澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

おそるべし天皇制。衆院全会一致の阿諛追従決議。

衆議院は,昨日(5月9日)午後の本会議で、天皇の即位に祝意を示す「賀詞」を全会一致で議決した。共産党も出席して賛成した。残念でならない。

共同配信は「平成の際の賀詞は昭和天皇逝去に伴う1989年1月の皇位継承時ではなく、90年11月に行われた『即位礼正殿の儀』に合わせて議決した。当時、天皇制廃止を掲げていた共産党は反対した」とし、産経は「平成の御代替わりの際の賀詞に反対した共産党も、今回は賛成した」と書いている。

その「賀詞」なるものの全文は次の通り。
「天皇陛下におかせられましては、この度、風薫るよき日に、ご即位になりましたことは、まことに慶賀に堪えないところであります。
天皇皇后両陛下のいよいよのご清祥と、令和の御代の末永き弥栄をお祈り申し上げます。
ここに衆議院は、国民を代表して、謹んで慶祝の意を表します。」

「陛下」「おかせられましては」「風薫るよき日」「ご即位」「慶賀に堪えない」「天皇皇后両陛下」「ご清祥」「令和の御代」「末永き弥栄」「お祈り申し上げます」「国民を代表して」「謹んで慶祝の意を表します」。一言々々が、耳にざらつく。天皇制に阿諛追従のこんな決議が議院の全会一致で成立とは、これは悪夢だ。一人の議員の反対もないのか。嗚呼、共産党までが…。

戦前の大政翼賛下の議会を彷彿とさせる。同時に、9・11直後に、たった一人反対票を貫いた米下院のバーバラ・リー議員を思い起こさせる。
2001年9月15日、9・11同時多発テロの4日後のこと。米連邦議会の上下院は、ブッシュ大統領に対しテロへの報復戦争について全面的な権限を与える決議を成立させた。これに対し、上下両院を通じてただ一人これに反対票を投じたのが、カリフォルニア選出のバーバラ・リー(Barbara Lee)民主党下院議員だった。私は、この一票を、議会制民主主義に生命を吹き込んだものとして高く評価する。

その「ただ一人反対を貫いた下院議員」の議会での発言の一節がこうであったという。

私は確信しています。軍事行動でアメリカに対する更なる国際的なテロを防ぐことは決して出来ないことを。この軍事力行使決議は採択されることになるでしょう。(それでも、)…誰かが抑制を利かせなければならないのです。誰かが、しばし落ち着いて我々が取ろうとしている行動の意味をじっくり考えなければならないのです。皆さん、この決議の結果をもっと良く考えて見ませんか?

昨日の衆院では、非力でも、孤立してでも、誰かがこう言わなければならなかった。

私は確信しています。天皇制を賛美することが、国民主権や民主主義と相容れないものであることを。この賀詞決議は多数決で採択されることになるでしょう。それでも誰かが、抑制を利かせなければならないのです。誰かが、しばし落ち着いて、新天皇の即位に祝意を述べるという議会決議の意味をじっくり考えなければならないのです。皆さん、過熱している新元号制定や新天皇即位の祝賀ムードが、国民の主権者意識とどう関わるものなのか、もっと深くよく考えて見ませんか?

現実には、こう発言する議員も政党もなく、あたかも国民は、新天皇即位に祝賀一色のごとく後世に記録されたことを残念に思う。

本日(5月10日)の赤旗が、党委員長の記者会見記事を掲載している。
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik19/2019-05-10/2019051002_04_1.html
以下に、志位委員長発言のポイントを抜粋して、これにコメントしておきたい。

志位 天皇の制度というのは憲法上の制度です。この制度に基づいて新しい方が天皇に即位したのですから、祝意を示すことは当然だと考えています。私も談話で祝意を述べました。国会としても祝意を示すことは当然だと考えます。

いつもの理路整然たる共産党の発言とは思えない、驚くべき非論理ではないか。「われわれは現行憲法を尊重する立場であり、天皇が憲法上の制度である以上、新天皇即位を妨害しない」なら、論理として分かる。しかし、「祝意を示すことは当然」とは論理的にあり得ない。

内閣総理大臣は憲法上の制度ではあるが、安倍首相就任に祝意は当然だろうか。最高裁長官や下級審裁判官についてはどうだろうか。これに、いちいち「国会としても祝意を示すことは当然」はなりたちえない。

「現行憲法を丸ごと擁護する立場から、憲法上の制度とされている天皇を認める」としても、その天皇の役割を制約し存在感を極小化しようとする立場に立つのと、天皇の役割の拡大を容認する立場に立つことの間には、天と地ほどの差異がある。政党は、とりわけ共産党は、自らの立場を明確にしなければならない。

志位 ただ、(賀詞の)文言のなかで、「令和の御代」という言葉が使われています。「御代」には「天皇の治世」という意味もありますから、日本国憲法の国民主権の原則になじまないという態度を、(賀詞)起草委員会でわが党として表明しました。

そのことは知らなかったが、共産党も、少なくとも賀詞の文言の問題点は認識していたわけだ。それならば、「『令和の御代』との文言を削除しない限り、日本国憲法の国民主権の原則になじまないのだから、わが党としては反対」という選択はありえたのだ。文言をそのままで、賛成をしてしまったのは、どうしたことか。

志位 (前天皇の即位の賀詞に反対した)当時の党綱領は「君主制の廃止」を掲げていました。その規定は2004年の綱領改定のさいに変えたわけです。改定した綱領では、天皇条項も含めて現行憲法のすべての条項を順守する立場を綱領に明記し、「君主制の廃止」という規定は削除しました。そういう綱領の改定に伴って、こういう態度を取ったということです。

「現憲法下で、憲法のすべての条項を順守する立場」と、「新天皇即位への賀詞決議に賛成」という態度とは、必ずしも結びつかない。むしろ、「現行憲法を順守する立場」は、国民主権や人権という憲法体系の基軸部分と、天皇制という周辺部分とに、ことの軽重のメリハリをつけてしかるべきではないのか。新天皇の賀詞決議に反対したところで、新綱領違反になるわけはない。

志位 私たちの綱領では、将来の問題として、日本共産党としては、天皇の制度は「民主主義および人間の平等の原則と両立するものではない」として、「民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ」と明記しています。同時に、天皇の制度は憲法上の制度ですから、その「存廃」は「将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきもの」だということを綱領では書いています。

全体の論理は分からないではない。しかし、「その『存廃』は『将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきもの』」というのは、「前衛」を自負する共産党の姿勢として、あまりに第三者的・傍観者的なものの言い方ではないか。社会を、歴史の発展の方向にリードしていこうという主体性に欠けることにはならないか。

志位 そして同時に、憲法上の制度である以上、「その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべき」だと述べているわけですから、綱領のこの規定は、「私たちの立場はこうです」――つまり将来的にこの制度の存廃が問題になったときには、そういう立場に立ちますと表明していますが、同時に、わが党として、この問題で、たとえば運動を起こしたりするというものではないということです。

えっ? これは一大事だ。「共産党として、天皇制廃止問題で運動を起こしたりはしない」というのだ。天皇制に関連する、元号使用反対運動、「日の丸・君が代」反対運動、紀元節復活反対などなどはどうなるのだろう。まさか、こうした運動のすべてが、「将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべき」というわけではあるまい。

あらためて思う。天皇とは、まぎれもなく日本社会の旧態依然たる保守勢力の社会意識に支えられた「権威」である。その対極の進歩の陣営における「権威」が永く共産党であった。共産党の権威は、果敢に天皇制の権力と権威に対峙して闘ったことによって勝ち得たものである。天皇制と闘わない共産党は、自ら権威を捨て去ることにならないか。残念でならない。

天皇制と闘わない共産党とは、形容矛盾に見える。大衆運動をリードしようとしない「前衛」も同様である。泉下の多喜二が嘆いている。そしてこう呟いているのではないか。「天皇制とは、時の権力に使い勝手よく利用されるところに危険性の本質がある。いつの時代も甘く見てはならない」と。
(2019年5月10日)

神社の社頭掲示に「天壌無窮」の4文字

早朝不忍池の周りを散策。花の季節は去って、遅く開花したダイゴジジュズカケサクラも散りおわった。ハスの浮葉が水面をおおって、既に緑濃い初夏の風景である。インバウンドの人影も少なく、穏やかな連休明け。今月(19年5月)はじめて、五條神社に足を運んだ。

今、境内に見るべき花はない。見たいものは、二つ。その一つは、善男善女が奉納の絵馬。マジックで、健康と病気回復、手術成功などの切実な願文が認めてある。関心は、その年月日の表記。実は、元号が圧倒ということではなく、西暦表記が意外に多いのだ。平成はあったが、令和は目につかなかった。これは面白い。

そしてもう一つ、見たいものは、社頭に月替わりで掲示される「生命の言葉」。実は、東京都神社庁が作成して配布し、傘下の各神社が掲示しているもの。 天皇代替わりの今月はどんな言葉かと、興味津々だった。普通は三十一文字で、代替わりにふさわしいものとして、どの天皇の歌を引いてくるのだろうかと思いきや、歌ではなかった。掲示されていたのは、次の4文字。

  天 壌 無 窮

敗戦までは、教育勅語の一節にあったから、全小学生が暗記しなければならなかった言葉。「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」という一節の中の4文字。

「天壤無窮」は、音で読めば「テンジョウムキュウ」だが、訓で読み下せば「あめつちとともにきわまりなかるべし」と読むのだろう。要するに、天と地とが永遠であるごとく、天皇の治世にも終焉はない、ということ。もう少し付け加えれば、祖先神アマテラスの子孫であり、自らも神であるという神聖天皇の治世の永遠性のことである。

これは、天孫降臨の神話に由来している。天孫とはニニギノミコトのこと。女性神アマテラスの孫である。日本書紀には、アマテラスが、ニニギに語ったという、次の一節がある。
葦原の千五百秋の瑞穂の国は、これ吾が子孫(うみのこ)の王たるべき地(くに)なり。宜しく爾皇孫(すめみま)就(ゆ)いて治(しら)せ。さきくませ。宝祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、まさに天壌(あめつち)と(きわま)りけむ」

分かり易く、意訳すれば、こんなところか。
「ほら、あそこに見える日本という国はね、神様である私の子孫が王となるよう決められたところなの。さあ、私の孫よ。あんたが行って治めるのよ。うまくやってね。私の家系が栄え続けることはね、天地がある限りずっとずっと永遠なの。」

もちろんこれは、たわいもない神話である。どこの世界、どこの民族にも、神を起源とすることで自らを権威付けようと神話を作りあげた一族がいる。他方に、この一族と闘い、あるいは抗って破れた対抗勢力も存在するのだ。

「あの国はお前のものだから、さあ行って切り従えて治めなさい」とは、何とムチャクチャな神さま。天皇一族だけに好都合なこんな荒唐無稽な作り話が史実であるはずもなく、権威や権力の正統性の根拠として語り継がれることは、嗤うべき後進性というほかはない。嗤われているのは、われわれ日本人と知らねばならない。

この天孫降臨の際にアマテラスからニニギに皇位の印として与えられたものが、三種の神器だという。いまだに、剣爾等承継の儀として、神器の承継にこだわる皇室の権威なるものの滑稽さは如何ともしがたい。さらに滑稽なのが、恭しくもったいぶってこれを伝えるマスメディアの醜態。

日本国憲法は、神権天皇制を否定した。天皇は象徴として残したがこれを再び神としてはならないという趣旨で厳格な政教分離の規定を設けた。果たして、宝祚(あまつひつぎ⇒皇位)は、今なお「天壌無窮」なのだろうか。

2019年5月、新天皇即位の月の「命の言葉」は、今なお皇位の承継は「天壌無窮」であるぞ、という宣言なのだろうか。あるいは、憲法や政教分離やらの制約を取り払って、戦前の「天壌無窮」を取り戻したいという願望の表明なのだろうか。

「そんなもの見て、そんなことを考えているのは、あなただけですよ」と、神社のハトが、クククと笑った。そして、こう付け加えた。「実はね、天皇だけでなく、ハトだってカラスだって万世一系で天壌無窮なんですよ」。
(2019年5月9日)

 

サヨナラ 令和

令和という字は「命令に和せよ」と書くのね
「お上に従順に」という嫌みな言葉ね
それが、今風の生き方かも知れないけれど
とても使う気持ちにはなれないから
熨斗を付けてお返しするわ
サヨナラ 令和

令和という字は「冷和」に似てるわ
冷たい日本ということなのね
「冷倭」ともよく似ているね
冷酷な日本人ということなのかもね
弱者に冷たい時代を受け入れたくはないから
熨斗を付けてお返しするわ
サヨナラ 令和

令和の由来は文選の「歸田賦」だそうね
「歸田」は腐敗した宮仕えに嫌気の詩なのよね
令和の令には、「へ」と「マ」が読めるけど
こんな元号選定は政権のヘマじゃないかしら
忖度政治にはもうウンザリだから
熨斗を付けてお返しするわ
サヨナラ 令和  永遠に

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「元号さよなら声明」への賛同署名運動を展開中。ご協力を。

署名は、下記のURLから。
http://chng.it/7DNFn7sCfz
目標は10000人。是非とも、拡散のご協力をお願いいたします。

「元号さよなら声明」
もう使わない、使わされない!
元号の強制、元号への誘導、押し付けはごめんです。

また元号が変えられました。私たちは、一生の間にいったいいくつの元号を使わされるのでしょうか?

いま多くの人が元号はもう使いたくないと感じています。グローバル化が進んだ今日、日本国内にしか通用せず、また国内でも複数の年の間の年数をかぞえるにも元号は実に不便です。

日本の手帳には年齢早見表がついています。いくつもの元号にまたがって年数を数えるのは厄介だからです。グローバル化の時代に日本でしか通用しない元号は不便です。

それだけではありません。公的機関が元号だけを使っているため、改元の度に必要となる情報システムの改修には莫大な費用がかかり、IT社会は絶えずこのシステムの不安定性に振り回されます。

元号を使うことは義務ではありません。しかし現実には、それが当然であるかのように元号を使うことを求められたりします。

元号を使いたくない人、元号を知らない人に元号を使うよう「協力を求め」たり、無理強いをしないでください。また、誰もが使ったり見たりする公的な文書や手続き書類は、元号を使いたくない人でも困らない、元号を知らない人でも分かるものにして下さい。

私たちは元号を使いたい人が元号を使うことを妨げようとしているのではありません。ただ私たちは、次の三つのことを求めたいのです。

1.届出や申し込みの用紙、Web上のページなどにおける年の記載は、利用者が元号を用いなくても済むものとし、また利用者に元号への書き直しを求めないこと。

2.公の機関が発する一切の公文書、公示における年の記載は、元号を知らない者・使わない者にも理解できる表示とすること。

3.不特定多数を対象とする商品における年の記載は、元号を知らない者・使わない者にも理解できる表示とすること。

* 上記の1・2は、衆参両院議長、内閣府、最高裁判所事務総局、地方自治体に要請します。また同じく3は、元号表示しかしていない金融機関や企業などに対して、各地の賛同者の皆さんと共に要請します。

(2019年5月8日)

前天皇の家族は、憲法記念日に「あたらしい憲法のはなし」を熟読していた?

5月3日の東京新聞22面(第2社会面)に、こんな見出しの記事が掲載されていた。
「美智子様の言葉」「『憲法のはなし』毎年家族で熟読」「復刻本発行者・田中さんが感銘」

「美智子様」とは生前退位した前天皇の妻(旧姓・正田)のこと。「憲法のはなし」とは、文部省が日本国憲法施行間もなくの時期に、新制中学校1年生用社会科の教科書として発行された新憲法の解説書。正確には「あたらしい憲法のはなし」である。1947年8月2日文部省検査済とされている。「田中さん」とは、政府に不都合として絶版とされたこの教科書を復刻した出版社「童話屋」の創業者とのこと。

その復刻版『あたらしい憲法のはなし』を、前天皇の一家が毎年憲法記念日には、家族で熟読していたというのだ。これも、「国民とともに憲法を守る」姿勢を見せた、前天皇にまつわるあたらしい神話の一つ。

前天皇の家族が熟読という、その「家族」の範囲はよく分からない。もちろん、、「熟読」の程度も不明だが、この「教科書」をどう読んで、どう理解していたのか、聞いてみたいところではある。

これまで、当ブログでは「あたらしい憲法のはなし」の各章を取りあげて論じてきた。戦力不保持の決意など評価すべき点がないわけではない。しかし、今どき、こんなものを有り難がってはならない。この「憲法のはなし」には、国民と国家、人権と権力の緊張関係が描かれていない。つまりは、立憲主義という憲法の基本構造の解説が抜け落ちているのだ。解説が抜け落ちているというよりは、個人主義・自由主義という近代憲法の根本理念に対する理解がない。

つい、この間まで神とされた天皇の権威と権力が、国民の思想や信仰や政治活動に、あれ程の弾圧の猛威を振るったことへ反省の言葉が一つとしてない。侵略戦争や植民地支配の加害責任を語って、再び同じ過ちを繰り返さないことを宣言したはずの憲法制定の趣旨が語られていない。

特に、「五 天皇陛下」の叙述があまりにもひどい。
冒頭、「こんどの戦争で、天皇陛下は、たいへんごくろうをなさいました。」という一文で始まる。最後が、「ですから私たちは、天皇陛下を私たちのまん中にしっかりとお置きして、国を治めてゆくについてごくろうのないようにしなければなりません。これで憲法が、天皇陛下を象徴とした意味がおわかりでしょう。」と締めくくられている。分かるはずはない。この文章の起案者自身が、天皇制の呪縛から逃れ得ていないこと、象徴天皇とは何かについて何も分かっていないことが、よく表れている。

この書は、戦後民主主義の不徹底の墓碑銘として、読まねばならない。国民が天皇の政治責任・戦争責任を追及し得なかったことの慚愧の証言でもある。マッカーサーの、占領政策に天皇の権威を利用しようとした意図そのままの憲法解釈なのだ。

しかし、いつからのことかは分からないが、次代の天皇の家族が、この書物を読みながら、象徴天皇のありかたを考えていたとすれば、示唆的ではある。

この短い文書の中に、まとまりなく論理のつながらない、こんな文章がある。
「つまり天皇陛下は、一つにまとまった日本国民の象徴でいらっしゃいます。これは、私たち日本国民ぜんたいの中心としておいでになるお方ということなのです。それで天皇陛下は、国民ぜんたいをあらわされるのです。」「天皇陛下は、けっして神様ではありません。国民と同じような人間でいらっしゃいます。ラジオのほうそうもなさいました。小さな町のすみにもおいでになりました。」

こんな文章を「熟読」して、前天皇は、「象徴としての勤めとは、小さな町のすみにも行って、国民と接することだ」と思い立ったのだろうか。また、この文章に決定的に欠けているものは、過去の天皇制が果たした対内的な弾圧体制への反省であり、侵略戦争や植民地支配の天皇の加害責任である。結局のところは、この熟読した書物に書かれていなかったことには、思い及ばなかったということであろうか。

なお、当ブログでの、「あたらしい憲法のはなし」についてのコメントは、以下のとおりである。

「あたらしい憲法のはなし 『天皇陛下』を読む」
http://article9.jp/wordpress/?p=11417

「『新しい憲法のはなし』のはなし」
http://article9.jp/wordpress/?p=11686

「あたらしい憲法のはなし 『戰爭の放棄』を読む」
http://article9.jp/wordpress/?p=11701

「あたらしい憲法のはなし 『主権在民主義』を読む」
http://article9.jp/wordpress/?p=11779

「あたらしい憲法のはなし 第7章 基本的人権」を読む。
http://article9.jp/wordpress/?p=12292

(2019年5月6日)

憲法集会に参集の人々と、一般参賀に列を作る人々と。

このところの「天皇交代報道」の異常さに、半ばは呆れ、半ばは空恐ろしさを感じてきた。戦前、神権天皇制の煽動に、理性を失った民草たちが、あのようにいとも易々と操られたことが理解し難かった。しかし、今は実感としてよく分かる。この国の多くの人は、あの頃と変わってはいない。あの頃も今も、天皇の赤子たちは、自ら社会的同調圧力を作り出し、これに酔いしれたいのだ。

自立してものを考えることは、面倒だし苦しくもある。人と違う考えをもてば、孤立を余儀なくされるリスクも覚悟しなければならない。それよりは、社会の多数に追随することが、楽で、安全で、無難な生き方ではないか。メディアがそう教え煽っている。欺しの主犯は政権だが、メディアは欺しに加担した積極的共犯者となっており、さらにこれに追随する多くの人々が、消極的共犯者となっている。

私には本当に分からない。天皇の交代が、何ゆえに祝意を表さねばならないことなのか。税金を拠出して優雅な暮らしをさせてやっている一族に、国民がなぜ旗を振ったり「感謝」したりしているのか。天皇の交代が、何ゆえに時代の変わり目となるのか。こんな不便で面倒な元号の押しつけを、どうして有り難がっているのか。

昨日(5月3日)の憲法集会で、印象に残るこんな一場面があった。
野党各党の党首が発言した。それぞれに力のこもった良い発言だった。立憲民主党の枝野幸男さんがトップで、国民民主党の玉木雄一郎代表が続いた。登壇して、開口一番が、「令和初めての憲法記念日に…」というものだった。

とたんに、大会参加者から失笑が巻きおこった。「えっ?」「なんだって?」「れいわ?」「なぜ、れいわ?」「こんな場で、れいわ?」。明らかに、異様な言葉を聞かされたというどよめきと失笑だった。産経の報道では、「聴衆から『令和って言うな!』『そうだ!』『令和はいらねえぞ!』などと怒声が飛んだ」というが、私にはそこまでの声は聞き取れなかった。

私は、比較的ステージに近い位置にいた。聴衆の多くは、せっかく来てもらった野党党首に失礼あってはならないという雰囲気。あからさまに非難するという感じではなかった。しかし、「憲法集会で、令和」は、不意を突かれたような違和感。思いもかけない発言に、どよめきが生じ、失笑が洩れたのだ。

これも産経の報道によるが、玉木さんの挨拶の冒頭部分は、次のとおりだった。
「令和初めての憲法記念日に(聴衆から『令和って言うな!』などのやじ)こうして多くの皆さんがお集まりになって集会が開催されることを心からおよろこび申し上げたいと思います。安倍政権の最大の問題は何だと思いますか(聴衆から『令和だ』とやじ)。嘘をつくことだと思います。何度も予算委員会や国会で議論をしましたが、聞いたことに答えない、聞いていないことをいっぱいしゃべる。これではまともな議会制民主主義が成り立ちません」

玉木さんには気の毒だったが、あの集会参加者は、みな一様に「代替わり報道」に辟易しているのだ。憲法集会に令和は似合わない、不釣り合いだと思っている。玉木さんの「令和発言」で、集会参加者の一体感が明らかに増した。

有明の憲法集会に集まった人々と対極にあるのが、本日の「一般参賀」に列を作った14万の人々。いったい何のために、何を求めて、皇居にやってきたのか。

天皇の権威なんてものは、もともと何の実体もない。人々があると思う限りであるように見えるだけのもの。無自覚な14万の人々が作る列の長さだけが、天皇の権威なのだ。「王様は裸だ」と、曇りない目が看破すれば、たちまちにして破れる催眠術みたいなもの。

私は、この14万人に、半ばは呆れ、半ばは空恐ろしさを感じざるを得ない。この人たちが、天皇追随の同調圧力をつくるのだ。政権に躍らされ、その共犯者となる人々の群。

過熱報道も長くは続かない。あんなに、天皇交代フィーバーを演出してきたメディア各社もそろそろ息切れである。読者も明らかに食傷なのだ。いい加減に元に戻らねばならない。たとえば、本日の毎日新聞。紙面からは、天皇も令和も片隅に追いやられ、代わって社会面のトップは、「改元祝賀関係なし」「困窮者 おにぎりに列」という真っ当な報道。一面には、「削られる美ら海 辺野古」の記事も。

メディアで働く諸君に訴える。正気を取りもどせ。そして、もうこんなバカ騒ぎはやめようではないか。自立した主権者として、自覚的な曇りない目をもった人々も、少なくないのだから。

(2019年5月4日)

新天皇就任の発言を逐語的に点検する。

天皇の地位は、「主権の存する国民の総意に基づく」とされる。国民は、天皇の在り方について、忌憚なく意見を言わねばならない。国民一人ひとりの意見なくして、主権者国民の「総意」は見えてこないのだから。

また、天皇は、憲法99条において主権者国民から憲法尊重擁護義務を課せられる公務員の筆頭に位置する。天皇とは公務員職の一つであって、その任にある者が全国民の奉仕者であることに疑問の余地はない。主権者国民が、国民に奉仕すべき立場にある天皇の職務の内容や、仕事ぶりに関して意見を述べることに、いささかの躊躇があってもならない。新天皇就任の最初の公的な発言に、忌憚のない意見が巻きおこってしかるべきである。私も、主権者の一人として、意見を述べておきたい。

昨日(5月1日)新天皇が就任した。その最初の行事は「天皇の憲法遵守宣誓式」であるべきに、なんと「即位後朝見の儀」なる行事が行われた。国民主権の今の世に、臣民を見下した「朝見の儀」が真面目に執り行われていることに一驚を禁じえない。これが、けっして学芸会の余興ではなく、国費を投じた国事行為なのだ。

新天皇(徳仁)は、この行事で次のように発言したという(宮内庁ホームページから引用)。

「日本国憲法及び皇室典範特例法の定めるところにより,ここに皇位を継承しました。この身に負った重責を思うと粛然たる思いがします。
顧みれば,上皇陛下には御即位より,三十年以上の長きにわたり,世界の平和と国民の幸せを願われ,いかなる時も国民と苦楽を共にされながら,その強い御心を御自身のお姿でお示しになりつつ,一つ一つのお務めに真摯に取り組んでこられました。上皇陛下がお示しになった象徴としてのお姿に心からの敬意と感謝を申し上げます。
ここに,皇位を継承するに当たり,上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し,また,歴代の天皇のなさりようを心にとどめ,自己の研鑽さんに励むとともに,常に国民を思い,国民に寄り添いながら,憲法にのっとり,日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い,国民の幸せと国の一層の発展,そして世界の平和を切に希望します。」

この方59歳だというが、この発言の文章は極めて幼い印象。社会経験ない故か、社会常識を弁えた内容になっていない。自分の父母に敬語を使い、身内の業績を褒め称えるのは見苦しい。皇室は特別という非常識は、今の世には通じないことを知らねばならない。「お姿に心からの敬意と感謝を申し上げます」などは、非公開の私的な席で親にいう言葉であって、国民に向かって公式の場で述べる言葉ではない。以下、逐語的に点検して、意見を述べる。

「日本国憲法及び皇室典範特例法の定めるところにより,ここに皇位を継承しました。この身に負った重責を思うと粛然たる思いがします。」

そんなに、力むことも緊張することもない。日本国憲法は、天皇個人の見識や判断を問うべき事態を想定していない。もちろん、天皇が責任を問われることもない。天皇とは、内閣の指示のとおりに動くことで勤まるので、「重責を思う」必要はさらさらにない。

「顧みれば,上皇陛下には御即位より,三十年以上の長きにわたり,世界の平和と国民の幸せを願われ,いかなる時も国民と苦楽を共にされながら,その強い御心を御自身のお姿でお示しになりつつ,一つ一つのお務めに真摯に取り組んでこられました。上皇陛下がお示しになった象徴としてのお姿に心からの敬意と感謝を申し上げます。」

この文章には、前任者の「象徴としての行為」を肯定して、これを承継しようという含意が滲み出ている。前任天皇の「象徴としてのお姿」は、けっして国民の「総意」に適うものではない。とりわけ、内閣の助言と承認を離れた「象徴としての(公的)行為」を拡張しようとする指向は違憲の疑い濃く、危険なものと指摘せざるを得ない。

そもそも日本国憲法の天皇とは、「何かをなすべきもの」と期待されてはいない。徹底して「あれもこれも、してはならない」ことが規定されているのだ。「前任天皇の行為を踏襲をする」との発言は、国事行為の場にはふさわしからぬものとして慎むべきであろう。

「ここに,皇位を継承するに当たり,上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し,また,歴代の天皇のなさりようを心にとどめ,自己の研鑽さんに励むとともに,常に国民を思い,国民に寄り添いながら,憲法にのっとり,日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い,国民の幸せと国の一層の発展,そして世界の平和を切に希望します。」

切れ目のない長い一文だが、問題が多い。
「上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し」は、既に述べたとおり。
「歴代の天皇のなさりようを心にとどめ」とは、いったい何のことだ。そもそも、国民主権下の天皇は、裕仁・明仁の2人しかいない。まさか、「侵略戦争を唱導して国民と近隣諸国の民衆を塗炭の苦しみに突き落とした天皇のなさりよう」や、「統治権・統帥権の総覧者としての天皇のなさりよう」を真似ようということではあるまい。また、神権天皇や、臣民をしろしめす天皇のなさりようを心にとどめてはならない。新天皇発言のこの部分には、日本国憲法下の天皇は、それ以前の天皇とは隔絶した存在であることの認識が欠けているといわざるを得ない。

「常に国民を思い,国民に寄り添いながら」とは、上から目線の僭越な言葉。国民から徴税した潤沢な資金の支給で衣食住に困らない立場の者が、国民の困苦を理解できるのだろうか。同じ日のメーデー会場では、「8時間働いて普通に暮らせる賃金を」という切実な要求が掲げられていた。恵まれた環境で、「常に国民を思い,国民に寄り添いながら」は不遜というべきだろう。

「憲法にのっとり」は、公務員であるからには当然だが、やや舌足らず。前任者の就任時の言葉と比較して批判されてもいるところ。端的に「憲法第99条にもとづき、日本国憲法を尊重し擁護する義務を負うことを自覚して」というべきだろう。他の公務員にもまして、厳格な憲法遵守義務擁護の宣誓があってしかるべきである。

「日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い」は、実は無内容なのだ。象徴とは存在するだけのもの、何かの積極的行為によって「何らかの具体的な責務を果たす」ことを誓ってはならない。前述のとおり、天皇の責務とは、基本的に不作為なのだ。

「国民の幸せと国の一層の発展,そして世界の平和を切に希望します。」
「祈る」を避けての「希望する」は、適切な語彙の選択と言えよう。「祈る」「祈念する」「祈願」、あるいは「御霊」「慰霊」「鎮魂」などの宗教的色彩の強い用語は、公的な場では避けなければならない。政教分離とは、かつての神権天皇制による国民意識操作の反省に基づいて、天皇の公的行為から一切の宗教性を剥奪したものなのだから。

総じて言えば、天皇とはなにごともなさないことが責務だと自覚すべきなのだ。新天皇の最初の発言が必ずしもそうなっていないことに、主権者の一人としての立場から、懸念の意を表しておきたい。
(2019年5月2日)

第90回メーデーの日に新天皇即位。私は祝わない ― 祝意の押しつけはごめんだ。

5月1日。労働者の祭典メーデーである。
代々木公園・中央メーデー会場の足場はぬかるんでいたが、空は明るく晴れわたって初夏の陽射しがまぶしかった。風のさわやかな気持ちのよいメーデー日和。その後、天候は崩れて夕刻には雨となったが、天は労働者に味方したかのよう。

会場入り口で手渡された、ミニポスターには、
「8時間働いて暮らせる賃金・労働条件を」を、という切実なもの。これが、一番の要求なのだろう。均等待遇要求」という手作りのプラカードを持った人とすれ違う。今の、労働環境をよく物語っている。

メインスローガンは、以下のとおりだ。

安倍9条改憲反対 戦争法廃止!
市民と野党の共闘で安倍政権退陣を

許すな!裁量労働制の拡大、高度プロフェッショナル制度。
8時間働いて普通に暮らせる賃金・働くルールの確立。
なくせ貧困と格差。大幅賃上げ・底上げで景気回復、地域活性化
めざせ最賃1500円、全国一律最賃制の実現。

消費税10%増税の中止。年金・医療・介護など社会保障制度の拡充。
安倍「教育再生」反対
被災者の生活と生業を支える復興。
原発ゼロ・再生可能エネルギーへの転換

軍事費削って、くらしと福祉・教育・防災にまわせ。
STOP!戦争する国づくり。辺野古の新基地建設反対 
オスプレイの全国配備撤回。核兵器禁止条約の批准を

まずは、「安倍9条改憲反対」。そのための、「市民と野党の共闘で安倍政権退陣を」が、トップのスローガン。最初の挨拶が、市民連合を代表する広渡清吾さん。野党共闘の成否を握る要石の立場にある。

私が、はじめてメーデーに参加したのは、1962年大学生になりたてのころ。級友に誘われてのことだった。なるほど、「労働者階級」というものは、単なる観念ではなく、実在するのだ。と、強烈な印象を受けた。このとき、宣伝カーの上からの、野坂参三の演説を聴いた。闘士然としたタイプではなく、諄々と理を説く穏やかな好感の持てる人だった。参院選間近だったはずだが、私には選挙権はなかった。

最近メーデーにはご無沙汰だったが、今年は、久しぶりに参加しようと決めていた。政権が5月1日に、新天皇の即位の日をぶつけてきたからだ。

5月1日には、「赤旗」がふさわしい。しかし、政府はこの日に、「日の丸」を掲揚して、祝意を表明せよという。何しろ、「赤旗」を振るような国民は、統治の対象として面倒この上ない輩。これに反して、「日の丸」を掲揚して天皇の権威を受容する国民とは、この上なく統治しやすい権威に弱い国民なのだから。先月(4月)2日に、こんな閣議決定をして、全府省に通達した。

 平成31年4月2日閣議決定

御即位当日における祝意奉表について

御即位当日(5月1日)、祝意を表するため、各府省においては、下記の措置をとるものとする。

1 国旗を掲揚すること。
2 地方公共団体に対しても、国旗を掲揚するよう協力方を要望すること。
3 地方公共団体以外の公署、学校、会社、その他一般においても、国旗を掲揚するよう協力方を要望すること。

以上の第1項が、内閣からその直接の管轄下にある各国家機関への指示であり、第2項が直接には命令権がない地方公共団体に対しての「要望」であり、第3項が「国家機関・地方公共団体以外のその他一般」に要望せよという指示である。

これを受けて、文科省は4月2日、藤原誠事務次官名で、全国の教育委員会はじめ所管の教育機関に「日の丸」掲揚を求める通知を出した。が、それにとどまらない。

文科省は、さらに4月22日、永山賀久初等中等教育局長名で、全国の教育委員会に、天皇退位と皇太子即位に際しての「学校における児童生徒への指導について」とする通知を発出した。「天皇代替わり“祝意の意義理解させよ”」というのだ。閣議決定における指示は、「国旗掲揚して祝意を表明せよ」にとどまるが、文科省通知は、国民こぞって祝意を表する意義について、児童生徒に理解させるようにすることが適当と思われますので、あわせてよろしく御配慮願います」としている。

「天皇退位と皇太子の即位について、何ゆえに祝意を表明すべきことであるのか、児童・生徒にその意義を理解させよ」というのである。これは、至難の技といわねばならない。何がめでたいのか、実は誰にも分かってはいないのだから。

人と人との関係において、けっして強制になじまないもの、強制してはならないものがいくつもある。まず、愛情を強制することはできない。「私を愛せ」という強制があり得ないことは分りやすい。「私を尊敬せよ」「私に敬意を表せよ」も噴飯物だ。愛も尊敬も、自ずから湧いてくる全人格的評価であって、強制にはなじまないのだ。まったく同じく、「国を愛せ」も、「民族を愛せ」も、そして、「天皇を愛せ」も噴飯物なのだ。愛国心の強制は、面従させることはできても、それは飽くまで腹背を伴ってのものでしかない。

祝意も弔意も、個人の自然な感情の表出である。これも強制になじまないし、また強制してはならない。クリスマスは、キリスト教徒にとっては聖なる祝日であろうが、他宗の徒には他の364日と変わらない。ユダヤ教の過ぎ越しの祭も、日蓮宗のお会式も、縁なき衆生にとっては目出度くもなんともない。

多様な日本人や国民を一括りにして祝意の強制など、あってはならない。ましてや、公権力が主体となって、天皇代替わりの祝意の要請など、とんでもない。国民の中には、その信仰や歴史観において、天皇を受け入れがたいとする心情をもつ人が少なからず存在する。これを無視して、新天皇即位の祝意を強制することは、日本国憲法の根幹の原理を侵害することとしてけっして許されることではない。

本日、外出して目についた限りだが、「日の丸」を掲揚しているのは、警察署と交番だけ。メディアが演出している、祝賀の雰囲気は、庶民の生活とは無関係のようだ。

目についた違和感は、本日(5月1日)の「赤旗」。一面の題字の横に、本日の西暦表記とならべて、新元号を()の中に表記している。元号の変わり目が、元号表記をやめるチャンスだったろうに、残念。

そして、小さな次の短い記事がある。
「日本共産党の志位和夫委員長は、次の談話を発表しました。
 ◇
 新天皇の即位に祝意を表します。
 象徴天皇として、新天皇が日本国憲法の精神を尊重し擁護することを期待します。」

えっ? 共産党も新天皇即位に「祝意」? やれやれ。

(2019年5月1日)

本日退位する天皇夫妻が客観的に果たした役割とは

本日(4月30日)をもって天皇(明仁)が退位する。明治につくられた制度を伝統という保守派からみれば、明らかに伝統に背いての退位である。憲法尊重派からみれば、国政に関する権能を一切有しないはずの天皇が、自らの意思で皇室典範特例法を制定せしめるという越権行為を行っての退位である。

旧皇室典範(1889年2月11日制定)第2章「踐祚即位」は、下記の3ケ条からなる。
 10条 天皇崩スルトキハ皇嗣即チ践祚シ祖宗ノ神器ヲ承ク
 11条 即位ノ礼及大嘗祭ハ京都ニ於テ之ヲ行フ
 12条 踐祚ノ後元號ヲ建テ一世ノ間ニ再ヒ改メサルコト明治元年ノ定制ニ從フ
これが、天皇の生前退位を認めず、一世一元の法的根拠だった。なお、「明治元年ノ定制」とは、1868年「行政布告第1条」のことだという。

現行皇室典範(1947年1月16日制定)ではこうなっている。
 第4条 天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する。
 第24条 皇位の継承があつたときは、即位の礼を行う。
皇位承継の要件は、旧皇室典範と同様、天皇の死のみである。したがって、天皇生前の、退位も皇位承継も想定されていない。

にもかかわらず、現天皇は生前の退位を希望し、内閣と国会を動かして生前退位を実現した。いわば、ロボットが自らの意思をもってロボット操縦者を逆に操ってしまったのだ。これは、由々しき事態と言わねばならない。

この2代目象徴天皇が高齢を理由とする生前退位の意向を表明したのは、2016年8月8日。NHKテレビに、ビデオメッセージを放映するという異例の手段によってである。「玉音放送」を彷彿とさせる。
天皇はそのビデオで、「既に八十を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。」と語っている。

天皇自らが、「象徴の努め」の内容を定義することは明らかに越権である。しかも、国事行為ではなく「象徴の努め」こそが、天皇の存在意義であるかのごとき発言には、忌憚のない批判が必要だ。憲法学のオーソドックスは、天皇の行為を「憲法が限定列挙する国事行為」と、「純粋に私的な行為」とに2分して、その間にある曖昧な、「公的行為」の範疇を認めないか、認めるにしても可及的に狭小とすべく腐心してきた経緯がある。さらに、法改正を必要とする、天皇の「8・8メッセージ」が、内閣の助言と承認のないまま発せられていることには驚かざるを得ない。

ところが世の反応の大方は、憲法的視点からの天皇発言批判とはならなかった。「陛下おいたわしや」「天皇の意向に沿うべし」の類の言論が跋扈した。リベラルと思しき言論人までが、反安倍の立場も交えて、天皇への親近感や敬愛の念を表白している現実がある。憲法を超越する天皇という存在の危険性を見せつけられた感を禁じえない。

象徴としての行為を積極的に行う天皇」とは、客観的にどのような役割を担うことになるのだろうか。本日(4月30日)の「沖縄タイムス」社説の次の一節が示唆的である。

「陛下は皇太子時代に5回、天皇に即位してから6回、これまでに計11回、沖縄を訪問している。沖縄の文化にも深い関心を示してきた。行動の持続と考え方の一貫性、沖縄に向きあってきた真摯な姿勢は疑う余地がない。
 沖縄タイムス社と琉球放送が27、28の両日、実施した県民意識調査によると、天皇の印象について「好感が持てる」と答えたのは87・7%に達した。沖縄の人々のわだかまりが溶けつつあるともいえる。両陛下の「国民に寄り添う姿勢」は、沖縄においても好感を持って受け入れられている。
 被災地を訪ね、ひざをついて被災者を励ます姿は、悲しみや憂いを共有する思いがにじみ出ていて、忘れがたい印象を残した。「好感が持てる」と答えた人が9割近くもいたということは、こうした行動の全体が評価されているとみるべきだろう。」

天皇が沖縄を11回訪問して、沖縄の現実は何か改善しただろうか。沖縄タイムス社説の表現を借りれば、「依然として戦後が清算されず、民意に反して辺野古埋め立てが進み、基地被害が絶えない」という現実なのだ。これに続く言葉が意味深である。「だからこそ、沖縄にとって、(天皇夫妻の)寄り添う姿勢が身にしみる-という側面もあるのではないか。」

同社説は、「状況の悪化を肌で感じていることと、天皇評価の好転とは、別の問題である。」と結んでいるが、もっとはっきり言わねばならない。

天皇夫妻の沖縄訪問が果たした客観的役割とは、こういうものだ。
「沖縄の矛盾を覆い隠し、県民の怒りや不満を、なんの解決もせぬまま宥和するだけのものであった。沖縄を捨て石にした本土政府は、戦後も一貫して沖縄に基地負担を押し付け続けてきた。平和を願う県民は、本土政府やその背後のアメリカ政府に、果敢に抗議の闘いを挑み続けてきたが、天皇夫妻の役割は、その闘いを励ますものではなく、反対に県民の抗議の行動を封じ込める安全弁として機能してきたのだ。客観的には、政権の沖縄政策の貫徹を補完するものに過ぎなかった」

沖縄に限らない。天皇夫妻は、取り残された地域や人々を訪問して、言葉をかけ祈るという行為によって、格差や分断という社会の矛盾を覆い隠し、底辺の人々の不満をなんの解決もせぬままに宥和して、政権への要求行動に立ち上がろうとする人々を制し、失政に対する国民の追及や政権に対する抗議の行動を起こさぬように封じ込める安全弁として機能してきたのだ。

明日(5月1日)から、新しい天皇が、現天皇と同じ行動を続けることになるだろう。「祈る天皇」や「寄り添う天皇」を、ありがたがってはならない。むしろ、厳しく警戒しなければならない。けっして褒めそやしてはならない。
(2019年4月30日)

天皇の権威に恐れ入らない「反権威の精神」を

本日(4月29日)は「昭和の日」である。昭和天皇と諡(おくりな)された裕仁の誕生日。この人1900年4月29日の生まれで、1926年に現御神(あきつみかみ)となった。つまり、天皇教の祭神でもあり教祖でもある地位に就いた。そして同時に、憲法上の天皇となった。「統治権を総覧」し、「神聖にして侵すべからず」とされる存在となったのだ。以来1945年までは、4月29日が「天長節」とされた。46年1月1日に、人間宣言を発して人間に復帰し、以来89年に亡くなるまで、この日は「天皇誕生日」であった。その没後、この前天皇誕生日は、「緑の日」となり、次いで2007年から「昭和の日」となって現在に至っている。

いうまでもなく、昭和という時代は1945年8月敗戦の前と後に2分される。戦前は富国強兵を国是とし侵略戦争と植民地支配の軍国主義の時代であった。戦後は一転して、「再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることの決意」から再出発した、平和憲法に支えられた時代。戦前が臣民すべてに天皇のための滅私奉公が強いられた時代であり、戦後が主権者国民の自由や人権を尊重すべき原則の時代、といってもよい。

では本日は、戦前の昭和を否定して、戦後の昭和を肯定的に評価すべき日として、ふさわしいかと言えば、そうではなかろう。昭和天皇と諡されたこの人物は、内外に戦争の惨禍をもたらした最高の戦犯である。戦後民主主義は、その責任を追及し得なかった。どころか、その戦犯の誕生日を今だに国民の「祝日」として祝おうというのだ。この、時代の愚かさを、苦く噛みしめるべき日というほかはない。

時あたかも天皇代替わりの直前。27日(土)から始まった「天皇交代記念大サービス10連休」の3日日でもある。この日に、「天皇代替わりに、異議あり」という連続企画で講演依頼があれば、喜んで出向くしかない。

講演依頼は名古屋からのもの。「天皇代替わりを機に、天皇制を考えるあいちネットワーク」という団体の主催。昨年の12月からの連続企画で、本日が4回目だという。

私の講演の標題は、「主権者として、天皇制と対峙する姿勢を」というもの。詳細レジメを用意して、正味1時間半の講演だった。言いたいことは、次のようなことだ。

 客観的には搾取され収奪されているにもかかわらず、奴隷主を敬愛するに至った奴隷こそが、魂までの支配を許した真の奴隷である。
同様に、天皇制に囚われ天皇を敬愛するに至ったマインドコントロール下の心根を、臣民根性という。今なお国民に根強く存在する「天皇に恐れ入る精神」が、主権者としてあるまじき臣民根性の残滓にほかならない。
主権者意識を侵害する、天皇制マインドコントロールをはねのけるために、
 「誰にも恐れ入らない反権威の精神」を身につけよう。

 天皇の権威などというものは、みんながないとは言えないからあるように見えるだけのもので、「王様は裸だ」と看破されれば、そんなものは最初からない。教室で天孫降臨神話を説かれた小学生が、「先生そんな話、ウソだっぺ」と喝破すれば破れさる、ウソとごまかしでしかない。

 政権に利用価値あるが故に、天皇の「権威」が演出されているのだ。天皇代替わりの今、日本の民主主義の成熟度が試されている。自立した主権者としての矜持をもって、天皇や天皇制に対する毅然とした姿勢を堅持しよう。天皇制を支える、いくつもの小道具を恐れ入らずに拒否しよう。

話が終わったら、質問攻めに遭った。純粋な質問というものはない。「私はこう思うが、講師の意見はどうか」というもの。たいへんに興味深かった。

一方で、「講演の内容は、天皇制の否定面だけが強調されたが、実は肯定すべき面もあるのではないか。たとえば、敗戦直後の占領政策が穏健に進行し、戦後の混乱が最小限に押さえられたのは、天皇制の効用といえないか。国民を統合する作用の肯定面見るべきではないか」という質問があり、その反対に、「今日の話では、天皇は憲法体系の例外で、地番を振れば番外地にあると言いながらも、憲法に明記されている以上違憲とは言えない、という。そんな話を聞きたくて参加したのではない。憲法が天皇を認めていること自体がおかしい。天皇制をなくせと、どうした言えないのか」とも聞かれた。

また「フェニズムの立場からは、天皇制が家父長制や男女差別の根源ととらえている。差別は、男女差別だけでなくあらゆるところにある。講師が弁護士だから集会参加者『先生』というのも、無意識の差別ではないか」「『令和』という新元号のコンセプトは、自民党改憲草案そのものではないか。この新元号に好感を持つという人が73%という調査がある。この数値は、憲法改正を肯定する世論に結びつくものではないか」などなど。

司会が申し訳なさそうに、「時間がありませんので質問を打ち切ります」としたが、「あんなに発言したい人が大勢いたのに、なぜ時間延長ができなかったのか」と懇親会でも、ひとしきり話題となった。

世の中、けっして一色ではない。感性の次元で天皇制を受け入れられない人もいれば、天皇制に反対する集会で「天皇制の評価面もあるでしょう」という人もいる。みんな、恐れ入らずに、自分の意見を言えばよいのだ。

すこしくたびれはしたが、私的には、「正しい昭和の日」の過ごし方を実践した充実感にあふれた一日だった。
(2019年4月29日)

本日(4月28日)沖縄『屈辱の日』に、国家・国民・天皇を考える。

一国の国民は、栄光と屈辱、歓喜と無念、慶事と凶事を共有する。それであればこその国民国家であり、国民である。もちろん、これはタテマエであって現実ではない。しかし、統治をする側がこのタテマエを壊しては、国民国家はなり立たない。本日、4月28日は、厳粛にそのことを噛みしめるべき日である。しかも、天皇代替わりを目前にしての、国民統合に天皇利用が目に余るこの時期の4月28日。国家と天皇と国民の関係を考えさせる素材提供の日である。

本日の琉球新報に、「きょう『4・28』 沖縄『屈辱の日』を知ってますか?」という解説記事。同紙の本日の社説は、4・28『屈辱の日』 沖縄の切り捨て許されぬ」というタイトル。さらに、皇室に県民思い複雑 4・28万歳と拳 『屈辱の日』67年」という、沖縄への天皇の関わりに触れた署名記事も掲載している。また、沖縄タイムスの社説も、「きょう『4・28』今も続く『構造的差別』」である。

1952年の今日・4月28日に、サンフランシスコ講和条約が発効して、敗戦後連合国軍の占領下にあった日本は「独立」した。しかし同時に、沖縄や奄美は日本から切り離されて、米軍の施政権下におかれた。沖縄の本土復帰には、さらに20年という年月を要した。この間、沖縄に日本国憲法の適用はなく、米軍基地が集中し、過重な基地負担の既成事実が積み上げられた。だから、この日は沖縄県民にとって「屈辱の日」と記憶される日なのだ。しかも、このアメリカへの沖縄売り渡しを主導したのが、既に主権者ではなくなっていた、天皇(裕仁)である。

2013年4月28日には、安倍政権がこの日を「主権回復の日」として、政府主催の式典を挙行した。当然のこととして、沖縄からは強い反発の声が上がった。この間の事情を、本日の琉球新報「皇室に県民思い複雑 4・28万歳と拳 ― 『屈辱の日』67年」の記事から抜粋する。

 沖縄にとって4月28日は「屈辱の日」として深く刻まれている。
 2013年4月28日には、安倍政権が主催し「主権回復の日」式典が開かれた。式典には首相、衆参両議長、最高裁長官の三権の長とともに天皇皇后両陛下も臨席された。
 サンフランシスコ講和条約を巡り、昭和天皇が米軍による沖縄の長期占領を望むと米側に伝えた47年の「天皇メッセージ」が沖縄の米統治につながるきっかけになったとも言われる。
 昭和天皇の「戦争責任」と講和条約による「戦後責任」を感じている県民の間には、皇室に対して複雑な感情もある。「4月28日を巡る式典は、沖縄と皇室の在り方をあらためて問い掛ける出来事となった。
   ◇    ◇    ◇
 「天皇陛下、バンザーイ」「バンザーイ」
  2013年4月28日、東京都の憲政記念館で開かれた政府主催の「主権回復の日」式典。天皇皇后両陛下が退席される中、会場前方から突然、掛け声が上がった。つられるように、万歳三唱は会場中にこだまし、広がった。
  だが、講和条約締結を巡っては昭和天皇による「天皇メッセージ」が沖縄の米統治に大きな影響を与えたといわれる。沖縄戦で悲惨な戦禍を受け、その後も日本から切り離された沖縄にとって、皇室への複雑な感情は今もくすぶっている。
 こうした中で開かれた式典に、県内の反発は激しかった。一部の与党国会議員からも異論の声が上がった。「主権回復の日」式典と同日・同時刻に政府式典に抗議する「『屈辱の日』沖縄大会」が宜野湾市内で開かれ、県民は結集し怒りの拳を上げた。「万歳」と「拳」。本土と沖縄の温度差が際だっていた。

琉球新報の社説は、あらためて沖縄地上戦の凄惨な犠牲を思い起こし、平和な沖縄を願うものとなっている。

<社説>4・28「屈辱の日」 沖縄の切り捨て許されぬ

 この「屈辱の日」を決して忘れてはならない。沖縄は去る大戦で本土防衛の時間稼ぎに利用され、日本で唯一、おびただしい数の住民を巻き込んだ地上戦が繰り広げられた。戦いは凄惨を極め、日米合わせて20万人余が犠牲になった。このうち9万4千人が一般人で、現地召集などを含めると12万2千人余の県出身者が亡くなった。民間人の死者が際だって多いことが沖縄戦の特徴である。

 激戦のさなか、日本軍はしばしば住民を避難壕から追い出したり、食糧を奪ったりした。スパイの嫌疑をかけられて殺された人もいる。戦後は米統治下に置かれ、大切な土地が強制的に接収された。米国は、講和条約の下で、軍事基地を自由に使用することができた。

 72年に日本に復帰したものの、多くの県民の願いを踏みにじる形で米軍基地は存在し続けた。沖縄戦で「捨て石」にされたうえ、日本から切り離された沖縄は、今に至るまで本土の安寧、本土の利益を守るために利用されてきたと言っていい。

 そのことを象徴するのが、名護市辺野古の海を埋め立てて進められている新基地の建設だ。2月24日の県民投票で「反対」票が有効投票の72・15%に達したが、政府は民意を黙殺した。

 1879年の琉球併合(琉球処分)から140年になる。沖縄はいまだに従属の対象としか見なされていない。基地から派生する凶悪事件、米軍機の墜落といった重大事故が繰り返され、軍用機がまき散らす騒音は我慢の限度を超える。有事の際に攻撃目標になるのが基地だ。この上、新たな米軍基地を造るなど到底、受け入れ難い。そう考えるのは当然ではないか。

 これまで繰り返し指摘してきた通り、県民が切望するのは平和な沖縄だ。政府はいいかげん、「切り捨て」の発想から脱却してほしい。

そして、沖縄タイムス社説
 講和条約第3条が、基地の沖縄集中を可能にしたのである。「構造的差別」の源流は、ここにあると言っていい。「4・28」は、決して過ぎ去った過去の話ではない。
 安倍政権は講和条約が発効した4月28日を「主権回復の日」と定め、2013年、沖縄側の強い反対を押し切って、政府主催の記念式典を開いた。
 ここに安倍政権の沖縄に対する向き合い方が象徴的に示されていると言っていい。講和・安保によって形成されたのは「沖縄基地の固定化」と「本土・沖縄の分断」である。それが今も沖縄の人びとの上に重くのしかかっている。

安倍政権は、沖縄を切り捨てた日を、式典で祝ったのだ。たいへんな神経である。そこには、三権の長だけでなく天皇も参加させ、「テンノーヘイカ、バンザーイ」となったのだ。一方の沖縄では、同日・同時刻に政府式典に抗議する「『屈辱の日』沖縄大会」が宜野湾市内で開かれ、県民は結集し怒りの拳を上げた。東京では、「テンノーヘイカ、バンザーイ」であり、沖縄はこれに抗議の「拳」を挙げた。

琉球新報の「皇室に県民思い複雑」は、ずいぶんと遠慮した物言いではないか。アメリカへの沖縄売り渡しを提案した裕仁の「天皇メッセージ」は、明白な違憲行為であり、天皇という存在の危険性を如実に露呈するものである。これこそが、現在の県民の重荷の元兇なのだから。

そして、沖縄屈辱の日の政府式典において、現天皇への「テンノーヘイカ、バンザーイ」は、別の意味での天皇の危険性をよく表している。天皇は式典出席で、安倍政権の沖縄切り捨て策に利用され加担したのだ。もとより、天皇は憲法の許す範囲で政権の手駒として、政権の指示のとおりに行動するしかない。けっして、ひとり歩きは許されない。沖縄切り捨てを含意する祝賀の式典での「テンノーヘイカ、バンザーイ」は、政権に対する、県民・国民の批判を天皇の式典出席が回避する役割をはたしたことを物語っている。

民主主義にとって天皇はないに越したことはない。直ちに、憲法改正が困難であれば、その役割を可能な限り縮小すべきである。そのためには、天皇や、政権の天皇利用に、批判の声を挙げ続けなければならない。
(2019年4月28日)

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