澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

日弁連・消費者委員長在任中に殺害された、津谷裕貴弁護士を悼む

本日(4月10日)、警察の使命 市民の安全が最優先~秋田・弁護士殺害事件高裁判決を読み説く」と題した報告集会に参加した。

「秋田・弁護士殺害事件」の被害者は、津谷裕貴さん。2010年11月4日未明,自宅で殺害された。犯人は、津谷さんが受任していた離婚事件の相手方であった。拳銃や枝切りばさみ、一緒に自爆するための火薬入りベストなどを用意して侵入。津谷さんを殺害しようともみ合いになった。津谷さんは、犯人から拳銃を取りあげたが、そこに妻の110番通報で警察官2人が駆けつけた。警察官は、犯人から拳銃を取り上げていた津谷さんを犯人と誤って取り押さえ、そのその隙に犯人が津谷さんの胸などを枝切りばさみで複数回刺して殺害したという。結果論だが、警察官の不用意な介入がなければ津谷さんが殺されることはなかった。

犯人は、殺人罪で無期懲役が確定したが、遺族は国家賠償請求訴訟を起こした。駆けつけた警察官の過失によって津谷さんが死に至ったという主張。ところが、一審秋田地裁はこの請求を棄却した。銃をもっていた津谷さんを犯人と誤って取り押さえたことは、この状況下ではやむを得ず、警察官に過失はない、という判断だった。

控訴審である仙台高等裁判所秋田支部は,2019年2月13日,第一審判決を破棄し,現場の警察官の過失を認める逆転勝訴判決を言い渡した。判決の中に,「警察官としては,被疑者の逮捕よりも国民の生命身体の保護を優先すべき」という一文があるという。本日の報告集会は、「警察の使命とは何か」という視点で高裁判決を読み解く、というもの。事件記者として警察取材の経歴が長い、ジャーナリストの青木理さんを交えてのパネルディスカッションは、興味深いものだった。秋田県側の上告があって、舞台は最高裁に移っている。事件が確定した段階で、詳細報告をしたい。

ところで、津谷さんは、殺害された当時、日弁連の「消費者問題対策委員会」の現役委員長であった。日弁連の活動とは、委員会活動にほかならない。その委員会の代表格として、消費者委員会の活動がある。消費者問題の間口は広く、奥行きは深い。日弁連消費者委員会は、その重要な全領域をカバーして、たいへんアクティブな委員会として知られている。

消費者問題に関する情報を交換し、研究し、被害救済の実践例を持ち寄り、成果を啓発し、各地の消費者行政や運動と連携し、さらには立法活動に奔走している。弁護士としてやりがいのある分野であり、この委員会に拠って活動している弁護士の所属意識や連帯感は強い。消費者族などという言葉がある。消費者族は、場合によっては全国的な大事件に弁護団を組み、さらに連帯感を高める。

この委員会の2代目委員長が、大阪弁護士会の中坊公平さん。私は8代目だった。津谷さんが何代目かは承知していないが、現役委員長の殺害は衝撃だった。

直後に発行された、同委員会の「消費者問題ニュース・No.140」に、委員長代行石戸谷豊弁護士(横浜)の追悼の言葉「津谷委員長とともに」が掲載されている。強く胸を打つものがある。

以下は、その一部である。
…津谷さんは,いなくなったわけではない。そう思い直した。私は,妻を癌で亡くして以来,自ずと涌きあがってくるものを詩の形にしている。これが,故人と会話する私なりの作法となった。津谷さんの葬儀の翌日が,消費者委員会の正副委員長会議であった。その翌日は全体委員会で,委員長代行として臨むことになった。事件当日以来,浮かんできたあれこれの思いを詩の形にして,津谷委員長に捧げ,委員会を迎えた。だから,津谷さんも,ともに委員会にいてくれたはずである。そして,不招請勧誘の禁止ルールが消費者法に導入される日には,ともに喜んでくれるはずである。全国の仲間と一緒に,歩んでくれるはずである。いつもの笑顔で,いてくれるはずである。

   津谷さんへ

津谷さん
津谷さんが亡くなったと
報じられたけれども
テレビで流れている映像は
いつもの津谷さんの姿であり
そこに
津谷さんがいるようでもある
  
けれども
セレモニーホールでは
棺の中に
津谷さんが眠っており
小雨降りしきる中で
納棺の儀が行われ
遺骨が安置され
大きな写真が置かれ
部屋いっぱいに花が飾られて
会長が弔辞を読んでいる
  
津谷さん
してみると津谷さんは
やはり
亡くなったのだな

そうだ
津谷さんは
先物事件に情熱を注いだ
津谷さんは
被害者の話をよく聞き
自ら憤り
訴状を書き
裁判を戦い
判決をとり
最高裁の判決もとり
熱く語り
活字にして
手引きにして
改訂して、また改訂して、
何度も何度も改訂して
いつも新しい情報を届けた
各地の弁護士は
それを活用して
裁判を戦い
大勢の被害者を救った
  
それに
津谷さんは
こんな法律はおかしいと
意見書を書き
日弁連の意見書を書き
先物研の意見書を書き
審議会に持ち込み
議員会館をまわり
政党を動かし
国会を動かして
法案の修正に持ち込み
法改正に持ち込み
多くの被害を防いだ

津谷さん
あれだけ情熱を注いだ
不招請勧誘の禁止が
ついに商品先物にも導入されたのだ
その改正法は
もうすぐ施行されるのに
やはり逝ってしまうのか
  
津谷さん
今日は委員会が開かれて
津谷さんの大好きな
津谷さんを大好きな
仲間が集まっているのだから
それだから
今日は
皆と共にいてください
そして
議論を見守ってください
いつもの笑顔で
まとめてください
  
ぜひ、そうしてください
ぜひ、そうしてください
  
2010年11月11日
消費者委員会を迎えて 

(2019年4月10日)

天皇交替の儀式は、滑稽な喜劇ではありません。日本の民主主義の未成熟を物語る深刻な悲劇にほかなりません。

ご近所のみなさま、ご通行中の皆さま。
私は、本郷5丁目に在住する弁護士です。日本国憲法とその理念をこよなく大切なものと考え、憲法の改悪を阻止し、憲法の理念を政治や社会に活かすことがとても大切という思いから、志を同じくする地域の方々と、「本郷湯島九条の会」を作って、憲法を大切しようという呼びかけを続けて参りました。

会は、毎月第2火曜日の昼休み時間を定例の街頭宣伝活動の日と定めて、これまで5年以上にわたって、厳冬でも炎天下でも、ここ本郷三丁目交差点「かねやす」前で、明文改憲も、解釈による壊憲も許さない。憲法理念を輝かせたいと訴えて参りました。とりわけアベ政権の憲法をないがしろにする姿勢を厳しく糾弾しつづけています。

9条の会は、「憲法9条を守ろう」「平和を守ろう」という緩やかな目的で集まっている市民団体です。政党ではありませんから、いろんな考えを持つ人々が参加しています。また、言うまでもないことですが、「憲法9条」だけを擁護しようということではなく、日本国憲法とその核となっている日本国憲法の理念を大切にしようという人々の集まりです。

日本国憲法は、きちんとした体系を持っています。私も、中学生の頃に、憲法全体を支える3本の柱として、その基本構造を教えられました。国民主権・恒久平和主義・そして基本的人権の尊重です。国民主権・平和・そして人権は、けっしてバラバラな理念ではなく、緊密に結びついています。戦前には、国民主権がなかったから、平和や人権を望む国民の声は国政に届かなかった。戦前には、平和を大切にする国家目標はなく侵略戦争や植民地政策に国民は動員され、人権が顧みられることはなかった。 戦前には、基本的人権という思想はなく国民には臣民として与えられた権利しか認められなかった。だから、国民は、天皇主権にも、戦争拡大政策にも抵抗する術を持たなかったのです。

戦前、男子はみな兵士となることを強要されました。一銭五厘のハガキ一枚で、徴兵されたのです。何しろ主権者で神さまである天皇の命令ですから、いやも応もありません。軍隊に行っても、どんな理不尽なことも「上官の命令は天皇の命令」として無理強いされました。抵抗は許されません。これが、平和も人権も、国民主権もない時代のあたりまえの風景でした。その結果が、内外に夥しい犠牲者を出しての敗戦でした。この国は、いったん亡びたのです。

 その反省から、日本国憲法ができました。一見大日本帝国憲法のリニューアルのようで、実は土台から基礎からすべて取り壊して新築されたものが日本国憲法です。施主も施工者も、設計の基本的コンセプトもまるで違ったものなのです。新しい憲法の、真新しい3本の柱は、お互いが支えあって、緊密に結びつけられています。つまり、体系を形作っているのです。

 ご注意いただきたいのは、この3本の柱が形作る日本国憲法の体系には、天皇も天皇制も出てこないということです。日本国憲法の核心をなす体系の中には、天皇も天皇制も出る幕はなく、はいりこむ余地もありません。天皇とは、いわば憲法体系の基本構造の中にはなく外に追いやられた位置にあるものなのです。それは、憲法の基本理念の例外として、かろうじて存在が認められたもの。けっして、憲法の体系を外から壊したり侵蝕したりしてはならないとされた異質なものなのです。

仮に、憲法の理念に、体系的な地番を付けるとすれば、1丁目1番地には、国民の「個人としての尊厳」が書き込まれねばなりません。続いて、1丁目には人権のカタログが並びます。思想・良心の自由、信仰の自由、表現の自由、労働組合を結成して争議を行う自由など。2丁目には国民主権や民主主義の仕組みが、そして3丁目には平和や国際協調が位置することになります。では天皇はどこにいるか、4丁目でも5丁目でもありません、完全に番外地なのです。地番が振られる憲法体系の外にあるもの、それが天皇あるいは天皇制という存在です。

確かに憲法の第1章は「天皇」となっており、第1条から8条まで天皇について書かれた条文が並んでいます。しかし、そこに書かれていることは、「天皇には主権はない」、「天皇にはなんの権限も権能もない」、「天皇はひとり歩きしてはならない」などというないないづくしの、注意的な制限条項だけなのです。天皇のできることと言えば、内閣の指示のとおりに形式的なことをするだけ。憲法上、天皇とは存在はしますが、存在するだけで、けっして積極的な意味をもたないし、もってはならないと釘を刺されている存在なのです。

第1章以外にも出てくる天皇についての規定の中で重要なのは憲法99条です。公務員には、憲法尊重擁護の義務あります。その公務員の筆頭に挙げられているのが、「天皇と摂政」です。つまり、主権者である国民が、天皇に対して、この憲法を尊重し擁護護するよう命令をしているのです。天皇が、この主権者の命令に背くことはけっして許されません。

5月1日には、天皇が交替します。その前日に現職が退任して、後任が就任します。このことは、一つの公務員職の担当者が変更になるだけのこと。時代が変わるか? いいえ、何も変わりません。明るい話題か? いいえ、国民の大多数には何の関わりもありません。大事件なのか? いいえ、何の権限も権能も持たない天皇の交替が大事件であるはずはなく、あってはならないのです。いかにも大事件であるかのように騒いでいる人があるのは、何か思惑あってのことことと警戒しなければなりません。

政治的な意味で、天皇制とは何でしょうか。それは、為政者にとって便利この上ない小道具です。かつての天皇は、神であり、大元帥であり、統治権の総覧者でした。天皇は、政治的な権力であるだけでなく、権威をもっていたのです。何しろ、神さまが正義の戦争だと言ったのです。最後はカミカゼが吹いて必ず勝つ。国民をそう信じ込ませ、侵略戦争に国民を動員するためなくてはならない天皇の権威でした。天皇に戦争責任があったことは論じるまでもないことです。

便利この上ない天皇の権威を作り上げるために、為政者は涙ぐましい演出をしました。その最大の手段が教育であり、メディアの統制でした。そして、特高警察と憲兵が天皇の神聖や権威を冒す流言飛語を取り締まりました。こうして臣民に植えつけられた天皇の権威です。新憲法下、権力を失った天皇ですが、いまだにその権威は清算されていないのです。

憲法上、天皇は本来出しゃばらずひっそりとしていることが望ましいのですが、為政者にとっては、使いでのある権威を備えた天皇でなければ存在の意味はありません。代替わりは、さも大事件であるかのごとく仰々しく行われます。そのハイライトが、10月22日の「即位礼正殿の儀」。高御座の新天皇を見上げて、安倍首相が、「テンノーヘイカ・バンザイ」をやるのです。これは、滑稽な喜劇ではありません。日本の民主主義の未成熟を物語る深刻な悲劇にほかなりません。

4月1日には、5月1日以後に使われるという新元号が発表されました。この国際化の時代に、何ゆえこのような不合理で不便なものに固執するのか。すべては、天皇の権威を演出するための手段なのです。政府が、国民にこの元号を使わせたいとするのは、元号が密接に天皇制と結びついているからです。

みなさん、政府やメディアの新元号フィーバーの演出に乗せられてはなりません。しっかりと主権者として自立していることを確認しようではありませんか。為政者にとっては、権威を警戒することなく、権威を忖度し、権威に安住し、権威に服従する国民こそが、最も望ましい御し易い被支配者としての国民像なのです。天皇の権威はそのように利用されようとしています。眉に唾を付けて、うかつにも、天皇や天皇制や、これを利用しようとしている輩の策に乗せられぬよう気を引き締めようではありませんか。
(2019年4月9日)

反訴原告本人(澤藤)陳述書《その2》 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第152弾

私(澤藤)とDHC・吉田嘉明との間の「DHCスラップ・反撃訴訟」。もともとは、DHC・吉田嘉明が私を訴えた債務不存在確認訴訟。その本訴は取り下げられ、反訴反訴原告でDHC・吉田嘉明が反訴被告の反訴だけが続いている。その審理が大詰めで、次回の法廷は下記のとおり証拠調べ期日となっており、次々回に最終準備書面を提出して結審となる見通し。場合によっては次回結審ともありうる。ぜひ、次回法廷の傍聴をお願いしたい。

☆日時 4月19日(金)午後1時30分~
 法廷 東京地裁415号(4階)

☆証拠調べの順序は、
 最初に反訴原告本人(澤藤)の尋問
  主尋問30分 反対尋問30分。
 次に、証人のUさん(DHC総務部長)。
  主尋問20分 反対尋問30分。
 その次に、反訴被告本人(吉田嘉明)。
  主尋問30分 反対尋問30分の予定。

そのように裁判所は決定し、吉田嘉明に呼出状を発送している。
ところが、吉田嘉明は裁判所から出廷の呼出を受けながら、「出廷したくない」「尋問に応じたくない」と言ってきた。これに、反訴原告(澤藤)側が怒りの意見書を提出して、吉田嘉明に出廷を求めている。

吉田嘉明の本人尋問申請は、反訴原告(澤藤)側からしたものである。吉田嘉明の私に対する提訴の動機や意図は、客観事情からの推測にとどまらず、吉田本人から直接に語ってもらう必要があるからだ。裁判所はこれを認め、審理に必要だとして吉田嘉明に出廷を命じているのだ。やむを得ないと納得せざるを得ない正当な理由のない限りは、出廷して尋問を受けることが吉田嘉明の義務である。そして今、吉田嘉明は出廷しない正当な理由を示し得ていない。

結局、吉田嘉明とは、著しく遵法精神を欠く人物というほかはない。吉田も、吉田を説得しようとしない代理人弁護士もまったく真摯さに欠ける訴訟追行の姿勢と指摘せざるを得ない。

この点について、メディアからの問合せがある。「吉田が出廷するなら、法廷に取材に行きたい」「実際のところ、吉田の出廷の見込みはどうなのか」というもの。私に分かるわけはない。「出廷予定の有無を、直接吉田に取材してみてください」と言うほかはない。

ところで、尋問を受ける者は陳述書を提出する慣行が定着している。限りある尋問時間では述べ切れない言い分も言える。反対尋問者に不意打ちをさせないという配慮もある。私も、4月2日付けの陳述書作成して、翌3日に裁判所提出した。冒頭が下記のとおりである。
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平成29年(ワ)第38149号損害賠償請求反訴事件
反訴原告 澤藤統一郎
反訴被告 吉田嘉明,株式会社ディーエイチシー

2019年4月2日

反 訴 原 告 本 人 陳 述 書

東京地方裁判所民事第1部合議係御中

反訴原告本人  澤 藤 統一郎

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 はじめにー本陳述書作成の目的と概要
1 私の経歴
2 ブログ「憲法日記」について
3 「本件各ブログ記事」執筆の動機
4 言論の自由についての私の基本的な理解と本件各ブログ
5 「本件ブログ記事」の内容その1ー政治とカネの関わりの視点
6 「本件ブログ記事」の内容その2ー規制緩和と消費者問題問題の視点
7 「本件ブログ記事」の内容その3ースラップ訴訟批判の視点
8 DHC・吉田嘉明の「前訴提起」の目的とその違法
9 前訴における請求拡張の経緯とその異常
10 DHC・吉田の関連スラップ訴訟10件
11 本件スラップ提訴は「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」
12 本件反訴提起の動機と意味
13 損害について
14 反訴被告の応訴態度について
おわりにー本件判決が持つであろう意味

目次を見ていただいてもお分かりのとおり、やや長文である。これを分けて、掲載したい。読むに値するものと思うし、読み易いとも思う。

「はじめにー本陳述書作成の目的と概要」は、3月28日の当ブログに掲出した。
訴訟大詰めの反訴原告本人陳述書 ― 「DHCスラップ訴訟」を許さない・第151弾
http://article9.jp/wordpress/?p=12321

この151弾を、「陳述書」紹介の《その1》として、本日が《その2》である。
以下に、陳述書の下記部分を掲載する。
 1 私の経歴
 2 ブログ「憲法日記」について
 3 「本件各ブログ記事」執筆の動機
 4 言論の自由についての私の基本的な理解と本件各ブログ

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1 私の経歴
私は、戦後民主主義の空気の中で育った、23期司法修習の弁護士です。
学生時代に、松川事件被告人の救援運動や鹿地亘氏事件の支援運動に関わったことを直接のきっかけとして、弁護士を志しました。司法修習の時代に、青年法律家協会の活動に加わり、「法の本来的使命は、社会的弱者の権利擁護にある」「司法の本来的使命は、弱者の権利救済を実現するための手続にある」と確信するようになり、そのような「法や司法本来の理念を実現する立場の法曹になろう」と思い立ちました。
1971年4月に弁護士登録して、今年の春で48年になります。この間、憲法訴訟、行政訴訟、労働事件、消費者事件、医療・薬害訴訟、教育関係事件、性差別是正事件、政教分離事件、国旗国歌強制違憲訴訟、平和的生存権訴訟などに携わってまいりました。
常に社会的弱者の側、つまりは、労働者・消費者・患者・市民・国民の側に立って、公権力や大企業、カネや権威を持つ者と対峙する姿勢を崩さず、微力ながらも弁護士本来の任務を全うしてまいりました。これまで、初心を忘れることなく職業生活を送ってきたとのいささかの自負があります。
日本国憲法を携えて実務法律家として職業生活を送ることができたことを何よりの人生の好運と考え、平和・人権・民主主義の憲法理念の擁護のための姿勢を堅持してきたつもりです。
本件に関連していえば、政治資金規正法や公職選挙法問題については、刑事弁護実務において携わった経験から、またいくつかの選挙運動に関与したことから、関心をもち続けてきました。政治資金規正法の理念である政治資金収支の透明性確保の要求については、民主主義の基礎をなす制度として強く共感し、カネで政治を動かそうとすることへの強い嫌悪と警戒心を有しています。
また、市民が弱者として経済的強者と対峙する消費者問題にも強く関心をもち、広範な消費者事件の諸分野で訴訟実務を経験してきました。弁護士会内の消費者委員会活動にも積極的に参加し、東京弁護士会の消費者問題対策委員長を2期、日本弁護士連合会の消費者問題委員会委員長2期を勤め、消費者問題をテーマにした日弁連人権擁護大会シンポジウムの実行委員長も経験しています。
弁護士には、医師のような専門性標榜の制度がありませんが、以上の経歴から、私は消費者問題をライフワークとしてきた弁護士として任じています。それも、分野を特化することなく、消費者事件全般を原理的に追究する姿勢で、実務に携わってきました。そのような姿勢で消費者問題に取り組む中で、弱者保護を目的とする行政規制の有用性と必要性を認識し、規制緩和や規制撤廃の危険性を痛感してまいりました。実務を離れて、そのような立場からの社会的な発言もしてきたところです。
最近規制緩和論が大流行です。その多くは、「無用な官僚規制撤廃」あるいは「既得権益排除」などの名目を掲げて、実は事業者の利益拡大の観点から消費者保護の社会的規制を攻撃するものと言わざるを得ません。その結果消費者保護行政が後退していくことに危機感を募らせてきました。この規制緩和策への警戒感は、現実の消費者被害や被害者に直接に向き合う中で獲得した心構えとして、貴重なものと考えています。

2 ブログ「憲法日記」について
私は、インターネットに「澤藤統一郎の憲法日記」と標題するブログを書き続けています。これも、弁護士としての職業的な使命の一端であり、職業生活の一部との認識で書き続けているものです。とりわけ、弁護士としての行動の理念的な指針となるべき憲法を擁護する立場を鮮明にし、憲法や憲法の理念について、実務法律家の視点から、ときの話題をブログテーマに取り上げて書き続けているものです。
以前にも断続してブログを書いた経験がありますが、現在継続中のものは、第2次安倍政権の発足に危機感を持ち、その改憲路線に警鐘を鳴らすことを主たる目的として、2013年1月1日から書き始めたものです。当初は、以前私が事務局長を務めていた、日本民主法律家協会のホームページの片隅を借りていたのですが、同年4月1日に自前のブログを開設し毎日連続更新を宣言して連載を始めました。幅広く憲法関連問題を題材として、途切れることなく毎日記事を掲載しています。もちろん顕名で自分の身分を明示し、自分の言論の内容に責任をもっての記事です。
このブログを書き続けて、本年(2019年)3月末日で、連続更新記録はまる6年。2191日の連続更新となりました。この間一日の欠落もありません。私のブログは、公権力や社会的経済的な強者や権威に対する批判の姿勢で貫かれています。政権や大企業や天皇制などを批判することにおいて遠慮してはならないと自分に言い聞かせながら書き続けてきました。
そのような視点で世の中を見据えて、批判すべきを遠慮なく批判しなければならない。そのような私の視界に、「DHC8億円裏金提供事件」が飛び込んできたのです。

3 「本件各ブログ」執筆の動機
2014年3月に週刊新潮誌上での吉田嘉明手記が話題となる以前は、私はDHCという企業とは馴染みがなく、主としてサプリメントを製造販売する大手企業の一つとしか認識はありませんでした。もっとも、サプリメントに関しては、多くは効果が実証されていないのに、あたかも健康に寄与し、病気の予防や回復に有益であるかのごとき大量宣伝によって販売されていることを問題視すべきだとは思い続けていました。
業界に問題ありとは思っていましたが、DHCや吉田嘉明には個人的な関心はまったくなく、前訴の訴状で問題とされた3本のブログは、いずれも純粋に政治資金のあり方と規制緩和問題の両面からの問題提起として執筆したものです。公共的なテーマについて、公益目的でのブログ記事であることに、一点の疑いもありません。

4 言論の自由についての私の基本的な理解と本件各ブログ
本件の前訴では、前訴原告(DHCと吉田嘉明)両名が、前訴の被告である私の言論によって名誉を毀損されたと主張しました。しかし、自由な言論が権利として保障されているということは、その言論によって傷つけられる人の存在を想定してのものにほかなりません。傷つけられるものは、人の名誉であり信用であり、あるいは名誉感情でありプライバシーです。
そのような人格的な利益を傷つけられる人の存在を想定したうえでなお、言論が自由であり権利であると保障されているものと理解しています。誰をも傷つけることのない言論は、格別に「自由」だの「権利」だのと法的な保護を与える必要はありません。
視点を変えれば、本来自由を保障された言論によって傷つけられる「被害者」は、その被害を甘受せざるを得ないことになります。DHCと吉田嘉明の前訴原告両名は、まさしく私の権利行使としての言論による名誉や信用の毀損(社会的評価の低下)という「被害」を甘受しなければならない立場にあります。これは、憲法21条が表現の自由を保障していることの当然の帰結といわねばなりません。
もちろん、法が無制限に表現の自由を認めているわけではありません。「被害者」の人格的利益も守るべき価値として、「表現する側の自由」と「被害を受ける者の人格的利益」とを衡量しています。本件の場合には、この衡量の結果はあまりに明白で、DHCと吉田嘉明が「被害」を甘受しなければならないことは自明といってよいと考えられます。
その理由の第1は、前訴原告らの「公人性」が著しく高いことです。吉田嘉明は販売数で全国トップを争う程に広範な読者層を持つ著名な週刊誌に手記を発表することによって自らの意思で「私人性」を放棄し、強い「公人性」を獲得したことが強調されなければなりません。
もともと吉田嘉明は単なる「私人」ではありません。多数の人の健康に関わるサプリメントや化粧品の製造販売を業とする巨大企業のオーナーです。これだけで批判の言論を甘受すべき「公人」性は十分というべきでしょう。これに加えて、公党の党首に政治資金として8億円もの巨額を密かに拠出し提供して政治に関与した人物なのです。しかも、そのことを、党首が変節し、裏切られたとして自ら暴露し、敢えて国民からの批判の言論を甘受すべき立場に立ったのです。週刊誌を利用して、自分の言いたいこと、都合のよいことだけは言いっ放しにして、その批判は許さない、などという身勝手な理屈が通用するはずはないのです。まずは、この点が強調されなければなりません。
その理由の第2点は、私のブログに掲載された、吉田嘉明らの名誉を侵害するとされている言論が、優れて公共の利害に関わることです。
具体的内容のない無色透明の抽象的な言論というものは存在しません。すべての言論は固有の具体的な内容をもっています。現実の訴訟実務においては、内容に関わらない表現の自由というものは考えられません。必ず言論の内容に則して当該の表現の自由の有無が判断されます。
私の言論は、深く政治に関わった吉田嘉明の行為に対する批判です。しかも、政治とカネというきわめて公共性の高いシビアなテーマにおいて、政治資金規正法の理念を逸脱した行為だという批判が、私の言論の具体的内容なのです。これは、吉田嘉明において甘受するしかないはずです。仮にもこの私の言論が違法ということになれば、憲法21条の表現の自由は画に描いた餅となってしまいます。民主主義の政治過程がスムーズに進行するための基礎を失うことになってしまいます。
さらに、第3点は、私の批判の言論が根拠としている事実が、けっして妄想でもなければ、勝手な想像でもないことです。私が恣意的にあやふやな事実を摘示したことは一切なく、すべて吉田嘉明が自ら週刊誌に公表した事実に基づいて、常識的な推論を論述したに過ぎないのです。ブログでの論評ですから、法律知識の少ない多くの方にも分かり易く読んでいただくため、表現にレトリカルな工夫を凝らしたりしているところもありますが、弁護士としての品位を踏みはずすところはない節度を保った文章であることは一読して理解される筈です。公共に関する事実について、意見や論評を自由に公表し得ることこそが、表現の自由の真髄です。私の吉田嘉明に対する批判の論評が表現の自由を逸脱しているなどということは絶対にあり得ません。これを違法とすれば、それこそ言論の自由は窒息してしまいます。
仮に私が、世に知られていない吉田嘉明らの行状を暴露する事実を摘示したとすれば、その真実性や、真実であると信じたことについての相当性の立証が問題となります。しかし、私の言論は、すべて吉田自身が公表した手記を素材として、その言動を常識的に推論し論評したに過ぎないのですから、事実の立証も、相当性の立証も問題となる余地はなく、私の論評がどんなに手厳しいものであったとしても、その表現が、対象となる言動の論評として行き過ぎたものでない限り、吉田嘉明はこれを甘受せざるを得ないのです。
以上は、前訴の勝訴の見込みがまったくないことの論拠ですが、こんなことは、取り立てて法律知識のない一般人でも、いささかなりとも憲法感覚さえあれば、当然(常識的)に分かることです。私のブログが訴えられたことを知った多くの人々から意見が寄せられました。その反応は一様に驚き、かつ呆れたということです。
吉田嘉明は、これまでに名誉棄損訴訟を経験していますし、ましてや、この訴訟は、本人訴訟ではなく、弁護士が代理人となり、しかも、会社の総務部や法務部まで関与していたというのですから、訴訟提起の際にこんな無理筋の訴訟に勝訴の見込みのないことは、分かったはずなのです。
にもかかわらず、勝訴の見込みについての検討がなされた形跡はまったく見られないまま、同種の訴えが多数提起されたというのですから、DHCのオーナーとして絶対的な権限をもつ吉田嘉明個人の強い特別な意思が働いていたことは明らかというべきです。吉田嘉明は、「自分に対する批判の言論を許さない」という恫喝を目的として前訴を提起したものと考えざるをえません。       (以下、続く)

(2019年4月8日)

上野恩賜公園の「恩賜」の二文字なかりせば 春の心はのどけからまし

「花の雲鐘は上野か浅草か」の句に誘われて、上野寛永寺の境内に満開の桜を見んとて、不忍池を過ぎて五條神社に迷い入りにけり。苔の細道踏み分けて、心細く住みなしたる庵もあり、閼伽棚に桜の花びら折り散らしたる、さすがに住む人の風流の心あればなるべし。

この神社の由緒をたづぬれば、景行天皇のその昔、日本武尊が東北侵略のため上野忍が岡を通りしとき、にわかに病魔に襲われしが薬祖神の大神の御加護たまわりて平癒のことあり。以後、薬祖神の霊験あらたかとて、善男善女の信心の絶えることなかりしとぞ。

無病息災・病気平癒を祈願する者のみならず、昨今は薬科大学、看護系大学の合格祈願の参詣者も数多し。社頭に多くの絵馬が飾られてありけるが、家族の病気快癒を願う気持に涙誘われる心地す。絵馬の多くに書かれたる参詣の日付に、少なからぬ西暦表示がなされたるをおかしと思ひはべりぬ。グローバルの世とて、アルファベット・アラビア文字・ハングルの願い事も多かるに、神さまとてもさだめし頭のいたきことならん。

立ち去らんとして、境内にみごとなウコンの桜が満開なるにおどろき、かくてもあられけるよと、あはれに見るほどに、かなたの社頭の大きなる掲示板に、「生命の言葉」とて下記の歌のポスターの見えしこそ、少しことさめて、このポスターなからましかばとおぼえしか。

 今上陛下
 いにしへの 人も守り来し 日の本の
 森の栄を 共に願はむ

 皇后陛下
 いつの日か 森とはなりて 陵(みささぎ)を
 守らむ木木か この武蔵野に

いずれも、植樹祭にての作歌なるらし。天皇(明仁)の歌は無難なれども無内容で凡庸なものと覚えしが、皇后(美智子)の歌は尊大というべきならん。樹木も森林も、すべからく国民の生活を守るべきものなるに、「陵を守らむ」とは、穏やかならざる詠みよう。思わず洩れた本音なるか。

かようなポスターを作って掲示する神社庁。上野公園に恩賜の二文字を冠したるままの東京都と同様、今を国民主権の世と解するこころあらずとおぼえしか。
(2019年4月7日)

尻尾を切った トカゲのつぶやき

私はトカゲだ。変種のトカゲ。保守の政治風土の中で特殊な進化を遂げてこの形にたどりついた。特徴は、数え切れない舌の枚数と尻尾の本数。舌禍のたびにその舌を切り離す。不都合あれば、次々に尻尾を切り捨てて、生きのびる。そして、面の皮の厚さに、左右の非対称。もちろん、右半身のみ異様に発達している。利権と忖度とヘイトをエサに肥え太っている。

何本もある尻尾の一本として、塚本一郎がある。正確に言えば、「ある」ではなく、「あった」。もう切り捨てた、新潟のあの参院議員。麻生派で、昨日までの国土交通副大臣。ナニ、大して大事な尻尾ではない。大した尻尾ではないが、切り捨てれば当然に傷ができる。尻尾の行く末に関心はないが、トカゲ本体の傷の深さが心配なのだ。

さて、この尻尾。切るべきか、切らざるべきか。昨日まで、それが問題だった。逡巡の結果、思い切って切り捨てた。意外にも尻尾を切った傷痕からの出血が多量だ。この血かおさまるかどうか。切ったは正解だったか間違いだったか。実はまだ自信がない。

問題の、私の地元下関市と北九州市とを結ぶ予定の「下関北九州道路」。これが通称「安倍・麻生ルート」。地元ブロック紙「西日本新聞」本日朝刊の解説記事のタイトルが、「政権、逆風に屈す 塚田副大臣辞任 選挙控え地方悲鳴」だ。これは、まずいじゃないか。新聞はどうしてもっと私に忖度しないのか。その他のメディアもこぞって、「一強の驕り」「緩み」「たるみ」の政権姿勢批判だ。たかが、道路くらいで、何を騒ぐか。

あ~あ、森友事件、加計問題とおんなじだ。「国政の私物化」「財政の私物化」「忖度政治の弊害」と追及されることになる。根も葉もないことなら大したことではない。火のないところに立った煙なら面倒なことにはならない。しかし、しっかりと根も葉もあり、燃え盛る火あればこその煙だから、何とか手を打たなければならない。でないと、国政調査権の発動やら、文書公開請求やらを武器に、またまたこじれそうではないか。

当然、野党は「これまで、かばってきた総理の責任」を厳しく追及するだろう。私の面の皮は相当に厚いけど、シンゾウにまで毛が生えているわけではない。やっぱり面白くはない。同様の事件がないか徹底して調べられたら、そりゃ安閑としてはいられない。

この尻尾、余りに無防備で、あっけらかんとホントのことを言っちゃったんだ。それはないよな。なんてったって、自民党の政治家なんだから。これ言っちゃまずいくらい、分かりそうなもんだと思うがね。

総事業費が2000億円ともそれ以上とも試算されているこの道路。その必要性や採算性には、疑問符が付けられてお藏入りだった。それがどうして復活したのか。そこが問題だ。こんなことは、灰色のままにしておけばよい。安倍・麻生の権勢は推測されるだけでよいのだ。あからさまに内幕を暴露することはない。

この件の報告を受けて、私も驚いた。こんなにあからさまに内幕をぶちまけられては、できる道路もできなくなる。私も麻生も大いに迷惑だ。もっと上手に、こっそりと、陰でやってもらわなきゃならん。こんなに下手な政治家を育てたキョーイクが悪いんじゃないか。ニッキョーソの責任。やはり、学校では教育勅語を教えなくっちゃ。

塚田が言ったのは、こんなことだったそうじゃないか。福岡県知事選自民党推薦候補の応援演説の中でのことだ。事実上の麻生派集会だった。

「麻生太郎衆院議員にお仕えして、はや20年近く。最初の総裁選は大変でした。その時代から麻生太郎いのち一筋でやってきた、筋金入りの麻生派です」
「国土交通副大臣ですから、ちょっとだけ仕事の話をさせていただきますが、大家敏志さん(福岡の自民党参院議員)がですね、私のもうひとり逆らえない吉田博美さんという参議院の(自民党)幹事長と一緒に、私の副大臣室にアポを取って来られました。『地元の要望がある』。これが下関北九州道路です。
 じつはこれ、経緯がありまして、11年前に凍結されているんです。なんでかわかります? 『コンクリートから人』っていう、とんでもない内閣があったでしょ。総理は『悪夢のようだ』と言いましたが、まさにそのとおりでございます。公共事業はやらないという民主党政権ができて、こういう事業は全部フリーズ、凍結しちゃったんです
 「何とかしないといけない。下関と北九州ですよ。よく考えてください。下関は誰の地盤ですか? 安倍晋三総理です。安倍晋三総理から麻生副総理の地元でもある北九州への道路事業が止まっているわけです。
 吉田幹事長が私の顔を見たら、『塚田、わかってる? これは総理の地元と副総理の地元の事業なんだよ』と。『俺が何で来たかわかるか』と。私、すごく物わかりがいいんです。すぐ忖度します。『わかりました』と。
  そりゃ総理とか副総理はそんなこと言えません、地元の。そんなこと、実際ないんですよ? 森友とかいろいろ言われていますけど、私は忖度します」
「それでですね、この事業を再スタートするためには、いったん国で調査を引き取らせていただくということになりまして、これを、今回の新年度の予算に国で直轄の調査計画に引き上げました! 別に知事に頼まれたからではありません。大家敏志が言ってきた、そして私が忖度したということですので」

 誰が聞いても、彼が話したことは臨場感十分で信憑性が高い。またまた、「総理のご意向」「首相案件」と責めたてられる。せっかく、新元号フィーバー演出で、うまく国民を欺せたと思っていたのに、最悪のタイミング。そりゃ傷口が痛む。

アベ政権一期目の終盤のトラウマが頭をよぎる。失言で、次々と閣僚が辞めていった。12年前のあの悪夢の二の舞はごめんだ。だから、できることなら、この尻尾切りたくはなかった。「尻尾よ、尻尾。責任を感じて、しっかり職責を全うせよ」とよく分からん論理で激励もし、ごまかしもしてきた。

ところが、この汚れた尻尾を抱えたままでは、地方選も参院選も闘えない、と陣営全体が悲鳴を上げた。切っても切らずでも傷は大きい。比較して、どちらの傷が浅いか。

結局は、国民の健忘症に期待して、切る方に賭けることにした。できるだけ、迅速に切って、後は国民の忘却を待つ作戦。しかし、この尻尾切り作戦うまく行くだろうか。明日は、統一地方選前半戦の投開票日だ。尻尾を切ったは、吉と出るかそれとも凶か。尻尾を切った傷口の痛みはまだ癒えない。出血も止まらない。
(2019年4月6日)

「まほろばの平和の心を人問はば 上野の山の花の賑わい」

墨堤こそが桜の名所と心得の御仁には、「佃育ちの白魚さえも、花に浮かれて隅田川」であろうが、こちらは「銭湯で上野の花の噂かな」である。今年は、花の噂の出る時分からこの方、ほぼ毎日上野の山に通い続けている。人が集まる樹も、オオヒガンザクラ、ヨウコウやヒナギクザクラから、オオシマ、ソメイヨシノに移ってきた。満開に近くなって花冷えの日が続き、ソメイヨシノはずいぶんと長持ちしているが、今日は暖かい。明日は花吹雪だろう。

早朝、赤門から東大キャンパスにはいって鉄門を出る。無縁坂を下ると、不忍池の桜が見えてくる。ここで思わず頬が緩む。咲き誇ったソメイヨシノだけではなく、いくつもの品種が春を謳歌している。

行き交う人の7分か8分かは、外つ国の人々。まったく解せぬ言葉も耳に飛び込んで来る。みな賛嘆の面もち。私は、日本の自然を語る際にはナショナリストになる。花の上野は、まずは平和な国際交流の舞台である。

ところで、桜の名所には必ず「薀蓄オジさん」が出没する。この日も、出た。
多分珍しい品種なのだろう。コケシミズと名札がかかっている、白い大ぶりの花をしげしげと見ていたら、声をかけられた。「これは、オオシマの改良種なんですよ」。

オオシマよりは遙かに大ぶりの花だが、緑がかったこの風情は、なるほどオオシマの改良種と言われればまことにそのとおり。「薀蓄オジさん」には、敬意を表さねばならない。

畏まってコケシミズについての薀蓄を拝聴して、「上野公園で見るべき桜は何でしょうか」とお伺いを立てると、「ここの名物と言えば、やはり、コマツオトメでしょうね」とのお答え。「ああ。ソメイヨシノの片親と言われている、あの動物園前の」というと、遮られた。「かつては、そう言われていましたが、最新のDNA分析では、どうもそうではないようですよ。ソメイヨシノは、やはりエドヒガン、オオシマ、ヤマザクラの交配の繰り返しでできたもののようですね」。さすが、薀蓄オジさん。

薀蓄オジさんとのお別れに際しては、心からの感謝の意を表明しなくてはならない。心からの、という誠心誠意の真摯さが重要で、口先だけのおざなりなアベのごとき謝意の表明は国際関係でも紛争のタネとなる。反面教師のありがたい教えを心しなければならない。本日は、ソメイヨシノに加えて、大輪のシロタエや、ベニユタカの満開を堪能し、咲き始めたヤエベニトラノヲを愛でて帰途に。私もちょっと、薀蓄オジさんぶりがうつってきたかも。

つくづくと、平和の大切さを思う。かつて陸軍が桜を兵営に植えたのは、桜の散る様を兵の戦死になぞらえ、桜花の散り際の美しさを兵の死の潔さに喩えてのことといわれる。その桜を、文部省は全国の学校の校庭に植えたのだ。

太平洋戦争末期、戦況劣勢となってのレイテ沖海戦において、史上初めて「神風特攻隊」が編成された。その第一陣は、「敷島隊」、「大和隊」、「朝日隊」、そして「山桜隊」の計4隊、乗員13人であった。いうまでもなく、本居宣長の「敷島の大和心を人問はば 朝日に匂ふ山桜花」という歌からの命名。若い兵士の命は、桜のごとく散るよう強いられたのだ。

上野の山の花と人とのにぎわいは、平和と国際協調あればこそ。平和憲法とともに、この花の美しさとにぎわいをいつまでも保ちたいものと思う。
(2019年4月5日)

私が「令和」を使わないわけ。

4月1日、私は当ブログで下記のとおり、「令和不使用宣言」をした。
「私は、けっして『令和』を使わない。令和不使用を宣言する。」
  http://article9.jp/wordpress/?p=12341

この宣言は、政府が本年5月1日以後の紀年法として「令和」という元号を使用すると宣言したことへの対抗措置である。政府と私とは対等だ。しかも、緊張関係にある。政府が新元号を使うといえば、私は使わないと決意を固める。政府が麗々しく、令和を宣伝すれば、私は当ブログで精一杯の逆宣伝をする。こんなもの、使うべきではないのだ。

多数の人々がこれに続いて、それぞれの「令和縁切り宣言」「令和廃絶宣言」「令和義絶宣言」「令和敬遠宣言」を公表されることを期待する。

時間や時代の区切りは、自分で選択する。権力や権威による強要はまっぴらご免だ。古来より、「我が心 石にあらざれば 転ずべからず」「我が心 蓆にあらざれば 巻くべからず」と言うではないか。「一寸の虫にも五分の魂」とも。政府なんぞに、とりわけ安倍政権ごときに、五分の魂の一分一厘たりとも削らせはしない。

「明治・大正・昭和」という各元号は、明示的に神とされた天皇の権威が時をも支配するというイデオロギーに基づいて制定されたものである。しかも、「一世一元」という、明治新政府の新発明による臣民意識涵養装置の産物でもあった。

「明治・大正・昭和」と元号が制定された時代背景には、天皇の宗教的権威が、天皇の軍事的実力にも転化し、統治権総覧の正当性をも支えたという、いびつな為政者の思惑があった。元号は、天皇の宗教的権威を演出する極めて重要で、しかも効果的なデバイスであった。真っ当な感覚からは、元号の存在自体を異様で異常なものとして排除せざるを得ない。

「平成・令和」の制定は、日本国憲法下においてのものである。神権天皇制が否定された以上は、本来元号などあってはならない。野蛮な過去の遺物としてなくしてしかるべきものである。よく似た事情にあった、中国も、朝鮮・韓国もそのような合理的選択をした。

我が国でも、戦後民主化の趨勢の中で、元号は一時は廃絶が見通される事態であった。しかし、象徴としての天皇を残存した中途半端な憲法の規定が、元号の存続を許した。神権天皇制の残滓が、新たな元号を復活させたのだ。

こうして、象徴天皇制下に、天皇の宗教的権威に淵源を持ち、政治的にはその使用が天皇の支配への服属を意味する新元号「平成」が制定され、そしてこのたびの「令和」となった。

私は、象徴天皇の宗教的権威を絶対に認めない。また、主権者の一人のプライドにかけて、天皇の支配に服属することなど認められない。もちろん、天皇の権威を利用しての保守政治も認めない。だから、平成も令和も、使用することはない。

さらに、私の言語感覚からは、「令和」に、イヤーな漢字という印象を受けている。絶対にこんなもの使用するものか、という意欲を掻きたてられている。

付言する。「天皇が元号を道具に時を支配する」とは、一世一元の制度のもとでは、元号の変更によって、天皇の代替わりを国民に意識付け、各年を天皇在位開始から何年目と数えさせることである。天皇の交替によって、あたかも時代が転換するかのごとき錯覚を国民に植えつけることである。このたび、実は、この目的はメディアの狂騒によって、その目的を達しているのではないか。

なお、政府は海外メディアに対して、令和を「美しい調和(beautiful harmony)を意味している」との説明を始めているという。これは牽強付会も甚だしい。

まず、アベのいう「和」は、常識的な和ではない。特殊なイデオロギー性をもった「和」である。自民党改憲草案や産経改憲草案が、日本の伝統を「和を以て貴しとなす」とする「和」。アベやその取り巻きのいう「美しい日本」の本質的内容をなす「和」である。つまりは、下々の権力や権威に対する忖度が行き届いた秩序のことなのだ。これは、けっして「調和(harmony)を意味」するものではない。「秩序(order)」と訳すべきことが適切なのだ。

さらに、「令」は、「美しい(beautiful)を意味する」ものではない。何よりも、「令」の第一義は、権力者が上から下への命令をする行為であり、その命令の内容をいうものである。命令・指令・勅令・布令の「令」である。英訳すれば、「order」がふさわしい。だから、令和はダブルのorderであって、「order and order」と言わねばならない。

しかも、「令」を「美しい」意味で使うことはないだろう。令嬢も、令室も、令夫人も、もちろん令息も令名も令色も、「美しい」という意味合いはもたない。また、尊敬語としての「令」は、人に付くのが通例で、「令月」は月を擬人化した特殊な用例として一般的なものではなかろう。

「和」という抽象名詞に、無理矢理「令」を付けるのも、これを「美しい(beautiful)」と訳すのも、苦肉の策としても無茶苦茶に過ぎる。もう、欺しの範疇にわたると言ってもよい。

以上のとおり、私はけっして令和を使わない。ぜひ、あなたも。
(2019年4月4日)

「法と民主主義」最新号 再審問題特集のご紹介

日本民主法律家協会のホームページが、リニューアルされた。一昨日(4月1日)からのお披露目となっている。見映えよく、読み易い。なかなかよくできている。中身の充実ぶりは、従来からのものだが、なおこれからが期待される。

そのURLは、下記のとおり。是非、ご覧いただきたい。
https://www.jdla.jp/

そのホームページに重要な位置を占めるのが、機関誌「法と民主主義」のコーナー。

2019年2/3月合併号【536号】
特集★再審開始に向けた闘い──冤罪をただすために

◆特集企画にあたって                  高見澤昭治
◆戦後冤罪の原点・帝銀事件──20次に及ぶ再審請求   渡邊良平/山際永三
◆三鷹再審請求事件──再審開始に向けた科学的な主張立証 野嶋真
◆一審無罪、一転死刑に・・・獄死─名張毒ぶとう酒事件40年に及ぶ闘い
                                                       鈴木 泉
◆狭山再審請求事件──すでに崩壊している秘密の暴露   中北龍太郎
◆袴田再審請求事件──原則を貫いた迅速な審理を     戸館圭之
◆マルヨ無線再審請求事件──火災はなぜ発生したのか    岩下祐子
◆大崎再審請求事件──アヤ子さん92歳、命あるうちに無罪を 鴨志田祐渼
◆日野町再審請求事件──虚偽の証拠と証言で無念の獄中死   玉木昌渼
◆松橋再審請求事件──もうすぐ無罪・再審請求から決定まで  斎藤 誠
◆福井女子中学生殺人再審請求事件──供述証拠だけに基づく判決 佐藤辰弥
◆鶴見再審請求事件──「これで死刑はないよな」まず有罪あり粗雑な認定
                             大河内秀昭
◆唯一残る死刑執行後の再審請求──重要証拠の改ざんもあきらかに 飯塚事件
                             徳田靖之
◆恵庭OL殺人再審請求事件 ──「推定有罪」を打ち砕く科学的新証拠を提示
                              中山博之
◆事件にされた「単純事故」──仙台北陵クリニック再審請求事件 阿部泰雄
◆豊川再審請求事件──「無辜の救済」という司法の任務に立ち返れ 菊地令比等
◆小石川再審請求事件──新たな証拠開示で再審開始を       三角 恒
◆湖東記念病院再審請求事件──この事件から汲み取るべき教訓・弁護士立合いの必要性
                              井戸謙一

特集の趣旨を語っている「特集企画にあたって」の一部を引用しておきたい。

 誠に残念なことであるが、我が国の司法は死刑判決を含め、冤罪を生み続け、冤罪事件が跡を絶たない。
 その原因はどこにあるのか。本誌2016年11月号の特集「日本国憲法公布70年ー原点から今を問う」において、長年にわたり裁判官を務めた秋山賢三氏は「司法は冤罪と向き合うことができるか」の中で、裁判制度の「徹底した中央集権的組織、官僚的統制」、「起訴した以上は何が何でも有罪を獲得することに徹底的に固執する検察」、それと「劣悪な弁護環境」を挙げている。
 冤罪被害の深刻さは、それを経験したものでなければ分からないが、その影響は本人にとどまらず、家族全体が奈落の底に突き落とされたようなひどい目に遭い、一生を台無しにされてしまう。
 2010年から16年にかけて、足利、布川、東電OL、東住吉と、無期懲役刑で再審無罪が相次いだが、数多くの冤罪の存在を知ると、有罪率が99・何パーセントなどということ自体が、日本の司法の無能さを表していると言っても過言ではないであろう。
▼再審請求事件の実態
 冤罪を正すために再審請求を申し立てる事件が数多く存在するが、その実態はどうなっているのか。
本特集は、それを明らかにするために、日弁連人権擁護委員会が発行している「再審通信」などを参考に、現に闘われている主な再審請求事件を取り上げ、次のような依頼文を付して、弁護団にその報告をお願いした。
 「3000字という短い文章に纏めるのは、大変だと思いますが、次の順序で執筆いただければと思います。①事件の概要、②捜査状況、③確定審の経過と結果、④再審請求審の経過と結果(なお、上記の中で、確定審および再審請求審の問題点について端的に指摘するとともに、できましたら弁護団長、主任弁護人、弁護人数、支援活動の紹介もお願いします。また、表題や項目毎に的確な見出しを付けていただければ、幸いです)。」
 本文を読んでいただければお分かりのように、いずれの事件についても、それぞれの弁護団から、忙しい中、渾身の思いを込めて報告がなされている。

上記事件の中で、唯一「もうすぐ無罪」と表題を付していた「松橋再審請求事件」について、「再審無罪」の判決が言い渡された。本号発刊間もない3月29日、熊本地裁でのこと。
また、本号発刊直前の3月18日には、最高裁(第2小法廷)が、検察官の特別抗告を棄却して「湖東記念病院再審請求事件」の大阪高裁再審開始決定が確定した。その結果、無罪判決に至ることは、確実視される。

両事件をはじめ、各事件の報告が、見込み捜査や自白偏重、そして再審の困難等々の、刑事司法制度改革の課題を示している。とりわけ、死刑事案の冤罪は深刻である。死刑廃絶も、視野に入れなければならない。

特集以外の記事の主なものは以下のとおりである。
トピックス●沖縄とフクシマ
■「辺野古県民投票」の経緯と結果─弁護士、そして、一市民として関わって
中村昌樹
■あの日から9年目を迎えたフクシマ            伊東達也
連続企画●憲法9条実現のために〈20〉
映画「憲法を武器として・恵庭事件知らざる50年目の真実」について  内藤 功
特別寄稿●国家が人を殺すとき
──死刑 、世界の現実、そして日本が死刑を廃止すべき理由
ヘルムート・オルトナー(本田 稔・訳)
司法をめぐる動き
・日本の士官学校の実態に迫る裁判─防衛大・暴行いじめ事件判決   佐藤博文
・1月・2月の動き                     司法制度委員会

メディアウォッチ2019《政治のごまかし メディアのすり替え》

統計偽造、官邸会見、国会答弁のウソ                丸山重威
あなたとランチを〈№44〉        ランチメイト・石井逸子さん×佐藤むつみ
新企画・「改憲動向レポート」(№12)
「私がうそを言うわけない」と発言する安倍首相                       飯島滋明
BOOK REVIEW前田朗著『ヘイト・スピーチ法 研究原論』三一書房 楠本 孝

「なるほど、面白そうだ」「ためになりそうだ」「読んでみたい」とおっしゃる方は、下記のURLから申し込みをいただきたい。できれば定期読者になっていただきたいが、もちろん個別のご注文も歓迎する。

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(2019年4月3日)

東京「君が代」裁判4次訴訟 最高裁決定で「減給処分取消の一部勝訴確定」のお知らせ

弁護士の澤藤です。東京「君が代」裁判・4次訴訟について、最高裁の決定が出ましたので、お知らせの記者会見を行います。

ご承知のとおり、「10・23通達」が発出された2003年10月23日以来、都内公立校の卒業式・入学式における国歌斉唱時の起立斉唱強制は今日まで続いており、この強制に従わない者に対しては、容赦のない懲戒処分が科せられています。その懲戒処分の取り消しを求めるのが東京「君が代」裁判。4次訴訟は、一審原告14名、上告人13名(現職教員8名)が、処分の取り消しを求めている訴訟です。

東京地裁(2017年9月)・高裁(2018年4月)の各判決で、減給・停職処分計6名・7件が取り消され、一部勝訴しました。これに対して、都教委は1名・2件についてだけ上告受理申立を行いました。この教員に対する2件(不起立4回目、5回目)の減給処分取り消しを不服としたものです。また、一審原告教員らはすべての処分について、取り消し、損害賠償を求めて上告及び上告受理申立をし、事件は最高裁第1小法廷に係属して、双方が正面対決する構図になっていました。

以上のとおり、東京「君が代」裁判4次訴訟は、3件に分かれて最高裁に係属してまいりました。原告教員側からの上告事件・上告受理申立事件、そして一審被告都教委の側からの上告受理申立事件です。

これに対して、教員の側からの上告を棄却する決定と、当事者双方の上告受理申立をいずれも不受理とする旨の決定が3月28日付でなされ、その通知が同月30日に弁護団事務局に送達されました。4月1日付の原告団・弁護団声明を作成し、本日記者会見をする次第です。

懲戒処分を受けた教員が上告理由としているのは、国旗・国歌(日の丸・君が代)強制の憲法違反です。何ゆえに憲法違反か。上告理由書は260ページに及ぶ詳細なものですが、煎じ詰めれば、思想・良心・信仰の自由という憲法に明記されている基本的人権というもの価値が、他の諸価値に優越しているということです。

教員の一人ひとりに、それぞれの思想・良心・信仰の自由が保障されています。各々の思想や良心やあるいは信仰が、国旗・国歌(日の丸・君が代)への敬意表明を許さないのです。公権力が、敢えてその強制を行うことで、一人ひとりの精神的自由の基底にある、個人の尊厳を傷つけているのです。傷ついた個人の尊厳という憲法価値を救うために、裁判所は国旗・国歌(日の丸・君が代)への敬意表明強制は違憲だと宣言し、懲戒処分を取り消さなければなりません。

原告教員の側は、個人の尊厳という憲法価値を前面に立て、これを侵害する懲戒処分を取り消すよう主張を重ねてきました。一方、都教委側が主張する憲法的価値はと言えば、それは国家です。あるいは国家の尊厳、国家の秩序。国旗・国歌(日の丸・君が代)は国家象徴ですから、すべての人に「国旗国歌に敬意を表明せよ」と強制するには、国家に、個人の尊厳を凌駕する憲法価値を認めなければできないこと。個人の尊厳と、国家と。この両者を比較検討してどちらを優越する価値と見るすべきでしょうか。

多くを語る必要はありません。個人の尊厳こそが根源的価値です。国家は便宜国民が作ったものに過ぎません。個人の尊厳が傷つけられる場合、公権力が個人に国家への敬意を強制することはできないはずです。

いま、最高裁判例は、「国旗・国歌への敬意表明の強制は、間接的に強制された人の思想・良心の自由を制約する」ことまでは認めています。しかし、その制約は「間接的」でしかないことから、強制に緩やかな必要性・合理性さえあれば制約を認めうる、と言うのです。私たちは到底納得できません。判例か変更されるまで、工夫を重ねて何度でも違憲判断を求める訴訟を繰り返します。

一審原告の上告受理申立理由の中心は、本件不起立行為を対象とする戒告処分も処分権者の裁量権を逸脱濫用した違法のものであって取り消されねばならない、というものです。仮に、本件各懲戒処分が違憲で無効とまでは言えなくても、わずか40秒間静かに坐っていただけのことが懲戒処分に値するほどのことではありえない。実際、式の進行になんの支障も生じてはいないのです。懲戒処分はやり過ぎで、懲戒権の逸脱濫用に当たる、と言うものです。現に、2011年3月10日東京高裁判決は、処分は違憲との主張こそ退けましたが、懲戒権の逸脱濫用として全戒告処分を取り消しています。

この高裁判決を受けての最高裁判決か2012年1月16日第一小法廷判決です。戒告処分違法の判断を逆転させて、「戒告は裁量権の逸脱濫用には当たらない」としたのです。しかし、さすがの最高裁も、戒告を超えた減給以上の懲戒処分は苛酷に過ぎて裁量権の逸脱濫用に当たり違法、としたのです。

つまり、不起立に対する懲戒処分は違憲とまでは言えない。しかし、懲戒処分が許されるのは戒告処分止まりで、それ以上の重い減給や停職などの懲戒処分は裁量権の逸脱濫用として違法。これが現時点での最高裁判例の立場です。

私たちは、多様性尊重のこの時代に、全校生徒と全教職員に対して、国旗・国歌(日の丸・君が代)に敬意表明を強制することはあってはならないことだと考えます。思想や良心、あるいは信仰を曲げても、国旗・国歌(日の丸・君が代)に敬意を表明せよという強制は違憲。少なくとも、起立できなかった教員に対する懲戒処分はすべて処分権の逸脱濫用として取消しとなるべきことを主張してきました。

問題は、都教委が教員の一人を相手方にして上告受理申立をした事件。相手方となった教員が過去3回の不起立・戒告処分があるから、4回目は減給でよいだろう。そして5回目も減給、というのです。都教委側の理屈は、「処分対象の非違行為を重ねることは本人の遵法精神欠如の表れであって、その矯正のためにより重い処分をなし得る」ということになります。

しかし、この教員の思想も良心も一つです。何度起立を命じられようとも、思想・良心が変わらぬ限り、結果は同じこと。処分回数の増加を根拠に、思想や良心に対する制約強化が許されるはずはないのです。思想を変えるまで処分を重くし続ける、などという企みは転向を強要するものとして、明らかに違法と言わざるを得ません。

実は憲法論と同じように法的価値の衡量が行われています。衡量されている一方の価値は、思想・良心・信仰の自由。その基底に、個人の尊厳があります。衡量されているもう一方の価値は、「学校の規律や秩序の保持等の必要性」であり、違憲論の局面で論じられた価値衡量の問題が、本質を同じくしながら公権力の行使の限界を画する懲戒処分の裁量権逸脱濫用の有無という局面で論じられているのです。

今回、最高裁(第一小法廷)が都教委の上告受理申立を不受理としたのは、最都教委の請求を認めず、特別支援学校現役教員の4回目・5回目の卒入学式での不起立に対する減給処分(減給10分の1・1月)の取り消しが確定したことになります。都教委の敗訴です。これは、不起立の回数(今回は4回目・5回目)の増加だけを理由に減給処分という累積過重処分を行った都教委の暴走に歯止めをかけたものと評価できます。これにより、東京「君が代」裁判四次訴訟は、原告らの「一部勝訴」で終結することになりました。

なお、4がつ1日付の東京「君が代」裁判4次訴訟原告団・弁護団声明は下記のとおりです。

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声         明

1 2019年3月28日,最高裁判所第一小法廷(池上政幸裁判長)は,都立学校の教職員13名(以下,「原告ら教職員」という)が「日の丸・君が代」強制にかかわる懲戒処分(戒告処分10件)の取消しと損害賠償を求めていた上告事件及び上告受理申立事件について,それぞれ上告棄却,上告申立不受理の決定をした。
  あわせて,一審原告1名に対する原審における減給10分の1・1月の処分の取消を維持して東京都の上告受理申し立てを受理しない旨の決定をし,減給処分を取り消した東京高裁判決が確定した。
  今回の最高裁の上告棄却及び上告不受理決定では,戒告処分の取消しが認められなかったものの,最高裁が,2012年1月16日判決及び2013年9月6日判決に沿って,減給以上の処分による国歌の起立斉唱の強制を続けてきた都教委の暴走に一定の歯止めをかけるものと評価できるものである。

2 本件は,東京都教育委員会(都教委)が,2003年10月23日に「入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について」との通達(10・23通達)を発令し,全ての都立学校の校長に対し,教職員に「国旗に向かって起立し国歌を斉唱すること」を命じる職務命令を出すことを強制し,さらに,国歌の起立斉唱命令に違反した教職員に対して懲戒処分を科すことで,教職員らに対して国歌の起立斉唱の義務付けを押し進める中で起きた事件である。
  一審原告らは,自己の歴史観・人生観・宗教観等や長年の教育経験などから,国歌の起立斉唱は,国家に対して敬意を表する態度を示すことであり,教育の場で画一的に国家への敬意を表す態度を強制されることは,教育の本質に反し,許されないという思いから,校長の職務命令に従って国歌を起立斉唱することが出来なかったものである。このような教職員に対し,都教委は,起立斉唱命令に従わなかったことだけを理由として戒告・減給等の懲戒処分を科してきた。
  なお,このような懲戒処分は,毎年,卒業式・入学式のたびに繰り返され,10・23通達以降,本日まで,職務命令違反として懲戒処分が科された教職員は,のべ480名余にのぼる。この国歌の起立斉唱の強制のための懲戒処分について,2012年1月16日,最高裁判所第一小法廷は,懲戒処分のうち「戒告」は裁量権の逸脱・濫用とまではいえないものの,「減給」以上の処分は相当性がなく社会観念上著しく妥当を欠き,裁量権の範囲を逸脱・濫用しており違法であるとの判断を示していた。

3 上記最高裁判決以降,都教委は3回目の不起立までを戒告とし4回目以降の不起立に対して減給処分とする取り扱いをしてきた。本判決は,4回目・5回目の不起立に対する減給処分を「減給以上の処分の相当性を基礎づける具体的な事情は認められない」として取り消した原判決に対する東京都の上告受理申立てを受理しなかったものである。
  今回の上告不受理決定は,不起立の回数が減給処分の相当性を基礎づける具体的な事情には当たらないとの判断を示した東京高裁判決を維持して,不起立の回数のみを理由とした処分の加重を否定したものである。
  これまでの最高裁判決そして原判決に引き続き,都教委の過重な処分体制を許さなかったことは,都教委による起立斉唱の強制に一定の歯止めをかける判断として評価できる。

4 しかしながら,一審原告らは,真正面から10・23通達発出の必要性を支える立法事実がないことを明らかにし,思想良心の自由と緊張関係に立つ職務命令の違憲性を主張して上告してきたところであり,さらに,これまでの最高裁判決が判断を示してこなかった,10・23通達,職務命令,懲戒処分が,憲法19条,20条,23条,26条が保障する教師の教育の自由を侵害,また,教育基本法16条が禁じる「不当な支配」に該当するものであって違憲違法であることを主張して上告してきたところである。
  すなわち,一審原告らは,これまでの最高裁判決を含む各判決に憲法解釈の誤りがあることを理由として上告したのに対して,「本件上告の理由は,違憲をいうが,その実質は事実誤認若しくは単なる法令違反をいうもの」であるとして一審原告らの上告を棄却した本件上告棄却決定自体,最高裁は正面から憲法判断をしなければならなかったにもかかわらず,必要な憲法判断を回避したものであって到底容認できるものではない。
  このような,最高裁の判断自体は,従前の最高裁判決に漫然と従って本決定に至ったものであり,十分な審理を尽くさず,事案の本質を見誤ったまま上告を棄却したものであって,憲法の番人たる責務を自ら放棄したとの批判を免れることはできない。

5 都教委は,この司法判断を踏まえて回数だけを理由として処分を加重する「国旗・国歌強制システム」を見直し,教職員に下した全ての懲戒処分を撤回するとともに,将来にわたって一切の「国旗・国歌」に関する職務命令による懲戒処分及びそれを理由とした服務事故再発防止研修を直ちにやめるべきである。
  特に,都教委は,都教委がした違法な懲戒処分が取り消された事実を重く受け止め,今回の上告不受理決定によって減給処分の取り消しが確定する一審原告に対して,同一の職務命令違反の事実について重ねての懲戒処分はやめるべきである。
  わたしたちは,本判決を機会に,都教委による「国旗・国歌」強制を撤廃させ,児童・生徒のために真に自由闊達で自主的な教育を取り戻すための闘いにまい進する決意であることを改めてここに宣言する。
  この判決を機会に,教育現場での「国旗・国歌」の強制に反対するわたしたちの訴えに対し,皆様のご支援をぜひともいただきたく,広く呼びかける次第である。

2019年4月1日
東京「君が代」裁判4次訴訟原告団・弁護団

(2019年4月2日)

私は、けっして「令和」を使わない。令和不使用を宣言する。

 本日(4月1日)、内閣が天皇の交替に伴う新元号(予定)を「令和」と公表した。私はこの内閣の公表に対抗して「令和不使用宣言」を公表する。主権者の一人として、厳粛にこの元号を徹底して無視し、使用しないことの決意を明確にする。

本日は、天皇制と元号の結び付きを国民に可視化する、大仰でもったいぶったパフォーマンスの一日だった。官邸とメディアによるバカ騒ぎ協奏曲。いや、変奏曲。何という空疎で愚かな儀式。何という浅薄な愚民観に基づいての天皇制宣伝。

「平成」発表の際にも、ばかばかしさは感じたがそれだけのことだった。今回の「令和」には、強い嫌悪感を禁じえない。どうせ、アベ政治のやることだからというだけではない、「いやーな感じ」を拭えないのだ。

「令和」は、『万葉集』巻の五・梅花の歌32首序の次の一節から、採ったものだという。
 初春の令月にして
 気淑く風和らぎ
 梅は鏡前の粉を披き
 蘭は珮後の香を薫らす

安倍は、万葉集を「我が国の豊かな国民文化と長い伝統を象徴する国書であります。」と、ナショナリズムを強調して見せたが、この序は漢詩風というほかはない。むしろ、率直に「我が国の豊かな国民文化の源流が中国の文物から発し、長い伝統といえどその影響から抜けきることができないことを象徴する国書であります。」というべきだろう。

また安倍は、「令和には、人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つという意味が込められている」などとする談話を発表したが、これも牽強付会。

通常の言語感覚からは、「令」といえば、命令・法令・勅令・訓令の令だろう。説文解字では、ひざまづく人の象形と、人が集まるの意の要素からなる会意文字だという。原義は、「人がひざまづいて神意を聴く様から、言いつけるの意を表す」(大漢語林)とのこと。要するに、拳拳服膺を一文字にするとこうなる。権力者から民衆に、上から下への命令と、これをひざまずいて受け容れる民衆の様を表すイヤーな漢字。
この字の熟語にろくなものはない。威令・禁令・軍令・指令・家令・号令…。

もっとも、「令」には、令名・令嬢のごとき意味もある。今日、字典を引いて、「令月」という言葉を初めて知った。陰暦2月の別名、あるいは縁起のよい月を表すという。

令室・令息・令夫人などは誰でも知っているが、「令月」などはよほどの人でなければ知らない。だから、元号に「令」とはいれば、勅令・軍令・号令・法令の連想がまず来るのだ。これがイヤーな漢字という所以。

さらに「和」だ。この文字がら連想されるイメージは、本来なら、平和・親和・調和・柔和の和として悪かろうはずはない。ところが、天皇やら政権やら自民党やらが、この字のイメージをいたく傷つけている。

当ブログの下記記事をご覧いただきたい。
「憲法に、『和をもって貴しと為す』と書き込んではならない」
http://article9.jp/wordpress/?p=3765
(2014年10月26日)

一部を抜粋しておく。

この「和」については、自民党の改正草案「Q&A」において、こう解説されている。
 「(改正草案前文)第三段落では、国民は国と郷土を自ら守り、家族や社会が助け合って国家を形成する自助、共助の精神をうたいました。その中で、基本的人権を尊重することを求めました。党内議論の中で『和の精神は、聖徳太子以来の我が国の徳性である。』という意見があり、ここに『和を尊び』という文言を入れました。」という。舌足らずの文章だが、言いたいことはおよそ分かる。

自民党の解説では、「自助、共助」だけに言及して、ことさらに「公助」が除外されている。「和」とは「自助、共助」の精神のこと。「和」の理念によって形成された国家には、「自助、共助」のみがあって「公助」がないようなのだ。どうやら、「和」とは福祉国家の理念と対立する理念のごとくである。

そのこともさることながら、問題はもっと大きい。憲法草案に「聖徳太子以来の我が国の徳性である『和の精神』」を持ち込むことの基本問題について語りたい。

「十七条の憲法」は日本書紀に出て来る。もちろん漢文である。その第一条はやや長い。冒頭は以下のとおり。
 「以和爲貴、無忤爲宗」
 一般には、「和を以て貴しと為し、忤(さから)うこと無きを宗とせよ」と読み下すようだ。「忤」という字は難しくて読めない。藤堂明保の「漢字源」によると、漢音ではゴ、呉音でグ。訓では、「さからう(さからふ)」「もとる」と読むという。「逆」の類字とも説明されている。順逆の「逆」と類似の意味なのだ。従順の「順」ではなく、反逆の「逆」である。続く文章の中に、「上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。」とある。

要するに、ここでの「和」とは、「上(かみ)と下(しも)」の間の調和を意味している。「下(しも)は、上(かみ)に逆らってはならない」「下は、上に従順に機嫌をとるべし」と、上から目線で説教を垂れているのである。これは、近代憲法の国民主権原理とは無縁。むしろ、近代立憲主義に「反忤」(反逆)ないしは「違忤」(違逆)するものとして違和感を禁じ得ない。

なお、些事ではあるが、「和爲貴」は論語の第一「学而」編に出て来る。「禮之用和爲貴」(礼の用は和を貴しとなす)という形で。論語から引用の成句を「我が国固有の徳性」というのも奇妙な話。また、聖徳太子の時代に十七条の憲法が存在したかについては江戸時代以来の論争があるそうだ。今や聖徳太子実在否定説さえ有力となっている。記紀の記述をありがたがる必要などないのだ。

自民党改憲草案前文の「和」が、新元号の一文字として埋め込まれた。「令和」とは、「『下々は、権力や権威に従順であれ』との命令」の意と解することができる。いや、真っ当な言語感覚を持つ者には、そのように解せざるを得ないのだ。

元号自体がまっぴらご免だが、こんな上から目線の奇なる元号には虫酸が走る。今後けっしてこの新元号を使用しないことを宣誓する。
(2019年4月1日)

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