澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「可視化された悪役」が退場しても、NHKに対しては「猜疑の眼」が必要だ。

一昨日(4月8日)、多菊和郎さんからメールをいただいた。
「3年間続けてきたNHKの受信料支払停止を終了することにしました」とのこと。「会長の交代でNHKの現状が改善されるとは思っていませんが、支払停止は籾井会長の辞任・罷免を求めてのことであったので、この際、区切りをつけようと考えました。」という。

しかし、多菊さんは、なんの留保もなく受信料支払いを継続するつもりではないという。その意向を「多菊和郎のホームページ(http://home.a01.itscom.net/tagiku)にアップロードしました」という。これをご紹介したい。

以前にも触れたことがあるが、多菊さんは私の学生時代の同級生。1965年4月に進学の東大文学部社会学科で席を同じくした仲である。とはいえ、当時親しかった記憶はない。いや、お互いの存在すら知らなかった。わずか30人ほどのクラスでのこと。私の授業への出席率が極端に悪かったからなのだ。当時私は、もっぱら生活費を稼ぐためにアルバイトに明け暮れていた。本郷のキャンパスは、ほとんど私の生活の場ではなかった。

多菊さんを初め、同級生のほとんどは1967年3月に卒業している。あれから、ちょうど50年だ。30人の同級生のうち、8~9人がNHKに就職したのではないだろうか。多菊さんもその一人だ。私は就職活動もせずに留年して、結局は中退となった。私も真面目に勉強しておれば、もしかしたら多菊さんのようにNHKに就職していたのかも、などと思うこともある。

その多菊さんと、偶然に何年か前初対面同然で巡り会った。そして、彼がNHKのOBとして籾井勝人会長の発言に怒り心頭であること、退職者有志たちで会長罷免要求の運動をしていることを知った。なによりも驚いたのは、彼がNHK退職者でありながら、受信料支払い停止を実践していることだった。しかも学ぶべきは、彼の行動が実に堂々としていることである。匿名に隠れたり、遅疑逡巡するところがない。明確な信念の行動なのだ。

彼は、NHK受信料支払いを支持する立場である。しかし、「2004年7月のNHK職員による不祥事に、多くの視聴者が受信料支払いの拒否や保留に転じたためNHKの経営が危機に瀕した」事件に関して、「NHKの側が十分に“視聴者に顔を向けた”放送局でなかったために,視聴者が『最後の手段』を行使した。その意味では、受信料制度は破綻したのではなく、設計どおりに機能したと言えよう」と、視聴者の「最後の手段」としての受信料支払い拒否を「制度の設計どおりの機能」と肯定する。

その一方で、「なお一点確認しておくべきことがある。それは、NHKの経営基盤が弱体化すれば、政治権力は間髪を容れずこのメディアヘの支配権拡大に着手することがはっきりと見えた」ともいう。
視聴者の賢い対応で、公共放送を育てていくことが必要だという意見なのだ。

ほかならぬその彼の受信料支払い停止実践の記録が、「多菊和郎のホームページ(http://home.a01.itscom.net/tagiku)に掲載されている。

このホームページには、これまで以下の4本の記事が掲載されていた。
1 籾井勝人NHK会長あて   
   会長職の辞任を求める書簡(2014年3月3日付)
2 浜田健一郎NHK経営委員長あて
   NHK会長の罷免を求める書簡(2014年3月3日付)
3 受信料支払い停止の経緯に関する報告資料(2014年4月28日)
4 参考資料(論文)放送受信料制度の始まり

それに、今回(4月8日)、
5 NHK経営委員長・会長あて
  会長交代に関する意見と対応(2017年3月17日付)
として、新たに下記の記事が付け加えられた。
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2017 年3 月17 日
日本放送協会 経営委員長 石原 進 様
日本放送協会 会 長 上田良一様
多菊和郎
NHKと受信契約を結び放送受信料を長い間支払ってきた視聴者の一人として、また三十年あまりNHKに奉職し公共放送の仕事に携わった者として、3年前の2014年3月に、籾井勝人会長(当時)に会長職の辞任を求め、浜田健一郎経営委員長(当時)に籾井会長の罷免を求める書簡をお送りしました。求めた事柄のお聞き容れが無かったため同書簡でお伝えしたとおり翌月に受信料の支払いを停止しました。
今回この書面によって、前会長の任期満了と新会長就任という事態の変化に対応する私の考えを申し述べます。

1 NHK会長としての資質を欠く前会長に3年の任期を全うさせた経営委員会は、この間に大きく損なわれたNHKへの信頼を回復するため、最大で真率の努力を傾注する責任を負っていると思います。信頼失墜の最大の原因である報道姿勢の問題について、新会長就任後2か月余りが経過した今も、変化の兆候は見えていないと感じています。

2 このように、NHKの現状に関する私の認識は昨年末までのそれと大きく変わっていませんが、3年前の書簡で求めた会長の辞任・罷免については、当該の要求事由が消滅しました。したがって、2014年4月以来支払いを停止し相当額を私的に積み立ててきた過去3年分の放送受信料を支払います。

3 本年4月以降の受信料支払いについては「口座・クレジット」による支払方法を選択せず、「継続振込等(コンビニを通じての2か月前払)」の方法によって支払います。これは、今後当分の間「猜疑の眼」を以ってNHKの放送内容と組織の実態を凝視し続けるという、私の意思を表明する手段であるとご承知ください。

4 「猜疑」の理由を述べます。私は、経営委員を含むNHKの役職員の中に、「放送に携わる者の倫理」を忘却または放擲したまま仕事を続けている人々が存在すると看ています。そこで、たとえ過去3年間の執行部責任者のような「可視化された悪役」が退場しても、《政府が「右」と言うことは「右」としか伝えない半公然のシステム》が既に機能しているのではないかという深い猜疑の念を払拭できないのです。

5 「猜疑の眼」でNHKを凝視するに当たって、次の2項を判断の基準にしていきたいと考えています。
(1) 放送番組編集方針、特にニュース・報道番組においてジャーナリズムの基本原則が堅持されているかどうか。
(2) 経営委員の任命を含むNHK役職員の人事配置において特段の公正と透明性が確保されているかどうか。

私は今、放送法第一条に謳われている「放送に携わる者の職責」という文言について、その意味するところに思いを巡らしています。
  以上

「可視化された悪役」という表現が言い得て妙である。「可視化された悪役」は、運動の標的として恰好の存在ではあるが、舞台は「可視化された悪役」一人で作られたものではない。それを支えていた脇役も多数いたというべきなのだ。その悪役一人の退場後も、可視化されない悪役たちが舞台で跳梁を続けているのではないか。その可視化されていない悪役に「猜疑の眼」による凝視が必要だというのだ。当事者意識をもって事態を見つめてきた多菊さんならではの対応。学ぶところが多い。
(2017年4月10日)

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