「偏向攻撃」という名の怪獣が徘徊したあとに待っている茶色の朝
恐るべし。日本中を「偏向攻撃」という名の怪獣が徘徊している。虎視眈々とあらゆる言論を視野に狙いを定め、猛然と襲いかかっては噛みついて餌食とする。この怪獣は常に、右から左へ一方向だけに突進するのだ。
真に恐るべきは、この怪獣の毒液がもたらす萎縮効果である。噛みつかれるかもしれないと怯える惰弱な精神が、攻撃されてもいないのに過剰に反応して政権批判を自粛する。このような言論の自己規制が怪獣をのさばらせ太らせることになる。
この怪獣を直接に操っているのは知性なき付和雷同の輩であるが、これを生み、育て、陰の司令塔となっているのは、明らかに現政権とその一味である。この怪獣は、政権の後ろ盾でぬくぬくと育って、政権の意向を忖度しつつ成長し、政権の望むように攻撃目標を設定している。
かつてこの怪獣は漫画「はだしのゲン」を攻撃し、「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」という俳句にまで噛みついた。また、放送大学も立教大学も、噛みつかれる以前に萎縮し自主規制して、闘わずしてこの怪獣の餌食となった。
そして本日(11月14日)の毎日新聞に、「ジュンク堂:民主主義フェア、選書を入れ替え再開」の記事。同書店が9月下旬からはじめた「自由と民主主義のための必読書50」というブックフェアが「偏向」の攻撃で10月下旬に中断され、企画の書棚撤去が話題となっていた。このフェアが、形を変えて再開されたというニュース、なのだが…。
「大手書店『MARUZEN&ジュンク堂書店』渋谷店は13日、先月から中断していたフェア『自由と民主主義のための必読書50』を『今、民主主義について考える49冊』に改めて再開した。店員の書き込みをきっかけに、インターネット上で『偏向している』と批判されたのを受けた措置。中断前から約3分の2の本を入れ替え、『誤解される余地のないようにした』と説明している。
フェアは安全保障関連法成立後の9月下旬に始まり、10月末まで実施する予定だった。しかし、10月中旬に店員がツイッターで『ジュンク堂渋谷店非公式』と題して『年明けからは選挙キャンペーンをやります!夏の参院選まではうちも闘うと決めましたので!』『一緒に闘ってください』と書き込んだところ、ネット上に『書店が特定の思想・信条を支持するのはどうなのか』といった投稿を含め、反対、賛成両論があふれた。渋谷店は10月21日に棚を撤去し、書店のホームページで『本来のフェアタイトルの趣旨にそぐわない選書内容だった』とコメントしていた。
再開したフェアは、安保法反対の活動をした学生団体SEALDsと高橋源一郎さんの共著や、五野井郁夫・高千穂大准教授の本を引き続き選んだが、小熊英二・慶応大教授、中野晃一・上智大教授、映画監督の想田和弘さんらの本を外した。
一方、長谷川三千子・埼玉大名誉教授、佐伯啓思・京都大名誉教授ら保守派の論客や、ジャーナリストの池上彰さんの本を加えた。SEALDsの本は最下段に陳列した。
入れ替えについて広報担当者は『個別の本が良いとか悪いとかではなく、フェアタイトルに合っているかを考えた』と話した。フェアは来月12日まで。今回フェアから外した本も多くは店内で陳列している。」
恐るべき「偏向攻撃」の毒牙は、私企業に過ぎない書店のブックフェアにまで及んでいるのだ。「自由と民主主義のための必読書50」を「今、民主主義について考える49冊」に変えた。「3分の2の本を入れ替え」、「誤解される余地のないようにした」というのだ。小熊英二・中野晃一・想田和弘を消した。そして、「民主主義を考える」コーナーに、なんとも不似合いな長谷川三千子・佐伯啓思を並べたのだ。ついでに、安全パイとして池上彰を右翼の長谷川・佐伯と同列の光栄に浴せしめた。さらに、「SEALDsの本は最下段に」なのだ。
結局のところは、現体制や現政権に不都合な言論は除かれ、政権のお友だち言論に差し替えられただけなのだ。「自由と民主主義のため」が、偏向していると攻撃を受ける時代であることを深刻に受け止めざるを得ない。この「偏向攻撃」という名の怪獣をのさばらせておいては、あたり一面死屍累々たる政権批判言論の墓場となりかねない。そして、この恐るべき怪獣が、政権批判の言論を食い散らかしたそのあとには、茶色の朝がまっているのだ。
(2015年11月14日・連続第959回)