澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

最低賃金のアップは、韓国社会を揺るがす大事件なのだ

昨日(7月15日)から今日の各紙が、韓国の最低賃金アップを報道している。来年(2019年)度の最低賃金額が、時給8350ウオン(約835円)になる模様とのこと。19年1月から全国一律に施行される。その引き上げ率は10.9%。今年に続く二桁台となったことに瞠目せざるを得ない。同国の全国民こぞって歓迎であるはずはないが、なるほど政権が代わるということはこういうことなのだ。

この最賃引き上げは、文在寅の大統領選出馬に当たっての主要公約の一つだった。2020年には、最低賃金を時給10000ウオンにするというのだ。当時(17年)の最賃が6470ウォン。これを3年で55%引き上げるという公約。

その後の推移は以下のとおり。
  2017年 6470ウォン
  2018年 7530ウォン(16.4%増)
  2019年 8350ウォン(10.9%増) 予定
  2020年 未定

もちろん、賃金は労使の交渉で決まるのが本筋である。しかし、労使の交渉に任せておくだけでは、交渉力極めて脆弱な最底辺労働者の困窮が避けがたい。そこに労働条件の最低規準を保障する社会政策的な保護の施策が必要となる。それが、労働基準法であり、最低賃金制度である。労働条件の最低規準をどう定めるか。それは、その社会における労働者階層の政治意識の成熟度と政治的力量如何による。

「ひろばユニオン」(18年5月号)「韓国最賃事情と労組の活動(上)」(金美珍)によると、最賃のアップは、韓国労組全体の取り組みとなっているとのことで、けっして文政権が独走しているのではないという。「18年1月からの最賃(時給7530ウォン)引き上げによって全賃金労働者の18%、約277万人が直接影響を受けると推定される。主に若年層、60歳以上の高齢層、女性、非正規労働者がこれに含まれる。」という。大統領の支持が揺るがないはずだ。

東京都の現在の最低賃金は、時給958円。17年10月1日に引き上げられているが、引き上げ幅は26円。率にして2.79%である。韓国の最賃引き上げ率は、東京の5倍となるわけだ。かなり無理な引き上げではないか、との思いが先に来る。社会に歪みをもたらしている面も多々あるのでは。もちろん、雇用の機会を狭めているとの批判も免れないだろう。それにしても、底辺の労働者にはこの上ない朗報。

金美珍記事はこう解説している。

  18年の最賃額はなぜ大幅に引き上げられたのか?
  その背景としてまず、17年に誕生した文在寅(ムン・ジエイン)政権による新たな経済政策パラダイムヘの転換があげられる。当選直後から、文政権は経済不平等の克服を重要な政策課題と提示し、「人が中心となる国民成長の時代を開く」ため「所得主導の成長」を主要経済政策の方向として打ち出した。
  「所得主導の成長」とは、質の良い仕事を提供することで家計の所得と消費を増やし、これが企業の生産と投資の増大、ひいては国家経済の健全な成長につながるという好循環経済のビジョンである。

文大統領は、選挙期から「2020年最低賃金1万ウォン(約1千円)」を公約として掲げ、政権交代後にも「所得主導の成長」の核心政策として最賃引き上げを強調し、家計所得の増大を試みている

なるほど、アベノミクスとは正反対の発想。大企業と富者が儲かるように経済をまわせば、いずれは底辺の労働者にも、おこぼれがまわってくるというトリクルダウン論はとらない。真っ先に、最底辺の労働者の賃金を押し上げることで経済全体の活性化をはかろうというのだ。日韓、まったく逆の実験が進行していることになる。これなら、韓国の民衆は、自分たちの政府、自分たちの政権と考えることができるだろう。日本の大企業が、安倍政権を、自分たちの政府、自分たちの政権と考えている如くに。

韓国の最大紙「朝鮮日報」日本語版(7月15日23時11分)を引用しておこう。

「韓国の最低賃金10.9%引き上げへ、事実上1000円超」

2019年度の韓国の最低賃金が今年より10.9%(820ウォン)高い時給8350ウォン(約829円)に決定された。大多数の勤労者に支給が義務付けられている週休手当も含めると、最低賃金は1万30ウォンとなり、1万ウォンの大台を超える。

 最低賃金委員会は14日未明、雇用者側の委員9人全員が欠席したまま、世宗市で第15回会合を開いた。月給換算では174万5150ウォン(月174時間労働、週休手当含む)で、現在よりも17万1380ウォン上昇する。

 会合には公益委員9人、韓国労働組合総連盟(韓国労総)所属の労働者側委員5人の計14人のみが出席し、公益委員が示した案(8530ウォン)と労働者側が示した案(8680ウォン、15.2%引き上げ)をそれぞれ採決した結果、公益委員案を採択した。公益委員案は8票、勤労者委員案は6票を獲得した。最低賃金委で雇用者側の委員全員が欠席したまま、最低賃金が決定されたのは1991年以来27年ぶりだ。

 最低賃金委によると、今回の引き上げで、来年には韓国の勤労者の4人に1人(25%)に相当する500万5000人の賃金が上昇する。

 文在寅(ムン・ジェイン)政権が発足した昨年時点で6470ウォンだった最低賃金は2年間で29.1%上昇する計算になる。最低賃金委の統計を見ると、最低賃金が6470ウォンだった昨年にも勤労者全体の13.3%は法定最低賃金を受け取れていない。こうした中、最低賃金が2年で29.1%も引き上げられたことで、最低賃金を支払えない企業、結果的に違法状態に追い込まれる事業者が続出しかねないとの指摘もある。

この最低賃金増額が、韓国の経済社会を揺るがす大問題であることがよく分かる。経済が、政治的強制だけでまわるものではなかろうが、トリクルダウンではなく、ボトムアップをスターターとする実験。この成り行きを見守り、そして学びたいものと思う。
(2018年7月16日)

「私は捏造記者ではありません」 ー 植村(札幌)訴訟結審

植村隆元朝日新聞記者が、櫻井よしこらを訴えた名誉毀損損害賠償請求訴訟(札幌地裁)が先週の金曜日(7月6日)に結審した。判決言渡は11月9日の予定。原告・弁護団そして支援者は意気軒昂である。

櫻井よしこや西岡力らは、産経や週刊文春、WiLLなどを舞台に、植村隆を「捏造記者」として攻撃した。櫻井や西岡に煽動されたネット右翼が、植村本人だけでなく、その家族や勤務先の北星学園までを標的に攻撃して、大きな社会問題となった。問題とされた植村隆の朝日の記事は、1991年8月のもの。常軌を逸したバッシングというほかはない。

ことは表現の自由やジャーナリズムのありかたにとどまらない。従軍慰安婦をめぐる歴史修正主義の跋扈を許すのか、安倍政権を押し上げた右翼勢力の民族差別やリベラル派勢力への攻撃を默過するのか、という背景をもっている。

私も、同期の友人たちと語らって、植村・北星バッシングへの反撃の声をあげた。そのときの率直な気持は、この社会の動向に、薄気味悪さだけでなく恐ろしさを感じていた。伝えられている、あのマッカーシズムの雰囲気を嗅ぎ取らざるを得なかったのだ。この訴訟、この判決は、この社会の健全さを占うものとしての重みをもっている。

リベラルバネが多少は働いて、いま櫻井よしこや西岡力の影響力は明らかに落ちてきている。判決が、植村ではなく櫻井よしここそが「捏造ジャーナリスト」であることを明らかにするものとなるよう期待したい。

「植村裁判を支える市民の会」が立派なホームページを作っている。
http://sasaerukai.blogspot.com/

そのサイトから、結審(2018年7月6日)の法廷と、2年前3か月前の第1回法廷(2016年4月22日)での、原告植村隆渾身の意見陳述を引用しておきたい。

植村の「私は捏造記者ではありません」との痛切な訴えは、歴史を捏造し修正しようとする者の鋭い指弾ともなっている。

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結審(2018年7月6日)法廷での意見陳述

今年3月、支援メンバーらの前で、直前に迫った本人尋問の準備をしていました。「なぜ、当該記事を書いたのか」、背景説明をしていました。こんな内容でした。

私は高知の田舎町で、母一人子一人の家で育ちました。豊かな暮らしではありませんでした。小さな町でも、在日朝鮮人や被差別部落の人びとへの理不尽な差別がありました。そんな中で、「自分は立場の弱い人々の側に立とう。決して差別する側に立たない」と決意しました。そして、その延長線上に、慰安婦問題の取材があったと説明していました。

その時です。突然、涙があふれ、止まらなくなり、嗚咽してしまいました。

新聞記者となり、差別のない社会、人権が守られる社会をつくりたいと思って、記事を書いてきました。それがなぜ、こんな理不尽なバッシングにあい、日本での大学教員の道を奪われたのでしょうか。なぜ、娘を殺すという脅迫状まで、送られて来なければならなかったのでしょうか。なぜ、私へのバッシングに北星学園大学の教職員や学生が巻き込まれ、爆破や殺害の予告まで受けなければならなかったのでしょうか。「捏造記者」と言われ、それによって引き起こされた様々な苦難を一気に思い出し、涙がとめどなく流れたのでした。強いストレス体験の後のフラッシュバックだったのかもしれません。

本人尋問が迫るにつれ、悔しさと共に緊張と恐怖感が増してきました。反対尋問では再び、あのバッシングの時のような「悪意」「憎悪」にさらされるだろうと思ったからです。

「そうだ、金学順(キム・ハクスン)さんと一緒に法廷に行こう」と考えました。そして、金学順さんの言葉を書いた紙を背広の内ポケットに入れることにしたのです。

この紙は、私に最初に金学順さんのことを語ってくれた尹貞玉(ユン・ジョンオク)先生の著書の表紙にあった写真付の著者紹介の部分を切り取ったものです。その裏の、白い部分に金学順さんが自分の裁判の際に提出した陳述書の中の言葉を黒いマジックで、「私は日本軍により連行され、『慰安婦』にされ人生そのものを奪われたのです」と書きいれました。

私の受けたバッシング被害など、金さんの苦しみから比べたら、取るに足らないものです。いろんな夢のあった数えで17歳の少女が意に反して戦場に連行され、数多くの日本軍兵士にレイプされ続けたのです。絶望的な状況、悪夢のような日々だったと思います。

そして、私は、こう自分に言い聞かせました。「お前は、『慰安婦にされ人生を奪われた』とその無念を訴えた人の記事を書いただけではないか。それの何が問題なのか。負けるな植村」

金さんの言葉を、胸ポケットに入れて、法廷に臨むと、心が落ち着き、肝が据わりました。

きょうも、金さんの言葉を胸に、意見陳述の席に立っています。

私は、慰安婦としての被害を訴えた金学順さんの思いを伝えただけなのです。

そして「日本の加害の歴史を、日本人として、忘れないようにしよう」と訴えただけなのです。韓国で慰安婦を意味し、日本の新聞報道でも普通に使われていた「挺身隊」という言葉を使って、記事を書いただけです。それなのに、私が記事を捏造したと櫻井よしこさんに繰り返し断定されました。

北海道新聞のソウル特派員だった喜多義憲さんは私の記事が出た4日後、私と同じように「挺身隊」という言葉を使って、ほぼ同じような内容の記事を書きました。記事を書いた当時、私との面識はなく、喜多さんは私の記事を読んでもいなかったのです。喜多さん自身が直接、金学順さんに取材した結果、私と同じような記事を書いた、ということは、私の記事が「捏造」でない、という何よりの証拠ではないでしょうか。その喜多さんは、2月に証人として、この法廷で、櫻井よしこさんが私だけを「捏造」したと決め付けた言説について、「言い掛かり」との認識を示されました。

そして、こうも述べられました。「植村さんと僕はほとんど同じ時期に同じような記事を書いておりました。それで、片方は捏造したと言われ、私は捏造記者と非難する人から見れば不問に付されているような、そういう気持ちで、やっぱりそういう状況を見れば、違うよと言うのが人間であり、ジャーナリストであるという思いが強くいたしました」この言葉に、私は大いに勇気づけられました。

1990年代初期に、産経新聞は、金学順さんに取材し、金学順さんが慰安婦になった経緯について、少なくとも二度にわたって、日本軍の強制連行と書きました。読売新聞は、「『女性挺身隊』として強制連行され」と書きました。

いま産経新聞や読売新聞は、慰安婦の強制連行はなかったと主張する立場にありますが、1990年代の初めに金学順さんのことを書いたこの両新聞の記者たちは、金さんの被害体験をきちんと伝えようと、ジャーナリストとして当たり前のことをしたのだと思います。私は金さんが、慰安婦にさせられた経緯について、「だまされた」と書きました。「だまされ」ようが「強制連行され」ようが、17歳の少女だった金学順さんが意に反して慰安婦にさせられ、日本軍人たちに繰り返しレイプされたことには変わりないのです。彼女が慰安婦にさせられた経緯が重要なのではなく、慰安婦として毎日のように凌辱された行為自体が重大な人権侵害にあたるということです。

しかし、私だけがバッシングを受けました。娘は、「『国賊』植村隆の娘」として名指しされ、「地の果てまで追い詰めて殺す」とまで脅されました。

あのひどいバッシングに巻き込まれた時、娘は17歳でした。それから4年。『殺す』とまで脅迫を受けたのに、娘は、心折れなかった。そのおかげで、私も心折れず、闘い続けられました。私は娘に「ありがとう」と言いたい。娘を誇りに思っています。

被告・櫻井よしこさんは、明らかに朝日新聞記者だった私だけをターゲットに攻撃しています。私への憎悪を掻き立てるような文章を書き続け、それに煽られた無数の人びとがいます。櫻井さんは「慰安婦の強制連行はなかった」という強い「思い込み」があります。その「思い込み」ゆえなのでしょうか。事実を以て、私を批判するのではなく、事実に基づかない形で、私を誹謗中傷していることが、この裁判を通じて明らかになりました。そして誤った事実に基づいた、櫻井さんの言説が広がり、ネット世界で私への憎悪が増幅されたことも判明しました。

「WiLL」の2014年4月号の記事がその典型です。金さんの訴状に書いていない「継父によって40円で売られた」とか「継父によって・・・慰安婦にさせられた」という話で、あたかも金さんが人身売買で慰安婦にされたかのように書き、私に対し、「継父によって人身売買されたという重要な点を報じなかった」「真実を隠して捏造記事を報じた」として、「捏造」記者のレッテルを貼りました。「捏造」の根拠とした「月刊宝石」やハンギョレ新聞の引用でも都合のいい部分だけを抜き出し、金さんが日本軍に強制連行されたという結論の部分は無視していました。

しかし、櫻井さんは、私の指摘を無視できず、2年以上経っていましたが、「WiLL」と産経新聞で訂正を出すまでに追い込まれました。実は、訂正文には新たな間違いが付け加えられていました。金さんが強制連行の被害者でないというのです。日本軍による強制連行という結論をもつ記事に依拠しながらも、その結論の部分を再び無視していました。極めて問題の大きい訂正でしたが、櫻井さんの取材のいい加減さが、白日のもとに晒されたという点では大きな前進だったと思います。支援団体の調べでは、この種の間違いが、産経、「WiLL」を含めて、少なくとも6件確認されています。

提訴以来3年5か月が経ちました。弁護団、支援の方々、様々な方々の支援を受け、勇気をもらって、歩んでまいりました。絶望的な状況から反撃が始まりましたが、「希望の光」が見えてきたことを、実感しています。

そして櫻井よしこさんをはじめとする被告の皆さん、被告の代理人の皆さん。長い審理でしたが、皆様方はいまだに、ご理解されていないことがあると思われます。大事なことなので、ここで、皆様方に、もう一度、大きな声で、訴えたいと思います。

「私は捏造記者ではありません」

裁判所におかれては、私の意見を十分に聞いてくださったことに、感謝しております。公正な判決が下されることを期待しております。

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第1回法廷(2016年4月22日)での原告意見陳述

■「殺人予告」の恐怖
裁判長、裁判官のみなさま、法廷にいらっしゃる、すべての皆様。知っていただきたいことがあります。17歳の娘を持つ親の元に、「娘を殺す、絶対に殺す」という脅迫状が届いたら、毎日、毎日、どんな思いで暮らさなければならないかということです。そのことを考えるたびに、千枚通しで胸を刺されるような痛みを感じ、くやし涙がこぼれてきます。

私は、2015年2月2日、北星学園大学の事務局から、「学長宛に脅迫状が送られてきた」という連絡を受けました。脅迫状はこういう書き出しでした。

「貴殿らは、我々の度重なる警告にも関わらず、国賊である植村隆の雇用継続を決定した。この決定は、国賊である植村隆による悪辣な捏造行為を肯定するだけでなく、南朝鮮をはじめとする反日勢力の走狗と成り果てたことを意味するものである」

5枚に及ぶ脅迫状は、次の言葉で終わっています。

「『国賊』植村隆の娘である●●●を必ず殺す。期限は設けない。何年かかっても殺す。何処へ逃げても殺す。地の果てまで追い詰めて殺す。絶対にコロス」

私は、足が震えました。

大学に脅迫状が送られてきたのは2014年5月末以来、これで5回目でした。最初の脅迫状は、私を「捏造記者」と断定し、「なぶり殺しにしてやる」と脅していました。さらに「すぐに辞めさせろ。やらないのであれば、天誅として学生を痛めつけてやる」と書いていました。

娘を殺害する、というのは、5回目の脅迫状が初めてでした。もう娘には隠せませんでした。「お前を殺す、という脅迫状が来ている。警察が警戒を強めている」と伝えました。娘は黙って聞いていました。

娘への攻撃は脅迫だけではありません。2014年8月には、インターネットに顔写真と名前が晒されました。そして、「こいつの父親のせいでどれだけの日本人が苦労したことか。自殺するまで追い込むしかない」と書かれました。こうした書き込みを削除するため、札幌の弁護士たちが、娘の話を聞いてくれました。私には愚痴をこぼさず、明るく振舞っていた娘が、弁護士の前でぽろぽろ涙をこぼすのを見て、私は胸が張り裂ける思いでした。

なぜ、娘がこんな目にあわなければならないのでしょうか。1991年8月11日に私が書いた慰安婦問題の記事への攻撃は、当時生まれてもいなかった高校生の娘まで、標的にしているのです。悔しくてなりません。脅迫事件の犯人は捕まっていません。いつになったら、私たちは、この恐怖から逃れられるのでしょうか。

■私への憎悪をあおる櫻井さん
櫻井よしこさんは、2014年3月3日の産経新聞朝刊第一面の自身のコラムに、「真実ゆがめる朝日報道」との見出しの記事を書いています。このコラムで、櫻井さんは私が91年8月に書いた元従軍慰安婦の記事について、こう記述しています。

「この女性、金学順氏は後に東京地裁に 訴えを起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られたなどと書いている」。その上で、櫻井さんは「植村氏は彼女が人身売買の犠牲者であるという重要な点を報じ」ていない、と批判しています。しかし、訴状には「40円」の話もありませんし、「再び継父に売られた」とも書かれていません。

櫻井さんは、訴状にないことを付け加え、慰安婦になった経緯を継父が売った人身売買であると決めつけて、読者への印象をあえて操作したのです。これはジャーナリストとして、許されない行為だと思います。

さらに、櫻井さんは、私の記事について、「慰安婦とは無関係の「女子挺身隊」と慰安婦が同じであるかのように報じた。それを朝日は訂正もせず、大々的に紙面化、社説でも取り上げた。捏造を朝日は全社挙げて広げたのである」と断定しています。

櫻井さんは「慰安婦と『女子挺身隊』が無関係」と言い、それを「捏造」の根拠にしていますが、間違っています。当時、韓国では慰安婦のことを「女子挺身隊」と呼んでいたのです。他の日本メディアも同様の表現をしていました。

例えば、櫻井さんがニュースキャスターだった日本テレビでも、「女子挺身隊」という言葉を使っていました。1982年3月1日の新聞各紙のテレビ欄に、日本テレビが「女子てい身隊という名の韓国人従軍慰安婦」というドキュメンタリーを放映すると出ています。

私は、神戸松蔭女子学院大学に教授として一度は採用されました。その大学気付で、私宛に手紙が来ました。「産経ニュース」電子版に掲載された櫻井さんの、そのコラムがプリントされたうえ、手書きで、こう書き込んでいました。

「良心に従って説明して下さい。日本人を貶めた大罪をゆるせません」

手紙は匿名でしたので、誰が送ってきたかわかりません。しかし、内容から見て、櫻井さんのコラムにあおられたものだと思われます。

この神戸の大学には、私の就任取り消しなどを要求するメールが1週間ほどの間に250本も送られてきました。結局、私の教授就任は実現しませんでした。

櫻井さんは、雑誌「WiLL」2014年4月号の「朝日は日本の進路を誤らせる」という論文でも、40円の話が訴状にあるとするなど、産経のコラムと似たような間違いを犯しています。

このように、櫻井さんは、調べれば、すぐに分かることをきちんと調べずに、私の記事を標的にして、「捏造」と決めつけ、私や朝日新聞に対する憎悪をあおっているのです。

その「WiLL」の論文では、私の教員適格性まで問題にしています。「改めて疑問に思う。こんな人物に、果たして学生を教える資格があるのか、と。植村氏は人に教えるより前に、まず自らの捏造について説明する責任があるだろう」

「捏造」とは、事実でないことを事実のようにこしらえること、デッチあげることです。記事が「捏造」と言われることは、新聞記者にとって「死刑判決」に等しいものです。

朝日新聞は、2014年8月の検証記事で、私の記事について「事実のねじ曲げない」と発表しました。しかし、私に対するバッシングや脅迫はなくなるどころか、一層激しさを増しました。北星学園大学に対しても、抗議メールや電話、脅迫状が押し寄せ、対応に追われた教職員は疲弊し、警備費は膨らみました。

北星学園大学がバッシングにあえぎ、苦しんでいた最中、櫻井さんは、私と朝日新聞だけでなく、北星学園大学への批判まで展開しました。

2014年10月23日号の「週刊新潮」の連載コラムで、「朝日は脅迫も自己防衛に使うのか」という見出しを立て、北星学園大学をこう批判しました。「23年間、捏造報道の訂正も説明もせず頬被りを続ける元記者を教壇に立たせ学生に教えさせることが、一体、大学教育のあるべき姿なのか」

同じ2014年10月23日号の「週刊文春」には、「朝日新聞よ、被害者ぶるのはお止めなさい “OB記者脅迫”を錦の御旗にする姑息」との見出しで、櫻井よしこさんと西岡力さんの対談記事が掲載されました。私はこの対談の中の、櫻井さんの言葉に、大きなショックを受けました。

「社会の怒りを掻き立て、暴力的言辞を惹起しているものがあるとすれば、それは朝日や植村氏の姿勢ではないでしょうか」

櫻井さんの発言には極めて大きい影響力があります。この対談記事に反応したインターネットのブログがありました。

「週刊文春の新聞広告に、ようやく納得。もし、私がこの大学の学生の親や祖父母だとしたなら、捏造で大問題になった元記者の事で北星大に電話で問い合わせるとかしそう。実際、心配の電話や、辞めさせてといった電話が多数寄せられている筈で、たまたまその中に脅迫の手紙が入っていたからといって、こんな大騒ぎを起こす方がおかしい。櫻井よしこ氏の言うように、「錦の御旗」にして「捏造問題」を誤魔化すのは止めた方が良い」

私はこのブログを読んで、一層恐怖を感じました。ブログはいまでもネットに残っています。

櫻井さんは、朝日新聞の慰安婦報道を批判し、「朝日新聞を廃刊にすべきだ」とまで訴えています。言論の自由を尊ぶべきジャーナリストにもかかわらず、言葉による暴力をふるっているようです。「社会の怒りを掻き立て、暴力的言辞を惹起している」のは、むしろ、櫻井さん自身の姿勢ではないか、と思っています。

■「判決で、救済を」
「言論には言論で闘え」という批判があります。私は「朝日新聞」の検証記事が出た後、複数のメディアの取材を受け、きちんと説明してきました。また、複数の月刊誌に手記を掲載し、自分の記事が「捏造」ではないことを、根拠を上げて論証しています。にもかかわらず、私の記事が「捏造」であると断定し続ける人がいます。大学や家族への脅迫もやむことがありませんでした。こうした事態を変えるには、「司法の力」が必要です。

脅迫や嫌がらせを受けている現場はすべて札幌です。櫻井さんの「捏造」発言が事実ではない、と札幌で判断されなければ、こうした脅迫や嫌がらせも、根絶できないと思います。

私の記事を「捏造」と決めつけ、繰り返し世間に触れ回っている櫻井さんと、その言説を広く伝えた「週刊新潮」、「週刊ダイヤモンド」、「WiLL」の発行元の責任を、司法の場で問いたいと思います。私の記事が「捏造」でないことを証明したいと思います。

裁判長、裁判官のみなさま。どうか、正しい司法判断によって、「捏造」記者の汚名を晴らしてください。家族や大学を脅迫から守ってください。そのことは、憲法で保障された個人の表現の自由、学問の自由を守ることにもつながると確信しています。

(2018年7月13日)

「自分益」「国内益」だけのアベ外交

南北と米朝の首脳会談で朝鮮半島情勢が大きく転換し、この地域に緊張緩和の萌し濃厚となって以来、田中均(元・外務審議官)発言に注目が集まっている。いま、誰しも、2002年「小泉訪朝」を実現させた立役者としての経験や教訓を聞きたいのだ。

この人の言うこと、まことに真っ当である。今この人がしかるべき対外折衝の要職にあれば、日本外交は違った色彩を帯びたものになり、地域の平和に貢献のできる日本外交となるのではないかと思わせる。いや、安倍外交には、もともとそのよう理念も指向もないのだから、残念ながらこの人の活躍の場もないことになるのだろう。

本日の毎日夕刊、特集ワイドは、「松田喬和の ずばり聞きます」。インタビュー相手が田中均。タイトルが、「朝鮮半島問題に戦略を」というもの。もちろん、安倍外交には朝鮮半島問題に戦略がない、ことの批判が滲み出ている内容。

しかし、明らかに批判のための批判ではない。

― 朝鮮と交渉して拉致を認めさせた経験にかんがみて、外交の眼目とは何でしょう?

田中氏 『信頼』です。北朝鮮だって、より重要な目的があれば信頼関係を築く努力をします。例えば日経新聞の元記者が北朝鮮に拘束されていましたが「解放することで信頼を示してほしい」と言ったら解放した。こういったことを積み重ねる。要は、価値観や政治体制か異なっても、うそをつかない、相手に配慮するといったことを続ければ信頼関係は構築できる。そうなれば物事が前に進む可能性か開けます。日本国内で勇ましいことを言って反北・反中・反韓の感情をあおれば、支持率は上がるかもしれませんが、相手にも国民がいます。実際にこれらの国と向きあった時、相手は日本を信用するでしょうか。信頼関係がなければ結果を出せません。

なるほど、そのとおりだ。相互に相手を信頼する関係を築いていくことこそが大切なのだ。「外交の眼目」は、「平和構築の要諦」でもある。これこそ、アベ外交とは真逆の9条理念の神髄と言うべきであろう。

この人、7月3日に、日本記者クラブで対北朝鮮外交について講演している。その概要を報じる朝日の記事は、安倍外交に相当の辛辣さ。

 安倍(晋三)首相という人は北朝鮮に対する強い姿勢を前面にかざして首相への階段を上っていった。北朝鮮が脅威であるということを前面にかざして選挙に勝った。これは国内政治としては分かる。でも国内に威勢のいいことを言うのが外交じゃない。国益にかなう結果を作ることだ。
 今の日本は外交をやっていない。こういう結果を作るぞという見出しを作ることには類いまれなる政権だが、結果ができているか。「拉致問題を自分の内閣で解決する」と言って、なぜ解決できていないのか説明しているか。

 日本がいま置かれている状況は非常な危機であると同時に最大のチャンスだ。フェーズ(局面)を変えることができる。俺(安倍晋三)の言ってた北朝鮮への圧力が効果を上げたんだ、といまだに各国を回って圧力の網を作るのはあまりに芸がない。
 世界が注目している朝鮮半島の問題について、日本は戦略を持って見識を示さないと米中にばかにされる。目先を「国内益」から国益に変えてほしい。

この田中均の指摘は示唆に富んでいる。確かに、安倍晋三とは、北朝鮮への国民の憎悪を煽り、煽られた国民の憎悪を糧にして、総理にまで上り詰めた政治家である。対北憎悪に依存して政治生命を育ててきたのだから、国民の対北憎悪がなくなれば、その政治生命も終わることになる。安倍にとっては、半島の緊張は必要不可欠なのだ。トランプが一時米朝会談をやめると言い出したとき、たった一人だけ会談中止を支持したのが安倍だった。何とも恥ずかしいほどのあからさまな態度。

だから、安倍は「拉致問題を自分の内閣で解決する」と言ってはきたが、拉致問題が解決するときは安倍の政治生命も終わるときなのだ。長期政権のためには、拉致問題は北に対する攻撃材料としてだけ重要なので、その解決はなくてもよい。改憲問題も、軍事費の肥大も同様である。北朝鮮は、常に危険で好戦的な存在でなければならない。それこそが安倍政権維持と軍事大国化指向のアベ政治に必要なものなのだ。

半島の情勢変化は、国内政治にも大きな変動をもたらす要因となりそうではないか。
(2018年7月9日)

絵本『花ばぁば』の作者が語る日本軍従軍慰安婦問題のとらえ方

足を踏んだ程度のことでも、踏まれた側と踏んだ側とのとらえ方は大きく異なる。往々にして、踏まれた側の痛みは大きく、当然に大きな事件、大きな責任問題と考える。しかし、なかなか踏んだ側には痛みが伝わらない。往々にして、たいしたことでもないことを、なにを大袈裟に騒ぐのかと考えられる。

殴られた方や、いじめられた方は痛みや怨みを忘れない。殴った方やいじめた方には、痛みも怨みも伝わらず、早々に忘れられてしまう。ましてや、戦争での加害と被害、植民地支配における差別や人権蹂躙ともなれば、その溝は大きい。個人と個人のレベルでも、民族と民族の間でも、国家対国家の関係でも…。加害・被害の歴史のとらえ方は大きく異なることにならざるをえない。

無責任な加害者・加害国に対しては、被害の当事者は、「加害行為を忘れるな。被害者の痛みを忘れてはならない。加害の責任を認めよ」と言い続けることになる。そうしなければ、加害の事実も責任も、この世から忘れ去られてしまうことになるからだ。絵本「花ばぁば」もそのような文脈での作品だろうと、手に取るまでは思っていた。読んでみて、少しちがうようだという感想を持った。

昨日(6月24日)、韓国の絵本作家クォン・ユンドクの「絵本『花ばぁば』」の制作過程を描いたドキュメンタリーDVD「わたしの描きたいこと」(販売元「ころから」)を観て、日本軍従軍慰安婦問題についての被害者側での問題のとらえ方が通り一遍ではないことを認識させられた。この絵本の作家の「わたしの描きたいこと」とは、決して皇軍の蛮行の告発ではない。日本軍のあの戦争における具体的な野蛮な行いではなく、戦争というものが、女性という弱い存在に及ぼす暴力の忌まわしさというものである。だから、どこの国のどの時代も平和でなくてはならない。すべての人に関してそうなのだが、とりわけ女性への性暴力を防ぐためには平和が不可欠なのだ。

ナレーションではなく、独白と議論が作者の考え方を物語っていく。
作者は、躊躇しながらも語る。「私には性暴力被害の体験がある。だから、誰よりも私が慰安婦とされた女性の気持ちがよく分かる。私こそが、この絵本を作る作家として最もふさわしい。そう思っていた」

しかし、次第にその気持ちが空回りしているのではないかと悩み始める。被害者に思いいれる気持ちと、本来伝えるべき作品のありかたのとの溝を意識するようにもなる。

最初、彼女の描く絵は生々しさにあふれるものだった。加害の責任を追求する姿勢もストレートで厳しい。天皇(裕仁)の肖像が描かれる。すべての加害行為の責任の象徴のごとくに。しかし、天皇の肖像は消えて菊となり、さらに桜に変わっていく。軍艦の旭日旗や、飛行機の「日の丸」も消える。直接の加害者であった旧天皇制国家や日本軍に対する怒りや怨みが、昇華されていく。

韓国の出版社のスタッフは、怪訝な思いでこの変化を見つめて問う。「どうしてわざわざ、現実にあったものを消すのか」。彼女は、説明を繰りかえしながら、自分を納得させる答を探す。「日本がすべて敵なのではない」「日本の国民が悪というわけでもない」「日本には良いところも、学ぶべきところもある。この本を読む子どもたちに日本はすべて悪いと誤ったメッセージを与えてはならない」「憎むべきは戦争であり、戦争をもたらした支配者であり、国家の体制ではないか」「そのことをこそ伝えたい」

このドキュメンタリーの最後で、作家は韓国の子供たちに伝える。「ベトナム戦争では、韓国も日本軍と同じようなことをしたのよ」と。戦争を高みで見ることなく、最も弱い立場に視座を据えてみる戦争。「あの戦争だから」ではなく、「戦争だからやむを得ない」でもなく、弱い者が理不尽に虐げられる一切の戦争をなくさなければならない。

料理や掃除をしながらの思索と繰り返される試行錯誤。日韓の子供たちとの会話や出版社スタッフとの議論。また、作品のモデルとなった元日本軍「慰安婦」シム・ダリヨンさんとの温かい交流…。こうした営みの結晶としてこの絵本は完成している。作家の訴えが、加害国の側に生まれた私の心に重く響く。
(2018年6月25日)

吉田嘉明(DHC会長)とは、かような人物である ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第131弾

私は、吉田嘉明(DHC会長)とは、ヘイトとデマ(ないしフェイク)を専らとするレイシストであると言い続けてきた。だから、人権や民主主義を大切にする志のある賢い消費者はけっしてDHCの製品を買ってはいけない、とも言ってきた。迂闊にもあなたがDHCの製品を購入すると、それによるDHCや吉田の販売利益の集積が差別言論の原資となってこの社会を汚染することになるのだ。

このような主張には、吉田嘉明(DHC会長)とはいかなる人物かの説明が必要である。そして、その説明には通常人が納得しうる根拠たる事実の摘示をしなければならない。この摘示事実に関する資料を収集するには、それなりの労力を要する。言わば、端的にいえば、吉田嘉明がレイシストであることの論証のための証拠収集の苦労である。

ところが、吉田嘉明自らが、自分をこんな人物であると明らかにする手記があることを教えられた。まことにありがたい。吉田が自分で自分をさらけ出しているのだから、これを多くの人に知ってもらえばよいことになる。

タイトルは 「『ニュース女子』騒動、BPOは正気か」
URLは   https://ironna.jp/article/9559

これを一読戴いて、「こんな手記を書く人物が経営する企業の製品を買う気になりますか」「こんな企業を太らせてよいと思いますか」と良識ある人に訴えたいのだ。この手記を掲載してくれた、産経新聞のiRONNAに感謝したい。

なぜ、私がDHC・吉田嘉明のレイシストぶりを社会に明らかにしようとしているか。
私は、当ブログで吉田嘉明という人物を批判して、DHCと吉田嘉明から、典型的なスラップ訴訟をしかけられた。吉田は、自分に対する批判の言論の萎縮を狙って、私に対して2000万円の損害賠償請求訴訟を提起したのだ。

この吉田嘉明なる人物は、渡辺喜美という政治家に8億円もの裏金を提供したことを自ら週刊誌に公表した。当然に、多くの論者から、「カネで政治を動かそうとする薄汚い行為」「行政(厚労・消費者等)から規制を受ける立場にある企業が行政規制を嫌って政治を動かそうとしている」と批判を浴びた。私も、当ブログで3度厳しく批判した。吉田は、この批判に耳を傾けて反省するのではなく、少なくとも10件のスラップの提起で、批判の言論を押さえ込もうと躍起になった。自分で火を付けておいて、これを消そうと動き回ったのだ。

私に対する2000万円のスラップ訴訟もそのひとつ。私が、吉田嘉明のスラップ訴訟を許さないとして当ブログで反撃を開始すると、2000万円の請求額は6000万円に跳ね上がった。自らの行動で、スラップを証明したのだ。

DHC・吉田嘉明の私に対するスラップ訴訟は最高裁まで持ち込まれて私の勝訴が確定し、いまは反撃訴訟が係属中である。スラップの提起を違法として、私からDHC・吉田嘉明に対する660万円の損害賠償請求をしている。

DHC・吉田嘉明の私に対するスラップの提起は、言論の自由の抑圧である。抑圧対象となった私の言論は、典型的な政治的言論であり、消費者利益を擁護する立場のものである。カネの力で政治を動かそうとした吉田嘉明は、カネの力で自分への批判の言論を抑圧しようと行動したのだ。それだけではなく、「ニュース女子」問題で明らかになったとおり、吉田嘉明は札付きのレイシストであって、DHC・吉田嘉明を儲けさせることは、差別主義正当化宣伝の原資を太らせることにもなるのだ。

だから、言論の自由を擁護するためだけでなく、国民の知る権利の擁護のためにも、民族差別をなくすためにも、DHC製品不買の運動で、DHC・吉田嘉明を許さないという世論形成が必要なのだ。

iRONNA掲載の下記手記において、吉田嘉明自身が、自分とは何者であるかを余すところなく語っている。彼自身の無力な否認にもかかわらず、紛れもないレイシストであることを。のみならず、右翼礼賛で、「反日」「反安倍」を徹底して批判する立場であり、すべてが在日の陰謀だという妄想家であることも。自分が極端に右側に位置しているがゆえに、世の中のすべてを左側に見ている。およそ没論理の文章の中に、民族差別の異様な感情だけが鮮明となっている。そして、従業員の定期購読新聞にまで介入できると思い込んでいる、知性と常識を欠いたおそるべき独善性…。

しかし、世の中は広い。良識派ばかりとは限らない。いまだに、アベ内閣を支持する3割が社会にあるご時世。中には「『反韓国・反朝鮮』『反在日』『反朝日』『親安倍』『親右翼』だから、DHC・吉田嘉明を支持する」という者もあろう。そういう輩には、白井聡の次の言葉を贈ろう。

「本物の奴隷とは、奴隷である状態をこの上なく素晴らしいものと考え、自らが奴隷であることを否認する奴隷である。さらにこの奴隷が完璧な奴隷である所以は、どれほど否認しようが、奴隷は奴隷に過ぎないという不愉快な事実を思い起こさせる自由人を非難し誹謗中傷する点にある。」

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「ニュース女子」騒動、BPOは正気か  吉田嘉明手記

今、問題になっている放送倫理・番組向上機構(BPO)についてですが、まずこの倫理という言葉を辞書で調べてみると「善悪・正邪の判断において普遍的な基準となるもの」(「大辞泉」)ということになっています。そもそも委員のほとんどが反日、左翼という極端に偏った組織に「善悪・正邪」の判断などできるのでしょうか。

 沖縄問題に関わっている在日コリアンを中心にした活動家に、彼らが肩入れするのは恐らく同胞愛に起因しているものと思われます。私どもは同じように、わが同胞、沖縄県民の惨状を見て、止むに止まれぬ気持ちから放映に踏み切ったのです。これこそが善意ある正義の行動ではないでしょうか。

 先日、情報バラエティー番組『ニュース女子』の問題に関して、朝日新聞が「放送の打ち切り決定」というニュースを大々的に流したようですが、『ニュース女子』の放映は今も打ち切ってはいません。これからも全国17社の地上波放送局で放映は続行します。

 ただ、東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)では流さないというだけのことです。DHCの方から、MXテレビとの取引はお断りしました。「番組内容を全面的に変えたい」「『ニュース女子』というタイトルを全く違うものに変更したい」との申し出があり、それにはきっぱりとお断りしたというのが内情です。

 朝日新聞の報道を知って「もう『ニュース女子』は永久に見られないのか」とがっかりされたファンの方も大勢いらっしゃったようです。今回の騒動をきっかけに、朝日新聞の購読中止と広告掲載の禁止を全社員に通告しました。

 BPOは、NHKと地上波の民放テレビ局(民放連)から選任された委員で構成されていますが、普段NHKや地上波の民放テレビを見ていて何かを感じませんか。昔とは明らかに違って、どの局も左傾化、朝鮮化しています

 TBS系『サンデーモーニング』が最も分かりやすいと思いますが、出演するコメンテーターの発言や放送内容はいずれも反日、反安倍を貫いており、徹底した左寄りの番組です。他の放送局もここまで見え見えの極端さはないにしても、内容的にはどれも五十歩百歩に過ぎません。NHKはさすがに国民の税金で支えられているだけあって、見え透いたやり方は避け、巧みにカモフラージュしていますが、やはり左傾化は隠しようがありません

 今、多くの番組で東大や早稲田大出身の教授、在日帰化人のジャーナリストや文化人、一見性別不明の左翼芸能人らが特に珍重されているようです私が在日帰化人の問題に触れると、すぐに「へイトだ」「差別発言だ」と言われますが、私は決して差別主義者でもレイシストでもありません。

 事実、DHCには国内だけでも約3千人の従業員がいますが、その中には少なくとも100人以上の帰化人が在籍しているものと思われます。7人いる役員のうち2人は帰化人です。社員も役員もまったく差別はしていません。みんな日本が大好きで、楽しく懸命に働いています。

 今、私が最も危倶しているのは、日本の主要分野にあまりにも増えすぎた「反日思想を持つ在日帰化人」のことです。日本人になりきって、日本のためにこれからも頑張ろうという人たちを差別しては絶対にいけません。反日だからダメなのです。日本という国にお世話になっていながら、日本の悪口は言う、日本を貶めることだけに生き甲斐を感じているような在日帰化人は逆に許せません。

 政界、官界、法曹界、マスコミ、実業界、スポーツ界、芸能界には驚くほど多数の在日帰化人がいます。ただ、芸能人やスポーツ選手に反日思想を持った人はほとんどいませんので何の問題もありません。むしろ人を楽しませる芸能性は純粋な日本人より優れていますので適材適所と言えましょう。

 実業界で大企業の創業者の大半は在日帰化人です。私のように純粋な大和民族はその点では珍しい存在かもしれません。この類の実業家は、反日ではありませんが、やはり民族的な性格からか、その貪欲さは半端ではありません。昔からの人情味あふれた小売店が全国から消えていったのは、率直に言ってこの人たちのせいだと思っています。

 政界、法曹界は特に在日帰化人が多いことで知られています。日本の全弁護士が所属している日弁連という団体がありますが、みなさんぜひ一度調べてみてください。本稿ではあえて触れませんが、驚くべきことが分かります。

 さて、表面的には政界の在日帰化人が最も目立ちますが、彼らはいやしくも国権の最高責任者であり、選挙によって選ばれた国民の代表者ですから、誰も文句を言う資格はないのです。何と言おうと国民が選んだわけですから。そもそも在日帰化人に、国会議員になれる資格を与えていいのかという問題もありますが、現行法で許されている限り、甘んじて受け入れざるを得ません。

 それにしても、昔の民主党(今の立憲民主党、民進党、希望の党)のような政党に再び政権を取られることがあったら、この美しい国、日本は完全に終わりを告げるでしょう。とはいえ、国会議員はどんな人柄であろうと、どんな出自であろうと、何万人という有権者から選ばれた人たちですので、好き嫌いはあっても尊敬の対象にせざるを得ません。

 それとは異なり、筆記試験に受かっただけの裁判官や弁護士はどうでしょうか。原発再稼働の問題等、国の将来を左右する大きな問題を一裁判官の裁量で決めることができる。しかも、その決定に国民は黙って従う。ここに誰も疑問を感じないのでしょうか。国益にかかわる問題は本来、国民の代表である国会議員が決めることではないでしょうか。

 裁判官は仕事をしている過程で多少なりとも人格形成がなされていくのでしょうが、弁護士に至っては、もともと世間知らずだった人が世俗にまみれ、どんどん劣化していると思うことがあります。官僚もそうですが、試験に受かるために勉強ばかりしてきたということは、その分若いときに人間として最も大切な他人を思いやる気持ちが欠落していたり、交友関係を通しての人間形成が醸成されていない人もいるのではないでしょうか。合格と同時に出来損ないの一丁上がりということです。

   ただ、官僚にも在日帰化人は大勢いても、反日思想を持った人は少ないようです。彼らのほとんどが東大法学部出身ですが、最近の劣化ぶりは話題になった文部科学省の前川喜平前次官や、厚生労働省東京労働局の勝田智明前局長らの上から目線の態度を見てもよく分かります。

 公僕というには程遠いと言わざるを得ません。「東大法学部を出ているから一番偉い」と勘違いしているのでしょうね。私は以前から東大と官僚が日本をダメにしていると言い続けていますが、もういい加減分かってもらいたいと思います。

 東大出になぜ在日コリアンが多いのかというのには理由があります。韓国の受験戦争は半端ではなく、仮に最高学府を卒業できても、上流階級出身かコネクションがない限り、一流企業には就職できません。これはよく知られた事実です。その点、日本では勉強して東大に合格さえすれば、どんな一流企業でも就職は思いのままです。

 もし司法試験に受かれば、長官にも次官にもなれます。だから、親は子供のために日本に帰化し、子供を東大に入れるために猛勉強をさせるのです。

 では、もし東大に落ちたら彼らはどうするか。ほとんどが早大へ行きます。その中から日本を忌避する学生は、やがて学生運動にはまり、左翼活動家へと変貌していくのです。学生運動家は卒業時、左翼系マスコミしか拾ってくれませんので、こうやってマスコミと在日コリアンは切っても切れない縁になっていくというわけです。

さて、放送法第四条についてですが、これは当然、即刻撤廃すべきです。BPOが第四条に準拠して『ニュース女子』を断罪したというのなら、TBSやテレ朝はもっと昔から何百回も断罪されるべきでしょう。彼らは、政治的には全く公平ではないし、報道は事実を曲げまくっている。これだけでも第四条に抵触しているではありませんか。こんな第四条は何の役にも立たないばかりか、日本に害をもたらすだけです。

「第四条を撤廃したら、テレビが政治的に中立を保てないのではないか」と主張する人がいるようですが、バカも休み休み言えと言いたい。今、どのテレビ局が政治的に中立を保っているというのか。安倍さんも「働くな改革」とか「仕事放り出せフライデー」みたいな奇妙な法案を時々考え出しますが、この放送法第四条撤廃はよくぞ思いついたと思います。これにはもろ手を挙げて大賛成です。

 事実、日本には保守派寄りのテレビ局どころか中立のテレビ局さえ皆無です。NHKでさえ中立ではありません。こんないびつな状態は先進国として異常だと言わざるを得ません。

  それでも、明るい話題だってあります。最近ネットでは、多くの若い人たちが「今のテレビ報道はおかしい」「嘘が多すぎる」と思い始めているようです。特に「ミレニアル世代(2000年代初頭に成年期を迎えた世代)」と呼ばれる人たちは、進んで人助けをし、苦しいことを自ら背負ってやろうという気概を持った、今までに見たことのない稀有な世代です。

 彼らは明治以降、初めて登場する輝かしい新人類です。私は彼らに日本の将来を託し期待しようと思っています。彼らが40代、50代になったら、世界に類のない素晴らしい日本人として成長しているはずです。もちろん、その頃には今の地上波テレビ局の大半は、この世に存在していないでしょう。

 最後に、なぜ私が在日帰化人に危惧しているのか、という話をします。日本人は姿形だけ見ると中国人や韓国人に似ているので、日本人のルーツは朝鮮半島を渡ってきた渡来人だと思われがちです。

 ところが最近、遺伝子の研究により、日本人は彼らとは全く関係のない民族だということが分かってきました。縄文人の遺伝子を解析したら、他のアジア人とはまるで違う人種であったというのです。日本人の祖先は、約2万年前にシベリアから、陸続きだった北海道を経由し、日本列島に広まっていったのです。

  多少は南方や朝鮮半島から来た移民もいたようですが、その数は取るに足らないほどで、圧倒的多数がシベリアから南下してきたようです。アジアの中でも唯一日本人だけがヨーロッパ人に近い民族だったというのです顔は似ていても、どうして中国人や韓国人とはこうも違うのだろうと思っていたことが、ここへきてやっと氷解しました。

 見えない絶対的な力を仮に「神様」と称すれば、神様の考えていることはただーつ「種族維持本能を生きとし生けるものに与える」ということだと思います。これは犬に例えるなら、コリー犬はコリー犬だし、ブルドックはずっとブルドックです。何百年たっても見分けがつかないような犬にはなりません。

 我々は全くの異人種である韓国人と仲良くすることはあっても、そして多少は移民として受け入れることはあっても、決して大量にこの国に入れてはいけないのです。ましてや、政権やメディアを彼らに牛耳られることは絶対に避けなければなりません。

(2018年5月18日)

朝鮮半島の平和は困る ― 9条改憲の好機を逃してしまいそう

最近、鏡に映る自分の姿がどうもはっきりしない。後ろの壁がぼんやりと透けて見えるんだ。久しぶりに陽の当たる道を歩いてみたら、自分の影だけが妙に薄いことに気がついた。こんなこと、以前にもあったっけ。そうだ、2007年夏に第1次アベ政権が崩壊したあのあたりのことだ。また胃が痛い。いや腸がキリキリと痛んできた。

内政外交とも八方ふさがりだ。森友・加計・南スーダンだけでない。イラク日報、財務省セクハラ問題で、内政は最悪だ。嘘つき内閣・改ざん政権・公私混同首相・行政私物化総理とさんざんだ。「アベ・やめろ」とうるさくてならない。こんなにまで言われる私には人権はないとでもいうのだろうか。とりわけ、右腕と便りにしてきた麻生さんが、セクハラ次官をかばって火だるまだ。それに、元首相秘書官だった柳瀬が国会で洗いざらいしゃべったら私はいったいどうなることか。どちらも気が気でない。

これまでは、内政の失敗を外交で挽回してきた。安倍得意の外交とさえ言われてきたが、そのメッキが完全に剥げ落ちてしまった。北朝鮮問題こそが私の独壇場だった。トランプ政権と一緒に、ヒトツオボエで「圧力・圧力」「最後までアツリョク」と言ってりゃよかったのだから、楽なもんだった。それで、選挙に勝てたのだから、北朝鮮様々だ。南の文政権に出過ぎたことをするなと釘を刺す役を馬鹿正直に務めていたんだ。

ところが、なんてこった。トランプの奴め、こっそり北と水面下の対話を進めていたんだ。アベの面子など眼中になく、「国際信義よりは中間選挙ファースト」と言うことだった。これまでトランプを「一貫して支持」し、「日米は100%共にある」と繰り返してきたことが、われながら情けなくも恥ずかしい。トランプも金正恩も馬鹿ではなかった。馬鹿を見たのは、私ばかり。今や、トランプが上機嫌で、「南北対話を100%支持する」「アメリカとそのすべての国民は今、朝鮮半島で起きていることをとても誇りに思う」なんて言っている。文在寅の株が大いに上がった。トランプは抜け目なく、習近平まで持ち上げている。私の面目は丸つぶれじゃないか。

さりとて、スネ夫の宿命としてジャイアンには逆らえない。トランプには「拉致問題をよろしく」って、辞を低くしてお願いするしかない。そのお願いはトランプにだけじゃない。南北会談の設定で意気揚々の文在寅にも、頭を下げるしかない。これまで、「最終的かつ不可逆的な合意と言ったろう」などと居丈高な物言いをしてきたように思うんだが、あれは夢の中のことだったのか。

トランプには、頻繁に電話をして日米の緊密をアピールするしかないが、奴はその電話の最中に、ツイートを発信していることがあとになって分かった。私だって、一国の首相だ。あまりに無礼な態度だとは思うが、抗議もできないことがなんとも歯がゆい。

そんなことから、南北会談の前には、「拉致問題が前進するよう、私が司令塔となって全力で取り組む」と言ってみたし、事後には「南北首脳会談はわれわれが決めていたラインにのっとって行われたことが確認できた」と虚勢をはってもみたんだ。こう言わざるを得ない私の立場は、支持者の右翼の諸君には理解も同情もしてもらえるだろうという読みでの発言。右翼以外の「あんな人たち」や「こんな人たち」には、さぞやバカにされることになるんだろうな。だから、キリキリと腸が痛い。

関係国は、みんなそれぞれ主体的に問題に関わっている。中朝首脳会談を皮切りに、南北会談、そしてもうすぐ米朝会談だ。日本だけが蚊帳の外。私の影がうすーくなっている。何とか蚊帳の中に入れてくださいと言わなきゃならないのが癪のタネ。拉致問題の解決には、ピョンヤンに行かねばならないのだが、気が重い。腰も重くなる。うまく行くだろうか。なんと言っても、植民地支配の清算ができていない相手だ。どんな条件を持ち出されることになろうやら。「最終的かつ不可逆的」などと一方的に言って通じる相手ではなさそうだ。

何よりも、思惑外れは北の核やミサイルについての態度の豹変だ。これには心底困った。昨年10月の総選挙は、「国難選挙」と名付けて闘うことができた。与党が勝てたのは、核やミサイルで挑発的な姿勢をとり続けた北朝鮮のお陰だ。Jアラートは頼もしい武器になった。ところがどうしたことだ。南北会談で一気の平和ムードだ。これでは、軍拡の口実もなくなる。防衛予算の拡大もできない。9条改憲進展も棚上げになってしまうではないか。下手をすると、国民世論は、「安倍こそ国難」と盛り上がりかねない。

今こそ、自衛隊増強と改憲の絶好の機会だったはずではないか。「アベのいるうち」「両院の改憲派議席が3分の2あるうち」が千載一遇のチャンスだったはず。このままでは、みすみすとその好機を逃してしまいそうだ。何とかしなければならないが…、よい考えも浮かばない。ああ、腸がキリキリ痛むばかりだ。これが、断腸の思いというものだろうか。
(2018年4月30日)

14%アップの韓国最低賃金ー「トリクルダウンを待つ」のではなく、「まずはボトムアップ」の発想

「ひろばユニオン」(発行・労働者学習センター)という労働運動誌がある。その2017年4月号から18年4月号まで、「施行70年 暮らしと憲法」を連載する機会を得た。原則4頁、ときに5頁の紙幅。時々の憲法に関わる話題を語って、1年で憲法の全体像をつかもうという企画。読者と編集者の期待に応えられたかはともかく、締め切りに追われながらも13回滞りなく楽しく執筆できた。

望外なことに、さらに1年連載継続をとの依頼を受けた。今度は、「憲法改正の危うさ」「憲法を破壊する『安倍改憲案』」の表題で、改憲問題の進展にしぼった新シリーズ。こんな執筆の機会をいただけるのはありがたい。

その第1回分掲載の5月号が本日届けられた。4頁分の字数指定だったが、おさまらず5頁となってしまった。その最後が「毎月この改憲問題レポートをお届けし、来年の5月号あたりで、改憲阻止の勝利宣言をもって連載を終了したいものと願っています。」となっている。是非とも、こうありたいもの。

原稿掲載誌として贈られた5月号。特集は、「2018年春闘の成果と課題」。俄然著名になった上西允子さん(法政大学教授)が、「『働き方改革』とどう向き合うか」という連載を担当している。他にも、沖縄問題、ベルギー便り、メーデー事情など充実しているが、最も興味深く読んだのは「韓国最賃事情と労組の活動(上)」という記事。金美珍という人の執筆。

リードが韓国の最低賃金が大幅にアップした。日本と同様に非正規雇用の増大が社会問題となる韓国で、何が起きているのか。そして韓国労組の取り組みは。2回の連載でお伝えする。」というもの。

「社会が注目最低賃金」という小見出しで、こう書かれている。

 韓国ではいま最低賃金をめぐる社会的な関心が高い。過去最大の引き上げ幅(1060ウォン=約100円)を記録した18年度の最賃(時給7530ウォン=約740円)が年明けから適用されたからだ。今回の引き上げによって全賃金労働者の18%、約277万人が直接影響を受けると推定される。主に若年層、60歳以上の高齢層、女性、非正規労働者がこれに含まれる。

えっ? ホント? それはすごい。18年度の最賃(時給7530ウォン)は、17年度の最賃6470ウォンから14%のアップとなる。統計を見ると、2013年以後の日韓両国の消費者物価の変動率は、韓国が若干上回る程度でほぼ変わらない。それで、最賃14%のアップは驚愕すべき数値だ。

東京都の現在の最低賃金は、時給958円。17年10月1日に引き上げられているが、その額26円。率にして2.79%である。韓国の最賃引き上げ率は、東京の5倍となるわけだ。かなり無理な引き上げではないか、との思いが先に来る。社会に歪みをもたらしている面も多々あるのでは。もちろん、雇用の機会を狭めているとの批判も免れないだろう。それにしても、底辺の労働者にはこの上ない朗報。

記事は解説する。
  18年の最賃額はなぜ大幅に引き上げられたのか?
  その背景としてまず、17年に誕生した文在寅(ムン・ジエイン)政権による新たな経済政策パラダイムヘの転換があげられる。当選直後から、文政権は経済不平等の克服を重要な政策課題と提示し、「人が中心となる国民成長の時代を開く」ため「所得主導の成長」を主要経済政策の方向として打ち出した。
  「所得主導の成長」とは、質の良い仕事を提供することで家計の所得と消費を増やし、これが企業の生産と投資の増大、ひいては国家経済の健全な成長につながるという好循環経済のビジョンである。

文大統領は、選挙期から「2020年最低賃金1万ウォン(約1千円)」を公約として掲げ、政権交代後にも「所得主導の成長」の核心政策として最賃引き上げを強調し、家計所得の増大を試みている。

なるほど、アベノミクスとは正反対の発想。大企業と富者が儲かるように経済をまわせば、いずれは底辺の労働者にも、おこぼれがまわってくるというトリクルダウン論はとらない。真っ先に、最底辺の労働者の賃金を押し上げることで経済全体の活性化をはかろうというのだ。日韓、まったく逆の実験が進行していることになる。こんなことは初めて知った。これなら、韓国の民衆は、自分たちの政府、自分たちの政権と考えることができるだろう。日本の大企業が、安倍政権を、自分たちの政府、自分たちの政権と考えている如くに。

  実際、2020年までに「最低賃金1万ウォン」を達成するためには、年平均15.7%ずつ引き上げなければいけない。今回の引き上げは大統領選挙の公約を守るだけでなく、「所得主導の成長」を本格的に展開するために踏み出した第一歩として意味づけることができる。

続く記事によると、実のところこの政策はけっして政権の独走ではない。「最低賃金1万ウォン」の要求は、韓国で高い支持を得て、労働運動の主要テーマとなっているのだという。17年6月には、「最低賃金1万ウォン」を求めるストライキに多くの参加があったともいう。

この記事は、文政権の政策よりは、韓国の労働運動が、なぜ、どのように、「最低賃金1万ウォン」を目指しているかを描いている。

それにしても、われわれは(私は、というべきか)韓国のことを知らな過ぎる。これほどに学ぶべきことが多いにもかかわらず、である。
(2018年4月28日)

「板門店宣言」に、あらためて憲法9条を噛みしめる

先月(18年3月)韓国訪問の印象が強く、南北首脳会談の成り行きには期待をもって注目していた。その期待は裏切られず、本日(2018年4月27日)は歴史的な日となった。今日の日が、軍事緊張から平和へ、北東アジア国際情勢転換の記念日として、後日長く記憶されることを願う。

南の文在寅(ムン・ジェイン)大統領と、北の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長。最初は多少の硬さもあったようだが、打ち解けて和やかな笑みがこぼれる会談となった。その演出はみごとで、両国の平和と統一への熱意を世界にアピールするものとなった。

あらためて思う。同じ民族の南と北が、何ゆえ骨肉相食むの悲劇に陥ったのだろうか。犠牲者500万と言われる朝鮮戦争は、いったいなんのための殺戮だったのか。本日の両首脳の笑顔を見ていると、過去の歴史が信じがたい。

いいや、「過去」のことだけではない。ヒステリックに、Jアラートで北への警戒を叫んでいたのは、つい先日のことではないか。現実は、願望をはるかに超えた。夢想だったことが、実現しつつある。

また、あらためて日本国憲法9条とその精神を述べた前文とを噛みしめる。

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」

相手国に対する不信は、自国に対する不信となって返ってくる。憎悪は憎悪を生むばかり。自衛の名による軍備も、互いに相手国の軍備を凌駕しようとして軍拡競争に陥ることになる。これを断ち切るのが、9条の精神ではないか。「平和を愛する諸国民の公正と信義への信頼」こそが平和の根源なのだ。南北の宥和が進展しつつある今、9条改憲などとんでもないことではないか。

本日の会談後両首脳は「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言」に署名した。「平和」と「繁栄」と、そして「統一」の文字がまぶしい。

朝鮮半島の「完全な非核化」という目標だけでなく、直通電話での話し合いの継続や、5月1日からの軍事境界線一帯で拡声器放送とビラ散布の停止など、具体的な事項も折り込まれている。今秋、文氏が平壌を訪問することも。

最も関心を集めた「非核化」について、「南北は完全な非核化を通じて、核のない韓(朝鮮)半島を実現するという共同の目標を確認した」「南北は半島の非核化のため、国際社会の支持と協力のため、それぞれ努力していく」と明記している。

ところで、恒久的な平和の構築に向けて、「南と北は停戦協定締結65年になる今年、終戦を宣言し、停戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制構築のための『南・北・米3者』または『南・北・米・中4者』会談の開催を積極的に推進していく。」としている。けっこうなことだが、どうやら日本の出る幕はなさそうなのが、気にかかる。

ここは、南・北両国に積極的な外交的接触が必要な局面ではないか。そのときには、憲法9条を持つ国として、平和外交を押し進めていただきたい。9条改憲にこだわる政権では、なんとも権威に乏しいと嘆かざるを得ない。

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「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言」

大韓民国の文在寅大統領と朝鮮民主主義人民共和国の金正恩国務委員長は、平和と繁栄、統一を念願とする全同胞の一致した志向を込めて、朝鮮半島の歴史的な転換が起こっている重要な時期に、2018年4月27日に板門店・平和の家で、南北首脳会談を行った。

両首脳は、朝鮮半島ではもはや戦争は起きず、新しい平和の時代の到来たことを8000万わが同胞と全世界に厳粛に闡明した。

両首脳は、冷戦の産物である長い分断と対決を一日も早く終息させ、民族の和解と平和、繁栄の新時代を果敢に作り出しながら、南北関係をより積極的に改善し発展させていかなければならないという確固たる意志を込めて、歴史の地、板門店で次のように宣言した。

1.南と北は南北関係の全面的で、画期的な改善と発展を遂げることにより、分断された民族の血脈をつなぎ、共同の繁栄と自主統一の未来を早めていく。

南北関係を改善し発展させることは、全同胞の一様な望みであり、これ以上、先送りできない時代の差し迫った要求である。

(1)南と北は、わが民族の運命はわれわれ自身が決定するという民族自主の原則を確認し、既に採択された南北宣言とすべての合意を徹底的に履行することにより、関係改善と発展の転換的局面を開いていくことにした。

(2)南と北は高位級会談をはじめとする各分野の対話と交渉を早期に開催し、首脳会談で合意された問題を実践するための積極的な対策を立てていくことにした。

(3)南と北は当局間協議を緊密に行い、民間交流と協力を円滑に確保するために、双方の当局者が常駐する南北共同連絡事務所を開城(ケソン)地域に設置することにした。

(4)南と北は民族の和解と団結の雰囲気を盛り上げていくために、各界各層の多様な協力と交流往来と接触を活性化することにした。

内においては6.15をはじめ、南と北の双方において意義ある日を契機に、当局と国会、政党、地方自治団体、民間団体など各界各層が参加する民族共同行事を積極的に推進して和解と協力の雰囲気を盛り上げながら、外においては2018年のアジア競技大会をはじめとする国際競技に共同で進出し、民族の英知と才能、団結した姿を全世界に誇示することにした。

(5)南と北は民族分断により発生した人道的問題を早急に解決するために努力し、南北赤十字会談を開催し、離散家族・親戚の再会をはじめとする諸問題を協議解決していくことにした。

当面、来たる8.15を契機に離散家族・親戚の再会を進めることにした。

(6)南と北は民族経済の均衡ある発展と共同の繁栄を達成するために、10.4宣言で合意された事業を積極的に推進して行き、一次的に東海線および京義線鉄道と道路を接続して近代化し、活用するための実践的な対策を取っていくことにした。

2.南北は、朝鮮半島で尖鋭な軍事的緊張状態を緩和し、戦争の危険を実質的に解消するために共同で努力してゆくものである。

(1)南と北は、地上と海上、空中をはじめとするすべての領域で軍事的緊張と対立のもととなる相手に対する一切の敵対行為を全面停止することにした。

当面、5月1日から軍事境界線一帯で拡声器放送とビラ散布をはじめとするすべての敵対行為を停止し、その手段を撤廃し、今後の非武装地帯を実質的な平和地帯にしていくことにした。

(2)南と北は黄海の北方限界線一帯を平和水域とし、偶発的な軍事的衝突を防止し、安全な漁労活動を確保するための実際的な対策を立てていくことにした。

(3)南と北は、相互協力と交流、往来と接触が活性化されることによるさまざまな軍事的保障対策を取ることにした。

南と北は双方の間に提起された軍事的問題を遅滞なく協議解決するために、国防相会談をはじめとする軍事当局者会談を頻繁に開催し、5月中にまず、将官級軍事会談を開くことにした。

3.南と北は朝鮮半島の恒久的で強固な平和体制の構築のために積極的に協力していく。

朝鮮半島で非正常な停戦状態を終息させ、しっかりとした平和体制を樹立することは、これ以上先送りできない歴史的課題である。

(1)南と北は、いかなる形態の武力も互いに使用しないことについての不可侵合意を再確認し、遵守していくことにした。

(2)南と北は軍事的緊張が解消され、互いの軍事的信頼が実質的に構築されるのに従って、段階的に軍縮を実現していくことした。

(3)南と北は停戦協定締結65年になる今年、終戦を宣言し、停戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制構築のための南・北・米3者または南・北・米・中4者会談の開催を積極的に推進していく。

(4)南と北は、完全な非核化を通じて核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標を確認した。

南と北は、北側がとっている主動的な措置が朝鮮半島の非核化のために非常に意義あり、大きい措置だという認識を共にして、今後それぞれ、自己の責任と役割を果たすことにした。

南と北は、朝鮮半島の非核化のための国際社会の支持と協力を得るために積極的に努力することにした。

両首脳は、定期的な協議と直通電話を通じて、民族の重大事を頻繁かつ真剣に議論して信頼を強固にし、南北関係の持続的な発展と朝鮮半島の平和と繁栄、統一に向けた良い流れをさらに拡大していくため共に努力することにした。

当面して文在寅大統領は、今年の秋に平壌を訪問することにした。

2018年4月27日

板門店
大韓民国大統領           文在寅
朝鮮民主人民共和国国務委員会委員長 金正恩

  (デイリーNKジャパン編集部訳)
(2018年4月27日)

「韓国の広島」陜川(ハプチョン)で在韓の被爆者と

人類の歴史は、1945年8月6日午前8時15分で、2分される。人類の絶滅という危機を自覚せずに過ごすことができた「前史」と、核によって人類の絶滅という危機の実感とともに過ごさねばならなくなった「後史」とにである。

人類絶滅の危険は瞬間的な核爆発によるものだけではない。核爆発のあとに、長く継続する放射線被害によってももたらされる。地球史の長い長い黎明期は、高放射線環境で生物が生息できる環境ではなかった。ようやく、生物の住める状態にまで自然放射線量が減少したのに、人類は自らの手で、人類の存続を危うくしているのだ。

繰りかえし言われているとおり、核兵器は絶対悪である。核兵器と人類は、共存し得ない。まずは核兵器をなくさなければならない。これが喫緊の課題。そして、核兵器を生み出す戦争をなくさなければならない。さらに、次元の異なる高度放射線被害をもたらす原子力発電も廃絶しなければ、人類の未来はない。

核廃絶運動の最前線に立つ人々が、被爆者である。あの悲劇の瞬間から70余年を経て、悲惨な被爆の実体験者はその数を減らしつつある。実体験を語る活動に参加も難しくなりつつある。我々は、その体験を継承し、その声を伝承しなければならない。

広島・長崎の被爆者は、日本国内だけでなく、韓国にも多くいる。当時、朝鮮は日本領とされていたのだから不思議はないが、朝鮮から渡って広島・長崎に居住していた人の数は、驚くほど多い。そして、戦後帰国した被爆者数も。このことが、あまり認識されていないのではないか。

3月下旬のピース・ツアー参加者の事前学習会で、以下のことを知った。

☆ 1945年8月の被爆直前、日本本土に居住していた朝鮮人数は230万人。うち、広島・長崎の居住者が約10万人だった。
☆ そのうち、約7万人が被爆している。約4万人が死亡、3万人が傷害を負いながらも生存した被爆者となった。被爆者の内2.7万人が韓国に帰国し、約3千人が日本に残った。
☆ 1954年ビキニ水爆実験で第五福竜丸が被爆し、その後に原水禁運動が興隆した。1956年には、「 被爆者団体協議会(被団協)」が結成され、今日まで約40回に渡る法改正が行われ、運動はさまざまな被害補償制度をつくってきた。
☆ 被爆者運動は、当然のこととして在日の被爆者も加わり、その成果の適用において、在日朝鮮人被爆者は日本人と同等であった(健康管理手当、被爆者手帳、生活保障手当等)。しかし、韓国に帰国した被害者には、何の補償もなかった。彼らは、働くこともできず、疎外され続けてきた。
☆ 1956年以後、日本人の平和団体、被爆者団体から被爆者への支援カンパや自立的な運動のよびかけがなされ、徐々に韓国でも被爆者団体の運動が始まった。
☆ 韓国の被爆者は、日本政府に対し、日本人被爆者と同等の補償や支援を要求したが、日本政府はほとんど何もしなかった。
☆ 繰り返しの運動の「成果」として、”日本政府は、在韓被爆者のうち、日本に来て治療を受ける人への若干の支援をはじめた。しかし、日本に行く費用もない人が多く、実質的に支援を受けることができないまま亡くなっていく人が多かった。

☆90年代に入って、日本政府は韓国政府に対し、40億円の支援を一括して行った。韓国政府は、そのうち20億円で陜川(ハプチョン)に被爆者支援施設を作り、生活困難な被爆者が入居(約70人)できる施設を作り、残金で韓国全土の生活支援基金にした。なお、陜川(ハプチョン)には広島に住んでいた帰国被爆者が多く、『韓国の広島』と呼ばれていた。古い統計ではあるが、1974年に原爆被害者援護協会の陜川(ハプチョン)支部が行った被爆者実態調査によると、同地域の当時の被爆生存者は3867人であった。
☆2015年、日本政府は世界中の被爆者に日本人被爆者と同等の補償をすることになり、日本政府から直接本人に送金する制度になった。厚労省によると、2015年3月現在、日本外に住んでいる被爆者手帳の所持者は約4300人で、このうち韓国居住者は約2500人(北朝鮮居住者1人)だという。被爆者の9割が亡くなってから、ようやく日本政府は腰をあげたことになる。

3月28日(水)、ピース・ツアーは慶尚南道の陜川(ハプチョン)を訪れた。「韓国の広島」の異名をもつ町。

昨年(2017年)完成した原爆資料館の生々しい展示の見学を終えて、前庭で休んでいたら、体格のよい老人に声をかけられた。「どちらからいらっしゃいましたか」。訛のない、正確な日本語だった。14、5分の話しが弾んだ。というよりは、「私の話を聞いてくれ」という熱意がほとばしる対話だった。

私自身が被爆者ですよ。広島で被爆したときは10歳だった。市内の国民学校に通っていました。

代々ハプチョンで暮らしていましたが、幼いころ父と兄に連れられて広島に渡りました。ハプチョンの近くからは、たくさんの人が広島に行きました。兵役で行った人も、徴用で行った人もいましたが、自分の意思で家族と一緒に広島に渡った人が多かったはずです。

自分の意思と言っても、本当の意思ではないと思いますよ。その頃、この辺の農家はみんな貧しかったんです。兵役や徴兵で若い者が少なくなって、なかなか農業が思うようにはできなくなった。日本に行けば何とか仕事があって食っていけると言われて、出かけた者が多かったんです。

で、日本のどこへ行くか。村の人で、広島に行った人が多かった。知っている人が先に行っているから、その人をたよりにして、なんとなくみんな広島に行きましたね。

広島で日本語も覚えましてね、国民学校に上がったけど、勉強どころではなかった。もう少し、きちんと勉強させてもらえたらよかった、あとあとそう思いましたね。

私は学校で被爆しました。爆心地から2キロと少しのところです。あの体験は忘れられません。でも、私自身は大きな怪我をしなかった。幸い、父と兄がすぐ来てくれて、私を連れて火災を避け西の方向に逃げました。6日の晩は野宿して、7日に己斐(こい)中学校の校庭で炊き出しを受け、手当もしてもらうことができました。そのときは、もう裸足でした。

行き道、道路に死体がごろごろと転がっていたんです。死体を踏まないように、除けて歩くという感じでした。そして、死んでいる人だけでなく、死にそうな人が大勢。幽霊みたいに歩いていました。本当に地獄の風景でしたね。

終戦後、間もなく親に連れられて韓国に帰りました。でも、やっぱり生活は苦しかった。そのあと、また日本に行きました。最初は宮崎、そしてそのあとはやっぱり広島。で、またハプチョンに戻りました。そうこうしているうちに、齢を取った。

いまは、陜川原爆被害者福祉会館に住んでいます。この会館は、日本の被爆者の運動で、日本政府が金を出してつくったものです。情けないのは、韓国の政府が十分な動きをしてくれないこと。

それから、もう一つ。どうしても言っておきたいのは、原発のことですよ。福島の事故には震えあがりました。あんな危険なものは絶対に作ってはいけない。私は被爆者一世ですが、子や孫の将来のために、核兵器も原発も絶対になくして欲しいと思います。

この方のお名前を伺ったところ、キム・ドシギと名乗られた。ゆったりと咲く白いモクレンの花の下でのキムさんのお話しを忘れることはないだろう。
(2018年4月9日)

韓国にもあったスラップ訴訟ーカンジョン村の海軍基地反対闘争に学ぶ

済州島(チェチュド)は東西に広い楕円の形をなしている。その島の北半分が済州(チェジュ)市であり、南半分が西帰浦(ソギポ)市となっている。この島の最南部に、韓国海軍が大きな軍港を建設した。軍艦だけでなく、15万トンの超大型客船2隻が同時に寄港できるという規模の「軍民複合型観光美港」との触れこみだった。この基地建設に地元の反対運動が息長く続いている。しかも激しく。

地図を見ても、この軍港は書き込まれていない。元来が軍事基地とはそのようなもので、うっかり基地の写真を撮るとトラブルになると教えられた。この基地が建設されたところ、そして反対運動の拠点が、カンジョン(江汀)村である。必ずしも水に恵まれないこの島で、水が豊富なことが地名のゆかりだという。農業にも漁業にも恵まれた土地柄。行政区分は、済州道(チェチュド)西帰浦市(ソギポ)カンジョン村である。

2007年4月に、突然この地が基地の候補地とされたのは、ここなら抵抗運動もあるまいと侮られたからのようだ。同年8月村民は、当時の村長を解任し、基地建設に反対の立場のカン・ドンギュン氏を新村長に選任した。その直後の海軍基地建設の是非を問う住民投票では、賛成36、反対680だったという。以来、村民の反対運動は粘り強く継続されている。にもかかわらず、政府と軍は、基地建設を強行した。この点、辺野古とよく似ている。

建設現場の海岸には、住民の心のよりどころだったクロンビ岩という自然の名物があった。長さ1.2kmにもおよぶ巨大な玄武岩の一枚岩。20カ所もの泉が湧き出し、様々な絶滅危惧種などが生息する貴重な生態系があるとして、韓国の天然記念物保護区域やユネスコの生物圏保全地域に指定されていた。またここは住民たちの祈りの聖地として大切にされてきたところであり、貴重な歴史的文化遺産の場所でもあった。ここがダイナマイトで爆破され、海軍基地となったのだ。

地元住民や全国の平和団体が熾烈な反対運動を繰り広げたが、2016年2月、基地は完成した。政府は住民や団体員9人を「北朝鮮を利する行為」として国家保安法で起訴した。

それだけではない。政府は運動体にスラップ訴訟を提起した。工事遅延による損害賠償として34億ウォンを要求して民事訴訟を提訴したのだ。このことが私の最大の関心事。以下は、昨年(2017)年1月31日付ハンギョレ新聞記事の日本語訳である。

「竣工当時、朴槿恵(パク・クネ)大統領は「地域社会と共生し和合する意味深い契機となることを願う」と述べた。しかし、海軍はサムスン物産が工事遅延による損失賠償金を要求すると、273億ウォン(約27億円)を弁償し竣工式から1カ月後に住民と村会など個人116人と5団体を相手に34億5千万ウォン(約3億4千万円)の求償権を請求し、住民たちに不意打ちを食わせた。

 海軍基地建設過程で住民たちに大きな傷を負わせた政府は、葛藤の解消どころか住民の怒りをさらに膨らませている。与野党国会議員165人が昨年10月、「政府が国民との訴訟を通じて主権者である国民を苦痛の崖っぷちに追いやることがあってはならない」とし、求償権の撤回を要求する決議案を提出した。ウォン・ヒリョン済州道知事と済州道議会はもちろん、済州地方弁護士会まで立ち上がり求償権の撤回を建議・要求したが、政府の態度は微動だにしない。「国策事業に反対するとどうなるのか見ておけ」と、国民に“警告”するかのようにだ。」

「『国策事業に反対するとどうなるのか見ておけ』と、国民に“警告”する」提訴がまさしく、スラップ訴訟なのだ。これが朴槿恵政権下の事態であった。

文在寅(ムン・ジェイン)政権となってから、空気は大きく変わっている。昨年(2017年)12月、国はこのスラップ訴訟を取り下げた。また、個人加盟の平和団体「平和と統一を開く人々」の、国家保安法違反で起訴事件は、昨年12月、最後の一人が無罪判決を勝ち取り、9人全員の無罪が確定したという。

反対運動は、まだ続いている。このことがすごい。3月27日正午、私たちピース・ツアー一行も参加して、基地前の路上で集会が開かれ、デモ行進が行われた。人数は、50~60人くらいだろうか。女性が多い。子ども連れもけっこういる。白人もイスラム教徒も混じっている。大きな音響で音楽を流し、大声で歌を唱い、幟を振り、踊るような行進。そして、基地のゲートの真ん前で、みんなが踊り始めた。弾けるような明るいリズムの踊り。これはいったい何なのだ。面食らうような雰囲気。私は、大きな赤いカニを描いた旗を振りながら、踊りの輪を見つめているだけ。基地の警備は、じっとこちらを見ているが、何も言わない。何もしようとはしない。ひとしきりの平和を願う歌と踊りの後、デモは引き上げた。

ひとりの女性が、片言の英語で話しかけてきた。「私たちは、日曜を除く、毎日毎日このパフォーマンスを続けてきました」「これまで、もう何年も。そしてこれからも」。なんと返事をすればよいのだろうか。「あなた方を支持します」「平和のために連帯しましょう」。お互い英語は下手だが、気持は通じ合ったように思う。

なるほど、歌と踊りなのだ。長い闘争だ。難しいことばかり、苦しいことばかりの運動では続かない。はじけるように、唱って踊ることが大切なのだ。自分を励まし、仲間との連帯を確認するのだ。今は、基地の拡張や、関連施設を作らせない闘いが方針だという。ここに、着実に粘り強く闘い続ける人たちがいる。
(2018年4月5日)

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