澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

無責任な「中国脅威論」への説得力ある反論

同窓の村田忠禧さん(元横浜国大教授)から、「データに基づく『中国脅威論』批判」という興味深い未発表論文をメールでいただいた。小さな文字でA4・10頁びっしりというかなり長文のもの。ごく一部を摘出して概要をご紹介したい。

安倍政権は、最後まで戦争法案の立法事実を示すことができないまま、「採決を強行」した。が、この間「安全保障環境の変化」「日本を取り巻く国際環境の変化」は、再三強調された。そして最終盤に至って中国脅威論を公言するようになった。そこでは、近年の中国の国防費の伸長が語られた。村田論文は、この「国防費の伸長を根拠とする中国脅威論」に対する批判である。時宜を得た重要なものだと思う。どこかの雑誌に掲載してもらいたいと思う。

この論文の基本的立場は、小見出しを拾い出して、「事実に基づく判断の必要性」「中国の軍事費の増大は異常なのか」「経済発展と並行して考察すべき」「『防衛白書 2015』の恣意的な分析」「これから中国は軍事大国の道を歩むのか」「平和と発展こそ時代の潮流」とつなげると、ほぼご理解いただけるものと思う。

政権や右翼が喧伝する中国脅威論は、「9月1日付け『朝日新聞』に「安倍晋三首相が安全保障関連法案を審議する参院特別委員会で『中国は急速な軍拡を進めている。27年間で41倍に軍事費を増やしている』と述べた」(同論文からの引用)という如くのものである。この安倍答弁の数値の出所は「防衛白書2015」であるが、村田論文は、その数値操作のからくりを明らかにして、「客観的姿勢に欠けた、きわめて恣意的な情報操作であり、中国脅威論を煽る安倍政権の体質をよく表現している。」と言う。

この安倍答弁の対極に次のような見解があるという。

自衛隊陸上幕僚長を務めた経験のある冨澤暉氏は近著『逆説の軍事論』(バジリコ出版、2015年6月刊)において日本で盛んに喧伝されている「中国脅威論」の誤りを次のように指摘している。
「第一に、中国の軍事力を総合的に捉えずに、断片的な情報で判断していることです。例えば、中国の軍事費は20年近く10%以上の伸びを続けているという情報だけで動揺し、冷静な判断力を失ってしまう。私が自衛隊に入隊した1960年から1978年まで、わが国の防衛費も10%以上の伸び率で増加していました。(1968年だけは9.6%ですが四捨五入で10%とします)。私はまさに、その最中にいた者ですが、我が自衛隊が軍拡しているという実感を味わったことは一度もありませんでした。また、外国から『日本は軍拡しており、けしからん』と非難された記憶もありません。『自衛隊の予算も少しはよくなったものだ』と感じるようになったのは、1982年頃からの数年でしたが、当時の防衛費の伸び率は5~7%程度だったと思います。経済の高度成長期には、どんな数字も伸びるものです。その数字の背景や中身がどのようなものかを確かめてから議論しなければ何もわかりません。」(126~7頁)
安倍首相をはじめ、多くの「中国脅威論」を喧伝する面々は、この軍事専門家の意見に耳を傾けるべきではなかろうか。

軍事費の増大=軍備拡張、海外進出と短絡的に捉えると大きな判断ミスを犯す…判断ミスを犯さないようにするには、客観的な判断ができるよう、可能な限り多角的、重層的、客観的、総合的な分析を加える努力が必要である。

この基本姿勢に立って、同論文は、米・中・日・独4カ国の国防費の推移を、多角的、重層的、客観的に検証している。ストックホルム国際平和研究所が発表する各国軍事費のデータによれば、1990年を基準として2014年における国防費の伸びは、下記のとおりであるという。
  米  1.99倍
  中 21.12倍
  日  2.11倍

世銀のPPPレート(購買力平価)に引き直すと、以下のとおりだという。
  米  1.99倍
  中 12.97倍
  日  2.41倍

この間の、各国のGDPの伸びには次のように、著しい差異がある。
  米  2.91倍
  中 32.95倍
  日  2.21倍

日本だけが、GDPの伸びを上まわる国防費の伸びを示していることになる。

その結果、GDPに占める軍事費の割合が、注目すべき数値となっている。
  90年     00年     10年     14年
  米 5.12% 米 2.93% 米 4.57% 米 3.50%
  中 2.53% 中 1.86% 中 2.07% 中 2.08%
  日 0.80% 日 0.97% 日 0.98% 日 0.99%
中国には、経済発展とそれによる国力の伸張に相応した以上の軍事力の拡大は見られないことになる。

なお、GDPに占める軍事費の割合の90年~14年の平均値は、
  米  3.86%
  中  2.02%
  日  0.96%
  独  1.15%
であるという。アメリカが突出した軍事国家であることが明瞭であり、このことは国民一人あたりの軍事費負担(14年)が、次のとおりであるという。
  米  1891ドル
  中   155ドル
  日   360ドル
  独   560ドル

  
14年の一人当たり軍事費を、中国を1とした場合、米国は12.2、日本は2.3、ドイツは3.6となる。もし日本の一人当たり軍事費を「正常」である、と仮定するなら、中国の軍事費は14年の値の2.3倍になっても「正常」の範囲内にあり、大騒ぎすることはないことになる。

軍事費は国土面積の大きさにも関係する。14年の軍事費をそれぞれの国の面積で除した値(1000ha当たり)は次の通りとなる。
  米国62、 中国23、 日本121、 ドイツ130。
  中国を1とすると米国2.7、日本5.3、ドイツ5.7となる。
中国は国土面積では米国とほぼ同じだが、一人当たり軍事費では米国の37%に過ぎない。むしろ中国の国土面積の25分の1ほどしかない日本の軍事費の多さが目につく。もちろん領海をも含めれば得られる値は変わってくるが、大幅な違いにはならないであろう。

  
同論文は、中国の軍事力の質の問題には触れるところがないが、安倍流無責任中国軍拡脅威論には、十分な反論になっているものと思う。

中国は、既に世界第二の大国になった。アメリカをも追い越すときがくる。その軍事力が規模において日本を凌駕するものとなることは、当然のことと受容せざるを得ない。その中国を「脅威」とする視点だけでは、日本の進路の安定は望めない。村田論文は、最後を次のように結んでいる。

「人民解放軍の30万人削減宣言は中国が『平和大国』として発展する方向を示したものと捉えことができる。ただし軍事費の削減は一方的に実現できるものではない。関係する国々が同一歩調を採らないと目標は実現できない。この機会に日本も積極的姿勢を示し、日中の相互信頼関係の回復に役立つ具体的措置を打ち出すべきである。」

「中国の発展は改革開放政策のたまものである。おりしも科学技術革命の進展と経済のグローバル化が全世界的規模で展開される時代と重なった。中国はこの時代の潮流に積極的に対応し、今では世界経済の重要な牽引力、エンジンになっている。隣国である日本は大国となった中国の変化、発展の影響を大いに受ける。中国の発展を日本の発展にとって『脅威』と見るのか、それとも『好機』と見るのか。安易な『軍事脅威論』に惑わされず、時代の潮流をしっかり見据え、事実に即した冷静、客観的は判断をすべきである。」

中国を礼賛するつもりはない。その人権状況には批判の目を向けたいと思う。また、いかなる国に対しても、軍拡に反対する国際世論を形成しなければならないと思う。
しかし、安倍流の中国脅威論の煽動や、これをさらに煽り立てる右翼潮流には、具体的な反論が必要であり、その点で村田論文は貴重なものになっていると思う。
(2015年9月27日・連続910回)

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