澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

恐るべしレイシスト・トランプ。いや、本当に恐るべきはトランプ支持者なのだ。

上西充子さんが上梓した「呪いの言葉の解きかた」が評判になっている。
「私たちの思考と行動は、無意識のうちに『呪いの言葉』に縛られている。そのことに気づき、意識的に『呪いの言葉』の呪縛の外に出よう。のびやかに呼吸ができる場所に、たどりつこう。」

数ある「呪いの言葉」のうちで、最も普遍的で最も打撃的なものが、イヤなら出ていけ」という物言い。「それを言っちゃお終い」のたっぷり毒が入っている。

どこから出て行けというのかは千差万別である。この家から出ていけ」「このムラから出て行け」「会社から出て行け」「ギョーカイから出ていけ」「仲間はずれだ」「この国から出て行け…。強い者が弱いものに、多数派が少数派に、主流が傍流に投げつける言葉。多くは、出て行こうにも出てはいけない状況であればこそ、呪いの言葉として機能する。

上西さんは、こう解説している。
悪いのは、「嫌だ」と思っている人間の方だ、というニュアンスが込められている。呪いの言葉とは、「会社」や「この国」の方の責任は不問に付して。社会や組織の構造的な問題については不問に付し、それをすべて個人の責任の問題に転嫁することで、その人を呪縛し、あたかも個人に非があるように思い悩ませる言葉。もっと簡単に言えば、人の生き方や働き方を縛り付け、人の自由を奪う言葉。これが呪いの言葉である。

戦前の天皇制国家では、非国民」が最大級の呪いの言葉だった。あるいは、国賊・逆臣・不忠など。天皇への忠誠が国民道徳を超えた社会規範として国民を縛りつけていた。この規範から外れた「非国民」との刻印を押されることは、社会的な死をさえ意味していた。

米大統領のトランプが、極めつけの呪いの言葉を発した。野党・民主党の非白人女性(下院)議員4人を念頭に「イヤならこの国から出て行け」と言ったのだ。文言はすこし違うが、このとおりなのだ。

トランプはこう言ったのだ。「オレが大統領だ。オレが、アメリカの正統だ。そのオレにグズグズ文句を言うのなら、この国から出て行け」

しかも、トランプの最も忌むべき卑劣さは、非白人女性を狙い撃ちにしたことだ。もちろん、このような差別言論が、自分の支持者に熱狂的に歓迎されることを計算してのことである。

トランプは、アメリカの恥ずべきレイシズムをバネに大統領になった。再選のためには、自分のレイシストぶりをアピールしておかねばならないのだ。たとえ、それが理性ある人びとの大きな反感を買うとしても、次期大統領選には自分に有利と計算したのだ。

米下院は7月16日、「人種差別的な発言」と非難する決議案を賛成多数で可決した。「新たな米国民や有色人種への恐怖や憎悪を正当化し、拡散させたトランプ大統領の人種差別的な発言を強く非難する」「暴力や圧政から合法的に避難や亡命を求める人々に対し、米国は開かれ続けるよう約束する」というもの。

ニューヨーク・タイムズ紙によると、同種の決議可決は過去4回だけと米議会史でも異例で、この100年では初めてという。投票結果は賛成240票、反対187票。民主党以外では、共和党4人と独立系1人が賛成にまわった。これほどのあからさまな差別発言に対する批判決議が、けっして圧倒的な多数で成立してはいない。

決議の翌日(7月17日)、南部ノースカロライナ州グリーンビルで開かれた共和党集会では、ソマリア出身でイスラム教徒のイルハン・オマル下院議員を批判するトランプの演説に聴衆が呼応。会場全体が「彼女を(ソマリアに)送り返せ」の大合唱に包まれたという。

「非国民は、この国から出ていけ」という呪いの言葉は、天皇制社会の専売ではない。理性を捨てた国民と、これを煽る政治家がいる限り、民主主義を標榜する社会でも、呪いとして機能する。民主主義の母国アメリカにその実例を見せつけられて暗澹たる思いである。

第25回参院選の投開票日の今日(7月21日)、あらためて思う。民主主義は、けっして常に正義を約束するものではない。主権者国民と政治家とが有すべき理性が不可欠なのだ。アメリカでも日本でも、である。
(2019年7月21日・連続更新2302日)

警察は、安倍晋三の私兵になり下がってはならない。

マッチは生活に必要な小物だが、芥川の言うとおり「重大に扱わないと危険」である。マッチすら危険なのだ。権力機構の実力組織としての警察の危険はその比ではない。

マッチ同様、警察は国民生活に必要で有益だから存在している。しかし、その内在する危険のゆえに、遙かに慎重に取り扱わねばならない。

警察に内在する危険とは、何よりも時の権力者の私兵に堕することにある。権力を握る特定の人物、特定の勢力のために、警察に与えられた実力が行使される危険である。「安倍一強」と言われる異常事態が長く続き過ぎた今日、その危険顕在化の徴候に敏感でなくてはならない。国民は常に警察を監視し、その逸脱した警察権の行使には、一斉に批判の声を上げなくてはならない。

札幌市中央区で7月15日に行われた安倍晋三の参院選街頭演説の際、演説中にヤジを飛ばした市民(男性と女性)を北海道警の複数の警官が取り押さえ、演説現場から排除した。男性市民は、「ものすごい速度で警察が駆けつけ、あっという間に体の自由が奪われ、強制的に後方に排除されてしまった」と言っている。女性市民に対しては、その後2時間以上も警察が尾行、つきまとったという。18日には、大津でも同様のことが起こった。その動画がネットに掲載されて、何が起こったか警察が何をしたのかが明確になっている。

安倍晋三は、政治と行政を私物化した首相と刻印されているが、本来各都道府県公安委員会の管轄にあるはずの警察権力までも私物化しているのだ。国民的な批判と弾劾が必要である。

警察法第2条《警察の責務》の第2項を確認しておきたい。
「警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであつて、その責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない。」

これに基づいて、第3条《服務の宣誓の内容》はこう定める。
「この法律により警察の職務を行うすべての職員は、日本国憲法及び法律を擁護し、不偏不党且つ公平中正にその職務を遂行する旨の服務の宣誓を行うものとする。」

当然のことだが、警察組織にも、警察官個人にも、「不偏不党且つ公平中正」が求められる。「いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる警察権濫用の行為」があってはならないのだ

現実はどうか。北海道警も滋賀県警も、厳格に公共の安全と秩序の維持という責務の範囲に限られるべき警察権の行使を、安倍晋三個人の利益のために行使したのだ。市民の言論の自由を侵害して、「安倍やめろ。安倍かえれ」「増税反対」という言論を封殺し、日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる警察権濫用の行為を敢えてしたというほかない。

東京都在住の男性が、北海道警の警官らによる市民への排除、拘束が特別公務員職権濫用罪(刑法194条)と公務員職権濫用罪(刑法193条)に該当するとして札幌地検に刑事告発したと報道されている。地検の捜査と処分に注目したい。

道警の頭には、安倍晋三の「選挙活動の自由」という価値しかない。これを批判する市民の批判的言論は対抗価値としての位置づけはなく、不逞の輩の狼藉としか考えられていない。これが恐いところだ。

「不偏不党且つ公平中正」を厳正に貫くためには、市民の側よりも権力の側により厳しい姿勢を保持しなければならない一強体制の継続の中では、この本来あるべき姿勢が忘れられ、権力に対する忖度行政が横行する。道警の行為は、その氷山の一角の露呈であって、看過してはならない。

さっそく、自由法曹団の北海道支部と国民救援会とが行動を起こした。昨日(7月19日)下記の抗議の「申入書」を道警本部長宛に提出している。その迅速な対応に、敬意を表したい。
**************************************************************************
北海道警察本部長 山岸 直人 殿

申  入  書

2019年7月19日

国民救援会北海道本部 会 長  守 屋 敬 正
自由法曹団北海道支部 支部長  佐 藤 哲 之

1 本年7月15日午後、安倍総理大臣が来札し、JR札幌駅前で、参議院選挙の自民党公認候補応援の街頭演説を行った。その際、「安倍やめろ、帰れ」などと声を発した男性と「増税反対」と叫んだ女性が、事前の声かけもなく、多数の警察官に取り囲まれ、腕をつかまれるなどして、数十メートルも強制的に移動させられ、その場から排除されるという事態が発生した。同様のことが地下道を移動中の安倍総理大臣に対して大声でヤジを飛ばした若い男性に対しても行われたと報道されている。

2 警察官によるこれらの行為は、強制的に排除された聴衆の行為が当初の北海道警察本部の説明にあった公職選挙法225条(選挙の自由妨害)に該当しないのは明白であり、法令上の根拠など全くなく、些かも正当化することができないものである。
それどころか、警察官によるこれらの行為は、特別公務員職権濫用罪(刑法194条)ないし特別公務員暴行陵虐罪(刑法195条)に該当する可能性さえあるものだと言わなければならない。

3 更に問題なのは、これらの行為が、複数の場所で、複数の人々に対して、複数の警察官によって行われ、現場にいた警察官が誰もそれを注意したり、制止したりしていないということである。このことから言えるのは、警察官によるこれらの行為が北海道警察による組織的なものだということである。
いうまでもなく、警察法2条は、警察の活動について、「不偏不党且つ公正中立」を旨とし、「いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあってはならない」としており、警察は公平・中立・適正にその職務を遂行しなければならない。特に、国政のあり方を決める選挙の期間中はとりわけ慎重でなければならない。
 北海道警察の対応は、時の政権におもねり、公権力が有形力を行使して時の権力者に対する批判を強制的に封じ込めることにもつながりかねないものである。

4 われわれは、民主主義社会の根幹を支える政治的言論の自由を擁護し、警察権力の違法、不当な制約を受けることなく主権者が旺盛に政治活動を行うことができるよう様々な活動を行ってきた。
 われわれは、今回の北海道警察の行為やその後の対応に対し、強く抗議するとともに、今回の事態の責任の所在を明らかにし、二度と同様の事態を引き起こさないことを強く求めるものである。

以上

**************************************************************************
なお、公選法225条は、「交通若しくは集会の便を妨げ、演説を妨害し、又は文書図画を毀棄し、その他偽計詐術等不正の方法をもつて選挙の自由を妨害したとき」を選挙の自由妨害罪の構成要件とし、4年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に当たるとする。
さて、「演説を妨害し」とは、どんな行為がこれに当たるか。公選法ではなく、衆議院議員選挙法時代のものではあるが、次の最高最判例(1943年12月24日)がリーディングケースとされている。

弁護人上告趣意について。
 論旨は、原判示第一の事実に関して、原判決が被告人の所為を選挙妨害の程度と認定したことを非難している。しかし原判決がその挙示の証拠によつて認定したところによれば、被告人は、市長候補者の政見発表演説会の会場入口に於て、応援弁士B及びCの演説に対し大声に反駁怒号し、弁士の論旨の徹底を妨げ、さらに被告人を制止しようとして出て来た応援弁士Aと口論の末、罵声を浴せ、同人を引倒し、手拳を以てその前額部を殴打し、全聴衆の耳目を一時被告人に集中させたというのであるから、原判決がこれを以て、衆議院議員選挙法第一一五条第二号に規定する選挙に関し演説を妨害したものに該当するものと判断したのは相当であつて、所論のような誤りはない。仮りに所論のように演説自体が継続せられたとしても、挙示の証拠によつて明かなように、聴衆がこれを聴き取ることを不可能又は困難ならしめるような所為があつた以上、これはやはり演説の妨害である。(以下略)

以上のとおり、選挙の「演説妨害」とは、「演説の継続を不能とせしめること」、または「演説自体が継続せられたとしても聴衆がこれを聴き取ることを不可能又は困難ならしめること」である。札幌や大津の例が、これに該当するはずもないことは、明白と言って良い。

さらに、この構成要件に該当する場合でも、権力者の選挙演説に対する市民の対抗意見の表明が、憲法に保障された表現の自由の行使として、違法性が阻却されることも考えられる。警察権の行使は、慎重の上にも慎重でなくてはならない。

明日(7月21日)投票の参院選、安倍一強体制崩壊のきっかけとしたい。そうしなければ、この国のあらゆるところが、際限なく腐ってゆく。

(2019年7月20日・連続更新2301日)

浜の一揆控訴審人証採用はせず。

平成30年(行コ)第12号 サケ刺網漁不許可取消請求等控訴事件

控訴人の進行意見

                                                      2019年7月19日

仙台高等裁判所第1民事部 御中

控訴人ら訴訟代理人 弁護士    澤  藤  大  河

 本件の進行について、口頭で意見を申し上げます。
まずは、結論を申し上げますと、控訴人らが本年5月24日付で申請した、証人の二平章さん、控訴人本人のKTさん、このお二人の人証を本日採用決定いただきたい。
その上で、次回をその両名の尋問期日とし、次々回に最終準備書面を陳述しての結審という日程の設定を希望いたします。このようなスケジュールにしていただければ、最終準備書面には、2018年漁業センサスの結果を引用して、控訴人としての主張を完結することが可能です。
なお、もし貴裁判所が主張整理の必要があるとお考えなら、あるいは各当事者に求釈明がおありなら、弁論期日間に進行協議の機会を持つことに異論はありません。

各人証採用の必要については、既に被控訴人の否定意見に反論する形で、7月16日付の書面で詳細に述べているとおりですので、ここでは概括的に意見を申しあげます。

本件の進行を振り返って見ますと、原審においては、長く原審被告岩手県が訴の不適法にこだわり、主として本案前の抗弁としての主張の展開に固執したため、本案における当事者の主張の応酬が必ずしも十分とは言い難く、また噛み合わない憾みを残したままに結審に至った経緯があります。
控訴審においては、これまで貴裁判所が進行協議を積極的に活用されて、両当事者に十分な主張と反論を促してきました。その訴訟指揮のよろしきを得て、ようやくにして、各当事者の主張が明確となり、幾つかの新たな論点も整理されて噛み合った形が整い、その論点に沿った形で、控訴人は最小限に絞った人証の申請をしたのです。ところが、その時点で裁判体が交代して、訴訟進行の継続性が途切れた感を否めません。貴裁判所が被控訴人の側に人証の採否についての意見を書面で求め控訴人がこれに反論したというのが、れまでの経緯です。

本来6月末までにいただけるはずの被控訴人意見書を7月10日に受領いたしました。内容を一読して驚きました。被控訴人の、控訴人らに対する敵意を隠そうともしない姿勢についてです。岩手県知事ともあろう公益的立場にある者が、どうしてこれほどにも、余裕のない非寛容な態度となるのか。どうしてこれほどにも、県民である控訴人ら漁民の主張と立証活動を嫌うのか。人証申請対象の控訴人を威嚇し、証言を萎縮させようとするのか。明らかに、過剰に権力的な被控訴人の姿勢といわざるを得ません。当事者対等の訴訟の場においてなおこの姿勢です。岩手県水産行政の零細漁民に対する姿勢の苛烈さを彷彿とさせるものと指摘せざるを得ません。

控訴審では、本件固定式刺し網漁の不許可処分の理由をめぐって、漁業法および岩手県漁業調整規則にいう「漁業調整」のあり方が争われています。
具体的には、そもそも漁業調整という理念とはどういうものなのか。戦後漁業法が、法の目的として掲げた「民主化」とは何を指すのか。そして、本件漁業調整にどう関わるのか。また、公益性を有する漁協が自営定置網漁を行っているのだから、「定置のサケ漁獲に影響を与える組合員の固定式刺し網漁は、禁止して当然」と本当に言えるのか。これが、水協法4条の漁協の目的に照らしての問題です。
 さらに、サケの人工増殖事業が主として漁協によって、また公費を投入して行われていることが、控訴人ら漁民に、サケ採捕を禁じる理由になり得るのか。また、貴裁判所が提示された、「サケ延縄漁許可は、刺し網漁許可の代替性を持っているのか」という新たな論点もあります。これに加えて、各員年間10トンを上限とするという固定式刺し網漁許可の実効性・合理性の有無。そして、三陸沿岸の漁業衰退の中で、固定式刺し網漁許可はどのようなインパクトを持ちうるか。

このような論点の全般について、社会科学者として、また水産行政の実務担当の経験もある二平章氏の証言は必須です。主張はしたが立証はさせないという訴訟指揮はあり得ません。二平証言は、甲29の意見書を敷衍する内容になるはずです。加えて、近時の国連における重要テーマとして、零細漁民の営業と生活、その基盤としての漁村というコミュニティを護ろうという大きな流れがあること、これが各国が共有すべき国際的な公序となっていることについても、二平氏ならではの証言を聞いていただきたいのです。

また、控訴人本人KTさんには、小型船舶漁業者としての実体験から、これまでの県の漁業行政の実態を語っていただきます。定置網漁業者のサケ漁独占と零細漁民のサケ漁からの排除が、いかに不合理で、サケ漁の許可を求める切実さについて、耳を傾けていただきたいのです。また、漁業行政や漁協の運営について予定されている民主的手続の形骸化の実態は、漁業調整のあり方が強者の欲しいままとなっていることを示唆するものとして、重大事だと思料されるものです。

 控訴人ら漁民は、長く浜の有力者や行政と対峙して絶望感を抱いて、今、裁判所の公正を信じて、その判断に希望を見出そうと期待しています。この期待を裏切ることなく、漁民らの切実で真摯な声を十分に聞いていただくよう、切望いたします。

**************************************************************************

この意見陳述の後、裁判所は「合議します」と休廷して、再開後の法廷で、人証不採用とした。抗議はし異議を申し立てたが、覆らない。裁判長に理由を問い質すと、「既に両名の意見書陳述書が提出され、被控訴人側では反対尋問の必要がないと言っておられますから」「もし、補充の陳述内容があれば、次回までに書面での提出を」という。

裁判長交代で、法廷の空気は変わってしまった。残念だが、次回は12月。最終準備書面提出となった。

閉廷後の報告集会は盛り上がった。県側の書面の酷さに怒り心頭のところに、裁判所の態度が火に油だった。みんな喋らないではおられないと、意気盛ん。証人採用しないのなら、それに代わる証拠を積み上げようとやる気十分。なるほど、これは「浜の一揆」のボルテージだ。

そして、話題は漁業法改正や規制改革委員会の姿勢。「こんな事態でまだ、自民党の選挙やってるのが漁協の幹部だ」という言葉が印象的だった。

(2019年7月19日・連続更新2300日)

憲法擁護のお気持ちを、日本共産党と野党共闘候補へ。

ご無沙汰をお詫びし、暑中お見舞い申しあげます。

いつになく梅雨寒の日が長く続きますが、既に季節は小暑。そして、七十二候では「蓮始開(はすはじめてひらく)」の侯となっています。このところ、朝の日課としている散策では、ようやく開きはじめた上野不忍池の蓮の華が目の楽しみ。
早咲きの華あり、晩咲の華あり。競って高く咲く華もあれば、葉裏にひっそりと咲く華も。蕾もあれば、盛りの花も、そして既に散った花弁も。人の様々と変わらない蓮の華の風情。

気候はやや不順ですが、ご家族の皆様には、健勝にお過ごのことと存じます。

 ところで、第25回参議院議員選挙の投票日が目前に迫っています。来たる7月21日(日曜日)の投票日には、日本共産党と野党共闘の候補者に一票を投じていただくよう、お願いを申しあげます。

「安倍一強」と言われる異様な事態が続いていることに不安を禁じえません。この社会はいったいどうなってしまったのだろう。この先さらにどうなって行くのだろう。このままであってはいけない、今のうちに何とかしなければならないという、焦りに似た気持ちを感じ続けています。

とりわけ、このまま安倍一強の政権を存続させておくことによって、日本国憲法が「改正」されてしまうのではないかという強い危機感を持たざるを得ません。仮に、今度の選挙で、自民党や与党勢力、あるいは政権に擦り寄る維新などが、大勝して議席を増やすようなこととなれば、憲法「改正」の手続が具体化することになりかねません。

また、反対に、憲法「改正」に反対する勢力が大きく議席を増やすことができれば、憲法改悪のたくらみを打ち砕くことになります。その意味で、今度の選挙には日本国憲法の命運がかかっているのだと思います。

日本国憲法の命運は、この憲法の理念として国民に受容されてきた、平和や国際協調、そして民主主義や人権の命運でもあります。安倍政治がたくらむ改憲とは、平和や民主主義や自由、そして経済的弱者の生存の権利を危機に追い込むものと警戒せざるを得ません。けっして、改憲を許してはなりません。

本日(7月18日)の赤旗一面のトップに、安倍9条改憲の阻止 共産党が伸びてこそ」という大見出しがあります。私は、そのとおりだと思うのです。

その記事のリードには、こう述べられています。
「安倍晋三首相が各地の遊説などで改憲を前面にすえ、9条の自衛隊明記を公然と訴えるなか、9条改憲に向けた暴走を止めるかどうかが参院選の重大争点として浮上してます。…何としても、この野望を止めなくてはなりません。止める一番確かな力は、日本共産党の躍進です。」

まったく、そのとおりではありませんか。船が大きく右舷の側に傾くとき、平衡を取り戻すには、できるだけ左舷の側に集まらねばなりません。今まさにそのときなのだと思うのです。しかも、船が沈まぬうちの緊急の課題として。

安倍晋三という人物は、極右の勢力に担がれて、改憲を使命に頭角を表してきた政治家です。彼は、支持勢力をつなぎ止めるためにも、改憲を言い続けなければならない立場にあります。とりわけ、右翼勢力が目の仇とする「憲法9条」を変えようと口にし続けねばならないのが、彼の背負った使命でもあり、宿命でもあります。

もちろん、国民世論は、けっして安易に改憲を許すものではなく、首相の思惑とは大きな隔たりがあります。改憲実現のハードルが高いことは自明のことですから、安倍自民党は、できるだけ、耳に甘い言葉で、有権者を欺そうと考えます。今回も、奇策を編み出しました。いや、詐欺の発案といった方が適切なのかも知れません。

それが、「9条1項2項は全文そのままにして、9条の後に、新たに『第9条の2』1か条を追加する」という、自民党の改憲案(自民党は、条文イメージ(たたき台素案)」と言っています)です。その文言は以下のとおりです。

第9条の2
1 前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
2 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。

これが、安倍自民党の「安倍9条改憲」案です。よくお読みください。念のため、現行の9条の全文を引用しておきます。

第9条
1項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

現行9条2項は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と定めます。つまり、日本国憲法は、「戦力」の保持を禁じているのです。では、「戦力」とは何でしょうか。「陸海空軍その他の戦力」というのですから、「陸軍・海軍・空軍」は当然に戦力に当たります。陸海空軍に当たらなくても、それに準じる実力組織は、「その他の戦力」に当たることになります。

つまりは、戦力とは、対内的な治安のために必要な警察力の範囲を超えて、外敵との交戦をなしうる人的・物的な組織体を指すとするのが常識的な見解でしょう。憲法上、警察力の保持は当然として、それを超える軍事力の保持はなしえないと覚悟を決めて、この憲法を作ったのです。

ところが、1954年に政府は、戦力をこんな風に定義しました。「自衛のため必要な最小限度を超える実力組織」というのです。

自衛のため必要な最小限度」が分かれ目です。これを超えるれば「戦力」に当たりますが、「自衛のため必要な最小限度」の範囲内の実力組織であれば、「戦力」に当たらない。こうして、自衛隊が生まれ、育ってきました。

今や、自衛隊はその実態からは、世界第6位とも5位とも言われる「陸・海・空軍」といわざるを得ませんが、建前は飽くまでも「戦力=軍隊」ではなく、憲法に認められた「自衛のため必要な最小限度の実力組織」なのです。

実は、この「戦力」についての解釈は、自衛隊を創設するために政府がひねり出した解釈ですが、今や、自衛隊の拡大増強を縛るものとなっています。

以下は、防衛省・自衛隊自身のホームページからの引用です。
「わが国が憲法上保持できる自衛力は、自衛のための必要最小限度のものでなければならないと考えています。その具体的な限度は、その時々の国際情勢、軍事技術の水準その他の諸条件により変わり得る相対的な面があり、毎年度の予算などの審議を通じて国民の代表者である国会において判断されます。憲法第9条第2項で保持が禁止されている「戦力」にあたるか否かは、わが国が保持する全体の実力についての問題であって、自衛隊の個々の兵器の保有の可否は、それを保有することでわが国の保持する実力の全体がこの限度を超えることとなるか否かにより決められます。
 しかし、個々の兵器のうちでも、性能上専ら相手国国土の壊滅的な破壊のためにのみ用いられる、いわゆる攻撃的兵器を保有することは、直ちに自衛のための必要最小限度の範囲を超えることとなるため、いかなる場合にも許されません。たとえば、大陸間弾道ミサイル(ICBM:Intercontinental Ballistic Missile)、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母の保有は許されないと考えています。」

今の自衛隊は、政府自身の憲法解釈上、このような「縛り」(厳密な縛りとは言えない、緩いものではありますが)がかかっていることになります。しかし、安倍自民党は、このような手枷足枷の桎梏を取り払って、自衛隊を堂々の「国防軍」としたいのです。そのホンネを語っているのが、2012年4月28日発表の「自民党憲法改正草案」です。現行の憲法第2章「戦争の放棄」は、安全保障」に置き換えられ、堂々と自衛隊の海外派兵も治安出動も憲法上可能となります。軍法会議も整備されます。

このような、安倍自民党のホンネを視野に入れて「安倍9条改憲」の提案を読まねばなりません。たたき台とされている「9条の2」の案が、「前条の規定(9条1項・2項)は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず」となっているのは、9条1項・2項をまずは、ご破算とすることを意味します。

その上で、「そのための実力組織として、法律の定めるところにより、自衛隊を保持する。」「自衛隊の行動は、法律の定めるところによる」とは、結局法律の作り方次第、国会の過半数の勢力が、これまでの憲法9条の縛りを離れて、広範な裁量のもと、新たな自衛隊を設計し運用することが可能となるのです。

この改憲は、何としても阻止しなければなりません。そのためには、これまで安倍9条改憲と最も厳しく切り結んできた日本共産党に活躍してもらわねばなりません。そして、13項目の共通政策を作成した野党共闘は、共通政策の第1項目を「改憲阻止」としています。

ぜひとも、今回は、「安倍改憲」阻止のための選挙として、
32ある地方区の一人区では「野党共闘候補」を複数区では「日本共産党の公認候補」を、そしてもう一票の比例区では、「日本共産党」と政党名を記入して投票ください。

以上、日本国憲法と平和と民主主義に成り代わって、お願いを申しあげます。
(2019年7月18日・連続更新2299日))

森友事件は終わってない。首相夫妻の国政私物化を忘れてはならない。

本日は、森友関連事件について要請に最高検へ。下記の要請書を持参した。

森友事件とは、その本質は最高権力者の国政私物化にある。その国政私物化が刑事事件として表面化したものが、近畿財務局の国有地8億円値引き問題である。払い下げの相手は、首相の妻が名誉校長の地位にあった私立小学校経営者。問題の土地はその小学校の敷地で、学校が完成すれば、首相夫妻好みの極端な右翼教育が行われるはずであった。

幸いにことは露見して、この学校建設計画は頓挫し、首相夫妻への批判が巻きおこった。しかし、首相の下僕となった官僚機構は、記録を隠蔽し、改竄して、首相を国会の追及からかばった。

そこで、刑事司法の出番となった。多くの刑事告発が申し立てられた。被告発人を近畿財務局の担当職員とする背任罪や、この追及をかわした高級官僚の公文書毀棄・変造、あるいは証拠隠滅など。

通常であれば、起訴されて当然のところが、大阪地検特捜部はこれを全部不起訴処分とした。こうして、舞台は検察審査会に移り、今年(2019年)3月にその一部が「不起訴不当」の議決となった。

現在、大阪地検特捜部が、再捜査をしているが、首相の忖度で固められた政治や行政の雰囲気の中で、政治的な圧力を排して検察の使命を果たすことができるだろうか。

この事件の処分は特捜限りではできない。大阪地検でも判断はできまい。常識的に、最高検の判断に依らざるを得ないだろうとの印象をもっている。ぜひとも、最高検には、大阪地検特捜部に対する「政治的圧力に負けずに、検察の使命に徹して、厳正な捜査を遂げて、起訴に至るよう」指導を求めたい。無理に、起訴せよというのではない。大阪検察審査会も、起訴あってしかるべきと明言している通り、不当な政治的影響なければ当然に起訴となるべき事案なのだ。

最高検への要請の後、司法記者クラブで記者会見。「森友事件は終わっていない。忘れてはならない」と。

(2019年7月17日・連続更新2298日)

**************************************************************************

「森友関連告発事件」についての指導の要請

2019年7月17日

検事総長 稲田伸夫殿

当該事件告発人  醍醐聡外 計19名

同告発人ら代理人弁護士  澤藤統一郎

同            杉浦ひとみ

同            佐藤 真理

同            澤藤 大河

 

(連絡先 〒113-0033 東京都文京区本郷5丁目22番12号

                  弁護士 澤 藤 大 河)

 

指導を求める告発事件(以下「本件告発事件」)の特定と経過

2017年10月16日 東京地検に告発(被疑者・池田靖 罪名・背任)

同 年10月27 日 大阪地検へ移送

2018年 5月31日 大阪地検検察官不起訴処分(平成29年検第17422号)

(なお、関連の告発被疑事実について被疑者38人全員を不起訴)

同 年 6月 4 日 大阪検察審査会に審査申立

同 年 6月 5日 大阪第一検察審査会審査申立受理(平成30年検第13号)

2019年3月15日 大阪第一検察審査会(以下、単に「検察審査会」)

が「不起訴不当」の議決

2019年3月29日 検察審査会上記議決要旨を通知

現在、大阪地検特捜部において再捜査中

要請の趣旨

  本件告発事件について、貴職より、最高検察庁のしかるべき機関を通じて、再捜査担当の大阪地検検察官に対して、一切の政治的思惑を排して、刑事訴訟法の原則と検察官のあるべき使命に従い、十全の捜査を遂げた上、起訴処分に至るべく指導を求める。

要請の理由

1 本件告発被疑事件(背任)の概要

被疑者池田靖は、財務省近畿財務局管財部統括国有財産管理官の任にあって、国に対して、国有財産法、財政法等の規定に基づき、同財務局管内の国有地を売却するに当たっては売却対象の土地の価格について十分な調査をして適正な価格で売却し国が損害を被ることがないようにすべき任務があるのに、その任務に背き、学校法人森友学園理事長らと共謀の上、同学園の利益を図り、かつ、国に損害を加える目的で、大阪府豊中市所在の国有地の売却価格1億3400万円が同土地の更地価格9億5600万円に比して著しく低廉な価格であることを知りながら、2016年6月20日、同土地を同学園に1億3400万円で売却し、もって国に財産上の損害を加えたものである。

2 検察審査会不起訴不当議決の留意点

(1)大阪地検検察官の不起訴処分を不当とした検察審査会の議決要旨は本件背任の嫌疑の核心をなす地下埋設物の撤去費用の見積もりに疑問を呈し、「本件と利害関係のない他の建設業者のみならず、教育あるいは保健機関の意見も参考にし客観性のある試算を行うなど廃棄物の撤去処理費用について、さらに捜査を尽くすべきではないかと考える」と指摘している。

また、8億円余の値引きの根拠とされた森友学園側からの損賠賠償の提訴の虞について、学園側の代理人弁護士でさえ、「国を相手にする訴訟は相当厳しいものになると認識していたことがうかがえる」、「そもそも、・・・・本件で問題とされる生活ゴミは〔地下埋設物撤去等工事〕契約の対象外とされていたことを考慮すれば、その責任の全てを国が負うと考えるのは納得できない」と厳しい疑問を投げかけている。

(2) 大阪地検検察官の不起訴処分を不当と議決した検察審査会議決要旨の理由中に、以下の異例の記載がある。

「背任罪に関しては、検察官において、政治家らによる働きかけの影響の有無につき検討をしていることから付言すると、確かに本件不起訴記録中の被疑者の供述などからは、森友学園側の働きかけによる政治家の秘書等から財務省に対する陳情、問い合わせ等があった事実を受け近財を含む国側がこれに応じて何らかの便宜を図ったことがうかがえる証拠は認めなかった。しかし、本件不起訴記録にある証拠のみでは、政治家らによる働きかけの影響の有無については判断しがたく、この点についても検察官は、さらに捜査を尽くすべきと考える。」

「以上のことを踏まえ、当検察審査会の判断としては、上記趣旨のとおり議決するものであるが、最後に付言するとすれば、背任罪について、本件のような社会的に注目を集めた被疑事件については、公開の法廷という場で事実関係を明らかにすべく公訴を提起する意義は大きいのではないかと考える。

従って、本件の被疑者中、その不起訴処分を不当とした者については、検察官において、更なる捜査を尽くし、その上での再考を要請する。」

(3) 即ち、検察審査会も、審査に顕出された資料の範囲では、「近畿財務局を含む国側が、政治家の秘書等から財務省に対する陳情等に応じて、何らかの便宜を図ったことがうかがうべき証拠は認めなかった。」とは言う。

しかし、明らかに同議決は、疑惑を否定し得ないものとしている。検察官が作成した「本件不起訴記録にある証拠のみでは、政治家らによる働きかけの影響の有無については判断しがた(い)」というのである。

このことを前提に、検察審査会は、背任の罪体についてではなく、背任の動機としての「政治家らによる働きかけの影響」の有無、具体的には「近畿財務局を含む国側が、政治家の秘書等から財務省に対する陳情等に応じて、何らかの便宜を図ったこと」についても、「検察官は、さらに捜査を尽くすべきと考える。」と明言しているのである。このことの意味は大きい。

(4) 検察審査会の本件議決が、わざわざ「本件のような社会的に注目を集めた被疑事件については、公開の法廷という場で事実関係を明らかにすべく公訴を提起する意義は大きいのではないかと考える。」というとおり、本件被疑事実には、国民誰もが大きく注目している。国民誰もが、徹底して事実関係を解明するために起訴あってしかるべきと考えてもいる。

その注目の理由は、特定の公務員ひとりの犯罪の成否にあるのではなく、厳正であるべき国有財産の管理が、内閣総理大臣の任にある政治家と、その妻が介在することによって、「只同然の価格で」払い下げられたのではないかという疑惑にある。公正で平等であるべき行政が、有力政治家によって私物化され、ゆがめられたのではないかという疑惑である。

(5) 検察審査会の本件議決は、敢えて明言を避けてはいるものの、上記の疑惑を払拭し得ないものとしている。婉曲には、「政治家らによる働きかけの影響」によって、本件背任行為がなされたことの疑惑の存在を肯定し、これを前提としての立論をしている。留意すべきは、その点についての捜査の不徹底が、本件の捜査と処分をした検察官のありかたの批判ともなっていることである。

即ち、「近畿財務局を含む国側」だけでなく、「公正であるべき検察」も、「政治家らによる働きかけの影響」をうけているのではないかとする疑惑が示唆されているといってよい。

検察審査会の本件議決は、確かに「本件不起訴記録にある証拠のみでは、政治家らによる働きかけの影響の有無については判断しがた(い)」とはいう。しかし、その点に関する検察の捜査の不徹底を批判して、「検察官は、さらに捜査を尽くすべきと考える」と明言しているのである。

いま、政権中枢は、行政私物化の疑念のみならず、司法の一翼を担う検察の私物化疑惑をも抱えるに至った。

本件議決の指摘はそう読まなければならない。

(6) なお、以上の検察審査会の判断は、罪体自体の捜査については、これを不十分と指摘するところはない。捜査報告書に記載された事実関係の把握によって、被疑者の背任罪の成立は当然に認められるとしているものである。

しかも、背任罪の被害額が8億円余と巨額であるだけでなく、「この上なく社会的な注目を集めた被疑事件」でもある。当然に、公開法廷において事実関係を明らかにすべく公訴提起あって然るべき事件であるにもかかわらず、不起訴とされた。森友関連諸事件での被告発者は計38名にのぼるところ、その全員が全被疑事実について不起訴となった。国民の目からは、政治的背景なくしてはあり得ない処分であり、検察自らが、政権へのおもねりによる処分との疑惑を招いたものと指摘せざるを得ない。

3 貴職に適正な指導を求める理由

検察の使命は、厳正公平・不偏不党を旨とし、迅速適正に、犯罪の真相を解明し、罰すべきものがあれば、これに対して公訴を提起し、公開の法廷で事案を明らかにするとともに、被告人の人権を保障しつつ、適正な刑罰が科されるように公判を維持することにある。そして、検察庁においては、国家意思の統一の保持のため、検事総長を頂点とする一体の組織として活動することが要請される(「検察官同一体の原則」)。この検察官一体の原則は、国家刑罰権の発動を促す個々の検察官の判断における公平を図ることのほか、厳正公平・不偏不党を貫くことが困難な権力との対峙の場面では、検事総長が検察庁を統一することが求められるのである。このことによって、あるべき社会秩序を維持し、公平で安全・安心な社会の実現への貢献が期待されるところである。そのことの徹底によって、国民は検察を信頼しうることになる。

ところで、検察の使命である厳正公平・不偏不党を侵害する最大のものは、政治権力であり行政権力である。検察の使命は、このような巨悪と対峙し、一歩も退かずに、「巨悪を眠らせない」姿勢を貫くところにあり、そのことによって、検察は国民の信頼を勝ちうることが可能となる。

検察は、はたしていま、そのような国民の期待に応え得ているだろうか。国民の付託に応えるよう努力しているとの信頼を勝ち得ているだろうか。

残念ながら、巨悪は枕を高くして眠っているのではないか。少なくとも、そのような疑惑を払拭し得ていない。

本件告発人らは、主権者国民を代表する立場において、貴職に要請を申しあげたい。

本件告発事件の再捜査は、大阪地検特捜部における担当検察官によって進展しているが、その捜査の徹底と、不起訴処分を覆しての起訴処分は、大阪地検限りでの判断ではなしがたいものと考えざるをえない。既述のとおり、本件の政治的背景には厳しいものがあり、処分以前に最高検の指導や指示を仰ぐことになると予想されるところである。

この点について、貴職より、最高検察庁のしかるべき機関を通じて、再捜査担当の大阪地検検察官に対して、一切の政治的忖度も思惑も排して、刑事訴訟法の原則と検察官のあるべき使命に従い、厳正な捜査を遂げた上、起訴処分に至るべく指導を尽くされたい。

とりわけ、検察審査会の本件議決が指摘するところに十分な配慮をして民意に応え、公平・不偏不党を旨とする検察の姿勢を貫き、国民の信頼を勝ち得る努力を通じての成果を上げるよう、衷心からの期待と要請を申しあげる。

以 上

ファクトチェックは重要で、厳しい。

このところの各紙のファクトチェックが好評である。とは言うものの、量的にも質的にも、やや物足りなさを禁じえない。もっともっと、権力者の発言に鋭く遠慮のない切り込みに期待したい。

昨日(7月15日)の朝日は、安倍首相が誇る雇用増の実績は本当?」と切り込んだ。さすがに、よいテーマを選んでいる。これは、参院選の論争に必読。

安倍晋三首相 「この6年間、私たちの経済政策によって、働く人、雇用は380万人も増えた。年金の支え手が400万人近く増えたということ。それだけ保険料収入は増えた」(11日、大分県別府市での街頭演説で)

――△(一部不正確)

 総務省の労働力調査(年平均ベース)によると、企業や団体などに雇われている雇用者のうち役員を除いた働き手は、第2次安倍政権発足後の2013年から18年までの6年間で383万人増えた。「380万人増」という主張は正しい。

 ただ、増えた働き手のうち55%はパートやアルバイトなど非正規で働く人々が占める。非正規で働く人の多くは所得が少なく、不安定な生活を送っている。総務省が5年ごとに公表している就業構造基本調査によると、非正規で働く人の75%が年収200万円未満だった。この中には学生バイトや主婦のパートも含まれているが、いわゆるワーキングプアにあたる人も一定数いるとみられる。

 首相はこれまで「この国から非正規という言葉を一掃する」と何度も訴えてきたが、役員を除いた働き手に占める非正規雇用の割合は18年平均で37・9%となり、過去最高の水準になっている。

 非正規雇用が増え続ける一因には、企業が人件費を抑えようと正社員よりもパートやアルバイトを雇ってきたことがある。特に近年目立つのが、非正規で働く高齢者の増加だ。労働力調査によると、この6年間に増えた働き手383万人のうち40%は、パートやアルバイトを中心に非正規で働く65歳以上が占めている。定年後の再雇用でも、賃金など待遇面は現役時代より下がるのが一般的だ。

 加えて、1990年代後半以降、自民党政権が企業の求めに応じて派遣労働などの規制緩和を進めたことも非正規雇用の増加につながった

 秘書や通訳など26業種に限られていた派遣業は、小渕政権下の99年、建設業や製造業などを除き原則自由になった。さらに、安倍首相が政府・与党の中枢にいた小泉政権では、04年3月に施行された改正労働者派遣法によって、派遣期間の上限は1年から3年に延び、製造業への派遣労働も解禁された。

 一方、年金の支え手である加入者数は、保険料の納付期間が終了して加入者でなくなる人と新規加入者を出し入れすると、12年度末が6736万人、17年度末が6733万人で、ほぼ横ばいだ。「年金の支え手が400万人近く増えた」かどうかははっきりしない。

 保険料収入は確かに増加傾向にある。17年度は37兆2687億円で、12年度より7兆1千億円増えた。厚生労働省は理由の一つに、国民年金に比べて保険料が高い厚生年金の加入者が増えたことを挙げる。

 首相は演説で「4月に年金額が増えた」ともアピールする。19年度は公的年金の支給額が前年度より0・1%引き上げられた。引き上げは、15年度以来4年ぶり。国民年金の場合、満額で受け取る人は月67円増えて6万5008円、厚生年金はモデル世帯(夫婦2人分)で月227円増の22万1504円となった。

 ただ、少子高齢化に合わせて年金水準を自動的に引き下げる「マクロ経済スライド」により、物価上昇率(1・0%)や賃金上昇率(0・6%)よりも支給額の伸び率が抑えられている。だから支給額は増えても、実質的な水準は目減りしている。

こちらも選挙戦に使いやすい。東京新聞の《論戦ファクトチェック》野党、具体策示し年金改革公約 自民の主張「対案ない」は言い過ぎ

 参院選で重要争点の年金制度を巡り、自民党は政見放送で「(野党が)具体策を示さず不安をあおっている」と主張している。実際には、野党各党は公約などで現行制度の見直し案を示しており、自民の主張は「言い過ぎ」といえる。

 政見放送で三原じゅん子女性局長は「一部野党は、具体策を示さないまま不安をあおるだけ」と強調。隣の安倍晋三首相(党総裁)も、負担増なしに給付だけ増やせないと同調し「年金を充実する唯一の道は年金原資を確かなものにすること。すなわち、経済を強くすることだ」と話す。

 首相は十一日の福岡市での街頭演説でも「野党は財源も示さず、具体的な提案もしていない」と訴えた。

 しかし、立憲民主党は参院選の政策集で「低所得者の社会保険料の軽減措置」や「低年金受給者に対する追加給付」を掲げる。国民民主党は、低所得の年金生活者に最低月五千円を追加給付する政策を打ち出している。共産党社民党は、物価や賃金の伸びより年金の伸びを低く抑える「マクロ経済スライド」の廃止などを提言。日本維新の会は、年金の「積み立て方式」への移行案を提唱している。

 財源に関しては、年金制度見直し目的の財源を明示していない野党もあるが、共産は公約で、高額所得者の保険料を見直して年金財政収入を増やすと主張。国民も「金融所得課税の強化で捻出できる」(玉木雄一郎代表)と訴える。

 共産の志位和夫委員長はツイッターで「自民の政見放送は根拠のない野党攻撃。安倍さん、(同席した)党首討論で具体案を話したことが聞こえなかったの?」と投稿した。

もう一つ。こちらは、英BBCのニュース。「トランプは無能」という命題のファクトチェックが必要。どこかが、やってくれないだろうか。

 英国のダロック駐米大使が、トランプ米政権について「無能」「頼りにならない」と英首相官邸に報告していたと、英大衆紙メール・オン・サンデーが7日報じた。「米国との『特別な関係』の真価が試されかねない」(英BBC)と波紋を広げている。

トランプ無能の根拠よりは、むしろ、無能と言われてどう反応するかに興味が集まるところ。その態度が、政治家としての器の見せどころではないか。これを見つめる衆目が、ファクトのチェックとなる。

「無能」と言われて意に介さず、平然としていられるのは、ただ者ではないと思わせる。

無能と言われて、余裕綽々ニヤリと笑ってみせてはどうだろうか。何なら、ツィッターで、「無能と言われたよ。図星だね」くらい、言って見てはどうだ。風格が感じられないかね。

猛然と怒るのは、下の下。政治家として無能の極致。その醜態が、自らの無能を証明することになる。ときどき、我が国の首相にも思い当たる節がある。

結局、トランプは自らを無能と証明してみせた。が、このファクト。実は重い。この無能政治家を選んだ有権者の無能をも暴露することになるからだ。ファクトチェックは、厳しい。
(2019年7月16日)

民主主義が生きるか死ぬか ― それが選挙にかかっている。

寒く、じめじめした、陰鬱な日が続くが、季節はまぎれもなく夏である。暑中見舞いをいただいて、すでに小暑であることに気付く。七十二候では「蓮始開」の侯。

全国の自由法曹団や青年法律家協会系の法律事務所から、暑中見舞いを兼ねた事務所ニュースが届く。いずれも力作で、楽しく目を通す。

カラー印刷のレイアウトに凝ったものが多い中で、珍しく単色の無骨さが却って目立つのが、横浜合同法律事務所の事務所ニュース。

表紙に大きく、「暑中お見舞い申しあげます-憲法を護るための選挙の夏です」と書き込まれている。その下に、所員のメーデー参加時の集合写真(モノクロ)が掲載されている。大きな横断幕には「守るべきは、平和で安全な暮らし~安心して生活するため、憲法9条をいかそう~」というスローガン。「憲法9条を守ろう」ではなく、「憲法9条を活かそう」というのが、いかにも法律事務所らしい。

最初のページに、民主主義を機能不全にしないために」という、小口千恵子弁護士の論稿。「民主主義の死」の危険を警告して刺激的である。

 かつて民主主義は革命やクーデターによって死んだ。しかし、現代の民主主義の死は選挙から始まる。選挙というプロセスを経た強権的なリーダーが、司法を抱き込み、メディアを黙らせ、憲法を変える。『合法的独裁化』が世界中で静かに進む。これがハーバード大の2人の教授著の「民主主義の死に方」で指摘されている内容である。

 安倍政権は、これまで国政選挙で5連勝してきた。……その結果、国会の討論が機能しなくなり、内閣に不利な情報は隠蔽・改ざんされ、忖度が横行し、最終的には数を頼んでの強行採決で法案が成立し、一強政権がますますのさばる結果となる。

 前述の文献では、民主主義は、「相互的寛容」(競い合う政党がお互いを正当なライバルとして受け入れる)と「自制心」(節度をわきまえる)ことで成り立っているとされている。しかし、沖縄の辺野古問題でも明らかなとおり、安倍政権の下では民意は顧みられることもなく、国会の多数決原理のみ強調されて民主主義の根幹が無視され続けている。

 独裁者を抑制するためには、独裁者に有利となるような制度に作り替えさせてはいけないし、また、民主主義の砦として人類の英知を結集して作り上げた憲法を独裁者のために献上してはならない。独裁者の暴走を許さず民主主義を守るために、来る国政選挙において、そのための投票行動が求められている。

「民主主義の死に方 ― 2極化する政治が招く独裁への道―」(原題“How Democracies Die”、スティーブン・レビツキー、ダニエル・ジブラット共著)は、濱野大道訳で、昨年(2018年9月)新潮社から出版されている。新潮社自身が、司法を抱き込み、メディアを黙らせ、憲法を変える――。日本にも忍び寄る危機。」とキャッチを書いている。

新潮の惹句は、次のように続けている。
https://www.shinchosha.co.jp/book/507061/

世界中を混乱させるアメリカのトランプ大統領を誕生させ、各国でポピュリスト政党を台頭させるものとは一体何なのか。欧州と南米の民主主義の崩壊を20年以上研究する米ハーバード大の権威が、世界で静かに進む「合法的な独裁化」の実態を暴き、我々が直面する危機を抉り出す。全米ベストセラー待望の邦訳。

この書については、「論座」に、堀由紀子さん(編集者・KADOKAWA)の的確な書評がある。

https://webronza.asahi.com/culture/articles/2018111900005.html

その一部を引用させていただく。

 言わずもがなだが、民主主義は民衆が主権の国家のことで、対義語は独裁主義だ。民主主義は崩壊し、独裁主義となる。その転換が、クーデターなどの劇的なものであれば、両者の入れ替わりはわかりやすい。

 しかし本書によれば、民主主義は、「多くの場合、見えにくいプロセスによってゆっくりと侵食されていく」。クーデターが起きるわけでも、緊急事態宣言が発令されるわけでも、憲法が停止されるわけでもない。選挙によって選ばれた政治家が、民主主義を少しずつ崩壊させて、憲法を骨抜きにし、「合法的に」独裁者となって君臨するというのだ。

 こういった独裁者の登場を防ぎ、民主主義を護るために憲法は存在するのだが、著者たちは、「憲法は常に不完全だ」と言い切る。どれほどしっかりしたと思われる憲法であっても、恣意的な解釈や運用が可能なため、それだけでは民主主義は護れないという。

 ではなにが民主主義を護るのか。それは「相互寛容」と「組織的自制心」の2つだという。

 「相互寛容」とは、対立相手を自分の存在を脅かす脅威とみなさず、正当な存在とみなすこと。つまり、「政治家みんなが一丸となって意見の不一致を認めようとする意欲のこと」だ。

 もうひとつの「組織的自制心」は、厳密には合法であっても、明らかにその精神に反するような行為は行わないようにすること。丁寧な言動やフェアプレーに重きを置き、汚い手段や強硬な戦術を控えなければいけないということだ。

 ちなみに、この本の中では、日本のことは触れられていない(池上彰さんの巻頭解説を除いて)。しかし私は、今の日本との相似性を意識せずに読めなかった。カバーにある言葉、「司法を抱き込み、メディアを黙らせ、憲法を変える――。『合法的な独裁化』が世界中で静かに進む。全米ベストセラーの邦訳」をどう感じるだろうか。空気のように当たり前の民主主義を次世代に渡していくために。本書はその大きな手がかりをくれる。

 民主主義の土台であり、民主的政治過程の出発点でもあるのが選挙であったはず。だからこそ、民主主義の実現を望む多くの人びとが、普通選挙制度の獲得に文字どおり身を呈し、権力者がこれを妨害してきた。ところが今、「現代の民主主義の死は選挙から始まる」と言われるに至っているのだ。

「司法を抱き込み、メディアを黙らせ、憲法を変える」。これは、まさしく、安倍政権の悪行を指している警鐘ではないか。安倍政権こそが、すでにそこにある「日本の政治的危機」ではないか。

来たる参院選は、憲法の命運がかかっているだけではない。民主主義の生死さえかかっているのではないか。次の選挙を、「民主主義の死」の第一歩としてはならない。

(2019年7月15日)

参院選を、年金・税制一新の市民革命の機会に。

第25回参院選をちょうど1週間の後に控えての7月14日、フランスの革命記念日である。230年前のこの日、民衆がバスチーユを攻撃した。ルイ16世は側近から、「陛下、これは暴動ではありません、革命でございます」と聞かされたという。

当時の日本は、元号でいえば寛政期。松平定信が幕府の老中首座にあって、「白河の清きに魚のすみかねて もとの濁りの田沼こひしき」などと煙たがられていた。その頃に、ヨーロッパでは民衆の蜂起が成功して自由と平等を理念に掲げる近代市民社会が生まれた。

7月14日に何があったか。学び舎の中学教科書ともに学ぶ 人間の歴史」からの引用が最も適切であろう。

バスチーユを攻撃せよ-フランス革命-
《自由と平等を求めて》
1789年7月14日,パリ(フランス)の民衆が,バスチーユ監獄に押しよせました。武器・弾薬を引きわたすように,ここを守る司令官に要求しましたが,拒否されます。人びとは,はね橋を下ろしてなだれこみ,激しい銃撃戦のすえバスチーユ監獄を攻め落としました。監獄には,国王の専制政治を批判した人が捕らえられていると考えられていました。
同じころ,農村では,年貢の引き下げを求める一揆が起こってました。バスチーユでの勝利は,フランス全土に伝わります。農民たちは領主の館に押しかけ,土地の証文を焼いたり,火を放ったりしました。

国王ルイ16世は,5月に,身分ごとの会議を開いて,増税を決めようとしました。これに対して,平民代表は,「白分たちこそが,国民を代表している」と主張して,国民議会をつくりました。さらに,16世がこれを武力でおさえようとしたため,人びとはバスチーユを攻撃したのです。こうして,フランス革命がはじまりました。

《国民の権利,女性の権利,黒人の権利》
国民議会は,重い年貢を取り裁判権をにぎって,農民を支配していた領主の特権を,廃止しました。そして,自由と平等,国民主権をうたう「人権宣言」を発表しました。さらに,教会の領地や,国外に亡命した貴族の領地を,農民が買い取れるようにしました。
革命に参加した平民には,豊かな商工業者や地主と,貧しい人びとがいました。貧しいパリの民衆は,パンの値上がりに抗議し,政治への発言権を求めて,地区の集会を開きました。女性たちを先頭に、7000人が「パンをよこせ」と叫びながら、ベルサイユ宮殿まで行進しました。1792年には、民衆が王宮を攻撃し、王政を廃止させます。
そして、21才以上の男性のすべてが選挙権を得ました。しかし、女性には選挙権は認められず、政治集会への参加も禁じられました。劇作家のオランプ=ド=グ-ジュは、「女性の権利宣言」を発表し、「女性は生まれながら自由であり、男性と同等の権利をもつ」と、第1条に掲げました。グ-ジュは、黒人の地位にも関心をもち、フランス植民地だったハイチでの奴隷制度に反対する劇を上演しました。

《皇帝になったナポレオン》(略)

欄外に幾つかの資料や写真・書き込みがある。
◆まず、人権宣言の要約が次のように掲載されている。
第1条 人間は生まれながらにして、自由で平等な権利をもつ。
第2条 すべての政治的な団結の目的は、自由・所有・安全および圧制への抵抗の権利を守ることである。
第3条 すべて主権は、本来、国民にある。
第11条 思想・言論の自由な発表は、人間の最も尊い権利のひとつである。

革命前の3つの身分
聖職者・貴族・平民の3つの身分があった。革命前は,わずか2%の聖職者と貴族が,領地と農民を支配し、さまざまな特権をもち、税も免除されていた。

****************************************************************

さて、問題は、他人事ではない。今の日本である。フランス革命以前のアンシャンレジームとなんと似通ってはいないだろうか。
今の日本は、一方に大企業・富裕者と、その取り巻きがあり、その対極に格差貧困に沈みつつある経済弱者がいる。この固定された階層秩序は、身分制の桎梏と変わらない。

大企業・富裕者は、この社会を支配し、さまざまな特権をもち、分けても特権的優遇税制の利益を享受しているではないか。だから、事態は後世次のように語られるものとなる…のではないか。

首相官邸を攻撃せよ-2019年金・税制革命-
《経済的平等と生存の保障を求めて》
2019年7月21日,日本中の民衆が,一斉に投票所に押しよせました。人びとは、消費税の値上げに反対し、人生100年を安心して過ごせる年金を要求してきましたが、権力者アベに拒否されます。
そこで、人びとは各地の投票所になだれこみ、熱い思いで投票用紙に反アベの候補者と政党名を書き込むことによって、増税をたくらんでいたアベ官邸を攻め落としました。この日、アベは、側近から「これは、単なる選挙の敗北ではありません。革命が起きたのです」と聞かされたと言います。
アベ官邸には,この社会の格差を押し広げている、大企業・富裕者の代理人たちが、百鬼夜行さながらに棲息していると考えられていました。
同じころ,農村でも漁村でも商店でも税や年金の改革が叫ばれ、同時に会社や工場では、賃金引き上げを求める運動が巻き起こっていました。首相官邸陥落の報は,たちまち日本全土に伝わります。各地で、デモやストや、民衆の集会が続きました。そして消費税増税は阻止され、さらに消費税そのものが廃止されました。大企業や富裕層の特権はすべて取りあげられ、累進制に基づく真の応能主義が貫徹されることになり、国会は、自由だけでなく、経済上の実質的平等,政府に対する格差貧困撲滅の義務をうたう「新人権宣言」を発表しました。
この活動を通じて、革命に参加した人びとは、自分たちがこの国の主人公であることを強く自覚し、自らの手で税制も年金の設計も行うようになったのです。
こうして、フランスに遅れること230年にして、日本にも、自由・平等・博愛・福祉をスローガンとする革命がなし遂げられました。230年前には、王ルイ16世も王妃マリーアントワネットも、民衆の怒りによって断頭台の露と消えました。しかし、2019年の日本革命では、そのような野蛮なことは行われず、民衆はアベとその妻をよく説諭し、改心した夫婦にはきちんと年金の保障もしたということです。
(2019年7月14日)

この呼びかけは、どうしたら聞いて欲しい人に届くのだろう。

本日の東京新聞「こちら特報部」《民、侮るなかれ 参院選2019
いつにもまして、語りかけのボルテージが高く熱い。誰に語りかけているのか。現状維持でよいとする「無関心の有権者」にである。本当にそれでよいのか、「現状維持」とはどういうことなのか、無関心が何をもたらすのか。熱い語りかけなのだが、一面虚しくもある。が、虚しくはあっても、語り続けなければならない。

見出しをならべてみよう。
25面の前半記事の見出しは以下の3本
 「現状維持」危うい行く末
 安倍政権続けば…生活さらに困窮
 無関心の有権者「今のままでいい」

そして、頁を変えた26面後半記事の見出しがやはり3本
 「声上げれば変えられる」
 外交・安保 膨らむ懸念
 人権感覚も 世界に遅れ

この見出しで、全体の構成がほぼお分かりだろう。
メインの見出しが、下記の2本で対になっている。
 「現状維持」危うい行く末(25面)
 「声上げれば変えられる」(26面)

つまり、「現状維持」は、実は悲惨な近未来を招く選択なのだ。それを回避するには、「声を上げ」なければならない。「声を上げ」れば、悲惨な近未来を回避することができる。今、声を上げるとは、何よりも投票すること。選挙に参加するよう人に働きかけること。もちろん、安倍政権にアンチの立場での投票の呼びかけである。

「無関心の有権者は『今のままでいい』」というけれど、「このまま安倍政が権続けば…生活はさらに困窮する」ことになる。それだけではない。「外交・安保も、安倍政権のすることは危なっかしく、懸念は膨らむばかり」。「日本の人権感覚も 世界に遅れ」ていく一方ではないか。いつまでも安倍政権の横暴を許していてはならない。いまや、声を上げ、選挙に行って、反安倍に一票を投じようではないか。私にはそう読める。

下記がリードである。

 街角の有権者にこの参院選で期待する変化について尋ねると、選挙に関心がない人ほど「今のままでいいんじゃない」と答える。要は「現状維持」を望む意見で、よく出くわす。しかし、現状維持とは、現在の状況が固定化して続くことではない。現政権がもたらした経済、社会の指標や、外国との関係について、良好や悪化といった「傾向」が、そのまま引き継がれることを意味する。では、現状維持がもたらす日本の未来とはどんな姿なのか。 

本文に、こんな記載がある。

「日本すごい」どころか、「日本ダメ」が世界的に定着しつつあるのが現実なのだ。それなのに、なぜ現状維持を望むのか。
 駒沢大の山崎望教授(現代政治理論)が、老後資金2千万円不足問題について、学生たちに感想を尋ねたところ、「日本沈没」「終わった」と思考停止に陥るタイプと、「文句を言ってもしかたない」「個人で頑張る」といった自己完結するタイプに分かれたという。
 山崎氏は、「雇用も外交も問題は山積していて、暮らしにくさもあるのだが、ならば選挙で政治を変えようという発想には結び付かない。漠然とした将来の不安はあっても目をつぶり、むしろ不安ゆえ、現状が変わる方を恐れる」と心理を読み解く。

突破口はあるのか。山崎氏は、職場でのパンプスなどの強制に抗議する女性たちの身近な運動「#KuToo」の広がりに着目する。「当事者が.痛いと声を上げれば、個人の不満は共感され、集団で現状を変える力になる。・・政策も同―じ。若者が直面する貧困や奨学金といった切実な問題だって、当事者がおかしいと声を上げれば、政治も転換できる。そのことを知ってほしい」

うーん。このような運動が全体的な突破口たりうるのだろうか。「#KuToo」やLGBT容認の運動の広がりはあっても、どうして政治的な運動は十分な広がりを持てないのだろうか。

文末の「デスクメモ」が、率直にその苛立ちを露わにしている。
「この記事は大半の現状維持、選挙無関心派には届かないだろう。彼らは新聞はおろか、テレビやネットでも選挙の話題に触れず、投票にも行かないからだ。
 ヒドイ現実に直面しても、自己責任に帰してしまう。だが、それは美徳ではない。この国の主権者として責務を果たして欲しい。」

これ、運動に携わる者にとっての、永遠のテーマである。
(2019年7月13日)

安倍晋三・三原じゅん子出演の「自民党政見放送・本音版」

今次参院選自民党政見放送の評判がすこぶる悪い。そのことが話題となっていることを教えられて、本日(7月12日)初めて、ユーチューブで閲覧した。

16分の我慢というより苦行だったが、なるほどこれはひどい。正視に堪えない。三原じゅん子が、安倍晋三をインタビューする形式だが、考え得る限りでの最悪の人選。このコンビは、これ以上はない最悪の組み合わせ。聞いていて気持ちが悪くなる。異臭漂うがごとき胡散臭さだ。

私が閲覧した時点で、高評価974、低評価5528。率直な感想として、高評価974もあることが信じられない。もっとも、アベと三原の関係者の作為とすれば、諒解可能だが…。シナリオ制作の熱意の不足や技術の拙劣もあろうが、この二人、あまりに国民をバカにしているのだ。まったくのおざなり。真剣さが伝わってこない。

ユーチューブ視聴者からの低評価コメントの書き込みが延々と続いている。せっかくだから、その一部を下記のとおり、書き写しておいた。高評価のコメントは見あたらない。これだけひどいと、アベ親衛隊のネトウヨ諸君も、書きようがないのだろう。

こんな気持ち悪い政見放送、初めて見た
歴代でも最低の黒歴史放送
フェイクだらけの政見放送
恥を知れ、三原じゅん子。
通販番組みたいで胡散臭さがすごい 失敗だね
普通はこんな矛盾することばっかり言うと、馬鹿だと思われるから恥ずかしいと感じるんだけどな
なぁなぁ、知ってる?? こういうの、『茶番』って言うんやで??
どこのカルト宗教の方ですか?? 気持ち悪いんだよ 何演技してんだよ 普通に話せよ
ここまで白々しいセリフを恥ずかしげもなくよく言えるもんだ
自画自賛と嘘の数々に腸が煮えくりかえるわ
拉致被害者家族をダシにするのほんとうに止めてほしい、、、
全く具体的なことを言っていない。自民党も恥を知りなさい。
これに三原じゅん子起用したのはアカンわ。
こういうのはもっとナチュラルにやれる人じゃないと。
恥を知れ!!!!!!!
これはひどい…
国の長がこれでは国民として恥ずかしいです。
いい加減にしてくれ、生ける国難よ。
嘘とごまかし満載の国民をだます言葉でいっぱいです。知性を持ち合わせていない安倍首相と三原じゅんこが互いに相手を褒めちぎるバカバカしさは見ていて恥ずかしいほどです。これが自民党の政見放送であるならば、自民党はもう、ぶっ壊れています。

流石に酷すぎで草。大根役者にも程があるだろwwwwwwwww

大学生です。この動画を見て胸糞悪さしか感じませんでしたが、ここでどれだけ自民党を叩いても何も変わりません。選挙に行きましょう。
政治に関して何も分からなくても政権放送を見れば、誰が本当に本気で日本国民のことを考えてくれているかすぐわかります。

歴代総理の中でもNo.1の○○ それでも自公に投票する○○は同罪。○○につける薬はない。
これを見てもまだ自民党支持する人達って、頭の中どうなってるの?
恥ずかしくて最後まで観ていられませんでした。
この低レベルなシナリオを誰が書いたのか?
毎度お馴染みのレベルの低さだが、今回も官僚が書いたのだとしたら、そヤツは、安倍を陥れようとしているとしか思えない。
茶番大根コント。見てらんない。
選挙にちゃんと行って、ちゃんとした政治家に投票しようね。
この人たちを日本のリーダーにしたのは誰ですか?
過去最高の税収を上げているのに、法人税減税と富裕層減税を行いつつ、「打ち出の小槌はないから増税」で納得できるわけがない。国民の財布は、自民党、政府の打ち出の小槌ではないのですよ。国内の内需を殺して企業の内部留保だけを増やしても外国人投資家に金が流れるだけ。高校無償化や幼児教育無償化は基準が厳しすぎて大半の国民は恩恵に与れない。
これはAIっていう新しい物で作られているのですか?
ああ、これが吉本仕込みの新喜劇か 大したものです
右左関係なく言う。これは単純に政権放送として質が悪いと思う。
見る前は低評価の割合の意味が分からなかったけど、実際に16分間これを見させられ続けるのは例え自民党支持者でもキツいわな。

**************************************************************************
三原 NHK視聴者の皆様、このところ話題の三原じゅん子でございます。
あの「八紘一宇」発言で右翼の皆様のアイドルになりましたワタクシ。先の通常国会終盤では、野党を叱りつけて「恥を知れ」、なんてはしたないことを申しあげて存在感を誇示したばかり。本日は、第25回参議院議員通常選挙の政見放送の裏バージョンとして、安倍晋三自民党総裁に思う存分本音を語っていただきたいと存じます。よろしくお願いします。

安倍 表バージョンの政見放送の評判が散々でしたね。「キモい」「お前らこそ恥を知れ」と非難ゴウゴウでしたから、ここはひとつ、裏バージョンで巻き返さなくては。

三原 できが悪かったのは、シナリオとプロンプターに頼りすぎたからだと思うんです。確かに不自然な演技でしたから、今度はシナリオに頼らず、思うとおりに、本音を語ってください。

安倍 本音を語って、国民の信頼を得る自信はありませんが、右翼の皆さんには喝采してもらえるはず。できるだけやってみましょう。どうぞ。

三原 ところで総理。いま国際情勢は、トランプ大統領がこれまでの秩序を掻き回して、文字どおり激動のなかにあります。こうしたなかでGG20大阪サミットの議長を務められました。手応えはどうでしたか?

安倍 そう。問題はトランプ大統領なんですよ。『公正なルールが必要なんです』と大統領には申しあげたが、聞く耳を持たないからしょうがない。アタクシは精一杯、議長役を務めましたが、現実は厳しかった。とうとう『保護主義と闘う』という首脳宣言を作ることはできなかった。米中対決の構図の中で、日本の存在感が薄れてしまったことを否定しようもない。でもね、アタクシ個人としては、一人前に外交をやっている振りはできたと思うんです。だから、損はしなかった。

三原 そのトランプ大統領を大相撲に招待するなど、総理は蜜月ぶりを世界に存分に発信しておられますね。

安倍 大統領とは、深い関係にあるからこそ、何でも率直に言い合える仲なんです。だから、大統領はアタクシに、遠慮なく、イージス・アショアや、ステルス戦闘機を大量に買ってくれと言える。深い関係ですから、アタクシは断れない。アタクシも彼に、「農産物貿易交渉での裏取引は、参院選が終わるまでは秘密を守って発表しないでくれ」と率直に言える。もちろん快諾してもらいました。とてもよい関係なんです。この次は、日米安保条約の双務化への見直し。日米はさらに深い絆で結ばれるはずです。

三原 総理は、拉致問題にも熱心に取り組んでいらっしゃいますが、解決の見通しはいかがですか。

安倍 ずいぶん進展しました。トランプ大統領だけでなく、習近平主席からも、拉致問題について、金正恩委員長に、伝えていただきました。アタクシごときでは、どうせ直接には相手にしてもらえませんが、米中の首脳に、話を伝えていただけるようになったことは、大きな前進です。アタクシ自身、あらゆるチャンスを逃さないとの、考え方の上に、全力で取り組んでいく、決意です。

三原 政治は、結果責任だと言いますが、結果を出すためには、まず決意が必要ですから、力強い決意の表明、頼もしい限りです。

安倍 これまでもそうですが、外交のことですから、何をやっているか具体的なことはお話しできません。これまで同様、何度でも、力強い決意を語り続けようと思っています。

三原 令和の時代がはじまって2カ月ですが、ずいぶんと世の中に浸透していますね。元号の制定は大変な責任と重圧だったと思いますが、けっこううまくやったのではないですか。

安倍 アタクシも政治家です。改元は、しゃしゃり出るチャンスですよ。温和しく、ただ見ているわけにはいかない。天皇の政治利用だと苦情を言う人もいましたが、このせっかくのチャンスを逃す手はない。明治維新時の長州の先輩と同じ思いで同じことをしただけです。これまで骨折ってきた甲斐あって、マスコミは官邸の言いなりですから、結局はメディアを通じての印象操作の成功ですね。みごとに、国民世論をあたらしい元号を評価・歓迎の方向にもっていくことができて、ホッとしています。

三原 令和の時代にも安心できる、責任ある社会保障制度をつくることは、わたしたち政治家の責任ですが、一部の野党は大切な年金を政争の具にし、具体的な政策も示さないまま、ただただ不安を煽るだけの議論に終始していることは、大変残念に思っています。わたしたちだって、高齢者のみなさまの年金を少しでも増やしたいと思っています。しかし、そんな打ち出の小槌はあるのでしょうか。

安倍 誰もが、年金は増やしたいし負担は減らしたい。でも、そんな打ち出の小槌はありません。できもしないことを言うのは無責任。一番大切なのは、年金制度が破綻なく継続していくことです。そのためには、保険料は上げ、給付額は下げてもやむを得ない。富裕層や大企業から税金を取ればよいという安易な意見もありますが、それではまるで社会主義の政策ではありませんか。そんなことができるはずはありません。何よりも強調したいことは、経済成長が順調である限り、年金は大丈夫だということです。ご存じのとおり、集めた年金積立金は、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)を通じて、株式市場に投資し、債券を購入して運用していますから、株高が続く限りはご安心ください。もちろん、株式相場が下がったらたいへんなことになるわけですが。

三原 念のために伺いますが、アベノミクスのもとで、経済は順調なんですよね。経済が順調である限りは、株高が続いて運用益も確保されるんですよね。

安倍 もちろんです。経済指標は複雑ですから、素人目で一見しますと、破綻しているようにも見えますが、有能な財務官僚が上手にアベノミクスのもとで経済は順調と説明してくれています。アタクシは、それを受け売りしているだけですが、大丈夫です。皆さん、安心してください。

三原 今のお話しで、すこし心配になったんですが、本当に大丈夫なんですよね。

安倍 本当に大丈夫ですよ。でも、絶対かと言われれば、リスクがゼロとは言えません。株式のことですから、必ず運用益が確保できると断言はできません。

三原 そのときは、いったい誰が責任を取るのですか。

安倍 責任…と言われても、誰も責任の取りようはないわけです。それは国民の皆さんの選挙によって形作られた政府の政策ですから、国民のみんなに、広く薄く責任があるわけです。ですから、あきらめていただくほかありません。戦争について一億総ザンゲだったように。

三原 総理。私、心配になってきました。ホントに、ホントに大丈夫なのかしら。

(2019年7月12日)

澤藤統一郎の憲法日記 © 2019. Theme Squared created by Rodrigo Ghedin.