「すえこざさ」の衝撃
「すえこざさ」をご存じの方がいたら、よほどの植物マニア。学名だから、本来は「スエコザサ」と書くべきなのだろう。植物学者が新種に妻の名を冠する例がある。シーボルトの「オタクサ」が有名だが、牧野富太郎もこの特権を行使した。仙台で発見した新種の「笹」に、妻・寿衛子の名を冠して、「寿衛子笹(すえこざさ)」としたのだ。
『「すえこざさ」の衝撃』とは、「法と民主主義」5月号巻末「風」欄の、穂積匡史エッセイのタイトル。牧野富太郎の行為を衝撃というのではない。「つくる会」系教科書の「すえこざさ」の命名をめぐる物語の引用のしかたが「衝撃」なのだ。達意の文章であり、読みやすくおもしろい。なによりも、若手弁護士のセンスのよさが光っている。部分の引用では惜しいので、全文を引用させていただく。
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いわゆる「つくる会」系教科書で有名な育鵬社が、「十三歳からの道徳教科書」(道徳教育をすすめる有識者の会・編)を発行している。帯には「これがパイロット版道徳教科書だ!」「新しい道徳のスタンダード」などの文字が躍る。内容は、道徳教材として三七の逸話が収録されており、そのなかの一つが、「異性についての正しい理解を深め」るための教材「すえこざさ」である。あらすじは次のとおり。
後に著名な植物学者となる牧野富太郎は、幼いころから草花が大好きで、二六歳で寿衛(すえ)と結婚した後も、植物研究に没頭していた。寿衛が出産をした三日後、富太郎の借金をとり立てに、高利貸が家まで来ることになった。富太郎は産後の寿衛をいたわり、「今日は、私が話して帰ってもらうから、お前はやすんでいなさい」と寿衛に言う。しかし、実際に高利貸が家にやって来ると、寿衛は起き上がり、大きな声を出そうとする借金取りをなだめすかして帰らせる。そして、寿衛が富太郎の部屋をそっと窺うと、富太郎は借金取りのことなど忘れて、一心に本を読んでいた。寿衛は、「よかった」と思う。寿衛は、「どうしたら夫に安心して研究をつづけてもらえるか」と、そればかりを考えつづけていたのだ。ところが富太郎六六歳のとき、寿衛が病に伏す。「もうむずかしい」と医者に告げられると、富太郎は寿衛の枕元で「こんど発見した新しい笹の種類に、お前の名をつけることにしよう」と言う。こうして「すえこざさ」が生まれた。
さて、教科書は、このストーリーで「異性についての正しい理解を深める」というが、「正しい理解」とは何か。
一心に本を読む富太郎を見て、寿衛が「よかった」と思うシーンがある。この「よかった」を墨塗りにして、生徒に考えさせたとしよう。「夫は言うこととすることが違う。ひどい。」と生徒が感じたら、それは道徳的に「正しくない」ことなのだろうか。
寿衛のように「どうしたら夫に安心して研究をつづけてもらえるか」と思うのとは違って、「どうしたら家事や育児を分担してもらえるだろうか」と生徒が考えたとしたら、それは「異性についての誤った理解」なのだろうか。
あるいはまた、寿衛が女性研究者で、富太郎が「主夫」だったとしても、この教材は掲載されたであろうか。
自民党改憲草案は、「家族は、互いに助け合わなければならない」「教育が国の未来を切り拓く上で欠くことのできないもの」と規定し、安倍「教育再生」は教科書検定強化と道徳教科化を推し進める。そうやって教化される家族の模範が「すえこざさ」であると、「有識者」が臆面もなく吐露してしまうあたりに、安倍「教育再生」の浅薄さと病理の深さを見る。そういえば、この原稿が掲載されたころには既に、別の「有識者」たちが憲法を変えずに憲法を変えろという無茶苦茶な報告をしているのだろうか。
ところで、現実の日本社会で女性が置かれた立場は寿衛よりさらに過酷かもしれない。家事・育児・介護を引き受けながら、さらに非正規労働者として低賃金で働かされる上、出生率目標まで課されるのだから。支離滅裂な安倍「女性活用」政策である。
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いかがだろうか。なるほど、「法と民主主義」とはおもしろそうだ、と思っていただけたろうか。同誌5月号(通算488号)は、5月26日に世に出た。まだ、もぎたての新鮮さである。できるだけ、みずみずしい内に講読いただけたらありがたい。
その内容紹介は、下記のURLを。
http://www.jdla.jp/houmin/
定価は1000円、ご注文は下記のフォームへ。
http://www.jdla.jp/kankou/itiran.html#houmin
もし私に声をかけていただけたら、著者紹介扱いで800円でお頒かちできる。
「特集?」が、『安倍政権の「教育再生」政策を総点検する─「戦後レジームからの脱却」に抗して』という直球勝負の内容。巻頭の堀尾輝久「安倍政権の教育政策─その全体像と私たちの課題」から、川村肇「戦後教育改革の内容とその後の変遷」、村上祐介「安倍政権の教育改革プランの全体像」、俵義文「教科書問題の最近の動向と竹富町への『是正要求』」村山裕「安倍政権の教育政策・競争と選別の思想」、小畑雅子『安倍「教育再生」は、子どもと教育に何をもたらすか』、齋藤安史「大学における教育・研究体制への影響」中村雅子「国立市教育委員の経験から」と並べば、教育問題に関心のある方には講読意欲を持っていただけるものと思う。
安倍政権の教育政策と切り結ぶためには、その全体像を正確に把握することが不可欠である。本特集はそのための第一歩にふさわしいものと確信し、活用を期待したい。
「特集?」が、教育に関連して、「少年の心に寄り添う審判とは─第4次少年法『改正』批判」という座談会。出席者は、佐々木光明/佐藤香代/井上博道/佐藤むつみ(司会)の諸氏。
その他の執筆陣の名を挙げておこう。原発被害と核廃絶についての時評を埼玉の重鎮宮沢洋夫弁護士、裁判員問題について五十嵐双葉弁護士、メディアウオッチにについて丸山重威元関東学院大学教授、袴田再審決定について秋山賢三弁護士、書評に浦田賢治早稲田大学名誉教授等々。
ぜひ、ご購読を。
(2014年6月4日)