澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

宇都宮健児君、立候補はお辞めなさいーその6

本日のブログはかなりの長文になる。長いが、是非最後までお読みいただきたい。インパクトがあるはずだ。

本日は2部構成となっている。
第1部は、澤藤統一郎の息子の澤藤大河が執筆している。彼が、宇都宮選対で候補者の随行員として働き、不当な任務外しを受けた「被害者」の一人だ。もちろん、任務外しをした、上原選対本部長、熊谷事務局長の側にも、あるいはこれを「責任を問うような事件ではない」と看過した宇都宮君にも、それなりの言い分がないはずはない。しかし、まずは、「被害を受けた」という側の言い分に、耳を傾けていただきたい。その後に、「加害者」と指摘された側の言い分もじっくり聞いて、ご自身で、このような選対のこのような候補者が、都知事選の候補者としてふさわしいか否かをご判断いただきたい。

第2部は、本日唐突に強行された安倍首相の靖国神社参拝に対する憲法の立ち場からの評論である。このブログの訪問者数は、平均1500程度。それが、今毎日4000に近くなっている。「宇都宮君、立候補はおやめなさい」の記事を読みにいらしている新来の方が、半分以上と推察される。私のこのブログは、宇都宮君糾弾のためのブログではなく、「日々の憲法問題」を取り扱う「憲法日記」である。

一日も早く、宇都宮君の出馬断念を確認して、日常の「憲法日記」に戻りたいと願っている。今日の安倍靖国神社参拝については、どうしても書かずにはおられない。宇都宮君の出馬の是非についての関心でこのブログを閲覧される方も、第2部まで目を通していただくよう、お願い申し上げたい。お読みいただくにふさわしい内容だと自負している。

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           私の経験した宇都宮選挙
 私は、2012年の都知事選挙で、宇都宮候補の選挙運動員となった。当時、私は、勤めていた会社を退職し、司法試験の受験準備をしていたので選挙運動の時間をとることができた。候補者の宇都宮さんが父の知り合いだったことからの紹介だったが、強権的な石原都政の承継を阻止したいと強く願っての選挙戦への参加であった。

 その際、以下の三つの私の経験が生かせると考えた。
 まず、私は東大教養学部の学生自治会の委員長を2期務め、その際有権者8000人の選挙を経験している。私の経験した選挙戦は、選挙の原点を学ぶにふさわしい、普遍性に富む充実したものだった。
 また、工学修士号を有し理科・工学の基礎的な知識のあることは、脱原発を訴える宇都宮選挙で重要な援助をなし得るものと考えた。
 さらに、司法試験を目指している立ち場で、法律についての素養があることも、政策論争や選挙弾圧対策において重要な意味があると考えた。

 わたしは、選挙の始まる以前の11月19日から、解任される12月11日夜までの全期間、ほぼフルタイムでボランティアとして選挙に参加した。場合によっては早朝から深夜まで。当然のことながら一円も受け取っていない。選挙とはそのようなものだと心得ていた。宇都宮さんの秘書的な立場にあって選挙運動開始以前から彼と行動を共にした。私の任務はスケジュールの管理である。具体的には、常に候補者に同行し、その安全をはかるとともに、彼が過ごしやすいように配慮して、必要な時刻に必要な場所に彼を送り届けることだった。

 私は、候補者本人とは誰よりも長く時間をともにした。スケジュールを策定する本部とも密に連絡を取り合っていた。おそらく、私ほどにこの選挙の全体像を見てきた者はなかったと思う。その立場から、率直に申しあげる。宇都宮陣営の選挙は、およそ選挙の形をなしていなかった。候補者についても、選対についても、負けるべくして負けたというほかはない。

 以下に、候補者と選対について、見聞した事実を語ることにする。事実を語れば、否定的な評価は避けられない。できることなら触れないでおきたいとは思う。それでも、やはり率直に語らねばならない。再びの過ちを繰り返さないという大義のために、である。

宇都宮候補について
・候補者としての魅力に欠けること
 私が、宇都宮さんの随行員を買って出た動機のひとつには、宇都宮さんから多くのことを学ぶことができるだろうとの思いがあったから。きっと、魅力的な人物なのだろうとの期待が大きかった。しかし、一緒にいて、その期待が崩れるのに、たいした時間はかからなかった。その後は、宇都宮さんの魅力に感じてではなく、任務として頑張った。
 候補者には、人と話をして魅了する資質が必要である。ところが、彼はそもそも話をしない。話しかけても膨らませて会話が弾むことがない。私も、最初は頻繁に話しかけたのだが、話しに乗ってくることがなかった。

 彼の演説は毎日聴いたが、聴衆を魅了する憲法訴訟の経験談や、人権擁護の熱意がほとばしるという魅力に溢れた演説は一度も聞いたことがない。私の期待が、そもそも無い物ねだりだったのだ。人を感動させたり引きつけたりする内容のある話ができないのは、候補者として不適格というしかない。そもそも政治家としては向いていないのだと、どうして誰も言わないのだろうか。

 選挙戦の初めのころ、ある運動員が宇都宮さんに話しかけたことがある。「是非、よい弁護士さんに都知事になってほしい。そして憲法の理念を都政に生かしてほしい。私は常々憲法13条こそ一番重要な条文であり、これを生かすような政治が必要だと考えている」
 私は、弁護士が候補者であることの最大の利点は、法律を、とりわけ憲法を縦横に語れることにあると考えていた。これは、猪瀬や松沢、その他の候補者には全くできないことだ。弁護士が憲法13条を語ることは、まるごと自分の憲法観を語ることであり、自分の職業的な使命観を語ることでもある。宇都宮さんが弁護士としてがんばってきた今までの反貧困運動、クレサラの活動などが凝縮された、具体的で理想に満ちたすばらしいやりとりを期待した。
 ところが、宇都宮さんの返事は「そうですか」というだけのもの。あとでその運動員は、大変がっかりしたと語っていた。

・都知事候補者としての政策能力が十分ではない
 さらに候補者としての不適格な点は、具体的に都政を語る力が十分とは言えないことだ。
 これは、彼だけの責任に帰するのは気の毒な面もあるが、都政について語るべきものをもっているとは言いにくい。これまでの蓄積のないことが見えてしまう。
 街頭での演説は、常に同じ内容の繰り返し。選挙戦の進展に伴って、演説の内容が深化していったり、訴えるべき言葉の完成度が高まるということはなかった。

 宇都宮陣営の政策は、抽象的には優れたものかもしれないが、具体性に乏しく、このままでは候補者の演説にはならない。この難題をこなすには多大な能力を必要とするが、明らかに宇都宮さんには重荷に過ぎた。候補者が、広大な東京都の中で、演説する場所に応じた、地域的な課題について触れることもなかった。あえて言えば、秋葉原で表現規制問題に触れた程度だろうか。

 テレビにおける公開討論は総選挙と重なったことで2回だけだったが、宇都宮さんが他候補との議論において切り結び、圧倒するような場面は一度もなかった。切られないようにハラハラしながら祈るばかり。公開討論の回数が少なかったことは、猪瀬の傲慢さを都民に伝える機会が減った点で残念なことであったが、同時に、宇都宮さんの都政への知識不足と熱意不足が明らかにならなかったことは、むしろ陣営に利益だったといえるだろう。

 以下、私が彼に失望した具体的事件を述べる。
・バッヂ事件(NHKでの収録)
 弁護士の世界は別として、ささやかなりとも宇都宮候補が社会的知名度があったのは、年越し派遣村の名誉村長となり、湯浅誠氏などと反貧困運動に関わったから。宇都宮さん自身も、反貧困運動に取り組んできたことを周囲に誇らしげに語っており、どこに行くにも反貧困バッヂを背広に付けていた。
 ところが、政見放送収録のため、渋谷のNHKに出向いたときのこと、収録直前にNHKの職員がそのバッヂを外すように指示してきた。
 これには二重の問題がある。
 一つは、表現の自由との関係である。およそ弁護士として、「表現手段としての大切なバッヂ」を外せと言われて簡単に応じられるはずはない。政見放送が完全に自由に収録されねばならず、あらゆる制限がなされるべきでないこと、それを争った憲法訴訟もなされたことは、広く知られている。憲法を擁護する立場を鮮明に打ち出した候補者として、表現の自由に対する制約に対して常に闘う姿勢を示すべきでないのかという問題が第一。
 次に、反貧困運動を行ってきた仲間に対して、そして「自分のトレードマークはこのバッヂである」と語り真剣に行ってきた運動に対しての裏切りにならないのか、という問題が第二。
 私は、NHKの職員にその指示の根拠となった文書を見せるように要求した。NHK職員が手渡したのは、上司からのメールの一部だったが、その後半には「それでも候補者がバッヂを外すことに同意しない場合はそのまま収録、放送すること」という指示が書かれていた。
 私は、政見放送において、あらゆる制限は認められないという原則をNHKの職員に主張するとともに、選対の法対に連絡し、バッジを外すことを拒否した場合の法的リスクについて判断を仰いだ。法対の判断は外す必要はないし、なんらかの訴訟になれば憲法訴訟として受けて立つに足るものだというものだった。
 私は、法対の判断と、NHK職員のメールから絶対的な要求ではないという先方のハラを宇都宮候補に伝え、どうするか相談した。
 まったく意外にも、宇都宮さんは「ああ、はずしますよ」と理由も言わずバッヂを外してしまった。これには、唖然とした。NHKが政治的に偏向していることは周知の事実ではないか。彼は、何の抵抗も示すことなく、その指示に従ってしまった。たたかう姿勢皆無の人なのだと、私は失望した。
 後日、宇都宮候補は、「マスコミ対応には彼(澤藤大河)よりも、私(宇都宮自身)の方がなれているから」と、私のいないところで語ったという。人権も、運動への誇りも、仲間を裏切る葛藤もなく、NHK職員の指示に従うことが「マスコミ対応になれている」ことにあたると宇都宮候補が考えているのならば、都知事になったところで、官僚や議会多数派の指示に従うだけの都知事になるだけだろう。

・収録時間超過事件(MXTVでの収録)
 NHKでの政見放送の他に、民放各局合同の政見放送収録があり、MXTVに赴いた。
 ここでの収録の際、宇都宮候補は、予め決められていた時間枠を数秒オーバーしてしまった。
 事前に説明があったとおり、他の候補との平等取り扱いのため、収録のやり直しは認められない。さすがに、発話中に突然終わってしまうことは防ぐために、一番最後の「皆さん、ともに都政を作っていきましょう」という呼びかけを削除するのでよいかと、スタッフから質問された。しかし、これでは終わり方が不自然になってしまう。
 私は、何度もビデオを見直して、カットするなら最初の頭を下げる挨拶部分を切ることはできないかと、提案した。最初は、「前例がない」というだけの答えだった。食い下がって、それが不可能であるか問い合わせてほしいと求めたところ、収録スタッフがわざわざ電話をかけて局長に問い合わせ、それが可能だとの答えを得た。
 その結果、幸い冒頭のお辞儀の3秒ほどをカットすれば、時間内に収まることが現場で繰り返し再生することで確認され、無事に最後の呼びかけまで政見放送されることになった。
 この件に関して、宇都宮候補は現場で一切発言しなかった。私のやり取りを傍観していただけ。しかし、やはり事後、この件について、「澤藤は何もしていない。局側スタッフがよいようにしてくれただけだ」と語っている。これには、呆れた。
 そもそも、何百回でも練習して、きちんと時間内に演説できるように訓練してくることすらできない点で候補者としての熱意にも能力にも欠けている。そのうえ、自分の陣営の利益に誠実に活動する者を、守ろうとしない点でも候補者としての資質に欠けることになろう。

・同窓会
 宇都宮さんの同窓会にも同伴した。東大駒場の文Ⅰ(法学部進学)のクラス会だった。
 30人も出席していただろうか。当時、宇都宮選対内のメールマガジンやツイッターでの情報発信のために、私は宇都宮さんの人となりについての情報をできるだけ集めて選対に送っていた。
 宇都宮さんがどんな学生だったのか、学生時代の友人は彼をどう語るのか、最高の取材の場であると考えて、出席者に話を聞いてまわった。弱い立場の者に寄り添った話や、自分の信念を貫いた話が何か聞けるかと期待した。
 しかし、みな口をそろえて言うのは、「地味だった」「目立たなかった」というものだった。具体的なエピソードについては一切聞けなかったのは、実に驚くべきことだった。
 その場で誰かが、「立候補に当たっての供託金はどうしたんだ?借りたのか?」という軽口が飛んだ。宇都宮さんは、それに「自分で用意した」と答えていた。自ら用意すると一旦は言いながら、結局用意できずに、他人から借りた事情を知っている私の前で、なぜそのような嘘を申し述べるのか、理解に苦しんだ。
 その上、その場で旧友に対し、供託金が高すぎて負担が大きいとの持論を繰り返し述べていた。供託金が高いことを問題視するならば、自分で用意できないほど高いのだと率直に語った方が、かわいげがあったのではないだろうか。

ずいぶん、長くなった。今日は、ここまでとする。明日は、私を切った選対の体質について、お話しをしよう。

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       安倍首相の靖国神社参拝を許してはならない

不意打ちのことで驚いた。本日(12月26日)午前11時半ころ、安倍晋三首相は、靖国神社に昇殿参拝したのだ。「内閣総理大臣 安倍晋三」と札をかけた花を参拝前に奉納したと報道されているのだから、首相としての公的資格における参拝と見るしかない。また、その後、首相は「国のために戦い、尊い命を犠牲にされた御英霊に対し、哀悼の誠を捧げるとともに、尊崇の念を表し、御霊やすらかなれとご冥福をお祈りした」との談話を発表した。特定秘密保護法採決の強行に次いでの、靖国神社不意打ち参拝である。この安倍の憲法に対する攻撃的な姿勢には背筋が寒くなる。

改めて思い出そう。「もし私を右翼の軍国主義者と呼びたいのであれば、どうぞそう呼んでいただきたい」との開き直った彼の発言を。いまさらではあるが、彼は正真正銘の「右翼の軍国主義者」なのだ。こんな輩を我が国の首相に留めておいてはならない。「抗議する」ではなく、首相の座から引き摺り下ろさねばならない。

安倍の靖国参拝が、中国・韓国・北朝鮮等の近隣諸国に対する挑発行為であることは明白である。冷え切った日中・日韓の関係を、さらに修復不能なまでに損ないかねない愚行でもある。当然のことながら、中・韓両国の反発は凄まじい。それだけでなく、アメリカ政府までが、安倍の暴走に懸念を表明している。

折しもこの日は毛沢東生誕120周年にあたる。抗日戦を闘い抜いた「建国の父」を偲んで、中国共産党の最高指導部が毛沢東記念堂を訪れたばかり。その日を選んだかのような安倍首相の靖国神社参拝。中国国内での、挑発行為への反発の感情がとりわけ厳しいと報じられている。

首相の靖国神社参拝はなぜ許されないのか。憲法の政教分離規定に違反するからなのか、あるいは中・韓などの近隣諸国との友好を損なうからなのか。答は二者択一ではない。実は両者は同根の問題なのだ。私は、日本国憲法とは、歴史認識の所産だと理解している。その面を最も典型的に表わしているのが、政教分離の原則(憲法20条3項)なのだ。

アジア・太平洋戦争の惨禍についての痛恨の反省から日本国憲法は誕生した。このことを、憲法自身が前文で「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」と表現している。日本国憲法は、一面普遍的な人類の叡智の体系ではあるが、他面我が国に固有の歴史認識の所産でもある。この歴史認識が、憲法解釈の基準でもある。

歴史認識とは、単に「大日本帝国」による侵略戦争と植民地支配の歴史的経過を正確に把握することではない。その戦争と植民地支配の歴史を国家的な罪悪とする評価的認識をさす。したがって、憲法前文がいう「戦争の惨禍」とは、戦争がもたらした我が国民衆の被災のみを意味するものではない。むしろ、旧体制の罪科についての責任を読み込む視点からは、近隣被侵略諸国や被植民地における大規模で多面的な民衆の被害を主とするものと考えなければならない。憲法は、近隣諸国の被害をも織り込んでできているのだ。

歴史認識は、必然的に、この加害・被害の構造を検証し、その原因を特定して、再び同様の誤りを繰り返さぬための新たな国家構造の再構築を要求する。日本国憲法の制定は、その作業の結実と理解しなければならない。

そのような作業において、歴史認識における反省の根本にあるものは、「天皇制」と「軍国主義」の両者であったと考えられる。日本国憲法は、この両者に最大の関心をもち、旧天皇制を解体するとともに、軍国主義の土台としての陸海軍を崩壊せしめた。国民主権原理の宣言(前文・第1条)と、平和主義・戦力不保持(9条1・2項)である。さらに、「天皇制」と「軍国主義」の両者を結節する憲法制度として、政教分離原則(20条3項)を置いた。

憲法をめぐるせめぎ合いは、歴史認識をめぐるせめぎ合いでもある。歴史修正主義派にはまったく別の憲法の評価と解釈がある。彼らは、戦前の天皇制も軍国主義も否定的な評価を受けるべきものとは考えていない。天皇の唱導する戦争に反省などありえない。歴史修正主義が憲法に敵対的であることは理の当然なのだ。

歴史修正主義は、敗戦に至る経過の中に格別の罪科も責任も認めない。戦前の否定も、それと比較しての戦後の肯定もない。したがって、敗戦による歴史の断絶も転換も認める立場になく、戦前と戦後の連続性の契機を強調する史観となる。その結果、戦後改革と憲法制定の意義を相対化し、あわよくばこれを覆そうとする。その彼らの思惑と角逐しているのが、オーソドックスに戦後改革と憲法の意義を強調して、敗戦時の歴史の断絶の契機を重視する思想である。その両者のせめぎ合いの最も重要な舞台の一つとして靖国神社がある。

日本国憲法を形づくる歴史認識の問題点が、究極的に「天皇制」と「軍国主義」の2点に帰着するとして、この両者の結節点に、かつての別格官弊社靖国神社があり、今なお宗教法人靖国神社がある。かつての靖国神社は、軍と天皇とに直結して、天皇制軍国主義の精神的支柱であった。いま、宗教法人靖国神社は、制度としては軍とも天皇とも直接の結びつきを失っている。しかし、旧靖国神社の思想をそのまま護持し、「靖国史観」を掲げて歴史修正主義の拠点となっている。

その「靖国史観」とは、皇国史観に連なりながらもさらに天皇美化の行きつくところ。天皇のために兵士として死ぬことを臣民の美徳とし、そのように慫慂する観点からの歴史の把握である。侵略戦争を聖戦視し、戦死の将兵を神として「英霊」なる美称を与えて顕彰し、戦争批判を「英霊への冒涜」として封じようとする史観でもある。日本国憲法の基本理念とはまったく正反対の立ち場にあって、「戦争」と「戦争の惨禍」を反省するという視点とは無縁である。

だから、靖国神社は、刑死した東条英樹以下14人のA級戦犯を合祀する場としてこそふさわしい。靖国神社への参拝者は、昭和殉難者として祀られている「平和への罪」の犯罪者に、尊崇の念を捧げることになる。誰にも明瞭に分かりやすい、靖国史観の仕掛けがここにある。本来内閣総理大臣や天皇が参拝に行けるはずはないのだ。

日本国憲法における政教分離とは、宗教一般と国家との分離の書きぶりではあっても、国家神道復活を警戒し、神道と国家との厳格な分離を要求するものである。就中、国家神道の軍国主義の側面を代表する軍国神社靖国こそ、20条3項が最も警戒の対象とする存在である。それが正統な歴史認識からの憲法の最も真っ当な読み方なのだ。

私は、憲法20条3項の「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」とは、「首相の靖国神社参拝」を禁じることを主眼として作成された規定であると理解している。

だから、首相の靖国参拝とは、憲法上は20条3項の政教分離原則違反となり、そのことが、とりもなおさず近隣諸国への侵略戦争や植民地支配の反省を否定するものとして、軍事的挑発行為になるのだ。中国や韓国など、「足を踏まれた側」の国民には、自明のことである。

ところが、歴史修正主義者としての安倍晋三には、そのような観点がない。安倍が叫ぶスローガンは、「戦後レジームからの脱却」と「日本を取り戻す」ことである。この二つを組み合わせれば、「戦後レジームから脱却した、取り戻すべき日本」とは、大日本帝国憲法時代の「皇国日本」であり、彼の祖父・岸信介が商工大臣を務めた東条英機内閣時代の「軍国日本」以外にはない。まさしく、安倍こそは、典型的な歴史修正主義派の政治家であり、戦前戦後連続史観の体現者でもある。

「皇国日本」と「軍国日本」との結節点に靖国神社がある。安倍の感性においては、今ある宗教法人靖国神社は、けっして一宗教法人ではない。皇国日本を支えた靖国の思想を顕現する場であり、軍国日本を支えた皇国の指導者と皇軍の将兵とが、かつての軍国の思想そのままに、英霊となって鎮座する聖なる社である。ここに、民主主義国日本を代表する資格をもって参拝したのだ。彼は、新旧憲法の断絶を認めない。政教分離という制度の理解を拒絶する。

それゆえ、靖国神社への参拝について「第1次安倍政権で任期中に参拝できなかったことは、痛恨の極みだった」と言い、「その気持ちは今も変わらない」と繰り返し、そして今日、敢えて参拝を強行したのだ。

再確認しておこう。靖国神社参拝是非の考察には、歴史認識問題の考察が不可避であり、歴史認識を凝縮した日本国憲法は、公的資格における参拝を許容するところではない。それは、たまたま一条文に違反して形式的に違憲というだけの問題ではない。歴史認識の問題として、戦争の惨禍をけっして繰り返してはならないとする憲法制定時の主権者の叡智と決意との所産としての憲法の体系に反しているということなのだ。

安倍は靖国派のエースであり、歴史修正主義派のエースでもある。本日の安倍の靖国神社公式参拝は、まさしく、安倍の「戦後レジームからの脱却」の行為でもあり、「脱日本国憲法」を体現する無法な行為でもある。

自民党の「日本国憲法改正草案」(2012年4月27日発表)を作成した憲法改正推進本部の最高顧問の一人として安倍は名を連ねている。この草案に明記された「天皇を戴く国」「国防軍を持つ国」「軍法会議を整備した国」こそが、安倍の望むところ。必然的に、天皇と軍との結節点である靖国神社への公式参拝を許容するように政教分離規定は書き改められようとしている。

先に紹介した現行憲法の20条3項に次の文言を書き加えて、国には禁止されている宗教的活動に、穴を開けようというのである。
「社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りでない。」
つまり、靖国神社参拝は、「社会的儀礼」または「習俗的行為」の範囲を超えるものではない、として大っぴらに参拝しようということなのだ。

憲法解釈の基準はまさしく正確に把握された歴史認識にある。政教分離の解釈には、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることの決意」を読み込まなければならない。そのためには、天皇のために玉砕し散華した戦死者を神として祀り美化する宗教施設と国家との関わりを持たせてはならない。安倍晋三のような危険な人物の靖国神社公式参拝を認めてはならない。

靖国神社参拝という違憲行為を敢えてした、安倍晋三を首相の座に留めていてはならない。
(2013年12月26日)

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