怒りもて、強行採決を安倍政権の墓標とせよ!
まずは怒らねばならない。安倍内閣に対する熱い怒りを共有しよう。この最悪の内閣が、立憲主義を蹂躙したことに。憲法九条に込められた平和の理念を放擲したことに。そして、明らかに国民世論に背を向けた民主主義破壊の暴挙に。
今日(15日)の強行採決スケジュールを決めた13日の自民党役員会で、安倍晋三は「私も丁寧に説明して(国民の)理解が進んできたと思う。」と述べたという(共同)。このノーテンキな日本国首相の言葉の軽さを信じがたいことと驚いたが、本日(15日)午前中の委員会質疑で、同じ安倍が「残念ながら、まだ国民の理解は進んでいる状況ではない」と認めたという(時事)。それでも、採決は強行するのだというその鉄面皮にさらに驚ろかざるをえない。
要するに、国民の理解などはどうでもよいのだ。「丁寧な説明」は口先だけ。恰好だけを繕って、国民の理解があろうとなかろうと、スケジュールのとおりに時至れば数の暴力で決着をつけようというだけのことなのだ。こんな連中に、国の運命を任せてはならない。こんな連中が権力を握るこの国を戦争のできる国としてはならない。
さあ、これからが怒りを行動への本番だ。戦争法案成立阻止と安倍政権打倒が行動の目標となる。
政権寄りの論者の中には、「安倍政権の支持率低下は織り込み済みで想定内の範囲に収まっている」という者がいる。はたしてそうだろうか。いま澎湃と湧き起こっている分厚い世論の批判と包囲が、安倍政権にとっての想定であったはずはない。政権は焦り、苛立っている。世論をおそれ不安を感じている。彼らは、攻勢的に与党単独採決の強行に踏み切ったのではない。このままでは、ジリ貧となって押し込まれるという危機感から、強行採決に追い込まれたのだ。
しかも、戦争法案だけではなく、いろんな問題が政権を悩ませている。いや、正確には、安倍政権の強引なやり口で闘わざるを得ない分野が数々あるのだ。
まずは沖縄だ。辺野古への移設反対の揺るがぬ県民世論は「慰霊の日」以来、反安倍の色調を露わにしている。党内の親安倍勢力の言論弾圧体質も明らかになっている。この「言論圧力勉強会」への処分に対する不満の不協和音も聞こえてくる。これに加えて、このところにわかに重要問題としてクローズアップされてきた新国立競技場建設問題だ。政権の体質を物語る事件として世論への影響が大きい。
さらに、労働者派遣法改悪に象徴される安倍政権の労働法制問題、社会福祉改悪問題、大学の自治への介入問題。そして、地方切り捨てとTPP。戦後70年談話問題も、既に政権にとっての重荷となっている。
安倍政権は、自らの悪政で多くの分野の多くの人を傷つけ敵に回している。多くの人の安倍政権打倒の共闘の条件を作っているのだ。安倍政権は、自ら墓穴を掘っているに等しい。国民へ大きな傷跡を残さぬうちの、早期退陣の条件が整いつつあるのではないか。ようやくにして、閣内からも、政権の手法についての憂慮の声が上がり始めている。
今日の強行採決を、安倍政権の墓標としよう。この墓標の下に政権の亡骸を葬り、「かつて立憲主義と、平和主義と民主主義とを蹂躙した暴君がいた」と墓標に書き込もう。
(2015年7月15日)