澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

金時鐘「朝鮮と日本に生きる―済州島から猪飼野へ (岩波新書)」を読む

巻を措く能わずという形容のとおり、読み始めたらやめることができず、一気に読み通した。もう4年前に出た本。その前には、岩波の『図書』に連載されていたものというから、もっと早くに読めたのにようやく今ごろ…。もっと早く、読んでおくべきだった。

一人の誠実な活動家の生き方の記録としてだけでも読むに値するが、歴史の証言としての内容は、幾重にも衝撃的である。とりわけ、「4・3事件」を生き延びた当事者としての生々しい描写に息を呑む。若い彼は、犠牲者総数3万人を超えるとも言われている事件の全体像を語る立場にはないが、弾圧された側の運動を支えた精神を最も鮮明に語りうる活動家の一人ではあった。

結局蜂起は失敗に終わり、無惨な報復的虐殺の嵐が荒れ狂うことになる。なぜ、チェジュ島でこれほどの暴虐が恣にされたのか。十分には理解しえないもどかしさは残るが、どうしても若い彼の行動と気持に感情移入して、はらはら、ドキドキせざるを得ない。敗北の苦い経験だが、傍観者の事後的評価は慎むべきだろう。「4・3蜂起」といわれる彼らの決起行動を「未熟な冒険主義」などと、傲慢に非難する気持にはなれない。

「賽は投げられる寸前でした。座して死を待つか。立って戦うか。祖国分断への単独選挙が目前に迫るなかで、ぎりぎりの選択が党員(「南労党」)全員にかかってきました。」という、回想が胸に迫る。

彼は、「4・3事件」に決起していったん逮捕され釈放の後、再度の任務を遂行して今度こそ進退窮まる。このときに、普段は飄々としている父親が奔走して、日本への密航船を手配する。父親は別れの時に、こう言ったという。
「これは最後の、最後の頼みでもある。たとえ死んでも、ワシの目の届くところだけでは死んでくれるな。お母さんも同じ思いだ」

こうして、彼は、母がつくった炒り豆の弁当と、日本の50銭紙幣の束と、イザというときのための青酸カリをしのばせて、粗末な密航船に乗り込んだ。上陸は瀬戸内の舞子の浜あたりだったという。こうして、その後の人生を在日として生きることになった。

彼は、日本統治下の済州島で、皇民化政策の申し子として育つ。心底からの、天皇崇拝の皇国少年だったと回想している。1945年の「解放」時は、数えで17才。努力して朝鮮人としての自覚を獲得する。ハングルも解放後に学んだという。

彼は、日本へ脱出の後も、アメリカとその傀儡である李承晩政権が圧政を敷く南朝鮮に深く失望し、北に強い憧憬の念を抱く。しかし、次第に北朝鮮の実情を知るに至ってこちらにも失望する。そして、終章の最後をこう締めくくっている。

「新たな戸籍と大韓民国国籍を晴れて取得しました。30年にわたって民衆が闘い続けた民主化要求が実って、民主主義政治が実現した大韓民国の国民のひとりにこの私がなれたことを、心から手を合わせて感謝しています」

2003年のこのとき著者は74才になっている。なお、これに「あとがき」が続き、次のような胸に刺さる一節がある。

「この連載を機に、…今更ながら、植民地統治の業の深さに歯がみしました。反共の大義を殺戮の暴圧で実証した中心勢力はすべて、植民地統治下で名をなし、その下で成長を遂げた親日派の人たちであり、その勢力を全的に支えたアメリカの、赫々たる民主主義でした」

金時鐘氏、1929年の生まれ。在日の詩人。今年90才になる。まぎれもなく、貴重な歴史の生き証人である。
(2019年5月13日)

「法と民主主義」4月号特集『日韓関係をめぐる諸問題を検証する』ご案内

日本民主法律家協会の機関誌・「法と民主主義」4月号【通算537号】は、来週中に発刊となる。特集の総合タイトルが、「日韓関係をめぐる諸問題を検証する」というもの。発刊に先だって、そのリードをご紹介する。

 時あたかも「3・1独立運動」から100周年といういま、日韓関係が過去最悪の事態と言われる。保守層の一部では、あろうことか、「日韓断交」の言葉さえ飛びかっているという。
 2018年10月30日、韓国大法院は新日鉄住金の上告を棄却して、元徴用工の賠償請求を認容した原判決を確定させた。この大法院判決は、韓国における三権分立が正常に作用していることを示すものである。しかし、それ以来の急激な日韓関係の軋みである。
 同年11月21日には、日韓「慰安婦」合意(2015年12月28日)によって設立された「和解・癒し財団」の解散が発表されて、同合意は事実上崩壊した。同月29日には、三菱重工に対しても、新日鉄住金と同内容の徴用工事件判決の言い渡しがあった。さらに、同年12月20日には、韓国海軍の広開土国王艦から自衛隊機に対する「レーダー照射」問題が生じ、これが外交問題となって日韓関係の悪化に拍車がかかった。
 その上、今年の2月7日には、韓国議会(一審制)の文喜相議長が、天皇に対する元慰安婦への謝罪要求発言があったとして物議を醸すに至っている。
 保守の朴槿恵大統領時代には、比較的「円満・良好」だった安倍政権との関係が、市民の「キャンドル革命」によって樹立された文在寅政権とは基本的に反りが合わないというべきか、軋轢が噴出している。
 その軋轢が、日本国民のナショナリズムの古層を刺激し、韓国に対する排外・差別感情を醸成している点で、看過しがたい。冷静に、問題を歴史の根本から見つめなければならない。
 問題の根源は、旧天皇制日本による朝鮮植民地化の歴史にある。そして、韓国の軍事独裁政権と日本の保守政権とで合意された、日韓の戦後処理の杜撰さにも大きな問題がある。また、現在進行しつつある、南北関係や米朝関係の大きな変化の反映という側面も見なければならない。
 現在の日本国内の事態は、政府に煽られた形で、メディアや世論が韓国批判の論調一色に染められていると言って過言でない。対韓世論悪化の元凶は、明らかに日本政府である。
 本特集は、法律家の任務として、かつて日本の植民地支配時代に侵害され蹂躙された朝鮮・韓国の人権回復の法理を再確認するとともに、これまでの日中・日韓の各戦後補償訴訟の到達点を踏まえて、政権のデマゴギーを許さない運動に役立てようとするものである。
 本特集の構成は以下のとおりである。

◆巻頭論文として、和田春樹氏の「日・韓・朝 関係の戦後史」(仮題)を掲載する。植民地支配を脱した韓国朝鮮が、東西対立の最前線として、朝鮮戦争を余儀なくされたところからの現代史を通覧して、軋んだ現状の原因となった日韓、日朝の戦後補償問題の経過と、米国を含む現状の国際関係までを把握するためである。
◆次に、植民支配の残滓を清算すべきでありながら不十分に終わった、「日韓の戦後処理の全体像と問題点」を、この点に精通している山本晴太弁護士の寄稿が明らかにする。
◆日韓の請求権問題は、中国の戦後補償訴訟との共通点をもつ。その訴訟実務を担当した森田大三弁護士が、「中国人強制連行・強制労働事件の解決事例」を踏まえて、韓国徴用工問題解決への展望を語っている。
◆また、「韓国徴用工裁判の経緯、判決の概要と今後の取り組みについて」は、専門実務家の立場から、川上詩朗弁護士が全体像を明確にしている。
梓澤和幸弁護士の「徴用工判決と金景錫事件」は、訴訟において和解による被害救済を実現した、貴重な実例の報告である。                 
大森典子弁護士「日韓合意の破綻──『慰安婦』問題と日韓関係」は、日本の朝鮮植民地支配時代の人権侵害を象徴する「慰安婦」問題における、2015年合意の脆弱な弱点を指摘するものである。
◆最後に、韓国側の事情を中心に、「文政権と南北宥和 ― その対日政策への影響」について、東京都市大学・李洪千准教授に解説をお願いした。

 以上のとおり、求めるところは人権尊重の原理が国境を越えた普遍性を有していることの再確認であり、日韓市民間の友誼と連帯を通じての北東アジアの平和の構築である。本特集が、その理解と運動に寄与することを強く願う。
                  (担当編集委員 弁護士 澤藤統一郎)

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「法と民主主義」は、毎月編集委員会を開き、全て会員の手で作っています。憲法、原発、司法、天皇制など、情勢に即応したテーマで、法理論と法律家運動の実践を結合した内容を発信し、法律家だけでなく、広くジャーナリストや市民の方々からもご好評をいただいています。定期購読も、1冊からのご購入も可能です(1冊1000円)。

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(2019年4月21日)

本日、東京大空襲の日。10万の犠牲者の無念に合掌。

3月10日。胸が痛む日。74年前の今日、東京大空襲で一夜のうちに10万人の命が失われた。その一人ひとりに、個人史があり、思い出があり、夢があり、親しい人愛する人がいた。自然災害による被災ではない。B-29の大編隊が、東京下町の人口密集遅滞に焼夷弾の雨を降らせてのことだ。東京は火の海となって焼失し、都市住民が焼き殺された。

広島・長崎に投下された原爆も、沖縄地上戦も、この世の地獄に喩えられる惨状であったが、日本各地での都市空襲被害も同様であった。その中の最大規模の被害が東京大空襲である。

1945年3月10日早暁、325機のB-29爆撃機が超低空を飛行して東京を襲った。各機が6トンのM69ナパーム焼夷弾を積んでいたという。米軍が計算したとおり、折からの春の強風が火を煽って、人と町とを焼きつくした。逃げれば助かった多くの人が、防空法と隣組制度で消火を強制されたために逃げ遅れて、命を失った。

この空襲被害は避けることができなかったものだろうか。1941年に始まった対米戦争の終戦が早ければ貴重な人命を失うことはなかったのだ。当時既に、情報を把握している当局者には、日本の敗戦は必至の事態であった。

前年(44年)7月9日にはサイパンが陥ちている。続いて、8月1日にはテニアン、8月10日にグアム。こうして、B-29爆撃機の攻撃圏内に日本本土のほぼ全域が入ることになった。これらの諸島を基地としたB-29の本土襲来があることは当然に予想されており、東条内閣はサイパン陥落の責任をとる形で7月18日に総辞職している。

東条内閣の成立は、太平洋戦争に突入の直前。その前に首相の座にあったのが近衞文麿である。この人が、45年2月14日、東京大空襲の1か月ほど以前に、天皇(裕仁)に面会して、近衛上奏文と言われる文書を提出している。「敗戦は必至だ。早急に戦争終結の手を打つ必要がある」という内容。

やや長文のうえ候文の文体が読みにくいが、要所を摘記してみる。

敗戦は遺憾ながら最早必至なりと存候。以下此の前提の下に申述候。
敗戦は我が国体の瑕瑾(かきん-傷)たるべきも、英米の與論は今日までの所国体の変革(天皇制の廃絶のこと)とまでは進み居らず(勿論一部には過激論あり、又将来如何に変化するやは測知し難し)随て敗戦だけならば国体上はさまで憂うる要なしと存候。国体の護持の建前より最も憂うるべきは敗戦よりも敗戦に伴うて起ることあるべき共産革命に御座候。

つらつら思うに我が国内外の情勢は今や共産革命に向って急速度に進行しつつありと存候。即ち国外に於てはソ連の異常なる進出に御座候。我が国民はソ連の意図は的確に把握し居らず、かの一九三五年人民戦線戦術即ち二段階革命戦術の採用以来、殊に最近コミンテルン解散以来、赤化の危険を軽視する傾向顕著なるが、これは皮相且安易なる見方と存候。ソ連は究極に於て世界赤化政策を捨てざるは最近欧州諸国に対する露骨なる策動により明瞭となりつつある次第に御座候。

戦局への前途につき、何らか一縷でも打開の望みありというならば格別なれど、敗戦必至の前提の下に論ずれば、勝利の見込みなき戦争を之以上継続するは、全く共産党の手に乗るものと存候。随つて国体護持の立場よりすれば一日も速に戦争終結の方途を講ずべきものなりと確信仕候。戦争終結に対する最大の障害は、満洲事変以来今日の事態にまで時局を推進し来りし、軍部内の彼の一味の存在なりと存候。彼等はすでに戦争遂行の自信を失い居るも、今までの面目上、飽くまで抵抗可致者と存ぜられ候。

此の一味を一掃し、軍部の建て直しを実行することは、共産革命より日本を救う前提先決条件なれば、非常の御勇断をこそ望ましく存奉候。以上

「勝利の見込みなき戦争をこれ以上継続することは、全く共産党の手に乗るものと考えます。従って国体護持(天皇制維持)の立場よりすれば、一日も早く戦争終結の方法を実行するべきものと確信しています」というのが、近衛の情勢観。

開戦も終戦も、権限のすべてを握るものが天皇であった。「元首相」の立場では、精一杯のことだったろう。終戦のためには軍の実権を握る勢力(近衛は「此の一味」と言っている)を一掃しなければならず、それはなかなかに困難ではあったろうが、それができるのは天皇だけなのだ。

この日、天皇は「もう一度、戦果を挙げてからでないとなかなか話は難しいと思う。」と言い、近衛は「そういう戦果が挙がれば、誠に結構と思われますが、そういう時期がございましょうか。それも近い将来でなくてはならず、半年、一年先では役に立たぬでございましょう。」と述べたとされている。

その後の経過において、天皇が言った「もう一度、戦果を挙げてから」のという機会は一度もなかった。すべては、近衛が「そういう戦果が挙がれば、誠に結構と思われますが、そういう時期がございましょうか」と危惧したとおりとなった。

このあと1か月ほどで、3月10日を迎える。首都が壊滅状態となり、10万の人命が失われても本土決戦の絶望的作戦は変更にならない。4月1日には、本土への捨て石としての沖縄地上戦が始まり6月23日に惨憺たる結果で沖縄守備隊の抵抗はやむ。ここで日本側だけで19万人の死者が出ているが、まだ戦争は終わらない。全国の主要都市は、軒並み空襲を受け続ける。そして、ポツダム宣言の受諾が勧告されてなお、天皇は国体の護持にこだわり、広島・長崎の悲劇を迎え、ソ連の対日参戦という事態を迎えてようやく降伏に至る。

すべての戦争犠牲者が、天皇制の犠牲者ではあろうが、敗戦必至になってからの絶望的な戦闘での犠牲者の無念は計り知れない。とりわけ、空襲の犠牲者は、同胞から英霊と呼ばれることもなく、顕彰をされることもない。その被害が賠償されることも補償されることすらもない。

広島・長崎の原爆、沖縄の地上戦、そして東京大空襲‥。このような戦争の惨禍を繰り返してはならないという、国民の悲しみと怒りと、鎮魂の祈りと反省とが、平和国家日本を再生する原点となった。もちろん、近隣諸国への加害の責任の自覚もである。2度と戦争の被害者にも加害者にもなるまい。その思いが憲法9条と平和的生存権の思想に結実して今日に至っている。

3月10日、今日は10万の死者に代わって、平和の尊さを再確認し、平和憲法擁護の決意を新たにすべき日にしなければならない。
(2019年3月10日)

益子・「朝露館」(関谷興仁陶板彫刻美術館)ご案内

石川逸子さんのお宅を訪問したのが、朝鮮の「独立運動」記念日に当たる3月1日。先週の金曜日のことだった。そのとき、石川さんの夫君(パートナーというべきか)関谷興仁さんともお目にかかった。石川さんへのインタビューの後、関谷さんの運転で小岩駅まで送っていただいた。

そのとき、益子に朝露館という陶芸展示館があり、関谷さんがその主宰者であることを教えられた。ものを知らないということは恐ろしい。私は、朝露館について、まったく無知だった。関谷興仁という陶芸家についても。

お土産に、悼 -集成-」と題する立派な写真集をいただいた。奥付を見ると、発行人関谷興仁、発行所朝露館とされている。一葉社から、2016年11月に発売されたもの。朝露館展示の陶芸作品とそれにまつわる詩が中心だが、並みの陶芸作品記録ではない。

「悼」とは、戦争で、植民地支配で、原爆で、弾圧で…。非業の死をやむなくされた無数の人々への鎮魂の意である。この本の惹句に、「もの言えぬ死者の声を聞き取りながら負の歴史に向かい合った作品を作り続ける関谷興仁の第4弾にして決定版の陶板作品写真集!」とある。『悼ー集成ー』の以前に、『悼』『悼II』『悼III』の出版があって、その集大成の写真集として、『集成』に至ったとのこと。

目次が下記のとおりだ。
 ハルラ山
 千鳥ヶ淵
 SHOAH
 チェルノブイリ
 フクシマ
 中国人強制連行
 ヒロシマ
 詩歌
 オブジェ

「ハルラ山」は、韓国・チェジュ島の中央に位置する高山。ここは「済州島四・三事件」の舞台。権力に抵抗して蜂起した人々に対する虐殺の場。「千鳥ヶ淵」は、靖国と対置される、無名の太平洋戦争犠牲者の墓苑。「SHOAH」は、ユダヤ人に対するジェノサイドのこと。「チェルノブイリ」「フクシマ」は、多くの人の平和な故郷を奪った文明の陥穽。「中国人強制連行」は天皇制日本の蛮行の象徴。関谷さんは、「当時これを実施したのは現政権中枢の祖父たち。この子孫がいまだ政権に蟠踞している」とメモしている。もちろん、岸信介と安倍晋三を念頭においてのこと「ヒロシマ」は、あのヒロシマ。ここでは石川逸子さんの詩が、多く陶板に書き込まれている。「詩歌」の最初は、金芝河。そして伊東柱。坂口弘なども。「オブジェ」の冒頭作品は、「石のインティファーダへの『呼びかけ』」と評題されたもの。これでほぼ、朝露館」「悼」の骨格がお分かりいただけるだろう。

「朝露」は、はかない「あさつゆ」かと思ったのは間違いで、韓国では誰もが知っている抵抗の歌からの命名だという。1970年朴正煕政権下において、22歳のジョンテイル(全泰壱)青年が抗議の焼身自殺をした。これを悼む歌として、作られたのが、キムミンギ(金敏基)作詞・作曲の「アッチミスル」、即ち「朝露」である。

次のような訳詞が紹介されている。勇ましくはない。政権や体制への直接の批判の言葉もない。
  長い夜を暮らし草葉に宿る
  真珠より美しい朝露のように

  心に悲しみがみのるとき
  朝の丘に立ち微笑を学ぶ

  太陽は墓地の上に赤く昇り
  真昼の暑さは私の試練か

  私は行く、荒れ果てた荒野に
  悲しみ振り捨て私は行く

それでも、この歌は、民衆の抵抗歌として歌われ、軍事政権によって74年に「禁止歌謡」に指定されたという。もちろん、禁止されれば、なおのこと人は唱うものだ。民主化運動のうねりの昂揚のたびに、この歌は脈々と唱い継がれてきた。この抵抗のスタイルが、関谷さんの気持ちにピッタリだったのだろう。

安倍や、菅や、麻生や、河野太郎のような、「差別根性を丸出しにした」「政権中枢に蟠踞している輩」だけが日本人だけではない。同胞の中に、関谷興仁さんや、石川逸子さん等がいることを誇りに思う。強者の不当な仕打ちに心から怒り、弱者の側に立って寄り添おうという人だけが、民族間の架け橋にもなり、平和を築く土台を作りうる。

益子に行ったら、朝露館を訪ねてみよう。
〒321-4217栃木県芳賀郡益子町益子4117-3
電話番号 0285-72-3899
但し、開館時期は限られている。
 春期(4月~6月) 秋期(9月~11月)
 開館日:金曜・土曜・日曜
 開館時間:12:00~16:00まで  
※開館時期以外のお問い合わせはこちら
TEL:03-3694-4369(9:00~16:00)

なお、ホームページが充実している。
http://chorogan.org/
http://chorogan.org/access.html
案内のユーチューブもある。
https://www.youtube.com/watch?v=_n2xAHwSpEY

朝露館では、夥しい無辜の理不尽な死に想いを致そう。
これ以上の過ちは繰り返させないという決意を新たにしつつ。
(2019年3月8日)

「3・1独立運動」は、現代の韓国民主化にどうつながっているだろうか。

昨日(2月22日)の夜、韓国から帰国。日本平和委員会が企画した「韓国ピースツアー・2019」に参加して、4泊5日の旅程が有意義に終了した。

この企画に初参加した昨年は、大きなカルチャーショックを禁じえなかった。韓国はすごい。韓国民衆の意識の高さと、市民運動のパワーに圧倒される思いだった。そして、市民運動に携わる人々の若さと明るさを羨ましいと思った。学ぶべき点が数多くある。今年の企画に参加した個人的な問題意識は、その市民のパワーの源流を確認したいということ。

「3・1独立運動」から100年である。日本の側から見れば、侵略と植民地支配の負の歴史をどう総括するのか。朝鮮(韓国)の人々は、植民地支配への抵抗の歴史が今にどうつながっていると見ているのか。そして今、両国の民衆はどのような共通認識のもと、連帯の行動が可能なのだろうか。

「3・1独立運動」は、華々しく独立を勝ち得た運動ではない。大規模な非武装の平和的民衆蜂起ではあったが、苛酷に弾圧され、押さえ込まれた民衆運動だった。果敢に運動の先頭に立った良心と勇気を兼ね備えた多くの人々が殺害されている。独立宣言文に署名した「民族代表」33名のほとんどが有罪とされてもいる。この抵抗と弾圧の記憶と怨念が、どのように継承され持続されたのであろうか。

現行大韓民国憲法(第六共和国憲法・1987年採択)の前文冒頭に、「悠久な歴史と伝統に輝く我々大韓国民は、3・1運動で建立された大韓民国臨時政府の法統と、不義に抗拒した4・19民主理念を継承し、祖国の民主改革と平和的統一の使命に立脚して、正義・人道と同胞愛で民族の団結を強固にし」と書かれているという。「3・1独立運動」こそが、「正義人道と同胞愛で民族の団結を強固にする」という国民運動の源流であり、87年民主化にもつながる「祖国の民主改革」の原点という国民的確認ということなのだろう。

ツアー最終日の昨日(2月22日)、安重根記念館タプコル公園を見学した。安重根は1909年に初代韓国統監伊藤博文を射殺した民族的英雄。そして、タプコル公園は1919年の「3・1独立運動」の発火点となった場所。この2事件は、日本の植民地支配への抵抗の形として、武力闘争と非武力の平和的大衆闘争の典型例。結局は両者とも、独立を勝ち取ることには成功せず、抵抗を示すことで終わった。しかし、その両者の精神が、朝鮮民族の中に脈々と流れてきたということになる。

自分の確信として、「安重根の伊藤射殺と韓国の現代」「『3・1独立運動』とキャンドル革命」とがしっくりと重ね合わされたわけではない。ツアーの続きのノリで、本日(2月23日)東新宿の高麗博物館を訪ねてみた。

同博物館のホームページによれば、高麗博物館とは、「市民がつくる日本とコリア交流の歴史博物館」だとある。「高麗」とは世界の共通語「コリア」の意味、つまり韓国と朝鮮をひとつにとらえた言葉。日本とコリアとの関係はこう語られている。

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有史以前から、朝鮮半島と日本列島の人々は豊かな交流があり、先進文化は朝鮮半島を通じて日本に伝えられ、日本は発展してきました。ところが日本は近代以降コリアを侵略し植民地にしました。しかし戦後、私たちの国はこの事実にしっかり向き合ってはきませんでした。在日コリアンが日本にいるということ、今も差別が続いているということは、過酷な植民地支配の歴史を象徴しています。日本人の多くは、このような歴史も、コリアンの心の内も、ほとんど理解しないで過ごしてきました。
私たちはこのような歴史の事実に向き合い、学び理解することを心がけたいと思います。これは日本とコリアの信頼関係の土台になり、東アジアの平和につながるものです。そして在日コリアの人たちと共に良き隣人となる道を歩んで行きたいと思います。

高麗博物館の目的

1、高麗博物館は、日本とコリア(韓国・朝鮮)の間の長い豊かな交流の歴史を、見える形であらわし、相互の歴史・文化を 学び、理解して、友好を深めることを目指します。
2、高麗博物館は、秀吉の2度の侵略と近代の植民地支配の罪責を反省し、歴史の事実に真向かい、日本とコリアの和解を目指します。
3、高麗博物館は、在日韓国朝鮮人の生活と権利の確立を願いながら、在日韓国朝鮮人の固有の歴史と文化を伝え、民族差別のない共生社会の実現を目指します。

その高麗博物館の2019年企画展「3・1独立運動100年~東アジアの平和と私たち~」が開催中なので訪ねてみた。企画展は以下のとおり。

2019年2月6日(水)~6月23日(日)
開館時間: 12:00 ~17:00
会場:高麗博物館展示室
休館日:月曜・火曜
入館料 400円    

この企画展の趣旨が次のように語られている。

1919年3月1日、日本の植民地支配に抗し、朝鮮で大規模な独立運動が起きました。各地で「独立宣言書」を読み上げ、「独立万歳」をさけび、あらゆる階層の人たちが参加して、運動は全国各地に広がっていきました。

日本の憲兵警察はこの 「3・1独立運動」を弾圧し、日本は敗戦まで植民地支配を続け、ほとんどの日本人は政府を支持しました。
100年が経過した今日、多くの人が「3・1独立運動」ばかりか、かつて日本が朝鮮半島を植民地にしていたことを知りません。
朝鮮半島の情勢は今大きく変化し、非核化と朝鮮戦争の終結へと向かっています。「3・1独立運動」100周年に当たり、高麗博物館では韓国の独立記念館、堤岩里の教会などを訪ね、3・1運動について学んできました。当時の報道や女性の活動、堤岩里の虐殺事件、在朝日本人の動き、そしてこの運動が今日の民主化運動、キャンドル革命へ連動していくことなどを展示して東アジアの平和について考えたいと思います。

韓国では、歴史を学ぶ場に若者が多い。どの運動体も、若者とりわけ女性に支えられているという印象が強い。比較して、日本の原状を嘆くのがパターンなのだが、今日はちょっぴり嬉しかった。たまたまなのかも知れないが、この博物館で高校生のグループと一緒に説明員の解説に耳を傾けた。その生徒たちの熱心さが好もしかった。ソウルの日本大使館前で「少女像」を囲んでの水曜集会に高校生や中学生がたくさん集まっているという話を、興味深そうに聞いてくれた。

日本の若者もけっして捨てたものではない。ただ、事実を知る機会がない。考える材料に接する機会がないだけなのだ。
(2019年2月23日)

元徴用工の新日鉄住金に対する請求権は、「消滅していないが、法的に救済されない」 ― お分かりいただけないでしょうね。

河野タロウでございます。
日韓請求権・経済協力協定の理解に関して、ミスリーディングなニュースや解説が流されています。まことに遺憾なことで、この機会に丁寧な説明をしておきたいと思います。

しんぶん赤旗電子版は、2018年11月15日号にこう記事を掲載しています。

『河野太郎外相は14日の衆院外務委員会で、韓国の元徴用工4人による新日鉄住金に対する損害賠償の求めに韓国大法院(最高裁)が賠償を命じた判決(10月30日)をめぐり、1965年の日韓請求権協定によって個人の請求権は「消滅していない」と認めました。
日本共産党の穀田恵二議員への答弁。大法院判決について「日韓請求権協定に明らかに反する」としてきた安倍政権の姿勢が根本から揺らぎました。』

しかし、「個人の請求権は消滅していない」ということは以前から答弁していることですし、個人の請求権は救済されないということにはなんら変わりはないわけですから、何かが根本から揺らいだわけではなく、極めてミスリーディングです。
さらにこの記事は続けて、こう言っています。

『また穀田氏は、大法院判決で原告が求めているのは、未払い賃金の請求ではなく、朝鮮半島への日本の植民地支配と侵略戦争に直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員への慰謝料だとしていると指摘。
これに関し柳井条約局長が、92年3月9日の衆院予算委員会で日韓請求権協定により「消滅」した韓国人の「財産、権利及び利益」の中に、「いわゆる慰謝料請求というものが入っていたとは記憶していない」としたことをあげ、「慰謝料請求権は消滅していないということではないか」とただしました』

韓国国民の請求権は、消滅させられてはいませんが、請求権が救済されない」ということは、常々申し上げてきたとおりです。衆議院外務委員会で何か新しいことがあったわけではありません。

上記の判決にもとづく執行としてなされた、大邱地裁による新日鉄住金に対する差押え命令の法的効力に対しても、同様の原則を貫いてまいります。

いうまでもなく、協定によって、個人の請求権を含む日韓間の財産・請求権の問題は完全かつ最終的に「解決」されました。当時の韓国が軍事政権下にあって、この協定が韓国国民からは強い反対を受けていたことはご存じのとおりですが、どのような事情があろうとも、政府間の協定は正式に成立しています。

もう少し丁寧にご説明申しあげれば、請求権・経済協力協定第二条1で、請求権の問題は「完全かつ最終的に解決された」ものであることを明示的に確認し、第二条3で、一方の締約国及びその国民は、他方の締約国及びその国民に対する全ての請求権に関して、いかなる主張もできない」としていることから、個人の請求権は法的に救済されません

しかも、この協定を実施するために、日本では国内法を制定し、この法律によって、法律上の根拠に基づき財産的価値が認められる全ての実体的権利、つまり財産、権利及び利益を消滅させたところです。

おわかりいただけますか。徴用工の新日鉄住金に対する請求権は、消滅させられたわけではありません。しかし、法的に救済されないのです。よろしゅうございますね。

何か、質問がございますか。
A社です。「協定で請求権は消滅しないが、法的に救済されない」というご説明がさっぱり分かりません。今のご説明を聞いていますと、むしろ、日本がつくった国内法の効力として、日本国内では、請求権が法的に救済されないものになったと理解すべきではないでしょうか。そのような国内法をもたない韓国では、司法が請求権の法的救済を認めるのは当然のように思えるのですが、いかがでしょうか。

次の質問どうぞ。
A社です。お答えいただけないのですか。どうして、そんな常識では分かりにくい協定になったのでしょうか。そのようなことは、相互に確認されているのでしょうか。

ハイ、次の質問どうぞ。
B社です。「一方の締約国の国民の請求権に基づく請求に応ずるべき他方の締約国及びその国民の法律上の義務が消滅した」ことについてのご説明が、ポイントだと思うのですが、これが理解いたしかねます。日本政府は、この協定によって、植民地統治時代における、いかなる種類の個人請求権も法的保護から外されたものとお考えなのでしょうか。仮に、虐待による不法行為慰謝料請求権まで法的保護から外されたというご見解であるとすれば、国家間の協定で個人の訴権までを奪いうるというその根拠をご説明ください。

ハイ、次の質問どうぞ。
B社です。ぜひお答えいただきたい。国民個人の請求権は、これを政府が代理して放棄したり処分してしまうことができるとお考えなのでしょうか。徴用工問題だけでなく、慰安婦問題にもつなが論点ですので、ご回答いただきたい。

ハイ、次の質問どうぞ。
C社です。文大統領は、韓国が三権分立の国である以上、司法部の判断を尊重するしかないと意見を表明しています。司法の独立という文明国の原則から当然のことと思いますが、大臣はこれにご批判あるのでしょうか。

ハイ、次の質問どうぞ。
C社です。この問題は、第三国から見ると、日本の司法権の独立はなく最高裁は政権の意のままになるのだと誤解を受けかねませんよ。

ハイ、次の質問どうぞ。
D社です。外務省のお考えを伺います。今回の韓国大法院の徴用工判決を、どうお読みになっていますか。判決理由は、実体的な債権だけでなく、訴権も失われていないことを当然のこととして詳細な説明がありますが、法廷意見の論理は間違っているとお考えでしょうか。

ハイ、次の質問どうぞ。
重ねてD社ですが、ご説明のうち「韓国は日本との協定を締結した以上は、誠実に実行すべきだ」ということは分かります。しかし、それは韓国の行政府のことであって、司法は別ではないでしょうか。司法は、国際条約を尊重しなければなりませんが、条約が国民の人権を蹂躙するものとして憲法と矛盾する場合には条約を無視しなければならなくなります。今回の大法院の判断は、実質的にそのようなものとお考えになりませんか。

ハイ、次の質問どうぞ。
D社です。お答えいただけないのは、結局大法院判決の論理には反論できず、ただただ不愉快なだけだと聞こえますが、そういう理解でよろしいでしょうか。

ハイ、これで質問を打ち切ります。会見は終了しました。
(2019年1月13日)

「1941年12月8日未明」と、「2018年12月8日未明」と。

12月8日である。1941年の本日早朝、全国民がNHKの臨時ニュースに驚愕した。「大本営陸海軍部、12月8日午前6時発表。帝国陸海軍は本8日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」というのだ。

77年後の本日未明、幸いにして大本営発表はない。代わって報じられたものは、本8日未明における参院本会議での諸悪法案の可決成立である。国会前に集まった抗議の人々のプラカードの中に、「審議が足りない」「議論を尽くせ」「数の暴力を許すな」「生煮え法案反対」という文字が躍っている。哀しい事態と言わざるを得ない。議会制民主主義が壊れかかっている。

1941年の今日、天皇制日本は自滅への行動を開始した。恥ずべき奇襲攻撃をもって英米に対する戦争を開始したのだ。この日、多くの日本人は不安を抱えつつも昂揚した気分に包まれていたという。いま、歴史は繰り返さないと自信をもって言える事態だろうか。

本日、大本営発表はない。しかし近い将来の12月8日に、再びの悪夢はめぐってこないだろうか。また、本日が大本営発表の日の前年、あるいは前々年の12月8日と近似しているとは言えないだろうか。大本営が発表した開戦と、審議らしい審議のない議会制民主主義の実質的破壊との間に、どれだけの距離があるだろうか。

確認しておこう。満州事変にせよ、日中戦争にせよ、そして英領マレー奇襲も真珠湾攻撃も、すべて日本の方から仕掛けていることだ。日本は、けっして「やられたから、やむなく反撃した」のではない。常に征戦したのだ。だから、戦争の最終盤まで、戦地とは外地のことだった。近隣諸国が、いまだに日本の好戦性を危惧することには、歴史的に拭いがたい根拠があるのだ。

もう一つ。天皇制軍国主義における軍部の専横は、議会制民主主義の衰退と裏腹であった。議会制民主主義が国民の支持を失ったとき、天皇制とは軍国主義・侵略主義と同義になった。当時の政党政治がいかに未熟なものであれ、軍部の跳梁に対抗しうる貴重な機構だった。だが、議会制民主主義が自壊した。国民とメディアが議会を見限った。学校教育もである。こうして、軍部専横が、敗戦まで続くことになる。

2018年の12月8日。暗澹たる気持で、わが国の議会制民主主義の現状を見ざるを得ない。何たる自民・公明の体たらく、そしてこれに追随した維新。この3党の醜態と責任とを忘れてはならない。

ことの重大性は、入管法・水道法・漁業法・日欧EPA等の個別悪法の内容の問題だけではない。いつの間にかここまで忍び寄っている、議会制民主主義形骸化の恐怖である。

何年かあとに、「1941年12月8日未明」と同じニュアンスをもって、「2018年12月8日未明」が語られる日の来ることを恐れる。
(2018年12月8日)

戦後処理を正しく行わなければ、何年たっても真の友好は生まれない

本日(11月25日)は、小平での吉田博徳さんの朝鮮史の講義。講義のタイトルは、「日本と朝鮮の2000年」。2000年の日朝関係史を2回で語ろうという、壮大な企画。

前回が朝鮮の誕生から幕末まで。そして第2回の本日が、我が国の明治維新から現在までの150年。資料は別にして、講義の骨格となった吉田さんのレジメだけを掲載しておきたい。立派なもので、参考になるのものと思う。

近年、慰安婦問題・徴用工問題等、日本の植民地支配時代の日本の違法が清算されていないことが具体的な問題として噴出している。あらためて、日朝・日韓の関係史を確認し直す必要があると思う。この企画は、時宜を得て講演者・受講者の熱意溢れるものだった。また、1921年生まれで、幼児期から青年期までを当地で過ごした吉田さんならではの貴重な講義でもあった。

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=日本と朝鮮の歴史を正しく知ろう=その1

主催「学びあい支えあう会」
後援 日朝協会小平支部
講師 吉田博徳氏
一、 はじめに
  日本と朝鮮の歴史の流れについて、骨子を知ること
二、古代の日本と朝鮮
 1 日本民族はどうしてできたか 北、西、南から流入した。
 2 朝鮮の誕生
  ①檀君神話と箕氏朝鮮・衛氏朝鮮 三韓(馬韓・辰韓 弁韓)時代
  ②古代朝鮮と日本の文化
三、三国時代と日本(高句麗・百済・新羅)
  1 高句麗の歴史と概要(BC 18~AD 688)
   絶えず北方狩猟民族の侵略と闘い、668年に唐・新羅連合軍のため滅亡
  2 百済の歴史の概要(BC18~AD663)
   農業と文化の興隆に努力し、日本との交流 663年に滅亡
   日本は百済再建を援助し、白村江の決戦敗北
  3 伽耶(伽羅)の歴史(~AD562)
  4 新羅の歴史の概要(BC57~AD935)
    約1000年の歴史を持ち、朝鮮半島の統一を達成  その要因
    新羅と唐との関係
  5 古代朝鮮と日本の関係
    大量の渡来人の来日  北方民族の防波堤
四、高麗王朝と日本  (936~1392)
  1 高麗王朝の特徴と経過
     北方民族、モンゴルの侵略との闘い
  2 倭寇の侵略と刀伊の来襲  元寇(文永の役・弘安の役)
五、李氏朝鮮と日本(1392~1910 徳川時代末 1868まで)
  1 李氏朝鮮国の特徴
     封建的支配体制の整備  世宗によるハングルの制定
  2 豊臣秀吉の朝鮮侵略(1592~1598)
     第一次侵略(文禄の役)第二次侵略 (慶長の役)
     秀吉の朝鮮侵略は何をもたらしたか
  3 徳川幕府の朝鮮政策
     朝鮮通信使に対する優遇  朝鮮貿易
六、「その1」のまとめ
 秀吉の朝鮮侵略を除き、全期間を通じて友好・協力関係であった。
   朝鮮からの渡来人は、日本文化の発展に大きな貢献を果たした。

=日本と朝鮮の歴史を正しく知ろう=その2

一、はじめに
  紀元前後から徳川時代までの約1800年間は、倭寇と豊臣秀吉の朝鮮侵略を除いて日本と朝鮮は極めて親密であり、朝鮮からの渡来人が日本文化に大きく貢献した。
二、明治維新から韓国併合まで
1 明治維新の性格と朝鮮政策の根源
2 江華島事件。日朝修好条規
3 壬午(じんご)軍乱と済物浦(さいもっぽ)(仁川)条約
4 甲申政変と漢城条約
5 東学農民戦争と日清戦争
6 闘妃暗殺
7 日露戦争と朝鮮 朝鮮の支配権をめぐってロシアと戦う
8 伊藤博文の威嚇外交 第二次日韓条約の乱暴
9 韓国軍隊の解散と義兵闘争
10 安重根(あんじゆんぐん)による伊藤博文の暗殺
11 韓国併合条約
三、日本の韓国植民地支配
1恐怖の武断政治
  朝鮮総督府の性格  寺内正毅初代総督による韓国人の無権利状態
2土地調査事業 韓国の農民から土地を取り上げる仕組 日本人の農場の進出
3「3・1独立運動」 独立万歳を叫ぶ非武装の大衆デモに武力弾圧
   死者7,509人 負傷15,961人 逮捕者 46,949人などの被害
4 関東大震災と朝鮮人大虐殺
 なんの罪もない朝鮮人6,000人以上を虐殺して、調査も謝罪もしない賠償もしていない
5 15年戦争と朝鮮
 ①侵略戦争の兵粘基地
 ②強制連行
 ③日本軍慰安婦
 ④皇国臣民教育 創氏改名など
 ⑤朝鮮人に徴兵制を施行
四、まとめ
1 「植民地時代に良いこともした」論について
2 戦後処理を正しく行わなければ、何年たっても真の友好は生まれない
3 北東アジアの地域共同体構築のために努力しよう

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講演後、会場から今回の徴用工判決について質問が出た。予め、吉田さんは経過の概要と評価とをまとめた資料を用意して回答し、会場にいた私を指名して補充の説明を求められた。その話の内容を、これも以下のレジメにしてみた。なにがしかの参考になろうかと思う。

徴用工訴訟・大法院判決の概要
2018/11/25 弁護士 澤藤

※経過 1997年日本での提訴の前史がある。(敗訴確定)
韓国での提訴が2005年。(徴用工4人)
一審判決(原告敗訴)⇒二審判決(原告敗訴)⇒大法院差し戻し(2012年)
差戻審判決(原告逆転勝訴)⇒大法院判決・2018年10月30日(確定)
※「核心的争点」は、
原告(元徴用工)の被告新日鉄住金に対する「強制動員慰謝料請求権」が、
日韓請求権協定の成立によって消滅したか否か。
※その判断の枠組みは
1本件「請求権」は、解決済みとされた協定の適用対象請求権に含まれているか。
2含まれているとすれば、協定の効力は原告の本件「請求権」にどう影響するか
「強制動員慰謝料請求権」は消滅する? しない?
消滅したのは外交的保護権だけ? 裁判を起こす権利(訴権)も?
※意見の分布(13裁判官)
(1) 多数意見(7名) 結論⇒原告勝訴
「強制動員慰謝料請求権」は、協定の適用対象請求権に含まれていない。
従って、協定の締結によって消滅していない。
(2) 個別意見1(1名) 結論⇒原告勝訴
大法院差し戻し判決の羈束力として含まれていないと解釈するしかない。
(3) 個別意見2(3名) 結論⇒原告勝訴
「強制動員慰謝料請求権」は、協定の適用対象請求権に含まれている。
しかし、同協定によって原告らの個人請求権は消滅していない。
協定によって剥奪されたのは、外交的保護権だけである。
(4) 反対意見(2名) 結論⇒差し戻し(実質原告敗訴)
「強制動員慰謝料請求権」は、協定の適用対象請求権に含まれている。
同協定によって外交的保護権だけが消滅しただけではなく、
原告らの個人請求権の行使(訴権)が制約されたと解すべきである。
※影響 他の裁判への影響 被告は三菱重工業、不二越、IHIなど70社超
元徴用工は22万余(運動体には100万説も)
※本質 植民地支配の未清算 戦争遂行のための外国人の人権侵害
※これまでの日本の見解
政府も、最高裁も、請求権自体の消滅は語っていない。

★日本政府の反応
アベ「国際法に照らしてあり得ない判断だ。日本政府としては毅然と対応していく」
河野「元徴用工の個人請求権問題は1965年の日韓請求権協定で解決済」「国際裁判を含めあらゆることを視野に入れた対応をせざるを得ない」
外務省「今後、韓国政府の出方を見極めたうえで協議開催を求める。協議が不調に終われば、第三国の委員を交えた仲裁委員会での話し合いを求める見通しだ。それでも解決しなければ国際司法裁判所(ICJ)への提訴も検討する。」
★新聞論調(2018.11.7 【社説検証】から引用)
1965年の日韓国交正常化の際に結んだ請求権協定では、日本政府や企業の賠償問題は「完全かつ最終的に解決された」と明記された。韓国政府も個人の請求権を含め解決済みだと認めてきた。しかし、韓国最高裁は「植民地支配や侵略戦争遂行と直結した反人道的な不法行為」と決めつけ、個人請求権を認めた。
こうした判決は、現在の日韓関係を根底から覆すものでしかない。朝日、毎日を含め各紙社説は韓国最高裁の判断を批判する論調でほぼ足並みをそろえた。
韓国の徴用工判決 産経「史実歪め国の約束無視」
★政府とメディアのミスリードによる排外主義世論に警戒を。

(2018/11/25)

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ウソとごまかしの『安倍政治』総検証!

12月3日(月)18時~20時(17時30分開場)

衆議院第1議員会館 地下1階「大会議室」

衆議院第1議員会館は丸ノ内線・国会議事堂、有楽町線・永田町駅
(どなたでもご参加いただけます。
議員会館ロビーで入館証をお受け取り下さい。)

民意を無視して9条改憲を強引に進めようとしている「安倍政治」。その「安倍政治」において、公文書・公的情報の隠蔽・改竄・廃棄・捏造が横行し、権力のウソとごまかしが国民主権や議会制民主主義を脅かそうとしています。
私たちは、森友・加計学園に典型的にみられる権力の私物化、「働き方改革」のウソ、外交交渉の内容の捏造等々、ウソとごまかしによる「ポスト真実」の政治を許せず、アピールを発表して賛同の署名を呼びかけました。
下記のとおり、賛同署名集約の集会を開催いたします。この日、署名簿を安倍晋三氏に届けるとともに、この集会にさまざまな分野からの発言を得て、「安倍政治のウソのごまかしを総検証」いたします。そして、どうすれば、安倍政治に終止符を打つことができるか考えてみたいと思います。どうぞご参加ください。

  司会 澤藤統一郎(弁護士)
  挨拶 浜田桂子(絵本作家) 

 「安倍政治」と「ポスト真実」
   小森陽一(東京大学大学院教授)

 「働き方改革」一括法と「ポスト真実」
    上西充子(法政大学キャリアデザイン学部教授)

 「公文書管理」と「ポスト真実」
    右崎正博(獨協大学名誉教授)

 日米FTA(自由貿易協定)と「ポスト真実」
    古賀茂明(元経済産業省官僚)

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被害者本人を抜きにした国家間の協議と妥協では真の解決になるはずがない

ときどき吉田博徳さんから電話をいただく。たいていの場合、「サワフジさん、教えていただきたいことがあるんですが」という言葉から始まる。私は緊張して、次の言葉を待つ。さて、今回は何のことだろうか。

吉田さんは、私より22歳も年上。元は全司法労働組合の委員長だった方。その任を降りた後は、平和運動一筋。ごく最近まで日朝協会東京都連の会長でもあった。かつては日本領だった韓国の生まれで、その地で育った方でもある。その吉田さんの質問は、韓国大法院の徴用工判決についてのことだった。

 韓国の最高裁が元徴用工の訴えを認めて、新日鉄住金に賠償金を支払えという判決を出しましたでしょう。ところが、日本の政府は、あり得ないとんでもない判決だという。どうしてそんなことが言えるのでしょうかね。

政府の言い分をまとめるとこんな具合でしようか。
日本の敗戦によって終了した植民地統治時代の諸問題を解決するための日韓会談が長く続けられて、1965年に日韓基本条約が成立しましたよね。ここから、独立国同士の新たな国交が始まった。同時に、「日韓請求権協定」が締結されて、それまで未解決だった両国間の財産関係だけでなく、植民地時代の両国民間の財産問題やあらゆる請求権問題が、「完全かつ最終的に解決した」というんですね。すべての請求権は、有償2億、無償3億(ドル)の経済援助を見返りに消滅した。それを今さら蒸し返すとは怪しからん、国際の信義に悖る、という言い分ですね。

 国家と国家の間の協定で、国家の権利を処分できるのはともかく、国家が国民に代わって国民の権利を値切ったり処分してしまうなんてことができるものでしょうか。

おっしゃるとおり、大いに疑問の残るところです。少なくとも、この日韓請求権協定では、日韓両国とも個人請求権が消滅したとは言っていません。

 国の権利と国民個人の権利とをきちんと分けて考えなきゃならんということですね。

国会での外務省の答弁も、一貫して「両国間の請求権の問題」と「個人の請求権の問題」とを意識的に分けて、協定の効果を考えています。たとえば、「両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決したわけでございます。その意味するところでございますが、日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません」というふうに。

 つまり、解決済みというのは、「日韓両国が国家として持っている権利」であって、個人の民事的請求権ではないというわけですね。

そのとおりです。この場合、原告が旧日本製鉄に対してもっている慰謝料請求権と、韓国が日本に対してもっている外交保護権とは本来別物で、「最終かつ完全に解決した」のは外交保護権だけというわけですから、韓国の裁判所が元徴用工の旧日本製鉄に対してもっている慰謝料請求権自体はこの協定でなくなったというわけではない。

 外交保護権とは、韓国が韓国民の後ろ盾になって、日本に対して、この問題何とかしなさいと要求する権利ですね。日本の企業が徴用工にひどいことしたじゃないか、日本が責任もって善処しなさい、と被害者本人に代わって交渉する権利ということですね。

もちろん立場を逆にした関係でも同じです。日本から韓国に対して、「日本国民の財産を韓国に残してきた。その補償を韓国として善処していただきたい」という権利も考えられる。この外交保護権はお互いチャラにした。でも、それ以上に、それぞれの国民の個人としての実体的な権利がなくなったということではない。日本の政府だけでなく、最高裁も同様の考え方を取っています。今回の大法院判決は、元徴用工の「強制動員慰謝料請求権」については請求権協定で消滅していない、と認めた。今回の韓国大法院の判決がおかしいとは言えない。これをおかしいということの方がおかしい。

 でもね、サワフジさん。わからんのは、安倍首相が「国際法に照らしありえない判断」と言っていますね。「国際法に違反した判決」ともね。この国際法っていったいなんでしょうかね。

私も弁護士ですが、弁護士なんて国際法はろくに知りません。この場合に最高裁が従うべき「国際法」ってなんだろうって考えていたんですよ。結局のところ、実質的には、日韓請求権協定の存在を「国際法」って言い換えているだけのようですね。それだけのこと。

 一国の首相が他国の最高裁の判決を批判しての発言なんだから、なにかそれらしい「国際法規」があるんじゃないですか。今日はそれを聞きたくて、電話を差し上げた。

「一国の首相」の発言という思い込みが間違いの元。ウソとごまかしの安倍晋三の発言と思えば、おわかりでしょう。

 でも、何かあるでしょう。たとえば、国と国との約束は守りなさい、という程度の国際慣習でも。

調べてみたら、それならあります。「ウィーン条約法条約」という名前。国連国際法委員会が条約に関する慣習国際法を法典化したものだそうです。1969年に採択されています。その第26条に、「効力を有するすべての条約は、当事国を拘束し、当事国は、これらの条約を誠実に履行しなければならない」と、当たり前のことが書かれている。もしかしたら、安倍首相がいう「国際法」というのは、このことかも知れません。

 今回の判決では、日本のマスコミが一斉に韓国批判の立場を取ったでしょう。どの新聞も安倍首相の言うとおりに書いた。もったいぶった安倍首相の「国際法」も一役買ってますよね。その正体がこれですか。

1965年日韓請求権協定の「完全かつ最終的な解決」とか、2015年慰安婦問題日韓合意の「最終的かつ不可逆的な解決」とか、加害者側の押しつけがましい文言が、結局混乱と紛糾のタネになっていますね。

 やっぱり、加害者側に真に謝罪の気持と誠実さがないからですよ。それに被害者本人を抜きにした、国家と国家の話し合いと妥協ですから、これでは真の解決になるはずがない。

おっしゃるとおりですね。今日はこれくらいにして、続きは日民協の司法制度研究集会でお目にかかった際にいたしましょう。それから、11月25日午後の吉田さんの日朝問題の講義を楽しみにしています。午後1時半から小平市中央公民館で、今回のテーマは「明治維新後の日朝関係史」でしたよね。勉強させていただきます。
(2018年11月13日)

控訴審では真っ当な判決で悪夢を晴らそう ー 植村勝訴の逆転判決を

植村隆元朝日新聞記者が、無茶苦茶なバッシングを受けて、やむにやまれずの提訴に踏み切った2件の名誉毀損損害賠償請求訴訟。1件は札幌地裁、もう1件は東京地裁係属事件。いずれも、「私は捏造記者ではありません」と、痛切な声を上げての訴え。櫻井よしこらに対する札幌地裁訴訟が先行して判決となった。私も原告訴訟代理人の一人として、11月9日判決の勝訴を確信していた。敗訴の報告に、いまだに信じられない思いである。これほど押していても勝てないのか。

とは言え、さすがにこの「不当判決」も、櫻井の名誉毀損言論の最重要部分について真実とは認定していない。「金学順氏が慰安婦とされるに至った経緯に関する部分が真実であるとは認めることは困難である」としつつも、「被告櫻井が上記のように信じたことには相当の理由があるということができる」とした。櫻井は、その程度の確度の記事で、植村の新聞記事を「捏造」と決めつけたのだ。その背景には、抜きがたい歴史修正主義のイデオロギーがある。

判決批判については、「植村裁判を支える市民の会」のホームページをお読みいただきたい。URLは以下のとおり。ここに、法廷の経過報告、判決要旨、判決全文、弁護団声明、「支える会」声明などのすべてが掲載されている。
http://sasaerukai.blogspot.com/

そのサイトから引用しておきたい。
 闘いは再び始まった!
 控訴審に向け あふれる判決批判、闘う決意

 植村さんが立った。「悪夢のような判決でした。私は法廷で、悪夢なのではないか、これは本当の現実なんだろうかとずっと思っていました。今の心境は、言論戦で勝って、法廷で負けてしまった、ということです。櫻井氏は3月の本人尋問ではいくつもずさんな間違いを認めていった。あの法廷と今日の法廷がどうつながるんだろうか」「激しいバッシングを受けたとき、これは単に植村個人の問題ではないということで、様々なジャーナリストが立ち上がってくれました。いまも新聞労連、日本ジャーナリスト会議、リベラルなジャーナリストの組織も応援してくれています」「この裁判所の不当な判決を高等裁判所で打ち砕いて、私は捏造記者でないということを法廷の場でもきちんと証明していきたいと思っています」。

まったく同感である。

ぜひご覧になっていただきたいもう一つのサイトがある。
捏造したのは櫻井よしこのほうなのに…『慰安婦報道を捏造』と攻撃された元朝日記者・植村隆の名誉毀損裁判で不当判決」という、リテラ(編集部)の記事。いつもながらの、問題に真正面から切り込む熱のこもった緻密な内容。
https://lite-ra.com/2018/11/post-4354.html

私は、この微妙な判断をした判決に櫻井よしこがどう反応するか、この人のホームページでのきちんとした発言に注目しているのだが、本日(11月11日)夜までのところ音沙汰なしである。訴訟の過程で、自分の記事の間違いを具体的に指摘されて訂正している。それでも、判決主文では勝訴した櫻井がなんというのだろうか。いまだに、植村記事を捏造と言えるのか。

おそらく、櫻井よしこは安部英(元帝京大学医学部教授)から名誉毀損で訴えられた訴訟の高裁判決の悪夢を思い出しているに違いない。
2003年当時、櫻井自身が、「高裁判決での逆転敗訴はジャーナリズム全体への冒涜」という標題で次のような記事を自分のサイトに掲載している。

「2月26日、東京高裁大藤敏裁判長、高野芳久、遠山廣直両裁判官によって、私は逆転敗訴の判決を言い渡された。元帝京大学副学長安部英氏から名誉毀損で訴えられていた件である。
 高裁判決は、地裁判決とは正反対の内容だった。一審判決で真実、あるいは真実と信ずるに相当の理由があったとして認められた記述が、ことごとく否定された。
 ひと言でいえば、このような判決を出されたのでは、調査報道は成り立たなくなる。事は私一人の問題にとどまらず、日本のジャーナリズム全体に影響する問題と言わざるを得ない。
 大藤裁判長らは、私の取材した薬害エイズ被害患者の言葉も、信じられないとして退けたが、本当に彼らの言葉は信ずることができないのか。」

 札幌地裁判決には札幌控訴審が続くことになる。その高裁判決が「地裁判決とは正反対の内容となり、一審判決で真実、あるいは真実と信ずるに相当の理由があったとして認められた記述が、ことごとく否定される」逆転判決となる可能性は、けっして小さくない。日本の民主主義のために、その日の来たらんことを切望したい。

なお、ウィキペディアが、安部英対櫻井よしこの訴訟経緯をこう簡潔に紹介している。

「フリージャーナリストの櫻井よしこが『安部元副学長が製薬会社、ミドリ十字のために加熱製剤の治験開始を遅らせた』などと記述したことについて、安部は損害賠償などを求め民事訴訟を起こしたが、一審は記事内容に真実性があるとして安部の全面敗訴、二審は記事内容を真実ではなく真実相当性もないとして安部の逆転勝訴、最高裁は真実相当性があったとして安部の逆転敗訴となった。」

 本件植村対櫻井訴訟も、真実性の有無ではなく、相当性存否の判断で微妙に結果が分かれた判決例である。櫻井の植村に対する批判の言論の真実性が否定された点で、櫻井はジャーナリストとしては大きな顔のできる立場にはない。傲岸な態度をとり続けることは不可能だ。
にもかかわらず、櫻井よしこや西岡力らが、「捏造」と断定して記事を書けば、付和雷同のネトウヨたちが、人権侵害のバッシングを積み重ねる。右翼言論人の責任は大きいのだ。控訴審での、植村逆転勝訴判決を期待する。植村の悪夢を晴らして、櫻井にこそ、その無責任言論に相応の悪夢がふさわしいのだ。
(2018年11月11日)

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