澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

自民党改憲草案21条2項の「目的」の恐ろしさ

自民党日本国憲法改正草案の恐ろしさは、9条を改悪して外征可能な国防軍をつくろうということだけではない。国旗国歌・元号の強制によって「天皇を戴く国家となりかねない。また、「公益・公序」というマジックワードによって、あらゆる人権が制約可能となり国民の基本的人権を根こそぎ否定しかねない。このようなことは、既に多くの人に知られてきた。

私は、自民党憲法改正草案の恐ろしさの象徴として、草案21条2項を挙げたい。なかんずく、その条文の中の「目的」という言葉の恐ろしさを語りたい。まだあまり注目されていないことであるから。

表現の自由こそは、憲法条項のスーパースターだ。最も重要で、最も出番の多い、精神的自由権の中核条項。人権中の人権条項と言ってよい。日本国憲法21条第1項は「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と高らかに謳い上げる。そして、第2項で、「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」と明確に定めている。これが、権力者には目障りでしょうがない。で、自民党改憲草案は、この条文の形を根底から変えてしまおうとする。

草案21条の第1項は現行日本国憲法第1項と同じ内容。検閲を禁止した現行の2項は同じ内容として、第3項に位置がずれる。そして、問題の「草案21条2項」が次のとおりに新設される。

「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。」

これを意味の通る普通の文章に翻訳してみよう。
原則論としては一切の表現活動の自由が保障される。しかし、例外が二つある。まず、「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行うこと」これは認められない。さらに、「公益及び公の秩序を害することを目的として団体をつくること」これもダメ。同じ行為でも、公益・公序を害する目的があるかないかで雲泥の差となる。「目的アリ」と認定されたら禁圧できることになる。

この憲法が現実のものとなったら、活動規制・団体規制を具体化する法律が作られることになる。その法律の名称こそ、「新・治安維持法」と名付けるのにふさわしい。

1925(大正14)年に成立した元祖治安維持法の第1条は、「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」というものである。

平仮名に訳せば、「国体を変革すること、または私有財産制度を否認することを目的として団体をつくれば処罰する。その団体に加入した者も同罪。最高刑は懲役10年」という。

「国体の変革」とは天皇制の打倒を意味する。「私有財産制度を否認」とは資本主義体制を変革しようということ。いずれも、共産党を念頭においた弾圧法規だった。

天皇制政府が制定した治安維持法の「国体ヲ変革」「私有財産制度ヲ否認」という目的規定が、自民党草案では、「公益及び公の秩序を害する」という目的規定に衣替えはされているものの、公益・公序の内容の理解次第で、治安維持法とまったく同じ弾圧法規となり得る。

その元祖・治安維持法は、1928(昭和3)年に緊急勅令で改悪され最高刑は死刑とされた。しかも、恐るべきことは、処罰の範囲がほぼ無制限に拡大されたことである。「目的遂行罪」といわれる犯罪類型の創設である。条文を抜き書きする。

第1条1項 「国体ヲ変革スル…結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者ハ二年以上ノ有期ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」
同2項「私有財産制度ヲ否認スル…結社…ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」

これも、平仮名言葉に翻訳すれば、
「国体の変革という目的でつくられた団体の構成員であろうとなかろうと、その団体の目的遂行のためのための行為をした者は処罰する。法定刑は、懲役2年以上(15年以下)」
「私有財産制度を否認する目的でつくられた団体の場合も同様。こちらの法定刑は、やや軽く最高懲役10年(最低1か月)」

普通、犯罪構成要件中の「目的」は、犯罪類型を限定する機能をもつ。通貨にそっくりの物の製造行為があっても、行使の目的がなければ通貨偽造罪には当たらない。権限のない者が他人の名義を冒用した文書を作成しても行使の目的がなければ文書偽造罪は成立しない。ところが、「目的遂行ノ為ニスル行為」の無限定性・漠然性は、目的の2字になんの限定機能も発揮させなかった。むしろ、正反対に「目的」の認定次第で、弾圧可能とする事態を招いた。

治安維持法で起訴された被告人を弁護することは弁護士の正当な職務行為である。ところが、刑事被告人の弁護活動が、「国体を変革することを目的とする結社の目的遂行のためにする行為」と、「目的」認定次第で、弁護人が2年以上の有期懲役にあたる犯罪を犯したことになる。

現実に、刑事弁護活動が「違法な結社の目的遂行のためにする行為」とされて、多くの弁護士が治安維持法の目的遂行罪で逮捕、起訴され、有罪判決をうけている。「共産党員被告の弁護は、すなわち日本共産党の目的遂行のためにする行為」とされ、弁護活動の外形が同じでも、その目的の認定次第で起訴され有罪とされたのだ。恐るべき暗黒の時代であった。

さらに、である。次の一文をお読みいただきたい。
「岩田義道と小林多喜二の虐殺ののち、その労農葬の葬儀委員に加わり、またその葬儀に参加したことが、多くの弁護士にたいする有罪判決の理由にあげられている。判決の立場は、葬儀に出席して弔意を表するのはよいが、『死を利用し、党指導の下にいわゆる白色テロル反対闘争を通じ、党の影響を大衆の間に浸透する目的』で労農葬が挙行されることを知りながら、これに加わったのは『目的遂行行為』にあたる、というのである」(上田誠吉『昭和裁判史論ー治安維持法と法律家たち』)

自民党改憲草案21条2項は、この悪夢の時代を思い起こさせる。「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行うこと、公益及び公の秩序を害することを目的とした結社は、いずれも認められない」という。まさしく治安維持法の再来ではないか。外形においては同じことをしても、その目的が「公の秩序を害することにある」と認定されれば、アウトであり、逮捕・起訴が可能なのだ。

何度でも繰り返さねばならない。このような憲法改悪を許せば、「公の秩序を害することを目的とした活動」の処罰に道を開くことになる。まさしく「治安維持法」における目的遂行罪の悪夢の再来となる。日本共産党だけでない。野党として存在感を示すリベラルな政党も、労働組合も、市民団体も、宗教団体の活動にも弾圧が及ぶことになる。民衆に苛酷で、権力に便宜な世の再来を許してはならない。

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   『もし諸君が隣人を喜ばせようと思うなら』
以前うちの庭にニョッキリたけのこが生えてきたことがあった。隣家の孟宗竹がブロック塀の下を潜って侵入してきたのだ。早速引っ捕らえて、釜茹での刑にして、美味しくいただいてしまった。現在もその名残として、我が家の庭には細い竹が2本ほど生えている。「考えてみるがいい。隣の庭から、頑健そのもののようなキイチゴの地下茎の芽が、ロードデンドロンの真ん中にひょっこり姿を現したとしたら、そこに住む人はどうしたらいいのだ?キイチゴというものは、何メートルも地面の下をはうものだ。垣根であろうと、壁であろうと、塹壕であろうと、たとえ鉄条網をはったところで、立て札を立てたところで、これをさえぎることは不可能だ。
そのうちそいつが、諸君のナデシコやマツヨイグサの花壇の真ん中にニョキニョキ頭を出してくる。そうなると、手のほどこしようがない。・・・もし諸君が尊敬すべき、りっぱな園芸家であったら、庭の垣根のそばにキイチゴだとか、タデ類だとか、宿根性のヒマワリだとかいったような、いわば隣人の私有財産を足でふむような植物を、植えたりしないだろう。
もし諸君が隣人をよろこばせようと思うなら、垣根のそばにメロンを植えたまえ。むかし隣の庭から垣根のこっち側に、メロンが一つできたことがあった。ものすごく大きな、まるでエデンの園にできるような、記録破りのメロンだった。大勢ジャーナリストたちや作家たちが、いやそれどころか大学教授たちまで、これを見てびっくりしたものだ。こんな大きな果物が、どうして垣根の隙間を押しわけて、こっち側へはいってこられたのか、どう考えてもわからなかった。
そのうち、このメロンがすこし不作法に感じられはじめた。わたしたちは、罰に、そのメロンをもぎ取って、全部食べてしまった。」(「園芸家12ヶ月カレル・チャペック」)
(2013年6月11日)

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