澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

平田勝さんの「未完の時代」を読む

(2020年8月12日)
平田勝さんが、自分の出版社から自伝を出した。『未完の時代―1960年代の記録』(花伝社)というタイトル。帯に、「そして、志だけが残った ― 『未完の時代』を生きた同時代人と、この道を歩む人たちへ」とある。この帯のメッセージも、平田さんの気持ちのとおりなのだろう。60年代の青春の活動を語りながら、題名はいかにも暗い。帯のメッセージも、である。

おそらくは私も『未完の時代』を生きた同時代人の一人であり、「この道の近辺を歩んだ」ひとりでもある。平田さんは、この書で私にも語りかけているのだと思う。私は、平田さんとは「知人」というほど疎遠ではないが、「友人」というほど親しくはない。無難な言葉を選べば、彼は私にとっての「先輩」である。「先輩」は便利な言葉だ。若い頃の2年の年嵩はまぎれもなく「先輩」である。

初めて平田さんと会ったのは、63年の春駒場寮北寮3階の寮室だったと思う。壁を塗り直したばかりのペンキの匂いのなかでのこととの記憶だが、もう少し後のことだったかも知れない。2学年しかないはずの駒場寮に平田さんは3年生だった。ドテラ着の齢を経たオジさん然とした風貌。

そのオジさんが、妙に物わかりのよいことを言った。「サワフジクン、学生はね、やっぱり学問をしなくちゃね。でないと後悔することになるよ」。平田さんは、私にそう言ったことを覚えているだろうか。同書を読むと、当時ご自身がそのように感じていたようなのだ。

平田さんも私も、第2外国語として中国語を選択した「Eクラス」に属していた。このEクラスは学内の絶対的少数派として連帯意識が強く、学年を超えた交流の機会も多かった。そして、サークル単位で部屋割りをしていた私の北寮の寮室は「中国研究会」だった。平田さんは、同室ではなかったが中研によく顔を出していた。

同書によって、私と平田さんの境遇のよく似ていることを知った。無名高からの東大志望、現役受験の失敗、駿台昼間部、苦学、「Eクラス」、寮生活…。平田さんは8年かけて大学を卒業している。私は6年で中退である。この書に出てくるいくつもの固有名詞が私にも懐かしい。ほぼ同じ時代を、同じ場所で、同じ人々に接して、人格の形成期を過ごしたのだ。

もちろん、似ていることばかりではない。平田さんは、大学に入学するとともに入党し党員活動家として学生運動で活躍した。私は、もっぱらアルバイトに精を出し、日々の糧を手に入れるのに精一杯だった。学生運動は傍観しているばかり。ほとんど授業にも出ていない。

最も大きく異なるのは、自分の信念に従って活動に没入する積極性の有無である。平田さんは迷いながらも常に活動参加の道を選んだ。その積極性が次々と新たな展開につながっていく。なるほど、誠実に生きるとはこのようなものか。私にはそのような果敢な精神の持ち合わせがなかった。だから、平田さんのように語るべきものを持たない。

本書は、異例の「冒頭の言葉」から始まる。「ここに記したのは1960年代に自分が実際に体験したこと 見たり、聞いたりしたこと そこで感じとったことなどを そのまま、記述したものである」という。そのとおりであろう。人柄を感じさせる、飾り気のない、実直な文章である。

第1章 上京と安保─1960年
第2章 東大駒場──1961年~1964年
第3章 東大本郷──1965年~1968年
第4章 東大紛争──1968年~1969年
第5章 新日和見主義事件─1969年~1972年

以上が大目次である。平田さんの学生時代が61年春から69年春まで、その前後を加えて、なるほど60年代という時代の空気を語るにふさわしい書となっており、第1章から4章までが、誠実な学生党員活動家として時代に向き合った活動の回顧録である。個人史を語って、強引に時代を定義づけたり、無理なまとめ方をしていないことに好感がもてる。

だが、「第5章 新日和見主義事件─1969年~1972年」の存在が、この書を特徴的な陰影のあるものにしている。第1章から4章までの、悩みを抱えつつも活動に勤しんだ伸びやかな筆と、第5章とは明らかに異なる。明と暗とのコントラストが際立ち、1章から4章までの成果が、第5章の事件によって押し潰される。痛々しさを覚えざるを得ない。

この200ページを越す書物の中で、肺腑を抉る二つの文章に出会った。この書を単なる回想録に終わらせない問題提起の書とするものである。

 権力からの弾圧に抗する覚悟はできていたが、共産党そのものから受ける弾圧に対する心の備えは、誰しもまだ十分ではなかったと思う。

 1960年代に盛り上がった学生運動は、1972年に起こった新日和見主義事件で頓挫するに至った。

 『未完の時代』という言葉で、平田さんが語ろうとしたのは、こういうことなのだ。平田さんは、それでも、「時代の課題に真正面から立ち向かった1960年代の時代精神とその「待続する意思」が、次の世代に受け継がれていくことを信じたい。」と結ぶ。

平田さんは、次のように無念の言葉を述べている。

 1960年代の学生運動は、その後の強力な民主主義運動を生み出すことにも直接繋がらず、政党の刷新や新党の結成など新しい政治潮流を生み出すことも出来なかった。
 その意味で、「未完の時代」に終わったと言える。

が、同時に、あとがきでは次のように展望が語られている。

 いまや「共闘の時代」が来ている。…それぞれの人々への「リスペクト」、すなわち相手の存在を認め、尊重、尊敬することなくして「共闘」は実現出来ない。
 同時に、それぞれのグループや政党の構成員に対しても、その存在に対する「リスベクト」が必要になっていると思う。外に対しては「リスペクト」、内部の構成員に対しては「分割的支配」というようなダブルスタンダードでは、一人一人が生かされる組織とはならないのではないかと思う。
 運動の広範な盛り上がりも経験し、全共闘の暴力的攻撃もくぐり抜け、党の専制的支配にもぶち当たった1960年代の我々の体験が、こうした「共闘の時代」に何らかの意味を持ち生かされるとしたら、これ以上の喜びはない。

 まったく、同感である。この書は、もっと話題となってしかるべきである。とりわけ、共産党を支持する人々の間で。

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