澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

天安門事件と光州事件 - 軍は躊躇することなく国民に発砲する

6月4日である。あの天安門事件から30年が経った。この事件は私の胸に突き刺さるトゲだ。これに触れられるたびに胸が痛む。

学生の頃、中国革命を輝かしい歴史の到達点と評価していた。ここにこそ人類の未来があると信じていた。それが、次第に色褪せて、トドメを刺されたのが天安門事件だった。

今年(2019年)は、「三一独立運動」「五四運動」の両事件から100年でもある。朝鮮でも中国でも民主主義・民族主義運動の先頭には、100年前から立ち上がった学生の姿があった。純粋な理想と情熱をもって体制に抵抗し、社会を改革しようと行動することは若者の特権である。

以来脈々と学生運動の灯は受け継がれてきた。1980年韓国「光州事件」(光州民主化運動)と、1989年中国「天安門事件」の対比が、なんとも痛々しい。

光州事件を舞台にした、映画「タクシー運転手」の中に、印象に残る主人公のセリフがある。戒厳令下の光州で軍が市民に発砲しているという噂を打ち消そうとしてこう言う。

「ボクも、兵役で軍隊にいたからよく分かる。軍隊は国民を守るためにある。軍人が自分の国の市民を撃つことなんてあり得ない。」

やがて、光州に入ったタクシー運転手は、軍隊が躊躇することなく市民を攻撃するという、あり得ない光景を目撃して驚愕する。

それでも光州事件の犠牲者は、今その事件に光が当てられ、国民が記憶し、韓国民主化の礎とその名誉を讃えられている。もちろん、加害の責任追求にも怠りがない。一方、天安門事件の犠牲者は、その対極にある。

中国の民主化を求める天安門広場のデモ隊は、一時は100万人に達して、あの広大な広場を埋めつくしたという。このデモ隊に、軍からの解散命令が出た。引くか、抵抗を続けるか、デモ参加者の賛否は割れたという。このときまで、「解放軍が人民に武力を行使することはあり得ない」と信じられていた。

しかし、鄧小平をトップとする人民解放軍は、武器を持たない平穏なデモ隊に発砲した。躊躇なく徹底して。ここ中国の首都でも、あり得ないことが起こったのだ。光州より遙かに大きな規模で。しかも、軍の武力が民主化を求める民衆の運動を押さえ込むことに成功している。少なくとも、この30年は。犠牲になった人々の名誉はさらに傷つけられ、事件を闇に葬ろうという圧力は弱まることがない。

民主化をなし遂げた韓国と、民主化運動弾圧に成功した中国。その落差は大きい。
そして、思うのだ。軍隊とは、常に国民を守るというものではない。これは、皇軍だけの特殊事情ではない。ある局面では、容赦なく国民を殺す存在なのだ。政権や、資本や、宗主国や、特定の指導者を擁護するために。この教訓を忘れてはならない。
(2019年6月4日)

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