澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

おかしくないか。「統一教会との関係は見直すが、国葬の方針は見直さない」

(2022年8月12日)
 以下は官邸ホームページからの抜粋。組閣を終えての首相記者会見の一部。岸田はこう述べている。あるいは、こうとしか述べていない。このことを記憶しておかねばならない。

 いわゆる旧統一教会に関連する問題について申し上げます。
 …信教の自由については憲法上保障がなされているものでもあります。しかし、社会的に問題が指摘されている団体との関係については、国民に疑念を持たれるようなことがないよう十分に注意しなければなりません。
 国民の皆さんの疑念を払拭するため、今回の内閣改造に当たり、私から閣僚に対しては、政治家としての責任において、それぞれ当該団体との関係を点検し、その結果を踏まえて厳正に見直すことを言明し、それを了解した者のみを任命いたしました。
 その上で、2点の指示をいたしました。
 第1に、憲法上の信教の自由は尊重しなければなりませんが、宗教団体も社会の一員として関係法令を遵守しなければならないのは当然のことであり、仮に法令から逸脱する行為があれば、厳正に対処すること。
 第2に、法務大臣始め関係大臣においては、悪質商法などの不法行為の相談、被害者の救済に連携して、万全を尽くすこと。これらを岸田政権として徹底し、国民の皆さんから信頼される行政運営を行ってまいります。

 これに対する記者からの質問時間が限られ、まことに歯がゆかったが、以下の2記者の質問(抜粋)は、国民の疑問を代表するものであった。

(記者)東京新聞・中日新聞の金杉です。旧統一教会の問題についてお聞きします。首相は、この社会的に問題が指摘されるような団体との関係については十分注意しなければならないと発言されました。(しかし、)自民党は党として組織的関係はないとして各議員任せの対応で、党としての全体調査を行わないようですが、世論調査では政界との関わりについて実態解明の必要があるとの答えが8割に上っています。党総裁として、党として調査し検証し実態を解明する考えはありますか。
 そして、選択的夫婦別姓やLGBTへの対応、改憲の内容など、旧統一教会と自民党の考えが重なるとの指摘もあります旧統一教会が自民党の政策に与えた影響についてどう考えますか。
 また、安倍晋三元首相は、旧統一教会の友好団体の会合にビデオで出演し、韓(ハン)総裁に敬意を表していました。この行動は問題があったと思いますか。

(記者)京都新聞の国貞と申します。安倍元総理の国葬についてお伺いします。各報道機関の世論調査などを見ていますと、反対の声というのが比較的多く、半数を超える人が反対というような世論調査もあります。全額公費負担することへの疑問の声も聞かれるわけです。
 なぜ反対の声が一定程度あるのかということについて、総理はどのようにお考えなのかということを一つ聞きたい。
 そして、もう一つ。近年の首相経験者のように内閣と自民党の合同葬にするとか、別の形での葬儀実施について、もう総理には検討の余地はないのでしょうか。

 ここから先は、官邸ホームページに記載されたものではない。岸田も口にしていない。飽くまで、これが岸田のホンネだろうという私の憶測である。が、決して荒唐無稽なものではない。

(岸田総理)
 まず、自民党と旧統一教会との関係については、御指摘のとおり、組織的関係はないという認識を従来から示させていただいています。組織的関係とは、内実の関係と必ずしも一致するものではありませんから、国民の皆様の目には、ズブズブの癒着とみられてもやむを得ないところです。このままでは、内閣支持率は下がるばかり。何とかしなければなりません。とは言え、諸々の事情があって、これまでお世話になりながら、突然失礼なこともできかねますし、それなりの配慮も欠かせないところです。
 そのような観点から、党所属国会議員に対し、政治家としての責任において、当該団体との関係をそれぞれ点検し、その結果も踏まえて適正に見直す、こういった指示を行ったところであります。つまり、「統一教会との関係を断て」ということではなく、飽くまで「適正に見直す」ようにということです。「適正」とは、党や政権に迷惑がかからぬように工夫せよ、用心せよということ。多分それで、今後も統一教会には選挙の折などに貴重な手助けを得ながら、国民の批判をうまく切り抜けられると考えています。
 そして、統一教会の考え方が自民党の政策に影響を及ぼしたのではないか、こういった指摘でありますが、旧統一教会の政策が不当に自民党の政策に影響を与えたとは認識はしておりません。飽くまで、両者が同じ政治的見解を共有していたということなのです。とりわけ、統一教会は「反共」を掲げる点で、岸信介氏や安倍晋三氏と深い同志的関係にあったのですから、統一教会が一方的に自民党に影響を与えたのではなく、相互に思想も政策も深く共鳴し合ってきたものです。選択的夫婦別姓やLGBTへの対応、改憲内容の一致などは、そのような共鳴関係の所産の一部だとご理解ください。
 そして、安倍元総理がビデオメッセージを送ったということにつきましては、公式なコメントはスルーせざるを得ません。そりゃあ、安倍さんまずいことやったに決まっていますよ。でも、その人の国葬をやろうというのですから、まずいことやったなんて言えるはずはない。その点はご了解を。
 敢えていうなら、このメッセージは、当時の安倍元総理が常々考えておられるところを吐露されたものと理解しております。とうてい、統一教会との関係を断ち切れなどということは無理。でも、今後は国民に疑念が持たれることがないように、上手に対処するよう「見直し」してもらう必要があると認識をしております。

(岸田総理)
 安倍元総理の国葬儀については、御指摘のようにいろいろな意見があるということ、これは承知をしております。国費からの支出についても御指摘がありましたが、国葬儀の具体的な規模、あるいは内容については、今、正に検討中であります。こうしたものもしっかりと明らかにしながら、今後様々な機会を通じて丁寧に説明を続けていきたい。これが政府の基本的な方針であります。
 ご質問の第一点は、「国民の中の国葬反対の声が大きくなっている理由をどのようにお考えなのか」ということですが、この質問はスルーです。私は都合の悪い質問は聞こえない振りをしてお答えしないことにしています。これもその一つ。
 だってね、答えようがない。「そりゃ、安倍さんの生前の政治姿勢を冷静に国民が思い出してきたからでしょ」、なんて言えますか。「安倍さんが銃撃されて亡くなるというその衝撃に乗じて、安倍さんへの批判はしにくい雰囲気の下、国葬を持ち出して国民意識の誘導に成功したはずが、思いもかけぬ統一教会問題が批判材料となっての安倍批判」「安倍批判にとどまらない自民党批判に岸田内閣への批判のとばっちり」なんて口にできるはずがない。だからスルー。
 そして、「国葬ではない別の形での葬儀の実施は検討の余地がないのか」というご質問。
 「国際社会が様々な形で安倍元総理に対する弔意や敬意を示している、こうした状況を踏まえまして、我が国としても故人に対する敬意と弔意を国全体として表す儀式を催し、これを国の公式行事として開催し、その場に各国代表をお招きする、こうした形式で葬儀を行うことが適切であると判断をしたところであります。」
 えっ? 記者さん、これじゃダメですかね。回答になっていない、というお顔ですね。でも、時間がありません。今日はこれまで。
 いつか、またの日の、この次の機会に、きっと、できるだけ、丁寧に、しっかりと、ご納得のいく、ご説明をさせていただきます。本当に、この次の機会に。

山際大志郎こそ、岸田内閣を代表するにふさわしい政治家である。

(2022年8月11日)
 昨日、岸田改造内閣発足。「逆風下の組閣」「ぱっとしない顔ぶれ」「統一教会癒着隠し失敗」「派閥均衡優先人事」…等々、評判は芳しくない。内閣支持率はさらに低迷することになろう。

 この新内閣を象徴する人物は…やっぱり、山際大志郎。あなたが一番だ。岸田改造内閣というよりは、山際大志郎内閣が実は分かり易い。内閣全体の性格や雰囲気を山際がたった一人でよく語っているのだ。

 この人、統一教会との関係を指摘されながらの留任である。統一教会との腐れ縁を批判されて、降ろされた有力閣僚が何人もいるにかかわらず、なぜ。厳重な身体検査がなかったからだ。いかにも、岸田内閣のいい加減さをよく表している。

「やや日刊カルト」の報道によると、この人、2011年11月に東京都大田区の区民ホールアプリコで、国際勝共連合、世界平和連合、平和大使協議会らによる『アジアと日本の平和と安全を守る全国大会』なる集会に出席した。2018年10月には神奈川労働プラザ多目的ホールで教団フロント組織が主催・後援した『アフリカビジョンセミナー』に山本朋広・前防衛副大臣と来賓出席した。2017年10月の幕張メッセでの1万人信者集会『Peace Loving Festival KANAGAWA』にも出席していた。その事務所スタッフが統一教会から派遣されているとも指摘されている。

 この人、昨日までも、昨日からも、「新型コロナ対策担当」である。彼の記念すべき閣僚再任の日、新型コロナの猖獗は過去最高となった。この日の新規感染者は全国で新たに25万403人が確認された。1日当たりの新規感染者が25万人を上回るのは初めてである。死者は251人。重症者は前日から16人増えて597人となった。このコロナ対策の無為無策も、岸田内閣の性格をよく表している。

 恐るべきは、この山際大志郎が、経済再生担当大臣として「新しい資本主義」実現に向けての政策実行を担当するのだという。これまで何をしてきたのかよく分からず、これから何をしようというのは、さらに分からない。もとより、「新しい資本主義」がなんであるかがさっぱり分からぬものである以上、「新しい資本主義」実現に向けての政策実行がなんであるかはだれにも分からない。何かをやってる振りを続ける以外にこの人のやることはない。思えば、安倍もそうだった。

 さて、無名だったこの山際大志郎が一躍有名政治家の仲間入りをしたのは、今年7月のことである。昔のことではない。7月3日、青森県八戸市で街頭演説した際、こう言ったのだ。

「野党の人から来る話はわれわれ政府は何一つ聞かない。本当に生活を良くしたいと思うなら、自民党、与党の政治家を議員にしなくてはいけない」

 これは凄い。山際の「われわれ政府」代表としての発言。あの安倍晋三の「こんな人たちに負けるわけにはいかない」発言と兄たりがたく弟たりがたし。岸田内閣の「聞く力」とは、こういうバイアスをもったものだったのだ。山際の政府を代表しての「野党の話は政府は何一つ聞かない」宣言を岸田内閣が追認するのか、否定するのか。山際を切らない限り、「岸田内閣の耳は片耳」なのだと理解せざるを得ない。そのような事態での山際留任なのだ。岸田内閣の正体を見極めるに十分ではないか。

 それだけではない。山際大志郎には、「選挙費用の残金2962万円 全額の行方が不明」という名誉ある報道もなされている。

https://nordot.app/823399786595991552?c=776486672410263552

 資料で調査が可能な2009年以降から直近2017年までの4回の衆院選における選挙運動費用収支報告書(要旨)によると、まず、2009年選挙の際420万5177円の資金を余らせた。ところが、自らが代表を務める政治団体「自由民主党神奈川県第十八選挙区支部」などにはこの余剰金が戻された記載がなく、約420万円の使途は不明のままになっている。

 同様に2012年選挙では451万9034円、2014年選挙では308万8837円、2017年選挙では1781万5294円の選挙費用をそれぞれ余らせ、いずれもその全額の行方がふめいのままであるという。過去4回の選挙で行方不明の余剰金の総額は2962万8342円に達している。

 さらに山際は、政治資金規正法違反疑惑でも、政治資金パーティーを巡っての収支報告書に虚偽記載があったとして、同区民ら156人が2022年6月8日、政治資金規正法違反の疑いで、山際らを横浜地検に告発している。

 大した経済再生大臣である。まさしく、「われわれ政府」「われわれ岸田内閣」を代表するに、最もふさわしい政治家。しかも、よくこの人の所業を見つめ直すと、あの安倍晋三と、何とよく似ていることに驚かざるを得ない。もしかしたら山際大志郎こそ、安倍直系の政治家というべきなのかもしれない。

統一教会はなぜ名称を変更したのか。安倍政権下、下村博文はなにゆえ申請を受理し名称変更を認証したのか。

(2022年8月10日)
 同期の弁護士から興味深い書類(PDF)を送信してもらった。メールは便利だ。そして役に立つ。

 文科大臣下村博文(当時)による2015年8月26日付「宗教法人世界基督教統一神霊協会」の規則変更認証に関わる決裁文書と添付書類の写。総枚数26ページの相当のボリューム。こういうものがあると、俄然血が騒ぐ。その表紙が以下のとおり。

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衆議院議員 宮本徹議員事務所 御中

 平素より文化行政への多大なる御支援を賜り、深く御礼申し上げます。御依頼のありました以下の資料を提出いたしますので、御査収ください。

〈提出資料〉
 2015年8月に、「世界基督教統一神霊協会」から「世界平和統一家庭連合」への名称変更を認証した決裁文書

 なお、御依頼の「新管理簿:世界平和統―家庭連合、作成・取得年度:2015年、文化庁、大分類:宗教法人、中分類:認証・届出(平成27年度)」の文書ファイルは保存期間中であり、現に保有しているため、文書管理廃棄簿は作成しておりません。
 
 また、応接録につきましては、現在確認中であるため、おって御連絡させていただければと存じます。(以下略)

文化庁宗務長長

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○法人について
 法 人 名 :宗教法人「世界基督教統一神霊協会」(キリスト教系・単立)
 主たる事務所所在地:東京都渋谷区松濤(以下略)
 代表役員:徳野英治
 設立認証:昭和39年7月15日
○規則変更理由
 黒塗り(マスキング)

○主な変更内容
 宗教法人の名称の変更。
○参照条文:宗教法人法(昭和26年法律第126号)(抄)

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 本年7月26日に文化庁宗務課長から日本共産党宮本徹議員に開示された「決裁文書」と添付資料。今、世の関心を集めている統一教会の名称変更認証手続についてのもの。おそらくは、8月5日の野党合同ヒアリングでの前川喜平に対する質疑の準備として入手したものだろう。

 8月6日付赤旗報道での前川発言は以下のとおり。

 「私は、文部科学大臣だった下村博文さんの意思が働いたことは100%間違いないと思っているが、誰が圧力をかけたのかということは分からない」「統一協会の名称変更の手続きについての(決裁文書に関連する)議事録や応接録は残っているだろうと思う」「(名称変更について)大臣のところまで説明したら、記録は普通残っている。廃棄しない限り、存在していたと思う」

 また、認証申請を受理後、名称変更を断ることはできるのかと問われて、前川は「断れる」と答えている。

 霊感商法で悪名を馳せた統一教会は、前歴隠しに宗教法人名の変更をはかった。多くの人がそう思い、私もそう確信している。正式名称の変更は、「世界基督教統一神霊協会」から「世界平和統一家庭連合」へ、というもの。変更前の「世界基督教統一神霊協会」の名称の中に、「基督教」があり「神霊」がある。だれが聞いても、これは宗教団体の名前である。しかし、変更後の「世界平和統一家庭連合」には、宗教色を感じさせる用語が一切ない。ことさらに、宗教団体ではないというイメージを狙っての改称と考えるよりほかはない。安倍晋三流の言葉づかいでは、印象操作を狙っての名称変更の申請だったと考えられて当然なのだ。

 しかし、この名称変更の実現は容易ではなかった。行政現場での抵抗に遭遇したからである。まだ安倍晋三政権ができる以前、官僚が健全だった時代のこと。忖度という政治文化は育っていない。悪名あまりにも高い統一教会の名称変更申請である。問題がないはずはない。霊感商法の悪名の高まりの対抗策として、前歴隠しを企んだのだろうと考えて理の当然。

 1997年、旧統一教会側から名称変更の相談が寄せられた際、担当の文化庁宗務課長だったのが前川喜平。これも神のお導きだったのかも知れない。前川は「宗務課の中で議論した結果、実態が変わっていないのに名前だけ変えることはできないとして、認証できないと伝え、『申請は出さないでください』という対応をした。相手も納得していたと記憶している」と述べている。これは、行政指導の手法。統一教会側もこれを受け容れた。

 だが、安倍政権の時代に事態は変わる。18年後の2015年6月に、教会側は名称変更申請の手続をし、行政はこれを受理した。当時、前川喜平は文部科学審議官、大臣、次官の次に位置する、省内ナンバー3という立場。当時の宗務課長から意見を聞かれて、認証すべきでないという考えを伝えた。にもかかわらず、下村博文は名称変更の認証をした。下村博文と言えば、安倍の側近として知られる、同じ穴の右翼政治家。前川がこの経緯を「『認証できないから申請を受理しない』という方針を一転し、受理して認証したので、前例を踏襲する役所の仕事からすると、何らか外部からの力が働いたとしか考えられない」「下村博文の意思が働いたことは100%間違いない」と言うことには説得力がある。

 宗教法人の名称の変更は、宗教法人法28条1項の「規則」(会社の定款に相当)の変更として、文科大臣の認証を必要とする。認証には審査があり、可否両様の決定がありうる。

 結論が正しかったか否かもさることながら、一連の経緯を明らかにしなければならない。安倍なきあとまで、安倍政治の負の遺産をまかり通らせてはならない。

 まずは、不可解極まる「名称変更理由の全部マスキング」である。当面は、このマスンキングを外せという要求が重要である。本日の統一教会幹部の説明を聞いてもさっぱり分からないのだから。そして、議事録や応接録を全て公開していただきたい。

 岸田改造内閣の、新文科大臣は永岡桂子だとか。馴染みのない方だが、是非、国民の政治への信頼をつなぐために、積極的な情報開示をお願いしたい。

「安倍国葬」は9条改憲への道、戦争に通じる道。

(2022年8月9日)
 皆さま、私が最後にお話しをさせていただきます。炎天下の真昼間ですが、もう少しの時間、耳をお貸しください。

 政府は安倍晋三の国葬を行うことを決めました。閣議決定で日程は9月27日とされています。えっ? あの安倍晋三を国葬? 冗談も休み休みにしてもらいたい。これが、冗談ではなく本気というなら、「絶対反対」「国葬決定を取り消せ」と怒りの声を上げるしかありません。

 そもそも葬儀とは、死者を悼む人たちが営む敬虔な儀式です。国葬とは、国が死者に弔意を捧げる儀式。とは言え、国には人の死を悼む心はありません。人の死を悲しむ感情も、死者に惜別を告げる言葉も、流す涙の一粒ももちあわせてはいません。それでもなお、なぜ国に葬儀をさせようとするのでしょうか。

 それは、国を支配する者に魂胆があるからです。国が死者を悼むわけはなく、実は国民みんながこぞって、ある特定の死者を悼むという形を作ろうというのが国葬です。少なくとも国民の大部分が、この死者を悼む気持ちがあるというかたちづくり。そのような優れた人の生前の行いを讃え、国民こぞってその人の遺志を継ぎ、その優れた人が望んでいた国を作る決意を国民的な規模で再確認しよう。為政者がそんなことを企んだときに、ある人の死が、政治的に利用されます。それが国葬です。

 とは言え、よりによって安倍晋三の国葬だとは。ばかばかしいにもほどある。こんな人が国葬にふさわしいはずはない。皆さん、安倍晋三とは何者であったか、安倍政治とはいったい何であったか、本当に、国葬に値する人物であったか、国葬に値する業績を残したのか。冷静に考えてみようではありませんか。

 内政外交に安倍晋三が遺した業績は皆無と言ってよいでしょう。アベノミクスで格差と貧困を拡げ、アベノマスクで無能無策をさらけ出し、ウラディーミルのお友達としてどこまでも駆けて駆けて駆け抜けた人。

 それだけではなく、彼は政治を私物化したとして悪名高い人物です。彼は、忖度という政治文化を蔓延させました。安倍政治とは、公文書の偽造・隠匿・改竄、ウソとゴマカシで特徴付けられ、彼はその民主主義後進国の小さな独裁者でした。国会答弁では明らかなウソを繰り返してきました。ウソつき晋三が国葬にふさわしいはずはありません。そして何よりも、彼は改憲論者でした。日本国憲法を敵視し、とりわけその平和主義をせせら笑って攻撃し、核共有論さえ語っていた人物です。とうてい、国民こぞってその死を悼むことのできる人物ではありません。

 極端な保守や右翼と言われる人々の中には、心から安倍晋三の死を悼む気持ちをお持ちの方もいるでしょう。安倍晋三のお友達として本来あり得ない優遇を受けた人々の中には、安倍晋三の死を心底惜しむ人がいても不思議はありません。同志的な連帯意識をもって、日本の軍事大国化に邁進していた人たちや、安倍晋三いればこそ予算も取れたという防衛産業の幹部らなど、安倍晋三の死を悼み、惜しむ人々が集うて、心のこもった葬儀を行えばよいことではありませんか。国葬として、全国民に安倍晋三の死への弔意を強制することが許されてはなりません。

 私は民主主義者ですから、社会の変革は国民の意識改革と選挙を通じて行われるべきと確信しています。暴力でてっとり早く政治を変えようという立場を決してとりません。政治的テロを厳しく拒否します。しかし、安倍晋三の死を政治的に利用しようというたくらみを許容することはできません。どのような死に方をしようとも、安倍晋三の生前の所業をごまかしてはならない。ウソつき晋三を国葬という化粧で塗り込め、その罪を覆い隠すことは、決して許されません。

 安倍国葬は、安倍晋三の政治路線を美化しようというたくらみです。国民こぞって、非業の死を遂げた安倍晋三の遺志を継いで日本国憲法の改正を実現しよう、などという見透いた策動に乗せられぬよう街頭から「安倍国葬反対」と呼びかけて、ここ本郷三丁目交差点での本郷湯島九条の会の訴えを終わります。

臆して批判を控えてはならない。安倍晋三が遺した巨大な負のレガシーを清算するために。

(2022年8月8日)
 安倍晋三銃撃という衝撃から1か月である。この事件、当初は政権政党に有利な風を起こすかに見えた。安倍晋三に「テロの犠牲者となった悲劇の政治家」「遊説中に凶弾に倒れた民主主義の犠牲者」などの虚像・虚名を冠して、その死が政治的に利用し尽くされることになるだろう、だれもがそう考えた。

 国民が悲劇の安倍晋三を悼み、その死の政治的利用を可能とする風が一瞬だが確かに吹いた。その一瞬の間に参院選の投票が行われ、自民党が勝ち、野党が大敗した。さらに政権はこの風を頼みに安倍国葬を決めた。この風を大きく煽ろうという魂胆が見え見えである。この風を利しての改憲さえ可能と思ったのではないか。

 しかし、その風は一瞬にして止んだ。本件の犯行は典型的な政治的テロではなく、安倍を撃った銃弾は、特定の政治思想を狙ったものでも、民主主義を撃ち抜くものでもなかった。銃撃犯と安倍晋三との関係は、政治的な確執でも思想的な対立でもなかった。

 そもそもこの事件、犯人と被害者とを直接に結ぶ関係はない。銃撃犯と安倍晋三との間には、統一教会という反社会性顕著な反共団体が介在していた。これまで明らかにされている限りでのことだが、犯人は統一教会を徹底して怨み、統一教会と関連密接な存在としての安倍を銃撃したのだ。常識的にはわかりにくい構図だが、やや時を経て、世論はこの構図を理解した。そのことによって、保守勢力への順風が止んだのだ。世論のこの構図の理解の深まりは、風向きを変えつつある。国葬反対の世論の高揚が、岸田内閣支持率の低迷を招いている。

 銃撃犯と統一教会と安倍晋三。この3者の関係図のうち、まず犯人と統一教会との関係が、分かりやすいものとして世論の理解を得た。統一教会とは、人をマインドコントロールして精神を支配し徹底した経済的収奪に躊躇しない憎むべき組織。犯人は、統一教会によって家庭を破壊され不幸に陥らしめられた哀れな被害者。そのように世論が理解するに難しいところはない。

 問題は、統一教会と安倍との関係である。岸信介以来の自民党右派が反共という共通項で、統一教会・勝共連合と深い癒着関係を築いてきたことが、明らかにされつつある。そして、今参院選の候補者調整においてなお、安倍は統一教会の組織票と動員力を自分の手駒にして、党内政治における支配力を行使しているのだ。

 統一教会と安倍との関係というピースがピタリと嵌まらないと、安倍銃撃の必然性は見えてこない。その全容はまだ十分に明らかとは言えない。しかし、安倍と安倍派が、永年にわたって、あの反社会的な教団と、こんなにもズブズブに癒着していたのかという衝撃は世論を大きく動かしている。「勝共連合」と自民、改憲草案に多くの一致点との指摘もある。

 世論は既に安倍を「悲劇の政治家」と見ていない。山上徹也も「憎むべき民主主義の敵」ではなくなっている。安倍国葬は、却って現政権の安倍政治美化の思惑を炙り出し、安倍の数々の悪行を思い起こさせる動機となっている。「安倍晋三とは、本当に国葬に値する政治家だったのか。安倍政治とは、国葬に値するものなのか」と、立ち止まって考えざるを得ないからだ。

 反論できない死者を批判することは、死者を鞭打つに等しく社会常識を弁えた大人のすべきことではないとされる。だからこそ、安倍の死は現政権にとって政治的利用が可能だと思われた。しかし、生死の如何にかかわらず、批判すべきはきちんと批判しなければならない。今は、そのような真っ当な雰囲気が世に戻っている。

 たとえば、一昨日(8月6日)の毎日朝刊政治面の大型コラム「時の在りか」。 論説委員伊藤智永の「家業としての安倍政治批判」などはその典型であろう。
安倍政治を「家業」として捉える視点からのまことに辛口の批判である。さすがに筆を抑えての書きぶりではあるが、読みようによっては、安倍晋三とはこんなに軽薄で政治的には無能で嫌な人物と言わんばかり。事件の直後では、とてもこうは書けなかっただろう。

https://mainichi.jp/articles/20220806/ddm/005/070/006000c

 その最後は、こう結ばれている。

 「晋三氏の死は理不尽な遭難に違いない。だが、父祖伝来の縁ある宗教組織に自分の元秘書官の選挙応援を頼み、就職氷河期世代に逆恨みされた因果は、理解不能な不合理というだけでは済まされないわだかまりを私たちに残した。」

 もちろん論者の本意ではないが、この結論はこうも読めるのだ。「晋三氏の死は本当に理不尽な遭難なのだろうか。父祖伝来の縁ある宗教組織に自分の元秘書官の選挙応援を頼んで就職氷河期世代に逆恨みされたという因果は、十分に理解可能というべきではないか」

 あらためて思う。安倍晋三が遺した巨大な負のレガシーを徹底して見つめ直し、その清算をするところから、民主主義の再生をはからなければならない。今、それを可能とする風が吹き始めている。

都教委は、学校への「半旗掲揚依頼」を拒絶する防波堤でなければならない。

(2022年8月7日)
 昨日(8月6日)の東京新聞朝刊トップ記事が、「都教委も半旗掲揚依頼 安倍元首相葬儀 都立255校に文書送信」の大見出し。のみならず、22面と23面の「こちら特報部」に詳細な関連記事。その見出しを連ねてみる。

《安倍氏葬儀に都教委が半旗依頼 「政治的中立に反する行為」背景は?》
《弔意の「強制」 日の丸・君が代問題と同根》
《「教員、生徒たちへの刷り込み心配」》
《「特定の政党を支持してはならない」 教育基本法に明記しているのに》
《教育行政への侵食 安倍政権下で進行》

ネット記事では、もう少し見出しが増える。
《複数校が掲げる》
《都の担当者「強制したつもりはない」》
《政治的中立求める教育基本法に反する恐れ》
《東京以外にも相次ぎ判明》
《国の関与を疑う声も》
《「不当な支配」国が都合よく解釈し、介入》

https://www.tokyo-np.co.jp/article/194182
https://www.tokyo-np.co.jp/article/194189

 一面トップの記事のリードは以下のとおり
 「東京都教育委員会が先月12日の安倍晋三元首相の葬儀に合わせ、半旗を掲揚するよう求める文書を都立学校全255校に送り、現実に複数校がこれに応じて半旗を掲揚して学校として安倍氏に対する弔意を表明していた掲揚していたことが分かった。専門家は「政治的中立を求める教育基本法に反する恐れがある」と指摘。同様の依頼は川崎、福岡市などでも判明している。」

 「特報部」のリードは以下のとおり。

 「首都・東京の教育委員会が、安倍晋三元首相の葬儀の日に半旗掲揚を求めていたことが判明した。教育基本法の「政治的中立」に反する恐れを専門家は指摘するが、少なくとも全国7自治体の教委も同様の要請を行っていた。「弔意は強制していない」と口をそろえる様子から浮かぶのは、子どもや教師の権利に無頓着な教育行政の姿だ。こんな状態で、世論を二分する「国葬」を行って大丈夫なのか。

 以上の見出しとリードで、この記事の言わんとするところは十分に通じる。教育の本質に切り込んだ報道として高く評価しなければならない。東京新聞に敬意を表したい。蛇足ながら、東京新聞の見出しをつなげてみるとこんなところだ。

 安倍晋三の葬儀というまったくの私的な行事に合わせて、東京都教育委員会が全都立学校に半旗を掲揚するよう依頼の通知を発し、現実にこれに従って複数の学校が半旗を掲げて安倍に対する弔意を表明したことが分かった。
 安倍晋三と言えば、特定政党の特定政治主張に旗幟鮮明な復古主義政治家である。このような毀誉褒貶激しい政治家の私的な葬儀に学校が公的に弔意を表するのは、本来的に教育に要請されている政治的中立性に明らかに反する違法な行為である。教育基本法14条2項が「学校は特定の政党を支持してはならない」と明記しているのにどうしてこんなことになってしまっているのだろうか。

 この都教委による学校現場に対する要請は、当局は否定しているが、事実上の「弔意の強制」にほかならない。生徒・教員の思想・良心の自由をないがしろにしている点で、同じ都教委が生徒・教員に、国家への敬意表明を強制し続けている「日の丸・君が代」問題と、同根と言わねばならない。

 このような「教育行政が教育を侵食する本来あってはならない現象」は、安倍政権下で進行してきたもので、現場の教員は、あたかも安倍氏やその政治路線が正しいものであるような、学校という教育装置を違法に使っての生徒たちへの刷り込みの効果を心配している。

 もとより教育は特定政治勢力によって支配されてはならず政治一般から独立しなければならない。また、教育が特定の政党や政治家を支持したり支援するようなことは絶対にしてはならない。そのことは、教育基本法に明記されているのに、教育は本来のあり方から、大きくねじ曲げらた現状にある。これは、政治が教育行政に大きく侵食してきた結果であって、このことは安倍政権下で進行してきた憂うべき現象である。同様のことが、都教委にとどまらず全国で生じているということから、国の関与を疑う声もある。教育基本法によって禁じられている「不当な支配」を、国が都合よく解釈して、「政治が行政に介入し、行政が教育に介入する」ということが常態化してしまっているのではないか。

何が最大の問題か。
 通夜があった7月11日に都総務局が作った「事務連絡」は、半旗掲揚について「特段の配慮をお願いしたい」とし、11、12日の掲揚を依頼したものだという。これが、教育庁を含む各部署にメールで送られ、教育庁(都教委事務局)が都立高校や特別支援学校に転送した。
 このことについて、都教委の担当者は「事務連絡を転送しただけで、掲揚するかは各校の校長に任せた。弔意を強制したつもりはない」と言う。この都教委の弁解に最大の問題点が表れている。いったい何が問題なのか、都教委はまったく分かっていないようなのだ。

 教育委員会は自らが教育に介入することは厳に慎まなければならないというだけではない。その重要な任務として、教育を支配し介入しようという外部勢力からの防波堤となって教育を擁護しなければならない。

 都の総務局が安倍の葬儀に半旗をという発想も批判されなければならないが、教育庁の特殊性を考慮せずに他と同様のメールを送信したことは不見識甚だしい。そして、これを各学校に転送した都教委は、明らかに任務違反である。これに従った校長の責任も厳しく問われなければならない。なんとまあ、この世には、忖度がはびこったものか。その元兇は、安倍晋三なのだが。

自民党・村上誠一郎の「国葬批判・アベ政治批判」

(2022年8月1日)
 猛暑とコロナ禍のさなかの8月である。異様な暑さの中で身近なコロナ感染者が少なくない。感染を自覚しても為す術もないとの声もここかしこに。こんな環境での感染は恐い。不要の外出を控えるしかない。不穏な2020年の夏の盛り。

 一抹の希望は、岸田内閣の支持率急落との報。「支持率が急落した理由は、国葬、旧統一教会、コロナの3つだ」というのが、元気のよい「日刊ゲンダイ」の見立て。その通りだろう。国葬と統一教会問題は、安倍批判と密接に結びつく。コロナも安倍以来の無策の象徴。結局、国民世論に急速に浸透してきた安倍批判が、安倍後継の岸田不支持となってきているのだ。この3点セット、もうしばらくは解決の兆しが見えない。この夏の暑さが身に応えているのは、実は、岸田と自民党なのかも知れない。

 こんな中、産経新聞のメールマガジンが、国葬賛成で鬱陶しい。
 「安倍氏は憲政史上で最長の8年余りの間、首相として公務についた人でした。選び続けたのはほかならぬ、われわれ有権者です。また、民主主義の根本になる選挙のさなかの暴挙に対し、民主主義の国として抗議の意思を示し、多くの人と主体的に確認し合う機会を持つことは、許容できることではないでしょうか」「今回の事件は、宗教団体に対する容疑者の私怨から端を発した凶行であり、民主主義とは切り分けるべきだという意見には首肯しがたいものを感じています。多分に衝撃や情緒に流されているかもしれないと顧みつつも、しかしながら民主主義への挑戦が、国家改造や政権転覆を狙うクーデターに限るものとは言い切れないのではないかと思うからです」
 
自信なく歯切れ悪く言い訳がましい産経の国葬賛成論。その怨み節が現在の情勢をよく表している。驚いたのは、これに続く次の記事。
 「安倍氏の歴史認識や憲法改正への意欲をかつて懐疑的にとらえていた米紙の社説、これが産経の紙面に「米紙 異例の『改憲支持』」という主見出しで掲載されています。」

 安倍も産経も、「アメリカに押し付けられた憲法」だから見直せ、と言っていたはずではないか。手のひら返して、アメリカの『日本国憲法改憲支持』を手放しで喜んでいるのだ。恥ずかしげもないあまりのご都合主義に、頭がクラクラする。あらためて暑さが身に沁みる。

 猛暑の中、配達された毎日新聞の夕刊に、「安倍政治の見直し、今こそ」の大見出し。おお、かくも機敏に自民党に代わる政権を求める声が、と思ったのは早とちり。「今こそ安倍政治を見直せ」と吠えているのは、自民党の村上誠一郎である。ウーン、安倍やその腰巾着や産経ばかりではない。村上のような硬骨漢も抱えているのが、自民党の強みなのか。

 彼の語るところはなかなかのものである。国葬の是非は、安倍政権の功罪に関わっている。彼の語るところを抜粋してみよう。

 「先日、ある首相経験者が私に言ってこられました。『どうして国葬なんですか』と。いったん流れができてしまうと、異論を言いにくくなる。これが人間社会の同調圧力かなと思う」

 「今回は非常にお気の毒な亡くなり方をされたから、非業の死を遂げた方を弔うのは自分としても感情的には理解できる。ただ、判断の明確な基準が必要です。例えば佐藤栄作さんや中曽根さん、おじいさまの岸信介さんも国葬ではなかった。なぜ安倍さんだけ国葬なのかというと、なかなか説明が難しい」「時の政権の恣意的なやり方だとの批判を免れない。もう少し腰を据えて幅広く考えるべきだったのではないか」

 「森友・加計・桜を見る会は国民の不信を完全には払拭できていないのではないか。森友問題では近畿財務局の職員が自死に追い込まれた。これらの政治的、道義的責任は安倍氏の功績とは別次元の話です」

 「解釈改憲で集団的自衛権の行使を容認して立憲主義を否定し、そんたくするイエスマンばかりを登用する縁故人事がはびこり、財政・金融・外交が非常に厳しい状況になった。自由闊達な議論ができる本来の自民党に戻すべきです」

 「ロシアの民主主義が見せかけだと言うけど、日本も同じようになりつつあるのではないかと心配しています。堂々と議論し、適正な人事や正しい政策が実行されるべきですが、残念ながらそうなっていない。まっとうな批判勢力がないために選挙だけは勝つ。それは本当の信任ではないのです」

 「アベノミクスは成功したとは言えないと思います。財政出動と金融緩和というカンフル剤を打つだけで結局、成長戦略は十分な成果が上がってきていない。金融緩和をダラダラ続けているうちに円安・ドル高が進んだ。食料もエネルギーも輸入頼みだから、日本の富がどんどん流出しているわけです」

 「岸田さんに、アベノミクスを総括した上で新しいステージに移る気持ちがあるかどうか。世界最悪の借金財政なのに防衛費を2倍にするというのは非常に難しい」
 
 「野中広務元幹事長も言っていましたが『自民党は常にベストな政策をめざす』ということで党内の議論が活発化していました。亡くなった方のご冥福を祈り、事件の再発を防ぐことと、政策論争は全く別の次元の問題です。合理的な政治が行われなくなって被害を受けるのは国民ですから」

 これって、自民党? これもホントに自民党なの? 自民党って、いったい何なの? 

「邪教」はとうてい許せない。しかし、「サタン」はもっと怖い。

(2022年7月31日)
 安倍晋三の銃撃事件以来、旧統一教会の反社会性がクローズアップされ、自民党とりわけ安倍派の政治家とこの反社会的組織との癒着が大きく問題視されている。

 私も、統一教会を徹底して批判しなければならないと思ってはいる。しかし、これを権力によって弾圧してしまえ、法人格を取り消せということにはいささかの躊躇を感じる。戦前の天皇制政府による宗教弾圧を連想し、権力の暴走を懸念するからだ。そう、私は何ごとによらず優柔不断なのだ。

 一方で、果断極まりないのが中国当局である。昨日(7月30日)配信の共同通信記事によれば、中国は「旧統一教会は『違法な邪教』」とし、「安倍氏銃撃で一掃の正当性強調」なのだそうだ。これだけの見出しでは少々分かりにくいが、「中国共産党はとっくの昔に、統一教会を邪教として一掃済みである。今回の安倍銃撃事件で、党の正しさが証明された」ということ。

 中国当局が統一教会を、非合法の「邪教」(カルト)と認定したのは1997年のことだという。そのことによって、日米と違って、中国は統一教会の自国への浸透を防ぎ得た。この当局の対応は正しかったと宣伝しているわけだ。ゼロコロナ政策を思い起こさせるこのやり方に、強権的な宗教政策がより強まると懸念する声も出ているという。

 中国には、「中国反邪教ネット」というサイトがある。もちろん、事実上公安当局が運営している。安倍銃撃事件以来、そのサイトでは、代表的な邪教として扱われる気功集団「法輪功」と並んで、旧統一教会を批判する記事が多くなっているという。

 共産党系の環球時報(英語版)は14日付紙面で「安倍氏暗殺は中国のカルト一掃の正しさを示した」と強調。「(山上徹也容疑者が)もし中国で暮らしていれば、政府は彼が正義を追求するのを助け、この宗教団体を撲滅しただろう」とし、日米などは「中国の(カルト排除の)努力を『宗教上の自由への迫害』だとゆがめている」と反発した。

 これは注目に値する記事ではないか。中国政府(共産党)は、宗教団体に悪徳商法や高額献金授受の事実あれば、躊躇なく『この宗教団体を撲滅した」というのだ。中国政府(共産党)は、そうすることが「正義」と信じて疑わない。「中国の(カルト排除の)努力を『宗教上の自由への迫害』だとゆがめて」はならない、という立場なのだ。

 だから、共同配信記事は、示して示してこう締めくくっている。

 「中国では一党支配の下、憲法が記す信教の自由は『ゼロに近いのが実態』(中国人カトリック専門家)との指摘もある。非合法化された法輪功や新興宗教だけでなく、プロテスタント系家庭教会なども抑圧されてきた。弾圧を受けた法輪功メンバーを支援してきた弁護士は『日本の旧統一教会の問題は、非公認の宗教活動を一層弾圧する良い口実を政府に与えた』と分析した。」(共同)

 以上のとおり、中国(共産党)は統一教会を「邪教」として、弾圧も撲滅も躊躇しない。一方、統一教会の側は、反共(反共産主義)を教義としており、その教義によると、中国共産党は「サタン」とされている。

 自民党と癒着し信者からは財産と真っ当な人生を奪った「邪教」と、人権と民主主義の弾圧をこととしてきた「サタン」と。どちらも唾棄すべき存在だが、暴力装置を駆使しうる「サタン」の方がより怖いというべきだろう。たまたま、本日の毎日新聞朝刊のトップ記事は、「数千枚の顔写真が語る、ウイグル族抑圧 新疆公安ファイルを追う」「当局、宗教色を問題視」である。その内容は、中国当局のイスラム教徒に対する弾圧。とても、近代国家のやることではない。 

私も納税者だ。私の納税分を、一円たりとも安倍晋三の葬儀に使ってはならない。

(2022年7月29日)
 憂鬱な夏の盛りである。コロナの蔓延に歯止めがかからない。行政の無為無策を嘆くばかり。ウクライナの戦況は膠着して停戦の展望は見えない。ミャンマーで民主派4人の死刑が執行された。アメリカでは、あのトランプが再びのさばりそうな雲行き。そして、参院選の結果にはとうてい納得しがたい…。さらに、あのウソつき晋三の国葬だという。

 臨時国会は8月3日召集の模様である。参院の正副議長選出のほか、参院選の遊説中に殺害された安倍晋三への追悼演説が行われる見通しと報じられている。政府・与党は会期を8月5日までの3日間とする方針だが、野党側はより長い会期を求めて、安倍晋三の国葬問題や物価高を巡る緊急課題の議論も行う必要があるなどとしている。コロナへの対応も必要ではないか。

 この臨時国会での安倍晋三追悼演説は、はからずも《プレ国葬》ないしは《プチ国葬》の性格を帯びるものにならざるを得ない。その意味で、注目されるところとなったが、昨日までは、甘利明(前自民党幹事長・麻生派)が行うことに決まったと思い込んでいた。

 安倍晋三と甘利明、お互い脛に傷持つ間柄でよくお似合いである。私は、どちらも刑事告発し検察審査会への審査申立もした経験がある。起訴に至らなかったのがいまだに不本意であり、残念でならない。
 
 ところが、今朝の新聞で、このせっかくのお似合いの間柄に水を差す不粋な向きがあって、甘利追悼演説は先送り、ないしは頓挫という雲行きだという。
 
 毎日新聞は、「『残した派閥をばかに』 安倍派の猛反発で甘利氏の追悼演説頓挫」という見出しで報じている。この見出しを敷衍すれば、「『甘利明が安倍の残した派閥(安倍派=清和会)を馬鹿にした』という安倍派議員の猛反発で、甘利の追悼演説は頓挫した」ということなのだ。銃撃事件で会長を失った安倍派(清和会、97人)の批判が「頓挫させた」というのだから、その「猛反発」は相当なものなのだろう。

 安倍派の反発は甘利明の20日のメールマガジンがきっかけだという。国会リポート 第439号というもの。その全文が下記で読める。
https://amari-akira.com/01_parliament/index_text.html

安倍派の逆鱗に触れたのは、下記の一文だという。

 「最大派閥の安倍派は「当面」というより「当分」集団指導制をとらざるを得ません。塩谷、下村両会長代行に加え、西村事務総長と世耕参議院幹事長、閣内には要の官房長官たる松野さんと萩生田経産大臣が主要メンバーと言われますが、誰一人現状では全体を仕切るだけの力もカリスマ性もなく、今後どう「化けて行く」のかが注視されます。」

 以下、毎日の記事による。

 「これに安倍派最高顧問の衛藤征士郎・元衆院副議長は21日の同派会合で『こんなに侮辱されたことはない』と激しく反発。派内では他にも『甘利氏こそカリスマ性がない』などと批判する声が相次いだ」「党は甘利氏の演説を検討したのは『安倍氏の遺族の意向を踏まえた』ためだとしているが、同派から『なぜ安倍氏が残した派閥をばかにする甘利氏に演説させるのか』『国民の気持ちは甘利氏ではない』などの声が漏れた。反発は安倍派のみならず党内の他派閥にも広がり、党執行部には『いつ甘利氏に決めたのか』など、再考を求める意見が寄せられているという。」

 《プレ国葬》を舞台に、これはまた安倍側近政治家たちのまことに麗しい振る舞いではないか。自民党の、安倍派や安倍に近い政治家たちでさえ、けっして安倍晋三の死を悼んでなどいない。安倍の死をきっかけに起こっている勢力争いに懸命なのだ。ましてや、安倍と距離を保ってきた自民党議員や野党に安倍の死を悼む気持などあろうはずもない。

 にもかかわらず、国葬とは、政府が国民の名を僭称して安倍晋三の死に対する弔意を表明する儀式である。安倍晋三の死を利用して、国民の政治意識を安倍や現政権の望む方向に誘導しようという思惑が透けて見える。ばかばかしい。国葬なんぞで、国民の弔意をもてあそぶのはやめていただきたい。

 そして、私も納税者だ。私の納税分をウソつき晋三の葬儀に一円たりとも、支出してもらいたくない。誰の国葬もやってはならないが、ましてや、ウソつき晋三の国葬など、もってのほかではないか。

安倍晋三の「お友達人事」を許した有権者の責任。

(2022年7月28日)
 本日の毎日新聞国際欄に、「韓国・尹大統領、支持率急落 30%割れ目前 『お友達人事』響き」とある。朝日は既に、「『お友達人事』迷走、支持率急落 韓国大統領が不快感『前政権の閣僚、それほど立派か』」と報道している。キーワードは、『お友達人事』だ。

 韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領の支持率が、就任からわずか3カ月足らずで求心力維持の「危険水域」とされる30%割れに近づいており、その最大の理由が「お友達人事」の悪評だという。

 世論調査会社「韓国ギャラップ」が22日発表した尹大統領の支持率は32%。就任当時の52%から20ポイント急落した。深刻なのは、不支持率が23ポイント増の60%にのぼったこと。韓国メディアは政権末期の「レームダック(死に体)」ではなく、「就任ダック」と報じている。

 大統領を支持しないと答えた人のうち、最も多い24%の人が理由として挙げたのは「人事」だという。この人、検察出身者や幼なじみら「お友達」を要職に起用。知人の息子らを大統領府に採用したことも批判された。さらに、「閣僚人事が失敗だったのでは」との記者の質問に対し、「前政権で指名された閣僚の中に、それほど立派な人たちがいたのか」などと言い放ったことが報じられ、高圧的で独善的なイメージを国民に与える結果となった、と報じられている。

 これが原因で政権の支持率急落・不支持率急増なのだから、韓国の民主主義はまことに健全である、韓国の民衆の政治意識は学ぶべき立派なもの。安倍晋三という日本の首相の人事もひどかった。むしろ、「お友達人事」はこちらが本家本元。ところが、日本の有権者は8年余も安倍晋三で我慢した。日本の民主主義は機能不全である。日本の民衆は愚かな政治指導者に過度に寛容と評するしかない。

 安倍政権の「お友達人事」に仰天した最初は、NHK経営委員の新任者の任命。経営委員会はNHKの最高意思決定機関であり、NHK会長の任命権も罷免権ももっている。その経営委員12人は、国会の同意を得て内閣総理大臣が任命する。

 それまでは、公共放送に求められる「不偏不党」や中立性重視の立場から、政治色の濃い人事は控えられてきたとされる経営委員人事。初めて、安倍晋三は鉄面皮な人事を通してのNHK支配を試みた。戦後民主主義に挑戦した安倍晋三の面目躍如である。

 2013年10月に任命された新経営委員の顔ぶれは以下の4人である。
  百田尚樹(右翼のお友達)
  長谷川三千子(右翼のお友達)
  本田勝彦(JT顧問)
  中島尚正(海陽学園学校長)

 百田と長谷川は、自民党総裁選に際して発表された「安倍首相を求める民間人有志の緊急声明」の発起人。志と感性を同じくする安倍の「お友達」。本田は安倍が小学生だったの1960年代に家庭教師を務めていたという関係の「お友達」。首相を囲む会「四季の会」のメンバーで、ガチガチの『安倍派』と言われた人物。中島が勤務する海陽学園では、安倍晋三首相の盟友である葛西敬之(JR東海)が副理事長を務めるという、謂わば安倍とは「お友達のお友達」という間柄。

 当時、この人事は衝撃をもって受けとめられた。とりわけ、NHKの幹部はメディアに「官邸が、原発や沖縄の問題を取り上げたNHKのドキュメンタリー番組に不満があるとは漏れ聞いていたが…」と啞然とした表情を見せて語ったという。

 この時期に経営委員会に4人が送り込まれた最大の理由は、差し迫っていた次期NHK会長の後任選びのためだとされた。新会長は、9人の賛成がなければ就任できない。つまり、4人に「NO」といわれた人物は会長になれない。4人は会長選びのキャスチングボートを握っている、と報道された。

 この経営委員会人事の直後、同年12月20日のNHK経営委員会で第21代会長に選出されたのが、あの籾井勝人。「(慰安婦は)戦争地域にはどこでもあった」「政府が右ということを左というわけにはいかない」などという、迷言で一躍知られた人物。「安倍のお友達」が選んだ、「お友達」である。この頃から、NHKは顕著におかしくなって現在に至っている。

 残念ながら、このとき日本の有権者は「アベ友人事」に徹底して怒らず結果としてこの人事を受容した。その結果、到る所に「安倍のお友達」がはびこって、この日本を食い物にしたのだ。さて、安倍がいなくなった今、食い物にされた日本は元へ戻ることができるだろうか。日本を元に戻してはならないという安倍後継勢力が、安倍の国葬に固執している。安倍国葬反対の声を上げることは、実は大きな意義のあることなのだ。

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