澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

学術会議の「元号廃止 西暦採用について(申入)」決議の紹介

なんとなく、ものを言いにくい雰囲気ができつつある。安保条約批判、自衛隊批判、天皇制批判が典型3テーマ。現天皇の生前退位希望による法改正批判などは、その最たるものだろう。批判の言論の萎縮は、ものを言いにくい雰囲気醸成の悪循環を招くことになる。いうべきことを自己抑制してはならないと思う。

特に気になるのは、共闘に支障が生じるからと共闘相手の主張に媚びた言論萎縮、世論に支持を得られないからと無用に世論に諂った形での言論萎縮。堂々と自説を述べるべきだろう。でないと、言論の重心がいよいよ右に傾いていくことになる。

これから、2019年の天皇代わりまで、天皇制の存続や代替わり儀式のあり方、元号、祝日、そして政教分離原則についての議論が続くことになる。一人ひとりが、主権者として自覚をもって発言しなければならない。天皇やその親族に畏れいってはならないのだ。一言の遠慮することは、一歩の後退を意味する。一歩の後退が、その分だけ自分を発言の抑制に追い込むことになる。

まずは繰りかえし、元号問題を語りたい。「日の丸・君が代」・祝日・叙勲・元号が、天皇制護持の小道具4点セットである。中でも、国民生活に最も浸透しているのが、元号であろう。一世一元となって以来、元号は天皇の代替わりと連動してきた。元号こそは、天皇制を国民に刷り込む手段として、最有効な働きを果たしている。
その元号について、日本学術会議が、「元号廃止 西暦採用について(申入)」の総会決議を採択したことがある。1950年5月6日付。衆参両院議長と内閣総理大臣に当てたもの。新憲法制定3年後のことである。

これが、民主主義国家として再生した、戦後日本の知性のあり方というべきだろう。その後に元号法の成立(1979年6月)をみて、その限りでの事情の変化はあるが、そのほかはまったく変わらない。

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衆議院議長
参議院議長
内閣総理大臣

日本学術会議会長 亀山直人

元号廃止 西暦採用について(申入)

本会議は,4月26日第6回総会において左記の決議をいたしました。
右お知らせいたします。

 日本学術会議は,学術上の立場から,元号を廃止し,西暦を採用することを適当と認め,これを決議する。

理 由

1. 科学と文化の立場から見て,元号は不合理であり,西暦を採用することが適当である。
年を算える方法は,もつとも簡単であり,明瞭であり,かつ世界共通であることが最善である。
これらの点で,西暦はもつとも優れているといえる。それは何年前または何年後ということが一目してわかる上に,現在世界の文明国のほとんど全部において使用されている。元号を用いているのは、たんに日本だけにすぎない。われわれば,元号を用いるために,日本の歴史上の事実でも,今から何年前であるかを容易に知ることができず,世界の歴史上の事実が日本の歴史上でいつ頃に当るのかをほとんど知ることができない。しかも元号はなんらの科学的意味がなく,天文,気象などは外国との連絡が緊密で,世界的な暦によらなくてはならない。したがって,能率の上からいっても,文化の交流の上からいっても,速かに西暦を採用することか適当である。

2. 法律上から見ても、元号を維持することは理由がない。
元号は,いままで皇室典範において規定され,法律上の根拠をもっていたが,終戦後における皇室典範の改正によって,右の規定が削除されたから,現在では法律上の根拠がない。もし現在の天皇がなくなれば,「昭和」の元号は自然に消滅し,その後はいかなる元号もなくなるであろう。今もなお元号が用いられているのは,全く事実上の堕性によるもので,法律上では理由のないことである。

3.新しい民主国家立場からいっても元号は適当といえない。
元号は天皇主権の1つのあらわれであり,天皇統治を端的にあらわしたものである。天皇が主権を有し,統治者であってはじめて,天皇とともに元号を設け,天皇のかわるごとに元号を改めるととは意味かあった。新憲法の下に,天皇主権から人民主権にかわり日本が新しく民主国家として発足した現在では,元号を維持することは意味がなく,民主国家の観念にもふさわしくない。

4.あるいは,西暦はキリスト教と関係があるとか,西暦に改めると今までの年がわからなくなるという反対論があるが,これはいずれも十分な理由のないものである。
西暦は起源においては,キリスト教と関係かあったにしても,現在では,これと関係なく用いられている。ソヴイエトや中国などが西暦を採用していることによっても,それは明白であろう。西暦に改めるとしても,本年までは昭和の元号により、来年から西暦を使用することにすれば,あたかも本年末に改元があったと同じであって,今までの年にはかわりがないから,それがわからなくなるということはない。

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蛇足だが、第1項は極めて分かり易く、説得力がある。学術振興の立場を前提とするする限り、反論は困難だろう。

第2項は、元号法制定によって事情が変わった。このことは、元号法制定の意図や法制定ない場合の保守派の危機感をあぶり出しているともいえるだろう。

第3項は、「新憲法の下に,天皇主権から人民主権にかわり日本が新しく民主国家として発足した現在では,元号を維持することは意味がなく,民主国家の観念にもふさわしくない」。この結論に私は大賛成だ。

第4項は、言わずもがなというところ。「アンチ西暦派」への反論だが、いま「アンチ西暦派」はほとんど絶滅している。今対決しているのは、「西暦派」対「西暦・元号併存派」なのだ。もっと正確に言えば、「元号廃止の是非」が問題となっている。

不便で不合理な元号使用の押しつけは、まっぴらご免だ。後期高齢者に近い年齢で、どうでもよいようなものだが、自分の年齢を計算することに元号では煩瑣で混乱を避けられない。

学術関係者だけでなく、ビジネスマンも同じ意見だろう。「西暦・元号の併存」によって、どれだけのビジネス効率の低下を招いていることか。私は、天皇制ナショナリズムよりも、学術会議的で資本主義的な科学的合理性に与する。
(2017年12月16日)

元号命名権という発想

私にも、少数ながら顧問先というものがある。本日、その忘年会の席で元号問題が話題となった。元号の不便さを語り合ったあと、「年号の命名権はどうだろう」と奇想天外な発想を聞かされた。

提案は、値段は1兆円程度で、期間は4~5年ということだった。4~5年で年号を変えるのは短すぎるかも知れない。ならば、2兆円で期間10年ほどでは。買おうと名乗り出る、大金持ちや企業があるのではないか。複数希望者があれば、入札すればよい。国庫が潤うことになる。福祉予算が充実する。

その年号使用を民間に強制するわけにはいかないが、官庁や公的機関には義務づけることができる。なによりもNHKが律儀に使用するだろう。もしかしたら産経も。

もし、トヨタが名乗り出れば、「平成31年」が終わると「トヨタ元年」が始まることになる。トランプが金を出せば、「トランプ2年」。アラブの王族の場合はどうなるだろうか。

「明治以来は、一世一元。元号は天皇の代替わりと結びついている。天皇はどうする?」と投げると、「民主主義の世に相応しく、天皇も選挙で選べばよい」。なるほど。それなら、元号の存続期間と公選天皇の任期を一致させた方が分かり易いかも知れない。むしろ、元号の命名権と皇位をセットで売りに出してはどうだろう。資本主義時代の天皇と元号のあり方に相応しいではないか。

皆したたかだ。天皇の権威に、おそれいる空気はない。

ところで、元号は不便だ。西暦との二重表記は面倒きわまる。いずれ、西暦が元号を駆逐する。これを危機と感じる保守派が、元号法を作った。絶滅に瀕する前に、虚弱な元号を滅亡から救おうという感覚。

元号法が成立したのは1979年6月6日。当時は大騒ぎの対決法案だった。
同年4月20日が第87通常国会衆議院本会議での採決の日。この日、社会党・共産党が「元号法」に反対の議会演説をしている。気合いがはいっているし、格調も高い。そのさわりをご紹介しておこう。

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[山花貞夫] 日本社会党を代表して、ただいま議題となりました元号法案について反対の討論を行うものであります。
 元号法制化は、天皇を元首化、神格化しようとする思想的潮流に法的な保障を与えようとするものであり、主権在民を掲げる現憲法に明白に違反するものであります。わが党は、これを断じて認めることができません。

政府は、元号法制化の根拠を象徴天皇制に求めました。しかしながら、現憲法における象徴天皇制は、明治憲法におげる天皇主権と、統治権の総攬者たる天皇を中心として構成されている国家の統治機構の全体を否定したところから誕生したものであります。天皇支配の国家体制を象徴した一世一元の元号制は、国民主権の原理を掲げる現憲法下で認められる余地はありません。

政府は、この元号法案の今国会における成立を至上命令としてきました。委員会における審議も日程の消化だけが推し進められ、議論が尽くされないまま採決に持ち込まれたのであります。国民の間で意見が大きく分かれている元号法制化問題が、一政党内の派閥の調整に利用されてはなりません。また、多党化時代における政党連携の手段とされてもならないのであります。

国民の多数は、元号法制化に反対しているのであります。
最近のマスコミの調査によれば、政府の主張とは全く逆の世論が明らかにされています。各新聞社の調査によると、元号法制化賛成はおよそ20%前後にすぎないのであります。この世論の動向に照らせば、全国の自治体における法制化決議の正体もまた明らかであると言わなければなりません。(拍手)
多数の力による世論の捏造は、民主主義の危機をもたらすものであります。

次に、元号法制化賛成論は、元号が1300年以上も続いた国民的文化遺産であることを強調いたしました。時の権力者が、人民と領土を支配するとともに、その時代をも支配する象徴としてみずから権力的に決定した元号の制度をもって文化的伝統とするがごとき議論は、文化の何たるかを知らない議論であると言うべきであります。(拍手)仮にこれを文化的伝統と言うならば、それは権力者のための文化であり、国民とは無縁であります。文化は、国民の生活の中から生まれるものであり、国民の日常生活の中から創造されるものであります。文化を法律によってつくり出そうとする議論のごときは笑止と言わざるを得ません。

改元は、国民生活に大きな影響、混乱、損害を与えるものであります。この元号問題についての国民的合意が形成されていないのはもちろん、これに関する議論もいまだ未成熟な中で、未来に生きる子供や孫たちに法的な拘束力をもって元号を押しつげることは許されません。それは、歴史に禍根を残すものであると言わざるを得ないのであります。〔拍手〕

しかも、元号法制化は、思想、表現の自由など、国民の基本的人権を侵すものであります。政府は、この法律を国民には強制しないと強調いたしました。しかしながら、国会答弁においては、公務員にそれを強制することを通じて、官公庁の窓口では事実上国民に強制することが明らかになったのであります。

かつて、内閣は、原田実参議院議員の質問主意書に対し、こう言っております。もし元号の使用を国民に強制しようとするのであれば法律を必要とすることは当然であるが、そうでなければ必ずしも法律によることを必要としないものと考えられる、こう答えていたのであります。すなわち、元号の法制化は強制を伴うものであることを政府みずから認めていたのであります。

また、政府は、元号法制化はイデオロギーとは関係ないと繰り返し述べてきましたけれども、事の真相を押し隠そうとするものであると言わざるを得ません。元号法制化のねらいは、国民思想を天皇制のもとに統合しようとするところにあります。それは、君が代、日の丸、靖国、教育勅語、軍人勅諭などと深いかかわりを持って天皇制賛美の思想的渦流の中心にあるものなのであります。天皇主権の復活を目指す一部勢力の要求にこたえたものであります。

国民は、過日の防衛大学校の卒業式において、元号法制化実現国民会議議長石田和外元最高裁判所長官が軍人勅諭を賛美した事件…に不安を感じています。

わが党は、以上の立場から、大平内閣に対し元号法案の撤回を強く要求し、かかる反動的、反憲法的な法案を強行せんとする大平内閲の政治姿勢を強く糾弾するものであります。(拍手)

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[柴田睦夫]私は、日本共産党・革新共同を代表して、元号法案に断固反対するものであります。(拍手)

反対理由のまず第一は、本法案が、現憲法の主権在民原則に逆行するということであります。元号制度が中国でつくり出され、その後、わが国を含む東アジア諸国を中心にして使用された君主体制に固有の政治制度であり、明治になって一世一元が制度化されて以降のわが国の元号制度、が、天皇主権、天皇の統治権と不可分の政治制度であることは、政府みずからが委員会審議で認めたところであります。

戦後、主権在民の現憲法施行と同時に、一世一元の元号制度の法的根拠が失われ、元号制度がなくなったのはきわめて当然であります。元号制度が現憲法の主権在民原則に逆行することは、新しい皇室典範から元号制定の項が削除されたことや、1946年の元号法制化の企てが、準備中の現憲法の精神に逆行するものとして断念された経過などによっても全く明白であります。

天皇の在位期間に応じて年号を変える一世一元の元号を制度として復活させ、恒久的に固定化することは、現憲法の主権在民原則に逆行する、まさに時代錯誤の非文化的愚行と断ぜざるを得ないのであります。(拍手)

第二は、本法案が、天皇元首化、憲法改悪を目指す法制化推進派の反動的な企てと不可分であり、軍事ファシズムの路線に立った重大な政治・思想反動の一環をなすものであるということであります。

本法案は、まさに、戦時立法、君が代国歌化、教育勅語や軍人勅諭の礼賛、靖国神社問題などとともに、対米従属下の軍国主義復活の路線に立った重大な政治・思想反動の一環をなすものであり、断じて認めることができないのであります。(拍手)

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便利・不便もさることながら、元号問題は天皇制問題にほかならない。元号の存続は天皇制の存続でもあり、象徴天皇制の変質の問題として捉えられていたのだ。
あらためて、元号使用を社会から廃絶たいものと思う。
(2017年12月14日)

 

 

 

 

 

アベ・シンゾーが語る「9条改憲」のホンネ

本日は12月8日、実に感慨の深い日だ。ボクは、この日になると自ずと背筋が伸びる。高揚した気持ちになる。本当は12月8日をこそ国民の祝日にすべきなんだ。12月8日だけでなく、柳条湖事件の9月18日や、盧溝橋事件の7月7日もね。南京陥落の12月13日もいい。8月15日や6月23日、3月10日などはいけない。もちろん、8月6日、9日の両日も。

76年前の今日、日本は世界の大国である米・英両国に宣戦布告をした。なんてったって、世界を相手に戦争をするほどの日本人の気概を示した日なんだ。もっとも、日曜日を狙ったパールハーバー奇襲の方が宣戦布告よりは早かったけどね。

それだけじゃない。今日はNHKが「大本営発表」を始めた日でもある。

昔はよかった。元気に戦争だってできたし、放送の統制だってなんなくできた。天皇陛下の思し召しというだけで、大概のことはできた。本当に天皇って便利だったんだ。「戦争には反対」だの、「放送は真実を伝えなければならない」などとツベコベうるさいのは、「天子様に弓を引く国賊め」としょっぴくことができた。政権運営に便利この上なく大切な天皇制。これこそ、魔法の杖だよね。これはいつまでも大切にしなければいけない。

ボクは、毎年12月8日になると「米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書」を読むんだ。例の大詔渙発というやつ。天皇陛下が臣民に下したありがたいミコトノリ。原文はカタカナ書きで読みにくいし、漢字が難しい。国会で官僚の作った原稿を「でんでん」と読んだボクの国語能力ではよく理解できないけど、雰囲気は分かる。国民にも敵国にも上から目線で、大威張りの態度。そして、戦争に踏み切ったら、国民の拍手喝采だったというじゃないの。なによりも、そこがうらやましい。

今の憲法は平和主義だ。だから、戦争をやるっていえば猛反対を受ける。だから、ボクはこそこそと少しずつ、戦争のできる国にするために小さなレンガを積んで努力しているんだ。前の憲法の時代はよかった。東条英樹閣下がうらやましい。陛下を使えば、簡単に戦争ができたんだもの。ボクもその時代に総理をやりたかった。それが無理だから、憲法9条を骨抜きにしたいんだ。そのための「アベ9条改憲」のスケジュールを組んだんだ。

「宣戦ノ詔書」の一部をひらがな書きにすると次のようなもの。正確には分からないけど、だいたいのところは分かる。

「朕、茲(ここ)に米国及び英国に対して戦を宣す。朕が陸海将兵は、全力を奮って交戦に従事し、朕が百僚有司は、励精職務を奉行し、朕が衆庶は、各々其の本分を尽し、億兆一心にして国家の総力を挙げて、征戦の目的を達成するに遺算(いさん)なからんことを期せよ。(以下略)」

こんなことも書いてある。
「米英両国は、残存政権を支援して、東亜の禍乱を助長し、平和の美名に匿(かく)れて、東洋制覇(とうようせいは)の非望(ひぼう)を逞(たくまし)うせんとす。剰(あまつさ)え与国(よこく)を誘(さそ)い、帝国の周辺に於(おい)て、武備(ぶび)を増強して我に挑戦し、更に帝国の平和的通商に有(あ)らゆる妨害(ぼうがい)を与へ、遂に経済断交を敢(あえ)てし、帝国の生存(せいぞん)に重大なる脅威を加う。」

これって、今の北朝鮮の言っていることとまったく同じ。

「朕は、政府をして事態を平和の裡(うち)に回復せしめんとし、隠忍久しきに弥(わた)りたるも、彼は毫も交譲(こうじょう)の精神なく、徒(いたづら)に時局の解決を遷延せしめて、此の間、却(かえ)って益々(ますます)経済上、軍事上の脅威(きょうい)を増大し、以って我を屈従せしめんとす。」

我が国は平和を望んで我慢に我慢を重ねたが、邪悪な敵は少しも譲ろうとしない。だから日本は、今や自存自衛の為、決然と戦争に決起する以外に道はなくなった。ここだよ、感動するのは。「自存自衛の為の決然たる決起」だ。

同じ日に、私が尊敬する東条首相もこう言っておられる。

「只今宣戦の御詔勅が渙発せられました。…東亜全局の平和は、これを念願する帝国のあらゆる努力にも拘らず、遂に決裂の已むなきに至ったのであります。

事茲(ここ)に至りましては、帝国は現下の危機を打開し、自存自衛を全うする為、断乎として立ち上るの已むなきに至ったのであります。今宣戦の大詔を拝しまして恐懼(きょうく)感激に堪へず、私不肖なりと雖(いえど)も一身を捧げて決死報国、唯々(ただただ)宸襟(しんきん)を安んじ奉らんと念願するのみであります。国民諸君も亦(また)、己が身を顧みず、醜の御楯(しこのみたて)たるの光栄を同じくせらるるものと信ずるものであります。およそ勝利の要訣は、「必勝の信念」を堅持することであります。建国二千六百年、我等は、未だ嘗つて戦いに敗れたるを知りません。この史績の回顧こそ、如何なる強敵をも破砕するの確信を生ずるものであります。我等は光輝ある祖国の歴史を、断じて、汚さざると共に、更に栄ある帝国の明日を建設せむことを固く誓うものであります。顧みれば、我等は今日迄隠忍と自重との最大限を重ねたのでありますが、断じて安きを求めたものでなく、又敵の強大を惧れたものでもありません。只管(ひたすら)、世界平和の維持と、人類の惨禍の防止とを顧念したるにほかなりません。しかも、敵の挑戦を受け祖国の生存と権威とが危きに及びましては、蹶然(けつぜん)起(た)たざるを得ないのであります。」
なんと、胸おどる言葉ではないか。名演説だ。ボクもこう語ってみたい。

「76年前も今も、日本になんの変わりはありません。私たちは正義の旗を掲げています。東洋平和であり、隠忍自重です。にもかかわらず、邪悪な敵が我が国の誠意に応じないときには、蹶然起たざるを得ないのであります。」

ところで、アベ政権は、戦闘機から遠隔地の目標物を攻撃できる複数の「長距離巡航ミサイル」の導入検討を決めた。自衛隊が導入を検討する長距離巡航ミサイルは「JASSM(ジャズム)―ER(イーアール)」、「LRASM(ロラズム)」、「JSM(ジェイエスエム)」。航空自衛隊の主力機F15や最新鋭ステルス機F35に搭載することなどを想定している。

結局のところ、「自存自衛」とは敵の基地を奇襲することさ。パールハーバーを叩いたときのように。今も事情は変わらない。先制的に敵の基地を叩かなければ、こちらがやられちゃうじゃないか。12月8日だ、じっくりと「自存自衛」の戦略を練ろう。今度こそは、絶対に負けないようにしなくては。

その第一歩が、「9条改憲」だ。
(2017年12月8日)

天皇と天皇制を語るーやっぱりない方がよい

気の置けない同年配(70代)の弁護士数名との歓談の機会があり、話題が天皇のことになった。誰もが、天皇制を歓迎はしていないが、温度差がある。

A 敗戦後の天皇の人間宣言は、当時の人々にどう受け止められたのだろうか。人間宣言後も「天皇の神聖は揺るがず」と思われていたのではないだろうか。

B 天皇の神格化は、戦前の政府がでっちあげた人民統治のための演出に過ぎない。敗戦によって、こんな信仰を維持することができなくなったから、神格放棄を宣言したというだけの話だろう。

C 神風は吹かなかった。誰の目にも神州不滅はウソと分かった。敗戦によって、天皇の化けの皮が剥がれた結果の人間宣言だろう。

A とは言うけれど、戦後も多くの人が天皇制を支持し、天皇に好意を寄せたのはどうしてだろうか。

B 戦後の国民の多くが天皇に好意を寄せていたというのは本当だろうか。天皇に対する深い幻滅から天皇に対する嫌悪感も強かったのではないのか。

C それでも、戦後における天皇の全国各地訪問には大勢の人が集まった。物見高さもあったろうが、刷り込まれた感情じゃないのか。戦前の永きにわたって刷り込まれてきた天皇に対する敬意の国民感情は、軽々に払拭できないということだと思う。

A だから、天皇の戦争責任を厳しく問う国民世論は生まれてこなかったというわけか。

C 昭和天皇が戦争責任を負うべきは当然だ。彼は、戦争遂行のすべてについて報告を受け是認してきた。310万の日本人の死と、2000万人の被侵略地人民の死に責任を持たなければならない。

D 「戦争遂行のすべてについて報告を受け是認してきた」というものの見方は、形式的にはそうかも知れない。しかし、実質的には彼に歴史の流れを変えうる力があったとは思えない。戦争責任は飽くまで軍部にあって、昭和天皇の罪は副次的なものではないか。

E 天皇の例の記者会見での発言にショックを受けた。戦争責任問題を問われて「そういう言葉のアヤについては、よく分からない」と述べ、原爆投下について「やむをえない」という発言。あれには、右翼も幻滅したのではないか。

B 戦後の天皇がやってきたことが最近の資料発掘で明るみに出ている。昭和天皇が反省していたなどとはとうてい考えられない。

A 昭和天皇裕仁の責任は重いとしても、現在の天皇明仁についてはどうだろうか。 明仁については、直接の戦争責任の問題がない。むしろ、憲法擁護の姿勢において、安倍晋三よりもずっとマシだという評価が定着しつつあるように思えるが。

C それは危ない考え方だ。国民に好感を持たれる天皇ほど、実は国民主権の危機となる危険な天皇と考えなければならないと思う。

A 結局、天皇制とは必要なものだろうか。なくしてしまうべきものだろうか。

B 天皇制は国民主権思想と矛盾する。人間の平等にも反する。当然に廃止すべきだと思う。

E なにも性急になくす必要もないのではないか。近い将来、国民の総意によって廃止する日が来るだろう。それまでは、社会の安定のためにあってよいと思う。

C 私は反対だ。天皇とは権威だ。単に、権力に利用される恐れとして危険というだけではなく、社会にこのような権威が存在すること自体が危険なのだ。天皇の存在が、権威尊重の風潮や国民意識の根源となっている。企業や、役所や、地域や、民主団体や、あらゆる部分社会の権威主義を払拭するには、天皇という存在をなくすることか効果的だと思う。

A ところで、日の丸や君が代についてはどう思う?

D 日の丸・君が代ともに、国民の圧倒的支持がある。これを尊重すべきは社会通念としてやむをえないのではないか。

C 「日の丸・君が代」はともに天皇賛美だ。特に君が代の歌詞は馬鹿げている。また、兵士や戦争体験者の憎悪、嫌悪の念が強い。けっして、国民の圧倒的支持があるとは言えないと思う。

B 問題は、価値の多様性を認めるかどうかだ。強制は間違っているということが、多数派ではないだろうか。

A で、生前退位には賛成? 反対?

E 天皇にも人権があるだろう。高齢で公務の負担が大きいとなれば、生前退位は結構ではないか。

B 公務は皇太子が代理できるし、摂政をおいてもよい。生前退位を認める必要はさっぱり分からない。

C 生前退位問題は、天皇制イデオロギー再生産の材料として使われているという印象がある。天皇の「公的行為」や「象徴的行為」という形で、天皇の存在感が拡大することを警戒しなくてはならない。
(2017年12月7日)

天皇代替わりに、国民意識操作への警戒を

昨日(12月1日)開催の皇室会議なるもので、天皇代替わりの日程がほぼ決まったようだ。2019年4月30日に現職が退任し、同年5月1日に後任が就任することになる模様。

2019年4月30日から5月1日へ日付が変って…、なにが起こるわけでもない。当事者の父子や、その家族には大きなできごとではあろうが、国政に関する権能を有しない公務員職の交代が、政治にも行政にも何の意味も持つはずはない。というよりは、意味をもってはならないのだ。せいぜいのところ、国民にとって切実に意味を持つのは、皇室予算がどれだけ増えるかである。このことには、大いに関心をもたざるを得ない。

天皇の代替わり自体に格別の意味はない。御名御璽の、ギョメイが、「明仁」から「徳仁」に変更されるだけ。これを大事件と騒ぎたてて国民意識を操作し、代替わりを意味あるものとしたい。それが、伝統右翼の目論むところであり保守政権の立場でもある。自立した主権者の側としては、この大騒ぎを警戒しなければならない。ところが、メディアが、右翼のお先棒かつぎに一役買っているのが気になるところ。

代替わりに際して、幾つかの留意点ないし警戒すべき点がある。
☆祝意の強制を許してはならない。
☆厳格に政教分離の原則を貫かなければならない。
☆「平成」の終焉を機に日常生活から元号使用をなくしたい。
☆「日の丸・君が代」、元号、祝日などの小道具を使っての天皇制刷り込みに注意。
☆これを好機とした天皇制ナショナリズム鼓吹を警戒しよう。

ところで、本日の各紙が社説に天皇代替わり問題を取り上げている(朝日の社説は、この話題に触れていない)。概してお先棒担ぎの提灯社説。とりわけ、案の定というべきではあろうが産経がひどい。読むだに恥ずかしくなる。

見出しだけ並べてみよう。
産経 「譲位日程固まる 国民はこぞって寿ぎたい」
読売 「天皇退位日 代替わりへ遺漏のない準備を」
日経 「退位・改元の準備を滞りなく進めよう」
毎日 「天皇陛下の退位日決まる 国民本位を貫く姿勢こそ」
東京 「天皇の退位と即位 国民の理解とともに」

リベラルなはずの毎日や東京も、天皇を論じるとなるとまことに歯切れが悪くなる。歯の浮くようなお追従もあちこちに見える。それだけ、社会的な圧力が強いということなのだ。読売が本文はともかく見出しでは「天皇退位」と「陛下」を抜きにしているのに、毎日が「天皇陛下の退位日」とは情けない。

産経は、見出しで「国民はこぞって寿ぎたい」という。おかしな日本語ではあるが、意味の忖度は可能だ。しかし、私は「寿ぎたくない」し、「けっして寿がない」。そして、今どき「国民こぞって」なんてこの上なく薄気味悪い。祝意の強制はまっぴらご免だ。

私は、北朝鮮指導者の事実上の世襲体制を唾棄すべき遅れた社会のあり方と思う。その代替わりのイベントも、祝意を国民に押しつけるものとして醜悪な印象をもった。しかし、あれは、天皇制の亜流なのだ。ルーツは明らかに日本にある。戦前の天皇制が、植民地に押しつけたものなのだ。宮城遙拝、ご真影への敬礼、教育勅語奉戴などによって叩き込まれた天皇への敬意や祝意の強制の残滓が、いま北朝鮮では金正恩への讃辞となり、日本では産経の社説におどっているのだ。

産経社説はいう。「立憲君主である天皇の譲位は、日本にとっての重要事である。一連の日程が固まったことを喜びたい。いよいよ譲位や即位、大嘗祭、改元の準備が本格化する。」「安倍晋三首相が「国民の皆さまの祝福の中でつつがなく行われるよう全力を尽くしてまいります」と表明したことは重い。」「譲位の日取りは、…200年ぶりとなる、譲位による御代替わりを、国民こぞって寿ぐことにもふさわしい。」「国の始まりから日本の君主であり、国民統合の象徴である天皇にふさわしい代替わりを実現することが大切である。」

ムチャクチャだが、いったい、なぜ、何が、寿ぐべきことなののだろうか。時代錯誤も甚だしい産経のことだ。もしかしたら、「金甌無欠なる我が國體が連綿として天壌無窮なること」などと言い出しかねない。

産経社説の一節が別な意味で興味を惹く。
「陛下は平成31年4月30日に皇位を退かれる。5月1日に皇太子殿下が第126代の天皇に即位され、改元が行われる。」

ここでの、「5月1日」は、もはや平成ではない。だから、「同年5月1日」とは言えないことになる。平成31年4月30日の次の日である5月1日は、新元号を冠した日付の初日になるはずだが、新元号は未定であるから、日付の表記ができない。

だから、産経を除く他の全ての社説が、元号が替わる予定の年を「2019年」と西暦で表記している。たとえば、読売でさえ次のように。

「2019年4月30日に天皇陛下が退位される。5月1日に皇太子さまが天皇に即位され、この日から新元号となる。」

この読売調なら論理的に不自然さはない。産経のように元号使用にこだわるから、滑稽なことになる。いや、はからずも、産経社説は元号使用にこだわることによって、将来の歴年を表記できない元号の致命的欠陥を露わにしているのだ。

日経の社説は、締まりのないおざなりなものだが、看過しがたい一文がある。
「政府や企業は今後、退位と改元に向けたさまざまな準備を遅滞なく進める必要がある。」というのだ。唐突に出てきた「企業」の2文字。代替わりイベントで儲けようというのなら資本主義的合理性に支えられた健全さかも知れない。ここでは、官民一体となった、祝賀ムード作りが「企業」に求められているのだ。そのような役割が企業に求められ、企業を介して、国民全体に社会的同調圧力が及ぶことになるのだ。

天皇制とは、面従腹背の文化にほかならない。腹の中ではどう思っていようとも、天皇を語るときは、「国民をいたわってくださるありがたい存在」「常に、国の平安を祈っておられる立派な方」と言わなければならない。皇室の話題は、常に「おめでたい」「心が明るくなります」なのだ。弔事には、「おいたわしい」「国民全体の不幸」が決まり文句。この点、戦前とも北朝鮮とも同様なのだ。

そのような社会的同調圧力の空気を醸成しているのが、毎日や東京も含むメディアであることを強く意識せざるを得ない。厳格な政教分離の要請など、出てこないではないか。各社・各紙、これでよいのか。猛省を促したい。
(2017年12月2日)

「平成の天皇制とは何かー制度と個人のはざまで」を読む。

岩波から今年7月に出た論文集。吉田裕と渡辺治のネームバリューでこの書を手に取る読者が多いのだろうが、執筆者は総勢9人。若い研究者の見るべき論稿もある。天皇(明仁)の「生前退位希望メッセージ」をめぐる問題だけでなく、「象徴天皇とは何か」「天皇の公的行為をどう考えるべきか」を論じる際のスタンダードを提供するもの

渡辺治が、「近年の天皇論議の歪みと皇室典範の再検討」と題する30頁の論文を掲載している。さすがに説得力があり熟読に値する。その最後を「天皇制度そのものの廃止は、上記のような憲法のめざす象徴性の構想の実現、典範改正による自由の制限、差別を解消していく方向の徹底を通して以外にあり得ない。それは、とりもなおさず、国民が自らの上に立つ権威への依存を否定し、民主主義と人権の貫徹する社会へ向けて前進する営みにほかならない」と、将来の天皇制の廃止への展望で結んでいることが印象的である。

巻末の座談会で、最も若い河西秀哉(77年生)が、こう言っているのが興味深い。
「明仁天皇が、即位して以降、右肩上がりの経済成長はみられず、格差社会が進行しています。(天皇には)そのことへの危機意識(があります)」「だからこそ彼は、社会の中心からこぼれ落ちる人たちをいかに救うかということを考えているのだと思います。」「社会福祉施設を積極的に訪問したり、地震の被災者を訪問したりする」「そのような人たちを自分が能動的に統合していかなければ、どんどん日本という共同体が崩壊していく」「だからこそ、その機能を象徴天皇である自分が果たせなくなったときは、退位せざるを得ない、ということになる」

これに、同年代の瀬畑源(76年生)も同意してこう言う。
「沖縄もそうですね」「戦後70年が経つ今でも、基地問題をはじめ、沖縄の人は、日本国内からいわば疎外されているわけです。その沖縄に天皇が通い続けるのは、明らかに国民として沖縄の人々を統合するためでしょう」「国民統合の一番危ういつなぎ目である沖縄に対して、明らかに天皇が肩入れし、しかもそれが機能している」

54年生まれの吉田裕が賛意を表しつつ、その効果については疑問を呈する。
「昭和天皇と違うのは、やっぱりそこですね。自らの行為が統合としての意味を持ち得ている。ただ、逆に言えば、さらに社会の分断が進んだときに、あの程度の行為で統合できるのかという問題にもなるかとは思いますが」

なるほど、そういうことなのだ。平成流と言われる現天皇の象徴としての行為とは、競争至上主義の政治と経済によって置き去りにされた人々を、日本という共同体につなぎ止めるための統合が目的なのだ。いわば、保守政治の補完作業。尻ぬぐいといった方が分かり易い。あるいは、体制が必然化する綻びの弥縫の役割。

河西は天皇(明仁)の意識を「社会の中心からこぼれ落ちる人たちをいかに救うか」にあると言う。しかし、天皇の行為としての「救う」とは事態を解決することではない。格差や差別を生み出す構造にメスを入れることでもない。むしろ、客観的な役割としては、その反対に社会の矛盾を糊塗し、何の解決策もないままに諦めさせること。しかも、心理的な不満を解消して、共同体に取り込み、こぼれ落ちた民衆の不満が社会や政治への抵抗運動に結びつかないようにする、「避雷針効果」が天皇の役割なのだろう。

このような天皇の機能や役割は、天皇を権威として認める民衆の意識なくしてはあり得ない。そして、このような民衆の意識は、意図的に刷り込まれ植えつけられたもので、所与のものとして存在したわけではない。この書の中で、森暢平が皇太子時代の明仁が伊勢湾台風被災者慰問のエピソードソーを紹介している。

「ご成婚」から間もない皇太子時代の明仁は、1959年10月伊勢湾台風の被災地を慰問に訪れている。当時25歳。4月に結婚した皇太子妃美智子は妊娠中で単身での訪問だった。伊勢湾台風は59年9月26日に東海地方を襲い、暴風雨と高潮で愛知、岐阜、三重3県に甚大な被害をもたらし、死亡・行方不明は5千人、100万人以上が被災の規模におよんだ。
中部日本新聞(のちの中日新聞)の宮岸栄次社会部長は、多くの被災者は「むしろ無関心でさえあった」と書いた。「いま見舞っていただいても、なんのプラスもない。被災者にとっては、救援が唯一のたのみなのだ。マッチ一箱、乾パン一袋こそが必要なのだ、という血の叫びであった」とまで断じている。皇太子の警護に人が取られ、「かえって逆効果」という新聞投書(45歳男性、「読売」1959年10月3日)もあったという。

この皇太子の慰問には、事前の地元への問い合わせがあった。これに対して、「災害救助法発動下の非常事態であるため、皇太子の視察、地元はお見舞いなどとうてい受け入れられる態勢ではなかった」「さきに天皇ご名代として来名(名古屋来訪)される話があったときも、すでにおことわりするハラであったし、十分な準備や警備は、むろんできないばかりか、そのためにさく人手が惜しいほどだったのだ」との対応だったが、それでも宮内庁側は「重ねて来名の意向を告げてきた」という。伊勢湾台風被災地訪問は、皇太子明仁の強い意欲もあったとされるが、成功していない。

私は、このときの水害被災者の受け止め方を真っ当なものと思う。深刻な苦悩を背負っている被訪問者が、天皇や皇太子に対して、「あなたは、いったい何をしに来たのか? あなたが私のために何ができるというのか?」と反問するのは至極当然のことではないか。

あれから60年。人心が変化したのだろうか。それとも、宮内庁とメディアによる「情け深い皇室」の演出が巧みになってきたのだろうか。
(2017年11月4日)

《終わりにしよう天皇制 11・26大集会・デモ》

友人から、下記の集会・デモについてのご案内を受けた。

集会・デモの規模が本当に「大」の付くものであるかは知らない。しかし、社会的な圧力に屈することなく、このような集会やデモが果敢に行われていることが頼もしい。

なお、講演の吉澤文寿さん(新潟国際情報大学教授・一橋大学大学院地域社会研究専攻博士後期課程修了)は、朝鮮現代史・日朝関係史の若手専門家として注目されている人。おそらく、小池百合子の民族差別にも言及があるのではないか。そして、横田耕一さん(九州大学名誉教授)は、いまさら紹介の必要もない憲法学における天皇制研究の第一人者。

《終わりにしよう天皇制 11・26大集会・デモ》
日時:2017年11月26日(日) 13:00開場 13:15開始
会場:千駄ヶ谷区民会館 (JR原宿駅10分)
講演:吉澤文寿さん(朝鮮現代史)「植民地責任と象徴天皇制」
ビデオインタビュー:横田耕一さん(憲法学)「憲法と生前退位」
※コント、天皇制弾圧に関する映像、アピールなど盛りだくさん!予定
※集会後、4時過ぎよりデモあり
主催:終わりにしよう天皇制11・26集会実行委員会

【呼びかけ文】
あなたがもし、世襲の特権階級が無いことを望むなら、何をためらうことがある?
あなたがもし、歴史と責任を素通りする社会を嘆くなら、何をためらうことがある?
あなたがもし、民族や国籍で差別されない国を望むなら、
あなたがもし、「不敬」と名指され傷つけられた人々の身の上を想うなら、
あなたがもし、「正しい家族」「正しい日本人」の抑圧に窒息しそうなら、 何をためらうことがある?
「日本は決して美しい国ではない」と思うなら、ためらうな。
象徴のメッキを剥がすことを、偽りの統合を撃つことを、ためらうな。
天皇制反対!明仁を最後の天皇に!終わらせるのは、いまだ!
**************************************************************************
私も、世襲の特権階級がなくなることを望む。それは人類の進歩が普遍的な常識と確認したところであり、日本国憲法14条によって宣言されてもいる。

私も、歴史の真実を重く受けとめ、痛みを伴うにせよ歴史が課した責任を素通りしてはならないと思う。その立場から今の社会を嘆かざるを得ない。

私は強く、民族や国籍で差別されない社会を望む。差別されたくもないし、けっして差別する側に与するまいと思う。

私は、国籍や民族を問わず「大逆」「不敬」と名指され傷つけられた多くの人々の痛苦を強い憤りをもって想起する。その家族や友人の深い嘆きを思う。

私は、「正しい家族」「正しい日本人」という、差し出がましい押しつけを受けいれない。日の丸・君が代を押しつける社会の抑圧に窒息感を覚える。

私も、アベ政権が君臨し、弱い者イジメやヘイトスピーチが横行し、ブラック企業がはびこるこの国を、「決して美しい国ではない」と強く思う。

だから、私も象徴のメッキを剥がし偽りの統合を廃するために、「天皇制反対!」と発することをためらわない。

来年(2018年)の末には、現天皇(明仁)が、自らの希望によって生前退位の運びとなる。なるほど、このときが天皇制を終わらせる、一つのチャンスとなりうるのかも知れない。
(2017年10月2日)

天皇制との対峙なくして主体性の確立はない

天皇制に関する書物にはしっかり目を通したいと思いつつ、なかなか思うとおりにはならない。ようやく、話題の阿満利麿「日本精神史: 自然宗教の逆襲」(筑摩書房・2017年2月刊)を一読した。広告文の「渾身の書き下ろし」はまさしくそのとおり。しかも、書名の硬さには似ない読みやすい文体。

問題意識が鮮明で、その問題に肉薄して、解決策を探るという構成。
全7章のうちの問題提起部分が、第1章「無常観とニヒリズム―日本人の歴史意識」と第2章「人間宣言―日本人と天皇」。この本の書き始めが天皇についての叙述。天皇を描いて、これを奉っている日本人の精神構造が問題視される。

第1章第1節の表題が「天皇の責任」。ここで、天皇の無責任が語られる。同時に、天皇の無責任を許容している日本人の精神性があぶり出される。素材として取り上げられているのは、写真で有名な、東京大空襲で被災した深川地域を視察する昭和天皇である。堀田善衛は、富岡八幡宮の近くで、たまたまこのときの光景を目撃して衝撃を受ける。彼が目撃したのは、天皇だけでなく、天皇に接した被災者民衆でもあった。

やや長いが、どうしても引用しておきたい。「日本精神史」と表題する本書の冒頭を飾るにふさわしい、奇っ怪きわまる異常事なのだから。

「茫然とあたりをさまよった堀田が、ふたたび富岡八幡宮へ戻ったところ、わずかの間に焼け跡が整理され、憲兵が随所に立っている。やがて、外車の列が永代橋の方角からあらわれて、近くに止まった。車のなかから天皇がおりてきた。自動車も彼の履く長靴もピカピカに磨き上げられており、天皇は『大きな勲章』もぶらさげていた。役人や軍人が入れ代わり立ち代わり最敬礼をして、報告か説明をくり返している。
 堀田は記す。『それはまったく奇怪な、現実の猛火とも焼け跡とも何の関係もない、一種異様な儀式……と私に思われた』、と。それだけではなかった。この『儀式』の周りに集まってきたかなりの人々が、思いもかけない行動を起こしたのだ。
 彼らは、それぞれが持っていた鳶口やシャベルを前において『しめった灰のなかに土下座をした…(そして)涙を流しながら、陛下、私たちの努力が足りませんでしたので、むざむざと焼いてしまいました、まことに申訳ない次第でございます、生命をささげまして…』と口々に小声でつぶやいていた、というのである。

 私は本当におどろいてしまった。私はピカピカ光る小豆色の自動車と、ピカピカ光る長靴とをちらちらと眺めながら、こういうことになってしまった責任を、いったいどうしてとるものなのだろう、と考えていたのである。
 こいつらのぜーんぶを海のなかへ放り込む方法はないものか、と考えていた。ところが責任は、原因を作った方にはなくて、結果を、つまりは焼かれてしまい、身内の多くを殺されてしまった者の方にあることになる! そんな法外なことがどこにある! こういう奇怪な逆転がどうしていったい起り得るのか!

天皇という、戦争を引き起こした責任者を前にして、その被害者である人民たちがどうして天皇に謝らねばならないのか。しかも、その謝り方は『生命をささげ』てというのである。それを聞いた堀田は、『ただ一夜の空襲で10万人を越える死傷者を出しながら、それでいてなお生きる方のことを考えないで、死ぬことばかりを考え、死の方へのみ傾いて行こうとするとは、これはいったいどういうことなのか? 人は、生きている間はひたすら生きるためのものなのであって、死ぬために生きているのではない。なぜいったい、死が生の中軸でなければならないようなふうに政治は事を運ぶのか?」、と憤る。

この「天皇にかしずく精神」が、アキラメ主義、事大主義、附和雷同、長いものには巻かれろ、社会的同調圧力、非国民などの言葉で語られる。「どうやら、天皇信仰を生み出す分厚い土壌が日本人の精神には堆積しているのではないか。その分厚い土壌を明らかにしないと、いつまでたっても、天皇信仰は存続し、事大主義は生きながらえ、主体性の確立など夢のまた夢といわざるを得ない」。この、天皇制を生み出し、天皇制を支える精神を、筆者は「自然宗教」という言葉で説明している。そして「自然宗教」に対置されるのが、「普遍宗教」である。

通例、宗教は「民族宗教」と「創唱宗教」とに分類される。「自然宗教」と「普遍宗教」との対置に似てはいるが、「創唱宗教」がすべからく「普遍宗教」ではない。普遍宗教とは、すべての民衆を貴賤男女の差別なく平等に救うことを明確に意識している宗教であり、その宗教は必然的に俗世の権威を否定することになる。そして、普遍宗教こそが、国家や集団の宗教ではなく純粋に個人の宗教である。そのような宗教こそが、個を重んじ、主体性の確立につながるという。有り体に言えば、普遍宗教こそが天皇制に屈しない国民精神の主体性を形づくる。少なくも、天皇に代表される現世の支配者の権威を相対化する精神となる。

はたしてそのような宗教がかつて日本にあったか。筆者は「あった」という。名を挙げられるのが、法然であり、浄土宗である。最近、法然が注目されているようだ。9条の精神の体現者としてだけでなく、徹底した差別否定論者で、天皇の権威と無縁だった人としてということらしい。

法然以前の仏教教団はすべて、天皇の裁可によって成立したものだという。仏教とは、伝来以来鎮護国家の宗教であり、国家の民衆に対する権威的精神統治に一役買う存在でもあった。仏教と国家との紐帯の象徴が天皇の裁可であったが、法然は朝廷を無視して、「浄土宗」を一方的に宣言した。民衆の側に立った法然には朝廷の権威は目に入らなかったのだろう。これが、既成教団からの反発を買い、朝廷からの大弾圧を受けることとなった。名高い「承元の法難」である。

しかし、結局は、普遍宗教は育たなかった。「浄土宗」も、法然亡き後は権力に屈して既成教団化していく。筆者の立場からは自然宗教だけが残ったということになる。日本の歴史では、「法然以来100年」が普遍宗教成立のチャンスだった。それが潰えてからは、形だけの創唱宗教は残ったが、その実質は祖先崇拝であったり、現世利益であったり、共同体信仰であり、血筋(貴種)信仰であって、天皇を神とすることに抵抗の無い「自然宗教」であったという。

だから今なお、天皇を神と観念する日本人の精神構造は健在なのだ。これを払拭せずして、日本国憲法が想定する主権者たる国民の創出はないだろう。国民主権あるいは民主主義と、天皇制との角逐を意識せざるを得ない。「普遍宗教」に代わって、「近代立憲主義」を徹底する必要があるだろう。多様性を尊ぶ教育によって理性にもとづく自立した主体性を確立した個人を育てよう。天皇に「申し訳ありません」などと言う国民を、再びつくり出さないために。
(2017年8月22日)

8月15日 あらためての決意

8月15日。国民の感覚では、72年前の本日に15年続いた戦争が終わった。戦争に「負けた」ことの不安や悔しさもあったろうが、戦争が「終わった」ことへの安堵感が強かったのではないか。これ以上の戦争被害はひとまずなくなった。空襲の恐怖も、灯火管制もこの日で終わった。非常時に区切りがついて、ようやくにして日常が戻ってきた日。

法的には、8月14日がポツダム宣言受諾による降伏の日だ。そして、降伏文書の調印は9月2日。しかし、多くの国民が戦争の終結を意識したのは8月15日だった。

この日の正午、NHKが天皇の「終戦の詔書」を放送している。1941年12月8日早朝の「大本営発表」からこの終戦の日まで、終始NHKは太平洋戦争遂行の道具であり続けた。天皇や軍部に利用されたというだけではない。国民に対する煽動と誤導への積極的共犯となった。

ところで、この「玉音放送」の文章は、官製悪文の典型という以外にない。こんなものを聞かされて、「爾臣民」諸君の初見の耳に理解できたはずはない。持って回った、空虚な尊大さと仰々しさだけが印象に残るすこぶる付きの迷文であり駄文というべきだろう。ビジネス文書としてこんな文章を起案したら、上司にどやされる。

あのとき、天皇はまずこう言わねばならなかった。
「国民の皆様に、厳粛にお伝えいたします。昨日、日本政府はアメリカ・イギリス・中国・ソ連連名の無条件降伏勧告書(ポツダム宣言)に対する受諾を通告して、無条件降伏いたしました。戦争は日本の敗北で終わったのです。」

そして、こうも付け加えなければならなかったろう。
「戦争を始めたのは、天皇である私と、政府と軍部です。戦争で大儲けした財閥はともかく、一般国民の皆様が戦争責任の追及を受けるおそれはありません」
「天皇である私と政府は、何千万人もの外国人と、何百人もの日本国民の戦没者に対して、戦争をひき起こした者としての責任を痛感しております。誠実に戦後処理を行ったあとは、命をもってもその責任をとる所存であります」
「私の名による戦争を引き起こして、取り返しのつかない事態を招いたことを、幾重にもお詫びもうしあげます。そして、国民の皆様に日本の復興に力を尽くしていただくよう、よろしくお願いいたします。」

72年後の本日。戦争責任を引き受けることのないまま亡くなった当時の天皇の長男が、現天皇として全国戦没者追悼式で式辞を述べた。そのなかに次の一節がある。

「ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことをせつに願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対して、心から追悼の意を表し、世界の平和とわが国の一層の発展を祈ります。」

「深い反省」の言葉があることに注目せざるを得ない。同じ場での安倍晋三の式辞には、反省も責任もないのだから、十分に評価に値する。また、憲法前文のフレーズを引用して、「今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことをせつに願い」と言っていることにも、同様である。

なお、天皇の式辞のなかに宗教的な臭みのある用語のないことに留意すべきだろう。この点は、よく考えられていると思う。これに比して、安倍の式辞には、御霊(みたま)が3度繰り返されている。「御霊(みたま)の御前(みまえ)にあって、御霊(みたま)安かれと、心より、お祈り申し上げます。」という調子。靖国神社参拝と間違っているのではないか。非常に耳障りであるし、意識的な批判が必要だと思う。

さて、天皇の「深い反省」について考えてみなければならない。誰が、誰に、何を反省しているのか、である。

まず、反省の主体は誰なのだろうか。天皇個人なのだろうか。天皇が象徴する日本国民なのだろうか。あるいは、戦争当時の天皇(裕仁)を代理しているのだろうか。それとも、抽象的な日本国の漠然たる反省だということなのだろうか。

また、「深い反省」を語りかけている相手は、軍人軍属の戦没者だけなのだろうか。「戦陣に散り戦禍に倒れた人々」という表現は、原爆や空襲被害者も含まれているのだろうか。また、日本人戦没者だけなのだろうか。被侵略国の犠牲者ははいっているのだろうか。戦没者以外の傷病者はどうなのだろうか。

さらに、いったい何をどう反省しているのだろうか。まさか、負けるような戦争をしたことではあるまい。戦争をしたこと自体であろうし、戦争するような国を作ったことなのだろう。「反省」には責任がともなうことは自覚されているだろうか。どのように責任をとるべき考えているのだろうか。

巨大な惨禍をもたらした戦争の反省のあり方が、一億総懺悔であってはならない。
まず、統治権の総覧者であり宗教的権威をもって戦争を唱導した天皇に最大の戦争責任があることは論を待たない。そして、天皇を御輿に担いで軍国主義国家を作って侵略戦争と植民地支配に狂奔した政治支配層の責任は明確であろう。これに加担したNHKや各紙の責任も大きい。そして、少なからぬ国民が、八紘一宇や大東亜建設、五族協和などのスローガンに浮かれて戦争に協力し、戦争加害国を作りあげたことの責任と反省も忘れてはならない。

国民それぞれが、それぞれことなる質と量との責任を負っていることを確認すべきなのだ。一般国民は、天皇や軍閥との関係では被害者であり、近隣諸国との関係では加害国の一員としての立場にある。

そして思う。今、私たちは、再びの戦前の過ちを繰り返してはならないことを。言論の自由を錆びつかせてはならない。好戦的な政府の姿勢や、歴史修正主義の批判に躊躇があってはならない。附和雷同して、国益追求などのスローガンに踊らされてはならない。近隣諸国への差別的言動を許してはならない。平和憲法「改正」必要の煽動に乗じられてはならない。

かつての臣民に戻ることを拒否しよう。主権者としての矜持をもって、権力を持つ者にも、権威あるとされる者にも、操られることを拒否しよう。平和を擁護するために。
8月15日、あらためての決意である。
(2017年8月15日・連続第1598回)

元号に関する朝日社説を駁する。

天皇(明仁)が、高齢を理由に生前退位の希望を公にしたのが昨年(2016年)8月8日。ビデオメッセージで国民に語りかけるという異例の手段でのこと。あれから今日でちょうど1年となる。この間に、政府と国会は、まことに素早い対応で、天皇の希望を実現する法改正を行った。一方、弱い立場にある国民の権利救済立法にははなはだ冷淡である。たとえば、深刻な空襲被害者などへの援護法を作れという立法運動が、戦後70年余を経てまだ実現していない。この国と社会は、明らかにバランスを失している。

天皇の生前退位にともなって、いくつか国民生活に影響を及ぼすことがある。その最たるものが元号の使用に関することだろう。昨日(8月7日)の朝日新聞社説が、この問題を取り上げている。「元号と公文書 西暦併記の義務づけを」というタイトル。内容は、なんとも中途半端な論説だが、公文書への西暦併記の義務づけ」は半歩ほどの前進というべきだろうか。以下に、全文を紹介しつつ、評釈したい。

 政府は来月にも皇室会議を開き、天皇陛下の退位と改元の日取りを決めるという。新しい元号の発表はこの手続きとは切り離され、来年になる見通しだ。
 代替わりは多くの関心事であり、日常のくらしにも少なからぬ影響が及ぶ。「来年夏ごろまで」とされていた改元時期の決定が早まるのは歓迎したい。

天皇という公務員職の交代が、元号の交代と結びつけられている。一天皇に一元号。この一世一元の制度は近代天皇制の発明品であって、伝統や文化とは無縁の政治的産物である。もっとも、今次の皇室典範改正までは、天皇の死亡だけが天皇の交代原因で、同時に元号の交代原因でもあった。つまり、新天皇の即位からその天皇の死までの期間が、一個の元号によって時の流れを表記することになる。国民意識において、時代を、あるいは時の流れを、ときの天皇の在位と結びつけようという偉大な国民統治の技術である。今回天皇の生前退位を認めたことから、若干の制度変更となって、天皇の死と切りはなされた元号の交代がありうることとなったが、「一天皇の在位と一個の元号」の対応関係は変わらない。

この社説には、天皇制と一体となった元号使用の当否についての問題意識の表明はない。むしろ、「改元時期の決定が早まるのは歓迎したい。」と、問題なしとの認識が述べられている。これがわが国を代表する「リベラルなクォリティ紙」の水準ということなのだろうか。

ところで、「代替わりは多くの関心事」とは意味不明の文節。「代替わり自体が多くの人にとっての関心事」という意味だろうか、あるいは「代替わりには、多くの関心事が伴うことになる」という意味なのだろうか。いずれにしても、「代替わりへの関心」についての朝日の論説には、現代の天皇制や、それを支える国民意識の問題点に切り込む視点はない。

 1年前の陛下のビデオメッセージは、象徴天皇のありようや国民との関係について議論を深める良い機会となった。今後の作業においても、常に主権者である国民の視点に立って考えることが欠かせない。
朝日は天皇(明仁)がビデオメッセージ放映という手段で生前退位希望の法改正を実現した、この違憲の疑い限りなく濃い行為の問題性をほとんど認識していない。また、天皇の象徴としての行為拡大の危険性に思い至ってはいないようだ。それでいて、どうして「常に主権者である国民の視点に立って考えることが欠かせない。」などと言えるのだろうか。

 中国で始まった元号は皇帝による時の支配という考えに源があり、民主主義の原理と本来相いれないと言われる。一方で長い定着の歴史があり、1979年に元号法が制定された。
ここは、明らかに舌足らず。もう少し正確に述べるべきだろう。たとえば次のように。
「中国で始まった元号は皇帝による時の支配という宗教的観念に源があり、政治的には元号の使用が服属の証しであった。この制度を模倣した古代日本は、元号の制定を天皇の権威の源泉の一つとして利用した。19世紀後半に、絶対君主制国家を築いた明治政府は20世紀中葉まで人民主権を否定して主権者天皇の神権的権威による統治を強行した。新制度としての一世一元は、70年余にわたって、国民意識と国民生活を規律し支配する制度として刷り込まれた。明らかに民主主義の原理と相いれない制度の強制の結果を「定着」と評価すべきではない。1979年に、強い反対運動を抑えて元号法が制定されたのは、法的整備がなければ、いずれは元号使用は消滅してしまうであろうという保守勢力の危機感の表れであった。」

 この法律に基づき、新元号は内閣が政令で定める。意見公募をしないことが退位特例法で決まっており、一般の国民がかかわる余地がないのは残念だ。
「一般の国民がかかわる」ことができれば、国民がより緊密に天皇制と結びつくことができるのに、その「余地がないのは残念だ」ということなら、リベラル朝日のためにまことに残念だと言わざるを得ない。

 改元の時期は「2019年元日」と「同4月1日」が検討されている。朝日新聞の世論調査では前者を支持する人が70%で、後者の16%を圧倒する。
 政府はこうした意見を踏まえて、適切に判断すべきだ。
 4月案は、年始は祝賀行事や宮中祭祀(さいし)が重なり、皇室が多忙なことから浮上した。しかし言うまでもなく、優先すべきは市民の日々の生活である。
 年の途中で元号が変わるのは不便で、無用の混乱をもたらす。あえて世論に反する措置をとる必要はあるまい。

「改元の時期は『2019年元日』」という表記を元号ではできない。はしなくも、元号使用の不便さが露わになっている。
新元号使用開始の時期を「元日」とするか、「4月1日」とするか。「年の途中で元号が変わるのは不便」で、「優先すべきは市民の日々の生活」というのは、自明の結論であろう。しかし、「何年かに一度、突然元号が変わるのは不便」極まりない。「優先すべきは市民の日々の生活」であるならば、元号使用をやめて西暦表記に統一すべきであろう。

 あわせて人々の便宜を考え、公的機関の文書について、元号と西暦双方の記載の義務づけを検討するよう求めたい。
これが、社説のタイトルとなっている「元号と西暦双方の記載の義務づけ」の提言である。もっとも、自ずから社会は西暦一本に絞られつつある。権力で強制しなければ元号とは亡ぶべき宿命をもっている。「せめて、元号と西暦双方の記載を」ということは分からないでもない。しかし、「この機会に元号廃止を」と主張すべきが社会の木鐸の使命ではないか。

 既に併記している自治体は多いが、公の文書は事務処理の統一などを理由に元号使用が原則とされる。国民への強制はないものの、西暦に換算する手間を強いられることが少なくない。
 併記の必要性は平成への代替わりの際も指摘された。国際化の進展に伴い、公的サービスの対象となる外国人もますます増えている。改元の日をあらかじめ決めることのできる今回は、運用を見直す良い機会だ。
 利便性の問題だけではない。政策の目標時期や長期計画に元号が使われる例は多い。国民が国の進路や権力行使のあり方を理解し監視する観点からも、わかりやすい表記は不可欠だ。
 事務作業が繁雑になるとの反論が予想される。だが、公的機関は誰のために、何のためにあるのかという原点に立てば、答えはおのずと導き出されよう。
最も望ましいのは西暦表記のみ。次善が、西暦と元号の併記。そして、元号表記のみの公文書が最悪である。朝日は、せめて次善策を、と主張しているわけだ。これは最善策への移行期として位置づけるべきだろう。国民生活の利便の視点からは、西暦表記への統一が望ましいことが自明なのだから。
(2017年8月8日)

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