澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

いまなお、ニホン刑事司法の古層に永らえている《思想司法=モラル司法》の系譜

(2020年8月5日)
関東学院大学に、宮本弘典さんという刑事法の教授がいる。
この方が、紀要「関東学院法学」(第28巻第2号)に、「ニホン刑事司法の古層・再論 1:思想司法の系譜」という論文を掲載されている。貴重なものである。

B5で40ページ余の分量だが、これに126項目、20頁余の引用資料が充実している。ありがたいことに、その全文がネットで読める。関東学院に感謝しつつ、司法問題に関心のある方には、閲覧をお勧めしたい。

https://kguopac.kanto-gakuin.ac.jp/webopac/bdyview.do?bodyid=NI30003367&elmid=Body&fname=007.pdf

研究者の論文を読むのは骨が折れて億劫だと仰る方は、せめて下記の私の拙い要約に目を通していただきたい。

宮本論文の主題は、「ニホン刑事司法の古層には、今なお、過去の《思想司法=モラル司法》が脈々と永らえている」という表題のとおりのもの。言うまでもなく過去の《思想司法》とは、「万世一系の國體護持」という「思想」(ないしは信仰)の擁護を主柱とする刑事司法である。天子様に弓を引く極悪な非国民をしょっぴいて処罰する糾問型司法制度を言う。のみならず、《思想司法》は《モラル司法》でもあったというのが、政治学者ではなく刑事法学者である論者の重要な指摘。《モラル司法》とは、皇国臣民としての道徳を規範とした刑事司法といってよいだろう。転向し反省して、皇国臣民としての規範を受容する恭順者に対しては、畏れ多くも皇恩が寛大なる処遇を賜るであろうという文字どおり、天皇の天皇による天皇のための刑事司法なのだ。そのかつての刑事司法の抜きがたい伝統は、今なお古層として現在も生き続けているというのだ。

この点、論文の最後の一文が要旨を適切にまとめて、分かり易い。

行為に対する法的裁きにとどまらず,被告人の人格そのものに対する道徳的裁きとなれば,日本国憲法による防御権の保障は画餅に帰し,捜査と公判と行刑の全過程が反省と謝罪の追及の場となろう。思想司法/モラル司法を牽引した検察官司法の貫徹はたしかに「凡庸な悪」「陳腐な悪」ともいうべき悲劇であった。しかし,「凡庸な悪」「陳腐な悪」は時代と状況を超えて再現する。現に本稿で概観したとおり,思想司法/モラル司法のモードとエートスは,「古層」をなして日本国憲法の下でもなお2度目の笑劇として存(ながら)えている。それは裁判官や検察官のみの罪ではない。我われ自身の罪でもあろう。

また、「プロローグ:思想司法/モラル司法の記憶」の中に次の一節がある。

権威主義国家における(戦前の)このような刑事裁判は,被告人から法的権利と道徳的資格の双方を剥奪して「非国民」を生産する場であった。そのような裁判において自白とは,「反省と悔悟」による被告人の「道義の回復」の必須の条件であり,天皇の赤子たるニッポン臣民の――お上の恩情・恩寵としての――道徳的資格の回復に欠くべからざる条件であった。…権威主義国家の自白裁判は,治安維持法の思想犯/政治犯裁判に明らかなとおり心情刑法の色彩を濃くしてすべての被告人を政治犯化し,反省と悔悟あるいは転向を迫りつつ,被告人を法的のみならず道徳的にも断罪する荘厳の――しかし内容空疎な――裁きとして機能した。現在も続く反省・謝罪追及型のモラル司法の原風景である。

さて歴史を鑑とするときニホン刑事司法の「真実」と「正義」を語りうるだろうか。否であろう。ニホン刑事司法の古層をなし,ニホン刑事司法の底流を通貫するモードとエートスは,検察官司法による思想司法/モラル司法のそれだからである。現に,敗戦後の日本国憲法下の刑事司法の担い手のなかにも,思想司法の系譜に属する人びとがいる。本稿は,先行研究によりつつ若干の固有名詞によってそれを確認し,ニホン刑事司法の改革に不可欠な歴史的省察の一端を照射しようとするものである。

こうして、《敗戦後の日本国憲法下の刑事司法の担い手となった,思想司法の系譜に属する人びと》を洗い出そうというのが、この論文の狙いである。ターゲットにされたのは、著名な、研究者・実務家の6名。戦前の天皇の刑事司法と戦後の人権擁護の刑事司法を架橋して、戦後刑事司法に古層としての戦前司法を埋め込んだ「戦犯6人集」の罪状である。その6名とは、小野清一郎・団藤重光・池田克・斎藤悠輔・石田和外・岡原昌男である。

この6名の罪状が次のとおりに目次建てして論じられている。

プロローグ:思想司法/モラル司法の記憶
1.戦時刑事法のイデオローグ・小野清一郎
2.戦後刑事法学の泰斗・団藤重光
3.思想司法の中核の復権・池田克
4.硬骨/恍惚の戦時派裁判官・斎藤悠輔
5.ミリタントな保守によるリベラル排斥・石田和外
6.思想検事の末裔・岡原昌男
エピローグ:司法の廃墟

私の主たる関心は、「ミリタントな保守」とされた石田和外にある。「ミリタント」の意は「居丈高で好戦的な」ということであろうが、退官後の石田の言動を見ると、「軍国主義者」の意でもあろうかと思われる。この石田のことは後日述べたい。

恐るべきは、宮本論文のトップ出てくる、小野清一郎である。盛岡では、郷土の偉人の一人に数えられている。近江商人の出である小野組の一族の人で、浄土真宗の信仰に厚いことでも知られる。親鸞と天皇信仰とどう関係するのかは余人には窺い知れないが、彼はこんなことを書いている、と宮本論文が紹介している。

「我が日本の國軆は肇國以來の歴史を離れたものではないと同時に,其の精華は日本道義の顕現以外に之を求めることは出來ない。この國軆の精華たる億兆一心の道義は「教育ノ淵源」たると同時に亦法の淵源でもある。何故なら,日本においては法と道義とは一如であり,法とは道義の政治的實現に外ならないからである。…我が國軆は神ながらの絶對なる道に基礎づけられてゐる。萬世一系の天皇の御統治は唯一にして絶對のものであり,天壌無窮の意義を有するものである。其處には限りなき嚴しさを感ぜしむるものがある。其は正に人間以上の嚴しさである。まことに限りなき御稜威である。しかし御稜威といふものは單なる「權力」といふ如きものではない。また單なる「權威」といふ如きものでもないと思ふ。權威でもあり,又權力でもあるが,しかしそれよりも深く一切をはぐくむ生成力であり,光明である。御仁慈である。限りなき御稜威も,光華明彩なる皇祖天照大神の和魂に基く生成の力である。…されば天皇と臣民との關係も單なる權力服從の關係といふ如きものではない。「詔を承けては必ず謹め」といふ,絶對なるものへの随順であり,歸一である。しかも其は上下の和諧であり,億兆の一心を實現する所以である。日本の法は斯の如きいはば宗敎的道義的な基本原理において把握され,形成され,實践されなければならないのである」(小野清一郎『日本法理の自覚的展開』(有斐閣・1942年)92‐94 頁)

宮本は、この小野の言を、「要するに天皇主権国家を「道義」の顕現=権化とする信仰告白であり,そのような「国体」の実現が法の基本原理だというのである。ゆえに法の性質も目的も「道義」の外に求めることはできない」と研究者らしく評する。

私の感想はひとこと、「バカジャナカロカ」というほかはない。この人も、戦前の一時期、検事だったこともあるという。知性や理性が、醜悪な信仰と迷妄なる野蛮に裁かれていたのだ。

小野の没年は1986年。その晩年、法務省の特別顧問となり刑法「改正」問題で影響力ある人とされていた。宮本論文に依れば、今なお刑事司法の古層に永らえているという《思想司法=モラル司法》の実質とは、こんな小野思想だというのだ。

蛇足だが、一言。小野は、秀才伝説の人である。得てして、秀才とは、「醜悪な信仰と迷妄なる野蛮」に親和性が高い。おそらくは、今も。

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