澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「ホロコーストはなかった」 ― トンデモ医師のトンデモ発言の真意

本日(3月19日)の赤旗社会面に、ユダヤ人大虐殺は史実」「現地博物館が高須氏に反論」という記事。さして長いものではないので、全文を引用する。

「第2次大戦下でのナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)についてのアウシュビッツ・ビルケナウ国立博物館(ポーランド南部)が14日、美容外科「高須クリニック」の高須克弥院長のアウシュビッツは「捏造(ねつぞう)」とのツイート(2015年10月)に対し、公式にツイートで「史実」だと反論しました。

 博物館は高須氏への「返信」に、異例の日本語で「アウシュビッツは世界中の人々の心に絶えず忠告する史実です。ナチス・ドイツによって造られたその強制・絶滅収容所の史跡は、人類史上最大の悲劇を象徴しています」と述べました。博物館の公式ツイートは主に英語やポーランド語です。

 博物館はナチスが推定約110万人を虐殺したアウシュビッツ強制収容所(1940~45年)を管理し、歴史教育の活動などを行っています。ホロコーストや虐殺の否定論についてはホームページで、「多くの国で社会の秩序を脅かすと認識され、法的にも処罰されている」と指摘し、虐殺者こそ虐殺を否定してきたと警戒を呼び掛けています。」

 通信社の配信記事だろうが、赤旗は掲載に値するニュースと判断したのだ。私も、この件を見過ごしてはならないと思う。

高須克弥という人物については、かつて当ブログで1度だけ取りあげたことがある。できれば、こちらもお読みいただきたい。「『落とし前をつけます』と宣告して始められた、議員に対するスラップ訴訟」という表題のもの。(2018年4月24日)
http://article9.jp/wordpress/?p=10258

この人は医師だというが、この人の発言は、およそ医学的な専門性とは無縁。自然科学的教養に裏付けられたものでもない。一市民として、政治や経済あるいは歴史や社会や文学や芸術に、傾聴に値する見識があるかといえば、その片鱗も窺うことができない。

「売られたら買います。僕はアホで馬鹿です。喧嘩強いです」というのが、この人自身の言葉だが、おそらくはその言葉のとおりなのだろう。典型的な、「トンデモ医者」の「トンデモ発言」の類なのだ。

この人はツイッターで、こんな発言をしている。
 その時代に生きていた人は真実を知っています。
 洗脳された人たちは真実がわかりません。
 誤解された父祖の名誉を回復するのは子孫の義務だと思います。
 僕はこのドイツを祖国に持つ女性に負けず、従軍慰安婦も徴用工も南京大虐殺も捏造だと勇気を持って世界に叫びます。
 投獄されてもかまいません

「このドイツを祖国に持つ女性」とは、ホロコーストを否定することで刑事訴追された人物を指している。周知のとおり、国際人権B規約(20条2項)には、「差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道は、法律で禁止する」とある。
これを具体化するかたちで、ドイツだけでなく、フランス、オーストリア、ベルギーなど10か国が、「ナチスドイツの犯罪」を「否定もしくは矮小化」したことを構成要件として刑事罰を科している。イスラエルには、「ホロコースト否定禁止法」があり、外国に対して「ホロコースト否定」の言動をした者の身柄引渡しを要求できるという法制が整備されている。

なぜ、このような犯罪類型が必要になるのか。歴史を真っ当に見ようとしない民族的偏見の持ち主が、差別の言論を繰り返すからである。夥しい証拠に目を背けて、歴史の真実を否定し、あるいは修正しようという勢力が絶えないからである。たとえば、高須克弥のごとき。

前記の高須の舌足らずのツイートは、こう読むことができる。
 ナチスの時代に生きていた人だけが、ホロコーストがなかったという真実を知っています。
 後世の史観で洗脳された、ホロコーストがあったといっている人たちには真実がわかっていないのです。
 あたかもホロコーストがあったかのごとくに誤解された父祖の名誉を回復するのは子孫の義務だと思います。
 僕はこの「ホロコーストはなかった」と言うドイツの女性に負けず、従軍慰安婦も徴用工も南京大虐殺も捏造だと勇気を持って世界に叫びます。

要するに、高須の発言は、ホロコーストの史実を言葉の上で抹殺することによって、最悪の民族差別、最大のヘイトクライムを隠蔽し、その犯人を擁護しようとするものである。のみならず、同じ手法で朝鮮や中国に対する近代日本の歴史的罪科を免責しようというものなのだ。これが、歴史修正主義者の常套手段。

「従軍慰安婦も徴用工も南京大虐殺も捏造だと世界に叫びます」が、彼の発言の本意なのだ。残念ながら、いま、歴史修正主義的発言は、「勇気を持って」言わねばならない時代ではない。むしろ、歴史的真実に基づいて、天皇の戦争責任や、9・1朝鮮人虐殺、3・1独立宣言運動大弾圧、従軍「慰安婦」、徴用工、南京大虐殺、三光作戦等々の責任に言及することの方が、ある種の覚悟を要する時代になってはいないか。

高須のホロコースト否定発言は、耳を傾けるべき根拠に基づくものではない。にもかかわらず、歴史修正主義派の有象無象がこれを持ち上げる構図が、時代の空気を物語っている。この時代の空気が、歴史修正主義派の首魁である安倍晋三を首相にまでまつりあげたのだ。この時代の空気を作ってアベを支えている連中の中に、歴史の認識において甚だしく知性に欠けた高須や、これを取り巻く無知蒙昧の輩が位置している。

赤旗は、たかが高須の言動と言わずに、社会面の記事として取りあげた。面倒ではあっても、機敏に反論することが求められている。そして、あらためて、政府の介入によらない歴史教育と、日韓や日中の民間交流の必要性を痛感する。民族差別を露わにした、トンデモ発言を許さないために。
(2019年3月19日)

徴兵検査のない成人を迎えた若者に訴える。ぜひ主権者として、平和憲法擁護の自覚を。

本日(1月14日)は「成人の日」。数少ない、天皇制とは無縁の、戦後に生まれた祝日。「おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます」日(祝日法)とされている。関東は天気も晴朗。「みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます」にふさわしい日となった。私も、この日に、若者諸君に祝意と励ましの言葉を贈りたい。

何をもって「成人」であることを自覚するかは、社会によって時代によって異なる。かつての日本では徴兵検査だった。その時代、すべての成人男子には否応なく兵役の義務が課せられた。男子にとって大人になるとは、天皇の赤子として、天皇の軍隊の兵士になる義務を負うことだった。軍人勅諭を暗唱し、行軍と殺人の訓練を受けた。戦地に送られ、命じられるままの殺戮を余儀なくもされた。

その時代、主権は天皇にあって国民にはなかった。立法権も天皇に属し、帝国議会は立法の協賛機関に過ぎなかった。女子には、その選挙権も被選挙権もなかった。その時代、天皇制を支えた家制度において女性は徹底的に差別され、民事的に「妻は無能力者」とされていた。

あり得ないことに、天皇は神を自称していた。もちろん、神なる天皇は操り人形に過ぎなかった。この天皇を操って権力や富をほしいままにした連中があって、その末裔が今の日本の保守政治の主流となっている。

天皇、戦争、女性差別は一体のものだった。そのような非合理な国は亡ぶべくして亡びた。国の再生の原理は、新しい憲法に確固として記載された。国民主権、平和、そして自由と平等である。徴兵制はなくなった。天皇に対する批判の言論も自由である。女性差別もなくなった…はずである。その憲法の「改正」をめぐって、いませめぎ合いが続いている。

平和も、国民主権も、性差のない平等も、言論の自由も、昔からあったものではない。これからずっと続く保障もない。現実に、憲法は一貫して「改悪」の攻撃に曝されている。徴兵検査のない成人式も、主権者の意識的な努力なければ、今後どうなるか定かではない。

私たち戦後間もなくの時代に育った世代は、日本国憲法の理念を積極的に受容して、今日までこの憲法を守り抜いてきた。しかし、この憲法をよりよい方向に進歩させることは今日までできていない。いま、せめぎ合っているのは、憲法を進歩させようという改正問題についてのことではない。大日本帝国憲法時代の「富国強兵」の理念を復活させようという勢力が力を盛り返そうとしているのだ。言わば、「成人男子には徴兵検査を」という時代への方向性をもった「憲法改悪」なのである。

今の若者は保守化していると言う言葉をよく聞く。しかし、今のままでよいじゃないかというほどの社会はできていない。今のままでは将来が不安だと若者たちも気付いているはずだ。

この世の不正義、この世の不平等、権力や資本の横暴、人権の侵害、平和の蹂躙、核の恐怖、原発再稼働の理不尽、沖縄への圧迫。格差貧困の拡大、過労死、パワハラ、セクハラ…。この世の現実は理想にほど遠い。若さとは、この現実を変えて理想に近づけようという変革の意志のことではないか。

若さとは将来という意味でもある。社会がよりよくなればその利益は君たちが享受することになる。反対に社会が今より悪くなればその不利益は君たちが甘受しなければならない。

君たちには多様な可能性が開けている。未来は、君たちのものだ。君たち自身の力で、未来を変えることができる。これから長く君たちが生きていくことになるこの社会をよりよく変えていくのは君たちだ。

さて、今年は、選挙の年だ。君たちの一票が、この国の命運を決める。とりわけ7月に予定の参院選。いまは、自・公・維・希の改憲勢力が、かろうじて議席の3分の2を占めている。この3分の2の砦を突き崩せば、安倍改憲の策動は阻止することができる。君たちの肩に、主権者としての責任が重くのしかかっている。

投票日だけの主権者であってはならない。常に、主権者としての自覚をもって、民主主義や人権・平和のために何ができるかを考える人であって欲しいと思う。

一つ、主権者としての自覚における行動を提案したい。DHCという、サプリメントや化粧品を販売している企業をご存知だろうか。その製品を一切購入しない運動に参加して欲しい。商品の積極的不買運動、ボイコットでこの企業に反省を迫ろうというのだ。

DHCとは、デマとヘイトとスラップをこととする三拍子揃った企業。その会長である吉田嘉明が在日や沖縄に関する差別意識に凝り固まった人物。電波メディアを使って、デマとヘイトの放送を続けている。そして、吉田嘉明とDHCは、自分を批判する言論に対するスラップ(言論抑圧を動機とする高額損害賠償訴訟)濫発の常習者でもある。詳しくは、当ブログの下記URLを開いて、「DHCスラップ訴訟を許さない」シリーズをお読みいただきたい。
http://article9.jp/wordpress/?cat=12

あなたがなんとなくDHC製品を買うことが、デマとヘイトとスラップを蔓延させることになる。あなたの貴重なお金の一部が、この社会における在日差別の感情を煽り、沖縄の基地反対闘争を貶める。また、安倍改憲の旗振りに寄与することにもなる。

言論の自由を圧迫するスラップ訴訟は、経済合理性を考えればあり得ない。しかし、DHCの売り上げの一部が、こんな訴訟を引き受ける弁護士の報酬にまわることにもなる。

DHC製品不買は、「消費者主権」にもとづく法的に何の問題もない行動。意識的にDHC製品を購入しないだけで、この社会からデマとヘイトとスラップをなくすることができる。若者たちに訴える。ぜひ、主権者としての自覚のもと、「DHC製品私は買わない」「あなたも買っちゃダメ」と多くの人に呼びかけていただきたい。投票日だけの主権者ではない、自覚的な主権者の一人として。
(2019年1月14日)

東京都知事は、熊谷市の爪の垢を煎じて飲むべし。

毎日新聞・9月12日(水)夕刊の「特集ワイド」は、「関東大震災から95年 虐殺された朝鮮人の遺族来日」と題する文字通りワイドな記事。毎日は、いま日本のメディアがなすべき仕事をよくしていると思う。

中見出しに、「否定の動き、ヘイトスピーチ続く中… 伝える努力に希望」「『反省なき教育』が戦争になった」とある。井田純記者の署名記事だが、事件を見る視点に確かなものがある。

関東大震災から95年の今年、震災直後のデマで虐殺された朝鮮人の遺族、権在益(クォンジェイク)さん(62)と曺光煥(ソガンファン)さん(57)が韓国から来日した。事件ゆかりの地を訪ね、各地の追悼行事に参列しながら、市民と交流を重ねた。初めて日本を訪れた2人は、2代前の祖先が犠牲になった地を踏んで、何を感じたのか。

記事の一部を引用させていただく。全文は、(有料記事だが)下記を参照されたい。
https://mainichi.jp/articles/20180912/dde/012/040/006000c

権さんの母方の祖父は1923年、この寺(藤岡市・成道寺)の隣にあった藤岡警察署内で殺害された朝鮮人17人の1人。震災後、「朝鮮人が放火している」「井戸に毒を入れている」などのデマは群馬県内にも伝わり、各地で自警団が結成された。藤岡警察署は保護を求めてきた朝鮮人をかくまっていたが、9月5日、群衆が「朝鮮人を引き渡せ」と署に乱入、翌日にかけて竹やりや日本刀などで惨殺したという。
 安全が保証されていたはずの署内で起きた「藤岡事件」は、「藤岡市史」「群馬県警史」などにも記録が残る。事件後、地域住民らは犠牲者追悼の思いを込めて成道寺に慰霊碑を建立した。碑の裏には「今後再びこのような惨事の発生を断ち」と願う文言とともに、17人の犠牲者、建立に関わった藤岡市長らの名前が刻まれている。

震災後の関東一円で無数に生じた、民衆による朝鮮人虐殺事件の一断片である。このケースでは、朝鮮人を保護しようとした警察を群衆(自警団)が敢えて排除したのだ。無防備で無抵抗な朝鮮人に対する虐殺が警察署の庁内で行われたのだ。日本人の所業として「国恥」というしかない同胞による蛮行の一端である。

しかし、救いの一つは、「市史」「県警史」などに記録が残されていることだ。記録に残しておかねばならないとする良心の人が複数いたということなのだ。安倍政権の記録隠蔽改ざんの忖度官僚よりも、ずっと立派な人たちではないか。そして、地域住民らの手で犠牲者追悼の思いを込めた慰霊碑が建立され、成道寺では20年以上も慰霊祭が継続されているという。

だれがどのように殺戮をしたかを思いめぐらすと断腸の思いだが、他方、だれがどんなかたちで碑の建立を思い立ち、その思いがどんな風に広まって、どんな風に費用負担についての協議が調い、ことが実行されたのだろうか。その経過に日本人の良心を見ることができる。

同様の追悼行事は各地で続いているという。たとえば…、
埼玉県熊谷市では、95年から追悼行事を市が主催。市長、市議会議長が悲惨な出来事が二度と繰り返されないようにと追悼の言葉を贈る。だが、在日コリアンに対するヘイトスピーチ(差別扇動表現)拡大の影響か、市に抗議電話やメールが寄せられることがあるという。市の担当者は「そういった方には、公的記録からも聞違いなくこの事件があったことがわかっている、と伝えています。犠牲者の冥福を祈り、再発を防止する趣旨の行事だとお話しします」と話す。

熊谷市。暑いだけでなく、人を思いやる心が熱い。いまだに国恥にまみれたままの東京都知事小池百合子は、この記事を読んだだろうか。この人には、熊谷市担当職員の爪の垢を煎じて飲ませたい。

横浜で震災後の朝鮮人虐殺の実態を調査している元教員が次のように語っている。この言葉は肝に銘じておこう。
「(デマと知っていたのに)デマだったと教えない教師、事件に対する反省のない教育が、次の時代の戦争を担う世代を準備したのです。」

この記事の最後は、こう締めくくられている。
先祖が殺された地を踏むことに抵抗があった、という曺さんは離日前にこう言った。「震災時の虐殺に関するフィールドワークや慰霊行事を続け、忘れずに伝えていこうとする日本のみなさんの努力に敬意を持っています。悪い日本人ばかりじゃない、ということを帰って伝えたい。韓国と日本が、力を合わせて記録と記憶を継承していきたいと願っています」

歴史的事実は消えない。民族差別を背景とした虐殺の「恥」は消えようもない。しかし、その事実を隠蔽し、あるものをないことにするのは、さらに恥ずべきことなのだ。痛みを伴う同胞の「恥」の事実を見据えるところからしか、未来は開けない。藤岡にも熊谷にも、良心の人がいたことに希望の光を見る思いである。

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いまこそウソとごまかしの「安倍政治」に終止符を! 賛同署名のお願い。
http://article9.jp/wordpress/?p=11058

安倍政治に即刻の終止符を求める人々の熱い言葉の数々。
http://article9.jp/wordpress/?p=11073

ネット署名にご協力を。そして、是非とも拡散をお願いします。
9月10日に開始して、賛同者は本日(1 6日)6500筆を上回っています。

署名は、下記URLからお願いいたします。
https://bit.ly/2MpH0qW

(2018年9月16日・連続更新1995日)

「私は捏造記者ではありません」 ー 植村(札幌)訴訟結審

植村隆元朝日新聞記者が、櫻井よしこらを訴えた名誉毀損損害賠償請求訴訟(札幌地裁)が先週の金曜日(7月6日)に結審した。判決言渡は11月9日の予定。原告・弁護団そして支援者は意気軒昂である。

櫻井よしこや西岡力らは、産経や週刊文春、WiLLなどを舞台に、植村隆を「捏造記者」として攻撃した。櫻井や西岡に煽動されたネット右翼が、植村本人だけでなく、その家族や勤務先の北星学園までを標的に攻撃して、大きな社会問題となった。問題とされた植村隆の朝日の記事は、1991年8月のもの。常軌を逸したバッシングというほかはない。

ことは表現の自由やジャーナリズムのありかたにとどまらない。従軍慰安婦をめぐる歴史修正主義の跋扈を許すのか、安倍政権を押し上げた右翼勢力の民族差別やリベラル派勢力への攻撃を默過するのか、という背景をもっている。

私も、同期の友人たちと語らって、植村・北星バッシングへの反撃の声をあげた。そのときの率直な気持は、この社会の動向に、薄気味悪さだけでなく恐ろしさを感じていた。伝えられている、あのマッカーシズムの雰囲気を嗅ぎ取らざるを得なかったのだ。この訴訟、この判決は、この社会の健全さを占うものとしての重みをもっている。

リベラルバネが多少は働いて、いま櫻井よしこや西岡力の影響力は明らかに落ちてきている。判決が、植村ではなく櫻井よしここそが「捏造ジャーナリスト」であることを明らかにするものとなるよう期待したい。

「植村裁判を支える市民の会」が立派なホームページを作っている。
http://sasaerukai.blogspot.com/

そのサイトから、結審(2018年7月6日)の法廷と、2年前3か月前の第1回法廷(2016年4月22日)での、原告植村隆渾身の意見陳述を引用しておきたい。

植村の「私は捏造記者ではありません」との痛切な訴えは、歴史を捏造し修正しようとする者の鋭い指弾ともなっている。

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結審(2018年7月6日)法廷での意見陳述

今年3月、支援メンバーらの前で、直前に迫った本人尋問の準備をしていました。「なぜ、当該記事を書いたのか」、背景説明をしていました。こんな内容でした。

私は高知の田舎町で、母一人子一人の家で育ちました。豊かな暮らしではありませんでした。小さな町でも、在日朝鮮人や被差別部落の人びとへの理不尽な差別がありました。そんな中で、「自分は立場の弱い人々の側に立とう。決して差別する側に立たない」と決意しました。そして、その延長線上に、慰安婦問題の取材があったと説明していました。

その時です。突然、涙があふれ、止まらなくなり、嗚咽してしまいました。

新聞記者となり、差別のない社会、人権が守られる社会をつくりたいと思って、記事を書いてきました。それがなぜ、こんな理不尽なバッシングにあい、日本での大学教員の道を奪われたのでしょうか。なぜ、娘を殺すという脅迫状まで、送られて来なければならなかったのでしょうか。なぜ、私へのバッシングに北星学園大学の教職員や学生が巻き込まれ、爆破や殺害の予告まで受けなければならなかったのでしょうか。「捏造記者」と言われ、それによって引き起こされた様々な苦難を一気に思い出し、涙がとめどなく流れたのでした。強いストレス体験の後のフラッシュバックだったのかもしれません。

本人尋問が迫るにつれ、悔しさと共に緊張と恐怖感が増してきました。反対尋問では再び、あのバッシングの時のような「悪意」「憎悪」にさらされるだろうと思ったからです。

「そうだ、金学順(キム・ハクスン)さんと一緒に法廷に行こう」と考えました。そして、金学順さんの言葉を書いた紙を背広の内ポケットに入れることにしたのです。

この紙は、私に最初に金学順さんのことを語ってくれた尹貞玉(ユン・ジョンオク)先生の著書の表紙にあった写真付の著者紹介の部分を切り取ったものです。その裏の、白い部分に金学順さんが自分の裁判の際に提出した陳述書の中の言葉を黒いマジックで、「私は日本軍により連行され、『慰安婦』にされ人生そのものを奪われたのです」と書きいれました。

私の受けたバッシング被害など、金さんの苦しみから比べたら、取るに足らないものです。いろんな夢のあった数えで17歳の少女が意に反して戦場に連行され、数多くの日本軍兵士にレイプされ続けたのです。絶望的な状況、悪夢のような日々だったと思います。

そして、私は、こう自分に言い聞かせました。「お前は、『慰安婦にされ人生を奪われた』とその無念を訴えた人の記事を書いただけではないか。それの何が問題なのか。負けるな植村」

金さんの言葉を、胸ポケットに入れて、法廷に臨むと、心が落ち着き、肝が据わりました。

きょうも、金さんの言葉を胸に、意見陳述の席に立っています。

私は、慰安婦としての被害を訴えた金学順さんの思いを伝えただけなのです。

そして「日本の加害の歴史を、日本人として、忘れないようにしよう」と訴えただけなのです。韓国で慰安婦を意味し、日本の新聞報道でも普通に使われていた「挺身隊」という言葉を使って、記事を書いただけです。それなのに、私が記事を捏造したと櫻井よしこさんに繰り返し断定されました。

北海道新聞のソウル特派員だった喜多義憲さんは私の記事が出た4日後、私と同じように「挺身隊」という言葉を使って、ほぼ同じような内容の記事を書きました。記事を書いた当時、私との面識はなく、喜多さんは私の記事を読んでもいなかったのです。喜多さん自身が直接、金学順さんに取材した結果、私と同じような記事を書いた、ということは、私の記事が「捏造」でない、という何よりの証拠ではないでしょうか。その喜多さんは、2月に証人として、この法廷で、櫻井よしこさんが私だけを「捏造」したと決め付けた言説について、「言い掛かり」との認識を示されました。

そして、こうも述べられました。「植村さんと僕はほとんど同じ時期に同じような記事を書いておりました。それで、片方は捏造したと言われ、私は捏造記者と非難する人から見れば不問に付されているような、そういう気持ちで、やっぱりそういう状況を見れば、違うよと言うのが人間であり、ジャーナリストであるという思いが強くいたしました」この言葉に、私は大いに勇気づけられました。

1990年代初期に、産経新聞は、金学順さんに取材し、金学順さんが慰安婦になった経緯について、少なくとも二度にわたって、日本軍の強制連行と書きました。読売新聞は、「『女性挺身隊』として強制連行され」と書きました。

いま産経新聞や読売新聞は、慰安婦の強制連行はなかったと主張する立場にありますが、1990年代の初めに金学順さんのことを書いたこの両新聞の記者たちは、金さんの被害体験をきちんと伝えようと、ジャーナリストとして当たり前のことをしたのだと思います。私は金さんが、慰安婦にさせられた経緯について、「だまされた」と書きました。「だまされ」ようが「強制連行され」ようが、17歳の少女だった金学順さんが意に反して慰安婦にさせられ、日本軍人たちに繰り返しレイプされたことには変わりないのです。彼女が慰安婦にさせられた経緯が重要なのではなく、慰安婦として毎日のように凌辱された行為自体が重大な人権侵害にあたるということです。

しかし、私だけがバッシングを受けました。娘は、「『国賊』植村隆の娘」として名指しされ、「地の果てまで追い詰めて殺す」とまで脅されました。

あのひどいバッシングに巻き込まれた時、娘は17歳でした。それから4年。『殺す』とまで脅迫を受けたのに、娘は、心折れなかった。そのおかげで、私も心折れず、闘い続けられました。私は娘に「ありがとう」と言いたい。娘を誇りに思っています。

被告・櫻井よしこさんは、明らかに朝日新聞記者だった私だけをターゲットに攻撃しています。私への憎悪を掻き立てるような文章を書き続け、それに煽られた無数の人びとがいます。櫻井さんは「慰安婦の強制連行はなかった」という強い「思い込み」があります。その「思い込み」ゆえなのでしょうか。事実を以て、私を批判するのではなく、事実に基づかない形で、私を誹謗中傷していることが、この裁判を通じて明らかになりました。そして誤った事実に基づいた、櫻井さんの言説が広がり、ネット世界で私への憎悪が増幅されたことも判明しました。

「WiLL」の2014年4月号の記事がその典型です。金さんの訴状に書いていない「継父によって40円で売られた」とか「継父によって・・・慰安婦にさせられた」という話で、あたかも金さんが人身売買で慰安婦にされたかのように書き、私に対し、「継父によって人身売買されたという重要な点を報じなかった」「真実を隠して捏造記事を報じた」として、「捏造」記者のレッテルを貼りました。「捏造」の根拠とした「月刊宝石」やハンギョレ新聞の引用でも都合のいい部分だけを抜き出し、金さんが日本軍に強制連行されたという結論の部分は無視していました。

しかし、櫻井さんは、私の指摘を無視できず、2年以上経っていましたが、「WiLL」と産経新聞で訂正を出すまでに追い込まれました。実は、訂正文には新たな間違いが付け加えられていました。金さんが強制連行の被害者でないというのです。日本軍による強制連行という結論をもつ記事に依拠しながらも、その結論の部分を再び無視していました。極めて問題の大きい訂正でしたが、櫻井さんの取材のいい加減さが、白日のもとに晒されたという点では大きな前進だったと思います。支援団体の調べでは、この種の間違いが、産経、「WiLL」を含めて、少なくとも6件確認されています。

提訴以来3年5か月が経ちました。弁護団、支援の方々、様々な方々の支援を受け、勇気をもらって、歩んでまいりました。絶望的な状況から反撃が始まりましたが、「希望の光」が見えてきたことを、実感しています。

そして櫻井よしこさんをはじめとする被告の皆さん、被告の代理人の皆さん。長い審理でしたが、皆様方はいまだに、ご理解されていないことがあると思われます。大事なことなので、ここで、皆様方に、もう一度、大きな声で、訴えたいと思います。

「私は捏造記者ではありません」

裁判所におかれては、私の意見を十分に聞いてくださったことに、感謝しております。公正な判決が下されることを期待しております。

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第1回法廷(2016年4月22日)での原告意見陳述

■「殺人予告」の恐怖
裁判長、裁判官のみなさま、法廷にいらっしゃる、すべての皆様。知っていただきたいことがあります。17歳の娘を持つ親の元に、「娘を殺す、絶対に殺す」という脅迫状が届いたら、毎日、毎日、どんな思いで暮らさなければならないかということです。そのことを考えるたびに、千枚通しで胸を刺されるような痛みを感じ、くやし涙がこぼれてきます。

私は、2015年2月2日、北星学園大学の事務局から、「学長宛に脅迫状が送られてきた」という連絡を受けました。脅迫状はこういう書き出しでした。

「貴殿らは、我々の度重なる警告にも関わらず、国賊である植村隆の雇用継続を決定した。この決定は、国賊である植村隆による悪辣な捏造行為を肯定するだけでなく、南朝鮮をはじめとする反日勢力の走狗と成り果てたことを意味するものである」

5枚に及ぶ脅迫状は、次の言葉で終わっています。

「『国賊』植村隆の娘である●●●を必ず殺す。期限は設けない。何年かかっても殺す。何処へ逃げても殺す。地の果てまで追い詰めて殺す。絶対にコロス」

私は、足が震えました。

大学に脅迫状が送られてきたのは2014年5月末以来、これで5回目でした。最初の脅迫状は、私を「捏造記者」と断定し、「なぶり殺しにしてやる」と脅していました。さらに「すぐに辞めさせろ。やらないのであれば、天誅として学生を痛めつけてやる」と書いていました。

娘を殺害する、というのは、5回目の脅迫状が初めてでした。もう娘には隠せませんでした。「お前を殺す、という脅迫状が来ている。警察が警戒を強めている」と伝えました。娘は黙って聞いていました。

娘への攻撃は脅迫だけではありません。2014年8月には、インターネットに顔写真と名前が晒されました。そして、「こいつの父親のせいでどれだけの日本人が苦労したことか。自殺するまで追い込むしかない」と書かれました。こうした書き込みを削除するため、札幌の弁護士たちが、娘の話を聞いてくれました。私には愚痴をこぼさず、明るく振舞っていた娘が、弁護士の前でぽろぽろ涙をこぼすのを見て、私は胸が張り裂ける思いでした。

なぜ、娘がこんな目にあわなければならないのでしょうか。1991年8月11日に私が書いた慰安婦問題の記事への攻撃は、当時生まれてもいなかった高校生の娘まで、標的にしているのです。悔しくてなりません。脅迫事件の犯人は捕まっていません。いつになったら、私たちは、この恐怖から逃れられるのでしょうか。

■私への憎悪をあおる櫻井さん
櫻井よしこさんは、2014年3月3日の産経新聞朝刊第一面の自身のコラムに、「真実ゆがめる朝日報道」との見出しの記事を書いています。このコラムで、櫻井さんは私が91年8月に書いた元従軍慰安婦の記事について、こう記述しています。

「この女性、金学順氏は後に東京地裁に 訴えを起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られたなどと書いている」。その上で、櫻井さんは「植村氏は彼女が人身売買の犠牲者であるという重要な点を報じ」ていない、と批判しています。しかし、訴状には「40円」の話もありませんし、「再び継父に売られた」とも書かれていません。

櫻井さんは、訴状にないことを付け加え、慰安婦になった経緯を継父が売った人身売買であると決めつけて、読者への印象をあえて操作したのです。これはジャーナリストとして、許されない行為だと思います。

さらに、櫻井さんは、私の記事について、「慰安婦とは無関係の「女子挺身隊」と慰安婦が同じであるかのように報じた。それを朝日は訂正もせず、大々的に紙面化、社説でも取り上げた。捏造を朝日は全社挙げて広げたのである」と断定しています。

櫻井さんは「慰安婦と『女子挺身隊』が無関係」と言い、それを「捏造」の根拠にしていますが、間違っています。当時、韓国では慰安婦のことを「女子挺身隊」と呼んでいたのです。他の日本メディアも同様の表現をしていました。

例えば、櫻井さんがニュースキャスターだった日本テレビでも、「女子挺身隊」という言葉を使っていました。1982年3月1日の新聞各紙のテレビ欄に、日本テレビが「女子てい身隊という名の韓国人従軍慰安婦」というドキュメンタリーを放映すると出ています。

私は、神戸松蔭女子学院大学に教授として一度は採用されました。その大学気付で、私宛に手紙が来ました。「産経ニュース」電子版に掲載された櫻井さんの、そのコラムがプリントされたうえ、手書きで、こう書き込んでいました。

「良心に従って説明して下さい。日本人を貶めた大罪をゆるせません」

手紙は匿名でしたので、誰が送ってきたかわかりません。しかし、内容から見て、櫻井さんのコラムにあおられたものだと思われます。

この神戸の大学には、私の就任取り消しなどを要求するメールが1週間ほどの間に250本も送られてきました。結局、私の教授就任は実現しませんでした。

櫻井さんは、雑誌「WiLL」2014年4月号の「朝日は日本の進路を誤らせる」という論文でも、40円の話が訴状にあるとするなど、産経のコラムと似たような間違いを犯しています。

このように、櫻井さんは、調べれば、すぐに分かることをきちんと調べずに、私の記事を標的にして、「捏造」と決めつけ、私や朝日新聞に対する憎悪をあおっているのです。

その「WiLL」の論文では、私の教員適格性まで問題にしています。「改めて疑問に思う。こんな人物に、果たして学生を教える資格があるのか、と。植村氏は人に教えるより前に、まず自らの捏造について説明する責任があるだろう」

「捏造」とは、事実でないことを事実のようにこしらえること、デッチあげることです。記事が「捏造」と言われることは、新聞記者にとって「死刑判決」に等しいものです。

朝日新聞は、2014年8月の検証記事で、私の記事について「事実のねじ曲げない」と発表しました。しかし、私に対するバッシングや脅迫はなくなるどころか、一層激しさを増しました。北星学園大学に対しても、抗議メールや電話、脅迫状が押し寄せ、対応に追われた教職員は疲弊し、警備費は膨らみました。

北星学園大学がバッシングにあえぎ、苦しんでいた最中、櫻井さんは、私と朝日新聞だけでなく、北星学園大学への批判まで展開しました。

2014年10月23日号の「週刊新潮」の連載コラムで、「朝日は脅迫も自己防衛に使うのか」という見出しを立て、北星学園大学をこう批判しました。「23年間、捏造報道の訂正も説明もせず頬被りを続ける元記者を教壇に立たせ学生に教えさせることが、一体、大学教育のあるべき姿なのか」

同じ2014年10月23日号の「週刊文春」には、「朝日新聞よ、被害者ぶるのはお止めなさい “OB記者脅迫”を錦の御旗にする姑息」との見出しで、櫻井よしこさんと西岡力さんの対談記事が掲載されました。私はこの対談の中の、櫻井さんの言葉に、大きなショックを受けました。

「社会の怒りを掻き立て、暴力的言辞を惹起しているものがあるとすれば、それは朝日や植村氏の姿勢ではないでしょうか」

櫻井さんの発言には極めて大きい影響力があります。この対談記事に反応したインターネットのブログがありました。

「週刊文春の新聞広告に、ようやく納得。もし、私がこの大学の学生の親や祖父母だとしたなら、捏造で大問題になった元記者の事で北星大に電話で問い合わせるとかしそう。実際、心配の電話や、辞めさせてといった電話が多数寄せられている筈で、たまたまその中に脅迫の手紙が入っていたからといって、こんな大騒ぎを起こす方がおかしい。櫻井よしこ氏の言うように、「錦の御旗」にして「捏造問題」を誤魔化すのは止めた方が良い」

私はこのブログを読んで、一層恐怖を感じました。ブログはいまでもネットに残っています。

櫻井さんは、朝日新聞の慰安婦報道を批判し、「朝日新聞を廃刊にすべきだ」とまで訴えています。言論の自由を尊ぶべきジャーナリストにもかかわらず、言葉による暴力をふるっているようです。「社会の怒りを掻き立て、暴力的言辞を惹起している」のは、むしろ、櫻井さん自身の姿勢ではないか、と思っています。

■「判決で、救済を」
「言論には言論で闘え」という批判があります。私は「朝日新聞」の検証記事が出た後、複数のメディアの取材を受け、きちんと説明してきました。また、複数の月刊誌に手記を掲載し、自分の記事が「捏造」ではないことを、根拠を上げて論証しています。にもかかわらず、私の記事が「捏造」であると断定し続ける人がいます。大学や家族への脅迫もやむことがありませんでした。こうした事態を変えるには、「司法の力」が必要です。

脅迫や嫌がらせを受けている現場はすべて札幌です。櫻井さんの「捏造」発言が事実ではない、と札幌で判断されなければ、こうした脅迫や嫌がらせも、根絶できないと思います。

私の記事を「捏造」と決めつけ、繰り返し世間に触れ回っている櫻井さんと、その言説を広く伝えた「週刊新潮」、「週刊ダイヤモンド」、「WiLL」の発行元の責任を、司法の場で問いたいと思います。私の記事が「捏造」でないことを証明したいと思います。

裁判長、裁判官のみなさま。どうか、正しい司法判断によって、「捏造」記者の汚名を晴らしてください。家族や大学を脅迫から守ってください。そのことは、憲法で保障された個人の表現の自由、学問の自由を守ることにもつながると確信しています。

(2018年7月13日)

ネトウヨ集団の弁護士懲戒請求運動に、きっちり責任をとらせよう

一昨日(5月11日)の毎日新聞朝刊「ネットウオッチ」欄に、「懲戒請求被害の弁護士 広がる対抗措置の動き (ネトウヨに対して)損害賠償求め提訴へ/請求側(ネトウヨ)は動揺」との記事。(括弧内は澤藤の挿入、以下同)

朝鮮学校への補助金交付は利敵行為--などとするネット上での扇動を背景に(ネトウヨから)大量の懲戒請求を送られた弁護士たちの間で、懲戒請求者(ネトウヨ)に対し、損害賠償請求や刑事告訴など法的措置をとる動きが広がっている。これを恐れ、弁護士に和解金10万円を支払って謝罪する請求者(ネトウヨ)も出ている。ネット空間の無責任な言説にあおられた軽率な行動が、実社会で法的制裁を受けようとしている。

この「《ネット空間》の無責任な言説にあおられた軽率な行動が、《実社会》で法的制裁を受けようとしている」という指摘が的確で印象的である。ネトウヨ諸君には現実感覚が乏しいようだ。バーチャルな《ネット空間》と、リアルな《実社会での法的制裁》の結び付きについての認識が希薄で、クリック一つが高くつくことへの警戒心がなく、あとで仰天することになる。

このことは、弁護士に対する不当懲戒請求に限らない。ネトウヨが寄り集まっての集団提訴や集団告発、あるいはヘイトデモ参加についても同様である。最終的には、違法な行為の責任は個人が、損害賠償という形で負わねばならない。それこそが、アベの大好きな「自己責任」なのだ。煽動に乗せられただけ、単に記事を転送しただけ、後ろにくっついて行っただけ、などは免責理由とならない。

なお、毎日が言う「無責任な言説にあおられた軽率な行動」とは、「余命三年時事日記」なるブログの煽動にうかうか乗せられたことを指す。このブログが、テンプレートをつくっての書き込みを誘っていた。当の「余命三年時事日記」を主宰する者の氏名住所は現時点では未特定。自分は闇に隠れて、人を裏から煽動しているわけだ。私もこのブログに目を通してみた。どうして、こんな低劣な煽動に乗せられる者が続出するのだろうか。詐欺まがい悪徳商法の被害者についても同じ思いだが、まことに不思議でならない。

もちろん、ネトウヨ諸君にも表現の自由はある。しかし、事実無根の主張によって人の名誉を毀損する自由は誰にもない。民族や国籍による差別言動も許されない。ネトウヨ諸君よ。もし、表現の自由を謳歌しようというなら、匿名に隠れることなく堂々と顕名で論争するがよかろう。

毎日新聞の同記事によれば、佐々木亮・北周士の両弁護士が、全懲戒請求者に損害賠償請求訴訟を起こす予定で、虚偽告訴や業務妨害での刑事告訴も検討するという。懲戒請求の全件数は約3000件だそうだから、3000人を被告とする訴訟となる。もっとも、管轄は損害賠償債務の履行地でよいから、全国のすべての被告に対する請求が一通の訴状で、東京地裁に提訴が可能だ。

毎日の記事は、こうも伝えている。

 ある(ネット上の)掲示板には懲戒請求者とみられる人物が「(ネット情報で)俺の連絡先が通知されないと信じて請求した。(扇動者に)裏切られた」「裁判とめるにはどうしたらよいのか」などと不安を書き込んでいる。

佐々木弁護士らは、訴訟前に和解する条件として、明確な謝罪や慰謝料10万円(両弁護士分合計)の支払いなどを求め、すでに応じた請求者もいる。懲戒請求では請求者の実名や住所が当該弁護士に伝えられる。佐々木弁護士は「匿名で請求できると勘違いしている人もいるようだ。素直に謝ってきた人もいた。軽い気持ちでやったという印象を受けた」と話す。

佐々木亮・北周士の両弁護士は、まずは事前の和解を推進する方針で、5月16日に記者会見の予定という。その後塵を拝することなく、榊原元弁護士が5月9日に、東京地裁に提訴した。
以下は、当日の彼のツィート。

朝鮮学校への補助金などを巡って弁護士に対して大量の懲戒請求がなされた件、不当な懲戒請求による損害賠償金の支払いを求め、本日、東京地方裁判所等に訴訟を提起した。現時点で被告は未だごく一部であるが、訴訟前に和解が成立した方を除き、最終的には請求者全員に裁判所までお越し頂きたいと思う。

その後のツィートで彼の基本認識が以下のように語られている。

弁護士に対する大量懲戒請求事件の件。確かに我々個々の弁護士は被害者だ。しかし、本当に攻撃されているのは弁護士会であり、弁護士自治である。さらにいうと、本件は在日コリアンを差別するという動機でなされたヘイトクライムである点を看過してはならない。究極的な被害者は在日コリアンなのである

たかがネットに煽られて弁護士に大量の懲戒請求をしたり、在日コリアンを入管に大量通報したり、検察庁に大量告発したりする日本人が、新聞に煽られたら朝鮮人虐殺をしないはずがない。
何度も言うが、大量懲戒請求事件はヘイトクライムである。ヘイトクライム防止につながる解決でなければならない。

神原弁護士のこの訴状は見ていない。弁護士ドットコムによれば大要以下のとおり。

訴状によると、被告(懲戒請求のネトウヨ)は2017年6月、神奈川県弁護士会に対して、神原弁護士ら複数の弁護士を対象として、弁護士法に基づく懲戒請求をおこなった。同弁護士会綱紀委員会は2018年4月、神原弁護士らを懲戒しないと判断した。

懲戒理由として、「違法である朝鮮学校補助金支給要求声明に賛同し、その活動を推進する行為は、日弁連のみならず当会(神奈川県弁護士会)でも積極的に行われている二重、三重の確信的犯罪行為である」などと書かれていたという。

原告(神原弁護士)は「少なくとも朝鮮学校補助金要求に関連して違法行為をした事実はまったくない」「存在しない事実について、あえて懲戒請求を申し立てていたことが明らかだ」としている。現時点で、被告数や請求額などは明らかにされていない。

そして同記事は次のようにまとめている。

最高裁の判例では、事実上または法律上の根拠を欠く場合において、請求者がそのことを知りながら、または普通の注意を払えば知りえたのに、あえて懲戒請求していれば不法行為にあたる、とされている。日弁連によると、2017年だけで組織的な懲戒請求は約13万件あり、その多くが問題のブログに起因するものとみられる。

当ブログも、このことについては、何度か論及してきた。ぜひ、ご参照いただきたい。
民族差別主義者らの「弁護士懲戒請求の濫用」に歯止めを
http://article9.jp/wordpress/?p=9724
(2018年1月5日) 

安易な弁護士懲戒請求は、損害賠償請求の対象となる。
http://article9.jp/wordpress/?p=9311
(2017年10月12日)

さて、懲戒濫用に対抗の武器となる最高裁判例(平成19年4月24日・三小)の当該部分を再確認しておこう。

「…懲戒請求を受けた弁護士は、根拠のない請求により名誉、信用等を不当に侵害されるおそれがあり、また、その弁明を余儀なくされる負担を負うことになる。そして、同項が、請求者に対し恣意的な請求を許容したり、広く免責を与えたりする趣旨の規定でないことは明らかであるから、同項に基づく請求をする者は、懲戒請求を受ける対象者の利益が不当に侵害されることがないように、対象者に懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査、検討をすべき義務を負うものというべきである。そうすると、同項に基づく懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において、請求者が、そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに、あえて懲戒を請求するなど、懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには、違法な懲戒請求として不法行為を構成すると解するのが相当である。」

つまり、「通常人としての普通の注意を払うことなく」軽々に弁護士懲戒請求をすれば、不法行為として損害賠償請求されることを覚悟しなければならないのだ。

しかも、当然のことながら、懲戒請求は請求者の住所氏名を明記しなければ、受け付けられない。うかうか、扇動に乗せられると、ある日、裁判所から損害賠償請求の訴状が届くことになる。よく考えるべきなのだ。ネトウヨ諸君。
(2018年5月13日)

安易な弁護士懲戒請求は、損害賠償請求の対象となり得る。

この国は、いまだにヘイトスピーチ天国なのか。臆面もない民族差別の横行を恥ずかしいとも、腹ただしいとも思う。

「懲戒請求:弁護士会に4万件超」「『朝鮮学校無償化』に反発」「インターネットに文書のひな型掲載」という見出しの記事が報道されている。

朝鮮学校への高校授業料無償化の適用、補助金交付などを求める声明を出した全国の弁護士会に対し、弁護士会長らの懲戒を請求する文書が殺到していることが分かった。毎日新聞の取材では、少なくとも全国の10弁護士会で計約4万8000件を確認。インターネットを通じて文書のひな型が拡散し、大量請求につながったとみられる。

各地の弁護士によると、請求は今年6月以降に一斉に届いた。現時点で、
▽東京約1万1000件
▽山口約6000件
▽新潟約6000件
▽愛知約5600件
▽京都約5000件
▽岐阜約4900件
▽茨城約4000件
▽和歌山約3600件--などに達している。

請求書では、当時の弁護士会長らを懲戒対象者とし、「違法である朝鮮人学校補助金支給要求声明に賛同し、活動を推進するのは犯罪行為」などと主張している。様式はほぼ同じで、不特定多数の賛同者がネット上のホームページに掲載されたひな型を複製し、各弁護士会に送られた可能性が高い。

請求書に記された「声明」は、2010年に民主党政権が高校無償化を導入した際に各弁護士会が朝鮮学校を含めるよう求めた声明や、自民党政権下の16年に国が都道府県に通知を出して補助金縮小の動きを招いたことに対し、通知撤回や補助金交付を求めた声明を指すとみられる。 (以下略)

弁護士に対する批判を遠慮する必要はない。しかし、この懲戒請求は、弁護士懲戒に名を借りた朝鮮学校に対する悪罵であり民族差別である。少数者の側、弱者の側の人権を擁護すべき弁護士の使命に対する不当な攻撃でもある。

この、特定弁護士や弁護士の特定業務への大量懲戒請求呼びかけ戦術は、2007年に橋下徹が始めたものだ。殺人事件被告の弁護団への懲戒請求をテレビで呼び掛け、同年中に約8000件の請求が届いたという。橋下を被告とする民事訴訟は、最高裁が2011年に「表現行為の一環に過ぎず、不法行為に当たらない」として終了した。一方、別の訴訟で最高裁は07年に「懲戒請求の乱用が不法行為になり得る」ことを明言している。

私は、DHCスラップ訴訟の被告となって、この種の事案に敏感となっている。スラップ訴訟は民事訴訟制度を濫用して表現の自由を侵すものだが、同じことは刑事告訴でもできるし、弁護士に対しては懲戒請求という戦術で達成できる。DHCスラップ訴訟弁護団で、この3者が違法となる要件について比較検討したことがある。

この点については、私は何か言わねばならないと思っていたところ、先を越された。親しい弁護士から、こんなメールをいただいた。抜粋して紹介させていただく。

「問題は、弁護士懲戒制度が自分の気に入らない意見や立場を攻撃する手段として濫用させることが一般化しつつあることです。この風潮を止めないと、制度そのものが破壊され、弁護士自治が揺らぎかねません。さらに、本件で標的となっている朝鮮学校支援のような類の問題に関わりを持つ弁護士の行動に制約がかかったり、弁護士会がこの種の問題に関わることを躊躇させる危険もはらんでいます。

このような事案について、ありがちな態度は『馬鹿は相手にしない』という大人の対応です。しかし、そのような『大人の対応』がこれまでどれほど排外主義や反知性主義を増長させてきたでしょうか?私は、そのような『大人の態度』は断固拒絶し、強く批判したいと思います。」

「被害者である各弁護士に訴えたいのですが、このような濫用的懲戒については、毅然とした対応をしましょう。具体的には、民事の不法行為を根拠とした損害賠償請求がもっとも有効だと思われます。これについては、最高裁平成19年4月24日第三小法廷判決(民集61巻3号1102頁)が明確な基準を示していますから、決然と行うべきです。」

なんと素晴らしい毅然たる姿勢。そう、弁護士は逃げてはならないのだ。不当な攻撃とは精一杯闘わなければならない。それが、弁護士が享受する自由に伴う責任というものだ。

同弁護士が引用する、懲戒濫用に対抗の武器となる最高裁判例の一部。
「…懲戒請求を受けた弁護士は、根拠のない請求により名誉、信用等を不当に侵害されるおそれがあり、また、その弁明を余儀なくされる負担を負うことになる。そして、同項が、請求者に対し恣意的な請求を許容したり、広く免責を与えたりする趣旨の規定でないことは明らかであるから、同項に基づく請求をする者は、懲戒請求を受ける対象者の利益が不当に侵害されることがないように、対象者に懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査、検討をすべき義務を負うものというべきである。そうすると、同項に基づく懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において、請求者が、そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに、あえて懲戒を請求するなど、懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには、違法な懲戒請求として不法行為を構成すると解するのが相当である。」

つまり、「通常人としての普通の注意を払うことなく」軽々に弁護士懲戒請求をすれば、不法行為として損害賠償請求されることを覚悟しなければならないのだ。

当然のことながら、懲戒請求は請求者の住所氏名を明記しなければ、受け付けられない。うかうか、扇動に乗せられると、ある日、裁判所から損害賠償請求の訴状が届くことになりかねない。
よく考えるべきなのだ。
(2017年10月12日)

兵戈無用 ― 「不殺生戒」は平和憲法理念に通じる

昨日(9月1日)の都立横網町公園での朝鮮人犠牲者追悼式典では、実行委員長宮川泰彦さんの「開式のことば」と、韓国伝統舞踊家・金順子(キム・スンジャ)さんの「鎮魂の舞」が大きな話題となったが、開式のことばの直後には、「鎮魂の読経」が行われている。「日本宗教者平和協議会 浄土真宗本願寺派・僧侶」小山弘泉さんを導師とするもの。

普通、読経はサンスクリットの漢訳をそのまま音読するから、聞いていて意味はさっぱり分からない。「はんにゃはらみた」も、「ぎゃーてー、ぎゃーてー、はらぎゃてー」も、チンプンカンプン。本来が聴衆に聞かせて分からせるための読経ではないのだ。

ところが、小山弘泉さんの読経は、半分以上は日本語だった。聴いていて分かるのだ。大震災とその後の混乱の中で、朝鮮人と中国人と社会主義者や労働運動活動家が殺された経過と背景を語って、再びの悲劇を繰り返してはならないとする内容。これこそが、鎮魂の式典のあり方といえよう。

その読経の中で、「仏説無量寿経」の中のお釈迦様の言葉が紹介された。「兵戈無用(ひょうがむよう)」というのだ。

いうまでもなく、「兵」とは軍のこと、「戈」とは武器のことである。「兵戈無用」とは、軍隊も武器もまったく不要とする非武装平和主義、まさしく憲法9条の思想ではないか。

ネットで検索すると、出典は次の一節であるらしい。
『仏説無量寿経』
「天下和順 日月清明 風雨以時 災厲不起  国豊民安 兵戈無用」

読み下しは、
『仏説無量寿経(ぶっせつ むりょうじゅきょう)』
「天下和順(てんげわじゅん)し 日月清明(にちがつしょうみょう)なり 風雨ときをもってし 災厲(さいれい)起こらず 国豊かに民安くして兵戈(ひょうが)用いることなし」とのこと。

「み仏が歩み行かれるところは、世の中は平和に治まり、 太陽も月も明るく輝き、風もほどよく吹き、雨もほどよく降り、災害や疫病なども起こらず、国は豊かに、民衆は平穏に暮らし、武器をとって争うこともなくなる。」

お釈迦様が、悪を戒め信を勧められるところで語られることばで、その背景には「不殺生」という仏教の根本思想があるという。仏教は五戒を説くが、その筆頭は「不殺生戒(ふせっしょうかい)」である。大量の殺生である戦争は佛教徒の最も忌むべきものであろう。

民族差別、排外主義は、それ自体が殺生の原因となる。そして、戦争の温床となって、さらに大規模な殺生に至るのだ。

「今に生きる私たちは、そのような差別と憎しみを克服して、戦争のない平和な世界、民衆が国境を越えて仲良く豊かに平穏に暮らせる世の中を作ります。そのために、けっして武器をとって争うことをしません。」

小山弘泉さんは、宗教者として、参列者とともに、亡くなられた犠牲者にそう語りかけていたのだと思う。
(2017年9月2日)

ヘイトスピーチに、もっと敏感になろう。もっと強く批判しよう。

岩波ジュニア新書「1945年8月6日ーヒロシマは語り続ける」(伊藤壮著)に、次の一節がある。

 満州事変がはじまって以来、町は戦争一色にぬりつぶされようとしていた。学校でも家庭でも、中国軍という「悪者」をやっつける「正義」の味方、日本車の勇敢な戦いぶりに、子どもたちはすっかり感激していた。
 満州事変のさなかに茨城県に住む小学校高等科一年生(いまの中学一年生)が書いた『朝日新聞』への投書がある。
「毎日、毎日の新聞は、連盟(国際連盟)における日本の不利を報じています。私は連盟って何だかわかりません。が、日本をつぶす会のようにしか考えられません。なぜ、外国は支那をたすけ正義の日本を悪くしているのでしょう。満州にいる兵隊さんたちよ、あまりにも馬鹿な支那をうちこらしてください。日本の国のために、たとえ支那にアメリカがつこうが、ロシヤがつこうとも、断然立って戦ってください。九千万の同胞のために戦ってください。二七年前に私たちの父祖が血を流した満州の地を守ってください。広い満州の野は日本の生命です。ああ私たちの兄さんよ、どうか奮闘してください。お国のために闘ってください。正義にはむかう不正なる支那をうちこらしてください。」

この投書を読んで、背筋が寒くならないか。恐怖を感じないか。これが、あの時代の日本であり、日本人だった。恐るべき国の恐るべき時代。

この投書の子どもは、しっかりとした文章の書ける明晰な頭脳を持っている。中学一年生の年齢で、国際連盟の動きにも、満州の歴史にも通じている。そして、おそらくは、「正義感」も強い優等生だったのではないか。

彼のいう「正義」とは、「お国」と同義である。日本こそが正義そのもので、これと闘っている「支那」は、「あまりにも馬鹿」なのだから、「うちこらして」当然なのだ。アメリカもロシヤも、国際連盟も、日本に敵対するものは全て不正義で、「お国のため」に闘うことが正義の闘いという確信に満ちて、少しの揺るぎもない。

戦前の政府は、子どもたちをこのように育てることに成功したのだ。恐るべき「教育」いや、マインドコントロールの成果。戦争とは国家の名における大量殺人にほかならない。自国を美しい正義とし、敵国を醜い不正義としなければ、闘いはできない。敵国の民を憎むべき人々に仕立て上げなければ、大量の人殺しはできない。そのような刷り込みがあって初めて、戦争を始めることができるのだ。

ヘイトスピーチとは、そういう刷り込みの性格をもったものだ。他国を他民族を、憎むべき集団として描き出す。その差別者意識は、薄汚いだけでなく、きわめて危険なのだ。

たとえば、今話題の「アベ疑惑・小学校」の開設申請者として知られるようになった籠池泰典塚本幼稚園長などは、中国・韓国などへのヘイト感情を隠そうともしない。

同園への批判に対し、「これらの内容は全くの事実無根であり、保護者間の分裂を図り、当園の教育活動を著しく害するものです。専門機関による調査の結果、投稿者は、巧妙に潜り込んだ韓国・中国人等の元不良保護者であることがわかりました」と言ってみたり、「よこしまな考え方を持った在日韓国人や支那人」などと記載した文書を保護者向けに配布したり。また、「名古屋の塾から小学校を興した人も市内の高校を買収した人も在日ですから、この学校では勉強はできても国家観はズタズタになり反日の人間になり得る」「現(沖縄)知事は親中華人民共和国派、娘婿も支那の人である。もともと中共に従いたいと心から思っているので、中共の手先かもしれない」といった調子。

安倍晋三は、国有地払い下げへの関与は否定しても、この右翼・差別主義者との親密さを隠そうとはしていない。「価値観を共有する間柄」の如く思われて痛痒を感じないようなのだ。一方、この右翼幼稚園経営者は「アベの後ろ盾」を誇示する如くである。

ヘイトスピーチを行う者は、唾棄すべき存在として、この社会から強く指弾されなければならない。だが、もう子どもではないアベと籠池。諭しても説教しても聞く耳は持たないだろう。有効な手段は、ヘイトスピーチを繰り返している限り、問題のアベ疑惑小学校の開設はなく、幼稚園の経営も成り立たないと知らしめる以外にない。

塚本幼稚園の元保護者が作る「T幼稚園退園者の会」がホームページを立ち上げて、貴重な情報を提供している。
https://youchienblog.wordpress.com/

園から保護者に対して、信じられない数々の愚行が繰り返されてトラブルを引きずっており、この幼稚園の経営が継続できるとは思えない。

昨年(2016年)5月の時点で、定員315人に対して、園児の数は以下のとおり。
年長 51名
年中 36名
年少 68名
計155名で充足率は50%を切っている。そして現在の実数は、もっと少ないという。これでは、経営がずいぶん苦しかろう。もう少しの批判の積み重ねで、園の方針を変えることができるのではないか。

新設予定の「アベ疑惑小学校」の定員は1学年80名。塚本幼稚園の年長組が全員入学しても30名不足という。世論の批判を大きくすれば、経営が成り立たなくなる。さすれば、小学校の開設認可もなくなる。アベに擦り寄っても意味のないことを明らかにもできる。ヘイトスピーチ幼稚園、ヘイト小学校の経営が成り立たない状態をつくり出すことが、最も現実的な対応策だろう。

「お国のために闘ってください。正義にはむかう不正なる支那をうちこらしてください。」と投書する子どもを再び作ってはならない。アベと籠池と、両者に対して強い批判を積み重ねなければならない。
(2017年2月22日)

大阪府知事は「アベ疑惑小学校」の認可を留保せよ

当ブログでは、2月11日(建国記念の日)に取り上げた「瑞穂の國記念小學院」の設立認可問題。次から次へと「疑惑」が噴出している。その「疑惑」とは、安倍晋三夫妻と真正右翼との関わりであり、その関わりが、国有地払い下げに格別の取り計らいをもたらしたのではないかという強い疑いである。

校舎建設は進んでいる様子だが、この右翼小学校の設立認可はまだ下りていない。その認可の権限は大阪府知事にある。「大阪府私立小学校及び中学校の設置認可等に関する審査基準」によれば、3月31日が手続的には、知事権限による認可の期限である。しかし、「首相関与の国有財産不正払い下げ疑惑」はますます深まっている。その解明あるまで、軽々に認可を与えてはならない。

本日(2月21日)の赤旗は、同紙が入手した、大阪府私立学校審議会(私学審)での審議録に基づいて、次のように報道している。

「府側は私学審での認可適当の答申を前提に15年2月に国有地の処分の是非を審議する国有財産近畿地方審議会が開かれると報告したものの、14年12月の(私学審)会議では結論を保留。15年1月27日に臨時の審議会(私学審)を開催。指摘された問題について学園側が提出した書類についてなお『人件費が30%いかない。相当ひどいことをしないとできない』『まずい場合は認可しかるべしを取り下げる』などの意見が出されました。しかし、学校建設にかかる工事請負契約の締結状況や寄付金の受け入れ状況、詳細なカリキュラム、入学志願の出願状況など、開校にむけた進捗状況を次回以降も審議会に報告する条件付きで認可適当と認め府に答申しています。」

私学審の認可適当の答申は実は条件付きなのだ。その条件に関わって、重要な事実が2点大きな疑惑として浮かびあがってきている。

第1点は、法人の基本財産でもある校地(校舎敷地、屋外運動場等)の取得が確定的であるかの疑問である。国有地を「ただ同然」で取得した疑惑の経過が世に明らかとされてなお契約が有効として維持されるかどうか、はなはだ疑問ではないか。適正な価格を再算定してなお、経営主体がこれを取得する十分な財政能力を有しているとは考え難い。

要するに、特別のはからいでの価格と支払い方法での校地取得を否定されたら、学校経営などできはしないだろうということだ。

近畿財務局と森友学園とが、どんなからくりを使って文字通り「ただ同然」で、国有財産をアベとつるんだ右翼に払い下げたか。今のところ、最もよく調べているのは、下記のサイトであろう。筆者は京都の自由法曹団員弁護士である。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/watanabeteruhito/20170220-00067887/

第2点は、「寄付金の受け入れ状況」についての疑惑である。森友学園が、「安倍晋三記念小学校」の校名で、設立費用の寄付を募集していたことが明らかになっている。いつからいつまで、安倍晋三の名を使って、いったいいくらの金額を集めたのか。これが明らかにされないうちの認可はあり得ない。アベ首相自身が、「自分の名が使われたことは知らなかった」と国会答弁しているのだ。アベは、金集めのために勝手に自分の名が使われたことをもっと怒ってしかるべきではないか。

私学審答申の「認可適当」の条件は、単に形式的に報告があればよいというものではない。報告の内容が、再議を必要とするものであれば、当然に条件成就とはならないはずではないか。

それにしても、「秘すれば花」とは風流の世界のこと。豊洲にしても、南スーダンの日報にしても、「隠すのは醜悪さを見られては困る」からなのだ。情報公開請求を拒否した近畿財務局の経過隠蔽が、疑惑の発端となったこの事件。隠しきれなくなっての疑惑がふくれ、その醜悪さが際立ってきた。

森友学園理事長籠池泰典とは、経営する塚本幼稚園の保護者に「よこしまな考え方を持った在日韓国人や支那人」などと記載したヘイトスピーチ文書を配布して物議を醸した人物。アベとは「類は友を呼ぶ」、あるいはもともとが「同じ穴のムジナ」というべきか。「あい寄る魂」は美しいが、政治右翼と真正右翼の醜悪この上ないあい寄る疑惑の関係。

両者の関係を白日の下にさらけ出す努力が今求められている。その疑惑解明までの間に、この「アベ疑惑小学校」設立の駆け込み認可があってはならない。
(2017年2月21日)

「DHC」「DHCシアター」「東京MXテレビ」そして「長谷川幸洋」に、『デマ』と『ヘイト』の刻印をーDHCスラップ訴訟を許さない第100弾

本日(2月2日)の東京新聞1面に、「『ニュース女子』問題 深く反省」と、社としての謝罪記事が出ている。いささか遅きに失した感は否めないが、さすがに東京新聞。誠実に詫びるべきを詫びている。

記事には、「論説主幹・深田実が答えます。沖縄報道 本紙の姿勢は変わらず」とサブタイトルがついている。この記事掲出まで社内でいかなる論議がなされたかは知る由もないが、社としての本格的な取り組みとの姿勢を窺うことができる。これなら、読者の信頼を繋げるのではないか。

謝罪記事の全文を引用しておこう。
「本紙の長谷川幸洋論説副主幹が司会の東京MXテレビ『ニュース女子』1月2日放送分で、その内容が本紙のこれまでの報道姿勢および社説の主張と異なることはまず明言しておかなくてはなりません。
 加えて、事実に基づかない論評が含まれており到底同意できるものでもありません。
 残念なのは、そのことが偏見を助長して沖縄の人々の心情、立場をより深く傷つけ、また基地問題が歪めて伝えられ皆で真摯に議論する機会が失われかねないということでもあります。
 他メディアで起きたことではあっても責任と反省を深く感じています。とりわけ副主幹が出演していたことについては重く受け止め、対処します。
 多くの叱咤の手紙を受け取りました。 
 『1月3日の論説特集で主幹は「権力に厳しく人に優しく」と言っていたのにそれはどうした』という意見がありました。
 それはもちろん変わっていません。
 読者の方々には心配をおかけし、おわびします。
 本紙の沖縄問題に対する姿勢に変わりはありません。」

続けて、東京新聞自身が、「『ニュース女子』問題とは」と解説をつけている。
「東京MXテレビは1月2日放送の番組『ニュース女子』で冒頭約20分間、沖縄県東村高江の米軍ヘリコプター離着陸帯建設への反対運動を取り上げた。本紙の長谷川幸洋論説副主幹が司会を務めた。『現地報告』とするVTRを流し、反対派を「テロリストみたい」「雇われている」などと表現。反ヘイトスピーチ団体「のりこえねっと」と辛淑玉(シンスゴ)共同代表(58)を名指しし「反対派は日当をもらってる!?」「反対運動を扇動する黒幕の正体は?」などのテロップを流した。辛さんは取材を受けておらず、報告した軍事ジャーナリストは高江の建設現場に行っていなかった。
 MXは「議論の一環として放送した」とし、番組を制作したDHCシアターは「言論活動を一方的に『デマ』『ヘイト』と断定することは言論弾圧」としている。辛さんは名誉を侵害されたとして、1月27日、放送倫理・番組向上機構(BPO)放送人権委員会に申し立てた。
 のりこえねっとは沖縄の現場から発信してもらう『市民特派員』を募集、カンパで捻出した資金を元手に、本土から沖縄までの交通費として5万円を支給。昨年9月から12月までに16人を派遣した。」

関連記事が5面の「読者部便り」に掲載されている。「読者部長・榎本哲也」による「読者の批判重く受けとめ 『ニュース女子問題』」と題するもの。これも、貴重な記事として、全文を引用しておきたい。

 特定のニュースや問題について、同じ趣旨のお問い合わせや要望が多くの方から読者部に相次ぎ、関心が高いと判断した時は、紙面で紹介したり、関連記事を掲載するよう心掛けています。ですが、年明け以来、1カ月にわたり連日、ご意見が相次いでいることに、きょうまでお答えしていませんでした。まず、深くおわび申し上げます。
 東京MXテレビの1月2日放送の番組「ニュース女子」に、沖縄県の米軍施設建設に反対する人々を中傷する内容があり、その番組の司会を長谷川幸洋・本紙論説副主幹が務めていたことです。厳しいご批判や、本紙の見解表明を求める声は、読者部にいただいた電話やファクス、メールや手紙だけでも250件を超えました。重く受け止めており、きょうの1面に論説主幹の見解を掲載しました。
 新聞は、事実に基づいて、本当のことを伝えるのが使命です。編集局では現在、沖縄の在日米軍基地問題を取材するために、社会部や政治部の記者を沖縄に派遣し、東村高江や辺野古などで、住民の方々などの取材を重ねています。近く、紙面でご報告いたします。
 また、「沖縄ヘイト」問題の本質を問う識者インタビュー連載記事を、きょうから始めました。
 沖縄で今、何が起きているのか。本当のことをお伝えする努力を、これからも続けていきます。

この記事のとおり、3面に「『沖縄ヘイト』言説を問う」の第一回として、津田大介が、それなりのインパクトのある記事を書いている。
今回の「ニュース女子」の報道を「メディアが、間違いだらけで、偏見と憎悪に基づく番組を放送してしまった。…根底にあるのは沖縄への差別意識以外のなにものでもない」「ほかのメディアはこの問題に対して、もっと怒るべきだ。そうしないと、政府が放送に介入するきっかけを作ってしまう」と言っている。

幾つか、感想を述べておきたい。
先に今回の謝罪を評価すると述べたが、必ずしも満足しているわけではない。東京新聞が、読者に何を謝り何を反省しているのかが、必ずしも明確でないのだ。自社の幹部の肩書きを持つ者の不祥事として、監督不行き届きを謝罪しているのだろうか。あるいは、何らかの内規違反なのだろうか。さらには、ジャーナリストの風上におけぬ輩を社内のしかるべき地位に就けていたことなのだろうか。

この件の反省と謝罪は、真っ先に長谷川幸洋(論説副主幹)自身がすべきであろう。本日の紙面には、長谷川幸洋が自らの責任を認めている記事がない。おそらくは、長谷川は反省していないのだ。であれば、東京新聞として、その責任を明確にしなければなない。いったい、どのような経過で、沖縄ヘイト番組が作られ、その制作に長谷川がどう関わったのかが、明らかにされなければならない。今のところ、その作業がなされた形跡はない。

私は、1面の謝罪記事の「他メディアで起きたことではあっても責任と反省を深く感じています。とりわけ副主幹が出演していたことについては重く受け止め、対処します。」の部分を、最初は迂闊にも「処分します」と読んで、あとで間違いに気が付いた。「対処」は、「処分」も含むのだろうが、処分以外の対処もあり得る。さて、東京新聞は、これからこの問題にどう対応するだろうか。

もう一つ、この問題の対応には、大手の広告スポンサーであるDHCが絡んでいる。「ニュース女子」は、東京MXテレビの制作番組ではない。DHCの子会社であるDHCシアター制作の持ち込み番組である。DHCは東京MXテレビの最大スポンサーであるとともに、ヘイトスピーチを恥じない吉田嘉明が主宰する企業でもある。スラップ訴訟を提訴して恥じない企業である。明らかにDHCの息のかかったこの番組にたいする批判は、DHC批判に直結する。東京新聞も広告スポンサーであるDHCを意識せずには批判を徹底できない事情がある。それでも、経済事情よりはジャーナリズムの使命を優先して、ブレないことを示してもらいたい。

そして、反省皆無のDHCシアターに、腹の底からの怒りの一言を記しておきたい。「言論活動を一方的に『デマ』『ヘイト』と断定することは言論弾圧」だと? その開き直りに、開いた口が塞がらない。

報道とは、真摯な取材によって確認された正確な事実を伝えることである。そして、正確な事実に基づく公正な論評をすることでもある。放送メディアは、そのことを放送法(4条)で義務付けられてもいる。ところが、DHCシアターのやったことは、取材もせずに不正確な事実を伝えた。これを『デマ』という。さらに、不正確な事実を前提に差別感情丸出しの偏見を述べたのだ。これを『ヘイト』という。DHCシアターの「ニュース女子」こそは、真正の『デマ』と真正の『ヘイト』というべきなのだ。ヘイトは「沖縄ヘイト」と「在日ヘイト」の両者を含んでいる。

「DHC」と「DHCシアター」と「東京MXテレビ」と、そして東京新聞論説副主幹「長谷川幸洋」の4者に、『デマ』『ヘイト』の刻印を押そう。真摯な謝罪があるまでは、その『デマ』『ヘイト』の刻印を強く深く押し続けよう。
(2017年2月2日)

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