澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

次回法廷は11月12日(水)午前10時ー「DHCスラップ訴訟」を許さない・第27弾

私が被告となっているDHCスラップ訴訟次回口頭弁論期日の日程は以下のとおりです。
  11月12日(水)午前10時~   口頭弁論
  法廷は東京地裁631号(霞ヶ関の裁判所庁舎6階南側)。

  同日10時30分~   報告集会
  場所は第一東京弁護士会講堂(弁護士会館12階)
  (法廷も集会も、いつもと違いますので、お間違えなく)

今回の法廷では、今後の審理の方向が決まると思われます。方向というのは、証拠調べ手続きに期日の回数を重ねなければならない訴訟になるか。証拠調べは比較的簡単に済ませるものになるか、です。その意味では、重大な期日になるかも知れません。

報告集会では、口頭弁論期日での裁判所の姿勢を踏まえて、今後の進行についての意見交換をしたいと思います。

そして、今回の報告集会では、スラップ訴訟の苦い被害経験と貴重な完全勝利の経験をともにお持ちのフリージャーナリスト三宅勝久さんに貴重なお話しを伺うことにいたします。

三宅さんは、「週刊金曜日」に書いた記事によって、あの武富士から5500万円のスラップ訴訟を提起されました。しかもその請求金額は、途中から倍の1億1000万円に増額されたのです。この裁判の苦労たるやたいへんなもの。貴重な時間と労力と、そして訴訟にかかる費用の凄まじさ。三宅さんは、財力ある者が金に飽かせて不当訴訟を浴びせることで生じる苦痛の生き証人というべきでしよう。

しかし、幸いにして三宅さんは完全勝訴をします。被告とされた事件の勝訴だけでなく、武富士の提訴を不法行為とする攻守ところを変えた訴訟でも勝訴します。その経過を通じての苦労だけでなく、スラップ訴訟対応のノウハウも、スラップ防止の制度をどう作るべきかご意見も伺いたいところです。期待いたしましょう。

なお、別件のご報告です。
私と同じ弁護士ブロガーで、私と同様にDHC・吉田への8億円拠出をブログで批判して、私と同じ日(本年4月16日)にDHCと吉田から名誉毀損損害賠償請求の提訴を受けた人がいます。提訴の請求金額は2000万円。当初の私に対する請求金額と同額です。その方の係属部は東京地裁民事第30部。そして、その人の場合は、「サクサクと審理を進め、早期に勝訴判決を獲得」という方針で、10月16日に早くも結審しました。結審3か月後の15年1月15日に判決言い渡しが予定となっています。

本件のごときスラップ訴訟で原告の請求が認容されることは、万に一つもあり得ないところですが、問題は勝ち方。ここはきっちりと勝たねばなりません。こだわる勝ち方というのは、名誉毀損のパターンには「事実摘示型」と「論評型」との2類型ががありますが、方針としては、「論評型」の典型として勝ちたいのです。

名誉毀損訴訟は、原告の「人格権(名誉権)」と被告の「言論の自由」という、それぞれが有する憲法価値が角逐します。裁判所はどちらかに軍配を上げなければなりません。当然のことながら、名誉権にも言論の内容にも軽重があり、局面ごとにこの両者を調整する視点も変わってきます。「事実摘示型」では、主として原告が社会に知られたくない事実を曝露する言論についての裁判所の判断枠組みです。その場合は、原則違法で、(1)当該の言論が公共に係るもので、(2)もっぱら公益をはかる目的でなされ、(3)かつその内容が真実、あるいは表現者が真実であると信じるについて相当の理由がある場合には、違法性が阻却されて、言論の自由が勝つという構造になります。真実性や真実相当性に、被告は汗をかかなければなりません。

これに対して、「論評型」では、言論の自由の側からものを見て、真実性や真実相当性が問題となる余地はなく、「人心攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱」していない限りは違法性がないことになります。政治的言論、しかも「政治とカネ」のテーマについて、縦横に批判の自由が認められないはずがありません。

本件を「公正な論評」の典型事例として、最大限に政治的言論の自由を認める、きっちりした勝訴判決を得たいと思います。是非とも、法廷傍聴と報告集会にお越しください。
(2014年10月31日)

集団的自衛権行使の現実・「100年前の日本」と「現在の英国」と

10月27日付東京新聞トップの記事が、調査報道のお手本のような内容。ヨコの見出しが、「第1次大戦 日英同盟で合祀1333人」。これは、「第1次大戦時、日英同盟に基づく英国からの要請に応じた日本の参戦の結果、その戦闘で死亡し靖国に合祀された軍人総数は少なくも1333人にのぼる」ということ。それだけなら歴史の一コマの発掘に過ぎないが、この記事は優れてジャーナリステックな意味合いをもっている。タテの大見出しが「『戦域限定』参戦なし崩し」となっている。いうまでもなく、記者の関心は、集団的自衛権行使の具体的なイメージ提供にある。100年前の実例から集団的自衛権行使の恐さを伝えようとしている。

リードに、「開戦当初、日本軍は『戦域限定』で出兵を求められたが、日英両国は戦況の変化を優先することで戦域を拡大させ、その結果、戦没者が増大していく状況が浮き彫りとなった」とある。これが結論だ。

本文に「日英同盟を名目に日本がドイツに宣戦布告する際、英国は中国や太平洋への日本の権益拡大を懸念する中国や米国の意向に配慮し、日本の参戦地域を青島近郊の膠州湾以外に拡大しないように求めた。しかし、英海軍の極東での戦力不足や戦況の変化などに伴い、英国側から太平洋や地中海などへの派兵を求められた。地中海への派兵は日英同盟の適用範囲外だったため、日本政府は派兵に慎重だったが、米国や日本の商船がドイツの潜水艦部隊に沈没させられる被害も続出し、日本も海軍派兵を決定。参戦当初の『戦域限定』は有名無実化した」という。

3面「核心」欄の解説記事に、「第1次大戦『戦域拡大』」「集団的自衛権に教訓」「邦人保護名目も骨抜き」「2次大戦遠因にも」と見出しが並ぶ。

その問題意識は次のとおり明らかにされている。「日英同盟を名目に第一次世界大戦に参戦して、戦没し靖国神社に合祀された日本の陸海軍軍人らが、少なくとも千三百人余に上ることが明らかになったが、当初『戦域限定』が条件だった戦争が拡大したのはなぜか。安倍晋三首相は集団的自衛権行使の範囲を『限定的』と強調するが、専門家は『いったん軍を派遣すれば歯止めがかからず、被害拡大を招く恐れがある』と現代にも通じる歴史の教訓を指摘する」「戦域や戦力を限定した海外派兵がいかにもろく、簡単に骨抜きにされるものか」

まだ、集団的自衛権などという概念のなかった時代。日本は、大国である同盟国イギリスからの参戦要請を断ることもできずに地中海にまで参戦した。当初の限定参戦は、結局なし崩しに戦線拡大に至って日本軍の将兵に多数の戦死者を出したという調査報道となっている。
<平間洋一・元防衛大教授(軍事史)の話>として、「日本は日英同盟を理由に参戦したが人やモノ、情報を動員する総力戦で、戦域を限定することは不可能に近い。」とのコメントが印象的。

その100年後、東京新聞記事の出た10月27日に、英国が13年にわたったアフガニスタン駐留からの撤退を完了したという報道がなされている。こちらは英国の立場はかつての大英帝国ではなく、大国アメリカからの要請による集団的自衛権を行使しての参戦の重荷である。

2001年の9・11事件後、アメリカは個別的自衛権を行使するとしてアフガンへの攻撃を始めた。北大西洋条約機構 (NATO)諸国はテロ攻撃に対して「集団的自衛権」を発動した。英国は、その一員として、2001年以降、アフガニスタンの治安維持を目的に、米軍が率いる国際治安支援部隊(ISAF)の下で13年間にわたって駐留を続けてきた。その英軍がようやく10月27日、拠点にしてきた南部ヘルマンド州の基地をアフガン側に引き渡し、戦闘部隊が撤退が完了した。

この間にイギリスはどれだけの犠牲を払い、何を得ただろうか。朝日の報道が手際よくまとめている。「13年間の英軍の駐留部隊はのべ14万人、死者は453人に上り、かかった総費用は190億ポンド(約3兆3千億円)ともいわれる。英BBCの世論調査では、国民の42%が介入前と比べて英国が『より安全でなくなった』、68%が英国のアフガン介入は『価値がなかった』と答えるなど、多数の犠牲を出した長期の軍事作戦の成果に懐疑的な英世論を示す結果となった。」

集団的自衛権の行使とは、ここまでの覚悟が必要なことなのだ。100年前も今も、である。多数の犠牲と大きな負担を強いられる。それでいて、軍事作戦の効果に懐疑的な世論をつくり出すだけで終わるものともなる。いや、さらに次の大戦争の遠因にさえなるのだ。

集団的自衛権行使については、このような実例報道の積みかさねを期待したい。
(2014年10月30日)

上川陽子法相、はたしてその任が務まるだろうか

「20日に2閣僚が同時辞任した後も政治とカネの問題がくすぶり続けていることに、政権内ではいら立ちが募っている。地方創生や女性活躍など今国会の重要テーマもかすみかねない。首相は28日夜、公邸で自民党の佐藤勉国対委員長らと会食し『いろいろご苦労をかけて申し訳ない』と述べ、閣僚による一連の問題で国会審議が遅れている状況を陳謝した」(毎日)と報道されている。

「いろいろご苦労」「一連の問題」としてあげられているのは、望月義夫環境相、宮沢洋一経産省、江渡聡徳防衛相、有村治子女性活躍担当相、西川公也農相の面々だが、ウチワで法相の職を吹き飛ばされた松島みどりの後任に納まった上川陽子法相を加えなければならない。

「ウチワごときは柳に風と受け流しておけばよい」ことにならなかったのは、法務行政の責任者には格別の廉潔性が求められるからである。ならば、上川陽子の法相としての適格性もすこぶる怪しい。

2009年総選挙で、上川の陣営は公選法違反の摘発を受けている。選挙に携わった者の内4人が検挙され、3人は起訴猶予となったが、ひとりが略式起訴で50万円の罰金刑となって確定している。公訴事実の罰条は、運動員買収(公職選挙法221条1項)の約束罪である。選挙運動は飽くまで無償、運動員にカネを出せば犯罪。カネを出さなくても約束するだけで犯罪、約束の成立まで至らなくても、申込みだけでも犯罪として成立する。上川陣営の摘発は公選法違反の典型ケースである。

選挙直後の毎日新聞(静岡版)は次のように報じている。貴重な情報として全文転載させていただく。
「◇幹部ら会見 容疑者、違法の認識なし
政権交代が起きた先の衆院選で県内有数の激戦区だった(静岡)1区。民主党候補と競り合い、落選した自民党の上川陽子氏の陣営で選挙違反事件が発覚した。後援会の女性事務員2人の逮捕を受け、上川氏の後援会幹部らは9日夜、記者会見を開き、2人がアルバイトに投票依頼の電話をかけさせた容疑について「把握していない」と説明。逮捕された2人は接見した弁護士に『違法性があるとは思っていなかった』と話していた、と強調した。
記者会見には、白井孝一弁護士と後援会事務局員(64)が出席。午後7時半過ぎから県庁内で開かれた。白井弁護士らによると、同陣営は7月16日から公示前日の8月17日まで、静岡市葵区の人材派遣会社と契約。5、6人のアルバイトを雇い、1区の自民党支持者約8万世帯分の名簿に記載された電話番号に変更がないか、電話をかけて確認させていたという。公示日以降も契約は続け、同じ作業をさせたが、投票を依頼するような文言を言わせていたとは把握していないとしている。
これに対し県警は、上川陣営がアルバイトの女性に有権者に投票を依頼する電話をかけさせていたとみて、その際『時給1000円の日当を支払う』と交わした約束が買収にあたるとしている。県警は逮捕した2人から詳しく事情を聴き、金の出所や、陣営内で指示があったかどうかを追及する方針。
県警は9日午後、関係する数カ所を一斉に家宅捜索した。同区七間町にある上川氏の個人事務所には午後4時過ぎ、捜査員ら約25人が一斉に入った。
上川氏はこの日、取材に対応せず、後援会の藤田卓次事務所長が『電話をかけることと派遣会社との契約について違法との認識を持っていなかった。有権者と支援者にご心配をおかけし、誠に申し訳ない』とのコメントを出した。」

この報道で事態がよく飲み込める。前述のとおり、選挙運動員に金の支払いを約束すれば、運動買収(約束)罪が成立する。選挙運動は飽くまで無償のボランティアが原則なのだ。ところが、選挙運動ではなく純粋に事務作業だけを行う事務員としてなら、一日1万円までの日当を支払うことができる。逮捕された女性事務員2人が選挙運動を行っていたのか、それとも、単なる裏方の事務作業に専念していたといえるのか、そこが有罪と無罪の分かれ目となる。

有権者への投票依頼の電話掛けは、典型的な選挙運動である。当然のことながら、電話による投票依頼は自由に行うことができる。しかし、選挙運動は飽くまで無償で行われなくてはならない。対価を約束しまたは支払うことは、支払う方にも支払われる方にも、犯罪が成立する。

上記の報道では、人材派遣会社からの派遣社員が、有権者の名簿にしたがって電話を掛けたこと、その労働に時給1000円の支払いが約束されていたことは上川陣営の争うところではない。問題は、「公示日の前から公示日のあとに至るまで」「自民党支持者約8万世帯分の名簿に記載された電話番号に変更がないか、電話をかけて確認させていた」ことが、選挙運動に当たる実態のものであるか否かとなる。陣営では、「電話番号に変更がないか、電話をかけて確認させていただけで、投票依頼をさせていたわけではない」という。単純な事務作業であったといいたいのだ。

しかし、有権者8万人に電話を掛けるのだ。どのようにすれば、選挙運動にはならない電話掛けが可能なのだろうか。有権解釈における選挙運動の定義は「特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為」というものである。8万人の有権者への電話かけは認めながら、「これは選挙運動には当たらない」とがんばる方が無理筋と言うべきだろう。

具体的な電話の内容を想定してみよう。常識的に、「こちらは衆議院議員上川陽子の事務所です」とは言うだろう。そのうえで、「前回も自民党へのご支持を戴きました」とも言うだろう。有権者の反応を見て、何か言わないはずはあるまい。意識的に「今回もよろしく」と言わないというのだろうか。県警側の、「上川陣営がアルバイトの女性に有権者に投票を依頼する電話をかけさせていた」という見方の方が常識的だ。「時給1000円の日当を支払う」と交わした約束が買収にあたることは明白と言うほかはない。捜査当局は、保守陣営にもなかなか厳格に対処している。

そもそも、このような仕事に派遣会社員を使うという上川陣営の発想自体に驚かざるを得ない。名簿ができているのだから、名簿にしたがって順次電話による投票依頼の作業を粛々と進展させるべきが当然だろう。名簿の確認のためだけの電話掛に手間暇とカネを掛けるなど、馬鹿馬鹿しくも下手な言い訳に過ぎないと思われて当然。しかし、これとて本当に必要ならボランティア運動員が行うべき作業ではないか。

カネはあるが、運動員として働いてくれる人がいない場合に上川陣営の発想になる。このような「選挙運動は無償のボランティアで」という原則の弁えもない人物にほかならぬ法務大臣が務まるだろうか。

この選挙違反の件、「身体検査」では容易に分かることだ。安倍内閣は、法務大臣にはこんなお粗末な政治家でよいと判断したことになる。私には、「選挙運動員に時給1000円」は、ウチワの比ではない重要問題だと思われるのだが。
(2014年10月29日)

「本郷・湯島九条の会」の街宣活動

本郷三丁目交差点をご通行中の皆様。素晴らしい秋晴れの昼休みのひとときに、やや不粋な街頭宣伝ですが、少しだけ耳をお貸しください。

私たちは、「本郷・湯島九条の会」の者です。この近所に住んでいる者が、憲法九条を大切にしよう、憲法九条に盛り込まれている平和の理念を守り抜こうと寄り集まって作っている小さな会です。

ご存じのとおり、「九条の会」は全国組織です。ちょうど10年前2004年の7月に、大江健三郎さんや井上ひさしさんなど九人によって結成されました。「九条の会」は、全国の地域、職場、学園、あらゆる場に無数の「九条の会」の結成を呼び掛けました。私たちの会もこれに呼応して、作られた全国7500もの「九条の会」のひとつです。「本郷・湯島九条の会」は、「ご近所九条の会」です。会長は、私が住んでいる町の町会長さんが務めています。

「九条の会」はこの10月を行動月間とすることを申し合わせました。「集団的自衛権行使容認の閣議決定に抗議し、いまこそ主権者の声を全国の草の根から」というスローガンで、10月を集団的自衛権行使容認に反対する行動をおこす「月間」としたのです。

「本郷湯島九条の会」はこの申し合わせに応じて、10月は毎週の火曜日に街頭宣伝活動を重ねてまいりました。今日は、その最後の日となります。来月からは、毎月第2火曜日だけの街宣活動を予定しています。

10月を行動月間と申し合わせたのは、7月1日に「集団的自衛権行使容認の閣議決定」があり、秋の臨時国会において閣議決定に基づく多くの諸法案が提案される危険を考えてのことです。いまのところ、日本を海外で戦争のできる国にするための具体的な法案の提出は行われていません。しかし、事態が好転したわけではありません。安倍政権は、世論の動向を見ながら法案提出を先送りしているだけのことです。来年の通常国会が本格的な決戦の場となるものと考えられます。

戦後69年。私たちは戦争のない世の中を当たり前のものと考えて過ごしてきました。しかし、安倍政権成立以来事態は大きく動いています。安倍政権ができてからろくなことはありません。武器輸出3原則の撤廃、河野談話見直しの動き、特定秘密保護法、靖国参拝、NHK人事、国家安全保障会議の設置、そして集団的自衛権行使容認の閣議決定です。さらに日米ガイドラインを改訂し、道徳教育にまで手を付けようとしています。危なっかしいことこのうえないといわねばなりません。

そのほか、安倍政権がやろうとしていることは、原発再稼働であり、原発輸出であり、派遣労働を恒久化する労働法制の大改悪であり、福祉の切り捨てであり、大企業減税と庶民大増税ではありませんか。庶民にとって良いことは何にもない。これまでは、「アベノミクスの効果は、今のところは大企業と株屋だけに利益をもたらしていますが、いずれ地方にも家計にもおこぼれがまわってきます。それまで我慢してくだい」と言われてきました。それが嘘だということにようやくみんなが気付き始めました。「放射能は完全にブロックされています」という嘘と同様に、この男は自信ありげに嘘を言うのです。最近の世論調査では、軒並み安倍内閣の支持率の低下が報道されています。とりわけ、経済政策の破綻が世論調査に表れています。

憲法九条は、武力による平和を否定する思想に基づくものです。右手に銃を構えながら、左手で握手をしようということではないのです。平和は、何よりも近隣諸国との信頼関係の醸成によって打ち立てられ維持されるべきものです。双方お互いに信頼関係を形成する努力を求められているのですが、私たちは、まずは自分たちの国から、平和のサインを発信すべきものと考えます。

鎌倉時代の元寇を最後に、日本が近隣諸国から侵略される危機を感じた経験は絶えてありません。この500年間の近隣諸国との戦争は、2度にわたる朝鮮侵略、明治維新後の台湾出兵、朝鮮や満蒙を支配するための日清・日露戦争、第一次大戦における山東出兵、シベリア出兵、そして、朝鮮の植民地化、日中15年戦争、そして太平洋戦争‥。私たちの国が、近隣諸国の民衆の足を踏み続けてきたことは覆い隠すことのできない歴史の真実ではありませんか。

近隣諸国との平和のためには、私たちこそが、侵略戦争や植民地支配を真摯に反省していることを近隣諸国の民衆によく分かってもらう努力が必要なのだと思います。まず、足を踏んだ側が、平和・友好の態度を示さねばならないことは当然のことです。

にもかかわらず、日本国内では、民族差別を公然と口にするヘイトスピーチデモが横行し、河野談話見直しの尖兵だった危険な政治家が首相になって靖国神社参拝まで強行し、さらには従軍慰安婦報道に熱心だった朝日新聞に対する嵐の如きバッシングが行われています。このようなことを見せつけられた近隣諸国の民衆は、日本は本当に先の戦争の反省をしているのだろうか。戦争を繰り返さず、平和を大切にしようとする意思があるのだろうか。そう疑念を持たざるを得ないのではないでしょうか。

一点の疑念が、疑念拡大の悪循環の出発点となり得ます。相互の不信の交換は、不信を増幅させ不信に基づく武力拡大のエスカレートを呼ぶことになりかねません。そのような緊張関係が、偶発的に戦争の勃発につながることを危惧せざるを得ません。

安倍政権の動向は、近隣諸国をいたずらに刺激し重大な事態にいたる危うさに満ちていると言わざるを得ません。この暴走内閣を辞めさせ、もう少しマシな、戦争への危険を感じさせないまっとうな政権に取って替わらせるよう、力を合わせようではありませんか。取り返しのつかなくなる前に。
(2014年10月28日)

「はだしのゲン」攻撃の逆効果に学ぶ

昨日(10月26日)の毎日に、「【読書世論調査】はだしのゲン、5割『読んだ』」の見出しで、次の記事が報じられている。

「毎日新聞が8〜9月に実施した「第68回読書世論調査」で、広島の被爆体験を描いた漫画「はだしのゲン」を読んだことがある人は2人に1人に上ることが分かった。このうち9割超は小中学生が読むことを『問題ない』としており、戦争の悲惨さを伝える平和教育の教材として肯定的に受け止めていることがうかがえる。」

調査は全国の16歳以上の男女3600人を対象に郵送方式で実施し、2406人から有効回答を得たという大規模なもの。調査では49%が「はだしのゲン」を読んだことが「ある」と答えた。「特に学校で読んだことが推測される30代は年代別で最も多い73%が読んでいた」という。

興味深いのは、「小中学生が読むことについては、全体で85%、読んだ人に限ると97%が『問題ない』と答えた」ということ。詳細のデータは報告されていないが、「小中学生が読むことについて問題があると考えるか否か」の回答には、読んだ群と、読んでいない群との間で大きな落差があることだ。その差はほぼ24%と推定される。

読んだ人々は、自分の読書経験から判断している。その97%が「小中学生が読むことについて問題がない」と回答していることは注目すべき肯定度というべきである。これが、実際に読んだことのない者だけでの同じ設問についての回答が73%(推定)となるのはどうしてだろうか。

自分で読まない人々の回答は、ことさらに残虐なシーンだけを抜き出して強調したプロパガンダに少なからず影響されたのではないだろうか。全体の文脈から切り離して、戦闘や原爆の残酷な場面や、日本兵の女性に対する暴行の場面、あるいは差別表現だけを抜き出して、これを「小中学生が読むことについて問題がないか」と問われれば、躊躇することは当然に考えられる。それでも、7割を超える人が「問題ない」と回答していることを心強く思うべきなのだろう。

毎日の見出しに強調されてはいないが、実際に「はだしのゲン」を読んだことがある人たちが自分の読書経験から判断して、実にその97%が「小中学生が読むことについて問題がない」と回答していることは、もっと世に知らしむべことだと思う。この調査結果を教えられれば、読んだことがない人々の意見も変わってくるのではないか。「描写が過激」なのは、戦争の現実の悲惨に近づこうとした結果にすぎないということへの理解が得られると思う。

このような調査が行われたのは、「間違った歴史認識を植えつけている」という一部の心ない人々の陳情に松江の市教委が過剰に反応したことがきっかけになっている。2012年12月、松江市教委は、「旧日本軍の残虐行為などの描写に過激な部分がある」という理由で、読むのに教師の許可が必要な閉架措置とするよう学校側に要請することにした。それが「知る権利」や「表現の自由」を侵すものだと社会問題に発展して、結局市教委の事務局の手続きに不備があったということに落ち着き、13年8月に市教委は閲覧制限を撤回した。良識ある世論の大きな勝利である。

この事件をきっかけに、「はだしのゲン」の単行本は注文が相次いで増刷を重ねたという。昨年(13年)の夏には、例年同時期の2~3倍の売れ行きがあったと報じられている。続いそうした社会的関心の高まりが、今回の毎日の調査にもつながっている。

「間違った歴史認識を植えつけている」からこのマンガを子どもに見せるべきでない、という陳情は完全に裏目に出た。松江市教委の判断もである。このような「逆効果」こそが、歴史修正主義からの攻撃に対する最も有効な反撃となる。これが、この事件から学ぶべき最大の教訓ではないか。

なお、「はだしのゲン」は、マンガという媒体で戦争の悲惨を訴えて成功した典型例である。小説や詩歌だけでは十分にできなかったことを、優れた映画がなしえた。多くの人の感性に訴え得て反戦の気運を盛り上げた。その映画よりもさらに広範な多くの読み手を得て、「はだしのゲン」は、原爆の悲惨を訴え戦争にまつわる現実を突きつけた。

戦争は、常にそれを推進する勢力と押しとどめようとする勢力との、壮大なせめぎ合いのテーマとなる。だから、二度と戦争をしてはならないと訴える作品は、戦争推進勢力から疎まれる。あわよくば、折あらば、排斥しようとの試みの標的となる。一部右翼の排斥の蠢動は、「はだしのゲン」の反戦作品としての影響力を無視し得なくなった表れとして故中沢啓治の名誉でもあろう。

戦地での戦闘行為は、戦争のごく一部に過ぎない。長い長い国民全体の戦争準備期間における諸々の政治経済教育報道の過程があり、戦争に関係づけられた国民生活がある。戦後も国民各人の人生の後遺症を引きずることになる。

「はだしのゲン」は、戦前の市民生活から、思想差別、民族差別、皇軍の残虐、被爆後の広島の生活までを壮大に描ききった大河ストリーである。だから、読ませたくない勢力の標的となった。いま、「はだしのゲン」攻撃に対する反撃成功の教訓に学ぶべき意義は大きい。
(2014年10月27日)

憲法に、「和をもって貴しと為す」と書き込んではならない

自民党の「日本国憲法改正草案」(2012年4月27日)は、安倍内閣のホンネを語るものとしてこのうえなく貴重な資料である。これが、彼らの頭の中、胸の内なのだ。このことについて、私もものを書き発言もしてきた。もう一つ付け加えたい。「和をもって貴しと為す精神」が、立憲主義にそぐわないことについて。

「草案」の前文は、皇国史観のイデオロギー文書となっている。
冒頭「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって‥」と始まり、その末尾は「日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する」と結ばれる。

どうやら、「日本国の長く良き伝統と固有の文化」とは、天皇を戴き、天皇を中心として国民が統合されていることにあるというごとくなのである。自民党の憲法は、この「良き伝統」と、「天皇を中心とする我々の国家」を末永く子孫に継承するために制定されるというのだ。

「君が代は千代に八千代に細石の巌となりて苔のむすまで」が、憲法前文に唱われているのだ。これではまさしく、自民党改憲草案は、「君が代憲法」ではないか。ジョークではなく、本気のようだから恐れ入る。

その前文第3段落を全文紹介する。次のとおりである。
「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。」

ここには、「日本国の長い良き伝統」あるいは、誇るべき「固有の文化」の具体的内容として、「和を尊び」が出て来る。
和を尊ぶ」→「家族や社会全体が互いに助け合う」→「国家を形成する」
という文脈が語られている。

この「和」については、自民党の改正草案「Q&A」において、こう解説されている。
「第三段落では、国民は国と郷土を自ら守り、家族や社会が助け合って国家を形成する自助、共助の精神をうたいました。その中で、基本的人権を尊重することを求めました。党内議論の中で『和の精神は、聖徳太子以来の我が国の徳性である。』という意見があり、ここに『和を尊び』という文言を入れました。」という。舌足らずの文章だが、言いたいことはおよそ分かる。

自民党の解説では、「自助、共助」だけに言及して、ことさらに「公助」が除外されている。「和」とは「自助、共助」の精神のこと。「和」の理念によって形成された国家には、「自助、共助」のみがあって「公助」がないようなのだ。どうやら、「和」とは福祉国家の理念と対立する理念のごとくである。

そのこともさることながら、問題はもっと大きい。憲法草案に「聖徳太子以来の我が国の徳性である『和の精神』」を持ち込むことの基本問題について語りたい。

「十七条の憲法」は日本書紀に出て来る。もちろん漢文である。その第一条はやや長い。冒頭は以下のとおり。
「以和爲貴、無忤爲宗」
一般には、「和を以て貴しと為し、忤(さから)うこと無きを宗とせよ」と読み下すようだ。「忤」という字は難しくて読めない。藤堂明保の「漢字源」によると、漢音ではゴ、呉音でグ。訓では、「さからう(さからふ)」「もとる」と読むという。「逆」の類字とも説明されている。順逆の「逆」と類似の意味なのだ。従順の「順」ではなく、反逆の「逆」である。続く文章の中に、「上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。」とある。

要するに、ここでの「和」とは、「上(かみ)と下(しも)」の間の調和を意味している。「下(しも)は、上(かみ)に逆らってはならない」「下は、上に従順に機嫌をとるべし」と、上から目線で説教を垂れているのである。これは、近代憲法の国民主権原理とは無縁。むしろ、近代立憲主義に「反忤」(反逆)ないしは「違忤」(違逆)するものとして違和感を禁じ得ない。

なお、些事ではあるが、「和爲貴」は論語の第一「学而」編に出て来る。「禮之用和爲貴」(礼の用は和を貴しとなす)という形で。論語から引用の成句を「我が国固有の徳性」というのも奇妙な話。また、聖徳太子の時代に十七条の憲法が存在したかについては江戸時代以来の論争があるそうだ。今や聖徳太子実在否定説さえ有力となっている。記紀の記述をありがたがる必要などないのだ。

ほとんど無視され、世間で話題となることは少ないが、産経も昨年、社の創設80周年を記念して改憲草案を発表している。「国民の憲法」要綱という。その前文に、やはり「和を以て貴し」が出て来る。次のとおりである。

「日本国民は建国以来、天皇を国民統合のよりどころとし、専断を排して衆議を重んじ、尊厳ある近代国家を形成した。‥‥よもの海をはらからと願い、和をもって貴しとする精神と、国難に赴く雄々しさをはぐくんできた。」

(解説)「四方を海に囲まれた海洋国家としてのありようは、聖徳太子の十七条憲法や明治天皇の御製を織り込んで、和の精神と雄々しさを表した。とくに、戦後の復興や東日本大震災後に示した日本人の高い道徳性を踏まえ、道義立国という概念を提起している」

右翼は「和」がお好きなのだ。この「和」は、天皇を中心とする「和」であり、下(しも)が上(かみ)に無条件に従うことをもってつくり出される「和」なのである。

憲法改正の試案に「和を以て貴し」が出て来るのは、私の知る限りで、本家は日本会議である。
日本会議の前身である「日本を守る国民会議」が「新憲法の大綱」を公表したのが1993年。日本会議・新憲法研究会は、これをたびたび改定している。その2007年版は次のとおりである。

「前文<盛り込むべき要素>(抜粋)
①国の生い立ち
・日本国民が、和の精神をもって問題の解決をはかり、時代を超えて国民統合の象徴であり続けてきた天皇を中心として、幾多の試練を乗り越え、国を発展させてきたこと。」

ここでも、「和」とは天皇中心主義と同義である。現在も日本会議ホームページでは、
「皇室を敬愛する国民の心は、千古の昔から変わることはありません。この皇室と国民の強い絆は、幾多の歴史の試練を乗り越え、また豊かな日本文化を生み出してきました‥」「和を尊ぶ国民精神は、脈々と今日まで生き続けています」
「戦後のわが国では、こうした美しい伝統を軽視する風潮が長くつづいたため、特に若い世代になればなるほど、その価値が認識されなくなっています。私たちは、皇室を中心に、同じ歴史、文化、伝統を共有しているという歴史認識こそが、『同じ日本人だ』という同胞感を育み、社会の安定を導き、ひいては国の力を大きくする原動力になると信じています。私たちはそんな願いをもって、皇室を敬愛するさまざまな国民運動や伝統文化を大切にする事業を全国で取り組んでまいります。」

ここでは「和」とは、明らかに「皇室を敬愛する日本人」の間にだけ成立する。それ以外は、「非国民」であり、もしかしたら「国賊」である。外国人との「和」はまったくの想定外でもある。ということは、内向きの「和」とは、外に向かっては排外主義を意味する言葉でもあるのだ。

決して憲法に「和を以て貴しと為す」などと書きこんではならない。それは、一握りの特殊な人々の間にだけ通じる、特殊な意味合いをもっているのだから。また、近代憲法の原理には、根本的に背馳するものなのだから。

大切なのは「和」ではない。権力に対する徹底した批判の自由である。また、天皇を崇拝する人たち内部の「和」は、排外主義に通じるものとして危険ですらある。憲法に盛り込むものは、もっと普遍的な理念でなくてはならない。
(2014年10月26日)

「学校に自由と人権をー今こそ子どもたちを戦場に送るな 10・25集会」

恒例の「学校に自由と人権を」集会。今年は、「今こそ子どもたちを戦場に送るな」という副題がつけられた。安倍政権発足以来まことにきな臭い。ヘイトスピーチデモの跋扈、特定秘密保護法、武器輸出3原則の放擲、国家安全保障会議、NHK人事、集団的自衛権行使容認の閣議決定、そして「従軍慰安婦」問題バッシング。「子どもたちを戦場に送るな」という、古めかしいはずのスローガンが、にわかにリアリティを持ち始めたのだ。

「日の丸・君が代」は、子どもたちを戦場に送る小道具として重要な役割を果たすだろう。この旗と歌に対する条件反射的な尊崇の念の植えつけとセットになってのことである。

本日の私の発言は20分。「君が代訴訟の現段階と今後の展望」と題して、詳細なレジメを提出した。が、発言の大意は以下のとおり。

「10・23通達」が発せられてから11年になります。この間、学校における国旗国歌への敬意表明の強制とは、一体どのような意味を持つことなのだろうかと考え続けてきました。解答が出せたわけではありませんが、私なりに4つの問題領域に分けて考えられるのではないかと思っています。

1番目の問題領域は、権力的な強制と、強制を受ける人の精神の内面との衝突あるいは葛藤の問題です。人が人であり、自分が自分であるために、あるいは教員が教員であるために、精神の内面の核となっているものは不可侵でなければならない。「日の丸・君が代」の強制は、このような人間の尊厳を破壊するものとして許されざるものではないだろうか。

「日の丸・君が代」は国旗国歌とされています。日本という国家の象徴です。目に見えない日本国が「日の丸・君が代」というデザインや歌詞・メロディとなって、目の前に形をなします。また、「日の丸・君が代」は戦前の大日本帝国と極めて緊密に結びついた歴史を背負っています。「日の丸に正対して君が代を斉唱する」行為は、現在ある日本国に敬意を表明することでもありますが、天皇を神とした時代の国家主義・軍国主義・侵略主義・差別思想を肯定し、その時代の国家を丸ごと肯定する要素を含むものと理解せざるを得ません。人によっては、自分が自分である限り到底服することができない、という思いがあって当然だと思います。

2番目の問題領域は、教育というものの本質や、憲法・教育基本法が想定する教育のあり方に照らして、「日の丸・君が代」の強制が許されるはずがなかろう、ということです。
本来、教育とは公権力の思惑とは無縁のところで、行われなければなりません。これが近代市民社会での基本原理といってよいと思います。しかし、例外なく、全ての権力は権力に都合のよい従順な国民の育成のための教育をしたくてならないのです。
その悪しき典型が、戦前の天皇制日本でした。天皇を神とし、神なる天皇のために生きることこそが臣民の幸せだと、靖国の思想を教育として説いたのです。その教育の結果が、戦争の惨禍であり、敗戦であったことは国民全てが骨身にしみたところです。

敗戦後は、その失敗の反省から国を作りなおし、原理の異なる憲法を制定しさらに教育のあり方を180度変えたはず。とりわけ、権力が教育の内容に介入してはならないとする大原則を打ち立てたはずなのです。にもかかわらず、どうして教育の場で、「日の丸・君が代」強制という権力による国家主義イデオロギーの刷り込み強制が許されるのか。重大な問題といわねばなりません。

3番目の問題領域は、そもそも権力というものには、できることの限界があるはずではないか。「日の丸・君が代」あるいは国旗国歌を国民に強制することは、立憲主義の大原則からなしえないことなのではないか、という問題です。

国家は、主権者国民によって権力を付与された存在です。主権者国民が主人で、国家はその僕、ないしは道具でしかありません。国民に役立つ限りで存続し運営されるに過ぎないものです。ところが、国民から委託を受けたその国家が、主人である主権者国民に向かって、「我に敬意を表明せよ」と強制することは、倒錯であり背理であるはずなのです。そのような権能は、公権力のなし得るメニューにはいっていないと指摘せざるを得ません。

最後4番目の問題領域は、直接には国家や権力の問題ではなく、社会の同調圧力の問題です。社会の多数派は少数派に対して、同じ思想、同じ行動をとるよう求めます。これに従わない異端者を排斥しようとします。極端には、国賊、非国民ということになります。今、社会の多数派は、「国旗国歌に対して敬意を表明することは国際儀礼ではないか」「社会人としての常識ではないか」「起立・斉唱くらいはすべきではないか」という態度です。

この多数派の意思が、民主主義の名の下に権力に転化して、「日の丸・君が代」強制となっています。政治的な権力を支え、「日の丸・君が代」強制を合理化しているものが、実は社会の多数派の意思であり同調圧力なのです。

本来一人ひとりの人権は、多数派の圧力からも、権力的な強権の発動からも守られねばなりません。むしろ、少数者の人権だからこそ脆弱で侵害から守られねばなりません。「日の丸・君が代」強制は立憲主義の原則上、公権力のなし得る権限を越えたものであることを厳格に指摘しつつ、教育への権力の介入を阻止するために、今後とも「日の丸・君が代」強制と闘っていかねばならないと思います。

厳しい現場で教育者としての良心を貫いて懲戒処分を受けている皆様には心から敬意を表明いたします。私たち弁護団も、ご一緒に訴訟活動に邁進する覚悟です。
(2014年10月25日)

スラップ訴訟をなくするためにー「DHCスラップ訴訟」を許さない・第26弾

お招きいただき、ジャーナリストの皆様にお話をする機会を与えていただいたことに感謝申し上げます。

私は現役の弁護士なのですが、二つの「副業」をしています。一つはブロガーで、もう一つは「被告」という仕事です。この二つの副業が密接に関連していることは当然として、実は本業とも一体のものだというのが、私の認識です。

私は、「澤藤統一郎の憲法日記」というブログを毎日書き続けています。盆も正月も日曜祝日もなく、文字どおり毎日書き続けています。安倍政権が成立して改憲の危機を感じ、自分なりにできることをしなければという思いからの発信です。改憲阻止は、私なりの弁護士の使命に照らしての思いでもあります。

憲法は紙に書いてあるだけでは何の値打ちもありません。憲法の理念をもって社会の現実と切り結ぶとき、初めて憲法は生きたものとなります。そのような視点から、ブログでは多くの問題を取り上げてきました。そのテーマの一つに、政治とカネの問題があります。「政治に注ぎこむカネは見返りの大きな投資」「少なくとも、商売の環境を整えるための保険料の支払い」「結局は政治は金目」というのが、有産階級とその利益を代弁する保守政治家の本音なのです。健全な民主主義過程の攪乱要素の最大のものは、政治に注ぎこまれるカネ。私はそう信じて疑いません。

「カネで政治は買える」「カネなくして、人は動かず票も動かない」という認識のもと、大企業や大金持ちは政治にカネを注ぎこみたくてならない。一方、政治家はカネにたかりたくてならない。この癒着の構造を断ち切って、富裕者による富裕者のための政治から脱却しなければならない。

カネで政治を動かすことが悪だというのが、私の信念。カネを出す方、配る方が「主犯」で罪が深く、カネにたかる汚い政治家は「従犯」だと考えています。だから、カジノで儲けようとして石原宏高に便宜を図ったUE社、医療行政の手心を狙って猪瀬にカネを出した徳洲会を批判しました。同様に、みんなの党・渡辺喜美に巨額の金を注ぎこんだDHCも批判しました。

メディアの多くが「渡辺喜美の問題」ととらえていましたが、私は「DHC・渡辺」問題ではないか、と考えていました。どうして、メデイアは渡辺を叩いて、DHCの側を叩かないのか、不思議でしょうがない。で、私は、3度このことをブログに書きました。そうしたところ、DHCと吉田嘉明から、私を被告とする2000万円の損害賠償請求の訴状が届きました。以来、二つ目の副業が始まりました。

2000万円の提訴には不愉快でもあり驚きもしましたが、要するに「俺を批判すればやっかいなことになるぞ」「だから、黙っておれ」という意思表示だと理解しました。人を黙らせるためには、相手によっては脅かして「黙れ」ということが効果的なこともあります。私の場合は、「黙れ」と言われたら黙ってはおられない。「DHCと吉田は、こんな不当な提訴をしている」「これが、批判を封じることを目的とした典型的なスラップ訴訟」と、提訴後繰りかえしブログに記事を書きました。これまで25回に及んでいます。

黙らない私に対して、DHCと吉田は2000万円の損害賠償請求額を、増額してきました。今のところ、6000万円の請求になっています。もちろん、私は、口をつぐんで批判の言論を止めるつもりはない。もしかしたら、請求金額はもっともっと増えるかも知れません。

私は、DHCと吉田の提訴は、日本のジャーナリズムにとって看過し得ない大きな問題だと考えています。メデイアも、ジャーナリストも、傍観していてよいはずはありません。本日はそのことを訴えたいのです。

DHCと吉田の提訴は、明らかに言論の封殺を意図した提訴です。高額の損害賠償請求訴訟の濫発という手段で、自分に対する批判の言論を封じようというのです。弁護士の私でさえ、提訴されたことへの煩わしさには辟易の思いです。フリーのジャーナリストなどで同様の目に遭えばさぞかしたいへんだろうと、身に沁みて理解できます。金に飽かしての濫訴を許していては、強者を批判するジャーナリズム本来の機能が失われかねません。

しかも、DHC・吉田が封じようとしたものは、政治とカネの問題をめぐる優れて政治的な言論です。やや具体的には、典型的な「金持ちと政治家とのカネを介在しての癒着」を批判する言論なのです。明らかに、DHC・吉田は、自分を批判する政治的言論の萎縮をねらっています。問題はすでに私一人のものではありません。政治的言論の自由が萎縮してしまうのか否かの問題となっているのです。メディアが、あるいはジャーナリストが、私を被告にするDHC側の提訴を批判しないことが、また私には不思議でならない。

いま、吉田清治証言紹介記事の取消をきっかけに、朝日バッシングの異様な事態が展開されています。首相の座にいる安倍晋三が河野談話見直し派の尖兵であったことは、誰もが知っているとおりです。歴史修正主義者が大手を振う時代の空気に悪乗りした右翼が、「従軍慰安婦」報道に携わった元朝日の記者に脅迫状を送ったり、脅迫電話を掛けたりしています。

靖国派と言われる閣僚や政治家たち、そして匿名のネット記事で悪罵を投げ続けている右翼たち。こういう連中に、悪罵や脅迫は効果がないのだということを分からせなければなりません。大学に対して、「朝日の元記者を、教員として採用することをやめろ」という脅迫があれば、大学も市民も元記者を守り抜いて脅迫をしても効果がないもの、徒労に終わると分からせなければなりません。万が一にも、「脅かせば脅かしただけの効果がある」「退職強要が成功する」などいう「実績」を作らせてはならないと思うのです。

DHC・吉田の提訴にも、ジャーナリズムが挙って批判の声を上げることが大切だと思います。DHCは私の件を含め10件の訴訟を起こしました。異常というしかありません。これを機に、わが国でもスラップ訴訟防止のための法制度や制裁措置を定めるべきことを検討しなければならないと思います。

それと並んで、本件のようなスラップ訴訟提起を、それ自体がみっともなく恥ずかしい行為だという社会の合意を作らねばなりません。健全な民主的良識を備えた者、多少なりとも憲法感覚や常識的な法意識を持った者には、決してスラップ訴訟などというみっともないことはせぬものだ。仮に、黙っておられない言論があれば、言論には言論をもって対抗すべきという文化を育てなければならないと思うのです。それには、あらゆるメデイアが、ジャーナリストが、本件スラップ訴訟を傍観することなく、批判を重ねていただくことに尽きると思います。そうしなければ、日本のメディアは危ういのではないか、本気で心配せざるを得ません。

はからずも、私はその事件当事者の立場にあります。ぜひ、皆様のご支援をよろしくお願いします。
(2014年10月24日)

「10・23通達」発出からの11年

本日は、10月23日。東京都の教育委員会が悪名高い「10・23通達」を発出してから11年目となる。11年で舞台の役者はすっかり変わった。石原慎太郎は都知事の座を去り、米長邦雄や鳥海巌は他界した。当時の教育委員で残っている者は内舘牧子を最後にいなくなった。教育庁の幹部職員も入れ替わっている。しかし、「10・23通達」はいまだに、その存在を誇示し続け、教育現場を支配し続けている。

入学式卒業式に「日の丸・君が代」など、かつての都立高校にはなかった。それが、「都立の自由」の象徴であり、誇りでもあった。ところが、学習指導要領の国旗国歌条項の改訂(1989年)あたりから締め付けが強まり、国旗国歌法の制定(1999年)後には国旗の掲揚と国歌斉唱のプログラム化は次第に都立校全体に浸透していく。それでも、強制はなかった。多くの教師・生徒は国歌斉唱時の起立を拒否したが、それが卒業式の雰囲気を壊すものとの認識も指摘もなく、不起立不斉唱に何の制裁も行われなかった。単なる不起立を懲戒の対象とするなどは当時の非常識であった。

この非常識に挑戦して、敢えて「10・23通達」を発出したのは、石原慎太郎という右翼政治家の意向によるものだが、より根源的には2期目の石原に308万票を投じた都民の責任というべきであろう。

「10・23通達」発出直後、石原は、「今は、首をすくめて様子を見ている各県も、10年後には東京都の例にならうだろう。それが、東京から日本を変えるということだ」と発言している。今振り返ってみて、当たっているようでもあり、外れているようでもある。けっして、石原の思惑のとおりにことが運んだわけではない。しかし、「10・23通達」を梃子とした教育行政の教育支配は着実に進んでいる。かつての、公教育における自由闊達の雰囲気は大きく損なわれたと、現場の教員は口を揃えて言う。このような教育で、憲法が想定する、明日の主権者が育つのか、心配せざるを得ない。

ところで、「10・23通達」を発出した直接の責任者は、石原に抜擢され、その走狗となった教育長・横山洋吉である。およそ、教育とは無縁の人物。教育長をステップに、その後副知事になっている。この横山と、一度だけ顔を合わせたことがある。「君が代解雇訴訟」一審で、彼が証人として証言したときのこと。私も、尋問を担当している。記録では、2005年10月12日水曜日。この訴訟は、定年後の再雇用が既に決まっていた教員について、卒業式の「君が代・不起立」を理由に、再雇用を取り消したことを違法・無効として、その地位の回復を求めた訴訟である。当時の私たちは、これを解雇と同様の労働訴訟だと考えていた。

当の首切役人である横山の証言について、当時のブログが残っている。参考になろうかと思うので、お読みいただきたい。

「この男が横山洋吉(前・都教育長)か。「10・23通達」を発し、都下の全校長に「日の丸・君が代」強制の職務命令を出させた男。300人余の教員を懲戒処分し、本件原告10名の首を切った男。石原慎太郎(知事)の意を受けて、公教育に国家主義的イデオロギーと管理主義教育体制を持ち込んだ男。

君が代解雇訴訟で、この男が地裁103号法廷の証言席に座った。庁内最大の法廷も、今日は傍聴席の抽選倍率が3倍となった。原告側の反対尋問時間の持ち時間は2時間。私も30分余担当した。

主尋問への証言は無内容、粗雑なものであった。こんな粗雑なだけの証言をする人間に、教育行政を預け、教員の首を預けていることへの恐ろしさを禁じ得なかった。とんでもない人物に権力を握らせる恐怖である。

しかし、反対尋問では、意外に証人は挑戦的ではなかった。そして、証言の切れ味もなかった。ただただ粗雑に、首切り役人の役割を買って出たその姿を露わにした。憲法の理念に理解なく、なすべき検討を怠り、慎重さを欠いて、ひたすら蛮勇をふるった姿。

彼が語ることは、極めて単純。

『学習指導要領が法的拘束力を持っている。それに従って適正に国旗国歌の指導が必要だ。ところが、都立校では適正な指導がなされておらず、積年の課題として正常化が必要だった。だから、「10・23通達」が必要だった。「10・23通達」に基づいて、「国旗に向かって起立し、国歌を斉唱せよ」との職務命令を発したのは校長の裁量だが、職務命令が出た以上は、その違反を理由とする懲戒処分は当然』これだけである。

この道筋以外のことは彼の頭に入らない。検討もしていない。この彼の「論理」の道筋を辿った反対尋問がなされた。学習指導要領の性格について、旭川学テ訴訟最高裁大法廷判決の理解について。「大綱的基準」の意味について。創意工夫の余地が残っているかについて。学習指導要領と「10・23通達」の乖離について。教員への強制の根拠について。児童生徒の内心への介入について。強制と指導の差異について。内心の自由説明を禁止した根拠について。処分の量定の根拠について。比例原則違反について‥。

およそ、憲法上の検討などはしていないことが明らかとなった。彼は、「憲法19条の思想良心の自由は、純粋に内心の思想だけを保護するもの」という。では、「内心の思想良心が外部に表出されれば、21条の問題となる。21条についてはどのような検討をしたのか」と聞いたところ、「21条とは何でしょうか。私は法律家ではないから分からない」と言った。これには、本当に驚いた。21条は、9条と並ぶ憲法の看板ではないか。憲法のエッセンスである。本件でも、不起立を、象徴的表現行為との主張もしている。

突然に尋問が空しくなった。もっともまじめな教育者たちが、その真摯さゆえに、こんな程度の人物にクビを切られたのだ。およそ何の配慮も検討もなく。」

なお、10月25日(土)18時30分から、
お茶の水の連合会館(旧総評会館)大会議室で
「学校に自由と人権を!10・25集会」が開催される。

集会の趣旨は以下のとおり。
「都教委の10・23通達による463名もの教職員の大量処分。こんな異常な教育行政に屈せず闘い続けて11年。この闘いを通して学校での「日の丸・君が代」強制は、「戦争する国」のための人つくりの「道具」となっていることを実感しています。

都教委は、10・23通達を契機に学校現場を「屈服」させ、都立高校での自衛隊との連携に名を借りた宿泊防災訓練(自衛隊への「体験入隊」)、「学力スタンダード」など都教委の各学校の教育課程への介入、「生活指導統一基準」という名の「処罰主義」による画一的生徒指導の押しつけ、「国旗・国歌法」に関する記述を理由とした実教出版の日本史教科書の排除など、「戦争する国への暴走の先兵となっています。

私たちは、都教委と正面から対決して闘い続けてきました。その原点の1つが「子どもたちをを再び戦場に送らない」決意です。」

メインの講演は池田香代子さん「子どもとおとな 平和でつながろう」
私も特別報告で「『君が代』訴訟の現段階と今後の展望」を語る。 
ぜひ、集会にご参加を。
(2014年10月23日)

「ノルウェー漁業」に学ぶー経済競争は果たして善だろうか

昨日(10月21日)の毎日新聞第11面。「地球INGー進行形の現場から」という月に1度の連載ルポが、「ノルウェー管理漁業」を取り上げた。ノルウェー漁業政策の成功譚である。「浜の一揆」衆に加担している私には、ノルウェー漁業が話題となること自体が欣快の至り。

調査の行き届いた内容の濃い記事を読んで、改めて考えさせられることが多い。漁業関係者ならずとも、興味をそそられる内容ではないか。長文の記事なので、私の関心にしたがって要点だけを紹介する。

まず、見出しをご覧いただきたい。これだけで、あらかた内容を理解していただけよう。
◇船ごとに漁獲量割り当て
 過当競争をやめ資源回復
 漁業者の生活も安定
◇危機直面 科学的助言を重視

何よりも、目を惹くのは、ノルウェーの漁民が経済的に豊かだということだ。後継者問題での悩みが深い日本の漁民の目からは羨ましい限り。
「ノルウェーの漁業は最近、高収入が期待でき、漁師の年収は600万〜1000万円にもなる。子が漁師を継ぐケースも多い」「管理漁業で漁業者の生活は安定した。20億円前後の大型漁船を購入して10年でローンを返済することも珍しくない。冷凍工場の社員が耳打ちしてくれた。『漁師は今、高級車を買って、大きな家を新築している』」

もう一つは、ノルウェー漁民の余裕である。
「『漁師仲間と電話で情報を交換する‥』と船長は言う。漁師同士はライバルではなく仲間なのだ」「船長は言う。『過当競争は水産資源を傷つけ、最終的に自分たちの首を絞める』」ここが最も印象に深い。

この成功をもたらしたのは、「船ごとに漁獲量を割り当て、漁業者同士で漁獲枠の貸し借りや、売買ができることを柱にした『漁船別漁獲割り当て(IVQ)』と呼ばれる管理漁業」の導入である。ノルウェーやニュージーランドでは、この制度の導入が成果をあげているのだ。

海洋資源は本来誰のものでもない。所有権が設定された農地に生産された農産物とは、根本的に性格が異なる。我れ勝ちに乱獲することの不合理は誰の目にも明らかではないか。まずは、資源保護のために漁獲可能の総量を科学的に算定する。これをTAC(Total Allowable Catch)制度と呼んでいる。この総量(TAC)は、多くの国において漁業経営の単位ごとに割り当てられている。この個別の漁獲高割り当て制度をIQ(Individual Quota)という。漁船単位の割り当てを(IVQ)というようだ。

IQが定められれば、漁民間の競争はなくなる。抜け駆けは不要、無理をすることもない。漁師それぞれが、自分にとって一番都合のよい時期に稼働すればよい。「ヨーイ、ドン」で解禁された漁場に出向いて、限られた時間で他人より多くの漁獲高を上げようとする不毛な努力は不要となる。そのような「オリンピック方式」がもたらす無駄もなくなる。

イカ釣漁業の集魚灯は、最初は小光量・小電力で十分な漁獲があった。それが、大光量化・大消費電力化の歴史をたどって、燃料依存度の高い産業となり、燃油高騰を背景に厳しい経営を余儀なくされている。大光量化・大消費電力化は、主としては漁船間の競争によって余儀なくされたものだという。一斉に漁場に出て、他の漁船に負けまいとする競争がこのような、不合理な結果をもたらしている。

日本では、何種類かの魚種にTACの制度が導入されているが、IQの導入はない。IQなしのTACは、漁民をさらなる競争に駆りたてることになる。「IQ制度は漁業経営単位ごとにあらかじめ期間中の漁獲枠が与えられているので,その枠をいかに効率的,経済的に利用していくかは,漁業経営単位の裁量に任されている。このことは漁業経営に安定性をもたらすほか,資源を持続的に利用できるという資源管理上の効果を期待できる点に特徴がある」と研究者は解説している。

漁民の漁獲高に個別の制限が設けられれば、漁民がコストの削減に意を用いることになるのは理の当然。漁船単位でも漁業界全体でも、省エネ省資源に資することが必定となる。

漁業政策の基本理念は、「水産資源の維持」と「漁業者間の利益の公平」の2点に尽きる。TACとIQの制度は、これを二つながら満足させることになる。この政策を採用するよう、強く要求しているのが「浜の一揆」の主体となっている岩手県漁民組合なのだ。ところが、岩手県の水産行政がいっこうにこれに応える姿勢がない。本来、行政が主導して、漁民のための政策を実行すべきなのだが、実態は真逆なのだ。漁民組合の有志は、ノルウェーまで出かけて行って、彼の地の制度の成功を学んでいる。弘化や嘉永の三閉伊一揆においても、一揆衆は周到に学習を積み上げていた。「浜の一揆」も同じなのだ。

毎日の記事によれば、ノルウェーも昔からこうだったのではないという。
「ノルウェーは1960〜80年代にかけ、乱獲で水産資源を枯渇させた。ニシンは69年からの約10年間、ほとんど漁獲量がなく、マダラは80年代後半に漁獲量が激減した。
 漁業関係者には『繰り返すな(ネバー・アゲイン)4月18日』という合言葉がある。89年のその日、海からマダラがいなくなり漁師は沿岸漁の停止に追い込まれた。この『事件』が危機感を呼び、政府は水産資源保護に本腰を入れた」

こうして、「漁船別漁獲割り当て(IVQ)」と呼ばれる管理漁業が導入された。複合的な政策が効果を上げ、水産資源は90年代から回復した。結果的に漁業者の生活も安定する。「81年に13億4500万クローネ(当時のレートで約516億円)だった漁業補助金は現在、ほぼ0だ」という。

 水産会社「極洋」(本社・東京都港区)の房田幹雄さんの話でルポは締めくくられている。「房田さんは34年間、この時期、現地で品質をチェックしている。房田さんは『しっかりと漁獲量を管理することで漁師は船を大きくし、冷凍会社は倉庫を広げた。日本にないほどの大きな船や倉庫がノルウェーにある。将来を見据えた水産政策が実を結んだ。日本が見習うべきことは多い』と語った」

「取材後記」として、記者の感想が述べられている。
「(両国の漁業事情の)違いを理解しながらも、水産資源を保護しながら、漁業者の生活を安定させたノルウェーから学ぶことは多い。水産資源が枯渇してしまっては文化や地域コミュニティーも維持できないからだ」

我々は、経済社会においては競争の存在こそが善で、優勝劣敗あることは当然との思想を刷り込まれてはいないだろうか。資源の有限性が誰の目にも明らかな時代に、力によるその分捕り競争を認めることは、実は全体の利益に反することとなるまったく愚かなことではないだろうか。

漁業という場において、限りある資源の合理的な配分を通じて資源の維持に成功すれば、これは文明史的な大事件ではないか。そのとき「浜の一揆」は大仕事を成し遂げることになる。もちろんその時点では、県の水産行政は一揆衆の味方になっているはずだ。
(2014年10月22日)

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