澤藤統一郎の憲法日記

改憲阻止の立場で10年間毎日書き続け、その後は時折に掲載しています。

「行政による規制」は果たして悪か。「規制緩和」は果たして善か。

先週の金曜日(5月30日)、名古屋高裁(筏津順子裁判長)が言い渡した判決が注目されている。タクシー会社・名古屋エムケイが原告になって、国(国土交通大臣)を相手にした行政訴訟でのもの。判決文が手に入らないので隔靴掻痒の感があるものの、原告は運輸行政における規制の不合理を主張し、一審に続いて控訴審判決も規制を違法と認めたという。

争われた「規制」の内容は、中部運輸局が2009年に公示した、「名古屋市を中心とする交通圏で運行するタクシーについて、運転手は1回の乗務の走行距離の上限を270キロメートルまでと制限する」という乗務距離制限。「名古屋高裁判決は、一審名古屋地裁判決に続き、運転手の走行距離制限を違法とした。」と報じられている。

行政訴訟の主要なアクターは、私人と国(行政機関)である。私人が国による規制を不当として争うのだから、一般論として私人の勝訴は国民の自由の範囲を拡大することになる。しかし、この二大アクターの争いに、影響を受けるステークホルダー(利害関係者)の存在を忘れてはならない。真に誰と誰の間のどのような利益が衝突し調整が求められているのかを見極めなければならない。

本件の場合、規制はタクシー会社に対するものではあるが、本件規制は、消費者(タクシー利用者)と労働者(タクシー会社勤務者)の利益を擁護するためのものとしてなされている。会社の利益(利潤の獲得を目的とする企業経営)に優越する、消費者の利益(乗客の安全)・労働者の利益(過酷な労働からの保護)に支えられた規制でなければならない。規制の目的や手段の妥当性が裏付けられなければ、規制権限の逸脱または濫用として、違法とされる。

タクシーやバスの運転者に過酷な労働を容認するようでは、労働者の利益に反するだけでなく、事故につながり一般乗客の安全を害することになる。乗務時間や距離の規制が一般論として不合理と言うことはできない。にもかかわらず、なぜ、規制は違法とされたのか。

一審判決時のやや詳細な報道では、「『旅客自動車運送事業運輸規則』は、各地の運輸局が実情に応じて距離を制限できると定めている。タクシー業界は02年の道路運送法改正で新規参入が自由化されて競争が激化し、労働環境の悪化も指摘された。これを受け、09年前後に1日の走行距離に制限を設ける地域が相次いだ。(名古屋地裁の)福井裁判長は、『当時の名古屋市周辺地域は不況でタクシーの需要が減っており、無理な運転をしてまで走行距離を伸ばす傾向はなかった』と述べ、国が制限を設ける必要はなかったと判断した。原告側は公示の取り消しも求めたが、公示は行政訴訟法で取り消し請求の対象となる行政処分とは異なるとして、この部分の請求は却下した」という。

結局、判決は「タクシー運転手の一日当たりの乗務距離を国が制限したことの目的には合理性がない」「安全や過労防止のため既に労働時間が制限されており、あらためて規制する合理性がない」として、当該の規制を裁量権の濫用で違法にあたると判断した。報道によれば、乗務距離制限をめぐっての高裁判決はこれが初めてとのこと。

言うまでもなく、タクシー会社には営業の自由(憲法22条)がある。利潤の追求を目的に企業を経営する自由である。原告・エムケイから見れば、自らがもっている憲法上の営業の自由を、行政が不当に制約していることになる。企業の経営の自由を制約する規制は少なければ少ない方がよい。望むべくは、まったく無いに越したことはない。

しかし、国の立ち場からすれば、乗務距離制限は決して企業活動の制約そのものを目的としたものではなく、消費者や労働者の利益を目的としたものとして合理性があり、当然に規制は許容されるとの主張になる。タクシー業界の過当競争の防止策は、結局のところ共倒れを防止して企業の利益にもつながるという主張にもなる。

双方の主張のどちらに軍配を上げるべきか。憲法上の権利の制約は、いかなる場合に許容されるのか。その基本的な枠組みとして、学説においては、二重の基準論が説かれている。二重の基準とは、精神的自由に対する規制の在り方と、経済的な自由に対する規制の在り方とで、許容基準の厳格さが異なるというもの。元々は、アメリカ合衆国の連邦最高裁が採用してきた考え方。

精神的自由権(表現の自由・信仰の自由など)の規制の許容可否については厳格な基準をもって判断し、経済的自由権(所有権・企業経営の自由)の規制においては立法や行政の裁量を尊重して緩やかな基準をもって、目的・手段などの合理性を審査する、というもの。

要するに、「精神的自由権」と「経済的自由権」に、制約の可否に関して寛厳の差を設けようということ。その理論的根拠は、「経済的自由を規制する立法の場合は、民主政の過程が正常に機能している限り、それによって不当な規制を除去ないし是正することが可能であり、それがまた適当でもあるので、裁判所は立法府の裁量を広く認め、無干渉の政策を採ることも許される。これに対して、精神的自由の制限又は政治的に支配的な多数者による少数者の権利の無視もしくは侵害をもたらす立法の場合には、それによって民主政の過程そのものが傷つけられているため、政治過程による適切な改廃を期待することは不可能ないし著しく困難であり、裁判所が積極的に介入して民主政の過程の正常な運営の回復を図らなければ、人権の保障を実現することはできなくなる。」(芦部信喜)などと説かれる。なお、立法による規制の説明は、行政による規制にもあてはまる。

精神的自由権が、経済的自由権に比べて優越的な権利と理解されていると言って差し支えないだろう。ところが、このような一般論と、現実の判例は正反対なのだ。精神的自由権に対する制約の合憲性は厳格に判断しなければならないところ、現実にはそのような判決は極めて乏しい。反対に、緩やかな判断がなされるはずの経済的自由権について、規制を違憲違法とした判決が目につく。今回の名古屋高裁判決もそのような一事例に加えられることになる。

エムケイの青木信明社長は判決後に記者会見し、「規制緩和に逆行する政策がタクシー業界を衰退させている。高裁の判断は本当にありがたい」と話したという。個別企業の立場としては、「高裁の判断は本当にありがたい」は本音だろう。しかし、「規制緩和に逆行する政策がタクシー業界を衰退させている」は、当たらないと思う。

行政による規制は企業にとって望ましからぬものではあっても、消費者の利益、労働者の利益、地域住民の利益、環境の保護、公正な競争環境の形成等々の観点からの合理性ある規制には服さざるをえない。企業は社会と調和し、社会が許容する在り方でしか活動を継続できないのだ。もとより不必要で有害な規制は拒否できるが、規制一般を「既得権益の保護のためのもの」と決めつけることはできない。規制緩和の要求は、実は企業のエゴの発露でもありうる。

安易に、「規制は悪。規制緩和こそが善」などと言わずに、規制の目的や手段における、必要性・合理性を具体的に吟味しなくてはならない。そうでないと、飽くなき利潤追求のために徹底した規制の緩和や解除を要求して、労働者の利益や消費者の利益を顧みない勢力に乗じられることになりかねない。誰だって、過労運転による事故に泣く目には会いたくないのだから。
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  *籾井勝人会長は即刻辞任せよ。
  *経営委員会は、籾井勝人会長を罷免せよ。
  *百田尚樹・長谷川三千子両経営委員は即時辞任せよ。
  *経営委員会は、百田尚樹・長谷川三千子両経営委員に辞任勧告せよ。
こちらもよろしくお願いします。
(2014年6月2日)

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Published in 月曜日, 6月 2nd, 2014, at 23:58, and filed under 未分類.

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