澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「南北之塔」よ、何を見てきたか。いま何を思って建っているのか。

5月10日。旧友と糸満市真栄平の「南北之塔」を初めて訪れた。同行の小村滋君から事前の説明を受けるまで、この塔の存在自体を知らなかった。地元の人も、よく知らない。グーグルにも載っていない。この塔にたどり着くまでが一苦労だった。道を間違えつつ、ようやく小高い丘の上に見つけた。あまり人の来るところではない。

小村君の説明の大要は以下のようなものだった。

「アイヌと沖縄の住民が協力して造った塔。遺骨は、必ずしもアイヌと地元住民というわけでない。沖縄戦の時、真栄平の地元民と仲良くなった1人のアイヌが戦後しばらくして再訪し、遺骨収集地に塔を建てる資金を提供し、その後幾たびも訪問してアイヌの先祖供養であるイチャルパをしている。」

沖縄戦の県別戦死者数では、地元沖縄を除くと北海道が群を抜いて多数となっている。真栄平地区は沖縄戦激戦地の一つで、地区住民の3分の2近くが戦死し、終戦当時は集落内の各地に遺骨が散乱していたという。北海道民の遺骨も多くあっただろう。私は、本土中央から差別されている僻遠の地としての南の沖縄と、北の北海道の友好の証しと理解した。

塔の左側面に「キムンウタリ」とアイヌ語と思しきカタカナの刻印があった。しかし、同じ場所に「捜索24聯隊慰霊之塔」が建立されており、立派な銘文もあったが、こちらにはアイヌは出てこない。ウィキペディアを引用する。出典として何冊かの関係者の書籍が特定されている。

北海道弟子屈町出身のアイヌ文化伝承者、弟子豊治(てしとよじ)は、1944年、旭川第24師団第89連隊に入隊し、満洲経由で沖縄南部に派遣され、八重瀬町与座付近に配置された。軍隊生活の中、近くにある真栄平に出入りし、地域住民と交流を持った。多くの戦友が戦死したものの、弟子は命からがら生き残って北海道に帰った。

1965年、アイヌ古式舞踊公演のため、13人のアイヌによって構成されるアイヌ文化使節団の団長ととして沖縄を訪れた弟子は、真栄平を訪れた。そこでかつて親交のあった地域住民と再会した。

弟子は「キムンウタリ」と書いた木の慰霊碑を建て、アイヌの伝統的な慰霊の儀式、イチャルパを行った。「キムンウタリ(kimun-utari)」とは、「山の・同胞」という意味。弟子が所属していた部隊が通称「山部隊」と呼ばれていたことによる。

弟子は、慰霊塔の建立運動に賛同し、自分もその運動に協力したい旨を申し出、翌年、250ドルの寄付を集めて真栄平を再訪し、その250ドルは慰霊塔の一番上部の石碑に使われた。石碑の北側には弟子の希望で「キムンウタリ」というアイヌ語が彫られた。

沖縄戦で北海道出身の兵士が多数戦死しており、その中にアイヌも数含まれていることから、北海道アイヌ協会が、南北之塔で1981年にイチャルパ(供養祭)を実施し、その後、1985年・1990年・1995年・2000年・2005年にも実施されている。そういった由来から、その他のアイヌ民族関係団体が慰霊祭を実施することがある。アイヌと沖縄の友好のシンボルとして関係者の間ではよく知られている。

以上は、ともに和人から侵略を受け、差別され続けたウチナンチューとアイヌとの友好ないし連帯という「美談」である。が、現実の事情は、やや複雑であるようだ。

北海道新聞2009年2月20日夕刊1面に、「沖縄戦アイヌ民族元兵士と地元住民が建立 『南北之塔』偏見に揺れる 一部でイチャルパに異論」という記事があるそうだ。とあるブログを通じての孫引きだが、次のような内容。

南北之塔は、「道内出身者が中心の第24師団(通称・山部隊)」に所属した、アイヌ民族元兵士で故人の弟子豊治さんと、糸満市真栄平の住民が、66年、戦争犠牲者の遺骨を集めた納骨堂とともに建立した慰霊碑。

北海道ウタリ協会によれば、「沖縄戦で戦死したアイヌ民族は43人(判明分)。真栄平にその遺骨が納められているかは不明だが、同協会は81年からほぼ5年置きに南北之塔でイチャルパ(供養祭)を催し、別のグループも行っている。

真栄平の一部住民で組織する『南北の塔を考える会』が、塔とアイヌ民族とのかかわりを記した本の著者に訂正を要求。イチャルパを妨害して同会が慰霊碑への道を封鎖したこともある。

地元「考える会」の代表者は、「南北之塔が『アイヌの墓』と言われるのが許せない。北海道出身の沖縄戦戦没者の慰霊碑はほかにある。遺族はそちらに行けばよい」と言っているとか。

道新の記事は、こうした妨害を、「ごく一部の住民のアイヌ民族に対するレイシズムによるもの」としているという。本土が沖縄を差別し、その沖縄がさらにアイヌを差別したということなのだろうか。とすれば、まことに悲しい。

南北之塔よ、何を見てきたか。何を考えているか。そして、何を語りたいのか。黙せず、語ってみよ。
(2018年5月17日)

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