澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

オリンピック「政府は支援するが、干渉してはならない」

今年(2016年)は4年に一度の閏年で、オリンピックイヤーにあたる。8月5日がリオデジャネイロ五輪の開会式。このところ、問題ばかり多くて盛り上がらないオリンピックだが、ビッグイベントであることに疑いはない。巨額のカネが動き、国家の威信がこれ見よがしに喧伝される。騒々しいまでの商業主義とナショナリズムの祝祭である。

寡聞にして知らなかったが、そのリオの五輪にクウェートが出場停止処分を受けているという。そして、インドも危ないという。我が国では大きな話題になっていないが、興味をそそられる。

1月14日「ロイター・時事」が次の記事を配信している。
「クウェート政府は、今夏開催されるリオデジャネイロ五輪の参加を国際オリンピック委員会(IOC)から差し止められた問題で、クウェート・オリンピック委員会を相手に巨額の賠償を求める訴訟を起こした。IOCは、同国政府のスポーツ界への干渉が五輪運動の妨げになることを理由に、昨年10月に資格停止処分を決めた。」

この報道だけでは何のことだか分からない。とりわけ、なぜ政府が国内オリンピック委員会を訴えているのか見当もつかない。しかし、「IOCが昨年10月にクウェートの五輪参加資格停止処分を決めた」ことだけは、間違いなさそうだ。

本日(1月24日)の「朝鮮日報日本語版」寄稿記事が、その理由に触れている。そして、インドも危ない。韓国も気をつけねばならないと警告を発している。各国政府のオリンピック憲章違反への警告である。これを読むと、日本だって大いに危ういのではないだろうか。

その寄稿のタイトルは、「韓国もリオ五輪から追放されかねない」というもの。寄稿者は「イ・ダルスン」なる人物。「ハロースポーツ発行人(元KOC常任委員)」の肩書が付されている。知らない人だが、「朝鮮日報」掲載記事なのだから信頼に足りるのだろう。

これによると、IOCの対クウェート処分は、「国際サッカー連盟(FIFA)が昨年10月『クウェートが法律改正を通じ、政府がスポーツ行政に介入できるようにした』として、資格停止処分を下した」ことがきっかけだという。
なお、「クウェートは2010年にも、政府が自国の五輪委員会委員長などを直接選任したことが問題になり、国際オリンピック委員会(IOC)から懲戒処分を受けている」という。

要するに、政府のオリンピックへの介入が、今回の出場停止の理由なのだ。政府が各国オリンピック委員会(NOC)委員長を直接選任するなどは、不当な介入の典型行為というわけだ。クウェートが今年のリオデジャネイロ五輪に出場できないだけでなく、「さらにインドもクウェートの二の舞になる可能性が出てきている」という。

「このようにIOCは、サッカー・ワールドカップ(W杯)やアジア大会に至るまで、オリンピック憲章やIOCの指針に反するスポーツ行政に対し、強大な権威をもって容赦ない懲戒処分を下している。」

オリンピック憲章は「政府は支援はしても、干渉はしない」としており、国際スポーツの潮流は「スポーツ団体の主体は、非政府の純粋な民間による自主・自立団体でなければならない」というもの。そのように、寄稿は力説している。

ところが、韓国で新たに制定された「統合体育会定款」なる規定が、文化体育観光部(日本の文科省に当たるもの)長官が承認する項目が24もあることを問題視している。これは憲章違反になりかねないという。「韓国にも今年のリオ五輪に出場できなくなる危機が迫ってこないという保障がないわけではない。この事態の深刻さを、政府やスポーツ指導者たちは見過ごしている」と警告されている。

私は、IOCにこんなに厳格に憲章を守ろうという姿勢があろうとは思ってもみなかった。「国際サッカー連盟(FIFA)の幹部連中はカネまみれだった。IOCだって同じ穴のムジナだろう」というのが私の認識。IOCは多面的な顔を持っているということなのだろう。

国民は選手団のメダルの色と数には関心をもつが、五輪の理念にも憲章にも、組織原則には関心を持たない。報道もなく、ほとんど無知である。今回の競技場建設とエンブレム問題で、巨額のカネが動くことに唖然としているだけの状態ではないか。

寄稿者は、こう言っている。
「韓国の統合体育会の定款は、あたかも体育会が政府傘下の公営企業のような錯覚を覚える。統合体育会の結成を推進した政府や国会、スポーツ指導者たちは、国際スポーツの潮流を全く知らないでいる。推進委員たちはできるだけ早く、このような事実からまず確認し、国際スポーツ界からつまはじきにされることのないよう、対策を急がなければならない。」

日本とて、事情はまったく同様ではないか。官民一体というよりは、政府が主導する東京五輪には、落とし穴が待ち受けてはいないか。

オリンピックは、既にぎらつく商業主義に汚れている。それだけでなく、国威発揚の舞台となり、ナショナリズム高揚の機会とされている。どこにでも国旗が掲げられ、幾たびも国歌を聞かされることになるだろう。しかし、実は政府介入は五輪憲章違反ということなのだ。

オリンピック憲章が「政府は支援はしても、干渉はしない」としていることは、政府と教育の関係によく似ている。政府(自治体)は、教育条件整備の義務を負うが、教育の内容に介入してはならない。権力とは、そのような自制を求められるのだ。

アベ晋三の「福島原発の汚染水は、完全にブロックされ、コントロールされている」という大ウソから始まった東京オリンピック。攻めて静かにやってくれ。うっとうしく押しつけがましいことはやめていただきたい。国威の発揚やナショナリズム涵養への利用は御免こうむる。それが遵守できないなら、むしろ日本の出場停止処分を期待したい。
(2016年1月24日)

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