澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

初詣「欺され初め」にご用心

今年の初詣に、ちょっとした異変があったという。相当数の神社の境内で署名活動が行われていたというのだ。神社と署名活動。これだけでも不似合いだが、署名活動の内容は、「私は憲法改正に賛成します」というもの。なんとも場違いで、正月気分を殺ぐこと甚だしい。神社がこんなことをしていては、善男善女の神社離れを起こし、結局は自分の首を絞めることになるだろう。

しかも、この署名簿。「私は憲法改正に賛成します」とだけ書いてあって、どのような憲法に改正すべきかの趣旨の記載も説明もない。「憲法改正に反対します」なら、その意味は一義的に定まるが、「憲法改正に賛成」では、いかなる改正を求めているのか分からない。

何を隠そう、実はこの私も、本当のところは「憲法改正に賛成」なのだ。天皇制をなくすこと。自衛隊を憲法違反と明記すること。いかなる国とも軍事同盟を結ばないとすること。税金は累進課税とし、貧困者からはとらないこと。教育と医療はすべて無料とすること。人種や民族の差別を一切なくし外国籍の居住者にも選挙権・被選挙権を認めること。同性婚を認めること…。そんなことが「本来の憲法改正」なのだ。天皇の元首化や、人権規定の形骸化、戦争のできる国への明文化などは、「改正」ではなく「改悪」といわねばならない。

また、署名といえば、普通は「改憲反対」「憲法守れ」なのだから、「私は憲法改正に賛成します」だけの署名用紙では、護憲派の署名運動と勘違いして署名に応じた人も多いのではないだろうか。

この署名は、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」なる組織が、「1000万人賛同署名」を目標に取り組んでいるもの。署名用紙には、「私は憲法改正に賛成します」という文言だけで、目指す改正案の内容の記載がない。神社の境内では分からない。ネットの検索を丹念に続けて、いったんはあきらめかけて、ようやく見つけた。

ようやく見つけたとはいうものの、実は内容確定していないのだ。「美しい日本の憲法をつくる国民の会」のホームページに、ようやく「具体的に、どのような点を改正する必要があるのですか?」という問を見つけた。このような問があるのは、改憲目標の草案がないということなのだ。改憲草案なしの憲法改正運動、ってそりゃいったいなんなのだ。なんともしまりのない「1000万人署名」。「なんといい加減な」と呆れるか、「さすがに大らか」と褒めるか、あるいは「これが神さまのすることか」と怒ってもよさそうだ。

この「問」に対する回答では、冒頭「次のような点の改正が必要だと考えられます。」といって、7点を挙げている。「前文」「元首」「9条」「環境」「家族」「緊急事態」そして「96条」である。なるほど、すべて右翼・右派が言いそうなこと。しかし、飽くまで、改正個所の指摘にとどまり、どう改正すべきかの具体案を欠いている。以下にその7点を吟味してみたい。

1.「前文」…美しい日本の文化伝統を明記すること
自らの国の安全と生存を、「平和を愛する諸国民の公正に信頼」して委ねるという、他人任せな規定を見直す必要があります。また、前文には、建国以来2千年の歴史をもつ、わが国の美しい伝統・文化を明記することや、世界平和に積極的に貢献する、国民の決意を表明することも大切です。

前文の改正具体案を作らず、「美しい日本の文化伝統を明記すること」とは、無責任でもあり、本気度を疑いたくもなる。要するに、平和主義がお嫌い。軍備増強に金をかけ軍国主義の危険を冒しても、国の政策として戦争という選択肢を作ろうとおっしゃるのだ。「わが国の美しい伝統・文化を明記」とは、なんともいじましい姿勢。「世界平和に積極的に貢献する国民の決意」は、積極的平和主義をとなえる安倍晋三の応援団。こんなのを、「お里が知れる」というのだろう。

2.「元首」…国の代表は誰かを明記すること
国際社会では、天皇は日本国の元首として扱われています。しかし、国内では、「天皇は単なる象徴にすぎない」とか、「元首は首相だ、国会議長だ」という憲法論議が絶えません。国家元首は一体誰なのか、憲法に明記する必要があります。

「天皇は単なる象徴にすぎない」からこそ、憲法での存在を認められている。これを元首にしようというのは、天皇制を危険に晒すことと知るべきである。また、天皇の元首化は一昔、二昔の話し。今はもう、流行らない。初詣に出かけて、「天皇を元首にしましょう。ぜひ署名を」ということが、笑い話ではなく、現実に起きていることの不気味さを警戒しなければならない。

3.「9条」…平和条項とともに自衛隊の規定を明記すること
自衛隊は国防の要であり、さらに世界の平和貢献活動や大規模災害支援にも大きな役割を果たしています。しかし、憲法上「違憲」の疑義があると指摘され、自衛隊の憲法上の根拠はあいまいです。9条1項の平和主義を堅持するとともに、9条2項を改正して、自衛隊の国軍としての位置づけを明確する必要があります。

軍事力は、他国を刺激して軍拡競争の負のスパイラルに陥る危険を常に秘めています。また、治安出動をして国民運動に対する弾圧装置としての役割も負っています。平和貢献活動は軍事に限る必要はありませんし、大規模災害支援には自衛隊ではなく専門組織を作った方が効率のよいことは明らかです。明らかに違憲の自衛隊を存続させなければならない根拠はあいまいです。少なくとも、9条改憲の必要はまったくありません。

4.「環境」…世界的規模の環境問題に対応する規定を明記すること
古来より、日本人は自然への敬意をいだき自然環境の保全に努めてきました。地球規模の環境破壊が進む中、自然との共存、環境保全は世界的課題であり、環境規定は喫緊の現代的課題です。

環境は大切。辺野古の美ら海を埋め立てて新基地を作らせてはならない。原発も、戦争も、環境の立場からも許してはならない。しかし、環境権を突破口に改憲を実現しようというのが、一貫した改憲派策動の手口。環境権規定は新設せずとも、13条が保障する新しい人権として認め、立法で対応することで十分なのだ。

5.「家族」…国家・社会の基礎となる家族保護の規定を
家族は、国家社会の基礎をなす共同体です。社会の発展、子弟の教育などを支える家族の保護育成は、世界各国でも憲法に規定されている重要な項目です。

家族には2面性がある。かつて、「家」が個人を圧迫し、とりわけ女性の自立を妨げた。家族共同体の強調は個人の自立を妨げる側面を持つ。ここでも、現行の24条が「我が国の醇風美俗を破壊している」という保守派の論理を押し通そうというものになっている。

6.「緊急事態」…大規模災害などに対応できる緊急事態対処の規定を
東日本大震災は、1,000年に一度という想定できない大惨事を招きましたが、緊急事態対処の憲法規定があれば、多くの国民を災害から守ることができました。来るべき大災害に対処しうる憲法規定が必要となっています。

「緊急事態対処の憲法規定があれば、東日本大震災で多くの国民を災害から守ることができました。」というのは、まったくのデマ。安倍晋三ですら、そんなことを言っていない。緊急事態条項の真のねらいは、緊急事態を口実にした、人権・民主主義の制約規定を置くこと。こんな危険なことにうかうか乗せられてはならない。

7.「96条」…憲法改正へ国民参加のための条件緩和を
我が国の憲法は、国民大多数が憲法改正を求めても、国会議員の3分の1が反対すれば改正できない、世界で最も厳しい改正要件になっています。憲法改正への国民参加を実現するため、憲法改正要件の緩和が求められます。

これこそが、改憲派が欲しくて手に入れることのできない魔法の杖。第2次安倍内閣が、96条先行改憲を目論んで、世論の袋だたきに遭って引っ込めたもの。これを蒸し返そうというのだ。

初詣の善男善女の皆さま。
オレオレ詐欺みたいな、こんな署名活動に引っかかってはいけません。
初詣に出かけて、こんな署名をさせられたのでは、正月気分も目出度さもすっかり失せてしまいます。せっかくのお正月、欺され初めは避けましょう。
「残念、もう遅かった」という方は、来年からは神社への初詣をやめましょう。
そして、お口直しに「戦争法の廃止を求める2000万人統一署名」の方をどうぞ。
こちらは、各署名用紙ごとに請願の趣旨が明記されていますから。
(2016年1月5日)

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Published in 火曜日, 1月 5th, 2016, at 23:34, and filed under 大衆運動, 明文改憲.

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