植村提訴記者会見報告ー敵役をかって出た産経に小林節の一喝
1月9日、植村隆元朝日新聞記者が、株式会社文藝春秋と西岡力の2者を被告として、損害賠償等請求の民事訴訟を東京地裁に提起した。係属部は民事第33部。事件番号は平成27年(ワ)第390号となった。
請求の内容は、次の3点。
(1)ウェブサイト記事の削除
(2)謝罪広告
(3)損害賠償
請求する賠償の金額は合計1650万円。請求原因における不法行為の対象は、以下の各記事。
被告文春について
(1)「週刊文春」2014年2月6日号記事
「『慰安婦捏造朝日新聞記者』がお嬢様女子大教授に」
(2) 同8月21日号記事。
「慰安婦火付け役朝日新聞記者はお嬢様女子大クビで北の大地へ」
被告西岡について
(1)単行本「増補版 よくわかる慰安婦問題」
(2)歴史事実委員会ウェブサイトへの投稿
(3)「正論」2014年10月号掲載論文
(4)「中央公論」2014年10月号掲載論文
(5)「週刊文春」2014年2月6日号記事中のコメント
植村隆元記者は、朝日に次の2本の記事を書いた。
(1)1991年8月11日
「もと朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」
(2)1991年12月25日
「かえらぬ青春 恨の人生」
被告らが23年前の原告執筆記事を「誤報ではなく捏造」と決め付け、原告を「捏造記者」とすることは名誉毀損に当たり、また不必要な転職先を記事にしたことは違法なプライバシーの侵害に当たる。これが訴状請求原因の骨格である。
この提訴は、植村バッシングの問題点をほぼ網羅している。他の「週刊文春的な報道」や「西岡的な記事」に対しては、この訴状請求原因の一部の応用で対応可能である。弁護団事務局長は、記者会見で次のとおり発言している。
「植村さんを捏造といっている主体はたくさんある。われわれは全国から弁護士を募り、170人の弁護士が代理人に名を連ねた。その他の被告となりうる人々についても、弁護団の弁護士が力をつくし、順次訴えていき、植村さんに対する誹謗中傷を完全に打ち消すところまで闘いたい」
その言の実行にさしたる労力は要しない。
当日(1月9日)の提訴後に、原告と弁護団が司法記者クラブで提訴報告の記者会見を行った。この会見に憲法学者小林節が同席している。これが興味深い。
小林節は人も知る改憲派の法学者である。「憲法守って国滅ぶ」(1992年)という著書があるくらいだ。だが、安倍内閣のような危うい政権に憲法をもてあそぶ資格はないとして、強固に「とりあえず改憲反対」を唱えている。けっして「そもそも改憲反対」の立場ではない。その小林は弁護士資格を持っており、反文春、反西岡の立場を明確にして植村弁護団に加わったのだ。
記者会見では、冒頭植村がまとまった発言をし、次いで3人の弁護団員が敷衍しての説明をした。その中に小林の発言もあり、「これは法廷闘争だ」「慰安婦問題の論争をしようということではない」「植村と家族にとっての人権問題であり、大学の自治の問題でもある」「誹謗中傷で、名誉毀損であることを法廷の場できちっと決めて責任をとらせる」「そのことで派生したさまざまな攻撃も消えていくことを期待する」
従軍慰安婦の歴史的な論争は、そのあとの冷静な環境のなかできちっと議論されるべきだ、というのが小林の発言の趣旨だった。
そのあとに質疑応答があり、まず質問に手を上げたのは産経の阿比留記者。あきらかに、産経が書こうとしている予定記事の筋書きに使えそうな言質を取ろうとしての質問。植村の回答に再度の質問をし、さらに3度目の質問に及んだが、司会から遮られ、ジャパンタイムズ記者が替わった。その後阿比留記者は、また質問しようとしたが、司会はフリーの江川を指名した。さらに、阿比留が5度目の質問をして植村が回答している。続いて、TBSの質問があり、新聞労連委員長の発言があって、予定の時間が尽きた。
最後に小林が、「ひとこと」と発言の許可を求めた。そして、産経の阿比留記者に向かって次のように言葉をぶつけた。
「今の論争を聞いて、とても不愉快だ。入り口で相手が敵か味方か決めて、敵と決まると、10の論点があっても、都合の悪い8の論点は聞こえなく見えなくなる。自分にとって都合のいい2つの論点だけをガンガンガンガン、お前どう思ってんだどう思ってんだと。そういう議論の仕方が問題だ。
お互い、不完全な人間が日々走りながら記事書いたり報道したりしてるんじゃないですか。完璧な発言をいつもしてきたと自信あるやつなんていません。お互いそうやって、向こう傷しょいながら、大きな議論をして方向性を出していくんじゃないですか。
聞いていて情けない。10ある論点のうち、たった2つだけ。それも決めつけて、自分達の結論に都合のいいようにだけ、何度も何度も確認しようとする。そういう議論をやめてほしいから、この訴訟に私は参加しているんです」
訴訟は、文春と西岡を被告とするものだが、はからずも産経が被告らと責任を分担していることを露わにした一幕。それにしても小林節(ぶし)の一喝は冴えている。
ところで、産経はiRONNAというインターネット・サイトをもっている。ここに「池上彰が語る朝日と日本のメディア論」という記事が掲載された。池上彰が産経新聞のインタビューに答える形の記事。1月6日のこと。
そのなかに、植村バッシングに触れて、「産経さんだって人のこと言えないでしょ?」という池上の発言が掲載されている。
「この問題に関して言えば、元朝日記者の植村隆さんがひどい個人攻撃を受けてしまった。そこら辺の経緯は私も良く分からないからコメントできないですけど、ただ植村さんが最初は神戸かなんかの大学の先生に決まっていたでしょ。あの時、週刊文春がそれを暴露した。あれはやりすぎだと私は思いましたね。こんなやつをとってもいいのか、この大学への抗議をみんなでやろうと、あたかも煽ったかのように思えますよ。
これについては週刊文春の責任が大きいと思います。植村さんが誤報したのだとしたら、それを追及されるのは当たり前ですが、だからといってその人の第二の就職先はここだと暴露する必要があるのか。それが結局、個人攻撃になっていったり、娘さんの写真がさらされたりみたいなことになっていっちゃうわけでしょ。ものすごくエスカレートする。逆に言えば、産経さんはこの件に一切関与していないにもかかわらず、なんとなく植村さんへの個人攻撃から娘さんの写真をさらすことまで、全部ひっくるめて朝日をバッシングしているのが、産経さんであるかのようにみられてませんか? 産経さんの誰かが書いていましたよね。うちはちゃんと分けているのに、全部ひっくるめて批判するのはおかしいって。そんな風になってしまったのは、これまた不幸なことだと思いますね」
1月9日記者会見は、そのインタビューから3日後のことである。この会見での産経記者の振る舞いによって、「なんとなく植村さんへの個人攻撃から娘さんの写真をさらすことまで、全部ひっくるめて朝日をバッシングしているのが、産経さんであるかのようにみられる…不幸」を重ねてしまったようだ。
(2015年1月12日)