上川陽子法相、はたしてその任が務まるだろうか
「20日に2閣僚が同時辞任した後も政治とカネの問題がくすぶり続けていることに、政権内ではいら立ちが募っている。地方創生や女性活躍など今国会の重要テーマもかすみかねない。首相は28日夜、公邸で自民党の佐藤勉国対委員長らと会食し『いろいろご苦労をかけて申し訳ない』と述べ、閣僚による一連の問題で国会審議が遅れている状況を陳謝した」(毎日)と報道されている。
「いろいろご苦労」「一連の問題」としてあげられているのは、望月義夫環境相、宮沢洋一経産省、江渡聡徳防衛相、有村治子女性活躍担当相、西川公也農相の面々だが、ウチワで法相の職を吹き飛ばされた松島みどりの後任に納まった上川陽子法相を加えなければならない。
「ウチワごときは柳に風と受け流しておけばよい」ことにならなかったのは、法務行政の責任者には格別の廉潔性が求められるからである。ならば、上川陽子の法相としての適格性もすこぶる怪しい。
2009年総選挙で、上川の陣営は公選法違反の摘発を受けている。選挙に携わった者の内4人が検挙され、3人は起訴猶予となったが、ひとりが略式起訴で50万円の罰金刑となって確定している。公訴事実の罰条は、運動員買収(公職選挙法221条1項)の約束罪である。選挙運動は飽くまで無償、運動員にカネを出せば犯罪。カネを出さなくても約束するだけで犯罪、約束の成立まで至らなくても、申込みだけでも犯罪として成立する。上川陣営の摘発は公選法違反の典型ケースである。
選挙直後の毎日新聞(静岡版)は次のように報じている。貴重な情報として全文転載させていただく。
「◇幹部ら会見 容疑者、違法の認識なし
政権交代が起きた先の衆院選で県内有数の激戦区だった(静岡)1区。民主党候補と競り合い、落選した自民党の上川陽子氏の陣営で選挙違反事件が発覚した。後援会の女性事務員2人の逮捕を受け、上川氏の後援会幹部らは9日夜、記者会見を開き、2人がアルバイトに投票依頼の電話をかけさせた容疑について「把握していない」と説明。逮捕された2人は接見した弁護士に『違法性があるとは思っていなかった』と話していた、と強調した。
記者会見には、白井孝一弁護士と後援会事務局員(64)が出席。午後7時半過ぎから県庁内で開かれた。白井弁護士らによると、同陣営は7月16日から公示前日の8月17日まで、静岡市葵区の人材派遣会社と契約。5、6人のアルバイトを雇い、1区の自民党支持者約8万世帯分の名簿に記載された電話番号に変更がないか、電話をかけて確認させていたという。公示日以降も契約は続け、同じ作業をさせたが、投票を依頼するような文言を言わせていたとは把握していないとしている。
これに対し県警は、上川陣営がアルバイトの女性に有権者に投票を依頼する電話をかけさせていたとみて、その際『時給1000円の日当を支払う』と交わした約束が買収にあたるとしている。県警は逮捕した2人から詳しく事情を聴き、金の出所や、陣営内で指示があったかどうかを追及する方針。
県警は9日午後、関係する数カ所を一斉に家宅捜索した。同区七間町にある上川氏の個人事務所には午後4時過ぎ、捜査員ら約25人が一斉に入った。
上川氏はこの日、取材に対応せず、後援会の藤田卓次事務所長が『電話をかけることと派遣会社との契約について違法との認識を持っていなかった。有権者と支援者にご心配をおかけし、誠に申し訳ない』とのコメントを出した。」
この報道で事態がよく飲み込める。前述のとおり、選挙運動員に金の支払いを約束すれば、運動買収(約束)罪が成立する。選挙運動は飽くまで無償のボランティアが原則なのだ。ところが、選挙運動ではなく純粋に事務作業だけを行う事務員としてなら、一日1万円までの日当を支払うことができる。逮捕された女性事務員2人が選挙運動を行っていたのか、それとも、単なる裏方の事務作業に専念していたといえるのか、そこが有罪と無罪の分かれ目となる。
有権者への投票依頼の電話掛けは、典型的な選挙運動である。当然のことながら、電話による投票依頼は自由に行うことができる。しかし、選挙運動は飽くまで無償で行われなくてはならない。対価を約束しまたは支払うことは、支払う方にも支払われる方にも、犯罪が成立する。
上記の報道では、人材派遣会社からの派遣社員が、有権者の名簿にしたがって電話を掛けたこと、その労働に時給1000円の支払いが約束されていたことは上川陣営の争うところではない。問題は、「公示日の前から公示日のあとに至るまで」「自民党支持者約8万世帯分の名簿に記載された電話番号に変更がないか、電話をかけて確認させていた」ことが、選挙運動に当たる実態のものであるか否かとなる。陣営では、「電話番号に変更がないか、電話をかけて確認させていただけで、投票依頼をさせていたわけではない」という。単純な事務作業であったといいたいのだ。
しかし、有権者8万人に電話を掛けるのだ。どのようにすれば、選挙運動にはならない電話掛けが可能なのだろうか。有権解釈における選挙運動の定義は「特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為」というものである。8万人の有権者への電話かけは認めながら、「これは選挙運動には当たらない」とがんばる方が無理筋と言うべきだろう。
具体的な電話の内容を想定してみよう。常識的に、「こちらは衆議院議員上川陽子の事務所です」とは言うだろう。そのうえで、「前回も自民党へのご支持を戴きました」とも言うだろう。有権者の反応を見て、何か言わないはずはあるまい。意識的に「今回もよろしく」と言わないというのだろうか。県警側の、「上川陣営がアルバイトの女性に有権者に投票を依頼する電話をかけさせていた」という見方の方が常識的だ。「時給1000円の日当を支払う」と交わした約束が買収にあたることは明白と言うほかはない。捜査当局は、保守陣営にもなかなか厳格に対処している。
そもそも、このような仕事に派遣会社員を使うという上川陣営の発想自体に驚かざるを得ない。名簿ができているのだから、名簿にしたがって順次電話による投票依頼の作業を粛々と進展させるべきが当然だろう。名簿の確認のためだけの電話掛に手間暇とカネを掛けるなど、馬鹿馬鹿しくも下手な言い訳に過ぎないと思われて当然。しかし、これとて本当に必要ならボランティア運動員が行うべき作業ではないか。
カネはあるが、運動員として働いてくれる人がいない場合に上川陣営の発想になる。このような「選挙運動は無償のボランティアで」という原則の弁えもない人物にほかならぬ法務大臣が務まるだろうか。
この選挙違反の件、「身体検査」では容易に分かることだ。安倍内閣は、法務大臣にはこんなお粗末な政治家でよいと判断したことになる。私には、「選挙運動員に時給1000円」は、ウチワの比ではない重要問題だと思われるのだが。
(2014年10月29日)