澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「法と民主主義」516号(『特集・象徴天皇制をめぐる今日の議論』)のお薦め

日本民主法律家協会(日民協)の機関誌「法と民主主義」(「法民」)は、年10回刊。2・3月と、8・9月号が合併号となる。2017年2・3月合併号が予定通りに校了し、3月24日に発刊の運びとなる。通巻第516号である。ぜひ、ご購入いただきたく、まず目次をお目にかけたい。

「法と民主主義」2017年2・3月号(通巻№516)目次 
特集・象徴天皇制をめぐる今日の議論
 ◆特集にあたって     ………………………          澤藤統一郎
◆日本国憲法における象徴天皇制度の位置ー生前退位問題に関連して……植村勝慶
◆「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」論点整理を憲法学から読み解く……麻生多聞
◆「生前退位」をめぐる断想  象徴天皇制の根っこを見つめながら…………田中伸尚
◆生前退位に伴う天皇代替わり儀式の問題点…………………………………中西一裕
◆戦後天皇制と捏造「教育勅語」森友学園事件と「愛国者」たちの欺瞞………早川タダノリ
◆安倍政権の天皇制利用ー伊勢と靖国を通じて…………………………………辻子実
◆琉球沖縄から見た天皇・天皇制……………………………石原昌家

連続企画●憲法9条実現のために〈11〉
・自衛隊南スーダンPKO派兵差止訴訟ー戦争に子をとられる母の思いと主権者の責任…佐藤博文
・「殺し・殺される」そんな流れをかえなければ  …………………………… 平 和子
◆司法制度委員会・公開研究会〈1〉
・厚木基地訴訟・辺野古訴訟最高裁判決からたみ司法制度の現状………………岡田正則
◆司法をめぐる動き
・共謀罪(テロ等準備罪)法案ここが問題だ………平岡秀夫
・1月~2月の動き ……………………  司法制度委員会
◆メディアウオッチ2017●《国会審議と報道)
森友、PKO、共謀罪のウソとデマ メディアにも事実を隠す………………丸山重威
◆あなたとランチを〈№24〉…ランチメイト・長谷川悠美・竹村和也先生×佐藤むつみ
◆BOOKREVIEW
前田朗著「黙秘権と取調べ拒否権ー刑事訴訟における主体性」三一書房……渕野貴生
◆委員会報告●司法制度委員会/憲法委員会……………………………米倉洋子/小澤隆一
◆資料●憲法違反の共謀罪創設に強く反対する共同声明……
共謀罪法案に反対する法律家団体連絡会
◆時評●原発被災6年を迎えた福島の課題………今野順夫
◆ひろば●福島放射能公害訴訟に思うー6年目の3・11をむかえて……………小野寺利孝

特集が天皇制をめぐる問題、これに、自衛隊南スーダン派兵問題、厚木・辺野古訴訟、共謀罪、森友学園疑惑、原発被災問題と盛りだくさん。是非ともご予約いただきたい。

毎号、特集は責任編集者を決めている。今号は、私(澤藤)が担当し、リードを執筆した。ご購入いただきたく、リードを掲載して勧誘の惹句に換えたい。

「特集・象徴天皇制をめぐる今日の議論 リード」
昨年8月の天皇(明仁)生前退位希望発言をきっかけに、象徴天皇制のあり方をめぐる議論が活発化している。しかし、その活発化した議論は未整理のまま昏迷しており、幾つかの「ねじれ」さえあることを指摘せざるを得ない。泥縄的に天皇の生前退位を認める法整備を目前にしたいま、原理的で原則的な象徴天皇についての議論の整理が必要と思われる。
本特集は、今日的な象徴天皇制をめぐる論争の状況を整理し日本国憲法の理念からの原則的な基本視点を提供しようとするものである。

従来オーソドックスな憲法学は、天皇を日本国憲法体系における例外的存在とし、国民主権論や人権論との整合の観点から、象徴天皇の行動範囲を可及的に縮小しようとしてきた。しかし、天皇自身は「象徴としての公的行為」拡大を意識し、そのような「象徴天皇像」を作ろうと意図してきた。そのため、天皇の生前退位希望発言は、明らかに象徴天皇の公的行為についての積極的拡大論とセットになっている。

もっとも、その公的行為拡大論には、世論の一定の支持があることを否定し得ない。これまでの天皇(明仁)の発言が憲法に親和的でリベラルなものと認識され、また被災地慰問や戦没者慰霊などの行為が世論から好感を持たれているという事情による。そのため、いまリベラル派の一部に「公的行為拡大」論を容認する論調が見られ、むしろ守旧派が「公的行為縮小」論を主張するという「ねじれ」た論争が展開されている。しかし、生前退位の可否と、公的行為容認の可否とは厳格に分けて論じられなければならず、あくまで天皇の存在感と行動可能範囲を極小化する議論こそが出発点でなければならない。

なお、旧天皇制の残滓としての象徴天皇の権威拡大は、ナショナリズムと結びつけての利用の危険を常に内包している。現政権はことさらにそのような意図を有しているものと警戒せざるを得ない。その危険性を、閣僚の靖国神社や伊勢神宮参拝、あるいは伊勢サミットなどの問題として直視しなければならない。それに加えて、「天皇制批判の表現の自由への抑圧、弾圧はなくならない。」という指摘を重いものとして受け止めなければならない。

また、生前退位に伴い、大嘗祭・即位の礼が行われることになろうが、厳格な政教分離を定めたはずの憲法をないがしろにしたこれらの動きを警戒し、問題点を指摘しておかなければならない。さらに、急浮上した森友学園疑惑に関連して、教育勅語論争が天皇制再考のテーマとして関心を集めている。

今号の特集では、以上の観点から、7本の貴重な寄稿を得た。「日本国憲法における象徴天皇の位置─生前退位問題に関連して」(植村勝慶)は、錯綜した議論の基本視点を提供するものであり、「『天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議』論点整理を憲法学から読み解く」(麻生多聞)は、論争の整理を試みたものである。「『「生前退位』をめぐる断想─象徴天皇制の根っこを見つめながら」(田中伸尚)は、エッセイのかたちで象徴天皇制の問題の根源を抉っている。「生前退位に伴う天皇代替わり儀式の問題点」(中西一裕)は、前回天皇代替わりの際の儀式を政教分離違反と争った訴訟弁護団からの貴重な問題提起である。「戦後天皇制と捏造『教育勅語』─森友学園事件と『愛国者』たちの欺瞞」(早川タダノリ)は、教育勅語論争における右派の論理の分析として有用な視点を提供するもの。そして、「安倍政権の天皇制利用─伊勢と靖国を通じて」(辻子実)は事情通の貴重な論稿。最後の「琉球沖縄から見た天皇・天皇制」(石原昌家)は、天皇と琉球沖縄との関わりを通史としてまとめ、その視点から沖縄と本土の現在の関係を再考する。
この特集が、象徴天皇制を憲法原則の視点から、多面的に見つめ直すきっかけとならんことを願っている。(編集部・澤藤統一郎)

さあ、いかがか。「法民」は機関誌だから、会員配布以外の販売用の印刷部数はまことに少ない。(もっとも「残部僅少!!」は売り手側の常套作戦)。売り切れてしまえば、貴重な資料がお手許には届かない。お代は1000円と消費税。ハイとお声を上げていただいた方から、お早いが勝ちだ。

ご注文は、下記のURLへ。どうぞよろしく。
http://www.jdla.jp/kankou/itiran.html#houmin

(2017年3月19日)

春宵のまどろみにラジオのニュースがこう聞こえたー韓国憲法裁判所大統領罷免決定のインパクト

2012年4月26日、「日民協 韓国司法制度調査団」は韓国憲法裁判所を訪問した。我が国の、高邁な憲法理念と高邁ならざる最高裁判決との落差に臍を噛んでばかりの日本の弁護士には、韓国憲法裁判所の判決は驚嘆の内容。行政に対する厳格なこの姿勢はいったいどこから生まれてきたのだろう。その疑問ゆえの韓国憲法裁判所訪問であった。

韓国憲法裁判所では、見学者に対する応接の親切さと説明の熱意に驚いた。まずは15分ほどの憲法裁判所のプロモーションビデオを見た。みごとな日本語版であった。そのタイトルが「社会を変える素晴らしい瞬間のために」というもの。憲法裁判所の、国民一人ひとりの幸福に直接つながる活動をしているのだという強い自負が伝わってくる。日本の最高裁が、「社会を変える素晴らしい瞬間」を作ったという話は滅多に聞けない。そのような発想があるとすら思えない。

ビデオを見たあと、最高裁調査官にあたる憲法研究員(判事)二人から憲法裁判所の理念や仕組みそして、その運用の実態や社会的評価について2時間にもわたって懇切な説明を受け、充実した質疑応答があった。研究員の一人は、日本に留学(東北大学)の経験ある方で、完璧な日本語での説明だった。その気取らない応対の姿勢にいたく感心し、わが国の最高裁のあの威圧的で横柄な対応との懸隔を嘆いたものだった。

その日、法廷の見学もした。日本の最高裁大法廷よりは、一回り小さいものだが、権威主義的ではない明るい印象があった。屋上庭園にも案内され、青瓦台を遠望もした。後年、ここで大統領の訴追に対する弾劾の裁判が行われるとは思いもよらなかった。

その韓国憲法裁判所が、本日(3月10日)朴槿恵大統領に、罷免の審判を言い渡した。憲法裁判所は、強い司法積極主義を印象づけた。

今日の夕刻、ラジオのニュースを聞きながら多少まどろんだ際に、次のようなニュースが耳に跳び込んできた…ように聞こえた。

我が国のアベ首相に対する国会の弾劾訴追を審理していた最高裁判所大法廷は10日、アベ氏の思想的同志である籠池泰典氏による小学校建設をめぐる一連の権力濫用疑惑(いわゆる「アベ友疑惑」)事件について、違法・違憲と断定し、それが在任期間の全般にわたって続いたとして、アベ氏の罷免を言い渡した。アベ氏は即座に総理大臣と国会議員としての職を失するとともに、今後7年間公民権を停止され、公職に関する選挙権と被選挙権を失うことになる。
 これに伴い憲法54条の規定に準じて40日以内に衆議院総選挙が行われることとなり新たな首班指名の段取りとなると思われるが、この際投開票日を敢えて5月3日の憲法記念日として、国民が立憲主義の基本を再確認すべきとする案も有力視されている。
 我が国憲政史上、弾劾による首相の失職は初めてのこと。この歴史的決定は、最高裁裁判官15人全員の一致した意見となった。国民の8割近くが首相の弾劾に賛成していた世論を反映した形だが、アベ氏を支持する少数派右翼層は強く反発しており、我が国社会の混乱は続きそうだ。

 テラダ最高裁長官は決定文を読み上げ、アベ友疑惑事件について、アベ氏が「首相の地位と権限を濫用した」と断定。疑惑解明のための関係者の国会招致や特別検察官などの捜査に応じなかったことについて「もともと、被訴追者アベは、立憲主義思想理解の素養に欠け、違法・違憲行為を繰り返して行政府の長として意を尽くすべき憲法遵守の姿勢の片鱗も窺えない」と厳しく指摘した。そのうえで「(アベ氏の)違憲、違法行為は国民の信任に背き、重大な違法行為だ。その違法行為が我が国の憲法秩序に与える否定的な影響と波及効果は重大」として罷免が妥当だとした。

籠池氏による極右教育を売り物とした小学校建設に伴う、アベ政権の口利き疑惑の数々は、2017年2月初旬以来我が国メディアの報道するところとなり、国民のアベ弾劾の気運は急激に高まって、各地でのアベ氏退陣を求める市民による大規模集会が行われた。

我が国国会は先日、アベ友学園疑惑に関するアベ氏の行動は、限りなく違憲濃厚として弾劾訴追案を圧倒的多数で可決。
最高裁は、
(1)国民主権主義や立憲主義・法治主義に違反したか
(2)首相の口利きや職権濫用の事実があったか
(3)籠池氏と共謀共同正犯となり得る刑事犯罪があったか
(4)メディア弾圧を行ったか
(5)教育勅語など違憲内容の教育助長の意図があつたか
の五つの争点について、違憲もしくは重大な違法行為にあたるかを審理してきた。アベ氏側は「選挙で選ばれたのだから、私が国民の意思であり法律だ」「口利きや忖度というが、正しいことをしている」「教育勅語のどこが悪い」「すべては、メデイアのでっちあげ」などと全面的に否定してきた。

政権を支えてきた保守層は既にアベ氏を見放し支持率は5%まで下落している。しかし、コアな極右勢力5%がアベの支持を継続している。トーキョー市中心部では毎週金曜日、退陣を求める大規模集会が開かれてきた。

アベ氏はこれまで、首相としての立場で逮捕を免れていたが、失職したことで近く検察に逮捕、起訴されると見られている。

心地よい夢から覚めてうつつの世界に戻ったが、さてあれは正夢か。それとも逆夢なのだろうか。
(2017年3月10日)

「トランプは4年もたない。2年で自壊するだろう。」

昨日(1月13日)、日民協の「新春の集い」が開かれた。理事会を兼ねてのことである。新春の挨拶でも、今年は楽観的な希望は語られない。話題は、自ずから「激動の世界情勢」ということになる。とりわけ、トランプ現象を起こしたアメリカの民主主義についてのシビアな意見が相次いだ。

それでも、アメリカがこのままであるはずはない、という希望も語られた。「トランプ政権はもたない。いずれ自壊する」「その時期は、化けの皮が剥がれ、中間選挙で共和党が大敗する2年後」という確信にあふれた予言が説得力をもって語られた。

都民の人気を集めていた舛添要一前知事が、あっという間にバッシングの対象となってその地位を追われた。韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領も同じだ。きっと、トランプも同じ目に遭う。

トランプは、大富豪ではないか。多くの人々を搾取し収奪して財をなした人物。それが、経済的に困窮するホワイトプアー(白人困窮者層)からの支持を集めて大統領に当選するというマンガのような逆説が永続するはずはない。彼が被告として抱えている訴訟は2000件余と報じられている。その敗訴が連続するとき、欺されていた者も覚醒せざるを得ない。

忘れてはならないのは、民主党予備選挙でのサンダース現象だ。民主社会主義者を自称するサンダースの大健闘は、アメリカ社会の健全さを示すもの。トランプ現象の結果だけからは絶望しか見えてこないが、サンダースを支持した若者たちが、トランプへの抗議を継続していることに希望を見ることができよう。

集いの冒頭森英樹理事長の挨拶があった。その中で次の指摘があった。
「あまり話題にならないのですが、今年は一九一七年一一月にロシア社会主義革命が成就して一〇〇周年、そしてその崩壊から二五周年となります。その歴史に学ぶべきところはないのでしょうか」
「また、今年はルターが宗教改革を宣言した一五一七年一〇月から五〇〇周年でもあります。カトリックの精神支配から個人を解放して資本主義の成立を準備したという宗教改革からも学ぶところはあるはずです」。

今の世界の激動と混乱の原因を、資本主義そのものの矛盾の表れとしてとらえ直すべきではないか。そしてその矛盾克服の方向を、資本主義自体を変革しようとした歴史からも学べ。そういう示唆なのであろう。

すでに、世界はポストトゥルースの時代だという。しかし、これは何も世界で新たに始まったことでもなかろうという指摘もあった。「この点、日本も世界に遅れをとっていない。まず石原慎太郎がいたではないか。橋下徹も安倍晋三も負けてはいない」。言われてみればそのとおり。「コントロールとブロックの安倍」の嘘を許容する国民が情けない。日本の民衆が、新自由主義をかざして、庶民イジメ専念の安倍に、かくも長期間欺されっぱなしというのも解せない話。

「私の周囲には安倍支持の人間などいません。反安倍の人ばかり。でも、安倍の周囲には安倍を支持しない人などはいないのでしょう。安倍支持派と反安倍派とは、断絶してお互いに説得し合おうという会話の機会さえもない」「私は、意識して安倍支持派との人々とも会話のできる機会を持ちたいと思う」という発言もあった。

解散総選挙は、「今月(1月)にはないが、今年(2017年)にはあるだろう」というのが、一般的な観測である。反アベ派の仲間内だけではなく、親アベ派の人々とも会話を重ねることで、この深刻な事態を切り開いていきたい。

いたずらに、事態に絶望せず、パンドラの箱に残された美しい希望を見失わないようにしたい。政治的混乱の原因を見極め、格差・貧困・経済摩擦・雇用の縮小等々の根本原因を改善する努力を、微力でも重ねていきたいと思う。
(2017年1月14日)
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「DHCスラップ訴訟」勝利報告集会のお知らせ

私自身が訴えられた「DHCスラップ訴訟」。その勝利報告集会が近づいてきました。あらためてお知らせし、集会へのご参加を、よろしくお願いします。
日程と場所は以下のとおりです。
☆時 2017年1月28日(土)午後(1時30分~4時)
☆所 日比谷公園内の「千代田区立日比谷図書文化館」4階「スタジオプラス小ホール」
☆進行
弁護団長挨拶
田島泰彦先生記念講演
常任弁護団員からの解説(テーマは、「名誉毀損訴訟の構造」「サプリメントの消費者問題」「反撃訴訟の内容」など)
会場発言(スラップ被害経験者+支援者)
澤藤挨拶
・資料集を配布いたします。反撃訴訟の訴状案も用意いたします。
・資料代500円をお願いいたします。

この集会から、強者の言論抑圧に対する反撃をはじめます。ご支援ください。

軍事立法でも、治安立法でもなく、誤判防止の刑事司法を

一昨日(11月19日(土))、日本民主法律家協会の「第47回司法制度研究集会」が開催された。メインタイトルは、「治安国家化・監視社会化を問う 何のための刑訴法・盗聴法「改正」、共謀罪法案か?」というもの。

主催者の案内が、次のようになっている。
「今回の集会では、本年5月24日に成立した「改正」刑訴法・盗聴法の内容の危険性を暴くとともに、法律家団体と市民が協働しながら反対運動を展開してきた成果を共有したいと考えています。
 また、一昨年に施行された特定秘密保護法、「改正」刑訴法・盗聴法、そして、来年通常国会への上程が取り沙汰される共謀罪等が総体としてもたらすであろう監視社会・治安国家への対応には、「改憲」反対のすべての運動の結集が急務であると考えます。
『改憲』に向けた現政権の謀略に対峙していくための法律家運動の課題を模索するとともに、法律家運動の果たすべき役割を改めて確認し、市民とともに、大きな国民的運動を展開する決意を誓い合う司法制度研究集会になるよう、皆さまのご参加をお待ちしています。」

討論の素材となった報告は3件。「刑訴法『改悪』阻止の闘いと今後」小池振一郎、「盗聴法・共謀罪の本質」海渡雄一、そして「秘密保護法,盗聴法・刑訴法,共謀罪と治安国家・監視社会化」白取祐司(神奈川大学法科大学院教授)。前2件は、報告のタイトルで内容が推察できる。しかし、3件目の白鳥報告だけはよく分からない。集会主催者の注文で、メインタイトルに合わせた内容。

この白鳥報告が明晰で面白かった。クローズアップで問題を見極めようとする報告の中で、カメラを引いてロングでものを見ることによって、背景事情やものごとの関連性が見えてくる。そんな印象の報告だった。いずれ「法と民主主義」に掲載されるが、私流に把握した要点をかいつまんでご報告したい。

☆最近の刑事立法を概観すると、特定秘密保護法成立以来、とんでもない悪法の目白押しである。
 ・特定秘密保護法(2014年)
 ・通信傍受法改正法(2016年)
 ・刑事訴訟法改正法(2016年)
 ・共謀罪法案(2017年?)
どうしてこんなことになっているのか。政治状況の変化、端的に言えば安倍政権がもたらしたものだが、それだけではない。これまで悪法の成立に歯止めを掛けてきた勢力の変容があるように思われる。日弁連と研究者集団の変質を指摘せざるを得ない。
増員の影響か、弁護士のノブレスオブリージュの気概が希薄になってきたのではないか。また、かつて刑法改悪阻止運動の先頭に立った平野龍一のごとき存在が消え、政権や法務省にすり寄る研究者が増えている。真剣な検討を要する。

☆21世紀にはいって以来、「最近」以前の主要刑事立法を概観すれば、以下のとおり。
・少年法改正(検察官関与・原則逆送)(2000年)
・裁判長法・刑事訴訟法改正法(2004年)
・刑事収容処遇法(2005年)
・犯罪被害者参加法(2007年)
・公訴時効廃止法(2010年)
これらの刑事諸立法を貫徹する共通の理念を把握したり、傾向を指摘することが難しい。立法の背景が見えにくくなっていると言わざるを得ない。

☆一方、望ましいとして立法課題と意識されてきた下記の法は成立に至っていない。
・死刑廃止法
・再審法改正法
・監視型捜査規制法
・ミランダ法(弁護人立会権確立立法)

☆以上のごとき現在の状況を歴史的視座に置いてみると、以下の治安維持法の時代との類似性が指摘できるのではないか。
・治安維持法(1925年)
・治安維持法改正(1941年)
・軍機保護法(1937年)(1941年全面改正)
・国防保安法(1941年)*1940年大政翼賛会結成
1925年から敗戦までは、刑事法的には「治安維持法の時代」と言ってよい。上記各法は戦時法であり、戦争準備の立法であった。軍機保護法は1889年日清戦争後日露戦争を見据えて制定された。1937年に全面改正され、さらに1941年にも戦争の進展に応じて改正された。

☆特定秘密保護法は軍事立法であり、戦争準備の法と認識しなければならない。そして、「治安維持法の時代」の諸刑事立法が、改正を重ねていることに留意しなければならない。新規の立法はそれなりの抵抗に遭う。政権は妥協した形でマイルドに修正して立法に漕ぎつけ、頃合いをみてハードに法を改正する。新規立法よりは改正の方が世論の関心事とならず、抵抗は小さい。この事情は、戦前も今も同じこと。だから悪法反対運動は、立法成立後も改悪反対運動としての持続が大切なのだ。

☆分析のための視座として、
1 軍事法制下の刑事法
2 治安立法としての刑事法
3 監視社会と刑事立法
という、観点が必要だろう。

☆軍事法としての特定秘密保護法が危険で問題というだけでない。非常事態宣言下のフランスにおける刑事手続のように、テロ対策という名目の非常時立法は、常に軍事法としての危うさを警戒しなればならない。

☆いま、体感治安の悪化が煽られている。刑法犯は減少し、凶悪犯も著しく減っているにかかわらず、意図的に不信不安が醸成された結果である。警察依存型の刑事政策が意図されているからとみるべきだろう。このような策動に、どこかで歯止めが必要だ。

☆むのたけじが、自分の記者時代を振り返って語っている。
「治安維持法も国家総動員法も、法の具体的な適用の有無が問題であるよりは、そのような法律が作られ存在すること自体が大きな問題だった。」
今、そのような時代状況になろうとしているのではないか。必要なのは、軍事立法でも治安立法でもない。積極的に「誤判を防止し誤判被害者を救済する」ための、刑事司法改革こそが必要ではないか。
(2016年11月21日)

『法と民主主義』8・9月号「市民と野党の共同」のお薦め

日本民主法律家協会機関誌・『法と民主主義』は年10回刊。2・3月と、8・9月が合併号となる。今月発刊の8・9月号(通算511号)は、「市民と野党の共同」を特集している。7月の参院選を振り返って、全国各地の状況をこれだけ並べて読めるのは、当誌ならではの充実した企画。

「3分の2の壊憲派議席を許した護憲勢力敗北の参院選」との一面的な総括ではなく、「市民の共同と広がりが野党を動かし共闘を実現させ、さらには市民と野党の共同の選挙をもつくり出した」「全国32の一人区すべてで統一候補が立候補し、11人の当選者を生み出した」「原発と米軍基地による被害に苦しむ福島と沖縄では現職大臣が落選し統一候補が当選」「当選しなかった選挙区でも4野党の比例票を大幅に超える得票を獲得し、市民と野党の共同が生まれ成長しているという希望を生み出した」という視点からの「希望の総括」。次の総選挙・小選挙区での選挙共闘を展望してのものである。

ご案内は下記URL。
  http://www.jdla.jp/houmin/index.html
ご注文は下記から。
  http://www.jdla.jp/kankou/itiran.html#houmin

目次をご紹介しておきたい。
広渡清吾、佐藤学のビッグネーム論稿だけでなく、「市民が主役、津軽の『リンゴ革命』…大竹進(整形外科医)」など各地の具体的な状況がビビドで読み応えがある。
個人的には、編集長のインタビュー記事「あなたとランチを〈№19〉…ランチメイト・渡辺厚子先生×佐藤むつみ」をお読みいただきたい。渡辺厚子さんは、「東京・君が代裁判」の原告のお一人。

そして巻末の「ひろば」(日民協執行部の回りもちコラム)を今月号は、私が担当して執筆した。象徴天皇制へのコメントである。もちろん、日民協の公式見解ではなく、私の見解。憲法的視点からの象徴天皇(制)批判として目をお通しいただきたい。

特集★市民と野党の共同
◆特集にあたって……編集委員会・南 典男
◆安倍政権ヘのオルタナティブを──個人の尊厳を擁護する政治の実現を目指す……広渡清吾
◆市民が創出した新しい政治──「市民連合」の挑戦──……佐藤 学
◆東京都知事選挙における「市民と野党の共同」……南 典男
●共闘はこう闘われた──全国の状況
◆市民が主役、津軽の「リンゴ革命」……大竹 進
◆弁護士グループ勝手連で応援……新里宏二
◆市民の後押しで実現した山形の野党共闘……外塚 功
◆現職法務大臣を破っての勝利……坂本 恵
◆「声をあげれば政治は変わる」の実感を……河村厚夫
◆投票率全国トップ、攻撃にひるむことなく熱い闘いを……毛利正道
◆次に繋げる検証を──山口選挙区からの報告……纐纈 厚
◆志を同じくする市民と力を合わせて──徳島・高知合区選挙区の闘い……大西 聡
◆今後の熊本の民主主義を支える大きな力に……阿部広美
◆「大分方式」の復活と「戦争法廃止運動」の融合……岡部勝也
◆沖縄の統一戦線「オール沖縄」の圧勝……小林 武

●その外21選挙区の状況
◆岩手/秋田/栃木/群馬/新潟/富山/石川/福井/岐阜/三重/滋賀/奈良/和歌山/鳥取・島根/岡山/香川/愛媛/佐賀/長崎/宮崎/鹿児島……丸山重威
☆連続企画●憲法9条実現のために〈7〉急事態条項改憲論批判──ウラの理由をどうみるか、オモテの理由とどうつきあうか……永山茂樹
☆メディアウオッチ2016●《参院選後……》リオに覆われた重要ニュース 問われる「社会の在り方」……丸山重威
☆あなたとランチを〈№19〉……ランチメイト・渡辺厚子先生×佐藤むつみ
☆司法をめぐる動き・名前を変えても本質は変わらない 共謀罪の国会提出に反対する……海渡雄一
☆司法をめぐる動き・7月・8月の動き……司法制度委員会
☆時評●司法反動期の不当判決群の遺物……徳住堅冶
☆ひろば●「天皇の生前退位発言」に関する論調に思う……澤藤統一郎

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ひろば 2016年8・9月号
「天皇の生前退位発言」に関する論調に思う(弁護士 澤藤統一郎)

 日本国憲法は、主権者国民の「総意」に基づくとして、天皇という公務員の職種を設けた。天皇は、憲法遵守義務を負う公務員の筆頭に挙げられ、他の公務員と同様に国民全体に奉仕の義務を負う。
 旧憲法下の天皇は、統治権の総覧者としての権力的契機と、「神聖にして侵すべからず」とされる権威的契機とからなっていたが、日本国憲法は権力的契機を剥奪して「日本国と日本国民統合の象徴」とした。
 「初代象徴天皇」の地位には、人間宣言を経た旧憲法時代の天皇が引き続き就位し、現天皇は「二代目象徴天皇」である。
 その二代目が、高齢を理由とする生前退位の意向を表明した。「既に八十を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。」と語っている。
 天皇自らが、「象徴の努め」の内容を定義することは明らかに越権である。しかも、国事行為ではなく「象徴の努め」こそが、天皇の存在意義であるかのごとき発言には、忌憚のない批判が必要だ。さらに、法改正を必要とする天皇の要望が、内閣の助言と承認のないまま発せられていることに驚かざるを得ない。
 ところが世の反応の大方は、憲法的視点からの天皇発言批判とはなっていない。「陛下おいたわしや」の類の言論が氾濫している。リベラルと思しき言論人までが、天皇への親近感や敬愛の念を表白している現実がある。天皇に論及するときの過剰な敬語には辟易させられる。
 この世論の現状は、あらためて憲法的視点からの象徴天皇制の内実やその危険性を露わにしている。
 天皇制とは、この上ない国民統治の便利な道具として明治政府が作りあげたものである。神話にもとづく神権的権威に支えられた天皇を調法にそして綿密に使いこなして、国民を天皇が唱導する聖戦に動員した。敗戦を経て日本国憲法に生き残った象徴天皇制も、国民統治の道具としての政治的機能を担っている。
 国民を統合する作用に適合した天皇とは、国民に親密で国民に敬愛される天皇でなくてはならない。一夫一婦制を守り、戦没者を慰霊し、被災者と目線を同じくする、非権威的な象徴天皇であってそれが可能となる。憲法を守る、リベラルな天皇像こそは、実は象徴天皇の政治的機能を最大限に発揮する有用性の高い天皇像なのだ。国民が天皇に肯定的な関心をもち、天皇を敬愛するなどの感情移入がされればされるほどに、象徴天皇は国民意識を統合する有用性を増し、それ故の危険を増大することになる。天皇への敬愛の情を示すことは、そのような危険に加担することにほかならない。
 いうまでもなく、「国民主権」とは、天皇主権の対語であり、天皇主権否定という意味にほかならない。この国の歴史において、民主々義や主権者意識の成熟度は、天皇制の呪縛からの解放度によって測られる。今なお象徴天皇への敬意を強制する「社会的同調圧力」の強さは、戦前と変わらないのではないか。いまだに、権威からの独立心や主権者意識が育っていないといわざるを得ない。
 天皇発言や天皇制への批判の言論が、社会的同調圧力によって抑制されてはならず、自己規制があってもならない。日民協やその会員が、憲法的視点から、天皇制に関する忌憚のない発言をすることは重要な使命だと思う。
(2016年9月30日)

日本国憲法と民主々義と日民協の発展のためにカンパーイ!

皆さま、日本民主法律家協会第55回定時総会にご参集いただきありがとうございます。恒例の懇親会の冒頭、乾杯の発声の前に若干のお話しをさせていただきます。

参院選の結果が出た直後、そして都知事選が始まった時点での総会となりました。右往左往の状況ですが、本日の総会の討議と広渡清吾さんの記念講演「安倍政権へのオルタナティブー個人の尊厳を擁護する政治の実現を目指す」とで、何が起こっているのか、何をなすべきか、整理ができてきたのではないかと思います。

この間、「アベ政治を許さない」「立憲主義・民主主義・平和を守れ」という大きな市民の声が巻きおこり、学者も弁護士もそれなりの役割を果たしてきました。とりわけ昨年(2015年)9月「戦争法案」強行採決の直後に立ち上げられた、「戦争法廃止を求める市民連合」の役割には大きなものがありました。日本民主法律家協会も改憲問題対策法律家6団体の中核にあって、野党共闘の成立に力を尽くしてきました。

もっとも、参院選の結果は、重大なものとして受け止めなければなりません。衆院だけでなく、参院でも憲法改正発議に必要な3分の2の議席を改憲派に与えることとなってしまった。このことは率直に衝撃と言わざるを得ません。

かつては、国会の中に日本社会党を中心に堅固な「3分の1の壁」が築かれていました。憲法改正発議などは許さない。そんな国会情勢は、今や忘却のかなたの古きよき時代の語りぐさ。

改憲問題だけを思うと、こんなふうに愚痴が出ます。

 ながらへばまたこの頃やしのばれむ 憂しと見し世ぞ今は恋しき

あの頃だって、政権に文句を言いたいことはうんとあった。でも、今にして思えば随分とマシな保守政権だったではないか。アベ政権のような、ごりごりの改憲姿勢や好戦性はもっていなかった。情勢はどんどんひどくなっていく。もしや、もう少し経って今日を振り返ると「あの頃はまだマシだった」なんて思うことにならないだろうか。

一昔前には、保守政治家の典型だった小澤一郎が、今や護憲勢力の一員なのですから、いつの間にか政治の重心が大きく右にぶれてしまったのでしょう。ここ数年そのように思い続けていましたが、ようやく希望の灯を見るに至りました。それが、市民の後押しによる4野党共闘です。これこそが、パンドラが開けた箱に残っていた希望というべきもの。

この共闘のでき方について広渡さんに詳しく語っていただきましたが、会場からの質問に対する回答の中での、次のご指摘が印象に残りました。

「安倍政権を追い詰めた市民と野党の共同運動は、九条の解釈においては『専守防衛論』でまとまってのものでした。ここで幅広い勢力の意見の統一ができたものです。しかし、私は、この運動に結集した人びとの多くが『自衛隊違憲論』であったと思っています。むしろ、『自衛隊違憲論』派が運動の中心にいて、この人たちの確信を持った運動あればこそ、そのまわりに『専守防衛論』派の人びとの広がりができたものと言うべきだと思います」

意見の違いはあっても、闘う相手を見きわめて、共闘によって味方を大きくする努力の枠組みができてきたことを心強く思います。この枠組みは、参院選地方区の東北6県では、5勝1敗の大成功を収めました。象徴的に特別の意味をもつ沖縄と福島では、いずれも現職大臣を落としての勝利を勝ち取っています。

これが希望の灯。この希望の灯を絶やしてはならないと思います。いま、この灯は都知事選に受け継がれました。鳥越候補支援の声は急速に拡がりつつあります。本日の特別アピールのタイトル「市民と野党の共闘を支援し、改憲勢力3分の2の危機を乗り切り、東京都知事選での勝利で日本を変えよう」は、今日の総会に集まった人たちの気持ちを的確に反映するものとなっています。

このアピールは、参院選を「市民と野党の共闘」の第1回のチャレンジとしています。もちろん第2回目が「33年ぶりの都知事選での野党統一候補」を生みだした都知事選。さらに、3回目総選挙に続けなければなりません。小選挙区の選挙で、立憲派と壊憲派の一騎打ちが実現すれば、日本が変わるチャンスです。

そのような展望を見据えて、日民協は改憲阻止を標榜する法律家団体として、可能な限りその役割を果たしていくことの決意をかためましょう。それでは、ご唱和をお願いします。

日本国憲法と民主々義と、そして日民協の発展のために、カンパーイ!
(2016年7月17日)

「法と民主主義」大学問題特集と、参院選の結果を論じる広渡清吾氏記念講演

本日は、日本民主法律家協会(日民協)の機関誌「法と民主主義」(法民)の編集会議。
選挙期間中だが、日民協と法民の話題を提供したい。

最新刊の法民2016年6月号【509号】特集は、小沢隆一さんの責任編集で「岐路に立つ日本の大学」。
  http://www.jdla.jp/houmin/index.html

「特集に当たって」のリードの中に、小沢さんの次の一文がある。
「今日の大学と学術にかけられている攻撃に対してどのようなスタンスで立ち向かうか。大学で学び、働く者の共同の取り組みが求められている。依るべきものは、日本国憲法の23条「学問の自由」と26条「教育を受ける権利」という二つの柱である。
そしてその際、次のようなユネスコの学習権宣言(一九八五年)も手掛かりにしてはどうだろうか。
  学習権とは、
  読み書きの権利であり、
  問い続け、深く考える権利であり、
  想像し、創造する権利であり、
  自分自身の世界を読み取り、歴史をつづる権利であり、
  あらゆる教育の手だてを得る権利であり、
  個人的・集団的力量を発達させる権利である。」

6月号の目次は次のとおり。
特集★岐路に立つ日本の大学
◆特集にあたって…………編集委員会・小沢隆一
◆現在の大学政策と学問の自由・大学の自治………中富公一
◆学ぶ権利を侵害する学生の生活・労働実態とその克服──奨学金政策の改革を………岡村 稔
◆大学と学生の学びを支える非常勤講師の諸問題と非常勤講師組合の取り組み………松村比奈子
◆国立大学への日の丸・君が代強制に抗する………成澤孝人
◆「政治的中立性」という名の怪物 ──ある市議会からの「攻撃」を受けた、ある憲法研究者の「告発」………三宅裕一郎
◆法学入門科目「現代社会と法」について──法学部教育のあり方が問われる中で………小森田秋夫
連続企画●憲法9条実現のために〈6〉憲法9条擁護のために──急加速の軍学共同とそれとの闘い………赤井純治
特別企画●東日本大震災・福島原発事故と自主避難者の賠償問題・居住福祉課題〈上〉──近時の京都地裁判決の問題分析を中心に………吉田邦彦
司法をめぐる動き・ハンセン病「特別法廷」最高裁調査報告書について………内田博文
◇司法をめぐる動き・4月・5月の動き…………司法制度委員会
◇判決・ホットレポート●三菱マテリアルとの和解について………森田太三
◇メディアウオッチ2016●2016憲法報道・メディア操作にジャーナリズムの姿勢を 争点隠し選挙と改憲問題………丸山重威
◇あなたとランチを〈№18〉………ランチメイト・横湯園子先生×佐藤むつみ
◇委員会報告●司法制度委員会/憲法委員会………米倉洋子/大江京子
◇インフォメーション●6・9「安倍政権と報道の自由」集会アピール
時評●英米流小選挙区制をとおして中華帝国ミニチュア版が再現?………志田なや子
ひろば●安倍政権が推進する国立大学の国旗と国歌………澤藤統一郎

「ひろば」は、日民協執行部や編集委員が回り持ちで自由に執筆する欄。6月号は私が書いた。本欄の末尾に掲載するので、お読みいただきたい。

7月号【510号】の特集は、新屋達之さんの責任編集で「徹底検証『改正』刑訴法・盗聴法」。改正法の解説と徹底批判、そして反対運動を振り返えり、今後を展望する論稿が並ぶとになる。

そして、8・9月合併号【511号】は、参院選の結果を踏まえての情勢討論特集号。10月号【512号】は、「憲法25条・福祉国家論」について。「法と民主主義」健在である。

なお、日民協は 来週土曜日に第55回定時総会を開催する。
 日時 2016年7月16日(土)午後1時~6時 終了後に懇親会
 会場 プラザエフ8階スイセン
その目玉企画が、広渡清吾さんの総会記念講演
 予定時刻 午後3時15分~5時
 演題「安倍政権へのオルタナティブを一個人の尊厳を擁護する政治の実現を目指す」

ほかならぬ広渡さんの「安倍政権へのオルタナティブ」論である。しかも、参院選直後のこの時期に、参院選の結果を踏まえての講演となる。会員外のご参加も歓迎。無料。できれば、事前に下記まで出席予定のご連絡を。
 電話 03(5367)5430  ファックス 03(5367)5431

また、総会では、第12回「相磯まつえ記念・法民賞」授賞式も行われる(午後5時10分~5時30分)。

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「安倍政権が推進する国立大学の国旗と国歌………弁護士 澤藤統一郎

本年5月1日の毎日新聞によると、同紙が実施したアンケート調査で、国立86大学のうち、76大学が今春の式典で国旗を掲揚し、14大学が国歌斉唱を実施したという。その内、新たに国旗を掲揚したのが4大学。新たに国歌を斉唱したのは6大学。斉唱まではしないが、国歌の演奏や独唱をプログラムに入れたのが5大学。じわじわと、「日の丸・君が代」包囲網が大学を押し包んでいくような不気味な空気がある。

 国立大学での国旗国歌問題の発端は、昨年(2015年)4月参院予算委員会における安倍首相答弁だった。「税金によって賄われているということに鑑みれば、教育基本法にのっとって、正しく実施されるべきではないか」というもの。知性に欠けるということは恐ろしい。反知性の首相であればこそ、臆面もなく恥ずかしさも知らず、堂々とこんな短絡した「論理」をのたまうことができるのだ。憲法も、歴史の教訓もまったく無視して。
 この首相発言を、盟友下村博文文部科学相(当時)が受けとめた。同年6月には、国立大学長を集めた会議で「国旗・国歌法が施行されたことも踏まえ、適切な判断をお願いしたい」との要請となり、後任の馳浩文は本年2月、岐阜大が国歌斉唱をしない方針を示したことに対し、「日本人として、国立大としてちょっと恥ずかしい」という意味不明なコメントを述べている。教育行政を司る部門の責任者の言がこれなのだから、国民の方がまことに恥ずかしい。

 だが、愚かな政権の愚かな「要請」の効果は侮れない結果となった。心ならずも政権の意向を汲んで屈服したものは、包囲網に加わる形となって抵抗者を孤立させていく。幾たびも目にしてきた光景ではないか。
 愚かな政権の愚かな「要請」は、本来その意図とは逆の効果を生じなければならない。これまで式典に国旗国歌を持ち込んでいた大学も、「文科省に擦り寄る姿勢と誤解されてはならない」「大学の自治に介入する文科省に抗議の意を表明する」として、国旗も国歌も式からなくすという見識が欲しい。
 国立大学は結束しなければならない。文科省に擦り寄る大学の存在を許せば、当然に差別的な取り扱いを憂慮しなければならないことになる。大学が真理追究の場ではなくなる虞が生じ、世人の信頼を失うことにもならざるを得ない。

 大学とは、学問の場であり、学問の成果を教授する場である。学問とは真理追究であって、大学人には、何ものにもとらわれずに自由に真理を追究しこれを教授すべきことが期待されている。言うまでなく、この自由の最大の敵対者が権力である。したがって、学問の自由とは権力に不都合な真理を追究する自由であり、教授の自由とは時の権力が嫌う教育を行う自由にほかならない。国立大学とは、国家が国費を投じて真理追究の自由と教育の環境を保障した場である。国家は学問と教育の両面に及ぶ自由を確保すべき義務を遵守するが、学問や教育の内容に立ち入ってはならない。こうして、学問は時の政権からの介入や奉仕の要請から遮断されることで、高次のレベルで国民の期待に応えることになる。

 国民の精神的自由を保障するために、権力が介入してはならないいくつかの分野がある。まずは教育であり、次いでメディアであり、そして宗教であり、さらに司法である。この各分野のすべてが、濃淡の差こそあれ政権からの攻撃の対象とされている。この各分野への攻撃は、それ自身が目的であるとともに、戦後レジームからの脱却と改憲への強力な手段ともなっている。国立大学での国旗国歌は、政権の国家主義強化の策動を象徴するテーマとなっている。けっして、これを成功させてはならないと思う。
(2016年7月6日)

子曰く、必らず已むを得ずして、アベ政権を去らん。

私は、「論語」をたいしたものとは思わない。所詮は底の浅い処世術としか理解できないと公言して、顰蹙を買うことがしばしばである。しかし、警句として面白いとは思う。どうにでも自分流に解釈して便利に使えばよいのだ。多分、使い手によっては、切れ味が出てくるのだろう。アベ政治への批判についても使える。

よく知られている顔淵編の次の一節。

子貢問政、子曰、足食足兵、民信之矣、子貢曰、必不得已而去、於斯三者、何先、曰去兵、曰必不得已而去、於斯二者、何先、曰去食、自古皆有死、民無信不立。

子貢、まつりごとを問う。子曰く、食を足たらし、兵を足たらし、民これを信ず。
子貢曰く、必らず已むを得えずして去らば、この三者において何をか先にせん。
曰く、兵を去らん。
子貢曰く、必らず已むを得ずして去らば、この二者において何をか先にせん。
曰く、食を去らん。いにしえより皆死あり、民、信無くんば立たず。

私なりに訳せば、以下のとおり。
子貢が孔子に政治の要諦を尋ねた。
「経済を充実させ、軍備を怠らず、民意の支持を得ることだね」
「その三つとも全部はできないとすれば、まずどれを犠牲にしますか」
「そりゃ、軍備だね」
「残りの二つも両立は無理だとすれば、どちらを犠牲にすべきでしょうか」
「経済だよ。民生の疲弊はやむを得ないが、民衆の信頼がなければそもそも政治というものが成り立たないのだから」

孔子は、政治の要諦として、「食(経済)」・「兵(軍備)」・「民の信」の3者を挙げた。おそらくは、きわめて常識的な考え。しかし、面白いのは、重要性の順序が必ずしも、常識のとおりではないこと。政治の中心的課題を「民のため」の政治というにとどまらず、「民からの信頼」と考えている。もちろん民主主義ではない。しかし、読み方次第では、その思想的萌芽を感じさせる一文ではないか。

アベ政権は、平和主義を放擲して戦争法までつくり、近隣諸国の危険性を鼓吹して不安を煽り、軍事予算を増額するという。「兵(軍備)」の充実にだけはご執心だ。

しかし、既に「食(経済)」を足らしむことにおいて失敗している。アベノミクスがアホノミクスであることについては、誰の目にも明らかになりつつある。経済を投機化したことによって、実体経済は停滞し、格差貧困は拡大し、株価の維持まで危うくなっている。

さらに、最大の問題は「民の信」である。アベ政権が、そして政権与党が、国民の信に耐え得るか。安倍自身もこの点は、気にしているようだ。過日不倫騒動で辞任した宮崎議員について問われた際に、「信なくば立たず」と口にしている。宮崎の辞任の弁にも「信なくば立たず」があった。宮崎がやめることで「信が立った」か。とんでもない事態である。閣僚の妄言はあとを絶たない。これは民主主義の問題であり、立憲主義の問題でもある。

要するに、「兵」だけが突出して、「食」も「信」も、アベ政権にはない。孔子の教えに逆行しているのだ。そこに、直接に民意を問う国政選挙が迫ってきている。アベ政権を総体としてとらえ、分析し、迫った参議院選挙の投票行動の意義を見定めなければならない。こんな事態で、明文改憲を許す議席をアベ政権に与えてはならない。

私も編集委員の一人となっている「法と民主主義」は、4月号を、アベ政権の総体を問う特集とする。
特集の編集責任者は、清水雅彦さん(日本体育大学教授・憲法学)。以下のラインナップで、すべての執筆者のご承諾をえた。発売は、4月20日頃となる予定。是非、ご期待いただき、憲法の命運に関わる大切な選挙にご活用をお願いしたい。

もし孔子が世にあれば、必ずやこれを薦める内容になるはず。そしてこう呟くことになる。

 子曰く、必らず已むを得えずして、アベ政権を去らん。

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2016年『法と民主主義』4月号(№507)
特集●アベ政権を問う〈仮題〉
■企画の趣旨
今号は、4月号ながら、憲法記念日近くに発行される予定です。この間の安倍政権による憲法破壊を批判的に検討し、憲法理念の実現に向けた理論提供を行う憲法特集号として位置づけております。ただし、憲法の個別テーマを扱った論文が各号に掲載されていることを受けて、今号では、これまであまり触れていないテーマをとりあげております。安倍政権の総体を問う特集になることを期待し、企画いたしました。
■特集企画の構成執筆予定者(敬称・略)
特集にあたって(特集リード) 清水雅彦(編集委員)
安倍政権下の憲法情勢森英樹(名古屋大学名誉教授・憲法学) 2015年国会で戦争法の制定を強行するなど、この間のconstitutional change を進めてきた安倍政権が、いよいよconstitutionのchangeの必要性を堂々と何度も主張するようになった。このような安倍政権下で進む憲法情勢について検討していただく。
アベ改憲論を問う──緊急事態条項論の検討 植松健一(立命館大学法学部教授・憲法学)
参院選で与党3分の2以上の議席確保を狙い、場合によっては衆参同日選挙もありうる中で、安倍政権が主張している緊急事態条項論や改憲論について、これまでの憲法学における国家緊急権論やドイツなど外国との比較から検討していただく。
アベの政治手法を問う──安倍政治の検討 西川伸一(明治大学政治経済学部教授・政治学)
従来の自民党政治には見られなかった強権的で異論を認めず、極右色の強い安倍政治の内容・特徴や、メディアへの圧力、極端な内閣法制局人事等への介入など、その独特の「お友だち」の活用と批判派の排除といった政治手法について検討していただく。
選挙を問う~衆参同日選挙、小選挙区制度などの検討 小松浩(立命館大学法学部教授・憲法学)
場合によってはありうる衆参同日選挙の問題点や、衆議院の小選挙区制度の問題点について、この間の定数是正違憲訴訟やご専門のイギリス(可能であれば、他国も)との比較に触れつつ、検討していただく。
若者の政治参加を問う~ 18 歳選挙権と政治教育などの検討 安達三子男(全国民主主義教育研究会事務局長)
今後の18歳選挙権の実施と文部科学省による高校生の政治活動についての新通知などについて、『18歳からの選挙Q&A』(同時代社)の執筆者の立場から、文部科学省や教育委員会の問題点などについて検討していただく。
◆『一億総活躍社会』を問う~社会福祉・医療政策の検討 伊藤周平(鹿児島大学法科大学院教授・社会保障法)
安倍政権が打ち出した「一億総活躍社会」論によって、国民の生活と権利はどうなるのか、この間、急激に進む医療介護保険「改革」や「子育て支援新制度」などの社会保障、医療制度改革の動向とあわせて検討していただく。
◆市民は問う─その1 菱山南帆子
◆市民は問う─その2 武井由起子(弁護士)

「法と民主主義」の各号のご紹介やご注文は、下記のURLへ。
  http://www.jdla.jp/index.html
(2016年2月28日)

差別のない寛容な社会が平和と安全をつくり出すーフランスの現状が示唆するもの

「法と民主主義」1月号をご紹介する。時宜に適ったタイムリーな企画となっている。「理論と運動を架橋する法律誌」の名に恥じないと思う。編集委員の一人として、多くの人にお読みいただきたいと思う。

目次は以下のとおり。
特集★戦争法廃止に向けて──課題と展望
◆特集にあたって………編集委員会・丸山重威
◆戦争法は廃止しなければならない──日本社会の岐路と新たな選択………広渡清吾
◆「国際平和協力」を理由とした武力行使への突破口………三輪隆
◆「戦争法」は世界と紛争地における日本の役割をどう変容させるのか──国際人権・国際協力NGOは戦争加担に反対する………伊藤和子
◆「落選運動」の意味と展望………上脇博之
◆戦争法廃止運動と自衛隊裁判の位置付け──砂川・恵庭・長沼・百里・イラクの経験をふまえて………内藤功
◆「戦争法」違憲訴訟の目標と課題………伊藤真
◆戦争法反対にむけたロースクールでの運動………本間耕三
◆国会周辺の抗議活動に関する「官邸前見守り弁護団」の活動………神原元

・司法をめぐる動き・人権救済の使命を回避した司法──「夫婦同姓の民法規定を合憲」とした最高裁大法廷判決………折井純
・司法をめぐる動き・12月の動き………司法制度委員会
・トピックス☆日本軍「慰安婦」問題に関する日韓外相会談の合意について………川上詩朗
・メディアウオッチ2016☆新年のニュース 参院選の焦点に「改憲」「ニュース操作」に警戒感を………丸山重威
・あなたとランチを〈№15〉 ………ランチメイト・長谷川弥生先生×佐藤むつみ
・連続企画☆憲法9条実現のために〈3〉フランスにおける人権と社会統合………村田尚紀
・時評☆国民対話カルテットのノーベル平和賞受賞…………鈴木亜英
・ひろば☆2016年 安倍政権による改憲策動を打ち砕く年に………澤藤統一郎

下記のURLで、丸山重威さんの「特集にあたって」、鈴木亜英さん(弁護士・国民救援会会長)の時評「国民対話カルテットのノーベル平和賞受賞」、そして私の「ひろば」の記事が読める。その余の記事は購読していただけたらありがたい。
  http://www.jdla.jp/houmin/index.html

広渡清吾さんの巻頭論文に続く、著名執筆者の特集記事は読み応え十分。
以下は、敢えて特集ではない論文「フランスにおける人権と社会統合」(村田尚紀関西大学教授・憲法)をご紹介したい。目からウロコのインパクトなのだ。

シャルリーエブド事件やパリ同時多発テロなど、フランス社会が話題となっている。イスラム社会との軋轢の厳しさにおいてである。多くの日本人の印象としては、「先進的な自由主義社会が蒙昧な勢力から攻撃を受け防衛せざるを得ない立場にある」というくらいのものではないだろうか。しかし、フランスの法制や社会事情をよくしらないことが理解を妨げている。とりわけ、イスラム社会との接触におけるキーワードになっているフランス特有の「ライシテ」という概念が呑みこめない。フランス流政教分離がどうして、イスラムとの軋轢を生じることになるのか。こんな疑問を村田論文が氷解してくれる。

村田論文の教えるところは、「フランスにおけるきわめて深刻なムスリムの人権状況」である。「今日のフランスの移民問題は、移民=ムスリムが引き起こす社会統合の機能不全ではなく、イスラモフォビー(イスラム嫌い・対イスラム偏見)というイデオロギーが作り出す人種差別である」という。問題はけっしてライシテにあるのではない。そして、イスラモフォビーはパワーエリートとメディアによって意識的に捏造され拡散されたイデオロギー(虚偽意識)だという。

その例証として、公共空間からのムスリム排除を象徴する二つの法律が詳しく語られる。私はこの二つの法律の区別を知らなかった。ニュースでは接していたが、ほとんど何も分からなかった。

二つの法律の前段階の時代がある。1989年にパリ郊外クレイユのコレージュ(中学校)校長が授業中にスカーフをはずすことを拒否した3人のムスリム女子学生に対して教室への入室を禁じるという事件が起きた。
このイスラム=スカーフ事件は、メディアによって大きく報道され、国論を二分する論争に発展した。憲法上の中心的な争点は、「スカーフを着用して登校することが信教の自由によって保障される」のか、それとも「ライシテ(政教分離)原則に反して許されないのか」というものであった。
国民教育相から諮問を受けたコンセイユ=デタ(最高行政裁判所)は、1989年11月27日答申において、「ライシテ原則は、必然的にあらゆる信条の尊重を意味する」と述べて、宗教に対するいかなる優遇も拒否しつつ他者を害しないかぎり宗教的信条の表明を許す白由主義的ないわば「寛容なライシテ」の立場をとることを明らかにした。その後のコンセイユ=デタの判決は、このような立場を堅持し、学校内における宗教的シンボルの着用の制限を慎重に判断した。たとえば、1996年のある判決は、学校が、スカーフ着用を性質上ライシテ原則と両立しないとして、スカーフをはずさなければ授業に出席することを許さないとした処分を違法とした。

この「寛容なライシテ」の立場が見直された。「2004年3月15日ヴェール法」である。リヨン郊外のリセにおいて、ムスリムの女子学生がバンダナをはずすことを拒否して、教師が抗議行動を起こしたことがきっかけだという。

この法は、正式には「ライシテの原則を適用して、公立の学校およびコレージュおよびリセにおいて宗教的帰属を明らかにする徴表または衣服を着用することを規制する法律」という名称で、ライシテ原則を根拠に「これみよがしな宗教的シンボルや衣服の着用」を禁止する教育法典条項を創設するものであった。

この法の通達は、呼称の如何を問わずイスラムのヴェールや明らかに大きすぎる十字架を許されない例として明示している。これはイスラム=スカーフが「これみよがし」に該当しないとしたコンセイユ=デタの判例を覆すものであった。

著者はこの法を次のように評している。この評は示唆に富むものと思う。
「教会と国家の分離に関する1905年12月9日法によって確立するライシテ原則は、『社会の宗教的多様性』を可能とし、公序を侵害しないかぎり『さまざまな宗教的傾向が公共空間に共存する可能性』を保障する自由主義的な原則である。2004年ヴェール法は、この寛容なライシテを排除して、宗教も文化的独自性も特別扱いしない共通価値を学校が継承することを前面に押し出すいわば『戦闘的ライシテ』を採り、さらにライシテを公立学校という公共空間を支配する原則とすることによって、国家を拘束する原則からその場にいる私人をも拘束する原則に転換したのである。」

問題はさらに深刻になった。通称「ブルカ禁止法」によってである。
強硬な移民排斥路線を打ち出したサルコジ大統領の政権下で成立したこの法律の正式名称は、「公共空間において顔を隠すことを禁止する2010年10月11日法律」という。これは、宗教的シンボルの着用を禁じるものではなく、もはやライシテ原則に拠るものではない。イスラモフォビーに発した、公共の安全のための治安政策なのだ。

筆者はこう批判している。
「そもそも奇妙なことに、2010年10月11日法には目的規定がない。1789年人権宣言5条は、『法律は、社会に害をなす行為にかぎりこれを禁止することができる』と定める。公共空間で顔を隠すことがライシテ原則を侵害するとはいえないとすると、何を侵害するのか? 同法に賛成した多数派の主流は、公共の安全を害すると同時に社会生活上の最小限の義務に反するという驚くべき主張をした。社会生活上の最小限の義務とは、人前では顔を見せるものだというフランス共和国のマナーなるもののことである。2010年10月11日法によってフランスの公共空間は道徳化するのであるが、現実にこの道徳によって公共空間から排除されるのは、ブルカやニカブを着用するムスリムの女性である。実質的に一部のムスリム女性だけが同法のターゲットになっているといえるのである。それゆえ、この法律をブルカ禁止法と呼ぶことには充分理由がある。」

筆者は結語として次のように言う。
フランス共和国の標語は《自由、平等、友愛》である。しかし、このうちの「友愛」は相次ぐテロ対策によって「安全」に取って代られてきている。それとともに、以上のようなイスラモフォビーの法的表現というべき立法によって、「自由」・「平等」も変質しつつある。フランス共和国は、いわば戦う原理主義的な共和国と化している。

フランスの現実はなんとも暗く重い。この論文は、「憲法9条実現のために」とするシリーズとして執筆されたものである。格差・差別や貧困が、憎悪と対立を生んで、平和や安全を脅かす。格差と貧困を解消し、差別のない寛容な社会こそが平和をつくり出す。まことに示唆的で教えられるところが多い。
(2016年2月3日)

「法曹養成制度はこのままでよいのか」ー第46回司法制度研究集会報告

本日(10月31日)は日本民主法律家協会恒例の第46回司法制度研究集会。本日のテーマは、「日本の司法と大学を考える」。これに、「法曹養成と法学教育・研究の現状と課題」という副題がついている。

集会案内の問題意識は、以下のとおりである。
「わが国の法曹養成と法学教育・研究は、危機的状況にあります。
『文系学部廃止』を打ち出した6月8日付文部科学大臣通知は、国家による学術統制、大学の自治破壊ではないかと、社会に衝撃を与えました。法学部はどうなるのでしょうか。
 6月30日付法曹養成制度改革推進会議決定は、弁護士激増の弊害を顧みず司法試験合格者1500人以上とし、司法試験合格率の低い法科大学院は切り捨てて『合格率7〜8割』を実現し、上位の法科大学院だけを守ろうとしています。法曹志願者や法学部進学者は年々激減していますが、このような政策で法曹や法学部の魅力は取り戻せるでしょうか。
 いま大学・大学院・法曹界で何が起こっているのかを、研究者と弁護士が共有し、危機的状況をどのように克服していくべきかを共に考える場にしたいと思います。」

私の世代は、法曹養成は法曹界の役割と思ってきた。法曹各界の共同を前提としつつも、最高裁が責任を持つ体制が当然なのか、弁護士会がイニシャチブをとるべきなのか。大学が、従って文部行政が法曹養成に関与することは考えなかった。

大学の法学教育は、学生にリーガルマインドを身につけさせることを目的としてきた。法の支配が貫徹する建前のこの社会で、合理的な法的思考と行動ができる人材を育成することだ。人類の普遍的な知が積み重ねてきた法的教養の教授が大学の法学教育の目的と言ってよい。だから、法学部出身者は「つぶしがきく」人材として、社会の至るところで活躍の場を与えられてきた。その中の少数が研究者となり法曹を目指すとしても、大学教育が実務法律家を育成する法教育を意識することはない。法学教育を修了していることと司法試験受験資格のリンクはなく、大学の教養課程を終えている者には広く司法試験の門戸が開かれていた。

法曹養成は、法務省が実施する司法試験に合格した者に対して、最高裁が運営する司法研修所で行われてきた。ここでは、裁判所・検察庁・弁護士会の協力の下に、民事刑事の裁判実務、民事刑事の弁護実務、そして検察実務について、法曹としての基本技術を学ぶ。この修習期間の2年間は、将来の志望に関わりなく統一修習の理念が大切にされた。修習生は公務員に準じる地位にある者として修習専念義務が課せられ、給与が支給された。

この制度が、10年前にがらりと変えられた。法曹養成の根幹をなす機関として各大学に法科大学院(ロースクール)が創設され、法科大学院卒業が新司法試験の受験資格となった。司法試験合格後の司法修習は1年に短縮され、給費制ではなくなった。本日聞いた話では、かつての司法修習生への給費の財源の規模は、法科大学院への補助金財源とちょうど見合いになっている、という。

かつては、「法曹養成は司法の仕事」「法学教育・研究は大学の仕事」であった。制度変更後は、「日本の司法と大学」が法科大学院という新たな共通項をもつようになった。司法には司法官僚と法務官僚とが関与し、大学の運営には文科官僚が大きな影響力を持つ。そして、文科官僚には「永田町の先生方」が君臨している。

制度改変以来10年。その功罪が、司法界と大学の双方に何をもたらしているのかを検証しようというのが本日の司研集会のテーマである。意識されている最大の問題点は、法曹養成に文科省が強く関与するようになったことの弊害。ロースクール側から、文科省の見識に欠けた強権ぶりに振り回されている実態が報告された。

本日の集会の報告は3本。いずれも充実したものだった。
「大学政策と人文・社会科学─6.8文科相通知をめぐって」小森田秋夫(学術会議第1部会長)
「法曹養成制度改革の現状と問題点─弁護士激増の顛末と法科大学院の未来」森山文昭(弁護士、愛知大学法科大学院教授)
「孤独なひとり芝居から希望の持てる協働の場へ─ 自治の観点から考える」戒能通厚(名古屋大学・早稲田大学名誉教授)

なお、戒能氏の論題中の「孤独なひとり芝居の場」とは、法科大学院の現状を揶揄した表現。これを「希望の持てる協働の場」へ変革するにはどうすればよいかという問いかけである。司法の理念に従った法曹養成としても、また、大学の法学教育の質の点においても、現行制度は失敗だったという悲観論がメインのトーンとなった。フロアーの発言では、「法科大学院は、大学の自治・学問の自由破壊のために送り込まれたトロイの木馬ではないか」という意見さえ飛び出している。その詳細は、「法と民主主義」の12月号に掲載される。読み応え十分なものとなるはず。

冒頭の森英樹日民協理事長の開会の挨拶、そのあとの3本の報告と質疑応答意見交換、そして新屋達之(日民協司法制度委員会副委員長)の「まとめと閉会の挨拶」まで、一貫して底通するものは、反知性主義批判であったように印象を受けた。

本来、司法も大学も専門知に裏付けられ高い倫理に支えられた分野である。日本においては、両者ともにルーツは支配の道具であったにせよ、理念においては政権や財界の思惑による介入を許してはならない。いま、政権の反知性主義が乱暴に両分野に介入を試みている。

学問の基底にある知は、法や法学の核をなす知と同質のものであるはず。ところが、司法試験や法科大学院の授業が、学問から離れた法的スキルの錬磨だけを目的とし、その習得に終始しているのではないか。学問や知性・論理から遊離した場で、養成された法曹が憲法の想定する人権の擁護者たりうるだろうか。

また、政権の学問の府への攻撃が激しい。人類の叡智が積み上げてきた知性や論理や理念は、政権には邪魔な存在としか映らない。経済優先の社会に、文系の学問は不要との6.8通知は政権のホンネをよく語るものなのだ。

明るい展望を示す集会とはならずに、厳しい現状の問題点を確認する集会となった。おそらくは、司法や大学だけでなく現在のあらゆる分野が同質の問題を抱えているのだろう。厳しくとも、よりよい司法制度を作っていく課題に邁進しなければならない。
(2015年10月31日・連続944回)

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