澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「無意識の植民地主義」と、「無邪気で無自覚な植民者」と。

学生時代の級友・小村滋君(元朝日記者)が精力的に発刊しているネット個人紙「アジぶら通信」。もっぱら沖縄問題をテーマに、その筆致が暖かい。個人的に多忙とのことでしばらく途絶えていたが、「アジぶら通信Ⅱ」として復刊し、その2号(1月24日発信)が届いた。

A4・4ページ建。「沖縄の基地『無意識の植民地主義』(平野次郎・記)」が、紙面のほとんどを埋めている。『無意識の植民地主義―日本人の米軍基地と沖縄人』という書物の紹介と、その著者野村浩也講演の報告である。

私は知らなかったが、沖縄の基地を日本本土へ引き取ろうという市民運動の契機となったのが、2005年に御茶の水書房から発刊された『無意識の植民地主義―日本人の米軍基地と沖縄人』(野村浩也著)だという。久しく絶版となっていたが、2019年8月に松籟社から増補改訂版が復刊され、12月15日に神戸市内で復刊を記念して著者の講演会が開催された。詳しく、その講演内容が紹介されている。

『無意識の植民地主義』というタイトルは刺激的だが頷ける。沖縄を除く本土の日本人を、二重の意味で否定的に論難している。ひとつは「沖縄に基地を押し付けて自らはその負担から逃れている植民地主義者」と規定しての批判であり、さらに「沖縄にのみ基地負担を押し付けているという意識すらない」という無自覚への批判でもある。

著者野村浩也は1964年沖縄生まれで、現在は広島修道大学文学部教授(社会学)。講演会は兵庫の「基地を引き取る行動」のメンバーらの主催だという。アジぶら記者の見解として、「なぜいまこの著書の復刊が待たれたのか。沖縄人だけでなく在日韓国・朝鮮人などへのヘイトスピーチの横行を止められないのは、日本人の『無意識の植民地主義』がいまも続いているからではないのか」とある。

たまたま、広瀬玲子著の「帝国に生きた少女たち:京城第一公立高等女学校生の植民地経験」(大月書店・2019年8月刊)に目を通しているところだった。この著作が、よく似た問題意識から書かれた労作となっている。

この書についての出版社の惹句は、「内なる植民地主義、その根深さと、克服過程を見つめる」「植民者二世の少女たちの目に植民地はどのように映っていたのか。敗戦~引揚げ後を生きるなかで、内面化した植民地主義をどのように自覚し、克服していくのか。 ー アンケート・インタビュー・同窓会誌などの生の声から読み解く。」というもの。

その書評として、アマゾンのカスタマーレビュー欄に、「植民地朝鮮に暮らした女学生たちは、無邪気で無自覚な「植民者」であった」(2019年10月27日)が掲載されている。筆者は「つくしん坊」とだけあるが、その書評の一部を引用させていただく。

京城第一公立高等女学校は、1908年に居留民によって設立された。開校式には伊藤博文も列席し、格式あるトップクラスの女学校として順調に発展し、最盛期には1000人以上の生徒が在学した。

京城第一公立高等女学校に通う女生徒たちは、日本人居留民の中でも中流以上の恵まれた家庭に育っていた。女学校では日本と同様の皇民化教育が行われ、日本人女生徒たちは、朝鮮が日本の植民地であること、朝鮮人たちが様々な点で差別されていたことに無自覚であった。

敗戦後、家族とともに女生徒たちは一斉に日本に引き揚げた。そこで待っていたのは荒廃した国土、失われた生活基盤の立て直し、引き揚げ民に対する差別だった。家族とともに厳しい生活が始まった。この過程で、多くの女生徒たちが朝鮮での生活と意識を自省し始めた。

総じて、植民地朝鮮に暮らした女学生たちは、無邪気で無自覚な「植民者」であり、自らが朝鮮人に対して過酷な差別を強いていた「植民者」であったことは、戦後初めて自覚した。そのような自覚者の「内なる植民地主義」克服事例が参考に値する。

「戦前における、朝鮮に対する無邪気で無自覚な植民者」と、「現在の沖縄に対する無意識の植民地主義」と。無自覚・無意識の人びとのネガティブな客観的役割の指摘は重要である。

もっとも、私は「本土が沖縄の基地を引き取るべき」とする見解にも、そのような運動にも与しない。基地撤去の方向での運動をこそ追及すべきだとする立場を固執して小村君の不興をかっている。

(2020年1月28日・連続更新2493日)

60年前の伊達判決に、独立した裁判官像の原型を見る。

60年前の今日、1960年1月19日に「新」日米安保条約が調印された。この条約批准に反対する国民的大運動が「安保闘争」である。高揚した国民運動に岸信介政権と自民党は議会の数の力で対抗した。

5月19日衆議院での会期延長強行採決が国民に大きな衝撃を与え、翌20日衆院での条約批准の単独採決が火に油を注いだ。対米従属拒否の安保闘争は、議会制民主主義擁護の運動ともなった。同年6月が、「安保の季節」となって、全国の津々浦々に「アンポ・ハンタイ」「キシヲ・タオセ」の声がこだました。参院での議決ないままの6月19日自然承認で新安保条約成立となったが、国民的なひろがりをもった大運動が遺したものは大きかった。私は、安保後の世代として学生生活を送り、学生運動や労働運動の熱冷めやらぬ70年代初頭に弁護士となった。

よく知られているとおり、60年安保闘争には、その前哨戦として砂川基地建設反対闘争があり、裁判闘争としての砂川刑特法刑事事件があった。59年12月の最高裁砂川大法廷判決が、安保条約を合憲として在日米軍駐留を認め、同時に司法のあり方についての基本枠組みを決めることにもなった。

砂川大法廷判決と、この判決を支えた司法の枠組みは、日本の対米従属という政治的な基本構造の憲法解釈と司法のありかたへの反映である。そのような事情から、政治的基本構造における「安保後60年」は、安保が憲法を凌駕する「二つの法体系」の60年でもあり、「日本型司法消極主義」の60年ともなった。

言うまでもなく、主権国家の憲法は、最高法規として一国の法体系の頂点に位置する。敗戦以来占領下にあった日本は、1952年4月28日の独立をもって主権を回復した。これに伴い、日本国憲法は、施行後5年を経て占領軍政の軛から脱して最高法規となった。しかし、日本国憲法の最高法規性は形だけのものに過ぎなかった。そのことを深く自覚させられたのが、砂川事件における最高裁大法廷判決であった。

「憲法 ― 法律 ― 命令 ― 具体的処分」という憲法を頂点とする法体系のヒエラルヒーに対峙して、「安保条約 ― 行政協定(現・地位協定) ― 特別法」という矛盾する別系統の安保法体系があって、この両者が激しく拮抗しており、事実上安保法体系は憲法体系を凌駕し、あるいは侵蝕していると認識せざるを得ない。これが、主唱者長谷川正安の名とともに知られた「二つの法体系論」である。

この二つの法体系論は、砂川基地反対闘争におけるデモ隊の米軍基地への立ち入りを、「刑事特別法」(「日米安全保障条約第3条に基く行政協定に伴う刑事特別法」)違反として起訴したことによって、あぶり出された。

砂川闘争は北多摩郡砂川町(現・立川市)付近にあった在日米軍立川飛行場の拡張反対を巡っての平和運動である。闘争のバックボーンには、憲法9条の平和主義があった。再び、あの戦争の惨禍を繰り返してはならない。そのためには、軍事力の有効性も存在も否定しなくてはならない。日本国憲法が日本の戦力を保持しないとしながら、軍事超大国アメリカの軍隊の駐留を認めるはずはなく、その軍事基地の拡張などあってはならない。これが当時の国民的常識であったろう。

57年7月8日、東京調達局が基地拡張のための測量を強行した際に、基地拡張に反対するデモ隊の一部が、アメリカ軍基地の立ち入り禁止の境界柵を壊し、基地内に数メートル立ち入った。このことをとらえて、デモ隊のうちの7名が刑事特別法違反として起訴された。

こうなれば、当然に刑特法の有効性が争われることになる。行政協定(現・地位協定)と安保条約そのものの違憲性も問われることになる。それを承知での強気の起訴だった。徹底した平和主義を理念とし、戦力を持たないと宣言した9条をもつ日本に、安保条約に基づく米軍が存在している。誰の目にも、違憲の疑いあることは当然であった。

それでも検察は、安保合憲・米軍駐留合憲を当然の前提として、敢えて刑特法違反での強気の起訴をしたのだ。その法理論の主柱は、憲法9条2項が禁止する「陸海空軍その他の戦力」とは、日本政府に指揮権がある実力部隊に限られ、米駐留軍は含まない、とする解釈論だった。

この刑事被告事件には、対照的な2件の著名判決がある。東京地裁の伊達判決(59年3月30日)と、跳躍上告審における最高裁大法廷砂川判決(同年12月16日・裁判長田中耕太郎)とである。

一審東京地裁では、検察の強気は裏目に出た。主権国家における日本国憲法の最高法規性を当然の前提として、日本国憲法体系の論理を貫徹したのが、砂川事件一審伊達判決であった。59年3月30日、伊達裁判長は、起訴された被告人全員の無罪を宣告する。その理由の眼目である憲法解釈は以下のとおり、分かりやすいものである。
「わが国が外部からの武力攻撃に対する自衛に使用する目的で合衆国軍隊の駐留を許容していることは、指揮権の有無、合衆国軍隊の出動義務の有無に拘らず、日本国憲法第9条第2項前段によって禁止されている陸海空軍その他の戦力の保持に該当するものといわざるを得ず、結局わが国内に駐留する合衆国軍隊は憲法上その存在を許すべからざるものといわざるを得ない.」「合衆国軍隊の駐留が憲法に違反し許すべからざるものである以上、刑事特別法第2条の規定は、何人も適正な手続によらなければ刑罰を科せられないとする憲法第31条に違反し無効なものといわなければならない。」

これに対し、検察側は直ちに最高裁判所へ跳躍上告し、舞台は東京高裁の控訴審を抜きにして最高裁に移った。そうしたのは、日米両政府に、急ぐ理由があったからだ。60年初頭には、新安保条約の調印が予定されていた。安保条約を違憲とする伊達判決は、なんとしても59年の内に否定しておかねばならなかったのだ。こうして、最高裁大法廷は同年12月16日判決で、米軍駐留合憲論と、統治行為論を判示した上で、事件を東京地裁に差し戻す。

最高裁では破棄されたが、伊達判決こそは、政治支配からも立法権・行政権からも、そして最高裁の司法行政による支配からも独立した下級審裁判官による判決であった。

憲法76条3項は、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」と定める。伊達判決を言い渡した3人の裁判官は、まさしく憲法のいう独立した裁判官であった。「法と良心」に従って忖度なしの判決を言い渡したのだ。このような硬骨な裁判官の存在は、政権にも最高裁上層部にも衝撃だった。望ましからざることこの上ない。

以後、最高裁は下級審裁判官の統制を課題として意識し、国民運動のスローガンは、「裁判官の独立を守れ」というものとなった。昨日のブログで取りあげた、伊方原発運転を差し止めた広島高裁の3裁判官も、60年前における伊達コートの後輩である。最高裁司法行政からの統制圧力と、国民運動による裁判官独立激励の狭間にあって、呻吟しつつ良心を擁護してきたのだ。

(2020年1月19日)

12月27日韓国憲法裁判所・慰安婦合意案件却下決定は、『最終的かつ不可逆的解決』の法的効果を否定したものと読むべきである。

私は、2012年4月に韓国憲法裁判所を見学し,東北大学に留学していたという見事な日本語を語る判事補の通訳を介して、広報担当裁判官から懇篤な説明を受けた。その際の、「人権擁護のための真摯な姿勢」に深い感銘を受けた。そして、「世論調査によれば、韓国内で最も信頼に足りる団体が憲法裁判所とされている」と誇りをもって述べられたことが印象的だった。

その韓国憲法裁判所が、昨日(12月27日)、日韓慰安婦合意に関する案件で却下の決定を言い渡した。憲法裁判所という存在が、われわれにはなじみが薄い。却下決定が意味するものはやや複雑である。

ソウル発の聯合ニュース(日本語版)から引用する。
まずは、判決の内容について。

 韓国憲法裁判所は27日、慰安婦被害者らが旧日本軍の慰安婦問題を巡る2015年末の韓日政府間合意の違憲性判断を求めた訴えに対し、「違憲性判断の対象ではない」とし、却下した。
 却下は違憲かどうかの判断を求めた訴えが憲法裁判所の判断対象ではないとみた際に審理をせずに下す処分。つまり、裁判所は慰安婦問題を巡る韓日政府間合意が慰安婦被害者の基本権を侵害したかどうかについて、判断しないということだ。
 憲法裁判所は「同合意は政治的合意であり、これに対するさまざまな評価は政治の領域に含まれる。違憲性判断は認められない」とした。

 審理の対象となった慰安婦合意については、次のように解説している。

 同合意は15年12月に当時の朴槿恵(パク・クネ)政権と日本政府が「最終的かつ不可逆的」に解決すると約束したもの。慰安婦問題に関する日本政府の責任を認め、韓国政府が合意に基づき、被害者を支援する「和解・癒やし財団」を設立。日本政府が財団に10億円を拠出することを骨子とする。
 ただ、合意過程で慰安婦被害者らの意見が排除された上、合意の条件として韓国政府が二度と慰安婦問題を提起しないとの内容が含まれたことが明らかになり、韓国では不公正な合意との指摘が上がった。

 提訴と審理の経過については、次のように述べている。

 16年3月、姜日出(カン・イルチュル)さんら慰安婦被害者29人と遺族12人は憲法裁判所に、合意を違憲とするよう求める訴えを起こした。被害者側の代理の弁護士団体「民主社会のための弁護士会」(民弁)は、「日本の法的な責任を問おうとするハルモニ(おばあさん)たちを除いたまま政府が合意し、彼らの財産権や知る権利、外交的に保護される権利などの基本権を侵害した」とした。
 一方、韓国外交部は18年6月、「合意は法的効力を持つ条約でなく、外交的な合意にすぎないため、『国家機関の公権力行使』と見なすことができない」と主張し、憲法裁判所の判断以前に訴えの却下を求める意見書を提出していた。

 以上のとおり、形の上では、憲法裁判所の判決は韓国外交部(外務省)の意見を採用したことにになり、訴えた元慰安婦らの落胆が伝えられている。しかし、実は慰安婦合意の性格についての憲法裁判所の判断は、法的拘束力を否定したことにおいて、積極的なインパクトを持つものとなっている。毎日新聞の解説記事にあるとおり、この決定が「法的義務はないとしたことで、合意でうたわれた『最終的かつ不可逆的解決』の確約が失われ逆に元慰安婦の支援団体が日本政府の責任を追及する動きを強める契機となる可能性もある』と考えるべきだろう。

共同通信の報道が端的にこう述べている。

 韓国の憲法裁判所は27日、旧日本軍の元従軍慰安婦らが慰安婦問題を巡る2015年の日韓政府間合意は憲法違反だと認めるよう求めた訴訟で、合意は条約や協定締結に必要な書面交換も国会同意も経ていない「政治的合意」にすぎず、効力も不明だと指摘、法的な履行義務がないと判断した。
 裁判所は、合意で履行義務が生じていないため元慰安婦らの権利侵害はなく、合意を結んだ政府の行動が違憲かどうかを判断するまでもないとして、元慰安婦らの訴えは却下した。
 合意履行を韓国政府に求めている日本政府は反発を強めそうだ。

毎日が詳細に報じているが、昨日の決定は、日韓政府間合意は条約ではなく、「外交協議の過程での政治的合意」だと判断。両国を法的に拘束するものではない(法的拘束力はない)、合意によって具体的な権利や義務が生じたとは認められないため、元慰安婦らの法的地位は影響を受けないという。とりわけ問題となったのが、「外交的に保護を受ける権利」だったが、裁判所はこれを含めて基本権を侵害する可能性自体がないとした。もちろん、「政治的合意」がもつ政治的効果まで否定したわけではない。
この決定を受けて、原告側代理人の李東俊(イドンジュン)弁護士は「日韓合意は条約ではないと判断したので、韓国政府が破棄、再交渉する手がかりを作った」と述べたという。
一方、請求を却下するよう求める意見書を提出していた韓国外務省は「憲法裁の判断を尊重する。被害者の名誉、尊厳の回復や心の傷の治癒に向け、努力を続けていく」とコメントした。

また、同じ原告団が政府に損害賠償を求めた訴訟で、ソウル高裁は26日、日韓合意について「(韓国政府が)被害者中心主義に違反した合意であることを認め、真の問題解決ではなかったことを明らかにし、被害者の名誉回復のために内外で努力する」という調停案を提示。双方が受け入れた、という。韓国政府が合意した「内外での努力」の具体的内容はよく分からない。

なお、昨日の憲法裁判所の決定には、慰安婦合意の1項目である「日本大使館敷地前の少女像移転」問題について、「(合意は)解決時期や未履行による責任も定めていない」としており、市民団体が活動を活発化させることも考えられると報じられている(毎日)。

念のため、2015年日韓合意(「12・28合意」)の骨子は以下のとおりである。

・慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認。今後、互いに非難や批判を控える
・日本政府は、当時の軍の関与の下に多数の女性の名誉と尊厳を傷つけた慰安婦問題の責任を痛感
・安倍晋三首相は心からおわびと反省の気持ちを表明
・韓国政府が元慰安婦を支援する財団を設立し、日本政府の予算で10億円程度を拠出
・韓国政府は在韓国日本大使館前の少女像への日本政府の懸念を認知し、適切な解決に努力

(2019年12月28日)

 

 

アベ絶対支持派の中身は?

共同通信社が12月14(土)、15(日)の両日に実施した全国電話世論調査によると、安倍内閣の支持率は42.7%で、11月の前回調査から6.0ポイント下がった。不支持率は43.0%で、支持と不支持の逆転は昨年12月以来だという。

首相主催の「桜を見る会」の疑惑に関し、安倍晋三が「十分に説明しているとは思わない」は83.5%に上った。首相の自民党総裁4選に反対は61.5%だった。そう報じられている。

私には信じがたい。こんな体たらくのアベ政権を支持するという人が本当にこの社会に4割もいるのだろうか。こんな、嘘とゴマカシにまみれ、記録は隠す、捨てる、改竄する。国政私物化をもっぱらとするこんなみっともない内閣を支持する「4割の人」の顔を見たい。

さらに私には信じがたい。「桜を見る会」の疑惑に関し、安倍晋三が「十分に説明していると思わない人が、83.5%にとどまっていることが。世の中は広い。安倍晋三が「十分に説明していると思う」人が、いや正確には、「十分に説明していると思う振りをしようとする人」が11.5%もいるのだ。これこそ、固いアベ支持基盤。ドリルでも崩れない岩盤の11.5%。「なんでもかんでもアベに賛成」「理屈なんぞはどうでもよい。ひたすら安倍内閣を守る」という、この11.5%はいったいどんな人たちなのだろう。

おそらくは、40%のうち、30%が消極的アベ支持層。残りの10%が、「アベ絶対支持層」なのだろう。あまり楽しい作業ではないが、この強固な10%は、いったいどんな人たちなのか、想像を逞しくしてみよう。

まず、アベ政権の改憲・壊憲路線を徹底して支持しようという人びと。いや、むしろ改憲先導派と言ってよかろう。アベを首相に据え、アベを操作して改憲を実現しようとしている面々。アベが政権党の総裁であり、首相であるうちが、千載一遇の改憲チャンス。アベが失脚すれば、もしかしたら、改憲は永遠のゼロとなるやも知れない。ならば、アベの人格や品行がどうであれ、改憲のためにはアベのやることは、なんでも支持しないわけにはいかない。アベがボロを出しているのは苦々しいが、そのボロを繕おうという涙ぐましい人びと。これは、相当数いるのだろう。

次に、アベ政権の経済政策で潤っている人びと。いや、甘い汁を吸っている輩。格差貧困の拡大を安い労働力創出の賢い政策とし、消費増税で大企業減税の財源を捻出するというのだから、「アベ様命」と考えざるを得ない。それに、安倍内閣が、湯水のごとく公的資金を株式市場に注ぎ込んでくれるお蔭として、株式相場の値上がりをほくそ笑んでいる一群。「安倍さんやめちゃ困るよ。濡れ手で粟の儲けがなくなる」。

それに、加計孝太郎を筆頭に、アベ夫妻のお友達として、おこぼれに与っている人びと。アベのご恩に報いることこそ人の道。そんなことが教育勅語にも書いてあったような、ないような。アベ晋三は、お友達のために、岩盤規制にドリルの穴を開けた。その穴から滲み出た蜜に群がった品性卑しい人びと。

さらに、美しい日本にこだわる、歴史修正主義者諸君だ。日本は、美しい歴史と伝統をもっている。皇軍が侵略戦争などやったきずもない。従軍慰安婦なんて嘘。朝鮮を植民地にしたんじゃない。頼まれて、統治してやったんだ。南京虐殺も、関東大震災の在日虐殺も、ぜんーんぶ作り話。と思っている人びと、思いたい人びと。安倍内閣の後ろ盾があればこそ、ヘイトスピーチも思い切ってできた。アベ政権がなくなったら、見捨てられるんじゃないか。アベには、がんばってもらわなきゃ。

とにもかくにも反共一点張りという人たち。アベが悪口として言う「キョーサントー」や「ニッキョーソ」に、心の底から共感する連中。この人たちは、アベシンゾーこそは反共の旗手、安倍内閣は反共の砦と信じてやまない。アベがいればこそ、共産党に睨みをきかせている。今、アベを政権の座から降ろしたら、たちまち共産党の暴走を許すことになる、と共産党を買い被り過大評価する人たち。

日本の防衛のためには、核装備も、通常軍事力も、もっともっと必要なのに、アベがいなくなったら、防衛力が削減されて日本は危険極まりなくなる。日本は、中国に呑み込まれるかも知れないし、北朝鮮にもバカにされると、本気で信じている神経症の人びと。

最後に、「桜を見る会」にアベ政権からご招待を受けた、反社の方々、悪得商法の面々。地元下関の後援会員。みんなそれぞれ、アベあればこその晴れがましい「お・も・て・な・し」。アベ政権が倒壊したら、陽の当たるところにいられなくなる。

中には、自分は常に少数派でいたいという、奇特な人もいるのかも知れない。ともかく、みんな質問に正確に答えていない。自分の考えを正確に述べるのではなく、自分がどう答えるかの影響を考えて、回答しているのだ。何が何でもアベを支持という、この絶対支持派10%が、ほぼ右翼勢力支持派の実数に重なる。

ところで、内閣支持率は12月13日発表の時事通信社の調査でも、前月比7.9ポイント減の論調査40.6%と急落。「安倍離れ」はじわじわ始まっている、そう報じられている。民意のアベ離れ。これがクリスマスプレゼントであり、お年玉だ。来年の桜の季節には、アベザクラを散らしたい。
(2019年12月16日)

表現の自由を錆び付かせない努力を。

今振り返って、「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展・その後」に対する妨害問題は衝撃だった。結果として妨害行為に反撃する世論の健在が示されたとは言え、表現の自由を貫徹するにはある種の覚悟が必要な時代にあることを痛感させられた。右派・右翼に支えられた安倍一強の長期存続は、この明るくはない時代を象徴するできごとなのだ。

今はまだ、権力批判の声を出すことができる。今ならまだ、表現の自由の妨害を跳ねのける力量がある。表現の自由の旗はまだ色褪せていない。表現の自由は、画に描いた餅ではなく、現実の社会の中で確かに機能している。しかし、いつまでもこのままであろうか。表現の自由は、次第に侵蝕されつつあるのではないか。危機感をもたざるを得ない。

表現の自由を錆び付かせてはならない。そのためには、意識的に表現の自由を行使しなければならない。表現の自由の保障を「廃用性機能障害」に陥らせてはならないのだ。政権批判の言論も、天皇制廃止の見解も、資本主義の弊害についての叙述も、遠慮のない表現がなくてはならない。

身近なところでの表現の自由妨害には果敢に発言しなければならない。とりわけ、身近な自治体の表現の自由との関わり方を監視し的確に問題化しなければならない。

私は、自分も多少関わった、この夏の「平和を願う文京戦争展-村瀬守保写真展」の後援申請を却下した文京区教委のありかたの追及が不十分であったことに、忸怩たる思いでいる。

経過は、下記のブログをご覧いただきたい。

文京区教育委員会の見識を問う ― なぜ「日本兵が撮った日中戦争」写真展の後援申請を却下したのか
http://article9.jp/wordpress/?p=13106

「平和を願う文京戦争展」総括会議ご報告
http://article9.jp/wordpress/?p=13261

私が接しうる資料を見る限り、主たる問題は教育委員諸氏の事なかれ主義の姿勢にある。「平和を願う文京戦争展」の展示物の中には、南京事件被害の現場写真もある、トラックに乗せられた従軍慰安婦の生々しい写真もある。これが戦争の現実なのだ。その現実を伝える貴重な写真であればこそ、「平和のための戦争展」の展示たりうる。文京区民に戦争の悲惨を伝え、考えてもらうインパクトをもった、意義のある画像。

ところが、教育委員会としては、そんなものを展示して面倒に巻き込まれるのはまっぴらなのだ。右翼が押しかけてでもきたらたいへんだ。教育委員会が矢面に立つのはまっぴらだ。敬して遠ざくに越したことはない。この逃げ腰の態度、当たらず障らずのこの消極姿勢が結局表現の自由を痩せ細らせることになり、戦争の惨禍と平和の尊さを考える機会を失してしまうことになる。このことが、この時代をさらに暗くすることにもなる。このような教育委員会の態度を指弾することなく傍観してしまうことも同様というべきだろう。

いま、文京区教育委員会のメンバーは以下のとおりである。
文京区教育委員会教育長    加藤 裕一
同教育委員          清水 俊明(順天堂大学医学部教授)
同              田嶋 幸三(日本サッカー協会会長)
同              坪井 節子(弁護士)
同              小川 賀代(日本女子大学理学部教授)

教育委員とは、お飾りの名誉職ではない。「教育基本法」の下、「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」に基づき、「人格高潔で、教育行政ないし教育・学術及び文化に関し識見を有する」という資格要件を備えていることになっている。あるときには身を挺してでも、教育の自由や独立、民主主義を守らなければならない。政府や東京都の行政から毅然と独立した立場を堅持して職務を全うしなければならない。

公開された議事録によると、当初、事務方(文京区教育局・教育推進部長)からは、「後援名義等使用承認要綱の規定に照らし、後援名義の使用を承認したいと考えるものでございます」と承認を可とする提案であったが、出席委員から慎重論の発言がなされて続会となり、逆転の結論となった。

その議論の中には、「この南京虐殺とか慰安婦問題というのは、確かに政治的な対立が背景にある中で、事実があったかなかったかというのはわからなくなってしまっているという問題になっております」という無茶苦茶な発言がある。このような認識を前提に、「教育委員会は中立・公正の立場に立つべき」だから、「南京虐殺とか慰安婦問題があった」とする《一方の立場》の企画を後援することはできないとの結論に至っている。

これは、「人格高潔で、教育行政ないし教育・学術及び文化に関し識見を有する」者のとるべき態度ではない。

もともと、文京区は、非核平和都市宣言都市である。平和首長会議の加盟都市でもある。政府の立場如何にかかわらず、反核・平和・環境保護には積極姿勢を示してきた。どうして現教育委員会がこんなに後退した姿勢を見せたのか、理解に苦しむ。

いま国にはびこっている歴史修正主義の勢力に、文京区教育委員会が屈している、あるいは迎合しているのではないかと危惧せざるを得ない。

行政が、脅迫や暴力に屈するところから、民主主義も平和も崩れる。面倒なことを避けたいから問題に向き合おうとせずに、最も安易な選択をしようとするときの逃げ口上として「政治的中立」や「公正」が使われる。

ことは小さいようで,実は普遍性が高く重要な問題なのだ。どこにでも生じている小問題への看過が積み重なって、後戻りのできない大問題となる。これも、看過してはならない問題だと思う。

(2019年11月29日)

「戦争で死ぬ覚悟をするのなら、なぜ死ぬ覚悟で戦争に反対しなかったのか」ー特攻隊員だった岩井兄弟(99歳・97歳)の証言

戦争体験の承継は、時代の重要な課題である。終戦直後には、国民すべてが戦争体験者だった。その後しばらく、戦争体験の交流はあっても、世代間の伝承が課題として意識されることは世の大勢ではなかった。しかし、まったく戦争を知らない新しい世代が成人する時代となってからは、国民的な戦争体験の承継が大きな課題として浮かびあがってきた。さらに、戦後生まれの首相が9条改憲を鼓吹する時代ともなると、不再戦の誓いを出発点としたわが国再生の基本が揺らぐ事態を迎えている。国民誰しもが経験した戦争の悲劇の伝承は平和な未来のために不可欠の課題となっている。

戦争体験の承継手段は活字も映像もあるが、なによりも生身の体験者の語りが基本であり、訴える力がある。私も、父や母、叔父叔母などからもっと意識的に戦地の体験や銃後の生活の詳細を聞いておけば良かったと思う。録音し、あるいは書き残しておいてもらえばよかったのにと、深く悔やんでいる。

当人にしてみれば、辛くもあり,疚しくもある過去のできごと。日常生活の中では思い出したくもない体験。それをことさらに思い出して表現することには、格別の動機付けが必要であろう。そのような動機付けを得ることのないまま、没する人とともに貴重な体験が葬られてきた。

いまや、戦争体験を語ることのできる人は少ない。その話は貴重だ。できるだけ、聞いておきたい。しかも、特攻の訓練を経ての生き残りの兵士がその体験を語るとなればぜひ聞いてみたい。その稀少な機会が11月9日にあった。

「不戦兵士・市民の会」が主催する、「2019年不戦大学」としての企画。「元特攻兵(回天・伏龍・震洋)岩井兄弟(99歳・97歳)からの最後の証言」という表題。

99歳と97歳の兄弟が元兵士として揃っての講演。ともに、特攻の生き残りだという。兄・忠正は人間魚雷「回天」と人間機雷「伏龍」の隊員となり、弟・忠熊さんは爆薬を積んだモーターボートで敵船に体当たりする「震洋」の艇隊長になったという。特攻兵器として開発された人間魚雷「回天」はよく知られている。靖国神社に実物展示もある。これに比較して特攻用モーターボート「震洋」の知名度は低い。そして、人間機雷「伏龍」を知る人は少ないのではないか。

若い兵士たちが、どうして絶望の特攻を志願して散ったのか。どうして靖国に展示されているような遺書を書いたのか。その気持を思うとき、胸が痛む。生き残った人の代弁に耳を傾けたい。

そんな気持で、当日満員だった講演に参加した。私の印象に残ったのは、戦争で死ぬ覚悟をするのなら、なぜ死ぬ覚悟で戦争に反対しなかったのか」という自省の言葉。

が、ブログにどうまとめようかと書きあぐねているうちに、毎日新聞(11月21日夕刊)に先を越された。社会面を埋めつくすほどの分量で、とてもよい記事になっている。表題が、「『喜んで死ぬ』本心でない 特攻隊員だった兄弟、最後の伝言。その一部の大意を引用させていただく。
引用元は下記URL。

https://mainichi.jp/articles/20191122/k00/00m/040/143000c

辛くも2人は生き残ったが、多くの若者が特攻隊員として命を散らし、遺書が残されている。「遺書には勇ましい言葉が書いてある。『私は喜んで死ぬ』と書いてあるのを読んで感激する人もいるはずです。だけど、私は、待ってくださいと言いたい」。

忠正さんは、命を落とした隊員の無念を代弁するように語気を強めて会場に訴えた。「本当は死にたくない。でも(死ぬのが)嫌なのに殺されたと聞いたら家族も悲しむから、喜んで死んだと思ってもらおうと。もう一つは自分を励まさなきゃやれない。決して犬死にじゃないと自分を奮い立たせて慰める気持ちの表れなんです。そういうことを理解してやらないといけない。つらいんですよ、本人は……」

最後に、若者に何を伝えたいかと司会者に聞かれた2人の口から出てきたのは後悔の言葉だった。忠正さんは「この戦争は間違っているとうすうすながら分かっていたにもかかわらず、沈黙して特攻隊員にまでなった。死ぬ覚悟をしてるのに、なぜ死ぬ覚悟でこの戦争に反対しなかったのか。時代に迎合してしまった。私のまねをしちゃいけないよ、と今の若い人に伝えたい」。

忠熊さん(立命館大学名誉教授・元副学長)も「歴史は人間が作るもの。あの戦争は先人たちが道を誤った結果だ。青年、学生の行動により未来は変えることができる。そのためには、歴史を学ばねばならない。歴史を学ぶとは、過去にあったものが将来どうなって行くのか、どうすべきなのか、その筋道を学ぶことだ
(2019年11月26日)

徴用工訴訟韓国大法院判決から間もなく1年

本日は、日本民主法律家協会の理事会。その席で、川上詩朗弁護士による1時間余の講演を拝聴した。タイトルは、「日韓関係を解決する道すじは? - 韓国人徴用工問題・慰安婦問題を読み説きながら」というもの。詳細なレジメとパワポを駆使したパワフルでみごとな解説。情熱に溢れた語り口にも好感がもてた。

あの、徴用工訴訟韓国大法院判決が、2018年10月30日のこと。その直後に、私も自分なりの受け止め方を下記のブログに、書き留めておいた。

徴用工訴訟・韓国大法院判決に、真摯で正確な理解を
http://article9.jp/wordpress/?p=11369 (2018年11月1日)

徴用工訴訟・韓国大法院判決に真摯で正確な理解を(その2)
http://article9.jp/wordpress/?p=11376 (2018年11月2日)

相当の長文。読み通すのはなかなかに骨が折れる。川上講演も参考に、改めてそのポイントをまとめておきたい。

当時私は、「この判決に対する日本社会の世論が条件反射的に反発しあるいは動揺している事態をたいへん危ういものと思わざるを得ない。政権や右派勢力がことさらに騒ぎ立てるのは異とするに足りないが、日本社会の少なからぬ部分が対韓世論硬化の動きに乗じられていることには警戒を要する。まずは、同判決を正確に理解することが必要だと思う。それが、『真摯な理解を』というタイトルの所以である。判決は、けっして奇矯でも、反日世論迎合でもない。法論理として、筋が通っており、条理にかなっていることも理解しなけばならない。」と書いた。1年後の今、同じ思いを、深刻に反芻している。

10月30日韓国大法院の徴用工判決で認容されたものは、原告である元徴用工の、被告新日鉄住金に対する「強制動員慰謝料請求権」である。日本企業の朝鮮人徴用工に対する非人道的な取り扱いを不法行為として、精神的損害(慰謝料)の賠償を命じたものである

同事件において、被告新日鉄住金側は,こう抗弁した。
「原告の請求権は日韓請求権協定(1965年)の締結によってすべて消滅した」
この抗弁の成否、つまり、「日韓請求権協定で原告らの損害賠償請求権が消滅したと見ることができるか否か」これが、判決における核心的争点と位置づけられている。

この核心的争点における被告新日鉄の抗弁の根拠は、同請求権協定2条第1項「両締約国及びその国民間の請求権に関する問題が…完全かつ最終的に解決されたことになるということを確認する」、及び同条3項「一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対する全ての請求権として同日以前に発生した事由に起因するものに関しては、如何なる主張もできないことにする」との文言が、原告ら元徴用工の被告企業に対する一切の請求権を含むものであって、「解決済み」で、「如何なる主張もできないことになっている」ということにある。

しかし、この被告の抗弁を大法院は斥けた。その理由を、多数意見は「協定交渉の経過に鑑みて、原告の被告会社に対する『強制動員慰謝料請求権』は、協定2条1項の『両締約国の国民間の請求権』には含まれない」とし、だから同条約締結によって原告の請求権は消滅していない、との判断を示した。その判断は一般的な文言解釈と協定締結までの交渉経過を根拠とするもので、論理としては分かり易い。

この多数意見とは反対に、請求権協定における「両締約国の国民間の請求権」には、本件の「強制動員慰謝料請求権」も含まれる、とする5名の個別意見がある。

そのうちの2人は、「だから、協定締結の効果として、韓国国内で強制動員による損害賠償請求権を訴として行使することも制限される」「結論として、原判決を破棄して原審に差し戻す」という意見。要するに、原告敗訴を結論とする見解。

残る3人の意見が興味深い。結論から言えば、「強制動員慰謝料請求権」も、「完全かつ最終的に解決された請求権に含まれる」ものではあるが、「解決された」という意味は、国家間の問題としてだけのことで、国家間の権利は放棄されているものの、「個人が持つ請求権は、この放棄の限りにあらず」ということなのだ。多数意見と理由を異にはするが、この3人の裁判官の結論は上告棄却で、多数意見と原告徴用工勝訴の結論は同じものとなる。

大法院広報の「報道資料」は、この3裁判官意見を以下のように紹介している。

「原告らの損害賠償請求権は請求権協定の対象に含まれると解するべきである。ただし原告ら個人の請求権自体が請求権協定によって当然消滅すると解することはできず、請求権協定により、その請求権に関する大韓民国の外交的保護権のみが放棄されたに過ぎない。したがって原告らは依然として大韓民国において被告に対して訴によって権利を行使することができる。」

この3裁判官見解では、「請求権協定の締結によって『外交的保護権』は放棄された」が、「原告ら個人の被告企業に対する『請求権自体』は、請求権協定によって消滅していない」ということになっている。だから、韓国内での裁判による権利行使は可能という結論なのだ。実は、この見解、日本側の公式見解と同じなのである。日本政府も日本の最高裁も、日韓請求権協定と同種の条約によって、個人の請求権は消滅していないことを確認している。

日韓請求権協定によって、国家間の権利義務の問題は解決した。だから、個人の『外交保護権』は失われ、国家が個人請求権問題を交渉のテーブルに載せることもできなくなった。しかし、個人請求権は消滅していない。これが、日韓両政府・両裁判所の共通の見解である。

個人の権利者がその請求権を裁判所で行使した場合、これを認容するか否かは、当該国の司法権の判断次第である。他国の政府がこれに容喙するのは、越権というしかない。

「請求権協定には、外交的保護権の放棄にとどまらず「個人請求権」の消滅について日韓両国政府の意思の合致があったと見るだけの十分かつ明確な根拠がない。」「国家と個人が別個の法的主体であるという近代法の原理は、国際法上も受け入れられているが、権利の『放棄』は、その権利者の意思を厳格に解釈しなければならないという法律行為の解釈の一般原則によるとき、個人の権利を国家が代わりに放棄する場合には、これをさらに厳格に解釈すべきである。」「請求権協定では『放棄(waive)』という用語が使用されていない。」

さらに重要なのは、以下の日本側の意思についての指摘である。

「当時の日本は請求権協定により個人請求権が消滅するのではなく国の外交的保護権のみ放棄されると解する立場であったことが明らかである。」「日本は請求権協定直後、日本国内で大韓民国国民の日本国及びその国民に対する権利を消滅させる内容の財産権措置法を制定・施行した。このような措置は、請求権協定だけでは大韓民国国民個人の請求権が消滅していないことを前提とするとき、初めて理解できる。」

実はこの点は、日本政府がこれまで国会答弁などで公式に繰り返し表明してきたことなのだ。ことは、韓国・ソ連・中国との関係において、日本政府自身が繰り返し言明してきたことなのだ。徴用工訴訟・韓国大法院判決を法的に批判することは、少なくも日本政府のなし得るところではない。22万人と言われる強制動員された徴用工。過去の日本がいかに大規模に、苛酷で非人道的な振る舞いを隣国の人々にしたのか。まず、その訴えに真摯に耳を傾けることを行わない限り、公正な解決はあり得ない。

韓国を非難する意見の中には、「個人請求権が消滅しないとしても、その請求権の行使は日本の政府や企業に向けられるべきではなく、韓国政府が責任を負うべきではないか。それが、日韓請求権協定の「完全かつ最終的に解決されたことになる」の意味するところ」という俗論がある。しかし、前述のとおり、「請求権協定には、外交的保護権の放棄にとどまらず『個人請求権』の消滅について日韓両国政府の意思の合致があったと見るだけの十分かつ明確な根拠がない」というほかない。とすれば、当該の徴用工が、加害企業に対して有する損害賠償請求権の行使が妨げられてよいはずはない。

政府も企業も肝に銘じなければならない。戦争も植民地支配も、けっしてペイしないものであることを。ツケは必ず回ってくる。それは、けっして安いものではあり得ないのだ。
(2019年10月16日)

いま読むべき「戦前不敬発言大全」のお薦め

 

私の手許に、「戦前不敬発言大全」という分厚い一冊がある。この本の副題が長い。「落書き・ビラ・投書・怪文書で見る、反天皇制・反皇室・反ヒロヒト的言説」というのだ。戦前の体制側記録である「特高月報」「思想旬報」「憲兵隊記録」「社会運動の記録」などからの「不敬発言」集である。それに、コラムや解説記事が行き届いている。どこからどう読み始めても、興味深い記事ばかり。なによりも、読み易さが身上。

長い前書きの冒頭に、「特高警察、憲兵、そして現代の公安および体制の犠牲になった人々に本書を捧げる」とある。今年(2019年)6月1日発行。天皇交代直後の今だから、天皇をめぐる表現に萎縮あることを感じざるを得ない今だから、大いに読まれるべき一冊だと思う。戦前を回顧し、言論の不自由が何をもたらしたかを再確認しなければならない。

戦前の日本には、不敬罪というものがあり、国民の不敬言動が広く取り締まられた。そのため、取締対象となった不敬言動が記録として残された。この不敬言動、並べてみると、なかなかに壮観である。人は、忖度のみにて生くるものにあらず。権力の思いのままにはならぬものなのだ。

当時の日本は、国家神道(すなわち、「天皇教」)という急拵えの新興宗教体系を国家存立の基礎とも主柱ともする脆弱な宗教国家であった。その新興宗教体系の中心をなすものは、現人神としての天皇の神聖性という作られた信仰であった。

天皇とは神の子孫であるとともに、自らも神という聖なる存在である。天皇がこの国を統治する正当性の根拠は、神代の昔に、最高神アマテラスが定めたことなのだから、疑う余地はない。その神の定めに従って、この国の民のすべては、神なる天皇に臣従する立場にある。神である天皇を戴く神国日本は、他国に優越する優れた国で、神の加護の下にある…。こんなことを、大真面目に説いていたのだ。

天皇教国家は、学校教育と軍隊教育とを通じて、神なる天皇の神聖性という信仰を臣民の精神に刷り込み、「思想の善導」をはかった。が、その限界は明らかである。「思想の善導」に服さない非国民が確実に存在し、非国民への対策が必要だった。

その対策の一つが、メディアの統制であり、他の一つが、天皇の神聖性を否定する国民の言動に対する刑罰権の発動による取り締まりであった。この天皇の神聖性擁護の言動取締りが、不敬罪である。心底、天皇を敬せずともよいが、天皇に不敬の言動は厳格に取り締まる、というわけである。

初めて刑法典をひもとく人には驚くべきことに違いないないが、現行の刑法典は1907(明治40)年に制定されたものである。加除添削を重ね、ひらがな化、口語化などを経ているが、骨格は100年以上の昔のままである。

その刑法は2編からなる。第1編が「総則」であり、第2編が「罪。総論と各論に当たる。第2編の「罪」とは、何が刑罰権発動の要件としての犯罪になるのか、その構成要件を明確にして条文化したものである。この第2編「罪」が、第1章から第40章まであって、侵害される法益の種類や行為態様によって犯罪が分類されている。

たとえば、第26章「殺人の罪」には、「第199条(殺人罪)」「第200条(尊属殺人)削除」「第201条(殺人予備)」「第202条(自殺関与及び同意殺人罪)」「第203条(未遂罪)」と、分かり易い条文が並んである。

「殺人の罪」が第26章として、では第1章は何か。言わずと知れた、「皇室ニ對スル罪」である。もちろん、戦後すぐ(1947年)に削除されたもので、今はない。

我々が今なお、日々使っている刑法。その第2編第1章に、削除以前には下記の4か条があった。

第1章  皇室ニ對スル罪
第73条 《天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子又ハ皇太孫ニ對シ》危害ヲ加ヘ又ハ加ヘントシタル者死刑ニ處ス

第74条 《天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子又ハ皇太孫ニ對シ》不敬ノ行為アリタル者ハ三月以上五年以下ノ懲役ニ處ス 《神宮又ハ皇陵ニ対シ》不敬ノ行為アリタル者亦同シ

第75条 《皇族ニ對シ》危害ヲ加ヘタル者ハ死刑ニ處シ 危害ヲ加ヘントシタル者ハ無期懲役ニ處ス

第76条 《皇族ニ對シ》不敬ノ行為アリタル者ハ二月以上四年以下ノ懲役ニ處ス

上記第73条が、戦前制定された刑法各論のトップ、言わば「1丁目1番地」に位置する犯罪であった。これが、悪名高い「大逆罪」である。読みにくいが,ぜひよくお読みいただきたい。天皇や皇后に対する殺人罪ではない。「危害ヲ加ヘ又ハ加ヘントシタル」ことが犯罪行為とされている。「危害を加えようとした」だけで、「死刑ニ處ス」である。法定刑にそれ以外の選択はない。

上記の第74条と76条が、不敬罪である。不敬行為の客体は、天皇・皇族・神宮・皇稜。そして、不敬ノ行為とは「天皇等の尊厳を害する一切の行為」を指すとされた。演説から、私語から、ビラから、トイレの落書きまで、不敬言動は多岐に渡る。これを取り締まった特高もたいへんだった。

この書の著者は髙井ホアン。自らを「不逞鮮人」をもじって「太いハーフ」という人。早川タダノリ氏のデビュー当時、その若さに驚いたものだが、髙井ホアンは1994年生まれ、早川氏よりもさらに20年若い。

「高校時代より反権力・反表現規制活動を行う中、その過程で戦前の庶民の不敬・反戦言動について知り、そのパワフルさと奥深さに痺れて収集と情報発信を開始」という。

その奥深さとは、「天皇の批判を投書や怪文書でコッソリ表明」「犠牲を顧みる一般市民の非英雄的反体制的言論活動」という視点。本の宣伝に引用されている、不敬言辞は、たとえば以下のようなものだが、本を読めば、実にバラエティに富んだものであることがよく分かる。著者が、「痺れて収集と情報発信を開始」したのももっともなのだ。

■「皇太子殿下も機関の後継者というだけで別に変ったものでない」
■「俺も総理大臣にして見ろ、もっと上手にやって見せる」
■「俺は日本の国に生れた有難味がない、日本に生れた事が情無く思う」
■「実力のある者をドシドシ天皇にすべきだ」
■「生めよ殖せよ陛下の様に」
■「早く米国の領地にしてほしい」
■「天皇陛下はユダヤ財閥の傀儡だぞ」
■「日本の軍隊が他国へ攻め込んでそれで正義と言うのは変ではないか」
■「個人あってこそ国家があるので個人が立行かぬ様になっては国家もその存立を失う」

実はこの本。「戦前ホンネ発言大全」の1。同じ著者が同2を同時に発行している。こちらは「戦前反戦発言大全」である。「落書き・ビラ・投書・怪文書で見る反軍・反帝・反資本主義的言説」という副題。

「両巻合わせて合計1184ページ 約1000の発言を収録!」という惹句で、「不敬発言大全」の表紙には昭和天皇(裕仁)、「反戦発言大全」の表紙には東条英機の写真が掲載されている。

髙井ホアン(著/文) 発行:パブリブ
両巻とも、価格 2,500円+税 初版年月日2019年6月1日
http://publibjp.com/wordpress/wp-content/uploads/2019/04/戦前ホンネ発言大全FAXDM.jpg

世の空気に,しなやかに抵抗の叛骨ぶりが、好もしくも頼もしい。

(2019年10月12日)

2019年10月、「消費増税」と「表現の不自由展・その後」再開と

ご近所のみなさま、ここ本郷三丁目交差点をご通行中の皆さま。
こちらは、「本郷湯島九条の会」です。日本国憲法と平和をこよなく大切なものと考え、憲法の改悪を阻止し、憲法の理念を政治や社会の隅々にまで活かすことを大切という思いから、志を同じくする者が集まって、「九条の会」を作って、憲法を大切しようという呼びかけを続けています。

私たちは、毎月第2火曜日の昼休み時間を定例の街頭宣伝活動の日と定めて、これまで6年近くにもわたって、ここ「かねやす」前で、明文改憲を許さない、解釈による壊憲も許さない、憲法の理念を輝かせたいと訴え続けて参りました。いまは、「安倍9条改憲」の策動を厳しく糾弾しています。

配布しています、手製のチラシをお手にとってお読みください。大きな見出しで、「9条改憲を許さない」「軍事優先社会へ日本が変貌する」「自衛隊明記9条改憲の狙い」と並んでいるとおりです。なお、「NHKに励ましと抗議を」「元号使用強制反対」「教育の自由を守れ」などの集会のチラシも配布しています。また、9条改憲阻止の「3000万署名」にもご協力ください。

さて、いくつもの問題が山積している2019年10月です。まず消費税が上がりました。腹が立ちます。軽減税率という煩わしい制度にも馴染めません。何のための消費増税でしょうか。福祉を支えるため? そんなことをだれも信じていません。そんな実感は、だれにもありません。

消費税が創設されたのは1989年、以来31年間で、国が徴収した消費税総額はほぼ400兆円になります。ところが同じ時期に、法人3税(「法人所得税」「法人住民税」「法人事業税」)はほぼ300兆円減税・減収になっています。所得税・住民税も200兆円を越える減税・減収。小さく生まれて大きく育ってきた消費税は、累進性を押さえた、法人税や所得税減税分の穴埋めに消えてしまったのです。

逆進性の高い消費税を増やし、本来累進性を高めるべき所得税や法人税を減税するのは、苦しい庶民のフトコロから金を巻きあげて、金持ちや大企業にばらまいているに等しいことではありませんか。こんな税制を作ってきたのが、自公の与党政権なのです。あきらかに金持ち優遇、弱者に冷たい。憲法が定める生存権の理念に反するものといわざるを得ません。必要な税金は、あるところから、つまり儲けている大企業や富裕層に負担させるべきが当然ではありませんか。消費増税をあきらめるのではなく、今一度、税制のあり方、こんな税制を押し付けている自公政権のあり方を真面目に考えて見ようではありませんか。

もう一つだけ申しあげます。
本日(10月8日)の午後に、これまで中止となっていた、あいちトリエンナーレの企画展「表現の不自由・その後」が再開となります。いったんは脅迫や暴力を示唆する勢力によって中止を余儀なくされた企画展ですが、表現の自由が脅迫や暴力に屈してはならないと真剣に再開を望む良識ある世論が実ったものと喜びたいと思います。

表現の自由の本質とその限界について確認しておきましょう。まずは、その自由の限界についてです。この展示の企画や運営を批判する自由はだれにもあります。意見があれば、忌憚なく表現の自由を行使すればよいのです。しかし、批判の言論を越えて、脅迫や暴力を示唆して展示を妨害する権利はだれにもありません。それは、悪質な犯罪として、厳しく取り締まられなければなりません。

もちろん、威力による業務妨害をけしかけることも犯罪です。また、河村たかし名古屋市長や菅義偉官房長官など、権力の陣営にいる人物は、一般の国民とは違って、権力を背景に展示の可否についての発言を慎まなくてはなりません。その強い立場で、本来自由に形成されるべき国民の意見を抑制したり誘導したりせぬよう配慮が必要だからです。

そして、表現の自由の本質について強調しなければなりません。表現の自由は、時の政権や多数派を批判できるところに,その神髄があります。表現の自由は人権ですから、民主主義という理念に優越するものと考えざるを得ません。「日本人の心を傷つける」から発言を慎まなければならないとは、愚論も甚だしい。

いま、日韓関係が冷え込み、政権やメディアが、韓国バッシング一色に染まっている感があります。このようなときにこそ、日韓の歴史に思いをいたし、歴史の修正を批判して隣国との友好を大切しようという言論は貴重なものです。その意味でも「平和の少女像」の展示の権利を侵害してはなりません。

もう一つ、天皇の肖像の扱いが問題とされている作品があります。今の世は、大逆罪や不敬罪がまかりとおる時代ではありません。天皇をどう語るかについて、萎縮したり、遠慮したりする必要はありません。天皇とは、主権者国民の意思によって存在しています。天皇制を存続させるべきか否か、どのように天皇についての制度を設計するか、天皇制の維持についての経済的負担をどの限度で認めるべきか、すべては国民の意思によって決せられます。むしろ主権者としての国民は,遠慮なく天皇について語るべきなのです。天皇制についての肯定・否定両論があるのは当然のことです。天皇の存在を肯定し、天皇をことほぐ意見だけが許容されるという偏狭な考えは、憲法の国民主権原理に反する暴論と言わざるを得ません。

いま、天皇批判の言論の許容度こそが、表現の自由一般の程度をはかるバロメータとなっている感があります。今回、中止に追い込まれた「表現の不自由展・その後」の展示に天皇の肖像が関わっていることに注目せざるを得ません。いま、事を荒立てたくないから、面倒なことにかかわりたくないからとして、天皇にかかわる言論を避けて自粛することは、表現の自由の幅を著しく狭めていくことにほかなりません。

国民が萎縮し自粛して、自ら表現の自由を抑制すれば、やがて人権としての表現の自由は枯死することになるでしょう。表現の自由がなくなった社会とは、権力が何のはばかりもなく、思いのままに振る舞うことができる社会。それが、人権も平和もない、全体主義と呼ばれる社会です。「表現の不自由展・その後」の再開は、まだ私たちの社会が、人権や民主主義を枯渇させることのない復元力を持ってることを示したのだと思います。
展示再開の意味を,それぞれに、自分なりに考えようではありませんか。
(2019年10月8日)

徴用工問題の法的関係は、こう考えるべきである。

田中均(元外務審議官)といえば、テロ煽動家・石原慎太郎から、「爆弾を仕掛けられて、当ったり前の話だ」と中傷されたお人。石原からこう言われているのだから、立派な人であることはお墨付き。以来、この人の言には耳を傾けているが、なるほどと納得できることが多い。この人のようなバランス感覚のよい官僚が幹部を占めるのなら安心しておられるのだが、今や安倍官邸の締め付けは不安材料ばかり。

とは言え、田中均言説にすべて賛同とはならない。先日この人が、〈日本総合研究所国際戦略研究所理事長〉という長い肩書で、毎日新聞に、「『恨(ハン)』と『憤り』の日韓関係を打開できるのは政治だ」という長文の寄稿を寄せていた。結局のところ韓国責任論の結論なのだ。どうしても、この寄稿に違和感を拭えない。
https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20190903/pol/00m/010/002000c
この人の日韓関係の現状分析についての要点は以下のとおり。これが良識派の見解というところなのだろう。

韓国にとり日本が絶対的に重要であった時代は終わり、経済面では大きく台頭してきた中国の相対的重要性は高まった。それまではある程度封じ込められていた竹島の問題や慰安婦問題が国内政治問題との関連で火を噴くことになった。韓国の政権は保革を問わず、国内求心力の回復のため反日の国民意識を掻き立てることを躊躇しなくなった。特に学生として民主化闘争に中心的役割を果たした86世代(1980年代に学生生活を送った60年代生まれの世代)の人たちが50代となり、今日の文在寅(ムン・ジェイン政権の中枢を占めている。彼らは軍事独裁政権と戦ったという自負心も強く、反日、反米、親北朝鮮の意識も鮮烈だ。

一方日本側の意識も時を経て変わった。韓国側の被害者的な意識は、数百年にわたる日本の朝鮮半島圧迫の歴史に起因するものであるのに対し、日本の意識は、近年韓国が反日をむき出しにしてきた過去十数年程度の短い期間に生じていることに大きく影響され、今日の文政権でピークに達しているということができよう。

日本の低姿勢に徹した外交を支持する層は限られ、「日本は日本の主張をするべきだ」「韓国が合意を破るならそれに対抗措置をとるのは当然だ」という意見が多数を占めるようになった。韓国側が強硬論をとるのは青瓦台であるように、日本側においてもこのような国民の意識を背景にするのは首相官邸だ。日韓双方で、政権は強い国民意識に沿った外交を行うことが支持率を上げることにつながると考えるのだろう。

さて、当面の課題は徴用工問題の解決である。この点について、田中論文はこう言っている。

徴用工問題について韓国政府は考え方の基本を確認するべきだ。第一に、民主主義国では当然のことながら司法は独立しており、大法院の判決に政府が介入することはできないこと。第二に、個人の請求権が消滅しているわけではないこと。第三に、日韓両国の請求権問題は1965年の日韓基本条約・請求権協定により解決済みであること。そして第四に、国際法と国内法の矛盾は韓国政府によって解決されねばならないことだ。その解決を日本政府や日本企業に求めるのは無責任であり国家としての統治責任の放棄だ。

足りない言葉を補って論理を整理してみよう。

第1 司法は独立しており、韓国大法院の判決に日韓両国の政府が介入することはできない。
第2 徴用工個人の日本企業に対する請求権が消滅しているわけではない。
第3 日韓両国の国家間の請求権問題は、1965年日韓基本条約・請求権協定により解決済みである。
第4 国際法と国内法の矛盾は韓国政府によって責任をもって解決されねばならない。

以上の第1~第3の前提から、第4の結論がどう論理的に導かれるのか。理解し難い。実は、第1と第2の命題を無視して、第3の字面だけから第4の結論が導かれているのではないだろうか。いずれにせよ、論理的な説得力に欠けると指摘せざるを得ない。

むしろ、論理は以下のようにならざるを得ない。

第1 日韓基本条約・請求権協定により解決済みとなっているのは、日韓両国家間の請求権問題に過ぎない。
第2 ということは、徴用工個人の日本企業に対する請求権が消滅しているわけではなく、このことは両国政府ともに認めているところである。
第3 したがって、徴用工個人の日本企業に対する請求を認容するか否かは、純粋に韓国国内法の問題として、韓国司法の権限に属することである。ここには、国際法と国内法の矛盾の問題はない。
第4 司法は独立しており、大法院の判決に日韓両政府とも介入することはできない。
第5 仮に日本政府が現状を「国際法と国内法の矛盾」の顕在化と捉えるなら、韓国に対して具体的な提案をして外交交渉によって解決する以外に方法はない。

日本政府は、嫌韓を煽って事態をこじらせることの愚を悟るべきなのだ。
(2019年9月29日)

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