澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

時代を映す入学試験問題ー戦時と今と

旺文社「蛍雪時代」は、私の世代には懐かしい大学受験情報誌。とりわけ、田舎の非進学高にあって国立大学進学を夢みていた私にとっては、唯一の受験情報源だった。なめるように読んだ憶えがある。世話になったという思いは強い。

だから旺文社社長の赤尾好夫の名は印象に深いが、その人となりは知らなかった。後年、右翼だったと知る。

ウィキペディアには、こう書かれている。
「戦時中に戦意高揚を煽った廉で、敗戦後は公職追放を受けた。かつて旺文社の労組で赤尾と対立した音楽評論家の志鳥栄八郎は『赤尾社長は、だいたいが右翼系で、そちらのパージになったこともある人だけに、赤いものは、赤旗はもちろんのこと、赤い腰巻きまで嫌がった』と語っている。」

「蛍雪時代」は、1932年通信教育会員の機関誌『受験旬報』(通信添削会員向けの通信誌)として創刊され、1941年10月号から、現誌名に改題されているそうだ。つまり、太平洋戦争期の受験雑誌だった。当時ライバル誌といえるほどの存在はなかったろう。

戦時下の蛍雪時代がどんな記事を載せていたか。講談社が運営するサイト「現代ビジネス」のそんな記事が興味深い。タイトルは、「大学受験が『聖戦』? 戦時下の受験生はこんな問題を解いていた。当時の受験雑誌を読んでみると…」というもの。筆者は、「不思議な君が代」の著書もある辻田真佐憲。若い(30代前半)ライター。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53490

興味深いのは、たとえば、次のような記事。
「戦時受験の主役は、旧制中学校の上級生や卒業生だった。かれらは、旧制高等学校や、陸軍士官学校、海軍兵学校など上級の学校に進むため、切磋琢磨した。旧制高校は、帝国大学につながり、エリートの登竜門だったのである。
日本最古の受験雑誌のひとつである『螢雪時代』も、現在こそ大学受験の雑誌だが、当時はこの層をターゲットとした。」

「時局ともっとも縁遠そうな数学でさえ、時代の影響をまぬかれなかった。
『螢雪時代』1943年7月の懸賞問題には、つぎのようなものもあった。

時速50粁の航空母艦が其の搭載機を以て海岸にある都市を爆撃せんとし、一直線に目標に向つて進み、途中其の搭載機を放つて直ちに逆行するものとする。搭載機は母艦より目標に向つて直進して之に到達した後30分間其の上空を飛翔して爆撃し、更に母艦の後を追つて飛行帰還するものとすれば目標から幾何の距離に於て母艦を出発したらよいか。但し搭載機の性能は時速450粁、航続時間10時間である。(出題者 旺文社数学部々長 高橋数一)

この問題は、航空母艦の機能や役割を知っていなければ答えられない。現在ならば、まずお目にかかれない出題だろう。」

「旺文社(欧文社)からは、受験参考書として「国体の本義」「臣民の道」「戦陣訓」などの解説書も盛んに刊行された。もちろんそれは、口頭試問や筆記試験に対応するためにほかならなかった。そして同社の広告も『受験生は本書の徹底的研究を絶対必要とする』『皇軍のように志望校を突破せよ!』とその狙いを隠そうとしなかったのである。」

「もっとも生々しかったのは、受験生たちの投稿欄である「読者の声」のコーナーだった。
『全国の海兵党諸賢に次ぐ。[中略]月月火水木金金などは未だ小手先の芸当で、一路海兵打倒と定めた日から、俺は夜も眠らぬことにした(とは少し大ゲサかな)。大東亜を、否全世界を真の一宇的精神に光被せしめるための海軍として、帝国海軍は今や文字通りの天来の神兵艦隊である。此の艦隊の一員たらんとする以上、我々の決意も亦至浄至雄なるものでなければならぬ。(第二の軍神)』」

著者の締めくくりは、以下のとおりである。
「受験雑誌は驚くほど時代の変化に敏感だった。戦時下もそれは変わらなかった。現代の受験雑誌や通信添削のペンネームや読者投稿欄も、実はどこよりも現代を的確に映し出しているのかもしれない。」

「受験雑誌は驚くほど時代の変化に敏感だった」は、そのとおりだろう。もう少し正確に言えば、「入学試験」そのものが時代の変化に敏感で、受験雑誌も受験生も、その変化を受けいれざるを得ないのだ。

最近の大学受験事情はよく知らない。が、とある高校教師から上智大学の今年の入試問題の紹介を受けて驚いた。「近代日本の女性と国家」についての問。18歳の受験生に課されている問題のレベルとしては、あまりに高い。最近、上智に出かける機会が多い。これまでは、なんとのんびりした学生ばかりと思っていたが、この入試の洗礼を受けてきた学生たちと思えば、見方が変わる。

その入試問題は、一問でA4・4頁。しかも9ポの2段組み。問題文を読み通すだけで一苦労のボリューム。

問題文は、「現代における女性の社会的地位は、いったいどのようなものだろうか。」から始まる。一見女性は優遇されているようで、実は敢えて優遇措置をしなければならない現実があり、女性の地位は低いまま。日本の女性たちが歩んできた過去をしっかりと見つめなければならない。という問題提起があって、3つの例題文が提示される。

《例題文1》は、家族制度と絡めた「存娼派」と「廃娼派」の論争。存娼派の代表として福沢諭吉紹介され、公娼制を必要としながら、そこで働く女性を「人類の最下等にして人間社会以外の業である」という彼の論の一節が引かれる。アジア女性センターのブックレットからの引用。

《例題文2》は、富国強兵と良妻賢母をセットの国策ととらえた文脈における「新しい女性」像の問題。貞操論争、堕胎論争、廃娼論争などの議論を紹介し、青鞜などの女性解放運動が実は後年の女性を家庭に囲い込むジェンダー規範を作り出した側面をもっていると指摘する。

そして、《例題文3》が最も長文で最も重い内容。沖縄戦での女性の悲劇を描いたもの。純潔を強要された沖縄の女性が、敵に性的暴行を受けよりはと集団自決を選んだ経緯を考えさせる内容となっている。本土の兵士のための、県内女性と朝鮮人女性の慰安婦の問題もきちんと述べられている。

上智の受験生は、この問題文と格闘したことによって、意識が変わったのではないだろうか。

つくづく思う。戦争や国家主義鼓吹の受験勉強などをしなければならない時代はまっぴらだ。「受験生は、驚くほど入学試験の傾向に敏感」なのだから、「聖戦突破」ではなく、「近代日本の女性と国家」型の普遍性ある入試問題を歓迎したい。暗い時代を繰りかえさせてはなない。
(2017年11月19日)

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Published in 日曜日, 11月 19th, 2017, at 19:19, and filed under 戦争と平和, 歴史認識.

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