澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「2020東京オリパラ」と「東京都ヘイト規制条例」

日朝協会の機関誌「日本と朝鮮」の2月1日号が届いた。全国版と東京版の両者。どちらもなかなかの充実した内容である。政府間の関係が不正常である今日、市民団体の親韓国・親朝鮮の運動の役割が重要なのだ。機関誌はこれに応える内容となっている。

その東京版に私の寄稿がある。これを転載させていただく。内容は「東京都ヘイト規制条例」にちなむものだが、「2020東京オリパラ」にも関係するもの。なお、オリンピック開会は、猛暑のさなかの7月24日である。その直前7月5日が東京都知事選挙の投票日となった。ぜひとも、都知事を交代させて、少しはマシなイベントにしたい。

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東京都ヘイト規制条例の誕生と現状

 2020年東京の新年は、オリンピック・パラリンピックで浮き足立っている。オリパラをカネ儲けのタネにしたい、あるいは政治的に利用したいという不愉快な思惑があふれかえった新春。あの愚物の総理大臣が「2020年東京オリンピックの年に憲法改正の施行を」と表明したその年の始めなのだ。

オリンピックには、国威発揚と商業主義跋扈の負のイメージが強い。国民統合とナショナリズム喚起の最大限活用のイベントだが、言うまでもなく、国民統合は排他性と一対をなし、ナショナリズムは排外主義を伴う。内には「日の丸」を打ち振り、外には差別の舞台なのだ。

もっとも、オリンピックの理念そのものは薄汚いものではない。オリンピック憲章に「オリンピズムの根本原則」という節があり、その1項目に、「このオリンピック憲章の定める権利および自由は、人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、国あるいは社会的な出身、財産、出自やその他の身分などの理由による、いかなる種類の差別も受けることなく、確実に享受されなければならない」とある。

これを承けて、東京都はオリンピック開催都市として、「オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例」を制定した。これが、「東京都ヘイト規制条例」と呼ばれるもので、昨年(19年)4月に施行されている。

その柱は2本ある。「多様な性の理解の推進」(第2章)と、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進」(第3章)。性的マイノリティーに対する差別解消も、ヘイトスピーチ解消への取り組みも、都道府県レベルでは、初めての条例であるという。しかし、極めて実効性に乏しい規制内容と言わざるを得ない。

オリンピックとは、これ以上はない壮大なホンネ(商業主義・国威発揚)タテマエ(人類愛・国際協調)乖離の催しである。都条例は、タテマエに合わせて最低限の「差別解消」の目標を条例化したのだ。しかしこの条例には、具体的な「在日差別禁止」条項はない。「ヘイトスピーチ違法」を規定する条文すらない。また、「在日」以外の外国人に対する差別については、「様々な人権に関する不当な差別を許さないことを改めてここに明らかにする」と述べられた一般理念の中に埋もれてしまっている。もちろん、罰則規定などはない。

オリンピック開催都市として、東京都の人権問題への取り組みをアピールするだけの条例制定となっている感があるが、それでも自民党はこれに賛成しなかった。「集会や表現の自由を制限することになりかねない」という,なんともご立派な理由からである。

条例のヘイトスピーチ対策は、「不当な差別的言動を解消するための啓発の推進」「不当な差別的言動が行われることを防止するための公の施設の利用制限」「不当な差別的言動の拡散防止するための措置」「当該表現活動の概要等を公表」にとどまる。

それでも、東京都は同条例に基づいて、10月16日に2件、12月9日に1件の下記「公表」を行った。

(1)5月20日、練馬区内での拡声器を使用した街頭宣伝における「朝鮮人を東京湾に叩き込め」「朝鮮人を日本から叩き出せ、叩き殺せ」の言動
(2)6月16日、東京都台東区内でのデモ行進における「朝鮮人を叩き出せ」の言動
(3)9月15日、墨田区内でのデモ行進における「百害あって一利なし。反日在日朝鮮人はいますぐ韓国に帰りなさい」「犯罪朝鮮人は日本から出ていけ」「日本に嫌がらせの限りを続ける朝鮮人を日本から叩き出せ」の言動

 公表内容はこれだけである。この言動を「本邦外出身者に対する不当な差別的言動に該当する表現活動」であると判断はしたものの、街宣活動の主催者名の公表もしていない。

問題はこれからである。タテマエから生まれたにせよ、東京都ヘイトスピーチ条例が動き出した。これを真に有効なものとしての活用の努力が必要となろう。東京都や同条例に基づいて設置された有識者による「審査会」の監視や激励が課題となっている。また、ヘイトスピーチ解消の効果が上がらなければ、条例の改正も考えなければならない。

オリパラの成功よりも、差別を解消した首都の実現こそが、遙かに重要な課題なのだから。

(2020年2月3日・連続更新2499日)

「無意識の植民地主義」と、「無邪気で無自覚な植民者」と。

学生時代の級友・小村滋君(元朝日記者)が精力的に発刊しているネット個人紙「アジぶら通信」。もっぱら沖縄問題をテーマに、その筆致が暖かい。個人的に多忙とのことでしばらく途絶えていたが、「アジぶら通信Ⅱ」として復刊し、その2号(1月24日発信)が届いた。

A4・4ページ建。「沖縄の基地『無意識の植民地主義』(平野次郎・記)」が、紙面のほとんどを埋めている。『無意識の植民地主義―日本人の米軍基地と沖縄人』という書物の紹介と、その著者野村浩也講演の報告である。

私は知らなかったが、沖縄の基地を日本本土へ引き取ろうという市民運動の契機となったのが、2005年に御茶の水書房から発刊された『無意識の植民地主義―日本人の米軍基地と沖縄人』(野村浩也著)だという。久しく絶版となっていたが、2019年8月に松籟社から増補改訂版が復刊され、12月15日に神戸市内で復刊を記念して著者の講演会が開催された。詳しく、その講演内容が紹介されている。

『無意識の植民地主義』というタイトルは刺激的だが頷ける。沖縄を除く本土の日本人を、二重の意味で否定的に論難している。ひとつは「沖縄に基地を押し付けて自らはその負担から逃れている植民地主義者」と規定しての批判であり、さらに「沖縄にのみ基地負担を押し付けているという意識すらない」という無自覚への批判でもある。

著者野村浩也は1964年沖縄生まれで、現在は広島修道大学文学部教授(社会学)。講演会は兵庫の「基地を引き取る行動」のメンバーらの主催だという。アジぶら記者の見解として、「なぜいまこの著書の復刊が待たれたのか。沖縄人だけでなく在日韓国・朝鮮人などへのヘイトスピーチの横行を止められないのは、日本人の『無意識の植民地主義』がいまも続いているからではないのか」とある。

たまたま、広瀬玲子著の「帝国に生きた少女たち:京城第一公立高等女学校生の植民地経験」(大月書店・2019年8月刊)に目を通しているところだった。この著作が、よく似た問題意識から書かれた労作となっている。

この書についての出版社の惹句は、「内なる植民地主義、その根深さと、克服過程を見つめる」「植民者二世の少女たちの目に植民地はどのように映っていたのか。敗戦~引揚げ後を生きるなかで、内面化した植民地主義をどのように自覚し、克服していくのか。 ー アンケート・インタビュー・同窓会誌などの生の声から読み解く。」というもの。

その書評として、アマゾンのカスタマーレビュー欄に、「植民地朝鮮に暮らした女学生たちは、無邪気で無自覚な「植民者」であった」(2019年10月27日)が掲載されている。筆者は「つくしん坊」とだけあるが、その書評の一部を引用させていただく。

京城第一公立高等女学校は、1908年に居留民によって設立された。開校式には伊藤博文も列席し、格式あるトップクラスの女学校として順調に発展し、最盛期には1000人以上の生徒が在学した。

京城第一公立高等女学校に通う女生徒たちは、日本人居留民の中でも中流以上の恵まれた家庭に育っていた。女学校では日本と同様の皇民化教育が行われ、日本人女生徒たちは、朝鮮が日本の植民地であること、朝鮮人たちが様々な点で差別されていたことに無自覚であった。

敗戦後、家族とともに女生徒たちは一斉に日本に引き揚げた。そこで待っていたのは荒廃した国土、失われた生活基盤の立て直し、引き揚げ民に対する差別だった。家族とともに厳しい生活が始まった。この過程で、多くの女生徒たちが朝鮮での生活と意識を自省し始めた。

総じて、植民地朝鮮に暮らした女学生たちは、無邪気で無自覚な「植民者」であり、自らが朝鮮人に対して過酷な差別を強いていた「植民者」であったことは、戦後初めて自覚した。そのような自覚者の「内なる植民地主義」克服事例が参考に値する。

「戦前における、朝鮮に対する無邪気で無自覚な植民者」と、「現在の沖縄に対する無意識の植民地主義」と。無自覚・無意識の人びとのネガティブな客観的役割の指摘は重要である。

もっとも、私は「本土が沖縄の基地を引き取るべき」とする見解にも、そのような運動にも与しない。基地撤去の方向での運動をこそ追及すべきだとする立場を固執して小村君の不興をかっている。

(2020年1月28日・連続更新2493日)

12月27日韓国憲法裁判所・慰安婦合意案件却下決定は、『最終的かつ不可逆的解決』の法的効果を否定したものと読むべきである。

私は、2012年4月に韓国憲法裁判所を見学し,東北大学に留学していたという見事な日本語を語る判事補の通訳を介して、広報担当裁判官から懇篤な説明を受けた。その際の、「人権擁護のための真摯な姿勢」に深い感銘を受けた。そして、「世論調査によれば、韓国内で最も信頼に足りる団体が憲法裁判所とされている」と誇りをもって述べられたことが印象的だった。

その韓国憲法裁判所が、昨日(12月27日)、日韓慰安婦合意に関する案件で却下の決定を言い渡した。憲法裁判所という存在が、われわれにはなじみが薄い。却下決定が意味するものはやや複雑である。

ソウル発の聯合ニュース(日本語版)から引用する。
まずは、判決の内容について。

 韓国憲法裁判所は27日、慰安婦被害者らが旧日本軍の慰安婦問題を巡る2015年末の韓日政府間合意の違憲性判断を求めた訴えに対し、「違憲性判断の対象ではない」とし、却下した。
 却下は違憲かどうかの判断を求めた訴えが憲法裁判所の判断対象ではないとみた際に審理をせずに下す処分。つまり、裁判所は慰安婦問題を巡る韓日政府間合意が慰安婦被害者の基本権を侵害したかどうかについて、判断しないということだ。
 憲法裁判所は「同合意は政治的合意であり、これに対するさまざまな評価は政治の領域に含まれる。違憲性判断は認められない」とした。

 審理の対象となった慰安婦合意については、次のように解説している。

 同合意は15年12月に当時の朴槿恵(パク・クネ)政権と日本政府が「最終的かつ不可逆的」に解決すると約束したもの。慰安婦問題に関する日本政府の責任を認め、韓国政府が合意に基づき、被害者を支援する「和解・癒やし財団」を設立。日本政府が財団に10億円を拠出することを骨子とする。
 ただ、合意過程で慰安婦被害者らの意見が排除された上、合意の条件として韓国政府が二度と慰安婦問題を提起しないとの内容が含まれたことが明らかになり、韓国では不公正な合意との指摘が上がった。

 提訴と審理の経過については、次のように述べている。

 16年3月、姜日出(カン・イルチュル)さんら慰安婦被害者29人と遺族12人は憲法裁判所に、合意を違憲とするよう求める訴えを起こした。被害者側の代理の弁護士団体「民主社会のための弁護士会」(民弁)は、「日本の法的な責任を問おうとするハルモニ(おばあさん)たちを除いたまま政府が合意し、彼らの財産権や知る権利、外交的に保護される権利などの基本権を侵害した」とした。
 一方、韓国外交部は18年6月、「合意は法的効力を持つ条約でなく、外交的な合意にすぎないため、『国家機関の公権力行使』と見なすことができない」と主張し、憲法裁判所の判断以前に訴えの却下を求める意見書を提出していた。

 以上のとおり、形の上では、憲法裁判所の判決は韓国外交部(外務省)の意見を採用したことにになり、訴えた元慰安婦らの落胆が伝えられている。しかし、実は慰安婦合意の性格についての憲法裁判所の判断は、法的拘束力を否定したことにおいて、積極的なインパクトを持つものとなっている。毎日新聞の解説記事にあるとおり、この決定が「法的義務はないとしたことで、合意でうたわれた『最終的かつ不可逆的解決』の確約が失われ逆に元慰安婦の支援団体が日本政府の責任を追及する動きを強める契機となる可能性もある』と考えるべきだろう。

共同通信の報道が端的にこう述べている。

 韓国の憲法裁判所は27日、旧日本軍の元従軍慰安婦らが慰安婦問題を巡る2015年の日韓政府間合意は憲法違反だと認めるよう求めた訴訟で、合意は条約や協定締結に必要な書面交換も国会同意も経ていない「政治的合意」にすぎず、効力も不明だと指摘、法的な履行義務がないと判断した。
 裁判所は、合意で履行義務が生じていないため元慰安婦らの権利侵害はなく、合意を結んだ政府の行動が違憲かどうかを判断するまでもないとして、元慰安婦らの訴えは却下した。
 合意履行を韓国政府に求めている日本政府は反発を強めそうだ。

毎日が詳細に報じているが、昨日の決定は、日韓政府間合意は条約ではなく、「外交協議の過程での政治的合意」だと判断。両国を法的に拘束するものではない(法的拘束力はない)、合意によって具体的な権利や義務が生じたとは認められないため、元慰安婦らの法的地位は影響を受けないという。とりわけ問題となったのが、「外交的に保護を受ける権利」だったが、裁判所はこれを含めて基本権を侵害する可能性自体がないとした。もちろん、「政治的合意」がもつ政治的効果まで否定したわけではない。
この決定を受けて、原告側代理人の李東俊(イドンジュン)弁護士は「日韓合意は条約ではないと判断したので、韓国政府が破棄、再交渉する手がかりを作った」と述べたという。
一方、請求を却下するよう求める意見書を提出していた韓国外務省は「憲法裁の判断を尊重する。被害者の名誉、尊厳の回復や心の傷の治癒に向け、努力を続けていく」とコメントした。

また、同じ原告団が政府に損害賠償を求めた訴訟で、ソウル高裁は26日、日韓合意について「(韓国政府が)被害者中心主義に違反した合意であることを認め、真の問題解決ではなかったことを明らかにし、被害者の名誉回復のために内外で努力する」という調停案を提示。双方が受け入れた、という。韓国政府が合意した「内外での努力」の具体的内容はよく分からない。

なお、昨日の憲法裁判所の決定には、慰安婦合意の1項目である「日本大使館敷地前の少女像移転」問題について、「(合意は)解決時期や未履行による責任も定めていない」としており、市民団体が活動を活発化させることも考えられると報じられている(毎日)。

念のため、2015年日韓合意(「12・28合意」)の骨子は以下のとおりである。

・慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認。今後、互いに非難や批判を控える
・日本政府は、当時の軍の関与の下に多数の女性の名誉と尊厳を傷つけた慰安婦問題の責任を痛感
・安倍晋三首相は心からおわびと反省の気持ちを表明
・韓国政府が元慰安婦を支援する財団を設立し、日本政府の予算で10億円程度を拠出
・韓国政府は在韓国日本大使館前の少女像への日本政府の懸念を認知し、適切な解決に努力

(2019年12月28日)

 

 

徴用工訴訟韓国大法院判決から間もなく1年

本日は、日本民主法律家協会の理事会。その席で、川上詩朗弁護士による1時間余の講演を拝聴した。タイトルは、「日韓関係を解決する道すじは? - 韓国人徴用工問題・慰安婦問題を読み説きながら」というもの。詳細なレジメとパワポを駆使したパワフルでみごとな解説。情熱に溢れた語り口にも好感がもてた。

あの、徴用工訴訟韓国大法院判決が、2018年10月30日のこと。その直後に、私も自分なりの受け止め方を下記のブログに、書き留めておいた。

徴用工訴訟・韓国大法院判決に、真摯で正確な理解を
http://article9.jp/wordpress/?p=11369 (2018年11月1日)

徴用工訴訟・韓国大法院判決に真摯で正確な理解を(その2)
http://article9.jp/wordpress/?p=11376 (2018年11月2日)

相当の長文。読み通すのはなかなかに骨が折れる。川上講演も参考に、改めてそのポイントをまとめておきたい。

当時私は、「この判決に対する日本社会の世論が条件反射的に反発しあるいは動揺している事態をたいへん危ういものと思わざるを得ない。政権や右派勢力がことさらに騒ぎ立てるのは異とするに足りないが、日本社会の少なからぬ部分が対韓世論硬化の動きに乗じられていることには警戒を要する。まずは、同判決を正確に理解することが必要だと思う。それが、『真摯な理解を』というタイトルの所以である。判決は、けっして奇矯でも、反日世論迎合でもない。法論理として、筋が通っており、条理にかなっていることも理解しなけばならない。」と書いた。1年後の今、同じ思いを、深刻に反芻している。

10月30日韓国大法院の徴用工判決で認容されたものは、原告である元徴用工の、被告新日鉄住金に対する「強制動員慰謝料請求権」である。日本企業の朝鮮人徴用工に対する非人道的な取り扱いを不法行為として、精神的損害(慰謝料)の賠償を命じたものである

同事件において、被告新日鉄住金側は,こう抗弁した。
「原告の請求権は日韓請求権協定(1965年)の締結によってすべて消滅した」
この抗弁の成否、つまり、「日韓請求権協定で原告らの損害賠償請求権が消滅したと見ることができるか否か」これが、判決における核心的争点と位置づけられている。

この核心的争点における被告新日鉄の抗弁の根拠は、同請求権協定2条第1項「両締約国及びその国民間の請求権に関する問題が…完全かつ最終的に解決されたことになるということを確認する」、及び同条3項「一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対する全ての請求権として同日以前に発生した事由に起因するものに関しては、如何なる主張もできないことにする」との文言が、原告ら元徴用工の被告企業に対する一切の請求権を含むものであって、「解決済み」で、「如何なる主張もできないことになっている」ということにある。

しかし、この被告の抗弁を大法院は斥けた。その理由を、多数意見は「協定交渉の経過に鑑みて、原告の被告会社に対する『強制動員慰謝料請求権』は、協定2条1項の『両締約国の国民間の請求権』には含まれない」とし、だから同条約締結によって原告の請求権は消滅していない、との判断を示した。その判断は一般的な文言解釈と協定締結までの交渉経過を根拠とするもので、論理としては分かり易い。

この多数意見とは反対に、請求権協定における「両締約国の国民間の請求権」には、本件の「強制動員慰謝料請求権」も含まれる、とする5名の個別意見がある。

そのうちの2人は、「だから、協定締結の効果として、韓国国内で強制動員による損害賠償請求権を訴として行使することも制限される」「結論として、原判決を破棄して原審に差し戻す」という意見。要するに、原告敗訴を結論とする見解。

残る3人の意見が興味深い。結論から言えば、「強制動員慰謝料請求権」も、「完全かつ最終的に解決された請求権に含まれる」ものではあるが、「解決された」という意味は、国家間の問題としてだけのことで、国家間の権利は放棄されているものの、「個人が持つ請求権は、この放棄の限りにあらず」ということなのだ。多数意見と理由を異にはするが、この3人の裁判官の結論は上告棄却で、多数意見と原告徴用工勝訴の結論は同じものとなる。

大法院広報の「報道資料」は、この3裁判官意見を以下のように紹介している。

「原告らの損害賠償請求権は請求権協定の対象に含まれると解するべきである。ただし原告ら個人の請求権自体が請求権協定によって当然消滅すると解することはできず、請求権協定により、その請求権に関する大韓民国の外交的保護権のみが放棄されたに過ぎない。したがって原告らは依然として大韓民国において被告に対して訴によって権利を行使することができる。」

この3裁判官見解では、「請求権協定の締結によって『外交的保護権』は放棄された」が、「原告ら個人の被告企業に対する『請求権自体』は、請求権協定によって消滅していない」ということになっている。だから、韓国内での裁判による権利行使は可能という結論なのだ。実は、この見解、日本側の公式見解と同じなのである。日本政府も日本の最高裁も、日韓請求権協定と同種の条約によって、個人の請求権は消滅していないことを確認している。

日韓請求権協定によって、国家間の権利義務の問題は解決した。だから、個人の『外交保護権』は失われ、国家が個人請求権問題を交渉のテーブルに載せることもできなくなった。しかし、個人請求権は消滅していない。これが、日韓両政府・両裁判所の共通の見解である。

個人の権利者がその請求権を裁判所で行使した場合、これを認容するか否かは、当該国の司法権の判断次第である。他国の政府がこれに容喙するのは、越権というしかない。

「請求権協定には、外交的保護権の放棄にとどまらず「個人請求権」の消滅について日韓両国政府の意思の合致があったと見るだけの十分かつ明確な根拠がない。」「国家と個人が別個の法的主体であるという近代法の原理は、国際法上も受け入れられているが、権利の『放棄』は、その権利者の意思を厳格に解釈しなければならないという法律行為の解釈の一般原則によるとき、個人の権利を国家が代わりに放棄する場合には、これをさらに厳格に解釈すべきである。」「請求権協定では『放棄(waive)』という用語が使用されていない。」

さらに重要なのは、以下の日本側の意思についての指摘である。

「当時の日本は請求権協定により個人請求権が消滅するのではなく国の外交的保護権のみ放棄されると解する立場であったことが明らかである。」「日本は請求権協定直後、日本国内で大韓民国国民の日本国及びその国民に対する権利を消滅させる内容の財産権措置法を制定・施行した。このような措置は、請求権協定だけでは大韓民国国民個人の請求権が消滅していないことを前提とするとき、初めて理解できる。」

実はこの点は、日本政府がこれまで国会答弁などで公式に繰り返し表明してきたことなのだ。ことは、韓国・ソ連・中国との関係において、日本政府自身が繰り返し言明してきたことなのだ。徴用工訴訟・韓国大法院判決を法的に批判することは、少なくも日本政府のなし得るところではない。22万人と言われる強制動員された徴用工。過去の日本がいかに大規模に、苛酷で非人道的な振る舞いを隣国の人々にしたのか。まず、その訴えに真摯に耳を傾けることを行わない限り、公正な解決はあり得ない。

韓国を非難する意見の中には、「個人請求権が消滅しないとしても、その請求権の行使は日本の政府や企業に向けられるべきではなく、韓国政府が責任を負うべきではないか。それが、日韓請求権協定の「完全かつ最終的に解決されたことになる」の意味するところ」という俗論がある。しかし、前述のとおり、「請求権協定には、外交的保護権の放棄にとどまらず『個人請求権』の消滅について日韓両国政府の意思の合致があったと見るだけの十分かつ明確な根拠がない」というほかない。とすれば、当該の徴用工が、加害企業に対して有する損害賠償請求権の行使が妨げられてよいはずはない。

政府も企業も肝に銘じなければならない。戦争も植民地支配も、けっしてペイしないものであることを。ツケは必ず回ってくる。それは、けっして安いものではあり得ないのだ。
(2019年10月16日)

明日10月4日、「DHCスラップ反撃訴訟」判決。

ときに、新聞記者から電話をもらうことがある。取材だったり、コメントを求められたり。あるいは、記者の理解でよいのか確認のための説明を求められることも。

 8月20日ころのある日、電話を取ったら韓国の記者からの取材だった。これは初めての経験。私の数少ない韓国の知人の名をあげて、その人の伝手とのことだった。必ずしも流暢とは言いがたいが、しっかりした日本語で、「JTBCの記者の通訳」を名乗り、記者の名前も通訳の自己紹介も聞いたが名前は難しくて聞き取れない。かなりの時間を割いて、DHC・吉田嘉明との裁判の経過を詳しく語った。もちろん、吉田嘉明のヘイト体質についても、DHCテレビ問題についても、的確な質問があり、自論を述べた。その電話取材がどのように放送に生かされたかは、まったく分からない。

その後間もなく、韓国のある国会議員秘書氏からの電話をもらった。今度は、JTBCの放送で私(澤藤)と吉田嘉明の関係を知ったとのこと。なかなかに達者な日本語だった。韓国の与党である「共に民主党」が、「嫌韓ヘイト発言問題で、国会に、吉田嘉明を召喚して証言を求めたいと思っているが、吉田の呼出先をどう特定すべきかのアドバイスを得たい。また、彼は呼び出せば召喚に応じる人物であろうか」という趣旨の問合せ。

韓国ヘイトのDHC・吉田嘉明が、したたかに韓国でも商売をしていることは、この夏までまったく知らなかった。DHCテレビが、インターネット番組で韓国を中傷する発言をし、韓国のドラッグストア業界がDHC商品の販売中止を始めるなど不買運動が広がった。

DHCは、徴用工を酷使した企業ではない。朝鮮侵略とも無縁な新興企業。日本を代表するほどの企業ではない。それが、敢えて嫌韓ヘイト発言をすることによって、韓国民衆による不買運動の標的とされた。「#さよならDHC」のハッシュタグが大規模に拡散されているという。

DHCコリアは、自分たちは東京の本社とは立場が違うと弁明に努めたが苦境に立たされた。一昨日(10月1日)の報道では、DHCのイメージキャラクターだった女優チョン・ユミが、DHCコリアとの契約を解除した。聯合ニュース配信記事が簡潔に事態を伝えている。

【ソウル聯合ニュース】日本の化粧品販売会社ディーエイチシー(DHC)の韓国内イメージキャラクターを務めた女優のチョン・ユミが、同社の韓国法人、DHCコリアとの契約を終了した。期間満了前の契約終了で、残る契約期間の契約料は返還した。
  所属事務所は1日、DHCコリアが事務所側の立場を理解し、解約の要請に対し円満に合意したと発表した。
 8月に放送されたDHC子会社「DHCテレビ」が制作するネット番組の出演者による嫌韓発言が韓国で問題視されたことを受け、所属事務所はDHCに対し、チョン・ユミの肖像権使用撤回とイメージキャラクターとしての活動中止を要請した。

同日の中央日報日本語版の記事では、

チョン・ユミは、「再契約も絶対に無いだろう」と宣言した。さらに、契約終了前のモデル料を返してまでDHCとの縁をバッサリと切った。韓国芸能人がこのような決定を下したのはまれな事。チョン・ユミはDHC側の常識外れの態度に対して積極的に対応したわけだ。チョン・ユミが返す6カ月分のモデル料は数千万ウォンに達するものと見られる。

 ヘイトの代償は高い。DHCの場合、韓国だけではない。日本国内でも、じわりと影響が出てきている様子なのだ。

パルシステム生活協同組合連合会という大組織がある。首都圏を中心とした消費生活協同組合の連合体。加盟総数は約152万世帯、年額総事業高2,117.8億円。食を中心とした商品の供給事業を主としている。

「沖縄への偏見をあおる放送をゆるさない市民」のツイッターには、次のような「朗報」が連ねられている。

パルシステムに電話で問い合わせたところ、商品企画部署から回答があり、「DHCについては事前の調査が不十分だったため、こういう企業とは知らずに商品を企画してしまった(知っていれば企画しなかった)。今後はDHCの商品は取り扱わないし、事前の調査を十分行うようにする」とのことでした。

パルシステムの商品企画部によると「9月の3回以降、DHC商品は扱わない」「事前の調査が不十分だった。今後は、事前の調査を十分行うようにする」とのことです。問い合わせをした組合員のみなさま、本当にお疲れ様でした。#さよならDHC

DHC の商品は生協の理念に合わないのでは? と9月1回のカタログを見てすぐに問い合わせたところ、書面で回答を得ました。直ちに仕入れ企画の修正を決定したパルシステムの対応はナイスだったと思います。市民の運動ってこのように小さい事からですね。

パルシステムを信じて長年使ってきたから本当に良かった。パルは、食べ物だけじゃなく政治や社会問題の勉強会を組合員主催で開催したり、利用者の意識も高いのできっと沢山声が届いたんだと思います。これからも沢山パルシステムでお買い物します

パルシステムすばらしい!声をあげる意味大きいね!

Dema Hate Company、また販路を失いました。パルシステムさん、ありがとう。

こういう「うっかりミス」が起きないように、ヘイト企業一覧が必要だと思う。

パルシステムに本件に対する意見を送った者です。本日パルシステム東京のご担当者様より、お詫びの言葉と併せて今後のDHCブランドの企画については見送る旨ご連絡をいただきました!同様の意見が多数届いていたようです。ご報告まで。

日韓それぞれの社会環境変化の中で、明日10月4日(金)13時15分に、DHCスラップ「反撃訴訟」判決が言い渡される。法廷は、東京地方裁判所4階の415号法廷。

(2019年10月3日)

徴用工問題の法的関係は、こう考えるべきである。

田中均(元外務審議官)といえば、テロ煽動家・石原慎太郎から、「爆弾を仕掛けられて、当ったり前の話だ」と中傷されたお人。石原からこう言われているのだから、立派な人であることはお墨付き。以来、この人の言には耳を傾けているが、なるほどと納得できることが多い。この人のようなバランス感覚のよい官僚が幹部を占めるのなら安心しておられるのだが、今や安倍官邸の締め付けは不安材料ばかり。

とは言え、田中均言説にすべて賛同とはならない。先日この人が、〈日本総合研究所国際戦略研究所理事長〉という長い肩書で、毎日新聞に、「『恨(ハン)』と『憤り』の日韓関係を打開できるのは政治だ」という長文の寄稿を寄せていた。結局のところ韓国責任論の結論なのだ。どうしても、この寄稿に違和感を拭えない。
https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20190903/pol/00m/010/002000c
この人の日韓関係の現状分析についての要点は以下のとおり。これが良識派の見解というところなのだろう。

韓国にとり日本が絶対的に重要であった時代は終わり、経済面では大きく台頭してきた中国の相対的重要性は高まった。それまではある程度封じ込められていた竹島の問題や慰安婦問題が国内政治問題との関連で火を噴くことになった。韓国の政権は保革を問わず、国内求心力の回復のため反日の国民意識を掻き立てることを躊躇しなくなった。特に学生として民主化闘争に中心的役割を果たした86世代(1980年代に学生生活を送った60年代生まれの世代)の人たちが50代となり、今日の文在寅(ムン・ジェイン政権の中枢を占めている。彼らは軍事独裁政権と戦ったという自負心も強く、反日、反米、親北朝鮮の意識も鮮烈だ。

一方日本側の意識も時を経て変わった。韓国側の被害者的な意識は、数百年にわたる日本の朝鮮半島圧迫の歴史に起因するものであるのに対し、日本の意識は、近年韓国が反日をむき出しにしてきた過去十数年程度の短い期間に生じていることに大きく影響され、今日の文政権でピークに達しているということができよう。

日本の低姿勢に徹した外交を支持する層は限られ、「日本は日本の主張をするべきだ」「韓国が合意を破るならそれに対抗措置をとるのは当然だ」という意見が多数を占めるようになった。韓国側が強硬論をとるのは青瓦台であるように、日本側においてもこのような国民の意識を背景にするのは首相官邸だ。日韓双方で、政権は強い国民意識に沿った外交を行うことが支持率を上げることにつながると考えるのだろう。

さて、当面の課題は徴用工問題の解決である。この点について、田中論文はこう言っている。

徴用工問題について韓国政府は考え方の基本を確認するべきだ。第一に、民主主義国では当然のことながら司法は独立しており、大法院の判決に政府が介入することはできないこと。第二に、個人の請求権が消滅しているわけではないこと。第三に、日韓両国の請求権問題は1965年の日韓基本条約・請求権協定により解決済みであること。そして第四に、国際法と国内法の矛盾は韓国政府によって解決されねばならないことだ。その解決を日本政府や日本企業に求めるのは無責任であり国家としての統治責任の放棄だ。

足りない言葉を補って論理を整理してみよう。

第1 司法は独立しており、韓国大法院の判決に日韓両国の政府が介入することはできない。
第2 徴用工個人の日本企業に対する請求権が消滅しているわけではない。
第3 日韓両国の国家間の請求権問題は、1965年日韓基本条約・請求権協定により解決済みである。
第4 国際法と国内法の矛盾は韓国政府によって責任をもって解決されねばならない。

以上の第1~第3の前提から、第4の結論がどう論理的に導かれるのか。理解し難い。実は、第1と第2の命題を無視して、第3の字面だけから第4の結論が導かれているのではないだろうか。いずれにせよ、論理的な説得力に欠けると指摘せざるを得ない。

むしろ、論理は以下のようにならざるを得ない。

第1 日韓基本条約・請求権協定により解決済みとなっているのは、日韓両国家間の請求権問題に過ぎない。
第2 ということは、徴用工個人の日本企業に対する請求権が消滅しているわけではなく、このことは両国政府ともに認めているところである。
第3 したがって、徴用工個人の日本企業に対する請求を認容するか否かは、純粋に韓国国内法の問題として、韓国司法の権限に属することである。ここには、国際法と国内法の矛盾の問題はない。
第4 司法は独立しており、大法院の判決に日韓両政府とも介入することはできない。
第5 仮に日本政府が現状を「国際法と国内法の矛盾」の顕在化と捉えるなら、韓国に対して具体的な提案をして外交交渉によって解決する以外に方法はない。

日本政府は、嫌韓を煽って事態をこじらせることの愚を悟るべきなのだ。
(2019年9月29日)

政府の悪辣な仕打ち。補助金不交付で表現の自由を圧迫。

「えっ、まさか。」「そこまでやるか。」「いくらなんでも,やり過ぎだろう。」というのが第一印象だった。文化庁の「あいちトリエンナーレ補助金不交付」問題である。主催の愛知県は、上からは国の、下からは名古屋市の挟撃に苦戦の感。大村秀章知事は「表現の不自由展」中止の責任者ではあるが、それでも再開に向けて懸命な姿勢には、好感がもてる。これを押し潰そうというのが、いったん決まりの7800万円補助金不交付なのだ。

補助金不交付は、形式的には所管の文化庁の判断ということだが、実質は官邸の意図的な「意地悪」「イチャモン」と、誰しもが思うところ。官邸の「意地悪」は、愛知県が官邸の意向を無視しているからだ。世の中が官邸のご意向を忖度することで円滑にまわっているのに、愛知県だけはどうして忖度しないのか。この国のトップの歴史修正主義・嫌韓ヘイトの真意は周知の事実なのに、どうしてことさらに「慰安婦」や「天皇」をテーマの展示を行うのか。しかも、官邸大嫌いな表現の自由を盾にしてのことだ。

官邸は、実はこの展覧会の展示の内容が面白くない。不愉快極まるのだ。官邸に当てつけるようなこの展示を叩かずにはおられない。叩いておけば、一罰百戒の効き目があろう。忖度の蔓延だけでなく、文化の善導さえもできるというものだ。

ところが、厄介なことに憲法という邪魔者が伏在している。政府があからさまに表現のテーマや内容に立ち入るわけには行かない。だから、補助金不交付の理由は、表現の内容とは別のところに拵え上げなければならない。

そこで、官邸の手先・萩生田光一のお出ましとなる。文科相としての初仕事がこれだ。加計学園問題で頭角を表した彼の特技は「厚顔」である。その特技を生かして彼はこう強調する。
「(補助金不交付の判断材料は)正しく運営ができるかの一点であり、文化庁は展示の中身には関与していない。検閲にも当たらない」
これが昨日(9月26日)の記者会見での発言。

補助金交付対象の事業が事前の申告のとおりに、正しく運営ができていないではないか。愛知県は文化庁に対して、安全面に対する懸念などを事前に申告しておくべきだったのに、それがなされていなかった。これは、交付申請の手続きが「不適当」であったことを物語るもので不交付と判断せざるを得ない。けっして表現の内容が問題なのではない。あくまで手続の不備、というわけだ。誰も、そう思わないが、そのようにしか言いようがない。こんなときに、「厚顔」の特技が役に立つ。

本日(9月27日)にも、文化庁による補助金を全額不交付とした理由について、萩生田は重ねて「本来、(主催者の県が)予見して準備すべきことをしていなかった」と説明。判断する上で展示内容は無関係だったことを改めて強調した。さらに、「今回のことが前例になり、大騒ぎをすれば補助金が交付されなくなるような仕組みにしようとは全く考えていない」とも語っている。さすが、厚顔。

問題は、政府の意図如何にかかわらず、「大騒ぎをすれば補助金が交付されなくなるような仕組みにしようと考える」集団が確実に存在することであり、ここで政府が補助金不交付を強行すれば、そのような右翼暴力集団を勢いづかせることにある。政府は、「大騒ぎをすれば補助金交付をストップできる」という彼らの成功体験が今後にどのような事態を招くことになるかを予見し防止しなければならない。しかし、実は政府と「大騒ぎを繰り返して補助金交付をストップさせよう」という集団とは一心同体、少なくとも相寄る魂なのだ。

萩生田のコメントの中に、平穏な展示会を脅迫し,威力をもって妨害した輩に対する批判や非難の言は、一言も出てこない。あたかも、これは自然現象のごとき、正否の評価の対象外と言わんばかりの姿勢。警察力を動員しても、断固表現の自由を守るという心意気はまったく感じられない。官邸や萩生田の意図がどこにあるかは、明確と言わねばならない。

昨日(9月26日)の文化庁の補助金不交付決定発表によれば、不交付とされるのは、「あいちトリエンナーレ」に対して「採択」となっていた補助金7800万円の全額である。文化庁はその理由として、補助金を申請した愛知県が「来場者を含め、展示会場の安全や事業の円滑な運営を脅かすような重大な事実を認識していたにもかかわらず、それらの事実を申告することがなかった」「審査段階においても、文化庁から問い合わせを受けるまでそれらの事実を申告しなかった」と説明した。

また、同日萩生田は「残念ながら文化庁に申請のあった内容通りの展示会が実現できておりません。また、継続できていない部分がありますので、これをもって補助金適正化法等を根拠に交付を見送った」と説明している。

ここで、補助金適正化法(正式には、「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律」)が出てきたが、その理念は語られていない。

補助金予算執行の適正の理念はいくつかある。たとえば、その24条である。

「第24条(抜粋) 補助金等に係る予算の執行に関する事務に従事する国の職員は、(補助金等の交付の目的を達成するため必要な限度をこえて、)不当に補助事業者等に対して干渉してはならない。」

政府は、愛知県の行う、「あいちトリエンナーレ」の企画の内容に、不当に干渉してはならないのだ。つまり、「金は出しても、口は出さない」ことが大原則。

補助金交付対象事業の一部は8月3日以後中止にはなっているが、中止が確定したわけではない。暴力集団の妨害を排除しての展示再開に向けた努力が重ねられてきた。再開を求める仮処分命令申立の審理も進行している。9月25日には、「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」は中間報告案を発表し、「表現の不自由展・その後」について、「条件が整い次第、速やかに再開すべきである」との方向性を示した。この助言を得て、大村知事が近々の展示再開意欲を表明したと報道されてもいた。

このタイミングでの文化庁の補助金不交付決定発表である。展示再開に水を差す、不当な補助金交付事業への介入というほかはない。官邸の「意地悪」というのは言葉が軽すぎる。やはり、悪辣な妨害といわねばならない。

取りあえずは、妨害を排除しての展示の再開が喫緊の課題。そのうえで、官邸の悪辣さに対する批判と法的措置が必要となるだろう。大村知事は国に対する提訴を予定しているという。

文化庁の補助金不交付の決定とは、補助金適正化法第6条による、補助金交付の決定を得ている愛知県に対して、補助金交付決定取り消しの行政処分にほかならない。原告愛知県が被告国(文化庁長官)に対してて行う訴訟は、「『補助金交付決定取り消し処分』の取消請求訴訟」となる。沖縄に続いて、愛知県よ頑張れ。安全保障問題が絡まないだけ、沖縄よりはずっと勝算が高い。

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文化庁の、昨日(9月26日)付報道発表は以下のとおりである。

「あいちトリエンナーレ」における国際現代美術展開催事業については,文化庁の「文化資源活用推進事業」の補助金審査の結果,文化庁として下記のとおりとすることといたしました。

補助金適正化法第6条等に基づき,全額不交付とする。

【理由】

補助金申請者である愛知県は,展覧会の開催に当たり,来場者を含め展示会場の安全や事業の円滑な運営を脅かすような重大な事実を認識していたにもかかわらず,それらの事実を申告することなく採択の決定通知を受領した上,補助金交付申請書を提出し,その後の審査段階においても,文化庁から問合せを受けるまでそれらの事実を申告しませんでした。

これにより,審査の視点において重要な点である,[1]実現可能な内容になっているか,[2]事業の継続が見込まれるか,の2点において,文化庁として適正な審査を行うことができませんでした

かかる行為は,補助事業の申請手続において,不適当な行為であったと評価しました。
また,「文化資源活用推進事業」では,申請された事業は事業全体として審査するものであり,さらに,当該事業については,申請金額も同事業全体として不可分一体な申請がなされています。
これらを総合的に判断し,補助金適正化法第6条等により補助金は全額不交付とします。

これで納得できるわけはない。法第6条(抜粋)はこう定める。

「各省各庁の長は、補助金等の交付の申請があつたときは、当該申請に係る審査及び調査により、当該申請に係る補助金等の交付が法令及び予算で定めるところに違反しないかどうか、補助事業等の目的及び内容が適正であるかどうか等を調査し、補助金等を交付すべきものと認めたときは、すみやかに補助金等の交付の決定をしなければならない。」

この決定を業界では、採択」と呼んでいる。採択の後に所定の形式的手続を経て補助金の交付を受けることになる。つまり、申請→審査→採択→補助金交付、という流れになる。「採択」とは、補助金受給資格を有していることの確認行為、あるいは「内示」というにとどまらない。6条の書きぶりからは、実質的な補助金受給権付与行為というべきだろう。愛知県は「採択通知」を得ていると報道されている。だから、原則補助金交付となるはず。それが、本事例では、不交付」となったのだ。

採択の後の不交付は、取得した補助金受給権を取りあげる不利益な行政処分として、その取り消しを求める行政訴訟の対象となる。文化庁の言い分は、採択前に言うべきことだろう。

また、右翼の妨害が予想されることを、「実現可能な内容になっているか」「事業の継続が見込まれるか」に関わらせていることは、由々しき憲法問題と言わねばならない。これは、注目に値する大型訴訟となる。法廷で、安倍政権の反憲法的体質を暴いていただきたい。
(2019年9月27日)

日の当たる場所で、ネトウヨ策動を許してはならない。

どんな内容のニュースなのか、急には呑みこめなかった。「『朝鮮通信使は凶悪犯罪者集団』杉並区議、本会議で発言」という見出しの朝日新聞記事のこと。

「東京都杉並区の佐々木千夏区議(46)が、区議会本会議で『朝鮮通信使』について、『女性に対する暴行、殺人、強盗を繰り返す凶悪犯罪者集団』などと発言した。」というのだ。

あまりに非常識なことを堂々と言われると面食らって、何を言っているのか理解に苦しむ。真意を推し量りかねる。聞いている方が恥ずかしさを覚える。しばらくして、ようやく無知と狂信のなせる発言だと気付くのだが、こういう輩への対応は楽ではない。

ホロコーストはなかった。南京大虐殺はでっち上げだ。日本軍「慰安婦」なんていなかった。韓国併合は韓国側からの要望だ。創氏改名の強制なんてウソ。関東大震災後の朝鮮人虐殺もデマ。徴用工は厚遇を受けていた…。歴史の歪曲には事欠かない。なにしろ、歴史修正主義派の本家本元が総理大臣を務めているこの国のことなのだから。

それにしても、朝鮮通信使を「暴行、殺人、強盗を繰り返す凶悪犯罪者集団」とは、ムチャクチャも度を越している。釜山の朝鮮通信使歴史館には2度行った。木浦に係留されている通信使船の復元船も見学した。この船は、今年(2019年)夏に、対馬から瀬戸内海を通って大阪港までの親善航海の予定だったが、日韓情勢の悪化の中で断念を余儀なくされている。残念なことだが、それに追い打ちをかけるような、ネトウヨ区議の誹謗発言。この愚かな議員は、今韓国を攻撃する発言は何でもありで許されると思い込んでいるごとくである。

荒唐無稽な非常識発言はネットの世界には氾濫している。匿名に隠れた「ネトウヨ」と名付けられた無責任な放言。佐々木千夏という人は、こともあろうに、ネトウヨの本性を持ったままの発言を、区議会の議場で行ったのだ。闇の世界にうごめいていたネトウヨの一部が、光の世界に越境を試みたというべきだろう。

この発言は、9月12日の杉並区議会本会議一般質問でのこと。朝日は、「佐々木区議は、同区で使われている社会科教科書の記載について、『朝鮮通信使が歓迎を受けたというのは、全くのうそ。女性に対する暴行や殺人を起こしている』『創氏改名も全くのうそ』などとして、副読本を配ったり、教員への勉強会を開いたりするよう求めた。区教育委員会は『文部科学省の教科書検定に合格したもの。補足説明する必要はない』と答弁した。」と報じている。

私は我慢して、同区議の一般質問の動画を閲覧した。狂信的にまくし立てる人物なのだろうとの思い込みは外れて、自信なげに,おどおどとした態度に終始していた。それでも、用意した原稿で、トンデモ狂信発言を繰り返した。

動画のマイクは議場からの発言を拾ってないが、何度も「根拠を示せ」と野次が飛んだ様子である。この狂信者はこれに対して「事実なんですから」と何度も繰り返し、「事実の根拠を示せ」という野次に、「識者がそう書いている」と言った。識者として名があがったのが、竹田恒泰・青山繁晴・百田尚樹の3人。この3人、自分たちの発言の影響力に満足しているだろうか。それとも不名誉なことと思っているだろうか。

同区議は、この発言直後の朝日新聞の取材に、「歴史的事実なので、発言を取り消すことは考えていない」と答えている。が、同じ朝日記者の続報では、9月20日に、議会事務局に対して、差別的な発言にあたると指摘された3カ所を削除する申し出をした。ただ、朝鮮通信使など歴史認識の部分については削除を申し出ていない。

同区議の削除の申し出は、次の文言を含む3カ所だという。
(1)「帰化人とか朝鮮人が中にいるから、こうした教科書がまかり通っているんです」
(2)「どうして歌舞伎町の一等地が朝鮮人のものなのでしょうか」
(3)「殴られたりいじめを受けたり、そうした相談が来ています」

いずれも、検証可能な命題。到底、検証に堪えないと考えたのだろう。朝鮮通信使など歴史認識の部分については、通説とは異なった独自の説を堂々と言ってのけたのだ。当然、自らが立証の責任を負うことを自覚せねばならない。

なお、佐々木区議は4月の区議選で、「NHKから国民を守る党」から立候補し初当選。その後、N国から除名された人物。現在は、「正理の会」に所属しているという。正理の会とは宗教団体とのこと。杉並区民のうちの2720人よ。このような狂信的人物と知って、投票したのか。

この「佐々木千夏現象」をどうみるべきか。「たまたまマグレ当選した区会議員の無知と狂信によるたわ言」と軽視してはならない。こんなトンデモ発言も、大きな声で繰りかえされれば、歴史の評価の相対化に使われる。

先月(2019年8月)、「日本兵が撮った日中戦争」写真展の企画に多少のお手伝いをした。文京区教育委員会に、その写真展の後援を申請したところ、不承認とされた。いまだに、正式には理由は明らかにされていない。が、非公式には「政治的にいろんな立場があるから」と聞かされてはいる。なぜ、「いろんな立場があるから」写真展の後援申請を不承認とするのか、そこまでの説明はないが、「いろんな政治的立場」への配慮が必要だと行政は言いたいのだ。佐々木区議流のトンデモ発言も、行政からは「政治的ないろんな立場」の一つにカウントされることになる。意見の分布は、とんでもなく右にずれることになるではないか。

徹底して、同区議の責任を追及したいものと思う。
(2019年9月22日)

1923年朝鮮人大虐殺を記憶せよ

一昨日(9月15日)の午後、東大本郷キャンパスで「日本の植民地支配と朝鮮人虐殺」と題する集会があった。発会したばかりの「1923関東朝鮮人大虐殺を記憶する行動」が主催するもので、発会記念の講演会だった。本日(9月17日)の赤旗にも、「官民一体の迫害が蓄積」「関東大震災朝鮮人虐殺 記憶する集会」との見出しで概要が紹介されている。
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik19/2019-09-7/2019091712_01_1.html

講演は、法政大学社会学部の慎蒼宇(シン・チャンウ)教授。明快な語り口で、震災後の朝鮮人虐殺を偶発的な個別の事件と見るべきではなく、「植民地戦争」の一断面という位置づけが必要だと述べた。「植民地戦争」には、植民地征服戦争のみならず、植民地支配を持続するための継続的な「植民地防衛戦争」がある。その全体像の中に「1923年朝鮮人虐殺」を置いてみなければならないという視点の提示で、資料にもとづく詳細な解説があった。

冒頭「虐殺の正当化 ― 荒唐無稽な『虐殺否定論』の拡大」という話題の中で、この虐殺を免れたある在日朝鮮人の証言をこう紹介した。
「(1923年)10月下旬頃総督府の役人がやって来て私達に、(中略)又この度の事は、天災と思ってあきらめるように等、くどくどと述べたてました」(慎昌範証言)(朝鮮大学校『関東大震災における朝鮮人虐殺の真相と実態』1963年、163p)。
これは小池百合子の言と同じだ。人災と天災の区別を重々承知していながら、「人災と天災を曖昧にし」たうえ、「天災としての処遇」で文句を言うな、というのだ。

九死に一生をこの慎昌範氏の凄まじい証言は、下記のURLで読める。主要部を抜粋して記しておきたい。
http://tokyo1923-2013.blogspot.com/2013/09/192392_4.html

【1923年9月4日午前2時/京成線の荒川鉄橋上で】(抜粋)

燃えさかる町を逃げまどい、朝鮮人の知人を頼りながら転々と避難。荒川の堤防にたどり着いたのは3日の夜だった。堤防の上は歩くのも困難なほど避難民であふれ、押し寄せる人波のために、気がつくと京成線鉄橋の半ばまで押し出されていった。東京で暮らす同胞も合流していた。

 深夜2時ごろ、うとうとしていると、「朝鮮人をつまみ出せ」「朝鮮人を殺せ」という声が聞こえてくる。気がつくと、武装した一団が群がる避難民を一人一人起こしては朝鮮人かどうかを確かめているようだった。

 日本語でいろいろ聞かれても分からなかった林善一さんが日本刀で一刀の下に切り捨てられ、横にいた男も殺害されるのを目の当たりにした慎さんは、弟や義兄とともに鉄橋の上から荒川に飛び込んだのである。

だが彼は、小船で追ってきた自警団にすぐつかまってしまう。岸に引き上げられた彼はすぐに日本刀で切りつけられたが、相手に飛びかかって抵抗する。

 次の瞬間に、周りの日本人たちに襲いかかられて失神したらしく、慎さんにその後の記憶はない。気がつくと、全身に重傷を負って寺島警察署の死体置き場に転がされていた。同じ寺島警察署に収容されていた弟が、死体のなかに埋もれている彼を見つけて介抱してくれたことで、奇跡的に一命を取りとめた。

10月末に重傷者が寺島警察署から日赤病院に移された際、彼は総督府の役人に「この度の事は、天災と思ってあきらめるように」と念を押されている。重傷者のなかで唯一、日本語が理解できた彼は、その言葉を翻訳して仲間たちに伝えなくてはならなかった。日赤病院でも、まともな治療はなく、同じ病室の16人中、生き残ったのは9人だけだった。

 慎さんの体には、終生、無数の傷跡が残った。頭に4ヶ所、右頬、左肩、右脇。両足首の内側にある傷は、死んだと思われた慎さんを運ぶ際、鳶口をそこに刺して引きずったためだと彼は考えている。ちょうど魚河岸で大きな魚を引っかけて引きずるのと同じだと。

なお、当日配布の資料の中に、ハングルでの挨拶が何通か寄せられている。そのうちの2通の訳文をご紹介しておきたい。被害者側からの事件の見方を知る上で貴重なものと思う。

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こんにちは。
私は、韓国の<平和の道>理事長です。
<平和の道>は、分断された祖国の統一のために、また、疎外され寂しく貧しい力のない人たちの側にたち、人が人らしく生きる世の中を作るために昨年、社団法人として発足しました。
海外で困難の中、分断のために南か北かを選択せねばならない海外同胞たちと、また、正義と人権と自由のため連帯して力を合わせている皆様にご挨拶申し上げます。

9月1日、1923年は今から96年前ですね。
あと4年もすれば関東大地震朝鮮人大虐殺は100年になります。
人間が人間として、どれだけ乱爆で残忍なのかを見せつけた関東大虐殺に対し、真相が今でも究明されず、調査も行われておらず、どのくらいの人が犠牲になったのかが明らかにされていません。
少なくは、3千名、6千名という説もあり、多くは1万人を超えるという説もあります。
日本の軍人及び警察の公権力が扇動し、そこに自警団も加わり、朝鮮人を無差別的に虐殺し、井戸に毒を入れたという流言飛語、放火をしたという流言飛語、様々な流言飛語を通じ、関東大震災での日本国民の不安を朝鮮人に矛先をむけさせた日本のやり方が、数多の朝鮮人を死においやりました。縛られ、焼け死に、竹やりで刺され、その苦痛の声と共に死に、溺死した人もいます。
そのすべての真相が明らかにされなくてはなりません。100年が経つにもかかわらず、いまだに事件自体があった事も知らされていない無残な大虐殺でした。
それは、言い換えれば、朝鮮が分断され、お互いが敵対関係になることにより、日本は、そのすきを利用し、自らの犯罪行為を隠蔽し縮小し、そして、歴史を歪曲し、今日まで来たという事です。
浮島丸沈没事件や、関東大虐殺事件も、日本帝国主義を志向した高位官僚たちにより作られた嘘と、真実に対する隠蔽もしくは操作だという事は日本の良心的な国民の皆様はお分かりだと思います。

今、日本は、平和憲法構造を変え、また戦争のできる国、他国を侵略できる国、他国の民を苦しめる事の出来る国になろうとしている明確な意思を表しながら、安倍政権は進んでおります。
大多数の日本の国民はこれに同意しないでしょう。
にもかかわらず、日本の政治指導者たちは、第2次大戦時のように、満州を進撃し、東南アジアを掌握したあの頃の空虚な栄華は忘れられず、日本を帝国主義の方向に導いています。
過ぎた過去の虐殺の蛮行が、現在も進行中であり、未来にもその惨状が起こりうるという憂慮を禁じえません。

良心ある日本の方々、そして、在日同胞の皆様
関東大震災での大虐殺事件についての真相究明を通じ、我々人間が人間らしく生きる世の中にするため邁進する大きな一歩を踏み出すべきと考えます。

そのためにも、南と北がひとつになり、日本の真相究明を要求し、その力を通じ、真実を明らかにすべきと考えます。
海外で、祖国の統一と繁栄を願い、同胞たちが関東大虐殺真相究明に、積極的に取り組み、
私自身も、ここ韓国の地で皆様の真相究明及び日本の謝罪、それに対する懺悔と、許しを得ることのできる環境を作るため、努力していきます。

関東大虐殺真相究明のために、手をつなぎ、連帯し、共に人間が人間らしく生きる世を作るため頑張りましょう。(訳;梁大隆)

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《1923関東韓日在日市民連帯 金鐘洙(訳;梁大隆)

96年前の9月15日に遡ります。
ナショナリズムのソンビになった殺人鬼たちの狂乱と虐殺で荒川は血で染まり、町には無残に殺された朝鮮人の死体がそこら中に捨てられたまま、嘲弄を受けていました。日本帝国主義はその証拠をなくすため、生き残った朝鮮人たちに同族を燃やさせる反人道的犯罪を行っていたのです。

どこからか生じた流言飛語ではありませんでした。地震による混乱状態で、朝鮮人がどうやって日本の家庭と村、企業と国家を破壊するため動く事ができたでしょうか?
彼らの流言飛語は非常に巧妙な内容で作られていました。
平凡な日本の家庭に朝鮮人が侵入し、婦女を暴行、強姦し、略奪しているという流言飛語は、朝鮮人を家庭破壊犯にしました。そして、井戸に毒を入れ人々を皆殺しにしようとしたとして、人々が自ら朝鮮人を逮捕し、殺しても、村を守ることだという名分を与えたのでした。

また、工場に爆弾を投げ、産業施設を破壊しているという流言飛語は日本の経済を揺るがす事であるから、隠れた朝鮮人労働者を、地域の自警団と共に人々が町に引き釣りだし、その場で虐殺したりしました。

そして、帝都に敵が現れたと、天皇暗殺を企てる者が朝鮮人だと確信させ、国民の憤怒と敵恢心をあおりました。

結局、朝鮮人を、日本の家庭、村、企業、国家を転覆しようとする敵にし、戒厳令を宣布する名分を作り、それにより、軍人も警察も民衆もみな、虐殺のソンビになったのです。

(2019年9月17日)

菅義偉さん、誰の原稿でそんなこと喋っているの? ホントにそれで大丈夫?

3日前(9月12日)の午後、菅義偉官房長官は記者会見で日韓関係について語っている。その内容を、同日夕刻のNHK NEWS WEBが以下のとおり簡潔に伝えている。

見出しは、日韓請求権協定の順守 大原則」「『徴用』問題で官房長官」

「(菅官房長官は、)太平洋戦争中の『徴用』をめぐる問題に関連し、日韓請求権協定は、両国の裁判所を含むすべての機関が順守するのが国際法の大原則だとして、あくまで韓国側に協定違反の状態を是正するよう求めていく考えを強調しました。

この中で、菅官房長官は「徴用」をめぐる問題に関連し、『1965年に日韓請求権協定が結ばれ、日本は当時の韓国の国家予算の1.6倍の有償 無償の資金を提供している。交渉の過程でも、財産請求権の問題はすべて解決したということになっており、協定によって最終的かつ完全に解決済みだ』と述べました。

そのうえで、『こうしたことは、それぞれの行政機関や裁判所を含む司法機関、すべてが順守しなければならないというのが国際法の大原則だ。韓国の大法院判決によって作り出された国際法違反の状況を是正するよう強く求めるというのが、わが国の立場だ』と述べ、あくまで韓国側に是正を求めていく考えを強調しました。」

 これに、記者が質問をぶつけて食い下がったという記事はない。もちろんNHKが菅義偉官房長官改憲の内容に賛成したわけではないが、疑問を質すことはしていない。誤導・誤解注意のコメントも付されていない。結局、官房長官の言いっ放しを垂れ流しているのだ。ここが、世の嫌韓ムードの発生源となっている。これでよかろうはずはない。

NHKを先陣とするメディアは、世の嫌韓ムード蔓延の重要な共犯者ではあるが、主犯とは言い難い。主犯は飽くまで政権である。その筆頭に安倍晋三がおり、次鋒として菅義偉があり、そしてもう一人、「極めて無礼でございます」の河野太郎。

この度の記者会見発言に及んだ菅義偉という人物。はたして、徴用工事件大法院判決の訳文を読んでいるだろうか。大法院自身が作成した日本語の判決要約だけにでも目を通しているだろうか。また、関連するこれまでの我が国の国会答弁を理解しているだろうか。さらに、この点についての日本の最高裁の立場を心得ているのだろうか。おそらく、すべて「否」であろう。でなくては、こんな記者会見での発言ができるわけはない。

菅会見で、またまた出てきた「国際法の大原則」。いったい、どのような「国際法」を想定しての発言なのだろうか。何を根拠に「国際法の大原則」というのか、その根拠をご教示に与りたいところ。個人の尊厳ないし人権という普遍的価値を国家の利益や国家の判断に優越するものとする潮流を無視してもよいのか。いったい誰が原稿書いて、こんな断定的なことを喋らせているのだろうか。

私は、昨年(2018年)の大法廷判決(同年10月30日)の翌日から、次のブログ記事を書いた。

11月1日「徴用工訴訟・韓国大法院判決に、真摯で正確な理解を」
 http://article9.jp/wordpress/?p=11369

11月2日「徴用工訴訟・韓国大法院判決に真摯で正確な理解を(その2)」
 http://article9.jp/wordpress/?p=11376

11月6日「徴用工訴訟・韓国大法院判決に真摯で正確な理解を(その3) ― 弁護士有志声明と判決文(仮訳)全文」
 http://article9.jp/wordpress/?p=11400

その11月6日ブログの冒頭に,当時の問題意識をこう書いている。

「10月30日韓国大法院の徴用工訴訟判決が、原告(元徴用工)らの被告新日鉄住金に対する「強制動員慰謝料請求」を認容した。この判決言い渡し自体は『事件』でも『問題』でもない。主権国家である隣国司法部の判断である。加害責任者は我が国の企業、まずは礼節をもって接すべきである。
 この判決に対する政権と日本社会の世論の感情的な反応をたいへん危ういものと思わざるを得ない。私たちの社会の底流には、かくも根深く偏狭なナショナリズムが浸潤しているのだ。肌に粟立つ思いを禁じえない。」

肌に粟立つ思いは今も続いている。植民地侵略に何の反省もない日本社会が、韓国大法院判決に真摯で正確な理解を怠っているからだ。政権が、礼節を忘れて「極めて無礼でございます」という態度に終始して現在に至り、メディアがこれを増幅して、刺激された日本人の意識の古層にあった民族差別の感情が噴出しているのだ。この「政権・メディア・民衆」の基本構造は、朝鮮併合の前夜と変わらない。

菅会見における、『1965年日韓請求権協定で、財産請求権の問題はすべて解決したということになっており、協定によって最終的かつ完全に解決済みだ』は、間違っている。

韓国の元徴用工が訴訟手続で請求したものは、未払いの賃金ではない。大法院判決の用語に従えば、強制動員慰謝料請求権」なのである。つまりは、不法行為損害賠償請求権である。

同判決は、主要争点を4点に整理して、そのうちの第3点「③ 原告らの損害賠償請求権が、日韓請求権協定で消滅したと見ることができるか否か (上告理由第3点)」を、「本件の核心的争点」としている。当然、その点の判断の理由を丁寧に説明している。その結論は、消滅したと見ることはできない」。要するに解決済みではないのだ。

この結論は、水掛け論でもなければ、日韓の見解の相違でもない。日本の国会での外務省答弁も、一貫して「両国間の請求権の問題」と「個人の請求権の問題」とは意識的に分けて、協定の効果が考えられている。たとえば、「両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決したわけでございます。その意味するところでございますが、日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません」というふうに。

つまり、解決済みというのは、「日韓両国が国家として持っている権利」であって、個人の民事的請求権ではないのだ。このことは、日本の最高裁も同様である。

元徴用工の原告が旧日本製鉄に対してもっている不法行為慰謝料請求権と、韓国が日本に対してもっている外交保護権とは本来別物で、「最終かつ完全に解決した」のは外交保護権だけなのだから、韓国の裁判所が、元徴用工の旧日本製鉄に対してもっている慰謝料請求を認容することは、その権限に属することである。したがって、大法院判決を「国際法の大原則に違反する」などということは、「それこそ無礼でございます」なのだ。
(2019年9月15日)

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