澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

朝鮮人虐殺を反省しない、こんな都知事でよいのか。

昨日(8月10日)の、小池都知事定例記者会見。
記者からの質問に小池はこう答えている。

-- 関東大震災の犠牲者の慰霊について、昨年、知事は追悼文の送付を控えたが今年の対応と、その対応の理由を

 「今週8日でしたか、実行委員会の皆さんが署名をご持参されまして、追悼文のご要請をいただいたこと承知いたしております。都知事といたしまして、毎年9月、そして3月、横網町公園内の東京都慰霊堂で開かれる大法要で、関東大震災および先の大戦で犠牲となられた全ての方々へ哀悼の意を表しているところでございます。このため、昨年度から、個別の形での追悼文を送付することは控えさせていただいたということでございます。関東大震災という大きな災害で犠牲になられた方々、そしてまた、それに続いてさまざまな事情で犠牲になられた方々、これら全ての方々に対しまして慰霊する気持ちに変わりはございません」

--では、今年も追悼文の送付というのは特に
 「はい、昨年と同様とさせていただきます」

質疑はこれで終わりだった。あらためて思う。日本とは、何という非情な国だろうか。日本人とは、何という道理も情も知らない国民だろうか。歴史を見つめ、都合の悪いことも真実には謙虚であるべきだという、当たり前のことができない。アベのような首相、コイケのごとき首都の知事を擁している私たちの力量の不足が歯がゆくもあり、恥ずかしくもある。

関東大震災後の朝鮮人虐殺は日本人が忘れてはならない「国恥」である。記憶から抹殺することはできない。とりわけ、加害者が自警団という民間人であったこと、無抵抗の者を文字通り虐殺したその残酷さにおいて際立っている。

この歴史的事実を伝える文献は数多くあるが、検定済みの中学校教科書の一節を紹介しよう。話題の「学び舎」が出版した「ともに学ぶ 人間の歴史」(中学社会・歴史的分野)である。

その217頁に、【関東大震災ーいわれなく殺された人びと】の記事がある。
1923年9月1日、マグニチュード7.9の大地震が関東地方を襲った。建物がくずれ、強風を巻き起こす火災か発生して、死者行方不明者は10万5000人にのぼった。東京都や横浜市では、多数の家屋が被災し、多くの避難民が出た。
 地震後、「朝鮮人が攻めてくる」などの流言が広められ、軍隊、警察や、住民が作った自警団によっておびただしい数の朝鮮人が虐殺された。数多くの中国人や日本人の社会主義者も殺害された。

植民地だった朝鮮から働きにきていたチョインスン(当時21歳)は、避難した(旧)四ツ木橋(東京都)の近くで消防組員につかまった。警察署に連れて行かれる途中の橋の上には、多くの死体かあった。警察署で彼は、逃げようとした朝鮮人8人が切り殺されるのを見た。60年後、チョインスンは橋があった場所を訪れて語っている。
 「ここで、朝鮮人が3人たたき殺されたんだ。それを見たら、ほんとうに空が真っ黄色でね。息がとまってね。どうすることもできなかった。人間が人間を殺すのは、よっぼどのことじゃないとできないよね。何もしないのに働いて食うのに精一杯の朝鮮人にそんなことして。いくさでもないのに」

欄外に、「虐殺された朝鮮人の人数」に触れられている。
 約230人(当時の政府調査)や、約2610人(吉野作造調査)、約6650人(日本にいた朝鮮人たちによる調査)などかある、虐殺された人数はさだまっていない.

政府は積極的な調査をしようとはしなかった。むしろ、調査を妨害したのだ。その末裔が、自民党都議の古賀俊昭らであり、コイケでもある。

都立横網町公園(墨田区)で毎年9月1日に営まれる「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式」。都知事が追悼文を送付することが慣例になっていた。1970年代からのことだという。石原慎太郎、猪瀬直樹、舛添要一らも行ってきた追悼文送付を、コイケは、積極的にやめたのだ。

きっかけは、昨年(2017年)3月の都議会一般質問での古賀の質問だった。古賀は右翼として知られる人物。横網町の追悼碑の碑文にある虐殺被害者数六千余名という記載を「根拠が希薄」とした上で、追悼式の案内状にも「六千余名となっている」と指摘。「知事が歴史をゆがめる行為に加担することになりかねず、追悼の辞の発信を再考すべきだ」と求めた。この極右の言に、コイケが呼応して、昨年から追悼文の発送を中止している。

コイケには自然災害の死と、民族差別意識に基づく虐殺との区別が付かないのだ。いや、敢えて区別をさけて、歴史の忘却を狙っているのだ。反省もなければ、心の痛みもない。都民よ。こんな知事で本当によいのか。
(2018年8月11日)

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