澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

道徳の教科化に反対するー文科省記者クラブにて

本日(11月27日)、弁護士や学者、子どもの権利に関する市民運動家ら有志205名が、「道徳『教科化』に関する中教審答申への反対声明」を発表した。私もその呼びかけ人のひとりとして、記者会見に臨んだ。

「東京・君が代強制拒否訴訟」の弁護団という立場で教育問題に関わっている澤藤から申し上げます。
本日の声明は、多くの反対理由に触れ相当にボリュームの大きなものになっています。とりわけ、道徳教育必要の口実にされているいじめ問題について、「いじめの構造を分析しての適切な対応になっていない、むしろ逆効果である」との切り口に紙幅が割かれています。ここには十分にご留意ください。

私自身は、この声明のなかの「日本国憲法は、『個人の尊厳』を中核的価値と位置づけ幸福追求権を保障し(13条)、思想良心の自由(19条)、信教の自由(20条)、教育を受ける権利(26条)を保障している」という部分に強く共鳴する者です。

国家よりも社会よりも、「個人の尊厳」こそが根源的な憲法価値です。その尊厳ある個人の主体を形成する過程が教育です。公権力は、教育という個人の人格形成過程に国家公定の価値観をもって介入をしてはならない。これが当然の憲法原則であるはず。国民の価値観は多様でなければなりません。学校の教科として特定の「道徳」を子どもたちに教え込むことが許されるはずはありません。

とりわけ、多様な考え方が保障されなければならない国家・集団と個人との関係について、道徳の名の下に特定の価値観を公権力が子どもたちに刷り込むことには警戒を要します。

国家は、統御しやすい従順な国民の育成を望みます。「国が右といえば右。けっして左とは言わない人格」がお望みなのです。国民を主権者としてみるのではなく、被治者と見て、愛国心や愛郷心、社会の多数派に順応する精神の形成を望んでいるのです。このような、権力に好都合な価値観の注入が道徳教育の名をもって学校で行われることには反対せざるを得ません。

戦後民主主義の中で、道徳教育は、修身や教育勅語の復活に繋がるものとして忌避されてきました。それが、少しずつ、しかし着実に、進行しつつあります。今回の中教審答申もその一歩。学習指導要領における国旗国歌条項も同じように、一歩一歩着実に改悪が進み、今や「日の丸・君が代」強制の時代を迎えています。道徳教育も、このような道を進ませてはならないと思います。

記者から、質問が出た。「学校で特定の価値観の注入を強制してはならないという、その主張は分かりましたが、では子どもたちはどのようにしてあるべき道徳を身につけるべきだとお考えなのでしょうか」

私見ですが、子どもたちは、家庭で地域であるいは学校という集団で、大人と子どもを含めた人と接する内から自ずと市民的道徳を学び取り価値観を形成するのだと思います。旭川学テ最高裁大法廷判決は、十分な内容とまでは思いませんが少なくとも真面目に教育というものを正面から向かい合って考えた内容をもっていると思います。その判決理由では、教員を、教育専門職であるとともに良質の大人ととらえています。教育とは、そのような教員と子どもとの全人格的な触れあいによって成立する、「内面的な価値形成に関する文化的な営為」とされています。道徳についても、子どもに教科として教え込むのではなく、教師との触れあいのなかから子どもが自ずと学びとるものということでしょう。子どもは、教師からだけではなく、友だちとの触れあいのなかからも市民道徳を学び取っていくものと考えられます。基本的には、これで十分ではないでしょうか。

これを超えて、学校で教科として道徳を教え込むことについては、二つの極端な実践例を挙げることができます。そのひとつが戦前の天皇制国家において、臣民としての道徳を刷り込んだ教育勅語と修身による教科教育です。天皇制権力が、自らの望む国民像を精神の内奥にまで踏み込んで型にはめて作り上げようとした恐るべき典型事例と言えましょう。

もう一つが、コンドルセーの名とともに有名な、フランス革命後の共和国憲法下での公教育制度です。ここでは、公教育はエデュケーション(全人格的教育)であってはならないと意識されます。インストラクション(知育)であるべきだと明確化されるのです。インストラクションとは客観的な真理の体系を次世代に継承する行為にほかなりません。真理教育と言い換えることもできると思います。意識的に「徳育」を排除することによって、一切の価値観の注入を公教育の場から追放しようとしたのです。価値観の育成は家庭や教会あるいは私立学校の役割とされました。公教育からの価値観注入排除を徹底することによって、根深く染みついている王室への忠誠心や宗教的権威など、アンシャンレジームを支えた負の国民精神を一掃しようとしたものと考えられます。

おそらく、この天皇制型とコンドルセー型と、その両者を純粋型として現実の教育制度はその中間のどこかに位置づけられるのでしょう。私自身は、後者に強いシンパシーを感じますが、戦後の現実は、一旦天皇制型教育を排斥してコンドルセー型に近かったものが、逆コース以来一貫して、勅語・修身タイプの教育に一歩一歩後戻りしつつあるのではないか。そのような危機感を持たざるを得ません。

とりわけ、第1次安倍内閣の教育基本法改悪、そして今また「戦後レジームからの脱却」の一環としての「教育再生」の動きには、極めて危険なものとして強い警戒感をもたざるを得ません。
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以下は独白。以前にも書いたが、この機会に要点を繰り返しておきたい。私は「道徳」という言葉の胡散臭さが嫌いだ。多数派の安定した支配の手段として、被支配層にその時代の支配の秩序を積極的に承認するよう「道徳」が求められてきた歴史があるからだ。

強者の支配の手段としての道徳とは、被支配者層の精神に植えつけられた、その時代の支配の仕組みを承認し受容する積極姿勢のことだ。内面化された支配の秩序への積極的服従の姿勢といってもよい。支配への抵抗や、権力への猜疑、個の権利主張など、秩序の攪乱要因が道徳となることはない。道徳とは、ひたすらに、奴隷として安住せよ、臣下として忠誠を尽くせ、臣民として陛下の思し召しに感謝せよ、お国のために立派に死ね、文句をいわずに会社のために働け、という支配の秩序維持の容認を内容とするのだ。

古代日本では、割拠勢力の勝者となった天皇家を神聖化し正当化する神話がつくられ、その支配の受容が皇民の道徳となった。支配者である大君への服従だけでなく、歯の浮くような賛美が要求され、内面化された。

武士の政権の時代には、「忠」が道徳の中心に据えられた。幕政、藩政、藩士家政のいずれのレベルでも、お家大事と無限定の忠義に励むべきことが内面化された武士の道徳であった。武士階級以外の階層でもこれを真似た忠義が道徳化された。強者に好都合なイデオロギーが、社会に普遍性を獲得したのだ。

明治期には、大規模にかつ組織的・系統的に「忠君愛国」が、臣民の精神に注入された。その主たる場が義務教育の教室であった。また、軍隊も権力の片棒を担いだマスメディアもその役割を担った。荒唐無稽な「神国思想」「現人神思想」が、大真面目に説かれ、大がかりな演出が企てられた。天皇制の支配の仕組みを受容し服従するだけではなく、積極的にその仕組みの強化に加担するよう精神形成が要求された。個人の自立の覚醒は否定され、ひたすらに滅私奉公が求められた。

恐るべきは、その教育の効果である。数次にわたって改定された修身や国史の国定教科書、そして教育勅語、さらには「国体の本義」や「臣民の道」によって、臣民の精神構造に組み込まれた天皇崇拝、滅私奉公の臣民道徳は、多くの国民に内面化された。学制発布以来およそ70年をかけて、天皇制は臣民を徹底的に教化し臣民道徳を蔓延させた。今なお、精神にその残滓を引きずっている者は恥ずべきであろう。この経過は、馬鹿げた教説も大規模に多くの人々を欺し得ることの不幸な実験的証明の過程である。

戦後も、「個人よりも国家や社会全体を優先して」「象徴天皇を中心とした安定した社会を」などという道徳が捨て去られたわけではない。しかし、圧倒的に重要になったのは、現行の資本主義経済秩序を受容し内面化する道徳である。搾取の仕組みの受容と、その仕組みへの積極的貢献という道徳といってもよい。

為政者から、宗教的権威から、そして経済的強者や社会の多数派からの道徳の押しつけを拒否しよう。そもそも、国家はいかなるイデオロギーももってはならないのだ。小中学校での教科化などとんでもない。
(2014年11月27日)

白井剣弁護士による渾身の弁論ー「日の丸・君が代」訴訟の法廷で

今回の準備書面では,国旗国歌に関する一連の最高裁判決について批判的に論じました。代理人の白井から、その要点を口頭で陳述いたします。

最高裁の各判決は「事案の把握」をしています。「原審の適法に確定した事実関係等の概要」に続く部分です。「『日の丸』・『君が代』の果たした役割に関する上告人ら自身の歴史観・世界観を理由に起立斉唱命令を拒否した事案である」そのように最高裁は事案を把握しました。
個人の歴史観等と職務命令とが対置されています。この二つの対置おいて事案を把握しているのです。
このように事案を把握したからでしょう。最高裁判決は,思想良心の自由に対する制約かどうかを判断するにあたっても,個人の歴史観等と職務命令とを対置させて,両者の関係を論じました。そして,起立斉唱命令は個人の歴史観等を直接に制約するものではないとしました。そのうえで、直接の制約ではない、「間接的な制約」という判断枠組を示しました。

しかし,対置されるものが,個人の歴史観等ではなく,ほかの別のものであれば,直接の制約かどうかの判断も変わるものと考えられます。
2007年2月27日の最高裁ピアノ判決に付した反対意見で,藤田宙靖裁判官は,こう述べています。「君が代」を否定的に評価するかどうかにかかわらず,「公的儀式においてその斉唱を強制することについては,そのこと自体に対して強く反対するという考え方も有り得る」と。そして,この考えは,「(多数意見がまとめた)歴史観ないし世界観とは理論的には一応区別された一つの信念・信条であるということができ,このような信念・信条を抱く者に対して公的儀式における斉唱への協力を強制することが,当人の信条・信念そのものに対する直接的抑圧となることは,明白である」と。

職務命令と何を対置させて事案を把握するのかによって,直接的な制約になる場合もありうるはずですし,そうすれば判断枠組も変わるはずなのです。
本件がどのような事案であるのかを考えるうえで,職務命令と個人の歴史観等とを単純に対置させるのは間違いです。それでは,事案を的確に把握したことにはなりません。

2011年3月10日,東京高裁第2民事部の判決は,10・23通達関係の167名全員の懲戒処分を取り消しました。「大橋判決」と呼ばれています。大橋判決は,職務命令と個人の歴史観等とを単純に対置させてはいません。
もちろん,大橋判決も,「日の丸」・「君が代」の果たした役割に関する個人の歴史観等を無視したわけではありません。しかし,それとは区別される別の側面が,教職員の思いの中にあることを指摘しています。同判決は控訴人らの主張をこう整理しました。
「?日本の近代の侵略の歴史において日の丸,君が代が果たした役割等といった歴史認識から,かつての天皇制国家の象徴である日の丸・君が代を日本国の象徴とすることに賛成できない,
?これまでの教育実践の中で,正義を貫くこと,自主的判断の大切さを強調していたのに,これに反する行動はできないなどの思いから,国旗に向かって起立し,国歌を斉唱できないという信念を有するものである」
そして,?の方を「教職員としての職業経験から生じた信条」と表現しました。
さらに、こう判示しています。
「控訴人らの不起立行為等は,自己の個人的利益や快楽の実現を目的としたものでも,職務怠慢や注意義務違反によるものでもなく,破廉恥行為や犯罪行為でもなく,生徒に対し正しい教育を行いたいなどという前記のとおりの内容の歴史観ないし世界観又は信条及びこれに由来する社会生活上の信念等に基づく真摯な動機によるものであり,少なくとも控訴人らにとっては,やむにやまれぬ行動であったということができる」
大橋判決が明らかにしたものは,最高裁による「事案の把握」とは,明らかに異なります。「生徒に対し正しい教育をおこないたい」という側面に光が当てられています。

最高裁が職務命令に対置させたものは,個々人の歴史観・世界観です。大橋判決はそうではありません。教育条理に従って教育をおこない,学校における自らの教師としての言動のひとつひとつを教育条理に従って考えるということです。教職員としての職責意識と呼ぶべきものです。
大橋判決は,教職員らの思いのなかに,「日の丸」「君が代」に関する歴史観等の側面があることは肯定しつつ,それとは異なる,もうひとつの別の側面として,誠実で強烈な職責意識があることを鮮やかに指摘したのです。

最高裁が描いたのは、職務上の義務に対して自己の自由を主張する人たちの事案です。これに対し大橋判決が明らかにしたのは,自身が教職員であることの意味を突き詰めて考え,その職責意識ゆえに上司の命令に従うことのできなかった人たちの事案です。

ひらたく言いなおせば,最高裁が描くのは,「やりたくないことをやらなかった」人たちです。大橋判決が明らかにしたのは,「教員としてやってはならないことをやれと言われて悩み苦み,できなかった」人たちなのです。
この訴訟で原告らが主張するものは,前者ではなく後者です。

本件がどのような事案であるのか。職務命令と何を対置させるべきなのか。裁判所には,ぜひ原告らの主張に充分に耳を傾け,的確に事案を把握していただきたいと思います。そのことをくれぐれもお願いして,本日の代理人弁論といたします。
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「日の丸・君が代」強制の違憲性をどのように把握するか。常識的には、まず強制される個人の基本権の侵害ととらえることになる。憲法19条で保障させる思想良心の自由が、公権力によって侵害されている。この侵害された権利の救済を求めるとするシンプルな構成が、最も分かり易い。

ことは、「日の丸・君が代」への敬意表明の強制である。国家観・歴史観・世界観に関わる重要なテーマである。むしろ、憲法が最も関心をもつテーマではないか。日本国憲法は、大日本帝国憲法体制への反省から、そのアンチテーゼとして生まれた。「日の丸・君が代」とは、大日本帝国憲法体制のシンボルである。日本国憲法は、国民に「日の丸・君が代」の強制はあってはならないとする自明の前提でできている。憲法19条の「思想良心の自由」とは、当然に「日の丸・君が代を強制されない権利」のことであるはず。

しかし最高裁は、苦労のすえに、「国旗国歌への敬意を表せよという公務員に対する職務命令は、思想良心に抵触することは否定し得ないが、間接制約に過ぎない」との「理論」を編み出し、躊躇しつつも違憲ではないとした。この最高裁の躊躇は、「実害を伴わない戒告は許容されるが、減給以上の処分は裁量権の逸脱濫用として違法」となって生きている。

もちろん、我々はこれで満足できない。なんとかして、違憲の最高裁判決を獲得したい。本日の4次訴訟の法廷は、その試みの一端である。

最高裁は、本件を「公権力」対「私人の精神的自由権」の対峙と把握した。その論理的な帰結が、間接制約論を媒介とした、緩やかな違憲審査基準を適用しての違憲論排斥となった。 ならば、本件の「事案の把握」の観点を変え、別の側面に光を当ててみよう。「公権力」と対峙し、公権力によって侵害されているものは、私人の自由だけではなく、「教員としての職責」「教員としての職業倫理としての良心」ではないのか。主観的な思想良心ではなく、法体系が客観的なものとして教員に課している職責というべきではないか。

白井剣弁護士渾身の弁論は、「東京君が代裁判」弁護団の現時点での到達点の一端である。
(2014年11月21日)

「学校に自由と人権をー今こそ子どもたちを戦場に送るな 10・25集会」

恒例の「学校に自由と人権を」集会。今年は、「今こそ子どもたちを戦場に送るな」という副題がつけられた。安倍政権発足以来まことにきな臭い。ヘイトスピーチデモの跋扈、特定秘密保護法、武器輸出3原則の放擲、国家安全保障会議、NHK人事、集団的自衛権行使容認の閣議決定、そして「従軍慰安婦」問題バッシング。「子どもたちを戦場に送るな」という、古めかしいはずのスローガンが、にわかにリアリティを持ち始めたのだ。

「日の丸・君が代」は、子どもたちを戦場に送る小道具として重要な役割を果たすだろう。この旗と歌に対する条件反射的な尊崇の念の植えつけとセットになってのことである。

本日の私の発言は20分。「君が代訴訟の現段階と今後の展望」と題して、詳細なレジメを提出した。が、発言の大意は以下のとおり。

「10・23通達」が発せられてから11年になります。この間、学校における国旗国歌への敬意表明の強制とは、一体どのような意味を持つことなのだろうかと考え続けてきました。解答が出せたわけではありませんが、私なりに4つの問題領域に分けて考えられるのではないかと思っています。

1番目の問題領域は、権力的な強制と、強制を受ける人の精神の内面との衝突あるいは葛藤の問題です。人が人であり、自分が自分であるために、あるいは教員が教員であるために、精神の内面の核となっているものは不可侵でなければならない。「日の丸・君が代」の強制は、このような人間の尊厳を破壊するものとして許されざるものではないだろうか。

「日の丸・君が代」は国旗国歌とされています。日本という国家の象徴です。目に見えない日本国が「日の丸・君が代」というデザインや歌詞・メロディとなって、目の前に形をなします。また、「日の丸・君が代」は戦前の大日本帝国と極めて緊密に結びついた歴史を背負っています。「日の丸に正対して君が代を斉唱する」行為は、現在ある日本国に敬意を表明することでもありますが、天皇を神とした時代の国家主義・軍国主義・侵略主義・差別思想を肯定し、その時代の国家を丸ごと肯定する要素を含むものと理解せざるを得ません。人によっては、自分が自分である限り到底服することができない、という思いがあって当然だと思います。

2番目の問題領域は、教育というものの本質や、憲法・教育基本法が想定する教育のあり方に照らして、「日の丸・君が代」の強制が許されるはずがなかろう、ということです。
本来、教育とは公権力の思惑とは無縁のところで、行われなければなりません。これが近代市民社会での基本原理といってよいと思います。しかし、例外なく、全ての権力は権力に都合のよい従順な国民の育成のための教育をしたくてならないのです。
その悪しき典型が、戦前の天皇制日本でした。天皇を神とし、神なる天皇のために生きることこそが臣民の幸せだと、靖国の思想を教育として説いたのです。その教育の結果が、戦争の惨禍であり、敗戦であったことは国民全てが骨身にしみたところです。

敗戦後は、その失敗の反省から国を作りなおし、原理の異なる憲法を制定しさらに教育のあり方を180度変えたはず。とりわけ、権力が教育の内容に介入してはならないとする大原則を打ち立てたはずなのです。にもかかわらず、どうして教育の場で、「日の丸・君が代」強制という権力による国家主義イデオロギーの刷り込み強制が許されるのか。重大な問題といわねばなりません。

3番目の問題領域は、そもそも権力というものには、できることの限界があるはずではないか。「日の丸・君が代」あるいは国旗国歌を国民に強制することは、立憲主義の大原則からなしえないことなのではないか、という問題です。

国家は、主権者国民によって権力を付与された存在です。主権者国民が主人で、国家はその僕、ないしは道具でしかありません。国民に役立つ限りで存続し運営されるに過ぎないものです。ところが、国民から委託を受けたその国家が、主人である主権者国民に向かって、「我に敬意を表明せよ」と強制することは、倒錯であり背理であるはずなのです。そのような権能は、公権力のなし得るメニューにはいっていないと指摘せざるを得ません。

最後4番目の問題領域は、直接には国家や権力の問題ではなく、社会の同調圧力の問題です。社会の多数派は少数派に対して、同じ思想、同じ行動をとるよう求めます。これに従わない異端者を排斥しようとします。極端には、国賊、非国民ということになります。今、社会の多数派は、「国旗国歌に対して敬意を表明することは国際儀礼ではないか」「社会人としての常識ではないか」「起立・斉唱くらいはすべきではないか」という態度です。

この多数派の意思が、民主主義の名の下に権力に転化して、「日の丸・君が代」強制となっています。政治的な権力を支え、「日の丸・君が代」強制を合理化しているものが、実は社会の多数派の意思であり同調圧力なのです。

本来一人ひとりの人権は、多数派の圧力からも、権力的な強権の発動からも守られねばなりません。むしろ、少数者の人権だからこそ脆弱で侵害から守られねばなりません。「日の丸・君が代」強制は立憲主義の原則上、公権力のなし得る権限を越えたものであることを厳格に指摘しつつ、教育への権力の介入を阻止するために、今後とも「日の丸・君が代」強制と闘っていかねばならないと思います。

厳しい現場で教育者としての良心を貫いて懲戒処分を受けている皆様には心から敬意を表明いたします。私たち弁護団も、ご一緒に訴訟活動に邁進する覚悟です。
(2014年10月25日)

東京都教育委員会の「再発防止研修」強行に抗議する

東京君が代裁判弁護団の澤藤です。本日服務事故再発防止研修受講命令を受け、これからセンターに入構する教員を代理して、教職員研修センターの担当課長と職員の皆様に抗議と要請を申しあげます。

まず、都教委に対して厳重に抗議します。本日の研修は、まったく必要のないものです。いや、不必要というのは不正確。正確には、本日予定されている研修はけっして許されないもの、行ってはならないものと強く指摘せざるを得ません。あなた方は、違憲違法なことを強行しようとしているのです。

教育の本質における自由や人格の尊重、日本国憲法が保障する思想・良心の自由、権力からの干渉を厳格に排除した教育を受ける国民の権利、教員の学問教授の自由、そして教育基本法が定める教育への不当な支配の禁止。そのすべてが、教員の思想に介入し、教育者の良心を蹂躙する本日の服務事故再発防止研修を違憲・違法なものとしています。

研修が必要なのは、日の丸・君が代の強制に屈しなかった教員ではありません。反対に、東京都教育委員の諸君と教育庁の幹部職員にこそ、研修が必要と言わざるを得ません。彼らこそ、教育の本質を学ばなければならない。憲法や教育基本法についての研修を受けなければならない。戦前の教育のどこがどう間違い、どのように反省して今日の教育の法体系やシステムができているのか。憲法や教育基本法は、教育や教員についてどのように定めているのか。しっかりと十分な理解ができるまで研修を繰り返して、違憲・違法な教育行政の再発防止に努めていただきたい。

本日研修受講を命じられている教員は、教育の本質と教員としての職責を真摯に考え抜いた結果、自己の良心と信念に従った行動を選択したのです。このように良心と信念に基づく行為に対して、いったいどのように「反省」をせよと言うのでしょうか。信念としての行為の「再発防止」を迫るということは、思想や良心を捨てよと強制することにほかなりません。日の丸・君が代への強制に服しない者への公権力による制裁は、教員の思想・良心を侵害するものとしてけっして許されることではありません。

日本国憲法には「思想・良心の自由」を保障した憲法19条という比較憲法的には稀な1か条を創設しました。内心の自由という目に見えないものを保障したこの条文は、わが国の精神史における思想弾圧の歴史を反省した所産だと言われています。キリシタンへの踏み絵を強要した江戸幕府のやり口、神である天皇への崇拝を精神の内奥の次元にまで求めた天皇制政府の臣民に対する精神支配の歴史に鑑みて、日本国憲法には「内心の自由」の宣言が必要と考えられたのです。

また、大日本帝国憲法から日本国憲法への鮮やかな大転換の根底にあるものは、国家よりも、もちろん天皇よりも、一人ひとりの国民の尊厳が大切なのだという、人権思想にほかなりません。

国家の象徴である「日の丸・君が代」を、国民に強制するということは、まさしく国家の価値を、国民個人の尊厳や精神の自由という価値の上に置くものと言わざるを得ません。本来当然なこととして、国民が主人で国家はその僕。国家とは国民が使い勝手がよいように作り上げた道具に過ぎません。にもかかわらず、主人である国民が、僕である国を象徴する国旗国歌に敬意の表明を強制されるなどは背理であり、倒錯というほかはありません。国民一人ひとりが、国家との間にどのようなスタンスを取るべきかは、憲法が最も関心を持つテーマとして、最大限の自由が保障されねばなりません。

その意味では、日の丸・君が代強制と、強制に屈しない個人への制裁として本日これから強行されようとしている服務事故再発防止研修とは、キリシタン弾圧や特高警察の思想弾圧と同じ質の問題を持つ行為なのです。

本日の研修を担当する研修センターの職員の皆様に要請を申しあげたい。

おそらく皆様には、内心忸怩たる思いがあることでしょう。キリシタン弾圧や特高警察になぞらえられるようなことを進んでやりたいとは思っているはずはなかろう、そうは思います。だが、仕事だから仕方がない。上司の命令だから仕方がない。組織の中にいる以上は仕方がない。「仕方がない」ものと割り切り、あるいはあきらめているのだろうと思います。

しかし、お考えいただきたい。本日の受講命令を受けている教員は、「仕方がない」とは割り切らなかった。あきらめもしなかった。教員としての良心や、生徒に対する責任を真剣に考えたときに、安穏に職務命令に従うという選択ができなかった。

懲戒処分が待ち受け、人事評価にマイナス点がつき、昇給延伸も確実で、賞与も減額され、服務事故再発防止研修の嫌がらせが待ち受け、あるいは、任地の希望がかなえられないことも、定年後の再任用が拒絶されるだろうことも、すべてを承知しながら、それでも日の丸・君が代への敬意表明の強制に屈することをしなかった。彼は多大な不利益を覚悟して、自分の良心に忠実な行動を選択したのです。

本日の研修命令受講者は、形式的には、非行を犯して懲戒処分を受けた地方公務員とされています。しかし、実は自分の思想と教員としての良心を大切なものとして守り抜いた尊敬すべき人、立派な教員ではありませんか。そのことを肝に銘じていただきたい。

あなたがた研修センター職員の良心に期待したい。その尊敬すべき研修受講者に対して、決して侮蔑的な態度をとってはならない。ぜひとも、心して、研修受講者の人格を尊重し、敬意をもって接していただくよう要請いたします。
(2014年10月17日)

PL学園硬式野球部の再生に期待する

「昔軍隊、今体育部」と言われる。相当に当たっているのではないか。
かつて国民皆兵時代の国民教育においては、学校だけではなく軍隊も重要な役割を担った。徹底した上命下服の規律をたたき込むには、軍隊以上に適切な場はない。とりわけ、軍人勅諭・戦陣訓で律せられた旧日本軍の「精神注入性」はすさまじかった。組織の論理だけが横行し、兵の人間性は徹底して排除された。「敵」の人権だけではなく、軍内の人権も否定された。かくして、自分ではものを考えず、ひたすら上級の指示に従う国民精神が涵養された。

この精神構造は、富国強兵に邁進する天皇制国家が臣民に押しつけたものであったが、民間企業の組織運営にも好都合であった。兵と同様に、組織に従順な労働者は資本の望むところでもあった。

その旧軍隊の役割の悪しき伝統を今学校の体育系が承継している。体育・スポーツは人間性の開花を目指してのものではなく、ナショナリズムの高揚に利用され、忠誠心や従順の精神涵養に裨益するものとなった。そのために体育部・体育系の就職希望者は企業が歓迎するところとされている。企業の視点からは、学校スポーツにおいて「思想の善導」がなされていると映るのだ。

そのような学校スポーツの巨大な山塊の頂点に甲子園がある。世人の関心を呼び、もてはやされているだけに、高校硬式野球は学校スポーツの負の部分を色濃く体現している。とりわけ、「甲子園常連の名門校」に問題は大きい。

私の母校は、そのような「名門中の名門校」である。もっとも、私が在校していた当時には、甲子園出場はまだ「届かぬ悲願の夢」で、不祥事もなかった。その後、甲子園の常連校となり多くのプロ選手を輩出するようになって以来、野球部の不祥事が聞こえてくるようになった。野球部だけの寮生活における上級生の下級生に対するイジメや暴力が主たるもので、旧軍隊の初年兵イジメや私的制裁と変わらない。

問題が明るみに出るたびに、「真摯な反省がなされ」「新たな体制で再出発」と聞かされ指導者も交替した。しかし、不祥事は繰り返された。

最近の不祥事の発覚は昨年(2013年)2月のこと。部内暴力事件があって、高野連から6か月の対外試合禁止の処分を受けた。必然的に昨夏の甲子園大会の予選にも出場できなくなり、監督は辞任した。

対外試合禁止の処分が解けて、野球部は秋季近畿地区高等学校野球大会大阪府予選に出場した。興味深いのは、監督不在のままでの出場であったこと。不思議なことだが、高野連のルールではベンチに入る監督が必要とのことで、校長が監督を引き受けてユニホームを着てベンチに入った。この校長は、私の後輩でよく知った人。校長にふさわしい温厚な人格者だが、およそ野球とは無縁な人。技術指導も試合の采配もできない。部員は、指導者なしで練習を重ね、自分たちでレギュラーを選抜し、試合では選手が作戦を決めた。スクイズもヒットエンドランも、サインは選手自身が出しているという。

このチームがウソのように強い。勝ち上がって決勝戦まで進んで、履正社高校に3対4で敗れた。堂々の大阪第2位である。ベンチでにこやかにしている以外何もしない校長先生は、「好調先生」と呼ばれた。

私は、なんと素敵なチームができたものかと喜んだ。優勝はできなくても、すばらしいことになってきた。校長の監督兼任で不祥事はなくなるだろう。しかも、選手たちの自主性の尊重はきわめて優れた教育ではないか。「監督なしの名門校」という新たな神話が築けるのではないか。

今年(2014年)の夏も甲子園まであと一歩。大阪大会での準優勝だった。今度は、大阪桐蔭に決勝戦で敗れた。負けても、すがすがしい自主野球として話題を集めた。そして、今秋の近畿大会予選。履正社には勝ったが、決勝で再び大阪桐蔭に敗れた。それでも、レベルの高い大阪の準優勝である。胸を張って良い。10月18日始まる近畿大会に出場する。来春の選抜大会出場の可能性は高い。

その折も折、昨日ふと目にしたスポーツ紙の一面トップで思いがけないニュースに接した。母校の野球部は、来年(2015年)度の「硬式野球部新規部員の受け入れを停止する」というのである。スポーツ紙だけでなく、朝日も毎日も続報を出した。これは、大ニュースなのだ。

10月9日付で学校法人の理事長と校長が連名で発送した保護者宛ての説明書では、「監督適任者が見つからず」「このまま新たに新規部員を受け入れることは、本校の教育責任を十分に果たすことができず、学園の教育指針に反すると判断いたしました」とある。

メディアは先走って「廃部の危機」と報じている。せっかく、監督なしでの再出発ができたと喜んでいた矢先の「危機」である。OBの一人として、残念でならない。

ところで、私の母校は軟式野球部も強い。たびたび大阪大会で優勝し、全国大会の優勝経験もある。その軟式野球部には一切の特別扱いはないと聞いている。硬式野球部も軟式と同様で良いではないか。

リトルリーグの優秀選手を集める必要はさらさらない。特待生の制度も、野球部員の寮を設けることも、特別のカリキュラムを組む必要もない。入学試験における野球部員特別枠の設定も不要だ。そして、監督だってなくても差し支えないではないか。そのために強豪の名が廃れて、甲子園が遠くなっても、それはそれでもよい。大切なのは教育としての部活動の充実であるはずなのだから。

そういう新たなコンセプトを明確にし、入学したものの中から、新部員をリクルートすれば良いだけのことではないか。部員の一人一人を教育対象の生徒として大切にし、イジメも暴力もない、人権の擁護に徹した自主的な部活動こそが求められている。それこそが、教育としてのスポーツ。これまでスローガンとして来た「球道即人道」であろう。

「昔、軍隊」になぞらえられる不祥事続きの野球部から脱皮して、出直した新生硬式野球部に、OBの一人として惜しみない声援を送りたい。

私の母校は、大阪のPL学園という。
(2014年10月12日)

今年のノーベル平和賞に納得。そして来年は憲法9条に。

今年のノーベル平和賞は、女子教育の権利確立を唱える17歳のマララ・ユスザイフさんと、児童労働から子供を守る活動を続けてきたカイラシュ・サティヤルさんのお二人に決まった。「すべての子を労働から解放」し、「すべての子に教育を」という呼びかけに世界が共鳴したのだ。インドとパキスタン、国境を接して軍事衝突を繰り返す両国の平和活動家への同時授賞も心憎い。これなら、平和賞の名に恥じないと言えるだろう。

だがこの二人の願いが未だに切実なものである世界の現実を傷ましいものと考え込まざるを得ない。貧困と偏見が、子供を、とりわけ女児を教育から遠ざけている。教育こそが貧困と偏見を一掃する切り札なのだが、その教育の普及を貧困と偏見が妨げている。この悪循環克服が、平和のための世界の共通課題であることを今年の平和賞がアピールした。メッセージ性の強い、意義ある授賞との印象が深い。

「一人の教師、一冊の本、一本のペンが世界を変えうる」ことは、象徴的な比喩としては真実であっても、現実には「無数の学校、無数の教師、無数の教材、膨大な予算」が必要である。共同体としての人類の課題として、これを成し遂げなければならない。世界の平和と安定のためには、武器や原発の輸出は役立たない。教育条件の整備こそが喫緊の課題なのだ。

もっとも、教育に関してわれわれは別の次元での問題も抱えている。教育の機会均等の形骸化と教育に対する国家統制である。

国民間の経済格差の固定化は、教育における機会均等の喪失度に相関する。戦後と言われた時代の我が国には、経済格差に依存しない教育の機会均等があったように思う。国立大学の授業料は安かった。授業料免除の制度も利用できた。だから私も、私の二人の弟も大学教育を受けることができた。

本日の朝日のオピニオン欄「戦後70年へ」で、日本の近現代史研究者であるアンドルー・ゴードンさん(ハーバード大)が興味ある指摘をしている。
「60年代の統計ですが、国立大学入学者に占める最も貧しい所得層の学生の比率は、全人口に占めるこの最低所得層の比率とまったく変わらなかった。高等教育へのアクセスが、完全な平等に近い状況だったのです。公立学校の評価がまだ高かった時代です。どんな家庭の子にも道は開かれている。努力さえすれば、良い学校に入り、良い会社に就職ができると信じることができたのです」
―そういう信仰は、もはやないですね。
「いい学校に行くには塾に行かせねばなりません。親が裕福な方が有利です。所得格差が教育格差につながっています」

所得格差が教育格差につながり、教育格差が生涯賃金格差の再生産につながる。格差固定化の社会。不満と不安と絶望とが充満した社会をもたらすことになる。

国家による教育への介入の排除は永遠の課題である。この点の到達度は民主々義成熟度のバロメータでもある。教育の場において、ナショナリズムと排外主義をどう克服すべきか。これは優れて平和の課題でもある。

今年のノーベル平和賞は、世界の人々に、教育を見つめ考え語る機会を提供した。あるべき教育を通じての平和の達成を意図しての試みとして成功したと評価しえよう。

来年は「憲法9条」の受賞で、憲法による平和を世界の話題としよう。そして、非武装中立の思想と運動を世界に普及するチャンスとしよう。

それにつけても思う。マララさんはタリバン襲撃の危険をかえりみず意見の表明を貫いた。襲撃を受けて瀕死の重傷を負ってなお怯まなかった。その勇気ある姿勢に世界が感動し、賞賛した。考えようによっては、マララさんを襲撃したタリバンが、今回の授賞に一役買ったのだ。

日本国憲法9条も、今安倍政権からの不当な攻撃を受けて大きな傷を負っている。これに負けない国民運動をもって世界を感動させたいものと思う。そして、来年の今頃には、「考えようによっては、9条を攻撃した安倍晋三が、今回の9条の平和賞受賞に一役買ったのだ」と言ってみたい。
(2014年10月11日)

道徳教育の教科化に反対するー教育をマインドコントロールの手段にしてはならない

民主主義とは、民意に基づいて権力が形づくられ、民意によって権力が運営されるという原則である。思想であるだけでなく、制度として定着しているはずのもの。常に、あらゆる局面で、民意が権力をコントロールすべきが当然であって、権力が民意を制御し誘導することを、主客転倒として想定していない。この原則に従って、民主主義を標榜する社会における教育は、権力からのコントロールを厳格に排しなければならない。

ところが、現実の権力は、常に民意をコントロールしようとする。権力に好都合の民意を誘導して形成しようとするだけでなく、そのような誘導を批判せず受容する国民精神までを涵養しようとする。そのような権力の願望は、教育の制度作りと運用に表れる。「道徳教育」はその最たるものである。

公教育において、特定の価値観・道徳観を国民に押し付けてはならない。この自明の原則が、政権には面白くない。何とかこれをやってのけたい。現体制・現政権勢力・時の為政者の支配の維持のためにである。

道徳とは、その内容において普遍的なものはあり得ない。これを、特定の価値観から一元化して、儒教的徳目を並べたうえに天皇への忠誠を最高道徳としたのが教育勅語であり、戦前の教育制度の根幹であった。その反省もあって、公権力が特定のイデオロギーをもってはならないことは、多くの国民の常識として定着している。

にもかかわらず、現行の「学習指導要領第1章総則」には、次のように書かれている。
「道徳教育は、教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づき、人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を家庭、学校、その他社会における具体的な生活の中に生かし、豊かな心をもち、伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛し、個性豊かな文化の創造を図るとともに、公共の精神を尊び、民主的な社会及び国家の発展に努め、他国を尊重し、国際社会の平和と発展や環境の保全に貢献し未来を拓く主体性のある日本人を育成するため、その基盤としての道徳性を養うことを目標とする。」

結局、道徳教育とは、「未来を拓く主体性のある日本人を育成するため、その基盤としての道徳性を養うことを目標とする」というのだ。これ自体旺盛なイデオロギー性に満ちている。

「教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神」とは何であろうか。第一次安倍政権が「改正」した教育基本法第2条は、教育の目的を定めるが、その第5項は次のとおりである。
「五  伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。」

自民党改憲草案流の読みようは「万世一系の天皇を戴く伝統と、『和をもって尊しとなし、お上に逆らうことなきを旨とせよ』という文化を尊重し、なによりも愛国心を教え込むことが教育の目的」ということになろう。

現行制度も大いに批判されなければならないが、現政権はこれでは飽き足らない。「可能な限り国民の抵抗感を少なくして、焦らず着実に、やりたいことをやってしまおう」。そのような姿勢での道徳の教科化が進行し、昨日大きな一歩を踏み出した。警戒を要する事態である。

小中学校での道徳の教科化を議論している中央教育審議会の道徳教育専門部会は昨日(9月19日)、「道徳に係る教育課程の改善等について」の答申案を決定した。報道では、「『特別の教科 道徳』(仮称)と位置付けて格上げし、検定教科書を導入することを盛り込んだ答申案を決めた。評価は他教科のような数値ではなく記述式にする。10月にも答申を受け、同省は今年度中に道徳に関する学習指導要領の改定案を示し、早ければ2018年度からの実施を目指す」「道徳の教科化を巡っては、第1次安倍内閣時代にも検討されたが、中教審で慎重意見が多く、見送られた。今回は政府の教育再生実行会議が昨年2月に教科化を提言。中教審の専門部会では目立った反対意見は出なかった」(毎日)とされている。

なお、「教科化が価値観の押しつけにつながることを懸念する声に対しては『特定の価値観を押しつけたり主体性を持たずに行動するよう指導したりすることは目指す方向と対極にある』と強く否定した」とも報道されている。これでは、問題のないような答申の印象だが、とうていそのようには考えがたい。

答申の内容は、まだ文科省のホームページに掲載されていないが、「8月25日道徳教育専門部会(第9回)配付資料」に、「審議のまとめ(案)」が掲載されている。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/049/siryo/1351218.htm
このとおりの答申案決定となった模様だ。

この答申(案)には、道徳の教科化がこれまで批判を受け続けてきたことへの言及がない。指摘された批判を謙虚に受けとめようという姿勢が皆無なのだ。この基本姿勢において、答申自体が極めて「不道徳」である。

また答申の中に、次の記述があることが気になる。
「道徳教育の使命」の項においては、「道徳教育においては、人が互いに尊重し協働して社会を形作っていく上で共通に求められるルールやマナー、規範意識などを身に付ける‥ことが求められる」
「道徳の内容項目について」の項では、「社会参画など社会を構成する一員としての主体的な生き方に関わることや規範意識、法などのルールに関する思考力や判断力などについても充実が必要と考えられる」とも言う。
「協働して社会を形作っていく上で求められるルールやマナー、規範意識」の強調が不気味である。

法には二面ある。権力の強制実行手段としての側面と、主権者意思が権力の恣意的発動を制約する側面とである。権力的契機と民主的契機の両面と言ってよい。規範・ルールも同様である。この二面性を意識的に糊塗したまま、「法やルールに関する規範意識」の涵養をいうことは、デマゴギーというしかない。

道徳教育は、権力による国民に対するマインドコントロールとなりかねない。大いに警戒をしなければならないと思う。
(2014年9月20日)

教育勅語とは

春はセンバツから。毎日新聞がつくったキャッチフレーズであろうが、しばらく前までは心地よい響きをもっていた。私の母校は、甲子園の強豪校で、春の甲子園での14連勝の記録をもっている。かつて、母校が首里高校と対戦して21奪三振の記録を作った。私は、その試合を観戦していたが、武士の情けを知らぬ母校ではなく、健気な首里高に声援を送った。ところが今、そのような余裕はなく、「春はセンバツから」というフレーズがむなしい。今日の日記は、わが母校、最近不振の愚痴であり、八つ当たりである。

今年のセンバツも本日でおしまい。特に関心をもたなかったが、準優勝校の校名が済美(サイビと読むようである)であるという。済美の原典は漢籍の古典にあるのだろうが、教育勅語の一節として知られる。該当箇所は「我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ済セルハ此レ我カ国体ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦実ニ此ニ存ス」というところ。同校のホームページには、その前身である済美高等女学校の開校が1911年とされている。教育勅語の発布から20年ほど後のこと。

「世世、その美を済(な)せる」の内実は、「我が臣民が、よく忠に、よく孝に、心を一つにしている」ことだという。そして、臣民の忠孝の精神こそが、天皇をいただく我が国柄のすばらしさであり、教育の根源がここにある、という。

戦前、忠と孝とが、臣民としての道徳の中心だった。これを「美をなす」ものとし、国体の精華であり、教育の淵源とまで言った。儒家では、おなじみの「修身・斉家・治国・平天下」(「大学」)という。孝という家の秩序と、忠という国家の秩序との整合が求められた。孝の強調は忠のモデルとしてのものである。

勅語は、さらに臣民の徳目を語るが、最後を「常ニ国憲ヲ重シ国法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」と結ぶ。

「常に国憲を重んじ」とは、天皇が国民に与えた欽定憲法の遵守を命じているのだ。「憲法とは、人民が君主の横暴を縛るために生まれた」「近代憲法とは、主権者国民が国政を預かる者に対する命令である」という考えの片鱗もない。

当然のことながら、この勅語には人権も民主主義も出てこない。人が平等という観念もない。ひたすらに天皇制の秩序に順応して、いざというときには天皇に身を捧げよ、という「臣民根性」を叩き込もうとしている。

天皇制政府は、これを津々浦々の小学校で暗唱させた。「教育の内容・目的を国家が決めるのは当然」との考えに基づいている。しかし、そのような考え方は民主主義社会の非常識である。公権力は、国民に対して教育条件整備の義務を負うが、教育内容を定める権限はない。日本国憲法と教育基本法の採る立場でもある。最高裁判例(旭川学テ事件・大法廷判決)も基本的に同様の立場である。

当然のことながら、今の済美高校に勅語教育の影は見られない。私学経営の常道として、進学率の向上とスホーツの成績に熱心の様子である。

甲子園では、ときに思わぬことに出くわす。これもかなり昔のこと。盛岡一高が甲子園に出場し、勝者となってその校歌が全国に響いた。歌詞は何を言っているのか分からなかったが、そのメロディは明らかに軍艦マーチであった。さすがに米内光政の出身校、と感心した次第。いまでも、変わらないのだろうか。

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さて、新装開店記念のエッセイ第3弾。
                    『ツバキのこと』
 春は桜ばかりがもてはやされるけれど、今の時期、どこの植物園や公園に行ってもツバキが盛大に咲いている。桜は日当たりのよい真ん中で華やかに目を引くが、ツバキは端っこの日陰に押し込められているので目立たない。常緑の葉っぱが黒々として花を隠してしまうのも不利にはたらく。
 ツバキは素人園芸家にとっては様々な利点を持っている。切りつめに強いので場所をとらない形で栽培できるし、乾燥にも強く丈夫で、初心者でも簡単に花を咲かせられる。日陰のベランダでもコンパクトな鉢植えで育てられる。鉢に植えて根っこを窮屈な状態にしておいた方がかえって蕾を持ちやすいのだ。それに、桜の花期が寒桜から八重桜までせいぜい二、三ヶ月なのに対して、ツバキは上手に種類をとり混ぜれば、9月から4月まで八ヶ月もの長い間花を咲かせることができる。丈夫でながもちというところが日本人好みではないと言われてしまうと困るのだが。
 色は、白、クリーム、黄、ピンク、赤、紅、紫、紺、黒と多彩。配色も単色、絞り、覆輪、斑入りなど無数の組み合わせがある。花形も花弁が5から6枚の一重咲きから100枚もの花弁を持った千重咲きまである。花の大きさも開花時の直径4?の極小輪から20?もある極大輪まで様々。雄しべについての分類も詳細である。葉の形状も面白くて、柳葉、柊葉、鋸葉などは想像しやすいが、盃葉や金魚葉などという変わりものもある。香りの追求もされている。室町時代から茶道、生け花とともに発展してきた花木なので、愛玩のされ方も生易しいものではないのだ。
 容易に交配して種ができ、それを蒔いて5年もすれば花が咲く。だから、種類は際限もなく増えていく。日本では花が小ぶりの侘助ツバキが好まれているけれど、西洋では大きくて、花びら数も多いバラやボタンに見まごう豪華絢爛な花が競って作出された。デュマの「椿姫」のカメリアのイメージはどうしても「白侘助」というわけにはいかない。
 一時、ツバキ狂いをして100種類近く集めたことがあった。寝ても覚めても、あれもこれも欲しくて、椿図鑑をめくってはため息をついていたことがあった。一説には日本で4000種、世界で10000種もあると言われているのだから、頭がクラクラした。でも幸い、私は熱しやすく冷めやすいたちなので、今は回復している、と思う。
 好きなツバキをふたつ。
   「酒中花は掌中の椿 ひそと愛ず」 石田波郷
 酒飲みにはこたえられない図でしょう。
 “しゅちゅうか”は白地に紅覆輪、牡丹咲きの中輪。江戸時代から伝わる。
   「落ざまに水こぼしけり花椿」 芭蕉
 この落ち椿はぜったいに真っ赤な五弁のヤブツバキでなくてはならない。普通ツバキといえば第一番にこの花姿がうかぶし、事実圧倒的な人気を誇っているけれど、園芸分類上はヤブツバキという名前は出てこない。これこそヤブツバキとおもわれる、よく似たツバキがたくさんあって立派な名前がついているけれど、素人にはほとんど見分けがつかない。出雲大社藪椿、富泉院赤ヤブ、専修庵、森部赤ヤブ、信浄寺紅、等々日本各地に保存されているとのことである。似ているはずである。みな親がヤブツバキなのだから。
 以上はツバキについてほんのさわりで、話は奥が深くて、混沌として、ヤブノナカなので、またまた迷ってはいけないのでこのくらいで終わり。

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