澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

零細漁民に敵意を露わにする達増拓也岩手県知事よ、岩手県の水産行政は何ゆえにかくも無慈悲なのか。

三陸の沿岸漁民が、岩手県知事(達増拓也)を相手に起こした「サケ刺網漁不許可処分取消請求訴訟」。その控訴審が、そろそろ大詰めである。公平に見て、法廷の議論では漁民の側が圧倒的に優勢である。岩手県知事側の焦りからか、本日(5月31日)の法廷では、看過できない被控訴人準備書面の記述が問題となった。

裁判官が入廷して驚いた。3人の裁判官のうち、裁判長と左陪席が交替していた。明らかに、従前の訴訟の流れが途切れ法廷の雰囲気が変わった。年度末の交替ではなく、5月10日に新任裁判長の着任だという。

本日予定の各主張は、被控訴人(県知事)側第3準備書面と、控訴人(漁民)らの反論を述べた準備書面(6)。裁判長が、型どおりに「被控訴人、第3準備書面をしますか」と発言したのを、控訴人代理人が遮った。「まず、控訴人代理人の意見陳述をさせていただきたい。被控訴人第3準備書面の中には、陳述すべきでない記述がある。そのことについての意見も述べたい」。

以下が、控訴人ら代理人の弁護士澤藤大河が意見陳述である。

 控訴人ら代理人の澤藤大河から、以下の3点について、口頭で意見を申し上げます。
 第1点は、本日陳述の控訴人準備書面(6)の内容の要約です。
 第2点は、本件の進行についての意見。
 そして、第3点が被控訴人第3準備書面の一部主張についての削除の要請です。

第1点。この間の主張の応酬によって、本件の争点が明確になってまいりました。
本日陳述の控訴人準備書面(6)の主要な内容は、「水産業協同組合法4条の理解に関して」と表題したものですが、その論述が訴訟の全体像の中で占める位置をご理解ください。
控訴人らの本件サケ刺し網漁許可申請を不許可とする要件は、2点に限られます。
その第1が「漁業調整の必要」であり、
第2が「資源の保護培養の必要」です。
この2要件が積極的に認定されない限り、申請に対しては許可がなされなければなりません。
とりわけ、「漁業調整の必要」の有無こそが本件での最重要の争点です。つまりは、サケ漁の漁利の配分をめぐる利害の調整はいかにあるベきかということが問題なのです。具体的には、岩手県内82ケ統の大規模定置網漁業者と、控訴人ら小型漁船漁業者との間のサケ漁の漁獲配分をめぐる利害の調整を意味します。《巨額の資本を有する大規模漁法の経営者》と、《一艘の小型船舶だけで操業する零細漁民》の間の、サケ漁をめぐる経済的利益の配分についての利害の調整です。
現状は、大規模定置網漁業者がサケ漁の漁獲を独占しています。もちろん各定置網に漁獲量の制限などありません。これに対して、固定式刺し網漁希望の漁民は一匹のサケも獲ってはならないとされています。獲れば最高刑6月の懲役というのです。極端な不公平・不平等。一見明白といって差し支えない、この不合理な現状を変更して、新たな漁業秩序形成の調整が必要なのです。
問題は、この82ケ統の定置網中に漁協単独経営の定置網が46ケ統、漁協・個人共同経営のものが10ケ統あることです。漁協は公益性が高いから、他の個人や会社形態の定置網漁業者はともかく、漁協の自営定置についてだけは、その漁獲量を確保するために、漁民のサケ刺し網は禁止されてもやむを得ないのだろうか。そんな疑問に徹底して詳細に反論したのが、準備書面(6)の主たる内容です。
 結論から言えば、漁協の利益のために、漁民が要望するサケ刺し網漁の許可を禁止すべき正当性はまったくあり得ません。
 漁協とは漁民の漁業経営に直接奉仕するための存在です。その漁協が、漁民と競合する漁業を経営して組合員の漁業経営を圧迫する、あるいは漁民が希望する漁業を禁じて漁協が漁業を自営するなどの事態は、明らかに漁協設立の目的を逸脱するものです。水協法4条は、漁協の目的を「組合員のために直接の奉仕をすること」と定めています。水協法11条は、漁協が行うことができる事業を限定列挙していますが、もちろん、そのなかに漁業の自営ははいっていません。本来、漁協が漁民と競合する事業を行うことは想定されていないのです。仮に、漁民と漁協が、競合する漁業において利害衝突した場合には、譲るべきは漁協であって、漁民ではありません。漁民あっての漁協であって、漁協あっての漁民ではないからです。
結局、漁協の自営定置漁の漁獲に支障を生じるおそれがあることを理由に、「漁業調整の必要有り」としてサケ刺し網の申請を不許可にすることは、違法と言わざるを得ません。

☆第2点。進行についての意見です。控訴人としては、既に当審で控訴理由書と6通の準備書面を提出し、主張の応酬は一応完結したものと考えています。
現時点まで明確になった論点について、鑑定人的証人として二平章氏、そして控訴人本人の一人を人証として採用をお願いします。既に、各陳述書を提出済みです。証拠調べ後に、最終準備書面を提出して結審とする進行を考えています。
なお、前回、裁判所から控訴人らに、主張補充の必要性の有無について意見を求められていた、岩手沿岸漁民が置かれている経済事情や、漁業の実態についての最新事情については、2018年漁業センサスが現在集計中です。その「概数値」発表は本年8月末、「確定値」については12月末と予定されています。おそらく最終準備書面作成時には、その成果を援用しての主張が可能かと思いますが、主張補充のために、特に漁業センサスの発表を待つ必要はないものと考えています。

☆第3点。被控訴人第3準備書面の不適切な一部主張について、被控訴人に当該部分の削除を求め、裁判所には、被控訴人に対する削除の勧告を要請いたします。
被控訴人は、第3準備書面の「第3・6項」において恐るべきことを述べています。
 控訴人らの内の、かつてサケの混獲を認めた時代があったと陳述した者を指して、「このような者は遵法精神を欠き『漁業に関する法令を遵守する精神を著しく欠く者(岩手県漁業調整規則24条)』にあたるので、サケ刺網規制の当否以前の問題として、固定式刺網漁業の許可はできない(同規則23条)というべきである。」というのです。これは、「サケ刺網の許可を与えない」というだけでなく、サケを除いては現在許可されている「固定式刺し網漁の許可もしない」、「許可の取り消し」もありうるという威嚇であり恫喝にほかなりません。
 もちろん、県であろうと知事であろうと、あるいは国であろうとも、法廷では一当事者に過ぎませんから、岩手県知事が法廷で精一杯その主張を尽くすこと自体になんの異議もありません。しかし、被控訴人は公権力の担い手でもあります。訴訟上の攻撃防御の必要を超えて、相手方当事者にその権限を笠に着た不利益の予告は、明らかに節度を超えた公権力の作用としての威嚇であり恫喝と指摘せざるを得ません。
 漁業で生計を立てている漁民にとって、知事は許可漁業における許可・不許可権者ですから、その限りでは生殺与奪の権を握っている権力者と言って過言ではありません。その知事が、特定の控訴人の名を具体的に挙げて、控訴人らの生計を支えている漁業について、「許可を与えない」「許可を取り消す」と言っているのです。しかもこれは、訴訟上の攻撃防御になんの必要もありません。無意味、かつ有害な主張なのです。その言動の重大性を知事は認識しければなりません。
 これは、漁民の切実なサケ刺し網漁許可を求める運動への萎縮を狙った、岩手県政の恫喝として到底看過し得ません。県民に対する福祉を増進すべき立場にある県知事が述べるべき言葉ではありません。
 被控訴人第3準備書面「第3・6項」(9頁)の、末尾9行の記述を削除されるよう強く求めます。

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被控訴人第3準備書面「第3・6項」の全文が次のとおり。

6 控訴人は「事実上容認されていた刺網による混獲が、1990年頃(平成2年)から厳しく規制されるようになった」とか、「それまで容認されていた混獲が突然厳しく規制されることになった」などと主張するが(第5準備書面21頁)、事実に反する。刺網によるサケの採捕については、原審で詳細に説明したとおり(乙9等)、本県ではサケ刺網漁業を許可したことはなく、「事実上容認した」とか「混獲を容認した」ことも全くない。控訴人は、「1990年頃(平成2年)から厳しく規制されるようになった」と述べるが。正しい事実は、平成2年に気仙地区の漁船漁業者が県の規制に違反し、それ以前から禁止されていた「刺網でのサケ漁獲」を(混獲名目で)行い水揚げを強行する事件が発生したため、刺網漁業自体の操業を一定期間禁止し、漁具を規制する等の措置をとったというものである(乙9・4頁)。控訴人A(原文は実名)によれば、平成2年の事件以前から刺網にかかったサケを市場に運ぷ際白トラックを抑えられた(販売したくてもできなかった)ことがあったとか、一斉水揚げの10年ぐらい前、1980年代初頤から問題が起きていた(検挙等を受けることがあったと述べていると解される)、混獲で水揚げしたものが検挙される例が相次ぎ、流通・販売段階での規制が日増しに強くなっていた、などと述べており(甲16・9頁)、それらに照らしても、控訴人ら(の多く)は、平成2年以前から固定式刺網漁業ではサケを採捕してはならない(許可の制限又は条件となっている)ことを認識していた(その上で当時から当該規制に不満を持っていた)ことが窺える。
控訴人Bも「規制がそれほど厳しくなかった時期の前例からすれば、サケ刺網を実施できれば、それだけで年収800万円ぐらいが期待できる」と述べており(甲17・4頁)、過去に(混獲名目で)刺網によりサケを採捕して多額の収入を得ていた(者がいた)ことを認めている。
 このような控訴人らの陳述と上記の「平成2年以前は容認されていた」との主張を併せて考えれば、当時から操業していた控訴人らの中には、規制があることを知りながら、摘発が厳しくないことなどに藉口して「事実上容認されている」との勝手な認識を抱き刺網でサヶを採捕(混獲を含め)し水揚げをしていた者がいることが窺われる。このような者は遵法精神を欠き「漁業に関する法令を遵守する精神を著しく欠く者(岩手県漁業調整規則24条)」にあたるので、サケ刺網規制の当否以前の問題として、固定式刺網漁業の許可はできない(同規則23条)というべきである。

上記の末尾(赤字イタリック)が、削除を求める部分である。
私は、被控訴人代理人は削除要求に同意するだろうと思っていた。訴訟の場でこんなことを言ってなんの得にもならない。しかも、これは岩手県知事の言としてあるべきものではない。明らかに、知事の政治的な責任が論じられるべき内容なのだ。漁民の切実な要求に「事情があって応じられない」というのならともかく、居丈高に運動参加の漁民を敵視して、「漁業に関する法令を遵守する精神を著しく欠く者」と決めつけたのだ。述べる必要のない余計なこと、「(現状では許可されている、サケ以外の)固定式刺網漁業の許可さえできない」を言って挑発したのだ。

ところが、県の代理人弁護士は「削除の意思はありません。陳述します」と言ってしまった。控訴人代人両名こもごもの申し入れにも拘わらず、積極的に削除勧告をしようとしない裁判所の姿勢に意を得たごとくに、である。漁民としては、知事の責任を追及する覚悟を固めなければならない。知事も責任を覚悟しなければならない。

達増拓也岩手県知事に問いたい。
県の方針に異議を申し立てる者は県政の敵なのか。
零細漁民の切実な要求に、何故かくまでに耳を塞ごうというのか。
漁民の生計防衛の自主的な運動をかくまで敵視するのは、いったいいかなる理由に基づくものなのか。
岩手県政には、漁民に寄り添おうという姿勢はないのか。零細漁民は県民とは思っていないのか。

30年前のことを持ち出して、「遵法精神なき者」と本当に考えているのか。
「固定式刺網漁業の許可さえできない」は、県の方針なのか。
県民の支持を得て知事の座にある者が、どうしてかくも県民に無慈悲な言葉を発せられるのか。
きちんと回答されたい。
(2019年5月31日)

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