澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

戦争法案の危険性を見極めようー政権の悪徳商法に欺されてはならない

名は体を表すという。もちろん、「多くの場合には」ということであって、「常に」ではない。狗肉を売るに羊頭を掲げるのは、この「多くの場合には」という常識に付け込んでのこと。不用意に名を軽信すると、あとで悔やむことになる。

狗肉を狗の肉と正直に表示したのでは買い手がつかない。そこで、羊頭の看板を掲げ、偽装表示を施すことが必要となってくる。狗の肉を、あたかも羊の肉と思い込ませるセールストークで売り込もうという悪徳商法。ここでは、羊の肉と名付けられて、実は狗肉が売られることになる。

「他のどんな名前で呼んでもバラはバラ」であるごとく、「他のどんな名前で呼んでも狗肉は狗肉」なのだ。看板ではなく、包装ではなく、名前ではなく、欺罔のセールストークではなく、商品の中身の実体を見極めなければならない。うっかり買ってからでは、取り返しのつかないことになる。

うまい話には裏がある。甘い話には毒が潜んでいる。ゴテゴテと看板を飾り立てるセールストークは、それだけで眉唾物と警戒しなければならない。今まさに、政権が危険な商品を国民に売り付けようとしている。

このブログでは一貫して「戦争法案」と呼称してきた5月16日国会提出の閣法2法案。その正式名称は「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律案」と、「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律案」である。「平和」「安全」「国際」「共同」などの好もしいイメージの語でデコレーションされた法案の名称。これが羊頭である。美しいラッピングでもある。端的に言えば、偽装表示にほかならない。

メディアでは、「平和安全法制整備一括法案」「国際平和支援恒久法案」などと呼んでいるが、これは体を表した名ではない。狗肉の実体を隠すことに手を貸しているというべきではないか。トリカブトをバラと呼んではならない。狗を羊と見誤ってはならない。

前者の提案理由に、「国際連携平和安全活動のために実施する国際平和協力業務その他の我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するために我が国が実施する措置について定める必要」が謳われている。後者についても、「国際社会の平和及び安全の確保に資する」という。「国際」「連携」「平和」「安全」「協力」の大安売りである。

私(たち)がその実体から戦争法案と名付けた法案は、他のどんな名前で呼ぼうとも、「平和」や「安全」の名で飾りたてようとも、戦争の腐臭が消えないのだ。眉に唾を付けよう。この法案の売り手は、これまでも平気で嘘をついている男なのだから。

さらに問題は、「専守防衛」にある。
安倍首相は昨日(5月27日)午後の衆院平和安全法制特別委員会で、集団的自衛権の行使を容認する安全保障関連法案について、先制攻撃を排除した「専守防衛」の原則を変更するものではないとの見解を示した。民主党長妻昭代表代行が「専守防衛の定義が変わったのではないか」と問い質したのに対し、「専守防衛の考え方は全く変わりない」と否定した。

専守防衛とは、自衛力の行使を、自国の領土が武力攻撃を受けた場合に限るということだ。しかも、自国民の安全を守るために最小限の実力の行使に限定する。これが、自衛隊の存在を許容する9条解釈の限界とされてきた。自衛隊は、専守防衛に徹するものとして誕生したのだ。1954年自衛隊法成立に際しては、参議院が「自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議」を成立させている。全会一致でのことだ。

専守防衛は、自衛力の行使の場所は自国領内に限定することを想定している。時間的には、相手国からの攻撃のあとのものとの想定である。遠く、自国を離れた戦地での防衛的な武力行使や、先制攻撃をもっての武力行使をまったく想定していない。海外での武力行使、自国を攻撃していない国に対する武力行使は、専守防衛ではない。

集団的自衛権の行使とは、自国が攻撃されていないときに、同盟国への攻撃に反撃する武力行使なのだから、専守防衛から逸脱することになるのは自明のことである。専守防衛では、つまりは個別的自衛権の行使では不十分だとしての法改正なのだから、あまりに当然のこと。

しかし、専守防衛から逸脱するとあからさまに認めれば、国民に不安の種を植えつけることになる。ここは、集団的自衛権という危険な狗肉に、専守防衛というラッピングをしてしまおう。憲法9条遵守という羊頭の看板も掲げておこう、というわけだ。

着目すべきは、看板でも、ラッピングでもない。商品実体なのだ。戦争法案が想定する集団的自衛権行使を選択肢として許せば、自衛隊は国防軍化することになる。いざというときのために、装備も編成も作戦も、すべては一人前の軍隊として歩き出すことになる。これだけでたいへんに危険なこととなる。

さらに、この上なく危険な同盟国アメリカの先制攻撃で始った戦争のある局面で、アメリカの一部隊が攻撃されたからということから自衛隊が一緒に闘うことになりかねない。これを「巻き込まれた戦争」というか、「日本主導の戦争」というかは問題ではない。日本が戦争当事国となり、全土が攻撃目標となり得るのだ。

くれぐれも用心しよう。暗い夜道と安倍話法。
(2015年5月28日)

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