澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

障がい児教育への国旗国歌強制から見えてくる教育の本質

本日(7月27日)午前11時、東京地裁527号法廷で、東京「日の丸・君が代」処分取消請求第4次訴訟の第11回口頭弁論。恒例のとおり、原告のお一人が、熱を込めて陳述をした。いつものことながら原告の陳述は感動的で、裁判官諸氏もよく耳を傾けてくれたと思う。

今日の陳述を担当した渡辺厚子さんは、障がい児教育に情熱を傾けて教員人生を送った方。その陳述内容の前文が後掲のとおり。渡辺さんは、障がい児と接する中でいろんなことを教えられたという。私は、10・23通達関連の訴訟に携わる中で、障がい児教育に携わる教員から大事なことを教わった。

これまでも学校事故の損害賠償請求事件などでは、在学契約における学校の子どもに対する安全配慮義務の内容に関連して、憲法26条に言及してはきた。しかし、「日の丸・君が代」裁判で初めて障がい児教育の何たるかをおぼろげながらにも知った。そこから、教育の本質が見えてくる思いだ。

重度の障がい者に接して、石原慎太郎の如くこんな感想を述べる人物もいる。
「ああいう人ってのは人格あるのかね」「ショックを受けた」「僕は結論を出していない」「みなさんどう思うかなと思って」「絶対よくならない、自分がだれだか分からない、人間として生まれてきたけれどああいう障がいで、ああいう状況になって…。しかし、こういうことやっているのは日本だけでしょうな」「人から見たらすばらしいという人もいるし、恐らく西洋人なんか切り捨てちゃうんじゃないかと思う。そこは宗教観の違いだと思う」「ああいう問題って安楽死なんかにつながるんじゃないかという気がする」(「安楽死」の意味を問われた知事は)「そういうことにつなげて考える人も いるだろうということ」「安楽死させろといっているんじゃない」(と否定した。)「自分の文学の問題にふれてくる。非常に大きな問題を抱えて帰ってきた」(1999年9月18付 朝日)
石原には障がい児教育はできない。障がい児教育を重要とする発想もできない。相模原障がい施設での19人殺害事件犯人と、根底において同じ発想なのだから。

障がい児教育の思想は、その対極にある。教育の成果を国家にも社会にも還元する発想を持たない。子どもを将来の経済社会の担い手として、「人材」と見る目をもたない。教育を経済投資としコストとする思考を拒否してはじめてなり立つ。徹底して、子どもの人格の尊厳から出発する思想だといってよい。

国家や社会に先んじて子どもの尊厳がある。教育とは、そのような尊厳から出発すべきものだというのだ。一人ひとりの障がい児に寄り添うことで、教育の本質が見えてくるのではないか。

その障がい児教育の現場に乱暴に押し入ってきた国旗国歌とは、教育の本質と相容れない国家主義の象徴である。石原都政の時代に、強引に国旗国歌強制が持ち込まれたことは偶然ではないのだ。

本日で主張のやり取りが一応終了して、次回第12回口頭弁論から舞台は103号地裁大法廷に移る。証拠調べ手続にはいる。また、感動的で教訓に満ちた法廷となるものと思う。

なお、次回法廷は、10月14日(金)午前9時55分開廷で、午後4時30分まで。
次々回は、11月11日(金)午前10時開廷で、午後4時30分まで。
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  2016年7月27日4次訴訟原告渡辺厚子陳述
 2003年10月、大泉養護学校職員会談で、校長より10・23通達の説明がなされました。このときの全教職員の驚愕を私はどう言葉にしていいかわかりません。巣立っていく一人ひとりの卒業生を思い浮かべて、こうしたらいいだろうか、ああしたらいいだろうか、と私たち教員が考え続け、実施しようとしている卒業式が、完全に壊されてしまう。大変な危機感をもって、みんな必至で校長に言いました。
 「A君はやっと車椅子をこげるようになりました。いま、その車椅子で証書をもらいたいとフロアー会場で練習をしているんです。」「壇上になったらどうしてこげますか。彼に、自力ではとりにいくな、とでも言うんですか。」
 「Bさんは呼吸器をつけています。電源コードを壇上へのばして舞台上手そでから向こうの下手そでまでぐるっと回し降りてくるまで延ばすなんてできません。呼吸器の電源を切らない限り無理です。そんなことをさせるんですか。」
 しかし校長は、都教委の命令だから、それに従わなければならない、と苦しそうに答えるだけでした。私達は憤懣やるかたなく、世の中のバリアーフリーに逆行している。命をなんと思っているんだ。通達は、子どもの活動、子どもの権利を潰そうとしている、と言い合いました。ほどなく近藤精一指導部長の、障がい児学校には個別配慮をするという都議会答弁をきき、「そうだよ、都教委だって障がい児にバリアーをつくって動けなくするようなことはしないはずだ」「フロアーを使用できるよう要望してほしい」と校長に訴えました。
 校長も、そうだなあ、校長連絡会で聞いてみるよ、と言いました。しかし持って帰ってきた結果は、「だめだ、壇上しか許されない。都議会答弁と実際は違う。スロープ制作予算をつけると言っている」。それっきりでした。
 高い壇しかないときに、スロープを通ってのぼれるようバリアーフリーをめざす、というのならわかります。しかし約50年間研究を重ね、子どもたちが主人公となる卒業式のために、バリアーのないフラットな会場を使って対面式の卒業式をしてきたのです。スロープをつくるからいいだろう、ではなく、そもそもバリアーフリーのフラットな会場を使うな、と禁止したことこそ問題です。
 フロアーか壇上か、と言った形式の違いの問題としてみられるかもしれませんが、それは本質をみていません。子どもから出発すべき教育の基本を忘れた、いや無視した大問題です。障がい児への合理的配慮に欠ける、なにより子どもの尊厳を奪う事柄なのです。
 通達前03年3月卒業式では、どれほど車椅子操作がたどたどしくとも自走して証書をとりにいくのを禁じられることはありませんでした。通達後の卒業式で、生徒が電動車椅子を操作し、フロアーで受け取りたいと、校長に懇願しました。その生徒は唇や舌を噛み切りコントロールできない身体に泣き叫ぶ毎日でした。同じ病気の弟は亡くなりました。本人、親、担任の3人4脚の文字通り涙ぐましい努力で奇跡的にやっとどうにか操作が出来るようになったのです。これは、できるできないというレベルの話ではなく、自分の人生で初めてつかんだ、生きる希望、自らの尊厳でした。しかし、校長から、だめだ、とはねつけられました。その子は泣く泣く担任に押されて壇上に上がりました。担任は悔し涙で、起立しませんでした。
 通達が出るまでは当然のこととして営まれてきた子どもの活動です。私たち教員は、子どもの尊厳を守ってやれないばかりか、踏みにじる行為に加担させられます。情けない、悔しい。起立命令を拒否するのは、こんな理不尽には従えない、加害行為に加担したくない、というひりひりとした教員の良心の叫びなのです。

 私は本訴訟で停職6ヶ月の処分取り消しを求めています。
 子どもたちによって育ててもらった、教員としての私の良心、信念。それを捨てるわけにはいかないとしてきたら、あっという間にこんなに重い処分となってしまいました。
 退職の前年度の2009年には、悩み抜いた末の卒業式不起立により停職3ヶ月処分を受けました。そして保護者達から責め続けられ、大変苦しみました。これが30年余自分のすべてを注ぎ込み情熱をもって関わってきたことの答えなのかとほぞを噛む思いでした。
 退職の年、教員としてどん底にいた私を、再び信頼してくれる子どもや保護者たちが現れ、私は気を取り直し、最後まで子どもと自分を裏切るまいと思い2011年3月起立しませんでした。

 私は障がい児教育の1頁も知らずに飛び込み、初めての学校でありちゃんに出会いました。ありちゃんは、後頭葉が損傷しているため、目が見えませんでした。面会にくるお父さんは、ありちゃんを抱っこしながら、「ありの目が見えたら、世界1周でもしてやりたい」と語っていました。1年ほどたったある日のこと、何気なく転がしたボールを追うように、ありちゃんの顔が上がったのです。私はナースステーションに駆け込み、「先生! ありちゃんが見えているみたいだ」とさけびました。医者も看護師も見に来て、後のカンファレンスで、脳に新たな回路ができ始めたのだろうと言われました。
 私は芯から驚きました。不可能と医学でいわれていても、人との関わりが人を変える。私はありちゃんによって教育の力、というものを知らされました。その後も、沢山の子どもによって、人は一人ひとり違い、その違いにこそ価値をおいて教育するべきなのだ、と教えられました。通達と命令は子ども一人ひとりの違いを押しつぶしています。
 こどもの権利を侵す間違った命令には従えない。これは私にとって、自分が自分であり続けるために、子どもたちによって育てられた教員の良心を捨てないために、越えてはならない一線なのです。夭折していった子どもたちへ、今後も怠けず、子どものために尽くす、と誓った日を私は忘れるわけにはいきません。

 私の初任時代からの近しい友人は、諸事情から命令を拒否できず、苦しみながら起立していました。毎年3月が近づくたびに目が空ろになり、耐えかねてとうとう退職し、そしてほどなくなくなりました。教員はみんな、子どもを第一に考えた教育を実施したいのです。それとは正反対のことをさせられる苦しみ。10・23通達はどの教員の良心にも回復し難い打撃を与えています。

 裁判所におかれては、教育というものを熟考し、私達が何故起立できなかったのかに深く思いを致していただきたい。そして子どもや教職員の人権擁護の観点に立った判断を示していただきたいと切に願います。
以上
(2016年7月27日)

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