澤藤統一郎の憲法日記

改憲への危機感から毎日書き続けています

中国語クラス同窓会ー日中の文化と外交と

本日は、久しぶりの大学時代の同窓会。東大教養学部で第2外国語に中国語履修を選択した「Eクラス」の先輩後輩がちょうど50人参集して和気あいあいのうちに歓談した。

最古参は、1951(昭和26)年入学組。49年が学制改革だから、旧制高校の雰囲気が色濃いなかでの学生生活を送った世代。その中の一人に、高名な石川忠久さんがいて、お元気に15分間のミニ講演「漢詩の面白味~その味わい方」を語っていただいた。

素材は、まず李白の「静夜思」。日本では明代の李攀竜が編纂したとされる「唐詩選」掲載のテキストが流布しているが、本場の中国では「唐詩選」の普及はないとのこと。もっぱら清代の孫洙が成した「唐詩三百首」が普及し、一般の中国人はそこからのテキストしか知らない。両テキストには、二文字の違いがあるという。

 (唐詩選版)
  床前看月光
  疑是地上霜
  挙頭望山月
  低頭思故郷  

 (唐詩三百首版)
  床前月光
  疑是地上霜
  挙頭望
  低頭思故郷

両詩を比較しての「味わい方」解説のポイントは概ね次のとおり。
「唐詩三百首版を推す意見もある。『明月光』『望明月』と意識的に言葉を重ねたところに面白みがあるというもの。しかし、私は、この詩の眼目は『山月』にあると思う。山の端から出る月に目が行き、昇る月に見とれて自ずと頭を上げたものの、昇る月を見るうちに故郷を思うところとなって頭を低(た)れるというのがこの詩の趣。頭を上げるには山の端から昇る月が重要で、転句は『名月』ではなく『山月』でなくてはならない」
何しろ、斯界の権威の解説である。しかも大先輩の言。賛嘆して傾聴あるのみである。そのほかに、孟浩然、王維、杜甫の詩を一首ずつ。何ともぜいたくな15分間であった。

次いで、現役の教養学部教授の任にある後輩から、中国語クラスの現状を聞いた。

教養学部のクラス編成は第2外国語の選択で編成されている。私が在籍した当時、文系の第2外国語は独・仏・中の3語だけ。ドイツ語の既修クラスがA、未習がB。フランス語既修がC、未習がD。そして、中国語が未習のみでEクラスを作っていた。なお、理系には中国語はなく、ロシア語のFクラスがあった。1963年入学者のEクラス総勢は27名。ほぼ3000名の入学者の内、中国語を学ぼうという者は1%に満たなかったということになる。当時中国語を学ぼうという学生の多くは中国革命に大きな関心をもつ者であった。かなりの部分がその思想や実践を肯定的にとらえていたと思う。

ところが、現状の報告ではまったくの様変わりだという。理系の学生も第2外国語で中国語を選択できる。その数は今年の入学生のうちの651名と聞いて驚いたが、実はこの数は大きく減ったものだという。

中国が改革開放路線に転じて以来、大学での中国語履修者の数が飛躍的に増加した。「日中貿易の拡大に相関して中国語履修希望者が増加した」という。1994年に641名となったのが画期で、95年以後はほぼ800人台をキープ。2011年には928人になった。この年がピーク。もちろん、他の外国語履修者数を圧して中国語クラスの学生数がトップとなった。一学年の学生のほぼ30%が中国語履修を選択したことになる。かつての1%弱とは天と地の開き。

ところが、尖閣問題を契機とする日中間の軋轢と友好の冷え込みで、12年は833名、13年721名、そして今年(14年)が651名なのだという。中国語に代わって、今履修者数トップはスペイン語なのだそうだ。

学生たちの機を見るに敏なことに驚く。こんなにも、日中間の政治経済情勢が履修者数に反映するものなのだ。かつては、履修語学が教養の核を形成したとまで言われた。昔の語りぐさでしかない。日中関係の冷え込みがこんなところにまで影響しているのを残念と思わずにはおられない。

また、「東大北京事務所長」の任にある後輩から「最近の北京事情」と題しての報告もあった。これにも驚いた。中国の大学生が、いかに大規模に世界に進出しているか。うすうす感じてはいたことを、数字を上げて突きつけられた。
「最近の北京事情」の第4項目が「中国の大学生・留学生」というテーマ。レジメにこのテーマの副題として「青年層の動向は国の将来を示唆」と付されている。これは聞き捨てならない。

2013年の統計で、海外留学中の中国人留学生は110万人。日本人全留学生数の20倍の人数だという。中国学生の最大の留学先はアメリカ。最新統計で在米中国人留学生は27万人余、他国を圧してダントツの人数。在米全留学生のうち、中国人は31%を占めている。これに比較して日本はわずか0.2%。彼我の格差は62倍である。しかも、中国はなお増加傾向にあり、日本は2002年の4.7%から絶対数も割合も低落し続けている。

一方、アメリカから中国への留学生の数は、日本への留学生に比較して12.2倍。フランスから中国への留学生の数も、日本への留学生に比較してちょうど12.2倍。これがアフリカからだと28倍の差になるという。

これら国外への留学生や、外国からの留学生に接した若者たちが、将来は各国との太いパイプになるだろう。私は、現在の中国の政治体制には大いに不満であり、言いたいことは山ほどある。しかし、批判はあるにせよ。この圧倒的な存在感は否定しようがない。日本の中国敵視や中国無視は非現実的な愚策ではないか。

来年は、同窓会有志で北京に行こう、と盛りあがった。幸いに、北京大学や北京外国語大学などに有力な伝手があるというのがありがたい。彼の地で日本語を学ぶ大学生や院生と日本語で交流ができるという。政治的思惑やビジネスと離れた忌憚のない意見交換は両国の民間外交として貴重なものではないだろうか。

久しぶりに、中国の文化と、日中問題に触れたひとときであった。
(2014年11月30日)

東アジアの平和における憲法9条の役割

本日は日本民主法律家協会の第52回定時総会。かつてない改憲の危機の存在を共通認識として、国民的な改憲阻止運動の必要と、その運動における法律家の役割、日民協の担うべき任務を確認した。そのうえで、この大切な時期の理事長として渡辺治さんの留任が決まった。

総会記念のシンポジウム「東アジアの平和と日本国憲法の可能性」が、有益だった。パネラーは、中国事情報告の王雲海さん(一橋大学教授)と、韓国の事情を語った李京柱さん(仁荷大学教授)。お二人とも、達者な日本語で余人では語り得ない貴重な発言だった。その詳細は、「法と民主主義」に掲載になるが、印象に残ったことを摘記する。

王さんは、中国人の歴史観からお話を始めた。「近代中国の歴史はアヘン戦争に始まる」というのが共通認識。以来、帝国主義的な外国の侵略からの独立が至上命題であり続けている。だから、中国における「平和」とは、侵略を防いで独立を擁護することを意味している。改革開放路線も、「外国に立ち後れたらまた撃たれる」という認識を基礎とした、中国なりの「平和主義」のあらわれ。

1972年の国交回復後しばらくは、「日中蜜月」の時代だった。9条を持つ日本の平和主義への疑いはなく、日本の非平和主義の側面は米国の強要によるものという理解だった。それが、90年代半ばから、日本自身の非平和主義的側面を意識せざるをえなくなり、「尖閣国有化」以後は、「核武装して再び中国を侵略する国となるのではないか」という懐疑が蔓延している。一方、日本は予想を遙かに超えた経済発展の中国に対して、「中華帝国化」「海洋覇権」と非難している。

今、日中相互不信の危険な悪循環を断たねばならない。民主々義は衆愚政治に陥りやすい。ナショナリズムを煽る政治家やそれに煽動される民衆の意思の尊重ではなく、憲法原則としての平和主義が良薬となる。民主主義の尊重よりは、立憲主義を基礎とした平和主義の構築こそが重要な局面。「市民」ではなく、法律家や良識人の出番であり、その発言と民意の啓蒙が必要だと思う。

李さんは、「たまたま本日(7月27日)が朝鮮戦争停戦協定締結60周年にあたる」ことから話を始めた。朝鮮戦争当時南北合計の人口はおよそ3000万人。朝鮮戦争での戦争犠牲者は、南北の兵士・非戦闘員・国連軍・中国軍のすべて含んで630万余名。産業も民生も徹底して破壊された。当時マッカーサーは、「回復には100年以上かかるだろう」と言っている。朝鮮半島の平和の構築は、このような現実から出発しなければならなかった。

それでも、南北の平和への努力は営々と積みかさねられ、貴重な成果の結実もある。南北間には、1991年の「南北基本合意書」の締結があり、南北の和解の進展や不可侵、交流協力について合意形成ができている。92年には「韓半島非核化に関する共同宣言」もせいりつしている。そして、国際的な合意としては、2005年第4次6者会談における「9月19日共同声明」がある。ここでは、非核化と平和協定締結に向けての並行推進が合意されている。一時は、この合意に基づいた具体的な行動プログラムの実行もあった。

しかし、今、南北の関係は冷え切ったどん底にある。平和への道は、9・19共同声明と南北基本合意書の精神に戻ることだが、それは日本国憲法の平和主義を基軸とする「東アジアにおける平和的な国際関係構築の実践過程」である。その観点からは、日本における9条改憲と集団的自衛権容認の動きは、朝鮮半島の平和に悪影響を及ぼす。

王さんも李さんも、日本国憲法9条の平和主義にもとづく外交の重要性を語った。平和主義外交とは、相互不信ではなく、相互の信頼に基づく外交と言い換えてもよいだろう。会場から、浦田賢治さん(早稲田大学名誉教授)の発言があり、「日本外交の基本路線は、アメリカ追随の路線ではなく、独自の軍事力増強路線でもなく、憲法9条を基軸とした平和主義に徹した第3の路線であるべき」と指摘された。

中・南・北・日のすべての関係国が、「他国からの加害によって自国が被害を受けるおそれがある」と思い込む状況が進展している。ここから負のスパイラルが始まる。これを断ち切る「信頼関係の醸成」が不可欠なのだ。憲法9条墨守は、そのための貴重な役割を果たすことになるだろう。9条の明文改憲も、国家安全保障基本法による立法改憲も、そして集団的自衛権行使を認める解釈改憲も、東アジアの国際平和に逆行する極めて危険な行為であることを実感できたシンポジウムであった。
(2013年7月27日)

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