澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

行政手続の効率化は、御璽・国璽の廃止と、元号表記の駆逐から。

(2020年9月28日)
スガ政権とは何者であるのか、何をやろうとしているのか、まだ見えて来ない。見えてくるのは、枝葉の一部だけなので、なんのために何を目指しているのか、隔靴掻痒なのだ。

スガが総論として語っていることは、アベ政権の承継でしかない。アベ政権とはいったい何であったか。政治と行政の私物化政権であり、対米従属のもとでの軍拡・改憲強行政権であり、新自由主義的格差貧困拡大経済政策政権であった。しかも、こんなにウソとゴマカシを重ねた政権も珍しい。本当に、これをまるごと承継するというのか。

携帯電話料金の値下げ、行政の縦割り弊害解消や不妊治療費助成、デジタル庁新設などの各論が、大きな全体政策の中でどう位置づけられ、互いにどう関連するのかが、見えてこない。

それでも、国会論戦のないままに、河野太郎行政改革担当相が、ひとり張り切っている。「はんこをすぐにでもなくしたい」とのことだ。全省庁に対し、行政手続きで印鑑を使用しないよう要請し、使う必要がある場合は理由を今月中に回答するよう求める事務連絡を出した。この事務連絡では、年間1万件以上ある行政手続きについては月内に、それ以外は10月上旬までに回答するよう求めた。

河野は24日夜のテレビ朝日の番組で、「『どうしても使わなければいけない』と言ってこないものは、10月1日からはんこなしにする。欄があっても無視していいことにする」と述べたとか。

脱押印の前に、行政文書・公用文書の作成管理をしっかりして、隠蔽・改ざん・廃棄のないように徹底してもらいたい。アベ政権が失った、行政の透明性や説明責任の履行に対する国民の信頼を取り戻すことが、行政改革の第一歩ではないか。

それはさておき、行政文書の作成保管がしっかりしている限りにおいて、行政手続の効率化やスリム化に反対する理由はない。書類の偽造や変造を防ぐ工夫は当然として、ハンコをなくすことには賛成だ。まずは、御璽だの国璽だのから廃止せよ。これこそ、権威主義と行政遅滞の象徴なのだから。

そして、もう一つ提案したい。この際、公用文書の紀年法から元号を駆逐して、西暦に統一すべきだろう。元号使用は不便極まる。時間的にも空間的にも有限な紀年法は、欠陥品なのだ。グローバル化にともなって、民間では西暦使用が進行している。いつまでも、お役所だけが、元号固執は無理だろう。西暦表示採用、いずれはやらざるを得ないのだから、できるだけ早い方がよい。

1950年5月6日、日本学術会議が、「元号廃止 西暦採用について(申入)」の総会決議を採択し、衆参両院議長と内閣総理大臣に申し入れている。70年前のその申入書の一部を紹介する。

日本学術会議は,学術上の立場から,元号を廃止し,西暦を採用することを適当と認め,これを決議する

理   由

1. 科学と文化の立場から見て,元号は不合理であり,西暦を採用することが適当である。
年を算える方法は,もつとも簡単であり,明瞭であり,かつ世界共通であることが最善である。
これらの点で,西暦はもつとも優れているといえる。それは何年前または何年後ということが一目してわかる上に,現在世界の文明国のほとんど全部において使用されている。元号を用いているのは、たんに日本だけにすぎない。われわれば,元号を用いるために,日本の歴史上の事実でも,今から何年前であるかを容易に知ることができず,世界の歴史上の事実が日本の歴史上でいつ頃に当るのかをほとんど知ることができない。しかも元号はなんらの科学的意味がなく,天文,気象などは外国との連絡が緊密で,世界的な暦によらなくてはならない。したがって,能率の上からいっても,文化の交流の上からいっても,速かに西暦を採用することか適当である。(以下略)

虚飾なき蓮華と、虚飾に包まれた天皇の権威と。

(2020年9月22日)
秋分の日である。あの猛暑が嘘のような玲瓏な秋日和。不忍池に昨日は3輪の蓮の華を数えたが、本日はおそらくは最後となる一華を視認。本日9月22日を、2020年の「蓮じまいの日」と認定しよう。蓮華の命も彼岸まで。6月半ばから3か月余、目を楽しませていただいた。

国民の祝日に関する法律(祝日法)によれば、秋分の日とは「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」ことを趣旨としている。(なお、春分の日は、「自然をたたえ、生物をいつくしむ。」である)

秋分の日は、戦前の「秋季皇霊祭」を受継したもの。「皇霊」とは、明治期皇居内に新設された「皇霊殿」に祀られた《歴代天皇および皇族の霊》のこと。1908年9月制定の「皇室祭祀令」で、春季皇霊祭・秋季皇霊祭ともに大祭に指定され、宮中では国家行事としての春季皇霊祭・秋季皇霊祭が行われた。戦後になって、まさか「国民こぞって歴代天皇をうやまい、しのぶ」などとは言えないので、仏教習俗としての彼岸の定義を趣旨とした。

皇霊祭とは何か。天皇やら皇族やらの権威を、コテコテに盛るための演出のひとつである。なぜ、天皇やら皇族やらの権威を盛る必要があるのか。この世に、人と人との差別が必要だと考えたからである。天皇やら皇族やらを、貴なる存在として特別視することで、その対極に賤なる人々を作ることができる。社会に貴や賎を作れば、その中間段階で無限のバリエーションをもって人と人との差別を作り出すことが可能となる。

天皇やら皇族やらの権威を作り出し維持しようとする人々は、この社会に人と人との差別あることを利益とする人々である。あらゆる差別の根源として、天皇やら皇族やらの尊貴という権威を演出したのだ。

ある生身の人間を、常人とは異なる特別の人間と権威付けるためにどうすればよいか。特別な服装をさせてみよう。特別な場所に住まわせ、ときどき、民衆に見せて手を振らせることにしよう。それだけでは足りない。一見凡庸に見えるこの人物こそ、実は神なる祖先に連なる貴い血筋だということにしよう。そのための皇霊祭なのだ。

もちろん、全ての人は平等である。あまりにも当然のことだ。ところが、いまなお、天皇やら皇族やらを常の人ならぬ神聖な存在とする迷妄が存在し、その迷妄を社会に差別的秩序あることを利益とする人々が支えている。

天皇やら皇族やらの神聖性は、一人の幼児の「王様は裸だ」という一言で吹き飛ぶ虚飾に過ぎない。この儚げな虚飾を剥ぎ取るか、剥がされることを恐れてさらに虚飾を重ねるか、そのせめぎ合いが続いている。

いまだに差別が残る社会である。差別の存在を利益とする者がこの社会を牛耳っているからである。その差別の根源としての天皇の権威を受け入れている人が少なくない。天皇神聖や天皇尊貴の根拠が「血統への信仰」という馬鹿げた虚妄にあるのだから、「血統」による貴賤や優劣の存在を、意識的に徹底して否定しなければならない。今どき、自分の先祖を自慢する愚物を鼻先で嗤ってやろう。天皇であれ華族であれ、その血筋に恐れ入って見せる人を徹底して軽蔑しよう。

不忍池の蓮の華には虚飾がない。あるがままで美しい。社会も、このようでありたいものと思う。今年の「蓮じまい」が惜しい。来年も、あるがままに美しい蓮の華を楽しみたい。

天皇批判言論についての「法的自由」と「現実の不自由」の落差

(2020年8月25日)
一昨日(8月23日)、私のブログに醍醐聰さんから、「苦言」をいただいた。私のブログに目を通していただき、わざわざコメントをいただいたことをありがたいと思う。が、一言釈明をしておかねばならないし、敷衍して述べておきたいこともある。

当ブログは8月22日付で伊藤詩織さんの民事訴訟提起を肯定的に取りあげ、「『リツィート』も『いいね』も法的責任追及の対象となる。ネトウヨ諸君、中傷誹謗は慎まれよ。」と表題する記事を掲載した。私は、その末尾にこう書いた。

 匿名に隠れて誹謗中傷をこととするネトウヨ界の住人諸君。他人の人格の侵害には、責任が問われることを知らねばならない。たとえ、「リツィート」であっても、「いいね」でさえも。
 もっとも、天皇などの社会的権威や、安倍晋三などの政治的権力者に対する批判の言論については自由度が高い。しかし、弱い立場にある者への寄ってたかっての攻撃は許される余地がない。心していただきたい。

醍醐さんのツィッターでの「苦言」は、以下のとおりである。

私も澤藤統一郎さんと同様、泣き寝入りを拒否して2次、3次被害の加害者の責任も追及するために提訴した伊藤詩織さんに敬意を表する。
ただし、「天皇などの社会的権威に対する批判の言論については自由度が高い」という澤藤さんの意見には賛同しない。自由度は極めて低い。

醍醐さんがこういうのだから、私の表現が意を尽くしていない。意とするところが正確に伝わるように、文章を練らなければならないと思う。私は、最近この種の「苦言」を受けることが多い。心しなければならないと思う。

確かに、天皇批判の言論に対しては、この社会は非寛容である。自由にのびのびと、気軽に気楽に、天皇批判を展開できる状況にはない。むしろ、天皇を語る際には敬称と敬語が必要との思い込みは社会に浸透している。そのようにすることが無難という一般常識がある。なかには、舌を噛みそうな慣れない敬語を使う滑稽な人々もいる。そんな社会においては、天皇批判はまことに口にしにくい。顕名で天皇批判の文章を残すなど、敢えて面倒のタネを播いて育てることに等しい。確かに、社会的な圧力が人々に天皇についての批判を控えさせている。醍醐さんの言われるとおり、現実には「天皇批判の自由度は極めて低い」。まったく同感である。

しかし、私は天皇批判言論の難易に関する社会の現実を「自由度が高い」と言ったのではない。当該のブログ記事は、言論に対する法的責任追及の可否を論じるものである。「他人の人格を侵害する表現は、法的責任が問われる」「もっとも、天皇などの社会的権威や、安倍晋三などの政治的権力者に対する批判の言論については、自由度が高い。」という文脈は、表現の法的責任の有無・程度について述べたもの。

一般人を対象にその人格を否定し侵害する言論は、刑事民事の法的責任が問われる。これにくらべて、天皇や安倍晋三など、権威や権力者を対象とする批判の言論については、格段に「批判の言論の自由度が高い」。即ち法的に免責される可能性が高い。端的に言えば、天皇批判の言論には、手厚い法の保護が与えられるのだ。

言論の自由は、高い憲法価値をもつ。ということは、他の憲法価値と衝突する局面で優越する地位を獲得しうることを意味する。典型的には、言論が他人の名誉や信用を傷つけることが許容されるということなのだ。

天皇賛美や政権忖度の提灯言論は、他人の人権と衝突しない。この種の言論について言論の「自由」や「権利」を論じる意味はない。「陛下おいたわしや」「総理ご立派」などの言論が自由にできることをもって、言論の自由が保障されている社会とは言わない。

言論が特定の人格と衝突して、その人の名誉や信用や名誉感情を傷つけるときに、言論の自由という憲法価値と、人格権あるいは名誉・信用という憲法価値を衡量して、言論の自由に軍配があがる場合にはじめて言論の自由は意味をもつ。とりわけ、批判しにくい天皇や首相の名誉を侵害する批判の言論を許容することにおいて言論の自由はいみをもつ。

しかし、言論の自由も無敵ではなく、当然に限界をもっている。他の人権との衝突の場面で、しかるべき調整原理に従わなければならず、場合によっては優越的地位を譲らなければならないこともある。

そのような調整原理として、日本の判例に定着しているとされるものが、「公正な論評の法理」といわれるもの。公正な論評の法理においては、言論を、「論評」と「事実の摘示」とに分類し、「論評」には「人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱」しない限り大幅な自由が認められる。また、「事実の摘示」については、その言論の公共性・公然性・真実性(または真実と信じたことについての相当性)があれば、他人の名誉を毀損しても違法性はないとされる。

さらに、アメリカ合衆国連邦最高裁判所の判例は、「現実的な悪意の法理」を採用している。まずは、「公人」概念を確立し、公人に対する名誉毀損表現を最大限許容する。その表現がたとえ真実性を欠く場合であっても、公人側が、表現者の『現実的な悪意』を立証できない限り敗訴となる。『現実的な悪意』とは分かりにくい訳語だが、「表現にかかる事実が真実に反し虚偽であることを知りながらその行為に及んだこと、又は、虚偽であるか否かを無謀にも無視して表現行為に踏み切ったこと」という。『自分の言論が虚偽であることを知っていたか、知らないことに重過失があった場合』と要約してよいだろう。これを批判された公人の側が証明しなければならない。アメリカの法廷では、公人が提起した名誉毀損訴訟は、ほぼ勝ち目がないと言われている。

日本の判例はそこまでは踏み切っていないが、言論の重要性が、権威や権力に対する批判を保障するところにあることには異論がない。アメリカの判例における公人とは、権威者あるいは権力者のことである。日本の判例でも、公共性や公益性の概念を通じて、権威や権力をもつ者に対する批判の言論は、違法性を阻却して法的に許容される結論に通じることになる。わが国における権威・権力のトップが、天皇と首相である。だから、「天皇に対する批判の言論については自由度が高い」のだ。

天皇も一人の人間である以上、種々の制約はありつつも人権を有している。その人権の一部である名誉や信用も、天皇や天皇制批判の言論による侵害を甘受せざるを得ないということなのだ。

なお、天皇が人権を享有していることを強調することは、ほとんど意味をもたない。むしろ、天皇の人権は一般国民以上のものではないことが強調されねばならない。ちょうど、「BLM(ブラック・ライブズ・マター)」が、黒人の人権が白人以下のものではないことを強調しているごとくに。

メディアの天皇に対する阿諛追従に忌憚のない批判が必要だ。

(2020年8月16日)
本日(8月16日)の毎日新聞朝刊を見て仰天した。毎日は、私の永年の愛読紙である。その毎日が一面トップで昨日の戦没者追悼式の模様を伝えている。大きな横見出しで「75年、平和かみしめ」。ここまでは、まあよい。驚いたというのは縦見出しで、「陛下、コロナ『新たな苦難』」である。なんだ、これは。

この記事のリードは、こうなっている。

 天皇陛下は、式典でのおことばで新型コロナウイルスの感染拡大を「新たな苦難」と表現したうえで、「皆が手を共に携えて困難な状況を乗り越え、人々の幸せと平和を希求し続けていくことを心から願う」と述べられた。

天皇が新型コロナウイルスの感染拡大に言及した?。それがどうした。そんなことが、いったいどんな意味のあることだというのか。大新聞がとりあげるに値するニュースバリューのあることか。毎日新聞たるものが、「75年目の終戦記念日」の模様を伝える記事のトップの見出しに据えるとは、いかなる思惑あってのことだろうか。

毎日の見出しと記事は、あたかも天皇のこの短い発言を「畏れ多くもかたじけなくも、国民の苦難にまでお心づくしいただき、国民の先頭に立って国難を克服する決意をお示しになられた」と言わんばかりのおべんちゃら。毎日に、その思惑なければ、まんまと天皇の思惑に乗せられたことになる。いずれにしても、まともなジャーナリズムの姿勢ではない。

この記事を読んだあと、あらためて大見出しの「75年、平和かみしめ」を読み直してみる。はじめは、「75年続いた平和をかみしめ」ているのは、当然に国民だろうと思ったのだが、それは間違いだったか。もしや、「噛みしめ」の主語は3代の天皇なのではないのか。

こういう、メディアの天皇に対する阿諛追従は、民主主義や国民主権原理にとって、極めて危険である。産経ならともかく、毎日がこのような記事を書き、見出しを掲げる意味は小さくない。

政権批判には果敢な記事を書く毎日が、何故かくも天皇には無批判であり迎合的であるのか、まことに理解に苦しむところ。天皇の危険性に無自覚であってはならない。天皇の政治的影響力を最小限化するよう配慮すべきがメディア本来の在り方である。

毎日は、「天皇の言動は国民の関心事だから大きく扱わざるを得ない」「多くの国民が天皇に親近感ないしは尊崇の念を持っているのだから、天皇や皇室を粗略には扱えない」というのであろう。しかしそれは通じない。むしろ、天皇について「国民の関心」を煽っているのがメディアであろうし、天皇に親近感ないしは尊崇の念を吹き込んでいるのも、メディアではないか。

リベラル陣営の中にも、あからさまな天皇批判は控えるべきとする論調がある。「天皇の言動は、その平和を求める真摯さにおいて、あるいは歴史の見方や憲法擁護の姿勢において安倍政権よりずっとマシではないか。安倍批判の立場からは天皇批判を避けるべきが得策」というだけでなく、「天皇は国民の多くの層に支持を受けている。敢えて真正面からの天皇批判は多くの国民を敵にまわす愚策」というのだ。私は、どちらの論にも与しない。いま、真正面からの天皇批判が必要だと考えている。それなくして、個人の自律はあり得ない。

1973年の8月15日に、天皇(制)批判をテーマに、豊島公会堂で「8・15集会」が開かれたという。この集会の問題提起者の一人である「いいだもも」が次のように述べている。

「わたしは元来、天皇の悪口を言うのが三度の飯よりも好きで、それで喜び勇んで壇上に参加させていただいた次第です。」「差別の頂点としての天皇を「全国民的統合の象徴」としていただいたままの戦後の大衆民主主義体制は、差別・抑圧構造にほかならないのであって、そのようなものとしての民主ファシズム体制なのです。皇室民主化とか、天皇人間宣言とかによって、民主主義が進むとか全うされるとかいうことは、その出発点からして欺瞞であるにすぎない。天皇は天皇であるかぎり、現人神であるか、非人間であるほかないのであって、けっして人間の仲間入りをすることはできない。仲間入りさせてはならない。だからわたしは、天皇の人間宣言を受け容れることなく、天皇が天皇であるかぎり差別することこそが、真の人民の民主主義である、といつも言うわけです。」「象徴天皇(制)はこのようなものとして戦後民主主義支配体制の構成部分であり、戦後体制の動揺が深まるにつれて、今日、「元首化」の危険な動向をもつとめる形になってきている。」(わだつみ会編「天皇制を問い続ける」1978年2月刊・筑摩書房)

このとおりだと思う。メディアによる天皇・天皇制への阿諛追従を軽視して看過していると、次第に批判不可能な社会的圧力が形成されることになりかねない。権力に対しても、権威に対しても、常に必要な批判を躊躇してはならない。

戦争における死を、「尊い犠牲」と美化してはならない。

(2020年8月15日)
8月15日。75年前の今日、「戦前」が終わって「戦後」が始まった。時代が劇的に変わった、その節目の日。天皇の時代から国民の時代に。国家の時代から個人の時代に。戦争と軍国主義の時代から平和と国際協調の時代に。そして、専制の時代から民主主義の時代に…。

その時代の変化は、「敗戦」によって購われた。「敗戦」とは、失われた310万の国民の生命であり、幾千万の人々の恐怖や餓えであり、その家族や友の悲嘆である。人類にとって、戦争ほど理不尽で無惨で堪えがたいものはない。敗戦の実体験をへて、国民は戦争の悲惨と愚かさを心に刻んで、平和を希求した。

再びの戦争の惨禍を繰り返してはならない。その国民の共通意識が、平和憲法に結実した。日本国憲法は、単に9条だけではなく、前文から103条までの全ての条文が不再戦の決意と理念にもとづいて構成されている。文字どおりの平和憲法なのだ。

以下のとおり、憲法前文は国際協調と平和主義に貫かれている。8月15日にこそ、あらためて読み直すべきある。

「日本国民は、…われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果…を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、この憲法を確定する。」(第1文)

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」(第2文)

「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。」(第3文)

とはいえ、日本国憲法を理想の平和憲法というつもりはない。この前文には、日本の加害責任についての反省が語られていない。そして、この戦争の被害・加害を作り出した国家の構造と責任に対する弾劾への言及がない。

「戦争の惨禍」という言葉は、戦争による日本国民の被害を意味する。政府と国民が近隣諸国に及ぼした、遙かに巨大な被侵略国の被害を含むものと読み込むことはできない。日清戦争以来日本が関わった戦争の戦場は、常に「外地」であった。敗戦の直前まで、「本土」は戦場ではなかったのだ。日本本土の国民にとって、戦争とは、外征した日本の軍隊が、遠い外国で行うものだった。その遠い外国に侵略した皇軍に蹂躙された近隣諸国の民衆の悲嘆に対する認識と責任の意識が欠けている。

また、日本の植民地支配・侵略戦争をもたらし支えた日本の国家機構が天皇制であり、その最大の戦争責任が天皇裕仁にあることは自明というべきである。にもかかわらず、日本国憲法は、その責任追及に言及することなく、象徴天皇として天皇制を延命してさえいる。敗戦の前後を通じ、大日本帝国憲法と日本国憲法の両憲法にまたがって、裕仁は天皇でありつづけたのだ。

国民を戦争に動員するために、聖なる天皇とはまことに便利な道具であった。神なる天皇の戦争が万が一にも不正義であるはずはなく、敗北に至るはずもない。日本男児として、天皇の命じる招集を拒否するなど非国民の振る舞いはできない、上官の命令を陛下の命令と心得て死をも恐れず勇敢に闘う。ひとえに陛下のために。天皇制政府はこのように国民をマインドコントロールすることに成功していたのだ。

3代目の象徴天皇(徳仁)が、本日全国戦没者追悼式に臨んだ。主権者国民を起立させての発言の中に、「過去を顧み、深い反省の上に立って」との一節がある。「過去天皇制が自由や民主主義を弾圧したことに顧み、その罪科の深い反省の上に立って」との意であれば立派な発言なのだが…。

また、同式典では、アベ晋三がいつものとおり、こう式辞を述べた。

 今日、私たちが享受している平和と繁栄は、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたものであることを、終戦から75年を迎えた今も、私たちは決して忘れません。改めて、衷心より、敬意と感謝の念を捧げます。

 この言い回しに、いつも引っかかる。「私たちが享受している平和と繁栄は、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたもの」とはいったいどういうことなんだ。

天皇のための死も、国家のための死も、死はまことに嘆かわしく虚しいものだ。これを「尊い犠牲」などと美化してはならない。天皇と政府は、戦没者とその遺族にひたすら謝罪するしかないのだ。特攻の兵士の死が、レイテで餓死した将兵の死が、東京大空襲や沖縄地上戦での住民の死が、何故「尊い犠牲」であろうか。全ては強いられた無意味な死ではないか。その死を強いた者の責任をこそ追及しなければならない。

政教分離の旗を掲げ続けた人 ー 西川重則さんを悼む

(2020年7月30日)
西川重則さんの逝去を本日(7月30日)知った。7月23日のことという。1927年のお生まれで享年92。死因は老衰と報じられている。敬虔なクリスチャンだったこの方。きっと、穏やかに神に召されたのであろう。

西川さんの逝去を報じる限られたメディアでは、西川さんの人生の紹介を、「政教分離、天皇制問い続け」「20年間国会傍聴」などと報じている。まことにそのとおりの方なのだ。

私が西川さんに初めてお目にかかったのは、盛岡を舞台に岩手靖国違憲訴訟の準備が始まったころのこと。あれからもう40年近くにもなる。当時西川さんは、「政教分離の侵害を監視する全国会議」事務局長の任にあった。先輩格のいくつもの訴訟の運動体や学者文化人に顔が広く、いろんな運動のまとめ役となっていた。世の中は広い、こんな凄い人がいるものだと感心するばかりだった。

高柳信一さんも村上重良さんも、そして大江志乃夫さんも。みんな西川さんの紹介で知り合い、親切にしていただいた。それぞれのご自宅に伺って、貴重な助言を得、訴訟の証人にもなっていただいた。その経過は、私の「岩手靖国違憲訴訟」(新日本新書)に詳細である。今はその全員が鬼籍に入られた。

西川さんから学んだことは多いが、印象に深い言葉がある。盛岡での集会で、西川さんは発言の最後をこう締めくくった。

「皆さん。よく心に留めおいてください。人権は、多数決を以て制約することはできません。人権は、民主主義にも屈することはありません」

当時、なんとなく平板に聞いた。人権とは当然そんなものだろう、教科書にもそう書いてある、と。しかし、だんだんと、この西川さんの言葉が、身に沁みるようになってくる。西川さんにとって、人権、とりわけ信仰の自由は、何物にも換えがたい宝ものであった。その自由は、最高度に民主的な政権の、最高度の民主的手続によっても、傷つけられてはならない。そう考え続けられた人生だったに違いない。

この社会の少数派にとって、自分らしく生きること、自分なりの価値観で、自分の信じるものを大切に精神生活を全うすることが、実は難事なのだ。そのことの意識が、民主主義ではなく、人権こそが大切なのだという認識になる。さらに、精神的自由を全うするためには、権力を抑制し、平和を守り、巨大な精神的権威形成を拒否しなければならない。

戦時下の苦い歴史の反省から、政治権力が天皇を神と崇める宗教と癒着することへの警戒の念は強く、それが、当時右翼勢力の靖国神社国営化実現要求や、天皇・首相の靖国神社公式参拝要請運動などに反対する「政教分離の侵害を監視する全国会議」の活動となった。

西川さんの心の中では、信仰の自由と平和と憲法が緊密に結びつき、これと対峙するものとして、権力と戦争と天皇という結びつきがあったように思う。とりわけ、天皇を神と仰ぐ宗教と権力との癒着が、信仰を弾圧し戦争をももたらすことになる、そのような信念をもって、祈りつつ、一貫した行動をとり続けた。

報じられている経歴を見ると、次のようである。

「1927年香川県生まれ。69年に靖国神社法案が国家に提出されたのを契機に「キリスト者遺族の会」が発足し、同法案反対の運動を展開、同法は74年に廃案。同会実行委員長。「昭和」から「平成」の代替わりに際しては、1990年参議院予算委員会で、参考人として、即位の礼・大嘗祭について憲法的根拠が無いことを指摘した。自身の兄がビルマで戦病死したのを原点に、「靖国神社国営化反対福音主義キリスト者の集い」代表、「平和遺族会全国連絡会」代表、「日本キリスト教協議会靖国神社問題委員会」委員、「重慶大爆撃の被害者と連帯する会・東京」事務局長。「戦争被害調査会法を実現する市民会議」共同代表、「政教分離の侵害を監視する全国会議」事務局長などを歴任し、キリスト教会内外で、政教分離を監視し、天皇の戦争責任を問い続けた。25日に家族葬の形での葬儀が、熱海市火葬場において、今井献氏(改革派・東京教会牧師)の司式により行われた。喪主は長男の西川純氏。1999年の周辺事態法、国旗・国歌法を機に、国会傍聴を2019年まで続けたことで知られる。

西川重則さん。祈りの人であるだけでなく、信念の人であり、行動の人でもあった。

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追記(2020年7月31日)

日本キリスト改革派 東京協会のホームページに、「西川重則名誉長老召天」の記事を目にした。その中の次の一文をご紹介したい。

 西川重則名誉長老は、ご存知のように靖国神社問題を中心にして平和運動に、クリスチャンとして参加し、リーダーシップを発揮してこられました。その原点には、敗戦後1か月たったとき、兄の「ビルマ南方方面で戦病死」との知らせが届いて母親が号泣し、家族も悲しみに泣き暮れた、という経験があったからでした。

 新教出版社に勤めながら平和運動に力を尽くしてこられましたが、退職後は国会傍聴を1日も休むことなく続けておられました。理由は、国会について学んで導き出した結論が「戦争は国会からはじまる」であったからです。

 「戦争は国会からはじまる」を西川さんの遺言として肝に銘じておきたい。

日本社会に深く伏在して、「自粛警察」を生みだしたもの。

(2020年7月4日)
私は、盛岡の生まれで、故郷岩手の事情は常に気にかかる。このところのコロナ禍では、東京の感染拡大を尻目に唯一「感染者ゼロ」を誇っている。とは言うものの、どうも「感染者ゼロ」の維持は目出度いだけのことではないようだ。

「感染者ゼロ」の重さを知ったのは、富山県での第1号感染者の「村八分」報道に接して以来のこと。この春、京都市内の大学を卒業した女性が、郷里の富山に戻って県内感染の第1号となった。これが3月30日のこと。帰郷直後に友人数名と焼き肉屋での会食の機会があって再感染の機会となったようである。続いて数名の感染者が確認されると、「京都からコロナを持ち込んで富山に広めた」とバッシングされる事態となった。

当人も家族もネットで容易に特定され攻撃された。「村八分になって当然」という、心ないツィッターが今も残っている。真偽は定かでないが、「学生の自宅が石を投げられた」「父親が失職した」「市長に詰問された」「村八分になっている」などの情報が流れた。当人は軽症で間もなく検査では陰性になったが、周囲の人々が怖くなってなかなか退院できないとも報道された。

岩手ではまだ「感染者第1号」が出ていない。重圧は、日に日に増しているようだ。東京から帰省したいと連絡してきた息子に対して、両親から「絶対に帰ってくるな。第1号になったらたいへんなことになる」という返事があったとか、東京ナンバーの車は停めておけないなどという報道が繰り返されている。社会的同調圧力の強大さを物語っている。

この社会的同調圧力は、容易に警察と結びつく。「自粛警察」「マスク警察」「自粛ポリス」「コロナ警察」などの言葉があふれる世となった。身近に、思い当たる出来事がある。

かつて、社会的同調圧力は、君のため国のための、国民精神総動員に最大限利用され、助長された。国策に積極的協力を惜しむ人物には、「非国民」「国賊」という非難が浴びせられた。今なお、自粛せぬ輩には社会的な制裁が課せられる。ときには、警察力の行使を借りることも辞さない。

この心性が、対内的な求心力ともなり、排外主義にもなった。関東大震災の際の朝鮮人虐殺には「自警団」という名の非国民狩りの組織が作られもした。

丸山眞男の「日本の思想」(岩波新書)の中に、「國體における臣民の無限責任」という小見出しで、以下の印象深い記述がある。この「無限責任」は、社会的な責任であり、同調圧力が個人に求める責任である。天皇制とは、社会的同調圧力を介して、人民を支配するという見解と読める。

 かつて東大で教鞭をとっていたE・レーデラーは、その著『日本–ヨーロッパ』のなかで在日中に見聞してショックを受けた二つの事件を語っている。一つは大正十一年末に起った難波大助の摂政宮(註・裕仁)狙撃事件(虎ノ門事件)である。彼がショックを受けたのは、この狂熱主義者の行為そのものよりも、むしろ「その後に来るもの」であった。内閣は辞職し、警視総監から道すじの警固に当った警官にいたる一連の「責任者」(とうていその凶行を防止し得る位置にいなかったことを著者は強調している)の系列が懲戒免官となっただけではない。犯人の父はただちに衆議院議員の職を辞し、門前に竹矢来を張って一歩も戸外に出ず、郷里の全村はあげて正月の祝を廃して「喪」に入り、大助の卒業した小学校の校長ならびに彼のクラスを担当した訓導も、こうした不逞の徒をかつて教育した責を負って職を辞したのである。このょうな茫として果しない責任の負い方、それをむしろ当然とする無形の社会的圧力は、このドイツ人教授の眼には全く異様な光景として映ったようである。もう一つ、彼があげているのは(おそらく大震災の時のことであろう)、「御真影」を燃えさかる炎の中から取り出そうとして多くの学校長が命を失ったことである。「進歩的なサークルからはこのょうに危険な御真彩は学校から遠ざけた方がよいという提議が起った。校長を焼死させるょりはむしろ写真を焼いた方がよいというようなことは全く問題にならなかった」とレーデラーは誌している。日本の天皇制はたしかにツァーリズムほど権力行使に無慈悲ではなかったかもしれない。しかし西欧君主制はもとより、正統教会と結合した帝政ロシアにおいても、社会的責任のこのようなあり方は到底考えられなかったであろう。どちらがましかというのではない。ここに伏在する問題は近代日本の「精神」にも「機構」にもけっして無縁でなく、また例外的でもないというのである。

 私は丸山に傾倒するものではないが、彼の言う「このょうな茫として果しない責任の負い方、それをむしろ当然とする無形の社会的圧力」「社会的責任のこのようなあり方」「ここに伏在する問題は近代日本の「精神」にも「機構」にもけっして無縁でなく、また例外的でもない」との指摘には、深く頷かざるを得ない。

お辞め下さい、表現の自由を損なう愛知県知事リコール運動。

(2020年6月20日)
6月17日(水)、「お辞め下さい大村秀章愛知県知事 愛知100万人リコールの会(代表 高須克弥)」なる団体が、《大村秀章愛知県知事不信任議決の請願書》を愛知県議会に提出した。もっとも、団体名は単なる肩書で、請願者は高須克弥個人なのかも知れない。

この請願は、あいちトリエンナーレの企画展「表現の不自由展・その後」の展示内容を不当として、主催者である知事の責任を追及するものである。表現の自由を封殺しようとする危険な行為として傍観してはおられない。

仮に、この請願に基づく知事不信任案が県議会に上程された場合には、地方自治法(178条)の定めによって、議員数の3分の2以上が出席する県議会本会議において4分の3以上の賛成によって不信任が成立する。ハードルは極めて高く事実上不可能というべきであろう。

また、さらに「仮に」を重ねて、不信任議決が成立したときは、知事は10日以内に議会を解散することができ、議員は失職する。その後の選挙を経て初めて招集された議会で再び不信任決議案が提出された場合は、今度は出席議員の過半数の賛成で成立し、知事は失職する。

その請願の全文を読みたいものと思っていたところ、豊橋市の市会議員「長坂なおとのblog」に(書き起こし)を見つけた。謝意を表しつつ引用させていただく。

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大村秀章愛知県知事不信任議決の請願書

愛知県議会議長 様
紹介議員 しまぶくろ朝太郎

【内容】
(1)あいちトリエンナーレ2019表現の不自由点、展示による主催者責任
(2)新コロナ愛知県感染者の広報による個人情報流出管理責任と個人保護の対応

【理由】
1・昭和天皇のお写真をバーナーで焼き下足で踏みつぶす動画を開会時隠されて、再開示の展示責任
1・慰安婦像の展示責任
1・日本軍人、間抜けな日本人と称する展示責任
1・県民・市民・国民の税金(血税)による公営会場の展示会を、独断開催、実行委員会主催名義だが事実上は県市の主催開催であったということは、県市が上記著しく政治的に偏向した展示にお墨付きを与えたことになり、日本を愛する人々を深く傷つけた責任。
展示一時中止後の独断再開と県民・市民・国民(主権在民)多数の反対意見を無視した開催(実行委員会の非開催問題)
1・名古屋市民の負担金未払い結果による、あいちトリエンナーレ会長名での(名古屋市・名古屋市民)を提訴
1・あいちトリエンナーレ2019における全体経費の内、平成31年度愛知県負担金を名古屋市・国は減額をしたが、何故愛知県は減額をしなかったのか。
又、減額に対して愛知県議会では議論をしなかったのか。
以上の理由により、愛知県知事不信任の可決を愛知県議会に求めます。

令和2年6月17日

お辞め下さい大村秀章愛知県知事 愛知100万人リコールの会代表 高須克弥

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なんという粗雑で杜撰な内容。この投げやりな姿勢に一驚を禁じえない。指弾の相手方は、仮にも選挙によって県民の信任を得ている現職知事である。その知事を解職せよという不信任議決請願の重大性認識がまるでない。文字どおり児戯に等しい軽さ。この雑駁な請願書の提出は、県議会の議員に対しても、愛知県民に対しても、失礼極まると評するほかはない。

請願者は、知事に解任に値する理由があることについて、当不当はともかく自分なりの意見を展開する努力を尽くさねばならない。それこそが最低限の礼儀であろう。にもかかわらず、提出された請願書の、なんと雑駁で、いいかげんさであろうか。真っ当な文章を綴ろうという誠意の片鱗すらない。問題の焦点が憲法上の表現の自由に関わるだけに請願者の不誠実さは際立っている。とうてい、真っ当な世界での論議に耐えうるものではない。

しかも、この請願者は、「万が一、全く議員さん達に無視されたら、僕は愛知県議会の議員さん達は大村愛知県知事と同じ考えの方々だと理解します。その時は、県議会議員さんたちも併せてリコールするつもりです」とツイートしている。これも、自分の意見に積極賛同しない者は全て敵という、非論理・非常識を重ねての、幼児性丸出しの発言。まるで駄々っ子ではないか。

請願書の文中から、知事不信任の理由を探せば、「県民・市民・国民の税金(血税)による公営会場の展示会を、独断開催、実行委員会主催名義だが事実上は県市の主催開催であったということは、県市が上記著しく政治的に偏向した展示にお墨付きを与えたことになり、日本を愛する人々を深く傷つけた責任」というところだろうか。

文章の拙さが問題なのではない。天皇批判を政治的偏向と決めつける昔ながらのガラパゴス的心情、「日本を愛する人々を深く傷つける」表現の自由はないとする偏見と独断、県が主催する展示の政治的主張には県がお墨付きを与えたとする無定見な決めつけ。とうてい、真っ当な批判に耐えうる内容ではない。

高須という人の直情の吐露なのだろうが、それだけに危険だという指摘が必要だ。この人は、人権とか自由とか民主主義とかを自分の問題として考えたことはない。常に安全なところにいて、多数派の側あるいは権力の側からの無邪気な発言によって、貴重な少数派の言論を弾圧する尖兵となっている。

表現の自由とは、何よりも少数者の権利である。多数派や時の権力から嫌悪され、不快とされる思想や信条を表明する自由のことである。突き詰めれば、天皇や権力を遠慮なく批判する自由にほかならない。国民の多くを不快にするからとして、裕仁や安倍の批判が許されないとすれば、表現の自由はなきに等しい。

高須は、ツイッターで「日本国憲法の第一条に明記されている国民の象徴である天皇陛下のお写真にバーナーで火をつけ足で踏みにじる行為が日本国憲法で保証(ママ)されているはずがありません。日本の統合の象徴に対する侮辱は日本人全員に対する侮辱です。国民を侮辱する行為を国民の血税を搾取して支援する者は国民の敵。国賊」とも述べている。

高須の煽動の危険性はここによく表れている。天皇批判の表現は国民の敵・国賊という、俗論を超えた極論である。もちろん、このような言論にも表現の自由があるが、看過せずに批判が必要である。この高須の言説は、天皇を聖なる存在とする信仰の表白にほかならない。その天皇神聖の信仰の共有を全ての国民に押し付けようというのが戦前の政府と社会が行った過ちであった。高須は、今の世にこれを繰り返そうというのである。

もちろん、生身の天皇は他の国民と同等に人権主体である。これを傷つけたり脅迫する行為は、他の国民に対する傷害・脅迫と同様に犯罪となる。しかし、言論による天皇や天皇制の批判は最大限許容されなければならない。それが、同調圧力社会において、表現が困難であればこそ、「表現の自由」の保障が意味をもつのである。

天皇を聖なる存在とする信仰とは、聖なる血に対する信仰である。アマテラス・神武以来の聖なる血統という古代政権の愚かな信仰。これこそ、不合理な差別の源泉であり、合理性を追求してきた近代社会が意識的に排除してきたものである。

天皇の血を高貴で神聖なものとする思想は、その対極に卑賤な血という差別を生み出す。聖なる天皇を戴く日本を貴しとして他国を蔑む排外主義をも生み出す。これは、明治政府が作り出した国民総マインドコントロールの残滓なのだ。

最近、「白頭血統」「白頭山の血統」という言葉を聞く機会が多い。国民統合のために、聖なる血への信仰が利用されているのだ。これも、天皇制支配の残滓というほかない悲劇である。高須克弥と金与正、聖なる血統を崇拝するという精神構造において酷似していると指摘せざるを得ない。

聖なる血への信仰は愚かというにとどまらない、政治的に利用されることで危険なのだ。マインドコントロールを解く努力が、国民的課題として求められている。

大村秀章知事へのリコール運動は、表現の自由と民主主義への挑戦である。

(2020年6月10日)
半島の南北関係が不安定に見える。北朝鮮の朝鮮中央通信は、昨日(6月9日)、同日正午から南北間の通信連絡線を完全に遮断すると報じた。朝鮮労働党中央委員会本部と韓国大統領府を結ぶホットライン(直通電話)も含まれるという。

突然に北朝鮮が態度を硬化させたのは、脱北者団体が本年5月31日に北朝鮮に向けて風船で飛ばしたビラ50万枚の散布が原因だという。核弾頭や弾道ミサイルのイラストとともに金正恩朝鮮労働党委員長の写真が掲載され、これに「偽善者金正恩!」とのメッセージが書かれていた。これが、北の体制批判として逆鱗に触れた。

正恩の実妹金与正(キム・ヨジョン)が北朝鮮メディアを通じて非難する談話を4日に発表した。朝鮮中央通信によると、与正はビラを飛ばした脱北者らを「祖国を裏切った野獣より劣る人間のくず」「くそ犬」(訳語の正確性は分からないが)などと罵倒。韓国政府が「相応の措置」を取らない場合には、南北合意の破棄も「十分に覚悟すべきだ」と警告した。これに呼応して、6日には、ピョンヤンで脱北者団体を糾弾する大集会が開かれ、人々が「人間のくずを八つ裂きにせよ」と叫んでいる。

金明吉(キム・ミョンギル)中央検察所長も次のように発言している。「歴史の審判は避けることができず、早晩、民族的罪悪を総決算する時が訪れるだろう。最後の審判のその時、共和国(北朝鮮)の神聖なる法廷は、わが最高尊厳(金正恩)を攻撃した挑発者たちを無慈悲に処刑するであろう」というのだ。

北朝鮮の労働新聞も「最高尊厳」に言及している。脱北者団体を「虫のような者」「人間のくず」と罵倒し、北朝鮮へのビラ散布を「北朝鮮の最高尊厳にまで触れる天下の不届き者の行為」と批判したという。のみならず、「さらに激怒するのは責任を免れようとする南朝鮮当局の態度」とし、「人間のくずの軽挙妄動を阻止できる措置からすべきだった」「決断力のある措置を早急に取れ」と主張して、韓国政府を批判し適切な措置を求めている。

「偽善者金正恩!」という表現は、神聖なる法廷で裁かるべき「わが最高尊厳に対する攻撃」だというのだ。これは信仰を共にする仲間内だけに通じる、聖なる存在への帰依の表白である。信仰を共にする世界の外にいる者には理解不能である。権力や権威を批判する自由は、民主主義の基本である。にもかかわらず、信仰を共にする世界の外にいる者に、自分たちの心情を理解しないこと、同調する行動に至らないことに苛立っているのだ。

こういう動きは、海外だけにあるわけではない。北朝鮮の動きは、神聖天皇を戴いた戦前の大日本帝国をルーツとするものと言ってよい。神聖天皇に忠誠を競った臣民の末裔は、日本にも遺物として残存しているのだ。

その日本では、6月2日高須克弥という人物が、愛知県の大村秀章知事をリコールするため政治団体を立ち上げたと発表した。国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」をめぐり、「税金から補助を与えるのが一番許せない」と述べたという。同席者が、百田尚樹、竹田恒泰、有本香、武田邦彦という、「ああ、なるほど」と思わせる分かり易い面々の集合。

大村知事リコールの理由は分かりにくいが、「昭和天皇を含む肖像群が燃える映像作品などの展示内容」が問題というようである。「国、県民にとって恥ずかしいことをする知事は支持できない」とも述べられたという。

北朝鮮の金与正と日本の高須克弥、精神構造は酷似している。金与正にとっての金正恩と、高須克弥にとっての昭和天皇(裕仁)は、ともに「わが最高尊厳」なのだ。この 「わが最高尊厳」に対する侮辱は、神聖なる法廷で裁かるべき攻撃として許せないという。そして、許せないはずのことを傍観している文在寅や大村知事が許せないというのだ。

与正の感情も、高須の胸の内も、信仰を共にする仲間内だけに通じる、聖なる存在への帰依でしかない。民主主義社会においては、将軍様や天子様への信仰を公的に認めることも、それに対する批判の言論を封じることもあり得ない。さらに、忌むべきことは、同調圧力によって、将軍様や天子様への信仰を強制し、あるいはその批判を掣肘しようとすることである。

国内問題としていま問われているものは、天皇(裕仁)に対する批判の表現に対する賛否ではない。わが国における表現の自由の実質的な権利性である。そのことは、この社会の民主主義の成熟度でもある。

この高須の動きは、民主主義のバロメータとなるだろう。たまたまの偶然で、愛知県民が民主主義成熟度計測のサンプルとなった。表現の自由がどれほど護られているか、あるいは絵に描いた餅に過ぎないか。成熟した民主主義が定着しているのか否か。それが試され、計られる。

高須は100万の賛同署名を集めると口にしたという。この件で100万の署名が集まるようなことがあれば、この社会の民主主義成熟度は0点である。その反対に署名ゼロなら満点の100点。得点を数式化すれば、下記のとおりである。
 《100-(署名数÷10000)》点

   80点以上なら 優
   80~50   良 
   50~13   可
   13以下    不可(リコール成立)である。

なお、愛知県内の有権者数は612万人で、リコール(知事の解職請求)は87万人の有効署名で成立する。請求が有効と確認されれば、その日から60日以内に解職の住民投票が行われ、有効投票総数の過半数の賛成で知事は失職することになる。

元号変更から1年。あらためて、「令和」の不使用を再宣言する。

昨年(2019年)5月1日に天皇が交替して本日がちょうど1年目。天皇の交替にさしたる意味はない。念のために申し添えれば、誰が天皇でも天皇の個性に意味をもたせてはならないとするのが憲法の立場である。国民生活への問題として意味があるのは、天皇の交替ではなく、それにともなう元号の変更である。天皇の交替の度に変更される元号というものの厄介さが、誰の目にも明らかとなったこの1年であった。そして、この厄介さがなお続くことになるのだ。

元号の変わり目を元日にするとか、年度変わりの初日である4月1日にするとか、あるいはせめて、1年を半分に分けた後半の初日である7月1日とするなどの、国民生活の支障を減ずる配慮があって然るべきだった。しかし、全ては上から目線での密室の決定、民の思いへの気遣いを望むべくもなかった。なんとも中途半端に5月1日からの元号の変更。

昨年裁判所が取り扱った各種事件に付される事件番号は、4月30日までは「平成」の連番で付され、5月1日以後は「令和」の連番となった。何の合理性もなく連続性が失われ事務整理に繁雑この上ない。

もっぱら元号を使う人に問うてみたい。
 「本日から3年前の日付は?」「5年前の日付は?」「10年前は?」

民法上の時効制度において、3年、5年、10年の経過の有無は重要な意味をもっている。西暦であれば、2010年5月1日からの3年前、5年前、10年前の日付はいとも容易に答がでる。しかし、「令和2年5月1日の3年前」、「5年前」、「10年前」は、いったい平成何年にあたるのか、すぐに分かるだろうか。天皇交替にともなう元号の変更は、かくも面倒である。これだけでも国民生活に大きな不便をもたらしている。

いま、コロナ禍の外出自粛要請の中で、これまでのビジネスや事務のありかたの合理化を求める動きが急速化している。中でも、印鑑を必要とする制度が時代遅れとして非難の的だ。印鑑登録や実印を求める諸制度、印鑑押捺の文書真正の推定力など、これまではそれなりの合理性はありながらも、批判され続けてきた。そして今、ビジネスは印鑑の使用という制度の維持に耐えがたいと悲鳴を上げつつある。

実は、元号使用の強制も同じことなのだ。ビジネスの世界が、これまで非合理で煩瑣な西暦化に徹しきれないのは官公署の頑固な抵抗に逢着しいるからである。

事務の合理化で税金の使用を最小限化することは官公署の責務である。いつまでも、不効率で繁雑な元号を使い続けることは、事務の効率を低下させ、余計な事務費用を漫然と支出している点で、官公署の責務懈怠というべきである。

ましてや、官公署が事実上民間に元号使用を強制することで、煩瑣な手続を国民全体に強要することは許されない。官公署が作成する一切の書式から元号を排除せよ。少なくも、国民が官公署に提出する書式の雛形において元号使用を誘導することは、ただちに辞めてもらいたい。

私は、昨年の4月1日に「令和」不使用を宣言をした。元号は非効率で不便だから、という理由だけではない。天皇制を支える小道具の一つとして有害な存在なのだ。当ブログの「令和不使用宣言」部分を抜粋する。

  私は、けっして「令和」を使わない。令和不使用を宣言する。
  http://article9.jp/wordpress/?p=12341

 本日(2019年4月1日)、内閣が天皇の交替に伴う新元号(予定)を「令和」と公表した。私はこの内閣の公表に対抗して「令和不使用宣言」を公表する。主権者の一人として、厳粛にこの元号を徹底して無視し、使用しないことの決意を明確にする。

 本日は、天皇制と元号の結び付きを国民に可視化する、大仰でもったいぶったパフォーマンスの一日だった。官邸とメディアによるバカ騒ぎ協奏曲。何という空疎で愚かな儀式。何という浅薄な愚民観に基づいての天皇制宣伝。

「平成」発表の際にも、ばかばかしさは感じたがそれだけのことだった。今回の「令和」には、強い嫌悪感を禁じえない。どうせ、アベ政治のやることだからというだけではない、「いやーな感じ」を拭えないのだ。

安倍は、「令和には、人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つという意味が込められている」などとする談話を発表したが、これも牽強付会。
通常の言語感覚からは、「令」といえば、命令・法令・勅令・訓令の令だろう。説文解字では、ひざまづく人の象形と、人が集まるの意の要素からなる会意文字だという。原義は、「人がひざまづいて神意を聴く様から、言いつけるの意を表す」(大漢語林)とのこと。要するに、拳拳服膺を一文字にするとこうなる。権力者から民衆に、上から下への命令と、これをひざまずいて受け容れる民衆の様を表すイヤーな漢字

この字の熟語にろくなものはない。威令・禁令・軍令・指令・家令・号令…。
もっとも、「令」には、令名・令嬢のごとき意味もあるが、通常の言語からは、「令」とは、勅令・軍令・号令・法令の連想がまず来るのだ。これがイヤーな漢字という所以。

さらに「和」だ。この文字から連想されるイメージは、本来なら、平和・親和・調和・柔和の和として悪かろうはずはない。ところが、天皇やら政権やら自民党やらが、この字のイメージをいたく傷つけている。「十七条憲法」にいう「和」とは、「下(しも)が、上(かみ)に従順であることから成る秩序」を意味する。これは、近代憲法の国民主権原理とはまったく無縁。明らかに、近代立憲主義の理念に真逆なものなのだ。あなたもぜひ、「令和」不使用を。

(2020年5月1日)

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