澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

「NHKは、番組制作と経営との分離の垣根を崩してはならない」 ー 東京新聞社説の指摘に同意。

(2021年6月17日)
 視聴者104名が、NHKと森下俊三(経営委員長)を被告として、文書開示請求を求める訴えの訴状提出が6月14日(月)午前のこと。その提訴を同日の午後、司法記者クラブでの記者会見で報告した。テーマが、「経営に介入されない報道の自律性」であっただけに、記者の関心は高かった。

 6月16日(水)の東京新聞が、『NHK経営委 議事録公開に応じよ』というタイトルで、歯切れのよい社説を掲載した。まことに真っ当なその姿勢に敬意を表せざるを得ない。
 さして長くはないその社説の全文は、東京新聞ホームページの下記URLをご覧いただきたい。
 https://www.tokyo-np.co.jp/article/110857?rct=editorial

 社説は、経営委員会による番組制作への干渉疑惑を重大視し、その疑惑を検証するために不可欠なのだから、「NHK経営委員会よ 議事録公開に応じよ」という。極めてシンプルで分かり易い。

 もっとも訴訟では、議事録を中心とした文書の開示を求める相手方は、経営委員会ではなくNHKとしている。形式的にはそうであっても、実質において議事録の開示を妨げているのは、東京新聞社説の言うとおり経営委員会である。経営委員会こそが、会長の任免権をにぎるNHKにおける最高意思決定機関である。そして、この件での議事録開示の直接の妨害者でもある。

 どうして、この森下のようなとんでもない人物が、「衆参両院の同意を得て、内閣総理大臣に任命される」ことになるのだろうか。あるいは、森下のようなとんでもない人物だからこそ、「衆参両院の同意を得て、内閣総理大臣に任命される」ことになるのだろうか。安倍政権以来、トンデモ人事には慣らされてしまって驚かなくなったことにあらためて驚く。もっと新鮮に驚き、怒らねばならないと思う。

 問題の核心は、2018年10月23日経営委員会における、「経営委員会からNHK会長(上田良一)に対してなされた厳重注意」である。これは、2018年4月「クローズアップ現代十(プラス)」が、かんぽ生命保険の不正販売を追及する番組を放送したことについての、加害者側日本郵政グループの抗議をそのまま受けてのもの。

 本来、外部の介入や干渉から番組制作現場の自律性を守るための番組制作と経営の分離であり、外部の圧力からの防波堤となるべき経営委員会が、NHKの報道を不満とする郵政グループと一体になって、NHKの番組制作に介入・干渉をしたということなのだ。その責任を追及する前提として、まずは検証のための議事録開示の請求である。東京新聞社説は、この点をよく押さえている。
 
 また、社説はこうも言っている。

 「経営委員長は『非公表を前提とした会議だから公表できない』などと国会などで弁明したが、この論理はおかしい。仮に、非公開で会議を開き、その席でNHK会長に対して、経営委が番組制作について批判し、影響力を行使すれば、番組制作と経営との分離という垣根は容易に崩れてしまう。」

 「番組が抗議や圧力にやすやすと屈せば、『自主自律』であるべき放送の前提が崩壊してしまう。経営委の介入・干渉の有無は十分に検証されねばならない。」

 この社説の論理が前提とするものは、何よりも「放送の自主自律」である。放送は、「表現の自由」の重要な一局面として、権力や社会的強者の介入・干渉に曝されてはならない。このことが「放送の自主自律」と表現されている。その「自主自律」の直接の権利主体は、『番組制作部門』であって、『経営部門』ではない。

 番組制作の「自主自律」を貫徹するためには、まず、経営との分離の垣根を築いて、経営の論理の影響を遮断しなければならない。それこそが、報道の自由を担うメディアのあり方である。NHKの番組制作現場は、NHK会長以下の執行部からも、その上に君臨する経営委員会からも、「分離の垣根」で守られなければならない。

 本来、消費者被害摘発報道の加害者側からのクレームは、経営委員会や執行部のレベルで処理をして、番組制作現場の自主自律を擁護しなければならない。経営委員会はその逆をやったと疑惑を持たれている。だから、厳格な検証が必要なのだ。

 仮に「非公表を前提とした会議だから公表できない」などという森下の弁明を許してしまえば、「非公開で会議を開き、外部の誰にも知られぬよう密室でNHK会長を批判し、経営委が番組制作について影響力を行使する」ことが可能となるではないか。それでは、番組制作と経営との分離という垣根は容易に崩れてしまう。その結果、番組制作の「自主自律」が崩壊し、「放送の自由」が失われ、「表現の自由」が傷つくことになるのだ。

 東京新聞社説は、そう主張している。

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