澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

国際紛争の解決は、武力の威嚇によってではなく、対話によって。

人と人とが争いなく共存することはこんなにも難しいことなのだろうか。

有史以来、人と人とは、あるいは集団と集団とは、生命と種を維持すべく、本能の命じるままのあらゆる欲望の衝突の場面で過酷に争ってきた。が、また一面、人と人とは、生命と種を維持すべく共同体を形成して支えあってもきた。

文明の進歩とは、人と人との争いの契機を小さくし、やがてはなくすこと。これに代わって共同の契機に基づく社会を形成していくこと。そうには違いないのだが、問題は、このあるべき進歩がけっして必然とは言い難いことなのだ。

人は、食料を求め、土地を求め、生産手段を求めて争い、富と財貨を奪い合い、互いに権力的支配を争奪し、信じる神の正統性でも、正義の解釈でも争ってきた。その争いの究極の形が戦争である。戦争の規模とその残酷さは、歴史を経るにしたがって大きくなり、今や人類を滅ぼそうとさえしている。

近代の人間の理性と叡智は戦争を違法化する試みを営々と続け、大戦間の国際連盟や不戦条約、そして第二次大戦後の国際連合を生み出した。さらに、わが国は、15年にもおよんだアジア太平洋戦争の惨禍に対する真摯な反省と不戦の決意の中から日本国憲法を生み出した。日本国民は、戦争による廃墟のなかから、人類の叡智の正統なる承継者として、今後いかなる局面になろうとも、再びの戦争を避け、武力の行使や威嚇を紛争解決の手段とはしない旨を宣言したのだ。

いつ、いかなるときも、この恒久平和の理念を揺るがせにしてはならない。とりわけ好戦的な政府が戦争や軍備への誘惑を語るとき、国民は断固として平和の声を上げなければならない。

国防の必要は、常に邪悪な敵を想定して煽られてきた。かつては、暴支膺懲であり鬼畜米英がスローガンであった。手前勝手に、他国の領土を日本の生命線などと称して、これを守るための自存自衛の戦争の必要が語られた。

戦後は、長く暗黒のソ連や共産中国が仮想敵国であった。そして今、その地位は北朝鮮が担っている。北への不安や恐怖の煽動に乗せられて、恒久平和主義を揺るがせにしてはならない。このようなときにこそ、軍備もその行使も、紛争解決の手段とはなり得ないことを冷静に再確認すべきではないか。

日本国憲法前文は、こう宣言した。「日本国民は、…平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」。決意した、とは中途半端な言葉ではない。あらゆる知恵を使い、勇気をもって、武力によらない平和の追求に徹するとの国家方針を決断したのだ。今ごろになって、オタオタしたり、びくびくすることはない。

子どものケンカも、暴力団の抗争も、国家間の諍いも、基本の構図においてさしたる変わりはない。口ゲンカの応酬が殴り合いになることも、小競り合いが不測の本格的な衝突に発展することもある。見栄を張っての強がりが引っ込みつかなくなって乱闘になることもありがちだ。金正恩とトランプの舌戦も、危険なことに間違いはない。

現実的な選択肢として、わが国のなし得ることとして武力の威嚇も行使もあり得ない。なによりも、米朝両国の危険なチキンゲームをやめさせなければならない。紛争当事者同士が話し合うのが解決の手段だが、なかなか当事者だけではできない。こういうときに、時の氏神としての仲裁者の登場が期待される。

仲介者たりうるのは、国際機関であるか、当事者双方に信頼と敬意をもたれる第三国である。仮に、日本が憲法を忠実に守って自衛隊も安保もない戦後を経験していたとすれば、そのような権威があったろう。しかし、まことに残念ながら日本にはそのような資格がない。国連か、ヨーロッパのどこかか、あるいはロシヤか中国か。対話の仲介に名乗りを上げたらどうだ。

報道によれば、ドイツのメルケル首相が、ドイツの役割について「軍事的な分野ではないところで、ドイツも問題の解決に向けて積極的に関わっていく」と述べている。アメリカ国内でも、米朝2国間の直接対話を望む多くの声があがっている。

日本国内でも、「軍事的対決を避けて対話を」「2国間の直接対話を」「対話の仲介者よ、出でよ」という世論を喚起すべきだ。わが国の政府は、アメリカの傘の下にあって、トランプの威を借りることしか能がない。いたずらに、「北朝鮮=挑発者」の構図から一歩も出ることが出来ない。だから、政府ではなく、憲法九条を持つ国の国民こそが、武力に拠らない紛争の解決に声を上げようではないか。
(2017年8月14日・連続第1597回)

李京柱「アジアの中の日本国憲法」ー韓国と日本の平和な未来への祈りとして

李京柱 (リキョンジュ)さんが、「アジアの中の日本国憲法: 日韓関係と改憲論」(勁草書房)を上梓された。発行日が、2017年7月20日となっている。320頁を超える浩瀚な書。「韓国と日本の平和な未来への祈りとして受けとっていただきたいと思う」とのメッセージが、目に飛び込んでくる。

李さんは、「1965年韓国光州生まれ。高麗大学法学部卒業、一橋大学大学院法学研究科で博士後期課程修了、博士(法学)。ドイツDAAD・アメリカUC Berkeley,Visiting Scholar、韓国慶北大学法学部助教授を経て、現在韓国・仁荷(INHA)大学法科大学院教授。専攻は憲法学」と紹介されている。

私は、2011年4月に、日本民主法律家協会の韓国憲法裁判所調査の際にソウルで初めてお目にかかり、韓国の憲法事情や司法制度について教えを受けた。その後、靖国神社を一緒に訪問したり、日の丸・君が代強制拒否訴訟の法廷を傍聴していただいたり、大統領弾劾デモに関して講演をお願いするなどしてきた。

常に温和な李さんなのだが、この本のあとがきには、李さんの心穏やかではいられない心情が綴られている。

「2016年、3度目の在外研究生活の…下半期は留学生活をしていた懐かしい東京(一橋大学)で過ごした。ほぼ20年ぶりの長期滞在は多くのことを感じさせた。
一番印象的だったのは本屋であった。ある本屋はコーヒーさえ飲めば何時間でも新しい本を読んでよいということであった。発想の転換が面白かった。ところが、その本屋には私のような社会科学関係の研究者が読めそうな本はほとんどなかった。入口の方に、良く売れている広い意味での社会科学関係の本が並んでいたが、それは嫌韓、嫌中のような本だったり、そのようなことを煽っている著名人の本だったりであった。
二番目に印象に残ったのは日本会議であった。20年前の日本にもそのような動きがなかったわけではないが、ほとんど注目されず、取るに足りない存在に過ぎなかった覚えがある。靖国神社などの周辺で街頭演説をする人が韓国の新聞などで取り上げられるときも、一握りの存在に過ぎず、身の回りの普通の生活を送っている人は健全で安心して交流してもよいと勧めたりしていた。ところが、2016年の日本は国会議員の多くが日本会議の会員であり、特に安倍内閣の大多数はそこのメンバーであった。
在日韓国・朝鮮人ほどではないが、自分自身、韓国と日本にまたがる人間であって、韓国と日本の平和と友好が実現してほしいと心から願っている者になっていることに気が付く。日本に留学したことで、韓国にいるといつも日本のことについて訊かれる。日本にいると韓国のことについていろいろと訊かれる。しかし、20年ぶりの日本はこのような私に非常に大きな戸惑いを感じさせた。この国はいったいどこに行ってしまうんだろう。」

あとがきの最後は、次のように締めくくられている。
「この(日本の平和主義の)危機の根源には、『アジアの中のものとしての日本国憲法』という認識の著しい風化もあると思われる。風化は主に、日本国憲法は日本一国のものではなく、アジアへの不戦の誓いであることを忘れることからきていると思う。『日本の安全』のみならず、『日本に対する安全』に関する平和的感受性が必要な時期である。」

日本人は、『日本の安全』のみを論じているが、アジアの諸国は『日本に対する安全』を危惧していることを忘れてはならないという指摘。「平和的感受性」という言葉が痛い。平和を考える際に必要な感受性とは、「自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」、あるいは「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」するという心情であろう。これが、いま日本で退化し、韓国で進化しているのだ。

また、李さんの問題意識は、次の一文によく表れている。
「「平和憲法の核心は他国を侵略しないことである」という議論もあるようだ。確かに日本国民の多くが「第九条も自衛隊も」という相矛盾する憲法意識を持っていることを考えると、専守防衛というカードが侵略戦争という絶対悪を防ぐ切り札になるかもしれない。ところが自衛隊を認めることは、果たして侵略戦争阻止の止め石になるのか、それとも侵略戦争への渡り橋になってしまうのか、油断できない。第九条があってやっとここまで防げたとは考えられないだろうか。そういう議論は古すぎるのであろうか。
いずれにせよ、自衛隊が軍隊として認められてしまうことは、アジアの諸国にとっては衝撃的な出来事になるであろう。日本はアメリカとは戦後処理をしたかもしれないが、アジアとはまともにしていない。日本がアジアに対するまともな戦後処理なしにアジア社会に復帰できたのは、第九条という約束があったからに違いない。この約束が破られることをアメリカは了解するかもしれないが、アジア諸国は大きなショックを受けるだろう。」

日本は、もっと「アジアの中の日本国憲法」を意識せよ。とりわけ、アジアに対する不戦の誓いとして第九条があることを忘れるな。という指摘なのだ。

なお、この本の帯のフレーズと、目次とを紹介しておきたい。
日本国憲法は日本のものでもあるが、9条の先駆性からすれば世界のもの、不戦の誓いという歴史性を考えればアジアのものとも言える。アジア、とくに韓国では9条をめぐる時事的なことについてどう考えられているのか。韓国憲法との比較も交え、アジアの中での日本国憲法の意義について論じる。」

目次
はしがき
第Ⅰ部 アジアと日本国憲法の制定
第一章 アジアにとっての日本国憲法
1 「日本の安全」と「日本に対する安全」
2 安保関連法と東アジア
3 東アジアと「日本に対する安全」
4 日本国憲法第九条とアジアの平和的未来
第二章 武力による憲法と武力によらない憲法の間
1 近くて遠い国、そして憲法調査会
2 武力による平和主義と韓国
3 武力によらない日本国憲法
4 「論憲」の今日的意味とアジアの平和
第三章 仲間入りの憲法――韓国からみた日本国憲法
1 招魂式と改憲
2 仲間入りの憲法と仲間外れの改憲
3 憲法改正の限界と自民党の憲法改正案
4 姿を消した平和的生存権
5 平和の仲間に

第Ⅱ部 日本国憲法とアジア
第一章 韓国と日本の平和を語り合う――平和主義の現在と将来
1 平和を論じる
2 日本の平和主義が韓国の平和主義に語りかける平和的生存権
3 韓国の平和主義が日本の平和主義に語りかける「平和外交」
4 日本の外交に平和を望む
5 東アジアの平和を担うべき韓国と日本
第二章 第九条、アジアのものになりえるか
1 二〇〇五年、自民党「新憲法草案」の波長
2 後ろ向きの日本の平和主義
3 前向きの韓国の平和主義
4 改憲、アジアのためになるのか
5 信頼の岐路
第三章 東北アジアから見た憲法第九条の役割――韓国の平和運動を中心に
1 「平和からの脱走」と「平和の熱望」
2 平和主義の自立
3 市民社会と平和
4 韓国憲法の平和主義発見とその限界
5 日本国憲法第九条と東北アジアの平和

第Ⅲ部 韓半島の平和とアジア
第一章 韓国憲法の平和主義、可能性と限界
1 はじめに
2 韓国憲法史と平和主義
3 平和主義の構造と内容
4 平和的生存権
5 限界
6 小括
第二章 韓半島緊張の原因と平和への道
1 停戦六〇周年の韓半島
2 北の外交国防政策
3 南の外交と国防政策
4 韓半島の平和体制のための実践策
5 韓半島の平和のための憲法論
6 むすびに代えて
第三章 韓半島の平和体制と日本
1 はじめに
2 平和協定の争点
3 「南北基本合意書」と平和体制
4 韓半島の平和体制の課題と日本
第四章 韓国における国家緊急権と有事法
1 災害を名乗る日本の国家緊急権
2 戒厳令
3 緊急命令
4 動員法としての諸有事法制
5 むすび
あとがき
資料
年表
索引
(2017年8月11日・連続第1594回)

春宵のまどろみにラジオのニュースがこう聞こえたー韓国憲法裁判所大統領罷免決定のインパクト

2012年4月26日、「日民協 韓国司法制度調査団」は韓国憲法裁判所を訪問した。我が国の、高邁な憲法理念と高邁ならざる最高裁判決との落差に臍を噛んでばかりの日本の弁護士には、韓国憲法裁判所の判決は驚嘆の内容。行政に対する厳格なこの姿勢はいったいどこから生まれてきたのだろう。その疑問ゆえの韓国憲法裁判所訪問であった。

韓国憲法裁判所では、見学者に対する応接の親切さと説明の熱意に驚いた。まずは15分ほどの憲法裁判所のプロモーションビデオを見た。みごとな日本語版であった。そのタイトルが「社会を変える素晴らしい瞬間のために」というもの。憲法裁判所の、国民一人ひとりの幸福に直接つながる活動をしているのだという強い自負が伝わってくる。日本の最高裁が、「社会を変える素晴らしい瞬間」を作ったという話は滅多に聞けない。そのような発想があるとすら思えない。

ビデオを見たあと、最高裁調査官にあたる憲法研究員(判事)二人から憲法裁判所の理念や仕組みそして、その運用の実態や社会的評価について2時間にもわたって懇切な説明を受け、充実した質疑応答があった。研究員の一人は、日本に留学(東北大学)の経験ある方で、完璧な日本語での説明だった。その気取らない応対の姿勢にいたく感心し、わが国の最高裁のあの威圧的で横柄な対応との懸隔を嘆いたものだった。

その日、法廷の見学もした。日本の最高裁大法廷よりは、一回り小さいものだが、権威主義的ではない明るい印象があった。屋上庭園にも案内され、青瓦台を遠望もした。後年、ここで大統領の訴追に対する弾劾の裁判が行われるとは思いもよらなかった。

その韓国憲法裁判所が、本日(3月10日)朴槿恵大統領に、罷免の審判を言い渡した。憲法裁判所は、強い司法積極主義を印象づけた。

今日の夕刻、ラジオのニュースを聞きながら多少まどろんだ際に、次のようなニュースが耳に跳び込んできた…ように聞こえた。

我が国のアベ首相に対する国会の弾劾訴追を審理していた最高裁判所大法廷は10日、アベ氏の思想的同志である籠池泰典氏による小学校建設をめぐる一連の権力濫用疑惑(いわゆる「アベ友疑惑」)事件について、違法・違憲と断定し、それが在任期間の全般にわたって続いたとして、アベ氏の罷免を言い渡した。アベ氏は即座に総理大臣と国会議員としての職を失するとともに、今後7年間公民権を停止され、公職に関する選挙権と被選挙権を失うことになる。
 これに伴い憲法54条の規定に準じて40日以内に衆議院総選挙が行われることとなり新たな首班指名の段取りとなると思われるが、この際投開票日を敢えて5月3日の憲法記念日として、国民が立憲主義の基本を再確認すべきとする案も有力視されている。
 我が国憲政史上、弾劾による首相の失職は初めてのこと。この歴史的決定は、最高裁裁判官15人全員の一致した意見となった。国民の8割近くが首相の弾劾に賛成していた世論を反映した形だが、アベ氏を支持する少数派右翼層は強く反発しており、我が国社会の混乱は続きそうだ。

 テラダ最高裁長官は決定文を読み上げ、アベ友疑惑事件について、アベ氏が「首相の地位と権限を濫用した」と断定。疑惑解明のための関係者の国会招致や特別検察官などの捜査に応じなかったことについて「もともと、被訴追者アベは、立憲主義思想理解の素養に欠け、違法・違憲行為を繰り返して行政府の長として意を尽くすべき憲法遵守の姿勢の片鱗も窺えない」と厳しく指摘した。そのうえで「(アベ氏の)違憲、違法行為は国民の信任に背き、重大な違法行為だ。その違法行為が我が国の憲法秩序に与える否定的な影響と波及効果は重大」として罷免が妥当だとした。

籠池氏による極右教育を売り物とした小学校建設に伴う、アベ政権の口利き疑惑の数々は、2017年2月初旬以来我が国メディアの報道するところとなり、国民のアベ弾劾の気運は急激に高まって、各地でのアベ氏退陣を求める市民による大規模集会が行われた。

我が国国会は先日、アベ友学園疑惑に関するアベ氏の行動は、限りなく違憲濃厚として弾劾訴追案を圧倒的多数で可決。
最高裁は、
(1)国民主権主義や立憲主義・法治主義に違反したか
(2)首相の口利きや職権濫用の事実があったか
(3)籠池氏と共謀共同正犯となり得る刑事犯罪があったか
(4)メディア弾圧を行ったか
(5)教育勅語など違憲内容の教育助長の意図があつたか
の五つの争点について、違憲もしくは重大な違法行為にあたるかを審理してきた。アベ氏側は「選挙で選ばれたのだから、私が国民の意思であり法律だ」「口利きや忖度というが、正しいことをしている」「教育勅語のどこが悪い」「すべては、メデイアのでっちあげ」などと全面的に否定してきた。

政権を支えてきた保守層は既にアベ氏を見放し支持率は5%まで下落している。しかし、コアな極右勢力5%がアベの支持を継続している。トーキョー市中心部では毎週金曜日、退陣を求める大規模集会が開かれてきた。

アベ氏はこれまで、首相としての立場で逮捕を免れていたが、失職したことで近く検察に逮捕、起訴されると見られている。

心地よい夢から覚めてうつつの世界に戻ったが、さてあれは正夢か。それとも逆夢なのだろうか。
(2017年3月10日)

石田雄「『だれの子どももころさせない』ために」紹介

郵便受けにコトリと音がして、月に一度の「しのばず通信」が届いた。鶏のカットに「2017年迎春」の文字が添えられた1月7日付の新年号。「根津・ 千駄木地域憲法学習会」の会報で、A4・一枚裏表の超ミニコミ紙だが、133号と11年も継続しているのだからたいしたもの。

今号には、「『だれの子どももころさせない』ために」との標題で、石田雄さんが寄稿している。肩書は、「文京・九条の会」呼びかけ人。

念のために石田雄(いしだ たけし)さんをご紹介しておこう。1923年6月7日のお生まれだから、御年93歳である。著名な政治学者で東京大学名誉教授。学徒出陣の経験者として、「その生涯をかけて、どうしたら二度と戦争を繰り返さないか、を研究してきた学者」と紹介される方。

その石田さんの、時代への警鐘に耳を傾けたい。以下は、その抜粋である。

「今年は改憲への地ならしとして安倍政権が強行する既成事実としての軍事化に歯どめをかけることが、主権者としての私たちの課題となる。…安倍政権が「積極的平和主義」の名の下に海外での軍事力行使を敢行しようとする姿勢は、南スーダンヘの自衛隊派遣に関してもみられる。…軍事化にむけた既成事実のつみ重ねは、軍事力行使への警戒感を弱め、九条改憲反対の世論を変える役割を果たす。」

戦中派として考える
「アジア太平洋戦争に応召軍人として参加した者の反省として、このような軍事化への既成事実のつみ重ねは、1930年代後半に中国への武力行使拡大過程を想起させられる。この時期には昭和恐慌後の不満を排外的ナショナリズムに誘導した点でも、今日格差社会の不安を反中嫌韓に利用する方向との類似性を示す。
憲法に対する安倍政権の態度にもこの時期と共通性がある。自民党改憲案をみれば「和を尊び」「家族は、互いに助け合わなければならない」と道徳の要素強調がみられる点で、明治憲法より古い感じがする。実は1935年天皇機関説問題を通じて憲法に対する教育勅語の優位性が示された「国体の本義」(1937年)の考え方に近い。当時義務教育では憲法を教えず教育勅語だけを教え、軍人はその後軍の学校では軍人勅諭を教えられるが憲法は学はなかった。今日の国家主義者たちは、大正デモクうシーにも利用された明治憲法よりもむしろ「国体の本義」の考え方に親近感を持つといえよう。

これからどうする
「このように一方では時代錯誤的に古い要素を持ちながら他方ではトランプ現象とも共通した新自由主義による強者の権利と差別を主張する今日の国家主義政権の軍事化を阻止するために主権者は何を為すべきか。
60年安保の時、安倍の祖父岸信介をなやませた「安保改定阻止国民会議」の中核となった労働組合は、もはや動員力を失っている。それにかわって権力の軍事化に抵抗する新しい運動が生まれている。常に一人称単数を主語にに自分の考えを述べる「シールズ」(自由と民主主義のための学生緊急行動)、憲法を主題として地域の「憲法カフェ」で対話を進める「あすわか」(明日の自由を守る若手弁護士の会)、そして「だれの子どももころさせない」と世代をこえ国境をこえた平和の実現のために権力規制をしようとする「ママの会」(安保関連法に反対するママの会)などである。参院選ではこのような市民の連合が野党統一候補を支持しかなりの成果をあげた。
このように排外主義が感情に訴える同調性による動員に対抗して、個人の理性的判断による運動は日常的対話を基礎に徐々に広がっている。危機を叫んで短期的解決を求める企ては、不安を危険な方向に誘導される危険性がある。対話による知性的判断の拡大は時間を要するが着実に浸透し定着する。これをめざそう。
(いしだたけし「文京九条の会」よびかけ人)

石田さんの言う「排外主義が感情に訴え、社会的同調性による動員を呼び起こしている」現実が眼前にある。日韓慰安婦合意と釜山「平和の少女像」撤去問題をめぐっての、駐韓大使一時帰国の事態となった。また、非友好的で排外主義的な言説の蠢動が思いやられる。冷静な対応を呼びかける努力をしなければならない。

この一年、私も心しよう。「危機を叫んで短期的解決を求める」のではなく、時間を要するとしても、「対話による知性的判断の拡大」の浸透と定着をめざそう。それこそが、着実で確実な唯一の方法なのだから。
(2017年1月9日)

耳を澄ませば~「少女A(ソウル)」と「少女B(釜山)」のつぶやき

少女像A 釜山のBさん。こんにちは。私が、ソウルの日本大使館前で坐り続けている「平和の少女A」よ。

少女像B あら、ソウルのお姉様。私が、釜山の日本領事館前で坐りはじめた、「平和の少女B」です。よろしくね。

少女像A  暮れにはハラハラしてたのよ。せっかくのあなたのデビューの日に、強制撤去されて、運び去られたと聞いたものですから。

少女像B そうなんです。12月28日「日韓慰安婦問題合意」1周年抗議の日が、私の最初のお目見えの日。この日の午後1時前に私は、初めて公使館前に姿を現したの。でもね、4時間後には釜山市と東区の職員40人もが「違法だから撤去する」と、人々を蹴散らして私をトラックに乗せて運び去ったんですよ。とてもこわかった。

少女像A 恐かったでしょうね。でも、国中の人が声を上げてあなたを帰せと言ったのね。

少女像B  その電話やメールの数がすごかったみたい。釜山市のインタネットサイトがパンクしてしまったほどですって。

少女像A それで、30日には元の場所に戻されたのね。

少女像B 12月31日の午後9時から除幕式を行うことが決められていたの。もしかしたら、私のいないさびしい除幕式になるかも知れないと悲しい思いだったけど、市民の力で像を取り返して領事館前に設置できるとなって、釜山は55000人の大集会で盛りあがった。その集会参加者がデモ行進して除幕式に駆けつけてくれたの。とても感動的で素敵なセレモニーだった。

少女像A あなたが連れ去られた12月28日は水曜日で、ソウルの私のまわりにもたくさんの市民が「水曜デモ」に集まっていた。その皆さんが、あなたのことをとても心配していたわ。その人たちも、釜山市や東区に電話でお願いや抗議をされたのでしょうね。

少女像B ところで、ソウルのお姉様はいつから、日本大使館の前に坐っていらっしゃるの?

少女像A 韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)が、日本軍「慰安婦」問題解決のために、日本大使館前で水曜デモをはじめたのが1992年1月8日。2011年12月14日がその1000回目を迎えたときに私がつくられ、それ以来私は坐り続けているの。ただ黙って、大使館をじっと見ているだけなのだけど。
歩道に埋め込まれた石碑には、「水曜デモ1000回を迎えるにあたり、その崇高な精神と歴史を引き継ぐため、ここに平和の碑を建立する」と韓国語・日本語・英語で刻まれてるのよ。

少女像B お姉様も私も、キム・ソギョン、キム・ウンソンご夫婦が制作されたブロンズ像よね。姉妹は今なん人いるのかしら。

少女像A 私とあなただけが有名だけど、それだけじゃない。韓国内に55人。アメリカのグレンデール市など、国外にも15人がいるそうよ。その中で、あなたが一番若いことになるけど、12月28日前には、あなたは秘密だったの?

少女像B  そうではないのよ。2015年12月に日韓慰安婦合意が「成立」した直後に、若い世代を中心に「未来世代が建てる平和の少女像推進委員会」が立ち上げられて、16年1月から募金活動をはじめているの。多くの人が、当事者を抜きにしたままで、両国の政府と政府が勝手なことをしたという怒りが大きかったのだと思う。

少女像A カンパはどのくらい集まったの?

少女像B  目標が7500万ウォン(724万円)だったけど、8500万ウォン(820万円)が集まったの。カンパをしてくれたのは168団体、19学校、そして5138人の個人。

少女像A 私はまったく無許可だったけど、あなたの方は、像を領事館前に置くことの許可は得なかったの?

少女像B 委員会は昨年の3月から東区に対して、日本領事館前の歩道に少女像の設置を許可してほしいと要請したの。釜山市民8100人の署名を提出もした。でも、東区は少女像が道路法上の施設には該当しないという理由で建設を許可しなかった。

少女像A 本当の理由はどんなことでしょう。

少女像B 委員会と交渉した東区の区長は、最初は「日本領事館前ではダメだ。それ以外のところならどこでも許可する」と言っていたんだけど、この区長さん日本領事と面会してからは、「どこもダメ。一切ダメ」となったんですって。

少女像A それで、私と同じように、許可の無いままの設置となったというわけね。

少女像B たくさんの人の電話やメールのおかげで、立派な除幕式ができてとても嬉しい。

少女像A 年が明けてからの日本政府の対応を、あなたどう思う。

少女像B 私、日本の政府って恐い。特に、あの日本の首相は恐い。

少女像A 大使と公使を一時本国に引き揚げる、と言って実行したものね。

少女像B 「約束を実行しない韓国の方が悪い」と言うんだけど、ヘンな約束をしたのは、日本の政府と韓国の大統領でしょう。韓国の国民は、大統領のやり方を認めていない。国民も当事者も関与してないのに、「最終的かつ不可逆的に解決される」ってあり得ない。おかしいですよね。「日本大使館近くの少女像については、韓国政府が適切に解決されるよう努力する」って、これもおかしい。政府の努力ではどうにも解決できないことでしょう。

少女像A 日本の首相のものの言い方を聞いていると、「謝ってあげた」「ホントは悪いと思っていないけれど、問題を解決しなければならないから謝ることにする」「謝ったから、もうこれで終わりだ」「これ以上、うるさいことを言うな」と聞こえるのよね。この人、日本が朝鮮や韓国に何をしてきたかを真面目に知ろうとしたことがあるのかしら。

少女像B 「いいか、一回だけ謝るぞ。一回こっきりだぞ」「二度とは謝らないから、蒸し返さないと約束しろ」と、こう言うんでしょ。これ、本当に謝る人の言葉ではあり得ない。

少女像A 問題は、従軍慰安婦だけのことではないのよね。日本は、国を奪い、文化を奪い、姓や言葉まで奪おうとした。植民地化以後の独立運動に対する大弾圧、関東大震災後の在日朝鮮人の虐殺…、そのすべてを「未来志向での解決を」という言葉でごまかそうとしてもね…。

少女像B  日本政府もひどいけど、韓国大統領も問題よね。よく分からないのは、朴大統領が、どうしてこんな「合意」を承諾したのかしら。

少女像A きっと、雲の上にいて、国民の気持ちが分からなくなってしまっているんだわ。

少女像B ね、私たちいつまで、ここに座り続けなけれぱならないのでしょうか。

少女像A 日本が、ドイツのような誠実な姿勢を見せてくれれば、私たちは、博物館か農家の庭先にでも引っ込んで余生を送ることができるんだと思うよ。私たちのとなりには、一脚の椅子があるでしょう。作者は、老いた元慰安婦の座るべき場所を象徴したそうだけど、そこに、子どもでも老人でも休ませてあげる。

少女像B でも、日本の今の首相じゃあ見込みはなさそうね。今の日本の保守政党が政権を握っているうちも無理のようね。

少女像A しばらくはこのまま、市民に守られてじっとしていましょうね。もうすぐの大統領選挙で、もう少しマシな政権になるでしょうし。

少女像B 日本の政権も変わってほしいわね。そして、韓国の国民だけでなく、日本の国民もご一緒に、私たちを暖かく見守ってくださると、とても嬉しいわ。
(2017年1月7日)

韓国における大統領疑惑と民主化運動のダイナミズムー李京柱・仁荷大学教授に聞く

本日(12月9日)韓国国会は、朴槿恵大統領の弾劾訴追案を、賛成234票、反対56票で可決した。今後、憲法裁判所の審判で「職務上の重大な違憲違法がある」と認定されれば弾劾が決まって大統領は失職し、60日以内に大統領選が行われることになる。憲法裁判所の審理期間は180日以内とされているがその遵守の保証はないという。また弾劾には9人の憲法裁判所裁判官のうちの7人以上が採決に加わって6人以上が賛成する必要があるところ、3人は大統領府の推薦者、3人は国会の推薦だが2人が与党推薦だという。しかも、もうすぐ2人の裁判官の任期が切れる。はたして弾劾が成立するか予断を許さない。

国会が弾劾訴追を議決した本日、日民協憲法委員会は韓国仁荷大学の李京柱教授をお招きして「韓国における大統領疑惑と民主化運動のダイナミズム」と題する講演会を開催した。その講演記録は、「法と民主主義」1月号(1月20日刊)に掲載されるが、時宜を得た興味深い内容であった。

圧倒的な世論と大規模なデモが大統領弾劾訴追議決となったが、李教授は望ましいシナリオではなかったという。最も望ましかったのは、デモが呼号していたとおりに、大統領が下野(即時)するシナリオ。これなら、180日の憲法裁判所の審議を跳ばして、60日以内に次期大統領選挙が行われることになる。憲法裁判所の審判の結論を心配する必要もない。更に、理念の問題として、次の見解の紹介があった。

ホン・ソンス淑明女子大教授(法学)は「今の問題は、憲法の理念と民主主義の問題であり、市民の手で提起された政治的問題だが、それが憲法裁判所のエリート裁判官の判断に委ねられる状況を(国民が)認めるだろうか。弾劾は最後の手段であり、問題は法ではなく、政治で解決しなければならない」と指摘した。

即時辞任ではなくとも、「段階的辞任」という選択肢もあった、という。大統領が「期日を定めた辞任」を宣言して、与野党の合意で大統領選前倒し日程を決定するというシナリオ。弾劾による罷免は第3のシナリオだが、結局大統領の命運は憲法裁判所の手にまかせられている。憲法裁判所は、はたして民主主義の守護者か、それとも体制の守護者か。その回答は、審判の結論が出るまで分からない。

今回の激動の要因としては幾つかが考えられる。韓国の民主化は一定の成果をあげたものの、今回の大統領疑惑(権力型汚職事件)問題がその民主化の到達点からの逆戻りという自壊感を多くの人に与えたのではないか。また、大学入試不正(梨花女子大学)問題も若年層に大きな怒りの衝動を与えた。さらには、韓国でも新自由主義の蔓延による格差社会化が進行しており、社会不安や不満が充満している。また、現政権による外交安保、統一政策などへの不安感(THAAD配備,慰安婦問題合意が典型)も要因として考えられる。

今回の事態を「民主化」という物差しだけでは測れない。「保守の分裂」の結果という側面も見なければならない。問題の根治のためには、経済民主化やマスコミの改革までが必要だが、おそらく、今日の弾劾訴追決議の成立で、路上のデモの規模は縮小することになるだろう。これからのことは楽観できない。大騒ぎがあったが、結局何も変わらなかったとしてはならない。

話題は多岐に及んだが、「路上の民主主義」という文化の定着可能性が語られた。立憲主義破壊に対する抵抗というだけでなく、憲法理念の実現をはじめとするさまざまな政治課題について、「普通の人々」が日常の茶事として声を上げるような政治文化を創造していけるかがなお重い課題として存在する、という問題提起。韓国は、そのような政治文化の定着に近い。少なくとも日本に比較して。

あの大規模デモに逮捕者が出ていないという。デモ参加の市民は意識的に挑発を避け、ゴミの片づけまでしているとのこと。軍隊の出る幕のないことはもちろん、機動隊出動の口実もないという。デモの規模が小さいときの警察は規制しようとしていたが、今は交通整理に没頭しているとか。家族や友人同士が連れだってのデモが、その参加の規模を大きくしているという報告だった。

タイムリーな話題が、そのまま貴重な問題提起であった。
(2016年12月9日)

9・1関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典にて

9月1日は、単に大震災の日と記憶すべき日ではない。続発した、日本人の在日朝鮮人に対する集団虐殺が行われた日として、忘れてはならない日である。いったい何が起こったか、「9・1関東大震災朝鮮人犠牲者追悼実行委員会」の案内ビラは、簡明に次のとおり訴えている。

「93年前の関東大震災のとき、全く罪のない朝鮮人が6000人以上、中国人が700人以上も当時の天皇の軍隊・警察や自警団によって虐殺されました。日本の社会主義、労働運動の指導者たち10数人も国家権力によって殺されました。
 しかし、政府は今もなおこの事実を明らかにせず、加害責任を自覚さえしていません。アジアの平和と安定に寄与することを願い、震災における犠牲者の追悼とこのような歴史を繰り返さない決意を込めて追悼式を開きます。
 これを機会に歴史をしっかり学び、その教訓を現在に生かしたいと思います。」

起こったのは、日本人による朝鮮人(中国人を含む)虐殺である。実行委員会の式次第から、引用する。

「関東大震災に乗じた虐殺
1923年9月1日の関東大震災では、その直後から『朝鮮人が井戸に毒を流した』、『朝鮮人が攻めてくる』などの流言が人々の恐怖心をあおりました。朝鮮人への差別や、三・一運動以後の民族運動の高揚に対する恐怖が流言発生の背景であったといわれています。政府は直ちに軍隊を出動させ朝鮮人を検束し、『不逞』な朝鮮人に対し『取締』や『方策』を講ずるように指令を出し、流言を広げました。軍隊や民衆などによって多くの朝鮮人や中国人等、社会主義者をはじめとした日本人が虐殺されました。」

「真相究明と謝罪求め
自警団など民間人による虐殺については型どおりの裁判が行なわれたのみで、軍隊など国家が関わった虐殺は不問に付されています。戦後に調査研究と追悼の運動が進められ、2003年には日弁連が真相究明と謝罪を国家に勧告しましたが無視されています。国家が調査と謝罪を行ない、虐殺事件への真の責任を取ることが、いま求められているのです。」

東京都墨田区の横網町公園内に「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑」がある。
そこには、次の碑文が刻されている。
 「この歴史
  永遠に忘れず
  在日朝鮮人と固く
  手を握り
  日朝親善
  アジア平和を
  打ちたてん
        藤森成吉」

この追悼碑は建立実行委員会の東京都への強い働きかけで墨田区横網の都立公園に建てられたもの。追悼碑建立の経過が次のとおり、書かれている。
「1923年9月に発生した関東大震災の混乱のなかであやまった策動と流言蜚語のため6千余名にのぽる朝鮮人が尊い生命を奪われました。私たちは、震災50周年をむかえ、朝鮮人犠牲者を心から追悼します。この事件の真実を知ることは不幸な歴史をくりかえさず民族差別を無くし人権を尊重し、善隣友好と平和の大道を拓く礎となると信じます。思想・信条の相違を越えてこの碑の建設に寄せられた日本人の誠意と献身が、日本と朝鮮両民族の永遠の親善の力となることを期待します。
1973年9月 関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑建立実行委員会」

本日、その追悼碑の前で、「関東大震災93周年朝鮮人犠牲者追悼式典」がしめやかに行われ、私も参列した。式典の実行委員長として吉田博徳・日朝協会都連会長が開式の言葉を述べたほか、僧侶の読経があり、鎮魂の舞があり、そして各界からの追悼の辞が述べられた。追悼の辞は、東京都知事や墨田区長、「関東大震災朝鮮人虐殺の国家責任を問う会」、「亀戸事件追悼会」、朝鮮総聯、日本共産党、日本平和委員会、日中友好協会など。

挨拶は概ね次のような趣旨であった。
「93年前のこの事件は、過去のものとなっていない。日本政府は、これまで事件の解明にも責任の追及にも熱意を示さず、遺族への謝罪もしてこなかった。そして、民族的差別感情の醸成は、植民地支配と侵略戦争の準備行為でもあった。いま、憲法改正をたくらむ危険な政権下で、戦後経験したことのないヘイトスピーチやヘイトクライムが続発していることに警戒の目を向けなければならない。過去の歴史を正しく見つめるところから、民族間の信頼と平和が生まれる。この事件の教訓をしっかりと承継しなければならない」

この事件の最暗部は関東各地に無数に結成された「自警団」にある。自警団とは、町内会であり商店会であって、要するに一般民衆である。これが、虐殺集団となった。つまり、日本人の誰も彼もが、積極消極の虐殺事件加害者となったのだ。このことを歴史からも記憶からも抹消してはならない。

「随所で続発した朝鮮人虐殺事件は、各町々で結成された一般民衆による組織によって行われた。かれらは、日本刀、銃、竹槍、棍棒等を所持し、朝鮮人を探し出すことに狂奔し、朝鮮人と認めると容赦なくこれを殺害し、傷つけた。この虐殺事件は、大震火災で無法化した地に公然と行われた」(文春文庫『関東大震災』吉村昭)

姜徳相著『関東大震災』(中公新書)には、「自警団の活動」という章があり、そのなかに「自警団の殺し方」という項がある。「自警団の殺人は、人殺しをしたというだけの簡単なものではない」として、恐るべく残虐な集団虐殺の目撃談が連ねられている。以上の二書は、日本人必読の文献である。

異常な事態において人間一般の習性がかくも残虐なのか、あるいは日本人が特別に残虐なのかは、定かでない。しかし、日本人の一般民衆が、マイノリティとしての朝鮮人(ならびに中国人にも)に対して、集団で残虐な蛮行に及んだことを忘れてはならない。

なぜこんなことが行われたのか、どうしたら同様なことを防げるのか。誰にどのような責任があるのか、日本人として今どのように事件と向き合うべきなのか。戦争責任と同様に、考えることをやめてはならない。
(2016年9月1日)

「従軍慰安婦」問題 国家間での合意が真の解決ではない

謝罪は難しい。財産的被害に対する償いであれば、金銭の賠償で済ませることもできよう。しかし、被害者の人間としての尊厳を踏みにじった加害者が、その誠実な謝罪によって被害者の赦しを得ることは、この上ない至難の業である。至難の業ではあっても、道義を重んじる立場を世界に宣言した日本は、その国家の名誉にかけ全力をあげてこの崇高な行為を達成しなければならない。

そのような視点から昨日(12月28日)の「従軍慰安婦」問題に関する日韓外相合意を眺めて、あれが被害者・被害国民への真の謝罪となりうるとは思えない。到底これで問題解決ともならない。その理由をいくつか挙げてみよう。

まずなによりも、韓国政府がこの問題での被害当事者を代理する権限を持っているのか甚だ疑わしい。元「慰安婦」とされた当事者の意向を確認せずに、「最終的かつ不可逆的に解決する」ことなどできようはずはない。これまでも、国家間の戦争責任に関する解決合意が個人を拘束する効力を持つか否かが激しく争われてきた。今回のようなどさくさ紛れの国家間の政治決着で、被害者個人の精神的損害が慰謝されるはずもなく、人間の尊厳が修復されたとして納得できるはずもない。

謝罪には、対象の特定が必要である。何をどのように悔いて謝罪しているのか、その表明における明確さが道徳的悔悟の誠実さのバロメータとなる。今回の合意における謝罪は、そのような誠実さを表明するものにはなっていない。

「最終的かつ不可逆的に解決する」との合意内容は、日韓両国の信じがたい不誠実さの象徴というほかはない。

「これから私はあなたに謝ることにしよう。但し、これ一回限りと心得てもらいたい。二度と謝罪を要求しないという条件がついているから謝罪するんだ。私はこれ以上二度とは謝らないし、あなたの方も蒸し返すなどしてくれるな。」

そう言っているのだ。いったい、こんな謝罪のしかたがあるだろうか。こんな上から目線の謝罪を受け入れる被害者がいるだろうか。国家間の政治決着だからこそ、こんな不条理がまかりとおるのだ。

試されているのは、加害者側の誠実さである。真の宥恕を得るためには、ひたすらに被害者の心に響く誠実さを示し続け、その誠意を受容してもらうよう努力を重ねるしか方法はない。

これまで村山談話や河野談話を否定しようと画策してきた前歴を持つ安倍晋三が、「責任を痛感」「心からのおわびと反省」と口にしても、謝罪の誠意は伝わらないだろう。日本国民が、安倍のような歴史修正主義者を首相としている限りは、真の宥恕を得ることは無理ともいうべきだろう。

戦争と植民地支配とのさなかで生じた、加害・被害の歴史的事件。これは、拭っても拭っても消しようがない事実なのだ。われわれは、その事実を偽ることなく認識し、記憶し、忘却することのないよう語り継がねばならない。それこそが、不誠実な政府しか持ち得ない日本の国民として、われわれが歴史と向き合う誠実な態度だと思う。
(2015年12月29日)

植村隆さんの新しきよきスタートを祈念申し上げます

植村さん、「韓国カトリック大学校」に招聘教授として就任とのこと、昨日の記者会見の報道で知りました。おめでとうございます。

記者会見の記事は以下のようなものです。
「慰安婦報道に携わった元朝日新聞記者で北星学園大(札幌市)の非常勤講師、植村隆氏(57)が来年春にソウルのカトリック大の客員教授に就任することになった。植村氏が26日、北星学園大の田村信一学長と記者会見して明らかにした。
 植村氏をめぐっては昨年、朝日新聞記者だった頃に執筆した慰安婦関連の記事について抗議が北星学園大に殺到。退職を要求し、応じなければ学生に危害を加えるとする脅迫文も届いていた。」(
共同)

私は、植村さんやご家族へに対する常軌を逸した人身攻撃に胸を痛めていた者の一人です。煽動する者と煽動に乗せられる者一体となっての、植村さんへの陰湿で卑劣な攻撃の数々は、日本社会の狭量と非寛容をこの上なく明瞭に露呈しました。この国と社会がもっている、少数者に冷酷な深い暗部を見せつけられた思いです。また、この国のナショナリズムがもつ凶暴さを示しているようにも思います。残念ながら、私たちはけっして開かれた明るさをもった国に住んではいません。卑劣な匿名の攻撃やいやがらせを許容する雰囲気はこの社会の一部に確実にあるといわざるを得ません。

しかしまた、私たちの国や社会は、そのような卑劣漢だけで構成されているわけではありません。陰湿な北星学園に対する攻撃や、ご家族への攻撃を中止させ、防止しようという良心を持つ多くの人々の存在も明らかとなりました。不当な攻撃を許さないと起ち上がる人々の勇気を見ることもできました。その良心と勇気こそが未来への希望です。

昨日(26日)の記者会見が、北星学園大学の田村信一学長と植村さんとの共同で行われたことが、両者に祝意を贈るべきことを示しています。北星学園大は、右翼の卑劣な攻撃に屈することなく植村さんの雇用を護りぬき、そのことを通じて建学の理念と大学の自治とを護り抜きました。韓国カトリック大学校は、北星学園の提携大学で、植村さんの招聘には、今は韓国に在住の植村さんの教え子たちの尽力があったとのこと。すばらしいことではありませんか。

もっとも、北星学園に来年度も植村さんの雇用を継続するかどうか迷いのあったことは聞いていました。最大の問題は、警備費用の負担だとか。その額は年間3000万円とも、3500万円になるとも。右翼の直接攻撃は目に見えて減ってはきたけれど、大学としては学生の安全を守るために手を抜くことができない。そのための費用は、この規模の大学としては大きな負担になるといいます。大学の苦労はよく分かる話。

植村さんに対するいわれなき攻撃はそれ自体不当なものですが、攻撃の矛先をご家族や大学に向けるという陰湿さには、さらにやりきれない思いです。大学が経済的に追い詰められているのなら、応援団は金を集めねばなりません。

脅迫を告発した弁護士グループの仲間内では、「カンパを呼びかけなければならないようだ」「そのためには、まず自分たちが応分の負担をしなければならない」「民族差別を広言する右翼のための出費は馬鹿馬鹿しいが、これが民主主義のコストというものだろう」「卑劣な右翼に、『人身攻撃して、植村を大学からヤメさせた』という成功体験を語らせたくない」「雇用継続を可能とする程度のカンパ集めは可能ではないか」「カンパを集めること自体が差別や暴力と闘う世論を喚起する運動になるのではないか」などと話しあっていました。

暫定的にではあるにせよ、植村さんの雇用がハッピーな形で継続することを大いに喜びたいと思います。

本日(11月27日)朝日新聞が、「本紙元記者、韓国で教鞭へ」という、暖かく、希望を感じさせる見出しであることにもホッとしています。

なお、産経の報道で知りましたが、植村さんは一連の経過について「来年手記の出版を目指している」とのこと、また北星学園は、「再発防止のために経験を検証総括し、広く社会に問いたい」としておられるとのこと。いずれも大事なこととして、完成を期待いたします。

もう一つ、植村さんの札幌地裁提訴事件移送問題での緒戦の勝利おめでとうございます。たまたま、記者会見の11月26日のマケルナ会事務局からの連絡ですと、「植村さんが桜井良子氏などを名誉毀損で札幌地裁に訴え、桜井氏ら被告が東京地裁で審理するよう最高裁に不服を申し立てていた移送問題は、26日、最高裁から被告らの抗告をすべて棄却するとの連絡がありました。これで札幌地裁での審理が確定しました。」とのこと。

櫻井良子(本名)被告らは訴訟を東京地裁へ移送するよう申立をし、札幌地裁は東京に在住する被告らの応訴の都合を重視する立場から、いったんは移送を認めました。これを札幌高裁の抗告審が逆転して札幌地裁での審理を認めました。その高裁の決定がこれで確定したということ。

この種の事件遂行は、意気に感じて集まる弁護士集団によって担われます。せっかく、札幌の若手弁護士諸君が情熱をもってやる気になっているのに、訴訟を東京に移すことになれば、弁護士たちの腰を折ることになってしまいます。それに、もしこの手の事件が、被告の都合を優先して原告の居住地でできないことになるとしたら、同種の被害者が裁判を起こせず、泣き寝入りを強いられることにもなりかねません。

ともかく、これで張り切って、札幌訴訟が動き出すことになります。幸先のよい裁判のスタートに、良い結果が期待されるところです。
(2015年11月27日・連続第971回)

「学び舎」版教科書「慰安婦」記述の受難ー検定基準が不当だ

4月6日に公表された中学校教科書の検定結果において、もっとも注目を集めたのは、「学び舎」版の「慰安婦」問題の記述である。学び舎は、現場の教員などが中心になって組織した「子どもと学ぶ歴史教科書の会」が設立した出版社。今回が初めての検定申請となった。

学び舎版はいったん不合格とされ、再提出版が合格となった。合格とはなったが、不本意に大幅削除されてのこと。その結果、傷だらけにもせよ、4年ぶりに教科書に「慰安婦」問題の記述が復活した。その評価について、韓国の2紙(日本語版)が、やや異なった評価をしている。その2紙の抜粋と、教科書ネット21の俵義文氏の談話の一部をご紹介したい。

まずは、ハンギョレ新聞(4月6日)である。
「慰安婦叙述を復活させた『学び舎』教科書」「中学校教科書に4年ぶりに記述」という、肯定的な見出しになっている。
http://japan.hani.co.kr/arti/international/20225.html

「暗い条件の中でも意味ある変化はあった。子供たちに正しい歴史を教えようと前・現職の歴史教師たちが集まって作った『子供と学ぶ歴史教科書の会』が設立した出版社『学び舎』は、今回検定を通過した教科書で、2011年以後中学校教科書からは消えた慰安婦関連記述を4年ぶりに復活させた。
ハンギョレが入手した学び舎の『社会』(歴史分野)検定通過本の281ページ「人権侵害を問い直す」には「1990年、韓国のキム・ハクスンさんの証言が契機となって、日本政府は戦時の女性に対する暴力と人権侵害に対して調査を行った。そして1993年に謝罪と反省の意を示す政府見解を発表した」と記述された。自身が日本軍慰安婦だったことを初めて明らかにしたキム・ハクスンさんの勇気ある証言を通じて、日本政府が1993年に慰安婦動員過程の強制性と日本軍の介入を認めた「河野談話」が誕生した事実を明確に示しているわけだ。同じページには「朝鮮半島で慰安婦の募集・移送などは概して本人の意志に反してなされた」という河野談話の主要内容も引用されている。…この教科書はまた、日本の植民支配と侵略に抵抗した韓国民衆の主体的な動きに焦点を合わせるなど、民衆史的観点の執筆を試みた。
 …中学校教科書に慰安婦記述が初めてされたのは1993年の河野談話が発表された後に出た1997年度検定教科書からだ。当時は7種の歴史教科書の全てに関連記述が含まれていたが、2002年には3種、2006年には2種に減り、2011年検定では全て消えた。今回文部省は、学び舎の初回原稿を一度不合格処理した後、「強制連行を直接示す資料は発見されなかった」という日本政府の見解を併記する条件で慰安婦関連記述を許容した。」

次は、朝鮮日報(4月6日付)である。
「教科書:文科省、学び舎の慰安婦記載を大幅削除」という記事。こちらは明らかに否定的な評価。
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/04/07/2015040700897.html

「6日、日本の文部科学省による検定をパスした歴史教科書の中には、現役の教師たちが中心になって立ち上げた出版社『学び舎』が作成した教科書もある。
本紙が取材した韓日両国の教科書専門家たちによると、この出版社は当初、旧日本軍の慰安婦に関する内容を約2ページにわたって詳しく記載していたが、教科書検定の過程で不合格の判定を受けたという。
検定をパスする前、この出版社が文部科学省に提出した原本には、元慰安婦の故・金学順(キム・ハクスン)さんの証言が別のページで紹介されていた。金さんが日本政府に謝罪と補償を求めたという内容も盛り込まれていた。韓服(韓国の伝統衣装)姿の朝鮮の少女が日本軍に連行される場面を描いた、故キム・スンドクさんの絵も掲載されていた。東アジア各地に設置された慰安所の地図とともに『慰安婦たちは自らの意思に反して連れていかれた』という河野談話の内容も詳しく紹介されていた。また、国連人権委員会や米国議会で慰安婦問題が取り上げられたという最近の状況についても記述されていた。ところが、一度不合格の判定を受けた学び舎が、検定合格のため再び文部科学省に提出した原稿では結局、このような内容は大幅に削除された。金学順さんの証言やキム・スンドクさんの絵はなくなり、慰安所の地図も消えた。それだけでなく、日本の戦争責任を軽減しようとする日本政府の見解も反映された。河野談話を紹介した内容に続けて『日本軍や官憲による強制連行を直接示す資料は発見されていない』という説明が追加されたのだ。この時点で、慰安婦問題に関する分量は当初の半分程度に削減された。今回検定に合格した日本の中学校用歴史教科書で、慰安婦問題について記述したのは、学び舎の教科書だけだった。」

そして、俵義文さん(子どもと教科書全国ネット21事務局長)が、4月6日付の談話を発表している。社会科教科書に限定して今回の検定についての問題点を指摘するもので、「2015年度中学校教科書の検定について 政府の見解を一方的に教科書に強制する検定制度は廃止すべきである」というタイトル。まだホームページには掲載されていない。最大の問題点として、「新検定基準にもとづき政府見解を教科書に強要する検定」のあり方が指摘されている。

学び舎版が不合格となった際に、「欠陥」と指摘された記述は以下のとおりだったという。
「『朝鮮・台湾の若い女性たちのなかには、「慰安婦」として戦地に送りこまれた人たちがいた。女性たちは、日本軍とともに移動させられて、自分の意思で行動できなかった』という記述と、『日本政府も「慰安所」の設置と運営に軍が関与していたことを認め、お詫びと反省の意を表し』たこと、政府は『賠償は国家間で解決済みで』『個人への補償は行わない』としていること、そのため『女性のためのアジア平和国民基金』を発足させたこと、この問題は『国連の人権委員会やアメリカ議会などでも取り上げられ、戦争中の女性への暴力の責任が問われるようになって』いることなどの客観的事実を述べた記述である。

その『指摘事由』は『政府の統一的な見解に基づいた記述がされていない』ということであり、文科省の説明によれば、ここでいう『政府の統一的な見解』とは、『河野談話』発表までに政府が発見した資料の中には『軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった』とする辻元清美議員への答弁書(平成19年3月16日閣議決定)と、クマラスワミ報告書について『重大な懸念を示す観点から留保を付す旨表明している』とする片山さつき議員への答弁書(平成24年9月11日閣議決定)であるという。

…政府見解のみが唯一の正しい結論であるとして、政府見解のみを教科書に書かせ、それのみを子どもたちに教え込もうとすることは、民主主義社会ではあり得ない暴挙であり、愚行である。検定によって「慰安婦」記述が削除されたことが明らかになれば、国際社会からも激しい批判をあびることは必定である。このような検定行為はただちに撤回すべきである。」

「政府見解と異なることは教科書には書くな」「政府見解をそのとおりに教科書に書け」。これでは、国定教科書の復活ではないか。教育が教育行政からの不当な支配に服してはならないことは、改悪された教育基本法16条にも明記されている。これこそ教育法体系の根幹を貫く大原則である。それが、教科書検定の名で、ないがしろにされているのだ。
(2015年4月8日)

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