澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

第五福竜丸平和協会は、山本義彦新代表理事体制に。

昨日(5月27日)の公益財団法人第五福竜丸平和協会2017年度定時評議員会で、協会人事が大きく入れ替わった。協会の歴史にも反核運動にも、節目の時を感じる。

これまで長く代表理事を務めて、第五福竜丸の顔として知られた川崎昭一郎さん(千葉大名誉教授)が退任され、新たな代表理事に山本義彦さん(静岡大学名誉教授)が選任された。初代・三宅泰雄、2代・川崎昭一郎に続く、3代目の代表理事である。なお、川崎さんに代わる新理事として、高原孝生さん(明治学院大学教授)が選任された。

新理事会メンバーは以下のとおり。
・奥山修平(中央大学教授)
・川口重雄(高校教諭、丸山眞男手帖の会代表)
・坂野直子(日本青年館職員)
・高原孝生(明治学院大学教授・新任)
・山本義彦(静岡大学名誉教授・代表理事に)

理事だけでなく、評議員も大きく入れ替わった。浅見清秀(元都労連副議長)、岩佐幹三(被団協)、岩垂弘(元朝日新聞記者)、猿橋則之、高原孝生(理事に)の諸氏が退任して、新評議員会は以下のメンバーとなった。
・大石又七 (元第五福竜丸乗組員)
・桂川秀嗣 (東邦大学名誉教授・物理学者)
・岸田正博 (墨田山多聞寺住職)
・榛葉文枝 (元中学校教諭)
・日塔和彦 (文化財木造建造物修復)
・竹内 誠 (東京都生活協同組合連合会専務理事) (新任)
・長田三紀 (全国地域婦人団体連絡協議会事務局長)(新任)
・西原美香子(日本YWCA常務理事/総幹事)   (新任)
・山田玲子 (東友会副会長、日本被団協中央相談所委員長)(新任)
・若林克俊(自治労東京元執行委員、東京平和運動センター副議長)(新任)

なお、私は浦野広明さんとともに、もう1期(任期4年)監事を務める。

会合のあと、新旧役員の懇談会があって、顧問の杉重彦さん、山村茂雄さんらも出席され、全員のスピーチがあった。大石又七さんも、やや不自由なお体で出席され、思いの丈を語られた。

岩垂弘さんのスピーチだけを紹介しておきたい。
ビキニ事件が世を震撼させた1954年3月、岩垂さんは高校を卒業して大学に入学直前の時期だった。入学早々の早稲田での集会で、当時の総評事務局長高野実の原水爆反対運動への呼びかけの演説が印象に深いという。そして、岩垂さんは、夢の島に捨てられた第五福竜丸を記者として取材することとなり、その契機から反核運動の報道に携わることとなった。

岩垂さんは、初代三宅泰雄さんの原水禁運動における功績を、次のように語った。
「当時の原水禁と原水協との組織的対立は、一緒に運動することができないなどというレベルではなかった。お互い同席もできないんですよ。両者の反目激しいなかで、唯一、第五福竜丸の運動だけが、両組織が共同して参加できるもので、それは三宅さんが心を砕いた結果だった。」

そして、「2代目川崎さんの時代は、三宅さんの築いた基礎の上に、順調に広く社会に第五福竜丸の保存・展示を中心とした反核平和運動を展開した時期だった。今、時代は移り、ビキニも第五福竜丸も知らないという若い人々が増えている。この時期に、これまでの遺産をどう活かすか。それが3代目・山本代表理事の課題となることでしょう。」

おそらくは、同席する人々の賛意を得たスピーチであったと思う。

同日の会合で配布された資料の中に、昨年(2016年)の「展示館開館40周年」を伝える幾つかの新聞報道のスクラップのコピーがある。いずれも、「開館以来40年間で、来場者総数は530万人になっている。」と、核実験の被害を伝えてきた意義を確認しつつも、朝日は、「だが、原水禁運動の起点になったビキニ事件を知らない世代が増え、最盛期には30万件を超えた年間来館者数も、東日本大震災発生後の2011年度に10万人を割り込むなど、下落傾向に歯止めがかからない」と辛口の報道。対して、東京新聞は、「来場者の4分の1は学校見学できた子どもたち。成人して子供を連れてくる人もいる。世代を超えて、記憶を継承する役割を果たしている」と明るい展望を描いている。もちろん、両面とも真実。現実を見つめつつ、反核・平和に寄与する運動を進めなければならない。なお、2016年度(16年4月1日~17年3月31日)の年間入館者数は10万人の大台を回復している。山本義彦新執行部の幸先は悪くない。

公益財団法人第五福竜丸平和協会の公式サイトのURLは以下のとおり。よろしくご協力、ご支援のほどを。
http://d5f.org/kyokai.html
(2017年5月28日)

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