澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

民主党はやっぱり改憲政党である    ー都議選の争点その9

本日は、近所で小池晃日本共産党副委員長が、地元文京区から都議選に立候補の小竹紘子さんの街頭応援演説をした。つい先日は市田忠義書記局長の応援演説もあった。両人ともさすがに聞かせる。紋切りの話しでなく内容が極めて具体的で中身が濃い。

小竹候補は、「憲法守れの願いを、平和と命を守る願いを、暮らしと福祉を守る願いを、私に託していただきたい」と、まず憲法問題から切り出している。本日の街頭演説の中で、「文京からは、共産党のほかには、自民・維新・民主の3党から候補者が立っています。定数2を改憲派で占めさせてはなりません。貴重な憲法擁護の1議席が必要です。憲法改悪に反対する唯一の候補者・小竹紘子へのご支援を」という訴えがあった。

自民と維新を改憲派というのは当然として、民主党を改憲派といってよいのかに疑問の向きもあるのではないだろうか。党内に雑多な諸潮流を抱えてまとまりを欠く民主党が、改憲反対に徹していないことは世の常識としても、はたして「改憲派」とまでいえるのだろうか、と。

本日の街頭演説では、民主党を改憲派という理由については、都議会内での次の事情の説明だった。
6月7日に閉会した東京都議会で日本共産党都議団は、「憲法改定の発議要件を現行の3分の2から過半数に緩和しようという96条改定の動きを立憲主義に反するものとして批判する意見書案」を総務委員会に提案した。しかし、自民党と公明党に加え民主党までもが反対したため、採択に至らなかった。

また、共産党は日本維新の会の橋下徹共同代表(大阪市長)の「従軍慰安婦」発言に抗議する決議案も総務委員会に提案したが、これもオール与党である他党の賛成を得られず採択には至らなかった。

しかし、もしかして、民主党の反対理由は、「意見書や決議は全会一致を原則としている。全会一致の見通しがなかったから」ということだったかも知れない。これだけのことで、民主党を改憲派と断定するのはやや説明が不足ではないだろうか。

よく知られているとおり、自民党は2012年4月に「日本国憲法改正草案」というたいへんな代物を、党の正式提案として発表している。その以前には、2005年10月の立党五十周年記念大会で「新憲法草案」を発表している。

そのころ、民主党も対案を出すかと思われたが、条文化を見送り同じ2005年10月に「憲法提言」を発表している。これが現在も民主党の憲法問題での綱領的な文書となっている。なお、04年6月には、「憲法提言・中間報告」が出されている。併せて読む必要がある。

民主党の憲法問題のかつての党是は、「論憲」だった。それが、04年「中間報告」の標題が「創憲に向けて、憲法提言」とされて変わった。「論憲」から「創憲」へのスローガンの変更は、「憲法改正は議論の段階から、現実化への一歩を踏み出すのだ」という、民主党の強い意気込みのあらわれなのだ。

この「中間報告」には、「法の支配を確立し、国民の手に憲法を取り戻すために」という副題が付いている。つまり、こういうことだ。いま、国民の手に憲法はない。これを取り戻さなければならない。どのような手段で? 国民投票による憲法改正を実現することによって。憲法改正を経て、初めて国民は憲法を手にすることとなる、という。究極の改憲論ではないか。

「中間報告」は次のように言う。
「未来志向の憲法を打ち立てるに際しては、国民の強い意志がそこに反映されることが重要である。しかし、日本ではこれまで、憲法制定や改正において、日本国民の意思がそのまま反映される国民投票を一度も経験したことがない。私たちは、憲法を国民の手に取り戻すためにも、やはり国民による直接的な意思の表明と選択が大事であることを強く受け止めている。」

要するに、「これまで憲法改正のための国民投票の機会が一度もなかったから、憲法に国民の意思が反映していない。」「だから、改正のための国民投票をやろうではないか」という「提言」なのだ。

中間報告では、そのような「提言」にふさわしく、96条改憲が具体的に明言されている。

「硬性憲法の実質を維持しつつ、より柔軟な改正を可能とするために、現憲法の改正手続きそのものを改正する必要がある。例えば、①憲法改正の発議権は国会議員にあると明記する、②その上で、各議院の総議員数の過半数によって改正の発議を可能にする、③改正事項によっては、各議院の3分の2以上の賛成があれば、国民投票を経ずとも憲法改正を可能とする、④ただし、主権の移譲など重要な改正案件に限定して国民投票を義務付け、その場合、有効投票の過半数の賛成を条件とする、など改正手続きを見直す。」

96条改憲案の過激さでは、自民党「日本国憲法改正草案」も顔負けである。発議要件を「過半数」にまでハードルを下げようというだけでなく、場合によっては「国民投票を経ずとも憲法改正を可能とする」と堂々と書き込んでいるのだから。

当時、創憲とは改憲の別名と理解され、民主党も改憲派とみなされた。さすがに評判が悪かったたため、翌年の「民主党・憲法提言」では、96条改憲案は引っ込められた。

しかし、先に引用した中間報告の文章は次のように残された。
「憲法を国民の手に取り戻すために
私たちは、当面する課題として、憲法改正手続法制・国民投票法制の整備にとりかからなくてはならない。しかも、国民に開かれた形で、これらの議論を進めていかなければならない。
未来志向の憲法を打ち立てるに際しては、国民の強い意志がそこに反映されなくてはならない。しかし、日本ではこれまで、憲法制定や改正において、日本国民の意思がそのまま反映される国民投票を一度も経験したことがない。私たちは、憲法を国民の手に取り戻すために、国民による直接的な意思の表明と選択が何よりも大事であることを強く受け止めている。」
改憲が積極的な意義あるものであること、民主党が改憲志向であることは明瞭にされている。

また、「提言」では、96条改憲問題について、中間報告の具体的提案はなくなり、代わって次のような文章になった。

「多様な憲法論議を踏まえて何らかの改革を行おうとするならば、衆参各院において国会議員の3分2以上の合意を達成し、かつ国民多数の賛同を得るのでなければならない。政党や国会議員は、みずからの意見表明にとどまることなく、国会としてのコンセンサスと国民多数の賛同をどう取りつけていくのかに向けて真摯に努力していくことが求められている。」
この文章は、読みようによっては、「民主党は議会内の3分2と国民の過半数の賛同を取り付けて改憲を実行する」という宣言ではないか。

最大問題の憲法9条についてはどうか。
「国連の集団安全保障活動を明確に位置づける
憲法に何らかの形で、国連が主導する集団安全保障活動への参加を位置づけ、曖昧で恣意的な解釈を排除し、明確な規定を設ける。これにより、国際連合における正統な意志決定に基づく安全保障活動とその他の活動を明確に区分し、後者に対しては日本国民の意志としてこれに参加しないことを明確にする。こうした姿勢に基づき、現状において国連集団安全保障活動の一環として展開されている国連多国籍軍の活動や国連平和維持活動(PKO)への参加を可能にする。それらは、その活動の範囲内においては集団安全保障活動としての武力の行使をも含むものであるが、その関与の程度については日本国が自主的に選択する。」

要するに、国連の決定さえあれば、PKOだけではなく、多国籍軍の一員として、海外で武力行使ができように9条を改正しようというのだ。

これが、現在も民主党の憲法改正問題における公式見解である。やはり、民主党は改憲派というしかない。

なお、民主党が政権を取った2009年総選挙の「マニフェスト」は、「国民の自由闊達な憲法論議を」と標題して、次のとおり述べている。

「民主党は2005年秋にまとめた『憲法提言』をもとに、今後も国民の皆さんとの自由闊達な憲法論議を各地で行ない、国民の多くの皆さんが改正を求め、かつ、国会内の広範かつ円満な合意形成ができる事項があるかどうか、慎重かつ積極的に検討していきます。」

憲法改正について「積極的に検討していきます」というのだから、改憲阻止という姿勢でないことは疑う余地がない。「中間報告」「提言」と併せて読むことによって、民主党が改憲派であることが明瞭である。改憲の方向が、自民党とは異なるにしても、である。
(2013年6月21日)

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