澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

オッチョコ首相とミノタケ大臣、それに擦り寄るハゲタカ企業。

高校生諸君。おそらく普段は関心を持つこともない国会審議だろうが、昨日(11月6日)の衆院予算委の集中審議にだけには、目を光らせて報道をよく読んでいただきたい。審議の内容が、共通試験への民間業者導入という、君たちの大学進学に関係する身近な話題であるからだけではない。これから君たちが担うことになるこの社会の成り立ちの基本を活写するものとして、極めて教訓に富むものとなっているからだ。

結論から言おう。まず目に付くのは、オッチョコチョイの安倍晋三首相、「身の丈」大事をホンネとする文科大臣、そんな政治家に擦り寄って利益を得ようというベネッセを筆頭とするハゲタカ「教育産業」の醜さだ。この構図がよく読み取れる。

しかし、問題はその奥にある。オッチョコ首相の野次はなくとも、首相の腰巾着として成り上がった文科大臣の「身の丈」発言がなくても、教育が企業の儲けの手段となり、教育さえも市場原理に委ねられていくことの問題性をしっかりと捉えなければならない。そして、現政権が強力に推し進めている「民間活力導入」における、政・官・財の癒着の構造を見すえなければならない。

まずは、この国の首相たる者のオッチョコぶりに注目せざるを得ない。
6日の衆院予算委員会で、安倍晋三首相が着席中に飛ばしたヤジに野党が猛反発し、審議が一時中断した。今井雅人議員が加計学園問題で文部科学省内で見つかった文書に言及した際に首相が不規則発言。今井氏によると、首相は今井氏を指さして「あなたが(文書を)作ったんじゃないの」とヤジったという。(毎日から)

この文書は、首相側近の萩生田(当時内閣官房副長官)が文科省に、加計問題での首相の意向を伝達したという圧力の証拠となる重大メモ。署名はないが、手書きのメモとして、文科省に保管されていたもの。唐突に、その作成者だと言われて、今井議員は当然に怒った。「侮辱です、謝罪してください」と声高な訴えに対して、首相はしどろもどろになりながらもこう答えた。

「文科相(萩生田のこと)が与り知らないメモなのだから誰が作ったか不明。今井議員だって私だって可能性があるという趣旨だ。」とムチャクチャな答弁をして場の紛糾を招いた。そして、「自席から言葉を発したことは申し訳なかった」とは言ったものの、「あなたが作った」を撤回せず、謝罪もしなかった。小学生のケンカのレベル。こういう非常識が、わが国の首相の姿なのだ。

ミノタケ文科相の「身の丈」発言には正直のところ驚いた。これが彼らのホンネであることはよく分かってはいたが、まさかこうもあからさまに、普段思っていることを分かり易く口にするとは思わなかった。もちろん、失言などというものではない。

「身の丈」とはそれぞれの個人が抱えている人生の条件のことだ。誰の子として、どこに生まれ、どのような家庭環境と社会環境で育てられてきたか。経済的に恵まれているか否か。「身の丈に合わせる」とは、それぞれの不平等な人生の条件を文句を言わずに受け入れよ、ということである。これを教育行政のトップが発言した意味は大きい。不平等な格差を是正することが教育行政の役割と認識していれば、絶対に身の丈発言はあり得ない。上から目線で、「貧乏人は、貧乏人の身の丈で、できることをするしかなかろう」と言うホンネが,この発言の真意なのだ。

教育における格差是正問題は、社会観の根本に関わる。まず、人は平等であるべきかという問にどう答えるか。一方に、すべての人は当然に平等である、という近代社会の常識がある。日本国憲法のコアの部分も、この常識を取り入れている。

もう一方に、世襲によって固定した身分的差別を容認する非常識がある。王族やら皇族やらの存在をありがたがり、民族や人種や性による差別をも容認するアナクロニズムと言ってよい。日本国憲法も、コアでない部分で天皇制という前世紀の遺物を残している。天皇制は当然のごとく男女の平等も排している。

その中間に、形式的な平等だけを認める立場がある。けっして、結果の平等を認めない。人の経済活動の自由を認めその結果として現れる、格差や不平等を積極的に容認する立場だ。利潤を求める資本にとって、低賃金で働く労働者が不可欠なのだ。だから、資本を代表する立場の政治にとって、建前は人間の平等でも、ホンネは差別の容認となる必然性がある。

教育は、この差別社会における階層間の流動性を促進する機能をもっている。この国の建前は、誰もが平等に教育を受ける権利を謳っている。教育の機会均等こそは、低所得階層にとっての希望へのステップである。

従って、本来教育は,貧富の差なく誰もが平等に受けられるように,無償であることが望ましい。そうすることによって社会はより有為な人材を育てるメリッとを享受することができる。

ところが、政府は無駄な防衛予算には巨額を注ぎ込んでも、教育にはカネを出し渋る。それなればこそ、教育産業の出番が生じる。教育は、教育産業のビジネスチャンスの場となり、市場原理で動くものとなる。圧倒的にカネを持つ親の子が、高学歴を所得するに有利になるのだ。共通試験の民間委託とは基本的にそのような構造の中での出来事である。

加計問題で明らかになったのは、首相が議長を務める「国家戦略特別区域諮問会議」の露骨なオトモダチ優遇だった。今度も、政権と業者の癒着が疑われている。たとえば、次の報道。
「英語試験法人に天下り、旧文部省次官ら2人 衆院予算委」(東京新聞)
「衆院予算委員会は6日、安倍晋三首相と関係閣僚が出席して集中審議を行った。2020年度の大学入学共通テストへの導入が延期された英語民間検定試験に関し、実施団体の一つベネッセの関連法人に旧文部省、文部科学省から二人が再就職していたことが明らかになった。野党は、英語民間試験導入の背景に官民癒着があるのではないかと追及した。文科省の伯井美徳高等教育局長は予算委で、旧文部省の事務次官経験者が同法人に再就職し、10月1日まで理事長を務めていたことを明らかにした。国立大学の事務局長を務めた文科省退職者も同日まで参与を務めていたと述べた。
また、立憲民主党の大串博志氏は「(民間試験導入が)民間に利益が及ぶ形で考えられているのではないか。疑念を呼ぶこと自体が大きな問題だ」と批判した。

おそらく高校生諸君は、怒るだろう。君たちは食い物にされているのだ。直接には教育産業に、そして教育改革を推進するという政治家たちに。また、今の社会や政治はこんなひどいものだと呆れることだろう。その責任は、私も含めた君たちの親やその親の世代にある。君たちの世代には、こんなオッチョコ首相やミノタケ大臣ではないマシな政治家を選任し、資本の論理が横行する社会ではなく、真に人間を尊重する社会を実現してもらいたい。

なお、明日(11月8日)には、参院予算委でも集中審議が予定されている。こちらにも、ぜひ関心をお寄せいただきたい。
(2019年11月7日)

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Published in 木曜日, 11月 7th, 2019, at 21:39, and filed under 安倍政権.

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