澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

オーイ、藤原くん。アベ晋三じゃダメだ。

藤原寛一君は、小・中・高を通じて一緒に育った友人。学校生活だけでなく寮生活もともにした仲。高校時代は同じクラブ活動の仲間でもあった。とはいえ、同じ境遇で育って、同じ時代を生きてきても人は同じようにはならないのが面白い。彼からは、ときどき私のアベ批判の口調のとげとげしさをたしなめるメールを頂戴する。彼は、私と違ってアウトドア派の趣味人である。山や花や小鳥の四季をみごとに切りとった写真をネットに掲載し続けている。以下が、彼の自己紹介。

自然が大好きな自由人。山野草の撮影にドップリ。蝶ならぬ私が、花から花へカメラを手に飛び回っています。ホームグラウンドは大阪府・奈良県をまたぐ「金剛山」(1125㍍)。日本100高山のうち39座に登っています。

https://botibotihuu.jimdo.com/

http://kkfuji.exblog.jp/

http://www.h6.dion.ne.jp/~kk-fuji/

その彼が、定年以来、「人生下り坂。どこに向かうもとても楽」と言い続けている。なるほど、「とても楽」が自由人の心境なのだ。うらやましい限りである。

ところで、「人生下り坂」と観念すれば、「とても楽」であると同時に、いまが一番高みにあることにもなる。いまが、できることが多いのだから、今のうちにやっておこうということになるのではなかろうか。

風情のない話に転じるが、おそらくはアベ晋三も「下り坂」の心境なのだろう。もう少し正確に言えば、「ジリ貧」の認識。ジリ貧なら、早いうちにできることはやっておこう。いまの解散が、傷を最小にとどめる良策だとなる。

野党の態勢の不備を見すかし、これに付け込んで、「いまがチャンス」と見たのだろう。公平で正確な主権者の判断を仰ごうという謙虚さは微塵もない。選挙民の判断材料を隠して、とにもかくにも選挙に勝つこと最優先。勝ちさえすれば官軍でいられるというゲスの根性。その人柄がとうてい信用できないということそれ自身を神無月総選挙の重要な判断材料としなければならない。

一方、トランプも同じではないか。アメリカが北朝鮮に対して、軍事的な絶対優位にあることは疑うべくもない。しかし、相対的な優位度はいま縮まりつつある。これも、トランプの目からは、「下り坂=ジリ貧」と見えているに違いない。

危険なのは、「開戦するなら早ければ早いほど有利」「開戦の機は、相対的優位が最大のいま」という判断になりかねないということだ。

軍事力においては、ドーベルマンとチワワにたとえられる両国の関係。チワワがどう吠えようとも、ドーベルマンに噛みつくまですることはあり得ない。しかし、アメリカが「いまのうちに北朝鮮をたたきつぶしておこう」と考える余地あることは否定し得ない。いまなら、北は米本土への核報復の能力を持っていない。「叩くなら、今のうち」ということはありえない判断ではない。

もちろん、北朝鮮は韓国に対する瞬時の報復能力を持っている。日本国内の米軍基地に対してもだ。楽観的に、アメリカが同盟国を火の海にしかねない危ない選択をするはずはない、と信頼してよいだろうか。もしやアメリカは、「いまなら、戦争の火の粉は、同盟国に降りかかっても、アメリカ本土は安全」「ならば、いまこそ行動の時」と考えはしまいか。

トランプの昨日(9月19日)の国連演説。「米国は大いなる強さと忍耐力があるが、米国と同盟国を守らなければならない時、北朝鮮を完全に破壊するほか選択肢はない」「米国はその準備ができているが、できれば(軍事的行動は)必要でないことを望む」という一節は不気味この上ない。

トランプのテーブルにあらゆる選択肢があるわけではない。軍事オプションは、韓国の国民、日本の国民が許容するところではない。まずは、ドーベルマンに対して、「チワワに噛みついてはならない」と国際世論を喚起しなければならない。窮鼠でさえ猫を噛む危険な存在。噛みつかれたチワワも、近隣諸国民には危険この上ないのだ。

その上で、北朝鮮の瀬戸際政策をも強く批判しなければならない。そうして、国際世論の圧倒的な圧力によって、当事国双方を、時の氏神や近隣諸国をまじえて対話のテーブルに着ける以外にこの危機を解決する方法はない。

トランプに続いて、アベ晋三も国連で対北朝鮮政策を演説するという。伝えられるところでは、トランプへの全面追随で、北朝鮮に対する制裁圧力一辺倒の内容だとか。彼の眼中には、ご主人様トランプ政権だけがあって、韓国や日本の国民の安全はないのではないか。

オーイ、藤原くん。アベ晋三じゃダメだ。安心して「花から花へカメラを手に飛び回って」おられるように、もう少しマシな政権に取り換えようぜ。
(2017年9月20日)

韓国内の核武装容認論台頭を憂うる

憲法9条の恒久平和主義は、抑止論と対決し続けてきた。

抑止論は、「自国の武力の整備は、相手国の武力行使抑止の効果を持つ」「武力の整備を欠いた非武装無防備は、相手国の武力行使を誘発する」「武力の権衡あってこそ相互の攻撃を自制させる」「したがって、相互に均衡をした武力の整備こそが平和の条件である」という。

これが、論理においてまったく成り立たない愚論だとは思わない。しかし、過去の苦い歴史が、このような考え方こそが、軍拡競争をもたらし、恐怖の均衡に人々を陥れ、偶発的な均衡の破綻が悲惨な戦争をもたらしてきた。戦力の不保持を宣言する憲法9条の恒久平和主義は、過去の悲惨な歴史への真摯な反省からの決意であり、唯一の平和の保障策である。

核抑止論ともなれば、さらに問題は深刻である。冷戦終了後も、使う予定もなく、現実には使うこともできない核兵器の廃棄がいまだにできない。相互不信から核軍縮が十分に進展せず、核抑止論の克服ができないうちに、公然と核抑止論の有効性を掲げて核開発を進める北朝鮮の暴挙である。

核保有の5大国には、声を大にして核廃絶を迫らなければならない。米・韓・日の合同演習など軍事挑発行為にも反対しなければならない。しかし、同様に北朝鮮の核開発を批判しなければならない。防衛的なものだからとして容認してはならない。北朝鮮の核抑止論と核開発は、容易に他国に飛び火する。まずは韓国、次いで日本に、同じ論理での核開発を誘発しかねない。

北朝鮮の核とミサイル開発。北に直接対峙している韓国世論の動揺が深刻なようだ。以下は、発行部数韓国最大の朝鮮日報が報じるところ。
「韓国ギャラップが(9月)5~7日に実施した調査では『核武装に賛成』が60%で、『反対』の35%を上回った。野党・自由韓国党支持者で核武装に賛成する人は82%、同・正しい政党支持者で賛成する人は73%、与党・共に民主党支持者でも賛成(52%)の方が反対(43%)を上回っている。韓国社会世論研究所(KSOI)が8日と9日に成人男女1014人を対象に調査した結果も、『北朝鮮の核の脅威に対応して防衛の観点から戦術核を再配備すべきだ』という人が68.2%だった。『南北間関係をさらに悪化させるから戦術核再配備に反対する』という人は25.4%、「分からない・無回答」は6.4%だった。」
韓国世論は、いま深刻な事態にあるのだ。

同じく、日本語で読める朝鮮日報のサイトでは、「(保守系最大野党の)自由韓国党は9月10日、『戦術核再配備と核兵器開発のためのオンライン・オフライン1000万人署名運動』を開始した」と報じている。

また、9月16日付で、朝鮮日報は北朝鮮の核についての主筆のコラムを掲載している。「全く、国とは言えない」という表題の長文のもの。自国のこれまでの核政策を「国とは言えない」と強く批判するもの。1991年に韓国が在韓米軍の核を全面撤去して以来の、歴代韓国大統領による北朝鮮核開発への対応を具体的に無策と批判している。朝鮮日報が保守論壇を代表する立場にあるにせよ、これは見過ごせない。その一部を引用する。

1991年より前は、韓国に核(米軍の戦術核)があり、北朝鮮には核がなかった。それが、韓国から核がなくなり、北朝鮮に核があるという、あべこべの形になった。国際政治の歴史上、こんな逆転はない。一体どうしてこんなことが可能だったのか気になり、91年の本紙を読み直してみた。11月9日付、1面トップは『在韓米軍の核、年内に撤収』だ。その横にある、もっと大きな記事が『盧泰愚(ノ・テウ)大統領、韓半島(朝鮮半島)非核化宣言』だ。韓国国内の核兵器を全面撤去し、今後核を保有・製造・使用しないという内容で、『非核の門をまず南が開け、北に核の放棄を迫る』というものだった。
続いて12月19日付、1面トップは盧大統領の『韓国国内の核不在』宣言だった。米軍の戦術核が全て引き揚げられたという意味だ。92年1月1日付、1面の冒頭記事は『南北非核宣言完全妥結』だ。南北双方が核兵器の試験・生産・受け入れ・保有・貯蔵・配備・使用を禁止するという内容。北朝鮮は国際原子力機関(IAEA)の核査察を受け入れると約束した。その日、盧泰愚大統領は新年のあいさつで『われわれの自主的な努力により核の恐怖がない韓半島を実現しようという夢で、大きな進展が実現した』と語った。『北が核兵器製造技術を持たないと表明したことは、本当に喜ばしい』とも語った。
全ては、北朝鮮による完全な詐欺だった。南北非核化宣言に合意したその日も、北朝鮮は寧辺でプルトニウムを抽出していた。金日成(キム・イルソン)主席は米軍の戦術核が撤収したのを確認した後、韓国の鄭元植(チョン・ウォンシク)首相と会談した席で『われわれには核がない。在韓米軍を撤収させよ」と要求した。『核査察の約束を守れ』という韓国側の要求には答えなかった。韓国という国の間抜けなドラマと、北朝鮮の核の悪夢が同時に開幕した。
北朝鮮の核問題の過程は、歴代韓国大統領の北朝鮮に対する無知と幻想が国家の安全保障を崩壊へと追いやっていく、完全に『国家の失敗』の歴史だ。盧泰愚大統領の後を継いだ金泳三(キム・ヨンサム)大統領は、北朝鮮が核爆弾を作っているにもかかわらず、就任演説で『いかなる同盟国も、民族より勝るということはあり得ない』と語った。金大中(キム・デジュン)大統領は、金正日(キム・ジョンイル)総書記との首脳会談を終えた後、『われわれにも新しい日が差してきた。分断と敵対に終止符を打ち、新たな転機を開く時期に至った』と語った。『北は核を開発したこともなく、能力もない。私が責任を持つ』という発言が報道されたこともあった。…」

NHK(WEB)によれば、「北朝鮮外務省でアメリカを担当する幹部(北米局のチェ・ガンイル副局長)は、15日の弾道ミサイル発射について、『核抑止力強化のための正常な過程の一環だ』と述べ、アメリカのトランプ政権が北朝鮮政策を転換しない限り、核・ミサイル開発を加速させる姿勢を重ねて強調しました。」
「そのうえで、『アメリカがわれわれを敵視し続け、核で脅し続けるかぎり、われわれは絶対に核兵器とミサイルを協議のテーブルに載せない。まずアメリカが敵視政策と制裁をやめてこそ、対話になる』と述べ、トランプ政権が北朝鮮政策を転換しないかぎり、核・ミサイル開発を加速させる姿勢を重ねて強調しました。」
「また、『核・ミサイル開発は自衛的な措置だ』とする主張を改めて示」した、という。

北朝鮮の、「自国の核開発は自衛的な措置だ。凶悪なアメリカの核攻撃を抑止する唯一の手段だ」という主張は、韓国や日本の好戦勢力や防衛産業にまことに好都合。同じ理屈で核武装や核持ち込みのシナリオを描くことができる。

金正恩。その世襲制、個人崇拝、反人権、非民主的な体制だけでなく、絶対悪としての核をもてあそぶその姿勢においても批判されなければならない。

北朝鮮の地下核爆発実験の報には心が凍りつく。どうして、笑っていられのだろうか。金正恩も開発に携わった科学者たちも。広島や長崎の被爆者の叫びを聞け。叫ぶ術もなく死んでいった多くの人々の声を聞け。核抑止論を主張する人々は、原爆資料館に足を運ばねばならない。丸木美術館で原爆の図を凝視しなければならない。

いまは、関係各国に無条件で和解のテーブルに着くべきだとする国際世論を喚起するしかない。「核兵器の開発、実験、製造、備蓄、移譲、使用及び威嚇としての使用の禁止ならびにその廃絶に関する条約」(核兵器禁止条約)の締結が、国際世論の本流になっているいま、その声が巻きおこらぬはずはない。
(2017年9月17日)

アベ晋三の高笑い

今日はルンルンだ。国民はチョロいぜ。勿体ないがだましよい。

各紙の世論調査で内閣支持率が軒並みアップだ。不支持率を逆転したぞ。どんなもんだい。

今日(9月11日)発表のNHKの世論調査ではこんな具合だ。

安倍内閣を「支持する」と答えた人は、先月より5ポイント上がって44%だったのに対し、「支持しない」と答えた人は、7ポイント下がって36%で、3か月ぶりに、「支持する」が「支持しない」を上回りました。

さすがNHK。立派な国営放送だ。誰が言ったか、「アベ様のNHK」。悪い気はしない。

朝日新聞も、9日10日の全国調査結果を今日発表している。こちらはやや渋いが。

「安倍内閣の支持率は38%(前回8月調査は35%)で、不支持率38%(同45%)と並んだ。回復傾向にはあるものの、無党派層の支持率は17%と依然低い。」

朝日だもの。反アベだろう。それでも、前回調査の不支持率と支持率の差10ポイントが、今回はゼロだ。やっぱりルンルンだぜ。

なぜこうなったかって? 幾つか考えられる。

まずは、北朝鮮のおかげだ。これまでも、私の支持率の落ちたところで、私を助けてくれている。「困ったときの友こそ真の友」と言うだろう。金正恩こそが私の真の友だと思うよ。これ、ホンネだ。

ICBMの発射も、核実験も、ホントによいタイミングでやってもらった。しかも核は160キロトン相当の水爆だと言うじゃないか。国民の目は、森友・加計問題から、北朝鮮に完全に移った。共謀罪も、南スーダンPKOでの日報隠しも、閣僚不祥事も、アベチルドレン問題も、すべては忘却の彼方だ。

しかも、この北朝鮮によるわが国への支援の恩恵は、内閣支持率アップにとどまらない。迎撃ミサイルだの、イージスショアだの、自衛の措置が必要ではないかとの理由付けで、防衛予算の増強がとてもやりやすくなった。アメリカの軍需産業も大喜びだ。

だから、北朝鮮危機の深刻さは、できるだけ大袈裟に国民に伝えなければならない。Jアラートも国民の危機意識涵養に大成功だった。国民が不安になればなるほど一体感が造成される。時の内閣支持率がアップするのが、世の習いではないか。

私も、不愉快そうに深刻な顔つきで記者会見をしなければならないのだが、ついつい腹の中では笑みがこぼれる。

北朝鮮危機→国民の不安→対抗措置の必要 こうなるのが思う壺。目には目。歯には歯だ。核兵器には核兵器だろう。北朝鮮が持つなら、この機会にわが国の核武装も、というのが民の声じゃないか? えっ? ちっとも論理性がないって? そんなことはどうでもよい。日本の核武装ができないまでも、使用済み核燃料から抽出したプルトニウムの保管に精出すくらいは国民合意ができそうじゃないか。うまくいけば、憲法改正だってできるかも。これも北朝鮮・金正恩のおかげだ。

もっとも、朝日の調査では、「北朝鮮の弾道ミサイルや核実験に対して、日本政府が、対話と圧力のどちらにより重点を置く方がよいかを尋ねると、『圧力の強化』40%、『対話の努力』45%と割れた。」という。これでは、まだまだ内閣の努力が十分ではない。「対話」じゃなくて、圧倒的な「圧力」世論を作らなければならない。そのためには、もう一押しの「反北朝鮮キャンペーン」だ。

そう、北朝鮮危機を本当に解決できななくてもいいのさ。危機は深刻であるほど、そして長引くほどありがたい。その間、支持率低下の心配はない。

北朝鮮の協力の次は、「寝たふり作戦の成功」だね。頭を下げ、お詫びをし、反省のふりをしたことが成功の原因だ。本当に国民は忘れっぽくってありがたい。

それだけでない、弱体野党の御陰もある。野党第一党の党首が、野党共闘に消極的なことも、消局的な内閣支持率アップの原因だ。

これまでは寝たふりをしていたけど、この事態なら、ジリ貧になる前に早期解散に打って出る手も大ありだ。これで負けを最小限に押さえられれば、それこそ正恩に足を向けては寝られない。

昨日(9月10日)の東京新聞社説が「桐生悠々と防空演習」を取り上げている。例の「関東防空大演習を嗤う」の論評を書いたジャーナリスト。

社説はこう言うのだ。
「悠々の評論の核心は、非現実的な想定は無意味なばかりか、有害ですらある、という点にあるのではないでしょうか。その観点から、国内の各所で行われつつある、北朝鮮の弾道ミサイル発射に備えた住民の避難訓練を見るとどうなるのか。」
「国民の命と暮らしを守るのは政府の役目です。軍事的な脅威をあおるよりも、ミサイル発射や核実験をやめさせるよう外交努力を尽くすのが先決のはずです。そもそもミサイルが現実の脅威なら、なぜ原発を直ちに停止し、原発ゼロに政策転換しないのでしょう。」

何を言っているのか。東京新聞は何も分かっちゃいない。何のための避難訓練かといえば、国民に北朝鮮への恐怖を煽るためのものであることは明らかじゃないか。軍事的な脅威をあおってこその防衛予算拡大であり、9条改憲の実現じゃないか。

そういうところをメディアも学ばねばならない。信頼関係は、相互に敬愛の精神をもつところから出発する。「メディアの使命は権力監視だ」なんてカビの生えたことを言っていたら、信頼関係なんて無理だね。読売のように従順なら、公安の捜査情報をくれてもやろうが、ね。

なんてね。今日は気分がよい。さてこれがいつまで続くやら。

(2017年9月11日)

米・朝の対話以外に打開の策はない

北朝鮮は8月29日早朝、北海道を越え太平洋に落下する射程2700キロの弾道ミサイル発射を強行した。地図上日本を越えるコースは、これが5回目。無通告発射としては2回目となる。そして、本日(9月3日)6回目の核実験を強行した。水爆だという。安倍ならずとも、断じて容認しえない。北朝鮮だけではなく、あらゆる国や勢力の軍事挑発にも、核実験にも断固として抗議しなければならない。

問題は、これにどう対処するかである。「圧力を強める」一辺倒で解決に至らぬことは目に見えている。とりわけ、石油禁輸による経済封鎖には不吉な臭いが漂う。現在の北朝鮮は、戦前の日本とそっくりだ。日本を国際的に孤立させる、ABCD包囲網による対日石油全面禁輸体制は1941年8月に完成した。その直後同年12月には日本は暴発して対米英の宣戦に踏み切った。「座して死を待つことはできない」というのが、開戦の言い分。

8月29日の「Jアラート」なるものも、戦前戦時を想起させる。バケツリレーでの空襲対応、竹槍での本土決戦などと精神構造は変わってないのだ。

8月31日付の赤旗に、丸山重威さんが、「どう考える 北朝鮮ミサイル問題と国民の不安」として寄稿している。取り上げられているのは桐生悠々。

 「1933年(昭和8年)8月、陸軍は民間の防衛意識を涵養するため、「関東防空大演習」を実施した。大規模な空襲があった場合を想定してのことだった。信濃毎日新聞の桐生悠々は「関東防空大演習を嗤う」という論説で「敵機を関東の空に帝都の空に迎え撃つということは、我が軍の敗北そのもの」と書いた。」

桐生ならずとも、Jアラートには嗤わざるを得ない。「不安」を煽るだけの小道具でしかないのだ。

 「ミサイルの時代に、しかも「核」が想定される時代に、ミサイルの撃ち合いが始まれば、勝者も敗者もない。「Jアラート」は、ミサイル攻撃があった場合、という「後ろ向き」の対策だ。日本政府は「圧力と対話」と言いながら、結局は、憲法9条違反の「武力による威嚇」に同調し、協力し、話し合いの道を閉ざしている。
しかし、善悪は別として、北朝鮮は、今のままでは、どう「圧力」をかけても、米国などと同様、核開発とミサイル開発はやめないだろう。」

とすれば、不愉快であろうとも、対話の路線を模索するしかない。米朝2国間対話でも、6カ国協議でも、対話の実現以外に打開策はない。

対立する当事者の一方だけが100%正義で、他方が悪などということはあり得ない。また、相手を全面的な邪悪と決めつけては、真摯な対話も交渉も成立し得ない。日韓併合以来の歴史を繙けば、北朝鮮側には大いに言い分のあることだろう。第二次大戦後の南北の分断と朝鮮戦争の経過に鑑みれば、北朝鮮に米国や国連に対する不信感あることはもっともだ。そして、最近の米韓、米日の合同軍事演習のエスカレートによる挑発も無視し得ない。

憲法前文にある「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」の一文をあらためて確認しなければならない。ベトナム戦争、パナマ戦争、グラナダ侵略、湾岸戦争、アフガン・イラク侵攻等々の戦争を重ねてきた好戦国アメリカをも、「平和を愛する諸国」の一つとして、その公正と信義に信頼する度量が必要である。もちろん、北朝鮮にも同様の姿勢で臨まなくてはならない。

ようやく、アメリカに対して交渉の席に着くよう、国際世論の圧力が増しているように見える。ともかく、戦争を避けるための対話を重ねるしか、平和への道はないのだ。

トランプ政権は「今は対話の時ではない」と繰り返し、安倍政権もこれに追随している。トランプも安倍も、おそらくはホンネのところ、危機を打開しようという意思はない。トランプにしてみれば、北朝鮮危機はアメリカ産の武器を同盟国に売るチャンスだ。軍需産業が活気づけば、雇傭が増えて自分の支持者が納得する。その程度の認識だろう。

安倍も同じ穴のムジナ。北朝鮮危機を煽れば、たやすく防衛予算の増額が実現するだろう。うまくいけば、9条改憲の世論の喚起も期待できる。失政で危うくなった政治生命だが、タカ派の自分にとっては失地回復のチャンスとなりうる。

北朝鮮問題を危機を煽ることによる、防衛予算の増額や9条改憲の策動を警戒しなければならない。「北朝鮮に対抗して日本も核武装を」などは愚の骨頂。この事態を奇貨とする安倍政権の復権も許してはならない。
(2017年9月3日)

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