澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

「時はだれのものなのか」 ― 朝日「改元社説」を評価する

当ブログでは、元号・改元問題をたびたび取りあげてきた。既に20回を超えているだろう。いずれも、元号の存在自体を批判し、その使用強制をあってはならないとする内容のもの。元号を、天皇制による民衆の精神生活支配の小道具ととらえ、「元号は不要」「元号は有害」「改元というイベントに踊らされるな」「時代の区切りを天皇の在位と結びつけて考えてはならない」「こんな不便なものは廃絶せよ」「元号使用強制などとんでもない」と主張するものである。
最近の主なものは、下記のとおり。

この際、新元号の制定はやめよう。
http://article9.jp/wordpress/?p=8393
(2017年4月7日)

永年の読者の一人として「赤旗」に要望します。元号併記はおやめいただきたい。
http://article9.jp/wordpress/?p=8367
(2017年4月2日)

真正保守・村上正邦が教える「元号存続の意味」。
http://article9.jp/wordpress/?p=9691
(2017年12月30日)

元号に関する朝日社説を駁する。
http://article9.jp/wordpress/?p=8992
(2017年8月8日)

領土・人民だけでなく、天皇が時まで支配する元号制
http://article9.jp/wordpress/?p=8028
(2017年1月25日)

元号 ― ああ、この不便・不合理にして有害なるもの
http://article9.jp/wordpress/?p=10295
(2018年5月1日)

私の元号に関する言説は、突飛なものでも奇矯なものでも、もちろん過激なものでもない。人権原理と民主制を根本原理とするオーソドックスな憲法体系の理解からは、憲法体系の天皇の存在を可及的に小さなものとして取り扱うことが当然であり、天皇制を支える元号否定は、ごく自然な帰結である。

天皇を不可侵の神聖な存在とする一部の右翼や、いまだに國體の存在にこだわるアナクロ派、そしてこれらの連中を使嗾することで権力を維持している現政権には不愉快なのだろうが、それは、人権原理や民主主義への理解の浅薄なことを表白するに過ぎない。かつては、学術会議も元号廃止を提唱していた。

学術会議の「元号廃止 西暦採用について(申入)」決議の紹介
http://article9.jp/wordpress/?p=9609
(2017年12月16日)

ところが、いまメディアがはっきりものを言わない。菊タブーは健在で、天皇制批判はご法度のごとくである。だから、私のブログ程度の穏健な天皇制批判が、目立つようになってしまっている。

メディアの皇室報道は、舌を噛みそうな敬語を並べたてて、まったく見苦しくもあり聞き苦しくもある。「陛下」も「今上」も死語だと思っていたが、いつからか息を吹き返して至るところに跋扈している。そして、「平成最後の」という枕詞のオンパレード。社説も同じ。「国民生活の利便のために新元号の公表を早く」というのが精一杯で、天皇制と結びついた元号そのものの批判をしない。

下記は、地方紙には珍しく右翼的な論調で知られる北國新聞の本年1月1日号社説である。

 社説 「改元の年に 新しい時代に大きな夢を」
 新しい年が明け、平成最後の正月を迎えた。いつもの年の初めと違う特別な空気感があるのは、4カ月後に新天皇の即位と改元という、歴史の大きな節目が待ち受けているからだろう。
 一つの時代が終わる寂しさと惜別の思い。平成30年間のさまざまな出来事が脳裏を駆け巡る。そこに私たち自身の人生が重なり、懐かしい日々と新しい時代への期待が交錯する。

「平成30年間のさまざまな出来事が脳裏を駆け巡る。そこに私たち自身の人生が重な(る)」というのが、まさしく、天皇制と結びついた元号制の狙いそのものである。国民一人ひとりの人生の推移を、天皇の在位で区切ろうというのが、元号制の本質。これを肯定する右派言論に、リベラル派メディアが切り込んでいないことをもどかしく思っていた。

ようやくにして、昨日(3月21日)の朝日社説が、この点に触れたものとなった。 社説のタイトルは、「『改元』を考える 時はだれのものなのか」というもの。「時はだれのものなのか」とは、「天皇のものではない、自分自身のものだ」という含意。天皇の都合で、勝手に「時」を区切らせてはならない、ということなのだが、さすがに朝日。物言いの品が良い。そのようにはっきりとは言わない。

その全文は下記でご覧いただくとして、要約は下記のとおりである。      https://www.asahi.com/articles/DA3S13942702.html?

 もうすぐ新たな元号が発表される。
 朝日新聞を含む多くのメディアは「平成最後」や「平成30年間」といった表現をよく使っている。一つの時代が終わり、新しい時代が始まる、と感じる人も少なくないだろう。
 でも、ちょっと立ち止まって考えてみたい。「平成」といった元号による時の区切りに、どんな意味があるのだろうか。そもそも時とはいったい何なのか。誰かが時代を決める、あるいは、ある歳月に呼び名が付けられることを、どう受け止めればいいのだろうか。
 歴史を振り返れば、多くの権力は、時を「統治の道具」として利用してきた。
 日本の元号も、「皇帝が時を支配する」とした中国の思想に倣ったものである。
 元号には独特なところがある。「改元」という区切りがあるからだ。日本では明治以降、一代の天皇に一つの元号という「一世一元」の仕組みも出来た。天皇が即位することで、起点はその都度、変わる。
 1979年に現在の元号法が成立した際、元海軍兵士の作家、渡辺清は日記に書いた。
 「天皇の死によって時間が区切られる。時間の流れ、つまり日常生活のこまごましたところまで、われわれは天皇の支配下におかれたということになる」(『私の天皇観』)
 時の流れをどう名付け、区切るかは、個々人の自由の営みであり、あるいは世相が生み出す歴史の共有意識でもあろう。
 人生の節目から国や世界の歩みまで、どんな時の刻みを思い描くかは、その時その時の自らの思考や視野の範囲を調整する営みなのかもしれない。
 もちろん元号という日本独自の時の呼び方があってもいい。ただ同時に、多種多様な時の流れを心得る、しなやかで複眼的な思考を大切にしたい。
 時を過ごし、刻む自由はいつも、自分だけのものだから。

 もちろん(というべきだろう)、元号否定ではなく、元号に対する意識の相対化を論じるレベルのものだ。しかし、明らかに半歩の前進である。この論調を評価し歓迎する。
(2019年3月22日)

天皇への迎合は、日本国憲法体系の理念をないがしろにすることである。

昨日(3月19日)の毎日新聞。一面左肩に「象徴天皇としての役割『果たされている』87%」という世論調査記事。二面にも関連の解説記事。いったいなんだ、これは。

この世論調査、質問事項はわずか2項目のシンプルなもの。シンプルなだけでなく、頗る出来が悪い。これで、「象徴天皇制が国民に定着している」との世論誘導の根拠とされることには、大いに違和感がある。

主たる設問が、次の通りである。
◆憲法第1条では、「天皇は、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴」とされていますが、象徴として役割は十分果たされていると思いますか。

まず、一読して、こなれないヘンな文章ではないか。憲法条文の引用部分と、「と思いますか」という質問文を除いた判断対象は、「象徴として役割は十分果たされている」か否かということ。これはいったい何のことだろう。この文には主語がない。意味上の主語は「天皇(個人)」か、「天皇(職位)」か、あるいは「象徴」か、「役割」なのか。「果たされている」の「される」は、文法上の尊敬なのか受け身なのか、それとも自発なのか。

質問の意味を明瞭にしようと書き直せば、いくつも考えられる。
「現天皇(明仁)は、象徴としての役割を十分果たしていると思いますか。」
「天皇という職位は、現天皇(明仁)によって、象徴としての役割を十分果されていると思いますか。」
「天皇という職位の象徴としての役割は、十分果たされている状態と思いますか」
……
果たしてそのどれだろうか。こんな曖昧模糊とした設問への回答で、いったいなにが分かったことになるのだろうか。

仮に、「天皇(明仁)は、象徴としての憲法上の役割を十分に果たしていると思いますか。」という質問の趣旨であるとして、果たしてこれに正確に答えようがあるだろうか。

「象徴としての憲法上の役割」は、極めて曖昧で多義である。「象徴としての天皇の役割」という用語の選択が、既に誘導的な質問になっている。「象徴としての憲法上の役割」を特定せずしの質問に意味のある回答ができようとは思えない。

私は、憲法第1条の「象徴」を、なんの権限も権能もなく、なんの機能も作用もすべきではない、存在するだけの地位を表す用語と解している。「象徴」には積極的意味はない。だから、毎日が「天皇(明仁)は、象徴としての憲法上の役割を十分に果たしているか」という設問自体に大きな違和感があり、本来社会調査にあってはならないミスリードである。

また、天皇とは、内閣の助言と承認に従うのみの存在で、けっしてひとり歩きをしてはならない存在である。従って「象徴としての憲法上の役割を十分に果たしているか」を問うべきでも問われるべきでもない。定量的に、その役割を十分に果たしているとも、不十分であるとも、評価の対象となる立場にはない。

もう一つの設問が、次の通りである。
◆皇室との間に距離を感じますか、感じませんか。

これも、茫漠としてつかみ所のない質問。皇室との「距離を感じる」「感じない」って、いったい何のことだ。何らかの意味のある回答を引き出せるとは到底考えられない。距離も距離感も、何らかの規準や指標に照らしてのものでなくては意味がないからだ。

そんな質問の回答を集計して、毎日は二面の記事に、「『象徴』幅広い層で評価」「『皇室に距離感』5割」と見出しを打っている。記事の内容を拾えば、「(回答者の)計87%が、『象徴』の形を追求し続けてきた天皇陛下の取り組みを評価した形となった。」「一方、皇室との「距離」について「感じる」「ある程度感じる」と答えたのは合計で50%を占めた。」

あたかも、毎日はこう言いたいかのごとくである。国民は天皇(明仁)の象徴天皇のあり方追及を受容しており結構なことだ。しかし、まだまだ国民と皇室との距離感は大きい。これを縮めていくのが、今後の課題ではないか」

「天皇陛下は昨年12月の自身の誕生日に際しての記者会見で『私は即位以来、憲法の下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を求めながらその務めを行い、今日までを過ごしてきました』と述べ、『象徴としての私の立場を受け入れ、私を支え続けてくれた多くの国民に衷心より感謝する』と語られていた。」

毎日は、余りに無邪気に余りに無批判に、この記事を書いている。象徴とは何か、象徴天皇とはなにか、象徴天皇制とはいかにあるべきか。それは、主権者国民が決めることであって、天皇が決めることではない。具体的には主権者の意思を反映して内閣が決め、内閣の天皇に対する「助言と承認」というかたちで、天皇に指示をする。天皇が、自ら「象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を求める」などは、明らかに越権行為である。

天皇とは、日本国憲法体系の夾雑物である。例外であり、撹乱要素でもある。日本国憲法本来の理念と体系を大切にしようとすれば、例外である天皇の存在を極小化するしか方法はない。象徴天皇とは内実をもたないものなのだから、その存在はいかようにも切り縮めることが可能である。

国家の運営において、憲法の夾雑物である象徴天皇という存在を極小化することこそが、個人の尊厳を根源的価値とし民主主義を徹底する立場の日本国憲法の理念に適合する所以である。天皇の存在の拡大化は、必然的に日本国憲法のコアな理念と体系を侵蝕することにほかならない。

意識してか否かは知らず。毎日新聞の世論調査と解説記事、まさしく、例外としての象徴天皇を持ち上げることで、日本国憲法の原則をないがしろにするものと批判せざるを得ない。
(2019年3月20日)

「王侯将相いずくんぞ種あらんや」「生きとし生けるもの、万世一系にあらざるはなし」

いつの時代の、どこでのことかは定かでない。こんな会話が聞こえてきた…ような気がする。

 ボクの主人は人でなしさ。朝から晩まで人をこき使ってさ。人の汗で、肥え太って、いばりくさっている。

 私のご主人様は、ちょっと格が違う。高貴なお生まれなんだ。私だって鼻が高い。私のことにまで目をかけて、優しい言葉をかけてくれるんだ。

 ボクは、生涯をかけて仕返しをしてやる。あいつにも、この世の中にも。

 あら、私は恩返しをしなくてはと思っているの。あの方にも、この国にも。

 バッカじゃないの。何をありがたがってんだ。主人が高貴な生まれだからって、使用人は使用人。身分の差が縮まる分けないだろう。

 でもね。高貴な方って、近くにいるだけでステキなの。なんてったって高貴なお方だもの。

 下賎なわれわれがいるから、一握りの人が高貴になるんだろう。誰かが、都合よく高貴と下賎を分けたんだ。

 そうじゃないと思う。高貴なお生まれは、神さまがお決めになったんだと思うけど。

 そんな差別を作るヒドイ神さまがいるものか。「王侯将相いずくんぞ種あらんや」だ。

 そうかな。ご主人様は神さまのご子孫なの。だから、オオミココロで、私たちを自分の子どものように可愛がってくださる。ありかたくて、涙がこぼれるわ。

 キミって、欺され易いタイプなんだね。ちょっと心配だな。

 それにね。ご主人様は、「万世一系」なんですってよ。すごいでしょ。なんてったって「万世一系」なんですもの。

 なあに、オケラだってミミズだって、生きとし生けるものは、みんな「万世一系」だよ。キミだって、先祖からつながって今のキミがいるから「万世一系」。

 ちょっと違うようにも思うけど。そういわれればそうかもね。

 高貴なお方にお仕えすると、待遇はいいのかな?

 いえ、別に。ただ、ありがたい「おことば」をときどきいただけるの。それが、とてもステキなの。なにがどうステキか説明には困るけど。みんながそう言うの。

 お宅のご主人、もうすぐ代替わりっていうじゃない。代替わりってなにするの?

 やっぱり神さまだから、儀式が必要なんですって。みんなのお金を集めて、うんとお金を使って、うんと人を集めて、ハデハデにやるみたいね。

 ボクの主人は、鉱山掘ったり、工場経営したりしてるけど、キミのところのご主人様って何をしている人なの?

 昔は、国を運営していたみたい。でも今は、そういう権限はなくなって、言われたとおりに、原稿を読みあげたり判を押したりすることがお仕事みたい。それと、手を振ったり、お祈りしたりするんですって。

 ふうん。それで、暮らしに困ることはないんだ。

 だって、万世一系で神さまですもの。神さまが暮らしに困るなんて、ちょっとおかしいでしょう。

 神さまだって、万世一系だって、役に立たなきゃ暮らしていけないのが今の時代だろう。はて、どんな役に立っているのかな。

 そこが、問題ね。ご主人様も考え込んで悩んでいるみたい。

 人間は皆平等のはずじゃないか。高貴も下賎もあるものか。ボクの主人がボクに威張り散らすのも我慢ができない。何とかならないものかね。いや、何とかしなけりゃね。

(2019年3月16日) 

裁判官にも、私生活の場では表現の自由がある。

産経の記事を引用しなければならない。昨日(3月13日)の、「判事が『反天皇制』活動 集会参加、裁判所法抵触も」との見出しの報道。ある裁判官の行為が「積極的政治活動に当たる可能性がある」とする内容である。

 名古屋家裁の男性判事(55)が昨年、「反天皇制」をうたう団体の集会に複数回参加し、譲位や皇室行事に批判的な言動を繰り返していたことが12日、関係者への取材で分かった。少なくとも10年前から反戦団体でも活動。一部メンバーには裁判官の身分を明かしていたとみられ、裁判所法が禁じる「裁判官の積極的政治運動」に抵触する可能性がある。昨年10月にはツイッターに不適切な投稿をしたとして東京高裁判事が懲戒処分を受けたばかり。裁判官の表現の自由をめぐって議論を呼びそうだ。

 関係者によると、判事は昨年7月、東京都内で行われた「反天皇制運動連絡会」(反天連、東京)などの「なぜ元号はいらないのか?」と題した集会に参加。今年6月に愛知県尾張旭市で開催され、新天皇、皇后両陛下が臨席される予定の全国植樹祭について「代替わり後、地方での初めての大きな天皇イベントになる」とし、「批判的に考察していきたい」と語った。

 昨年9月には反戦団体「不戦へのネットワーク」(不戦ネット、名古屋市)の会合で「12月23日の天皇誕生日に討論集会を開催し、植樹祭を批判的に論じ、反対していきたい」と発言。さらに「リオ五輪の際、現地の活動家は道を封鎖したり、ビルの上から油をまいたりしたようだ。日本でそのようなことは現実的ではないが、東京五輪に対する反対運動を考えていきたい」とも語っていた。

 判事は昨年2月と5月、不戦ネットの会報に「夏祭起太郎」のペンネームで寄稿し、「天皇制要りません、迷惑です、いい加減にしてくださいという意思表示の一つ一つが天皇制を掘り崩し、葬り去ることにつながる」「世襲の君主がいろいろな動きをする制度は、やっぱり理不尽、不合理、弱い立場のものを圧迫する」と記していた。

判事は集会などで実名でスピーチしていたほか、団体の一部メンバーには「裁判所に勤務している」と話していたという。

 判事は平成5年に任官。名古屋家裁によると、現在は家事調停や審判事件を担当している。判事は産経新聞の複数回にわたる取材に対し、何も答えなかった。

いささか眩暈を禁じえない。いったい、いまは21世紀だろうか。日本国憲法が施行されている時代なのだろうか。時代が狂ってしまったのか。それとも、私の時代感覚の方がおかしいのか。

1945年までは、治安維持法があった。「國体ヲ變革スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入」することが犯罪とされた。「國体」とは天皇制のことである。当該の結社に加入していない者についても、その結社の目的遂行に寄与する行為が際限なく犯罪とされた。これと並んで、不敬罪もあった。天皇や皇室の神聖性を侵すことは許されなかった。国体や天皇への批判の言論を取締り監視するために特高警察が置かれた。いま、その特高警察の役割を、産経が買って出ている。

産経が引用するこの判事の言論は、「天皇制要りません、迷惑です、いい加減にしてくださいという意思表示の一つ一つが天皇制を掘り崩し、葬り去ることにつながる」「世襲の君主がいろいろな動きをする制度は、やっぱり理不尽、不合理、弱い立場のものを圧迫する」というもの。日本国憲法を判断の基準として、至極真っ当な言論ではないか。

日本国憲法は個人主義・自由主義を基本とする近代憲法の体系を備えている。この憲法体系からはみ出たところに、天皇という体系とは馴染まない存在がある。

近代憲法としての日本国憲法体系の純化を徹底してゆけば、天皇制否定に行き着くことは理の当然である。ただ、現在のところは、憲法に「権限も権能もない天皇」の存在が明記されている。だから、天皇の存在自体を違憲とも違法とも言うことはできないが、「世襲の君主がいろいろな動きをする制度は、やっぱり理不尽、不合理、弱い立場のものを圧迫する」というのは、法を学んだ者のごく常識的な見解といってよい。健全な憲法感覚といっても、主権者意識と言ってもよい。

その上で、「天皇制要りません、迷惑です、いい加減にしてくださいという意思表示の一つ一つが天皇制を掘り崩し、葬り去ることにつながる」とは、憲法改正論議の方向として、まことに正しい。一つひとつの言論行為によって、主権者国民の天皇制廃絶の世論を形成し、その世論の内容での憲法改正をなし遂げようというのがこの判事の見解。傾聴に値する意見であり、非難するには当たらない。

問題は、同判事の表現行為が裁判官としての制約に服する結果として違法にならないか、という一点にある。もちろん、産経報道を前提としてのこと。当事者の言い分を確認せずに、事実関係についての速断は慎まなければならない。

すべての国民に基本的人権が保障されている。もちろん、公務員にも公務を離れれば私生活があり、私生活においては表現の自由が保障されなければならない。この点についての古典的判例は猿払事件大法廷判決だが、いま堀越事件判決がこの判例を修正し揺さぶっている。

一般職公務員ではなく、裁判官についてはどうだろうか。憲法には、「良心」という言葉が2個所に出て来る。「思想・良心の自由」(19条)と、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」(76条3項)という、「裁判官の良心」である。

原理主義的クリスチャンである教員も、教室では聖書のとおりに天地創造説を史実として教えることは許されない。信仰とは別次元の「教員としての客観的良心」に基づいて、確認された自然科学的真理とされている進化論を教えなければならない。職業人としての、「主観としての信仰」と「教育者としての客観的良心」の分離は、原理主義的宗教者も教員としての適格性を損なわないという根拠でもある。

憲法76条の「裁判官の良心」も客観的な良心である。主観的な信念とは別に、憲法を頂点とする法体系に従った「客観的な良心」の保持が、裁判官としての任務を全うすることになる。

裁判所法第52条は、「裁判官は、在任中、左の行為をすることができない。」として、その一号の後文に「積極的に政治運動をすること」を挙げる。「一般的に政治運動をすること」が禁じられているのではなく、「積極的に政治運動をすること」が禁じられている。

最高裁判所事務総局総務局編『裁判所法逐条解説 中巻』(法曹会、1969年)には、裁判所法52条のこの点について、「国民の一員として当然果たすべき義務としての政治的行動(たとえば、各種の選挙において選挙権を行使したり、公務員の解職請求の署名をしたりする行為)は、もとより積極的に政治運動をすることにあたらないし、単に特定の政党に加入して政党員になつたり、一般国民としての立場において政府や政党の政策を批判することも、これに含まれないと解すべきである。」と解説されている。裁判官が政党に入党することも良し、政府や政党の政策を批判しても良し、というのだ。

むしろ、市民的な表現の自由を奪われ萎縮を余儀なくされた裁判官に、表現の自由の現実化を求める訴訟での適切な判断を望むことができるだろうか。一般の市民と同様に、市民としての権利や自由を行使できる裁判官にこそ、基本的人権擁護の判断が可能ではないか。

私には、産経の報じる裁判官が、裁判所法52条に違反した行為をしているとは考えがたい。この判事の考えや言論は、憲法のコアな部分に忠実ではないか。この人が、自分の思想と裁判官としての良心の葛藤に苦しむことはなさそうである。

裁判官とて、当然にその思想は多様である。その多様性は貴重でもある。法廷においては、憲法と法と「客観的な良心」に従えば良い。むしろ、最高裁がその人事権をもって全裁判官を統制する弊害をこそ避けなければならない。
(2019年3月14日)

改憲と天皇代替わりー「(明文)改憲」も「(解釈)壊憲」も許さない

 天皇代替わりの直前の時期に、改憲問題との関わりでお話しをさせていただきます。
 憲法上、天皇は何の権限も権能も持ってはいません。内閣の助言と承認のもと、言われたとおりの国事行為をすることだけが職務。けっしてひとり歩きをしてはならないのです。それが、大日本帝国憲法とは異なる、日本国憲法上の天皇という存在です。

旧憲法では、天皇は主権者でした。しかし、日本国憲法では、主権者は国民です。その主権者が、天皇という公務員職は置いたけれども、権限も権能もないものとしました。ですから、天皇という公務員職に誰が就任するかで、国民生活に何の影響もあろうはずはありません。あってはならないのです。

通常、公務員は、その職にふさわしい能力を備えた人を選考して採用することになります。しかし、天皇という公務員職には格別の能力は求められません。その意味で選考は不要なのです。天皇に就任する資格は、血統と性別だけ。天皇家の直系として生まれたこと、そして男子であることだけが要件となります。

ですから、天皇の交替は本来重要事ではなく、騒ぐほどのことではありません。歴史は誰が天皇であるかとは無関係に進みます。時代を特定の天皇と結びつけることには、何の必然性もありません。

かつて、日本人は一君と万民からなっていました。一人の天皇以外は、すべて臣民とされていたのです。奴隷が奴隷主の温情に感謝したその精神の在り方を「奴隷根性」といいます。臣民には、「臣民根性」が求められました。臣民は、天皇の赤子として、天皇の温情に報い尽くすべきことを教えこまれました。遂には、臣民は自ら臣民根性の涵養に務めるようにさえなりました。こうして、一億総マインドコントロール体制が完成したのです。

もちろん、旧天皇制は暴力で強制されました。大逆罪・不敬罪・治安維持法があり、思想検事と特高警察が天皇に対する不敬の言動を徹底して取り締まりました。天皇に楯突く不逞の輩の多くが天皇制警察の手で虐殺もされました。しかし、天皇制を支えたのは、暴力装置だけではなかったのです。教育とメディアが作りあげた、臣民根性が大きな役割を果たしたのです。

暴力と精神支配とを車の両輪とする旧天皇制は維新期に意図的に作り上げられ、次第に肥大して、軍国主義・侵略主義の主柱となり、植民地支配と戦争とで、内外にこの上ない惨禍をもたらして、この国を滅ぼしました。その反省から、日本国憲法が成立しました。そして、天皇ではなく、国民こそが主権者だと高らかに宣言しました。

本来なら、このとき天皇制は廃絶されるべきはずでした。しかし、戦勝国が占領政策を効率的に遂行するために、あるいは戦後世界の対立構図における戦略上の思惑などから、天皇制は廃絶されず、象徴天皇制として残されました。

暴力的な押し付けを欠いた象徴天皇制が発足以来、70余年。日本国民の主権者としての自覚は十分に育っているでしょうか。臣民根性は克服されているでしょうか。

維新期、明治政府を構想した者は、徹底して天皇を利用することを考えました。士族階級には水戸学流の名分論から天皇統治の正当性が説かれ、それ以外の階級には、天皇は神の子孫であり現人神でもあると教えられました。20世紀中葉まで、こんなことが全国の学校で大真面目に教えられたのです。なぜか。御しやすい、支配しやすい、抵抗心のない、権力に従順な被支配民をつくり出すためにです。支配の道具として、天皇はこの上なく使い勝手のよい便利な存在だったのです。

天皇を利用したマインドコントロールから、日本国民は十分に覚醒しているでしょうか。私たちに今必要なことは、主権者としての自立した精神です。旧天皇にご苦労様でしたと持ち上げてみたり、無邪気に新天皇に旗を振るという、無自覚さこそが罪と言わねばなりません。

天皇代替わりを好機として、「新時代に、新憲法を」などというスローガンに乗せられてはなりません。天皇代替わりの今こそ、自覚的に臣民根性を払拭して、主権者意識を涵養しなければならないと思います。

権威とは、多くの人があると思うからあるだけの幻影に過ぎません。天皇の権威も同じです。そんなものは認めないとみんなが思えば、存在しないのです。舌を噛むような最大限敬語を使う滑稽は主権者の態度ではありません。「天皇に恐れ入らない精神」こそが、いまわれわれに求められています。

以下は、レジメの一部を抜粋しておきます。

※日本国憲法の基本性格と改憲問題の構図
☆日本国憲法は不磨の大典ではない。もちろん、理想の憲法でもない。
☆歴史的な所産として、
「人類の叡智の結実」の側面を主としてはいるが、
「旧制度の野蛮な残滓」を併せもっている。
☆すべての憲法条文は普遍性をもつとともに、特異な歴史性に彩られてもいる。
憲法のすべての条文は、歴史認識を抜きにして語ることができない。
☆戦後の進歩勢力は、憲法をあるべき方向に変える「改正」の力量を持たない。
さりとて、「改悪」を許さないだけの力量は身につけてきた。
「護憲」「改憲(憲法改正)阻止」という革新側スローガンの由来。
☆政治的なせめぎ合いは、いずれも革新の側が守勢に立たされている。
改憲(憲法改悪) ⇔ 改憲阻止
壊憲(解釈壊憲)  ⇔ 改憲阻止
※本日の学習会テーマに即して
☆「安倍改憲発議の企て」⇒「9条改憲」など4項目明文改憲提案
「天皇代替わり」(2016・8・8⇒2019・5・1)⇒改憲ではなく「壊憲」問題
その両者の基底に、自主憲法制定を党是とする自民党の基本方針がある。
「自民党改憲草案」(12・4・27)が、改憲・壊憲の本音を語っている。
☆保守政権(即ち国民の多数派)は、改憲と壊憲を望んでいる。
しかし、そのホンネは小出しにせざるを得ない。
明文改憲の小出しが、「改憲4項目・条文素案」であり、
壊憲の小出しが、「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」である。
※自民党「改憲4項目・条文たたき台素案」(2019・3・25)
内容 【9条改正】【緊急事態条項】【参院選「合区」解消】【教育の充実】
スケジュール 「2010年を改正憲法施行の年に」⇒絶望的情勢

※改憲発議問題経過と手続
☆2017年5月3日 右翼改憲集会へのビデオ・メッセージと読売紙面
「アベ9条改憲」提案 9条1項2項は残して、自衛隊を憲法に明記。
☆その種本は、日本会議の伊藤哲夫「明日への選択」論文。
「力関係の現実」を踏まえての現実的提案というだけでなく、
「護憲派の分断」を狙う戦略的立場を明言している。
(「自衛隊違憲論派」と「自衛隊合憲(専守防衛)派」の共闘に楔を。)
☆3月25日 自民党大会 これまでに党内一本化
その後、改憲諸政党(公・維)と摺り合わせ→『改正原案』作成の予定
現在まで進展なし
☆議会の発議手続
衆院に『改正原案』発議→本会議→衆院・憲法審査会(過半数で可決)
→本会議(3分の2で可決)→参院送付→同じ手続で可決
『改正案』を国民投票に発議することになる。
60~180日の国民投票運動期間を経て、国民投票に。
国民投票運動は原則自由。テレビコマーシャルも自由。
有効投票の過半数で可決。
☆勝負は今。改正原案を作らせないこと。
3000万署名の成否が鍵。今夏の参院選が山場。
☆2019年の政治日程 元号・退位・即位の礼・大嘗祭・参院選・消費増税
☆「安倍のいるうち、両院で3分の2の議席あるうち」が、改憲派の
千載一遇のチャンス⇒安倍を下ろすか、各院で3分の2以下にすれば良い
☆安倍9条改憲は、どのような法的効果をもたらすか。
・9条1項2項の死文化。しかも、戦争法を合憲化し海外派兵も可能に。
・「ないはずの軍事力」が明文化される効果。
隊員募集協力への強制・土地収用法・
☆緊急事態条項の危険性
制憲国会での金森徳次郎答弁。
「緊急事態条項は権力には調法だが、民主主義と人権には危険」

※天皇代替わりにおける憲法理念の粗略化
☆いったい何が起きるのか。
4月1日 元号発表
4月末日 天皇(明仁)退位
5月1日 新天皇(徳仁)即位 剣爾等承継の儀(剣爾渡御の儀)
その後、一連の即位行事と宗教儀式
10月22日         即位礼正殿の儀
11月13日~14日 大嘗祭
10月22日安倍晋三が発声する「テンノーヘイカ・バンザイ」の笑止千万
11月13日~14日 大嘗祭のおぞましさ
国民主権原理違反と、政教分離原則違反と。
☆ 憲法における天皇の地位
天皇とは、日本国憲法上の公務員の一職種であって、それ以上のものではない。象徴とは、なんの権限も権能も持たないことを意味するだけのもので、象徴から、何の法律効果も生じない。
本来、天皇は「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ」だけのもので、国事行為の外に「象徴としての行為」や「天皇の公的行為」を認めてはならない。
☆ 天皇の地位は、「主権の存する日本国民の総意に基づく」ものであって、主権者である国民の意思によって天皇の地位を廃絶しうることは、もとより可能である。憲法改正の限界に関しては諸説あるものの、天皇・天皇制を廃止しうることは通説である。また、皇位継承法である皇室典範は一法律に過ぎず、国会が改廃しうることに疑問の余地がない。現行憲法においては、「天皇は神聖にして侵すべからざる」存在ではない。
☆ なお、日本国憲法の体系の中で、天皇の存在は他の憲法価値と整合しない夾雑物である。憲法自身がその99条で憲法尊重擁護義務を負う公務員の筆頭に天皇を挙げているところではあって、憲法解釈においても、人権・国民主権・平和等の憲法上の諸価値を損なわぬよう、天皇や天皇制をできるだけ消極的な存在とすることに意を尽くさなければならない。
☆ 天皇の生前退位発言
旧憲法下の天皇は、統治権の総覧者としての権力的契機と、「神聖にして侵すべからず」とされる権威的契機とからなっていた。日本国憲法は天皇の権力的契機を剥奪して「日本国と日本国民統合の象徴」とした。その「初代象徴天皇」の地位には、人間宣言を経た旧憲法時代の天皇(裕仁)が引き続き就位し、これを襲った現天皇(明仁)は「二代目象徴天皇」である。
その二代目が、高齢を理由とする生前退位の意向を表明した。2016年8月8日、NHKテレビにビデオメッセージを放映するという異例の手段によってである。1945年8月15日の「玉音放送」を彷彿とさせる。
そこで天皇は、「既に八十を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。」と語っている。天皇自らが、「象徴の努め」の内容を定義することは明らかに越権である。しかも、国事行為ではなく「象徴の努め」こそが、天皇の存在意義であるかのごとき発言には、忌憚のない批判が必要だ。憲法学は、「象徴としての公的行為」の範疇を可及的に狭小とすべく腐心してきた経緯がある。さらに、法改正を必要とする天皇の要望が、内閣の助言と承認のないまま発せられていることに驚かざるを得ない。
☆ ところが世の反応の大方は、憲法的視点からの天皇発言批判とはなっていない。「陛下おいたわしや」「天皇の意向に沿うべし」の類の言論が跋扈している。リベラルと思しき言論人までが、天皇への親近感や敬愛の念を表白している現実がある。天皇に論及するときの過剰な敬語の氾濫さえもみられる。
この世論の現状は、あらためて憲法的視点からの象徴天皇制の内実やその危険性を露わにしている。
☆ なお、憲法では「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。」(第二条)とされ、「皇位世襲」以外のことは、「皇室典範」と名付けられた法律によって決めうるとされている。だから、生前退位を認めるか否かと、憲法改正の必要性との結びつきはまったくない。意図的に、生前退位の議論を「お試し改憲」の議論と結びつけようという議論が見られたが、この種の立論には警戒を要する。
☆ 生前退位要望への可否のは些事に過ぎない。結論はどちらでも、大事ではない。問題は、この件を取り扱う国民の姿勢ないし態度にある。「畏れおおくも、天皇の地位に関わる法の改正に着手させていただく」などという臣民のごとき卑屈な態度であってはならない。飽くまでも、主権者の立場で問題を考えなければならない。急ぐも急がないも、国民次第。
☆ 確認しておくべきは、天皇が象徴であることは、天皇に何らかの能力を要求するものではないということである。身体的能力も知的な能力もである。天皇は生存するだけで天皇なのだ。象徴とは存在するだけのもの。象徴であることから、なんらの法的効果が導かれることはない。ハタもウタも象徴である。ハタもウタも存在するだけで象徴としての機能を果たす。天皇も同様なのだ。
高齢の天皇が、現行の国事行為に関する執務の作業量が膨大でこなしきれないというのなら、作業量を最小限にしぼればよい。象徴が象徴であるがゆえに何らかの義務負担を強制されることはなく、象徴だからこれだけの執務をこなさなければならないという義務が生じるわけでもない。象徴としての天皇は、本来どこに出向く必要もなく身体的動作も必要ない。国会の開会式出席などは不要だし、皇室外交も象徴と結びつくものではない。ほとんどのことは辞めてもよいのだ。
☆ 天皇の国事行為は、書面に署名をする能力で足りる。「外国の大使・公使の接受」くらいが高齢で差し支えることになるだろうか。その場合は摂政を置けば足りる。あるいは、国事行為の臨時代行者選任という制度もある。それでなんの不都合もない。
☆ 近代天皇制とは、国民統治の道具として明治政府が拵えあげたものである。旧憲法時代の支配者は、神話にもとづく神権的権威に支えられた天皇を、この上なく調法なものとして綿密に使いこなし、大真面目に演出して、国民精神を天皇が唱導する聖戦に動員した。
そこでの政治の演出に要求された天皇像とは、神の子孫であり現人神でもある、徹底して権威主義的な威厳あふれる天皇像だった。「ご真影」(油絵の肖像を写真に撮ったものでホンモノとは似ていない)や、白馬の大元帥のイメージが臣民に刷り込まれた。
☆ 敗戦を経て日本国憲法に生き残った象徴天皇制も、国民統治の道具としての政治的機能を担っている。しかし、初代象徴天皇は、国民の戦争被害の報告に、責任をとろうとはしなかった。戦争責任を糊塗し、原爆被害も「やむを得ない」とする無責任人物としての天皇像。それが、代替わり後次第にリベラルで護憲的な天皇像にイメージを変遷してきた。
現在、国民を統合する作用に適合した天皇とは、国民に親密で国民に敬愛される天皇でなくてはならない。一夫一婦制を守り、戦没者を慰霊し、被災者と目線を同じくする、「非権威主義的な権威」をもつ象徴天皇であって、はじめてそれが可能となる。憲法を守る、リベラルな天皇像こそは、実は象徴天皇の政治的機能を最大限に発揮する有用性の高い天皇像なのだ。これを「リベラル型象徴天皇像」と名付けておこう。
国民が天皇に肯定的な関心をもち、天皇を敬愛するなどの感情移入がされればされるほどに、象徴天皇は国民意識を統合する有用性を増し、それ故の国民主権を形骸化する危険を増大することになる。天皇への敬愛の情を示すことは、そのような危険に加担することにほかならない。

※天皇代替わりにおける政教分離違反問題
☆政教分離とは、象徴天皇を現人神に戻さないための歯止めの装置である。
「国家神道(=天皇教)の国民マインドコントロール機能」の利用を許さないとする、国家に対する命令規定である。
・従って、憲法20条の眼目は、「政」(国家・自治体)と「教」(国家神道)との「厳格分離」を定めたもの
・「天皇・閣僚」の「伊勢・靖國」との一切の関わりを禁止している。
・判例は、政教分離を制度的保障規定とし、人権条項とはみない。
このことから、政教分離違反の違憲訴訟の提起は制約されている。
・住民訴訟、あるいは宗教的人格権侵害国家賠償請求訴訟の形をとる。
☆運動としての岩手靖国訴訟(公式参拝決議の違憲・県費の玉串料支出の違憲)
靖国公式参拝促進決議は 県議会37 市町村1548
これを訴訟で争おうというアイデアは岩手だけだった
県費からの玉串料支出は7県 提訴は3件(岩手・愛媛・栃木)同日提訴
☆訴訟を支えた力と訴訟が作りだした力
戦後民主主義の力量と訴訟支援がつくり出した力量
神を信ずるものも信じない者も 社・共・市民 教育関係者
☆政教分離訴訟の系譜
津地鎮祭違憲訴訟(合憲10対5)
箕面忠魂碑違憲訴訟・自衛隊員合祀拒否訴訟
愛媛玉串料玉串訴訟(違憲13対2)
中曽根靖国公式参拝違憲国家賠償訴訟
滋賀献穀祭訴訟・大嘗祭即位の儀違憲訴訟
小泉靖国公式参拝違憲国家賠償訴訟
安倍首相靖国公式参拝違憲国家賠償訴訟(東京・大阪で現在進行中)
☆岩手靖国控訴審判決の意義と影響
・天皇と内閣総理大臣の靖国神社公式参拝を明確に違憲と断じたもの
・県費からの玉串料支出の明確な違憲判断は愛媛とならぶもの
・目的効果基準の厳格分離説的適用
目的「世俗的目的の存在は、宗教的目的・意義を排除しない」
効果「現実的効果だけでなく、将来の潜在的波及的効果も考慮すべき」
「特定の宗教団体への関心を呼び起こし、宗教的活動を援助するもの」
☆ 今、天皇が演出しようとしている「リベラル型象徴天皇像」と、自民党流の復古調「権威主義型象徴天皇像」とがせめぎ合っているように見える。
中道保守派が「リベラル型象徴天皇像」支持派として生前退位を認め、札付きの右翼たちが「権威主義型象徴天皇像」支持派として生前退位に反対の構図となっている。
しかしどちらも、タイプこそ違え、天皇の「権威」を通じての国民統合機能を認めるものとして五十歩百歩と言わざるを得ない。いま、「権威主義型象徴天皇像」では国民を味方に付けることはできまい。むしろ、強調すべきは「リベラル型象徴天皇像」の危険性である。
「安倍より数段マシだから、天皇の発言を支持する」などと言ってはならない。天皇制という制度の怖さを噛みしめなければならない。

(2019年3月9日)

「天皇在位30年」 祝意の押し付けは、まっぴらご免だ。

久しぶりに小石川植物園を散策した。梅の盛りである。紅梅・白梅みごとなものだ。ヒガンザクラも椿も彩りを添えている。吹く風もほの暖かく、沈丁花の香りを運んでくる。天気は晴朗、いつもはうるさいヒヨドリの鳴き声も今日はさわやかにきこえる。この上なく雅びで風雅な日本列島の早春。

ところが、行き帰りに目についたのが、交番の日の丸。不粋この上ない日の丸である。喚き散らす右翼街宣車によく似合う、あの日の丸。暴力団組長の床の間にふさわしい日の丸。専制的天皇制国家とあまりにも深く結びついた、国威発揚・富国強兵のシンボルマーク。侵略戦争と植民地支配の象徴てあるあの旗。

さすがに、交番以外では見かけなかったが、この早春の清雅な雰囲気をぶち壊す、興ざめも甚だしい、この旗。

本日は、暦の上での祝日ではない。各紙の朝刊一面に、政府広報の囲みが掲載されている。
「天皇陛下御在位三十年記念式典」というタイトル。これが交番に日の丸の理由。広報の内容は下記のとおりである。

●天皇陛下御在位三十年を記念し、国民こぞってお祝いするため、本日(2月24日)、天皇皇后両陛下のご臨席のもと、政府主催の記念式典を東京の国立劇場で行います。
●国旗を掲げて御在位三十年をお祝いしましょう。
●各種慶祝行事もおこなれます。

この政府広報には、大いに異議がある。
まず「国民こぞってお祝い」など、トンデモナイ迷惑な話だ。常識的に「国民こぞって」とは、「国民のすべてが」、「一人残らずみんなが」という意味だろう。私は祝わない。私は、祝うべきことだとは思わない。祝意の押し売り、押しつけは、金輪際御免を蒙る。

私の天皇在位への祝意強制拒否の表現は、どうでもよいことをことさらに波風立てているのではない。言論の自由を獲得するために必須の言論だとの自覚での発言なのだ。天皇や天皇制への祝意強制には異議を申し立てなければならない。「国旗を掲げて御在位三十年をお祝いしましょう」には、「絶対反対」と声を上げなければならない。これをどうでもよいこと看過していると、言論の自由は錆び付いてしまう。イザというとに抜けば良いという宝刀は、イザといういうときには錆び付いてしまうのだ。

民主主義の根幹をなす言論の自由を抑圧するものは、権力機構ばかりではない。むしろ主要なものは社会の圧力なのだ。とりわけ、社会の「良識」というものが恐ろしい。「『良識』ある者は天皇の批判などはせぬものだ」が通念となれば、言論の自由は大幅に切り縮められることになる。いったん縮小した権利の回復は容易ではない。

言論の自由とは「権力批判のための自由」であるのみならず、権威に対する批判の自由」でもある。分けても、権力との癒着や融合が懸念される権威」に対しては、程度の高い自由が認められなければならない。日本の現状において、その最たるものが、天皇であり天皇制である。天皇や天皇制への批判の言論の自由こそが最大限に尊重されなければならないし、天皇批判の許容度が表現の自由の程度のバロメータにほかならない。

私には、「天皇在位30年」が何ゆえ祝うべきことなのか、さっぱり分からない。忖度すれば、「国民に染みこんだ臣民根性が今に至るも健在で、天皇制打倒という運動もなく、この30年を天皇として安泰に過ごしてくることができたこと」を祝おうというものであろうか。

なお、2月20日配信の共同通信配信記事が、共産、天皇在位30年式典を欠席 政治的な利用を懸念」と報じている。その記事によれば、「共産党の穀田恵二国対委員長は20日の記者会見で、24日に開く政府主催の天皇陛下在位30年記念式典に党として出席しないことを明らかにした」という。

共産党が発表した2月20日が示唆的である。2月20日とは、共産党員作家である小林多喜二の命日である。1933年2月20日多喜二は、天皇制警察によって逮捕され、その日の内に築地署で無惨に虐殺されている。天皇(裕仁)は、「自分が命じたわけではない」と言うのだろう。その長男(明仁)は、自分には関わりがないというのだろうか。

天皇制とは、権力が利用できる権威である。だから、権力にとって調法であり、国民にとっては危険な存在なのだ。天皇個人の人格やら性格などは、些末などうでもよことに過ぎない。戦前の専制的天皇制は、権力が権威を徹底して利用し尽くした政治形態である。多喜二は、天皇の名による政治に抵抗して虐殺された。人権や民主主義を語るほどの者が、天皇に祝意を表明できるはずがないではないか

ましてや、共産党が天皇の在位30周年祝賀に参加できるはずがない。犬が人に噛みついてもニュースにはならない。人が犬に噛みつけばニュースだ。共産党が天皇の在位祝賀に不参加は、余りにも当然のことで、何のニュース価値もない。むしろ、その他の政党は、社民党まで含めて皆参加するのだろうか。日ごろ、人権や民主主義を語る人たちが。それこそ、ニュース価値があるのではないだろうか。

なお、穀田議員は、「天皇の政治的な利用を懸念」「天皇の治的利用の動きがあると感じざるを得ない」と語ったという。そのとおりではあろうが、これはやや誤解を招く表現ではないか。本来、天皇制とは徹頭徹尾、権力による政治的利用を想定された制度である。その点では、戦前も戦後も一貫している。
(2019年2月24日)

ある日の待合室で話題となった、天皇の責任。

えらく、待たせられますな。いつものことですがね。

きちんと予約制にしてもらいたいものですね。

でも、毎回、ここで結構知らない人とのお話しが弾んで、楽しいこともあるんですよ。

最近、楽しい話題なんて思い当たらないじゃないですか。

児童虐待だの、イジメ自殺だの、統計偽装だの…。

そうなんですよ。私は去年、定年になったんですが、それまではテレビの国会中継なんて観る暇もなかった。今は、よく観るんですが、政府のいい加減さには、ほとほと呆れて腹が立ちますね。

安倍さんの政治は確かにひどい。でも、安倍さんに限らず、アメリカも中国も、イギリスもみんなひどい。韓国もひどいじゃないですか。

韓国の何がひどいんですか。

韓国の国会の議長が、天皇陛下に謝罪を要求したでしょう。天皇陛下に謝罪を、ですよ。怪しからん話じゃないですか。

天皇への謝罪要求はどうして怪しからんのでしょうか。安倍首相は12日の衆院予算委員会で、「甚だしく不適切な内容を含み、極めて遺憾である旨、厳しく申し入れた。強く抗議するとともに、謝罪と撤回を求めた」と怒って見せています。河野太郎外相も同委員会で、「極めて無礼な発言だ」とは言うのですが、何がどうして無礼で、甚だしく不適切なんでしょうかね。

国会議長の発言の中に、天皇を指して『戦争犯罪の主犯の息子ではないのか』という言葉がありましたね。あれが、日本の国民を刺激したのではないでしょうか。

そう、天皇陛下を「戦争犯罪の主犯」、今上陛下を「戦犯の息子」なんて、日本人なら許せないと思うのが当たり前。

そうでしょうかね。天皇が戦争を始め、天皇の軍隊が近隣諸国に攻め入って人々を殺し、天皇の役人が徴用工を募集し、天皇の軍人が強制力を用いて慰安婦を募集して管理した。天皇が、侵略戦争と植民地支配の最高責任者であることは、ごまかしも言い逃れもできない事実でしょう。その戦争や植民地支配に伴う数々の戦争犯罪について、天皇を「戦争犯罪の主犯」と言って、ちっともおかしくないと思いますが。

東京裁判でも、天皇陛下は裁けなかった。陛下に責任はなかったからですよ。

当時、GHQは天皇を占領統治に使おうとしていました。日本を反共の防波堤にしたいという思惑もあった。だから、かなり無理をして、訴追を避けたのではないのでしょうか。

それでも、少なくとも現在の天皇陛下には何の責任もないはず。その陛下に謝罪要求の根拠はあり得ません。

ここに、新聞記事がありますが、こんな風に報道されていますね。
 「文喜相氏は『日本を代表する(安倍)首相から(謝罪の)一言でいい。近く退位されるのだから、天皇がそれを行うことを願う』とし、陛下は『戦争犯罪の主犯の息子ではないのか』と指摘。『そのような人が、高齢の元慰安婦の手を握り本当に申し訳なかったと言えば、これを最後に問題は解決する』と語った」(10日付各紙=共同配信)
 朝日新聞は、「文氏は(天皇に関し)『戦争犯罪』という表現は使っておらず、『戦争当時の天皇の息子』と述べたと思う」と共同配信の記事の一部を否定したとしています

正確に言えば、ストレートな「謝罪要求」ではないのですね。でも、親のしたことを子に謝らせる、という発想に違和感がありますね。

敗戦後の日本国民自らが戦争責任追求をしてこなかったことが諸悪の根源となっているように思います。韓国など被害国の側から見れば、あの被害や屈辱を与えた日本が、本心から謝罪したことはない。だから、問題が片付かないまま、現在に至っている。
 今できる解決のための謝罪の仕方として考えられるのは、首相か天皇かのどちらかだろう。安倍首相は、人格的に大いに問題のある人物だから、この人に謝られたところで真摯の謝罪だとは受け取りにくい。ならば、天皇の謝罪を、ということではないでしようか。気持ちはよく分かる。

しかし、安倍さんも、国会で言っていましたよね。「今回の(文・韓国国会議長の)発言に多くの国民が驚きかつ怒りを感じたと思う」と。多くを言う必要はないんじゃないでしょうか。私もそう思いますよ。

実は、それこそが一番深い、根本にある問題ではないでしょうか。あの戦争は、天皇の命令で行われた戦争でした。神である天皇が神国日本を防衛するためとして、臣民に命じて他国を侵略した奇妙な戦争。その敗戦の責任を天皇自らがとろうとはせずに生き延びた。その天皇を日本国民が責任追及することなく、天皇制を残してもいる。ナショナリズムの中心に、常に天皇が位置し続けている。

たしかに、韓国との問題となると、排外的なナショナリズムを感じますね。天皇が絡むと一段とその色が濃くなる。安倍さんや河野さんの立場としては、天皇の神聖を傷つける無礼は許せないと言うわけなのでしょうね。

右翼がそう言うのは度しがたいところですが、政権が右翼と同じことを言ってはならんと思います。

でも、今上陛下は、追悼と鎮魂の旅を続けこられた。戦争を反省する立場でも一貫しておられる。国民からの支持は当然ではありませんか。

ああ、現天皇の追悼と鎮魂は、皇軍の将兵に対する限りですね。けっして、侵略された側、敵とされた側の将兵に対する追悼と鎮魂はない。それから、現天皇が昭和天皇の戦争責任に言及したこともありません。

もちろん天皇(明仁)が、これまで朝鮮の元「慰安婦」にも、元徴用工にも、創氏改名を強制された多くの人々にも、謝罪したことはありません。

では、退位を目前にした天皇が、いま、元「慰安婦」や元徴用工に謝罪すべきだとお考えですか。

わたしは、それは明らかに天皇の政治利用だと思います。象徴天皇とは、存在するだけのもので、機能すべきものではない。役に立ってはいけないと思うのです。

ほう、ずいぶんお堅い。私は、日韓関係改善の役に立つのなら、内閣の責任できちんと謝罪させればよいと思いますがね。

韓国議長の発言は、大きな問題を投げかけています。私たちは、過去の朝鮮侵略の歴史をきちんと想起することで、これを受けとめなければならないと思います。重要なことは、今にして未解決な慰安婦問題や徴用工問題や天皇の責任問題を考えることであって、天皇の謝罪の是非ではないと思うのです。

おや、呼出がありました。お先に失礼。
(2019年2月16日)

皇太子は、今もなお、「いとけなき 吾子の笑まひに」いやされているだろうか。

最近、散歩コース新開拓の意欲はない。昨日も今日も、不忍池をゆっくりとまわった。はや春の萌し。風はなく、雲一つない青空。幼い子どもたちが、はしゃぎながら駆け回っている。外国人観光客のいくつもの言語が耳に心地よい。

梅が咲き始めた。福寿草も咲いている。マンサクも満開。雪割草が美しい。水鳥も草木ものんびりとしている。平和な風景。

走っている人がいる。達者にバラライカを爪弾く人がいる。句作に没頭している人がいる。そして、野鳥の会が水鳥の説明をしている。

あれがアオサギです。ちょっと見えにくいですが、鶴くらいの大きさ。ここでは、ダイサギ・チュウサギ・コサギも見ることができますよ。

アオサギ。きれいですね。最近は、増えているんですか。減っているんですか。

実は、郊外の鷺山が開発でつぶされたのですが、結構都心で増えているようなんです。昔は、鳥は食糧としてねらわれましたが、今の時代、野鳥を食べようという人もいませんからね。平和が何より。

ホントにそのとおりですね。安倍改憲に反対して、平和憲法を守らなくては。

そうです。そうです。

噴水広場には、なにかのイベントで人が集まっている。鬼に扮した人が、風船芸をやっていた。器用に、金棒や鬼の面やらを風船でつくっている。そういえば、今日は節分。子どもたちか、「鬼は外」とやっていた。

本日は盛大に、アベは外」とまいりたい。安倍辞めろ」「アベ退陣」「アベ出てけ。安倍がいなくなれば、当面「福は内」「国は平和」なのだ。

ところで、五條神社境内の掲示板に、月替わりで、「生命の言葉」が掲げられている。「神社は心のふるさと 未来に受け継ごう 「美(うるわ)しい国ぶり」」とある。神社が「美しい国ぶり」などという言葉をいつころから使い出したのだろうか。

この毎月の「生命の言葉」は、東京都神社庁が作成して配布し、傘下の各神社が掲示しているもの。 今月の「言葉」は、皇太子(徳仁)の歌。

皇太子 徳仁親王殿下

 いとけなき 吾子の笑まひに
 いやされつ 子らの安けき
 世をねがふなり

13年前、2006年の歌会始に、「笑み」の題で詠んだ歌とのこと。
文意明瞭となるよう、二行に書き分ければ、
 いとけなき 吾子の笑まひに いやされつ
 子らの安けき 世をねがふなり

1行目の「吾子」は自分の実の子で、二行目の「子ら」は子ども一般を指すのだろう。「自分の子どもの愛らしい微笑みに親として心癒されながら、自分の子だけでなく日本中の子らが、あるいは世界中の子らが、安心して暮らせる平和な世の中であって欲しい」という至極分かり易く、真っ当な内容。「世をねがふなり」は、少しエラそうな感じもするが、全体として好ましい印象を受ける。「吾子」が幼児であったこの頃には、この家族にとっての心落ちつく環境があったのだろう。

その皇太子(徳仁)は、もうすぐ天皇に就位する。そのことを意識して、東京都神社庁は今月の「言葉」に、この人の歌を取りあげたのだろう。さて、改めて思うのだ。この人、天皇となること、あるいは天皇にならざるを得ないことを、本心ではどのように思っているのだろうか。

私の尊敬する友人が、ごく最近、ある団体の通信にこんな文章を寄稿している。

私たちの憲法が、天皇を「国の象徴」「国民統合の象徴」で、「皇位は世襲」などと定めているために、私たち国民は、天皇をはじめ皇室の人たちの人権を、無茶苦茶に無視して、この70年を過ごしてきた…。…およそ、人間を「象徴」にしてしまうような憲法は、「象徴」にさせられた人間の基本的人権を蹂躙せずにはすまない。

皇太子は、13年前には「吾子の笑まひに いやされつ」と詠んだ。しかし、今そのような余裕ある心境ではなさそうだ。敬語を使いながらも意地の悪い、そして遠慮のない報道によれば、妻も、子も、そして自分自身も、押し潰されんばかりの重圧の下にあるという。しかし、今のところ、その境遇から逃れる術はない。非人間的な制度のために。
(2019年2月3日)

いまこそことある時なるぞ  死ぬるが臣下のほまれなり をゝしき大和心もて かたみに人の血を流し 獸の道に死ねよかし 

和歌のジャンルといえば、まずは相聞。そして挽歌。他には叙情・叙景歌。その他は傍流、釣りでいう外道の類。

紀貫之も、古今和歌集の序でこう言っている。

やまとうたは、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける。…生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける。力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の中をも和らげ、猛き武士の心をも慰むるは歌なり。

「猛き武士の心をも慰むるは歌なり」に同意する。これこそが、やまとうたの本流であり本領ではないか。ところがその正反対もあるのだ。戦意昂揚歌というトンデモ・ジャンル。今、国会でそれが問題となっている。

敷島の 大和心のをゝしさは ことある時ぞ あらはれにける

これは日露戦争の際に、ときの天皇(睦仁)が詠んだ歌とのこと。「ことある時」とは、大国ロシアとの戦争。臣なる民の命をかけた戦闘を、安全なところから、「大和心のをゝしさ」と、上から目線で督戦している歌である。

この戦意昂揚歌と対をなすのが、与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」の厭戦詩である。晶子は、旅順の弟の命を案じて、天皇にプロテストしている。

「すめらみことは、戰ひにおほみづからは出でまさね、かたみに人の血を流し、獸の道に死ねよとは、死ぬるを人のほまれとは、大みこゝろの深ければ もとよりいかで思されむ。」

晶子の怨嗟の詩のとおり、天皇は宮中で「大和心のをゝしさ」を嘉していた。いうまでもなく、「大和心のをゝしさ」とは、多くの兵士の死を意味する。

安倍晋三が、この歌を施政方針演説で引用した真意はどこにあるのだろうか。天皇・戦争・国家主義・帝国主義・国民統合のイメージは、普通なら避けたいところだ。しかし、彼が敢えてこんな歌を引用したのは、自分のコアな支持者への共感を意識してのことなのだろう。それは、不安と危機感を掻きたて、かつての「強い日本」への郷愁をアピールすることと重なる。

日露戦争は、朝鮮の覇権を争った帝国主義戦争だった。これに勝った日本は朝鮮の併合に至る。現在の日韓問題は日本が朝鮮を植民地化したことに起因する。創氏改名も、日本軍「慰安婦」問題も、徴用工問題も、在日差別も…、すべてが日露戦争から始まると言ってまちがいではない。

敢えて今、その日露戦争についての天皇の督戦歌。当然に韓国の民衆の感情を逆撫でするだろうし、日本の平和勢力をも刺激する。しかし、これであればこそ、右翼は大歓迎なのだ。たとえば産経。

「天皇陛下のもと、苦難乗り越えた日本人の強さ強調 平成最後の施政方針演説で首相」という見出しの記事。

「首相は、明治天皇の御製を引用した。大和魂は平時には見えにくくても、有事にはおのずと立ち現れる。大日本帝国憲法下の明治天皇と、現行憲法における象徴天皇で制度は異なるが、首相は近代以降、日本人が天皇陛下の下で結束し、幾多の試練を乗り越えてきた歴史を強調した。」

戦後の日本の言論空間は、少なくとも矜持のある新聞には、こんな論調を許して来なかったのではないか。恐るべし産経。恐るべし安倍晋三というしかない。

こんな人物に、憲法を取り扱わせてはならない。一日も早く安倍退陣の実現を。第198通常国会冒頭の改めての決意である。
(2019年1月29日)

宗教弾圧の手段とされた不敬罪 ― 天皇の神聖性を擁護するために

あれからもう40年以上も経っている。私が弁護士になって4年目か5年目ころのこと。どう呼び出されたか記憶にないが、東京弁護士会の談話室で、大阪の弁護士Iさんと面談した。

彼は、「実は、おしえおやが…」と切り出した。「おしえおや」とは、二人の間では説明不要だった。ある教団の教主が、刑事再審を請求したいと考えている。ついては受任の気持はないか、という打診だった。飽くまで打診で、依頼ということではなかったが。

I弁護士も私も、その教団が経営する私立高校の卒業生だった。彼の方が、一学年上だったが親しい間柄。彼は、文芸部の部長で私が部員という関係でもあった。大学時代には交流がなかったが、思いがけなくこの人と同じ23期司法修習生となって再会した。彼は、青年法律家協会の活動や、任官拒否を許さぬ修習生運動の良き理解者だった。修習終了後私は東京で弁護士登録し、彼は大阪弁護士会に所属して教団の法律事務を担当していたようだった。

その教団は、戦前天皇制政府から苛酷な大弾圧を受けて解散に追い込まれた歴史をもつ。相当数の幹部が治安維持法で検挙されたが、初代教祖とその長男の二代目教祖は、治安維持法違反ではなく、いずれも不敬罪で起訴された。初代は、判決以前に衰弱して亡くなり、二代目は有罪判決を受けて確定し下獄した。その後間もなく終戦を迎えGHQの指示によって解放された。このあたりの教団史のあらましは、高校の「宗教の時間」で教えられていた。特高警察や思想検事の取り調べの酷さなども、直接体験した教団幹部から聞かされていた。

戦後二代目は教団を再興し、当時相当の教勢となっていた。「教主(おしえおや)」となっていたこの人の「ご親講」は、高校生時代に何度となく拝聴した。さすがに、人を惹きつける魅力を持った人物だという印象。

I弁護士の話では、その教主が、「他の罪ならともかく、不敬の罪名を背負ったままでは、日本人として死ぬに死ねない」という思いを抱えているという。そこで「再審によって不敬の汚名を晴らしたい」との意向だというのだ。

I弁護士は、天皇制と闘うのだから、澤藤なら引き受けると考えていた様子だった。私は、考え込んだ。直ぐには返答できなかった。

一面、やってみようかと気持は動いた。事件としては面白い。弁護士としてやりがいがあるとは思った。法的な道筋は見えていなかったが、取り組むに値するし、歴史の発掘になるかも知れないとも思った。

しかし、ある程度のことを知っていただけに、躊躇の気持も強かった。この教団は、天皇制に抵抗して弾圧されたのではなく、天皇制に従順であったにもかかわらず、弾圧されたのだ。だから、教主の主張にいつわりのないことはそのとおりなのだが、そのことが引っかかった。

不敬罪は天皇や皇族に対して「不敬の行為」あったことが構成要件とされている。この教団の場合は、布教した教義の内容が「不敬」とされた。天皇制政府は、天皇を神聖なる存在として維持するために、天皇を天皇たらしめている神話と抵触する宗教教義の一切を認めず、弾圧した。その弾圧の手段の一つが不敬罪だった。にもかかわらず、弾圧された当人の希望は、「自分は天皇や皇室への不敬の気持はまったくなかった。むしろ、自分の皇室崇敬の気持ちの篤いことを訴えて、不敬罪の汚名を雪ぎたい」というのだ。天皇に弾圧された者が天皇への崇敬の念を強調しているこの奇妙。天皇制というものの異様な本質を見た思いだった。私には、皇室崇敬の気持など毛頭ない。はたして信頼関係を形成できるだろうか。私が適任と言えるだろうか。また、何より私が時間と情熱をかけて取り組む事件なのだろうか。

そして、当時30代初めの私には、あの宗教団体のリーダーを相手に、自分のペースを守りながらことを処理できる自信はなかった。

考えた末に、お断りした。そのときI弁護士には、「不敬罪は、今の世では汚名ではなく、むしろ勲章みたいなものじゃない。不名誉と思うことも、勲章返上の必要もないと思うよ」と、半分冗談、半分本音を言っている。

なお、私の父は、戦前からのその宗教の信仰者だった。戦後のあるとき、回心あって安定した職を捨ててこの教団の職員となった。このとき、母がよく同意したものと思う。当時4歳(か5歳になったばかり)だった私の意見は聞かれなかった。私も、Iさんも、教団職員の子弟としてその教団が経営する私立高校に入学たという経緯がある。

Iさんは、弁護士となって教団の法律事務を担当することで、親孝行をしたはず。私は、高校卒業後、教団と無縁となっただけでなく、再審の打診も断って親不孝を重ねた。

天皇の代替わりが近づいて、天皇制とは何だろうかと考えることが多い。そのとき、真っ先に思い出すのがこの件。不敬罪というものの存在を、身近に感じた機会は他になかった。今にして思えば、I弁護士と一緒に、貴重な再審事件をやっておけばよかったと思っている。その結果がどうであったにせよ…。

再審請求がなされたとは聞かないうちに、あのときの「教主」は亡くなった。私の父も世を去り、I弁護士も早逝して今は世にない。往時茫々だが、象徴天皇制はいまだに健在で、あの当時から2回目となる代替わりを迎えようとしている。
(2019年1月28日)

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