澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

私が、「HEEUM(ヒウム)日本軍『慰安婦』歴史館」の館長です。

皆様、ようこそいらっしゃいました。
「HEEUM(ヒウム)」とは、「希望を集めて花を咲かせる」という意味です。この歴史館は、地元の元日本軍「慰安婦」被害者の資料展示を中心に、この方たちの痛苦の歴史を忘れずに記憶し、日本軍「慰安婦」問題の正当な解決を目指す「実践型歴史館」であり活動拠点なのです。その活動を通じて、ハルモニ(おばあさん)たちの願いであった《平和》と《女性人権》が尊重される、「希望の花」咲く社会を作ることを目標にしています。

大邱(テグ)の中心街に建設されたこの歴史館の開設は、2015年12月です。日本軍「慰安婦」被害を記憶しておこうという趣旨の施設としては全国で4番目のものになります。

最初の日本軍「慰安婦」被害関連の歴史館は京畿道広州(クァンジュ)の「ナヌムの家」にある「日本軍慰安婦歴史館」で、1998年にできたもの。次が、釜山水営(スヨン)区の「民族と女性歴史館」(2004年)。そして、ソウル麻浦(マポ)区の戦争と女性人権博物館(2012年)。大邱のヒウム歴史館は、これらに続くものです。

元「慰安婦」被害者には法にもとづく登録制度があります。これまでの登録者は累計238名となっています。その内、大邱近郊の方が28名いらっしゃいますが、そのうちの過半の方が家族のないままに寂しい暮らしをして来られました。私たちは、ボランティアとして、そのようなハルモニの生活のお手伝いをすることから始めて、「挺身隊ハルモニと共にする市民の会」を作り、市民運動としてこの歴史館建設を思い立ちました。

「市民の会」は2009年12月に「歴史館建設推進委員会」を立ち上げ、翌年から市民募金活動を始めました。ヒウムのブレスレットやバッグを販売して収益金を集めました。10年1月に大邱の病院で亡くなったハルモニのお一人、故キム・スンアクさんは生前、「大邱に日本軍慰安婦歴史館を作ってほしい」と5千万ウォンを遺言で寄付されました。国と大邱市がそれぞれ2億ウォン、大邱中区が4千万ウォンを拠出し、他のハルモニも寄付をされて、合計13億ウォン(約1億3000万円)を超す資金を得ました。こうして、6年後に会館建設に漕ぎつけました。

大邱は、ソウル・釜山・インチョンに次ぐ韓国第4の大都市です。その中心部中区西門路に1920年代の2階建日本風建物を購入して、展示館に改修しました。敷地が214.45平方メートル、歴史館の1階181平方メートルは展示室と事務室、2階101平方メートルは展示室や教育館として作られています。展示室には、日本軍慰安婦に関連する写真など歴史資料が備えられています。また慰安婦被害者ハルモニ(おばあさん)たちの写真や証言を含め、日本軍慰安婦問題解決過程も説明されています。

この歴史館開館までに、相当数のハルモニの方が亡くなられています。また、当然のことではありますが、生存者も高齢化しています。何とか早期に、正義に則った解決を願っています。

この歴史館の開館は、ハルモニたちの慰めになっていると思います。また、韓国社会が被害者たちの苦痛を忘れず記憶することに寄与していると思います。大切なことは戦争をなくし平和を築くこと。そして、女性の人権が尊重される社会を作ることだと考えています。

いまご質問がありました「日本軍『慰安婦』問題の正当な解決」についてですが、開館以前は、この歴史館の設立の趣旨を、「日本軍『慰安婦』問題の解決」としていました。開館建設運動の議論の中で、単なる「解決」ではなく、「正当な解決」が必要だと考えるようになりました。皆様に配布したリーフレットには、「正当な解決」と記載されています。

ところが、開館直後の2015年12月28日に、慰安婦問題「韓日合意」が成立したと報じられて以来、議論を継続しています。「正当な解決」では不十分ではないか、端的に「正義の解決」が必要ではないか。あるいは「人類の目指す方向に基づく解決」ではどうかという議論です。

具体的な要求は、誰に対するどんな内容かということですが、2014年6月2日に採択された「第12回・日本軍『慰安婦』問題アジア連帯会議決議」が韓国だけでなく、関係各国の市民運動の共通スローガンとなっています。その内容は、当歴史館に展示もしていますが、日本政府に対するもので次のとおりです。

日本軍「慰安婦」問題解決のために日本政府は
1.次のような事実とその責任を認めること
① 日本政府および軍が軍の施設として「慰安所」を立案・設置し管理・統制したこと
② 女性たちが本人たちの意に反して、「慰安婦・性奴隷」にされ、「慰安所」等において強制的な状況の下におかれたこと
③ 日本軍の性暴力に遭った植民地、占領地、日本の女性たちの被害にはそれぞれに異なる態様があり、かつ被害が甚大であったこと、そして現在もその被害が続いているということ
④ 当時の様々な国内法・国際法に違反する重大な人権侵害であったこと

2.次のような被害回復措置をとること
  ① 翻すことのできない明確で公式な方法で謝罪すること
  ② 謝罪の証として被害者に賠償すること
  ③ 真相究明:日本政府保有資料の全面公開
         国内外でのさらなる資料調査
         国内外の被害者および関係者へのヒヤリング
  ④ 再発防止措置:
    義務教育課程の教科書への記述を含む学校教育・社会教育の実施
   追悼事業の実施
   誤った歴史認識に基づく公人の発言の禁止、
   および同様の発言への明確で公式な反駁等

この具体的な要求に照らして、15年12月28日の韓日合意は、まったく不十分なものだと思っています。何よりも大切なことは当事者である被害者本人の意思を尊重することのはずですが、そのような配慮はまったくなされていません。被害者の意思の反映なき合意は無効だというのが、運動体の意見と言ってよいと思います。

私たちは、韓国政府に、「韓日合意」の無効化を宣言せよと要求しています。折良く政権も交代し、事実上合意の無効化はできていると言ってよいのではないでしょうか。

なお、ご質問のありました強制性の問題ですが、狭い意味での「暴力的強制」の有無を問題することは、極めて意図的な議論の仕方ではないでしょうか。日本軍「慰安婦」とされたきっかけとして圧倒的に多いケースは、就労詐欺です。貧しい女性の勤め口をあっせんすると言って連れ出して、戦地に送るという手口です。いったん、戦地に送られてしまえば、拒否の自由などあり得ません。これが、強制でなくて何でしょうか。

また、ご質問がありました世代間の記憶承継の問題ですが、何よりも勇気をもって、被害を受けたご本人が名乗り出たことが大きな役割を果たしたのだと思います。

1991年金学順さんが、名乗り出たハルモニの第1号となりました。それまで、どなたも名乗り出ることはできなかったのです。それ以来、問題は解決済みだとする日本側との厳しい対決が始まりました。若い人々にも、関心が高い問題となりました。

そして、憲法裁判所の果たした役割が大きかったと思います。
2011年8月30日、韓国の憲法裁判所は、韓国政府が日本軍「慰安婦」被害者の賠償請求権に関し、具体的解決のために努力していないことは「被害者らの基本権を侵害する違憲行為である」との注目すべき決定を出しました。それ以来、政府には「具体的解決のために努力すること」が義務づけられ、小学校5年生、6年生の教科書にこの問題が掲載されるようになりました。

また、もう1300回を超えたソウルの水曜デモですが、一時は参加者が2~300人の規模でした。それが、憲法裁判所決定のあとは、10倍の規模になっています。韓国では、若者もこの問題はみんな知っています。関心をもっています。この歴史館を建設する運動にも、多くの若者が関わっています。

本日おいでの日本の皆様を拝見すると、高齢の方が多いご様子で。日韓の若い世代の意識のギャップがこれ以上広がらなければよいのですが…。

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上記は、日本平和委員会が主催する「韓国ピース・ツアー『4.3事件』から70年」の旅の4日目。18年3月29日・木曜日の大邱「HEEUM(ヒウム)日本軍『慰安婦』歴史館」館長の説明に、若干の補充をしたもの。

展示の資料の中に、故キム・スンアクさんの「日本軍『慰安婦』認定証」が飾られていた。彼女は、生前からこれを額に入れて大切にし、毎日これを清掃していたと、説明を受けた。この認定証に対する思いは、ハルモニそれぞれに複雑であるという。中には、認定を受けたことを秘密にしている人もあるという。もちろん、日本軍「慰安婦」であったことをひたすら隠し通したのが、圧倒的多数なのだ。

キムさんは、不幸な過去を隠すのではなく、この繰り返してはならない不条理な出来事を多くの人に知ってもらおうと決断したのだ。その決断の重さは、余人には計り知れない。認定証は、キムさんの後戻りできない決断の証しであったろう。キムさんは、自分の決断の正しさを認定証の清掃で確認し続けたのではないだろうか。

この旅のあちこちで、「両国政府はともかく、両国市民の連帯と友好を深めよう」と語り合った。この日も、館長の説明に、ピースツアー参加者一同、大いに肯いた。アベ政権の「これをもって不可逆的解決」という傲慢さに対する批判が、日本側から次々と発言された。

私には、「女性の人権尊重」が、常に「平和」とのセットで語られていたことが印象に深かった。「戦時のことだから仕方がない」などという言い訳を許してはならない。最も弱い立場にある者の人権を悲惨に蹂躙する戦争を許してはならないのだ。
(2018年4月2日)

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Published in 月曜日, 4月 2nd, 2018, at 19:38, and filed under 歴史認識, 韓国.

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