「砂川判決と戦争法案」発刊と軌を一にする山口繁元最高裁長官発言
「スタップ細胞はありまーす」「エンブレムは模倣していませーん」には決着がついた。もう一つ未決着なのが、「最高裁は集団的自衛権を認めていまーす」という安倍政権と自公両党の空しい叫び。実は疾うに決着がついているのだが、本人たちが負けを認めない。「あんなに頑張っているのだから、もしかしたら本当なのかも知れない」と思い込みかねない、欺され易い好人物層をたぶらかそうという魂胆が見え透いている。
高村が言い出して安倍が追随し、最初はさすがに「そんな馬鹿な」と言っていた公明党までが最後は乗った泥船。それが、「最高裁は集団的自衛権を認めている」という、無茶苦茶な主張だ。自公以外で、これを支持する意見を私は知らない。見解の相違などというレベルの問題ではない、「牽強付会」「暴論これに過ぎるものはない」「こじつけも甚だしい」と散々の言われ方。四面楚歌どころの話しではなく、まさしく総スカンなのだ。それでも頑張っている安倍政権、立派なものというべきなのだろうか。
高村説の真偽の判断に格別の法律の素養などはいらない。新聞に掲載されている両者の言い分を読み較べることで十分だ。よく分からなかったら、砂川事件最高裁判決と、政府の「72年」見解とをお読みいただけば、疑問は氷解する。
法律専門家としては、まず弁護士会が猛反発した。続いて、憲法学者・行政法学者が挙って批判を展開した。かつての法制局長官諸君も批判の発言を躊躇していない。これで決着がつきそうなものだが、自公の責任者諸君はそれでも頑張っている。と言うよりは、弁護士会や憲法学者や元法制局長官が口を揃えて安保法制の違憲を言うものだから、最後の砦として最高裁を持ち出さざるを得なくなったのだ。
「法案の合違憲の判断は、学者がするものではない。日弁連でも法制局でもない。最高裁だ」と、最高裁に逃げ込んだのだ。ここなら、直接の反撃をしには来ないだろうと踏んでのこと。「最高裁は、まだ集団的自衛権違憲の判断はしていない」にとどめておけば、無難だった。しかし、無難な主張では安保法案審議に国民の支持を得るには不十分なのだ。だから、ウソもハッタリも法案を通してしまえばそれまでのこと、として「最高裁は、集団的自衛権合憲の判断をしている」「それが、1959年の砂川事件大法廷判決だ」と言っちゃった。そういわざるを得ないところに追い込まれたと言うべきだろう。
溺れそうになった自民と公明は、必死になって救命ボートを探したが見つからない。ようやく見つけたのが砂川判決というわけだが、実はこれ、救命ボートでも筏でも材木でもなく、1本のワラでしかない。とても溺れる者を救う浮力はまったくないのだ。高村や北側とて、この判決が実はワラに過ぎないことは百も承知のはず。承知していながら、これにすがるよりほか術がなかったのだ。だから、必死にこのワラをつかんで離せない。
できることと言えば、ウソとハッタリで、ワラを筏か材木だと言い募ること。まさか救命ボートとまでは言えなくとも、丸太か浮き輪と言い張って、国民の目眩ましができればなんとかなるのではないか、法案成立するまで欺しおおせれば万々歳、というわけだ。
弁護士会・学者・元法制局長官からの批判に耐えつつ、砂川最高裁判決というワラにすがって、必死に泳いでいるところに思わぬ伏兵が現れた。「安倍政権がすがっているそいつはワラだ。溺れて当然」と、当の最高裁の元長官が言明したのだ。このインパクトは大きい。
昨日(9月3日)、山口繁元最高裁長官が朝日と共同通信のインタビューに応じて、「集団的自衛権行使は違憲」「砂川判決は集団的自衛権行使を容認したものではない」ことを明言した。政権の言い分を、「論理的な矛盾があり、ナンセンスだ」「何を言っているのか理解できない」とまで言って厳しく批判している。法案沈没の運命だ。
高村・北側は、どう弁明するだろうか。「元最高裁長官などという肩書に欺されてはならない」「問題は判決の論理であって、誰がなんというかではない」とでも言うのだろうか。その言葉はそっくりお返ししなくてはならない。
また、安倍はアベ流の手口でこう考えるかも知れない。「過去の最高裁は問題ではない。ここは未来志向だ。法制局長官だって入れ替えをして言うことをきかせたのだ。最高裁だって、NHKと同様にアベトモを送り込めばよいことだ」。しかしこれは、論理の敗北を認めた上での姑息な対応手段に過ぎない。
まさしく、「スタップ細胞はありまーす」「エンブレムは模倣していませーん」に続く、「最高裁は集団的自衛権を認めていまーす」という自公両党沈没寸前の、空しい叫びではないか。
ところで、「砂川判決の悪用を許さない会」というものがあることを知った。代表世話人は、内藤功、新井章、大森典子、吉永満夫の4氏。そして、屋台骨を支えている事務局長が山口広さんだという。この会が、「砂川判決と戦争法案」という書物を緊急出版した。「最高裁は集団的自衛権を合憲と言ったの!?」と副題がつけられている。そして、本日その書の出版お披露目会を兼ねた、緊急集会「砂川事件判決の真実」が参議院会館内で開かれた。これも、山口さんの奮闘で実現し成功したもの。
私も出席して事件関係者の話を聞いた。「砂川判決の悪用を許さない」というネーミングが当事者と担当弁護士たちの気持ちをよく表している。
山口繁元長官も、同じく、「最高裁判決の悪意ある引用を許せない」という気持になったのであろう。
共同記事は、「元最高裁長官の山口繁氏(82)が三日、共同通信の取材に応じ、安全保障関連法案について『集団的自衛権の行使を認める立法は憲法違反と言わざるを得ない』と述べた。政府、与党が一九五九年の砂川事件最高裁判決や七二年の政府見解を法案の合憲性の根拠と説明していることに『論理的な矛盾があり、ナンセンスだ』と厳しく批判した。『憲法の番人』である最高裁の元長官が、こうした意見を表明するのは初めて。高村正彦自民党副総裁は、憲法学者から法案が違憲と指摘され『憲法の番人は最高裁であり憲法学者ではない』と強調したが、その元トップが違憲と明言した。」と述べている。
なお、共同は次の一問一答を紹介している。
−−政府は憲法解釈変更には論理的整合性があるとしている。
◆1972年の政府見解で行使できるのは個別的自衛権に限られると言っている。自衛の措置は必要最小限度の範囲に限られる、という72年見解の論理的枠組みを維持しながら、集団的自衛権の行使も許されるとするのは、相矛盾する解釈の両立を認めるものでナンセンスだ。72年見解が誤りだったと位置付けなければ、論理的整合性は取れない。
−−立憲主義や法治主義の観点から疑問を呈する声もある。
◆今回のように、これまで駄目だと言っていたものを解釈で変更してしまえば、なし崩しになっていく。立憲主義や法治主義の建前が揺らぎ、憲法や法律によって権力行使を抑制したり、恣意的な政治から国民を保護したりすることができなくなってしまう。
−−砂川事件最高裁判決は法案が合憲だとする根拠になるのか。
◆旧日米安全保障条約を扱った事件だが、そもそも米国は旧条約で日本による集団的自衛権の行使を考えていなかった。集団的自衛権を意識して判決が書かれたとは到底考えられない。憲法で集団的自衛権、個別的自衛権の行使が認められるかを判断する必要もなかった。
また、朝日の記事の中に次の一問一答がある。
―「法案は違憲」との指摘に対して、政府は1972年の政府見解と論理的整合性が保たれていると反論しています。
◇何を言っているのか理解できない。「憲法上許されない」と「許される」。こんなプラスとマイナスが両方成り立てば、憲法解釈とは言えない。論理的整合性があるというのなら、72年の政府見解は間違いであったと言うべきです。
―安倍晋三首相ら政権側は砂川事件の最高裁判決を根拠に、安保法案は「合憲」と主張しています。
◇非常におかしな話だ。砂川判決で扱った旧日米安保条約は、武装を解除された日本は固有の自衛権を行使する有効な手段を持っていない、だから日本は米軍の駐留を希望するという屈辱的な内容です。日本には自衛権を行使する手段がそもそもないのだから、集団的自衛権の行使なんてまったく問題になってない。砂川事件の判決が集団的自衛権の行使を意識して書かれたとは到底考えられません。
―与党からは砂川事件で最高裁が示した、高度に政治的な問題には司法判断を下さないとする「統治行為論」を論拠に、時の政権が憲法に合っているかを判断できるとの声も出ています。
◇砂川事件判決は、憲法9条の制定趣旨や同2項の戦力の範囲については判断を示している。「統治行為論」についても、旧日米安保条約の内容に限ったものです。それなのに9条に関してはすべて「統治行為論」で対応するとの議論に結び付けようとする、何か意図的なものを感じます。
これで、勝負あった。あとは、勝負の結果を多くの人に知ってもらう活動が必要だ。「砂川事件と戦争法案」はそのために大きな役割を果たすだろう。旬報社発行で、定価800円+消費税。今月10日が発行日で、この日以後書店に並ぶことになるという。おそらくは、実践的活用期間がきわめて短い。賞味期間がまことに短いと言えなくもない。その短期間に、戦争法案廃案を目指す運動の道具として大いに活用されてしかるるべきと思う。
それにしても…思う。運動のうねりが次々と新たな事態を切り開いていく。新たに発言する「時の人」をつくり出す。多くの人のたゆまぬ行動が、少しずつ法案に反対する人の輪を拡げ、とうとう元最高裁長官までも動かしたのだ。法案を廃案にするまで、もう一息ではないだろうか。
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一昨日の「DHCスラップ訴訟」の勝訴判決に、多くの方からお祝いや激励をいただいきました。感謝申しあげます。
当日法廷傍聴と報告集会にご参加いただいた内野光子さんの本日(9月4日)付ブログ「DHCスラップ訴訟、澤藤弁護士勝利、東京地裁判決と報告集会に参加しました」をご紹介いたします。ありがとうございます。
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2015/09/dhc-30de.html
(2015年9月4日)