種のヒメサンゴ1群体や小型サンゴ約3万8760群体や大型サンゴ22群体なども、移植のための特別採捕を申請している。

沖縄タイムス記事は、以下のとおりだ。
「埋め立て海域の「オキナワハマサンゴ」採捕、沖縄県が許可 辺野古新基地」
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/283504

 沖縄県名護市辺野古の新基地建設を巡って、翁長雄志知事は13日、埋め立て海域で見つかった「オキナワハマサンゴ」9群体を別の場所に移植するため、沖縄防衛局が申請していた特別採捕を許可した。翁長知事はこれまで、採捕許可を新基地建設を阻止する権限の一つとして掲げてきており、工事に反対する市民らが「埋め立ての進展につながる」と県に強く抗議した。移植されれば来月中旬以降にも始まる埋め立てが加速する可能性が高い。
 許可したのは環境省の絶滅危惧種リストに掲載されているハマサンゴで、防衛局は3月20日に1群体、4月5日に8群体の採捕許可を申請していた。
 移植期間は、防衛局が移植先にサンゴを保護するための籠を設置してから2週間。週に2回モニタリングし、県に報告することなどを条件とした。
 県の担当者は、許可の可否を判断する標準処理期間の45日を大幅に経過した理由について、「希少なサンゴで知見もなかった。申請内容にも疑問があり、防衛局に説明を求め、その回答内容の精査に時間を要した」と答えた。
 日本自然保護協会の安部真理子主任は「移植に適さないと専門家からの提言があったにもかかわらず、なぜそれを無視する形でサンゴの産卵期にあたる今、許可を出したのか」と疑問を呈した。

琉球新報と沖縄タイムスの両記事。ずいぶんと印象が異なる。
見出しだけだと、「反対市民が5時間抗議」とした琉球新報記事が、辺野古新基地反対派の立場から県の許可に批判的な印象となっている。しかし、琉球新報記事の内容は、「県は十分な技術的検討を行った結果、サンゴ保護策に格別の支障がないとの結論に至ったから、移植許可やむなしとなった」と思わせるものとなっている。

これに対して、沖縄タイムス記事は、見出しこそ穏当だが自然保護団体の「移植に適さないと専門家からの提言を無視する形でサンゴの産卵期にあたる今許可を出した」との意見の紹介が、鋭い県政への批判となっている。

県の真意ははかりがたい。確かに、行政処分である以上は、他事考慮は許されず、環境保護の施策として万全であるなら、許可はやむを得ない。しかし、「当該サンゴは移植に適さないと専門家からの提言があった」ということとなると、話しはちがってくる。少なくとも、その「専門家からの疑念」が払拭されるまで許可を留保すべきではなかったか。

たまたま本日(7月15日)糸数慶子参院議員にお話を聞く機会があって、率直に質問してみた。当然に、「この時期に許可を出すべきではなかったのではないか」とのニュアンスが滲む質問となった。そして、「オール沖縄としては、どうお考えか」が聞きたいところ。

回答は、必ずしも歯切れのよいものではなかった。翁長知事の健康問題が生じて以来、知事と沖縄選出国会議員団との意見交換の機会が十分に持てていないということでもあった。そうか、質問先がまちがっているのだ。県の判断なのだから、糸数さんにではなく、県の担当者に聞いてみなければならない。「オール沖縄」は一体という思い込みがそもそもの間違い。

「オール沖縄」は、保革の溝を超えて作られた微妙な政治的連合体だ。今、米・日政府の理不尽に対して、「辺野古新基地を造らせない」との一致点での統一戦線。安保についても、自衛隊についても、あるいは運動スタイルについても、意見さまざまな幅の広い党派やグループが参加している。「オール沖縄」が翁長県政を支えているとはいえ、「オール沖縄」が県の方針を決めているわけでも指導しているわけでもない。

それでも、思い出す。今年6月23日沖縄慰霊の日の「沖縄全戦没者追悼式」における翁長知事の「辺野古新基地はつくらせない」という決意を。来賓の安倍を睨みつけるごとき眼差しを。

糸数さんの講演も、11月知事選挙への翁長知事再出馬への期待に収斂するものだった。そして、本土の人々への我が事として捕らえなおしていただきたいという訴え。耳が痛い。何ができるだろうか。何をなすべきだろうか。

いま、私たちがなすべきことは、沖縄にこの理不尽を押しつけている安倍政権を掘り崩すことなのだろう。北朝鮮危機を煽り、「国難選挙」で掠めとった自民党の議席が、沖縄を苦しめ、憲法の危機を招いている。沖縄県政や「オール沖縄」との連帯とは、「アベ政治を許さない」との声を上げ続けること以外にはないように思う。
(2018年7月15日)

いよいよ沖縄県が辺野古の埋立承認撤回へ

昨日(7月13日)の沖縄タイムスが次のとおり報道している。

辺野古の承認撤回は土砂投入前に 沖縄県、8月初旬を軸に調整
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/282950

 沖縄県名護市辺野古の新基地建設を巡り、沖縄防衛局が8月17日に予定する埋立土砂の投入より前に、県が埋め立て承認を撤回する調整に入ったことが12日、分かった。土砂投入の重要局面を前に、翁長雄志知事の最大の権限となる撤回に踏み切り工事を停止させる考えで、8月初旬の撤回表明を軸に検討が進んでいる。複数の関係者が明らかにした。
 知事が撤回を表明した後は沖縄防衛局の意見を聞き取る「聴聞」の期間が設けられ、その後に撤回の手続きが取られる。翁長知事が2015年に埋め立て承認を取り消した際には表明から聴聞を経て29日後に正式に取り消され、撤回の場合も表明から数週間の手続き期間が必要となる。
 辺野古に反対する市民や労働組合、政党などでつくる「オール沖縄会議」は土砂投入に抗議する県民大会を8月11日に那覇市内で開催を予定。市民団体からは県民大会までに撤回のアクションを起こすよう求める声が強まっている。
 県はこれまで承認撤回の理由として「環境保全の不備」「設計変更の必要性」「承認の際の留意事項への違反」の3分野での国の対応の不備を指摘してきた。
 11日には県環境部が絶滅の恐れがある動植物のリスト「レッドデータおきなわ」を12年ぶりに改訂し、辺野古の建設予定地に生息する複数の海草藻類を追加。海草藻類を移植しないまま工事を進めることが撤回の理由となる可能性もある。
 一方で、県は撤回前に工事中止命令を検討した経緯もあり、撤回は翁長知事の高度な政治判断で行われるため表明の時期は流動的な側面もある。

辺野古の新基地建設反対運動に注目して報道を追っている者以外には、『辺野古の承認撤回』が分かりにくい。再度になるが、行政行為における《『撤回》の意味を確認しておきたい。

問題になっている《撤回》とは、仲井眞弘多・前沖縄県知事が、国に与えた「海面の埋め立て申請に対する『承認』」の《撤回》である。仲井眞前知事がした「承認」を、後任の翁長知事が《撤回》しようということなのだ。

辺野古新基地建設のためには、大浦湾を埋め立てねばならない。しかし、公有水面の勝手な埋立てが軽々に認められてよいはずはない。公有水面埋立法は、公有水面の「免許」を知事の権限とし、「国土利用上適正且合理的ナルコト」「埋立ガ環境保全及災害防止ニ付十分配慮セラレタルモノナルコト」その他の諸要件を満たさない限り、「免許してはならない」と定める。

国が埋立工事をする場合については、特に「国ニ於テ埋立ヲ為サムトスルトキハ当該官庁都道府県知事ノ承認ヲ受クヘシ」(同法42条1項)と定める。つまり、国が海面の埋立をしようとする場合でも、県知事の「承認」が必要なのだ。

仲井眞弘多・前沖縄県知事は2013年12月27日付で、辺野古移設に向けての国の埋め立て申請に「承認」を与えた。先に、翁長知事は、この「承認」に瑕疵があったとして、「承認」を「取り消し」た。すなわち、「もともとしてはならない違法な承認だったから取り消す」としたのだ。取り消されれば、承認は遡及して効力が消滅し、はじめから承認はなかったこととされる。

紆余曲折は省略するが、国は「翁長知事の承認取消こそ違法」として、県に対して「承認取消を取り消せ」という是正を指示し、これに従わない県に対して行政訴訟(国の是正指示に従わない不作為の違法確認訴訟)を起こした。残念ながら翁長知事の「承認取消」は最高裁まで争って違法とされ、法的には決着が着けられた。

「承認取消」が通らなければ、これに代わる「承認撤回」で行こう、というのが運動体の中から提案されている。これが《撤回》の意味。

もともとすべきでなかった間違った承認について遡って効力をなくするのが「承認取消」であるのに比して、承認のときの違法はともかく現時点では承認すべきではなくなっているのだから今の時点から承認の効力をなくするというのが「承認の撤回」。

翁長知事自身も、何度か「承認撤回を必ずやる」と発言しているが、その実行はまだない。法的手段としては、言わば奥の手である。これを繰り出して、敗れればあとがないことにもなりかねない。やるからには、絶対に勝てる自信のもてる準備が必要で、慎重を要する。
常識的には、「承認時以後の事情変更」「承認時には知り得なかった違法事由」を特定して立証しなければならない。運動論としてはともかく、「承認取消」で敗訴している以上、法的には明確な根拠が必要なのだ。とはいえ、8月17日辺野古に土砂搬入と期限が切られた以上は、奥の手の使用を躊躇してはおられまい。

迂闊な《撤回》は、国側からの「承認撤回の取消を求める」訴訟提起に持ちこたえられない。これに関して、最近明らかになった知見として、埋立予定海域の活断層の存在とマヨネーズ状の地盤軟弱性の疑いが、撤回の根拠となり得るのではないかと、話題になっている。新基地周辺の建物高さ制限違反にならぬよう設計変更の問題もある。

本日(7月14日)たまたま、事情に詳しい白藤博行専修大教授(行政法)から、短時間ながらこの件について、私の理解で大要次のようなお話しを伺う機会があった。

授益処分(申請者から見れば「受益処分」)の撤回は、軽々になしえないというのが行政法上の常識的理解。しかし、それは飽くまで一般国民の利益の剥奪はできないという権力行使抑制の原則からの結論で、国が当事者となっている場合にまで、同じように考える必要はない。国が、一私人と同じ立場で権利主張をしていることがそもそも妥当ではない。行政法は、権力主体である国と国民とを峻別しているのだから。

有効な撤回の理由としては、取消処分後の後発的事情が必要。いくつも考えられるが、裁判所が認めやすいものとして、「承認の際の留意事項への違反」「国が県の指導に従っていないこと」が有力ではないか。

現地の沖縄タイムスは、「辺野古問題、再び法廷へ 8月にも承認撤回 留意事項への違反理由か」という解説記事を掲載している。
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/283044

名護市辺野古の新基地建設を止める最大の手段となる翁長雄志知事の埋め立て承認撤回の時期が、8月17日予定の土砂投入前に絞られてきた。環境保全や前知事の埋め立て承認の条件とされた留意事項への違反などを理由に撤回される見通しだ。一方で、国は撤回の効力を停止する手続きなど対抗措置を執ることが予想され、辺野古問題は再び法廷闘争へと発展することになる。

ようやくできた民意を反映する県政が、国の強引な権力発動に蹂躙されようとしている。これが民主主義だろうか。裁判所には、司法本来の役割を期待したい。

(2018年7月14日)

「私は捏造記者ではありません」 ー 植村(札幌)訴訟結審

植村隆元朝日新聞記者が、櫻井よしこらを訴えた名誉毀損損害賠償請求訴訟(札幌地裁)が先週の金曜日(7月6日)に結審した。判決言渡は11月9日の予定。原告・弁護団そして支援者は意気軒昂である。

櫻井よしこや西岡力らは、産経や週刊文春、WiLLなどを舞台に、植村隆を「捏造記者」として攻撃した。櫻井や西岡に煽動されたネット右翼が、植村本人だけでなく、その家族や勤務先の北星学園までを標的に攻撃して、大きな社会問題となった。問題とされた植村隆の朝日の記事は、1991年8月のもの。常軌を逸したバッシングというほかはない。

ことは表現の自由やジャーナリズムのありかたにとどまらない。従軍慰安婦をめぐる歴史修正主義の跋扈を許すのか、安倍政権を押し上げた右翼勢力の民族差別やリベラル派勢力への攻撃を默過するのか、という背景をもっている。

私も、同期の友人たちと語らって、植村・北星バッシングへの反撃の声をあげた。そのときの率直な気持は、この社会の動向に、薄気味悪さだけでなく恐ろしさを感じていた。伝えられている、あのマッカーシズムの雰囲気を嗅ぎ取らざるを得なかったのだ。この訴訟、この判決は、この社会の健全さを占うものとしての重みをもっている。

リベラルバネが多少は働いて、いま櫻井よしこや西岡力の影響力は明らかに落ちてきている。判決が、植村ではなく櫻井よしここそが「捏造ジャーナリスト」であることを明らかにするものとなるよう期待したい。

「植村裁判を支える市民の会」が立派なホームページを作っている。
http://sasaerukai.blogspot.com/

そのサイトから、結審(2018年7月6日)の法廷と、2年前3か月前の第1回法廷(2016年4月22日)での、原告植村隆渾身の意見陳述を引用しておきたい。

植村の「私は捏造記者ではありません」との痛切な訴えは、歴史を捏造し修正しようとする者の鋭い指弾ともなっている。

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結審(2018年7月6日)法廷での意見陳述

今年3月、支援メンバーらの前で、直前に迫った本人尋問の準備をしていました。「なぜ、当該記事を書いたのか」、背景説明をしていました。こんな内容でした。

私は高知の田舎町で、母一人子一人の家で育ちました。豊かな暮らしではありませんでした。小さな町でも、在日朝鮮人や被差別部落の人びとへの理不尽な差別がありました。そんな中で、「自分は立場の弱い人々の側に立とう。決して差別する側に立たない」と決意しました。そして、その延長線上に、慰安婦問題の取材があったと説明していました。

その時です。突然、涙があふれ、止まらなくなり、嗚咽してしまいました。

新聞記者となり、差別のない社会、人権が守られる社会をつくりたいと思って、記事を書いてきました。それがなぜ、こんな理不尽なバッシングにあい、日本での大学教員の道を奪われたのでしょうか。なぜ、娘を殺すという脅迫状まで、送られて来なければならなかったのでしょうか。なぜ、私へのバッシングに北星学園大学の教職員や学生が巻き込まれ、爆破や殺害の予告まで受けなければならなかったのでしょうか。「捏造記者」と言われ、それによって引き起こされた様々な苦難を一気に思い出し、涙がとめどなく流れたのでした。強いストレス体験の後のフラッシュバックだったのかもしれません。

本人尋問が迫るにつれ、悔しさと共に緊張と恐怖感が増してきました。反対尋問では再び、あのバッシングの時のような「悪意」「憎悪」にさらされるだろうと思ったからです。

「そうだ、金学順(キム・ハクスン)さんと一緒に法廷に行こう」と考えました。そして、金学順さんの言葉を書いた紙を背広の内ポケットに入れることにしたのです。

この紙は、私に最初に金学順さんのことを語ってくれた尹貞玉(ユン・ジョンオク)先生の著書の表紙にあった写真付の著者紹介の部分を切り取ったものです。その裏の、白い部分に金学順さんが自分の裁判の際に提出した陳述書の中の言葉を黒いマジックで、「私は日本軍により連行され、『慰安婦』にされ人生そのものを奪われたのです」と書きいれました。

私の受けたバッシング被害など、金さんの苦しみから比べたら、取るに足らないものです。いろんな夢のあった数えで17歳の少女が意に反して戦場に連行され、数多くの日本軍兵士にレイプされ続けたのです。絶望的な状況、悪夢のような日々だったと思います。

そして、私は、こう自分に言い聞かせました。「お前は、『慰安婦にされ人生を奪われた』とその無念を訴えた人の記事を書いただけではないか。それの何が問題なのか。負けるな植村」

金さんの言葉を、胸ポケットに入れて、法廷に臨むと、心が落ち着き、肝が据わりました。

きょうも、金さんの言葉を胸に、意見陳述の席に立っています。

私は、慰安婦としての被害を訴えた金学順さんの思いを伝えただけなのです。

そして「日本の加害の歴史を、日本人として、忘れないようにしよう」と訴えただけなのです。韓国で慰安婦を意味し、日本の新聞報道でも普通に使われていた「挺身隊」という言葉を使って、記事を書いただけです。それなのに、私が記事を捏造したと櫻井よしこさんに繰り返し断定されました。

北海道新聞のソウル特派員だった喜多義憲さんは私の記事が出た4日後、私と同じように「挺身隊」という言葉を使って、ほぼ同じような内容の記事を書きました。記事を書いた当時、私との面識はなく、喜多さんは私の記事を読んでもいなかったのです。喜多さん自身が直接、金学順さんに取材した結果、私と同じような記事を書いた、ということは、私の記事が「捏造」でない、という何よりの証拠ではないでしょうか。その喜多さんは、2月に証人として、この法廷で、櫻井よしこさんが私だけを「捏造」したと決め付けた言説について、「言い掛かり」との認識を示されました。

そして、こうも述べられました。「植村さんと僕はほとんど同じ時期に同じような記事を書いておりました。それで、片方は捏造したと言われ、私は捏造記者と非難する人から見れば不問に付されているような、そういう気持ちで、やっぱりそういう状況を見れば、違うよと言うのが人間であり、ジャーナリストであるという思いが強くいたしました」この言葉に、私は大いに勇気づけられました。

1990年代初期に、産経新聞は、金学順さんに取材し、金学順さんが慰安婦になった経緯について、少なくとも二度にわたって、日本軍の強制連行と書きました。読売新聞は、「『女性挺身隊』として強制連行され」と書きました。

いま産経新聞や読売新聞は、慰安婦の強制連行はなかったと主張する立場にありますが、1990年代の初めに金学順さんのことを書いたこの両新聞の記者たちは、金さんの被害体験をきちんと伝えようと、ジャーナリストとして当たり前のことをしたのだと思います。私は金さんが、慰安婦にさせられた経緯について、「だまされた」と書きました。「だまされ」ようが「強制連行され」ようが、17歳の少女だった金学順さんが意に反して慰安婦にさせられ、日本軍人たちに繰り返しレイプされたことには変わりないのです。彼女が慰安婦にさせられた経緯が重要なのではなく、慰安婦として毎日のように凌辱された行為自体が重大な人権侵害にあたるということです。

しかし、私だけがバッシングを受けました。娘は、「『国賊』植村隆の娘」として名指しされ、「地の果てまで追い詰めて殺す」とまで脅されました。

あのひどいバッシングに巻き込まれた時、娘は17歳でした。それから4年。『殺す』とまで脅迫を受けたのに、娘は、心折れなかった。そのおかげで、私も心折れず、闘い続けられました。私は娘に「ありがとう」と言いたい。娘を誇りに思っています。

被告・櫻井よしこさんは、明らかに朝日新聞記者だった私だけをターゲットに攻撃しています。私への憎悪を掻き立てるような文章を書き続け、それに煽られた無数の人びとがいます。櫻井さんは「慰安婦の強制連行はなかった」という強い「思い込み」があります。その「思い込み」ゆえなのでしょうか。事実を以て、私を批判するのではなく、事実に基づかない形で、私を誹謗中傷していることが、この裁判を通じて明らかになりました。そして誤った事実に基づいた、櫻井さんの言説が広がり、ネット世界で私への憎悪が増幅されたことも判明しました。

「WiLL」の2014年4月号の記事がその典型です。金さんの訴状に書いていない「継父によって40円で売られた」とか「継父によって・・・慰安婦にさせられた」という話で、あたかも金さんが人身売買で慰安婦にされたかのように書き、私に対し、「継父によって人身売買されたという重要な点を報じなかった」「真実を隠して捏造記事を報じた」として、「捏造」記者のレッテルを貼りました。「捏造」の根拠とした「月刊宝石」やハンギョレ新聞の引用でも都合のいい部分だけを抜き出し、金さんが日本軍に強制連行されたという結論の部分は無視していました。

しかし、櫻井さんは、私の指摘を無視できず、2年以上経っていましたが、「WiLL」と産経新聞で訂正を出すまでに追い込まれました。実は、訂正文には新たな間違いが付け加えられていました。金さんが強制連行の被害者でないというのです。日本軍による強制連行という結論をもつ記事に依拠しながらも、その結論の部分を再び無視していました。極めて問題の大きい訂正でしたが、櫻井さんの取材のいい加減さが、白日のもとに晒されたという点では大きな前進だったと思います。支援団体の調べでは、この種の間違いが、産経、「WiLL」を含めて、少なくとも6件確認されています。

提訴以来3年5か月が経ちました。弁護団、支援の方々、様々な方々の支援を受け、勇気をもらって、歩んでまいりました。絶望的な状況から反撃が始まりましたが、「希望の光」が見えてきたことを、実感しています。

そして櫻井よしこさんをはじめとする被告の皆さん、被告の代理人の皆さん。長い審理でしたが、皆様方はいまだに、ご理解されていないことがあると思われます。大事なことなので、ここで、皆様方に、もう一度、大きな声で、訴えたいと思います。

「私は捏造記者ではありません」

裁判所におかれては、私の意見を十分に聞いてくださったことに、感謝しております。公正な判決が下されることを期待しております。

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第1回法廷(2016年4月22日)での原告意見陳述

■「殺人予告」の恐怖
裁判長、裁判官のみなさま、法廷にいらっしゃる、すべての皆様。知っていただきたいことがあります。17歳の娘を持つ親の元に、「娘を殺す、絶対に殺す」という脅迫状が届いたら、毎日、毎日、どんな思いで暮らさなければならないかということです。そのことを考えるたびに、千枚通しで胸を刺されるような痛みを感じ、くやし涙がこぼれてきます。

私は、2015年2月2日、北星学園大学の事務局から、「学長宛に脅迫状が送られてきた」という連絡を受けました。脅迫状はこういう書き出しでした。

「貴殿らは、我々の度重なる警告にも関わらず、国賊である植村隆の雇用継続を決定した。この決定は、国賊である植村隆による悪辣な捏造行為を肯定するだけでなく、南朝鮮をはじめとする反日勢力の走狗と成り果てたことを意味するものである」

5枚に及ぶ脅迫状は、次の言葉で終わっています。

「『国賊』植村隆の娘である●●●を必ず殺す。期限は設けない。何年かかっても殺す。何処へ逃げても殺す。地の果てまで追い詰めて殺す。絶対にコロス」

私は、足が震えました。

大学に脅迫状が送られてきたのは2014年5月末以来、これで5回目でした。最初の脅迫状は、私を「捏造記者」と断定し、「なぶり殺しにしてやる」と脅していました。さらに「すぐに辞めさせろ。やらないのであれば、天誅として学生を痛めつけてやる」と書いていました。

娘を殺害する、というのは、5回目の脅迫状が初めてでした。もう娘には隠せませんでした。「お前を殺す、という脅迫状が来ている。警察が警戒を強めている」と伝えました。娘は黙って聞いていました。

娘への攻撃は脅迫だけではありません。2014年8月には、インターネットに顔写真と名前が晒されました。そして、「こいつの父親のせいでどれだけの日本人が苦労したことか。自殺するまで追い込むしかない」と書かれました。こうした書き込みを削除するため、札幌の弁護士たちが、娘の話を聞いてくれました。私には愚痴をこぼさず、明るく振舞っていた娘が、弁護士の前でぽろぽろ涙をこぼすのを見て、私は胸が張り裂ける思いでした。

なぜ、娘がこんな目にあわなければならないのでしょうか。1991年8月11日に私が書いた慰安婦問題の記事への攻撃は、当時生まれてもいなかった高校生の娘まで、標的にしているのです。悔しくてなりません。脅迫事件の犯人は捕まっていません。いつになったら、私たちは、この恐怖から逃れられるのでしょうか。

■私への憎悪をあおる櫻井さん
櫻井よしこさんは、2014年3月3日の産経新聞朝刊第一面の自身のコラムに、「真実ゆがめる朝日報道」との見出しの記事を書いています。このコラムで、櫻井さんは私が91年8月に書いた元従軍慰安婦の記事について、こう記述しています。

「この女性、金学順氏は後に東京地裁に 訴えを起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られたなどと書いている」。その上で、櫻井さんは「植村氏は彼女が人身売買の犠牲者であるという重要な点を報じ」ていない、と批判しています。しかし、訴状には「40円」の話もありませんし、「再び継父に売られた」とも書かれていません。

櫻井さんは、訴状にないことを付け加え、慰安婦になった経緯を継父が売った人身売買であると決めつけて、読者への印象をあえて操作したのです。これはジャーナリストとして、許されない行為だと思います。

さらに、櫻井さんは、私の記事について、「慰安婦とは無関係の「女子挺身隊」と慰安婦が同じであるかのように報じた。それを朝日は訂正もせず、大々的に紙面化、社説でも取り上げた。捏造を朝日は全社挙げて広げたのである」と断定しています。

櫻井さんは「慰安婦と『女子挺身隊』が無関係」と言い、それを「捏造」の根拠にしていますが、間違っています。当時、韓国では慰安婦のことを「女子挺身隊」と呼んでいたのです。他の日本メディアも同様の表現をしていました。

例えば、櫻井さんがニュースキャスターだった日本テレビでも、「女子挺身隊」という言葉を使っていました。1982年3月1日の新聞各紙のテレビ欄に、日本テレビが「女子てい身隊という名の韓国人従軍慰安婦」というドキュメンタリーを放映すると出ています。

私は、神戸松蔭女子学院大学に教授として一度は採用されました。その大学気付で、私宛に手紙が来ました。「産経ニュース」電子版に掲載された櫻井さんの、そのコラムがプリントされたうえ、手書きで、こう書き込んでいました。

「良心に従って説明して下さい。日本人を貶めた大罪をゆるせません」

手紙は匿名でしたので、誰が送ってきたかわかりません。しかし、内容から見て、櫻井さんのコラムにあおられたものだと思われます。

この神戸の大学には、私の就任取り消しなどを要求するメールが1週間ほどの間に250本も送られてきました。結局、私の教授就任は実現しませんでした。

櫻井さんは、雑誌「WiLL」2014年4月号の「朝日は日本の進路を誤らせる」という論文でも、40円の話が訴状にあるとするなど、産経のコラムと似たような間違いを犯しています。

このように、櫻井さんは、調べれば、すぐに分かることをきちんと調べずに、私の記事を標的にして、「捏造」と決めつけ、私や朝日新聞に対する憎悪をあおっているのです。

その「WiLL」の論文では、私の教員適格性まで問題にしています。「改めて疑問に思う。こんな人物に、果たして学生を教える資格があるのか、と。植村氏は人に教えるより前に、まず自らの捏造について説明する責任があるだろう」

「捏造」とは、事実でないことを事実のようにこしらえること、デッチあげることです。記事が「捏造」と言われることは、新聞記者にとって「死刑判決」に等しいものです。

朝日新聞は、2014年8月の検証記事で、私の記事について「事実のねじ曲げない」と発表しました。しかし、私に対するバッシングや脅迫はなくなるどころか、一層激しさを増しました。北星学園大学に対しても、抗議メールや電話、脅迫状が押し寄せ、対応に追われた教職員は疲弊し、警備費は膨らみました。

北星学園大学がバッシングにあえぎ、苦しんでいた最中、櫻井さんは、私と朝日新聞だけでなく、北星学園大学への批判まで展開しました。

2014年10月23日号の「週刊新潮」の連載コラムで、「朝日は脅迫も自己防衛に使うのか」という見出しを立て、北星学園大学をこう批判しました。「23年間、捏造報道の訂正も説明もせず頬被りを続ける元記者を教壇に立たせ学生に教えさせることが、一体、大学教育のあるべき姿なのか」

同じ2014年10月23日号の「週刊文春」には、「朝日新聞よ、被害者ぶるのはお止めなさい “OB記者脅迫”を錦の御旗にする姑息」との見出しで、櫻井よしこさんと西岡力さんの対談記事が掲載されました。私はこの対談の中の、櫻井さんの言葉に、大きなショックを受けました。

「社会の怒りを掻き立て、暴力的言辞を惹起しているものがあるとすれば、それは朝日や植村氏の姿勢ではないでしょうか」

櫻井さんの発言には極めて大きい影響力があります。この対談記事に反応したインターネットのブログがありました。

「週刊文春の新聞広告に、ようやく納得。もし、私がこの大学の学生の親や祖父母だとしたなら、捏造で大問題になった元記者の事で北星大に電話で問い合わせるとかしそう。実際、心配の電話や、辞めさせてといった電話が多数寄せられている筈で、たまたまその中に脅迫の手紙が入っていたからといって、こんな大騒ぎを起こす方がおかしい。櫻井よしこ氏の言うように、「錦の御旗」にして「捏造問題」を誤魔化すのは止めた方が良い」

私はこのブログを読んで、一層恐怖を感じました。ブログはいまでもネットに残っています。

櫻井さんは、朝日新聞の慰安婦報道を批判し、「朝日新聞を廃刊にすべきだ」とまで訴えています。言論の自由を尊ぶべきジャーナリストにもかかわらず、言葉による暴力をふるっているようです。「社会の怒りを掻き立て、暴力的言辞を惹起している」のは、むしろ、櫻井さん自身の姿勢ではないか、と思っています。

■「判決で、救済を」
「言論には言論で闘え」という批判があります。私は「朝日新聞」の検証記事が出た後、複数のメディアの取材を受け、きちんと説明してきました。また、複数の月刊誌に手記を掲載し、自分の記事が「捏造」ではないことを、根拠を上げて論証しています。にもかかわらず、私の記事が「捏造」であると断定し続ける人がいます。大学や家族への脅迫もやむことがありませんでした。こうした事態を変えるには、「司法の力」が必要です。

脅迫や嫌がらせを受けている現場はすべて札幌です。櫻井さんの「捏造」発言が事実ではない、と札幌で判断されなければ、こうした脅迫や嫌がらせも、根絶できないと思います。

私の記事を「捏造」と決めつけ、繰り返し世間に触れ回っている櫻井さんと、その言説を広く伝えた「週刊新潮」、「週刊ダイヤモンド」、「WiLL」の発行元の責任を、司法の場で問いたいと思います。私の記事が「捏造」でないことを証明したいと思います。

裁判長、裁判官のみなさま。どうか、正しい司法判断によって、「捏造」記者の汚名を晴らしてください。家族や大学を脅迫から守ってください。そのことは、憲法で保障された個人の表現の自由、学問の自由を守ることにもつながると確信しています。

(2018年7月13日)

亡き歌丸が語る ― 「こんなとき政治家に酒なんぞ飲んでいられたんじゃ困るんだよ」

7月5日夜、大雨予報が出ているさなかの「赤坂自民亭」宴会。記録的豪雨の被害確認が進むに連れて、批判の声が高まってきた。東京新聞「こちら特報部」の影響力でもある。

矢面に立たされているのが、西村康稔官房副長官。なにせ、政権の防災担当なのだ。それが、大雨予報が出ているさなかの飲み会のツィッター写真を垂れ流したのだ。この写真は、自民党議員らの無能・無神経の「証拠写真」だ。

この西村を矢面に、安倍政権批判というのが真っ当な報道。たとえば、産経の見出しが、『西村康稔官房副長官「誤解与えた」 安倍晋三首相参加の飲み会写真』となっている。

もっとも、朝日が『豪雨前の「赤坂自民亭」写真投稿を陳謝 西村官房副長官』、毎日が『赤坂自民亭:西村副長官が謝罪 大雨予報中の飲み会写真で』と、政権批判を押し出していない。

時事は、こう配信している。
『西村官房副長官、「自民亭」投稿を陳謝=ツイッターは炎上』
「西村康稔官房副長官は11日、「赤坂自民亭」と称した懇親会の写真を自身がツイッターに投稿したことについて「大雨の被害が出ている最中に、まるで会合をやっているかのような誤解を与えてしまい、多くの方に不快な思いをさせてしまった。おわびを申し上げたいし、反省もしている」と述べた。BS11の番組収録で語った。
 自民亭会合が開かれたのは5日夜。東・西日本で激しい雨が降り、気象庁は厳重警戒を呼び掛けていた。西村氏は10日に、「誤解を与えた」と番組と同じ趣旨の釈明をツイッターに投稿したのに対し、「誤解?」「酒盛りしていた事実がなくなるわけではない」などの批判が殺到している。」

「大雨の被害が出ている最中に、まるで会合をやっているかのような誤解を与えてしまい、多くの方に不快な思いをさせてしまった。おわびを申し上げたいし、反省もしている」とはいったい何だ。

「誤解を与えてしまい」は、釈明(言い訳)の常套句だがまことに不適切で見苦しい。誤解とは、真実とは異なる認識(印象)を与えてしまったということだが、いったい何が真実で、どのように誤解されたのか、まったく明らかにされていない。

「まるで会合をやっているかのような誤解」という表現は、「まるで会合をやっていなかったような誤解」を誘発しようという底意が見え見えで不愉快。宴会ないしは飲み会を「会合」と言っているのも姑息千万。

「会合をやったのが、まるで大雨の被害が出ている最中のことであるかのような誤解」と言いたいのなら、この政治家は相当にタチが悪い。何の反省もしていない。誰も、「大雨の被害が出ている最中」の宴会とは言っていない。大雨予報が出ているさなか、豪雨の警戒を要する時期での宴会を問題としているのに、意識的な論点すり替えが悪質なのだ。印象操作だけが問題で、何を反省すべきかを真剣に考えてはいないのだ。これが、自民党の政治家らしくもあり、安倍政権の一員らしくもある。

ところで、政治家が聖人君子であるわけはない。聖人君子然とした人物が政治家にふさわしいわけでもない。酒を飲んでいけないはずもない。酒を飲むなじゃない。酒の飲み方が問題なのだ。先日鬼籍に入った歌丸の「厩火事」の一節が教えてくれる。仲人が、髪結いのおサキに対して、おサキの亭主の酒の飲み方に苦言を呈する場面。歌丸は権力者には辛口の芸人だったという。

ちょいとおもしろくないことがある。4、5日前だった。近所に用があって、出掛けたんだよ。帰りがけにおまえの家の前を通ると、格子がこのくらい開いていた。物騒じゃないか。いるのかいって声をかけると、「旦那ですか。どうぞおあがりください」座布団を出してくれた、お茶を淹れてくれた。これはいいよ。どうぞお上がりくださいといいながら、前にあった御膳を脇へすっとどかした。このお膳の上をひょっとみて、あたしはおもしろくない。刺身が一人前とってあった、これはまあいいよ。徳利が1本乗ってたね。いいかい、飲むなじゃないよ、飲むなじゃないけれども。おまえの家業が髪結いだ。おまえさんが1日中油だらけになって、真っ黒になって、働いている。その留守に亭主が昼間から酒なんぞ飲んでいられたら、困るじゃないか。飲むなじゃない。おまえだって少しは行ける口なんだろ?仕事から帰ってきて、2人で1人前の刺身を半分ずつ、1合の酒を半分ずつ、差し向かいで飲んでてごらん。近所のものがこれをみたら、仲のいい夫婦なんてもんじゃない。それをおまえが一生懸命働いて、その留守に亭主がうちん中で酒なんぞ飲んでいられたんじゃ、困るんだよ。別れたほうがいい、お別れ、お別れ。

ちょいとおもしろくないことがある。7月5日のことだ。雨模様のぐずついた天気だった。テレビもラジオも、西日本には大雨の予報だった。去年もおととしも、いまごろの季節に豪雨があって、川が氾濫してたいへんなことになった。今年も同じことにならなきゃいいなと心配しながら、用があって赤坂の議員宿舎に寄ってみた。するってえと、いつもとは様子が違う。「自民亭」とか看板を掲げて飲めや歌えのどんちゃん騒ぎだ。この騒ぎをひょっとみて、あたしはおもしろくない。いいかい、飲むなじゃないよ、飲むなじゃないけれども。こんなときじゃないか。会期は延長して、強引にカジノ法案を通そうというときだ。財界の意向を汲んだ働かせ方改革も強行した。モリカケ問題では国政の私物化批判の声が高い。ウソと隠蔽の政治には国民の多くが安倍政権に呆れている。自民党議員が飲んで騒いで、浮かれているときではなかろう。それだけじゃない。大雨や洪水を心配しなければならない予報のさなかだ。ひるまは真っ黒になって働いている人々が、大雨と洪水を心配しているんだ。それを尻目に、政治家が安閑として、酒なんぞ飲んでいられたら、困るじゃないか。飲むなじゃない。本当に国民がよろこぶようなことをしてごらん。そうすりゃだれも文句のつけようはない。それをこれから大雨が降ろうというときだ。避難をしなけりゃならない人も出てくる。そんなときに、「自民亭」で政治家が酒なんぞ飲んでいられたんじゃ、困るんだよ。そんな奴ら選挙で落とした方がいい。さっさと落とせ。落としておしまい。

(2018年7月12日)

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