澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

靖国派の終戦記念日論説(神社新報)を批判する

8月が終わりに近い。毎年この時期になると、し残したことのあるような、忘れ物があるような、なんとなく焦りにも似た気持になる。当ブログも、8月のうちに言っておくべきことを言い尽くせていない。

何を素材にすれば、言い残した語るべきことを語れるか。典型右翼の言論に対置する反論の形式が分かり易い。そのような観点で素材を探してみたが、適切なものが見つからない。結局、神社新報(神社本庁の準機関紙)の論説に落ちついた。8月21日付「終戦記念日 英霊への感謝と自戒を常に」と表題するものである。

同論説は、表題のとおり、「終戦記念日に際して、(1) 英霊への感謝と、(2) 英霊に恥じぬ自戒」とを呼びかけるもの。しかし、もちろんそれだけのものではない。そして、戦争観、戦没者観がよく出ている。

論説は、4個のパラグラフから成っている。必ずしも、各パラグラフが論理的に連関しているというわけではない。その意味で、出来のよい論説とは言いがたい。

○第1パラグラフは、戦没者の慰霊や追悼のあり方を述べる。
「『戦没者を追悼し平和を祈念する日』である八月十五日、今年も靖國神社をはじめ全国の護国神社には多くの人々が参拝し
て英霊に感謝を申し上げ、東京・日本武道館では天皇・皇后両陛下御臨席のもとに、政府主催の「全国戦没者追悼式」が執りおこなはれた。
 戦後七十二年を経過し、戦争の記憶を持つ人々が減っていく中にあっても、国を護るために遠く戦地に赴き、もしくは戦禍によって命を落とされた方々に思ひを馳せようとする心は綿々と受け継がれてをり、靖國神社・護国神社で社頭に額づき、また両陛下の黙祷に合はせて御霊の安らかなることを祈ってゐる。
 先の大戦のことを思ひ、慰霊の誠を捧げることはごく自然におこなはれ、数多くの人々がそれを当然のことと理解してゐるが、残念ながらさうした雰囲気に反する行動も見られる。六月の「沖縄全戦没者追悼式」における野次や罵声なども含め、慰霊や追悼といふ厳粛であるべき場において、相応しくない行為に及ぶ人たちに対しては、ぜひともその再考を促したい。」

8月15日、国民が追悼した対象が、「国を護るために遠く戦地に赴き、もしくは戦禍によって命を落とされた方々」と表現されている。これは天皇(明仁)の戦没者追悼式での式辞からの転用だが、「(国を護るために)遠く戦地に赴いた」のは、帝国主義的侵略戦争に駆り出されたということだ。けっして自国を守るために、国土への侵入者と戦ったものではない。にもかかわらず、被侵略国の被害者に対する謝罪も反省も、追悼の言葉すらもない。これが宗教者の言だろうか。

また、本当に、「先の大戦のことを思ひ、慰霊の誠を捧げることはごく自然におこなはれ、数多くの人々がそれを当然のことと理解してゐる」だろうか。死を悼み、死者を回想してその人を偲び、その死を悼んで追悼すること自体は自然におこなわれていることだろう。しかし、ここで論じられているのは、戦争犠牲者一般の死を追悼することではない。皇軍兵士の戦没者だけを特別に「英霊」(優れた霊魂)と称して、これに「慰霊の誠を捧げる」と顕彰するのだ。死んだ兵士に、「あなたは立派だった」「あなたは優れた行いをした」と称賛しているのだ。こうして、侵略戦争の性格や戦争責任の所在は切り捨てられる。靖國神社や護国神社への参拝は、そのようなことさらの意図をもった、特殊な戦死者への接し方なのだ。

なお、慰霊や追悼が厳粛であるべきことは論を待たない。しかし、厳粛な問題であればこそ、死者の政治的利用は許されない。慰霊や追悼に名を借りた、現政権の9条改憲策動への靖国神社利用を許してはならないのだ。

○第2パラグラフは、信教の自由援用の問題である。
 「もとより、自らの信仰から英霊祭祀に異議を唱へる人々に対しては、信仰の営みの観点から我々が信ずる英霊祭祀のあり方を示し、そこに存する我々の意志を地道かつ明確に示していくことが必要であるだらう。
 しかし、この慰霊の日にあたり、ややもすれば反対することが目的化したやうな集会なども開かれ、例へば「平和安全法制」や「共謀罪」などに関する主張を絡め、または現政権への批判を持ち出して、慰霊とはかけ離れた極めて政局的な事柄を論じるやうな向きも見られる。また一方で、自らの信仰を充分に咀嚼しないまま、英霊祭祀に反対するやうな勢力に対していたづらな反論を試み、混乱に拍車をかけるやうなこともあってはならない。いづれにしても、不毛な論議が雑音のやうに入り乱れ、真摯な祈りを妨碍するやうなことが最も懸念されるところである。」

興味深いのは、「(靖国の)英霊祭祀に異議を唱へる人々」の二分論である。その一として、「自らの信仰」を動機とする一群の人々のあることを認めている。戦没者、あるいはその遺族が、自らの信仰から英霊祭祀に異議を唱えることに対しては、必ずしも感情的な反発をしていない。神社側の信仰の営みとして神社側が信ずる英霊祭祀の意志を地道に示していくしかないという。「あなたたちと私たちの、それぞれの信仰の衝突なのだ。ここは、私たち流を貫かせていただく」という姿勢。

「英霊祭祀に異議を唱へる人々」の別の一群とは、「慰霊とはかけ離れた極めて政局的な事柄を論じるやうな向き」である。神社側は「真摯な祈り」を捧げており、これに政治的な立場から異を唱えることは、「真摯な祈り」の妨害と位置づけられている。

しかし、戦没兵士の死をことさらに美化し、特別の意味づけを行っているのは、(靖国)神社側である。戦争や兵士の死の真実を明らかにし、その死の意味を明らかにする議論は、同じ過ちを繰り返さないために、避けて通ることはできないのだ。これを「真摯な祈り」の妨害として議論を封じることは、結局は戦争と戦死の美化論につながらざるを得ない。

○第3パラグラフは、8月15日の意味づけを中心とした叙述。さしたる論争点はない。
 「いふまでもなく八月十五日は、「大東亜戦争終結ニ関スル詔書」の玉音放送があり、終戦の象徴的な日となってゐる。終戦の日としては、ポツダム宣言を受諾した八月十四日や、ポツダム宣言に基づく降伏文書の調印日である九月二日、またはサンフランシスコ講和条約発効日の四月二十八日など、いくつかが挙げられようが、やはり昭和天皇が御親らポツダム宣言受諾の旨を国民に示された八月十五日が似つかはしく、加へて月遅れの盆と重なることで、さうした意味合ひが強くなってゐる感がある。
 盆行事は本来旧暦の七月十五日だが、太陽暦採用にあたって月遅れの行事が八月十五日におこなはれるやうになり、各家庭では祖霊を迎へたり墓参りをしたりと、さまざまな行事がおこなはれる。それゆゑに多くの人々が休暇を取って帰省することになり、東京都心は正月に人々が帰省したときのやうな、ある意味で独得な静けさにも包まれる。さうした都会の中で「全国戦没者追悼式」が執りおこなはれ、隣接する靖國神社では、ほぼ終日に亙って降り続いた雨に濡れることも厭はず、神前で真摯に祈りを捧げる人々が列をなしてゐた。」

○第4パラグラフでは、神社流の慰霊のあり方の肯定を強く押し出している。
 「英霊に感謝を申し上げ、慰霊と顕彰の誠を捧げる営みには、もちろん戦争の惨禍に思ひを馳せ、平和を誓ふ祈りが含まれることは当然であり、決して好戦的なものではない。平和を護ることを常に意識し、挑撥をくり返す周辺国に対して充分な備へをおこなひ、また友好国との連携に努めることも当たり前のことである。ただ闇雲に「平和」の言葉を唱へるだけでは、決して真の平和は護れない。歴史と現実を直視し、時に毅然たる態度を執らねばならないことはいふまでもない。
 また八月十五日の祈りを捧げるとき、平素の自らの行為についても充分に考へる必要があらう。果たして今の自らが英霊に恥ぢないやうな生活を送り、浄明正直といふ言葉に反してゐないかといふことも含め、常に自戒の念を持つ必要性を指摘したい。
 八月十五日といふ節目の日に際し、英霊が護らうとしたこの日本において日々の生活を送れてゐることへの感謝の念を持ち、また内外の情勢への的確なる対応を常に考へ、そして、現今の平和な世の中を後世に伝へるためにも、改めて祈りを捧げるものである。
平成二十九年八月二十一日」

「英霊に感謝を申し上げ、慰霊と顕彰の誠を捧げる営み」という表現が曲者である。兵士の戦死を、意味のない無駄死にだったとは国民感情において口にしにくい。とりわけ、遺族の面前では。そこで、立派な目的をもった戦争で、国のために立派な死を遂げたと、死が美化されることになる。戦死の美化は、必然的に戦争目的の美化をともなう。国の膨張政策や軍国主義までカムフラージュされる。そして、戦った敵国は、邪悪で卑劣な国でなくてはならない。このようにして、英霊への感謝と顕彰は、戦争に対する反省をないがしろにし、次の戦争の準備に利用されることになる。

しかし今の国民感情を考慮するとき、平和の大切さに言及せざるを得ない。論説は、微妙な言い回しで、「慰霊と顕彰の誠を捧げる営みには、もちろん戦争の惨禍に思ひを馳せ、平和を誓ふ祈りが含まれることは当然」という。どうして「もちろん」なのかは了解しがたい。「戦没者の慰霊と顕彰」は、軍事的行為として過去の戦争の肯定そのものではないか。好戦的なものといって差し支えない。

さらには、「平和を護ることを常に意識し、挑撥をくり返す周辺国に対して充分な備へをおこなひ、また友好国との連携に努めることも当たり前のことである。」という。ここに述べられていることは、英霊の名を借りての「中国・北朝鮮に対する軍事的防備の増強」と、「アメリカとの軍事同盟強化」のアピールである。英霊に名を借りた、好戦的防衛政策の鼓吹にほかならない。

そして、神社イデオロギーのホンネが出てくる。
「ただ闇雲に『平和』の言葉を唱へるだけでは、決して真の平和は護れない。歴史と現実を直視し、時に毅然たる態度を執らねばならないことはいふまでもない。」
ここに、「平和」と「真の平和」のダブルスタンダードが語られている。ここでの「真の平和」は、安倍晋三のいう「積極的平和主義」に酷似する。平時から軍備を調え、必要なときには毅然として軍事力を行使せよ、というのだ。それが、「英霊に感謝を申し上げ、慰霊と顕彰の誠を捧げる営み」の意味するところとして、言及されているのだ。「靖国派」の面目躍如ではないか。

もちろん、平和を実現するためには、「ただ闇雲に『平和』の言葉を唱へるだけ」ではたりない。「歴史と現実を直視する」ことを通じて、徹底した靖国派との論争が必要である。そして、あらゆる国との間で核廃絶や軍縮に「毅然たる態度」を執り、紛争のタネをなくするために国際協調の「的確なる対応」を考えなければならない。
(2017年8月26日)

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