澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

河井夫妻起訴。公判では、その背後にある「真の主犯」の洗い出しを。

(2020年7月8日)
本日(7月8日)、東京地検は河井克行・案里の夫妻を、東京地裁に起訴した。起訴罪名は、公職選挙法違反(運動員買収)である。

この二人に関しての運動員買収の構成要件は、「当選を得、若しくは得しめ(る)目的をもつて、選挙運動者に対し金銭を供与した」(法221条1項1号)ことである。報道では、「2019年7月の参議院選挙に際し、被告人両名は、共謀の上、案里への選挙運動の報酬として5人に170万円を供与したほか、被告人河井克行は103人に対して合計2731万円を供与した」という。まことに大がかりな選挙違反事件。保守の選挙はどこでもこんなものか、あるいは安倍の庇護のもとの選挙だったから、特別にこうだったのか。

この犯罪の法定刑は、原則「3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金」であるが、案里は同条3項1号の「公職の候補者」に、克行は同項2号の「選挙運動を総括主宰した者」に当たり、「4年以下の懲役若しくは禁又は100万円以下の罰金」となる。

これだけでなく、公職選挙法違反事件について有罪となり罰金以上の刑が確定すれば、原則5年の公民権(選挙権・被選挙権)停止となり、国会法の規定に従って議員としての資格が失われる。河井夫妻はともに失職することになる。

また検察官は、起訴と同時に「百日裁判」を申し立てた。「当選人の公民権(選挙権・被選挙権)に関わる刑事訴訟については、訴訟の判決は事件を受理した日から100日以内にこれをするように努めなければならない」とされる。案里については当選人本人として、克行については選挙運動を取り仕切る「総括主宰者」として連座制の適用者となり、いずれも有罪確定すれば案里の当選が失効することになり、両被告人について百日裁判の適用となる。

この両名への起訴が注目されるのは、河井克行が安倍の側近であり、菅の子飼いでもあるからだ。検察がその存在意義をかけて、官邸との確執を覚悟での立件の行方が注目される。既に、官邸の守護神と異名をとった黒川弘務はない。次期検事総長には、林真琴現東京高検検事長が確定という状況である。この立件が、安倍政権の力量低下を象徴するものであり、決定的な政権崩壊への序章ともなり得る。

いったい、この莫大な買収資金の出所はどこなのか。誰が、どのような意図で、河井夫妻にこの大金を送金したのか。この大規模な選挙犯罪の全体像と、河井夫妻の背後にいてこの構図を描き実行した「真の主犯」を洗い出してもらいたいところである。

自民党本部から送金された1億5000万円は、自民党財政からの支出なのだろうか。それとも、巷間言われているとおり官房機密費からの支出なのだろうか。安倍秘書団はどのような働きをしたのだろうか。起訴はされても、モヤモヤは晴れない。

検察官が公判において官邸の関与にまで切り込んで初めて、失墜していた検察の権威復活と、国民からの信頼の回復が成就することになる。そのことを期待したい。

トランプとボルソナロと、そしてアベ。みんなよく似て、みんなヘン。

(2020年6月29日)

すっかりお馴染みとなった、「米ジョンズ・ホプキンス大学システム科学工学センター(CSSE)の集計」。本日(6月29日)までに、新型コロナウイルスによる世界の感染者の累計は1000万人を超え、死者数50万人に達した。

これは恐るべき事態というほかない。人類はどうあがいても、ウィルスには勝てない。感染症の撲滅などできようもない。人類は、自然を破壊しつつ、破壊されて平衡を失った自然からの報復を受け続けているのだ。

感染者・死者の数で群を抜いているのが、アメリカとブラジルである。その両国とも、大統領がマスクを着けないことで共通しているのが、興味深い。

トランプは、マスクを着けない理由を、記者団には、こう語っている。

「ただマスクをしたくないんだ。CDCは“推奨する”と言っている。私は体調は悪くない」

「私は、大統領オフィスの素晴らしい大統領執務机で働いている。マスクをしながら他の大統領や首相や支配者や王族を歓迎するというのはどうかと思う」

「私には合わない。考えを変えるかもしれないけれど。だけど(今の状況は)そのうち過ぎ去るだろう。早く過ぎ去って欲しいね」

トランプ支持者には、マスクを着けない大統領を、強く逞しいリーダーと見る傾向があるとされる。ところが、アメリカのコロナ状況は日に日に逼迫している。そんな悠長なことを言ってはおられない。とりわけ、共和党色の強い南部西部諸州ほど、感染拡大が顕著であるという。

そこで、ペンス副大統領が、マスク着用を住民に呼びかける事態となった。本日(6月29日)、ペンスが南部テキサス州を訪れ、自らもマスクを着用して、住民にマスクを着用するよう呼びかけたことが、話題となっている。のみならず、トランプにマスクを着用して模範を示すよう求める超党派の圧力が高まっているという。

新規感染者数は全米の半数以上の州で急増しており、特に、早期の経済活動再開を推進してきた南部と西部の州で多い。より厳格な法規制を呼び掛ける声も広がっている。これまでは、大統領の批判に消極的な共和党議員の間でも、トランプにマスク着用を強く求める声が高まっている。一部の議員は、米大統領がもっとはっきり模範を示すべきだと主張しているという。

次いで、ブラジルのジャイル・ボルソナロ大統領である。新型コロナのパンデミックをめぐる世界の対応を「ヒステリー」と呼ぶ人物。当然に右翼、いや極右とよばれる人。知性の欠如においては、トランプと兄たりがたく弟たりがたし。この人に、裁判所から「マスク着用命令」が発せられて、話題となっている。

6月22日、ブラジルの連邦裁判所は、ボルソナーロ大統領に「首都ブラジリア市内で出歩く際にマスクを着けなければならない」とのマスク着用命令を言い渡した、と報じられている。命令違反には罰金が課せられ、その額は最大で1日当たり2000レアル(約4万円)だという。

「公の場でのマスクの着用」は、本年4月以来首都ブラジリア市民の法的義務とされている。これを守らない者には、一切の忖度なしに、大統領にも命令を出す。ブラジルの裁判所はたいしたもの、立派ではないか。

ボルソナロ大統領は、以来人前に姿を現す際はマスクを着用するようにはなったが、6月26日になって、この裁判所の命令を不服として控訴した。このことが、また話題となっている。

AFPは以下のように報じている。

首都ブラジリアでは4月以降、新型ウイルスの感染抑制対策として公共の場でのマスク着用が義務付けられているが、極右のボルソナロ大統領はこの法律をたびたび無視。これを受けてある弁護士がボルソナロ大統領には自身の「無責任な行動」に対する説明責任があるとして裁判を起こしていた。

レナト・ボレリ判事は22日の判決で、ボルソナロ大統領が公共の場でマスクを着用していないと認定し、「大統領には国内で施行されている法律に従う憲法上の義務がある」として法律を守るよう命じ、従わなければ罰金を科すとした。

法律問題で政府を代表する検察当局はAFPに対し、ブラジリアではすでにマスク着用が義務付けられているため、裁判所は無用な介入を行っていると主張した。

そして、我がアベノマスクである。こちらは、マスクを着けないことで知性の欠如を露わにしたのではない。莫大な資金を投じてヘンなマスクを国民に配布したことで、トランプやボルソナロにも負けない判断力不足をさらけ出したのだ。身内も含めて、誰も着用しないから、ムキになって自分だけはヘンなマスクを着用し続けている。それがまたまた揶揄の材料となっている。

トランプとボルソナロと、そしてアベ。みんなよく似て、みんなヘン。

切られた尻尾のうごめきに目を奪われることなく、トカゲのアタマを押さえねばならない。

(2020年6月28日)
河井克行・案里の運動員買収の実態がほぼ明確になりつつある。検察のリークだけではなく、メディアによる追及もめざましい。何より、世論の糾弾が厳しく、被買収者が否定しきれない空気を作っている。そのことが、「買収ドミノ」「告白ドミノ」といわれる現象を生んでいる。

だが、これまで明らかになりつつあるのは、河井夫妻から地元議員への金の流れだけである。これは、事案の半分でしかない。もっと重要なのは、安倍晋三ないしは自民党中枢から河井夫妻への、買収原資となった金の流れの解明である。いったい誰が、どのような意図をもって、いつ、どのようにこの金額を決め、送金したのか。

この点については、検察のリークも、メディア追及の成果も表れてはいない。世論の糾弾も厳しさも不十分で「告白ドミノ」も存在してはいないのだ。はたして検察は、この点に切り込んでいるのだろうか。メディアはどうだろうか。

トカゲの尻尾切りを、生物学では「自切」というそうだ。非常の時に、トカゲは自ら尻尾を切る。尻尾は容易に切れる構造になっており、切っても出血はせず、やがて再生する。外敵に襲われたとき、自切し尻尾は、しばらく動き回ることで外敵の注意を引きつけ、その隙に本体は逃げることができるのだ、という。これ、アベトカゲの常套手法。本体を守るために、尻尾を切り捨てるのだ。「責任は尻尾限り」と言わんばかりに、である。

今また、安倍晋三は河井という尻尾を切り捨てた。この切り捨てられてうごめく2本の尻尾にばかり注意をとられていると、その隙に本体が逃げおおせてしまうことになりかねない。腐ったアタマをこそ、押さえねばならない。

ところで、たまたま明るみに出た広島の地方保守政界の選挙事情。ドップリ、金が動き金で動く体質をさらけ出した。これは、ひとり広島だけのことなのだろうか、また自民党だけの問題だろうか。広島だけの特殊事情であり、アベ・溝手確執の特殊事情故のこととは思いたいところだが、おそらくはそうではあるまい。

インターネットテレビ局ABEMAに、『ABEMA Prime』という報道番組がある。そこに、かの勇名を馳せた元衆議院議員・豊田真由子が出演して、埼玉4区(朝霞市・志木市・和光市・新座市)でも、事情は大同小異であったと語っている。一昨日(6月26日)のことだ。

埼玉4区は、関東都市圏の一角、けっして保守的風土が強い土地柄というわけではない。ここでの選挙事情は、日本中似たようなものであるのかも知れない。

豊田真由子は、「とある先輩議員から、『ちゃんと地元でお金を配ってるの? 市長さん、県議さん、市議さんにお金を配らなくて、選挙で応援してもらえるわけがないじゃないの』と叱られ、びっくりしたことがある。選挙の時に限らず、この世界は桁が違うお金が動いているんだと、5年の間に感じた」と告白したという。さらにこう言っている。

「私はお金も無かったので、(自民)党からの1000万円と親族からの借金などでやったが、収支報告書を見た他の議員さんに『本当にこれでやってんの? どうやって勝ったの? 市議会議員選挙並みだね』と笑われるくらいだった。ど根性で地べたを這いつくばることで、だんだんとお助けをいただけるようになっていったが、必ずしもそうではない地域があるし、『お金をくれないんだったらあなたを応援しないよ』という方もいる。やっぱりそういう風習のようなものが日本の政治にはあるし、国会議員の選挙というのは、地元の市長さんや県議さん、市議さんに応援してもらわないと、非常に戦いにくい、厳しいということだ。議員さんに世襲の方や大きな企業グループのご子息が多いのも、そうではないとやっていけない世界だからだ」。

わが国の政治風土と、有権者の民度を語る貴重な証言である。そのような、票と議席の集積の頂点に、腐ったアタマが乗っかっている。切られた尻尾のうごめきに幻惑されることなく、この際本体のアタマを押さえなければならない。

30万円の現金授受に添えられた『安倍さんから』の強烈なインパクト

(2020年6月26日)
昨日(6月25日)の中国新聞の報道が、「克行容疑者『安倍さんから』と30万円 広島・府中町議証言」というものだった。これは、強烈なインパクト。

この証言をしたのは、案里容疑者の後援会長を務めたベテラン府中町議・繁政秀子(78)。中国新聞の報道は、以下のとおり詳細でリアリティ十分である。なぜ、ここまで話す気持になったのか、その説明はない。

 繁政町議は中国新聞の取材に、参院選公示前の昨年5月、克行容疑者から白い封筒に入った現金30万円を渡されたと認めた。現金を受け取った理由について、自民党支部の女性部長に就いており「安倍さんの名前を聞き、断れなかった。すごく嫌だったが、聞いたから受けた」と振り返った。

 繁政町議によると、克行容疑者が現金を差し出したのは、案里容疑者が参院選前に広島市中区へ設けた事務所だった。克行容疑者から呼ばれ、2人きりになった時に白封筒を示された。

 気持ちの悪さを感じてすぐに「いただかれません。選挙できんくなる」などと断ったが、「安倍さんから」と言われ、押し問答の末に受け取ったという。現金は今も使っていないとして「返したい。とても反省している」と話した。

 繁政町議は同じ県内の女性議員として案里容疑者とつながりがあり、後援会長を引き受けたという。選挙戦では出陣式や個人演説会でマイクを握り「心を一つにして素晴らしい成績で当選させてほしい」などと支持を呼び掛けていた。

 今のところ、克行らが買収先に、金を渡した相手は94名に及ぶという。その中で、ひとり繁政町議だけに『安倍さんから』と言ったというのでは不自然極まる。その他の議員や首長にも、現金を交付する際に、『安倍さんから』と申し添えたものと一応の推認が可能である。

実際、昨年7月参院選公示前には、首相の秘書団が案里議員の陣営に入り、企業や団体を回っていたと報じられている。そのような事情のもとでの『安倍さんから』には自然なリアリティがある。『安倍さんから』ではなく、「総理からです」「総裁からのお金です」、あるいは「これ、党本部から」だったかも知れない。なにも言わないのが、よほど不自然であろう。いずれ、安倍晋三と結びつけられた現金の授受に意味があったのだ。

2019参院選広島選挙区(定数2)の選挙結果は、以下のとおりである。

1位当選 無所属現 森本真治 (推薦:立民・国民・社民)
得票 329,729(32.3%)

2位当選 自民新  河井案里 (推薦:公明)
得票 295,871(29.0%)

3位落選 自民現  溝手顕正 (推薦:公明)
得票 270,183(26.5%)

2位と3位の自民票の合計は、566,054票(55,5%)であって、自民(+公明)の総得票数は2議席獲得には足りない。河井と溝手とは、票を食い合って、2位争いをしたことになる。その結果、5期目を目指した長老の溝手が新人の案里の後塵を拝して落選した。前回までは無風だった選挙区で、自民の陣営内での票の食い合いでは、豊富な実弾と『安倍さんから』の意味づけが効いたということだ。

『安倍さんから』のインパクトは、日本の民主主義へというだけのものではない。日本の国民や広島県民に対してだけのものでもない。安倍晋三と検察に対して、インパクトが大きいのだ。まずは、政治責任のレベルでの問題がある。実弾の原資が公認料1億5000万円だったことは、今さら覆うべくもない。溝手憎しで溝手を追い落とすために案里を擁立し、選挙資金を投入し、秘書団を派遣し、自らも応援演説に奔走した安倍晋三の責任は重大である。

それだけではない。安倍晋三の法的責任が追及されなければならない。「買収目的交付罪」(公選法221条1項5号)に当たる恐れがある。

公職選挙法は分かりにくい。弁護士の私も、隅々までよく分かっているわけはない。かつて公職選挙法違反被告事件の弁護をかなりの件数受任し、その都度それなりの勉強をして原理原則は心得ているつもりだが、細かいことまでは知らない。

この問題での野党ヒアリングで、郷原元検事が指摘して以来、「買収目的交付罪」が俄然話題となってきた。私は、今回初めてその罪名を知った。

公職選挙法221条は、おなじみの選挙買収の処罰規定である。最高刑は懲役3年。
その1項1号によって、克行の「(案里の)当選を得しめる目的をもつて選挙運動者(94名の地方議員等)に対し金銭を供与することが犯罪となる。これが、典型的な、運動員買収罪である。

さらに、同条同項第5号は、克行の運動員買収罪成立を前提に、「運動員(地方議員等)買収をさせる目的をもつて選挙運動者(克行)に対し金銭交付をした」者を処罰する。これが、「買収目的交付罪」なのだ。買収資金の提供者を処罰して、クリーンな選挙を実現しようという立法趣旨と理解される。

では、いったい誰がこの買収資金の提供者なのだろうか。克行自身が口にした、『安倍さんから』の一言が有力が手掛かりとして浮上した。買収資金提供者は、安倍晋三ではないのか。案里選挙には、自民党内での常識的公認料の10倍の資金が注ぎ込まれた。これは、最高幹部の裁断なくしてはできないこと。安倍か、二階か、あるいは菅か。その3人の他にはあるまい。

しかも、この常識外の多額な選挙資金の提供は、実弾込みの金額として認識されていたのではなかったか。安倍晋三は、この疑惑を晴らさなければならない。そして、ここまで捜査が進展した以上、検察も引き下がれない。政権からの独立に関する国民の信頼がかかっているのだ。「『安倍さんから』と30万円」のインパクトは、とてつもなく大きいのだ。

朝日社説「『森友』再調査 この訴えに応えねば」を評価する。

(2020年6月25日)
本日(6月25日)の朝日社説が、「『森友』再調査 この訴えに応えねば」と訴えている。その姿勢を大いに評価したい。

「森友再調査」の必要は、亡くなられた赤木俊夫さんの手記が遺族によって発表され、この手記が多くの人の魂を揺さぶったことを理由とする。赤木俊夫さんは、自分にとって死ぬほど恥ずべき嫌なことを押し付けられたのだ。これを、自己責任として済ませるわけにはいかない。いったい、誰が、なんのために、どのように、彼に文書の改ざんを押し付けたのか。そして、究極の責任をとるべきは誰なのか。それを、明確にしなければならない。

そのための手段として、ひとつは遺族による民事訴訟が提起されている。また、国会による「予備的調査」も進行している。そして、然るべき第三者機関を設定しての「再調査」要求である。今のままで、よいはずはない。朝日の社説をご紹介して、コメントしてみたい。

 国会閉会から1週間。コロナ禍への対応のみならず、様々な課題が積み残された。なかでも、森友問題の再調査を安倍政権が拒み続けていることは見過ごせない。真実を知りたいという遺族の思いに応えずして、信頼回復も再発防止もない。

※ アベ首相は、数々の疑惑が問題となる度に、「ていねいに説明申し上げる」「説明責任を果たす」と言い続けて、その実何もしてこなかった。国民から、「嘘とゴマカシにまみれた」と指弾される珍しい首相。この度も、ごまかして、逃げた。しっかりと調査し、真実を明らかにしてこその信頼回復である。ことさらにそれをしないのは、真実が暴かれることで、政権に不利益がもたらされると考えているのではないのか。

 国会が閉じる2日前、35万2659筆にのぼる署名が、安倍首相、麻生財務相、衆参両院議長宛てに提出された。財務省の公文書改ざんに加担させられ、自ら命を絶った近畿財務局の赤木俊夫さんの妻雅子さんが、第三者委員会による公正中立な再調査を求めたものだ。

※35万2659筆とは、たいへんな署名の数である。これだけの人が、公正な第三者委員会を設置して、赤木さんの手記で明らかになった事実を確認せよと言っているのだ。前回の、仲間内による調査ではとうてい信頼に堪えない。公正中立な、信頼できる第三者による再調査が求められているのだ。

 雅子さんが3月、国と改ざん当時理財局長だった佐川宣寿(のぶひさ)氏に損害賠償を求める訴えを起こしても、首相や麻生氏は再調査に応じなかった。そこで、雅子さんはインターネットサイトで署名を呼びかけた。「このままでは夫の死が無駄になってしまう」という訴えに、共感の輪が広がったのだろう。

※ 世論はいま、赤木さんのご遺族の訴えに共感の輪を広げている。ということは、アベや麻生を信頼できないとしているのだ。遺された赤木さんの手記は、生前の赤木さんが直接体験したことを記してはいるが、改ざんの方針決定と指示は、赤木さんの知らないところで行われている。赤木さんには、推認された事実ということになる。赤木さんの手記に表れた直接体験事実の真実性を検証し、非体験の推認事実に関しては厳格に関係者から事情を聴取する調査が必要なのだ。国と佐川に対する民事損害賠償請求の訴訟は、判決に至るまで長い期間を要する。早期の調査が必要なのだ。

 それでもなお、首相と麻生氏の姿勢は変わらない。なぜ再調査は不要と言えるのか。
 麻生氏は記者会見でこう述べた。「財務省として調査を徹底してやり、関与した職員は厳正に処分した」。しかし、その調査は身内によるもので、佐川氏の具体的な指示内容は明らかになっていない。そもそも、国有地がなぜ8億円も値引きされたのか、首相の妻・昭恵氏が学園の名誉校長だったことが影響してはいないのか、問題の核心は一向に解明されていない。

※麻生の調査拒否が理由に挙げる「財務省として調査を徹底」が嘘なのだ。2018(平成30)年6月4日付の財務省報告書は、明らかに政治家の責任追及に至らぬよう配慮されたものなのだ。51頁のこの報告書で、誰もが真っ先に注目するのは、改ざんの目的である。34ページにこうある。「応接録の廃棄や決裁文書の改ざんは、国会審議において森友学園案件が大きく取りあげられる中で、さらなる質問につながり得る材料を極力少なくすることが、主たる目的であったと認められる」。政治家からの指示も、政治家への忖度も出てこない。この点を問題にした調査ではなく、この点の疑惑を糊塗するための調査と疑われて然るべきなのだ。

 首相は国会でこう述べた。「最強の第三者機関と言われる検察が捜査をした結果がすでに出ている」。これも筋違いというほかない。刑事責任を追及する捜査と、信頼回復や再発防止につなげるための事実の検証を同列にはできない。

※さて、検察は「最強の第三者機関」であったか。「捜査した結果が出ている」か。はなはだ疑問なのだ。検察は政権から独立した検察ではなく、「アベ政権の守護神を抱えた検察」でしかなかった。「最強のアベ政権守護機関」ではなかったか。その検察も、文書の改ざんに関しては、「嫌疑なしの不起訴」にしたのではない。「嫌疑不十分の起訴猶予」としたのだ。けっして、「結果がすでに出ている」わけではない。

 「2人は調査される側で、再調査しないと発言する立場ではない」という雅子さんのコメントを重く受け止め、政府は再調査に応じるべきだ。

※ これこそ名言である。アベも麻生も、「被疑者」である。当然に再調査はしたくない立場。そんな二人の言い訳を聞いている暇はない。したくなくても、させなくてはならないのだ。

 国会では新たな動きがあった。衆院財務金融委員会が野党の求めに応じ、公文書改ざんの経緯をつまびらかにするよう、衆院調査局長に調査を命じたのだ。国会のチェック機能を強化するため、97年につくられた「予備的調査」という制度で、委員会審議に役立てるための下調べという位置づけだ。少数会派に門戸を開くため、議員40人以上の要請で実施される。
 関連資料の提出など、政府に協力を求めることはできるが、強制力はない。政府は自ら第三者委を設けないのなら、国会によるこの調査に全面的に協力すべきだ。国会もまた、行政監視の本分を果たすために、全力で真相に迫らなければならない。

※ 「民事訴訟」、「予備的調査」、そして然るべき第三者機関を設定しての「再調査」。場合によっては、再告発もあるだろう。あらゆる手段を考えねばならないが、全ては世論の支持にかかっている。

河井夫妻逮捕、2本の尻尾切りで終わらせてはならない。

(2020年6月18日)
梅雨の晴れ間が今日で4日目。毎日気になる不忍池の模様。昨日には見あたらなかった蓮の華が、今朝は少なくとも3輪。6月18日を「開華記念日」と名付けよう。

アメリカでは黒人差別抗議デモが高揚し、朝鮮半島も中印国境も穏やかではない。北京でのコロナ蔓延の兆しも報道されている。国内も多事山積で騒然としてるが、この蓮池と周りの紫陽花ばかりは平和そのものである。

さて、昨日(6月17日)201通常国会が閉会となった。今朝の朝日の川柳欄に、「長居は無用と火事場泥棒(東京都 三井正夫)」との投句がある。あるいは、「はやばやと現場立ち去る火事場泥」と詠むべきか。火事場泥になぞらえられた一国の首相は、国会という現場から、早々と逃げたのだ。しかも、「検察庁法改正」という財物を盗み損ねた。会期最終日における内閣委員会での継続審議の提案はなく、結局審議未了で廃案となった。

検察幹部の人事を掌握して、検察庁に官邸支配の手掛かりを得ようとしたアベ晋三の目論見は裏目に出た。却って、世論は検察の官邸からの独立に大きな関心をもつこととなり、検察もこの世論の動向を意識して、官邸からの独立を見せなければならない立場となっている。

それあらぬか、本日(6月18日)の朝日のトップ記事が、「河井前法相・案里氏 逮捕へ」である。毎日もトップの扱いだが、「河井夫妻 きょう強制捜査」と、少し温和しい。東京新聞は社会面だが「河井前法相夫妻、きょう逮捕 検察当局、買収容疑」と、共同配信記事。いずれも、検察からのリークなければ書けない内容で、各紙とも容疑の内容が詳細である。このリーク記事のとおりに、本日河井夫妻の逮捕状請求となり、午後執行された。こちらも、「開華記念日」にふさわしい出来事。

しかし、課題は河井夫妻の逮捕・立件ではなく、その背後の「官邸の犯罪」にどこまで切り込めるかということにあり、検察にそれを暴く意気込みがあるのかが問われている。この点の示唆に富むのが、文春オンラインの「まもなく逮捕へ…河井克行・案里夫妻の“買収問題” 東京地検特捜部は全貌を解明できるか」という記事。概要を紹介したい。

 稲田伸夫検事総長の肝煎りで始まった捜査は、黒川弘務の辞任を受け新たに東京高検検事長に就任した林眞琴が、東京地検管轄の事件として本格捜査着手の指揮を執っている。

 捜査の焦点は言うまでもなく、昨年7月21日投開票の参院選に向け、自民党が河井夫妻陣営に振り込んだ1億5000万円の“公認料”である。同じ選挙区の溝手顕正に対する公認料の10倍という法外な金額。

 広島県選管が参院選挙費用として認めている上限は4726万9500円だから、そもそも“公認料”そのものが上限をはるかに超えていることになり、それ自体の問題もある。一方、河井陣営が選管に提出した収支報告書によれば、参院選の選挙運動費用は2405万円、チラシの作成費用などを含めた支出額を2688万9896円と計上している。

 克行は案里が参院選へ立候補を表明した昨年3月以降、95人の広島県議や後援会関係者に2400万円の現金を渡して票の取りまとめを依頼し、当の案里も克行の指示で5人に150万円を配ったとされる。選挙買収に使われたこの2550万円プラスアルファの2600万円の原資が、1億5000万円の法外な“公認料”だと見ていい。それでもまだ、1億円近くの行方が謎である。

 参院自民党の広島選挙区は溝手の出馬が決まっており、そこへ2人目の候補として河井案里を割り込ませた。そのための“公認料”である。「ポイントは安倍首相と菅官房長官のどちらが案里を担ぎ出したか。安倍首相側は菅官房長官が子飼いの河井の妻を擁立したんだといい、逆に菅官房長官側は溝手嫌いの安倍首相が判断したんだと互いをけん制している」と自民党関係者は言う。
 事件はもはや修復不可能といわれる官邸内の首相対官房長官の確執に飛び火しそうな雲行きだ。仮に黒川が東京高検検事長としてそのまま居座っていればどうなっていたか、とも囁かれる注目の捜査。検察の威信をかけた東京地検特捜部はどこまで全貌を明らかにできるか。

また、従来から「捜査で押収した携帯は『宝の山』。1億5000万円の使途、安倍首相秘書らの選挙中の動向が見えつつある」とも報道されてきた。「安倍首相秘書らの選挙中の動向」こそが、まさしく注目される捜査である。検察が忖度も遠慮もなく、政権に切り込むことができれば、その日を「蓮華満開記念日」としよう。

なお、本日(6月18日)都知事選の告示。なんとも論戦低調で盛り上がりに欠ける選挙戦の始まり。それにつけても、赤旗の選挙記事を見るだに、その大仰な支持候補者紹介にこちらが気恥ずかしくなる。売らんかなの商品の宣伝には誇大誇張が付きものではあるが、過剰に過ぎては白けて逆効果だろう。消費者としての商品の選択にも、選挙における候補者の選択にも、誇大広告に惑わされることのないよう、よくよくお気を付けを。

安倍の科を 然も隠すか 雲だにも 心あらなむ 隠さふべしや

(2020年6月17日)
アベ晋三で、ごじゃます。「あんな人たち」を除く国民の皆様に、ご挨拶申しあげます。本日、150日間にも及んだ通常国会がようやく終わることになったわけでごじゃます。思えば長い々い針のムシロの150日、晋三の心臓も面の皮も、痛み通しの半年でごじゃました。

まずは、桜を見る会の追及は痛かった、黒川検事長定年延長閣議決定もあんなに問題になるとは予想外、そして束ね法案でごまかそうと画策した検察庁法改正では盛り上がった世論に手痛い黒星。さらには、せっかくのジリ貧挽回のチャンス「国難コロナ」への対策への手痛い失敗。愛犬とのステイホームやら、アベノマスクへの揶揄やら、電通・パソナ中抜き問題やら、何をやっても評判を落とすことばかり。とうとう、我が政権のメッキははげ落ち、馬脚が表れてきたわけでごじゃます。それに加えて、イージスアショア配備中止やら、菅原一秀と河井克行・案里夫妻など、閣僚の公職選挙法違反事件などなど。臭い物が、次から次へ。これが政権の末期症状というものでごじゃましょう。

分けても、河井事件は、私自身の責任に思い当たる節があるだけに、戦々恐々というところなのでごじゃます。政権の守護神を欠いた今、検察がうっかりと刑事訴追に本気にでもなったとしたら、たいへんなことなのでごじゃます。是非とも、河井克行・案里という2本の尻尾を切るだけで、腐ってはいてもアタマの方は温存していただきたいのでごじゃます。

もちろん、最後の最後まで弱気は禁物。いつもの手口で、「国民の皆様には、今後とも丁寧にご説明を申し上げたい」と時間を稼いでおいて、人柄よろしい国民の皆様の健忘症に期待するしか、方策はごじゃません。もちろん、「丁寧にご説明を申し上げたい」というのは、今すぐのことではごじゃません。今のところは、口先だけで、得意の「ワタクシの責任でごじゃます。ご迷惑をおかけしたことをお詫びいたします」てなこと言っておけばよいのでごじゃます。そのうち、多くの方が、お忘れになれば、それで一件落着なのでごじゃます。これまでは、このようにして、大過なかったのでごじゃます。

もしかして、皆様には誤解があるのかも知れませんが、総理大臣の発言とか責任ってその程度の軽いものなのでごじゃます。また、私に責任があることと、私が責任とることは、まったく違うことは当然でごじゃます。もちろん、この「ワタクシの責任」という軽口は、私得意の印象操作ですから、是非とも私の思惑通りに、誤解してくださいますよう、お願いする次第でごじゃます。

こういう事態ですから、「臭い物には蓋」「国会には厚い扉」なのでごじゃます。会期の延長とか、早期に臨時国会招集なんてとんでもないことなのでごじゃます。国会は、政権をつるし上げる場ではない。36計逃ぐるに如かず、余計なことを言わずに、ひたすらダンマリ続けるのが上策なのでごじゃます。そのためには、国民の皆様の健忘症が蔓延し数々の安倍政権不祥事をお忘れいただけるまでの十分な期間、国会を閉じて野党の追及を避けるのが賢明な策。これが何よりの基本姿勢でなくてはならないわけでごじゃます。

そのための、予備費10兆円なのでごじゃます。これだけあれば、国会を開かずとも、国民から怨まれることなく、政権の思惑だけで、財政支出ができるのでごじゃますから、しめたものなのでごじゃます。

もっとも、しばらく国会が開けないということは、憲法改正の審議も進まないということになるわけでごじゃます。ということは、ワタクシが岩盤支持層といたしております、右翼・極右の皆様には申し訳ないことで、そこいらがたいへん気にせざるを得ないところなのではごじゃます。

しかし、今は、改憲どころではごじゃいません。このままでは、安倍政権が断末魔を迎えざるを得ないのでごじゃます。安倍政権の終焉は、憲法改正の希望の断絶でもあります。安倍政権延命のために、つまりは改憲の希望の灯を灯し続けるために、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んでいただくほかはないのでごじゃます。

とは言うものの、実はワタクシも心細いのでごじゃます。このところ、やることなすこと裏目です。このままでは、ワタクシには、後世に語るべき何の功績も思い当たらないのでごじゃます。北方領土問題の解決も、拉致被害の救出も、普天間飛行場の撤去も、そして憲法改正も、「やるやる」「必ずやる」と、何度も大見得切って言い続けて、なんにもできていないのでごじゃます。後世からは、「右翼勢力とともに憲法改正を試みたが、国民世論の反発で果たせなかった総理大臣」「任期は長かったが、人気はなかった内閣」「国政私物化を追及され続けながら、かろうじてかわし続けた長期政権」「嘘とごまかしと、文書の隠匿と改ざんで特徴付けられたアベ政権」と記憶されることになりそうなのでごじゃます。

明日にも河井夫妻逮捕とならないかしら。河井夫妻のヘマから、捜査が政権中枢に向かうことにはないだろうか。このところ心配で心配でなりませんし、口を突くのは、愚痴と溜息ばかりなのでごじゃます。あ~あ。

「憲法53条違憲国家賠償訴訟」那覇地裁判決に見る、安倍内閣の憲法無視の姿勢。

(2020年6月15日)
政府・与党が10兆円もの予備費を抱いて6月17日に通常国会を閉じようとしている。国会審議での追及を恐れて、ボロ隠しの逃げに徹する姿勢。これを不当として、野党が「逃げるな内閣・自民党!」「国会閉じるな!」と攻勢的に会期延長の可否が論じられている。

そのさなかの6月10日、なんともタイミングよく那覇地裁で「憲法53条違憲国家賠償請求事件」判決言い渡しとなった。仮に、17日閉会となっても、野党議員による臨時国会招集要求の実効性に大きなヒントを与えるものとなっている。

もっとも、この判決は結果原告敗訴である。問題は、判決理由中の判示をどう評価すべきかだが、そう単純ではない。まず、毎日と朝日との見出しが対照的である。
(毎日) 「臨時国会召集せず不利益」賠償訴訟、国会議員ら敗訴 那覇地裁、請求権認めず
(朝日) 国会召集「内閣に法的義務」 憲法53条めぐり初判決

そして(時事)は、言い渡し直後に《臨時国会不召集、原告側敗訴 「内閣は損賠義務負わず」 那覇地裁》と配信したが、その日の内に原告・弁護団の解説を受けて《原告「一歩進んだ結論」 請求棄却も意義強調―憲法53条訴訟》と原告側の評価を伝えている。また毎日も、6月14日の社説では、「国会召集めぐる判決 憲法上の義務明言は重い」と、ニュアンスを変えている。敗訴判決ではあるが、評価すべき面も無視し得ないということなのだ。

この訴訟の原告は、衆議院議員の赤嶺政権・照屋寛徳、参議院議員の伊波洋一・糸数慶子(当時)の4名。国を被告としての国家賠償請求訴訟である。憲法53条後段に基づいて、臨時国会の召集を内閣に要求したのに、安倍内閣は憲法を無視して、この要求に応じなかった。明らかに違憲・違法な内閣の行為による損害(各1万円)の賠償を求めるという事件である。

まず、関係条文としての憲法53条の条文は以下のとおり。
(前段)内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。
(後段)いづれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。

この後段の条文に基づいて、各議院における臨時会召集要求と要求に対する安倍内閣の対応の経過は、判決によれば以下のとおり、安倍内閣の憲法無視の威勢をあからさまにするものであった。

【臨時会召集の経緯】

ア 原告赤嶺及び原告照屋は,平成29年6月22日,他の衆議院議員118名とともに連名で,憲法53条後段に基づき、安倍内閣に対して,衆議院議長経由で要求書を提出して,臨時会を召集するよう要求した。原告糸数及び原告伊波は,同日,他の参議院議員70名とともに連名で、憲法53条後段に基づき、安倍内閣に対して,参議院議長経由で要求書を提出して,臨時会を召集するよう要求した。
イ 本件衆議院召集要求を行った衆議院議員の総数は,衆議院議員475名中120名であり,本件参議院召集要求を行った参議院議員の総数は参議院議員242名中72名であり,いずれも憲法53条後段所定の(各)議院の総議員の4分の1以上による召集要求がされている。
本件召集要求の理由は,要旨,《平成29年開催の第193回通常国会において,いわゆる森友学園・加計学園問題について十分な審議が尽くされておらず,国民に広がる政治不信を解消するためには,国会が国民の負託に応え,疑惑の真相解明に取り組むことが不可欠であるという国民に広がる政治不信を解消するため》というものであった。
安倍内閣は,平成29年6月22日,本件召集要求の要求書を受領した。安倍内閣は同年9月22日,臨時会を同月28日に召集することを持ち回り閣議で決定し、同日に衆議院及び参議院を召集した。
しかし、安倍内閣は,本件召集に基づいて開催された臨時会の冒頭において衆議院を解散したため,参議院は同時に閉会となり(憲法54条2項),臨時会において原告らが求めるような実質的な審議は行われなかった。

安倍内閣の憲法無視の姿勢が如実に表れているではないか。以上の経過を前提に、判決が述べている【事案の概要】は、大略以下のとおり。

 本件は,国会議員である原告らが,その他の国会議員とともに,平成29年6月22日,内閣に対し,憲法53条後段に基づき,衆議院及び参議院の臨時会の召集を要求したところ,それから98日か経過した同年9月28日まで臨時会が召集されなかったことにつき、内閣は合理的な期間内に臨時会を召集するべき義務があるのにこれを怠ったものであり、その結果,原告らは臨時会において国会議員としての権能を行蜃する機会を奪われたなどと主張して,国家賠償法1条1項に基づき,被告に対し,原告らそれぞれにつき損害金である100万円の一部請求として1万円及びこれに対する臨時会の召集期限といえる同年7月12日の翌日である同月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

判決は、次のとおりに、【争点を整理】した。

争点(1) 内閣による臨時会の召集の決定が憲法53条後段に違反するかの法的判断について,裁判所の司法審査権が及ぶか(本案前の争点)
争点(2) 本件召集要求に基づく内閣の召集決定が,本件召集要求をした個々の国会議員との関係において、国賠法1条1項の適用上,違法と評価されるか。
争点(3) 本件召集が実質的には本件招集要求に基づく臨時会の召集とはいえず,または,本件召集が合理的期間内に行われたものとはいえないとして,憲法53条後段に違反するものといえるか
争点(4) 原告らの損害の有無及びその額

裁判所によって設定された以上の各争点を判決はどう判断したか。
争点(1)の判断においては、被告国の言い分を斥けて、裁判所の司法審査の権限は憲法53条後段違反の有無について及ぶと判断した。被告国は、「そもそもこの件に裁判所の出番はない」「三権分立の在り方から、本件を裁判所が裁くことはできない」と主張したのだが、裁判所の採用するところとはならなかった。
 各紙が報道しているとおり、53条後段にもとづく内閣の臨時会招集義務は、「単なる政治的義務にとどまるものではなく、法的義務であると解され、(召集しなければ)違憲と評価される余地はあるといえる」と判決は言う。これは、今後に生かすべき本判決の積極面。

ところが判決は、争点(2)では被告国の言い分を容れた。憲法53条後段は、議員の臨時会召集要求があれば、内閣には招集決定の法的義務が課せられるものではあるが、その義務は召集要求をした個々の国会議員との関係における義務ではない。従って、その義務の不履行が国賠法1条1項の適用上,違法と評価されることにはならない、というのだ。その結果、争点(3)も(4)も、判断の必要がないとされてしまっている。これでよいのだろうか。

結局、この判決は、こう言ったことになる。
内閣の53条後段違反の有無は裁判所の違憲判断の対象とはなる。しかし、仮に内閣の招集遅滞が違憲と判断されたにせよ、それは議員個人の国家賠償の根拠とはならない。だから、憲法違反の有無の判断をするまでもなく、請求を棄却せざるを得ない。それゆえ、「安倍内閣の本件召集が実質的には本件招集要求に基づく臨時会の召集とはいえない」という原告の主張についても、また「本件召集が合理的期間内に行われたものとはいえない」ということも、判断の必要はない。

 せっかく、53条後段に違反する内閣の行為(臨時国会招集の不履行)については、司法審査が及ぶとしながら、司法判断を拒否したのだ。理由は、国家賠償の要件としての違法性は認められないから、というものだった。では、いったいどのような訴訟類型を選択すれば、司法判断に到達することになるのか。それが問われることになっている。

もちろん、飽くまで国家賠償の追及は重要である。内閣に違憲違法の作為・不作為がある以上、その違法な不作為との因果関係のある損害は賠償すべきだとする主張である。

もう一つは、国家賠償請求以外の方策の追及である。この訴訟の原告が、抗告訴訟(不作為の違法確認や義務付け等)ではなく国家賠償請求を選択したのは、「処分性」論争を避けた結果であると考えられる。抗告訴訟でもなく、国家賠償でもないとすれば、「実質的当事者訴訟」が考えられる。国を被告としての「違法確認訴訟」ができなければ、せっかくの争点(1)の判断は画餅に帰すことになる。

同種訴訟が、岡山と東京に係属しているという。関係者の衆知を集約すべきであろう。

ルイ16世の不運と、アベ晋三の好運と。

(2020年6月13日)
今国会のヤマ場であった検察庁法改正審議大詰めの5月15日。松尾邦弘元検事総長ら検察OBが、法案に反対の意見書を法務大臣宛に提出した。長文のその意見書中の次のくだりが話題となった。

 本年2月13日衆院本会議で、安倍晋三首相は「検察官にも国家公務員法の適用があると従来の解釈を変更することにした」旨述べた。これは、本来国会の権限である法律改正の手続きを経ずに内閣による解釈だけで法律の解釈運用を変更したという宣言であって、フランスの絶対王政を確立し君臨したルイ14世の言葉として伝えられる「朕は国家である」との中世の亡霊のような言葉をほうふつとさせるような姿勢であり、近代国家の基本理念である三権分立主義の否定にもつながりかねない危険性を含んでいる。
 時代背景は異なるが17世紀の高名な政治思想家ジョン・ロックはその著「統治二論」の中で「法が終わるところ、暴政が始まる」と警告している。心すべき言葉である。

 言うまでもないことだが、私は無邪気に検察の正義を信ずる立場にはない。実務の中で、幾度となく検察の横暴にも検察の不作為にも苦い思いを繰り返してきた。しかし、この切所とも言うべき局面で、権力に対峙すべき検察の役割を適切に語って時の総理大臣をたしなめる、この検察OBの言には感動を禁じ得ない。

思いもかけぬ賭けマージャン報道で、時の人黒川弘務・東京高検検事長が辞任したその直後の5月22日衆院厚労委員会で、この「朕は国家」問題が取り上げられた。共産党の宮本徹が、ルイ14世に例えられた安倍晋三に、こう問うた。

【宮本徹】検察庁法の問題については、元検事総長の方々も初めて連名で意見書を出されました。総理もお読みになられましたかね。本会議で総理が検察官にも国家公務員法の適用があると従来の解釈を変更することにしたと述べた、このことについて、法律改正の手続を経ずに内閣による解釈だけで法律の解釈運用を変更したという宣言であって、フランスの絶対王政を確立し君臨したルイ十四世の言葉として伝えられる、朕は国家であるとの中世の亡霊のような言葉をほうふつとさせるような姿勢だと。絶対君主、絶対王政の時代と同じ姿勢だというふうに批判されているんですよ。こういう批判について真摯に耳を傾けるべきじゃありませんか。

 さすがに、宮本はことの本質をよくとらえている。
従来一貫して、検察官には国家公務員法の定年制の規定は適用されないと理解されてきた。ところが、今年1月31日回突然に黒川検事長定年延長の閣議決定に及び、これを追及されるや、2月13日衆院本会議で、「検察官にも国家公務員法の定年延長規定を適用する旨、従来の解釈を変更することにした」旨述べたのだ。

この重大な解釈変更は、国権の最高機関であり唯一の立法機関でもある国会をないがしろにして、内閣が恣意的に立法に及んだに等しい。その政権の姿勢が、『朕は国家である』と言った絶対君主の言葉を彷彿とさせると批判されたのだ。

しかし、批判は、知性を欠いた人物には意味をもたない。馬耳は、東風だけではなく、北風も疾風も感じないのだ。批判の文脈を理解する能力のない人物には、なんの痛痒も生じさせない。検察官OBの言葉も、宮本の質問も、アベ晋三には届いていないのだ。

ここでの予想される答弁のパターンは、こうであろうか。

A(真っ当受けとめ型)
委員ご指摘のとおり、法律専門家の皆様からの私に対する厳しいご叱責には、真摯に耳を傾けざるを得ません。近代の法治主義も、立憲主義も、権力分立も、そして人権尊重の法思想も、『朕は国家である』という絶対王政の思想と国家体制を克服するところから、出発しているものと心得ています。その根底のところでの私に対する批判なのですから、深く自省して、再び同様なことがないよう、この戒めを今後の行政府の長としての心構えといたします。

B(受け流し型)
政権の運営には、さまざまな観点からのさまざまなご批判があることは当然であろうと考えているところでございます。いただいた厳しいご指摘を、けっして無視するということではございません。立場によってはそうも見えるものであるのかという、貴重なご指摘として、参考にさせていただきたいと考えているところでございます。

C(反発型)
せっかくのご指摘と批判ですが、的はずれと受け取らざるを得ません。安倍内閣は、法解釈の変更でできることと、その範囲を超えて法改正をしなければならないこととの区別は十分に承知しておるところでございます。1月31日黒川検事長定年延長の閣議決定は法解釈変更のレベルでできること、そして今国会で審議をお願いしております検察庁法改正案は法解釈を超えているものです。検察OBの皆様には、そのあたりの誤解があるようで残念です。これまでの経緯の詳細を虚心に精査していただけば、誤解も曲解も氷解するものと自信をもっております。

これに対するアベの答弁は、以上のパターンのどれでもなかった。次のとおりである。

【安倍晋三】ルイ16世(14世の間違い)と同じとまで言われると、多くの方々がそれは違うのではないかというふうに思われるのではないかと思うわけでございます。私がここに立っているのも、民主的な選挙を経て選ばれた国会議員によって選出をされた、その多数によって選出をされてここに立っているわけでございますから、この根本的なところをよく見ていただかなければならないんだろう、こう思うところでございます。共産党はどのように党首を決められるのか、よく私は承知をしておりませんが、そのようになっている、総理大臣や、また我が党においても、選挙において総裁を選んでいるということでございます。

 この答弁はムチャクチャである。噛み合わないとか、論点からずれている、などというレベルではない。およそ、何を聞かれているかの理解がないのだ。このレベルに達すると、無知はこの上ない強みである。

アベは、「検察OBから、ルイ16世と同じとまで言われた」と思い込んでいるようなのだ。もしかしたら、アベは、比喩とか、暗喩とか、隠喩とか、メタファーとか、アナロジーなどという言語技法を知らないのかも知れない。あるいは、「彷彿」の意味が本当に分からないのかも知れない。さぞや、宮本も面食らったであろう。

宮本対アベの遣り取りでは、「募るも、募集も同じことでしょう」という珍問答を思い出さざるを得ない。やむなく、宮本が、アベにこう解説をしている。

【宮本徹】民主国家だからこそ、こういう声を上げて批判されているわけですよ。私たち一人一人は、選挙で選ばれた国民の代表です。立法府は、国権の最高機関なわけですよ。だからこそ、その立法府で定めた法解釈を一方的に捻じ曲げるのは、「朕は国家なり」と同じだ、と批判されているわけですよ。その点を理解されない、受けとめない、大変問題だということを厳しく指摘して、質問を終わります。

 アベ晋三、まったくものが分かっていない。自分がものの分からない人物であることもまったく分かっていない。会話が成立しないのだ。困ったことだ。

質問でのルイ14世が、答弁でのルイ16世となっていることが示唆に富んでいる。言うまでもなく、ルイ16世は、フランス革命高揚の中で「国民を裏切った」として断頭台の露と消えた不運な王である。

民主主義国家では、アベ晋三の人権も保障されている。たとえ、彼が国民を裏切った数々の違法が暴かれたとしても、それで「断頭台の露と消える」ことはあり得ない。アベ晋三の嫌いな日本国憲法が、その罪刑法定主義をもってアベ晋三の人権を擁護しているのだ。その好運を噛みしめるべきである。

通常国会閉会後には、速やかな河井克行・案里両議員の徹底捜査と起訴を。

(2020年6月12日)
今国会(第201通常国会)の予定された会期終了が近づいている。野党は攻勢的に「この非常時に国会を閉じるな」とスローガンを掲げているが、与党側は徹底した逃げの姿勢である。国会での追及に自信を喪失した政権の末期症状。今のままでは17日(水)に閉会となる。

コロナと検察庁法に揺れた今国会、検察庁法改正の頓挫はアベ政権の凋落を象徴する出来事だった。コロナ禍のリアルなデモが成立しにくい不利な状況が、ツィッター・デモという新たな抗議の手法を生みだし、専門家を勇気づけた。

2度に渡る検察OBの連名の意見書の影響力も大きかった。このような、幾重もの政権包囲網の中で黒川検事長賭けマージャン疑惑発覚となって、法案は潰えた。まだ廃案確定とはなっていないが、政権には大きな痛手である。もしかしたら、致命傷になるかもかも知れない。というのは、政権の守護神喪失は今後への影響が大きいと考えられるからだ。当面、その影響は河井克行・案里両議員の刑事訴追の在り方に表れる。

国会会期中の議員に対する強制捜査はやりにくい。6月17日閉会となれば、その直後から昨年参院選での河合案里陣営における選挙違反捜査が本格化する。河井克行・案里両議員の不逮捕特権はなくなるから、その逮捕もあり得ないではない。

メディアは、「検察当局が公選法違反(買収)の疑いで河井克行氏を立件する方針を固めた」と報じている。少なくとも2000万円といわれる現金ばらまきの古典的「買収」の容疑である。これが、この間まで、法務大臣だった人物の容疑なのだ。

地方議員など多くの人が、被買収側として任意の調べを受けており、捜査進展の模様もリークされている。今のところ1億5000万円とされているこの選挙資金の出所は自民党本部であって、この異例の巨額支出に総裁安倍晋三が関わっていないはずはない。

参院広島選挙区で6選を目指した自民現職の溝手顕正は反安倍の急先鋒としてアベ晋三から嫌われ、そのために「安倍晋三が、自分に近い河井克行の妻案里擁立を画策した」とされる。だから金をばらまき、選挙事務の運営には、安倍事務所の秘書4人が投入された。アベ・菅らの党幹部が何度も広島へ応援に入ってもいる。河井夫妻起訴は、アベに対する最大限のダメージとならざるを得ない。

選挙では、案里が当選し溝手は落選という、アベ晋三の思惑通りの結果となったが、派手な金権選挙の付けがまわってきた。捜査と起訴がどこまで及ぶのか。安倍晋三としては、ここでの「官邸の守護神」の働きを期待していたはずだが、思惑がはずれて、今や守護神はない。世論と検察OBに背中を押されて、稲田検事総長は政権にとっての貧乏神となる肚を固めているのやも知れない。

問題は、単にアベ政権にとっての検察の在り方ではない。行政権力から独立して、権力に怯むことなく公正かつ厳正にその任務を遂行する検察本来の在り方が問われている。

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