「5・18光州」「6・4天安門」と、そして「6・9香港」と。
1980年5月の光州でも、1989年6月の北京でも、民主化を求める大規模な市民・学生が広場に結集した。が、権力はその訴えに耳を貸そうとすることなく、戒厳令をもって民衆に対峙した。その上で、軍は「暴徒」と刻印された無防備な民衆に容赦なく発砲した。
2019年6月9日の香港でも、主催者発表で103万人の大群衆のデモが大通りと議会前の広場を埋め尽くした。まだ、民衆が対峙する相手は警察であって、軍ではない。光州や天安門の悪夢が、香港で繰り返されることのないよう願うしかない。
「軍は国民を守るためにある」のではく、むしろ「軍は、政権を守るためにある」のだ。あるいは、「特定の権力者を守るためにある」。典型的には、「皇軍が、国体護持のためにあった」ように。
政治問題化しているのは、刑事事件の容疑者を中国本土に引き渡すことを可能にする香港政府の「逃亡犯条例・改正案」の議会への上程である。
現行法の内容は「刑事事件の容疑者を中国本土には引き渡さない」となっているとのことだが、改正案はこの規定を削除して、香港から中国本土への引き渡しを可能にする内容だという。
以下は、朝日記事からの引用である。
「香港政府の「逃亡犯条例」改正案に反対する大規模なデモ行進が9日、香港であった。主催した民主派団体によると、1997年の香港返還以降、最多の約103万人(警察発表は24万人)が参加。条例案をめぐり中国政府が香港政府への支持を表明してから初の大型デモで、中国政府に市民が「ノー」を突きつけた形となった。デモ隊の一部が暴徒化し、警察と立法会(議会)の敷地内などで衝突し、警察官ら4人が負傷した。
改正案をめぐるデモは3月、4月に続いて3回目。参加者は1回目1・2万人(警察発表5200人)、2回目13万人(同2万2800人)で、今回はひときわ多い。背景には、香港の高度な自治を保障する「一国二制度」が揺らぎ、香港が自由で安全な都市でなくなるとの市民の危機感がある。
香港は透明性が高い司法制度が確立している一方、中国本土では司法機関が共産党の指導下に置かれている。条例が恣意的に運用されれば、民主活動家らが中国に引き渡され、中国を批判する集会も香港で開けなくなるといった不安が共有されている。
デモ隊には若者の姿が目立った。…今回は民主派内の各団体が足並みをそろえ、SNSなどを駆使して積極的にデモへの参加を呼びかけた。雨傘運動で活動した元学生団体幹部の羅冠聡氏は『社会の雰囲気が雨傘運動の直前の状況に似てきた』と語る。」
朝日が、報道の最後を、こう締めくくっているのが不気味ではある。
「香港浸会大学の呂秉権・高級講師(大学教授に当たるものだろう)は今後について『終決定権はもはや香港政府にはなく、中央にある。香港は中央に従わなければならない、という習(近平)氏の考えは非常に強固だ』と述べ、中国政府から譲歩を引き出すのは容易ではないとの見方を示した。」
要するに、問題は中国にある。ここには、法の支配はなく近代司法はない。つまりは人権がない。そんな非文明の異界に、人権主体を追いやることなどできない。香港の民主化活動家を中国本土に送り込むこともあり得るということなのだ。
1980年5月の光州は、外部との接触を遮断された中で、軍の市民に対する暴虐が恣になされた。1989年6月の天安門ではメディアの目はあったが、戒厳令の下、必ずしも報道陣の監視が行き届いたものとはならなかった。布かし、今や香港の市民のスマホが無数の監視の目となっいる。中国も、軽々に民衆に手を出すことはできないだろう。
2017年3月、朴槿恵大統領を罷免に追い込んだ韓国の市民運動「ろうそく集会」も、光化門広場に100万人余の整然たる民衆を集めた。その人数、その粘り強さ、そして広場に集まった民衆を支援する社会全体の声と熱が、政権を覆したのだ。願わくは、香港の市民運動も、「ろうそく集会」型の成功を収めてもらいたい。
なお、雨傘運動の際に中国政府からの圧力が大きかった理由は、香港民主化の動きが中国本土に飛び火することを警戒してのこととされている。中国にとってのその危惧こそ、望まれること。香港の民主化運動が中国に飛び火して、燎原の火のごとく中国民主化の勢いが中国全土を席巻することを願う。夢でしかないのだろうか。
(2019年6月10日)