竹田恒泰のスラップ完敗判決から学ぶべきこと
(2021年2月7日)
一昨日(2月5日)、東京地裁民事1部(前沢達朗裁判長)が、典型的なスラップ訴訟に請求棄却の判決を言い渡した。スラップ提起の原告を断罪した判決と言って過言でない。
このスラップを仕掛けた原告が竹田恒泰という「人権侵害常習犯の差別主義者」。訴えられたのは山崎雅弘(戦史・紛争研究家)。状況から見て、竹田は山崎のツィートによる言論を嫌忌し本気で抑え込もうとした。弁護士を通じて、提訴を脅しにツイートの削除を要求したが山崎は毅然としてこの要求を撥ねつけた。勢いの赴くところ竹田は提訴を余儀なくされ、法廷では負けるべくして負けたのだ。
竹田恒泰は提訴時にこの訴訟を勝てる見込みのないことを知っていたはずである。それでも敢えて提訴したのは、仮に敗訴したとしても、山崎に応訴の負担を掛けさせることによって、今後の竹田批判の言論を牽制することが可能になると考えたのだろう。また、山崎以外の他の言論人に対して、「同種の竹田批判の言論には損害賠償請求の提訴をするぞ」という恫喝を意図したものでもある。
竹田恒泰による山崎雅弘に対するスラップ提訴の真の被害者は、表現の自由そのものなのである。だからこそ、内田樹を筆頭とする多くの人々が、彼らもスラップ予告の恫喝を受けながらも、(あるいは恫喝を受けたが故に)山崎雅弘支援に立ち上がっている。
竹田恒泰が嫌った山崎のツィートとは、「朝日町教育委員会か竹田恒泰を講演に招聘したことを批判」するものである。私(澤藤)は今回初めて知ったが、竹田恒泰のごときヘイトにまみれた言論人の講演を子どもたちに聴かせようという教育委員会が、この世に現実に存在するのだ。「差別や偏見、いじめはいけません」と子どもたちに教える責任を負う教育委員会が、差別やいじめの常習者を、税金で謝礼を払う行事に登壇させているのだ。山崎雅弘のツィートは、「許される」というレベルではない。適切な批判として、称賛に値すると言わねばならない。
名誉毀損の根拠となったツィートは、18年11月富山県朝日町で地元中高生らに講演する予定だった竹田恒泰について、山崎が「教育現場に出してはいけない人権侵害常習犯」などと批判した5件。思いがけなくも主催者の同町教育委員会に妨害予告の電話があり、講演会は中止となった。その後、竹田の代理人弁護士から、山崎に下記のツィートの抹消と500万円の慰謝料請求がなされた。請求拒否には、民事訴訟だけでなく、刑事告訴まで予告されていた。
そのツィートをまずお読みいただきたい。
「竹田恒泰という人物が普段どんなことを書いているか、ツイッターを見ればすぐ確認できる。それでもこの人物を招いて、町内の中・高校生に自国優越思想の妄想を植え付ける講演をさせる富山県朝日町の教育委員会に、教育に携わる資格はないだろう。社会の壊れ方がとにかく酷い。(2019年11月8日)」
「竹田恒泰という人物が過去に書いたツイートを4つほど紹介するだけでも、この人物が教育現場に出してはいけない人権侵害常習犯の差別主義者だとすぐわかる。富山県朝日町の教育委員会が、何も知らずに彼をわざわざ東京から招聘するわけがない。つまり今は教育委員会にも差別主義者がいる可能性が高い。(同日)」
「(教育行政が音を立てて崩れている。
twitter.com/20191001start/…)
これも問題ですね。大阪市教育委員会の後援ということは、竹田恒泰氏の日頃の発言内容を「問題だ」と思わない、民族差別や国籍差別、男女差別に鈍感/無感覚な人間が、大阪市教育委員会という公的組織の内部の要職にいることを意味します。(2019年11月9日)」
「今回の件が問題なのは、本来なら「差別や偏見、いじめはいけません」と子どもに教える責任を負う教育委員会という公的機関が、特定国やその出身者に対する差別やいじめの常習者である竹田恒泰氏を、税金で謝礼を払う行事に登壇させることです。差別やいじめを是認することになります。(同日)」
これを一読しての感想で、憲法感覚や言語感覚、あるいは民主主義的感性の成熟度が試される。この山崎の言論に、「いったいどこに問題があるというのか」「これを違法というなら、表現の自由はなくなる」「山崎が表現の自由市場に投じた一言論ではないか。竹田に異議があれば反論すればよいだけのこと」「これを違法として抹消せよというのは表現の自由への挑戦ではないか」と反応あれば健全なものだ。
「もしかしたらこれ違法?」「言いすぎじゃない?」と、少しでも懸念を感じる人は、民主主義社会の主権者としてあまりに臆病な自らの姿勢を反省していただかねばならない。言論の自由市場における率直で活発な意見の交換によって、われわれの社会は、大きな誤りから免れ、遅々としてでも進歩できるのだ。
訴訟では、竹田側は山崎ツィートを、「誹謗中傷し、人格攻撃を繰り返し、侮辱する行為だ」と主張したそうだが、まったくの無理筋。これは「独自の主張」として一蹴されるしかない。
今回の判決は、「竹田氏の思想を『自国優越思想』と論評することは、公正な論評で論評の域を逸脱するものとはいえない」として、竹田氏の請求を棄却した。
また判決は「竹田氏が元従軍慰安婦に攻撃的・侮辱的な発言を繰り返し、在日韓国人・朝鮮人を排除する発言を繰り返していることに照らせば、発言を人権侵害の点で捉える相応の根拠がある」と指摘。投稿が社会的評価を低下させるものであっても「一定の批判は甘受すべきた」として、名誉侵害には当たらないと判断したとも報じられている。
幾つかの感想がある。何よりも、このスラップの提訴と判決は、地方教育行政と右翼言論人との親密な結びつきを露わにした。竹田にしてみれば、影響力の源泉としても収入源としても、重要なものであったろう。これは完全に断ち切らなければならない。「差別言論を常套とする者は公教育から切り離さなくてはならない」「違法なヘイト講演による差別意識を生徒に注入してはならない」という良識をもって、右翼言論人の跳梁を許さない世論の形成が重要である。この点、山崎ツィートに学びたい。
報じられていることを前提としての判断だが、竹田恒泰のスラップは提訴自体が明らかに違法である。スラップを違法とする要件は、DHCスラップ「反撃」訴訟における東京地裁民事1部の前沢達朗判決(2019年10月4日)が、次のように定式化している。
「DHC・吉田嘉明が澤藤に対して損害賠償請求の根拠としたブログは合計5本あるが、そのいずれについての提訴も、客観的に請求の根拠を欠くだけでなく、DHC・吉田嘉明はそのことを知っていたか、あるいは通常人であれば容易にそのことを知り得たといえる。にもかかわらず、DHC・吉田嘉明は、敢えて訴えを提起したもので、これは裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に当たり、提訴自体が違法行為になる」
これを、控訴審の東京高裁第5民事部判決も踏襲し、「通常人であれば容易にそのことを知り得たといえる」根拠を詳細に判示している。
表現の自由擁護のためには、竹田恒泰のスラップ提訴を違法とする損害賠償請求の「反撃」訴訟の提起(控訴があれば控訴審での反訴、控訴なく確定すれば別訴で)があってしかるべきではないか。
「山崎雅弘さんの裁判を支援する会」が結成され、表現の自由を大切に思う多くの人々が結集してこの訴訟を支えている。その代表が内田樹氏である。敬意を表するとともに、反スラップの運動の広がりを心強く思う。
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