澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

第49回司法制度研究集会 ― 「国策に加担する司法を問う」

本日(11月17日)は、日本民主法律家協会が主催する第49回司法制度研究集会。テーマは、「国策に加担する司法を問う」である。

独立した司法部存在の意義は、何よりも立法部・行政部に対する批判の権限にある。立法部・行政部の活動が憲法の定めを逸脱し国民の人権を侵害するに至ったときには遠慮なくこれを指摘し、批判して国民の人権を救済しなければならない。たとえ、国策の遂行に対してでも、司法が違憲・違法の指摘を躊躇してはならない。当然のことだ。

それが、「国策に絡めとられる司法」「国策に加担する司法」とは、いったいどうしたことだ。日本の司法は、そう指摘されるまでに落ちぶれたのか。

われわれは、違憲審査権行使をためらう裁判所の司法消極主義を長く批判し続けてきた。「逃げるな最高裁」「違憲判断をためらうな」「憲法判断を回避するな」と言って来たのだ。

ところが、最近の判決では、司法部が積極的に政権の政策実現に加担する姿勢を示し始めたのではないだろうか。つまりは、われわれが求めてきた「人権擁護の司法積極主義」ではなく、「国策加担の司法積極主義」の芽が見えてきているのではないかという問題意識である。言わば、「人権侵害に目をつぶり国策遂行に加担する司法」の実態があるのではないか。これは社会の根幹を揺るがす重大な事態である。

冒頭、右崎正博・日民協理事長の開会の挨拶が、問題意識を明瞭に述べている。

これまでの長期保守政権下における裁判官人事を通じて、行政に追随する司法という体質が形成された。その結果として、国策を批判しない司法消極主義が問題とされてきた。しかし、昨今の幾つかの重要判決は、むしろ政権の国策に積極的に加担する司法の姿を示しているのではないか。

国策は民主主義原理によって支えられているが、民主主義原理の限界を画するものが立憲主義の原理、すなわち人権という価値の優越である。日本国憲法は、民主主義原理と立憲主義とのバランスの上に成立している。そのような憲法のもとで、はたして現実の司法は日本国憲法の理念を実現しえているのか。

この問題意識を受けての基調報告が、岡田正則氏(早稲田大学・行政法)。「国策と裁判所―『行政訴訟の機能不全』の歴史的背景と今後の課題」と題する講演。そして、国策に加担した訴訟の典型例として、沖縄・辺野古訴訟と原発差し止め請求訴訟の2分野からの問題提起報告。「国策にお墨付きを与える司法─辺野古埋立承認取消訴訟を闘って」と題して沖縄弁護士会の加藤裕氏と、「大飯原発差止訴訟から考える司法の役割と裁判官の責任」と題する樋口英明氏(元裁判官)の各報告。その詳細は、「法と民主主義・12月号」(12月下旬発行)をお読みいただきたい。いずれの報告も、有益で充実したものだった。参加者の満足度は高かったが、同時に現実を突きつけられて暗澹たる気持にもならざるを得ない。

たいへん興味深かったのは、辺野古弁護団の加藤さんと、大飯原発差止認容の判決を言い渡した樋口さんの語り口が対照的だったこと。淀みなく明晰で理詰めの語り口の加藤さんと、人柄が滲み出た穏やかな話しぶりの樋口さん。鋭い切れ味の加藤さんと、抗いようのない重い説得力の樋口さん。加藤さんは沖縄の民意を蹂躙する政権の国策に加担した判決を糺弾する。樋口さんは国策加担という言葉を使わないが、誰にもそのことが分かる。お二人の話しぶりの対比を聴くだけても、今日の集会に参加の甲斐はあった。

私は樋口さんには初めてお目にかかった。この人なら、当事者の言い分に耳を傾けてくれるだろうという、裁判官にとっての最も必要な雰囲気を持っている。その樋口報告は、私が理解した限りで次のようなものだった。

3・11福島第1原発事故後の原発差し止め訴訟では、認容判決は私が関わったものを含めて2件しかない。棄却判決は十指に余る。「どうして原発差し止めを」と聞かれるが、原発は危険で恐い物だという思いがまずある。差し止めを認めなかった裁判官に、「どうして恐くないのか」聞いてみたい。

また、自分の頭で考えれば当然にこの危険な物の差し止めの結論となるはず。自分の頭で考えず、先例に当てはめようという考え方だから差し止め請求棄却の結論になるのではないか。

危険とは(1)危険が顕在化したときの被害の大きさ
    (2)被害が生じる確率
の2面で測られ、通常この2面は反比例する。一方が大きければ他方が小さい。ところが、原発は両方とも大きい。

原発事故の桁外れの被害の大きさは福島第1原発事故で実証されている。普通、事故の機械は運転を止めれば被害の拡大を阻止できるが、原発はそうはいかない。「止める⇒冷やす⇒閉じ込める」が不可欠で、福島の6基の事故ではそれができなかった。だから、福島第1原発事故の被害があの程度で済んだのは、いくつもの好運の偶然が重なった結果に過ぎない。その僥倖の一つでも欠けていれば、首都東京も避難区域に入っていたはずなのだ。

また、原発事故が起こり被害が生じる確率はきわめて高い。そもそも、基準地震動を何ガルに設定するか極めて根拠が薄い。地震学は未成熟な学問分野というべきで地震予測の成功例はない。気象学に比較してデータの集積もごく僅少に過ぎない。しかも、原発の規準地震動は、通常の木造家屋よりも遙かに低い。その設計において耐震性は犠牲にされている。それが、世界の地震の巣といわれる危うい日本の地層の上にある。

差し止め認容判決の障害は行政裁量といわれるが、既に日光太郎杉事件判決(東京高判1973 年)で十分な批判がなされている。自分の頭でものを考えれば、人格権に基づく原発差し止めも同様の結論になるはず。

会場からは、「日の丸・君が代」強制問題原告からの訴えもあった。これも国策だ。しかも軍隊の匂いがする国策の強制。自分の頭でものを考えず、先例追随のコピペ判決裁判官が、国策加担判決を積み重ねている。「先例追随主義」と「国策加担」とは紙一重というべきものなのだろう。

あらためて思う。事態は深刻である。
(2018年11月17日)

国策に加担する司法を問うーー第49回司法制度研究集会へのお誘い

日本民主法律家協会は、自らを以下のとおり紹介している。

 1961年10月の結成以来、一貫して憲法を擁護し、平和と民主主義と人権、そして司法の民主化を追求する運動の先頭に立ってまいりました。

協会がメインの守備範囲と定めている領域が、憲法と司法である。憲法の分野では、日本国憲法の明文改憲も解釈改憲も阻止して、平和と民主主義と人権を擁護すること。そして、「司法の民主化」とは、日本国憲法が掲げる憲法価値を顕現する司法の実現である。

1970年代の司法反動反対運動でも、2000年代の司法『改革』の時代にも、協会は司法の現実を批判して憲法が想定する司法像を追求し続けてきた。その舞台となったものが、毎年開催される「司法制度研究集会」である。今年は、その第49回目となる。

テーマは「国策に加担する司法を問う」という、かなり悲観的なものだ。これまで、われわれは司法消極主義を批判してきた。「逃げずるな最高裁」「憲法判断を回避するな」と言ってて来たのだ。

ところが、安倍長期政権の継続とともに、最高裁は変わってきたのではないか。むしろ、積極的に政権の政策実現に加担する姿勢を示し始めたのではないだろうか。つまりは、われわれが求めてきた「人権擁護の司法積極主義」ではなく、「国策加担の司法積極主義」の芽が見えてきているのではないかという問題意識である。これは重大な事態ではないか。沖縄・辺野古訴訟と、原発差し止め訴訟を具体的素材に、この問題意識を検証する。ぜひ、ご参加を。

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国策に加担する司法を問う
第49回司法制度研究集会へのお誘い

日時 2018年11月17日. 午後1時~5時 集会終了後、懇親会
会場 東京・永田町 全国町村会館ホールB( TEL 03-3581-0471(代表))
   有楽町線・半蔵門線・南北線 「永田町駅」3番出口徒歩1分
参加費 1000円(学生・院生・修習生500円)

最近、国の政策の根幹に関わる事件において、国の政策に積極的に加担するような判決が目立っています。
2016年には、厚木基地自衛隊機飛行差止を認める1・2審判決を逆転した最高裁判決(12月8日)、「普天間の危険を除去するには辺野古に新基地を建設するしかない」と断じて沖縄県知事による辺野古埋立承認取消を違法とした福岡高裁那覇支部判決(9月16日)を支持した最高裁判決(12月20日)。

そして今年は、大飯原発差止を認める1審判決を逆転した名古屋高裁金沢支部判決(7月4日)、君が代不起立による再雇用拒否を違法とする1・2審判決を逆転した最高裁判決(7月19日)、国に諫早湾開門を命じる確定判決を無効とした福岡高裁判決(7月30日)、伊方原発差止を認める仮処分決定を取り消した広島高裁決定(9月25日)等々が続いています。

憲法と人権が踏みにじられる政治状況の中で、司法には人権の砦としての役割を果たすことが期待されているにもかかわらず、「司法消極主義」をも踏み越え、国策に積極的に加担するような司法判断が増えていることは重大事態です。

今年の司研集会は、こうした近時の司法判断の概要とその原因を探り、これにどう対抗すべきかを論じ合う集会にしたいと考えています。
行政法の岡田正則教授の基調報告、辺野古関連訴訟の弁護団の中心を担う沖縄の加藤裕弁護士と、「豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富」という珠玉の大飯原発差止一審判決を書かれた樋口英明元裁判官から問題提起をしていただきます。ふるってご参加下さい。

●基調報告
【国策に加担する司法を問う】(仮) 岡田正則氏(早稲田大学・行政法)
早稲田大学大学院法務研究科教授。専門は行政法。著書に『辺野古訴訟と法治主義─行政法学からの検証』、『判例から考える行政救済法』(ともに共著)、『国の不法行為責任と公権力の概念史─国家賠償制度史研究』など。

●問題提起
【国策にお墨付きを与える司法──辺野古埋立承認取消訴訟を闘って】
加藤裕氏(弁護士)
1992年沖縄弁護士会に弁護士登録(司法修習第44期)。普天間基地爆音訴訟、辺野古埋立承認取消訴訟等、沖縄の基地関連訴訟を数多く担当。
2012年度沖縄弁護士会会長。2017年度日弁連副会長。著書に『憲法と沖縄を問う』(共著)など。

●問題提起
【大飯原発差止訴訟から考える  司法の役割と裁判官の責任】
樋口英明氏(元裁判官)
元裁判官。1983年任官(司法修習第35期)。福岡、静岡、名古屋等の地裁・家裁、大阪高裁等を経て、2012年4月より福井地家裁。2014年5月大飯原発差止判決、2015年4月高浜原発再稼動差止仮処分決定。2017年8月名古屋家裁で定年退官。『世界』2018年10月号に「原発訴訟と裁判官の責任」。

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お申し込み

下記にご記入のうえ、FAXで 03 – 5367-5431(協会本部事務局)まで送信ください。
※11月12日までにお申込みをお願いします。(当日参加も受け付けますが、準備の都合上、なるべくお申込をお願いします)
■第49回司法制度研究集会に
参加します。

■講演終了後の懇親会に
(会場:1階レストラン・ペルラン/ 会費:4,000円)
・参加します  ・参加しません

TEL FAX

お名前

 

 

日本民主法律家協会
〒160 – 0022 東京都新宿区新宿1-14 – 4 AMビル2F
TEL 03-5367- 5430 FAX 03-5367- 5431
Mail info@jdla.jp URL http://www.jdla.jp/
(2018年10月13日)

49年前は「司法反動阻止」、今や「安倍改憲阻止」。

10月3日気の置けない友人弁護士10名余と函館に宿泊して旧交を温めた。49年前に司法修習同期をともにした同窓会である。「司法反動阻止」や「阪口君罷免撤回」の運動をともにした親しい仲間だけの集まり。

思いがけなくも、集合は立派な会議室だった。宴会の前にまずは「会議」のスケジュール。その議題は二つ。一つは、「森友事件告発」問題。そして、「安倍改憲阻止」の課題。

なぜ、森友事件関連の諸告発がいずれも起訴に至らなかったのか。どうしたら、検察審査会で起訴相当の決議を得ることができるか。有益な情報交換と議論が交わされた。

そして、「安倍改憲」の情勢をどう見るか。阻止の展望がもてるか。その阻止のために、われわれは何ができるか、何をなすべきか。大幅に時間を超過して宴会の開始が遅れた。

それぞれの近況報告が各自各様で面白い。求道者のごとく(ペイしない)仕事に没頭している者もいれば、仕事は妻と子に任せて主夫業専念者もいる。が、初心を忘れている者はない。今の共通の関心は、徹底してアベを叩くこと。アベを叩くことで改憲の危機を乗り越えなければならないということ。深夜まで久しぶりに青くさい議論が続いた。

宿は、湯の川温泉の立派な旅館だったが、ギョッとするものを見せられた。イヤでも見ざるを得ない場所に誇らしげに飾られた黄綬褒章の額装である。珍しいものでもなかろうが、私には初めて見る物。しげしげと眺めた。

この宿の経営者であろう者が、天皇から「褒められたシルシ」として与えられたリボンと賞状。「農業、商業、工業等の業務に精励し、他の模範となるような技術や事績を有する者」に対して授与されるという「黄綬褒賞」。

芥川の「侏儒の言葉」の一節が思い起こされる。「わたしには実際不思議である。なぜ軍人は酒にも酔わずに、勲章を下げて歩かれるのであろう?」
私にも実際不思議である。なぜこの旅館主は、酒にも酔わずに、こんなオモチャをありがたがって受け取り、飾って人にまで見せることができるのであろう?  接客業者のあまりに無神経なオモテナシ。

褒賞授与状の主語は、「日本国天皇」であった。さすがに、今どき「朕」とは言わないのだ。
「日本国天皇は、某が××として、よく職務に精励したことについて黄綬褒章を授与する」という上から目線の、まことに素っ気ない文章。せめて、「あなたが永年職務に精励され多くの人に尽くされたことに敬意を表し、国民を代表してこの章を授与します」くらいのことが言えないのだろうか。もっとも、こんな物をもらってありがたがる者の支えあっての「象徴天皇制」なのだ。

御名すなわち明仁の署名はなく、国璽が押捺されていた。そして、内閣総理大臣安倍晋三と内閣府勲章局長の副書。

もらう人によっては有り難いのだろうが、こんな物を見せつけられて、私は不愉快。この宿には二度と来るまいと決意を固めた。

もう一泊、少人数で白老の虎杖が浜へ。こちらは、天皇も皇族も無関係。素晴らしい好天と、入り日と星空。そして、翌朝の水平線からの日の出。こちらのホテルは、大いにまた来ようという気になった。
(2018年10月7日)

「法と民主主義」最新号紹介 ― 特集「原発と人権」と、禰屋町子さんとの「ランチ」など。

「法と民主主義」は年10回刊。2・3月と8・9月が合併号となる。このほど本年(2018年)8・9月号(№531)が発刊となった。

編集委員の一人である私が言うのもやや気が引けるが、原発問題に関心をもつ法律家・ジャーナリストには、必見の内容である。
ぜひ、下記URLからご注文を。
https://www.jdla.jp/houmin/
https://www.jdla.jp/kankou/itiran.html#houmin

特集のタイトルは、ずばり「原発と人権」。「人間・コミュニティの回復と原発のない社会をめざして」というやや長い副題が付せられている。第4回「全国研究・市民交流集会 in ふくしま(2018.7.28~7.29)」の報告集となっている。集会報告の録音を起こしたものではなく、あらためて執筆していただいたもの。

目次をご紹介しておこう。
★特集「原発と人権」人間・コミュニティの回復と原発のない社会をめざして 第4回全国研究・市民交流集会 in ふくしま(2018.7.28~7.29)より
◆特集にあたって………編集委員会・丸山重威
◆開会挨拶………牛山積
◆歓迎の挨拶………中井勝己
●全体会報告
◆記念講演:フクシマは何を問うているのか………高橋哲哉
◆報告:福島第一原発の現状………山川剛史
●被害者・被災地の声
◆原発推進暴走国策と東電の暴利追求に闘い抜く………早川篤雄
◆帰還困難区域のふるさと・津島に想う………佐々木 茂
◆福島県内に居住し続けた人々の被害について………伊東達也
◆営業努力がない、と賠償打ち切り「被害ある限り賠償」のウソ………斎藤朝興
◆裁判所からの御墨付き「区域外避難」………鴨下祐也
◆国連人権理事会での訴え 無用な被ばくを避けるための情報コントロール権の確立を………森松明希子
◆報告:福島原発災害7年を経て||その復興とは何か………鈴木 浩
◆報告:先行する7判決の評価と課題(損害論を中心に)………米倉 勉
◆報告:原発差止め訴訟判決の成果と課題………井戸謙一
◆報告:「福島事故から7年、私たちの訴え」について………松野信夫
●分科会報告
◆第1分科会:福島第一原発の後始末と脱原子力社会への転換………水藤周三
◆第2分科会:原発災害と政策転換………礒野弥生
◆第3分科会:原発事故賠償の課題と展望………大坂恵里
◆第4分科会:核兵器と原発………内藤雅義
◆第5分科会:原発政策の転換とメディア………林 勝彦
◆閉会挨拶………塩谷弘康
◆お知らせ………「原発と人権」第4回全国研究・市民交流集会inふくしま実行委員会

★特集外

司法をめぐる動き・裁判手続等の「全面IT化」に向けた急激な動き その重大な問題点………正木みどり
*司法をめぐる動き・7月/8月の動き………司法制度委員会
*メディアウオッチ2018●《進む不正な情報支配》受け手の情報環境への視点を 安倍キャンペーンと沖縄ヘイト………丸山重威
*あなたとランチを〈№39〉●「普通のおばさん」ってほんと………ランチメイト・禰屋町子さん×佐藤むつみ
*改憲動向レポート〈№7〉憲法改正に「人生をかける」とまで発言する安倍首相………飯島滋明

時評●ジェンダー差別をなくすことはすべての差別をなくすことに通じる………杉井静子
ひろば●政策の転換を!………海部幸造

◆「特集にあたって」の冒頭の一節。
 原発のパラダイムは大きく変わった…。第4回「原発と人権」全国研究・市民交流集会inふくしまを開催して確認できたことは、井戸謙一弁護士が喝破されたとおり、「原発のパラダイムは大きく変わった」ということだ。「夢のエネルギー」と大宣伝された原発も、フクシマ事故後7年半を経て、依然として政権からは「基幹電源」と位置づけられても、いくら「必要だ」と強調されて、「もう、それは無理なのだ」とみんなが納得できる状況になりつつあることは、確かではないだろうか。
 今回の集会に当たって、実行委員会は「福島事故から7年、私たちの訴え――国、東電が責任を持ち、地域と住民を守り、『原発のない社会』の実現を」と題するアピールを提案、集会で確認した。
 幅広く、自由に議論しようと、「研究集会」と銘打って始めた集会で、初めて、「被害の救済」「地域の復興」と、「原発がない社会」を確認した。これまでの研究と闘いの成果である。大切なのは、ここで示された課題と、解決への道筋をひとつ一つ実現し、実際の政治に生かしていくことである。
 今回の特集は、この集会の記録集として位置づけされている。高橋哲哉教授の基調講演ほか、この第4回集会の講演、報告をできるだけ忠実に記録した…。

特集以外の記事も充実している。その中での息抜きのスペースが、佐藤むつみ編集長のインタビュー記事、「あなたとランチを」。今号で39人目となるランチのお相手は、いまや有名人となった禰屋(ねや)町子さん。倉敷民商弾圧事件の当事者である。

そのタイトルが、『「普通のおばさん」ってほんと………ランチメイト・禰屋町子さん×佐藤むつみ』というもの。「暴虐な弾圧に一歩も退かない闘士」像を想像させる禰屋さんだが、一緒にランチをしてみると、実は「普通のおばさん」なのだという感想が標題になっている。しかし、もちろんそれだけではない。弾圧の経過や抵抗、抵抗を支えた支援の運動や、接見を絶やさなかった弁護団の献身性などが書き込まれている。お話しを直接聞き取った、428日間に及ぶ勾留期間の生活状況も興味深い。

冒頭と、末尾だけを転載させていただく。

禰屋町子さんは「倉敷民商弾圧事件」で2014年1月早朝逮捕された。2015年3月やっと保釈が通るまでなんと「428日間」1年2か月も身柄を拘束された。その間「黙秘」と「否認」を続けた。冤罪である裁判は今も続き、「刑事被告人」と呼ぱれて4年を超える。いったい町子さんに何があったのか。

取り調べの検事は「極悪人と思ったら普通のおばちゃんじゃん」と。普通のおぱさんを舐めてはいけない。わかったね。
(2018年9月30日)

日民協・司研集会に、司法の嵐の時代を想う

本日は、第48回の日本民主法律家協会・司法制度研究集会。今回はこれ以上はない大きなテーマ。「憲法施行70年・司法はどうあるべきか―戦前、戦後、そして いま」。戦前・戦後の司法制度に詳しい内田博文教授(神戸学院大学・九州大学名誉教授)の講演がメインだった。旧憲法下の「戦時司法」が、戦後、日本国憲法の制定により、果たして反省・総括され克服されたのかという視点から、憲法施行後70年の日本の司法を振り返っていただく。そして、人権保障の砦としての司法を国民の手に取り戻すにはどうしたらよいかという問題提起をしていただく、という内容。

その講演にサブタイトルが付けられた。「戦前司法への回帰?ー「公共の福祉」論から「公益及び公の秩序」論へ」というもの。戦前と比較してみて、安倍政権の今の動向は、相当にやばいところまできている、という危機感横溢した報告だった。

語られたことは、天皇の名において行われた戦前の法と司法が、新憲法下においても連続の契機を多く持っているということ。実定法の分野では治安維持法や国防保安法、戦時刑事特別法などの戦時法体系が、戦後の平時法体系に伏在していること。そして、司法を担う裁判官は、そのまま職にとどまって戦後司法の担い手となった。

戦後の司法は、国家からの独立の気概をもたなかった。現在の司法の基礎が築かれた時期(50年代)に10年にわたって2代目最高裁長官を務めた田中耕太郎がその象徴といってよい。彼は、強烈な反共主義者で、自ら「国家の番犬」を任じた。その国家が、アメリカの僕だったのだから、日本の司法はアメリカの番犬でもあった。こうして、砂川事件における在日米軍の存在を容認する「論理」が構築されたのだ。

田中耕太郎後の60年代には、少しはマシになるかに見えた司法であったが、70年代には「司法反動」の時代を迎える。この時代を代表する人物が石田和外。そして、時代を代表する事件が宮本判事補の再任拒否だ。本日、宮本さんと同期の元裁判官が、当時の裁判所の空気についてフロアーから発言をした。

「宮本裁判官の再任拒否が噂された時期、多くの裁判官がよもやそんなことはあるまいと思っていた。宮本さんの上司の裁判官も『そんなことはあり得ない』と言っていた。それだけに、宮本再任拒否の衝撃は大きかった。多くの裁判官が萎縮を余儀なくされた。以前は、自分の考えだけで判決を出すことができたが、宮本再任拒否以後は明らかに変わった。すこしでも政治がらみと思われる事件の判決に筋を通すには、身分上の覚悟を要することとなった。」

宮本さんが、13期。私が23期である。宮本さんが10年の裁判官生活を経て再任を拒否された1971年4月。時期を同じくして、23期の裁判官任官希望者7人が任官を拒否された。うち、6人が青年法律家協会の会員だった。我々にとっては明らかな、思想信条による差別だった。

差別された思想とは、裁判所・裁判官は憲法の求めるものでなくてはならないという当たり前の考え方。もう少し具体的には、裁判官は、毅然として国家権力や時の政権から独立していなければならない、とする憲法に書き込まれた思想だ。

憲法理念に忠実でなければならないとする若手の裁判官や司法修習生は青年法律家協会に結集していた。時の自民党政権には、これが怪しからんと映った。当時続いた官公労の争議権を事実上容認する方向の判決などは、このような「怪しからん」裁判官の画策と考えられた。

いつの世も、まずお先棒をかつぐ輩がいる。当時の反共雑誌「全貌」が特集で青年法律家協会攻撃を始めた。自民党がこれに続き、石田和外ら司法の上層部はこの動きに積極的に迎合した。こうして、裁判所内で「ブルーパージ」と呼ばれた、青年法律家協会会員への脱会工作が行われ、これが宮本再任拒否、23期任官拒否となった。23期の修了式で任官拒否に抗議の発言をした阪口徳雄君の罷免という事態も加わって、「司法の嵐」といわれる時代を迎えた。

最高裁の暴挙には当然大きな国民的抗議の世論が巻き起こった。そのスローガンは、「司法の独立」であった。行政権からも立法権からも独立して、多数決原理とは異なる理性の立場から、人権を擁護し憲法理念に忠実な司法を形づくらねばならない、という大きな世論の形成があった。政府の番犬ではない、国家権力から独立して、主権者国民に奉仕する司法が求められたのだ。

1971年以後、裁判官の多くは、青年法律家協会とは絶縁して無難にその職業生活を全うした。しかし、いつの世にも、どこの世界にも、少数ながら硬骨漢といわれる人物はいる。そのような裁判官は差別的な処遇に甘んじた。昇格昇給や任地で差別され、政治的に影響の大きな事件の担当からは排除され、合議体の裁判長からも外されることで後輩裁判官との接触を絶たれた。

先日、そのような境遇で筋を貫き通した同期の元裁判官と話をする機会があった。裁判官としての仕事は充実し能力にも自信をもっていたが、明らかに任地で差別され出世が遅れていた。その彼に、裁判官生活の最後の一年を「所長に」という話があったという。即答せずに妻と相談したら、即座に反対されたそうだ。「これまで筋を通してきたのだから最後までその姿勢を貫いたらいい」。その一言で、結局所長にはならず終いだったという。立派なものではないか。

46年前の4月に司法修習を終えた23期は、「司法の嵐」のさなかに、船出をはじめた。同期の多くの者にとっては、憲法の理想とはほど遠い反動的最高裁との対決が、法曹としての職業生活の原点となった。この原点としての姿勢を貫いている仲間の存在は、痛快であり希望でもある。安倍自民党の策動、軽視はし得ないが、それに対抗する力量も各界に存在しているはずではないか。

本日の報告の全体像は、「法と民主主義」12月号に特集される。ぜひ、これをお読みいただきたい。
(2017年11月23日・連日更新第1698回)

第48回 日民協・司法制度研究集会ご案内

日本民主法律家協会の秋の行事として定着している司法制度研究集会(「司研集会」)が、今年で48回目となる。今回のテーマは、「憲法施行70年・司法はどうあるべきか―戦前、戦後、そして いま」。

憲法施行70年というスパンで日本の司法制度を俯瞰しようという試み。よく知られているとおり、戦後民主化の過程で裁判官にパージはなかった。天皇の名による裁判に従事した戦前の裁判官が、そのまま戦後の日本国憲法の砦と位置づけられた司法を担ったのだ。昨日までは不敬罪を裁き治安維持法で有罪を宣告し、あるいは京城の裁判所で朝鮮独立運動弾圧に一役買っていた裁判官たちが、人権の守り手たるべき地位に就いた。昨日までは国体の護持のために、今日からは基本的人権擁護のために…。この転身はどのくらい成功したのだろうか。

それから70年。戦後の司法は何をし、何をしなかったのか。この70年、憲法の理念に照らして、ふさわしい司法であったであろうか。政権によって露骨な憲法攻撃が行われている今、司法はどうすれば憲法理念の守り手としての本来の使命を達成できるのだろうか。この実践的課題に興味をもつ方のご参加を呼びかけたい。

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日本民主法律家協会(日民協)では,次のとおり,「第48回司法制度研究集会」を開催します。

日時:11月23日(木・祝)午後1時~5時
場所:全国町村会館ホールA(地図は下記URLをご覧下さい)
http://www.jdla.jp/shihouseido/2017.pdf
テーマ:憲法施行70年・司法はどうあるべきかー戦前・戦後,そしていま
基調講演:内田博文先生(九州大学名誉教授・神戸学院大学教授)

プログラム
受付開始 ………… 12 :30
開 会  ………… 13 : 00
開会の挨拶   右崎正博(日本民主法律家協会理事長)
基調報告…………………13 : 10~1 4 : 40
内田博文(九州大学名誉教授/神戸学院大学教授)

…………休憩…………

■特別発言 ………………………14 : 55~15 : 40
内田先生の基調報告をうけ、花田政道先生(元裁判官・弁護士)、岡田正則先生(早稲田大学教授・行政法研究者)などからの特別発言を予定しています。
■質疑応答・討論……………15 : 40~16 : 45
■集会のまとめ………………16 : 45~17 : 00
新屋達之(日本民主法律家協会司法制度委員会委員長)

 

今年は,憲法施行70周年の年です。
安倍首相の9条改憲案,共謀罪の強行採決,臨時国会招集請求の放置,突然の解散総選挙,与党3分の2の議席獲得等々,あまりにも反憲法的な動きがあわただしく,忘れられているようですが……。
このような情勢の下,今年の日民協の司法制度研究集会は,戦前の司法制度・治安維持法,そして戦後の法制史の研究者でもある内田博文先生をお招きして,いまの状況が戦前と似ていないか,そもそも戦前の司法の責任が果たして新憲法下で反省・克服されてきたのだろうかという視点から,憲法施行後の70年の日本の司法を振り返っていただき,人権の砦としての司法を国民の手に取り戻すにはどうしたらよいかという問題提起をしていただきます。
元裁判官や行政法学者にもコメントをいただいた上で,会場からの質疑応答やご意見にもたっぷり時間をとる予定です。
どなたでも参加できますので,ぜひご参加下さい。
なお,資料準備などのため前記URLを開いて添付の申込み用紙で事前に参加申込をいただければ有り難いのですが,事前申込みがなくても自由にご参加いただけます。
みなさまのご参加を心からお待ちしております。
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日本民主法律家協会・第48回司法制度研究集会
「憲法施行70年・司法はどうあるべきか―戦前、戦後、そして いま」おさそい
日本国憲法施行70年の今年は、安倍首相による憲 法9条改憲のメッセージ、共謀罪法の強行採決、臨時国会冒頭での衆議院解散、与党が再び3分の2を維持と激動の年になり、私たちはまさに9条の改憲・戦争への道を許すのかどうかの岐路に立たされています。
こうした情勢の下、昨年の辺野古訴訟の高裁・最高裁判決などを見ると、司法が「政治」に積極的な支持を与えており、トランプ政権下のアメリカの司法と比べても、日本の司法の「弱さ」を痛感させられます。
そこで、今年の司法制度研究集会は、戦前・戦後の司法制度に詳しい内田博文教授(神戸学院大学・九州大学名誉教授)をお招きして、旧憲法下の「戦時司法」が、戦後、日本国憲法の制定により、果たして反省・総括され克服されたのかという視点から、憲法施行後70年の日本の司法を振り返っていただくと共に、人権保障の砦としての司法を国民の手に取り戻すにはどうしたらよいかという問題提起をしていただきます。
また、講演を受けて、元裁判官、行政法研究者等の方々からそれぞれの視点でご発言をいただくことを予定しております。
どなたでも参加できます。ふるってご参加下さい。

内田博文先生略歴
(九州大学名誉教授/神戸学院大学教授)
九州大学法学部教授を経て、2010年より神戸学院大学法科大学院教授。日本刑法学会、ハンセン病市民学会(共同代表)等を歴任。著書に「刑法と戦争 戦時治安法制のつくり方」(2015年 みすず書房)、「治安維持法の教訓 権利運動の制限と憲法改正」(2016年 みすず書房)、「治安維持法体制を問う―刑事法の戦後」(近刊予定岩波書店)等多数。
日 本 民 主 法 律 家 協 会
〒160-0022 東京都新宿区新宿1-14-4 AMビル2階
TEL 03-5367-5430 FAX 03-5367-5431
(2017年11月12日)

安倍改憲策動に抗する日本民主法律家協会第56回定時総会

本日、日本民主法律家協会の第56回定時総会。毎年総会議案書を読むたびに、日本国憲法が常に危機の事態にあることを痛感させられる。

考えてみれば、途中にやや途切れはあったにせよ、1955年以来の長期保守政権である。日本国憲法を敵視し、改憲を党是にするという保守政党が政権を握り続けてきたのだ。とりわけ今は、保守というよりは右翼というべき安倍政権。こんなものが権力を握っているのだから、「改憲」の危機でもあり、憲法理念がないがしろにされる政治がまかり通っている「壊憲」の危機でもあるのだ。

それと同時に、毎年総会議案書を読むたびに感じるのは、国民の政権への抵抗による改憲阻止運動の粘り強さである。それは同時に、憲法理念の徹底を求めて闘う種々の国民運動の逞しさでもある。

おぞましい安倍政権である。発足以来、教育基本法を改悪し、特定秘密保護法を制定し、戦争法を強行し、共謀罪も通した。しかし、その都度大きな抵抗を受け、各法律も使いにくいものとなっている。そして、安倍政権の危険な本性が多くの国民に知られるようになってきている。安倍と安倍を擁立する右翼勢力の憲法敵視攻撃の激しさにもかかわらず、抵抗勢力はよくこれに耐え凌いできた。

結局のところは、緊張感張り詰めたせめぎあいが続いている。こうして、今年が憲法施行70周年の年。この70年、権力に抗して改憲を阻止し続けることで、この日本国憲法を自分自身のものとして、日々獲得してきたのだ。

この一年の共謀罪反対運動と改憲阻止に向けた運動での総括は、日本民主法律家協会の果たした役割を自信をもって報告するものだった。そして、改憲を阻止するためには野党と市民の共闘を緊密にそして大きなものとする以外になく、各野党の紐帯のために法律家が積極的役割を担おうと、確認された。

本日の総会人事で森英樹理事長が退任した。一抹の淋しさを感じる。そして、新理事長に右崎正博さんが就任。「暴走する安倍政権の壊憲策動とどう闘うか」と題する記念講演をされた。自ずと、安倍のいう「9条3項『加憲』案」に、話題は集中した。

 

後法は前法に優先する。2項がそのまま手つかずであったとしても、これと矛盾する3項が付け加えられると、2項の「戦力不保持」「交戦権否認」が空文化することになる。その右崎記念講演詳細レジメの「結び」の部分だけをご紹介する。

この秋が焦点となるであろう、暴走する安倍政権の改憲策動とどう闘うか。9条3項「加憲」案の日本国憲法との不整合性を徹底して理論的に明らかにするとともに、広く国民にその危険性を伝え、改憲の発議を阻止する道助を組織していく必要がある。
すでに特定秘密保護法、安保法制と政府与党による強行採決に対して、国民的な共同が組まれ、2016年7月の参議院選挙ではじめて野党の選挙協力により大きな成果を上げた経験がある。共謀罪の与党・維新による強行採決に対しても、同じ国民的な共同が組まれた。これが安倍改憲策動への大きな障害となり得る。
6月8日野党4党の党首が国会内で会談し、「安倍政権の下での憲法9条の改悪に反対すること」など、当面する政治課題での対応とともに、次の総選挙における4野党の協力について合意したと伝えられた。公権力を私物化する安倍政治を総括するとともに、この秋に向けて、安倍改憲阻止のために国民的な共同を作ることが求められている。

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日本民主法律家協会第56回定時総会アピール
   憲法の危機に立ち上がろう
安倍音三政権は、特に2012年の第2次政権以降、「戦後レジームからの脱却」を唱え、国民の強い反対の声を押し切って、特定秘密保護法の強行成立、国家安全保障会議の創設と国家安全保障戦略の決定、武器輸出三原則の廃止と防衛装備移転三原則の決定、武器の共同開発の推進、日米防衛協力ガイドラインの第3次改定、戦争法(安保関連法)の制定、刑事訴訟法・盗聴法(通信傍受法)改悪、そして今年6月15日の共謀罪法案の強行成立と、矢継ぎ早に憲法破壊の法制、施策を進めてきました。
こうした経緯を経て、安倍首相は今年5月3日以降、「憲法9条1項2項を残したまま3項を加え自衛隊を書き込む」と提案し、秋の臨時国会で自民党改憲案を国会に提出、来年6月を目標として通常国会で改憲の発議、国民投票を経て2020年新憲法施行という改憲スケジュールを打ち出しました。
310万を超す日本人と2000万に及ぶアジアの人たちの犠牲の上に生まれた日本国憲法は、戦後70年余、日本を戦争に巻き込ませず、1人の日本人も戦争で命を落とすことなく、また1人の外国人兵士をも殺すことなく、平和創造に寄与してきました。
しかし、安倍政権は、米国の庇護の下で、沖縄基地の恒久化と「日米軍事一体化」を進め、「世界で最も企業が活動しやすい国にする」という新自由主義を推進し、教育・文化など国民の意識をも改変しようとしてきました。そして、今回、遂にその「本丸」である9条をターゲットとして、改憲の具体化に乗り出したのです。
特に、安倍政権の政治手法は、日本国憲法の下で長年積み重ねられてきた、社会や政治の民主主義的ルールを全く無視し、小選挙区制と政党交付金制度による与党内部の締め付けの強化、内閣府に一元化された官庁の人事権の恣意的運用、重要な行政上の経過を示す公文書の破棄、隠蔽など、かってないほどの独裁性を強めてきた点て重大な問題を抱えています。とりわけ第193通常国会における政府・与党の政治行動は、森友学園問題や加計学園問題など首相による政治と行政の「私物化」に対する国民からの異論や質問に答えない「問答無用」の姿勢、最大の対決法案であった共謀罪法案について「中間報告」という異例の手法で委員会採決を省略し本会議で採決を強行するなど、あまりにも強引な議事運営に終始したものでした。このような安倍政権に憲法や民主主義を語る資格はありません。
さらに、「9条を残したまま憲法に自衛隊を書き込む」とする首相の改憲構想は、公明党の「加憲」論にすり寄り、「日本会議」の論文に明らかな通り護憲勢力を分断し、憲法9条2項の戦力不保持の原則を空文化させるものです。世界有数の軍隊に巨大化し、戦争法で米軍等と共に海外で戦うようになった自衛隊を、「その存在を憲法に書きこむだけなら問題はない」という論理は成り立ちません。しかし安倍政権は、この誤った宣伝を、囲い込んだ巨大マスコミを巧妙に使って、広めようとしています。
しかし、憲法9条を守り活かすことの意義は、ここ数年、諸悪法への反対運動や「九条の会」の運動などによって、広く国民の間に共有されてきています。この度の東京都議選の結果はその証左です。私たちは、さらに進んで「安倍改憲論」の狙いを見抜き、広げ、反対してこれを挫き、併せて憲法を擁護し発展させる運動を一層発展させていかなければなりません。
私たちは、憲法を守り活かす法律家として、国民の運動の先頭に立ち、闘いを広げることを、改めてここに宣言します。日本の平和と民主主義のために、ともに頑張りましょう。
2017年7月8日
日本民主法律家協会第56回定時総会
(2017年7月8日)

「日本国憲法施行70年に際し、安倍首相の改憲発言と戦争法の発動を断固糾弾する」ー日民協声明

日本国憲法が施行されて70周年の2017年5月3日に相前後して、安倍晋三政権による憲法破壊の暴挙が相次いだ。

安倍首相は、5月1日に開催された「新憲法制定議員同盟」の集まりで、「改憲の機は熟してきた。必ずや歴史的一歩を踏み出す」と挨拶したのに続いて、5月3日に開催された改憲派の集会にビデオ・メッセージを寄せて、「憲法9条に自衛隊の存在を明記した条文を追加して、2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と述べた。また、日本維新の会が主張する憲法改正による教育無償化に関して、「高等教育についてもすべての国民に真に開かれたものとしなければならない」と述べ、実現に意欲を表明した。

同首相は、これを「内閣総理大臣としてではなく、自民党総裁としての意見表明だ」としているが、そのような手前勝手な「使い分け」はおよそ通用しない。憲法99条によって憲法尊重擁護義務を負い、かつ73条1号により「法律の誠実な執行」の事務を担って、66条3項によって「行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負う」内閣のトップとしての立場をわきまえない、憲法無視の態度に他ならない。日限を明確にし、かつ内容もきわめて具体的な改憲発言である以上、首相の権限逸脱のそしりも免れない。この問題を国会で追及されてまともに答えずに発した「読売新聞を読め」との言は、国会軽視と自らの職責の無自覚も甚だしい。

その発言内容に着目すれば、自衛隊の存在を明記する第3項の9条への追加、いわゆる「加憲」は、9条改憲の一形態に他ならず、現行憲法を「改正」する点においては、自民党の2012年改憲案と何ら異なるところはない。自衛隊の存在を合憲化する3項を加えれば、現在の9条1項と2項の意味は自ずと変わるのであり、より端的に言って、3項によって「上書き」された2項の「戦力不保持」の規定は死文化する。そして、合憲化される自衛隊は、2015年制定の安保法制(戦争法)によって集団的自衛権行使や他国軍への「後方支援」の権限を付与された自衛隊であって、「専守防衛の自衛隊の合憲化」では決してない。3項の追加を契機にして、いずれは軍法会議や緊急事態条項の提起にまで及ぶことは必至である。また、高等教育を含む教育の無償化の問題は、あえて憲法に書き込まなくても法律の制定や予算措置で実現可能なことであり、この問題の「憲法化」は、むしろ現在の日本における喫緊の教育課題であるはずのこの問題の「先送り」を意味する。

さらに、安倍政権は、GWのさなかに、北朝鮮とアメリカとの対立と緊張が激しさを増す情勢の下、安保法制によって新設された自衛隊法95条の2による「米艦防護」の「任務」を米側の要請を受けて自衛艦に付与し、自衛艦は米艦と太平洋上を並航した。ところが、安倍首相や菅義偉官房長官らは、今回の活動の内容について国会で質問されてもつまびらかにせず答弁を拒否している。もし、自衛艦の行動が米艦の軍事作戦に対応したものであれば、状況から判断して北朝鮮に対する「武力による威嚇」に他ならず、これらは国連憲章2条4と日本国憲法9条1項に違反する危険極まりない軍事行動である。

本協会は、4月19日、「軍事力で問題は解決しない!米朝対立による戦争の危機を回避せよ」を緊急声明として発表したが、その趣旨をここでも再確認したい。今回の「米艦防護」を口実にした自衛艦の行動は、安保法制とその発動が、「軍事秘密」のベールに包まれて国民と国会の監視を受けることなく行われること、その意味において安保法制は、憲法9条に違反すると同時にアジアの平和にとって役立つどころか戦争の引き金になりかねない危険極まりないものであることを如実に示した。

私たちは、以上のような安倍首相の改憲発言と安倍政権による違憲の戦争法の発動を断固糾弾するとともに、施行70年を迎えてますますその価値が高まりつつある日本国憲法を守り、アジアひいては世界の平和のためにこれを実現していくための努力を今後とも続けていくことをここに宣言する。

2017年5月11日
日本民主法律家協会
理事長  森 英樹
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以上が本日確定し発表した、日本民主法律家協会の安倍晋三改憲発言に関する抗議声明である。

論点はいくつもあるが、本声明の特色は、「自衛隊の存在を合憲化する3項を加えれば、現在の9条1項と2項の意味は自ずと変わる」ことの指摘にある。いうまでもなく、「自衛隊」は日本国憲法上の概念ではない。問題は、これを憲法に押し込むことがどのような意味を持ちうるか。単なる現状の追認にとどまるだろうか。

7・1閣議決定と戦争法によって、自衛隊とは集団的自衛権行使可能な実力組織となっている。つまり、海外で戦争遂行が可能な装備と編成を常備し、ことある折には個別的自衛権の行使を超えた実力の行使をなしうるとの解釈が可能なものとなっている。

安倍晋三が9条3項をおくことによって合憲化しようという自衛隊は、そのような「自衛隊」なのだ。けっして、「戦力にあたらない実力組織」などという無色のものではなく、戦争法によって黒く色塗りされた、戦うことのできる「自衛隊」にほかならない。その結果、「3項によって『上書き』された2項の『戦力不保持』の規定は死文化する。そして、合憲化される自衛隊は、2015年制定の安保法制(戦争法)によって集団的自衛権行使や他国軍への『後方支援』の権限を付与された自衛隊であって、『専守防衛の自衛隊の合憲化』では決してない」と説明されているとおりなのだ。
(2017年5月11日)

憲法記念日を前に訴える緊急声明(日民協)ー「軍事力で問題は解決しない!米朝対立による戦争の危機を回避せよ」

1.日本国憲法施行70年を迎える憲法記念日が近づいています。憲法は前文
で「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存す
る権利を有することを確認」しています。ところが今、朝鮮半島に「戦争の
危機」が迫っています。
私たち日本民主法律家協会は、米国および北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和
国)両国の対立から、東アジアで戦争が起きることを断固として回避し、あ
くまで話し合いによって問題解決を図るよう、米、朝両国政府に訴えるとと
もに、日本政府と韓国、中国、ロシアを初めとする東アジアの各政府が問題
を深刻にとらえ、対話による問題解決の道を開くため、あらゆる努力を傾注
することを求めます。

2.北朝鮮政府は、度重なる国連の決議にも拘わらず、核兵器および、その運
搬手段である中、長距離の弾道ミサイルの開発を進め、実験を続けてきてい
ます。これに対し、米国の新政権は、これまでの北朝鮮への経済制裁、韓国、
日本との共同訓練だけでなく、武力による制圧を計画し、近海への空母攻撃
団の派遣など圧力を強めています。そしてさらに、米国は「あらゆるオプシ
ョンがテーブル上にある」「中国が協力しなければ、独力で北朝鮮核問題を
解決する」「一線を越えれば、トランプ大統領は行動に出る」などと発言、
一方の北朝鮮も「米国が選択すれば戦争に乗り出す」「米国の無謀な軍事作
戦に先制打撃で対応する」「トランプ政権の対朝鮮政策は、歴代政権と比べ
てもさらに悪辣で好戦的」などと応酬、「宣伝戦」を続けています。
4月18日に行われたペンス米副大統領と安倍晋三首相との会談では、ペン
ス米副大統領が、「平和は力によってのみ初めて達成される」と述べたこと
に対し、安倍首相が事実上同意して、この「力による『平和』」を支えるた
めに「北朝鮮が真剣に対話に応じるよう圧力をかけていくことが必要だ」な
どと軍事的対立を煽るかのような発言をしています。
こうした日本国憲法の平和理念と正反対の動きに竿をさす安倍首相の責任
は重大であり、私たちは強く抗議します。
これらの発言は、メディアで取り上げられ、拡大され、それぞれの考え方
や思惑を越えて、世界に不安と不信を広げています。

3.私たちは、いかなる事情があろうとも、問題を武力で解決しようとする双
方の考え方を支持することはできません。
私たちは日本中をがれきにし、アジアで2000万、日本人だけで300
万を超す犠牲者を出した戦争の惨禍を経て、非戦、非武装の日本国憲法を守
り、70年を生きてきました。
しかし、今回、いずれかの国が「先制攻撃」をし、もう一方がそれに「反
撃」をすれば、米朝両国だけでなく、韓国も日本も、その戦争に巻き込まれ
多大な犠牲を出すであろうことは、火を見るより明らかです。まして、いっ
たん核兵器が実戦に使われたならば、一地域の問題ではなく、地球規模の被
害となることも必定です。
国民の生命と財産を守るべき日本政府は、こうした状況を冷静に見据え、
あくまで、朝鮮半島がそのような事態にならないよう、両国に訴えかけるな
ど、積極的な努力をしなければなりません。そして同時に、平和的な外交手
段を通じて、北東アジア地域全域の「武力によらない平和と安全保障」を追
求しなければなりません。
いま私たちは、この危機に直面して、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と
欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」とう
たった憲法前文と、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行
使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」とした憲
法九条を改めて思い起こし、「軍事力で問題は解決しない」ことを、声を大
にして訴えます。

日本政府と米朝両国、また、両国をはじめ世界の人々が、直ちに、話し合
いの呼びかけなど、そのための具体的な努力をされるよう、こころから訴え
るものです。
2017年 4月19日
日本民主法律家協会
理事長 森 英 樹

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少しだけ、私見を付け加える。
今対決すべきは、「平和は力によってのみ初めて達成される」という思想。70年前の日本国憲法制定時に、われわれはこれを採らないとした思想だ。私たちは戦争の惨禍を経て、「武力による平和」という考えを捨てて平和憲法を採択した。私たちのテーブルには、豊富な平和への選択肢がある。しかし、武力による威嚇や武力の行使による平和構築という選択肢はない。

樋口陽一氏の講演録からの引用である。
「1931年の満州事変の時、国際法学者の横田喜三郎(1896ー1993)は、「これは日本の自衛行動ではない」と断言した。その横田の寄稿を載せた学生たちの文集が手許にある。その中で横田は「汝平和を欲さば、戦への備えをせよ」とのラテン語の警句を引き、「汝平和を欲すれば平和を準備せよでなければならない」と呼び掛けた。そして文集に、学生が「横田先生万歳!」「頑張れ!」と共感を書き込んでいる。恐らく、この2人の学生は兵士として出征しただろう。再び母校に戻ってくることはなかったかもしれない。」

今必要なのは、「平和は力によってのみ初めて達成される」に対置される、「平和を欲するがゆえの平和を準備」にほかならない。平和を欲して「平和を準備する」その一歩は、とにもかくにも平和を望む声をあげることだ。日民協の声明は、その一つの試み。その声明を紹介する私のこのブログも、そのような小さな声の一つ。

日民協の緊急声明。是非とも、転載拡散をお願いしたい。

(2017年4月19日)

「法と民主主義」516号(『特集・象徴天皇制をめぐる今日の議論』)購入の再度のお願い

過日(3月19日)、当ブログで日民協機関誌「法と民主主義」の516号(『特集・象徴天皇制をめぐる今日の議論』)購読のお願いをしたところ、昨日(3月21日)までに21人の方から当ブログを契機の購読予約をいただきました。まことにありがとうございます。貴重な論稿をお寄せいただいた寄稿者にも、この場を借りて感謝申しあげます。

同誌は予定のとおり昨日(3月24日)発刊となり、夕刻ヤマト運輸宅急便での発送作業を完了しました。お申し込みいただいた方には、明日(26日)までには届くことになろうと思われます。

なお、「法と民主主義」4月号(№517)は、小澤隆一さんの責任編集で、特集は「日本国憲法施行70年ーその歩みと展望」(仮題)。執筆者とタイトルは以下のとおり確定しており、4月下旬に発行となります。
◆目本国憲法70年の歩みと対決点……和田進
◆.集団的自衛権一内閣法制局「想定問答」を読み解く……浦田一郎
◆核兵器禁止条約交渉の実現に向けて……梶原渉
◆.差別と分断を克服して市民的自由の実現を……志田陽子
◆憲法24条「個人の尊厳」の意義……中里見博
◆.民主的な選挙制度と議会制……小松浩

さらに、「法と民主主義」5月号(№518)は、海部幸造さんの責任編集で、原発被害訴訟特集。集団訴訟第1号判決(3月17日・前橋地裁)である群馬判決を素材に当該の弁護団や原弁連の主要弁護団からの寄稿を掲載します。巻頭論文は淡路剛久さん。これに、緊急小特集として共謀罪の審議の進行に応じたビビドな論稿を予定しています。6月18日が今国会会期末。それまでの共謀罪法案廃案を目指す運動に資する内容のものを。
引き続き、ご購入いただけたらありがたいと存じます。

ご注文は、下記のURLへ。どうぞよろしく。
http://www.jdla.jp/kankou/itiran.html#houmin

さて、本日の記事は、「法と民主主義・516号」(『特集・象徴天皇制をめぐる今日の議論』)の再度のお薦めである。3月19日ブログのURLは、以下のとおり。もう一度ご覧になっていただけたらありがたい。
http://article9.jp/wordpress/?p=8299

この特集は、昨年8月の天皇(明仁)生前退位希望発言をきっかけに、活発化した象徴天皇制のあり方をめぐる議論を整理して、日本国憲法の理念からの原則的な基本視点を提供しようとするものである。基調は、リベラル派の一部にある「公的行為拡大」容認論を採らない。天皇を神権的な権威と把握することを拒否するだけでなく、象徴天皇の国民統合機能の拡大をも警戒しなければならないことを当然とする立場を堅持している。

国政に関する権能をもたないはずの天皇が、生前退位の希望を発言することによって政府と国会を動かし、皇室典範という法の改正が実現しようとしている。これは、象徴天皇制への枠組みを揺るがす異常事態というほかはない。そのような問題意識からの特集である。このような問題意識を基調とする特集は他の雑誌には見られないものと思う。

7本の貴重な論稿のうち、憲法学者の2本の論稿が、議論を整理し憲法を原点とした原則的な視点を直接に提供するもの。そして、その余の5本の論稿が象徴天皇制を考える上での多様な視点を提供するものとなっている。人選がよかった。ユニークで、読み易く、面白い。

「日本国憲法における象徴天皇の位置─生前退位問題に関連して」(植村勝慶)は、錯綜した議論の基本視点を提供するものであり、「『天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議』論点整理を憲法学から読み解く」(麻生多聞)は、論争の整理を試みたものである。

「『生前退位』をめぐる断想─象徴天皇制の根っこを見つめながら」(田中伸尚)は、エッセイのかたちで象徴天皇制の問題の根源を抉っている。「生前退位に伴う天皇代替わり儀式の問題点」(中西一裕)は、1989年天皇代替わりに伴う儀式を政教分離違反と争った訴訟弁護団からの貴重な問題提起。「戦後天皇制と捏造『教育勅語』─森友学園事件と『愛国者』たちの欺瞞」(早川タダノリ)は、教育勅語論争における右派の論理の分析として有用な視点を提供するもの。そして、「安倍政権の天皇制利用─伊勢と靖国を通じて」(辻子実)は事情通の貴重な論稿。最後の「琉球沖縄から見た天皇・天皇制」(石原昌家)は、天皇と琉球沖縄との関わりを通史としてまとめ、その視点から沖縄と本土の現在の関係を再考する。

できあがったこの特集は、象徴天皇制を憲法原則の視点から、多面的に見つめ直すきっかけとなるものと思う。是非ご活用をお願いしたい。もう一度、目次だけを掲載し、ご注文のURLも、再掲する。どうぞよろしく。
http://www.jdla.jp/kankou/itiran.html#houmin

◆特集にあたって     ………………………          澤藤統一郎
◆日本国憲法における象徴天皇制度の位置ー生前退位問題に関連して……植村勝慶
◆「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」論点整理を憲法学から読み解く……麻生多聞
◆「生前退位」をめぐる断想  象徴天皇制の根っこを見つめながら…………田中伸尚
◆生前退位に伴う天皇代替わり儀式の問題点…………………………………中西一裕
◆戦後天皇制と捏造「教育勅語」森友学園事件と「愛国者」たちの欺瞞………早川タダノリ
◆安倍政権の天皇制利用ー伊勢と靖国を通じて…………………………………辻子実
◆琉球沖縄から見た天皇・天皇制……………………………石原昌家
(2017年3月25日)

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