澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

日本政府は慰安婦訴訟判決控訴審を受けて立ち、被害者と事件に向き合うべきである。

(2021年1月10日)
衝撃的な一昨日(1月8日)のソウル中央地裁慰安婦訴訟判決。その判決文の全訳が読みたいものと思っているが、まだ入手できていない。同地裁は、判決言い渡しと同時に判決の要旨を記載した「報道資料」(4頁)をメディアに配布している。各紙は、これをもとに報道したようだが、その信頼に足りる全訳を昨日(1月9日)読売が配信した。これを引用させていただく。読売の判決評価の姿勢はともかく、この判決要約の全訳配信はジャーナリズムとして立派なものだ。

これを一読、さすがに良くできた判決理由である。焦点は「主権免除」適用の是非だが、例外的に適用はないとした理由について説得力は十分だと思う。「日本の国家が非道徳的な加害行為を組織的に行った」と一国の裁判所が認定して、仮に、このような場合にまで主権免除を認めれば、「(日本に)人権を蹂躙された被害者は憲法で保障された裁判を受ける権利を剥奪され、自身の権利をまともに救済してもらえない結果を招来し、憲法を最上位の規範とする法秩序全体の理念にも合致しない」と、指摘して被害者救済の判決を言い渡したのだ。

その理由(要旨)の中で、こうまで述べられている。

 「被告となった国家が、国際共同体の普遍的価値を破壊し、反人権的な行為によって被害者に甚大な被害を与えた場合にまで、最終的手段として選択された民事訴訟で裁判権が免除されると解することは、不合理で不当な結果を生むことになる。すなわち、ある国家がほかの国家の国民に対して人道に反する重犯罪を犯せないようにした各種国際協約に違反するにもかかわらず、これを制裁することができなくなり、これにより、人権を蹂躙された被害者は憲法で保障された裁判を受ける権利を剥奪され、自身の権利をまともに救済してもらえない結果を招来し、憲法を最上位の規範とする法秩序全体の理念にも合致しない。

 主権免除の理論は、主権国家を尊重し、むやみに他国の裁判権に服さないようにするという意味を持つものであって、絶対規範(国際強行規範)に違反し、他国の個人に対して大きな損害を与えた国家が、主権免除理論の陰に隠れて賠償と補償を回避できる機会を与えるために形成されたものではない。」

この指摘に対して逃げているだけでは解決しない。日本国政府は、控訴審を受けて立つべきだろう。主張は、そこで尽くせばよい。そして、重ねて言いたい。65年日韓請求権協定も、2015年慰安婦問題日韓合意も、その文言如何にかかわらず、対日個人請求権消滅の理由にはなりようがないのだ。それは、被害者個人を抜きにした国家間合意の限界と知るべきなのだ。日本政府は、旧天皇制日本帝国が犯した犯罪の被害者個人に直接謝罪し賠償しなければならない。国家無答責や主権免除で問題をはぐらかそうという姿勢が、真の解決を妨げているのだ。この訴訟の控訴審は、日本政府が被害者と向き合う、絶好の機会ではないか。

なお、「主権免除」については、朝日がこう報道している。朝日らしく客観的で分かり易い。

 日本政府は訴状を受け取らないなど一貫して裁判への参加を拒否する一方で、外交当局間では韓国側に対し、主権免除を理由に訴訟の不当性を訴えてきた。裁判で焦点になったのも主権免除の適否だった。

 戦争や統治で生じた被害への賠償と主権免除をめぐり、地裁が注目したのは、イタリアの判例だった。第2次大戦末期にナチスドイツに捕らえられ、ドイツで強制労働を強いられたとするイタリア人男性がドイツに賠償を求めた訴訟だ。

 04年にイタリア最高裁は「訴えられた行為が国際犯罪であれば主権免除は適用されない」とドイツに賠償を命じた。ドイツの提訴を受けた国際司法裁判所(ICJ)は12年、「当時のナチスドイツの行為は国際法上の犯罪だが、主権免除は?奪(はくだつ)されない」とした。

 地裁はICJ判決を検討しつつも、慰安婦制度について、
?逸脱が許されない国際法の強行規範に違反する反人道的な犯罪
?現場は日本が不法占領する朝鮮半島だった、
などの理由を挙げて例外的に韓国が裁判権を行使できると判断した。

 その上で、「主権免除は主権国家を尊重し、みだりに他国の裁判権に服従しないようにするためのもので、強行規範に違反して他国の個人に大きな損害を与えた国に賠償逃れの機会を与えるためのものではない」として、日本政府に主権免除を認めなかった。また、主権免除の考え方は「恒久的ではなく、国際秩序の変動に応じて修正される」とも言及した。

 国際法に詳しい名古屋大大学院の水島朋則教授によると、主権免除の原則は、戦時行為などにおける賠償の問題は政府間で解決すべきだとの考えから、国際法として広まった。主権免除を認めなかったのはイタリアの判例など数例で、一般的ではないという。ただ、主権免除は不変の原則とも言えず、新しい判例が重なると、変化していく可能性もあるという。

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「報道資料」読売新聞訳

■主文
原告の請求をすべて認め、被告・日本国に対し、原告に1億ウォンずつを支払えとの判決を宣告する。

■主権免除の是非
主権免除は、国内の裁判所は外国国家に対する訴訟について裁判権を持たない、とする国際慣習法だ。19世紀後半からは、例外事由を認める相対的主権免除の理論が台頭した。

我が国の大法院(最高裁)の判決によっても、外国の私法的行為については、裁判権の行使が外国の主権的活動への不当な干渉となる懸念があるなど特別な事情がない限り、当該国家を被告として我が国の裁判所が裁判権を行使することができる。しかし、本事件の行為は、私法的行為ではなく主権的行為だ。

国際司法裁判所は2012年2月3日、ドイツとイタリアの事件で、「主権免除に関する国際慣習法は、武力衝突の状況における国家の武装兵力及び関連機関による個人の生命、健康、財産の侵害に関する民事訴訟手続きにも適用される」との趣旨の判決を宣告したことがある。

しかし、本事件の行為は、日本帝国による計画的・組織的で広範囲な反人道的犯罪行為として、国際強行規範に違反するものであり、当時日本帝国によって不法占領中だった朝鮮半島内で、我が国民である原告に対して行われたものとして、たとえ本事件の行為が国家の主権的行為だとしても、主権免除を適用することはできず、例外的に大韓民国の裁判所に被告に対する裁判権がある。

その根拠として、韓国憲法、国連の世界人権宣言でも、裁判を受ける権利をうたっている。権利救済の実効性が保障されなければ、憲法上の裁判請求権を空文化させることになる。裁判を受ける権利は、ほかの実体的な基本権とともに十分に保護・保障されるべき基本権だ。

主権免除は、手続き的要件に関するものではあるが、手続き法が不十分なことによって実体法上の権利や秩序が形骸化したり歪(ゆが)められたりしてはならない。

主権免除の理論は、恒久的で固定的な価値ではなく、国際秩序の変動によって修正され続けている。

1969年に締結された条約法条約53条によると、国際法規にも上位規範たる「絶対規範」と下位規範との間に区別があり、下位規範は絶対規範を外れてはならないと言える。この絶対規範の例として、国連国際法委員会の2001年の「国際違法行為に関する国家責任協約草案」の解説で挙げられた奴隷制及び奴隷貿易禁止などを挙げることができる。

被告となった国家が、国際共同体の普遍的価値を破壊し、反人権的な行為によって被害者に甚大な被害を与えた場合にまで、最終的手段として選択された民事訴訟で裁判権が免除されると解することは、不合理で不当な結果を生むことになる。すなわち、ある国家がほかの国家の国民に対して人道に反する重犯罪を犯せないようにした各種国際協約に違反するにもかかわらず、これを制裁することができなくなり、これにより、人権を蹂躙(じゅうりん)された被害者は憲法で保障された裁判を受ける権利を剥奪(はくだつ)され、自身の権利をまともに救済してもらえない結果を招来し、憲法を最上位の規範とする法秩序全体の理念にも合致しない。「慰安婦」被害者たちは日本、米国などの裁判所に何度も民事訴訟を提起したが、すべて棄却・却下された。(日韓)請求権協定と2015年の慰安婦合意もまた、被害を受けた個人に対する賠償を含むことはできなかった。交渉力、政治的な権力を持ち得ない個人に過ぎない原告としては、本事件の訴訟以外に具体的な損害賠償を受ける方法がない。

主権免除の理論は、主権国家を尊重し、むやみに他国の裁判権に服さないようにするという意味を持つものであって、絶対規範(国際強行規範)に違反し、他国の個人に対して大きな損害を与えた国家が、主権免除理論の陰に隠れて賠償と補償を回避できる機会を与えるために形成されたものではない。

■国際裁判管轄権の有無
不法行為の一部が朝鮮半島内で行われ、原告が大韓民国の国民として現在韓国に居住している点、物的証拠は大部分が消失し、基礎的な証拠資料は大部分が収集されており、日本での現地調査が必ずしも必要ではない点、国際裁判管轄権は排他的なものではなく併存可能である点などに照らすと、大韓民国は本事件の当事者及び紛争となった事案と実質的な関連性があると言え、大韓民国の裁判所は本事件について国際裁判管轄権を有する。

■損害賠償責任の発生
日本帝国は、侵略戦争の遂行過程で軍人の士気高揚や効率的な統率のため、いわゆる「慰安婦」を管理する方法を考案し、これを制度化して法令を整備し、軍と国家機関が組織的に計画を立て、人員を動員・確保し、歴史上前例を見いだしがたい「慰安所」を運営した。10代から20代の、未成年または成年になったばかりの原告らは、「慰安婦」として動員された後、日本帝国の組織的で直接・間接的な統制の下、強制的に、1日何十回も、日本の軍人たちの性的行為の対象となった。原告らは、過酷な性行為による傷害、性病、望まぬ妊娠などを甘受しなければならず、常時、暴力にさらされ、まともに衣食住を保障されなかった。原告らは最小限の自由も制圧され、監視下で生活した。終戦後も、「慰安婦」だったという前歴は被害を受けた当事者にとって不名誉な記憶として残り、精神的に大きな傷となり、これによって原告らは社会に適応するのに困難を抱えた。

これは、当時日本帝国が批准した条約および国際法規に違反するだけでなく、第2次世界大戦後、東京裁判で処罰することとした「人道に対する罪」に該当する。

従って、本事件の行為は、反人道的な不法行為に該当し、被告は、これにより原告が負った精神的な苦痛に対して賠償する義務がある。被告が支給しなければならない慰謝料は少なくとも1億ウォン以上とみるのが妥当である。ただし、原告が1人あたり1億ウォンを請求しているため、それを超える部分については判断しない。

■損害賠償請求権の消滅の是非
原告の損害賠償請求権は、(日韓)請求権協定や、2015年の慰安婦合意の適用対象に含まれておらず、請求権が消滅したと言うことはできない。

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